わが社の耐摩耗・耐食肉盛溶接技術 - welding...

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76 溶 接 技 術 1 はじめに 当社は耐摩耗・耐食肉盛溶接に特化したビジネスを展 開し,併せて,肉盛溶接材料および自動溶接システムを 販売している。WAグループとしては創業42年目を迎え るが,当社は創業9年と社歴の浅い会社で,展開してき た事業もきわめて小規模であるが,この間に経験した肉 盛溶接技術 1) について触れ,今後の肉盛溶接技術の在り 方について述べる。 なお,当社が展開している肉盛溶接は耐摩耗・耐食に 特化したものであり,以下の本文では耐摩耗・耐食に限 定した肉盛溶接(当社が経験した肉盛溶接)について説 明する。 2 肉盛溶接の目的と基本的な再生 の考え方 肉盛溶接は使用環境および負荷条件に対して所定の期 間にわたって耐え得る特性を既存の表面に創出すること であり,表面改質技術の一つである。従来のScrap and buildの考え方からすれば,部材あるいは機材を更新する ことにより機能は復元できる。しかしながら,新しい部 材・機材に置き換えることなく,肉盛溶接により補修す ることができるのであれば,3R(Reuse, Resource, Re- cycle)という時代の求めるキャッチフレーズに即したも のである。併せて,費用対効果の観点において有利であ るとすれば,劣化した表面に新たな機能を肉盛溶接によ り創出することは顧客の要望に応える要素技術であると 言える。 当社はこのような考え方で,部材および機材の耐摩 耗・耐食肉盛溶接による補修および延命に取組んでいる が,創業時より以下のようなことが不可欠であると考え てきた。 ①顧客との間で双方に情報・技術を公開し,これらの 情報・技術を共有できる信頼関係を構築する。 ②常に費用対効果で顧客にとって有利な方法を提案 し,それを実現するための技術開発に努め,かつ具体 的ビジネスを通じてデータベースを蓄積する。 ③計画的メンテナンスが可能なように蓄積したデータ ベースより原単位を明確にする。併せて今後も肉盛溶 接技術による計画的メンテナンスが可能なように自動 化技術に取組む(3K排除)。 3 現状の肉盛溶接技術 当社が継続して肉盛溶接による再生を手掛けている機 器は毎年増えているが,その数は限られており,現時点 では国内では約150基程度で,顧客との間の情報の共有 化を通じてデータベースが少しづつ構築されつつある現 状である。これらの機器は,主として,電力業界(IPP, 自家発含む),セメント業界,製鉄業界等において使用 されており,以下に当社によるこれらの機器の再生状況 を説明する。 3.1 発電用微粉炭機とその周辺の機 材・部材への展開 発電設備の点検(自主または法定点検)は原則として ほぼ毎年行われ,石炭焚きボイラによる発電の場合には 法定点検は2カ月間程度に亘って実施される。微粉炭機 はボイラの補機ではあるが,極めて重要な機器である。 写真1写真5は微粉炭機の耐摩耗(Threebodyabrasionによる擦り減り摩耗やカジリ等)策として硬化 肉盛溶接最新事情 わが社の耐摩耗・耐食肉盛溶接技術 青田 利一 ㈱ウェルディングアロイズ・ジャパン 特集

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Page 1: わが社の耐摩耗・耐食肉盛溶接技術 - Welding …...む溶融亜鉛がきわめて腐食性である場合には,海外では 肉盛溶接により補修されることもある(写真21)。その

76 溶 接 技 術

1 はじめに当社は耐摩耗・耐食肉盛溶接に特化したビジネスを展

開し,併せて,肉盛溶接材料および自動溶接システムを販売している。WAグループとしては創業42年目を迎えるが,当社は創業9年と社歴の浅い会社で,展開してきた事業もきわめて小規模であるが,この間に経験した肉盛溶接技術1)について触れ,今後の肉盛溶接技術の在り方について述べる。なお,当社が展開している肉盛溶接は耐摩耗・耐食に

特化したものであり,以下の本文では耐摩耗・耐食に限定した肉盛溶接(当社が経験した肉盛溶接)について説明する。

2 肉盛溶接の目的と基本的な再生の考え方

肉盛溶接は使用環境および負荷条件に対して所定の期間にわたって耐え得る特性を既存の表面に創出することであり,表面改質技術の一つである。従来のScrap andbuildの考え方からすれば,部材あるいは機材を更新することにより機能は復元できる。しかしながら,新しい部材・機材に置き換えることなく,肉盛溶接により補修することができるのであれば,3R(Reuse, Resource, Re-cycle)という時代の求めるキャッチフレーズに即したものである。併せて,費用対効果の観点において有利であるとすれば,劣化した表面に新たな機能を肉盛溶接により創出することは顧客の要望に応える要素技術であると言える。当社はこのような考え方で,部材および機材の耐摩

