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日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 Pharma VISION NEWS No. 11 巻頭言 薬学ビジョン部会に期待する 長野 哲雄(東京大学大学院薬学系研究科) 1 薬学研究ビジョン スフィンゴ脂質の代謝・機能と創薬 西島 正弘(国立医薬品食品衛生研究所) 2 薬学研究最前線 MM-PBSA法を用いたキナーゼ阻害剤ArgadinおよびArgifinの結合自由エネルギー計算 合田 浩明,柳井 雄一,広野 修一(北里大学薬学部) 7 部会賞受賞者 (1)新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗がん剤創生 小竹 良彦(エーザイ株式会社) 13 (2)日本人における薬物応答性遺伝子のハイプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用 斎藤 嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所・機能生化学) 18 (3)創薬加速技術としてのNMR相互作用解析手法の開発 高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所・生物情報解析研究センター) 23 (4) ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科・生体異物学教室)28 薬学研究ビジョン部会からのお知らせ 31 編集後記 鈴木 洋史(東京大学医学部付属病院) 34 Index ( Mar. 2008 )

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日本薬学会

薬学研究ビジョン部会

Pharma

VISION NEWS

No 11

巻頭言薬学ビジョン部会に期待する

長野

哲雄(東京大学大学院薬学系研究科)

1

薬学研究ビジョンスフィンゴ脂質の代謝機能と創薬

西島

正弘(国立医薬品食品衛生研究所)

2

薬学研究最前線MM-PBSA法を用いたキナーゼ阻害剤ArgadinおよびArgifinの結合自由エネルギー計算

合田

浩明柳井

雄一広野

修一(北里大学薬学部)

7

部会賞受賞者

(1)新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗がん剤創生小竹

良彦(エーザイ株式会社) 13

(2)日本人における薬物応答性遺伝子のハイプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用斎藤

嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所機能生化学)

18

(3)創薬加速技術としてのNMR相互作用解析手法の開発高橋

栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

23

(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)28

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

31

編集後記

鈴木

洋史(東京大学医学部付属病院)

34

Index( Mar

2008

)

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 1

巻 頭 言

薬学研究ビジョン部会に期待する 長野 哲雄(東京大学大学院薬学系研究科)

