南仏作曲家作品の傾向と考察 -...

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プール学院大学研究紀要 第 52 号 2012 年,9 〜 24 南仏作曲家作品の傾向と考察 ―Darius Milhaud と Déodat de Séverac の比較― 作 野 理 恵 Darius Milhaud(1892-1974)と Déodat de Séverac(1872-1921)は、それぞれ Aix-en-Provence、 Saint-Félix-Lauragais という南フランス地方に生を得、共に自身について「Provence 出身のユダヤ 教徒フランス人。地中海的抒情主義者。」、「非常に南仏的な南仏人。音楽に、南仏独特の色彩を付け たい。」と主張し、生涯、その出自を誇りとし続けた作曲家である。 フランス印象主義音楽の完成者であり、その歌詞やテーマ選択に象徴主義の影響も濃厚とされる Claude Debussy(1862-1918)を同、前世代に持つ両名は当然、彼の音楽的影響を充分に受けてい る。Séverac の場合はその音楽に全音音階、平行和音を多用する等、自他共に印象主義を標榜し、 Milhaud についても、繊細な感受性と均衡良い構想を持つ彼の作品を好んで練習していたと友人が 証言している。 しかし両名共に Debussy 音楽の継承者としてではなく、それぞれに独自の道を歩むことになる。 Milhaud に至っては、意図的に Debussy 音楽の絶対的影響を忌避し、Debussy 主義と真っ向から立 ち向かう道を突進している。 生涯の大半を過ごした南仏の「風土や文化に徹底的に執着」 1) し、「南仏の大自然の香りと光と色 彩を作品の中に色濃く滲ませ」 2) た、「地域主義」と評される Séverac の音楽作品と、前世代作曲家 Georges Bizet(1838-75)音楽を「明るく純粋なラテンのエスプリが、地中海の息吹とコート・ダジュー ルの完璧なフォルムと共に立ち上がる」 3) と絶賛し、南仏の陽気さをその音楽の本質に据え続けた Milhaud の音楽作品との間に、同じ南仏を愛する故郷に持つ故の音楽的共通点は見られないだろう か。両者間に実際には、出生年の隔たり以上の主義主張、並びに作曲手法の大きな違いが見られ、 現存の文献等にも共通点、及び「Milhaud の作品中の Séverac 音楽からの影響」は全く取り沙汰さ れていない。 しかし重要な音楽素材として、これ程までに南仏情緒をその中心に据えた両名の音楽間に、音楽 語法の共有、或は同種類の色彩は見られないだろうか。 両名の音楽作品分析を通して、この点について究明をしたいと考える。

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Page 1: 南仏作曲家作品の傾向と考察 - PooleDebussyと同時代に活躍したSéveracは、ボルドー出身の作曲家Henri Sauguet(1901-89)に 「……Debussy、M.Ravel(1875-1937)、Séveracは……新音楽のトリオだった」と言わしめ、批評家

