「学部卒業研究」 ミューオン寿命測定のための 同時計測と偶 …...要旨...

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「学部卒業研究」 ミューオン寿命測定のための 同時計測と偶発的同時計測の研究 東京工業大学 理学部 物理学科 柴田研究室 眞田 塁 平成 25 3 4

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Page 1: 「学部卒業研究」 ミューオン寿命測定のための 同時計測と偶 …...要旨 ミューオンの崩壊は弱い相互作用の代表的な現象の1 つである。

「学部卒業研究」

ミューオン寿命測定のための同時計測と偶発的同時計測の研究

東京工業大学 理学部 物理学科柴田研究室眞田 塁

平成 25年 3月 4日

Page 2: 「学部卒業研究」 ミューオン寿命測定のための 同時計測と偶 …...要旨 ミューオンの崩壊は弱い相互作用の代表的な現象の1 つである。

要旨ミューオンの崩壊は弱い相互作用の代表的な現象の 1つである。本研究では、宇宙線ミ

ューオンをプラスチック・シンチレータ中に止め、µ− → e−+ν̄e+νµと µ+ → e++νe+ν̄µ

の e− と e+ による信号を測定することにより、ミューオンの寿命の測定を行った。時間スペクトルのバックグラウンドを減らすことを目的として、測定における同時計測と偶発的同時計測について考察をし、測定方法と装置の改良を行った。TACの STARTおよびSTOPに使う信号のバックグラウンドを減らすためにいくつかの工夫をした。まず、START信号を作る際の同時計測用のパルス幅を可能な限り狭くした。次に、veto

カウンターを増やして START 信号を改良した実験装置による測定で得られたミューオンの寿命は、(2.04 ± 0.18)µs となった。バックグラウンドの計数率は従来の片側読み出しの装置の 1/2 に減らすことが出来た。ブロック型プラスチック・シンチレータの信号を両側読み出しできるようにして STOP信号を改良した実験装置による測定で得られたミューオンの寿命は、(2.09 ± 0.11)µs となった。バックグラウンドの計数率は従来の装置の 1/8に減らすことが出来た。一方で、測定されるミューオン崩壊の計数率も減ってしまうという問題点があって、その原因解明は今後の課題である。最後に、これらの装置によって求められた寿命からフェルミ定数 GF /(~c)3 をそれぞれ

計算すると、前者の装置では (1.21±0.09)×10−5/GeV2、後者の装置では (1.19±0.05)×10−5/GeV2 という値が得られた。この値を用いてWeinberg 角 θW の正弦 sin θW を計算すると、前者の装置では (0.46± 0.02)、後者の装置では (0.46± 0.01)という値がそれぞれ得られた。

1

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目次第 1章 序論 4

第 2章 ミューオンの崩壊およびミューオンと物質の相互作用 5

2.1 弱い相互作用 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5

2.2 ミューオンの崩壊 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 6

2.2.1 フェルミ定数 GF . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 8

2.3 入射する粒子と物質の相互作用 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9

2.3.1 ミューオンと物質の相互作用 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9

2.3.2 電子と物質の相互作用 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10

2.3.3 粒子の飛程 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 12

2.4 宇宙線 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 15

第 3章 実験に用いる装置 17

3.1 プラスチック・シンチレータ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 17

3.1.1 シンチレータ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 17

3.2 光電子増倍管 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 18

3.3 ミューオン寿命測定に用いるデータ収集系 . . . . . . . . . . . . . . . . . 19

3.3.1 Discriminator . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 19

3.3.2 Coincidence . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 20

3.3.3 FAN-IN / OUT . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 20

3.3.4 Gate & Delay Generator . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 20

3.3.5 TAC . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 20

3.3.6 ADC . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 20

3.3.7 MCA . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 21

3.3.8 Scaler . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 21

第 4章 実験の準備 22

4.1 Discriminator の種類の確認 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 22

4.2 同時計測・偶発的同時計測に用いる入力パルス幅の決定 . . . . . . . . . . 22

4.3 TAC+ADCの時間較正 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 23

第 5章 偶発的同時計測の測定 26

5.1 2本の遮光した光電子増倍管による偶発的同時計測の測定 . . . . . . . . . 27

5.1.1 Discriminatorのスレッショルドを変化させた場合 . . . . . . . . . . . . 27

2

Page 4: 「学部卒業研究」 ミューオン寿命測定のための 同時計測と偶 …...要旨 ミューオンの崩壊は弱い相互作用の代表的な現象の1 つである。

5.1.2 入力パルス幅を変化させた場合 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 30

5.1.3 信号の一方を 1 µsだけ delayさせて同時計測した場合 . . . . . . . . . 36

5.2 ブロック型シンチレータに固定した 2本の光電子増倍管による偶発的同時計測の測定 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 38

5.3 TACに入力した場合の時間スペクトルのバックグラウンド測定 . . . . . . 40

第 6章 ミューオンの寿命測定 43

6.1 測定方法 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 43

6.2 片側読み出し回路による測定 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 43

6.2.1 実験回路と装置 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 43

6.2.2 フィットの範囲の決定 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 47

6.2.3 実験結果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 52

6.3 vetoカウンターを増やした回路による測定 . . . . . . . . . . . . . . . . . 54

6.3.1 実験回路と装置 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 54

6.3.2 実験結果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 56

6.4 両側読み出し回路によるミューオンの寿命測定 . . . . . . . . . . . . . . . 58

6.4.1 実験回路と装置 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 58

6.4.2 実験結果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 60

第 7章 結論 63

7.1 ミューオン寿命測定の結果の比較 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 63

7.2 実験値から求めたパラメータ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 64

第 8章 まとめ 65

8.1 本論文のまとめ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 65

8.2 今後の展望 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 66

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第 1章 序論本研究では、弱い相互作用の代表的現象の 1つであるミューオンの崩壊を観測すること

により、ミューオンの寿命を測定する。ミューオンの寿命 τµ と質量mµ の値が分かると、フェルミ定数 GF を求めることが出来る。このフェルミ定数 GF は、素粒子物理の標準模型における電弱統一模型のパラメータと直接に関係している。本研究の目的は以下の通りである。

1. 弱い相互作用の理論と現象の理解ミューオンの崩壊は、弱い相互作用の代表的な現象の 1 つである。本研究を通して、弱い相互作用の理論と現象について理解する。

2. 測定における同時計測と偶発的同時計測についての理解と習得ミューオンの寿命測定では、同時計測と偶発的同時計測が実験において大きな役割を果たす。本研究を通して、測定における同時計測と偶発的同時計測について理解し、習得する。

3. ミューオンの寿命測定の改良本研究で行うミューオンの寿命測定は、東京工業大学の大学院実験科目「物理基本実験」のテーマの 1つであり、ミューオン崩壊の時間変化を時間スペクトルとして測定する。現在行われている測定方法では、時間スペクトルのバックグラウンドイベント数のミューオンの崩壊数 (= 総イベント数 −バックグラウンドイベント数)

に対する割合が大きく、求まる寿命 τµ の誤差も大きい。本研究では、ミューオンの寿命測定の測定方法や装置を改良し、この割合を小さくする。更に、実験テキストの改訂を行う。

本論文の構成は、次のようになっている。第 1章では本研究の目的について述べる。第2章ではミューオンの崩壊、物質の相互作用、宇宙線について簡単に述べる。第 3章では本研究に用いる装置類や、その特徴について述べる。第 4章では実験の準備として、同時計測に用いるパルス幅の決定と TAC+ADCの時間較正について述べる。第 5章では偶発的同時計測の計数率を求める式が様々な条件下でも成り立つかどうかを、実際の測定により確認する。第 6章ではミューオンの寿命測定を異なる 3台の装置でそれぞれ行い、寿命を求める。第 7章では、れぞれの装置で得られたミューオン崩壊の時間スペクトルを比較し、得られた寿命からフェルミ定数 GF , 弱荷 g, Weinberg角 θW を計算する。第 8章では本論文の内容をまとめ、今後の展望について述べる。

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第 2章 ミューオンの崩壊およびミューオンと物質の相互作用

2.1 弱い相互作用

今日、自然界には 4つの基本的な相互作用 (重力、電磁相互作用、強い相互作用、弱い相互作用)があると考えられている。これらの相互作用は、クォークやレプトンの間で媒介粒子を交換することによって働くものであり、重力は重力子 (未発見)、電磁相互作用は光子、強い相互作用はグルーオン、弱い相互作用はW± ボソンまたは Z0 ボソンにより媒介される。現代の素粒子原子核物理の標準模型は、電磁相互作用と弱い相互作用について記述する電弱統一理論と、強い相互作用について記述する量子色力学とによって、形成されている。弱い相互作用は、原子核の β 崩壊の研究により、発見された。β 崩壊によって放出され

る β 線、すなわち電子の持つエネルギーを測定すると連続分布をしており、その他の粒子が放出されている兆候は見られなかった。従って、β 崩壊ではエネルギー保存が破れているように見えた。現在では、この β 崩壊における電子のエネルギーの連続分布性は、電子の他にエネルギーを持ち去るニュートリノが放出されているためであることが分かっている。β− 崩壊の素過程は、以下のようである。

n → p+ e− + ν̄e (1)

この現象を理論的に説明するために、1935年に E. Fermiは弱い相互作用の理論を提唱した。この理論は、時空 4次元空間の一点において、4個のフェルミ粒子が直接に相互作用をするとしたものである。それを図に表すと、図 1 のようになる。これを 4-フェルミ相互作用という。β 崩壊の時に放出される電子とニュートリノの角度相関実験によって、弱い相互作用の

型にはベクトル型と軸性ベクトル型が必要だという事が分かった。また、角度分布の測定より、軸性ベクトル型の結合定数はベクトル型の結合定数の 1.25倍であり、互いに異符号である事が分かった。これを、V-A相互作用という。フェルミ相互作用の理論は、原子核による µ− の捕獲や、ミューオンの自然崩壊にも適用でき、これらの相互作用の型はいずれも V-Aである事が確認されている。これを弱い相互作用の普遍性という。今日では、弱い相互作用は、フェルミの提唱した 4個のフェルミ粒子が直接に相互作用

をすることによるものではなく、質量が極めて大きなW ボソンや Z0 ボソンの交換によるものであると理解されている。それを図に表すと図 2 のようになる。実際に、W± ボソンや Z0 ボソンは 1983年に発見されている。

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図 1 4-フェルミ相互作用で表現した、中性子の β 崩壊のファインマン図。中性子から陽子と電子と反電子ニュートリノに直接崩壊する。

図 2 現在の弱い相互作用の理論で表現した、中性子の β 崩壊のファインマン図。W−

ボソンを媒介して、電子と反電子ニュートリノに崩壊する。

2.2 ミューオンの崩壊

ミューオンの崩壊は、弱い相互作用の代表的な現象の一つである。ミューオンは物質の基本的な構成粒子であるレプトンの一種であり、電荷を持つスピン 1/2の素粒子である。弱い相互作用により、ミューオンは同じレプトンである電子ないし陽電子と 2個のニュートリノに崩壊する。

µ− → e− + ν̄e + νµ

µ+ → e+ + νe + ν̄µ(2)

ミューオンの崩壊は、ベクトルボソンであるWボソンを媒介とする反応である。ここで

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は、Wボソンは仮想粒子として生成され、その到達距離は非常に短い。これらの崩壊を図に表すと、図 3のようになる。時刻 tまでに崩壊したミューオンの数Ndecay(t)は、元のミューオンの数をN0、ミュー

オンの寿命を τµ とすると、

Ndecay(t) = N0 −N0e−t/τµ

= N0(1− e−t/τµ) (3)

という式で表される。第二項は、崩壊せずに残っているミューオンの数である。これを両辺 tで微分すると、ミューオン崩壊の時間変化の式が得られる。

dNdecay

dt=

N0

τe−t/τµ (4)

本研究で行う実験では、ミューオン崩壊の時間スペクトルをこの式でフィットすることにより、ミューオンの寿命 τµ を求める。ミューオンの崩壊により生成される電子ないし陽電子の持つエネルギー Ee のスペクト

ル N(Ee)dEe は次式で表される。

N(Ee)dEe =G2

F

12π3(~c)6(mµc

2)2E2e (3−

4Ee

mµc2)dEe (5)

