二山型スペクトル波の代表周期と代表波高の算定法...

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H23 年度 環境都市工学部 都市システム工学科,工学部 都市環境工学科/システムマネジメント工学科 特別研究概要 二山型スペクトル波の代表周期と代表波高の算定法に関する研究 海岸工学研究室 16-117 森川 湧太 1. はじめに 港湾施設の設計波には,観測資料や波浪推算結果から極 値統計解析によって算定した 50 年確率波が用いられる.設 計波は風波の代表波を対象としており,うねり性波浪(以 下,うねり)については区別されていなかった.台風や低 気圧が発生すると,風波が減衰した後にもうねりはエネル ギーを失うことなく残り,新たに発生した風波と混在する ことがある.近年,うねりによる影響と考えられる被災事 例が報告されている. うねり性波浪発生時の波浪スペクトルの形状は様々であ り,うねりと風波が混在する時刻においては,それぞれの 周期に相当する周波数付近に,スペクトルのピークを有す る,二山型のスペクトルが発生する.Goda (1970) は数値 シミュレーションによってその性質を検討し,二山型スペ クトル波の代表周期の算定法を提案している.しかし,そ の妥当性はまだ十分検討されていないとして,谷本ら (1986) は,水路実験を中心に,現地観測データや数値シミ ュレーション結果も加味して検討を行い,合田の代表周期 算定法の修正係数を提案している.また van der Meer (1995) も,風波とうねりのピーク周期から,代表周期を求める算 定式を提案している. 多くの防波堤の設計波では,二山型スペクトル波となる 場合も安全である,長い方の周期を用いて,波力を算定さ れることが多い.谷本らの研究では,二山型スペクトル波 に対する混成堤直立部に働く波力の算定方法を検討してお り,有義波周期が既知であるならば,修正係数を用いた合 田の式で二山型スペクトル波の波力を算定できることの妥 当性を十分に検討している. そこで本研究では,二山型スペクトル波の代表周期と代 表波高の算定法の検討を行う.数値シミュレーションで二 山型スペクトル波を再現し,うねりと風波のスペクトルが 既知の場合と,区別できておらず二山型スペクトルの間の 谷の周波数でうねりと風波を分離する場合の代表波の違い を比較する.さらに,ナウファス鹿島港の現地観測データ を用いて,二山型スペクトル波の観測期間を抽出し,これ までに提案されている,二山型スペクトル波の代表波算定 方法の適用性を評価する. 2. 数値シミュレーションによる解析方法の検討 (1) 解析方法 -1 に示すように,うねりと風波のスペクトルが区別さ れている場合 (解析方法①)と,区別できておらず二山型 スペクトル形の谷の周波数でうねりと風波のスペクトル形 を分離し,それぞれの有義波高・ピーク周期を求める場合 (解析方法②)を考える.それぞれの解析方法で,前出の 3 つの算定式による二山型スペクトル波の計算値を求め解 析値との比を求める. 実験の入力波形を作成する場合などは,風波とうねりそ れぞれのスペクトル分布が既知なため,解析方法①を適用 できる.しかし.現地観測データではうねりと風波が区別 できないので,解析方法②を適用した場合のスペクトル分 布の裾が重複する影響について,2 つの解析方法の計算値 と解析値との比の相関関係をみることで検討する. -1 解析方法のイメージ (2) シミュレーション条件 うねりと風波のピーク周期比(5 通り),有義波高比(5 通り)を変えて, 25 通りの二山型スペクトル波をプログラ ミングソフト(Matlab)により作成した.うねりの有義波 高を 6.6 m,ピーク周期を 20.0 s で固定し,波形勾配がうね りの一般的な値 0.01 となるように設定した. 1 2 0.125, 0.2, 0.4, 0.6,1.0 p p T T = (1) 1 2 0.1, 0.2,1.0, 2.0,5.0 s s H H = (2) 作成した二山型スペクトルの一部を-2 に示す. -2 波高比 0.1 の場合のうねりと風波のスペクトル形 3. 解析結果 二山型スペクトル波の有義波周期について, -3 に作成 した二山型スペクトル波の解析値と,合田式, van der Meer 式,谷本式による計算値を 2 つの解析方法で求めた結果を 示す.2 つの解析方法の相関関係を-4 に示す. -3 より,どちらの解析方法においても,波高比 1.0 上でピーク周期比が小さい場合ほど,van der Meer 式によ る二山型スペクトル波の有義波周期の計算値は大きくなっ ており,最大で 70%程度の解析値との誤差がある.合田式 については,基本的に精度が良いが,谷本ら (1986) が検 討した結果の通り,本研究の解析方法でも,ピーク周期比 0.4 未満で波高比が 0.2 の付近で 45%程度の解析値との 誤差がある.谷本式については,合田式の誤差を小さくし, 合田式の修正式として機能していることが確認できる.ま

