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J. Particle Accelerator Society of Japan, Vol. 8, No. 4, 2011 236 「加速器」Vol. 8, No. 4, 2011(236 240) 日本原子力研究開発機構 J-PARC センター Japan Atomic Energy Agency, J-PARC Center (E-mail: [email protected]会議報告 MT-22 会議報告 Report on MT-22 高柳 智弘 Tomohiro TAKAYANAGI Abstract The 22nd International Conference on Magnet Technology(MT-22) 1) was held in Marseille, France from 12 to September 16, 2011. The brief overview of this conference is reported. 1. はじめに 第 22 回マグネットテクノロジー国際会議(The 22nd International Conference on Magnet Technology/ MT-22)が,2011 年 9 月 11 日から 16 日にかけて,フ ランス・マルセイユの Parc Chanot(1)で開催され た.この会議の内容について報告する. マグネットテクノロジー国際会議(MT)とは,磁 石に関する技術とその応用利用について,最新の技術 開発や新しいアイディアにおける研究成果を報告し, 科学者やエンジニアが議論を行う国際的なフォーラム ディスカッションのイベントである.加速器や検出器 で使用する直流やパルスの常電導や超電導の電磁石, 核融合炉用の超電導電磁石,低温・高温の超電導体の 材料,熱伝達・安定性・強磁場に関する研究,永久磁石, さらには,医療応用,電力応用,測定装置,電源装置, シミュレーション解析など,磁石に関わる幅広い分野 が含まれる. MT は 2 年に一度の隔年で開催され,1965 年の第 1 回開催から今回で 22 回目の開催となる.MT-22 は, フランス南部のカダラッシュにある ITER 機構が主催 した. 2011 年の今回の会議は,1911 年にオランダの物理 学者 Heike Kamerlingh Onnes により超電導現象が発見 されて 100 年,さらに,Brian Josephson によるジョセ フソン効果が発見され,応用超電導の研究が始まって 50 年を記念する MT になった.そのためか,1965 年 の MT-1 から 2009 年の前回の MT-21 までに発表され たプロシーディングスがすべて電子化され,そのファ イルを含んだ DVD-ROM が発表者全員に配布された. 本会議の参加者は 900 人を超え,提出されたアブスト ラクトは 979 件であった.また,口頭発表が 130 件, ポスター発表は 600 件を超え,これまでで最も多くの 方が参加した MT となった.そして,40 社に及ぶ企 業展示があり,本会議の議長の Mitchell 氏から,「産 業界において,磁石の技術の重要性が高まっている」 とのコメントが発表された. 1 会議場(Parc Chanot) 36

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Page 1: MT-22会議報告...237 J. Particle Accelerator Society of Japan, Vol. 8, No. 4, 2011 MT-22会議報告 2. 会議報告 2.1 概 要 以下にMT-22の主なトピックスを示す.

J. Particle Accelerator Society of Japan, Vol. 8, No. 4, 2011 236

「加速器」Vol. 8, No. 4, 2011(236-240)

* 日本原子力研究開発機構 J-PARC センター Japan Atomic Energy Agency, J-PARC Center (E-mail: [email protected]

会議報告

MT-22 会議報告

Report on MT-22

高柳 智弘*

Tomohiro TAKAYANAGI*

Abstract The 22nd International Conference on Magnet Technology(MT-22)1)was held in Marseille, France from 12 to September 16, 2011. The brief overview of this conference is reported.

1. はじめに

 第22回マグネットテクノロジー国際会議(The 22nd International Conference on Magnet Technology/MT-22)が,2011 年 9 月 11 日から 16 日にかけて,フランス・マルセイユの Parc Chanot(図 1)で開催された.この会議の内容について報告する. マグネットテクノロジー国際会議(MT)とは,磁石に関する技術とその応用利用について,最新の技術開発や新しいアイディアにおける研究成果を報告し,科学者やエンジニアが議論を行う国際的なフォーラムディスカッションのイベントである.加速器や検出器