ここで、Ee は生成された電子ないし陽電子のエネルギー (MeV) である。生成される電子 ·陽電子の持つエネルギーの最大値は、ミューオンの質量の半分である 52.83 MeVであるから、この式が成り立つのは 0 < Ee < 52.83の範囲である。従って、生成される電

図 3 ミューオンの崩壊過程を表すファインマン図。(左) 負の電荷を持つミューオンがW− を媒介して、電子と反電子ニュートリノとミューニュートリノに崩壊している。(右) 正の電荷を持つミューオンがW+ を媒介して、陽電子と電子ニュートリノと反ミューニュートリノに崩壊している。

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子ないし陽電子のエネルギースペクトルは図 4のようになる。平均エネルギーは 37 MeV

である。

E_e (MeV)

0 10 20 30 40 50 60

N(E

_e)

(x1

0^(-

19))

0

20

40

60

80

100

120

図 4 ミューオンの崩壊により生成される電子ないし陽電子のエネルギースペクトル。生成される電子ないし陽電子の平均エネルギーは、37 MeV である。

2.2.1 フェルミ定数 GF

V-A理論により、ミューオンの崩壊幅 Γは次式のように書ける。

Γ =~τµ

=G2

F

192π3(~c)6· (mµc

2)5 · (1 + ϵ) (6)

ここで、ϵは、輻射補正などの高次の過程や位相空間の影響を考慮する為の補正項である。この式より、ミューオンの質量mµ と寿命 τµ の実験値が分かれば、フェルミ定数 GF を求めることが出来る。フェルミ定数 GF は、素粒子物理の標準模型に置ける電弱統一模型のパラメータと直接に関係している。Particle Data Group [3] によると、ミューオンの質量mµ と寿命 τµ の実験値は、

mµ = 105.65836668(38)MeV/c2 (7)

τµ = 2.19703± 0.00004µs (8)

である。ミューオンの崩壊は、弱い相互作用の荷電流による反応である。ミューオン崩壊反応の

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遷移行列は、

Mfi ∝ g · 1

Q2c2 +M2W c4

· g → g2

M2W c4

(Q2 → 0) (9)

と表され、低エネルギーでは、最右辺のように近似できる。ここで、gは弱荷、MW はW

ボソンの質量、Q2 は 4元運動量の自乗である。この時、弱い相互作用の結合強度は、フェルミ定数 GF によって表すことが出来る。弱

荷 g とフェルミ定数 GF の関係は、

GF√2=

πα

2· g

2

e2· (~c)3

M2W c4

(10)

と書ける。ただし、α = 7.297 × 10−3 は微細構造定数である。フェルミ定数 GF と、既知の値としてボソンの質量MW = (80.385 ± 0.015) GeV/c2 をこの式に代入すると、弱荷 g の値を決定する事が出来る。素電荷 e = 1.602× 10−19 Cと弱荷 g の関係は、

e = g sin θW (11)

である。従って、弱荷 g の値が分かれば、電弱混合角 (Weinberg角)θW を決定することができる。

2.3 入射する粒子と物質の相互作用

2.3.1 ミューオンと物質の相互作用ミューオンや陽子など、電子に比べて質量の大きい荷電粒子が物質中に入射すると、物

質中の原子と電磁相互作用を行う。それらの荷電粒子は、電子を励起、電離し、自らは運動エネルギーを失って減速する。荷電粒子が原子を電離することにより、密度あたりの厚さ dxの物質中で失うエネルギー(エネルギー損失)は Bethe-Blochの式で表される。

−dE

dx= D

Z

Az2

1

β2

(ln

[2mc2β2γ2

I

]− β2 +

δ

2

)(12)

ここで、β = v/c、γ = 1/√1− β2、Z は物質の原子番号、Aは物質の質量数、z は入射

粒子が持つ電荷である。D =e4n

4πϵ20mc2ρ

A

Z≃ 0.3071MeVcm2/g、n = ρ

(Z

A

)NA は電

子密度、ρは物質の密度、NA はアボガドロ数、I は物質の原子の平均励起エネルギーである。δ は密度効果と呼ばれ、高々数パーセントの補正項である。粒子の入射する物質がポリビニルトルエンを主成分とするプラスチック・シンチレー

タの場合、それぞれの値は D ≃ 0.3071MeVcm2/g、Z/A = 0.54141、I = 64.7eV、ρ = 1.032g/cm3 である。補正項 δ を無視して計算した時の、プラスチック・シンチレー

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タ中でのミューオンの運動エネルギー T とエネルギー損失 −dE/dx の関係を図 5 に示す。図 5を見ると、ミューオンの持つ運動エネルギーが T ∼ 200 MeVの時、エネルギー損失は最小値で −dE/dx ∼ 2 MeV/cmを取る事が分かる 。

図 5 プラスチック・シンチレータ内に入射したミューオンの持つ運動エネルギー T

と、その時のエネルギー損失 −dE/dxのグラフ。ミューオンの持つ運動エネルギーがT ∼ 200 MeV である時、エネルギー損失は最小となり、−dE/dx ∼ 2 MeV/cm である。

2.3.2 電子と物質の相互作用電子や陽電子が物質中に入射する場合、エネルギー損失の原因は電離だけではない。物

質中の原子核の電場から制動を受けることにより、エネルギーを光子の形で放射する制動放射による損失も考慮する必要がある。これは、ミューオンや陽子などと違って電子の質量が小さいことがその原因である。従って、Bethe-Blochの式だけでは、物質中における電子のエネルギー損失を求めることはできない。The National Institute of Standards and Technology (NIST)の ESTAR データベー

ス [9]によって作成した、ポリビニルトルエンを主成分とするプラスチック・シンチレータ内における電子の持つエネルギー T とその時のエネルギー損失 −dE/dx の関係を図 6

に示す。図 6を見ると、電子の持つ運動エネルギーが T ∼ 1 MeVの時、エネルギー損失は最小値で −dE/dx ∼ 2 MeV/cmを取ることが分かる 。図 7は、ミューオンのエネルギー損失と電子のエネルギー損失の比較図である。

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図 6 プラスチック・シンチレータ内に入射した電子の持つ運動エネルギー T と、その時のエネルギー損失 −dE/dxのグラフ。電子の持つ運動エネルギーが T ∼ 1 MeVである時、エネルギー損失は最小となり、−dE/dx ∼ 2 MeV/cm である。

図 7 ミューオンのエネルギー損失 (赤線)と、電子のエネルギー損失 (黒線)の比較図。

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2.3.3 粒子の飛程荷電粒子が物質中に侵入してから停止するまでに進む距離を飛程と呼ぶ。入射粒子の質

量が電子に比べて大きい場合、飛程は次の式を用いて計算できる :

R(T0) =

∫ T0

0

(−dE

dx(T )

)−1

dT (13)

ただし、T0 は物質に入射した時の荷電粒子の運動エネルギーである。荷電粒子の運動エネルギー T と全エネルギー E と静止質量のエネルギーMc2 の間の関係

T = E −Mc2 (14)

を用いると、

β2 =T

Mc2 (T

Mc2 + 2)

( TMc2 + 1)2

(15)

と書ける。これより、Bethe-Blochの式は

dE

dx(T ) = D

Z

Az2

(( TMc2 + 1)2

TMc2 (

TMc2 + 2)

ln

[2mc2

I

T

Mc2(

T

Mc2+ 2)

]− 1 +

δ

2

)(16)

のように、β に依存する形から T に依存する形に変形する。この式を用いて、(13)式からミューオンの飛程を計算する。プラスチック・シンチレータ内でのミューオンと電子の飛程は、それぞれ図 8と図 9の

ようになる。電子の飛程は Bethe-Blochの式から単純に計算する事は出来ないので、図 6

の −dE/dx MeV/cm と T MeV のグラフのデータを用いて、(13) 式から飛程を計算した。図 8 を見ると、プラスチック・シンチレータの厚さが 10 cm 程度の場合、60 MeV

までの運動エネルギーを持つミューオンをプラスチック・シンチレータ内に静止させられることが分かる。図 10はミューオンと電子の飛程の比較図である。運動エネルギーが 0

MeVから 100 MeV までの範囲では、ミューオンの飛程よりも電子の飛程の方が長いことが分かる。

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図 8 Bethe-Bloch の式を用いて計算した、プラスチック・シンチレータに入射したミューオンの持つ運動エネルギー T MeVと、そのエネルギーを持つ時のミューオンの飛程 R cmのグラフ。

図 9 プラスチックシンチレータに入射した電子の持つ運動エネルギー T MeVと、そのエネルギーを持つ時の電子の飛程 R cm のグラフ。−dE/dx MeV/cm と T MeV

のグラフのデータを用いて、(13)式より飛程を計算した。

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図 10 ミューオンの飛程 (赤線) と、電子 (黒線) の比較図。電子の飛程の方がミューオンよりも長いことが分かる。

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2.4 宇宙線

宇宙線とは、宇宙空間から飛来する粒子 (放射線)のことである。現在観測されている宇宙線では最もエネルギーの高いもので 1020 eV以上に及び、その起源ははっきりとは解明されていない。地球大気に入射する宇宙線を一次宇宙線と呼ぶ。一次宇宙線は陽子を主成分とする高エ

ネルギーの原子核である。この宇宙線は、大気中の窒素原子核や酸素原子核などと衝突して破壊や粒子生成を繰り返すことにより、図 11のように、中間子など多くの新たな粒子をシャワー状に発生させる。これを空気シャワー現象と呼び、生成された新たな粒子を二次宇宙線と呼ぶ。二次宇宙線の中には、核衝突現象により生成された中間子が大気中を飛行している間に

自然崩壊して生成する粒子も含まれる。この空気シャワー現象により、宇宙線を構成する粒子は次々に変化して行く。宇宙線が地表に到達するまでに、一次宇宙線のほとんどは大気中での衝突により減少する。そのため、地表に到達する宇宙線のほとんどは二次宇宙線である。地表に降り注ぐ宇宙線ミューオンは、π 中間子や K 中間子が次のように崩壊することによって、生成したものである。

π+ → µ+ + νµ (17)

π− → µ− + ν̄µ (18)

K+ → µ+ + νµ (19)

K− → µ− + ν̄µ (20)

そのフラックスは、1 cm2 辺りに毎分およそ 1個である。本研究では、この宇宙線ミューオンをプラスチック・シンチレータ内で静止させることにより、ミューオンの寿命 τµ を測定する。用いるプラスチック・シンチレータの上面の面積は 144 cm2 なので、約 2.4

Hzの計数率で宇宙線ミューオンが実験装置を通過していることになる。その内の一部が、プラスチック・シンチレータ内で静止する。

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図 11 空気シャワー現象の概略図。宇宙空間から飛来した一次宇宙線が、地球大気中の原子との衝突・破壊により、ハドロンを生成する。この過程を繰り返す事により、二次宇宙線がシャワー状に広がる。

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第 3章 実験に用いる装置3.1 プラスチック・シンチレータ

本研究では、宇宙線ミューオンの検出器として、シーアイ工業製のプラスチック・シンチレータを使用した。使用するプラスチック・シンチレータの寸法には、表 3.1に書いたように 2種類がある。板状プラスチック・シンチレータは、主に宇宙線ミューオンが通過したかどうかを確かめるために用いる。ブロック型プラスチック・シンチレータは、主に宇宙線ミューオンを内部に静止させ、ミューオン崩壊により放出される電子の信号を確認するために用いる。

表 1 ミューオンの寿命測定に用いる、シーアイ工業製のプラスチック・シンチレータの寸法。板状のものとブロック型のものがある。

プラスチック・シンチレータの種類  寸法 (縦 × 横 × 厚さ)

板状プラスチック・シンチレータ 8 cm × 18 cm × 1 cm

ブロック型プラスチック・シンチレータ 8 cm × 16 cm × 10 cm

3.1.1 シンチレータシンチレータ ([6]) とは、荷電粒子が入射した時に、光を放出する物質のことである。

シンチレータ物質内に荷電粒子が入射すると、荷電粒子はシンチレータ内の電子を電離・励起させながらエネルギーを失って行く。この時に励起された電子が基底状態に戻る時に、光を放出する。この光をシンチレーション光という。シンチレーション光の数は、入射荷電粒子がプラスチック・シンチレータ内で失ったエネルギーに比例する。シンチレータはその材料から、無機シンチレータと有機シンチレータに分けられる。そ

