近年の斜面災害の教訓―表層崩壊と深層崩壊―okayama-geo.jp/pdf/20140821-02.pdf ·...

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中国地質調査業協会 岡山県支部 技術講習会 講演会 近年の斜面災害の教訓―表層崩壊と深層崩壊― 千木良雅弘ちぎら まさひろ京都大学防災研究所 教授 1. は じ め に 筆者は,「地すべり・崩壊の発生場所予測―地質と地形 からみた技術の現状と今後の展開―」と題して, 2006 に土木学会誌に小論を発表したが 1) ,その後,短期間の 間に多くの斜面災害が発生した。そして,これらの斜面 災害は,それまでの経験を裏打ちする,あるいは新たな 知見を与えるようなものであった。ここでは,これらの 斜面災害を概観し,それらが与えた教訓を整理し,今後 の斜面災害軽減に向けてとりまとめたい。2007 年には, 能登半島地震と新潟県中越沖地震が, 2004 年の新潟県中 越地震の被災地と類似した地質・地形条件にある地域近 傍で,中越地震とほぼ同じマグニチュードをもって発生 した。にもかかわらず,これら2つの地震は極めて軽微 な斜面災害を発生したにとどまった。 2008 年には,中国 の四川省で汶川地震が発生し,今世紀最大の山地災害を 引き起こした。その 1 か月後に岩手・宮城内陸地震が発 生し,これも山間地に大きな被害を引き起こした。その 後, 2009 年には台湾を台風モラコットが襲い,台風の災 害としては広域かつ大きな斜面災害を引き起こした。そ の中で,高雄県小林村の深層崩壊は一瞬にして 400 名以 上の命を奪った。 2010 年には広島県庄原で表層崩壊が多 発した。そして,2011 3 月には,東日本大震災によっ て極めて流動性の高い崩壊が発生した。その後 9 月には 台風 12 号が紀伊山地を襲い,50 以上の深層崩壊を引き 起こし,1889 年の十津川災害に匹敵する災害に至った。 2012 年には九州北部の豪雨で阿蘇の外輪山に数多くの 崩壊が発生した。 2009 年の小林村の崩壊以来,深層崩壊,という用語が 一般的となり,今までの法的枠組みでは対策対象とされ ていなかったこともあり,注目を集めている。しかしな がら,研究者の間ではもともと深層崩壊は表層崩壊と対 になって使用されていたものである 1) 。それを定義する とすれば,「斜面表層の風化物や崩積土だけでなく,その 下の岩盤をも含む崩壊で,地質構造に起因したもの」と いった定性的なものになるであろう。 2. 近年の斜面災害 近年発生した斜面災害を引き起こした斜面移動は,地 質的にみると,いくつかのタイプに分けられる。以下に, 地震によるものと降雨によるものとに分けて整理する。 2.1地震による崩壊 (1) 降下火砕物の崩壊(2009 年パダン地震, 2011 年東 日本大震災) 火山岩地域で斜面崩壊を発生した近年の地震としては, 2008 年岩手・宮城内陸地震, 2009 年パダン地震,および 20011 年東日本大震災がある。このうち,後 2 者は,き わめて類似した地質条件のところに発生した 23) 。両者 ともに,地表に沿って堆積した軽石やスコリアの降下火 砕物と風成層であるロームがすべったものであり,すべ り面は粘土鉱物の 1 種であるハロイサイトに富む軟弱か つ高含水の古土壌層に形成された。移動層は,流動化し, 斜面下部を流れ広がった。スマトラ島パダン近くのタン ディカットでは,1 村が壊滅し 160 名以上の人が死亡し た個所がある(図‐1)。東日本大震災の時には,福島県 南部から栃木県北部にかけて,同様の崩壊が少なくとも 4 か所で発生した。また,これらと類似した崩壊は, 1923 年関東地震, 1949 年今市地震, 1968 年十勝沖地震, 1978 年伊豆大島近海地震, 1984 年長野県西部地震でも発生し ており,いずれもすべり面はハロイサイトに富む層に形 成された。これらの中では 1984 年の長野県西部地震のも のが最も規模が大きく,移動土砂は体積 3600 万㎥であっ たと推定されている 4) 。これらの崩壊のすべり面傾斜と 見かけの摩擦角の分布を図‐2に示す。 図‐1 パダン地震による軽石の崩壊 図‐2 降下火砕物のすべり面の傾斜と見かけの摩擦角.デー タは, 1923 年関東地震 5) ,1968 年十勝沖地震 6) 1978 伊豆大島近海地震 7) 1984 年長野県西部地震 8,9) ,およ 2011 年東北地方太平洋沖地震による崩壊性地すべ 10)

