幼児期における積木遊びの教育思想と保育実践 - 兵庫教育大...

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学校教育学研究, 1989,第1巻pp. 1 -14 幼児期における積木遊びの教育思想と保育実践 - 「大型積木遊び」の保育実例をてがかりに- 社会系教育中村哲 本論文では,最近の幼児期における子供たちに見られる受身的・非社会的・非創造的な態度な どに関する教育上の問題を改善する保育実践の試みとして,フレーベルの教育思想を参考にしな がら,子供たちの主体的・創造的な活動を誘発させる大型積木の保育実践について考察している。 具体的に,兵庫教育大学附属幼稚園にて昭和60年6月から昭和62年2月まで,試みられた大型 積木遊びの保育実践事例の中から,昭和60年4月入園児たちの4歳時・ 5歳時・ 6歳時の3事例 を考察対象としている。そして,各発達段階に応じた大型積木に対する子供たちの関心・興味を 引き出す動機づけの指導方法と社会的接触を可能とする大型積木遊びの活動形態を解明している。 キーワード:大型積木,積木遊び,おもちゃ,フレーベル,恩物 1はじめに 幼児期の子供たちにとっては,遊びの活動そのものが,生活であり,学習であり,喜びであり, 生きる姿である。例えば,兵庫教育大学附属幼稚園3年保育の年中組に属するA児(5歳・男) の遊びを列挙してみよう。部屋の中では,次のようなおもちゃを使った遊びが見られる。ミニカー ・チョロキュー・ラジコン自動車・バイク・パトカー・プラレールなどの乗り物,マシンロボッ ト・タイタンロボット・トランスホーマーなどの超メカロボット,レゴブロック・積木などの組 み立ておもちゃ,ねこ・くま・ぶた・いぬ・うさぎなどの人形,マスクマンや仮面ライダーブラッ クの仮面とベルトの変身おもちゃ,シール・ビー玉・おまけの小物おもちゃ等。 おもちゃ遊び以外では,テレビや絵本を見て遊ぶ場合が多いようである。 A児の好きな番組と しては,ドラえもん・おばQ・ドラゴンボール・ビックリマン・エスパー魔美・宇宙戦士皇矢・ 新トランスホ-マなどのまんが番組,マスクマン・ライブマン・忍者ジライヤ・仮面ライダーブ ラックなどの超人・超メカロボット番組,幼児教育番組のボンキッキが挙げられる。そして,こ れらの番組の登場人物はほとんど絵本になっており,月刊の幼児雑誌にも毎号連載され,荊述の おもちゃとしても商品化されている。 屋外の遊びとしては,自転車遊び,野球・サッカー,ジャングルジム・プランコ・すべり台な どの遊具遊び,プロレス遊び,マスクマン・ライブマン遊び,砂場遊び,冒険遊びなどが見られ る。これらの遊びはA児だけに限らず,幼児期における子供たちの主な遊びであり,次のような 特徴が見られる。 ①おもちゃ・テレビ・運動遊具などの物を媒介にして遊びの活動が成立している。 ②既製品の物を媒介とする遊びの活動が多くて,子ども自身で考え,作り上げていく物を媒介 とする遊びの活動が少ない。 ③子供白身で考え,作り上げて行く物を媒介とする遊びとしては,レゴブロックやプラレール などがあるが,それらは個人の興味・関心・能力に対応する遊びの活動の性格が強く,集団と して協力・共同などの社会的接触が少ない遊びとなっている。 ④ほとんどの遊びがテレビ番組の影響を受けたものとなっている。そして,幼児期のみならず

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学校教育学研究, 1989,第1巻pp. 1 -14

幼児期における積木遊びの教育思想と保育実践- 「大型積木遊び」の保育実例をてがかりに-

社会系教育中村哲

本論文では,最近の幼児期における子供たちに見られる受身的・非社会的・非創造的な態度な

どに関する教育上の問題を改善する保育実践の試みとして,フレーベルの教育思想を参考にしな

がら,子供たちの主体的・創造的な活動を誘発させる大型積木の保育実践について考察している。

具体的に,兵庫教育大学附属幼稚園にて昭和60年6月から昭和62年2月まで,試みられた大型

積木遊びの保育実践事例の中から,昭和60年4月入園児たちの4歳時・ 5歳時・ 6歳時の3事例

を考察対象としている。そして,各発達段階に応じた大型積木に対する子供たちの関心・興味を

引き出す動機づけの指導方法と社会的接触を可能とする大型積木遊びの活動形態を解明している。

キーワード:大型積木,積木遊び,おもちゃ,フレーベル,恩物

1はじめに

幼児期の子供たちにとっては,遊びの活動そのものが,生活であり,学習であり,喜びであり,

生きる姿である。例えば,兵庫教育大学附属幼稚園3年保育の年中組に属するA児(5歳・男)

の遊びを列挙してみよう。部屋の中では,次のようなおもちゃを使った遊びが見られる。ミニカー

・チョロキュー・ラジコン自動車・バイク・パトカー・プラレールなどの乗り物,マシンロボッ

ト・タイタンロボット・トランスホーマーなどの超メカロボット,レゴブロック・積木などの組

み立ておもちゃ,ねこ・くま・ぶた・いぬ・うさぎなどの人形,マスクマンや仮面ライダーブラッ

クの仮面とベルトの変身おもちゃ,シール・ビー玉・おまけの小物おもちゃ等。

おもちゃ遊び以外では,テレビや絵本を見て遊ぶ場合が多いようである。 A児の好きな番組と

しては,ドラえもん・おばQ・ドラゴンボール・ビックリマン・エスパー魔美・宇宙戦士皇矢・

新トランスホ-マなどのまんが番組,マスクマン・ライブマン・忍者ジライヤ・仮面ライダーブ

ラックなどの超人・超メカロボット番組,幼児教育番組のボンキッキが挙げられる。そして,こ

れらの番組の登場人物はほとんど絵本になっており,月刊の幼児雑誌にも毎号連載され,荊述の

おもちゃとしても商品化されている。

屋外の遊びとしては,自転車遊び,野球・サッカー,ジャングルジム・プランコ・すべり台な

どの遊具遊び,プロレス遊び,マスクマン・ライブマン遊び,砂場遊び,冒険遊びなどが見られ

る。これらの遊びはA児だけに限らず,幼児期における子供たちの主な遊びであり,次のような

特徴が見られる。

①おもちゃ・テレビ・運動遊具などの物を媒介にして遊びの活動が成立している。

②既製品の物を媒介とする遊びの活動が多くて,子ども自身で考え,作り上げていく物を媒介

とする遊びの活動が少ない。

③子供白身で考え,作り上げて行く物を媒介とする遊びとしては,レゴブロックやプラレール

などがあるが,それらは個人の興味・関心・能力に対応する遊びの活動の性格が強く,集団と

して協力・共同などの社会的接触が少ない遊びとなっている。

④ほとんどの遊びがテレビ番組の影響を受けたものとなっている。そして,幼児期のみならず

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頚代の子供たちの遊びは,テレビ文化によって作り出されている。

