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KEIO UNIVERSITY MARKET QUALITY RESEARCH PROJECT (A 21 st Century Center of Excellence Project) KUMQRP DISCUSSION PAPER SERIES DP2007-018 中国における企業所有制の改革と賃金構造の変化 -企業所有制別の賃金プロファイルの男女比較 馬 欣欣* 要旨 本稿では 1995 年と 2002 年中国都市家計調査の個票を用い、企業所有制改革に伴う中国の賃金構造 の変化に関する実証分析を行った。計量分析により、以下のことがわかった。(1)年齢の影響は、外資・民 営企業が一番小さい。(2)一般的人的資本と企業的特殊な人的資本の影響は、外資・民営企業が一番大 きい。(3)男女間賃金格差は、外資民営企業が一番大きい。これらの分析結果により、市場経済期に国有 企業では、人的資本を重視する賃金制度を実施すべきであることや、男女の差別的取扱いの問題を解決 するため、市場経済を任せず、特に外資・民営企業では、男女平等の労働政策の徹底は重要であることな どが示唆された。 *慶應義塾大学大学院商学研究科後期博士課程、慶應義塾大学経商連携21世紀COEプログラム研究 Graduate School of Economics and Graduate School of Business and Commerce, Keio University 2-15-45 Mita, Minato-ku, Tokyo 108-8345, Japan

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Page 1: KEIO UNIVERSITY MARKET QUALITY RESEARCH …ies.keio.ac.jp/old_project/old/gcoe-econbus/pdf/dp/DP...* 慶應義塾大学COE研究員、ma6713@hotmal.com.本稿の執筆にあたり、慶應義塾大学商学部清

KEIO UNIVERSITY MARKET QUALITY RESEARCH PROJECT (A 21st Century Center of Excellence Project)

KUMQRP DISCUSSION PAPER SERIES

DP2007-018

中国における企業所有制の改革と賃金構造の変化

-企業所有制別の賃金プロファイルの男女比較

馬 欣欣*

要旨

本稿では 1995 年と 2002 年中国都市家計調査の個票を用い、企業所有制改革に伴う中国の賃金構造

の変化に関する実証分析を行った。計量分析により、以下のことがわかった。(1)年齢の影響は、外資・民

営企業が一番小さい。(2)一般的人的資本と企業的特殊な人的資本の影響は、外資・民営企業が一番大

きい。(3)男女間賃金格差は、外資民営企業が一番大きい。これらの分析結果により、市場経済期に国有

企業では、人的資本を重視する賃金制度を実施すべきであることや、男女の差別的取扱いの問題を解決

するため、市場経済を任せず、特に外資・民営企業では、男女平等の労働政策の徹底は重要であることな

どが示唆された。

*慶應義塾大学大学院商学研究科後期博士課程、慶應義塾大学経商連携21世紀COEプログラム研究

Graduate School of Economics and Graduate School of Business and Commerce, Keio University

2-15-45 Mita, Minato-ku, Tokyo 108-8345, Japan

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中国における企業所有制の改革と賃金構造の変化

―企業所有制別の賃金プロファイルの男女比較

馬 欣欣 ∗

[要旨]

本稿では、1995年と2002年中国都市家計調査を用い、企業所有制別の賃金構造の変化に関

する実証分析を行った。

計量分析によって、以下のことが明らかになった。第 1 に、2 時点とも、単なる年齢の影響は外

資・民営企業が一番小さい。 第 2 に、2 時点とも、人的資本の影響は外資・民営企業が一番大き

い。第 3 に、各所有制企業において、いずれも市場経済の改革に伴って人的資本の影響が大き

くなる。第 4 に、各所有制企業において、他の条件が一定であれば、女性の賃金はいずれも男性

より低く、男女間賃金格差の拡大は外資民営企業が一番大きい。第 5 に、教育訓練を受けなかっ

た者に比べ、教育訓練を受けた者の賃金が上昇する。市場経済時期に賃金構造が年齢のみを

重視する年功賃金から学歴や勤続年数などの人的資本を重視する賃金構造へ変化したことが示

された。また、市場化の進展に伴って男女間賃金格差が拡大したことがわかった。

分析結果から、市場経済期に国有企業では人的資本を重視する賃金制度を実施すべきであり、

また、男女の差別的取扱いの問題を解決するため、市場経済を任せず、特に外資・民営企業で

は、男女平等の労働政策の徹底は重要であることなどが示唆された。

キーワート: 中国の企業所有制の改革 賃金構造 年功賃金 人的資本

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Ⅰ.はじめに

中国において、企業所有制と賃金制度は、経済発展にともなって変化してきた。計画経済期

(1949~77 年) には、社会主義改革が進んだ。とくに、1957 年には、民営企業や外資企業など

の民間企業が消滅し、中国企業が公有制企業 (国有企業と集団企業1) に転換したとともに、

「三鉄」2 と呼ばれる国有企業の雇用慣行が形成された (Holton 1990; Benson 1999; Li

and Kleiner 2001)。国有企業の賃金制度については、1956 年の賃金制度の改革を経て、旧ソ

連の賃金制度に基づいて 「職務等級賃金制度」 (政府公務員が 20 等級、企業の幹部が 17 等

級、企業の工人が 8 等級) が確立されたが、文化大革命時期 (1967~1977 年) には、賃金制

度が年功的に運用され、従業員の年齢が賃金上昇の主な要因になった (Knight and Song

1991; 董 2003;馬 2006b)3。

市場経済時期 (1978 年~現在) には企業所有制の改革に伴い、雇用自主権と賃金決定自

主権が拡大したとともに、雇用制度と賃金制度が大きく変化した。また 1990 年代以降、雇用調整

が行われ、国有部門 (国有企業、集団企業) の就業者人数が激減した(図 6-1)4。 雇用制

度の改革と同時に、国有企業においては、賃金制度が年功賃金制度から業績連動賃金制度へ

転換し、従業員が持つ人的資本が重視されるようになった (秦 2003;董 2003;邱 2004; 馬

2007b)。さらに、市場経済の進展とともに、民営企業と外資企業の雇用就業者の人数が増加した。

雇用・賃金決定の自主権を持つ民営・外資企業においては、市場原理に従って教育水準などの

人的資本が重視されている (Bowles and White 1998; 牧野・羅 1999)。

上記から、国有企業における雇用制度と賃金制度の改革に伴い、賃金構造は変化したことがう

かがえるが、具体的に (1) 年齢、勤続年数や学歴などの要因が、どの程度賃金に影響を与え

るか、(2) 企業所有制によって、これらの要因が、賃金に与える影響が異なるか、また、(3) 市

* 慶應義塾大学 COE 研究員、[email protected].本稿の執筆にあたり、慶應義塾大学商学部清

家篤先生、樋口美雄先生、北京師範大学李実先生から御指導および貴重な助言を頂いた。また、

2007 年中国経済学会全国大会で、桃山学院大学厳善平先生に多くの有益なコメントを頂いた。ここに

記して深く感謝したい。残る誤りは全て筆者の責任に帰する。 1 中国において、国営企業とは、企業における所有権および管理権がすべて国家に属するのである。

1978 年以降、すべての国営企業が国有企業に変名した。集団企業とは、企業における所有権と管理

権が地方あるいは出資集団に属するのである。 2 「三鉄」 とは、中国語で 「鉄飯碗」+「鉄交椅」+「鉄工資」 という意味である、つまり、「終身職業」、

「終身雇用」、「年功賃金」 という意味である。これらは国有企業の雇用慣行の特徴である。 3 職務等級賃金制度が賃金に与える影響については、計画経済時期に職務等級賃金制度における

