地域の知の痕跡を、 - 政府広報オンライン...の心を惹きつけてやまない...

旧校名 業種 建築年 規模 運営開始時期 改修費用 亀山小学校 図書館・工房 昭和35年(19601,445㎡・14教室 平成19年(20074万円 文=永江 大(MUESUM) 写真=山岡大地(山口情報芸術センター[YCAM])

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山口県の山間にある集落・阿東︒こ

こに全国の文化施設や行政関係者︑

中国からの観光客︑はたまたイタリ

アのサスティナブルデザイナーまで

が足を運ぶ︑知る人ぞ知る廃校があ

る︒木造校舎に収められた明治・大

正・昭和の多種多様な書籍アーカイ

ブは︑ひとりの住人による活動から

はじまった︒今も学び舎としての時

間を携える地域の書庫は︑訪れる人

の心を惹きつけてやまない︒

地域の知の痕跡を、

収蔵する書庫。

阿東文庫

山口県・山口市

旧校名

業種

建築年

規模

運営開始時期

改修費用

亀山小学校

図書館・工房

昭和35年(1960)

1,445㎡・14教室

平成19年(2007)

約4万円

文=永江 大(MUESUM) 写真=山岡大地(山口情報芸術センター[YCAM])

阿東文庫

 

廃校活用によって見える

 

地域を形づくる力

山口市街地から国道9号線を車で

40分ほど、山口と島根の県境にある

人口約6000人の農村・阿あ

とう東

。集

落を南北に貫く国道の周囲は、見渡

すかぎり田んぼが広がり、遠く見え

る山麓に沿って赤い瓦屋根の家屋が

並ぶ。国道の外れにある八幡宮の側

に、旧亀山小学校が見える。現在は

「阿東文庫」として、行き先のない

書籍やさまざまな印刷物、家具や道

具などを収蔵し貸出も行っている。

また空き教室は竹でつくる自転車の

工房、アーティストのアトリエ、倉

庫など多目的に使われている。

雑草が伸びはじめようとしている

夏目前の季節、2棟の校舎、運動場、

体育館、給食室+宿直室からなる阿

東文庫を訪れた。開け放たれた入り

口の奥から、発起人である吉見正孝

さんが声をかけてくれた。廊下の両

脇を埋める本棚と、おもむろに置か

れたおびただしい量の本や書類に圧

倒されながら、かつて教員室だった

という事務室へと通され、そこで代

表の明日香健輔さんに出会う。

旧亀山小学校は、2006年に阿

東町立徳佐小学校(現・山口市立徳

佐小学校)へと統合され閉校、校舎

は阿東町(現・山口市)の管理財産

へと移り、現在にいたる。

跡地利用推進協議会(以下、協議

会)の発足は、閉校が決まる約2年

も前。学校の利活用を望む住人たち

により立ち上げられ、さまざまな議

論がなされたが、一時的に地元のグ

ループが体育館や運動場などで活動

することはあっても、長期的な用途

を示せずにいた。元・阿東町役場職

員、現・山口市議会議員の山見敏雄

さんいわく「当時、阿東町役場でも

町長のもと方向性を示したいと試み

ていました。もちろん地元の声もふ

まえてね。阿東で生まれ、亀山小学

校で学んだ人たちは、この場所への

思い入れが強い。だからこそ一筋縄

ではいかない部分もありましたね」。

利活用の方向性が定まらないことに

は予算もつかず、閉校時点で将来更

地になるのを待つ運命にあった。

その後、2010年1月に阿東町

が山口市へ編入合併。阿東町と旧亀

山小学校の利用契約を交わしてい

た協議会は、合併から2年経った

2012年、すでに校舎を拠点とし

て、さまざまな活動を展開していた

阿東文庫へとその契約を移した。

地域や学校への強い想いがあり、

どうにかしたいと考える地元の人た

ち、その想いを受け入れようと模索

する行政。地域の未来を見通すため

の、あるべき状況は揃っていたにも

かかわらず、方向性を決断しきれな

かった現実があった。明日香さんは

「地方が衰退しつつある時代におい

ては、これまでのように行政へ丸投

げする方法はうまくいかない。『こ

2棟の校舎からなる旧亀山小学校。道路に面した校舎北側には、阿東文庫の看板が見える。校舎内には、阿東をはじめ、さまざまな土地で行き場を失った書籍や家具、道具、自転車などが多数保管されている。