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Page 1: 二山型スペクトル波の代表周期と代表波高の算定法 …coastal.main.jp/wp-content/uploads/2020/02/16morikawa...van der Meer 式,谷本式による計算値を2つの解析方法で求めた結果を

H23 年度 環境都市工学部 都市システム工学科,工学部 都市環境工学科/システムマネジメント工学科 特別研究概要

二山型スペクトル波の代表周期と代表波高の算定法に関する研究

海岸工学研究室 都 16-117 森川 湧太

1. はじめに

港湾施設の設計波には,観測資料や波浪推算結果から極

値統計解析によって算定した50年確率波が用いられる.設

計波は風波の代表波を対象としており,うねり性波浪(以

下,うねり)については区別されていなかった.台風や低

気圧が発生すると,風波が減衰した後にもうねりはエネル

ギーを失うことなく残り,新たに発生した風波と混在する

ことがある.近年,うねりによる影響と考えられる被災事

例が報告されている. うねり性波浪発生時の波浪スペクトルの形状は様々であ

り,うねりと風波が混在する時刻においては,それぞれの

周期に相当する周波数付近に,スペクトルのピークを有す

る,二山型のスペクトルが発生する.Goda (1970) は数値

シミュレーションによってその性質を検討し,二山型スペ

クトル波の代表周期の算定法を提案している.しかし,そ

の妥当性はまだ十分検討されていないとして,谷本ら (1986) は,水路実験を中心に,現地観測データや数値シミ

ュレーション結果も加味して検討を行い,合田の代表周期

算定法の修正係数を提案している.また van der Meer (1995) も,風波とうねりのピーク周期から,代表周期を求める算

定式を提案している. 多くの防波堤の設計波では,二山型スペクトル波となる

場合も安全である,長い方の周期を用いて,波力を算定さ

れることが多い.谷本らの研究では,二山型スペクトル波

に対する混成堤直立部に働く波力の算定方法を検討してお

り,有義波周期が既知であるならば,修正係数を用いた合

田の式で二山型スペクトル波の波力を算定できることの妥

当性を十分に検討している. そこで本研究では,二山型スペクトル波の代表周期と代

表波高の算定法の検討を行う.数値シミュレーションで二

山型スペクトル波を再現し,うねりと風波のスペクトルが

既知の場合と,区別できておらず二山型スペクトルの間の

谷の周波数でうねりと風波を分離する場合の代表波の違い

を比較する.さらに,ナウファス鹿島港の現地観測データ

を用いて,二山型スペクトル波の観測期間を抽出し,これ

までに提案されている,二山型スペクトル波の代表波算定

方法の適用性を評価する. 2. 数値シミュレーションによる解析方法の検討

(1) 解析方法

図-1に示すように,うねりと風波のスペクトルが区別さ

れている場合 (解析方法①)と,区別できておらず二山型

スペクトル形の谷の周波数でうねりと風波のスペクトル形

を分離し,それぞれの有義波高・ピーク周期を求める場合

(解析方法②)を考える.それぞれの解析方法で,前出の

3 つの算定式による二山型スペクトル波の計算値を求め解

析値との比を求める. 実験の入力波形を作成する場合などは,風波とうねりそ

れぞれのスペクトル分布が既知なため,解析方法①を適用

できる.しかし.現地観測データではうねりと風波が区別

できないので,解析方法②を適用した場合のスペクトル分

布の裾が重複する影響について,2 つの解析方法の計算値

と解析値との比の相関関係をみることで検討する.

図-1 解析方法のイメージ

(2) シミュレーション条件

うねりと風波のピーク周期比(5 通り),有義波高比(5通り)を変えて,25通りの二山型スペクトル波をプログラ

ミングソフト(Matlab)により作成した.うねりの有義波

高を 6.6 m,ピーク周期を 20.0 sで固定し,波形勾配がうね

りの一般的な値 0.01となるように設定した.

1 2 0.125,0.2,0.4,0.6,1.0p pT T = (1)

1 2 0.1,0.2,1.0, 2.0,5.0s sH H = (2)

作成した二山型スペクトルの一部を図-2に示す.