で使用する直流やパルスの常電導や超電導の電磁石,核融合炉用の超電導電磁石,低温・高温の超電導体の材料,熱伝達・安定性・強磁場に関する研究,永久磁石,さらには,医療応用,電力応用,測定装置,電源装置,シミュレーション解析など,磁石に関わる幅広い分野が含まれる. MT は 2 年に一度の隔年で開催され,1965 年の第 1回開催から今回で 22 回目の開催となる.MT-22 は,フランス南部のカダラッシュにある ITER 機構が主催した. 2011 年の今回の会議は,1911 年にオランダの物理学者Heike Kamerlingh Onnesにより超電導現象が発見されて 100 年,さらに,Brian Josephson によるジョセフソン効果が発見され,応用超電導の研究が始まって50 年を記念する MT になった.そのためか,1965 年の MT-1 から 2009 年の前回の MT-21 までに発表されたプロシーディングスがすべて電子化され,そのファイルを含んだ DVD-ROM が発表者全員に配布された.本会議の参加者は 900 人を超え,提出されたアブストラクトは 979 件であった.また,口頭発表が 130 件,ポスター発表は 600 件を超え,これまでで最も多くの方が参加した MT となった.そして,40 社に及ぶ企業展示があり,本会議の議長の Mitchell 氏から,「産業界において,磁石の技術の重要性が高まっている」とのコメントが発表された.

図 1 会議場(Parc Chanot)

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Page 2: MT-22会議報告...237 J. Particle Accelerator Society of Japan, Vol. 8, No. 4, 2011 MT-22会議報告 2. 会議報告 2.1 概 要 以下にMT-22の主なトピックスを示す.

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MT-22 会議報告

2. 会議報告

 2.1 概   要 以下に MT-22 の主なトピックスを示す.  1. Magnets for Particle and Nuclear Physics  2. Fusion Magnets  3. High Field Magnets  4. NMR and Medical & Biological Applications  5. Power Applications  6. Industrial Applications  7. Materials and Conductors for Magnets  8. Associated Technologies and Cryogenics  9. Design and Analysis  10. New Developments and Applications  11. Magnet Test and Measurements  12. Permanent Magnets 発表は,口頭発表が 3 会場,ポスター発表(図 2)が 5 会場に分かれてそれぞれ報告が行われた.主に朝8:30 からの午前中と夕方 16:00 から 18:00 の間に口頭発表が,午後 13:30 から 15:30 までがポスター発表であった.また,発表のセッションは,上記 12のトッピックスが目的と用途にそれぞれ 3 ~ 5 のグループに分割され,さらに,電磁石・電源・常電導・超電導・理論・設計・製作・基礎・応用などの各主要テーマのグループに分かれた.  2.2 “The ITER project”(Plenary Talk) 本会議最初の講演となった Plenary Talk では,国際熱核融合実験炉(ITER)計画 2)が報告された.発表者は,ITER機構の機構長である本島修氏である(図 3). ITER 計画は,平和目的の核融合エネルギーが科学技術的に成立することを実証する為に,人類初の核融

合実験炉を実現しようとする超大型国際プロジェクトである.「ITER」には,ラテン語の道や旅という意味を兼ねていて,核融合実用化への道,地球のための国際協力への道という願いが込められている.以前は,International Thermonuclear Experiment Reactor の 略称であったが….ITER計画には,日本・欧州連合(EU)・ロシア・米国・韓国・中国・インドの七つの国と地域が参加している.ITER の研究開発と製作は,国別にそれぞれが主要パーツを担当する(図 4).  ITER 用電磁石の主な仕様は,超電動トロイダル磁場(TF)コイルが,Nb3Sn, B=12 T, 68 kA の定常コイル,超電動中心ソレノイド磁場(CS)コイルが,Nb3Sn, B=13 T, 40 kA のパルスコイル,超電動ポロイダル磁場(PF)コイルが,NbTi, B=4 ~ 6 T, 45 kA のパルスコイルである.電磁石の総重量は約10,000トンになり,Nb3Sn の素線重量は 550 トン,NbTi の素線重量は 250トンを必要とする.  2005 年にフランス・カダラッシュに建設されること

図 2 ポスター会場 図 4 参加国と技術開発の部分

図 3 講演の様子

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高柳 智弘

が決定し,2011 年の今年,建設工事が開始された.2019 年にファーストプラズマを達成,2027 年に DT核融合反応による運転(DT プラズマ,核融合出力500 MW, エネルギー倍増率Q=10,プラズマ電流15 MA)を開始する予定で進んでいた.しかし,先の3.11の東日本大震災によって,茨城県の那珂核融合研究所が被災したため,ITER 用の TF 導体及びコイルの製作が遅れ,ファーストプラズマの計画に 1 年ほどの遅れが見込まれている.そのため,この遅れを最小限に止めるよう各国が協力し計画を進めている.また,ITER の工学設計や物理の R&D の進捗と活動成果も報告された. 2.3 “100 Years of Superconductivity and 50 Years of Superconducting Magnet” (Plenary Talk) 2 日目の Plenary Talk では,Martin Wilson 氏による