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中国地質調査業協会 岡山県支部 技術講習会 講演会

近年の斜面災害の教訓―表層崩壊と深層崩壊―

千木良雅弘(ちぎら まさひろ)

京都大学防災研究所 教授

1. はじめに

筆者は,「地すべり・崩壊の発生場所予測―地質と地形

からみた技術の現状と今後の展開―」と題して,2006 年

に土木学会誌に小論を発表したが 1),その後,短期間の

間に多くの斜面災害が発生した。そして,これらの斜面

災害は,それまでの経験を裏打ちする,あるいは新たな

知見を与えるようなものであった。ここでは,これらの

斜面災害を概観し,それらが与えた教訓を整理し,今後

の斜面災害軽減に向けてとりまとめたい。2007 年には,

能登半島地震と新潟県中越沖地震が,2004 年の新潟県中

越地震の被災地と類似した地質・地形条件にある地域近

傍で,中越地震とほぼ同じマグニチュードをもって発生

した。にもかかわらず,これら2つの地震は極めて軽微

な斜面災害を発生したにとどまった。2008 年には,中国

の四川省で汶川地震が発生し,今世紀最大の山地災害を

引き起こした。その 1 か月後に岩手・宮城内陸地震が発

生し,これも山間地に大きな被害を引き起こした。その

後,2009 年には台湾を台風モラコットが襲い,台風の災

害としては広域かつ大きな斜面災害を引き起こした。そ

の中で,高雄県小林村の深層崩壊は一瞬にして 400 名以

上の命を奪った。2010 年には広島県庄原で表層崩壊が多

発した。そして,2011 年 3 月には,東日本大震災によっ

て極めて流動性の高い崩壊が発生した。その後 9 月には

台風 12 号が紀伊山地を襲い,50 以上の深層崩壊を引き

起こし,1889 年の十津川災害に匹敵する災害に至った。

2012 年には九州北部の豪雨で阿蘇の外輪山に数多くの

崩壊が発生した。

2009 年の小林村の崩壊以来,深層崩壊,という用語が

一般的となり,今までの法的枠組みでは対策対象とされ

ていなかったこともあり,注目を集めている。しかしな

がら,研究者の間ではもともと深層崩壊は表層崩壊と対

になって使用されていたものである 1)。それを定義する

とすれば,「斜面表層の風化物や崩積土だけでなく,その

下の岩盤をも含む崩壊で,地質構造に起因したもの」と

いった定性的なものになるであろう。

2. 近年の斜面災害

近年発生した斜面災害を引き起こした斜面移動は,地

質的にみると,いくつかのタイプに分けられる。以下に,

地震によるものと降雨によるものとに分けて整理する。 2.1地震による崩壊

(1) 降下火砕物の崩壊(2009 年パダン地震,2011 年東

日本大震災) 火山岩地域で斜面崩壊を発生した近年の地震としては,

2008 年岩手・宮城内陸地震,2009 年パダン地震,および

20011 年東日本大震災がある。このうち,後 2 者は,き

わめて類似した地質条件のところに発生した 2,3)。両者

ともに,地表に沿って堆積した軽石やスコリアの降下火

砕物と風成層であるロームがすべったものであり,すべ

り面は粘土鉱物の 1 種であるハロイサイトに富む軟弱か

つ高含水の古土壌層に形成された。移動層は,流動化し,

斜面下部を流れ広がった。スマトラ島パダン近くのタン

ディカットでは,1 村が壊滅し 160 名以上の人が死亡し

た個所がある(図‐1)。東日本大震災の時には,福島県

南部から栃木県北部にかけて,同様の崩壊が少なくとも

4 か所で発生した。また,これらと類似した崩壊は,1923年関東地震,1949 年今市地震,1968 年十勝沖地震,1978年伊豆大島近海地震,1984 年長野県西部地震でも発生し

ており,いずれもすべり面はハロイサイトに富む層に形

成された。これらの中では 1984 年の長野県西部地震のも

のが最も規模が大きく,移動土砂は体積 3600 万㎥であっ

たと推定されている 4)。これらの崩壊のすべり面傾斜と

見かけの摩擦角の分布を図‐2に示す。

図‐1 パダン地震による軽石の崩壊

図‐2 降下火砕物のすべり面の傾斜と見かけの摩擦角.デー

タは,1923 年関東地震 5),1968 年十勝沖地震 6),1978 年

伊豆大島近海地震 7),1984 年長野県西部地震 8,9),およ

び 2011 年東北地方太平洋沖地震による崩壊性地すべ

り 10).