このような遊び活動の特徴から子供たちの教育上の問題が次のように指摘できよう。

①子供たちの遊び活動が受身的になり易いので,子供たち自身の創意工夫によって,積極的に

活動する態度形成が難しい。

(参子供たちの遊び活動が一時的な目新しさを追いかけるようになるので,子供たちの発達段階

に対応した必要な諸能力を形成することが難しい。

③子供たちの遊び活動が個々の子供だけの興味・関心の充足だけに止まる傾向となるので,礼

会的接触に基づいた集団による創造活動の態度形成が難しい。

④子供たちの遊びの活動がテレビ文化によって作られる傾向となるので,社会的・自然的環境

に対する直接経験に基づいた諸能力の形成が難しい。

これらの幼児期における子供たちの教育問題の改善を図る為には,幼稚園及び保育園での教育

的営みとしての遊びを,意図的に構成し,継続的に実践する試みが求められよう。そして,その

ような遊びの試みとしては,子供たちの主体的・創造的活動として評価されている積木遊びが注

目される1.'

そこで,本小論では積木の原点である遊具を考察・開発し,幼稚園の創設者であるフレーベル

の教育思想2右参考にしながら,個人的活動ではなく,社会的接触に基づいて子供たちの主体的・

創造的活動を誘発する大型積木の指導方法と活動形態について考察する。

2幼児期における積木遊びの教育思想

2. 1 7レベールにおける積木遊びの教育原理

積木の主な種類としては,立方体・長方体・円柱・三角柱・平方体などの基本形態をした無地

や赤・黄・緑・青などに着色された木製品がある。そして,他の種類としては平方体などの同一

形態で,絵とか文字が描かれた木製積木も見られる。また,基本形態でなく,自動車・新幹線・

汽車などの乗物,公園・動物園・アパート・高速道路などの建造物, 1-10までのアラビア数字

を形造れるようにいろいろな形態をした積木もある。さらに,最近では材質がプラスチック・ゴ

ム・布地などの積木も目にする3三

このような数多くの種類の積木が見られるのであるが,その積木が幼稚園の創設者であり,約

200年前にドイツで生まれたフリードリヒ・フレベール(1782-1852)によって考案・開発され,

その教育活動が理論づけられたのである。フレベールの教育思想では,人間教育において幼児期

が重要視され,幼児教育の保育実践を理論づける為に, 「遊び」を教育原理としているところに

特色がある。彼は主著『人の教育』鵠おいて「遊び」を,次のように把握している。

「遊ぶこと,または遊戯は,この期における人間の発達,すなわち児童生活の最高の段階である。

なぜかといえば,遊戯とはその言葉がすでに示すように,児童が自己の内面を自ら自由に表現し

たもの,自己の内面的本質の必要と要求とに応じて内面を外に現したものだからである。遊戯は

この期における児童の最も純粋な精神的生産であり,また同時に,人間生活全体の模範というべ

きものである。あるいはさらに,人間およびすべての事物の内面に秘められたる自然的生活の模

範である。それゆえに,遊戯はそれ自身において喜びであり,自由であり,満足であり,また平

静であり,さらにまた,外界との平和であり,人にもまたこれらの感じを与えるものである。ま

た遊戯はすべての善なるものの出てくる源泉である,だから,身体の疲れるまでもあきずに落ち

着いて自らよく遊ぶような子供は,生長の後はきっと,犠牲的に他の安寧幸福を図り,ひいては

我が身の幸福をも増進するような,落着いた根気よい有為の人となるであろう。児童が熱心に遊

びに没頭し,十分に遊んでは疲れてよく眠り入るさまは,この期における児童生活の最も美しい

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幼児期における積木遊びの教育思想と保育実践

現象ではないであろうか。」5)