れぞれの特徴は、表 2のようになる。入射粒子のエネルギーを正確に知りたい場合は、発光量の多い無機シンチレータが用い

られる。入射粒子がシンチレータ内に入射したタイミングを正確に知りたい場合や、信号をトリガーに用いる場合は、応答速度の速い方が良いので、有機シンチレータが用いられる。本研究では、2つの信号の時間差から極めて短時間であるミューオンの寿命を測定する。従って、応答速度が速いシンチレータを使用する必要があるので、実験で用いる装置には、有機シンチレータの一種であるプラスチック・シンチレータを用いる。プラスチック・シンチレータ ([7])は、ポリビニルトルエンなどの有機物質に、2∼3 %

の蛍光物質を加えたものである。プラスチック・シンチレータ内で放出されたシンチレーション光は波長が短く、プラスチック内ではほとんど伝播する事が出来ない。しかし、シ

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表 2 無機シンチレータと有機シンチレータの特徴の比較。実験に用いる場合、測定に適する特徴を持つシンチレータを選ぶ必要がある。

シンチレータの種類  無機シンチレータ 有機シンチレータ

応答速度 遅い 速い発光量 多い 少ない加工 難しい 容易代表例 NaI シンチレータ プラスチック・シンチレータ

ンチレーション光が蛍光物質に吸収されることにより、プラスチック内を長距離伝播できる可視光が放出される。この可視光を検出する。プラスチック・シンチレータ内にミューオンまたは電子が入射した場合のエネルギー損失や飛程に付いては、第 2章で述べた通りである。

図 12 プラスチック・シンチレータの主成分の例である有機物質ポリビニルトルエンの構造式。化学式は [CH3C6H4CHCH2]n である。

3.2 光電子増倍管

シンチレータからの光は微弱なので、そのままでは検出することができない。通常、微弱なシンチレーション光を検出するためには、信号を検出可能な大きさまでに増幅する光

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電子増倍管を用いる。光電子増倍管とは、光を電気信号に変換し、更に増幅する装置である。光電子増倍管の

光電面に光が入射すると、光電効果により電子が放出される。その電子を、ダイノードと呼ばれる電極を複数経由して増幅する事により、最終的に検出可能な大きさの電気信号に変換する。出力される電気信号の大きさは、最初に入射した光子の数に比例する。入射した光パルスの時間特性は、20∼50 ns の遅延を経て、同じ時間特性を持った電気信号として出力される。本研究では、プラスチック・シンチレータからのシンチレーション光を、ライトガイド

を通して光電子増倍管に導き、増幅した電気信号に変換したものを検出する。使用する光電子増倍管は 2種類あり、浜松ホトニクスの R7724と H7195である。管径は 60.0 mm

である。それぞれの特性は表 3のようになっている。

表 3 実験に使用する光電子増倍管 (R7724, H7195)の特性。

型番  R7724 H7195

推奨印加電圧 (最大印加電圧) −1750 V (−2000 V) −2000 V (−2700 V)

パルス上昇時間 2.1 ns (typical) 2.7 ns (typical)

電子走行時間 29 ns (typical) 40 ns (typical)

電子走行時間の拡がり 1.2 ns (typical) 1.1 ns (typical)

R7724 は本来のパルスの約 0.5 µs から 3 µs の間に渡って分布するアフターパルスを出力するので、ミューオンの寿命測定には適さない。そのため、ミューオン崩壊により生成される電子の信号を検出するブロック型シンチレータには、H7195を用いる。

3.3 ミューオン寿命測定に用いるデータ収集系

光電子増倍管から出力されるアナログ信号をデジタル処理するために、NIM モジュールによる計測回路を組む。第 5章、第 6章で行う実験では、以下で解説するデータ収集系を用いる。図 13に全体の写真を示す。

3.3.1 Discriminator

Discriminator として、テクノランド社の N-TM 405 8CH Discriminator (Non-

Updating) を使用した。これは、入力した信号の波高が設定したスレッショルド (閾値) を越えた時のみ、任意に設定したパルス幅でデジタルパルスを出力する装置である。本研究では、光電子増倍管から入力されたアナログ信号から、低い波高を持つノイズを排除し、一定の波高を持つデジタルパルスに整形するために利用する。Discriminatorには

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出力パルスの出し方によって、updating discriminator と non-updating discriminator

の区別があるが、それについては第 4章で述べる。

3.3.2 Coincidence

Coincidenceとして、テクノランド社の N-TM 103 3CH 4-Fold Coincidence を使用した。これは、2 個以上のデジタルパルスが時間的に重なって入力された場合、すなわち、複数のデジタルパルスが同時計測された場合のみ、任意に設定したパルス幅でデジタルパルスを出力する装置である。veto (anti-coincidence) をかける事ができ、同時計測された信号の中でも、veto 端子に入力したパルスと同時に計測された場合は出力しないという操作が可能である。本研究では、宇宙線ミューオンがブロック型プラスチック・シンチレータ内で静止した時の信号を出力するのに利用する。同時計測に要する最小のパルス幅については、第 4章で述べる。

3.3.3 FAN-IN / OUT

入力した複数の信号を OR出力するモジュールとして、PHILLIPS SCIENTIFIC社のMODEL 740 QUAD LINEAR FAN-IN/FAN-OUT を使用した。本研究では、3つの板状プラスチック・シンチレータで宇宙線ミューオンの veto を取る時に、ブロック型プラスチック・シンチレータを貫通した宇宙線ミューオンの信号を出すために利用する。

3.3.4 Gate & Delay Generator

Gate & Delay Module として、テクノランド社の N-TM 307 2CH Gate and Delay

Generator Type2 を使用した。これは、START端子に入力した信号を、任意の幅に変更し、任意に遅延させられるモジュールである。本研究では、パルサーからの信号の一方を任意に delayさせる事によって、測定されたチャンネル数と時間の対応関係を求めるための時間較正に利用する。

3.3.5 TAC

Time to Amplitude Converter (TAC) として、ORTEC 社の Model 566 Time to

Amplitude Converter を使用した。これは、START端子に入力した信号と STOP端子に入力した信号の時間間隔を波高に変換したアナログパルスを出力する装置である。本研究では、静止したミューオンが崩壊し、電子を放出するまでの時間差を測定するのに利用する。

3.3.6 ADC

Analog to Digital Converter (ADC) として、Laboratory Equipment 社の ADC500

を使用した。これは、入力されたアナログ信号を、電荷に比例するデジタル値に変換する

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装置である。本研究では、TACから出力された、時間差を波高に変換したアナログパルスをデジタル値 (チャンネル数)に変換するために利用する。

3.3.7 MCA

Multi-Channel Analyzer (MCA) として、Laboratory Equipment 社の MCA510 を使用した。これは、入力されたデジタル信号をチャンネル毎に積算する装置である。本研究では、デジタル値 (チャンネル数)の積算により、ミューオン崩壊の寿命の時間スペクトルを得るために利用する。

3.3.8 Scaler

Scaler として、N-OR 425 8CH 100MHz Visual Scaler を使用した。これは、入力した信号をカウントするモジュールである。本研究では、光電子増倍管からの信号をカウントして測定時間で割ることにより、計数率の測定に利用する。

図 13 本研究で用いるデータ収集系。左からHV電源、Discriminator、Coincidence、FAN-IN/OUT、Gate & Delay Generator、TAC、ADC、MCA、Scalerである。

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第 4章 実験の準備4.1 Discriminator の種類の確認

Discriminator はその出力信号の出し方によって、updating タイプと non-updating

タイプがある。前者のタイプは、設定したスレッショルド以上の波高を持つ入力信号が入力されている限り、出力信号を出し続けるものである。後者のタイプは、設定したスレッショルド以上の波高を持つ入力信号が入力され続けていても、あらかじめ設定したパルス幅で 1つのパルスを出力するものである。本研究では、同時計測と偶発的同時計測が重要であるから、1つの信号のパルス幅が広くならず、任意に設定できる後者のタイプの方が適している。実験で使用する Discriminator がどちらのタイプであるかを実際に確認したところ、non-updating タイプであった。

4.2 同時計測・偶発的同時計測に用いる入力パルス幅の決定

本研究では、偶発的同時計測によるイベントを減らすことが最も重要である。異なる 2

本の光電子増倍管 (PMT1 と PMT2 とする) からの信号について、同時計測をした時の偶発的同時計測による計数率 Racc (Hz)は、次の (21)式で与えられる。

Racc = R1 ·R2 · (h1 + h2 − 2h3) (21)

ここで、R1 [Hz]と R2 [Hz]はそれぞれ PMT1と PMT2の信号の計数率、h1 (s)と h2

(s)はそれぞれ PMT1と PMT2の Discriminator 出力信号のパルス幅、h3 (s)は同時計測に必要な最小のパルス幅である。(21) 式が成り立つならば、偶発的同時計測の計数率は、光電子増倍管からの信号の計数率 R1、R2 だけではなく、Coincidence moduleに入力する信号のパルス幅 h1、h2 にも依存する。そこでまず、オシロスコープを用いて、以下のように同時計測に必要な最小パルス幅 h3 を決定し、その後に最適な h1 と h2 を決定した。パルス・ジェネレータを用いて、PMT1からの信号のパルス幅 h1 を 10 nsに固定し、

PMT2 からの信号のパルス幅 h2 を 10 ns に設定する。図 14 のように、常に 2 つのパルスの中心が同じ位置に来るように調整し、オシロスコープで Coincidence module からの出力、すなわち同時計測がされているかを確認しながら h2 の幅を小さくして行く。Coincidence module からの出力が無くなった時の h2 の値が、同時計測に必要な最小パルス幅 h3 となる。実際に実験装置を用いて確認をすると、Discriminatorの最小出力幅である 3 nsまでは

Coincidence moduleの出力を観察できたので、h3 を 3 nsと決定した。これより、プラスチック・シンチレータ内での宇宙線ミューオンが通過する位置やタイミングによる時間

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図 14 同時計測に必要な最小パルス幅の確認方法。オシロスコープで確認をしながら、徐々に PMT2の信号のパルス幅を小さくして行く。同時計測によるパルスが現れなくなる境目が、求める同時計測の最小パルス幅である。

差を考慮に入れて、安全を取って h1 を 10 ns、h2 を 6 nsに設定した。第 5章と第 6章で行う実験では、ここで決定したパルス幅を用いて、同時計測を行う。

4.3 TAC+ADCの時間較正

ミューオンの寿命測定では、ミューオンが静止した時の信号を START 信号、ミューオン崩壊により生成された電子の信号を STOP信号として、その時間差を測定することにより、ミューオン崩壊の時間スペクトルを得る。時間差を波高に変換したアナログ信号が TAC (Time to Amplitude Converter) から出力される。その信号が ADC (Analog

to Digital Converter) に入力され、波高に対応するチャンネル数がデータとして取得される。ミューオンの寿命を求めるためには、この得られたチャンネル数を時間に変換する必要がある。この節では、TACと ADCで得られる時間スペクトルについて時間較正を行う。図 15 のように測定回路を組む。一定のタイミングで信号を出すパルサーからの信号を

2つに分けて、一方を TACに入力する START信号とする。もう一方を Gate & Delay

Generatorに入力し、信号を任意に delayさせたものを TAC に入力する STOP信号とする。TACから出力される信号の波高は、Gate & Delay Generatorにより任意に設定した時間差と対応する。その時間スペクトルのピークのチャンネル数が、任意の時間差に対応する値である。TACの入力可能な最大時間差を 20 µsに設定した時の時間較正を行う。START信号

と STOP信号の時間差を 4, 8, 12, 16 µsに設定して、それぞれ 3分間時間スペクトルを測定し、そのピークにおけるチャンネル数の値を調べた。得られた時間スペクトルは図16、時間差とチャンネル数の対応表は表 4のようになった。横軸をチャンネル数 Channel (ch)、縦軸を時間 Time (µs) として一次関数でフィット