プール学院大学研究紀要 第 52 号2012 年,9 〜 24

南仏作曲家作品の傾向と考察―Darius Milhaud と Déodat de Séverac の比較―

作 野 理 恵 

 Darius Milhaud(1892-1974)と Déodat de Séverac(1872-1921)は、それぞれ Aix-en-Provence、

Saint-Félix-Lauragais という南フランス地方に生を得、共に自身について「Provence 出身のユダヤ

教徒フランス人。地中海的抒情主義者。」、「非常に南仏的な南仏人。音楽に、南仏独特の色彩を付け

たい。」と主張し、生涯、その出自を誇りとし続けた作曲家である。

 フランス印象主義音楽の完成者であり、その歌詞やテーマ選択に象徴主義の影響も濃厚とされる

Claude Debussy(1862-1918)を同、前世代に持つ両名は当然、彼の音楽的影響を充分に受けてい

る。Séverac の場合はその音楽に全音音階、平行和音を多用する等、自他共に印象主義を標榜し、

Milhaud についても、繊細な感受性と均衡良い構想を持つ彼の作品を好んで練習していたと友人が

証言している。

 しかし両名共に Debussy 音楽の継承者としてではなく、それぞれに独自の道を歩むことになる。

Milhaud に至っては、意図的に Debussy 音楽の絶対的影響を忌避し、Debussy 主義と真っ向から立

ち向かう道を突進している。

 生涯の大半を過ごした南仏の「風土や文化に徹底的に執着」1)し、「南仏の大自然の香りと光と色

彩を作品の中に色濃く滲ませ」2)た、「地域主義」と評される Séverac の音楽作品と、前世代作曲家

Georges Bizet(1838-75)音楽を「明るく純粋なラテンのエスプリが、地中海の息吹とコート・ダジュー

ルの完璧なフォルムと共に立ち上がる」3)と絶賛し、南仏の陽気さをその音楽の本質に据え続けた

Milhaud の音楽作品との間に、同じ南仏を愛する故郷に持つ故の音楽的共通点は見られないだろう

か。両者間に実際には、出生年の隔たり以上の主義主張、並びに作曲手法の大きな違いが見られ、

現存の文献等にも共通点、及び「Milhaud の作品中の Séverac 音楽からの影響」は全く取り沙汰さ

れていない。

 しかし重要な音楽素材として、これ程までに南仏情緒をその中心に据えた両名の音楽間に、音楽

語法の共有、或は同種類の色彩は見られないだろうか。

 両名の音楽作品分析を通して、この点について究明をしたいと考える。

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10 プール学院大学研究紀要第 52 号

Ⅰ Séverac の音楽と作品

1.音楽

 Richard Wagner(1813-83)音楽がヨーロッパ全土を席巻していた 1860-70 年代に、フランス国民

主義とも言える、フランス独自の音楽に立ち帰る動きが起こり、Saint-Saëns(1835-1921)の指導の下、

1871 年に「国民音楽協会」が創立された。そのメンバーには C.Franck(1822-90)、E.Lalo(1823-92)、

G.Fauré(1845-1924)、E.Chausson(1855-99)等が名を連ね、オペラ界でも C.Gounod(1818-93)、

Bizet らが、ドイツ的な堅固且つ精巧な和声構築法に対して、フランス伝統に立脚した簡潔で明快な

表現法と繊細な感性に重きを置く音楽の転換へと舵を取り始めた。その様な流れの中で登場し、フ

ランス近代音楽の礎を形成した作曲家が Debussy である。

 Debussy と同時代に活躍した Séverac は、ボルドー出身の作曲家 Henri Sauguet(1901-89)に

「……Debussy、M.Ravel(1875-1937)、Séverac は……新音楽のトリオだった」と言わしめ、批評家

Michel Chion(1947-)から「当時の音楽家の中で、明確に本質的印象主義と呼べるのは Debussy と

Séverac だけである」と評されているように、その作曲手法は正しく印象主義であった。また彼は

Debussy 同様、象徴派の詩人 P.Verlaine(1844-96)や C.Baudelaire(1821-67)の詩や散文を使用し

た歌曲、合唱曲を作曲している。しかし、V.d’Indy(1851-1931)が 1896 年に開設したスコラ・カン

トルムにおいて、彼はまた古い宗教音楽やフランス民謡を重視する音楽語法を学び、自称「田舎の

音楽家」として、故郷南仏独自の民謡や大自然が根底に流れた音楽作りに終始することになる。パ

リを愛し、都会のサロンで画家 H. Lerolle、M.Denis(1870-1943)、彫刻家 C.Claudel(1864-1943)や、

作曲家 Chausson 等著名な知人らと革新的な芸術交流をはかった Debussy とは、此の地点で大きく

袂を分かったと言える。

 画才も豊かであった Debussy 同様、C.Monet(1840-1926)の友人であった画家である父親の下

に生まれた Séverac も、絵画の才には長けており、10 年間のパリ生活において、Ravel、I.Albéniz

(1860-1909)等の作曲家に加え、O.Redon(1840-1916)、フォーヴィスムの代表的存在と言える

H.Matisse(1869-1956)、そして P.Picasso(1881-1973)と言った急進的な画家たちとの深い交流も持っ

た。殊に晩年、南仏に自宅と別荘を持った Picasso とは、共鳴する部分が多かったと考えられる。

 Séverac は生涯、フランス芸術界の「パリ志向を強烈に批判」(椎名亮輔)し、「自らの地方的源

泉に基づいた真の音楽を書かなければならないと訴え」(同)続け、その大らかな自然の恵みに存分

に浸りながら、作品を通して中央集権主義と静かに闘い続けたのである。

 南仏の自然と香りをふんだんに取り入れ、「民俗音楽、ことに民謡と舞踊に基礎を置いた」(同)

彼の音楽が、南仏民謡に満ちていたかと言うと、実はそうではない。彼は生涯に一度、フランス地

方の民謡蒐集に出掛けたと記録されている 4)が、実際に彼の作品中に民謡メロディが使用されてい

る例は殆どないと言われている。その稀有な例は、オルガン曲、歌曲、室内楽曲の 3 〜 4 曲のみと

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11南仏作曲家作品の傾向と考察

されている。民俗舞踊のリズムが採用されている作品は幾つかあるが、これも B.Bartók(1881-1945)、

Z.Kodály(1882-1967)、V.Williams(1872-1958)が行った科学的研究に依る作曲法とは異なるものだ

と言われている。ハンガリーにおける Bartók や Kodály 同様、民謡や民俗舞踊等の地方の音楽的財

産を重要視し、それを基にした音楽教育の必要性を説いた Séverac だが、彼が居を構えたラングドッ

ク、ルシヨン地方民謡でさえも、その地方名を冠に抱いた彼の作品中に具体的には見られない。ただ、

筆者がその肌と眼で体験してきた通り、その地方特有の、広がる緑の大地と前方に連なる山々、そ

して遠方に見える城跡等の風景、吹きすさぶオータン風やミストラル 5)、その風に依って雲の吹き

払われた青々とした明るい空と焼きつくような強い太陽の日差し、そして終日時刻を知らせ続ける

教会の鐘の音とその鐘声に対する住民の敬虔な神への信仰心等を音楽の精髄として歌い込んだので

ある。彼は「民俗音楽を利用するのではなく、民謡から霊感を得ることで満足し、自分自身の旋律

の中にその本質を探そうと」6)したのである。比較文化博士の椎名亮輔氏は、「懐かしさ、ノスタルジー

がその魅力の重要要素である Séverac 音楽には、民謡的要素が実体的に存在するのではなく、“香り”

