朝熊岳道伊勢街道 磯部道 いせし うじやまだ いけのうら 堅神 船津 ふなつ...

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Page 1: 朝熊岳道伊勢街道 磯部道 いせし うじやまだ いけのうら 堅神 船津 ふなつ 河内 丸山 奥河内 中河内 かも まつお 青峯道 ( 松尾道 )

1

朝熊岳道の概要

朝熊ヶ岳の山頂付近にある金剛證寺は、天長2年

(825)に空海が創始したと伝えられる。空海が

この山で修行していたある朝、熊が現れ、夕方には

虚空蔵になっていたため朝熊ヶ岳の名が付いたとい

う。平安後期には虚空蔵信仰と天照大神を祀る伊勢

信仰とが結びついて寺勢を伸ばし、伊勢神宮の北東

に位置することから、神宮の鬼門を護る霊場とされ

た。中世末期頃から庶民のあいだに広まった伊勢参

りでは、「伊勢へ参らば朝熊をかけよ、朝熊かけねば

片参り」とうたわれ、多くの人々で賑わった。本堂

や木造雨宝童子立像などは重要文化財に指定されて

いる。

また、伊勢志摩近郊では、この山が亡き人の霊が

集まる場所として信仰され、「岳参り」と呼ばれる

参詣が行われたため、伊勢方面をはじめ鳥羽・志摩

方面などさまざまな方向から金剛證寺へと続く道が

開かれた。そのうち現在もよく道が残っているのは、

かつて伊勢神宮内宮から金剛證寺に参詣するルート

だった宇治岳道と、近鉄朝熊駅近くから出発する朝

熊村岳道である。

宇治岳道は、なだらかな尾根道をゆっくりと登り、

およそ3時間で金剛證寺を経て朝熊ヶ岳の山頂に至

る。朝熊村岳道は、宇治岳道より勾配が急峻で、登

山口から1時間半ほどかけて山頂に至る。

杉やヒノキの針葉樹に覆われた岳道は、約109

メートルごとに「一町」「二町」の距離を現す町石

や町石地蔵などが路傍に立ち、参道の雰囲気が漂う。

中腹を過ぎると視界が開け、五十鈴川や宮川が流れ

る伊勢のまちや伊勢湾などが眼下に見晴らせる。

宇治岳道と朝熊村岳道は、朝熊峠で合流し、ここ

から金剛證寺や朝熊ヶ岳山頂まではあとわずか。山

頂には電波塔と八大龍王社があり、入り組んだ海岸

線の向こうに、たくさんの島々が見渡せる。冬の澄

んだ朝には、答志島と神島の間に富士山が見えるこ

ともあるという。

朝熊岳道(宇治岳道・朝熊村岳道)

Page 2: 朝熊岳道伊勢街道 磯部道 いせし うじやまだ いけのうら 堅神 船津 ふなつ 河内 丸山 奥河内 中河内 かも まつお 青峯道 ( 松尾道 )

伊勢街道

伊勢街道

磯部道

磯部道

いせしいせし

うじやまだうじやまだ

いけのうらいけのうら 堅神堅神

ふなつふなつ船津船津

河内河内丸山丸山

奥河内奥河内

中河内中河内 かもかも

まつおまつお

青峯道(松尾道)

青峯道(松尾道)五知峠五知峠

卍青峯山正福寺卍青峯山正福寺

近鉄志摩線

近鉄志摩線

青峯道(鳥羽道)

青峯道(鳥羽道)

白木白木

しらきしらき

いすずがわいすずがわ

宇治岳道宇治岳道

あさまあさま

朝熊朝熊朝熊村岳道朝熊村岳道

JR参宮線

JR参宮線

二見道二見道

伊勢志摩スカイライン伊勢志摩スカイライン

鳥羽道鳥羽道

伊勢自動車道

伊勢自動車道

近鉄鳥羽線近鉄鳥羽線

朝熊(1)朝熊(1)

宇治(3)宇治(3)

宇治(1)宇治(1)

宇治(2)宇治(2)