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図 15 時間較正に用いる測定回路。TACの START信号はパルサーからの Discrim-

inator を通した信号にし、STOP 信号は Gate&Delay Generator によって任意にDelayさせた信号にして、任意の時間差に対応するチャンネル数を測定する。

Channel (ch)

0 500 1000 1500 2000 2500 3000 3500 4000

Co

un

ts p

er c

han

nel

(x1

0^5)

0

2

4

6

8

10

12

14

16

18

20

22

24

図 16 TACに入力する信号の時間差を、それぞれ 4, 8, 12, 16 µs として測定した時間スペクトル。左から、時間差が 4, 8, 12, 16 µs 時に相当するピークである。

すると図 17のようになり、時間スペクトルより得られるチャンネル数と時間の時間較正の式として、

Time = (4.797± 0.008)× 10−3 · Channel + (−0.15± 0.02) (22)

が得られた。第 5章で行う実験と第 6章で行う実験では、(22)式を用いて TAC+ADCの時間較正

を行う。

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表 4 TACに入力した START信号と STOP信号の時間差 (µs) と時間スペクトルのピークにおけるチャンネル数 (ch) の対応表。

時間差 (µs) 4 8 12 16

チャンネル数 (ch) 867 1698 2530 3369

Channel (ch)

0 500 1000 1500 2000 2500 3000 3500 4000

s)

µT

ime

(

0

2

4

6

8

10

12

14

16

18

20

図 17 ミューオン寿命測定に用いる TACについて、20 µs で設定した時のパルサーを用いた時間較正のグラフ。フィットによる時間較正の式は、Time = (4.797±0.008)×10−3 · Channel + (−0.15± 0.02)となった。

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第 5章 偶発的同時計測の測定この章では、偶発的同時計測の計数率の式

Racc = R1 ·R2 · (h1 + h2 − 2h3)

が本当に成り立っているかどうかを測定により確認する。確認する事項は、以下の通りである。

1. 計数率 R1, R2 に対する依存性2. 入力パルス幅 h1, h2 に対する依存性3. 同時計測をする信号の一方を任意に delayさせた時に成り立つか4. プラスチック・シンチレータの有無に関わらず成り立つか5. 時間スペクトルにおけるバックグラウンドの予測

PMT1, 2と同時計測の計数率 R1, R2, Rcoin は、Scalerを用いて信号の計数を 100秒間測定し、得られた値から計算したものを用いる。図 18は、本章で行う測定の流れ図である。

図 18 本章で行う偶発的同時計測に関する測定の流れ図。

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5.1 2本の遮光した光電子増倍管による偶発的同時計測の測定

5.1.1 Discriminatorのスレッショルドを変化させた場合偶発的同時計測による計数率の、R1, R2 に対する依存性を確認するための実験を

行った。2本の遮光した光電子増倍管 (H7195) PMT1, PMT2について、図 19のような回路を

組む。この時、モジュールにおけるパルス幅は、表のように設定する。

図 19 2 本の独立した光電子増倍管からのアナログパルスによる、偶発的同時計測の回路図。Discriminator3, Discriminator4, Coincidence からの出力信号の計数を、それぞれ Scaler1,2,3で測定する。

表 5 図 19の測定回路における、各モジュールでの出力パルス幅。Discriminator1,2

で一度パルスを整形してから、Discriminator3,4 で同時計測に最適なパルス幅にしている。

モジュール Discri1,2 Discri3 Discri4 Coincidence

出力パルス幅 (ns) 70 10 6 10

PMT1 からのアナログパルスを Discriminator1 に通して、最大出力パルス幅である 70 ns のデジタルパルスに変換する。この信号を更に Discriminator3 に通して、第4 章で決定した同時計測に用いるパルス幅 10 ns のデジタルパルスとして出力する。ここでパルスを Discriminator に 2 回通した理由は、乱れたアナログパルスを 1 段階目の Discriminator で一度整形し、2 段階目の Discriminator でパルス幅を調整するためである。同様にして、PMT2 からのアナログパルスについても、Discriminator2、Discriminator4 を通す事によって、第 4章で決定した同時計測に用いるパルス幅 6 ns の

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デジタルパルスとして出力する。これらのデジタルパルスを Coincidence module に入力し、同時計測を行うことにより、2本の光電子増倍管の偶発的同時計測の計数率が測定できる。この回路において、Discriminator1とDiscriminator3のスレッショルドを−50, −100,

−150, −200, −250 mV にそれぞれ変えて、3時間 (10800秒)の間、光電子増倍管からの計数率と偶発的同時計測の計数率を測定した。これにより、2本の光電子増倍管からのパルスの計数率 R1、R2 を変化させた時の偶発的同時計測の計数率の依存性が得られた。それぞれのスレッショルド Vth における、光電子増倍管の計数率 R1, R2、同時計測した計数率 Rcoin、(21)式から計算した偶発的同時計測の計数率 Racc は表 6の通りである。そのグラフは図 20のようになった。

表 6 スレッショルドを変更したそれぞれの場合における、光電子増倍管からのパルスの計数率と同時計測の計数率と偶発的同時計測の計数率の式による計算値の表。

Vth (mV) R1 (Hz) R2 (Hz) Rcoin (×10−3 Hz) Racc (×10−3 Hz)

−50 4678.2± 0.2 961.2± 0.1 50.0± 0.8 44.966± 0.005

−100 1023.3± 0.1 703.57± 0.09 13± 4 7.200± 0.001

−150 699.58± 0.09 559.26± 0.08 6.7± 0.3 3.91245± 0.0008

−200 587.59± 0.08 470.42± 0.07 2.1± 0.2 2.7642± 0.0006

−250 488.77± 0.08 400.64± 0.07 2.1± 0.2 1.9582± 0.0004

図 20を見ると、Rcoin の値は、誤差の範囲には収まっていないが、計算値である Racc

に近い値になっていることが分かる。これより、偶発的同時計測の計数率の式の R1, R2

に対する依存性はほぼ成り立っていることが確認できた。

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-Vth (mV)0 50 100 150 200 250 300

Cou

ntin

g R

ate

(H

z)

-310

-210

-110

図 20 2本の独立した光電子増倍管の信号を、−250 mVから −50 mVまでの異なるスレッショルドで測定した同時計測による計数率 (黒点)と、それぞれの光電子増倍管の計数率から計算した偶発的同時計測の計数率 (赤点)の比較。それぞれのスレッショルドにおける計数率の値はほぼ一致している。

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5.1.2 入力パルス幅を変化させた場合次に偶発的同時計測による計数率の h1, h2 に対する依存性を確認するための実験を

行った。計測回路は図 19の回路を用いた。まず、h1 を変化させた場合について、偶発的同時計測の測定を行った。Discriminator

1 と Discriminator 2 のスレッショルドを −10 mV で固定し、Discriminator 4 の出力パルス幅を 6 ns に固定した状態で、h1 を 10, 20, 30, 40, 50 ,60 ns にそれぞれ変化させた時の計数率を測定した。h1 = 10, 20, 30 ns の時は 1800秒間、h2 = 40, 50, 60 ns の時は 3600秒間測定した。この時、PMT1 と PMT2 の計数率はそれぞれ R1 ∼ 1580 Hz,

R2 ∼ 145 Hz でほぼ一定であった。(21)式におけるパルス幅の項 h1 + h2 − 2h3 ns (以下のグラフと表では、この項をまと

めてWidthと呼ぶことにする) に対する R1, R2, Rcoin のそれぞれの計測値と、(21)式から計算した Racc の値は表 7のようになった。横軸を h1 + h2 − 2h3 (ns)、縦軸を計数率 (Hz) として、R1, R2, Rcoin をプロットすると図 21のようになり、Rcoin と Racc をプロットすると図 22のようになった。

表 7 h1 を変化させた場合の、(21) 式におけるパルス幅の項 h1 + h2 − 2h3 ns (=

Width) に対する R1, R2, Rcoin のそれぞれの計測値と、(21) 式から計算した Racc

の値。

Width (ns) R1 (Hz) R2 (Hz) Rcoin (×10−3 Hz) Racc (×10−3 Hz)

10 1551.5± 0.7 143.8± 0.2 1.9± 0.7 2.230± 0.003

20 1626.9± 0.7 146.3± 0.2 5.6± 1.2 4.760± 0.007

30 1567.0± 0.7 142.2± 0.2 5.6± 1.2 6.69± 0.01

40 1559.7± 0.9 141.1± 0.3 11± 2 8.81± 0.02

50 1580.3± 0.9 142.6± 0.3 11± 2 11.3± 0.2

60 1583.4± 0.9 143.8± 0.3 19± 7 13.7± 0.3

R1 と R2 の値はほぼ一定であるが、統計的なばらつきにより、全く同じ値にはなっていない。従って、パルス幅の項以外の計数の値も測定ごとに微妙に変化しているので、図22にプロットした Rcoin と Racc の比較から、単純に Racc の変化はパルス幅 h1 の変化によるものであると言うことはできない。そこで、(21)式を次のように変形する。

Racc

R1 ·R2= h1 + h2 − 2h3 (23)

(23) 式の右辺と左辺をそれぞれ横軸と縦軸とすると、正比例のグラフが得られる。そこで、横軸を h1 + h2 − 2h3 ns、縦軸を Rcoin/(R1 ·R2) ns とした時に、各測定点が正比例

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Width (ns)

0 10 20 30 40 50 60 70

Cou

ntin

g R

ate

(H

z)

-410

-310

-210

-110

1

10

210

310

410

図 21 h1 を変化させた場合の、それぞれのパルス幅の項における PMT1 の計数率R1(黒点)と PMT2の計数率 R2(青点)と偶発的同時計測による計数率 Rcoin(赤点)の値。R1 と R2 は、R1 ∼ 1550 Hz, R2 ∼ 450 Hz でほぼ一定である。

の直線に乗るかどうかを見ればよい。得られた測定点をプロットしたものは図 23のようになった。図中の黒線は正比例のグラフである。この図を見ると、各点は誤差の範囲で正比例の直線に乗っていることが分かる。これより、(21)式における Racc の h1 に対する依存性は成り立っていると言える。

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Width (ns)

0 10 20 30 40 50 60 70

Cou

ntin

g R

ate

(H

z)

-410

-310

-210

-110

図 22 h1 を変化させた場合の、それぞれのパルス幅の項における (21) 式から計算した偶発的同時計測の予測値 Racc(黒点)と PMT1と PMT2の信号による偶発的同時計測の計数率 Rcoin(赤点) の値。Rcoin は、図 21 のデータと同じものである。Rcoin はRacc と誤差の範囲で一致している。

Width (ns)

0 10 20 30 40 50 60 70

Rac

c/(R

1*R

2) (

ns)

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

図 23 2本の光電子増倍管の計数率と入力パルス幅 h2 を 6 nsで一定にして、入力パルス幅 h1 のみをそれぞれ 10 nsから 60 nsまで変えて測定した同時計測の計数率と 2

本の光電子増倍管の計数率の積の比 (赤点)と Racc/(R1 · R2)(黒線)の比較。赤点は、誤差の範囲でグラフ上に乗っていることがわかる。

32

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次に、上記とは対称的に、h2 を変化させた場合について、偶発的同時計測の測定を行った。Discriminator 1 と Discriminator 2 のスレッショルドを −10 mV で固定し、Discriminator 3 の出力パルス幅を 10 ns に固定した状態で、h2 を 6, 16, 26, 36, 46, 56

ns にそれぞれ変化させた時の計数率を測定した。h2 = 6, 16, 26 ns の時は 1800 秒間、h2 = 36, 46, 56 ns の時は 3600秒間測定した。この時、PMT1 と PMT2 の計数率はそれぞれ R1 ∼ 1550 Hz, R2 ∼ 145 Hz でほぼ一定であった。(21)式におけるパルス幅の項 h1 + h2 − 2h3 [ns]に対する R1, R2, Rcoin のそれぞれの

計測値と、(21) 式から計算した Racc の値は表 8 のようになった。h1 を変化させた場合と同様にして、横軸を h1 + h2 − 2h3 (ns)、縦軸を計数率 (Hz) として、R1, R2, Rcoin をプロットする図 24のようになり、Rcoin と Racc をプロットすると図 25のようになった。