職務等級の格差が低く、昇級昇給の回数が少なく、または昇級昇給の基準がほとんど年齢基準であり、

職務等級賃金制度は最後に悪平等主義の賃金制度になった (馬 2006b; 丸川 2002)。 4 90 年代以降、企業所有制別・女性就業者の人数の変化については、第 2 章を参照されたい。

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場経済の改革に伴って、これらの要因が賃金に与える影響はどのように変化したか、さらに (4)

男女の賃金構造は異なるかなどの点は明確ではない。しかしながら、現在までにこれらの課題に

関する実証分析は少なく、とくに賃金構造の男女差異に関する実証分析は、行われていない。し

たがって、本稿では、各所有制企業の賃金構造の変化を着目し、年功賃金の規定要因を切り口

とし、男性と女性に分けて計量分析を行う。その上で、企業所有制別の賃金プロフィイルの男女

比較を行う。

本稿の構成としては、第 2 節で、先行研究をサーベイし、第 3 節では分析の枠組みについて説

明する。第 4 節で、計測結果および仮説検証の結果について述べ、第 5 節では、推定値を用い

たシミュレ-ションについて説明する。最後に本稿の結論をまとめる。

Ⅱ.理論仮説、先行研究と仮説設定

1.年功賃金に関する諸理論仮説

まず、年功賃金に関する諸理論仮説を検討する。年功賃金の規定要因については、主に人的

資本理論、効率賃金理論、生活保障仮説などによって説明されている5。以下では、これらの理論

仮説について述べる。年功賃金においては、年齢が賃金に与える影響は 「年」 と 「功」 の 2

つに分けられる。本章では、「年」 は、単なる年齢の上昇にともなう賃金上昇の効果 (net aging

effect、以下では 「年齢効果」と呼ぶ) であり、「功」 は、勤続年数の上昇に伴う賃金上昇の効

果 (以下では 「特殊な人的資本効果」 と呼ぶ) であると定義される。

(1) 人的資本理論 (Becker 1964;Mincer 1974) によれば、賃金の上昇は、仕事を通じて

技能を習得する機会、すなわち OJT (on-the-job training) による「企業特殊的人的資本」

(special human capital) の上昇の結果であることが説明されている。勤続年数は企業特殊的人

的資本の代理指標である。したがって、人的資本理論によると、勤続年数が長いほど賃金が上昇

すると考えられる。

5 これらの理論理仮説の他にも学習モデル (learning model) や マッチングモデル (matching

model) がある。学習モデルは、情報の不完全性によって企業が雇用者の能力を正確には知り得ず、

勤続年数が長くなることに伴う情報の不完全性あるいは不確実性の減少の結果として賃金が上昇する

とするモデルである (Harris and Holmstorm 1982)。また、マッチングモデルは、企業と雇用者の相性

が雇用者の生産性、あるいは賃金に影響を与える。企業との相性が良くない労働者 (生産性や賃金

が低い者) は転職することを想定している。この仮説によれば、雇用者個人にとっては賃金が不変で

あったとしても、マクロ的に集計することによって、勤続年数が長くなると、見かけ上賃金が上昇すること

が観察される。ただし、これらの理論仮説を検証することは本稿の目的ではないことを留意しておく。

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次に、(2) 効率賃金仮説6によれば、企業では従業員の勤務不良 (shirt) と離職を抑制する

ために、定年まで年齢の増加に賃金上昇が間接的に形成されると指摘されている。具体的に言

えば、従業員が雇用期間の前半は、そのときの限界労働生産力より低い賃金を受け取ることで企

業に預託金として積み、雇用期間の後半には限界生産力より高い賃金を受け取り、定年までの

企業への貢献量 (生涯貢献量) と賃金の支払い総額をバランスさせるというような暗黙的契約

が結ばれるとされる。そのため、定年までの年功賃金が形成される。

また、(3) 生活保障仮説によれば、終身雇用あるいは長期雇用の場合、年齢の上昇に伴い、

労働者の子供に対する扶養費および教育費が上昇するため、年齢の上昇とともに賃金が上昇す

る賃金制度が設立されると説明される (小野 1989)7。

中国の場合、年功賃金の規定要因について、欧米との異なる面があると考えている。中国国有

企業の状況をみると、まず、(1) 計画経済期に、企業における生産・上納利潤が、すべて国家政

府によってコントロールされ、従業員の賃金水準と昇級昇給もすべて政府によって管理されるた

め、国有企業が従業員の人的資本を重視する必要性が、ほとんどなかった。したがって、人的資

本理論は、中国国有企業の年功賃金が説明できないと考えられる。また、(2) 国有企業では、

終身雇用制度が実施され、国家政府の統一配置以外に、自発的離職・転職が不可能であるため、

賃金制度が従業員の転職を抑制する目的として存在する必要性がない。したがって、効率賃金

仮説は、中国国有企業の年功賃金には、当てはまらないと考えられる。 (3) 国有企業の年功

賃金の規定要因については、小野 (1989) によって指摘されている 「生活保障要因」 の影響

は大きいと考えられよう。

2.中国に関する先行研究のサーベイ

中国の賃金構造に関する実証分析について、Knight and Song (1991) は、1988 年中国家

計調査 (CHIP1988) を用い、国有企業に比べ、外資企業の賃金水準が高く、しかも年齢が高

いほど賃金所得が高くなることを示している。

Kidd and Meng (1997) は、中国社会科学院計量経済研究所の 1981~1987 年国有企業の

パネルデータを用い、1981 年と 1987 年の OLS 賃金関数を推定し、日本、オーストラリア、アメリカ

に比べ、中国の場合、経験年数が賃金に与える影響が小さいことを指摘している。

6 効率賃金仮説の内容については、第 2 章を参照されたい。 7 小野 (1989) は、日本と韓国における年功賃金には、いずれも年齢の効果 (生活保障) が勤続

年数の効果 (人的資本) より大きいことを示している。

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また、Dong and Bowles (2002) は、1998 年の大連および厦門の 136 社 (741 個票) を利用