朝熊(2)朝熊(2)

金剛證寺金剛證寺

伊勢二見鳥羽ライン

伊勢二見鳥羽ライン

外宮外宮

内宮内宮

鳥羽市

志摩市

伊勢市

鳥羽鳥羽

宇治宇治

3 2

美しい針葉樹に彩られたもう一つの  伊勢参拝の道。

朝 熊 岳 道

歩く速さで見えてくるものがある。歩くからこそ出会うものがある。いにしえの旅人の速さで、視点で歴史の道をたどってみよう。

◆目次

朝熊岳道の概要 

����1

朝熊岳道のルート 

���2

朝熊岳道(宇治岳道)

(1)宇治・1�������4

(2)宇治・2�������6

(3)宇治・3�������12

朝熊岳道(朝熊村岳道)

(1)朝熊・1�������16

(2)朝熊・2�������20

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5 4

約 180 m

五十鈴川

伊勢志摩スカイライン

近鉄鳥羽線

伊勢街道

鳥羽道

このあたりは、道が荒れている。

神宮司庁の駐車場沿いの道を登っていく。

17 碑

16 十六町 角柱型町石「十六町」「武州江戸田所町 施主萩原三郎右衛門」「江戸本八町堀松屋町 石工小川久兵衛」と刻まれている。

15 五丁 町石地蔵

14 十五丁 町石地蔵同じ町数の地蔵が2体ある。

13 十 一 丁  町 石地蔵 

12 地蔵の茶屋跡江戸時代~昭和15年ころのもので、今は石垣が残る。11 大黒石

10 十町 角柱型町石9 地蔵「□勢度会郡朝熊道」「□□元戊辰年十一月吉日明道行円」と刻まれていて、首の所にひびがはいっている。

8 三丁 町石地蔵台座のみ残っている。

7 一丁 町石地蔵

6 道標寛永三年(1626)のもの。「寛永三丙寅年 (梵字)朝熊岳道 二月吉日」と刻まれている。

5 大山祗神社神宮125社

4 子安神社神宮125社

3 道標文 政13年(1830)の も の。「東 文政十三年庚寅 九月吉日(施主名一〇名)」「南 右あさまみち六十二丁いそベミち三り半」「西 左二見浦百丁」「北 大坂守万家寿講(施主名一〇名)」という文字が各面に刻まれている。

1 宇治橋五十鈴川にかかる長さ約102mの総檜造りの橋。橋の両側に立つ二つの鳥居は、内宮・外宮の正殿の旧棟持柱で作られる。

2 五十鈴川

17

16

151413

12

11

10

9

876

54

321

(1)宇治1 (伊勢市宇治館町~一宇田町)

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7 6

この部分は8・9・10ページをご覧ください

約 1100 m

伊勢志摩スカイライン

朝熊岳道

(朝熊村岳道)

7 三十二丁 町石地蔵首から上の部分しかない。

11 三十一丁 町石地蔵

10 一宇田茶屋跡

9 三十町 角柱型町石「三十町 武州江戸田所町 施主萩原三郎右衛門」と刻まれている。

6 四丁 町石地蔵

8 三十丁 町石地蔵

5 二十九町 角柱型町石

4 二十六丁 町石地蔵同じ町数の地蔵が2体ある。

3 町石地蔵町数は不明で、頭部に自然石で顔がつけられている。

2 二 十 五 丁  町 石 地蔵

1 地蔵二体

1110

7 96 85

4321

(2)宇治2・A (伊勢市一宇田町~朝熊町)

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9 8

この部分は10ページをご覧ください

この部分は7ページをご覧ください

約 1100 m

伊勢志摩スカイライン

朝熊岳道

(朝熊村岳道)