表 8 h2 を変化させた場合の、(21) 式におけるパルス幅の項 h1 + h2 − 2h3 ns (=

Width) に対する R1, R2, Rcoin のそれぞれの計測値と、(21) 式から計算した Racc

の値。

Width (ns) R1 (Hz) R2 (Hz) Rcoin (×10−3 Hz) Racc (×10−3 Hz)

10 1551.6± 0.7 143.8± 0.2 1.9± 0.7 2.230± 0.003

20 1548.2± 0.7 150.9± 0.2 4.4± 1.1 4.673± 0.007

30 1563.9± 0.7 147.3± 0.2 5.8± 1.3 6.91± 0.01

40 1468.9± 0.9 135.8± 0.3 9.4± 2.3 7.98± 0.02

50 1625.1± 1.0 150.7± 0.3 12± 3 12.2± 0.2

60 1625.1± 1.0 150.7± 0.3 16± 3 14.7± 0.3

h2 を変化させた場合も、R1 と R2 の値は統計的なばらつきによって全く同じ値にはなっていないので、単純に図 25 から (21) 式の h2 に対する依存性を評価することは出来ない。そこで、h1 を変化させた場合と同様に、横軸を h1 + h2 − 2h3 ns、縦軸をRcoin/(R1 ·R2) ns としてプロットした偶発的同時計測の計数率と PMT1と PMT2の計数率の積との比 Rcoin/(R1 ·R2)が、(23)式に従って正比例の直線に乗るかどうかを見ればよい。各測定点をプロットすると図 24のようになり、確かに誤差の範囲で正比例の直線に乗っていることが分かる。これより、(21)式における Racc の h2 に対する依存性は成り立っていると言える。以上の実験から、(21) 式における偶発的同時計測の計数率 Racc のパルス幅の項

h1 + h2 − 2h3 に対する依存性は成り立つことが確認できた。

33

Page 35: 「学部卒業研究」 ミューオン寿命測定のための 同時計測と偶 …...要旨 ミューオンの崩壊は弱い相互作用の代表的な現象の1 つである。

Width (ns)

0 10 20 30 40 50 60 70

Cou

ntin

g R

ate

(H

z)

-410

-310

-210

-110

1

10

210

310

410

図 24 h2 を変化させた場合の、それぞれのパルス幅の項における PMT1 の計数率R1(黒点)と PMT2の計数率 R2(青点)と偶発的同時計測による計数率 Rcoin(赤点)の値。R1 と R2 は、R1 ∼ 1550 Hz, R2 ∼ 450 Hz でほぼ一定である。

Width (ns)

0 10 20 30 40 50 60 70

Cou

ntin

g R

ate

(H

z)

-410

-310

-210

-110

図 25 h2 を変化させた場合の、それぞれのパルス幅の項における (21) 式から計算した偶発的同時計測の予測値 Racc(黒点)と PMT1と PMT2の信号による偶発的同時計測の計数率 Rcoin(赤点) の値。Rcoin は、図 24 のデータと同じものである。Rcoin はRacc と誤差の範囲で一致している。

34

Page 36: 「学部卒業研究」 ミューオン寿命測定のための 同時計測と偶 …...要旨 ミューオンの崩壊は弱い相互作用の代表的な現象の1 つである。

Width (ns)

0 10 20 30 40 50 60 70

Rac

c/(R

1*R

2) (

ns)

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

図 26 2本の光電子増倍管の計数率と入力パルス幅 h1を 10 nsで一定にして、入力パルス幅 h2 のみをそれぞれ 6 ns から 56 ns まで変えて測定した同時計測の計数率と 2

本の光電子増倍管の計数率の積の比 (赤点)と、Racc/R1R2(黒線)の比較。赤点は誤差の範囲で実線上に乗っていることがわかる。

35

Page 37: 「学部卒業研究」 ミューオン寿命測定のための 同時計測と偶 …...要旨 ミューオンの崩壊は弱い相互作用の代表的な現象の1 つである。

5.1.3 信号の一方を 1 µsだけ delayさせて同時計測した場合更に、光電子増倍管からの信号の一方を 1 µsだけ delayさせても偶発的同時計測の計

数率の式が成り立つかどうかを確認するための実験を行った。これは一点だけ確認すれば十分なので、パルス幅が h1 = 40 ns、h2 = 6 nsの場合に、図 27のようにして PMT 2

の信号を 1µsだけ delayさせて PMT 1の信号と同時計測した時の計数率を、1800秒間測定した。PMT1 と PMT2 の計数率 R1, R2、同時計測による計数率 Rcoin、(21) 式から計算した偶発的同時計測による計数率 Racc の値は表 9の通りである。Racc と Rcoin をプロットすると、それぞれ図 28 の赤点と青点のようになった。図 28 を見ると、一方をdelayさせた同時計測による実験値は、偶発的同時計測の計算値と誤差の範囲で一致している。従って、一方の信号を delayさせてから同時計測をした場合でも、偶発的同時計測の計数率の式 (21)は成り立っていると言える。

図 27 2 本の遮光した光電子増倍管からのアナログパルスの一方を、Delay Box

によって delay させてから同時計測する時の回路図。Discri2 と Discri4 の間で、Delay Box を用いて PMT2 の信号を 1µs だけ delay させている。Discriminator3,

Discriminator4, Coincidence からの出力信号の計数を、それぞれ Scaler1, 2, 3で測定する。

表 9 h1 = 40 ns、h2 = 6 nsの場合の、R1, R2, Rcoin のそれぞれの計測値と、(21)

式から計算した Racc の値。

R1 (Hz) R2 (Hz) Rcoin (×10−3 Hz) Racc (×10−3 Hz)

1586.1± 0.9 143.3± 0.3 9.4± 2.3 9.09± 0.02

36

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Width (ns)

0 10 20 30 40 50 60 70

Cou

ntin

g R

ate

(H

z)

-410

-310

-210

-110

図 28 入力パルス幅を h1 = 40 ns, h2 = 6ns として PMT1の信号を 1µs だけ delay

させて同時計測した時の計数率 (赤点)と、偶発的同時計測の計数率の式から計算した予測値 (青点) の比較図。 黒点は h1 を変化させた時に測定した偶発的同時計測の計数率。

37

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5.2 ブロック型シンチレータに固定した 2 本の光電子増倍管による偶発的同時計測の測定

ここまでは、プラスチック・シンチレータに接続していない全く独立な 2本の光電子増倍管について、偶発的同時計測による計数率の式が成り立つかどうかを確認して来た。この節では、1個のプラスチック・シンチレータに接続されている 2本の光電子増倍管についても同様に式が成り立つかどうかを確認するための測定を行った。図 29のような回路を組む。ブロック型シンチレータに固定した 2本の光電子増倍管の

信号の内、パルス幅が 10 nsの方を 1 µs だけ delayさせて、delayさせていない 6 nsの信号と同時計測する。信号を delayさせずに同時計測した場合、ブロック型プラスチック・シンチレータを通過した宇宙線ミューオンの計数が得られるはずである。この一方の信号を delayさせて同時計測することにより、偶発的同時計測の計数率のみを測定できるようになる。パルス幅を h1 = 10 ns, h2 = 6 ns に固定し、スレッショルド Vth を −25, −50,

−75, −100, −125 mV にそれぞれ設定して、6 時間 (21600 秒) の間、PMT1 と PMT2

の計数率 R1, R2 と偶発的同時計測の計数率 Rcoin を測定した。この実験値と偶発的同時計測の式より計算した計数率 Racc は表 10 のようになった。横軸をスレッショルド、縦軸を計数率として Rcoin と Racc をプロットすると、図 30のようになった。図 30を見ると、同時計測による実験値は、偶発的同時計測の計算値と誤差の範囲でほぼ一致している。従って、プラスチック・シンチレータがある場合でも、偶発的同時計測の計数率の式(21)は成り立っていると言える。

図 29 両側読み出しが可能なブロック型シンチレータの両側に固定した 2本の光電子増倍管の信号の内、パルス幅が 10 ns の方を 1 µs だけ delay させて、同時計測する回路。

38

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表 10 スレッショルド Vth を 25mVずつ変化させた場合の R1, R2, Rcoin のそれぞれの計測値と、(21)式から計算した Racc の値。

Vth (mV) R1 (Hz) R2 (Hz) Rcoin (×10−3 Hz) Racc (×10−3 Hz)

-25 859.5± 0.3 905.3± 0.3 7.781± 0.003 9.2± 0.9

-50 422.0± 0.2 524.4± 0.2 2.213± 0.001 1.8± 0.4

-75 259.0± 0.2 355.9± 0.2 0.9216± 0.0007 0.93± 0.30

-100 160.0± 0.1 238.9± 0.1 0.3822± 0.0003 0.37± 0.13

-125 125.1± 0.1 207.0± 0.1 0.2589± 0.0002 0.23± 0.10

-Vth (mV)0 20 40 60 80 100 120 140

Cou

ntin

g R

ate

(H

z)

-510

-410

-310

-210

-110

図 30 ブロック型シンチレータに固定した 2本の光電子増倍管の信号の内、パルス幅が 10 ns の方を 1 µs だけ delay させて同時計測した時の計数率 (黒点) と、それぞれの光電子増倍管の計数率から計算した偶発的同時計測の計数率 (赤点)の比較。それぞれのスレッショルドに置ける計数率の値はほぼ一致している。

39

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5.3 TACに入力した場合の時間スペクトルのバックグラウンド測定

本研究で行うミューオンの寿命測定では、時間スペクトルにおけるバックグラウンドがどの程度になるかを予測することが重要である。この節では、偶発的同時計測の計数率の式から、時間スペクトルのバックグラウンドが計算できるかどうかを調べるための実験を行った。この測定を行うために、図 31のような回路を組んだ。TACの START信号として、板

状プラスチック・シンチレータに設置した PMT1 と PMT2 の同時計測によるパルスを入力し、STOP 信号としてプラスチック・シンチレータが付いていない遮光した光電子増倍管 PMT3のパルスを入力する。ここで、PMT1と PMT2のプラスチック・シンチレータは 12 cm 程度離して平行に並べてあるので、得られる同時計測のパルスは 2つのプラスチック・シンチレータを通過する宇宙線ミューオンのものである。また、PMT3 はPMT1 と PMT2 から離れた所に設置しているので、START信号と STOP信号は互いに独立な信号である。従って、TACと ADCにより得られる時間スペクトルは、START

信号と STOP信号の偶発的同時計測によるものである。この時間スペクトルを測定した。TACの設定は 10 µs とした。この測定で偶発的同時計測が起こりうる範囲は、測定可能な START信号と STOP信号の間隔の最大値である 10 µsである。つまり、START信号が入力されてから 10 µs 以内に STOP 信号が入った場合に偶発的同時計測が起こる。従って、PMT1 と PMT2 の計数率を R1 (Hz), R2 (Hz)とすると、この測定における偶発的同時計測の計数率 Racc (Hz)は、(21)式のパルス幅の項を 10 µs (10 ×10−6 s)に置き換えた

Racc ≃ R1 ·R2 · (10× 10−6) (24)

という式で書くことができる。この式から得られる Racc は、TACを用いて測定される時間スペクトルのバックグラウンドの計数率と等しいと考えられる。約 18時間 (65000秒)の間測定をすると、偶発的同時計測による時間スペクトルは図 31

のようになった。また、測定開始と同時に 65000秒の間測定した START信号と STOP

信号の計数率 R1, R2 と、(24)式から求めた時間スペクトルのバックグラウンドの計数率の予測値 Racc は表 11のようになった。図 31の時間スペクトルを 0.01 µsから 10 µsの範囲で定数 n0 によりフィットをすると、n0 = 2.18± 0.42 ( /0.4808 · µs)となった。これをバックグラウンドの計数率 RBG に変換すると、RBG = (6.43 ± 1.34) × 10−4 (Hz)

となった。実験により求められた RBG と、(24)式から求めた計算値 Racc を比較すると、誤差の範囲で一致していることが分かる。従って、(24)式による偶発的同時計測の計数率の計算値は、時間スペクトルのバックグラウンドの予測値として用いることが出来ると言える。これより、TACと ADCを用いた時間スペクトルの測定においても、偶発的同時計測の計数率の式が成り立つことが確認できた。