すなわち,フレベールは「遊び」を子供たちの精神的世界の表現活動としてとらえ,その遊び

活動に子供たち自身の生命が充実している姿を見るのである。そして,このような子供たちの遊

びに基づいた人間形成を図る為に,彼は教育遊具の開発・利用による教育方法を試みたのである。

「精神が自己表現によって自覚するには材料を必要とする。精神は材料を通してのみ自己を表現

することができ,又材料を加工することによってのみ,発展することができるからである。だか

ら幼児教育には精神を形成させるための適当な材料を与えねばならない」Gと彼は考え,そのよう

な材料となる教育遊具を,神からの贈物を意味する「恩物」 (Gabe)と命名して,その開発に取

り組んだのである。その結果,具体的に開発したものが,第1遊具のポールと第2遊具から第6

遊具までの球・円柱・立方体・長方体・平方体・三角柱から構成されている積木であった。

2. 2 7レペールにおける積木の種類と活動方法

フレベールが具体的に開発した教育遊具は次のようなものであった。第1遊具は,柔らかい毛

糸でできた直径6センチばかりのボールである。そして,他の遊具はすべて木製品となっている。

第2遊具は,直径6センチの球・円柱・一辺6センチの立方体である。第3遊具は,第2遊具の

立方体を8等分した一辺3センチの立方体であるO第4遊具は,第2遊具の立方体を8等分した

長さ6センチ・幅3センチ・高さ1.5センチの長方体である。第5遊具は,一辺9センチの立方

体を27等分した一辺3センチの立方体である。そのうち3立方体は対角線に等分された6コの三

角柱,さらに3立方体は両対角線に等分された12コの三角柱となっている。第6遊具は,一辺

9センチの立方体を27等分した長さ6センチ・幅3センチ・高さ1.5センチの長方体である。そ

のうちの6長方体は桟に2等分された12コの平方体,さらに3長方体は縦に2等分された6コの

平方柱になっている73

このように開発された遊具には,フレベールの教育思想が明確に反映されている。彼は『人の

教育』の著書の冒頭に次のように述べている。

「すべての天地間の万物の中には,一つの永久不滅の法則が存在し,これが万物を生かし,し

かもこれを支配している。その法則は,外界すなわち自然にあっても,内界すなわち精神にあっ

ても,また内外両界の結合としての生命界にあっても,同様に常に明瞭に現れている。 * #・万

物を支配するこの法則の根底には,あまねく万物に通じ,自ら明瞭な,生きた,自覚的な,した

がって永久に存在する統一者が必然的に存在する。・'・統一者とはすなわち神である。万物は

神性すなわち神からでている。またこの統一者によって唯一のものとして規定されている。神は

万物の唯一の本源であって,万物の中に存在し,万物を生かし,かつ万物を支配している.」8)

すなわち,彼の教育思想の根本には万物はその本質である神によって統一され,人間も神によ

る統一の中にて形成されるという考えが見られる。従って,第1遊具のボ-ルは,それ自身が完

全・統一的性格を有しているので,万物の本質を象徴する物となっている。また,第2遊具では,

球は万物の動的性格,立方体は万物の静的性格,円柱は両性格を代表するものとされ,それらが

三位一体的関係において万物の調和を象徴する物となっているoさらに,第3遊具から第6遊具

までの立方体・長方体・平方体・三角柱・平方柱の積木は,自然界・人間界における林羅万象の

基本形態を象徴する物となっている:)

このように第1遊具から第6遊具のそれぞれが,林羅万象の本質である神を象徴する形態となっ

ているのは,子供たちの遊具に対する働きかけによって,神が内在する個々の子供たちの本質が

覚醒され,人間形成の基本的諸活動が触発されると考えられているからである。

フレベールは,これらの遊具に対する子供たちの異体的な活動方法を絵図によって解説してい

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る。例えば,第1遊具の紐つきポールについては,子供たちがそのボールを振る・動かす・転が

す・回す・引っ張る・握る・落とす・隠す・見つけるなどの多様な活動が図示されている。子供

たちは,そのような諸活動を通じて,形・数・色・大きさ・運動・材質・弾力などの諸現象を学

び,ボール以外の他の事物・事象をも認識する基本的能力の形成をしていくのである10)。さらに,他の遊具に対する活動方法は,形や数に関する認識形式・生活の事物に関する生活形

式・図形的美しさに関する美的形式に類型され,各遊具ごとに図示されている。例えば,第3遊

具に対する活動方法を見ると次のようになっているoll録識形式に関する活動方法としては,8個

の小立方体からなる遊具を,縦・横あるいは上・下に2分,4分,8分したり,4個ごとの小立

方体グループを形や高さを変えて,2グループの量を比較する活動が示されている。子供たちは,

これらの活動方法によって全体と部分や形と大きさなどを比較・対照しながら,1から8までの

数量と立方体の形態に関する認識形式を習得するのである。

生活形式に関する活動方法としては,ベンチ・椅子・はしご・井戸・水槽などの日常事物を造

る活動が挙げられている。そして,子供たちはこれらの日常事物を組み立てたり,作り直したり

しながら,「ベンチができたよ,どこかへかけよう」,「おじいさんおばあさん,らくなこしかけ

ができました」などと言語表現を行い,常に外的事物と内的考えや心情を関連づけて活動する。

子供たちは,このような活動によって,自然や社会の外的環境と内的精神の関わりを認識し,よ

り豊な自己形成を行なっていくのである。

美的形式に関する活動方法としては,8個の小立方体によって表現された花や星などの抽象的

図形事例が挙げられている。そして,子供たちは,立方体の面・角・綾線そして位置をてがかり

に,自然や社会に見られる具体的事物の美的本質を創造的に表現する。子供たちは,これらの活

動によって既製品の遊具では味わえることができない創造的喜びを,単純で基本的形態である積

木の多彩な創造活動によって知っていくのである。

第3遊具の事例に見られるような活動方法は,第4遊具・第5遊具・第6遊具に関しても図示

されている。そして,各遊具の積木数が多くなり,その形態も複雑になっているので,各遊具に

対する活動方法は多様で高度になってきている。しかしながら,各遊具の全体的形態は立方体で

統一されており,その統一原理に基づいて長方体・平方体・三角柱.平方柱などの複雑な形態が

造られている。また第3遊具の一辺3センチの立方体が各遊具の基本形態となっている。従って,

これらの遊具は,子供たちが次の遊具に対する活動方法を前の遊具に対する活動方法と関連づけ

ながら,新たな活動方法-と発展できるように構成されている。

2.37レペ-ルにおける積木遊びの教育意義と課題

フレベールは,幼児期の子供たちが生きている姿そのものである「遊び」を教育原理とし,千

供たちに遊びを誘発する教育遊具として第1遊具のポールと第2遊具から第6遊具までの積木を

開発したのである。そのような遊具である積木が有している教育意義は,積木自体によって子供

たちの自主的な活動が系統的に誘発されてくるので,他者から強制的力による人間形成ではなく,

自主・自発的力による人間形成を可能とするところにあると言える。さらに,各遊具に対する活

動方法を通して次のような陶冶を図れるところに,具体的な教育意義が指摘される12)。①各積木の全体と部分に見られる形態・大きさ・数・量などを比較・対照・類比・分類したり

する活動方法によって,基本的思考力の形成が可能である。

②万物の本質を象徴する基本形態から構成されている各積木に基づいて,外的環境と内的精神

の係わりを認識し,その認識を再構成する自己表現の活動方法によって,自己教育の形成が可

能である。

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幼児期における積木遊びの教育思想と保育実践

③自然や社会における具体的事物から抽象化できる図形的美しさを,各積木に基づいて創作す

る活動方法によって,美的創造力の形成が可能である。

④各積木が系統的統一原理に基づいて構成されている基本素材となっているので,子供たちの

長期に捗る発達と多様な能力に対応できる教育機能を有している。

このような教育意義を有する積木遊びは,本論の最初に指摘した現在の子供たちに見られる教

育上の問題を改善する為の重要なてがかりを示すものと評価できる。そして,フレベールが開発

した遊具としての積木は,現在の数多い積木の形態や構成における基本となっている。また,義

近ではフレベールの遊具そのものを改良した積木も市販されているi3;。これらのことから子供たちの遊具として,積木が有する価値は非常に高いものであり,今後も子供たちに永遠の遊具として