として存在する」と指摘している。

2.作品

(1)ピアノ曲

a)大地の歌―7部からなる農事詩 1900 年

 「序曲」は冒頭より、d-moll の「空虚 5 度」からのドリア旋法的旋律短音階が、郷愁を誘う曲調となっ

ている(譜例 1)。T.6 の 3 拍目には、  和音というロマン派を踏襲したロマンチックな響きを使用

している(譜例 2)。逆に T.7 は、作曲者自らが音色をぼかす様に指示し、印象派らしい響きを作り

出している。

 2 曲目「耕作」の T.34 〜は、低音、高音部に彼独自の鐘声を響かせることで、重労働後の農民た

ちの神への祈りと静かな充足感が表されている。最後の Trés lent 〜は、その情感が一層豊かに表現

されている(譜例 3)。

〈譜例1〉 〈譜例2〉

〈譜例3〉

ⅲⅤ

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12 プール学院大学研究紀要第 52 号

 3 曲目「種蒔き」は F-dur の明るく穏やかな曲調であり、その単調な作業に対する印象描写にも拘

わらず、詩情に溢れた温かい曲想に支配されている。

 4 曲目「間奏曲―夜のおとぎ話」は、基調が B-dur ながらも平行調 g-moll の影をちらつかせるこ

とにより、もの寂しい情感を醸し出している。Debussy と共感し合っていた同時代のロシア作曲家

M.Musorgsky(1839-81)や N.Rimsky-Korsakov(1844-1908)を彷彿とさせる曲想である。

 5 曲目「雹」の低音部の激しさは、同世代ながらもロマン派を貫いたロシアの S.Rakhmaninov

(1873-1943)や、4 曲目同様、Musorgsky の和声からの影響が窺われる。

 6 曲目「刈り入れ時」冒頭は、a-moll 下行音階第 6 音を半音上げることで、ロマ民俗的な曲調を醸

し出し、それは T.11 の和声でとりわけ強調されている(譜例 4)。「刈り入れ」という年中で最も喜

ばしい収穫の時ながらも、農村地帯のそこはかとないもの悲しさが伝わる曲想である。しかし、そ

の後に続く C-dur による Ravel 調の曲調と T.58 〜の明るい響きが、南国的な突き抜けた陽気さを添

えている。

 終曲は、いかにも祝祭風の符点や 3 連符のメロディに始まるが、ここではスペイン民俗音楽の様

相も呈しており、それは T.30 〜の低音部の動きにおいて特に際立っている。

b)ラングドック地方にて 1904 年

 1 曲目「祭りの日の畑屋敷をさして」では、T.31 〜の右手 as-moll 中の heses と fes の完全 4 度、

左手短 3 度の響きの重なり、そしてその後の両手に見られる平行和音での動きが、Ravel に酷似した

曲調を作り出している。但し、この点に関してはむしろ、Ravel 作品に Séverac 音楽の影響が色濃

いとされる説が有力である。しかし、この曖昧にぼやかされ気味な印象派的曲調の中で、際立った

低音が使用されることに依り、強い意志と主張が歌い込まれた Séverac 特有の輪郭明瞭な曲想となっ

ている。fes に始まる T.215 は、スペイン民謡風の趣きを醸し出している(譜例 5)。終結部は、ロマ

ン派後期と Debussy 初期印象派との折衷的曲想で締めくくられている。

〈譜例4〉

〈譜例5〉

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 2 曲目「沼で、夕べに」d-moll は、一層牧歌的な様相で始まるが、次第に沼地の印象を描写した掴

みどころのない曲想に覆われ出す。T.97 〜はまた、低、高音に包まれた落ち着いた曲想となり、清

らかに終結する。

 3 曲目「牧場における乗馬」f-moll は、題名通りギャロップの描写であるが、その音楽は一切楽し

げなものではなく、むしろ不安感を煽る、焦燥感に支配された曲調となっている。

 4 曲目「春の墓地のひと隅」b-moll は、一般に彼の父親と妹の鎮魂曲とされており、その重厚な

Bass の動きや、T.47 〜の右手 Oct. の旋律がその色を一層深めているが、T.78 〜の終結部において

は哀しみが昇華された穏やかな静けさで解決している。

 5曲目「農家の市の日」は印象派音楽に留まりながらも、リズム、旋律共に民俗音楽の要素を豊

かに取り入れた作風となっている。殊に T.126 〜の右手旋律(譜例 6)にはアラビア文化の影響を受

けたスペイン民謡の素材が窺える。

c)日向で水浴びする女たち 1908 年

 このピアノ作品には南仏の光と影の印象が色鮮やかに表現されているが、es-moll の T.54 〜や T.114

〜のメロディ・ラインには、ハンガリー民俗音楽的曲調が使用されていて(譜例 7)、その部分がこ

の作品にオリエンタルな情感を上品に加えている。

d)セルダーニャ―5 つの絵画的練習曲 1908-11

 この作品は全体的に、スペイン民俗音楽とフランス印象派の両者の傾向を併せ持つ作風となって

おり、これは彼の血統と共に、ピアノの師であった Albéniz や、同国出身の E.Granados(1867-1916)

の作風と共鳴するものである。

 1 曲目「二輪馬車で」c-moll は冒頭の右手導入部より、スペインのカタロニア、セルダーニュ地

〈譜例6〉

〈譜例7〉

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方の民俗音楽の旋律素材が使用され、その後に続く印象描写部分には、ギターの伴奏型を模倣した

Albéniz 的曲想と同時に、南仏のラテン的素材も取り込んでいる。Lento からは、一層スペイン情緒

豊かな旋律となり、憂いを秘めたもの悲しい曲想となっている。しかし終結部は、彼の組み立てに

は珍しい、民俗舞踊リズムに支配された勢い良い締めくくり方となっている。

 2 曲目 「祭り」 はオリエンタルな響きとリズム、ロマン派の響き、そしてその上にフラメンコ風の

音楽が重なる、印象派音楽の中に民謡的色合いが混在する作風となっている。

 3 曲目「村のヴァイオリン弾きと落穂拾いの女たち」は、Rakhmaninov を想わされるダイナミッ

クな左手に始まるが、全曲を通しての響きやリズムには「サルダーナ 7)」等のスペイン民俗音楽が

ふんだんに織り込まれている。しかし素朴で美しいスペイン風旋律の中にも、フランス印象派の繊

細さが確実に横たわっている音楽である。

 4 曲目「リヴィアのキリスト十字架像の前のラバ引きたち」b-moll は、全曲が重厚で且つ哀切極

まりない曲調に依って支配されている、美しく激しい情感に満ちたスペイン民俗音楽である。信仰、

希望、隣人愛に撤した Séverac の、神への信仰告白の様相を呈している作品である。

 5 曲目「ラバ引きたちの帰還」も、終始哀愁に支配された、悲しげな曲調ではあるが、南国気質に

よる希望や甘美さ、またリズミカルな明るさも垣間見られる終曲である。その両者の余韻の中、ラ

バ引きたちが家路を帰る印象が静かに伝わってくる。

(2)歌曲

a)ある夢(E.Poe 1809-49 詩)