し、OLS とヘックマン 2 段階の賃金関数の推定を行い、学歴が各所有制企業の賃金に与える影

響は、企業所有制に関係なくほぼ同じであるものの、経験年数は、外資企業の賃金に与える影響

が最も大きいことを示している。

ただし、上記の中国に関する先行研究には、3 つの限界があると考えられる。第一に、 Kidd

and Meng (1997) は、国有企業のみを分析し、Dong and Bowles (2002) では、大連と厦門の

2 つの都市を研究対象にしたため、これらの研究は、各企業所有制を含む中国全体の賃金構造

に関する分析になっていない。第二に、Kidd and Meng (1997) と Knight and Song (1991) は、

いずれも 1980 年代の賃金構造に関する分析を行っている。ただし、企業所有制の改革が促進さ

れた 1990 年代以後の中国企業の賃金構造は明確ではない。また、これらの先行研究では、賃金

構造の変化には注目していない。第三に、上記の先行研究では、経験年数を用いて賃金関数を

推定したが、経験年数の効果には、前述したように人的資本効果と年齢効果の両方が混在する

ため、この2つの効果が、それぞれどの程度、賃金に影響を与えるかが明らかになっていない。第

四に、先行研究では、OLS による各企業所有制別・賃金関数の推定がほとんどで、所有制企業

の選択によるサンプル・セレクション・バイアスの問題が残ると考えられる。

本稿の分析では、これらの問題点を考慮した上で計量分析を行う。本稿の分析の特徴は、以下

のとおりである。第一に、1995 年と 2002 年中国都市家計調査 (CHIP1995 と CHIP2002) の個

票を用い、中国における各企業所有制の賃金構造を明らかにする。第二に、1990 年代以後の賃

金構造の変化に関する分析を行い、市場経済の改革に伴う各要因の効果の変化を考察する。第

三に、年功賃金における単なる年齢効果と人的資本の効果を区分して分析し、この 2 つの効果を

明らかにする。第四に、所有制企業の選択によるサンプル・セレクション・バイアスを修正した上で、

より厳密な賃金関数を推定する。

3.仮説設定

仮説設定については、まず、市場経済期に、国有企業と集団企業の賃金制度は変化したが、

従来の年功賃金は、依然として国有企業と集団企業の賃金決定に影響を与えている。つまり、国

有企業と集団企業では、賃金が生活保障を目的とするため、他の条件が一定であれば、年齢が

賃金に与える影響は、国有企業と集団企業のほうが外資・民営企業より大きいと考えられる。

次に、完全競争な市場に直面する外資・民営企業においては、労働生産性が重視されると考え

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られる。つまり、従業員が持つ人的資本8が重視されるため、人的資本が外資・民営企業の賃金に

与える影響は、国有企業と集団企業より大きいと推測される。

また、国有企業において、市場化の改革に伴って賃金構造が変化すると考えられる。1980 年代

以後、単なる年齢上昇による賃金上昇の賃金制度が改革され、業績連動賃金制度が普及した

(馬 2006b)。 したがって、国有企業においても、労働生産性を示す人的資本が、重視されてき

たため、人的資本が賃金に与える影響は、大きくなると考えられる。

最後に、市場経済の進展とともに、外資・民営企業において、利潤最大化を優先するため、一

般的人的資本のみならず、企業特殊的人的資本も重視され、一般的人的資本と企業特殊的人

的資本が賃金に与える影響は、大きくなると考えられる。

まとめると、本稿の仮説は以下のとおりである。

[仮説 1]: 年齢が国有企業、集団企業、外資・民営企業におけるそれぞれの賃金に影響を与

える。こうした年齢の影響は、外資・民営企業において一番小さい。

[仮説 2]: 一般的人的資本と企業的特殊な人的資本は、国有企業、集団企業、外資・民営企

業におけるそれぞれの賃金に影響を与える。こうした一般的人的資本と企業的特

殊な人的資本の影響は、外資・民営企業のほうが国有企業と集団企業より大きい。

[仮説3]: 国有企業において、市場経済改革に伴って、年齢の効果は小さくなる一方、一般的

人的資本と企業特殊的人的資本の影響は、大きくなる。

[仮説 4]: 外資民営企業においては、市場経済改革に伴い、一般的人的資本と企業的特殊

な人的資本が、賃金に与える影響は大きくなる

以下では、仮説検証に関する分析の枠組みについて説明する。

Ⅲ.分析の枠組み

1.推定モデル

本稿の計量分析の手順として、まず企業所有制に関する多項ロジット分析を行い、多項ロジッ

ト分析の結果を利用して、それぞれの修正項を求める。また、修正項を賃金関数に代入して、賃

金関数を推定する。以下では、推定式モデルについて説明する。

OLS 賃金関数の推定式が (1) 式から (3) 式で示される。本稿では、年功賃金における年

8 実証分析では、教育水準 (あるいは学歴) を一般的人的資本の代理指標とし、経験年数 (あ

るいは勤続年数) が企業的特殊な人的資本の代理指標とする。

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齢効果と人的資本効果を考察するため、年齢モデル(年齢のみ)、勤続年数モデル (勤続年数

のみ)、年齢・勤続年数モデル (年齢と勤続年数の両方) を用いて分析する。

iLnW = 1α +2'

11 ii AGEAGE ββ + + iZγ + iu1 (1)

iLnW = 2α +2'

22 ii TENTEN ββ + + iZγ + iu2 (2)

iLnW = 3α +2'

33 ii AGEAGE ββ + +2'

44 ii TENTEN ββ +

+ iZγ + iu3 (3)

(1) 式から (3) 式において、添字 i は個人 i 、2, AGEAGE は年齢、年齢の二乗を示し、

2,TENTEN は勤続年数、勤続年数の二乗を示す。 Z は他の説明変数 (例えば、性別ダミー、

学歴、職業など) をそれぞれ示す。以下では、(3) 式を例として説明する。

Maddla (1983) によれば、(3) 式では個体 ),2.1( Nii ⋅⋅⋅= が、選択集合 s の選択肢から選

択すると仮定する。個体 i が選択肢 s を選択する属性を、 siH として表す。各所有制企業の賃金

について、ある企業所有制 j を選択した場合しか j の賃金が観察できない。このような企業所有

制の選択を考慮する賃金関数の推定式が (4) 式になる。

sisisisi uHLnW += ϕ ( ,2,1=s ・・・・・, )M

sisisi zI ηγ +=* ),2.1( Ni ⋅⋅⋅=

sI = iff sjjs zz ηηγγ −>− .2.1=j ・・・・・, M )( sj ≠ (4)

I は1から M までの多項の選択肢であり、他の選択に比べ、sを選択する効用が最大化である

ため、 I からsを選択する。効用最大化の条件式が、(5) 式で示される9。

sI = iff :**

js MaxII > .2.1=j ・・・・・, M )( sj ≠ (5)