活用されていくものであろう。

しかしながら現在のテレビ文化によって作り出されている様々な既製品のおもちゃに子供たち

の興味・関心が奪われているので,子供たちの興味・関心を積木へ向けることが,家庭における

日常生活では難しいという問題がある。さらに,たとえ子供たちが積木遊びに関与しても,個々

の子供たちの興味・関心の充足や能力の育成に止まっており,集団としての社会的接触に基づい

た創造活動を実施しにくいところに問題がある。従って,幼稚園・保育所などの保育実践におい

て,積木の活用を積極的に図ることが求められよう。その為には,積木に対する子供たちの興味・

関心を引き出すと共に,社会的接触が可能となる積木活用の保育実践を解明することが重要な研

究課題になると言える。

3幼児期における積木遊びの保育実践

3.1大型積木遊びの保育実践に関する研究計画

前章にてフレベールが開発した遊具である積木をてがかりに考察してきたように,現在の子供

たちにとっても教育的価値が非常に高い積木を幼稚園などの保育実践において積極的活用を図る

為には,次のことが研究課題とされた。

①積木遊びに対する子供たちの興味・関心を引き出す動機づけ。

(参社会的接触が可能となる積木遊びの活動形態.

これらの研究課題を踏まえて,積木遊びの保育実践に関する次の研究計画を立てた。

研究目的

本研究は幼稚園などの保育実践において積木の積極的活用を図る為に,積木遊びにおける指

導方法と子供たちの活動形態に関する次の研究目的を設定する。

①子供たちの積木遊びに対する動機づけの指導方法と子供たちの積木遊びの活動形態との関連

を解明する。

②子供たちの積木遊びの活動形態を社会的接触の観点から解明する。

③子供たちの成長に応じた積木遊びの活動形態の変容を解明する。

cut

本研究は積木遊びの保育実践の実験的研究方法と観察調査研究方法を基本にして,下記のよ

うな研究手順にしたがって遂行する。

①積木の種類としては,保育実践において社会的接触が可能となる大型積木を選定する。

②積木遊びにおける児童としては,兵庫教育大学附属幼稚園の園児達を対象とする。

③積木遊びに関する実験保育実践の計画案を作成する。

④積木遊びの実験保育実践過程をビデオ撮影によって収録する。

⑤積木遊びの記録ビデオにて,教師の指導方法と子供たちの活動形態を分析する。

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⑥研究目的から分析結果を検討する。

このような研究計画に基づいた昭和60年6月から昭和63年3月まで,平均して月1回の保育実

践の観察調査と年2回の実験保育実践を, 3歳から6歳までの園児を対象として行ってきた。こ

れらの先行研究の中から発達に応じて大型積木活動の変容が観察できた昭和60年4月に入園し,

昭和62年3月に卒園した園児に対して試みた大型積木遊びの実験保育実践の3事例を取り上げる。

3. 2大型積木遊びの保育実践に関する研究事例

研究対象である大型積木遊びに関する3保育実践事例における実施目時・対象園児・実施場所・

保育指導者は,下表のようになっている。

表1実験保育の概要

実施 日時 対象園児 実施場 所 保育指導 者

第 1 事例 昭和60年 6 月2 1日 附属幼稚園 ひまわ り組 保育室 林 久 子

10 : 30 - ll :30 男児22名 女児14名 遊 戯室

第 2 事例 昭和61年 3 月 7 日 附属幼稚園 ひまわ り組 保育室 林 久 子

10 :30 - ll : 30 男児23名 女児12名 遊 戯室

第 3 事例 昭和62年 2 月26日 附属幼稚園すみれ組 遊戯室 林 久子

10 :30 ー11 : 30 男児18名 女児12名

なお各事例における対象園児の年齢は,保育実施日時との関係で,第1事例の場合には4歳児,

第2事例の場合には5歳児,第3事例の場合には6歳児がクラスのほとんどを占めているので,

以下では年齢にしたがって各事例に見られる教師の動機づけの指導方法と子供たちの大型積木の

諸形態を考察する。

(1) 4歳児における大型積木遊びの保育事例

①保育実践の概要

本保育事例では, 「・大型積木を使って友達と一緒に楽しく遊ぶ, ・積木の扱い方がわかる」

というねらいに基づいて,次のように保育実践がなされた。

最初に教師が保育室のピアノを弾くことによって,子供たちをピアノの周りに集めた。教師が,

今から遊戯室に行って遊ぶことを話してから, 「遊戯室には何がある」と子供たちに問いかけた。

「っみ木」, 「どんな積木がある」, 「大きいの」, 「三角や四角の」などという教師と子供たちとの

やりとりによって,遊戯室での大型積木活動に対する動機づけを行った。そして,子供たちは,

「積木を運ぶ時に落としたらけがをするので,靴をはくこと。遊戯室にある積木以外の物では遊

ばないこと。友達と積木の取り合いをして,友達が作った物を壊さないこと。」の諸注意を聞い

て,遊戯室へ行ったのである。

遊戯室での子供たちの大型積木による活動形態は,時間の経過にしたがって多少変化してきた

のであるが,基本的には次のような活動形態が見られた。

・トンネル遊び活動:この活動では男児2 -3名と女子2 -3名が,長方体と平方体の積木を使っ