伊勢スカイラインを陸橋で渡る。眺望が良い。

15 四十丁 町石地蔵

14 三十九丁 町石地蔵

13 三 十 八 丁 町石地蔵

12 三十六丁 町石地蔵

11 二十七丁 町石地蔵10 丁数不明の地蔵三十五丁 町石地蔵の隣。「丁」のみ見える。

9 三 十 五 丁  町 石地蔵

8 丁数不明の地蔵自然石の頭がつけられている。

7 三十三丁 町石地蔵地蔵の膝のあたりにひびがはいっている。

6 三十四丁 町石地蔵5 三十三丁 角柱型町石

2 三十三丁 町石地蔵

3 二 十 八 丁 町石地蔵

1 三十二町 角柱型町石

4 三十一丁 町石地蔵

1413

15

12

1110

9

8

76

52

3 4

1

(2)宇治2・B (伊勢市一宇田町~朝熊町)

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11 10

この部分は7・8・9ページをご覧ください

約 1100 m

伊勢志摩スカイライン

このあたりから道が平坦になる。

朝熊岳道

(朝熊村岳道)

15 町石地蔵類四十五丁、四十八丁、四十九丁が2体、五十丁、四十七丁、町数不明が3体。全部で9体。

14 四十八丁 町石地蔵

13 四十七丁 町石地蔵「四」の文字は欠けている。

12 三十七丁 町石地蔵

11 二丁 町石地蔵10 四十七丁 町石地蔵頭から下は土に埋まっている。

9 弘法井戸小屋の中にある。

8 四十六丁 町石地蔵同じ丁数の町石地蔵が2体ある。

7 四十四丁 町石地蔵光背の上部が少し欠けている。

6 四十五丁 町石地蔵5 四十四丁 町石地蔵

4 四十三丁 町石地蔵3 地蔵上半分が折れてない。

2 四十二丁 町石地蔵

1 四十一丁 町石地蔵

151413

12

111098

7

6

5

4

321

(2)宇治2・C (伊勢市一宇田町~朝熊町)

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13 12

この部分は14・15 ページをご覧ください

約1100 m

約 450 m

伊勢志摩スカ

イライン

朝熊村岳道との合流地点。

朝熊岳道(朝熊村岳道)

18 野間万金丹本舗跡17 道標「右いそべみち二り」「左満るやまみち三十□」と刻まれている。磯部岳道の終点にあたる。

16 五十八丁 町石地蔵五十八丁 町石地蔵が2体ある。そのうちの1体。

15 五十八丁 町石地蔵五十八丁 町石地蔵が2体ある。そのうちの1体。

14 五十七丁 町石地蔵13 五 十 六 丁  町石地蔵

12 朝熊山経塚群国指定史跡

10 奥之院

9 八大龍王社

8 五十五丁 町石地蔵

7 地蔵結願碑「文化十四年丁丑年 三千日参結願碑」「明暦元乙未歳十二月□日」「三千日結願碑」「四之宮河原住人西入」と刻まれている。

6 地蔵五十七丁碑「□十七丁」「為十方檀那」「普明院□」と刻まれている。

5 地蔵元禄2年(1689)のもの。「元禄二己巳年」「七月吉日」と刻まれている。

4 五十三丁 町石地蔵元 禄2年(1689)の も の。「五十三丁」「元禄二己巳年 願主  □や佐右エ門」「七月吉日 同平三郎」と刻まれている。現在、首の部分で割れている。

3 石碑2 二十二町 角柱型町石

1 家屋跡朝熊山上唯一の旅館とうふ(東風)屋跡

11 一休宗純句碑

18

17

1615

14

13

12

9

876

54

3

21

10 11

(3)宇治3・A (伊勢市朝熊町)

Page 8: 朝熊岳道伊勢街道 磯部道 いせし うじやまだ いけのうら 堅神 船津 ふなつ 河内 丸山 奥河内 中河内 かも まつお 青峯道 ( 松尾道 )

15 14

この部分は13ページをご覧ください

約1100 m

約 450 m

朝熊岳道(朝熊村岳道)

