jbjp27 024 053 - jica...2005年11月 第27号 25...

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24 開発金融研究所報 国際資本移動の変貌とアジア -グローバル・インバランスの中のアジア- 早稲田大学 商学学術院教授 谷内 満 目 次 はじめに ………………………………………25 第1章 世界経済の不安定要因としてのグロ ーバル・インバランス ……………………25 1 グローバル・インバランスの現状とリス …………………………………………25 (1)経常収支の経済的意味と赤字拡大の調整 ……………………………………………25 (2)米国の経常収支赤字の現状と持続可能性 ……………………………………………27 2 グローバル・インバランスの要因分析…31 (1)米国の経常収支赤字拡大の要因………31 (2)米国赤字のファイナンス: 大きいアジ アの役割…………………………………35 第2章 アジア諸国の資本流出入の変化 …36 1 アジアの資本輸出国化をもたらした資本 の流れ ……………………………………36 (1)資本輸出のパターンに変化……………36 (2)1998~2000年: 民間と政府による資本 輸出………………………………………37 要 旨 世界の資本の流れは、アジア危機以降多く変貌している。世界経済は今、グローバル・インバラン スと呼ばれる世界的規模での国際金融面の不均衡に直面している。グローバル・インバランスの中心 には、米国の経常収支赤字の大幅化があるが、アジア諸国も米国の経常収支赤字拡大をファイナンス するという形で、グローバル・インバランスの拡大に密接にかかわっている。本稿は、国際的な資本 の流れの変化という観点から、アジア経済の現状と課題を分析している。 米国の経常収支赤字拡大の分析には、貯蓄投資の動向と国際資本移動に着目するアプローチが有効 である。米国の経常収支赤字と対外債務累積は、外国投資家のポートフォリオ選択の観点から、持続 可能ではない。 アジア危機以降、アジア諸国は資本輸入国から資本輸出国(=経常収支黒字国化)に大きく転換し、 米国の経常収支赤字拡大の約4割をファイナンスしている。外貨準備が著増しており、政府が資本輸 出の主役となっている。外貨準備増加の背景には、手厚い外貨準備を確保することによって、将来の 国際金融危機に備えるという動機がある。中国の外貨準備累積には、資本流出入構造の歪みが密接に 関係している。2003年以降、アジア諸国への民間資本流入が再び活発化している。 グローバル・インバランスの問題点を分析した後、米国とアジア諸国がとるべき政策対応を検討し ている。アジア諸国の国内金融システムの強化が、グローバル・インバランスの是正に貢献する。 (3)2001~現在: 政府が資本輸出の主役 ……………………………………………40 (4)2003年から民間資本流入が活発化……42 2 世界的な直接投資の動向とアジア……43 (1)大きく変貌した途上国への資本の流れ ……………………………………………43 (2)途上国への直接投資の特徴……………45 (3)アジアへの直接投資の動向……………47 第3章 グローバル・インバランスの問題点 と政策対応 …………………………………49 1 グローバル・インバランスの何が問題か ……………………………………………49 2 グローバル・インバランスへの政策対応…51 (1)米国がとるべき政策……………………51 (2)アジアがとるべき政策…………………52

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Page 1: JBJP27 024 053 - JICA...2005年11月 第27号 25 1997年~1998年のアジア金融危機は、成長が 著しかった東アジア諸国に大幅に流入していた海 外資本が、突然大規模に逆流することによって引

24 開発金融研究所報

国際資本移動の変貌とアジア-グローバル・インバランスの中のアジア-

早稲田大学 商学学術院教授 谷内 満

目 次

はじめに ………………………………………25第1章 世界経済の不安定要因としてのグローバル・インバランス ……………………251 グローバル・インバランスの現状とリスク …………………………………………25

(1)経常収支の経済的意味と赤字拡大の調整……………………………………………25

(2)米国の経常収支赤字の現状と持続可能性……………………………………………27

2 グローバル・インバランスの要因分析…31(1)米国の経常収支赤字拡大の要因………31(2)米国赤字のファイナンス: 大きいアジ

アの役割…………………………………35第2章 アジア諸国の資本流出入の変化 …361 アジアの資本輸出国化をもたらした資本の流れ ……………………………………36

(1)資本輸出のパターンに変化……………36(2)1998~2000年: 民間と政府による資本

輸出………………………………………37

要 旨世界の資本の流れは、アジア危機以降多く変貌している。世界経済は今、グローバル・インバラン

スと呼ばれる世界的規模での国際金融面の不均衡に直面している。グローバル・インバランスの中心

には、米国の経常収支赤字の大幅化があるが、アジア諸国も米国の経常収支赤字拡大をファイナンス

するという形で、グローバル・インバランスの拡大に密接にかかわっている。本稿は、国際的な資本

の流れの変化という観点から、アジア経済の現状と課題を分析している。

米国の経常収支赤字拡大の分析には、貯蓄投資の動向と国際資本移動に着目するアプローチが有効

である。米国の経常収支赤字と対外債務累積は、外国投資家のポートフォリオ選択の観点から、持続

可能ではない。

アジア危機以降、アジア諸国は資本輸入国から資本輸出国(=経常収支黒字国化)に大きく転換し、

米国の経常収支赤字拡大の約4割をファイナンスしている。外貨準備が著増しており、政府が資本輸

出の主役となっている。外貨準備増加の背景には、手厚い外貨準備を確保することによって、将来の

国際金融危機に備えるという動機がある。中国の外貨準備累積には、資本流出入構造の歪みが密接に

関係している。2003年以降、アジア諸国への民間資本流入が再び活発化している。

グローバル・インバランスの問題点を分析した後、米国とアジア諸国がとるべき政策対応を検討し

ている。アジア諸国の国内金融システムの強化が、グローバル・インバランスの是正に貢献する。

(3)2001~現在: 政府が資本輸出の主役……………………………………………40

(4)2003年から民間資本流入が活発化……422 世界的な直接投資の動向とアジア……43(1)大きく変貌した途上国への資本の流れ

……………………………………………43(2)途上国への直接投資の特徴……………45(3)アジアへの直接投資の動向……………47第3章 グローバル・インバランスの問題点と政策対応 …………………………………491 グローバル・インバランスの何が問題か……………………………………………49

2 グローバル・インバランスへの政策対応…51(1)米国がとるべき政策……………………51(2)アジアがとるべき政策…………………52

Page 2: JBJP27 024 053 - JICA...2005年11月 第27号 25 1997年~1998年のアジア金融危機は、成長が 著しかった東アジア諸国に大幅に流入していた海 外資本が、突然大規模に逆流することによって引

2005年11月 第27号 25

1997年~1998年のアジア金融危機は、成長が

著しかった東アジア諸国に大幅に流入していた海

外資本が、突然大規模に逆流することによって引

き起こされた。世界の資本の流れは、アジア危機

以降大きく変貌しており、アジア諸国の資本流出

入構造も危機前と比べると著しく変化してきてい

る。

世界経済は今、グローバル・インバランスと呼

ばれる世界的規模での国際金融面の不均衡に直面

している(英語ではglobal imbalances)。グロー

バル・インバランスの中心には、米国の経常収支

赤字の大幅化があるが、アジア経済も米国の経常

収支赤字拡大をファイナンスするという形で、グ

ローバル・インバランスの拡大に密接にかかわっ

ている。また、グローバル・インバランスの巻き

戻し(unwinding)が急激に起これば、アジア諸

国を含めた世界経済に大きな悪影響をもたらす。

グローバル・インバランスの巻き戻しが緩やかに

行われるようにするためには、アジア諸国がどの

ような貢献ができるのかを検討する必要がある。

以上のような問題意識から、本稿では、国際的

な資本の流れの変化という観点から、アジア経済

の現状と課題を分析する。本稿は2部からなっ

ており、所報本号の上では「グローバル・インバ

ランスの中のアジア」、次号掲載予定の下では

「アジア主要国の資本流出入構造の変化と課題」

を検討する。

なお、本稿は、国際協力銀行開発金融研究所に

設けられた「アジアの資本流出入研究会」(私が

座長を務める)での検討をベースにしている。

1 グローバル・インバランスの現状とリスク

(1) 経常収支の経済的意味と赤字拡大の調整

(経常収支の3つの意味)

本稿の分析のバックグラウンドとして、経常収

支とは何を意味するか十分理解しておく必要があ

る。経常収支は国際収支統計上の概念で、財・サ

ービス収支(財とサービスの輸出入の差)、所得

収支(利子・配当などの受払い差)、経常移転収

支(無償経済援助などの受払い差)からなってい

る。以上は、国際収支統計上の定義であるが、経

済的に見ると、経常収支は次の3つの意味を同時

に持っている。

第1に、経常収支は最も広義で捉えた輸出と

輸入の差であり、経常収支赤字は貿易面での輸入

超過(輸入額>輸出額)を意味する。経常収支黒

字はその逆で、以下でも同様である。

第2に、経常収支は資本流入と資本流出の差で

ある。経常収支赤字国には、ネットで資本が流入

(資本流入額>資本流出額)している。資本流入

(流出)は資本輸入(輸出)ないし対外借入(貸

付)とも呼ばれる。資本流入・流出は、その国の

対外投資ポジション(対外資産残高―対外債務残

高)を変化させる。米国のように継続して経常収

支赤字となっている国は、毎年経常収支赤字額に

見合うだけ対外借入をしているので、米国の対外

投資ポジションは悪化する。現在の米国の対外投

資ポジションは大幅なマイナス、すなわち米国は

大幅な対外純債務を抱えている*1。

なお、ここでの対外借入・貸付および対外債務

は、広い意味で使われていることに注意する必要

がある。つまり、資本流入とは、外国からの銀行

融資、証券投資、直接投資などであり、従って資

はじめに 第1章 世界経済の不安定要因としてのグローバル・インバランス

*1 対外投資ポジションは、経常収支の黒字・赤字以外に、対外資産と債務の価額の変化によっても変動する。例えば、外国におけ

る株価や債券価格の上昇が自国よりも大きければ、経常収支が均衡していても対外投資ポジションは改善する。また、為替レー

トの変化は、自国通貨建ての対外資産・負債の価額を変化させるので、経常収支が均衡していても対外投資ポジションを変化さ

せる。為替レート変化の評価効果については、第3章で詳しく論じる。

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26 開発金融研究所報

本流入と同義で使われる対外借入には、融資のみ

ならず株式投資や直接投資などが含まれる。対外

借入(フロー)の累積である対外債務残高(スト

ック)には、外国人による株式保有残高や直接投

資残高なども含まれる。

第3に、経常収支は国内の貯蓄と投資の差を意

味する。経常収支赤字国では、貯蓄が投資を下回

る貯蓄不足となっている。このことはまた、その

国の支出(民間消費、民間投資、政府支出)が所

得(GDP)を上回っていることを意味する。経

常収支赤字国は、海外の貯蓄を使わせてもらうこ

とによって、国内貯蓄以上の投資を行っており、

同時にまた、その国の所得以上の支出を行ってい

るのである。

*2 本文中の経常収支の3つの意味について、詳しく説明する。

第1の意味(最も広義で捉えた輸出と輸入の差)は、次のように説明できる。経常収支は、「経常収支=財サービス収支+所得

収支+経常移転収支」と定義される。財サービス収支は、財とサービスの輸出と輸入の差であり、これが1国の対外貿易の収支

として通常使われるものである。なお、わが国の「貿易収支」統計は、財のみの輸出入をとっており、最も狭い意味での対外貿

易の収支である。所得収支は、利子、配当、出稼ぎ労働者の送金、すなわち生産要素の所得の収支(受取―支払)である。これ

らの受払いは、資本と労働(=生産要素)のサービスを輸出ないし輸入した対価と考えることができる。また、経常移転収支は、

海外への無償援助(例えば米の援助)などであるが、これは米を対価なしで輸出したとも考えられる。従って、所得収支も経常

移転収支も、広い意味で対外貿易の収支と言うことができる。以上から、財サービス収支、所得収支、経常移転収支からなる経

常収支は、最も広い意味で捉えた輸出と輸入の差であると言うことができる。なお、3つのサブ収支のうち財サービス収支が通

常最も額が大きくまた変動も大きいので、経常収支は財サービス収支とおおむね同じと見て、経常収支は輸出と輸入の差である

と言うことも可能である。

第2の意味(資本流入と資本流出の差)は、国際収支統計の作成方式から導かれる。国際収支統計は複式簿記の原理で作成さ

れており、統計の定義上、「経常収支+資本収支+外貨準備増減=ゼロ」という関係が常に成立する(統計上の誤差脱漏は捨象)。

「資本収支+外貨準備増減」は、資本流入と資本流出の収支となっており、プラスは流入超、マイナスは流出超である(なお、外

貨準備増加は資本流出を意味する)。従って、経常収支が赤字(マイナス)であれば、「資本収支+外貨準備増減」はプラスとな

り、その国にはネットで資本が流入していることになる。以上から、経常収支は資本流入と資本流出の差であると言うことがで

きる。

第3の意味(国内の貯蓄と投資の差)は、国民所得の恒等式(ないし支出面から見たGDPの定義式)から導かれる。YはGDP、

Cは家計消費、Ipは民間投資(設備投資、住宅投資、在庫投資)、Gは政府支出、(X-M)は純輸出である。なお、GDP統計の純

輸出は、財とサービスの輸出と輸入の差であり、国際収支統計の財サービス収支に当たる。政府支出Gは、政府消費Cgと政府投資

Igからなっており、また(2)式に出てくるTは税収等である。国民所得の恒等式である(1)式は、以下のように変形できる。

Y=C+Ip+G+(X-M)────────────────(1)式

Y-C-Ip-G=(X-M)───────────────(2)式

(Y-T-C)+(T-Cg)-(Ip+Ig)=(X-M)──────(3)式

(Y-T-C)は、民間の可処分所得(Y-T)から家計消費を引いたものなので、民間貯蓄である。なお、民間貯蓄は、家計貯

蓄と企業貯蓄(=留保利益)に分けられる。(T-Cg)は、政府の経常的収入から経常的支出である政府消費を引いたものなので、

政府貯蓄と呼ばれる(厳密には、国債等に金利支払を含める必要があるが、単純化のため省略する)。従って、(Y-T-C)+

(T-Cg)は、民間貯蓄と政府貯蓄を合わせた国内貯蓄である。(Ip+Ig)は、民間投資と政府投資を合わせた国内投資である。

以上から(3)式は、1国経済において、「国内貯蓄-国内投資=純輸出」という関係が常に成立することを示している。前述

したように、GDP統計の純輸出は、国際収支統計では財サービス収支に対応する。財サービス収支はおおむね経常収支に等しい

とすれば、(3)式の関係から、経常収支は、国内貯蓄と国内投資の差であると言える。

より厳密には、国民所得YをGDP(Gross Domestic Product)ではなくGNDI(Gross National Disposal Income)と呼ばれる所