耗・耐食肉盛溶接による補修および延命に取組んでいる

が,創業時より以下のようなことが不可欠であると考えてきた。①顧客との間で双方に情報・技術を公開し,これらの情報・技術を共有できる信頼関係を構築する。②常に費用対効果で顧客にとって有利な方法を提案し,それを実現するための技術開発に努め,かつ具体的ビジネスを通じてデータベースを蓄積する。③計画的メンテナンスが可能なように蓄積したデータベースより原単位を明確にする。併せて今後も肉盛溶接技術による計画的メンテナンスが可能なように自動化技術に取組む(3K排除)。

3 現状の肉盛溶接技術当社が継続して肉盛溶接による再生を手掛けている機

器は毎年増えているが,その数は限られており,現時点では国内では約150基程度で,顧客との間の情報の共有化を通じてデータベースが少しづつ構築されつつある現状である。これらの機器は,主として,電力業界(IPP,自家発含む),セメント業界,製鉄業界等において使用されており,以下に当社によるこれらの機器の再生状況を説明する。

3.1 発電用微粉炭機とその周辺の機材・部材への展開

発電設備の点検(自主または法定点検)は原則としてほぼ毎年行われ,石炭焚きボイラによる発電の場合には法定点検は2カ月間程度に亘って実施される。微粉炭機はボイラの補機ではあるが,極めて重要な機器である。写真1~写真5は微粉炭機の耐摩耗(Three-body-

abrasionによる擦り減り摩耗やカジリ等)策として硬化

肉盛溶接最新事情

わが社の耐摩耗・耐食肉盛溶接技術

青田 利一

㈱ウェルディングアロイズ・ジャパン

特 集

Page 2: わが社の耐摩耗・耐食肉盛溶接技術 - Welding …...む溶融亜鉛がきわめて腐食性である場合には,海外では 肉盛溶接により補修されることもある(写真21)。その

肉盛溶接による再生例を示したもので,当社はローラおよびテーブルライナに関しては,型式および機器の大小にほぼ関係なく,ミル内で同時に再生できる。このような技術には当社が展開してきた自動溶接装置のモジュール化,コンパクト化の成果が生かされている。また,微粉炭機の分級機もブラスト摩耗により損耗し,

写真6および写真7に示すような耐摩耗策(4mmの超

薄肉の肉盛プレートを使用した対策)を講じるケースもある。石炭取扱設備(アンローダ,リクレーマ等),灰処理系統の機材・部材にも耐摩耗策が必要で,例えばバケット,圧送配管等に耐摩耗策が講じられる場合もある。

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写真1 発電用微粉炭機(MBF)の2ローラ同時施工例

写真2 発電用微粉炭機(MBF)のテーブルライナとローラの同時施工例

写真3 発電用微粉炭機(MVM)の3ローラ同時施工例

写真4 発電用微粉炭機(超小型)テーブルライナのミル内施工例

写真5 発電用微粉炭機(MVM)偏心軸の溶接施工例

写真6 超薄肉板肉盛プレートを使用したセパレーターブレード

写真7 超薄板肉盛プレートを使用したセパレーターフレーム

写真8 ボイラパネル専用自動溶接システム

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なお,ゴミ発電用ボイラや一部の回収ボイラの水冷壁パネルにおいて,腐食や摩耗による減肉が問題となる場合には,写真8に示すような専用全自動溶接システムによる肉盛溶接あるいは補修溶接(現地炉内施工)が写真9および写真10に示すように施工される場合もある。低炭素時代にふさわしいバイオマス発電で遭遇する課題(水冷壁パネル,燃料払出・灰処理用スクリューコンベア表面等の損耗)にも解決策を準備している。