また、(6) 式のように、 sε が sjMaxI η−* と等しいと設定し、(7) 式の条件が満たされると、

9 Hay (1980)、Dubin and Mcfadden (1980) は、(10) 式がM-1のプロビット分析に類似することを

指摘しているが、ヘックマンの二段階推定と本稿の推定方法が異なる。ヘックマンの二段階の賃金関

数の推定では、λ を就業選択のプロビット分析 (binary probit analysis) によって求めるのに対して、

本章の修正項は多項ロジットモデルを用いて計算されるものである。

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I からsを選択する確率が (8) 式で表される。 sε の分布関数が (9) 式で示される。

sjs MaxI ηε −= * .2.1=j ・・・・・, M )( sj ≠ (6)

sI = iff γε ss z< (7)

∑===<

)exp()exp(

)(Pr)(Prγ

γγε

jj

sss z

zsIobzob (8)

∑≠

⋅⋅⋅⋅=+=<=

)exp()exp()exp()(Pr)(

2,1 γεεεεε

jsj

Mjss z

obF (9)

γε ss z< しか (10) 式のような賃金が観測できない。sを選択する賃金関数が (10) 式で

示される。

ssss uHInW += ϕ (10)

*:sε が (11) 式で示され、 γε ss z< あるいは )(* γε sss zJ< の条件が満たされると、賃

金関数の推定式が (12) 式になる。

[ ])()( 1* εεε ssss FJ −Φ== (11)

[ ] ssssssssss vzFzJHInW +−= )()( γγφρσϕ (12)

(12) 式を用いて賃金関数の一致推定値が求められる。2sσ は su の分散、 sρ は

*sε と

su 間の相関係数をそれぞれ示す。 [ ] )()( γγφρσ ssssss zFzJ が多項ロジットモデルによっ

て求められた修正項を示す。

2. データの説明と変数の設定

本稿では、1995 年と 2002 年中国都市部家計所得調査 (CHIP1995 と CHIP2002) の個票を

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利用する。第一に、非説明変数を説明する。多項ロジット分析では、企業所有制のカテゴリー変

数が被説明変数であり、これは国有企業、集団企業、外資・民営企業の 3 つに分けて設定する。

また、賃金関数では、被説明変数として時間当たり賃金率の自然対数を用いる。賃金は、基本給、

賞与および手当によって構成され、 金融財産所得, 移転所得や実物所得などは含めていな

い。

第二に、説明変数については、教育年数および勤続年数を人的資本の代理変数として設定

する。教育年数は 「大学=16 高卒=12 中卒=9 小卒=6」 によって換算する。勤続年数を

「現在の勤務先で勤める年数」 の設問に基づいて設定する。また、教育訓練を受けることが賃金

に影響を与えると考えられるため、教育訓練のダミー変数は、「教育訓練を受けた場合=1、教育

訓練を受けなかった場合=0」 のように設定している。職業は 1999 年に発行された 『中華人民

共和国職業分類大典』 を基準にする設問項目に基づいて、「管理職」、「技術職」、「現場生産

職」、「事務職」=「事務職」、「その他」のように 5 つのダミー変数を設定している。

さらに、女性ダミー (女性=1 男性=0)、既婚ダミー (既婚=1、その他=0)、党員ダミー

(党員=1、非党員=0)、漢民族ダミー (漢民族=1、少数民族=0)、既婚ダミー (有配偶者=

1、その他=0) をそれぞれ説明変数として設定している。また、地域別のマクロ経済環境の諸要

因 (人口構造、失業状況、産業構造など) が賃金に影響を与えることが考えられるため、地域

ダミーを設定する。

第三に、サンプルの選定については、ILO の労働力人口の定義を参考にし、分析対象は 20~

60 歳に限定する10。欠損値および自営業を除外するサンプルを利用する。利用するサンプルの

数は、1995 年が 10229 人、2002 年が 6389 人になる。

3.データの観察

第一に、表1の標本の記述統計量から観察する。まず、(1) 各所有制企業が、全体に占める

割合について、1995 年の場合、国有企業が 82.93%、集団企業が 15.48%、外資・民営企業がわ

ずか 1.59%である。しかし、2002 年の場合、国有企業の割合が 47.92%で大幅に減少し、集団企

業が 10.84%であり、外資・民営企業が 41.42%で大幅に増加した。ただし、勤続年数と教育水準

の割合、党員、既婚、漢民族などの個人属性には、2 時点間の大きな差が見られない。

10 ILO では、労働力人口が 16~64 歳の人口であると定義されているが、1995 年と 2002 年中国都市

部家計調査によれば、16~20 歳の場合、高校、短大と大学に進学する者が多いため、16~20 歳の就

業者のサンプルが少ない。したがって、本稿では分析対象は 20~60 歳に限定する。

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次に、(2) 職業分布については、技術職の割合が、1995 年の 23.99%から 2002 年の 15.88%

に減少し、事務職の割合は、1995 年の 21.16%から 2002 年の 14.77%に減少した。また、サービ

ス職の割合は、1995 年の 3.42%から 2002 年の 23.09%に大幅に上昇したことが観察される。この

理由については、経済発展とともに、第三次産業が発展し、従来の技術職、製造職はサービス職

に転換し、サービス職の割合が大きくなったことによると考えられる。

第二に、 年齢階層別・平均賃金の状況を、表 2、図 1、図 2、図 3 で表している。まず、 (1)