得概念でとらえて、上記の国内貯蓄を計算すると、経常収支は正確に国内貯蓄と国内投資の差と一致する。GDPに要素所得の純

受取(=所得収支)を加えたものはGNI(Gross National Income)と呼ばれる。なお、GNIはGNP(Gross National Product)を

所得概念でとらえたもので、GNIはGDPと等しい。GNDIは、GNIに経常移転所得の純受取(=経常移転収支)を加えたものであ

る。要するに、GNDIとは、国内で生み出された所得GDPに、海外から受け取る所得(要素所得+移転所得)を加えた最も広い国

民所得概念であり、1国の国民が1年間に使える(disposableな)所得の総額を意味している。なお、IMF統計における貯蓄率な

どは、GNDI概念を使って算出されている。

経常収支はなぜ貯蓄と投資の差であると言えるか(第3の意味)を見てきたが、この点は、経常収支は国内支出と所得の差であ

るとも言い換えることができる。この関係も国民所得の恒等式から導かれるもので、国民所得の恒等式を変形した上記(2)式

を言葉で言い表したものである。

Y-C-Ip-G=(X-M)───────────────(2)式(再掲)

Y-(C+Ip+G)=(X-M)──────────────(2)’式

(C+Ip+G)は国内の支出の総額(アブソープションとも呼ばれる)なので、左辺は所得と支出の差であり、それは経常収支

と等しい。右辺がマイナス(経常収支赤字)であれば、左辺も必ずマイナス(所得<支出)である。つまり、経常収支赤字国で

は、必ず支出が所得を上回っていることになる。この国は支出超過分を海外からの資本輸入(対外借入)で賄っている。なお、

支出超過分は、必ず投資超過分と等しい。

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2005年11月 第27号 27

なお、ここでの投資はGDP統計上の概念で、

企業の設備投資、住宅投資、公共投資などの実物

投資を意味しており、株式投資などの金融的投資

は含まれない。上記の経常収支の3つの経済的意

味に関する詳細な説明は、*2を参照されたい。

(経常収支不均衡=悪ではない)

一般に、1国の経常収支は均衡するのが望まし

いということはない。外国との貿易取引や資本取

引が行われる経済(開放経済)では、経常収支不

均衡はむしろ自然で、また望ましい場合も多い。

国内貯蓄が豊富で国内投資機会が少ない経済で

は、余った貯蓄を外国に投資することによって全

体の投資収益を高めることが可能となる。その場

合、その国は経常収支黒字となっている。逆に、

投資機会が豊富で、国内貯蓄だけでは十分な投資

が行われない国の場合、経常収支赤字を出して海

外から資本輸入して高い投資を実現し、それによ

って将来高い経済成長を実現することは、その国

にとって望ましい。その国に対外貸付をする国に

とっても、高い投資収益があげられるので望まし

い。

また、経常収支不均衡は、景気変動の過程で拡

大したり縮小したりする傾向を持つ。経済が好況

期に入ると、投資や消費の国内支出が活発となる

結果、「貯蓄―投資」、「所得―国内支出」が減少

し、経常収支赤字が拡大(ないし黒字が縮小)す

る。逆に、経済が景気後退期に入ると投資や消費

が減速して、経常収支赤字の縮小(ないし黒字へ

の転換)が起こる。

(大幅な経常収支赤字の調整)

しかし一般に、大幅な経常収支赤字が続くと、

赤字の持続可能性が問題となり、大幅な赤字をい

つまでも続けることはできず、いずれ赤字の縮小

ないし黒字への転換が起こる。経常収支赤字が続

くと、その国の対外純債務が累増する。その結果、

重い対外債務返済のために消費や投資の国内支出

が抑制され、その結果輸入が減少して経常収支赤

字が縮小する。あるいは債務返済能力への懸念か

ら、資本流入が減少して自国通貨安となる。通貨

安は経常収支赤字縮小をもたらす。

現在、米国の経常収支赤字の拡大が大きな問題

となっているが、これまでの先進国における経常

収支赤字の大幅化とその調整の経験は、どのよう

なものであっただろうか。米国連邦準備制度は、

調査分析ペーパーで、先進国において大幅化した

経常収支赤字が縮小に転じた経常収支調整過程

(1980年以降の25事例)がどのようなものであっ

たかを分析している(Caroline L. Freund, 2000)。

それによると、先進国における典型的な経常収支

調整過程は、次のようなものである。

① 経常収支赤字が拡大してGDP比5%程度

に達すると、逆転して縮小に転じる。赤字拡

大は4年程度続き、その後の縮小は3~4年

続く。

② 経常収支調整では、10~20%の通貨安(実

質実効為替レート・ベース)となり、経済成

長が年1~2%低下する。

③ 経常収支赤字拡大で対外純債務国となり純

債務額が増加したが、経常収支調整が始まる

と純債務額は横ばいとなった。

④ 経常収支調整は、景気循環の一環として生

じた。

これまでの先進国における経常収支調整の経験

は、将来における米国の経常収支赤字の調整に重

要な示唆を提供している。第1に、GDP比5%の

赤字がこれまでの標準的な上限だったこと、第2

に、経常収支赤字が縮小する過程では、通貨安と

成長減速が起こることが、特に重要だと考えられ

る。

しかし、米国の赤字拡大は既に10年程度続い

ており、またその間には景気後退期も含まれてい

るので、数年単位の景気循環で起こっているとは

言いがたい。その点でこれまでの赤字調整の典型

的なケースと異なっている。また過去の事例には、

経常収支赤字がGDP比5%を大幅に超えてから

経常収支調整過程に入った例外もある。ポルトガ

ルの17%(1981)、アイルランドの14%(1981)、

シンガポールの13%(1980)などである。米国

の大幅経常収支赤字の持続可能性については、赤

字問題の現状をレビューした後、詳しく検討する。

(2) 米国の経常収支赤字の現状と持続可能性

(米国の経常収支赤字と対外債務の現状)

グローバル・インバランスの中心にある米国の

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28 開発金融研究所報

経常収支赤字がどのような状況にあるかを、まず

レビューしよう。米国の経常収支赤字は、1990

年代半ばから拡大を続け、1995年には1,095億ド

ル、GDP比1.5%であった赤字は、2004年には

6,659億ドル、GDP比5.7%と大幅なものになった。

IMFの「世界経済見通し(2005年4月)」によれ

ば、2005年には7,000億ドルを上回り、GDP比も

前年と同程度の高い水準が続く。なお、日本は経

常収支黒字国であり、2004年は1,700億ドル、

GDP比3.7%の黒字であった。

米国では財政赤字も拡大しており、「双子の赤

字」となっている(図表1)。長期にわたって赤

字が続いていた米国財政は、90年代の長期好況

による税収の増加と財政再建努力で、1998年か

ら2001年にかけて財政黒字となった。しかし、

その後再び赤字に転じ拡大し、2004年にはGDP

比4.3%の赤字となった。かつて「双子の赤字」

が問題となった1980年代後半と比べても、今回

の経常収支赤字の大幅化は際立っている。当時経

常収支赤字が最も大幅化した1987年でも、GDP

比3.4%の赤字であった(2004年はGDP比5.7%)。

経常収支赤字が大幅化している結果、米国の対

外純債務(対外債務残高―対外資産残高)が拡大

している。米国の対外投資ポジションを長期的に

見ると、米国は1980年代半ばを境に、対外債権

国から対外債務国に転じ、現在では世界最大の借

金国となっている(図表2)。これは、米国が

1982年以降ほぼ一貫して経常収支赤字を計上し

ていることを反映している(例外は1991年のみ

で、同年は小幅な経常収支黒字となった)。2004

年の対外純債務残高は2.4兆ドル、GDP比21.2%

となっている。1980年にはGDP比12.9%の対外純

資産を保有していたので、この4半世紀の間に米

国の対外投資ポジションは劇的に変化したことに

なる*3。

GDP比で20%超の対外純債務の水準は、国際

*3 米国の対外投資ポジションの公表データには、直接投資残高の価額評価方法が異なる再取得価格ベースと市場価格ベースの2種

類の数値があるが、ここでは再取得価格ベースのデータを用いている。市場価格ベースのデータでは若干数値が異なるが、基本

的な姿は変わらない。

注)経常収支(05年-06年)はIMF見通し。財政収支(05年度以降)は政府(OMB)見通し。出所)IMF“World Economic Outlook”(2005年9月)、米行政予算管理局(OMB)、財政見通しは2005年7月公表。

80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10

経常収支 財政収支

GDP比(%)

予測

-7

-6

-5

-4

-3

-2

-1

0

1

2

3

図表1 米国の双子の赤字

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2005年11月 第27号 29

的、歴史的に見て相当高い水準となっている。

1980年代に対外債務危機に陥った中南米の国々

(アルゼンチン、ブラジル、メキシコなど)の危

機直前の対外純債務は、GDP比20~30%程度で

あったので、現在の米国の対外純債務は、当時の

中南米諸国の対外純債務とほぼ同水準に達してい

る。

しかし、これまで現在の米国の対外純債務水準

以上の債務負担を負った例はいくつかある。

1990年代にカナダ、スウェーデン、オーストラ

リアなどの対外純債務がGDP比40~60%程度、

80年代にはアイルランドの対外純債務がGDP比

約70%にのぼったことがある。しかし、これら

の国はすべて経済小国であるが、米国は世界

GDPの約30%をも占める経済大国である。米国

の高い対外純債務が世界経済に与えるインパクト

は、小国の場合と比べものにならないほど大きい。

歴史的に見て、現在の米国の対外純債務水準は、

既に危険水域に入っていると言えよう。

(なぜ米国1国の経常収支問題が、グローバル・

インバランスと呼ばれるか)

米国の経常収支赤字問題は、しばしばグローバ

ル・インバランス問題と呼ばれるわけだが、米国

1国の問題がなぜグローバルな問題とされるので

あろうか。この点を理解するには、次の2つの点

が重要である。

第1に、米国の経常収支不均衡(赤字)の裏側

には、他国の経常収支不均衡(黒字)があるので、

米国の経常収支赤字問題はグローバルな問題であ

ると言える。

地球上のある国が輸出したものは他の国が輸入

しているので、世界経済全体をとると、輸出と輸

入は必ず等しい。同様に、世界経済全体では、資

本流入と資本流出は等しく、ネットでの資本流入

は必ずゼロとなる。また投資が行われるためには

誰かが貯蓄をしていなければならないので、世界

経済全体では貯蓄と投資は必ず等しい。つまり世

界経済全体をとると、経常収支は必ず均衡する*4。

従って、米国が経常収支赤字となっているという

注)経常収支(05-06年)はIMF予測。純債務残高は取得価格ベース。出所)IMF“World Economic Outlook”(2005年9月)、米商務省(BEA)。

80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06

-30

-25

-20

-15

-10

-5

0

5

10

15

20

25

30

経常収支

対外純債務(右目盛)

GDP比(%)

債務超過

GDP比(%)