40

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図 31 2本の独立した光電子増倍管からの信号をそれぞれ TACの STARTと STOP

に入力し、時間スペクトルのバックグラウンドを測定するための回路図。測定する時間スペクトルの範囲は 10 µs である。

表 11 時間スペクトル測定と同時に 65000秒間測定した START信号と STOP信号の計数率 R1, R2 の実験値と、(24)式から求めた Racc の値。

計数率 (Hz)

R1 0.715± 0.003

R2 85.66± 0.04

Racc (6.12± 0.03)× 10−4

41

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s)µTime (

0 2 4 6 8 10

Co

un

ts p

er c

han

nel

0

1

2

3

4

5

6

7

8

9

10

図 32 TACの START信号と STOP信号として互いに独立な信号を入力して、約 18

時間 (65000秒)測定して得られた時間スペクトル。黒線は定数値としてフィットしたもの。

42

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第 6章 ミューオンの寿命測定この章では、3つの異なる実験装置を用いて行ったミューオンの寿命測定の結果につい

て述べる。

6.1 測定方法

本実験では、宇宙線ミューオンをブロック型プラスチック・シンチレータの内部に静止させる。宇宙線ミューオンが静止した瞬間と、ミューオン崩壊が起こった瞬間の時間差を測定することにより、ミューオン崩壊の時間変化を測定することが出来る。すなわち、宇宙線ミューオンがブロック型プラスチック・シンチレータの内部に静止したと考えられる信号を START信号、その数 µs 後にブロック型プラスチック・シンチレータで検出されるミューオン崩壊による電子の信号を STOP信号として TACに入力することにより、その時間差を時間スペクトルとして測定すればよい。このようにして得られた時間スペクトルを、(4)式にバックグラウンドの項 n0 を加えた

dNdecay

dt=

N0

τe−t/τµ + n0 (25)

という式によってフィットすることにより、ミューオンの寿命 τµ を求める。以下では、この測定を 3 台のそれぞれ異なる装置について行う。各信号の計数率は、

100 秒間 Scaler を用いて測定した信号の計数から求める。各 Discriminator におけるスレッショルドは、−50 mV に設定する。ブロック型プラスチック・シンチレータに設置する光電子増倍管には H7195を用い、板状プラスチック・シンチレータに設置する光電子増倍管には R7724を用いる。図 33は本章で行うミューオン寿命測定の流れ図である。点線部の入力パルス幅の決定は、既に第 4章で行っている。

6.2 片側読み出し回路による測定

最初に、片側読み出しの実験装置でミューオン寿命測定を行った。

6.2.1 実験回路と装置図 34 のような回路を持つ実験装置を組む。図 35 はこの回路のプラスチック・シンチ

レータの配置図で、図 36 は実際に使用する実験装置である。図 37 は片側読み出し回路に用いるブロック型プラスチック・シンチレータとライトガイドの寸法である。それぞれの信号のパルス幅は表 12 の通りである。この回路においては、TAC の START 信号は#1∩#2∩

#3 を入力し、STOP 信号として #2 を入力している。前者の信号は、上側

43

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図 33 本章で行うミューオン寿命測定の流れ図。点線部は、既に第 4章で説明している。

の板状プラスチック・シンチレータ #1とブロック型プラスチック・シンチレータ #2では同時に計測されたが、下側の板状プラスチック・シンチレータ #3では同時に計測されなかった時の信号である。すなわち、#1を貫通して、ブロック型プラスチック・シンチレータ #2の内部で静止した宇宙線ミューオンの信号である。後者の信号は、内部で静止した宇宙線ミューオンが崩壊して生成した電子による信号である。この 2つの信号の時間差を測定することにより、ミューオン崩壊の時間スペクトルを測定する。

表 12 第 4章で決定した同時計測に最適なパルス幅を用いて新たに設定した、図 34の回路のそれぞれの信号におけるパルス幅。

信号 パルス幅 (ns)

#1 10.0

#2 6.0

#3 70.0

#1 ∩#2 ∩ #̄3 10.0

44

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図 34 ブロック型シンチレータからの信号を片側読み出しで処理するミューオンの寿命測定回路。TAC の Start 信号として #1

∩#2

∩#̄3 を入力し、Stop 信号として

#2を入力している。

図 35 片側読み出し回路のプラスチック・シンチレータの配置図。実験台と平行になるように配置する。

45

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図 36 片側読み出しのブロック型プラスチック・シンチレータを用いた従来のミューオン寿命測定の実験装置。

図 37 片側読み出し回路による寿命測定に使用するブロック型プラスチック・シンチレータとライトガイドの寸法。プラスチック・シンチレータからの信号を、片側に接着したライトガイドを通して光電子増倍管に伝える。

46

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6.2.2 フィットの範囲の決定この節では、(25)式を用いてフィットする時に、得られたスペクトルに対してどの範囲

でフィットするのがよいかを決定する。フィットの範囲の決定をするためには、統計量の多い時間スペクトルのデータが必要で

ある。そこで、図 34 の回路を用いて、約 84時間 (30万秒)の間ミューオンの寿命測定を行った。測定した時間スペクトルとして、図 34が得られた。この測定における TACのSTART信号と STOP信号の計数率 RSTART , RSTOP と、(24)式から計算した時間スペクトルのバックグラウンドの予測値 Racc は表 13のようになった。

表 13 フィットの範囲を決定するために測定したミューオン崩壊のスペクトルにおける、TACの START信号と STOP信号の計数率 R1, R2 の実験値と、(24)式から求めた Racc の値。

計数率 (Hz)

RSTART 0.80± 0.09

RSTOP 309.5± 1.8

Racc (5.0± 0.6)× 10−3

s)µTime (0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20

Co

un

ts p

er c

han

nel

0

50

100

150

200

250

300

350

400

450

500

図 38 片側読み出し回路を用いて、約 84時間 (30万秒)測定したミューオン崩壊の時間スペクトル。フィットの範囲は 1.0 µs から 20 µsまでである。

まず、フィットの始点を決定する。縦軸を対数スケールにすると図のようになる。(25)

式の片対数のグラフは、時間 tが小さい範囲で n0 よりも第 2項の方が大きい場合はほぼ

47

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直線になり、n0 の方が大きい場合は定数グラフになっているはずである。図 39 を見ると、t ∼ 0.5 (µs) の点は直線上に乗っておらず、それ以降の点は (25)式の傾向と同じになっている。従って、t ∼ 0.5 (µs) を除いた範囲でフィットをした方が良いと考えられる。これより、フィットの始点は t = 1.0 (µs) に決定した。

s)µTime (

0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20

Co

un

ts p

er c

han

nel

10

210

310

410

図 39 約 84 時間測定したミューオン崩壊の時間スペクトルの片対数グラフ。フィットの範囲は 1.0 µs から 20 µsまでである。

48

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次に、フィットの終点を決定する。時間スペクトルの形は決まっているので、フィットにより求まる値は本来はフィットの範囲によって変化せず、一定のはずである。そこで、フィットにより求まる τµ, n0 が一定となる範囲を上限とすればよい。フィットの終点を6 µs から 20 µs まで変えて、それぞれについて (25)式を用いてフィットをした。フィットによって得られたそれぞれの点におけるミューオンの寿命 τµ とバックグラウンド n0

の値をグラフにすると、それぞれ図 40と図 41のようになった。n0 をバックグラウンドの計数率 RBG (Hz)に変換したものをプロットしたグラフは図 42のようになった。点線は予測されるバックグラウンドを表す。

s)µMax value of fitting range (

0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22

s)

µta

u (

1.8

2

2.2

2.4

2.6

2.8

3

3.2

3.4

3.6

図 40 フィットの上限値を変更したそれぞれの場合で求まる τµ の値の変化図。フィットの下限は 1.0 µs。上限値が 12 µs 以上では 2 µs でほぼ一定の値を取るが、10 µs 以下では上昇傾向にある。

49

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s)µMax value of fitting range (

0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22

s)

µn_

0 (

/0.4

797*

-40

-30

-20

-10

0

10

20

30

40

図 41 フィットの上限値を変更したそれぞれの場合で求まる n0 の値の変化図。フィットの下限は 1.0 µs。上限値が 13 µs 以上では 35.5 /0.48 · µs でほぼ一定の値を取るが、12 µs 以下では減少傾向にある。

s)µMax value of fitting range (

0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22

R_B

G (

x10^

(-3)

Hz)

-6

-4

-2

0

2

4

6

図 42 フィットの上限値を変更したそれぞれの場合で求まる n0 を計数率 RBG (Hz)

に変換した図。点線は予測されるバックグラウンドの計数率である。フィットの下限は 1.0 µs。上限値が 13 µs 以上では、RBG は点線上に誤差の範囲で乗っている。

50

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図 40を見ると、τµ の値はフィットの上限値が 12 µs 以上では 2 µs でほぼ一定の値を取り、誤差も同程度となっているが、10 µs 以下ではフィット範囲が狭くなると、増加傾向にある。誤差はフィットの時間幅が小さくなるほど大きくなっていることが分かる。図41を見ると、n0 の値はフィットの上限値が 13 µs 以上では 35.5 /0.48µs でほぼ一定の値を取り、誤差も同程度となっているが、12 µs 以下では減少傾向にある。誤差はフィットの時間幅が小さくなるほど大きくなっていることが分かる。これは、上限値が 12 µs 以下のフィットにおいては、どの地点で時間スペクトルが減衰し切っているかを判断できず、バックグラウンドが小さく評価されてしまうためだと考えられる。減衰地点が判断できないため、フィットによるバックグラウンドの誤差も大きくなり、得られる寿命とその誤差も大きくなるのである。図 42を見ると、フィットにより得られたバックグラウンドの計数率 (4.9± 0.2)× 10−3

Hzは、上限値が 12 µs 以上ではバックグラウンドの計数率の予測値 (5.0 ± 0.6) × 10−3

Hzと誤差の範囲で一致していることが分かる。従って、フィット範囲の最大値をこの範囲のいずれかの値にすることは、妥当なものであると考えられる。以上の考察より、時間スペクトルが十分に減衰している地点をフィットの範囲の終点と

するのが良いと考えられるので、フィットの終点は時間スペクトルの横軸の最大値である20 µs に決定した。以上より、測定により得られるミューオン崩壊の時間スペクトルのフィットの範囲

は、1.0 µs ∼ 20 µs に決定した。この決定した範囲で時間スペクトルをフィットすると、ミューオンの寿命は τµ = (2.04±0.10) µs、バックグラウンドの計数率は (4.9±0.2)×10−3

Hzとなった。

51

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6.2.3 実験結果実験の結果、得られた寿命スペクトルは図 43のようになった。フィットの範囲は 1.0

µs ∼ 20 µs である。フィットにより得られたミューオンの寿命は τµ = 2.13± 0.21µs、1

ビンのバックグラウンドは n0 = (6.08 ± 0.61) /(0.48 · µs)となった。得られたバックグラウンドを計数率 RBG に変換すると、RBG = (3.9 ± 0.4) × 10−3Hzである。この実験における START信号と STOP 信号の計数率 RSTART、RSTOP と予測されるバックグラウンドの計数率 Racc は表 14のようになった。得られたミューオンの寿命 τµ は、文献値 τµ = 2.20µs[3]と誤差の範囲で一致している。

得られたバックグラウンドの計数率 RBG は、予想されるバックグラウンドの計数率 Racc

と誤差の範囲で一致している。従って、ミューオン崩壊による時間スペクトルが得られたと言える。フィットの範囲 1.0 ∼ 20µsにおけるミューオンの崩壊数 (総イベント数−総バックグ

ラウンド数)を調べると、(295± 25)個であった。すなわち、ミューオン崩壊の計数率 Rµ

は、(4.5± 0.4)× 10−3 Hzである。RBG と比較すると、Rµ : RBG ∼ 5 : 4である。

表 14 片側読み出し回路によるミューオン寿命測定の START 信号と STOP 信号の計数率 RSTART、RSTOP と予測されるバックグラウンドの計数率 Racc。

計数率 (Hz)