 ロマン派傾向にある Séverac 歌曲の中で限りなく印象派的なこの歌曲は、おぼろげな夢幻の世界

を、フランス象徴派文学観形成に大きく寄与した Poe の歌詞に呼応した響きでよく表現している。

b)空は、屋根の上で……(Verlaine 詩)

 この歌曲は無調性的な曲調に支配されており、象徴派詩人 Verlaine の象徴的歌詞に符合した曲想

となっている。

c)私の可愛い人形は眠ろうとしない(Séverac 詩)1914 年

 完全にロマン主義音楽に属すると思われるこの歌曲は、甘美で柔らかい子守唄風曲想となっている。

d)不実者(M.Maeterlinck1862-1945 詩)

 Maeterlinck の歌詞は、後の彼の象徴主義的特徴の感じられないロマン主義的な内容であるが、音

楽は印象主義と象徴主義の折衷の呈を成している。

Ⅱ Milhaud の音楽と作品

1.音楽

 B.C.5、6 世紀以来、南仏プロヴァンス地方に定住しているユダヤ系種族の出身である Milhaud は、

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15南仏作曲家作品の傾向と考察

自らのユダヤ系南仏気質を常に意識し、その人格や芸術に地中海的精神、ラテン的明るさと健康的

な活気、そして深いユダヤ教信仰が大きな影響を及ぼしていることを自認していた。尚且つ、フラ

ンスの伝統的な古典主義を重んじ、その簡潔さと明瞭さに回帰することを希求し続け、印象派を克

服した新古典主義とも言われる、新しい即物的現代音楽の創造に取り組んだ。C.Claudel の弟で、外

交官詩人であり駐日フランス大使等も歴任した P.Claudel(1868-1955)の秘書としてブラジルに滞在

した後、第一次大戦の戦後派を代表する「フランス 6 人組」」の中心人物として、既製美学を拒否し、

簡素で慎ましい表現を貫いた E.Satie(1866-1925)を精神的師と仰ぎ、詩人 J.Cocteau(1889-1963)

の先導の下、しなやかで自由に「歌える」旋律や対位法への復帰、単純性と純粋性への回帰に努め

る作曲活動をした。

 やはり南仏ニースを中心に活動したユダヤ人画家 M.Chagall(1887-1985)の絵画の中に、ユダヤ

教儀式中の舞踊描写が重要素材として多く描かれているのと同様に、Milhaud の音楽にもその宗教

的背景の影響もあり、音楽の本質表現の手段として、ジャズやサンバ、タンゴ等の舞踊音楽が駆使

されている。

 Milhaud は、原始主義から出発し、新古典主義、十二音技法へと変遷した I.Stravinsky(1882-1971)