予測

-8

-6

-4

-2

0

2

4

6

8

図表2 米国の経常収支と対外純債務

*4 世界各国の経常収支(黒字はプラス、赤字はマイナス)を合計すれば、理論上は、ゼロすなわち経常収支均衡となる。しかし、

統計上の誤差があるため、各国の公表データを合計しても、収支はゼロとはならない。

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30 開発金融研究所報

ことは、必ずどこかの国が経常収支黒字となって

いることを意味する。米国の経常収支赤字の不均

衡は、他国の経常収支黒字の不均衡と対になって

いるので、米国の経常収支赤字問題は、米国自身

の問題であると同時に、グローバルな問題なので

ある。

第2に、米国経済の大きさと米国の通貨ドルの

役割から、米国の経常収支赤字問題は世界経済に

大きな影響を与えうるグローバルな問題である。

前述したように、アイルランドは1980年代に

経常収支赤字が続きその結果大幅な対外債務超過

となったが、アイルランドの経常収支赤字問題、

対外債務問題は、アイルランドにとっては非常に

大きな問題ではあったが、アイルランドは経済小

国なので、世界経済にはほとんど影響を持たなか

った。しかし、米国は世界第1位の経済大国で

あり、かつドルは世界の基軸通貨であるので、も

しハードランディングによって米国の経常収支赤

字が是正されることになれば、世界経済に大きな

悪影響を及ぼす。第1の点に加え、この意味にお

いても、米国の経常収支赤字問題はグローバルな

性格を持っている。

なお、経常収支は、輸出入の差、資本流出入の

差、貯蓄投資の差であるので、グローバル・イン

バランスは、①国際的な貿易の不均衡であると同

時に、②国際的な資本の流れの不均衡、③国際的

な貯蓄投資バランスの不均衡(貯蓄不足・貯蓄過

剰)なのである。

(米国の経常収支赤字の持続可能性)

米国の経常収支赤字の持続可能性は、米国経済

のみならず世界経済の大きな関心事項である。前

述したように、これまでの先進国における経常収

支赤字大幅化とその調整の経験は、景気拡大期に

赤字が大幅化し、金融引き締めなどで景気後退期

に入ると赤字が縮小するという景気循環の一環と

しての要素を基本的に持っていた。しかし、米国

の場合、経常収支赤字は、景気後退期を含め既に

10年程度ほぼ一貫して拡大しており、これを景

気循環の一環としてとらえるのは困難である。

景気循環の一環として大幅赤字が縮小する以外

に、赤字縮小に転じるルートとしては、①債務返

済負担の上昇が国内支出を抑制して、経常収支赤

字が縮小する、②債務返済能力への懸念から、資

本流入が減少して自国通貨安となる結果、経常収

支赤字は縮小する、という2つのルートが通常考

えられる。

まず、債務返済負担の上昇が国内支出を抑制し

て経常収支赤字が縮小するルートだが、米国の場

合はそのような状況は当面起こらないと考えられ

る。米国は世界最大の借金国ではあるが、未だに

米国の投資収益の受取は支払いをわずかながら上

回っている。それは米国の対外投資のうち直接投

資の収益率が非常に高く、その結果米国の対外投

資全体の収益率が対内投資の収益率よりも高くな

っているからである*5。従って、債務負担が重く

なって米国の国内支出が減少するという事態は、

当面の懸念材料ではない。

債務返済能力への懸念についてはどうだろう

か。米国の場合、対外債務の大部分が自国通貨建

て(ドル建て)であるという特殊事情がある。米

国は債務返済が苦しくなれば貨幣を増刷して返済

できるので、米国が債務支払い不能になることは

なく、大幅な経常収支赤字も持続可能だとする見

方がある。しかしそのような見方は誤っている。

確かに米国は債務返済に苦しくなれば、貨幣を増

刷しインフレを起こして対外債務を返済すること

ができるが、もしそのような可能性が少しでも出

てくれば、海外投資家は米国から資金をいっせい

に引き上げるだろう。そうなれば為替市場でドル

売りが殺到してドルが急落し、それによって経常

収支赤字は縮小する。しかし、①インフレ・ファ

イターとしての米国中央銀行(連邦準備制度)に

対する内外の信認の厚さ、②前述したように債務

返済負担が過度になるのはかなり先であることか

ら、インフレによる債務返済の可能性を懸念すべ

き状況にはない。

米国の経常収支赤字は、以上のルートとは別の

ルートから、持続可能ではないと考えられる。そ

れは外国投資家(外国の金融機関、企業、政府な

ど)のポートフォリオ選択に関係している。経常

収支赤字が継続すれば、米国の対外純債務はさら

*5 米国の対内投資の収益率は1980年以降で年平均3%程度であるのに対し、米国の対外直接投資の収益率は年平均10%前後である。

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2005年11月 第27号 31

に拡大することになるが、それは外国投資家がド

ル資産保有を累積することを意味する。外国投資

家がどの程度まで進んでドル資産に投資するか

は、米国と米国以外の国の資産のリスク・リター

ン関係、投資家のポートフォリオの拡大のテンポ、

投資先に関する情報の非対称性、政府規制の違い

その他さまざまな要因による。世界の資産ポート

フォリオに関するデータはほとんどなく、またそ

もそも最適なドル資産保有のシェアを試算するこ

とは極めて困難である。しかし、各国の貯蓄のう

ち対外資産に振り向けられるのは一部であるし、

また対外資産保有のうちすべてがドル資産になる

ということはありえない。

特に、1国の貯蓄はその国の国内で投資される

傾向(ホーム・バイアス)があるので、外国投資

家がドル資産を蓄積することにはブレーキがかか

る。青森県民の貯蓄は、県境に関係なく全国各地

で投資され活用されるのに対し、国際的な貯蓄の

活用という点では、国境の壁は依然厚い。ホー

ム・バイアスは近年少し弱まってはいるものの、

バイアスがある限り、いずれ海外投資家は毎年巨

額のドル資産を積み増すことに躊躇しだす。そう

なれば米国への資本流入が細ってドル安となり、

輸入減・輸出増で経常収支赤字が縮小に転じる。

このプロセスがいつ始まるかを予測することは

できないが、いつかはやってくる。ドル安が徐々

に進み、経常収支調整が穏やかなペースで進めば

問題はないが、予期せぬ何らかの経済的あるいは

政治的な出来事を契機に、外国投資家のマインド

が突然急激に変化して、米国への資本流入が急速

に減少したり、資本の逆流が起これば、ドルは急

落する。その場合は、米国株式の暴落、金利の急

上昇が生じて、米国経済は不況に陥るだろう。米

国経済のかく乱は、当然世界経済に悪影響をもた

らす。こうしたハードランディングの蓋然性は高

いとは言えないものの否定はできないので、米国

の経常収支赤字は世界経済の不安定要因となって

いる。米国の経常収支赤字を縮小させることは、

米国経済のみならず世界経済にとって重要な課題

となっている。

2 グローバル・インバランスの要因分析

(1) 米国の経常収支赤字拡大の要因

(2つの分析アプローチ)

米国の経常収支赤字はなぜ拡大してきたのかを

分析するのには、基本的に2つのアプローチがあ

りうる。第1は、輸出入の動向に着目するアプロ

ーチであり、第2は、貯蓄投資の動向および国際

資本移動に着目するアプローチである。

しかし、輸出入の動向に直目する第1のアプロ

ーチでは、これまでの約10年間の米国の経常収

支赤字拡大を説明することは困難である。米国の

生産性が低下して米国の輸出が不利化したと言え

るだろうか。米国あるいは貿易相手国の貿易政策

が大きく変化して、米国の輸出が抑制されたり、

米国の輸入が促進されたと言えるだろうか。そう

した輸出入品の国際競争力の変化や貿易政策の変

化では、米国の経常収支赤字の大幅拡大を説明す

ることは難しい。むしろ米国の貿易不均衡(輸

入>輸出)は、貯蓄投資の動向の変化から受動的

に決まっていると考えるべきであろう。

(貯蓄投資バランスによる赤字拡大の要因分析)

そこで、貯蓄投資の動向に着目する第2のア

プローチで、米国の経常収支赤字大幅化の要因を

分析しよう。まず、1980年以降の長期的な貯蓄

率と投資率の推移を見てみよう(図表3)。貯蓄

率と投資率は、経済全体の貯蓄、投資をGDPで

割ったものであり、貯蓄には家計貯蓄、企業貯蓄

(=留保利潤)、政府貯蓄(=税収等-政府消費)

が含まれ、投資には企業の設備投資、住宅投資、

公共投資などが含まれる。なお、ここでの貯蓄率、

投資率は、資本減耗を控除しないグロスの貯蓄率、

投資率である。

投資率は景気変動により変動するが、趨勢的に

上昇ないし低下する傾向は見られず、ならしてみ

れば20%前後で安定している。他方、貯蓄率は趨

勢的な低下傾向にある。貯蓄率は1980年19.7%、

1990年16.2%、2004年13.6%と低下してきている。

前述したように経常収支赤字は貯蓄不足(国内投

資>国内貯蓄)を意味するが、米国が1980年代

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32 開発金融研究所報

初頭から継続的に経常収支赤字となっているの

は、長期的に見て、投資が増加したからではなく、

むしろ貯蓄が減少した結果、米国経済が貯蓄不足

となっているからだと言える。

図表3を見ると、米国経済全体の貯蓄率が長期

的に低下する傾向にあるのは、基本的に家計貯蓄

率が長期的に低下傾向にあるからだということが

わかる。なぜ米国の家計貯蓄率が長期的に低下し

ているかについては十分解明されているとは言え

ないが、次の2点が重要だと考えられる。

第1に、高齢化の進展である。米国も日本ほど

ではないが高齢化が進展している。人々は働き手

世代に老後のために貯蓄し、老後は貯蓄を取り崩

すのが一般的である。その結果、高齢化の進展で、

働き手世代よりも高齢世代が相対的に増加する

と、経済全体の家計貯蓄率は低下する傾向にある。

日本の家計貯蓄率が1990年代初め以降低下傾向

にあるのも、高齢化が基本的な要因である。

第2に、米国経済の好調持続で、人々が将来の

所得について楽観的な見通しを持っていると考え

られる。米国経済は1990年代には10年近い長期

好況を謳歌した。その後は2000年代初めにITバ

ブル崩壊で一時的に成長が鈍化したが、2003年

以降再び強い成長を実現している。このような長

期にわたる米国経済の好調持続から、米国の人々

は将来の所得増加について楽観的な見通しを持っ

ていることが、家計貯蓄率低下の要因となってい

ると考えられる。なお、最近の動向として、住宅

バブルとも言われる住宅価格の上昇が、貯蓄率を

低下させている可能性があるが、その点について

は後に世界的貯蓄過剰説との関連で検討する。

以上の1980年代以降の貯蓄率と投資率の長期

的趨勢を理解したうえで、次に、今回経常収支赤

字が大幅化した1990年代半ば以降約10年間の貯

蓄率と投資率の推移を詳しく分析しよう。貯蓄投

資バランスの観点からすると、経常収支赤字拡大

の10年間は、1990年代後半と2000年代前半の2

つの時期に分けられる。

1990年代後半は、貯蓄率が顕著に上昇してお

り、貯蓄率の長期的低下傾向の中において例外的

な期間であった。この間の貯蓄率増加は、もっぱ

ら政府貯蓄(税収等-政府消費)がマイナスから

プラスに転じたことによる。1990年代を通した

長期好況による税収増加と、それまでの財政再建

努力により、1990年代後半には、それまでの財

政赤字から財政黒字に転換した。それに伴って政

注)データはグロスの貯蓄、投資のGDP比。出所)米国商務省(BEA)。

80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04

家計貯蓄

企業貯蓄

政府貯蓄

貯蓄率

投資率

(GDP比、%)

-5

0

5

10

15

20

25

図表3 米国の貯蓄と投資

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2005年11月 第27号 33

府貯蓄がプラスに転じたのである。(財政収支と

政府貯蓄の関係については、*6を参照されたい。)

政府貯蓄の上昇で経済全体の貯蓄率が上昇した

のに、経常収支赤字が拡大したのは、貯蓄率の上

昇以上に投資率が上昇したからである。1990年

代後半はITブームで民間設備投資が盛り上がっ

た時期である。つまり、1990年代後半の時期は、

経済全体の貯蓄は増加したが、投資がそれ以上に

増加したので、貯蓄不足(=経常収支赤字)は縮

小せず、むしろ拡大した。その結果、1990年代

後半には、財政収支は改善し黒字化したが、経常

収支赤字は拡大したので、「双子の赤字」の関係

は見られなかったのである。

2000年代前半の経常収支赤字拡大は、もっぱ

ら貯蓄率の低下による。2000年代に入って、投

資率はITバブル崩壊で低下したが、それ以上に

貯蓄率が低下し、貯蓄不足拡大=経常収支赤字拡

大となった。2004年にはバブル期の過剰投資の

調整が終わり、投資率が回復したので、経常収支

赤字はさらに大幅化した。貯蓄率低下の主因は、

2000年以降の急速な財政黒字縮小と赤字転換で、

政府貯蓄が再び大幅なマイナスになったことによ

る。加えて、家計貯蓄率の趨勢的な低下が続いて

いることも、経済全体の貯蓄率低下に寄与してい

る。

1990年代半ば以降10年間の経常収支と貯蓄投

資の動向についてまとめると、1990年代後半の

経常収支赤字拡大の基本的要因は、財政収支改善

があったもののITブームで民間設備投資が大幅

に盛り上がったために貯蓄不足になったことにあ

り、2000年代前半の赤字拡大の基本的要因は、

財政収支悪化に伴う貯蓄率の低下で貯蓄不足にな

ったことにある。

(米国の家計貯蓄率低下に関する世界的貯蓄過

剰説の検討)