各所有制企業においては、1995 年に比べ、2002 年の場合、いずれも年齢の上昇による賃金上

昇の幅は、小さくなり、その変化の幅は、国有企業と集団企業のほうが外資・民営企業より大き

い。

(2) 各所有制企業の年齢効果の変化を、比較する。50~59 歳の賃金と 20~29 歳の賃金との

比率をみると、国有企業は 1995 年の 175%から 2002 年 148%に減少し、集団企業は 1995 年の

148%から2002年126%に減少した。一方、外資・民営企業は1995年の105%から2002年124%

に増加した。年齢の上昇による賃金上昇の幅の変化は、企業所有制によって異なる。

(3) 勤続年数別の賃金の状況をみる。国有企業において、1995 年と 2002 年の場合、いずれ

も勤続年数の上昇とともに賃金が上昇する傾向が見てとれる。集団企業においては、1995 年の

場合、勤続年数の上昇によって賃金が上昇するが、2002 年の場合、勤続年数の上昇に伴って賃

金が低くなる傾向が観察される。外資・民営企業においては、1995 年の場合、勤続年数の上昇

に伴って賃金が低くなるが、2002 年の場合、勤続年数の上昇にとともに賃金が上昇することがわ

かる。

また、(4) 学歴別の平均賃金の状況について、1995 年と 2002 年の場合、各所有制企業にお

いて、教育水準が高いほど賃金が高くなる。2002 年に、大卒の平均賃金と、小学と小学以下者の

平均賃金との比率は、国有企業が 206%、集団企業が 215%、外資・民営企業が 240%でそれぞ

れ高い値を示す。

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表 1 標本の記述統計量

        1995年      2002年

平均値 標準偏差 平均値 標準偏差

国有企業 0.8293 0.4792

集団企業 0.1548 0.1084

外資・民営企業 0.0159 0.4124

女性 0.4725 0.4275

年齢 38.6589 9.2221 40.2030 8.8869

勤続年数 15.0133 8.7338 14.9606 10.1825

大学 0.0813 0.0560

短大 0.1593 0.1710

高校・高専 0.4131 0.4399

中学 0.3007 0.2954

小学以下 0.0456 0.0366

党員 0.2559 0.2182

既婚 0.8868 0.8955

漢民族 0.9572 0.9625

教育訓練あり 0.2254 0.2351

管理職 0.1249 0.0786

技術職 0.2299 0.1588

非技術職 0.3894 0.3840

事務職 0.2116 0.1477

サービス職 0.0443 0.2275

地域1 0.0683 0.0772

地域2 0.0964 0.0762

地域3 0.1095 0.1255

地域4 0.1086 0.1111

地域5 0.0715 0.0750

地域6 0.0849 0.0931

地域7 0.1039 0.0928

地域8 0.0852 0.1003

地域9 0.1190 0.0397

地域10 0.0981 0.0887

地域11 0.0545 0.0727

地域12 0.0477

サンプル 10229 6389

出所:CHIP1995とCHIP2002による計算。

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表 2 各要因別の平均賃金の状況

単位:元/年

      国有企業 集団企業       外資・民営企業

1995 2002 1995 2002 1995 2002

年齢

①20~29歳 4240.41 8923.26 3140.06 7456.50 7106.51 10517.46

②30~39歳 5629.98 11228.39 4780.81 7816.59 8531.09 10677.73

③40~49歳 6556.20 12145.22 4647.06 8564.84 7890.17 11486.60

④50~59歳 7411.75 13244.05 4638.43 9420.88 7469.17 13006.38

②/① 133% 126% 126% 105% 120% 102%

③/① 155% 136% 136% 115% 111% 109%

④/① 175% 148% 148% 126% 105% 124%

勤続年数

①1~4年間 4871.77 9292.01 4053.24 8657.33 7774.91 9755.15

②5~9年間 5293.90 10749.81 4186.50 8869.44 7960.23 11823.36

③10~14年間 5722.14 11837.88 4039.18 7861.15 6896.44 11781.58

④15~19 年間 6281.72 12079.78 4619.08 7786.21 7653.00 11857.83

⑤20年間以上 6658.72 12400.03 4886.80 8686.77 6885.83 12475.69

②/① 109% 116% 103% 102% 102% 121%

③/① 117% 127% 100% 91% 89% 121%

④/① 129% 130% 114% 90% 98% 122%

⑤/① 137% 133% 121% 100% 89% 128%

学歴

①小学以下 5423.74 8211.17 4228.41 6656.99 4012.67 8346.094

②中学 5564.89 9977.73 4056.15 7750.20 8622.07 9192.327

③高校 5738.01 11253.23 4747.64 8378.06 6648.13 10984.75

④短大 6434.95 11382.96 5849.9 10498.39 9954.53 13870.29

⑤大学 7313.24 16923.96 6802.08 14339.29 9402.46 20062.54

②/① 103% 122% 96% 116% 215% 110%

③/① 106% 137% 112% 126% 166% 132%

④/① 119% 139% 138% 158% 248% 166%

⑤/① 135% 206% 161% 215% 234% 240%

出所:CHIP1995およびCHIP2002による計算。

注:年齢が20~60歳に限定し、自営業をサンプルから除外する。

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図 1 年齢階層別の年間賃金所得の状況

出所:CHIP1995およびCHIP2002により計算。

注:年齢が20~60歳に限定し、自営業をサンプルから除外する。

0%

40%

80%

120%

160%

200%

1995年 2002年 1995年 2002年 1995年 2002年

国有企業 集団企業 外資民営

30代/20代 40代/20代 50代/20代

図 2 勤続年数別の年間賃金所得の状況

出所:CHIP1995およびCHIP2002により計算。

注:年齢が20~60歳に限定し、自営業をサンプルから除外する。

0%

40%

80%

120%

160%

1995年 2002年 1995年 2002年 1995年 2002年

国有企業 集団企業 外資民営

5~9年間/1-4 年間 10~14年間/1~4年間

15~19年間/1~4年間 20年間以上/1~4年間

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図 3 学歴別の年間賃金所得の状況

出所:CHIP1995およびCHIP2002により計算。

注:年齢が20~60歳に限定し、自営業をサンプルから除外する。

0%

40%

80%

120%

160%

200%

240%

280%

1995年 2002年 1995年 2002年 1995年 2002年

国有企業 集団企業 外資民営

中学/小学 高校/小学 短大/小学 大学/小学

図 4 1995 年:企業所有制別の賃金率自然対数の分布

出所:CHIP1995の個票による計算。

020

040

060

080

0Fr

eque

ncy

0 1 2 3own1lnw1995

020

040

060

080

0Fr

eque

ncy

0 .5 1 1.5 2 2.5own2lnw1995

020

040

060

080

0Fr

eque

ncy

0 1 2 3own3lnw1995

国有企業 集団企業

 外資民営企業

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図 5 2002 年:企業所有制別の賃金率自然対数の分布

出所:CHIP2002の個票による計算。

020

040

060

080

0Fr

eque

ncy

0 .5 1 1.5 2ow1lnw2002

020

040

060

080

0Fr

eque

ncy

-1 0 1 2ow2lnw2002

020

040

060

080

0Fr

eque

ncy

-2 -1 0 1 2 3ow3lnw2002

国有企業 集団企業

 外資民営企業

第三に、各所有制企業の賃金率の分布について、図 4、図 5 からわかることを示す。1995 年の

場合、賃金分散 (ばらつき) は、集団企業と外資・民営企業のほうが、国有企業より大きい。ま

た、賃金率自然対数の分布度数については、国有企業と外資・民営企業は 1.5 前後の域の分布

度数が一番大きい、集団企業は、1.25 前後の域の分布度数は一番大きい。さらに、1995 年に比

べ、2002 年の場合、外資・民営企業の賃金分布は、賃金が高い域の割合と賃金が低い域の割合

の両方が高くなることが観察される。

上記から、年齢、勤続年数や教育年数などの要因が、各所有制企業の賃金に影響を与えるこ

とが示される。ただし、これらの要因が、どの程度賃金に影響を与えるかは必ずしも明確ではない。

以下では、これらの問題を含む計量分析の結果を用いて仮説検証の結果について説明する。

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Ⅳ.計量分析の結果

1. 修正した賃金関数の推定結果

企業所有制別・賃金関数の推定結果は、表 3 から表 5 で示されている。2002 年の集団企業の

賃金関数以外の賃金関数において、それぞれの修正項の推定係数は、いずれも有意であること

が明らかになった。つまり、サンプル・セレクション・バイアスを考慮しない場合、賃金関数の推定

が過大・過小になることは明確である。また、3 つのモデル (AGE モデル、TEN モデル、AGE・

TEN モデル) を用いて分析したが、以下では、主に AGE・TEN モデルの推定結果について説明

する。

表 3 国有企業の賃金関数

(Maddala model)