の影響下、複調整の中での調性感やソナタ形式の復活を目指し、全音階旋律を異なった調性に処理

する手法や、多調性 8)、所謂多調主義手法を駆使した。この手法は J.S.Bach(1685-1750)や W.A.Mozart

(1756-91)の作品中にも垣間見られ、「6人組」の古典復帰信条に沿っていると言える。またMilhaudは、

Texture のみならずリズム面でも polyrhythm9)を多用している。

 オペラ、カンタータ、バレエ音楽から交響曲、吹奏楽、室内楽、協奏曲、独奏曲、歌曲、映画音

楽に至る凡ゆるジャンルで計約 450 曲の作品を作曲したが、その素材として民謡や舞踊曲、巷のシャ

ンソン等の既存の音楽を多用したことが Milhaud の音楽の特徴の一つと言える。

 ブラジル音楽と共に、彼の音楽形成に関与した他の要因として、7年間の渡米中に吸収したアメ

リカ音楽が挙げられる。彼はジャズや黒人霊歌をその素材として積極的に取り入れ、多調和音によ

る鋭角的な響きのみならず甘美な響きも加える様になった。

 また、P.Cézanne(1839-1906)の膝元として有名な Aix-en-Provence で 10 代後半までを過ごした

Milhaud は、Cézanne が「感覚で捉えた風景を実現すること」を目指して生涯描き続けた、美しい

石灰岩質のサント = ヴィクトワール山を、Cézanne の描き残した絵画と共に愛し眺めていたと、記

録に残っている。ラベンダー畑の風景や香り、教会の鐘の音とマルシェのざわめき等に満ちた Aix

の描写を作品中に取り入れていることからも、彼の人間性や芸術形成に Aix の豊かな自然と南仏特

有の明るい日差しが大きな影響を及ぼしていることは自明のことである。

 またパリ生活においては、「六人組」関係以外でも、Ravel を初め、オーストリアの表現主義作

曲家でありユダヤ人の A.Schönberg(1874-1951)、新ウィーン楽派の中核である A.Webern(1883-

1945)、Schönberg に師事し、十二音技法作品を残した A.Berg(1885-1935)等とも親交を持ち、先の

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16 プール学院大学研究紀要第 52 号

Claudel や叙情詩人 F.Jammes(1868 - 1938)ら文学者とも親交を深め、それらの友好関係がまた、

彼の作曲活動の血肉となっていった。

 彼自身はその作曲活動において、特に Bartók、ロシア国民楽派五人組の一人 A.Borodin(1833-1887)、

M.Falla(1876-1946)、Debussy、Ravel、Fauré、そして Stravinsky の影響を大きく受けたと分析し

ている。

 彼はまた「昔からある楽器を非慣習的な方法で使うこと、民衆の楽器をオーケストラに加えること、

新しい打楽器を増やし、また打楽器に今までより重要な役割を与えること」10)を積極的に試み完成

させた。サクソフォンやハーモニカ等、既存の楽器編成を逸脱した様々な楽器の組み合わせの先駆

的存在であった。

2.作品

(1)バレエ音楽

a)屋根の上の牛(ピアノ連弾曲用にも作曲者が編纂)Op.58 1919 年

 Milhaud 自身が「民謡やタンゴ、サンバ、或はポルトガルのファド等を一緒にして、一つの主題

をロンドの様に出現させながら、これらの様々な要素のリズムに移し変えて再現していく」11)と語っ

ている様に、2 年間の滞在中に体内に吸収したブラジル民謡特有のシンコペーション・リズムが駆使

された、遊び心豊かな、ユーモアに溢れた作風となっている。

 左手低音による明確なリズムと旋律の刻みがこの音楽に力強さを与え、右手の二旋律の複調と細

やかな動きは、愉快な曲想に慎ましやかさを加える働きをしている。

 哀愁を含んだ神秘的、抒情的な部分、エキゾチックな部分、そして活気に満ちた舞踊部分等が織

り交ぜられながら、Milhaud 特有の多調性が常に見られる。この多調性の響きが、単純で軽い音楽

に傾きがちなこの作品のテーマに、奥行と深い色彩を加えている。

b)世界の創造(サクソフォンを含む 18 の独奏楽器曲)Op.81 1923 年

 序曲は、アルト・サクソフォンとピアノを含む打楽器との多調技法によって、混沌としたカオス

の世界を巧みに表現している。

 第 1 部は、トロンボーンの急速なグリッサンドが多用され、サクソフォン、トランペット、クラ

リネットが次々と高音旋律を奏で、ブロック・ド・メタルやタンバリン、シンバルがリズムを刻む、

正しくジャズ調の曲想となっている。

 第 2 部のクラリネット等による複調の旋律線の交差や重なりは、この作品の深淵さを表現するの

に効果的である。弦と管楽器の複調による主題の後に登場するブルースによって、異国情緒と哀愁

が表現されている。

 第 3 部は、全楽器がスペインを起源とするマンボやラグタイム等のジャズ語法を駆使し、Milhaud

特有のエネルギッシュで明快な音楽を作り出している。    