近年の米国の家計貯蓄率低下の要因として、世

界的な貯蓄過剰(global saving glut)が重要で

あるとの見方がある(Bernanke 2005)。20数カ

国の新興国がアジア危機の時期を境にして、それ

までの経常収支赤字国から黒字国に転換し、かつ

黒字幅を大幅化している。つまり、新興国は貯蓄

*6 財政収支=税収等-政府支出、政府貯蓄=税収等-政府消費と定義される。政府支出=政府消費+公共投資なので、財政収支=

政府貯蓄-公共投資と表現できる。従って、財政収支は政府純貯蓄を意味し、財政赤字はマイナスの政府純貯蓄である。

注)5,565億ドルは、2004年の赤字額と1995年の赤字額の差。出所)IMF“World Economic Outlook”(2005年4月)

米国の経常収支赤字額の増大

1995年→2004年 5,565億ドル

誤差

アジア新興国

41.3%

アジア以外の

新興国・途上国

37.1%

先進国(米国除く)

17.1%

図表4 米国の経常収支赤字拡大のファイナンス

Page 11: JBJP27 024 053 - JICA...2005年11月 第27号 25 1997年~1998年のアジア金融危機は、成長が 著しかった東アジア諸国に大幅に流入していた海 外資本が、突然大規模に逆流することによって引

34 開発金融研究所報

不足国から貯蓄過剰国に転換したのである(その

背景などについては第2章で詳しく分析する)。

加えて、石油価格が2000年頃から上昇している

ため、産油途上国の経常収支黒字も拡大している。

その結果、今や世界的な貯蓄過剰が生まれている

と指摘される。

世界的貯蓄過剰説によれば、こうした新興国な

どの過剰貯蓄が主に米国に流入し、米国の長期金

利を引き下げている。低利の住宅ローン金利は住

宅投資を刺激し、それによって住宅価格が上昇し

ている。人々は高くなった住宅を担保にそれまで

の住宅ローンを借り替えして、新たなローンの一

部を消費に回している。その結果、家計の貯蓄率

が低下しているということになる。

米国の低貯蓄に関する世界的貯蓄過剰説は、ど

のように評価すべきだろうか。新興国の経常収支

黒字転換・大幅化は、世界経済にとって大変大き

な変化であり、新興国(及び産油国)の貯蓄過剰

は、世界的な長期金利の低水準をもたらしている

1つの重要な要因となっていると考えられる。そ

して、低金利が住宅価格を上昇させ、それが米国

家計の消費を押し上げている点も否定できないだ

ろう。しかし、先に見たように米国の家計貯蓄率

は80年代以降長期的に低下傾向にあり、2000年

代になって低下し始めたわけではない。世界的貯

蓄過剰は、長期的な低下トレンドに追加する1つ

の要素であって、最近の貯蓄率低下の主要な要因

とは言えないだろう。また、前に指摘したように、

米国家計の楽観的な将来見通しが長期的な貯蓄率

低下をもたらしている主要な要因であるが、そう

した楽観的な将来見通しがあるから、家計は住宅

価格上昇をもとでに借金を増やして消費を拡大し

ているとも言える。

注)新興国は21カ国出所)IMF“International Financial Statistics”、各国統計、CEIC

(10億ドル)

経常収支 直接投資 証券投資 その他投資 誤差漏洩 外貨準備増減

-500

-400

-300

-200

-100

0

100

200

300

400

1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004

図表5 新興国の国際収支

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2005年11月 第27号 35

(2)米国赤字のファイナンス: 大きいアジア

の役割

(誰が米国の経常収支赤字をファイナンスして

いるか)

ある国が経常収支赤字であれば、必ずその赤字

額に見合った他の国の経常収支黒字がある。換言

すれば、経常収支赤字国は黒字国から資本輸入し

て、国内の貯蓄不足を補っている。米国はこの10

年余りの間、経常収支赤字を大幅に拡大してきた

が、赤字増加分はどこの国がファイナンスしてき

たのだろうか。

米国の2004年の経常収支赤字は、1995年に比

べ5,565億ドル増加したが、この赤字増加分をど

この国がファイナンスしたかを見たのが図表4で

ある。米国以外の先進国グループが17%(うち日

本は11%)、途上国グループが78%をファイナン

スしているなお、統計誤差により、両グループの

合計は100%にならない。途上国グループの大部

分は新興国であり、特にアジア新興国は米国赤字

増加の41%をファイナンスしている。

(新興国の資本輸出国への転換)

アジア危機を境に、新興国の経常収支動向には

大きな変化が見られる。なお、どの国が新興国に

含まれるかについて画一的な分類はない。ここで

は次の21カ国をとっている。アジア9カ国(中国、

韓国、台湾、フィリピン、タイ、インドネシア、

マレーシア、インド、パキスタン)、中南米7カ国

(メキシコ、コロンビア、ベネズエラ、ブラジル、

アルゼンチン、チリ、ペルー)、ロシア・東欧な

ど5カ国(ロシア、チェコ、ハンガリー、ポーラ

ンド、トルコ)である*7。

新興国をグループとしてみると、1998年まで

経常収支赤字であったが、99年以降黒字に転換

*7 ここでの新興国21カ国は、BIS年次報告で新興国と分類されている22カ国から一部データがとれない香港を除いたものである。

注)新興国は21カ国出所)IMF“International Financial Statistics”

1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004

(10億ドル)

新興国全体

アジア新興国

中南米新興国

その他新興国

0

200

400

600

800

1000

1200

1400

1600

1800

2000

図表6 新興国の外貨準備高

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36 開発金融研究所報

し、かつ黒字幅は拡大している(図表5)。この

傾向は、アジア新興国において特に顕著であり、

98年以降大幅な経常収支黒字となっている。一

方、中南米新興国の経常収支が黒字化したのは

2003年からである。

新興国全体として見ると、アジア危機を境に、

資本輸入国から資本輸出国に大きく転換したので

ある。そして先に見たように、新興国の過剰貯蓄

が、米国の経常収支赤字拡大をファイナンスして

いる構図となっている。グローバル・インバラン

スの中心的な問題は米国の経常収支赤字である

が、新興国とりわけアジア新興国も、グローバ

ル・インバランスを支える重要なプレーヤーなの

である。

新興国の経常収支黒字化と同時に、新興国の外

貨準備の顕著な増加も、アジア危機以降の大きな

変化である。ここでもアジア新興国の外貨準備増

加が際立っている(図表6)。2004年の外貨準備

額をアジア危機直前の1996年の水準と比べると、

中国5.7倍、韓国5.9倍、台湾2.8倍、マレーシア2.5

倍、インドネシア、タイ、フィリピンは1.9~1.3

倍となっている。アジア以外の新興国でも、ロシ

ア10.7倍、メキシコ3.3倍など大幅に拡大している

国がある。なお、新興国21カ国中、この期間で

外貨準備が減少したのはブラジル(0.9倍)1国

だけである。

外貨準備が増加しているのは、新興国の政府が

外貨買い・自国通貨売りの為替市場介入をしてい

るからである。なぜ、政府が外貨買い介入を行っ

ているかについては、第2章第1節で詳しく検討

する。

1 アジアの資本輸出国化をもたらした資本の流れ

(1) 資本輸出のパターンに変化

第2章では、アジア諸国の経常収支黒字化=資

本輸出国化をもたらした資本の流れの変化を分析

する。アジア諸国の資本の流れの変化の特徴を明

らかにするため、適宜他の地域の新興国の状況と

比較しながら検討を進める。なお、以下の分析で

のアジア諸国は、第1章第2節でのアジア新興国

9カ国を指している。

経常収支が赤字から黒字に転換するということ

は、経常収支の裏側の資本の流れで見ると、その

国への資本の流れが、ネットでの資本流入(資本

輸入)からネットでの資本流出(資本輸出)に転

換するということを意味する。資本の流出入は大

別して、民間部門の取引が中心の資本収支と、公

的部門(通貨当局)の取引である外貨準備増減に

分けられる。資本収支には、直接投資、証券投資

(株式・債券など)、その他投資(銀行融資、預金

など)が含まれる。資本収支の中には、民間の資

本取引以外に、海外援助機関からの政府借入など

も含まれるが、アジア諸国の資本収支の太宗は民

間取引であるので、以下では資本収支の動向は民

間取引の動向を示すものとして分析する。外貨準

備の増加は、公的部門が外国資産(米国国債など)

を購入することなので、政府による資本流出を意

味する。国際収支表には経常収支以下の項目とし

て、資本収支、外貨準備増減の他に統計的な誤差

脱漏があるが、アジア諸国を含め途上国の場合、

誤差脱漏にはヤミの資本流出入が相当含まれてい

ると考えられる。従って、以下では、誤差脱漏は

ヤミ資金の動向を示すものとして扱う。

アジア諸国がグループとして大幅な経常収支黒

字となったのは、1998年以降であるが、経常収

支黒字に見合う資本流出のパターンという観点か

らすると、98年以降2004年までの期間は、2つ

の期間に大別できる(図表7)。

第1の期間は1998年~2000年で、この期間の

ネットでの資本流出は、①その他投資の大幅な純

第2章 アジア諸国の資本流出入の変化

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2005年11月 第27号 37

流出とヤミの資本流出、および②外貨準備の増加

によっている。つまりこの期間においては、民間

と政府がともに資本輸出を担っていた。第2の期

間は2001年~2004年で、この期間は民間資金の

純流出が縮小ないし純流入へ転換する一方、外貨

準備の増加は続いており、政府が資本流出の主役

となっている。また第1の期間と比べると、外貨

準備の増加は非常に大幅化している点にも特徴が

ある。なお、両期間を通じて、アジア諸国全体の

直接投資の流入には大きな変化はない。直接投資

の動向については、本章第2節で分析する。

(2) 1998~2000年: 民間と政府による

資本輸出

2つの期間における資本流出入について詳しく

分析しよう。まず第1の期間(1998年~2000年)

であるが、その他投資は、アジア危機以前は純流

入であったが、危機勃発の1997年から純流出に

転じ、2000年まで大幅な純流出が続いた。証券

投資はアジア危機前まで比較的大幅な純流入であ

ったが、1998年以降は小幅な純流入ないし純流

出に変化した。誤差脱漏で見るヤミ資金の動向は、

第1の期間を通じて純流出(=資本逃避)であっ

た。なお、アジア諸国全体の誤差脱漏のうち、お

おむね過半は中国の誤差脱漏が占めている。

第1の期間の民間資本の動向をまとめると、直

接投資は危機後も安定的に純流入が続いたが、一

方その他投資の大幅純流出、証券投資の純流入の

減少、ヤミの資本流出によって、民間資本全体

(直接投資+証券投資+その他投資+ヤミ資金)

は純流出となった。それに加え、外貨準備の増加

による資本流出が行われた。従って、この期間の

大幅な経常収支黒字に見合った資本の流出は、民

間資本(特にその他投資とヤミ資金)の純流出と、

政府による資本輸出によっている。

その他投資には、直接投資と証券投資以外の、

銀行融資・預金、貿易金融その他諸々の資本取引

が含まれるが、特に重要なのは銀行融資の動向で

ある。アジア諸国のその他投資が、アジア危機前

までの純流入から危機後の大幅純流出に転換した

注)新興国は21カ国出所)IMF“International Financial Statistics”、各国

(10億ドル)