阿東文庫立ち上げメンバーの吉見正孝さん。彼の人柄と行動力に惹かれ、さまざまな人がこの場所へと集まる。

運営形態

阿東文庫

元・阿東町役場職員で山口市会議員の山見敏雄さん(左)と阿東文庫代表の明日香健輔さん(右)。

 

小さな活動から

 

根源的な課題を問う

2006年頃から廃品回収の仕事

をしていた吉見さんは、阿東で大量

に廃棄されていく書籍を守るため、

すでに手狭になった自宅倉庫とは別

の保管場所を探していた。そのうち

に、当時の教育長の好意で、閉校直

後の旧亀山小学校の1室を借りるこ

ととなる。そこで、せっかくなら誰

もが閲覧できるようにと、使われな

くなった電子オルガンや机を集めて

その上に本を並べていった。

「ひとりでやる仕事ではないと思

い、阿東に住む10人の方々に声をか

け、阿東文庫の前身となる『阿東の

本と資料を活かす会』を立ち上げま

した。初期メンバーで残っているの

は、私を含め2人だけ」と吉見さん。

2006年から2012年の契約

主は協議会だったので、阿東の本と

資料を活かす会は一部を間借りする

形でかかわっていた。だが、その間

も書籍・資料は増え続け、空き教室

へと侵食。さらに、地元の人たちへ

向けたイベントの開催や若手作家の

受け入れなど、校内を占拠するよう

に活動は活発になっていく。

うしていきたい』という自分たちの

想い、またそれを実現できるかどう

かは、地域の力が重要です。今の地

域にはその突出した力がなく、良く

も悪くもフラット。ある意味、平等

なんですよ」と話した。

平行線が続いていた旧亀山小学校

に、図らずも一石を投じる形になっ

たのが阿東文庫の吉見さんである。

「そのうち、協議会から活動を自粛

するよう通達が届きました。使って

いないのだからいいだろうと思うん

ですがね」と吉見さん。そこへ山見

さんが応える。「明日香さんには話

しましたが、地元と意見を違えたと

き、地元の人間は地元の人間を味方

する。そこは覚悟が必要です。ただ、

例にもれず阿東も人口が減り続けて

いますから、危機意識をもって地域

のことを考える必要があります」。

吉見さんも続ける。「私も明日香

さんもIターンでこの土地に来まし

た。そういった都市部から移住した

人たちが求めるものと地域が必要と

しているものとのミスマッチは少な

くありません。阿東に哲学書がたく

さんあるのに、地域の日常ではあま

り生かされないこともある。その

根っこにある問題は大きい。この変

運動場に面した校舎東側の玄関から入ると、吉田松陰像と手づくりの阿東文庫案内図が。

廊下には、ほかの地域の廃校や施設からもらい受けた本棚と、書籍&資料が隙間なく並んでいる。

阿東文庫

革の時代に、多くの大学教員が自ら

の蔵書を寄贈できる場がなく、焼却

処分せざるをえない状況にも表れて

います。先日も東京・高田馬場の雑誌

図書館『六月社』が閉館し、約10万

冊の所蔵雑誌が行く当てがないとい

うニュースを耳にしました。いわゆ

る郷土資料ではないけれど、世界中

探してももう二度と出会えない貴重

な資料がここにはある。今見えてい

る問題に対して、私は自分ができる

ことをやろうとしているんです」。

 

阿東の資産を

 