16 極楽橋下里信種が寄進したものである。15 下乗の標石

14 五十九丁 町石地蔵13 荒木田武邦の歌碑

12 道標「左さんけい道これより三丁」と刻まれている。

11 金剛證寺朝熊山山頂にあり、伊勢神宮の鬼門を守るといわれる古刹。弘法大師が真言密教の道場として天長2年(825)に建立したと伝えられる。現在は臨済宗。本堂は国指定重要文化財であり、国宝の朝熊山経ヶ峯経塚出土品のほか数多くの文化財がある。伊勢西国三十三所観音霊場第2番札所。

9 六 十 町  角 柱 型 町石延享3年(1746)のもの。「六十町」「延享三丙寅歳正月吉日 住持玉堂代」「施主武州江戸田所町 萩原三郎右衛門」等と刻まれている。宇治岳道登り口から移されたものである。

8 結願碑「奥州南部志和郡郡山南目指」「村盛道与平伊勢熊野高野」「◎七度詣参之願今年己成就」「彫茲石上建朝熊岳仰子孫」「繁栄而巳」「寛文十二壬子年七月十六日」と刻まれている。

7 千日参碑「享保九年甲辰稔霜月十五日」「奉納大乗妙典六十六部」「内宮外宮朝熊岳千日参」「志州答志郡坂崎村住沙門旬性」と刻まれている。

6 五十四丁 町石地蔵5 地蔵

4 千日参碑宝永7年(1710)のもの。「千日参供養出羽国終誉祐心」「三界万霊佛果菩提」「宝永七庚寅年四月十五日」と刻まれている。

3 地蔵「元禄九年三月十三日」「尾州名護屋住□尼妙意」と刻まれている。

2 五十丁 町石地蔵 1 九鬼嘉隆の五輪塔

20 金剛證寺宝物館

19 野田磔堂句碑18 内 藤 ま さ を 句碑

17 一休宗純句碑

10 松尾芭蕉句碑

1615

14

13

1211

9876

5432

1

20

1918

17

10

(3)宇治3・B(伊勢市朝熊町)

Page 9: 朝熊岳道伊勢街道 磯部道 いせし うじやまだ いけのうら 堅神 船津 ふなつ 河内 丸山 奥河内 中河内 かも まつお 青峯道 ( 松尾道 )

17 16

この部分は18・19 ページをご覧ください

約700m

のどかな集落の風景が続く。

朝熊駅

鳥羽道

近鉄鳥羽線

鳥羽道

14 道標むごん坊道の標石「むごん坊道」「□童女」「□□聖霊」「□□町」と刻まれている。

13 三町 角柱型町石「西岡氏先祖代々聖霊」「大中臣政珍居士 教誉浄頓信慎居士」と刻まれている。

12 三丁 町石地蔵

11 二町 角柱型町石「□誉光月円照法尼」と刻まれており、頭部が欠けている。

10 二丁 町石地蔵「□□宗哲信□」と刻まれている。

9 一町 角柱型町石「乗誉真冏和尚」と刻まれている。

8 二十二町 角柱型町石安 永8年(1779)の もの。「三界万霊」「(梵字)二十二町」「是より阿さまたふけまて」「安永八年己亥二月建」と刻まれている。

7 六文字名号碑寛 永19年(1642)の も の。「寛永十九壬」「南無阿弥陀佛」「十月十五日」と刻まれている。

6 地蔵

5 地蔵堂中に3体の地蔵が祀られている。

4 朝熊第一之拝所内部に千体仏がある。

3 道標安 永8年(1779)のもの。朝熊山金剛証寺に至る岳道と交差する、左曲がり角。下部半分がコンクリートで固められている。西面「右あさまたけ 左志州 とばみち」。北面「安永八己亥念年十□□□□」と刻まれている。

2 庚申碑建立年代は不明だが、江戸末期かと思われる。

1 河原地蔵元禄2年(1689)のもの。高さ約60cm。

14

1312

11109

8765

4

3

21

(1)朝熊1・A(伊勢市朝熊町)

Page 10: 朝熊岳道伊勢街道 磯部道 いせし うじやまだ いけのうら 堅神 船津 ふなつ 河内 丸山 奥河内 中河内 かも まつお 青峯道 ( 松尾道 )