経常収支 直接投資 証券投資 その他投資 誤差漏洩 外貨準備増減

0

-400

-300

-200

-100

100

200

300

400

1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004

図表7 アジア諸国の国際収支

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38 開発金融研究所報

のは、海外からの銀行融資が大幅に減少したこと

が主因であると考えられる。

国際決済銀行(BIS)の国際与信統計によると、

先進国(30カ国)の銀行のアジア太平洋州途上国

向け与信残高は、アジア危機後2002年まで大幅

に減少している*8。2002年の与信残高は1997年の

ピークに比べ43.6%も減少した(図表8)。特に

日本の銀行の融資減少は著しく、2002年の与信

残高は1996年のピークの約1/3にまで縮小した

(65.7%の減少)。

日本の銀行のアジア向け融資の大幅減少には、

アジア危機以降、借り手企業のリスクが高まった

という借り手側の要因もあったが、やはり貸し手

側の要因は大きい。それは、長期にわたって不良

債権問題を解決できず過小資本に陥った日本の銀

行の苦境である。アジア危機が起こった1997年

から98年にかけて、日本でも大手金融機関が破

綻するという金融危機が発生した。97年に山一

證券、三洋証券、北海道拓殖銀行が破綻し、翌

98年には長銀と日債銀が破綻した。大手銀行の

破綻によって、それまで先送りされてきた不良債

権問題の深刻さが一気に浮き彫りにされ、各銀行

は不良債権の処理を迫られることとなった。また

98年、99年には、大手銀行すべてに公的資金が

注入され、銀行の自己資本の増強が図られた。不

良債権処理に伴う損失計上で自己資本比率(=銀

行の自己資本等/リスク資産)が低下することを

防ぐ1つの手段は、リスク資産を圧縮することで

あり、いわゆる貸し渋り・貸し剥がしが発生した。

特に、アジア危機でリスクが高まったアジア向け

の融資は、大幅な削減の対象となったのである。

注)先進国の銀行によるクロスボーダー与信および外貨建て現地向け与信残高(年末、所在地ベース)。全体は世界主要30ヶ国合計。

(10億ドル)

先進国全体

日本

日本以外

0

50

100

150

200

250

300

350

400

450

1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004

図表8 アジア太平洋途上国向け銀行与信残高

*8 国際決済銀行の国際与信統計の「与信」には、国境を越えた銀行による融資と債券購入が含まれる。この統計では、融資と債券

購入を区分したデータはないが、アジア諸国の場合、国際与信の太宗は融資であると考えられる。

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2005年11月 第27号 39

(1998年=100)

中国

1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004

(1998年=100)

マレーシア フィリピン タイ インドネシア

(1998年=100)

韓国 シンガポール 台湾

(1998年=100)

インド パキスタン

1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004

1998 1999 2000 2001 2002 2003 20041998 1999 2000 2001 2002 2003 2004

60

80

100

120

140

60

80

100

120

140

60

80

100

120

140

60

80

100

120

140

図表9 アジア危機以降のアジアの為替レート

(9-1) 対ドル名目レート

注)韓国は名目実効実質レート。数値の増加は当該国通貨の増価を表す。出所)IMF“International Financial Statistics”、OECD“Main Economic Indicators”、ADB“Key Indicators”、タイ中央銀行、イン

ド準備銀行、台湾中央銀行、台北外為市場発展基金会

(1998年=100)

中国

(1998年=100)

マレーシア フィリピン タイ

(1998年=100)

韓国 シンガポール 台湾

(1998年=100)

インド パキスタン

1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004

1998 1999 2000 2001 2002 2003 20041998 1999 2000 2001 2002 2003 2004

60

80

100

120

140

60

80

100

120

140

60

80

100

120

140

60

80

100

120

140

(9-2)実質実効為替レート

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40 開発金融研究所報

(3) 2001年~現在: 政府が資本輸出の主

(外貨準備の大幅増加による資本流出)

2001年以降の第2の期間においては、外貨準

備の増加という形で、もっぱら政府が資本流出さ

せている。2001年~02年には、その他投資、証

券投資、ヤミ資金は、純流入が小幅化ないし小幅

の純流出となり、直接投資を含めた民間資本は大

幅な純流入となった。そして2003年以降は、そ

の他投資と証券投資の大幅な純流入が復活し、民

間資本全体はさらに大幅な純流入となった。

その他投資の主要部分である銀行融資の動向を

国際決済銀行のデータで確認すると、先進国の銀

行のアジア・太平洋途上国向け与信残高は、

2003年から大幅な増加に転じている。特に、日

本以外の先進国の銀行与信残高は急回復し、

2004年にはアジア危機前のピーク水準を上回っ

ている。日本の銀行の与信残高も2003年から増

加に転じたが、回復のテンポは非常に緩やかなも

のにとどまっており、日本の銀行のアジアからの

撤退は際立っている。

2001年以降民間資本が大幅な純流入となった

結果、「経常収支黒字額+民間資本純流入額(誤

差脱漏含む)=外貨準備増加額」という関係にあ

るので、第2の期間においては外貨準備が大幅に

増加している。大幅な輸出超過(経常収支黒字)

による外貨流入に加え、民間資本が活発に流入し

てくる中で、外貨準備の増加という形で政府がも

っぱら資本を流出させる役割を担うという構図と

なっている。これをアジア危機前の資本流出入の

構図と比較すると、危機前も民間資本が活発に流

入した点では共通しているが、危機前は経常収支

が赤字だったので、外貨準備の増加は比較的小幅

であったが、危機後は経常収支が黒字化している

ので、外貨準備の増加が大幅となっている。特に

2003年~04年は、経常収支黒字がさらに拡大す

る中で、民間資本の流入が一層大幅化しているの

で、外貨準備の増加が著しい。

なお、誤差脱漏に見るヤミ資金は、アジア危機

前および危機後も純流出していたが、2003年~

04年には純流入に転じている。これは主に、中

国の元切り上げ思惑から大幅なヤミ資金が中国に

流入したことによる。

(外貨準備の大幅拡大の要因)

外貨準備増加の直接的な理由は、アジア諸国の

政府が為替市場に介入して外貨(主にドル)を購

入しているからである。それではなぜ大幅な外貨

買い介入をしているのであろうか。

一般に途上国の場合、政府が為替市場介入や資

本取引規制によって、固定的ないし安定的(=変

動幅が小さい)な為替レートを維持する政策をと

っている。アジア諸国も程度の差はあれ例外では

なく、アジア危機後もほとんどの国の為替レート

は安定的に推移している(図表9)。そのような

政策がとられているのは、為替市場の厚みがない

(=取引が少ない)ため、為替レートの決定を市

場の需給に完全に委ねると為替レートが大きく変

動する可能性があること、さらに国内金融市場が

未発達で国内企業にとって為替変動リスクへの対

応が困難であることなどが主な理由となってい

る。

アジア諸国の外貨準備が増加しているというこ

とは、政府が外貨買い介入をすることによって、

市場の需給で決まる為替レート水準よりも割安な

為替レートが維持されているということを意味す

る。そうした政策をとっている理由については、

中国とそれ以外の国々の2つに分けて考える必要

がある。

まず、中国以外のアジア諸国の場合は、基本的

に次の2つの動機があると考えられる。第1は、

割安の為替レート維持することによって、輸出主

導の成長を図るという動機である。第2は、手厚

い外貨準備を確保することによって、将来の国際

金融危機に備えるという動機(self-insurance)

である。

アジア危機の際は、ASEAN諸国や韓国などは

深刻な打撃を受けた。今後もしアジア危機のよう

な民間資本の急激な流出に見舞われた場合、十分

な外貨準備があれば自国通貨の安定を確保しやす

くなる。また、十分な外貨準備があれば、資本逃

避や投機は起こりにくく、国際金融危機の未然防

止に役立つ。なおアジア危機直後、米国の有力な

エコノミストFeldsteinは、アジア危機のような

国際金融危機を防ぐ国際的な仕組みは当分期待で

きないので、途上国の自己防衛策の1つとして、

平時に十分な外貨準備を蓄えておくことが重要だ

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2005年11月 第27号 41

と述べている(Feldstein 1999)。外貨買い介入

は、輸出主導の成長確保という政策目的と、将来

の国際金融危機に対する自己防衛的な政策目的を

同時に満たすものであり、したがって2つの政策

目的は相互に補完的であると言える。

一方、中国の外貨準備累積は、その他アジア諸

国の場合とは、異なった事情がある(谷内2004

年)。中国の場合は、次の理由から国際金融危機

への備えとしての動機は少ないと考えられる。第

1に、中国の資本流出入は依然厳しく規制されて

おり、短期資本の突然の逆流による国際金融危機

は起こりにくい。実際、中国はアジア金融危機に

直接巻き込まれることはなかった。第2に、後述

するように、どの程度の外貨準備が適正かを判断

するのは難しいが、中国は危機への備えとしては、

おそらく既に十分過ぎるほど外貨準備を蓄積して

いると考えられる。

中国の場合、もし巨額の為替介入がなければ元

は相当強くなるわけだが、そうした元高圧力が働

いている基本的な要因の1つは、中国の歪んだ資

本流出入構造にある。中国は直接投資については

これまで規制を大幅に緩和しており、海外からの

直接投資が活発に流入しているが、他方資本流出

(=対外投資)については、最近一部規制緩和さ

れてきているものの依然厳しく規制されており、

資本流出は非常に少ない。こうした歪んだ資本流

出入構造に加え、経常収支が継続して黒字である

こと、2003年頃からは元切り上げ思惑の投機的

資金が流入していることから、大幅な元高圧力が

働いている。

中国が外貨準備増加を避けるには、基本的に2

つの選択肢がある。第1は、資本取引規制は現状

のままで、為替市場介入をやめることである。そ

の場合、元は大幅に増価することは必至で、輸出

の減速による失業増加、特に既にリストラを迫ら

れている国営企業の雇用問題の一層の深刻化が懸

念される。第2の選択肢は、対外投資規制を撤廃

ないし大幅に緩和して、元高圧力を緩和すること

である。もしそれによって大量の資本流出が起こ

れば、元安圧力に転じる可能性もある。しかし、

大量の資本流出が起こった場合、不良債権問題や

汚職など深刻なガバナンス問題を抱えている脆弱

な国内銀行システムが耐えられないという懸念が

ある。

従って、中国としてはどちらの選択肢もとりが

たく、安定的な為替レートを維持するために外貨

買い介入を行っているので、外貨準備が累積して

いるというのが現状であると考えられる。

(どの程度の外貨準備が適正水準か)

アジア諸国の外貨準備が、アジア危機直前の水

準に比べ、著しく増加していることは前に見た。

1国にとってどの程度の外貨準備額が望ましい適

正な水準と言えるのか、適正な水準に比べ現在の

アジア諸国の外貨準備水準は過剰と言えるのかど

うかについて検討しよう。

どの程度の外貨準備が適正水準かについては、

大まかな基準(rule of thumb)として、その国

の3~6か月分の輸入額程度という基準がある

(図表10)。各国の財・サービスの輸入額を使って

計算すると、現在のアジア諸国の外貨準備は、ほ

ぼ適正か(フィリピン3.1ヶ月分、パキスタン5.3

か月分)あるいは適正水準を大幅に超過(台湾

15.4か月分、中国12.1か月分など)していること

になる。この基準は、1970年代~80年代におい

て、多くの途上国では固定為替レート制がとられ

かつ資本取引がかなり閉鎖的あったので、外貨準

備は輸出入の変動に対するセーフガードとしての

役割を持っていたこと基づいている。しかし、

1990年代以降、途上国の資本取引規制が緩和さ

れてきた結果、海外との資本取引が活発化してお

図表10 アジア諸国の外貨準備

注)輸入カバー率は2004年データで、輸入は財サービス輸入額をとっている(ただしインドネシアは財輸入額)。短期債務/外準は2003年データ(ただし韓国は02年)。

出所)IMF“International Financial Statistics,”World Bank“Global Development Finance,”ADB“Key Idicators,”台湾中央銀行

2004年/1996年 輸入カバー率 短期債務/外準(倍率) (何ヶ月分) (倍率)

中国 5.7 12.1 5.6韓国 5.9 8.9 2.6台湾 2.8 15.4 4.3フィリピン 1.3 3.1 2.2インドネシア 1.9 8.3 1.5タイ 1.3 5.9 3.8 マレーシア 2.5 6.7 5.0 インド 6.3 11.0 20.9 パキスタン 17.9 5.3 8.8

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42 開発金融研究所報

り、外貨需給の変動要因としては、貿易よりも資

本取引の方がより重要になってきている。

そこで、輸入額をベースにした基準に代わるも

のとして、外貨準備高がその国の短期債務残高

(満期1年以内)をカバーしているかどうか(1

倍)という基準がある。アジア諸国は1倍を優に

超えている。中国5.6倍、台湾4.3倍、韓国2.6倍と

なっており、ASEANではマレーシア5.0倍、タイ

3.8倍が特に高い。南アジアはさらに高く、イン

ド20.9倍、パキスタン8.8倍となっている。短期債

務残高をベースにする基準からしても、現在のア

ジア諸国の外貨準備水準は過剰だということにな

る。

このような伝統的な大まかな基準に加えて、計

量的手法による適正な外貨準備水準の推計も行わ

れている。IMFは、経済規模(GDP)、資本勘定

取引の脆弱性指標(金融開放度、貨幣量のGDP

比など)、経常勘定取引の脆弱性指標(輸入額の

GDP比、輸出額の変動)を使った回帰分析によ

り、各国の適正な外貨準備額を推計している

(IMF 2003)。この分析によれば、アジア諸国の

外貨準備は、2002年以降過大となっている。

しかし、アジア危機の時のように、パニック状

態で資本流出が起こった場合に対抗できる外貨準

備の水準は、伝統的な大まか基準や、計量分析に

よる適正水準をはるかに超える可能性がある。ひ

とたび国際金融危機が起これば、経済・社会的な

コストは膨大である。アジア金融危機では、

1998年のタイの経済成長率はマイナス10%とな

り、高失業や倒産増加など大きな犠牲を払うこと

となった。金融危機の膨大な経済的、社会的なコ

ストを考えれば、保険としての外貨準備の適正な

水準は、伝統的な指標などが示す適正水準よりも

かなり高いと考えられる。

(4) 2003年から民間資本流入が活発化

2003年以降、民間資本の流入が活発化してい

る。2003年から証券投資の純流入が大幅なプラ

スに転じ、2004年からその他投資(銀行融資な

ど)の純流入が大幅なプラスに転じた。また、直

注)新興国株価指数はMSCI新興国株価指数、米国の株価指数はS&P500指数。データは2004年12月まで。

100

150

200

250

300

350

400

450

500

550

600

1988 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 1999 2000 2001 2002 2003 2004