 特徴的な低音リズムに刻まれたジャズ風語法の上を、クラリネットがブルース調に旋律を奏でる

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17南仏作曲家作品の傾向と考察

第 4 部は、中間部で複調による陰鬱な主題が登場するが、最後はトランペット旋律と印象的な伴奏

型によって快活に終結する。

 第 5 部は終始ブルース調語法に支配されるが、曲想は抒情的な穏やかさに満ち、郷愁漂う作風と

なっている。身近な民俗音楽を重要な作曲素材とし、客観的な明快さを目指した Milhaud ではあるが、

「伝統的な要素を大きく逸脱するようなものではない」12)と評される彼の安定した近代性と、彼自ら

主張している「地中海的抒情主義」を看取できる作品である。

(2)管弦楽曲

プロヴァンス組曲 Op.152 1936 年

 故郷 Aix-en-Provence への深い愛情が看取できる、17、8 世紀のプロヴァンス地方の民謡や旋律か

ら主題を採った民族色に染まった作品である。

 第 1 曲では、古典的な枠組みと構造内での通奏低音による多調性が、ピッコロ、フルート、タン

バリンといった高音部と、チューバ、タム・タム、ティンパニーという低音楽器の融合が醸し出す

雰囲気と共に、音楽に民俗的な趣きを一層増し加えている。陰鬱さの陰り一つ見られない、肯定的

な故郷賛歌である。

 第 2 曲は、多調性で進んでいく旋律の連なりが音楽の奥行きを増し、終結部の対位法的手法によっ

て安定感も加わっている。

 第 3 曲は単純明快なリズムと旋律の中、ティンパニーによる低音部旋律と、管、弦楽器による対

旋律の計三複調が民俗情緒を豊かに表現しているが、それに続く弦楽器のみによる甘美な音楽は、

Milhaud の Aix への限りない愛情が感じられる。素朴で美しい自然に溢れたプロヴァンスの香り豊

かな作品である。

 第 4 曲はピッコロの高音旋律とタンバリンのリズム打ちに加え、シンコペーションと変拍子が、

Milhaud の高いオーケストレーション技能により、血肉踊る民俗音楽へと見事に編纂されている。

 哀愁に満ちた第 5 曲は、終始オスティナート伴奏に支えられ、民俗情緒豊かな旋律が複調的に重

なっていく。続く優美な旋律は、抒情主義を標榜としていた Milhaud の真骨頂とも言える美しさで

ある。

 第 6 曲は、ピツィカートの弦と弱音器のトランペットによる旋律の応酬であるが、その近代的な

組み合わせに似合わず、曲の様式はバロック、古典主義であり、安定した構造の中で終結する。

 荘厳な雰囲気に始まる第 7 曲の和声は近代的な多調性の響きながらも、形式は古典主義的であり、

またヴァイオリンによる優美な旋律はロマン派的でもあり、この三者の融合が深みと同時に親しみ

のある、温かな情感の曲に仕上げている。「抒情主義者 Milhaud」の面目躍如たる楽曲である。

 プロヴァンス太鼓のリズム打ちとピッコロ旋律が核となる第 8 曲は、静かな音楽から次第に、弦

楽器、管楽器と打楽器が複調的に加わった、活気ある民俗音楽へとを盛り上がっていく。Coda は、

希望と明るさに支配された Aix 賛歌が最後まで貫かれ、終曲らしい華やかさで終結している。終音

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18 プール学院大学研究紀要第 52 号

の長さが、Milhaud の郷愁の深さを表していると思われる。

(3)ピアノ曲

a)ブラジルの郷愁(ピアノのための舞踏組曲)Op.67 1920 ~ 21 年

 第 1 曲「ソロカーバ」は、全曲を通して左手 のハバネラ・リズムが静かに刻まれ(譜例 8)、

右手はシンコペーション・リズムで旋律を奏でる、そこはかとない哀愁漂う、ブラジル民俗音楽調

の曲想となっている。その左手は B-dur、右手は D-dur → g-moll → F-dur と移り変わり、Milhaud

特有の複調が見られるが、その響きは柔らかく、異国情緒を一層深める効果を果たしている。T.21

〜の長 2 度和音のぶつかり(譜例 9)もシンコペーション・リズムと相俟って、ブラジル郷愁感を強

める役割を果たしている。

 第 2 曲「ホタフォーゴ」もやはり、P での静かな f-moll 伴奏上に、fis-moll の右手旋律が奏でられ

る(譜例 10)複調音楽だが、その増 1 度の調性幅に、Milhaud のブラジルへの情感と抒情的な音楽

の膨らみを看取できる。

 第 3 曲「レーメ」にも複調関係は垣間見られるものの、E-dur を主調としつつ T.33 〜属調 H-dur

に転調し、一時下属調 A-dur へ移り、再度 E-dur に戻るという堅固な調性感がこの曲の特徴となっ

ている。また曲中には、過度ではないロマン派的情緒も散見できる。

 第 4 曲「コパカーナ」は「ソロカーパ」と似た形態、曲想を採っているが、長 2 度和音の連打、

平行和音の多用により、近代的な響きがより増した、ドラマチックな音楽となっている。

 第 5 曲「イパネマ」は、前 4 曲と比較して激しく力強い曲調であり、H.Villa-Lobos(1887-1959)