薬学部に 6年制の新教育体制が導入されて 2年

経ち4 年制との並立あるいは 6 年制単独など各

大学によりその体制は異なりますが大きな方向

は定まったと言えるでしょう薬学教育に携わる

多くの教員が現在この新教育体制を実りあるも

のにするため懸命の努力を続けています この様な状況下2008 年 3 月に開催される日

本薬学会第 128 年会(横浜)の会頭講演で私

は「日本薬学会 -輝かしい未来に向けて-」を

講演の演題にしましたこれは上記の新教育体制

を踏まえて日本薬学会が新たな輝かしい未来を

切り開くために何を具体的に行うべきかを論議

したいと考えたからです 過日NHK で鳥インフルエンザの特集番組が

放映されていましたこれは鳥インフルエンザの

世界的流行(pandemic)により万を超える多数

の死者が予想される恐怖を伝えるものでこの恐

怖に対して医療関係者の色々な取り組みが紹介

されていましたしかしながら私が大変残念に

思ったことは医療関係者の中で薬剤師をはじめ

薬学関係者の姿がほとんど見えないのです鳥イ

ンフルエンザワクチンや抗ウイルス薬が重要な

役割を果たすことが丁寧に紹介されていたにも

かかわらずです国民やマスコミあるいは政府が

この様な重大な医療に関する問題において薬学

関係者にそれほど期待していないのでしょうか 鳥インフルエンザに限らず治療における薬の

役割は極めて大きいことは周知のことであると

思いますしかしその一方で創薬研究者や薬剤師

の影はあまりに薄く存在が希薄ですイノベー

ション 25 で医薬が重要項目に掲げられまたマ

スコミのアンケート調査によれば国民の関心事

の第 1 位は健康だそうです ここ数年日本薬学会の最大の課題は新教育体

制に関することでしたもちろんこの課題は現在

も重要であることは当然ですがその様な内向き

の議論だけではなくこれからの日本の創薬研究

製薬産業あるいは国民医療について日本薬学会

は国会省庁マスコミ国民あるいは世界に向

けて「薬学白書」などにより積極的に提言する事

が重要であると思います私は薬学研究ビジョン

部会にこの様な日本薬学会の将来ビジョンを討

議して対外的に提言するブレーン集団としての

役割を期待していますこのためには薬学研究

ビジョン部会が単なる一部会ではなく薬学会執

行部あるいは会頭直属の組織であるべきでしょ

う 日本薬学会の各部会あるいは支部を如何に活

性化するか 創薬研究をより活性化するため

の方策は 質の高い薬剤師の実効性のある養

成教育は AFMC あるいは FIP など国際的組

織との関わりは等将来に向けての課題は山積

しています私はこれらの課題を一つ一つ解決

することにより日本薬学会に輝かしい未来が開

けるものと確信しておりますこの様な将来構想

は薬学研究ビジョン部会会員の皆様のご支援と

ご協力なしには成就しないことは明らかですど

うぞ今まで以上のご尽力そしてご鞭撻をお願い

申し上げます

略 歴 長野 哲雄 (Tetsuo NAGANO)東京大学大学院薬学系研究科教授昭和 47 年東京大学

薬学部卒東京大学薬学系大学院博士課程修了(薬学博士)の後米国へ留学その後東京大学薬学部助

教授を経て平成 8 年 5 月より東京大学薬学部教授役職として平成 10 年 2 月より平成 11 年 3 月まで東

京大学総長補佐東京大学大学院薬学系副研究科長平成 18 年 3 月より平成 20 年 2 月まで日本薬学会副会

頭平成 20 年 3 月より日本薬学会会頭この間紫綬褒章日本薬学会賞島津賞上原賞市村賞持

田学術賞山崎貞一賞などを受賞主たる著書として「創薬化学」(東京化学同人)「生化学反応機構 -ケミカルバイオロジーの理解のために-」(長野哲雄 監訳)等

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 2

薬学研究ビジョン

スフィンゴ脂質の代謝機能と創薬

西島 正弘 (国立医薬品食品衛生研究所)

1はじめに スフィンゴ脂質はスフィンゴイド塩基をその

構造骨格として持つ一群の脂質でありこの種の

脂質は動物植物一部の微生物に存在しグリ

セロールをその構造骨格とするグリセロ脂質と

共に膜脂質の主要なグループになっているス

フィンゴ脂質という名前はその機能が不明であ

ったことから「謎」を意味するスフィンクスにあ

やかって付けられたものであるスフィンゴミエ

リン(SM)はホスホコリン基を持ったスフィン

ゴ脂質で哺乳動物細胞では総リン脂質の5~10を占めている一方糖を持ったスフィン

ゴ脂質(グリコスフィンゴ脂質GSLスフィ

ンゴ糖脂質)もまた高等動物に広く存在してい

るが糖鎖部分の構造は多様でありそれぞれ

の GSL 分子種の含量は細胞の種類によって異

なっている近年スフィンゴ脂質はその分

解代謝産物であるセラミド(Cer)スフィンゴ

シン(Sph)スフィンゴシンー1ーリン酸(S1P)などが細胞内の情報伝達に関与することが明ら

かにされ大いに注目されているまたスフ

ィンゴ脂質はコレステロールなどと共にラ

フトと呼ばれる膜微小ドメインの形成に関与し

この微小ドメインが情報伝達の場として重要な

役割を果たすことが明らかにされてきたことに

より益々注目の度を増している本稿では

スフィンゴ脂質代謝に関する筆者らの研究成果

並びにスフィンゴ脂質の機能と創薬への展開

に関するトピックスを紹介する 2スフィンゴ脂質の代謝 ―SM の生合成と

セラミド輸送蛋白質(CERT)の発見を中心に

― 図1にスフィンゴ脂質の代謝経路を示すスフ

ィンゴ脂質生合成の第一歩はセリンパルミト

イル転移酵素(SPT)が触媒するパルミトイル

-CoA と L-セリンの縮合反応による 3-ケトジヒ

ドロスフィンゴシンの生成である(図1①)そ

の後3-ケトジヒドロスフィンゴシンの C3 位が

還元されてジヒドロスフィンゴシンとなる(図1

②)次いでジヒドロスフィンゴシンは N-アシ

ル化されて N-アシルジヒドロスフィンゴシン

(別名ジヒドロセラミド)に変換され(図1③)