東日本大震災の時には,崩壊したのは主に那須火山の

噴出物であり,これらは広く分布しているはずであるが,

崩壊の数はごく限られていた。これらは,いずれも谷を

埋める火砕物が崩壊したものであり,その発生場は水分

の集まりやすい個所であったと言える。一方で,表‐1

に示したように,この地震に先行した降雨は極めて少な

かった。このことは,集水しやすい場所以外の古土壌の

含水率が相対的に低く,強度が相対的に大きく,それが

崩壊数の少なかったことの一因になっていたことを示唆

している。また,従来降下火砕物に発生した崩壊で,発

生前の斜面下部の状況のわかっているものでは,地層が

下部で切断されており,下部切断の有無も崩壊発生の重

要な要因になっていると考えられる。 2008 年岩手・宮城内陸地震の際には,溶結凝灰岩の下

に分布する軽石層に関連する崩壊と地すべりが多数あっ

たが,地表を斜面沿いに覆う降下軽石や火山灰の層は発

達しておらず,このために,上記の地震群と同様の流動

的な崩壊が発生しなかったものと考えられる。この地震

の時に発生した最大のものは,荒砥沢の地すべりであり,

これについては,後述する。

図‐3 汶川地震による地震断層と崩壊の分布。北川北東。こ

こでは,断層は右横ずれ成分を持つ北西側上昇の逆断

層。ALOS-PRISM 画像から作成。

(2) 逆断層の上盤,炭酸塩岩,谷埋め堆積物,谷中谷

(2008 年中国汶川地震) 2008 年汶川地震(Mw7.9)は,四川盆地西方の山岳地

に膨大な数の崩壊を発生し,近年では最悪の山地災害を

引き起こした.崩壊は,約 270 ㎞の地震断層沿いの上盤

および眠江沿いの谷中谷の急斜面に特に多く発生した

(図‐3)12,13,14)。崩壊の方向は,断層に直交方向が卓越し,

このことは地震動の指向性を示唆している.最も多く発

生した崩壊は炭酸塩岩に生じたもので,これは,炭酸塩

岩が容易に地下水に溶解し割れ目沿いの接触面積を減ら

してせん断抵抗を低下しやすいことと関係している.実

際,多くの崩壊のすべり面は平滑でなく,溶食による凹

凸に富み,移動岩盤と接触していた部分の破断が点々と

認められる場合が多かった。非火山では歴史上最大規模

の崩壊(体積 0.8km3)が発生し(図‐4),これは事前に

山上凹地を伴う重力変形をこうむっていたことがわかっ

た 13)。谷埋め堆積物の流動化が 36 か所で発生し,これ

はおそらく間隙水圧上昇によるものである。 汶川地震で崩壊の多発した炭酸塩岩は見事に成層する

のに対して,我が国に分布する炭酸塩岩はサンゴ礁の周

辺にくだけて堆積したものが多いせいか,成層の程度が

きわめて弱い。そのため,これらが溶食を受けたとして

も,広い平面的なすべり面が形成されるとは想定されず,

地震動によって汶川地震の場合と同様の大規模な崩壊が

発生するとは考えにくい。ただ,我が国の石灰岩は底角

の衝上断層の上に山頂をなすことも多く,地震時の振動

の増幅を受けて不安定となり,さらに衝上断層の低透水

性に起因して雨水が滞留して崩壊が発生することは考え

られる。谷中谷は,我が国の特に西南日本外帯にも広く

分布し,その上に広がる古い地形面の足元を切断するこ

とから,崩壊が発生しやすいことが指摘されている 15, 16)。

表‐1 降下火砕物の崩壊を引き起こした地震と先行降雨(2008 年岩手・宮城内陸地震は参考)。

図‐4 汶川地震による最大の崩壊(Daguanbao)と 2

番 目 の 規 模 の 崩 壊 ( Yinxinggou ) 14) 。

ALOS-AVNIR2 画像から作成。

10日間 30日間 60日間

1949年今市地震 12月26日 5~6(今市) 宇都宮 22.5 80.8 255 8811)

3-5m11) ○ ○

1968年十勝沖地震 5月16日 5(八戸) 八戸 181 292 307 1526)

3m以浅6) ○ ○

1978年伊豆大島近海地震

1月14日 5~6 稲取 12 172 334 77) (崩壊物質の分布範囲が狭かった)

2-6m7) ○ ○

2008年岩手・宮城内陸地震

6月14日 5強~6強 駒の湯 89 284.5 388 >100 ― ― 多様

2011年東北地方太平洋沖地震

3月11日6強(白河)6弱(那珂川町)

白河 12.5 83.5 93.5 <10 3-9m ○ ○

斜面に平行な構造

下部切断先行降雨(mm)