的ブラジル民俗音楽の香りがするが、Milhaud 風にデフォルメされた色合いが濃く、中間部のメロ

ディ・ラインは Milhaud の信条に沿った明瞭なものであるものの、初期印象派の様相を成している。

 第 6 曲「ガベーア」も威勢良いブラジル風リズムと多調音楽に支配された、Milhaud 特有の近代

和声的音楽となっている。

 第 7 曲「コルコバード」も終始複調に支配された音楽であるが、不協和音のぶつかりが少なく穏

やかな曲想である上に、再現部主題は両手が同調 G-dur で奏されることから、落ち着きを感じる曲

風となっている。

〈譜例8〉 〈譜例9〉

〈譜例 10〉

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19南仏作曲家作品の傾向と考察

 第 8 曲「ティジューカ」は複調による和音と転調が、ブラジル色を一層濃くしている。中間部左

手の Oct. 和音進行は、ラテン気質の激しさを感じさせる。

 第 9 曲「スマレー」は、両手共の 4 度の和音の響きが独特の空虚感を与え、複調音楽の響きと共に、

全体をエキゾチックな音楽に染め上げている。

 第 10 曲「パイネーラス」は、複調音楽によって神秘的な異国的情感を醸し出している。

 第 11 曲「ラランジェイラス」は、軽快なリズムの中での両手共の 5 度の和音の積み重ねが、独特

の異国情緒を表している。

 第 12 曲「パイサンドゥー」は、単調なブラジル調リズム上に、複調による半音階旋律を乗せる(譜

例 11)ことで、複雑で幽玄的な音楽に仕上げている。

b)スカラムーシュ(2 台のピアノのため)Op.165b 1937 年

 第 1 楽章は全音階進行の Seconda と、リズミカルに全音域を余すことなく駆け巡る様な Primo が、

シンコペーションを軸にリズムを軽妙に変え、複調を覗かせながら転調していく。コミカルながら

も民俗舞踊の香りのする、適度なラテン的明るさを打ち出した音楽となっている。

 第 2 楽章は一転、F.Schubert(1797-1828)のソナタ第 2 楽章を想起させる、古典、ロマン主義的

な和声と構成で成っている。第二主題はフランスのエスプリが感じられる、初期印象派の流れを汲

む洒脱な抒情的音楽となっている。第一、二主題が重なり合う再現部では、第二主題のオブリガー

ト的使用が、この音楽に甘美さを増し加えている。

 第 3 楽章は、サンバのリズムが活き活きと奏される中、Milhaud らしい単純明快で歌える旋律と

ブラジル風リズムが、軽快に音域を変遷していく。この変遷が音楽を単調にせず、エネルギッシュ

な肯定感を形成している。

(4)協奏曲

エクスの謝肉祭(ピアノ協奏曲)Op.83b 1926 年

 コンセルタント 13)風管弦楽付きピアノ幻想曲として自作のバレエ音楽より Milhaud 自身が編纂し

たこの作品は、彼自身の「常に故郷のプロヴァンスを歌いあげるという性癖を持つ私」という言葉

通り、Aix-en-Provence の謝肉祭風景を思い描きながら編曲をしている。

 第 1 曲は行進曲風でありながらも、リズム打ちのアクセント位置により、舞踊音楽的な色合いを

出している。第 2 曲は複調、全音階進行が垣間見られるが、アクセントの置き方、打楽器の使用法

等により、やはり民俗音楽的な作風となっている。第 3 曲は冒頭より複調音楽で始まるが、各声部

〈譜例 11〉

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20 プール学院大学研究紀要第 52 号

の旋律は非常に古典、ロマン派的であり、ぞれ以前のバロック的対位法も散見できる。第 4 曲は、

流れる様なオーボエ旋律に対して、オブリガート的ピアノ旋律とティンパニー音が、複調的に伴奏

をする。第 6 曲は、トランペット、ピアノ、高音弦楽器による、ラテン的明るさに満ちた音楽となっ

ている。第 9 曲「ポルカ」は、題名通りボヘミア起源の舞踊曲のリズムと旋律による、軽快ながら

も優雅な音楽となっている。第 10 曲も民俗舞踊曲風のリズムと旋律に終始しているが、長 2 度和音

のぶつかりが聞かれ、幅のある音楽となっている。第 11 曲「リオの想い出(タンゴ)」は、リズム

打ちのティンパニーが複調の一端を担う冒頭に始まり、ゆったりとしたタンゴのリズムに揺られた、

哀愁と優美さの融合した音楽となっている。第 12 曲「フィナーレ」は多調性に彩られた、舞曲風の

華やかな終曲となっている。

Ⅲ Séverac と Milhaud

 共に南仏出身でありながらも Séverac と Milhaud は、年代的に 20 年の隔たりがあり、片や印象

派音楽を肯定的に受け留めつつも南仏に戻って、生涯、南仏とスペイン民俗音楽の香り豊かな作品

を作曲し、片や地元を離れてパリにおいて印象派と対峙し、多調性やジャズ等の舞踊曲を多用した、

新古典主義フランス音楽作曲家として活躍した。両名の音楽には一見、共通点も影響もないように

考えられるが、此の度の研究を通して、両者、そして両名の意識間に多くの共通点が存在すること

が判明した。

 先ず両名は共に、ドイツ伝統音楽、即ちワーグナー主義に対立し、フランス独自の音楽を大切に

した。同時に Bach、Mozart などの古典音楽を重視し、共にこの音楽への回帰を作曲の重要基盤の

一つとしているのである。

 また絵心のあった Séverac は当然ながら Milhaud も、当時のフランスで活躍していた画家と交流

を持ち、そこから多くのイマジネーションと影響を受けたと思われる。Séverac を慕ってセレの町

に移り住んできたキュビスムの創始者 G.Braque(1882-1963)や Picasso、そしてフォーヴィスム画

家 R.Dufy(1877-1953)は、その後 Milhaud とも深い交流を持ち、両名の音楽は革新的で原始的な彼

らの芸術から大きな影響を受けている。

 また両名は共に宗派こそ違え、それぞれキリスト教カトリック、ユダヤ教の信仰を、作曲活動の

原点の一つとしている。Séverac は彼の師である d’Indy の「芸術家はまず一番に〈信仰〉を持たな

ければならない。……なぜなら、信仰こそが芸術家をしての認識へと導くのであり…。」という演説

を絶賛し、Milhaud も自身のユダヤ教信仰について公言し続けた。

 そして両名における何よりの共通点が、地中海世界に対する矜持と郷土愛である。Séverac は「西

洋の芸術・思想の揺籃である地中海世界を中心とするラテン精神の称揚」14)主義に同調し、哀愁漂

う作風の中にも明るさが横たわる作品を残し、Milhaud も自身を「地中海的抒情主義」と主張し、

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21南仏作曲家作品の傾向と考察

その天性の陽気さと饒舌さを特徴とした作品を残した。両名の作品の大部分が、故郷の風景描写と

賛歌で占められた詩情豊かなものとなっている。Séverac のあまり多くない作品の大半が南仏、スペ

イン地方の名を題名に付けていることからもその内容が明らかであるが、多産系の Milhaud の作品

中、副題を持たない多くの室内楽、協奏曲等においても、その底辺にはプロヴァンスの陽光と、オ

リーブ、ローズマリー、ラベンダー等の生い茂る田園風景が思い描ける、牧歌的要素が色濃く横た

わっている。例えば『2 つのヴァイオリンとピアノの為のソナタ Op.15(1914)』も、後期印象派的

な流麗な旋律ながら、素朴な民俗的情感が豊かであるし、『ピアノ、ヴァイオリンとクラリネットの

為の組曲 Op.157(1936)』も、プロヴァンスの強い日差しをふんだんに浴びた民俗音楽的作風である。

また木管五重奏曲『組曲「ルネ王の暖炉」Op.205(1939)』も、エクス伝承の故事に基づいた、素朴

で温かな民俗調の音楽となっている。交響曲等他の作品においても、田園風、或はスペイン、ブラ

ジル舞踊曲風音楽が垣間見られるものが非常に多い。Milhaud の郷土愛の深さは、先述の同郷画家

Cézanne を、Aix の風土と人々に対する統合的な理解の深さにおいて高く評価していたことからも

解かる。

 最後に両名の明白な共通点は、共にフランス音楽史の各時代を共有したフランス人であるという