(1998年1月=100)

新興国の株価指数

米国の株価指数

図表11 新興国と米国の株価指数

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2005年11月 第27号 43

接投資も2004年には、アジア主要国すべてで増

加が見られた。誤差脱漏に見るヤミ資金も、従来

純流出であったが、2002年に純流入となり、

2003~04年には純流入が大幅化した。一方、中

南米新興国への民間資本流入の回復は見られず、

その他投資、証券投資ともに比較的大幅な純流出

が続いている。アジア諸国において経常収支黒字

が拡大する中で、民間資本の純流入が本格的に拡

大しだしたということは、外貨準備がさらに大幅

に増加したということを意味する。

一般に、アジア諸国を含めた新興国に対する銀

行融資と証券投資の形での民間資本流出入は、大

幅に変動する特徴がある。民間資本流出入の変動

の要因としては、借り手要因(pull factors)と

貸し手要因(push factors)に分けて考えること

ができる。英国の中央銀行は最近の調査レポート

で、アジア危機以前と以後で新興国への民間資本

流出入が大きく変動した要因について、借り手要

因と貸し手要因に分けて分析している(Bank of

England 2004)。借り手要因には、新興国の景

気動向、対外債務のGDP比、経常収支のGDP比

などが含まれ、貸し手要因には、先進国の景気動

向や金利、世界的な株収益率などが含まれている。

この分析によると、新興国への銀行融資の変動に

は、借り手要因と貸し手要因が同程度作用してい

るが、新興国への証券投資の変動には、貸し手要

因の方がより重要な役割を果たしている。

2003年以降のアジア諸国への民間資本流入の

拡大には、どのような借り手要因、貸し手要因が

作用したのであろうか。借り手要因としては、ま

ずアジア諸国の成長パフォーマンスの改善があげ

られる。アジア新興国全体の成長率は、2001年

の4.5%を底に2002年より6%台の成長に回復し、

2004年には7.3%の高い成長となった。また、ア

ジア諸国の経常収支黒字化と外貨準備の大幅蓄積

が、将来の金融危機のリスクを低下させているこ

とも、民間資本流入の復活に貢献している。株式

投資に関しては、2003年年初から新興市場国の

株価は急上昇しているおり、アジア諸国を含めた

新興国への株式投資が活発化している(図表11)。

2003年1月から2004年12月までに、米国の株価

(S&P500)は41.6%上昇したが、新興国の株価指

数(MSCI Emerging Markets)はさらにそれを

上回り86.7%も上昇した。

貸し手要因としては、先進国の金融緩和の継続

による低金利で、相対的に投資収益性の高いアジ

ア諸国への銀行融資や証券投資に資本が流入し

た。米国では2004年半ば以降段階的に、政策金

利を引き上げているが、長期金利は低位にとどま

っており、米国を含め先進国における低金利状態

は依然続いている。また、新興国の国際金利と米

国債と金利のスプレッドは、極めて小さくなって

おり、先進国投資家のリスク受容量(r i s k

appetite)が高まっていると考えられる。

2 世界的な直接投資の動向とアジア(1) 大きく変貌した途上国への資本の流れ

この節では、直接投資の動向を分析するが、途

上国への資本流入に占める直接投資の重要性を理

解するために、まず途上国への資本流入の長期的

変化の特徴を分析する。

途上国への資本の流れは、80年代以降大きく

変化している。以下の1つの点が重要な変化ない

し特徴である(図表12)。①民間資本の流入が大

幅に拡大し、公的資金の重要性が相対的に低下し

ている。②民間資本の変動は大きく、その結果、

途上国への資金の流れ全体も大きく変動するよう

になっている。③民間資本のうち直接投資の役割

が増大している。

(民間資本の役割増大)

第1の特徴は、民間資本の役割の増大である。

1980年代までは、先進国政府や国際機関からの

公的資金が、途上国への資本流入において大きな

比重を占めていた。しかし、90年代以降、民間

資本の流入が大幅に拡大する一方、公的資本の流

入はあまり変化がないので、公的資本の相対的重

要性は大きく低下した。途上国への資本流入に占

める公的資本のシェアは、80年代57.4%、90年代

22.1%、2000年代前半14.0%となっている。ただ

し、民間資本が流入するのは、高成長を実現して

いるあるいは今後の成長が見込まれる途上国で、

長期停滞のアフリカ諸国などには民間資本の流入

は依然少なく、公的資本への依存が続いている。

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44 開発金融研究所報

(民間資本の変動で、途上国への資本流入全体

が大きく変動)

途上国への資本の流れの第2の特徴は、途上国

への民間資金は大きく変動する傾向を持ってお

り、従って途上国への資本流入全体が大きく変動

するという点である。80年代の中南米の債務危

機の影響で、途上国への民間資本の流入は80年

代初頭から後半にかけて減少した。その後90年

代に入って、途上国への民間資本は急拡大したが、

97-98年のアジア危機以降大幅に縮小した。しか

し民間資本は2003年以降は急回復し、2004年に

は90年代後半のピークを上回った。このように

民間資本が大きく変動する結果、公的資金の方は

変動が少ないので、途上国への資本の流れ全体

(公的資金+民間資本)も大幅に振れるようにな

っている。従って、民間資金の流入が重要になっ

てきている新興国などの途上国にとっては、大き

く変動する資本の流れによって国内経済が撹乱さ

れないようにすることが大きな課題となってい

る。

図表12の棒グラフは、民間資本を①直接投資、

②債務性資金(銀行融資・債券投資など)、③株

式投資の3つの形態に分けて、その動向の変化を

見たものである。なお、途上国の場合債券投資は

比較的少なく、債務性資金のかなりの部分は銀行

融資が占めている。また、ここでの株式投資は経

営権支配を目的としないポートフォリオ投資とし

ての株式投資であり、経営権支配を目的とする株

式取得は直接投資に分類される*9。

民間資本の3つの形態の動向を見ると、先ほど

見た民間資本の変動の大きさは、主に債務性資金

と株式投資が大きく変動することによってもたら

されていることがわかる。一方、直接投資は比較

的変動が小さく、アジア危機以後の減少もなだら

*9 国際収支統計では、株式投資と債券投資は証券投資に分類され、銀行融資はその他投資に分類される。IMFの国際収支表作成マニ

ュアルでは、発行株式の10%以上の株式取得は、証券投資ではなく、直接投資に分類されることとなっている。

注)資本流入の各項目は非居住者資金のネット(流入額-流出額)である。出所)World Bank“Global Debt Finance Online Database”

(10億ドル)

公的資本 民間資本 債務性資金 株式投資 直接投資

-50

0

50

100

150

200

250

300

350

80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04

図表12 途上国への資本の流れ

Page 22: JBJP27 024 053 - JICA...2005年11月 第27号 25 1997年~1998年のアジア金融危機は、成長が 著しかった東アジア諸国に大幅に流入していた海 外資本が、突然大規模に逆流することによって引

2005年11月 第27号 45

かであった。市場で取引される証券投資は、投資

家のセンチメント次第で大きく変動することはよ

く知られているが、実は銀行融資も大きく変動す

る。途上国への銀行融資は短期融資のロールオー

バー(継続融資)が主なので、アジア危機のよう

なことが起こると、ロールオーバーがされなくな

り大幅な資本流出が起こりうる。

途上国への株式投資は、1980年代までほとん

どなかったが、90年代に急速に拡大した。途上

国のうちでも海外からの証券投資が行われるよう

になった国々の証券市場は、新興市場

(emerging markets)と呼ばれ、国際投資家の

間でその動向が注目されるようになった。なお、

新興経済(emerging economies)はそうした

国々を指している。株式投資による資本流入があ

るのは、一部の限られた国々であって、現在で

も依然、大多数の途上国の場合、海外からの株式

投資はゼロかほとんどないに等しい。

途上国への直接投資は、現地生産のための工場

新設など(グリーンフィールド投資)が主体で、

長期的コミットメントのもとに投資がなされるの

で、比較的変動が小さい。一方、先進国への直接

投資は、国境を越えるM&A型の投資(投資国も

投資受入国も先進国の場合が多い)が主体なので、

途上国への直接投資の場合と異なり変動はかなり

大きい。90年代後半はITブームで先進国の企業

同士のM&Aが活発に行われたが、ITバブル崩壊

で先進国への直接投資は2000年から2003年にか

けて67%も減少した。

(民間資本のうち直接投資の役割が増大)

途上国への資本の流れの第3の特徴は、民間資

本のうち直接投資の役割が増大していることであ

る。直接投資は90年代に入ってから著しく拡大

した。アジア危機後は緩やかに減少したが、債務

性資金と株式投資が著しく減少したので、直接投

資は途上国への資本流入全体(民間資本+公的資

本)の過半を占めるようになった。ただし、

2003年からは、債務性資金と株式投資が急回復

している。

以上の途上国への資本の流れの長期的動向の特

徴、とりわけ直接投資の位置づけを踏まえて、以

下では直接投資の動向の特徴を詳しく分析しよ

う。

(2) 途上国への直接投資の特徴

途上国への直接投資の動向の特徴としては、①

1990年代の飛躍的増加と、アジア危機後の調整、

②投資受入国の集中、③M&A投資は少なくグリ

ーンフィールド投資(現地子会社を通じた新規工

場の建設など)が主体であること、があげられる。

一方、途上国からの直接投資(先進国向けないし

他の途上国向け)は従来非常に低水準であったが、

2003年以降急拡大していることが注目される。

(直接投資は90年代以降飛躍的に増加)

まず第1に途上国への直接投資の長期的推移を

見ると、途上国への直接投資は、80年代以降拡

大のテンポが高まったが、特に90年代に入って

から飛躍的に増加している。UNCTAD(国連貿

易開発会議)のデータで10年毎の投資額の倍率

を見ると、70年代は2.4倍、80年代は4.4倍であっ

たが、90年代は6.8倍と大幅に増加した。しかし、

途上国への直接投資は、2000年をピークに2002

年まで37%減少した。2003年以降直接投資は回

復に転じている。

なお、前出の図表12は世界銀行データによっ

ており、世界銀行データでは2000年代初頭の直

接投資の減少幅はUNCTADデータよりも小さい

(1999年~2003年までに17%減少)。UNCTADデ

ータと世界銀行データでは、途上国のカバレッジ

が異なっているため動向が異なるが、2000年代

初頭を除けばあまり大きな違いはない。2000年

代初頭には、直接投資額の大きい香港

(UNCTADデータには途上国に含まれるが世界

銀行データでは含まれない)への投資が、後述す

る理由で大きく減少したことが、UNCTADデー

タで見た途上国全体への直接投資の比較的大きな

減少の要因となっている。

90年代の直接投資の急拡大は、銀行融資、証

券投資を含め民間資本全体の流入拡大の中で起こ

っている。その背景としては、新興国特に東アジ

ア諸国の高成長の持続、新興国全般における資本

取引規制の緩和や国営企業の民営化、先進国企業

の多国籍企業化の進展などがあげられる。90年

代を通じて、アジアへの直接投資が大幅に拡大し

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46 開発金融研究所報

たが、90年代後半からは中南米への直接投資も、

国営企業の民営化に伴う外資参入などで大幅な増

加が見られた。

1997年のアジア危機勃発以降、銀行融資、証

券投資の流入が急速に縮小したが、直接投資も

2000年代初頭に減少した。ただし、直接投資の

減少幅は、銀行融資や証券投資の減少幅よりも小

さかった。直接投資の減少には、アジア危機の発

生で投資家にとって新興国のリスクが高まったこ

とが影響している。国際決済銀行の分析によると、

アジア危機やその余波で金融危機に見舞われた

「危機国」(タイ、インドネシア、ブラジルなど)

への直接投資が減少したのに対し、「非危機国」

への直接投資はほぼ変化がない(BIS 2004)。

2003年から他の形態の民間資本同様、直接投資

も回復している。この場合も、銀行融資や証券投

資の回復が急速であるのに対し、直接投資の回復

は穏やかである。

(直接投資は一部の国に集中)