次代へとつなぐために

校舎の廊下を抜ける風や木造の床

の軋む音を聞きながら、吉見さんと

明日香さんと校内を回る。すでにど

の教室にどの分野の書籍を置くかな

どの配架計画は決まっているもの

の、増え続ける蔵書のせいか無造作

に置かれているものも多い。そんな

状態だからこそ、個々の本の佇まい、

装丁の美しさが映える。「この教室

には、明治・大正・昭和、戦前まで

の本が並んでいます。ほぼ阿東で捨

てられた本ですね。明治初期につく

られた福沢諭吉の木版本や、明治43

年発行の翻訳『種の起源』、そして

日本最古といわれる平凡社の百科事

典。学生さんには、ここにあるいろ

んな本と出合い、何を目的に勉強し

ているのかをゆっくり考えてほしい

ね」と吉見さん。

一角には、山口情報芸術センター

[YCAM](以下、YCAM)が

2016年に企画し、阿東文庫を会

場とした「世界ヴィレッジデザイン

会議」のパネル資料も保管されてい

現在、図書室が6室、保管室・倉庫として7室を使用している。教室ごとに書籍の分類がされており、それに沿って収集したものを移動。今後、じっくり時間をかけながら整理していくのだという。

大学教員からの寄贈本を集めたコーナー。送られてきた並びもそのまま、本棚に保管している。

校舎入口付近に積み重なる段ボール。全国各地から、さまざまなジャンルの書籍が寄贈される。

明治時代に出版された、樋口一葉の日記。装丁の繊細さ・美しさが手に取ることでよりわかる。

一般社団法人「Spedagi Japan」が取り組むバンブーバイク開発のための工房。テスト中のフレームや部品が並ぶ。

阿東文庫

阿東文庫山口県山口市阿東徳佐上1133

10:00~17:00 日曜休

る。人口2億6000万人を超え、

現在も増加を続けるインドネシアか

らデザイナーを招聘し、YCAM、

阿東文庫、建築家グループの各メン

バーが集まり、世界の「村のデザイ

ン」をテーマに、ディスカッション、

フィールドワーク、レクチャーを行

う3日間のプログラムだ。

「インドネシアの方々から『この

場所は何? 

なぜ子どもがいない

の?』と聞かれ、これが日本の田舎

の現状で、おそらく50〜70年後にあ

なたたちの国もそうなるよと話した

んです。デザイナーのひとり、ラビ

ニア・エリシアさんは『これを自分

たちの問題として取り組まないとい

けない』と会議後も継続してリサー

チし、『廃校

ニアの提案』としてま

とめてくれた。そこには、『廃校』

をポジティブにとらえるさまざまな

提案がありました」と明日香さん。

エリシアさんは今、明日香さんが

立ち上げた一般社団法人「Spedagi

Japan

」で、阿東の竹を素材とし

た自転車の開発にも参加してい

る。インドネシアを発祥とする、持

続可能な社会の実現を掲げた団体

「Spedagi

」に共感するメンバーで構

成された会だ。これも、世界ヴィ

レッジデザイン会議から派生したプ

ロジェクトのひとつである。

阿東文庫のこれまでを伺うなか

で、吉見さんと明日香さんの物事に

対するラディカルな姿勢が、距離や

文化、組織、年代を超えて人々を惹

きつけているのがわかる。

「阿東文庫は12年続けています。補

助金をもらわず、行政から予算が出

るわけでもなく。週に何回か来て、

1時間かけて換気をする。そして本

を整理する。たぶん、これはライフ

ワークなんです」。積まれた本を眺

めながら明日香さんが話を続ける。

「これからも人口減少は進みます。

でも何かのきっかけで人が集い、新

しい町ができるかもしれない。その

ときに土台となるのは、地域の歴史

です。ここにある阿東の人たちが読

んだ本はその手がかりになりうる。

2016年8月5日~7日の3日間、阿東文庫と山口情報芸術センターにて開催された「世界ヴィレッジデザイン会議」。写真提供:山口情報芸術センター[YCAM] 撮影:田邊るみ

旧亀山小学校を含む周囲の風景。右手にある体育館は、今も地元の人が使っている。

本棚にはその人となりが表れると言

いますが、ここには阿東が見える。

次の世代が未来を描くとき、地域の

想いを形にして、エネルギーに変え

ていくためのアイデンティティと、

知の宝庫としてのシンクタンクが必

要になります。50年後、この場所が

役立ってくれたらと思っています」。