RSTART 0.78± 0.09

RSTOP 290.1± 1.7

Racc (4.5± 0.6)× 10−3

52

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s)µTime (

0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20

Co

un

ts p

er c

han

nel

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

図 43 片側読み出し回路による、崩壊時間が 20 µs 以内のミューオン崩壊イベントを測定した場合の時間スペクトル。フィットの範囲は 1.0 ∼ 20µs で、寿命 τµ =

2.13± 0.21µs、バックグラウンド nBG = 12.7± 1.3 /µs。

53

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6.3 vetoカウンターを増やした回路による測定

6.3.1 実験回路と装置図 44 のような回路を持つ実験装置を組む。図 45 はこの回路のプラスチック・シンチ

レータの配置図で、図 46は実際に使用する実験装置である。vetoカウンターの役割を果たすプラスチック・シンチレータを 1 枚から 3 枚に増やしてブロック型プラスチック・シンチレータをコの字型に覆う。従来の実験装置では、ブロック型プラスチック・シンチレータの側面を抜けた宇宙線ミューオンの信号も START信号になっていた。この側面に板状プラスチック・シンチレータを vetoカウンターとして設置することにより、完全に立体角を覆えてはいないが、今まで識別できなかった側面を抜けて行く宇宙線ミューオンの信号も測定して、vetoを取れるようになる。これより、ブロック型プラスチック・シンチレータの内部に止まった宇宙線ミューオンの信号をより正確に測定することが出来る。従来のミューオン寿命測定で測定されるミューオン崩壊の計数率 Rµ (Hz) は 10−3 の

オーダーであり、TACの START信号は 0.8 Hz 程度である。従って、この START信号の計数率のほとんどは、veto カウンターの無い側面を抜けて行った宇宙線ミューオンの信号であると考えられる。この装置では、4つの側面の内、2つの側面を抜ける宇宙線ミューオンを識別できるようになったので、TACに入力する START信号の計数率はおよそ半分、つまり 0.4 Hz 程度になると考えられる。これより、時間スペクトルのバックグラウンドも 1/2 程度になると考えられる。

表 15 図 44の回路のそれぞれの信号におけるパルス幅。

信号 パルス幅 (ns)

#1 10.0

#2 6.0

#3, 4, 5 70.0

#1 ∩#2 ∩ (#3∪#4∪#5) 10.0

54

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図 44 図 34 の回路について、veto を取る板状プラスチック・シンチレータの数を3 つに増やした回路。3 つのプラスチック・シンチレータからの信号を OR 出力して、coincidence moduleに入力する veto信号としている。TACの Start信号として#1

∩#2

∩(#3

∪#4

∪#5)を入力し、Stop信号として #2を入力している。

図 45 図 44に用いるプラスチック・シンチレータの配置図。PMTの感光面に対して平行に切った断面を表している。

55

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図 46 vetoカウンターを 3つに増やしたミューオン寿命測定の実験装置。

6.3.2 実験結果実験の結果、得られたミューオン崩壊の時間スペクトルは図 47 のようになった。

フィットの範囲は 1.0 µs ∼ 20 µs である。フィットにより得られたミューオンの寿命はτµ = 2.04±0.18µs、1ビンのバックグラウンドは n0 = (2.65±0.40) /(0.48µs)となった。得られたバックグラウンドを計数率 RBG に変換すると、RBG = (1.7 ± 0.3) × 10−3Hz

である。この実験における START信号と STOP 信号の計数率 RSTART、RSTOP と予測されるバックグラウンドの計数率 Racc は表 16のようになった。RSTART の値を見ると、確かに 0.4 Hz 程度となっている。得られたミューオンの寿命 τµ は、文献値 τµ = 2.20µs[3] と誤差の範囲で一致してお

り、得られたバックグラウンドの計数率 RBG は、予測されるバックグラウンドの計数率Racc と誤差の範囲で一致している。従って、ミューオン崩壊による時間スペクトルが得られたと言える。フィット範囲 1.0 ∼ 20µsにおけるミューオンの崩壊数 (総イベント数−総バックグラ

ウンド数)を調べると、(280 ± 16)個であった。すなわち、ミューオン崩壊の計数率 Rµ

は、(4.3± 0.2)× 10−3 Hzである。RBG と比較すると、Rµ : RBG ∼ 5 : 2であるから、確かにバックグラウンドの計数率も、従来の装置による測定のバックグラウンドに比べて1/2 程度になっている。

56

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表 16 3つの vetoカウンターを用いた片側読み出し回路によるミューオン寿命測定のSTART信号と STOP 信号の計数率 RSTART、RSTOP と予測されるバックグラウンドの計数率 Racc。

計数率 (Hz)

RSTART 0.41± 0.06

RSTOP 253.1± 1.6

Racc (2.0± 0.4)× 10−3

s)µTime (

0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20

Co

un

ts p

er c

han

nel

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

図 47 vetoカウンターを 3つに増やした片側読み出し回路による、崩壊時間が 20 µs

以内のミューオン崩壊イベントを測定した場合の時間スペクトル。フィッティング範囲は 1.0 ∼ 20µsで、寿命 τµ = 2.04±0.18µs、バックグラウンド nBG = 5.5±0.8 /µs。

57

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6.4 両側読み出し回路によるミューオンの寿命測定

6.4.1 実験回路と装置図 48 のような回路を持つ実験装置を組む。この回路で用いる両側読み出し可能なブ

ロック型プラスチック・シンチレータの寸法は図 49のようになっており、それぞれのプラスチック・シンチレータの配置は図 50 のようになっている。図 51 は実際に使用する実験装置である。それぞれの信号のパルス幅は表 17 の通りである。TAC の START 信号として #1

∩#2∩#̄3を入力し、STOP信号として #2を入力している。前者の信号

は #2のプラスチックシンチレータ内で静止したミューオンの信号に等しく、後者の信号は静止したミューオンが崩壊する事により生成された電子ないし陽電子の信号に等しい。従来の実験装置では、STOP信号として#2のブロック型プラスチック・シンチレータからの信号をそのまま使っているので、実験に用いる光電子増倍管の個別の特性によって変化してしまっていた。そこで、このブロック型プラスチック・シンチレータの信号を両側読み出しできるようにして同時計測し、その信号を STOP信号とする。この同時計測される信号は、ブロック型プラスチック・シンチレータで観測された宇宙線ミューオンによる信号であると考えられる。ブロック型プラスチック・シンチレータで測定される宇宙線ミューオンの計数率は一定であるはずなので、この同時計測による信号を TACの STOP

信号に用いれば、どの実験装置でも光電子増倍管によらない一定した計数率の STOP信号を使用することが出来る。ブロック型プラスチック・シンチレータを通過する宇宙線ミューオンの計数率は数 Hz程度である。従って、TACに入力する STOP信号の計数率は従来の数百 Hzよりも減少し、かつ安定すると予想されるので、時間スペクトルのバックグラウンドも減少すると考えられる。

表 17 図 48の回路のそれぞれの信号におけるパルス幅。ブロック型プラスチック・シンチレータに設置されている 2本の光電子増倍管をそれぞれ B 1,B 2と呼ぶ。

信号 パルス幅 (ns)

#1 10.0

B 1 10.0

B 2 6.0

#2 10.0

#3 70.0

#1 ∩#2 ∩ #̄3 14.0

58

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図 48 ブロック型シンチレータからの信号を両側読み出しで同時計測し、それを #2

の信号とするミューオンの寿命測定回路。TAC の Start 信号として #1∩

#2∩

#̄3

を入力し、Stop信号として #2を入力している。

図 49 両側読み出し回路で用いるブロック型プラスチック・シンチレータとライトガイドの寸法。両側にライトガイドを 2 個接着する事により、信号を両側から読み出す事ができる。

図 50 両側読み出し回路のプラスチック・シンチレータの配置図。実験台と平行になるように配置する。

59

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図 51 両側読み出し回路によるミューオン寿命測定の実験装置。

6.4.2 実験結果TACの設定を 20µs にして約 18時間 (65000秒)ミューオンの寿命測定を行った結果、

図 52 のような時間スペクトルが得られた。フィットの範囲は 1.0 µs ∼ 20 µs である。フィットにより得られたミューオンの寿命は τµ = 1.60± 0.15µs、1ビンのバックグラウンドは n0 = (1.10± 0.28) /(0.48µs)となった。得られたバックグラウンドを計数率 RBG

に変換すると、RBG = (7.0± 1.8)× 10−4 Hzである。この実験における START信号とSTOP 信号の計数率 RSTART , RSTOP と、予想されるバックグラウンドの計数率 Racc

は表 18のようになった。

表 18 両側読み出し回路によるミューオン寿命測定の START 信号と STOP 信号の計数率 RSTART、RSTOP と予測されるバックグラウンドの計数率 Racc。

信号 計数率 (Hz)

RSTART 0.98± 0.10

RSTOP 32.35± 0.57

Racc (6.8± 0.7)× 10−4

得られたミューオンの寿命 τµ は、文献値 τµ = 2.20µs[3] よりも小さな値となっているが、得られたバックグラウンドの計数率 RBG は、予測されるバックグラウンドの計数

60

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s)µTime (

0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20

Co

un

ts p

er c

han

nel

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

図 52 両側読み出し回路による、崩壊時間が 20 µs 以内であるミューオン崩壊イベントを約 18 時間測定した時間スペクトル。フィットの範囲は 1.0 ∼ 20µs で、寿命τµ = 1.60± 0.15µs、バックグラウンド nBG = 2.28± 0.58 /µs。

率 Racc と誤差の範囲で一致している。フィットにより正しいミューオンの寿命が得られないのは、統計量が少なくなっているためだと考えられる。1.0 ∼ 20µs の範囲におけるミューオンの崩壊数を調べると、(181± 22)個であった。すなわち、ミューオン崩壊の計数率 Rµ は (2.8±0.2)×10−3 Hzである。片側読み出しのブロック型プラスチック・シンチレータを用いたミューオン寿命測定におけるミューオン崩壊の計数率 (4.3±0.2)×10−3

Hzと比較すると、両側読み出し回路の装置で測定されたミューオン崩壊の計数率は 2/3

程度になっている。バックグラウンドの計数とミューオン崩壊数がいずれも減少しているため、各測定点におけるイベント数が少なくなって誤差が大きくなり、正しくフィットが出来ていないのだと考えられる。約 18時間の測定では、統計量が少なくなってしまうことにより、正しいフィット結果

が得られなかった。そこで、統計量の多いデータを取るために、約 84時間 (30万秒)の間ミューオンの寿命測定を行った。時間スペクトルは図 53 のようになった。実験の結果、得られた寿命スペクトルは図 53 のようになった。フィットの範囲は 1.0 µs ∼ 20 µs である。フィットにより得られたミューオンの寿命は τµ = 2.09 ± 0.11µs、1 ビンのバックグラウンドは n0 = (3.54 ± 0.49) /(0.48 · µs)となった。得られたバックグラウンドを計数率 RBG に変換すると、RBG = (4.9 ± 0.7) × 10−4Hzとなった。この実験におけるSTART 信号と STOP 信号の計数率 RSTART、RSTOP と予測されるバックグラウンドの計数率 Racc は表 19のようになった。得られたミューオンの寿命 τµ は、文献値 τµ = 2.20µs[3] と誤差の範囲で一致してお

り、得られたバックグラウンドの計数率 RBG は、予測されるバックグラウンドの計数率

61

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s)µTime (

0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20

Co

un

ts p

er c

han

nel

0

50

100

150

200

250

300

図 53 両側読み出し回路による、崩壊時間が 20 µs以内であるミューオン崩壊イベントを、約 84 時間測定した時間スペクトル。フィットの範囲は 1.0 ∼ 20µs で、寿命τµ = 2.09± 0.11µs、バックグラウンド nBG = 7.34± 1.02 /µs。

表 19 両側読み出し回路によるミューオン寿命測定の START 信号と STOP 信号の計数率 RSTART、RSTOP と予測されるバックグラウンドの計数率 Racc。

信号 計数率 (Hz)