途上国への直接投資の動向の第2の特徴は、投

資受け入れが一部の国に集中している点である。

UNCTADデータで、1990年以降各年における投

資受入額上位10カ国への投資額が途上国全体へ

の投資額に占めるシェアを見ると、年によって変

動するが、おおむね70~80%である。上位5カ

国では、おおむね50~60%である。

中国が第1位であり、2000年~2004年平均で

24.6%のシェアを占めている。つまり、中国は途

上国への直接投資全体の1/4を吸収しているこ

とになる。市場経済への移行を始めた1980年代

初頭においては、中国のシェアはわずか1%であ

ったので、直接投資受け入れ先としての中国の躍

進はまさに目覚しいものがある。中国以外で上位

5カ国に入る国は、年によって若干異なるが、香

港、シンガポール、メキシコ、ブラジルなどであ

る。

(M&A投資は少ない)

第3の特徴は、途上国への直接投資は、M&A

投資は少なくグリーンフィールド投資が主体であ

るという点である。直接投資による新規投資は、

現地子会社を通じた新規工場の建設などのグリー

ンフィールド投資と、国境を越えた企業買収など

のM&A投資に大別できるが、直接投資のデータ

には、新規投資に加え、過去に設立した現地子会

社や過去に株式取得した外国企業に対する追加的

出資や長期貸付などが含まれる。なお統計上、発

行株式の10%以上の株式取得は、ポートフォリオ

投資である証券投資ではなく、経営支配権の取得

を目的とした直接投資に分類されるが、これは直

接投資のうちM&A投資にあたる。

UNCTADは、各国への直接投資とM&A投資

の各年のデータと公表している。厳密には概念上

の違いから、UNCTADデータのM&A投資額は

直接投資の一部と言えないが、しかし直接投資の

うちM&A投資が、おおまかにどの程度のシェア

を占めているか見ることはできる(概念上の違い

は*10を参照)。途上国の場合、M&A投資のシェ

アは30%程度で、残り70%程度は、新規のグリー

ンフィールド投資ないし追加投資となっている

(図表13)。一方、先進国の場合は、M&A投資の

シェアは80%程度とかなり高く、途上国の場合と

対照的である。

M&A投資は金融投資的な側面を持っており、

また多国籍企業は国際的戦略や経営状況に基づい

て機動的にM&A投資を行うので、変動が非常に

大きい。その結果、M&A投資の比重が高い先進

国向け直接投資は、これまでも大きく変動してき

た。前述したように、先進国向け直接投資は

2000年から2003年にかけて67%も減少した。グ

リーンフィールド投資の場合、工場建設など物理

的投資を伴い、長期的なコミットメントのもとに

投資が行われるので、短期の経済情勢にあまり左

右されず比較的変動が少ない。途上国への直接投

資はグリーンフィールド投資の比重が高いので、

*10 UNCTADデータのFDIとM&A投資の概念上の主な違いは以下の通り。各年のFDIのデータには、当該年に投資された金額が計上

されるが、一方、各年のM&A投資のデータには、当該年に交渉が成立した金額が計上されており、全額が当該年に支払われると

は限らない。また、M&A投資には、例えば米国の株式市場に上場されているA国企業の株式が、米国企業や第3国企業によって

取得され、必ずしもA国に資本が流入しない場合が含まれている。ただし、途上国の場合、国際株式市場に上場している企業は少

ないので、後者の概念の違いは重要ではないと考えられる。

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2005年11月 第27号 47

先進国への投資や証券投資などと比べ変動が穏や

かとなっている。しかし、今後途上国でのM&A

投資が増加していけば、途上国向け直接投資も変

動が大きくなるであろう。

(新しい展開:途上国からの直接投資が急拡大)

以上では、途上国への直接投資の動向の特徴を

見たが、途上国からの直接投資が最近著しく増加

していることが、途上国をめぐる直接投資の1つ

の重要な特徴となっている。途上国から先進国な

いし他の途上国への直接投資は、90年代以降低

水準ながら徐々に増加していたが、2003年以降

大幅に拡大している。世界銀行のレポート

(2005)によると、90年50億ドル、2002年160億

ドル、2004年400億ドルとなっている。

途上国への直接投資の水準(2004年1,655億ド

ル)と比べると、途上国からの直接投資は依然低

い水準にあるが、最近の大幅拡大は特記に値する。

特に中国は対外直接投資に最近積極的になってお

り、大型の買収が世界的なニュースにも登場する

ようになっている。聯想(レノボ)によるIBM

パソコン事業の買収、中国海洋石油による米国の

大手石油会社ユニカル買収の断念、中国石油化工

によるカナダの石油会社ペトロカザキスタンの買

収合意などが例として挙げられる。

(3) アジアへの直接投資の動向

以上の途上国全体への直接投資の動向を踏まえ

て、1990年以降最近までのアジア諸国への直接

投資の動向を分析しよう(図表14)。

中国への直接投資は、その規模が大きいことは

前に見たが、90年以降最近年までほぼ一貫して

拡大していることも、途上国全体への投資動向や

他のアジア諸国への投資動向との比較において、

重要な特徴となっている。中国への投資は、アジ

ア危機の余波で危機直後2~3年やや減少した

が、その後堅調に増加し、2004年の投資額は危

機直前(1996年)の水準を36.7%上回っている。

なお、1990年の投資額と比べると約16倍となっ

ている。

注)1995~2004年の平均。途上国はUNCTAD定義の途上国と南東欧・CIS諸国の合計(172カ国)。出所)UNCTAD“World Investment Report 2005”

先進国

M&A以外

M&A

途上国

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

(%)

図表13 直接投資全体に占めるM&A投資のシェア

Page 25: JBJP27 024 053 - JICA...2005年11月 第27号 25 1997年~1998年のアジア金融危機は、成長が 著しかった東アジア諸国に大幅に流入していた海 外資本が、突然大規模に逆流することによって引

48 開発金融研究所報

一方、ASEANの主要4カ国(フィリピン、イ

ンドネシア、タイ、マレーシア)への投資は、90

年代拡大したが、中国と比べるとその拡大テンポ

はかなり緩やかであった。アジア危機以降は低迷

し、2004年の投資額は危機直前の50.2%減となっ

ており、中国と対照的である。この水準は1990

年の水準をわずかに上回るにすぎない。

ASEAN主要4カ国のうちで特に低迷が著しい

のは、インドネシアである。インドネシアへの投

資はアジア危機後の1999年~2001年に大幅なマ

イナスを記録し、2002年以降はほぼゼロ近傍に

とどまっている。ここでの直接投資のデータは対

内直接投資の純流入なので、マイナスの値は外国

投資企業の撤退(現地子会社の売却など)を意味

する。インドネシアは、政治的不安定や汚職体質

などから外国企業から敬遠されていることを示し

ている。

アジアNIEs(韓国、台湾、香港、シンガポー

ル)全体の投資の動向は、投資水準が高い香港

(UNCTADデータベースで世界の受入国上位5

位にしばしば入る)への投資の動向に左右される。

特に、香港への投資は、2000年に突出して増加

している。これは中国のWTO加盟をにらんで多

国籍企業が一時的に香港に投資資金を流入

(“park”)させたこと、通信分野での大型の

M&A投資があったことなどによるもので、一時

的な要因が重なったものと考えられる。香港以外

の3カ国への投資は、アジア危機以降総じて停滞

している。従って、アジア主要国の中では、中国

が「1人勝ち」の状況にあると言える。

直近の動向としては、2003年~2004年には、

中国以外のアジア諸国においても投資が緩やかに

増加する傾向が見られる。前に2003年からアジ

ア諸国を含め新興国への銀行融資や証券投資の民

間資本の流入が回復しだしたことを見たが、アジ

アへの直接投資の回復も、世界的な新興国への民

間資本流入の復活の一環として起こっていると考

えられる。

注)2000年のNIEsへの直接投資の急増は、香港への直接投資が諸要因から一時的に急増したことによる。出所)IMF“International Financial Statistics”、UNCTAD、各国統計

1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004

(10億ドル)

中国

NIEs

ASEAN4ヶ国

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

図表14 アジア諸国への直接投資

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2005年11月 第27号 49

この章では、グローバル・インバランスは米国

経済、世界経済にとってなぜ問題なのか、そして

グローバル・インバランスに対して米国およびア

ジア諸国がとるべき政策対応はどのようなものか

を検討する。

1 グローバル・インバランスの問題点グローバル・インバランスの主要な問題点とし

ては、次の4点が挙げられる。

①米国の経常収支赤字調整が遅れれば、ドル急落

によるハードランディングの可能性が否定できな

い。

②米国の債務返済負担や輸出産業の衰退によっ

て、緩やかなドル安による調整でも、米国経済は

将来の可処分所得の減少や摩擦的失業の増大とい

う問題に直面する。

③本来、成長ポテンシャルのあるアジア諸国が資

本輸入国(=経常収支黒字国)になるのが望まし

い姿で、その意味でグローバル・インバランスは

世界的な資源の効率的な配分を阻害している。

④アジア諸国の外貨準備累積は、金融危機防止と

いうメリットを持つ反面、アジア諸国にコストを

強いるものである。

(ハードランディングの可能性)

第1のハードランディングの可能性は、米国経

済のみならず世界経済にとって重要なリスクであ

る。従って、米国の経常収支問題は、世界経済の

不安定要因なのである。

先に見たように、米国の経常収支赤字縮小への

調整は、海外の投資家のポートフォリオ調整に伴

うドル安によって起こると考えられる。経常収支

赤字調整が遅れて、現在のような大幅な経常収支

赤字が長く続けば、米国の対外純債務のGDP比

はさらに増加を続ける。対外純債務のGDP比の

増加を止めるあるいは減少させるためには、大幅

な輸入削減と輸出増加、すなわち経常収支赤字の

大幅縮減ないし黒字転換が必要となる。大幅な経

常収支調整を実現するためのドル安は、それだけ

大幅なものになる。

必要とされる大幅ドル安が、もし短期間に起こ

ってドルが急落すれば、米国の株価暴落、金利急

騰などで米国経済が失速する。米国経済のハード

ランディングは世界経済のハードランディングに

つながりかねない。それは、①米国の輸入需要減

少や各国の通貨高によって米国以外の国の輸出が

減少して各国経済が低迷するリスク、②株価の世

界的連動の強まりから世界的な株価暴落が起こ

り、各国の株価暴落が各国経済を低迷させるリス

クがあるからである。

このようなハードランディングのシナリオが不

可避であるとは必ずしも言えない点には、留意す

る必要がある。第1に、必要とされるドル安調整

が大幅であっても、それが緩やかに時間をかけて

進めば、米国経済や世界経済へのショックは小さ

くなる。第2に、ドル安は「為替レート変化の評

価効果(valuation effects of exchange rate

adjustments)」を通じて米国の対外純債務を減

少させる効果を持つので、大幅な経常収支調整や

大幅なドル安が起こらない可能性がある。

為替レート変化の評価効果とは、次のことを意

味している。一般に先進国の場合、対外債務は自

国通貨建てが多く、対外資産は当該国通貨建てが

多い。特に米国の場合は、ドルが基軸通貨として

使われているので、米国の対外債務のほとんど全

てが自国通貨建て(ドル建て)となっている。従

って、ドル安になると、ドルで評価した対外債務

は変化しないが、ドルで評価した対外資産は増加

するので、米国の純債務が減少する。このように

為替レート変化が、自国通貨建ての対外債務・資

産の評価額を変化させて対外投資ポジションを変

化させる効果は、評価効果と呼ばれる*11。為替レ

ート変化の評価効果は、近年の金融国際化の進展

第3章 グローバル・インバランスの問題点と政策対応

*11 対外純債務が大きく、かつ他国通貨建て(ドル建てなど)の対外債務が多い新興国の場合(中南米の新興国など)、自国通貨安に

なると、先進国の場合とは逆に、評価効果で対外純債務が増加する。従って、それらの国で経常収支赤字が大幅化した場合、そ

の調整はより厳しいものになる。自国通貨安は経常収支赤字を減らし対外純債務の拡大を抑える効果を持つが、一方で評価効果

によって対外純債務が拡大するので、大幅な通貨安と経常収支調整が必要とされる。

Page 27: JBJP27 024 053 - JICA...2005年11月 第27号 25 1997年~1998年のアジア金融危機は、成長が 著しかった東アジア諸国に大幅に流入していた海 外資本が、突然大規模に逆流することによって引