      AGEモデル          TENモデル      AGE・TENモデル

係数 t値 係数 t値 係数 t値

                                  1995年年齢 年齢 0.0561 *** 8.90 0.0508 *** 7.18

年齢二乗 -0.0005 *** -6.96 -0.0005 *** -5.82

勤続年数 勤続年数 0.0164 *** 6.50 0.0054 ** 1.92

勤続年数二乗 -0.0002 *** -2.58 0.0000 -0.27

学歴 教育年数 0.0113 *** 4.34 0.0069 *** 2.63 0.0121 *** 4.67

性別 女性 -0.0662 *** -5.09 -0.0655 *** -5.02 -0.0636 *** -4.90

教育訓練 教育訓練あり 0.0748 *** 5.75 0.0691 *** 5.25 0.0741 *** 5.70

修正項 -1.0491 *** -4.67 -1.2358 *** -5.46 -1.0682 *** -4.76

定数項 -0.0736 -0.49 1.0342 *** 9.96 0.0095 0.06

標本数 8504 8504 8504

自由度調整済み決定係数 0.2993 0.2887 0.3017

                                   2002年

年齢 年齢 0.0296 ** 2.15 0.0009 0.06

年齢二乗 -0.0004 ** -2.47 -0.0001 -0.49

勤続年数 勤続年数 0.0253 *** 5.70 0.0225 *** 4.32

勤続年数二乗 -0.0005 *** -4.72 -0.0004 *** -2.97

学歴 教育年数 0.0178 ** 2.50 0.0262 *** 4.57 0.0173 ** 2.38

性別 女性 -0.0896 *** -3.48 -0.0963 *** -3.97 -0.0848 *** -3.33

教育訓練 教育訓練あり 0.1505 *** 6.37 0.1511 *** 6.44 0.1487 *** 6.33

修正項 -2.5920 *** -4.62 -1.7643 *** -4.18 -2.5610 *** -4.56

定数項 2.7669 *** 4.82 2.5510 *** 9.17 3.2036 *** 5.47

標本数 3062 3062 3062

自由度調整済み決定係数 0.2850 0.2932 0.2949

出所:CHIP1995およびCHIP2002の個票による推定。

注: 1) *,**,*** はそれぞれ有意水準10%、5%、1%を示す。

   2) robust修正したOLS推定である。

   3) 他には、党員、漢民族、既婚、職業および地域を推定したが、掲載で省略している。

   4) 年齢が20~60歳に限定する。

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第一に、仮説 1 を検証する。まず、 (1) 国有企業、集団企業と外資・民営企業における、賃

金関数の年齢の推定係数を比較すると、1995 年の場合、国有企業が 0.0508、集団企業が

0.1136、外資・民営企業が 0.0940 である。ただし、年齢が外資・民営企業の賃金には、有意な影

響を与えていない。

また、(2) 2002 年の年齢効果についてみると、国有企業が 0.0009、集団企業が 0.0074、外

資・民営企業が 0.0241 であり、年齢効果は、国有企業、集団企業、外資・民営企業の順に大きく

なる。しかし、年齢は、いずれの企業においても、賃金に有意な影響を与えていない。

これらの分析結果により、「年齢が国有企業、集団企業、外資・民営企業におけるそれぞれの

賃金に影響を与えるが、こうした年齢の影響は、外資・民営企業において一番小さい」 という仮

説 1 が部分的に検証された。

第二に、仮説 2 を検証する。まず、(1) 賃金関数における勤続年数の推定係数を比較すると、

1995 年の場合、国有企業が 0.0054、集団企業が 0.0076、外資民営企業が 0.0314 であり、勤続

年数の影響は国有企業、集団企業、外資・民営企業の順に大きくなる。しかし、勤続年数は、国

有企業の賃金にのみ有意な影響を与えている。2002 年の場合、勤続年数は国有企業、集団企

業、外資・民営企業における賃金に、いずれも有意な影響を与え、勤続年数の効果は、外資・民

営企業が一番大きい。

次に、(2) 賃金関数における、教育年数の推定係数 (教育の内部収益率、以下では IRR と

呼ぶ) を比較すると、1995 年の場合、国有企業が 1.21%、集団企業が 0.64%、外資・民営企業

が 3.94%であり、IRR は集団企業、国有企業と外資・民営企業の順に大きくなる。2002 年の IRR

は国有企業、集団企業、外資民営企業の順に大きくなり、それぞれの推定値は、1.73%、2.39%、

4.16%である。

どちらの時点の推定結果においても、「一般的人的資本と企業的特殊な人的資本は、国有企

業、集団企業、外資・民営企業におけるそれぞれの賃金に影響を与える。こうした一般的人的資

本と企業的特殊な人的資本の影響は、外資・民営企業のほうが国有企業と集団企業より大きい」

という仮説 2 が検証された。

第三に、各要因が国有企業の賃金に与える影響が2時点でどのように変化したかをみる。まず、

(1) 年齢と勤続年数の効果について、1995 年の場合、年齢と勤続年数の推定係数は、それぞ

れ 0.0508、0.0054 であり、しかもこれらの推定値の有意性は 1%以下で高い値を示す。一方、

2002 年の場合、年齢の有意性は無くなるものの、勤続年数の推定係数 (0.0225) が 1995 年の

結果より有意に 4 倍高くなる。これらの推定結果から、国有企業の改革に伴い、単なる年齢の上

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昇による賃金の上昇という純粋な年齢効果は賃金に与える影響が弱くなるものの、勤続年数によ

って示される企業的特殊な人的資本が賃金に与える影響は、大きくなることが明らかになってい

る。

次に、 (2) 一般的人的資本の効果を示す、教育の内部収益率は、1995 年の 1.21%から

2002 年の 1.73%に大きくなった。

以上の分析結果により、国有企業において、年功賃金における 「年」 の効果が減少した一

方、一般的人的資本の効果と特殊な人的資本で示される 「功」 の効果が大幅に増加したことが

示される。それゆえ、「国有企業において、市場経済改革に伴って、年齢の影響は小さくなる一方、

一般的人的資本と企業的特殊な人的資本の影響が大きくなる」 という仮説 3 が検証された。

表 4 集団企業の賃金関数

(Maddala model)