地震 発生日崩壊発生箇所の推定震度

観測所 崩壊性地すべりすべり面の深さ(m)

(3)対岸衝突地すべりの下部切断(2008 年岩手宮城

内陸地震) 2008 年岩手宮城内陸地震によって発生した地すべり

で最も大規模な荒砥沢地すべり(図‐5)は,火山噴出物

ではなく,砂岩シルト岩互層中にすべり面を持つもので

あった 17)。そのすべり面はほとんど水平で,地層は側方

に拡大するようにすべった。その結果,地塁と地溝とも

呼べる尖ったリッジと陥没帯の配列が形成された。この

形態は,1964年のアラスカ地震によってTurnagain heightsに広く発生した地すべり 18)や長崎県の平山地すべりの

形態 19)と類似しており,底角かつ平面的なすべり面を持

つ地すべりに特徴的なものである。この地すべりは,発

生前の地形からみて,古い地すべりが一旦対岸に衝突し

て停止し,その後に斜面下部を切断されて不安定になっ

ていたものである。初期の地すべりの発生誘因は定かで

はないが,その移動は対岸からの反力によって停止した

のであり,それが失われれば不安定になるのは当然であ

る。このような地すべりでは,停止後すべり面の強度が

ある程度回復したにしても,地震動によって再活動する

可能性が高いと言える。このようなタイプの地震時地す

べりは,従来も 2004 年新潟県中越地震 20)や 2005 年パキ

スタン北部地震で多く発生したものであり 21),地震時の

地すべりの一つの典型である。このタイプの移動体は,

末端が解放されているため,多少の降雨では間隙水圧は

上昇しにくいと考えられる。 (4) 地震前の降雨の影響(2007 年能登半島地震,2007

年新潟県中越沖地震,2011 年東北地方太平洋沖地

震) 2004 年新潟県中越地震(M6.8)と引き続く2つの日本

海側の地震(2007 年能登半島地震(M6.9)と 2007 年新

潟県中越沖地震(M6.8))は,似た地質地形的背景の地

域―新第三系堆積岩地域―に被害を与えた。しかしなが

ら,中越地震が膨大な数の地すべり・崩壊を発生したの

に対して,後2者によるものは極めて少なかった。地震

動の性質によることも考えられるが,地震に先立つ降雨

状況が非常に異なっていたことが注目される。図‐6に,

それを示す。中越地震では,地震前の3日間に 100 ㎜を

超える降雨があったのに対して,後 2 者の地震では,地

震発生前の 10 日間の降雨は,それぞれ 40 ㎜と 50 ㎜と非

常に少なかった。中越地震では谷の堆積物が液状化して

発生した地すべりも多かったが,これは恐らくこの先行

降雨によって堆積物が飽和していたためと考えられる。

また,土の強度がサクションの減少によって低下するこ

とは周知の事実である。地震による崩壊の発生の多寡が

先行降雨に影響されることは,ニュージーランドでも指

摘されている(Grant Dellow,私信)。降下火砕物の地震

時崩壊においても先行降雨の影響が考えられることは既

述した。 地震による崩壊発生予測を経験に基づいて行う場合,

経験した地震の前に降雨があったか否かによって教師デ

ータ自体が大きく違ってしまうことに注意する必要があ

る。また,地震による崩壊発生予測をする場合,事前降

雨があったとして,悪条件を想定して行う必要がある。

図‐6 2004 年中越地震と 2007 年能登半島地震,中越沖地震

の先行降雨 21)。

2.2 降雨による崩壊

(1) 山体重力変形(2011 年台風 11 号) 2011 年台風 12 号による多くの深層崩壊では,10 個所の

崩壊について,発生前の詳細 DEM データが得られてお

り,崩壊発生前の地形的特徴が詳細にとらえられた。

図‐5 2008 年岩手宮城内陸地震によって発生した荒砥沢の地すべり。

図‐7 2011 年台風 12 号による深層崩壊の傾斜図 22)。a: 発生

前;b:発生後:c:X-X’断面;d:Y-Y’断面。データは国土

交通省近畿地方整備局の 1mメッシュのDEMを用いた。 それによれば,いずれも発生前に将来の冠頂に小崖が

形成されていたことが明らかになった(図‐7)。つまり,

いずれも事前に斜面が重力によってわずかに変形し,崩

壊の準備が進んでいたことが初めて明らかになった 22)。

つまり,航空レーザー計測による詳細 DEM を用いた地

形解析が予測の有力なツールであることが確認された。

ただし,注意しなければならないのは,これらの崩壊発

生場所は西南日本の四万十帯と呼ばれ,白亜紀から古第