「超電導の百年」と題する講演があった(図 5).1911年,オランダの物理学者 Heike Kamerlingh Onnes 氏が,液体ヘリウムを絶対温度 4.2 K よりもさらに冷やす実験中に,水銀の電気抵抗がほぼゼロになる現象を発見した.これが,超電導現象最初の発見である.その後,1933 年にマイスナー効果が発見され,1935 年のLondon theoryにより超電導現象が理論的に証明された.1953年に最高転移温度 17 K の Nb3Sn が発見され,

1954 年に George Yntema 氏が最初の超電導電磁石を製作した.1957 年の Bardeen 氏,Cooper 氏,そして,Schrieff er 氏による BCS 理論により,超電導現象の基本的な構造が解明された.1960 年代は,超電導を用いた MHD(Magneto-Hydro-Dynamics)Generator や,超電導素線の CICC(Cable in Conduit Conductor)の技術開発が進んだ.1970 年代になると,超電導電磁石は高エネルギー物理学の研究にも多く利用されるようになり,超電導を用いた最初の加速器や NMR(Nuclear Magnetic Resonance)spectroscopy magnet の開発がおこなわれた.そして,1980年代に,液体窒素温度(77 K)を超える銅酸化物の高温超電導体(High Temperature Superconductors: HTS)の B2223 や YBCO が発見された.これ以降,送電ケーブル等の一般市場へ向けた応用研究が盛んに行われるようになった. 2.4 “Advanced Accelerators Magnets for Upgrading LHC”(Invited Talk) 大型ハドロン衝突加速器(Large Hadron Collider: LHC)について,これまでの実績,現状,超電導の研究開発及び高エネルギー用電磁石の開発についての報告があった.LHC の建設は 2000 年に始まり,当初の予定では完成は 2005 年であったが,発表中に

「long history, a longer future?」とのコメントがあった通り,加速器の完成は遅れて2009年となった.また,

図 5 Time line of a superconducting century(IEEE/CSC & ESAS ESNF, No. 17, July 2011)

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MT-22 会議報告

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ヘリウム流出などの事故が生じたため,LHC 実験は2010年に開始された.LHCのアップグレードとして,14 TeV の HL-LHC(High-Luminosity: LHC)の設計とR&D を 2014 年までに行い,2015 年から建設開始とする計画が示された.そして,さらなる将来計画として,33 TeV の HE-LHC(High-Energy: LHC)についての報告があった. 2.5 超電導関係について ITER,LHC,JT-60SA(JT-60 Super Advanced@日本原子力研究開発機構 那珂核融合研究所)に関する発表の中に,高性能超電導線材の開発報告があった.Nb3Sn 線や Nb3Al 線の長尺化と臨界電流密度の向上を目的に,断面構成と加工プロセスの改良を行っている.超電導コイルで使用する超電導素線を撚り合わせ,金属管に挿入した CICC において,素線間の接触抵抗にばらつきがある場合,導体内部の電流分布が不均一となる.これを防ぐ製作技術の向上と,コイル内の素線配置の3次元測定と解析に関する報告が多くみられた.また,ITER などの高磁場下において強大な外部磁場が誘導されると,CICC の中の素線が動き,接触抵抗のバラツキに起因してコイルが発熱する問題が生じている.この件に関しては,研究所,大学,企業からシミュレーションと実験の結果,製作実績などの報告が特に多くあった(図 6). 大容量且つ低損失の高温超電導電力ケーブル(HTS Power cable)と,その HTS 技術を利用した大容量送電装置,電気エネルギーの貯蔵と放出且つ電力量の調整を高速化できる超電導磁気エネルギー貯蔵装置

(Superconducting Magnetic Energy Storage: SMES)の研究開発についての報告があった.HTSの電力伝送ケーブル技術の実用化の例として,日本の横浜にある