      AGEモデル          TENモデル      AGE・TENモデル

係数 t値 係数 t値 係数 t値

                                  1995年年齢 年齢 0.1211 *** 6.63 0.1136 *** 5.85

年齢二乗 -0.0015 *** -6.47 -0.0014 *** -5.73

勤続年数 勤続年数 0.0276 *** 3.71 0.0076 0.99

勤続年数二乗 -0.0007 *** -3.24 -0.0002 -0.80

学歴 教育年数 0.0071 0.73 0.0061 0.64 0.0064 0.66

性別 女性 -0.0576 -1.46 -0.0614 -1.55 -0.0576 -1.46

教育訓練 教育訓練あり 0.0588 * 1.58 0.0455 1.21 0.0562 1.52

修正項 1.9634 *** 4.38 1.6667 *** 3.78 1.9323 *** 4.31

定数項 -3.0066 *** -6.61 -0.8191 *** -2.60 -2.8909 *** -6.21

標本数 1574 1574 1574

自由度調整済み決定係数 0.3089 0.2906 0.3094

                                   2002年

年齢 年齢 0.0197 0.74 0.0074 0.26

年齢二乗 -0.0002 -0.49 0.0000 -0.04

勤続年数 勤続年数 0.0099 1.22 0.0110 1.25

勤続年数二乗 -0.0002 -0.70 -0.0002 -0.90

学歴 教育年数 0.0239 * 1.82 0.0259 ** 1.98 0.0239 * 1.81

性別 女性 -0.0703 -0.92 -0.1183 * -1.78 -0.0657 -0.86

教育訓練 教育訓練あり 0.0773 1.50 0.0838 * 1.63 0.0832 * 1.61

修正項 0.7346 0.46 -0.1234 -0.09 0.9276 0.58

定数項 0.5484 0.39 1.6527 * 1.70 0.5977 0.42

標本数 696 696 696

自由度調整済み決定係数 0.2735 0.2738 0.2761

出所:CHIP1995およびCHIP2002の個票による推定。

注: 1) *,**,*** はそれぞれ有意水準10%、5%、1%を示す。

   2) robust修正したOLS推定である。

   3) 他には、党員、漢民族、既婚、職業および地域を推定したが、掲載で省略している。

   4) 年齢が20~60歳に限定する。

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表 5 外資・民営企業の賃金関数

(Maddala model)

      AGEモデル          TENモデル      AGE・TENモデル

係数 t値 係数 t値 係数 t値

                                  1995年年齢 年齢 0.1138 ** 2.05 0.0940 1.56

年齢二乗 -0.0012 * -1.75 -0.0010 -1.30

勤続年数 勤続年数 0.0500 * 1.74 0.0314 1.08

勤続年数二乗 -0.0013 -1.36 -0.0010 -1.05

学歴 教育年数 0.0383 1.35 0.0228 0.80 0.0394 1.37

性別 女性 -0.0460 -0.38 -0.0126 * -0.10 -0.0370 -0.31

教育訓練 教育訓練あり 0.2008 1.46 0.2399 1.73 0.2171 1.53

修正項 -4.6183 *** -2.69 -3.9628 -2.30 -4.6726 *** -2.73

定数項 1.2777 0.88 2.9482 2.54 1.5789 1.04

標本数 151 151 151

自由度調整済み決定係数 0.2275 0.2074 0.2325

                                   2002年

年齢 年齢 0.0487 *** 2.74 0.0241 1.34

年齢二乗 -0.0005 *** -2.84 -0.0003 -1.40

勤続年数 勤続年数 0.0391 *** 7.97 0.0373 *** 7.30

勤続年数二乗 -0.0009 *** -6.1 -0.0008 *** -5.38

学歴 教育年数 0.0416 *** 5.18 0.0388 *** 6.85 0.0416 *** 5.14

性別 女性 -0.1460 *** -4.93 -0.1582 *** -5.71 -0.1541 *** -5.23

教育訓練 教育訓練あり 0.1100 *** 3.42 0.1010 *** 3.17 0.1001 *** 3.15

修正項 1.2116 * 1.45 1.6501 *** 3.78 1.2167 * 1.46

定数項 -0.0031 -0.01 0.5509 ** 2.26 0.2564 0.74

標本数 2626 2626 2626

自由度調整済み決定係数 0.3349 0.3549 0.3554

出所:CHIP1995およびCHIP2002の個票による推定。

注: 1) *,**,*** はそれぞれ有意水準10%、5%、1%を示す。

   2) robust修正したOLS推定である。

   3) 他には、党員、漢民族、既婚、職業および地域を推定したが、掲載で省略している。

   4) 年齢が20~60歳に限定する。

第四に、各要因が外資・民営企業の賃金に与える影響の変化についてみる。1995年と2002年

における勤続年数の推定係数は、それぞれ 0.0314、0.0373 であり、しかも 2002 年の勤続年数の

み賃金に有意な影響を与えている。また、教育の内部収益率は、1995 年の 3.94%から 2002 年の

4.16%までに大きくなった。よって、「外資民営企業においては、市場経済改革に伴い、一般的

人的資本と企業的特殊な人的資本が、賃金に与える影響は大きくなった」 という仮説 4 が検証さ

れた。

第五に、他の要因の影響についてみる。まず、(1) 教育訓練を受けなかった者に比べ、教育

訓練を受けた者の賃金が上昇することが示された。2002 年の場合、教育訓練が賃金を高める効

果は国有企業において最も大きいことが示された。

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また、(2) 各所有制企業において、他の条件が一定である場合、女性の賃金は、いずれも男

性より低いが、男女間賃金格差は、外資・民営企業のほうが大きい。このような企業所有制形態

間の男女間賃金格差の差異について、以下のことが考えられる。国有企業と集団企業の場合、

従来の男女平等の労働政策は依然として、現在の賃金決定制度に影響を与えるため、男女間賃

金格差は小さい。一方、外資・民営企業の場合、企業の設立の最初に、雇用主が労働雇用と賃

金決定の自主権を持つため、「雇用主の嗜好」 (Becker 1957) の理論仮説で指摘されるような

男女差別が大きければ、外資・民営企業の男女間賃金格差は大きいと考えられる。

2.男女別の賃金プロファイル

賃金関数の推定値を用いた男女別の年齢―賃金プロファイルと勤続年数―賃金プロファイル

を図 6 と図 7 で表している。

図 6 国有企業における男女別の賃金のプロファイルの変化

年齢-賃金プロファイル 勤続年数-賃金プロファイル

出所:賃金関数の推定値を用いたシミュレション。

0.00

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36歳

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48歳

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1995年

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2年間

6年間

10年

14年

18年

22年

26年

30年

間以

1995年

0.000.200.400.600.801.001.201.401.601.80

2年間

6年間

10年

14年

18年

22年

26年

30年

間以

2002年

0.000.200.400.600.801.001.201.401.601.80

20歳

24歳

28歳

32歳

36歳

40歳

44歳

48歳

52歳

56歳

60歳

男性 女性

2002年

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図 7 外資・民営企業における男女別の賃金のプロファイルの変化