て,型のトンネルを作り,中をくぐりぬけたり,上にのったりして遊ぶ活動形態である。

・バランス遊び活動:この活動では双子の男児2名が長方体・平方体・平板の積木を使って, T

型や型の足場を作り,その上に乗って足場が崩れないようにバランスをとって遊ぶ活動形態

である。

・家遊び活動:この活動では女児3 - 4名が長方体.立方体・平方体の積木を使って,複数の部

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幼児期における積木遊びの教育思想と保育実践

屋を作り,その中で家族の役割遂行をして遊ぶ活動形態である。

・橋遊び活動:この活動では多い時には男女10名ばかりの子供たちが,長方体・立方体・平板の

積木を使って,細長い橋を作り,その上でジャンケンによって両端から渡りあう活動形態であ

m

・スペースシャトル遊び活動:この活動では男児6名が,長方体・立方体・平方体・三角柱・平

板の積木を使って,操縦席や翼などがあるスペースシャトルを作り,離陸・飛行・着陸などの

模擬行動をして遊ぶ活動形態である。また,女児3名による小型のスペースシャトルの活動形

態も見られた。

なお,このようなグループによる活動がなされたのであるが,女児1名だけがグループ活動に

参加しないで,長方体と立方体の2-3コの積木でもって遊ぶ活動形態をしていた。

これらの活動を終え,積木を片付けさせる為に教師は遊戯室のピアノを鳴らして,いろいろな

物が造られている場所から離れているピアノの周りに子供たちを集合させた。そして,積木を使

う前に大きな長方体の形態で片付けられていた積木の状態を思い起こさせて,後片付けを指示し

た。しかし,個々の子どもが好き勝手に積木を運んだり,置いたりしたので,教師の援助にも拘

らず元の形態に片付けられないままに保育実践が終了したのである。

②保育実践の考察

本保育実践では教師が子供たちに大型積木が置かれている遊戯室の場所を聞くことによって,

子供たちの積木遊びに対する動機づけを行っている。この動機づけは,通常の園生活場所である

保育室と比べて,空間的に広くて多くの遊具が置かれている遊戯室の場所と子供たちが日常遊ぶ

おもちゃなどとは異なる大型積木の遊具自体に,子供たちの興味を引き起こす要因があるところ

に着目した指導方法である。その意味では,それが大型積木の活動内容に関連する動機づけでな

いので,子供たちの大型積木に対する創造的活動を引き出しにくい動機づけの指導方法であった

と考えられる。

この動機づけから子供たちが大型積木に対して活動した形態を,「高くする・平面に並べる・

構成する」という積木に対する基本活動形態から類型すると,次のように表示できる14)。

衰24歳児における積木遊びの基本活動形態

高 くす る トンネル遊び ( 6 一 9 人 ) , バ ラ ンス遊 び ( 2 人)

平面 に並 べ る 家遊び ( 3 - 4 人), 橋遊 び ( 6 】10人 )

構成す る スペ I スシャ トル遊 び ( 6 - 9 人 )

積木遊びの基本活動形態において, 「高くする,平面に並べる」は初歩的活動であり, 「構成す

る」は創造的活動ととらえられる。そして,本保育実践ではほとんどの子供たちが, 「高くする,

平面に並べる」活動をしていたように,積木自体を目的として遊びよりもトンネルくぐり・バラ

ンス遊び・ジャンケンによる橋渡りなどの積木を手段とした遊びに,興味・関心を向けたものと

なっている。また, 「構成する」活動として位置づけられる男児6名によるスペースシャトル遊

びでは,シャトルの先端部と操縦席は工夫した積木構成となっているが,全体的構成を見れば集

団による創造的活動であると言えないところがある。そして,クラス全体では各グループの活動

において相互関連性が見られず,各グループがバラバラに活動した形態となったのである。

これらの活動における社会的接触の特徴として,次のことが指摘できる。

・女児の1名は大型積木によるグループ活動に参加できなかった。

・バランス遊びの双子の兄弟は,自分たちの遊びに他の園児が参加することを拒否していた。

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8

・スペースシャトル遊びの園児たちは, 3歳時に入園したグループであり, 4歳時に入園してき

た子供たちを受け入れた活動となっていなかった。

このように本保育実践は,子供たちの大型積木に対する活動形態が積木自体を創造的に活用し,

社会的接触を発展させる様子を示すものとはならなかったのである。その理由としては,次のこ

とが挙げられる。

①大型積木に対する子供たちへの動機づけが,積木による積極的活動を引き出す指導方法でな

かったこと。

②積木の後片付けの様子に象徴的に示されているように,教師も子供たちも大型積木の基本形

態とその構成を十分に理解していなかったこと。 (大型積木の基本形態としては,三角柱・立

方体・長方体・平方体・平板などがある。そして,三角柱や平方体を2つ合体すると立方体に,

立方体を2つ合体すると長方体に,長方体を横に等分すると平板になるように造られている。)