66 kV/250 m のケーブルや,中部大学による世界初となった HTS の DC ケーブルで 2 kA/200 m の実績が紹介された. 2.6 加速器関係について KEKB の電磁石システムや,J-PARC のニュートリノビームラインやハドロン実験施設の電磁石等について,研究開発と震災の影響に関する報告があった.高放射線環境下において,メンテナンス機器の交換作業時間を短縮する技術や,3 次元磁場解析アプリケーションを用いたコンパクト型高性能電磁石の設計など,新しい知見を得ることができた.特に,高放射線環境下で使用する電磁石は興味深かった.電磁石を構成する部品と部材は,耐放射性を有している.また,高放射線環境下では,作業の場所と時間が限られているため,電磁石の搬送・据付などは,遠隔操作による自動化と,人間作業の場合は時間短縮が基本である.これらの要求に応えるため,遠隔操作のみで 40 トンの電磁石を搬送且つ据付ができる装置の開発であったり,冷却水配管の接続部において,金属シールを利用してもクイック接続を可能としたり,電力銅バーの接続箇所に,切り替え作業の負担を軽減するナイフスイッチを使用していたりと,作業時間を短縮する構造で統一的に製作されている.そして,これらの装置の接続箇所の構造はフレキシブル性にも優れているため,大震災によって施設がダメージを受けるような大きな揺れが生じていても,接続箇所にはダメージが無かった.また,施設改修作業のために電磁石を搬出したり復旧の作業をしたりする場合においても,自動化とクイック接続の構造は良い成果を発揮したという実績が報告された. 2.7 そ の 他 医療用加速器においては,高磁場化によって高精度診断画像の撮影が可能になっただけでなく,制御システムの高度化と測定精度の向上によりビームの照射精度が改善され,病変部をピンポイントで集中的に照射が可能となった技術開発など,興味を引く報告が多数あった.また,基礎研究として,コロイド・マグネタイト(Colloidal magnetite)を用いて,井戸水中に含まれるヒ素を取り除く研究や,超電導電磁石を用いた静止浮上によって,地震などによる建屋や装置の振動を減衰する技術開発の報告があった.これらの研究は実用化されると面白いものであるが,低コストがひとつのキーワードになると思われる. 「Magnet Technology」という名の国際会議だけあって,電磁石に関する幅広い分野の研究発表を聴講することができた.世界は広い….

図 6 ITER-TF コイル用ストランド線 (日立電線の展示ブースにて)

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J. Particle Accelerator Society of Japan, Vol. 8, No. 4, 2011 240

高柳 智弘

3. 筆者の発表内容

 バンプシステムで使用している電磁石と電源の出力試験の結果解析から,新しい電源の開発で使用する等価回路のシミュレーションモデルの構築について発表した.バンプシステムとは,J-PARC の 3 GeV シンクロトロン加速器におけるビーム入射用システムの構成機器の一つである.このバンプシステムの中で最も出力電力が大きい水平シフトバンプ電源は,主回路がIGBT 半導体素子のアセンブリを直・並列多重に接続した構成を持ち,20 kA/6.4 kV の大電流且つ高電圧の台形波形のパターンを 1%以下のトラッキング精度で25 Hz の繰り返し出力が可能である.しかし,このような高速スイッチングパルス電源は,スイッチングに起因する高周波ノイズの低減が課題になる.そこで,水平シフトバンプ電源の負荷側の電磁石や出力電力ケーブルのインピーダンスと,磁場波形と出力電流の実測結果を解析し,さらに,電子回路シミュレーションと 3 次元磁場解析アプリケーションを用いて,等価回路のシミュレーションモデルを構築した.そして,このモデルを用いて,高速スイッチングに起因する高周波ノイズを低減する回路構成と,電源の改良点について説明を行った.

4. おわりに

 開催地のフランス・マルセイユ(図 7)は,マルセイユ・プロヴァンス空港からシャトルバスで約 30 分の位置にあり,シャルル・ド・ゴール国際空港からの乗り継ぎではあったがアクセスは良かった.市内は地下鉄と路面電車が走り,公共交通が整備されていた.また,会議の期間中は好天が続き,日中は暑かったが汗ばむことはなかった.乾燥した地中海性気候の南フランスらしさを肌で感じることができた.フランス料理のフルコースを Conference Dinner でいただくことができた.しかし,バス移動で片道2時間かかったため,味の印象よりも往復移動の方が記憶に残っている.私としては,旧港周辺(図 8)のレストランで食したブイヤベースと地元で取れた牡蠣などの生貝のプレートが絶品であった.

図 8 マルセイユの旧港周辺の風景

 発表の質疑応答の際に,地震と津波の被害について,非常事態にもかかわらず,冷静で礼儀正しい日本人の姿に感銘を受けた,と多くの方々から激励をいただいた.次回の MT-23 は,2013 年 7 月 14 日から 19 日にかけてアメリカ・ボストンで開催される.

参考文献

1) http://www.mt22.org/

2) http://www.naka.jaea.go.jp/ITER/index.html

図 7 マルセイユの街並み

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