年齢-賃金プロファイル 勤続年数-賃金プロファイル

出所:賃金関数の推定値を用いたシミュレション。

0.00

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20歳

24歳

28歳

32歳

36歳

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44歳

48歳

52歳

56歳

60歳

1995年

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1.40

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20歳

24歳

28歳

32歳

36歳

40歳

44歳

48歳

52歳

56歳

60歳

男性 女性

2002年

0.00

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0.60

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1.00

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2年間

4年間

6年間

8年間

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間以

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2年間

4年間

6年間

8年間

10年

12年

14年

16年

18年

20年

22年

24年

26年

28年

30年

間以

1995年

2002年

第一に、国有企業の賃金プロファイルをみる。まず、(1) 男女とも、年齢と勤続年数の上昇とと

もに賃金が上昇する (以下では、それぞれ 「年齢効果」 と 「勤続年数効果」 と呼ぶ)。 ただ

し、年齢効果は勤続年数効果より大きい。

次に、(2) 年齢効果の男女を比較すると、1995 年の場合、年齢が高いほど、年齢効果の男女

差異は大きくなる。ただし、2002 年の場合、中年層において、その男女格差は大きい。

また、(3) 勤続年数効果の男女差異については、2 時点とも、男女差異が存在するものの、男

女差異の 2 時点間の変化は大きくない。

国有企業において、市場経済の改革に伴う賃金構造の変化の男女差異は、年齢効果が勤続

年数より顕著であることがうかがえる。

第二に、外資・民営企業のプロファイルをみる。まず、 (1) 1995 年に、年齢効果と勤続年数

効果の両方が存在することが明らかになった。次に、(2) 男性の場合、年齢の効果と勤続年数

の効果がほぼ同じであるが、女性の場合、年齢効果が勤続年数の効果より大きい。(3) 2002 年

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に、男女とも、年齢効果に比べ、勤続年数効果は大きくなる。また、(4) 1995 年に比べ、2002 年

の場合、年齢効果と勤続年数効果の両方の男女差異が、大きくなる。

Ⅴ.まとめ

本稿では、企業所有制改革に伴う賃金構造の変化について、計量分析を行った。分析から得ら

れた知見は、以下のとおりである。

第一に、年齢が、国有企業、集団企業、外資・民営企業におけるそれぞれの賃金に影響を与

え、年齢の効果は、外資・民営企業のほうが他の所有制企業より小さい。

第二に、一般的人的資本と企業的特殊な人的資本の両方が、国有企業、集団企業、外資・民

営企業におけるそれぞれの賃金に影響を与えるものの、一般的人的資本と企業的特殊な人的資

本の効果は、外資・民営企業のほうが国有企業と集団企業より大きい。

第三に、国有企業において、1995 年に比べ、2002 年の場合、年齢の効果は小さくなる一方、

一般的人的資本と企業的特殊な人的資本の効果は、大きくなる。

第四に、外資・民営企業においては、1995 年に比べ、2002 年に、一般的人的資本と企業的特

殊な人的資本の効果が大きくなった。

第五に、教育訓練を受けなかった者に比べ、教育訓練を受けた者の賃金が高かった。2002 年

の場合、教育訓練が賃金を高める効果は、集団企業、外資・民営企業、国有企業の順に大きい。

第六に、各所有制企業において、他の条件が一定である場合、女性の賃金は、男性より低くな

り、男女間賃金格差は、外資民営企業が一番大きかった。

これらの分析結果から、以下のようなことが示唆された。

第一に、他の条件が一定である場合、国有企業と集団企業に比べ、外資・民営企業において、

一般的人的資本と企業的特殊な人的資本が賃金に与える影響が大きい。したがって、高学歴者

が、国有企業と集団企業から外資・民営企業へ転職する可能性は高いと考えられる。高学歴高

技能者の流出によって、国有企業の生産性は、外資・民営企業より低くなる恐れがある。したがっ

て、市場経済の改革に伴い、国有企業では、人的資本を重視する賃金制度を実施すべきである。

つまり、従来の賃金制度においては 「年」 のみ重視されたが、今後 「功」 も重視する人的資

本を重視する新型の年功賃金制度を導入すべきである。

第二に、教育訓練が賃金を高める効果が明らかになった。とくに国有企業の場合、教育訓練の

効果は一番大きい。今後、技術革新の進展に伴い、企業の人的資本への投資が必要である

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(馬 2007e)。

第三に、各所有制企業において、男女間賃金格差が存在し、1995 年に比べ、2002 年の場合、

男女格差が大きくなった。また、集団企業と国有企業に比べ、外資・民営企業の場合、男女間賃

金格差が大きい。よって、市場経済が進展するほど、男女差別的取り扱いの問題が深刻化してい

ることが示される。そのため、労働市場における男女差別的取り扱いの問題を重視すべきである。

この問題を解決するため、市場経済を任せるのではなく、特に外資・民営企業では、男女平等の

労働政策の徹底は重要な課題になる。

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付表 1 企業所有制に関する多項ロジット分析の結果

 集団企業/国有企業  外資民営/国有企業

係数 z値 係数 z値

1995年

年齢 年齢 0.0554 * 1.81 -0.0837 -1.05

年齢二乗 -0.0009 ** -2.22 0.0005 0.47

性別 女性 0.4550 *** 7.72 0.0032 0.02

学歴 (高校)

大学 -1.9552 *** -6.87 0.0440 0.14

短大 -0.7241 *** -6.24 -0.3471 -1.32

中学 0.7940 *** 12.43 0.1651 0.83

小学以下 1.4652 *** 13.13 1.1088 *** 2.92

個人属性 党員 -0.5923 *** -6.75 -0.6026 * -2.12

漢民族 0.2597 * 1.81 0.3370 0.79

既婚 0.0203 0.16 -1.1006 *** -4.07

定数項 -3.0691 *** -5.68 -1.1538 -0.85

標本数 10426

対数尤度 -4776.3600

2002年

年齢 年齢 0.0042 0.08 -0.0641 * -2.09

年齢二乗 0.0000 -0.03 0.0003 0.93

性別 女性 0.6930 *** 7.79 0.0612 1.08

学歴 (高校)

大学 -1.1354 *** -3.70 -0.2070 * -1.72

短大 -0.4722 *** -3.34 -0.1474 * -1.90

中学 0.6274 *** 6.44 0.3875 *** 5.82

小学以下 0.5305 ** 2.27 0.9142 *** 5.94

個人属性 党員 -0.1459 -1.28 -0.3944 *** -5.43

漢民族 -0.4143 ** -2.02 -0.1229 -0.85

既婚 0.1250 0.55 -0.0188 -0.14

定数項 -1.6213 -1.54 1.9147 *** 2.97

標本数 6479

対数尤度 -5985.4200

出所:CHIP1995およびCHIP2002により推定。

注: 1) *、**、*** はそれぞれ有意水準10%、5%、1%を示す。

   2) 他には、地域を推定したが、掲載で省略している。

   3) 年齢が20~60歳に限定する。

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