(2) 5歳児における大型積木遊びの保育事例

①保育実践の概要

本保育実践では, 4歳児に対する積木活動への動機づけの指導方法と積木の形態・構成の理解

という課題を踏まえて設定された次のねらいに基づいて保育実践がなされた。 「・いろいろな歌

を聞いて想像の世界を広げ,積木を使っていろいろな物を構成して遊ぶ。 ・積木の扱い方に慣れ,

友達と親しんで遊ぶようになる。」

保育室のピアノを1角とした正方形に座った子供たちが先生の弾くピアノの曲に合わせて歌を

うたうことから保育実践が始まった。子供たちがうたった歌は,表現活動発表会などで習った

「3時のおやつに来てください」 ・ 「王さまの耳はロバの耳」 ・ 「タイムマシンのうた」 ・ 「ペ

ンギンのうた」の4曲である。各曲を子供たちがうたった後,教師が歌の内容について問いかけ

た。 「どんなお友達が3時に来たの」 ・ 「ろば・うし・あり・あひる」, 「王様はどんなところに

住んでいるの」 ・ 「大きいお城」, 「タイムマシンはどんな機械なの」 ・ 「空をとべる・むかし

の国や未来の国へ行ける」 , 「ペンギンはどこに住んでいるの」 ・ 「南極」などのやりとりを通

して,子供たちが歌の内容のイメージを描けるように働きかけたのである。そして,教師は「い

いこと考えた」と言って子供たちをピアノの周りに集めて, 「王様が住んでいる国へ行きたい

なぁ」 ・ 「ペンギンがいる南極へ行きたいなぁ」 ・ 「タイムマシンに乗りたいなぁ」という欲求

を引き出し,それらの子供たちの欲求を実現させる為に遊戯室にある大型積木活動へ動機づけた

のである。

遊戯室で子供たちが活動を始める前に,教師は「大きな積木がきれいに並んでいるね」 ・ 「こ

の積木は長いね」 ・ 「これはでぶちゃんね」 ・ 「これはのっぽだね」と説明しながら,子供たち

に積木の全体と部分の形態を観察させた。さらに,平方体が合体して立方体に,立方体が合体し

て長方体になる積木の形態の関係をモデルで確認し,ピアノの音がなったら活動を終えるという

約束をしてから,子供たちは積木活動を開始したのである。

子供たちの大型積木に対する活動は,最初は7形態に分かれていたが,最終的には次の4つの

基本形態が見られた。

・タイムマシン遊び活動:この活動では男児13-17名が,長方体・立方体・平板・平方体・三角

柱の積木を使って,空を飛ぶ宇宙基地的なものを構成した。そして,中心操縦席と8つばかり

の副操縦席・小型機が発着できる機体・双頭型をした先端・逆三角形的な翼などが造られ,千

供たちはここを基地として,三角柱の積木を押しながら他のグループの活動場所あるいは遊戯

室のあちらこちらへ動き回って遊ぶ形態である。

・お城遊び形態:この活動では女児7 -9名が長方体・立方体・平方体・三角柱・平板の積木を

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幼児期における積木遊びの教育思想と保育実践

使って,三角の形をした門・高い塔・回りの塀を造り,その中で遊ぶ活動形態である。なおこ

のグループは,最初は2つであったが合併したのである。

・部屋遊び活動:この活動では女児4 - 5名が,主に長方体の積木を平面的に並べ,部屋づくり

をする活動形態である。

・乗物遊び活動:この活動では男児3名・双子を含めた男児4-5名・男児2名のグループが,

長方体・立方体・三角柱・平板を使って,操縦席がある小型飛行機を造って,遊ぶ活動形態で

ある。なおこれらのグループのうち双子を含むグループ以外は,タイムマシンの活動-吸収さ

れた。

教師のピアノの合図によって子供たちは積木活動を終え,次のように後片付けに入ったのであ

る。教師の指示にしたがって最初に平板を集め,敷き詰めた。それから長方体・立方体・平方体・

三角柱という順番の指示に基づいて,立方体が2つで長方体・平方体が4つで長方体・三角柱が

4つで長方体となるように積木を積んでいったのである。そして,最後に元の大型積木の形態を

復元して,保育実践が終了したのである。

②保育実践の考察

本保育実践では子供たちがうたった歌をてがかりに,教師が子供たちの活動欲求を引き出すこ

とによって,子供たちの積木遊びに対する動機づけを行っている。これは単に積木-の興味だけ

でなく,積木を積極的に活用する活動内容の課題を子供たちに明確に意識させる為の指導方法で

ある。その意味では, 4歳児の保育実践の動機づけとは異なり,大型積木に対する子供たちの活

動内容に関連する動機づけとなっている。

この動機づけから子供たちが大型積木に対して活動した形態を,前述の「積木に対する基本的

活動形態」から類型すると,次のように表示できる。

表3 5歳児における積木遊びの基本活動形態

平 面 に 並 べ る 部屋 遊 び ( 4 - 5 名 )

構 成 す る タイ ムマ シ ン遊 び (13 】17名 )

お城 遊 び ( 7 - 9 名 ), 乗 物 遊 び ( 5 ー 10 名 )

このように本保育実践では,積木に対する初歩的活動よりも「構成する」形態である創造的活

動が多く見られた。従って, 4歳時での積木活動に比べて,積木を手段とした遊びだけでなく,

積木自体の構成にも興味・関心を向けた活動となってきていると言える。そのことは,多い時に

は男女とも4分の3が参加した男児のタイムマシン遊びと女児のお城遊びの活動に表れている。

例えば,男児の子供たちはタイムマシンの左右を対称的に構成して全体の形態を考え,その全体

構成において各自の操縦席や小型飛行機の出入り口を造っていた。さらに,最初は小グループで

小型飛行機を造っていた子供たちも,タイムマシンの構成や遊びに興味を引かれ,合流したので

ある。また,女児の子供たちはお城の全体構成を考え,門・塔・壁等を分担して造っていた。こ

のような積木に対する積極的活動がなされた要因としては,導入時での動機づけによって,子供

たちの大型積木に対する課題意識が明確に形成されていたことが考えられる。そして,クラス全

体では男児ではタイムマシン遊び活動,女児ではお城遊び活動が中核の形態となっていたのであ

る。なお,子供たちが後片付けをできた理由としては,教師が最初に大型積木の形態と構成を確

認させたことが挙げられる。

これらの活動における社会的接触の特徴としては,次のことが指摘できる。

・ 1人遊びの形態は見られず,各子供たちはいずれかのグループに参加して活動をしていた。

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・双子の兄弟は,タイムマシンの活動には参加しなかったが,他の園児と共に活動をしていた。