19 18

この部分は17ページをご覧ください

朝熊駅

急崚な登り道が続く。

近鉄鳥羽線

鳥羽道 鳥羽道

7 地蔵「□□智光信女銘」と刻まれており、光背型が半欠している。

3 四 町  角柱型町石「松葉氏先祖代々聖霊」と刻まれている。

2 四丁 町石地蔵四町 角柱型町石の上方の丘の上にある。

1 朝熊山神社

14 神楽の窯

13 供養碑「五千日供養 四之宮河原西入 万治四年辛丑年 六月朔日」と刻まれている。

12 地蔵11 八町 角柱型町石「三界万霊」と刻まれている。

10 種子碑万治3年(1660)のもの。

9 供養碑8 七町 角柱型町石

6 六町 角柱型町石「勝誉貞因信女」「田川氏一切精霊」と刻まれている。

5 五町 角柱型町石「村田氏先祖代々聖霊」「増井氏先祖代々聖霊」と刻まれている。

4 五丁 町石地蔵

13

1211

1098

76

541

14

32

(1)朝熊1・B(伊勢市朝熊町)

Page 11: 朝熊岳道伊勢街道 磯部道 いせし うじやまだ いけのうら 堅神 船津 ふなつ 河内 丸山 奥河内 中河内 かも まつお 青峯道 ( 松尾道 )

21 20

この部分は22・23 ページをご覧ください

朝熊岳道(宇治岳道)

15 十七丁 町石地蔵 14 十七町 角柱型町石「道順」「真薫」と刻まれている。

13 十六町 角柱型町石「小西家先祖代々聖霊」と刻まれている。

12 十五町 角柱型町石「紀 伊 国 屋 先 祖代々聖霊」と刻まれている。

11 十五丁 町石地蔵 10 十四町 角柱型町石「永来氏先祖代々聖霊」と刻まれている。

9 十 三 町  角 柱 型 町石「隨誉相真信士」「暢誉妙宣信女」と刻まれている。

8 十二町 角柱型町石「森島氏先祖代々聖霊」「華誉萎春大姉」と刻まれている。

7 供養碑安永7年(1778)のもの。荒い石積みの上に「三界万霊」「俗名堀田辰治郎 行年七才」と刻まれた台石を置き、上部に地蔵菩薩(頭部欠損)を祀る変形の供養碑。

6 十三丁 町石地蔵 

5 十一丁 町石地蔵 

4 十一町 角柱型町石「門誉恵先和尚」「三界万霊」と刻まれている。

3 地蔵「□妙閑信女」と刻まれており、頭部が欠損している。

2 供養碑寛文2年(1662)のもの。「江戸赤坂伝馬町二町目いせや七左エ衛門」「逆修」「寛文二壬寅年 九月廿四日」と刻まれている。

1 九町 角柱型町石「中川吉道」「中川吉弘」と刻まれている。

1514

13

1211

10

9

8765

4

3

21

(2)朝熊2・A(伊勢市朝熊町)

Page 12: 朝熊岳道伊勢街道 磯部道 いせし うじやまだ いけのうら 堅神 船津 ふなつ 河内 丸山 奥河内 中河内 かも まつお 青峯道 ( 松尾道 )

23 22

この部分は21ページをご覧ください

宇治岳道との合流地点。

朝熊岳道(宇治岳道)

13 二 十 二 町  角柱型町石

12 廿二丁 町石地蔵

11 二十一町 角柱型町石

10 廿一丁 町石地蔵9 二十町 角柱型町石

8 廿丁 町石地蔵7 十九町 角柱型町石

6 地蔵5 地蔵木の根元の石の祠のような所に祀られている。

4 十九丁 町石地蔵 3 地蔵元 禄4年(1691)の もの。「心誉安定信士」「元禄四年辛未年十一月廿三日」と刻まれている。

2 石柱下部のみ残る。平成4年の町石の隣。

1 十八町 角柱型町石平成4年(1992)のもの。

13121110

98

7 6

5

43

21

(2)朝熊2・B(伊勢市朝熊町)