ことである。当然ながらフランス的な精神、機知が音楽の根底を流れており、同時に前時代のロマ

ン派、印象派的エッセンスも大いに見受けられる。後期ロマン派傾向の強い Séverac のみならず、

そこからの回避を望んでいた Milhaud の音楽にも、その要素は充分に看取できる。例えば先述の

Op.15 作品第 2 楽章などには、F.Kreisler(1875-1962)を想起させる、ロマン主義的な甘美な和声が

登場する。

 作曲手法や使用楽器という表現の切り口が正反対にも思える Séverac と Milhaud の音楽に、実は

底を流れる共通の特質が多く、その表現対象と共に、目指すところのものは同質であったことが、

此の度の研究で判明した。両名は共に、明晰・軽快な地中海的情感、色彩豊かで柔軟なラテン魂をもっ

て、フランスを、故郷の自然と芸術を表現しようとしたのである。その音楽の表れ方の違いは、両

名の年代差、作曲手法の違い以上に、一方は穏やかな平和主義、一方は大胆且つエネルギッシュと

いう夫々の性質の違いから生じているものが大きいと考える。今後も Milhaud への Séverac からの

影響についての記録を探求し、両名の温かで麗しい、エスプリに富んだフランス音楽についての研

究を深めていきたいと考えている。

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22 プール学院大学研究紀要第 52 号

<注>

1)舘野泉『ひまわりの海』求龍堂、2004 年、p.13

2)同掲書 p.8

3)E.Haurard-Viltard『フランス六人組』晶文社、1989 年、p.130

4)椎名亮輔『テオダ・ド・セヴラック』ARTES、2011 年、p.136

5)共に、フランス南東部、南西部を年中吹き荒れる地方風。

6)椎名亮輔『テオダ・ド・セヴラック』p.140   

7)スペイン、カタルニア地方の伝統的な舞踊、及び民謡。男女大勢で手をつなぎ輪を描いて踊る集団舞踏。コ

ブラという専門の楽団の伴奏がつく。   

8)異なったパート、例えばピアノ曲で左手と右手をそれぞれ異なった調で組み立てること。

9)異なる種類のリズムを対照的に複数の声部で同時に用いる技法。

10)E.Haurard-Viltard『フランス六人組』p.180

11)門馬直美『最新名曲解説全集第 7 巻管弦楽曲Ⅳ』音楽之友社、1980 年、p.162

12)吉井亜彦『名盤鑑定百科』春秋社、1999 年、p.198

13)独奏楽器を管弦楽の一部のように扱う書法。

14)椎名亮輔『テオダ・ド・セヴラック』p.55

【参考文献】

F.Herzfeld 著『わたしたちの音楽史』渡辺護訳 白水社 1962 年 12 月

堀内久美雄編『新音楽辞典』音楽之友社 1977 年 3 月

門馬直美他監修『最新名曲解説全集第 3 巻交響曲Ⅲ』音楽之友社 1979 年 12 月

門馬直美他監修『最新名曲解説全集第 10 巻協奏曲Ⅲ』音楽之友社 1980 年 2 月

門馬直美他監修『最新名曲解説全集第 7 巻管弦楽曲Ⅳ』音楽之友社 1980 年 9 月

門馬直美他監修『最新名曲解説全集第 17 巻独奏曲Ⅳ』音楽之友社 1981 年 4 月

門馬直美他監修『最新名曲解説全集第 13 巻室内楽曲Ⅲ』音楽之友社 1981 年 5 月

門馬直美他監修『最新名曲解説全集第 24 巻声楽曲Ⅳ』音楽之友社 1981 年 6 月

井上和男編『クラシック音楽作品名辞典』三省堂 1981 年 11 月

千蔵八郎著『音楽史〈作曲家とその作品〉』教育芸術社 1983 年

E.Haurard-Viltard 著『フランス六人組』飛幡祐規訳 晶文社 1989 年 5 月

角倉一朗監修『図解音楽事典』白水社 1989 年 11 月

吉井亜彦著『名盤鑑定百科』春秋社 1999 年 9 月

H.M.Miller 著『新音楽史』村井範子他訳 東海大学出版 2000 年 1 月

D.J.Grout 他著『新西洋音楽史 ( 下 )』音楽之友社 2001 年 11 月

舘野泉著『ひまわりの海』求龍堂 2004 年 12 月

堀内久美雄編『新訂標準音楽辞典第二版』音楽之友社 2008 年 3 月

椎名亮輔著『テオダ・ド・セヴラック』ARTES 2011 年 9 月

長沼由美他著『よくわかる!西洋音楽史』ヤマハミュージックメディア 2012 年 4 月

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23南仏作曲家作品の傾向と考察

【参考 CD】

E.Sage(Pf.) 他『ミヨー ブラジルの郷愁他』BMG 2001.1.

G.Joy 他 (Pf.)『フランス近代音楽のエスプリ 16』WARNER CLASSICS 2001.7.

舘野泉 (Pf.)『セヴラック:ピアノ作品集』FINLANDIA 2001.8.

J.Masó(Pf.)『セヴラック・ピアノ作品集』NAXOS 2004.3.

E.Pahud(Fl.) 他『レ・ヴァン・フランセ』BMG 2005.9.

M.Korstick(Pf.)SWR R.O.『D. Milhaud Complete Piano Concertos』CPO 2006.

C.Munch(Co.)Boston S.O.『ミヨー 世界の創造他』Blu-specCD 2009.9.

M.Moretti 他 (Pf.)『ミヨー 屋根の上の牛他』カメラータ・トウキョウ 2011.1.

奈良ゆみ (Sp.) 椎名亮輔 (Pf.)『セヴラック歌曲と古いシャンソン』ALM 2011.

D. Milhaud(Co.)Luxembourg R.O.『室内交響曲全集他』日本コロンビア 2012.2.

E.Pahud(Fl.) 他『レ・ヴァン・フランセ〜フランスの風』EMI 2012.4.

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(ABSTRACT)

A Discussion of the Mindset and Works ofTwo Composers from Southern France

―A Comparison of Darius Milhaud and Déodat de Séverac―

SAKUNO Rie 

  Darius Milhaud(1892-1974) and Déodat de Séverac(1872-1921) were born in Aix-en-Provence、

Saint-Félix-Lauragais in southern France. These two composers were proud of their birthplace.

They were also both influenced by the impressionist Claude Debussy(1862-1918). However, neither

of them became his successor. Instead, they each went their own way.

  Séverac lived in his hometown almost all his life and the most of his works were influenced by

the folk music of southern France and Spain. However,Milhaud, who used polytonality, polyrhythm

and jazz-samba-tango-style rhythms in his compositions,was active in Paris.

  Are there any points in common between works of Milhaud and Séverac, who both loved

southern France and were confronted with the works of the impressionists? The purpose of this

research is to investigate this question by analyzing and comparing the works of these two French

composers.