RSTART 0.88± 0.05

RSTOP 32.27± 0.23

Racc (5.4± 0.6)× 10−4

Racc と誤差の範囲で一致している。これより、長時間測定をして十分な統計量があれば、ミューオン崩壊の時間スペクトルが得られることが分かった。フィットの範囲 1.0 ∼ 20µsにおけるミューオンの崩壊数を調べると、(732± 19)個で

あった。すなわち、ミューオン崩壊の計数率 Rµ は、(2.44 ± 0.06) × 10−3 Hz である。RBG と比較すると、Rµ : RBG ∼ 5 : 1である。

62

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第 7章 結論7.1 ミューオン寿命測定の結果の比較

ブロック型プラスチック・シンチレータからの信号を片側読み出しにした測定装置 (装置 1)、vetoカウンターを 3つに増やした片側読み出しによる測定装置 (装置 2)、ブロック型プラスチック・シンチレータからの信号を両側読み出しにした測定装置 (装置 3)のそれぞれについて、図 54のようなミューオン崩壊の時間スペクトルが得られた。フィットにより得られたミューオンの寿命 τµ、バックグラウンドの計数率 RBG、ミューオン崩壊の計数率 Rµ、Rµ と RBG の比は表 20のようになった。

s)µTime (

0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20

Co

un

ts p

er c

han

nel

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

( A )

s)µTime (

0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20

Co

un

ts p

er c

han

nel

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

( B )

s)µTime (

0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20

Co

un

ts p

er c

han

nel

0

50

100

150

200

250

300

( C )

図 54 それぞれの測定装置で得られたミューオン崩壊の時間スペクトル。(A) 装置 1

で 18 時間測定した時間スペクトル。(B) 装置 2 で 18 時間測定した時間スペクトル。(C)装置 3 で 84時間測定した時間スペクトル。

表 20 装置 1, 2, 3で測定したミューオン崩壊の時間スペクトルから得られたミューオンの寿命 τµ、バックグラウンドの計数率 RBG、ミューオン崩壊の計数率 Rµ、Rµ とRBG の比。いずれもフィットの範囲は 1.0 ∼ 20µs。

装置 計測時間 (s) τµ (µs) RBG (×10−3 Hz) Rµ (×10−3 Hz) Rµ : RBG

1 65000 2.13± 0.21 3.9± 0.4 4.5± 0.4 5 : 4

2 65000 2.04± 0.18 1.7± 0.3 4.3± 0.2 5 : 2

3 300000 2.09± 0.11 0.49± 0.07 2.44± 0.06 5 : 1

いずれの装置による測定でも、ミューオンの寿命 τµ は誤差の範囲で求まった。装置 2の結果を装置 1の結果と比較すると、vetoカウンターを 3つに増やすことによ

63

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り、測定できるミューオン崩壊の計数率は変わらずに、バックグラウンドの計数率を従来の装置による測定結果の 1/2の値に減らすことができた。更に、τµ の誤差も小さくすることが出来た。装置 3の結果を装置 1の結果と比較すると、ブロック型プラスチック・シンチレータか

らの信号を両側読み出しにすることにより、バックグラウンドの計数率を従来の装置による測定結果の 1/8の値に減らすことができた。しかし、原因はまだ不明であるが、測定できるミューオン崩壊の計数率がおよそ 1/2程度に減少している。これにより、装置 3では短時間測定で精度良く τµ を求めることは出来ないので、十分な統計量を持つ時間スペクトルを得るために長時間測定をする必要がある。以上のことを踏まえると、長時間の測定が可能な場合は、バックグラウンドの計数率の

減少率が最も大きな装置 3を用いて実験を行う方がよく、短時間の測定でミューオンの寿命を求めたい場合は、装置 2を用いて実験を行う方がよいと言える。

7.2 実験値から求めたパラメータ

装置 1, 2, 3 による測定で得られたミューオンの寿命から、フェルミ定数 GF /(~c)3, 弱荷 g, Weinberg角 θW を計算した。得られた値は表 21の通りである。

表 21 装置 1, 2, 3 で測定したミューオンの寿命 τµ から計算したフェルミ定数GF /(~c)3, 弱荷 g, Weinberg角 sin θW の値。

装置 τµ (µs) GF /(~c)3 (×10−5/GeV2) g (×10−19 C) sin θW

1 2.13± 0.21 1.18± 0.10 3.48± 0.15 0.46± 0.02

2 2.04± 0.18 1.21± 0.09 3.52± 0.13 0.46± 0.02

3 2.09± 0.11 1.19± 0.05 3.49± 0.08 0.46± 0.01

τµの文献値 2.19703±0.00004 µs[3]を用いてそれぞれの値を計算すると、GF /(~c)3 =

(1.16375±0.00002)×10−5/GeV2, g = (3.4505±0.0006)×10−19 C, sin θW = 0.464285±0.00009となる。表 21のいずれの値も、文献値から計算した値と誤差の範囲で一致していることが分かる。

64

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第 8章 まとめ8.1 本論文のまとめ

本研究では、弱い相互作用の代表的な現象の 1 つであるミューオンの崩壊の観測し、ミューオンの寿命を測定した。測定における同時計測と偶発的同時計測について考察し、同時計測に適する入力パルス幅の決定を行った。更に、偶発的同時計測の計数率を求める式が様々な条件下でも成り立つことを確認した。実験装置として、東京工業大学大学院の「物理基本実験」で用いられている装置を基にして、従来の装置 (装置 1)、vetoカウンターを 3つに増やした装置 (装置 2)、ブロック型プラスチック・シンチレータの信号を両側読み出しで計測できるようにした装置 (装置 3) の 3 台について、寿命測定を行った。得られた寿命 τµ を用いて、フェルミ定数 GF、弱荷 g、Weinberg角 θW を求めた。

• 装置 1

– 約 18時間測定した結果、ミューオンの寿命 τµ は (2.13 ± 0.21)µs、バックグラウンドの計数率 RBG は (3.9± 0.4)× 10−3 Hz が得られた。

– ミューオン崩壊の計数率とバックグラウンドの計数率の比は、1 ∼ 20µsにおいて 5 : 4であった。測定されたミューオン崩壊の計数率Rµは (4.5±0.4)×10−3

Hzであった。– 得られた寿命の値から計算したフェルミ定数、弱荷、sin θW の値は、それぞれ

(1.18±0.10)×10−5/GeV2, (3.48±0.15)×10−19 C, (0.46±0.02)となった。

• 装置 2

– TACに入力する START信号の改良のために、新たに 2枚の板状プラスチック・シンチレータをブロック型プラスチック・シンチレータの側面の 2面に取り付けて、vetoカウンターを 3枚に増やした。

– 約 18時間測定した結果、ミューオンの寿命 τµ は (2.04 ± 0.21)µs、バックグラウンドの計数率 RBG は (1.7± 0.3)× 10−3 Hz が得られた。装置 1の結果と比較すると、τµ の誤差は小さくなり、バックグラウンドを 1/2に減らすことが出来た。

– ミューオン崩壊の計数率とバックグラウンドの計数率の比は、1 ∼ 20µsにおいて 5 : 2であった。測定されたミューオン崩壊の計数率Rµは (4.3±0.2)×10−3

Hzであった。– 得られた寿命の値から計算したフェルミ定数、弱荷、sin θW の値は、それぞれ

65

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(1.21±0.09)×10−5/GeV2, (3.52±0.13)×10−19 C, (0.46±0.02)となった。

• 装置 3

– TACに入力する STOP信号の改良のために、ブロック型プラスチック・シンチレータの信号を両側読み出し出来るようにして、同時計測した信号を用いるようにした。

– 約 84時間測定した結果、ミューオンの寿命 τµ は (2.09 ± 0.11)µs、バックグラウンドの計数率 RBG は (4.9± 0.7)× 10−4 Hz が得られた。装置 1の結果と比較すると、バックグラウンドを 1/8に減らすことが出来た。

– ミューオン崩壊の計数率とバックグラウンドの計数率の比は、1 ∼ 20µsにおいて 5 : 1であった。測定されたミューオン崩壊の計数率 Rµ は (2.44± 0.06)×10−3 Hzであった。装置 1で測定された Rµ と比較すると、1/2程度に減少している。精度の良いミューオンの寿命を得るためには、長時間測定をして十分な統計量を持つ時間スペクトルを測定する必要がある。Rµ が減少してしまう原因は不明であり、今後解明する必要がある問題である。

– 得られた寿命の値から計算したフェルミ定数、弱荷、sin θW の値は、それぞれ(1.19±0.05)×10−5/GeV2, (3.49±0.08)×10−19 C, (0.46±0.01)となった。

8.2 今後の展望

更なるミューオン寿命測定の改良に向けた展望として、以下のことが挙げられる。

• START 信号をより改良するために、veto カウンターを更に増やしてブロック型プラスチック・シンチレータを通過する宇宙線ミューオンを全て識別するということが考えられる。現在は、ブロック型プラスチック・シンチレータの側面の内、2

面を vetoカウンターで覆っている。これ以外の 2面も vetoカウンターで覆って、通過したミューオンを識別することが出来れば、ブロック型プラスチック・シンチレータ内部で静止したミューオンの信号のみを START 信号にすることが出来るからである。測定されるミューオン崩壊の計数率 Rµ は 10−3 のオーダーなので、STOP信号が 102 のオーダーであれば、バックグラウンドの計数率は 10−6 のオーダーになるはずである。これより、(RBG/Rµ) ∼ 10−3 となるので、バックグラウンドがほとんどないミューオン崩壊の時間スペクトルが得られると考えられる。

• ブロック型プラスチック・シンチレータの両側読み出しをした場合に、静止したミューオンの崩壊の計数率が片側読み出しの場合に比べて減少した理由の解明をする必要がある。この装置を用いて短時間の測定を行う場合は、この問題の解決が必

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須である。• ミューオンが静止するプラスチック・シンチレータの体積を現在より増やすことにより、測定におけるミューオン崩壊の有感体積を増やすということが考えられる。装置は全部で 6台あるので、それらを並列すれば可能である。

• ミューオン寿命測定に最適な信号のスレッショルドを決定することは、バックグラウンドを減らす上で重要である。本研究では、装置の改良による影響を見るために、Discriminator のスレッショルドを従来通りの −50 mV に統一した。静止したミューオンの崩壊によって生じる電子のエネルギー分布と、プラスチック・シンチレータ中での電子のエネルギー損失を考慮したシミュレーションを行うことにより、STOP信号の検出に必要なスレッショルドが分かれば、バックグラウンドの少ない寿命測定が出来ると考えられる。

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謝辞本研究を進めるにあたり、多くの方々に大変お世話になりました。指導教員の柴田利明教授には、研究の計画段階から論文の執筆に至るまで様々な助言を

いただきました。柴田研究室の中野健一助教には、研究の進行状況に応じて多くの助言をいただきました。柴田研究室の大学院生の小野竜太氏には、実験装置の扱い方や回路の組み方などの基本

的な知識を教えていただくとともに、実験台の製作や装置の設置に際して数え切れないほど多くの助言をいただきました。同研究室大学院生の永井慧氏、小畑滋希氏には、実験方法や解析方法について数多くの助言をいただきました。昨年度の柴田研究室卒業研究生である生越駿氏には、Rootを使用した解析の方法を教えていただきました。この研究を行うことができたのは以上の方々のお陰です。心より感謝します。

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参考文献[1] 三瓶 恭佑「ミューオンの寿命の測定」柴田研究室 2009年度卒業論文[2] B.ポッフ他著、柴田利明訳「素粒子・原子核物理入門」、2012、丸善出版[3] J. Beringer et al. (Particle Data Group), PR D86, 010001 (2012)

[4] Kanetada Nagamine, Introductory Muon Science, 2011, Cambridge University

Press

[5] 東京工業大学理学部物理学科「物理学実験第一テキスト」[6] 東京工業大学理学部物理学科「物理学実験第二テキスト」[7] 東京工業大学 大学院基礎物理学専攻物理基本実験 I テキスト 「ミューオンの寿命測定」

[8] 岩井 將親「演示実験用のミューオン寿命測定」 柴田研究室 2010年度卒業論文[9] NIST (National Institute of Standards and Technology) の the ESTAR program

のデータ, http://physics.nist.gov/PhysRefData/Star/Text/ESTAR.html

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