図-2 波高比 0.1の場合のうねりと風波のスペクトル形 3. 解析結果

二山型スペクトル波の有義波周期について,図-3に作成

した二山型スペクトル波の解析値と,合田式,van der Meer式,谷本式による計算値を 2つの解析方法で求めた結果を

示す.2つの解析方法の相関関係を図-4に示す. 図-3 より,どちらの解析方法においても,波高比 1.0 以

上でピーク周期比が小さい場合ほど,van der Meer式によ

る二山型スペクトル波の有義波周期の計算値は大きくなっ

ており,最大で 70%程度の解析値との誤差がある.合田式

については,基本的に精度が良いが,谷本ら (1986) が検

討した結果の通り,本研究の解析方法でも,ピーク周期比

が 0.4 未満で波高比が 0.2 の付近で 45%程度の解析値との

誤差がある.谷本式については,合田式の誤差を小さくし,

合田式の修正式として機能していることが確認できる.ま

Page 2: 二山型スペクトル波の代表周期と代表波高の算定法 …coastal.main.jp/wp-content/uploads/2020/02/16morikawa...van der Meer 式,谷本式による計算値を2つの解析方法で求めた結果を

H23 年度 環境都市工学部 都市システム工学科,工学部 都市環境工学科/システムマネジメント工学科 特別研究概要

た,図-3の解析方法①であったプロットが解析方法②で消

えている波高比,ピーク周期比は,スペクトル形状を一山

型と判定したためである. 図-4から,二山型スペクトル波の有義波周期の算定に関

して,2つの解析方法の相関が良く,近似式の傾きも 1で,

分離周波数でうねりと風波のスペクトル形を区分する解析

方法②が,現地観測データに適用可能であることがわかる. 次に,二山型スペクトル波の有義波高についても同様の

検討を行った.図-5に示すように,解析値と計算値との誤

差は小さく,最大でも 20%程度である.しかし,図-6のよ

うに,2 つの解析方法の相関は良いが,多少の違いがみら

れた.分離周波数を用いる解析方法②の方で,計算値が大

きく算定されていることがわかる.近似式の傾きから,有

義波高を 0.9倍過小に見積もってしまうことがわかった.

図-3 代表周期算定式による計算値と解析値の比較

図-4 有義波周期に関する 2つの解析方法の相関関係

図-5 有義波高算定式による計算値と解析値の比較

図-6 有義波高に関する 2つの解析方法の相関関係

現地観測データに適用した結果を図-7に示す.抽出され

た二山型スペクトルは,数値シミュレーション結果の図-3のような分布となった.ただし,図-7 の縦軸の比が 6.0 な

ど異様に大きくなっているプロットは,ナウファスデータ

の欠損値の影響である. また,図-8のように,現地観測データ結果の区間ごとの

平均値および分散を求めた.波高比0~0.5,0.5~1.0,1.0~1.5,1.5~2.0,2 以上の 5 区間とした.合田式,谷本式は実測値

より計算値が小さく,分散はそれ程大きくない.合田式に

比べて,谷本式の精度は良くなっていることがわかる.van der Meer式は実測値より計算値が大きく,分散もやや大き

い結果となった.

図-7 鹿島港の現地観測データの二山型スペクトル波形か

ら求めた有義波周期(2007年 2月)

図-8 現地観測データに適用した場合の各算定式による算

定誤差の平均値および分散 4. おわりに

本研究では,二山型スペクトル波を,分離周波数によっ

て異なる 2種の波群に分割することで,代表周期,代表波

高の算定式に適用できることを,任意の二山型スペクトル

波形を生成,解析することで確認した.代表周期の推定精

度はいいが,代表波高は 0.9 倍ほどに過小評価することが

わかった.現地観測データに適用した結果,合田式を修正

した谷本式による算定精度が高いことを確認した.

参考文献

1) 谷本勝利,木村克俊,Antonio Paulo dos Santos Pinto (1986):二

山型スペクトル波による混成堤に働く波力と設計周期の算定

法,港湾技術研究所報告,Vol.25,No.2,pp3-28. 2) Goda, Y.: Numerical experiments on wave statistics with spectral

simulation, Rept, Port and Harbour Res. Inst., Vol.9, No.3, 3-26, 1970.

3) van der Meer, J. W. and J.P.F.M.Janssen: Wave run-up and wave overtopping at dikes, Wave forces on inclined and vertical wall structures, N. Kobayashi and Z. Demirbilek, eds., ASCE, 1-27, 1995.

4) 平山克也,加島寛章,伍井稔,成毛辰徳:うねりによる高波

の発生確率とその地域特性に関する考察,土木学会論文集B2(海岸工学),Vol.71,No.2,pp.I_85-I_90,2015.