・どの活動においても3歳時に入園した子供たちと4歳時に入園した子供たちが参加していた。

・男児と女児との交流が見られないまま活動が行われた。

このように本保育実践は,導入部での動機づけによって子供たちの大型積木に対する活動形態

が積木自体を創造的に活用し,社会的接触を発展させる可能性を示すものと言えよう。しかしな

がら,指導の課題としては次のことが指摘できる。

①動機づけの歌が男児好みのものと女児好みのものとに別れたこともあり,男女が別々に積木

活動を行った。

②クラス全体の活動の中で各積木活動が意味づけられるような社会的接触に基づく創造活動が

見られなかった。

(3) 6歳児における大型積木遊びの保育事例

①保育実践の概要

本保育実践では, 5歳児における積木活動への動機づけの指導方法とクラス全体としての社会

的接触による創造的積木活動という課題を踏まえて,設定された次のねらいに基づいて保育実践

がなされた。 「・友達と一緒に目的を持って,積木遊びができる。 ・積木で作った物でごっこ遊

びを楽しむことができる。」

遊戯室のピアノの周りに集合した子供たちに,教師が「アメリカから帰ってきたお友達に聞い

た話をしてあげる」と誘いかけ, 「トム君の家」という創作童話を話すことから保育実践を始め

た。 「トム君の家」の童話は次のようなあらすじとなっている。

トム君の家は,町から少し離れた所にあって,外から見るとまるでお城の様です。家の中はす

べてコンピュータによって動いています。トム君が家に入ろうとするとドアが自動的に開きます。

そして,入口には左右に分れる通路があり,毎日どちらの通路にもいろいろなプログラムが仕組

まれています。トム君が「今日は右にしよう」と決心して,通路を1歩踏み出すと,いきなり床

が遊園地の観覧車のように回り出しました。観覧車が下へ降りてくると,今度は小さなゴーカー

トが置いてありました。トム君はそのゴ-カートに乗って家の中を走り回りました。ゴーカ-ト

の次は,メリーゴーランドごっこをして遊びました.トム君はあまり遊び過ぎておなかがペコペ

コになったので,食堂へ行きました。トム君は今別ま何をたべるのかな-0

この創作童話を教師は,トム君・観覧車・ゴーカート・メリーゴーランドの絵を切り抜いた型

紙を提示しながら話し終えた。子供たちは,この話からトム君の家が遊園地に似ていることを連

想する。そして,自分たちが近くにある東条湖ランドなどの遊園地へ行った経験を想起し,遊園

地にある乗物・ジェットコースター・おばけ屋敷などを話しだした。教師が,いろいろな話をに

ぎやかにする子供たちの様子を見て, 「みんなで遊園地ごっこをして遊ぼうか」と提案すると,

子供たちはすぐさま「やった-,やろう」と言って,学習活動-の積極的反応を示してきたので

ある。

その子供たちの積極的学習参加を踏まえ,教師はいつもの6グループ形態に分かれて,遊園地

にあるどんなものを造るかを相談させた.その結果, 3グループがおばけ屋敷, 2グループがメ

I)-ゴーランド, 1グループがジェットコースタ-を造るという希望が出されてきた。さらに,

「遊園地にあるそれらを何で造るのか」 ・ 「どのように造るのか」を問いかけることによって,

積木活動へ動機づけていったのである.その際,子供たちは6グループ形態から個々の子供たち

が造りたいものに属する3グループ形態に分かれ,積木による制作方法を相談することになった。

そして,相談がまとまったグループから積木の周りに集まった。子供たちは積木活動の前に積木

の構成と形態を観察し,遊園地が出来上がったら教師も含めて皆で遊ぶことを約束してから,積

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幼児期における積木遊びの教育恩憩と保育実践 ill

木活動を開始したのである。

子供たちの大型積木に対する活動としては,次の3基本形態が見られた。

・メリーゴーランド遊び活動:この活動では男児7人と女児4人がいろいろな積木を使って,メ

リーゴーランドの出入口と乗物が回転する外枠と内枠を構成した.そして,枠の内部で子供た

ちがよっんばいで乗物の馬になり,お客の子供たちを背中に乗せてぐるぐる回って遊ぶ活動形

態である。なお入口には切符切り場・三角形の屋根・開閉ドアが造られ,外枠は三角形の繰り

返し模様に,内枠は長方形の形態となっている。

・おばけ屋敷遊び活動:この活動では男児5人と女児4人がいろいろな積木を使って,おばけ屋

敷の入口とおぼけの出る場所を構成した。そして,お客の子供たちが入口に置いてある○×の

カードを引いて, ○を出すと,おばけ役の子供たちが飛び出して来る遊びの活動形態である。

なお入口にはカ-ド置き場と1人がやっと通れるほどの通路が造られ,おぼけの出る場所は棺

おけの形態をしたものとなっている。

・ジェットコースタ-遊び活動:この活動では男児6人と女児6人がいろいろな積木を使って,

楕円形とそれに交差する直線のレ-ル,さらに三角形の斜辺の形をした出発場所を構成した。

そして,子供たちが順番にレールの上を通って遊ぶ活動形態である。なおレールの土台には立

方体や長方体の積木が使われ,その上に平板を乗せて,連結させたレールの形態となっている。

特に,出発場所の部分の斜面造りには工夫がなされたものとなっている。

これらの遊園地の施設が各グループとも完成した段階で,教師は各グループの代表者にそれら

の施設の構成と使用についての説明を求めた。その説明を聞いた後,子供たちほ積木で造った遊

園地での遊びをしていった。そして,教師が積木活動の終了を告げたのにも拘らず,子供たちは

遊び活動の続行を希望した。その時,ひとりの子供から「この遊園地でお昼のお弁当を食べよう」

という提案があり,各自の弁当を保育室から持って来て,遊戯室に造った遊園地で子供たちはグ

ループにまとまって食事をしたのである。

②保育実践の考察

本保育実践では遊園地が連想できる創作童話をてがかりに,教師が子供たちから遊園地での社

会的経験の追体験的欲求を引きだすことによって,子供たちの積木遊びに対する動機づけを行っ

ている。これは個人及びグループだけの積木活動ではなく,クラス全体の活動の中で各グループ

の活動が意味づけられる積木活動をねらった指導方法である。その為「遊園地を積木で造り,造っ

た遊園地で皆で遊ぶ」というクラス全体の活動目標の意識化と個々の子供たちが共有している遊

園地に関する経験の想起を図り,大型積木に対する子供たちの活動内容に関する動機づけとなっ

ている。

この動機づけから子供たちが大型積木に対して活動した形態を,前述の「積木に対する基本活

動形態」から類型すると,メリ-ゴーランドの遊び・おばけ屋敷遊び・ジェットコースターの遊

びは,すべて「構成する」形態である。そして,各グループの積木活動が遊園地遊びという目的

の下でなされているので,クラス全体の中での社会的接触に基づいた創造的活動となっていると

言える。

そのことは,具体的に次のような活動過程によく示されている。

・遊園地にある施設の何を,どのように造るのかという積木活動の目的と方法を,男女混合のグ

ループの話し合いで決定した。

・その決定に基づいて,各グループではお互いに相談しながら大型積木によって遊園地にある施

設を構成した。

・各グループの遊園地施設造りにおいて,いろいろな積木が使われ,メリーゴーランドでは入口

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と枠,おばけ屋敷では入口の通路,ジェットコースターでは出発場所の斜面などが工夫された