3.2 セメント業界の生産設備への展開

セメント生産は原料工程,焼成工程,仕上げ工程からなり,いずれの工程においても粉砕,輸送に因り摩耗が生じる。これらの中でもっとも摩耗が生じるのは原料工程での

粉砕ミル(原料ミル)およびスラグミルである。とくにスラグミルの場合には鉄粒パーセントおよび粉砕時のブレイン値(Blaine Value)に依存するが,年に2回~4回の再生(ほとんどがミル内施工)が一般的である。写真11は大型ローラを工場で再生している状況であり,当社は国内のほぼ半数のスラグミルを定期的に再生しており,当社施工による標準的な肉盛金属のテーブルライナの摩耗原単位は概ね2~3g/tonである。セメント工場の輸送工程は摩耗の塊でもあり,数多く

の肉盛プレート(ライナ材)が使用されている。また,粉砕輸送手段のスクリューコンベアの耐擦り減り摩耗策(写真12および写真13),圧送配管(管継手含む)の耐

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特集

写真9 ボイラ水冷壁パネルの工場施工例

写真10 ボイラ水冷壁パネルの現地施工例

写真11 スラグミルの大型ローラの工場施工例

写真12 スクリューコンベアの全面硬化肉盛溶接施工例

写真13 スクリューコンベヤ専用溶接装置による羽根の肉盛溶接施工例

写真14 クリンカー圧送用耐摩耗配管例

写真15 クリンカー圧送用耐摩耗配管取付例

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浸食摩耗策(写真14~写真16),集塵用マルチサイクロンの耐ブラスト摩耗策(写真17)等がある。

3.3 製鉄業界への展開

製鉄業界では製銑,製鋼,圧延,仕上げ工程のいずれにおいても摩耗・腐食による問題がある。製銑工程では高炉とその周辺設備,焼結設備等で,写

真18に示すような高炉PCIミルおよび写真19に示すようなSinter Crusherがある。高炉関連設備のメンテナンスに関しては休風時間の関係より実施期間が制約される場合が多く,とくにPCIミルなどは長くても例えば48時間以内に実施することが必要である。当社ではこのような短時間ミル内施工を写真18に示すように実施している。また,Sinter CrusherにはWAフランスが開発した写真19に示す3D-carb(ハニカム構造に耐摩耗材を自動溶接により鋳込む方法)による肉盛溶接技術があり,従来の施工法と比べて長寿命である。製鋼工程では代表的なものが連続鋳造設備である。世

界中の数多くの製鉄所で使用されている414Nシリーズの溶接材料(窒素添加低炭素13Cr-4Ni鋼)を使用した施工法2)があり,この特徴ある溶接施工法による肉盛ロールの選択が待たれる(写真20の専用設備参照)。圧延工程には圧延ロールとその前後のテーブルロール

等がある。当社はテーブルロールについて肉盛溶接による現地補修を提案している。仕上げ工程の溶融亜鉛メッキ槽は,アルミニウムを含

む溶融亜鉛がきわめて腐食性である場合には,海外では肉盛溶接により補修されることもある(写真21)。その場合にはノンガス溶接により特殊な19Cr-17Ni-5Mo-LC系溶接材料を用いて実施しているケースもある。また,溶融アルミメッキ槽表面の塩・フッ化物の混合液による腐食も激しい。このような溶融アルミメッキ槽にNi基の特殊な溶接材料を用いた肉盛溶接による補修は費用対効

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写真16 粉砕石炭圧送用耐摩耗ベンド(4B配管)

写真17 マルチサイクロンの肉盛溶接施工例

写真18 高炉PCIミル現地施工例

写真19 3D-carbによるSinter Crusherの肉盛施工例

写真20 製鉄業界の連鋳ロール用溶接装置

写真21 溶融亜鉛メッキ層の肉盛施工例

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果の観点で有効であると考えている。

3.4 砕石業界および鉄鉱業界への展開

砕石業界および鉄鉱業界には高マンガン鋼等を用いた機器がある。高マンガン鋼は溶接時の入熱により母材が脆化するという問題があり,現時点では製品表面の仕事面に2・3層の硬化肉盛溶接を施すことにより延命を図る方策に留めている。写真22および写真23は工場で新規にCone Crusherの仕事面に延命策を講じている状況である。このような耐摩耗策により製品は約50%程度延命できている。また,写真24および写真25は大型Gyratory Crusherの

仕事面にほぼ3層硬化肉盛溶接を機器据付現場で実施している状況である。大型機器であり,監視機能付きの専用自動溶接装置による施工で,世界的にも珍しい実施例である。鉄鉱業界ではきわめて摩耗しやすい各種グリズリーが