50 開発金融研究所報

で、より重要になってきている。特に1990年代

以降、資本流出と流入の双方向での資本移動が活

発化して、各国の対外資産と対外債務が両建てで

飛躍的に増加している。その結果、為替レート変

化が評価効果を通じて、1国の対外投資ポジショ

ンに以前より大きな影響を与えるようになってき

ている。

他の先進国以上に対外債務が自国通貨建てとな

っている米国の場合、評価効果はかなりあると考

えられる。2002~03年にドル安が進行したが、

IMFの推計によると、その間の大幅な経常収支

赤字による対外純債務増加分の3/4程度が、ドル

安による評価効果で相殺されている(IMF 2005)。

従って、今後の展開を考えると、いずれかに時点

で、外国投資家がドル資産保有増加にブレーキを

かけ、その結果ドル安が始まるだろう。ドル安は

直ちに米国の純債務を減少させるので、大幅な経

常収支調整がなくとも、米国の対外純債務の

GDP比は安定化し、ドル安が大幅化しない可能

性がある。

なお、評価効果を通じた調整は、米国資産保有

国から米国へ「富の移転(wealth transfer)」が

起こることを意味する。それは、ドル安によって、

米国の対外資産のドル評価額が増加する一方で、

これまで経常収支黒字で米国の赤字をファイナン

スしてきたアジア諸国や日本などが保有する米国

資産(米国国債など)の自国通貨建て評価額が減

少するからである。

このようにハードランディングが回避される可

能性は少なくない。しかし、緩やかなドル安進行

や評価効果に期待して、現在のような大幅な経常

収支赤字を続けることは危険である。投資家の心

理が突然大きく揺れて、資本流入の逆転が急激に

起こってドルが急落する可能性は否定できないか

らだ。アジア金融危機は、国際投資家の心理は移

ろいやすいものであることを示した。従って、米

国の経常収支赤字問題という世界経済のリスク要

因は、早めに芽を摘んでおく必要がある。

(米国経済の将来負担)

第2の問題点は、経常収支調整が遅れれば遅れ

るほど、ドル急落を伴わなくとも、米国経済は大

きな負担を強いられるという米国経済自身の問題

である。1つは債務返済能力をめぐる問題である。

米国は経常収支赤字に見合う額の資本を毎年輸入

しているわけだが、流入資金は米国企業の設備投

資を高めているわけではなく、むしろ住宅投資や

消費の高水準を支えていると考えられる。住宅投

資や消費に使われた資源は米国の将来の所得を増

やさないので、所得から債務返済分を除いた米国

民の可処分所得はより大きく減ってしまう。つま

り、経常収支調整が遅れれば遅れるほど、将来の

債務返済負担が重くなるということを意味する。

もう1つの問題は、米国の雇用などにとって調整

コストが大きくなるという点である。米国が将来

対外債務を返済するためには、今後輸出を拡大し

なければならない。しかし、経常収支調整が遅れ

れば遅れるほど、その間のドル高で製造業などの

輸出産業が衰退してしまう。将来ドル安が進んで、

内需向け産業から外需向け産業への資源の移転が

必要となった時、失業や企業倒産など産業転換の

調整コストが大きくなる。

(世界的な資源配分の非効率)

第3の問題点は、世界的な資源配分の非効率の

問題である。アジア諸国などの新興国の場合、①

資本・労働比率が依然先進国よりも低いこと(つ

まり資本設備が不足している)、②投資をめぐる

環境(法制度、透明性、効率的金融制度など)は

他の低所得国と比べれば相当改善されていること

から、投資の収益率は潜在的に高く、高い成長ポ

テンシャルを持っていると考えられる。他方、先

進国の場合は、資本・労働比率はすでに高く(つ

まり資本設備が過剰)、また高齢化の進行で労働

人口が減少し今後資本・労働比率がさらに上昇す

るので、投資の収益性は低くなる傾向にある。

ただし、先進国の投資をめぐる環境は整備され

ており、その点は先進国での投資収益率を高める

要因となっている。特に米国は、新興国や他の先

進国と比べても、投資環境は優れており、相対的

に高い収益率を保ちうると考えられる。本来の姿

としては、投資収益率が潜在的に高い新興国が、

経常収支赤字となって資本を輸入して、より高い

投資を実現し、将来の所得をより高めることが望

ましい。そうなることは、世界の資源配分の効率

性が高まることを意味する。一方、米国は、経常

Page 28: JBJP27 024 053 - JICA...2005年11月 第27号 25 1997年~1998年のアジア金融危機は、成長が 著しかった東アジア諸国に大幅に流入していた海 外資本が、突然大規模に逆流することによって引

2005年11月 第27号 51

収支赤字のGDP比を2~3%程度に低下させ、

対外純債務のGDP比の上昇を止めることが望ま

しい。

(外貨準備増大のデメリット)

第4の問題点は、外貨準備増大のデメリットの

問題である。先に検討したように、アジア諸国が

外貨準備を増大させている1つの重要な動機は、

突然の資本流出による国際金融危機への備えがあ

る。外貨準備増加は金融危機回避の1つの手段に

過ぎないが、潤沢な外貨準備が金融危機のリスク

を少しでも軽減していることは、外貨準備増大の

メリットである。また中国の場合は、歪んだ資本

流出入構造の是正や国内金融システムの脆弱性克

服などの構造改革には時間がかかるので、中国元

の増価を防ぐための外貨買い介入(=外貨準備増

大)は時間稼ぎとしてのメリットがあると考えら

れる。

しかし、多額の外貨準備蓄積には、いくつかの

デメリットもある。

外貨準備蓄積のデメリットの第1は、将来ドル

安となった場合のキャピタル・ロスである。アジ

ア諸国の外貨準備の大部分は米国国債などドル資

産で運用されているわけだが、今後米国の経常収

支赤字調整のためにドル安が起これば、アジアの

政府は多額のキャピタル・ロスを被る恐れがあ

る。

第2のデメリットは、不胎化に伴う弊害である。

外貨買い介入は、中央銀行が為替市場で自国通貨

を売って外貨を買うことなので、介入が行われる

と国内の通貨供給量が増加する。不胎化とは、通

貨供給増加を放置すればインフレになるので、中

央銀行が国債や中央銀行債を市場に売って、増加

した国内通貨供給を吸収するオペレーションを意

味している。不胎化は財政コストを伴うことがあ

る。中央銀行が買い入れた外貨は、外貨準備とし

て米国債などの外国資産で運用されるが、外国資

産の運用金利(主に米国金利)が、中央銀行が不

胎化のために売却した国内債の金利よりも低けれ

ば、その差は政府の財政負担となる。これが、不

胎化の財政コストである。また、外貨介入が巨額

になった場合、不胎化が十分できず、通貨供給が

過大となってインフレを生じさせる危険もある。

ただし、巨額の外貨介入を行ってきている中国

について見ると、これまでのところ不胎化の弊害

はそれほど大きくないと考えられる。これまでの

分析では、中国の不胎化の財政コストは、わずか

なプラスかマイナス(すなわち利益が出ている)

と推計されている(Goldstein 2004)。インフレ

加速の危険については、2004年頃一時懸念され

たが、中国政府は不胎化による貨幣供給増加の抑

制に加えて、行政指導的手段で投資と貸出を抑制

してインフレ加速を防ぎ、2005年になってから

はインフレを懸念する状況とはなっていない。

第3のデメリットは、外貨介入によって割安な

為替レートを長期にわたって維持すると、資源の

非効率な配分が定着する恐れがある。ここで資源

とは、労働や資本設備などの経済資源を指してお

り、割安レートによって、そうした資源が貿易財

部門(輸出産業+輸入代替産業)に偏って配分さ

れてしまう。

2 グローバル・インバランスへの政策対応

(1) 米国がとるべき政策

それでは、グローバル・インバランスを是正す

るためには、どのような政策対応が必要であろう

か。大幅な経常収支赤字を抱えている米国の対応

と、その赤字をファイナンスしているアジア諸国

の対応が考えられる。

米国は国内の貯蓄不足(貯蓄<投資)を是正す

る必要がある。米国の貯蓄不足を是正するという

観点からは、財政赤字削減が特に重要である。な

お、財政赤字はマイナスの政府純貯蓄を意味する

(前出の*6参照)。

米国の財政収支は、2000年代前半に劇的に悪

化した。2000年度の連邦政府の財政収支はGDP

比2.4%の黒字であったが、2004年度にはGDP比

3.6%の赤字となっており、わずか4年の間に

GDP比6%にのぼる財政悪化が生じた。その主

要な要因は歳入の大幅減少にあり、この間歳入の

GDP比は第2次大戦以降の最高水準(20.8%)か

ら最低水準(16.8%)に低下している。

米国議会図書館調査局の分析によれば、この歳

入減の61%は減税によるものであり、残り39%が

景気要因による(Congressional Research

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52 開発金融研究所報

Service 2005)。米国は2001年以降2004年まで毎

年減税法案(ブッシュ減税)を成立させてきた。

それらの減税措置は時限措置で、終了年は具体的

な項目によって異なるが、最長で2010年となっ

ている。特に2001年に導入された減税パッケー

ジは大型で、10年間で1.3兆ドルの税負担を削減

する内容となっている。財政赤字削減のためには、

時限到来前に減税措置を縮小・撤廃する必要があ

る。歳出側でも、農業補助金や公的医療支出

(Medicare)などの削減が求められる。

ブッシュ政権は2009年度までに財政赤字半減

(対2004年度)の目標を実現するとしている。し

かし、ブッシュ政権は減税の縮小・撤廃は考えて

おらず、むしろ2005年度予算教書で、2001年度

以降に導入された減税措置の恒久化を提案してい

る。また歳出面では、イラク駐留費や国内テロ対

策費用、ハリケーン・カトリーナ災害の復旧費そ

の他、歳出増加要因が多く、財政赤字半減目標の

実現の状況は極めて厳しい。米国議会の審議の参

考のために行政府とは独立の立場で財政分析を行

う米国議会予算局の見通し(2005年8月)では、

2005年度以降2009年度まで財政赤字額はほぼ横

ばいで推移し、財政赤字半減目標は達成できない

としている。

米国の貯蓄を引き上げるためには、家計の貯蓄

率を高めることも重要であるが、有効な政策手段

はなかなかないというのが現状である。これまで

の貯蓄優遇の税制措置などのインセンティブ政策

は効果が上がっておらず、シンガポールの公的年

金のような強制貯蓄の制度導入が必要との考え方

も出ている(Bergstein 2005)。

(2) アジアがとるべき政策

グローバル・インバランス是正のためには、こ

れまで米国の経常収支赤字拡大の相当部分をファ

イナンスしてきたアジア諸国の側の政策対応も重

要である。先に分析したように、外貨準備蓄積の

動機は、中国とそれ以外のアジア諸国ではやや異

なるが、それぞれの国の国内金融システムの強化

が、グローバル・インバランスの是正に貢献する

という点で共通している。

中国以外のアジア諸国では、将来の国際金融危

機への備えとして、為替市場で外貨買い介入をし

て外貨準備を蓄積するという動機が働いていると

考えられる。もし外貨準備蓄積の必要性が低下す

れば、外貨買い介入が減り、自国通貨が増価する。

自国通貨の増価は、経常収支黒字を減少させ、グ

ローバル・インバランスの是正に寄与する。

アジア金融危機の経験の1つの重要な教訓は、

脆弱な国内金融システムと短期資本取引の自由化

の抱き合わせは国際金融危機を惹起する危険を持

つということであった。資本移動が自由化されて

資本流入が活発になった時に、国内金融機関が厳

格な審査能力を欠くなど脆弱であれば、海外から

流入した資金は回収見込みの疑わしい案件にも安

易に融資される。その結果企業倒産や金融機関の

破綻が表面化するようになると、それまで当該国

の成長見込みに強気だった海外資本が突然逆流し

てしまうリスクがある。

従って、金融監督の整備や経営ガバナンスの強

化によって、健全な銀行システムが構築できれば、

国際金融危機の未然防止に役立つ。また、アジア

諸国では未発達の国内債券市場を育成すること

も、将来の国際金融危機への対応として重要であ

る。現地通貨建ての債券市場に豊富な国内貯蓄が

投資されるようになれば、資本流出が起こって銀

行融資が減少した場合に、国内債券市場は企業に

とって代替的な資金調達手段となる。それよって、

資本移動の大きな変動が国内経済に与える悪影響

を軽減することができる。以上要するに、国内金

融システムの強化・発達は、国際金融危機への備

えの役割も果たすので、外貨準備の蓄積の必要性

を低下させる働きを持つ。

既に巨額の外貨準備を保有している中国が、外

貨買い介入で外貨準備をさらに増加させているの

には、国際金融危機への備えという要因よりも、

歪んだ資本流出入構造が関係している。現在の元

高圧力を軽減させるのは、対外投資(=資本流出)

を自由化していく必要がある。しかし、その前提

として、不良債権問題のみならず、融資審査能力

の低さや汚職などの深刻なガバナンス問題を抱え

ている国内銀行システムが強化されなければなら

ない。また、国有企業改革は、元の増価に対する

経済の抵抗力を高めるのにも役立つ。国内銀行シ

ステムの強化や国有企業改革の進捗に合わせて、

資本取引規制を緩和していけば、元レートの大幅

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2005年11月 第27号 53

な弾力化が可能になる。今後も中国の高成長は続

く公算が高く、高成長は長期的に通貨高をもたら

す力となるので、元レートの弾力化は、元の増価

をもたらすだろう。元高によって中国の経常収支

の黒字縮小ないし赤字転換すれば、グローバル・

インバランスの是正に貢献することになる。

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