構成となっていた。例えば,メリーゴーランドの枠造りは,積木を平面に並べる初歩的活動と

似ているが,三角柱による繰り返しの模様で美的に構成されている。また,入口の門造りは,

積木を高く積む初歩的活動と似ているが,三角柱による複雑な組合せによる屋根と開閉できる

ドアが機能的に構成されている。

・各グループで造った遊園地施設の構成と利用について,他のグループの子供たちが遊び易いよ

うに説明がなされた。

・他の施設へお客として遊びに行く人とお客を迎えて施設を動かす人と役割分担を交代して,遊

園地遊びをしていた。

・積木という素材だけで目的遂行が難しい場合には,積木以外のものを活用して遊びの活動を展

開していった。例えば,メリーゴーランドの乗物である馬などは,男児が交代でよっんばいに

なり,お客の子供たちを背中に乗せて回転していたのである。これは積木の静的構成の限界を

克服する為に,子供たちが考え出した活動である。

・保育終了時おいても子供たちからの宿動の継続希望が出され,昼食を積木で構成した遊園地で

食べるというように他の活動へと発展していった。

このような大型積木に対する子供たちの創造活動がなされた要因としては,導入部での動機づ

けによって,クラス全体としての活動目標の意識化と子供たちの遊園地における経験内容の想起

がなされたことが考えられる。さらに,その教師による動機づけの要素だけでなく,子供たち自

身が活動の中で積木の特性と限界性をお互いに思考し,新たな活動を造り出していく創造的力が

強く作用したように推察できる。

このように本保育実践では,導入部の動機づけばかりでなく,積木の遊具自体の特性とクラス

全体の中での目的活動を遂行するという社会的接触の経験が導引となって,大型積木の創造的発

展活動を示すものと言えよう。しかしながら,今後の指導及び研究課題としては次のことが挙げ

られる。

①大型積木活用の方法がフレベールが指摘する生活形式に関する側面に偏っているので,認識

形式や美的形式の形成をも可能とする積木活動の保育実践が求められる。

②異年齢集団のグループなどによる社会的接触の場における積木活動への動機づけと活動形態

の解明が必要とされる。

③積木活動の観察がグループやクラス全体の活動形態を対象としているので,個々の子供たち

の活動変化を促える観察方法の開発が重要とされる。

4おわリに

本小論では,最近の幼児期における子供たちに見られる遊びの問題を改善する為に,子どもの

主体的・創造的活動を誘発する積木を開発したフレベールの教育思想と幼稚園における積木遊び

の保育実践に基づいて,幼児期における大型積木遊びの指導方法と活動形態を考察してきた。そ

の結果,各保育実践事例に見られる課題を解決する実験保育の試みを通して,子供たちの発達段

階と動機づけの指導方法によって,子供たちの大型積木活動形態が社会的接触を図ると共に創造

的活動へと変容していくことが明確にされた。今後は,フレベールの教育思想における生活形式

だけでなく,認識形式や美的形式の形成をも意図した大型積木遊び・異年齢グループでの大型積

木遊びの保育実践や個々の子供の変容観察をも考慮した研究が求められよう。

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幼児期における積木遊びの教育思想と保育実践 13

1) J.ニューソン, E.ニューソン『おもちゃと道具の心理』繁明書房昭和56年7月pp.114-122。

本書では積木が永遠のおもちゃと評価され,積木遊びの教育的効果が論じられている。

和久洋三編『おもちゃの科学1特集積木』小峰書房昭和60年3月。本誌では最近の積木と改良され

たフレベール積木などの活用方法やフレベールの教育恩憩が紹介されている。

2)フレベールの教育思想に関しては,下記の文献を参考とした。

長田新『フレベール自伝』岩波書店昭和12年12月。

荘司雅子『フレベ-ルの教育学』大八州出版昭和22年12月。

荘司雅子『フレベ-ルの生涯と恩想』玉川大学出版部昭和50年12月O

荘司雅子『フレベール研究』玉川大学出版部昭和59年10月。

3) 『心身発達教材教具昭和62 - 63年度版』学習研究社。

"Spielzung-katalog 88-89" Habermaaβ West-Germany.

4)わが国ではフレベールの本書に関して,下記の出版がなされている。

エ・エル・-ウ『フレベール氏人の教育』警醒杜大正14年5月。

小原園芳・荘司雅子『フレベール全集第2集人の教育』玉川大学出版部昭和51年9月。

本論文では, 『フレベール全集第2集人の教育』から引用した。

5)小原園芳・荘司雅子前掲書(フレベ-ル全集第2集) pp.59-60。

6)荘司雅子前掲書(フレベールの生涯と思想) p.182。

7)小原固芳・荘司雅子『フレベール全集第4集幼稚園教育学』玉川大学出版部昭和56年4月。

荘司雅子前掲書(フレベール研究)。本書では遊具一覧表がp.265に掲載されているので,参照され

たい。

8)小原固芳・荘司雅子前掲書(フレベール全集第2集) pp.ll-12c

9)荘司雅子前掲書(フレベール研究) pp.230-251。

10)小原囲芳・荘司雅子前掲書(フレベール全集第4集) pp.58-95。

ll)同上書pp.168-224。

荘司雅子前掲書(フレベール研究) pp.267-283。

12)荘司雅子同上書(フレベール研究) pp.251-262。

13)フレベールの遊具に基づいた保育実践としては,次の文献が参考となる。

玉成高等保育学校幼児保育研究全編『フレベ-ルの恩物とその実際』フレベール館昭和30年9月。

また,フレベールの改良積木としては,下記のものが見られる。

SYSTEM FROBEL FRANKENWALD BAUKASTENケルンブロック(2A. 3A. 3B.

4A. 4B. 5A. 5B. 6A. 6B. 7A. 8A)童具開発研究所。

14)文部省『幼稚園教育指導書一般編』フレベール館昭和43年6月pp.96-104。

追言己

大型積木遊びの保育実践に際して,本学附属幼稚園の林久子先生を始め各先生にご協力を賜りましたこと

に対しまして,謝辞を申し上げます。

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Educational Theory and Practice of Playing with Blocks byPreschoolers : Examination in Educational Practice of

Playing with Big Blocks

Tetsu NAKAMURA

Recently it seems that infant children are acting passively, unsocially and uncreatively

in their dailylife. We face the problem of how to educate them. I set the following

hypothesis based on Frcう蝣'bel's educational theory. Playing with big blocks makes

children active, social and creative. I had observed and examined their playing with big

blocks at the Hyogo University attached kinder-garten from July in 1985 to Feburaly

in 1987. I consider the relationship between instructional methods of motivation and

playing patterns with big blocks. I conclude that playing with big blocks is a good

educational method to make infant children active, social and creative.

Key words: Big Blocks, Playing with Blocks, Toy, Frとibel, Gift