あり,このグリズリーには写真26に示すような特殊な施

工法(3D-carb)による耐摩耗グリズリーを定期的に納入している。

4 今後の技術開発当社は創業時より真の業界・顧客ニーズこそ開発の原

材料であると信じて技術開発を実施し,少しづつ事業を拡大・発展させてきた。小企業の域を脱していない現状ではあるが,中小企業にとってこのようなニーズの発顕に基づく開発無くして,将来はあり得ない。

4.1 中小企業における開発(人材,体制,意識)の在り方

日頃の営業活動の中で自ら確認・発顕したニーズに基づく技術開発は万難を排して実践し,また技術開発の成果は短いリードタイムでビジネスに生かされなければならない。そのような考え方より,基本的な開発の在り方は以下の通りでなければならない。①集中と徹底により一人でも多くのエンジニアーを育成する(人材開発)。②ルーチンワークと開発が並行して進む体制を造る(体制の開発)。③上記の人材開発と開発した体制を経営環境にかかわらず継続する。

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特集

写真22 Cone CrusherのMantle工場施工例

写真23 Cone CrusherのConcave工場施工例

写真24 Gyratory Crusherの現地施工例

写真25 Gyratory Crusherの現地施工とモニタ例

写真26 鉄鉱業界向けグリズリー溶接施工例

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4.2 技術開発の内容

いかなる業界においても企業規模の大小を問わず,技術開発はNeed-orientedでなければならない。また,このような技術開発の実践の中で人が育つものである。3.1項で述べた人材および体制の開発とその継続を徹底しつつ,当社が目指している技術開発は以下の通りである。①肉盛溶接は3K業種である。しかしこの肉盛溶接は今後もメンテナンスを実施する上できわめて重要な要素技術である。この3K作業をスマートに実施する方法を開発することが重要である。摩耗面の形状計測・肉盛溶接・肉盛面の研削・肉盛面の形状計測という一連の作業を人が極力介在せずに実施する方法を開発する(当社は現在埼玉県知事承認の経営革新計画テーマ“無人化された耐摩耗・耐食肉盛溶接法”を開発中である)。写真27および写真28に実施状況例を示す。②電力,セメント,製鉄業界等のメンテナンス作業は常に危険が付きまとう。この危険な作業を安全に実施する方法を開発することが重要である。そのためには①の溶接技術開発と合わせて,肉盛溶接とその前後作業のモニタリングが大切である。このようなモニタ技術を開発する(写真25参照)。③摩耗および腐食のメカニズムに基づいて耐摩耗および耐食溶接材料とその施工法を開発する。例えば,竪型ミルの摩耗形態を明らかにし,その摩耗形態に基づいて耐摩耗溶接材料を開発し,併せて最適な施工法を見出す。開発された溶接材料には明確な適用事例を示

し,顧客のメンテナンスに活用する。

5 耐摩耗・耐食肉盛溶接技術の在り方

わが国における肉盛溶接技術は常に継手溶接を後追いする形で進展し,継手溶接に比べてMinorな位置付けにあると言っても過言ではない。また,肉盛溶接業界においては顧客に対する情報の提供が不十分で,また顧客も十分な情報を求めないという不可解な状態を造り上げてきた。今後の肉盛溶接技術の発展を考慮して,当社は耐摩耗・耐食肉盛溶接技術の在り方として以下のようなことを創業時より常々考えてきた。今後も徹底する所存である。①情報の共有化を常に意識し,WPSおよびPQRに基づいてビジネスを展開できる企業に成長する。②顧客との間で肉盛溶接技術情報と機器の稼働(使用)情報が交換され,得られる原単位により肉盛溶接の効果が定量的に評価されるような信頼関係を構築する。③得られた原単位に基づいて,計画的に顧客と共に機器の保全に取組む。併せて,原単位の改善に徹底することにより,顧客にメリットを提供する。④今後さらに増えるであろう現地での肉盛溶接施工においては,予期しない状況が常に存在する。この状況に応じてその場で的確な判断を下すことが重要で,そのようなエンジニアが今後も求められ,そのような人材の育成に今後も努める。

参考文献

1)青田,福本,“竪型ミルにみる肉盛溶接による再生技術”,溶接技術,Vol.52,No.4, P107~P1132)青田,“オープンアーク溶接法による連続鋳造ロールの耐摩耗性肉盛溶接”,溶接技術,Vol.50,No.8,P113~P117

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写真27 スマートウェルディングにおけるレーザ計測

写真28 スマートウェルディングにおける自動研削