三紀までの付加体の岩石が広く分布する場所であり,す

べり面は主として,付加作用時に形成された小断層に形

成されたのである。そのため,小断層の発達しない他の

地域の地層に発生する深層崩壊とは,事前の重力変形の

地形的表現にも違いがあると見込まれる。紀伊山地を広

域的にみると,これらの深層崩壊に先立つ重力斜面変形

は,古い地形面を下刻する谷の縁で発生しており,長期

的な斜面の発達に強く支配されている 16)(平石・千木良,

2011)。このように,古い地形面が新たな河川の削剥を受

け,その縁で大規模な山体重力変形が生じ,さらに大規

模な崩壊に至る,という現象は紀伊山地のみならず,四

国山地,九州山地 23),さらに台湾の広い範囲でも認めら

れており 24) ,変動帯における深層崩壊発生過程の 1 種の

典型である。このような深層崩壊の発生場所は,広域的

な地形発達と重力による斜面変形を鍵としてゾーンある

いはピンポイントとして予測することが可能である。 (2)火山灰斜面(2011 年 7 月九州北部豪雨)

2011年 7月に九州北部で豪雨によって多発した斜面崩

壊は,特に阿蘇外輪山で著しかった(図‐8)。特に火山

灰層が崩壊して土石流となったものが多かった。すべっ

た物質は暗灰色の火山灰を主としており,ほとんどの崩

壊地で,崩壊地内部にはその下位の褐色の風化火山灰層

が露出している。すべり面は,この風化(粘土質?)火

山灰層上部に形成されたものである。崩壊の最も大きな

素因は,高透水性の暗灰色火山灰が低透水性かつ弱い褐

色風化火山灰の上に載った構造である。同様の崩壊は,

1990 年と 2001 年にも多数発生しており 25),今後も,こ

の暗灰色火山灰が消失するまで繰り返し続くものであろ

う。これは,火山体の表層部で生じる典型的な群発崩壊

である。同様の崩壊は,1957 年の諫早豪雨災害の時にも

発生したようである。これらの崩壊の発生場所は,崩壊

物質の分布によって大まかに知ることができる。

(3) 特殊な地質構造

2010年に広島県庄原を襲った豪雨は,1時間降雨が 170

㎜を超える雨が 2 時間半にわたって続くものであり,表

層崩壊を多発した。基盤岩は流紋岩などであり,従来豪

雨による崩壊の多発は知られていないものである。これ

らの崩壊は,褐色土の崩壊であるが,ほとんどの崩壊は,

斜面中腹から下部で褐色土を覆う黒色土との境界から上

で発生していることから(図‐9),この構造に崩壊発生

の何らかの原因があるように思える。この黒色土は微細

な木片などを含み,山火事で形成された炭質物が斜面中

腹から下部に堆積したものと考えられる。上記の崩壊斜

面の構造は,斜面に浸透した水が斜面下部で黒色土に遭

遇し,浸透を妨げられて水圧が上昇した結果崩壊が発生

したことを示唆している。ただし,このような観点から

検討した研究はないようである。

図‐8 2012 年九州北部豪雨災害による阿蘇山中央火口丘北西

面の崩壊(NHK のヘリより)。

図‐9 2010 年庄原豪雨による表層崩壊群。いずれの崩壊も,

斜面下部で黒色土に覆われる褐色土の崩壊である。

3.おわりに

我が国をはじめとするアジアは,斜面災害の密集地帯

であり,それらを防ぐにはまず発生場所と移動物質の挙

動を予測することが必須である。本論では,2006 年以降

に発生した主要な斜面災害を概観し,近年発生した斜面

災害も古くから繰り返してきている斜面災害と共通の特

徴を持つものが多いことを指摘し,それによって将来の

斜面災害を予測することがある程度可能であることに言

及した。また,新しい知見として,降雨による深層崩壊

の発生前には,斜面が重力によってわずかに変形し,将

来の崩壊上部に小崖等が形成されていたことが明らかに

なり,これらを発見する手段として航空レーザー計測が

有力な手段であることを述べた。台湾では,2009 年の台

風モラコットを契機として,深層崩壊の発生場の予測に

関する研究が加速され,2016 年までに台湾全土を航空レ

ーザー計測して,深層崩壊発生個所を予測する計画が進

んでいる。台湾は日本以上に地殻変動が激しく,また,

斜面の重力変形か所も非常に多く,今後,深層崩壊発生

の危険度を評価することが必要とされている。これはわ

が国でも同様の状況である。

参 考 文 献

1)千木良雅弘:地すべり・崩壊の発生場所予測―地質と地

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