続く C4-C5 間の不飽和化反応により N-アシルス

フィンゴシンすなわち Cer が生合成される(図

1④)この Cer はさまざまなスフィンゴ脂質の

生合成中間体でありこの分子にホスファチジル

コリンのホスホリルコリン基が転移するとスフ

ィンゴミエリン(SM)となり(図1⑤)UDP-

図1スフィンゴ脂質の代謝経路

SCoA

O

OH

NH2

O

HOCH2 H

NH2

COOH

OH

NH2

OH

OH

NH

OH

C O

R

OH

NH

OH

C O

R

OH

NH2

OH

CHO

O

NH

OH

C O

R

O

NH

OH

C O

R

ON(CH3)3

P

O

NH2

OH

P

NH2

O P

OH

NH

OH

C O

R

+

セリンパルミトイルトランスフェラーゼ(SPT)パルミトイルCoA

L-セリン

3-ケトジヒドロスフィンゴシン

ジヒドロスフィンゴシン

N-アシルジヒドロスフィンゴシン

+

セラミド

スフィンゴミエリン スフィンゴ糖脂質

セラミド

スフィンゴシン

スフィンゴシン-1-リン酸

アルデヒド ホスホエタノールアミン

⑤ ⑥

⑦ ⑧

SCoA

O

SCoA

O

OH

NH2

O

OH

NH2

O

HOCH2 H

NH2

COOH

HOCH2 H

NH2

COOH

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OH

NH

OH

C O

R

OH

NH

OH

C O

R

OH

NH

OH

C O

R

OH

NH

OH

C O

R

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

CHOCHO

O

NH

OH

C O

R

糖O

NH

OH

C O

R

O

NH

OH

C O

R

ON(CH3)3

PO

NH

OH

C O

R

ON(CH3)3

PP

O

NH2

OH

PO

NH2

OH

PP

NH2

O P

NH2

O PP

OH

NH

OH

C O

R

OH

NH

OH

C O

R

+

セリンパルミトイルトランスフェラーゼ(SPT)パルミトイルCoA

L-セリン

3-ケトジヒドロスフィンゴシン

ジヒドロスフィンゴシン

N-アシルジヒドロスフィンゴシン

+

セラミド

スフィンゴミエリン スフィンゴ糖脂質

セラミド

スフィンゴシン

スフィンゴシン-1-リン酸

アルデヒド ホスホエタノールアミン

⑤ ⑥

⑦ ⑧

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 3

グルコースUDP-ガラクトースUMP-シアル

酸などから糖が順次に転移されることにより多

様なグリコスフィンゴ脂質(GSL)群が生合成さ

れる(図1⑥)以上のスフィンゴ脂質の生合成

においてSPT 反応からセラミド合成までは小

胞体で行われそれ以後の反応はゴルジ体で行わ

れる 一方SM や GSL はスフィンゴミエリナー

ゼやグルコシダーゼなどにより分解されて Cerを生成する(図1⑦⑧)この Cer はセラミ

ダーゼによりSphと脂肪酸に分解され(図1⑨)

Sph はスフィンゴシンキナーゼにより S1P に変

換される(図1⑩)さらにS1P は S1P リアー

ゼにより分解されホスホエタノールアミンと脂

肪アルデヒドに変換される(図1⑪) 筆者らはスフィンゴ脂質の生合成機構や機能

を明らかにする目的でCHO-K1 細胞からさま

ざまなスフィンゴ脂質代謝変異株を分離して研

究を行ってきたまず初めにスフィンゴ脂質生

合成反応の初発段階を触媒する SPT をポリエス

テル布上で in situ に測定する方法を考案しこ

の活性が温度感受性となった変異株 SPB-1 株を

分離することに成功したそしてこの変異株を

用いた研究によりスフィンゴ脂質が動物細胞の

増殖に必須であることを初めて明らかにするこ

とができた(1)またSPT は少なくとも二つの

遺伝子産物(LCB1 LCB2)から構成されSPB-1は lcb1 遺伝子に欠損を有することを明らかにし

た(2)SPB-1 細胞を用いることによりラフト

に存在する GPI-アンカー蛋白質がスフィンゴ脂

質と細胞膜上で相互作用していることを細胞レ

ベルで初めて明らかにすることができた(3) さらに我が国の研究者によって発見されたシ

マミミズの体腔液由来のライセニンと呼ばれる

溶血性蛋白質が SM に特異的に結合して細胞毒

性を発揮することに着目しライセニン耐性変異

株を分離することにより SM 生合成が異常と

なった変異株を数種類分離することに成功した

そしてこれらの中にSPB-1 と同様に SPT に

損傷を持つ変異株(LY-B)に加え(4)LY-B とは

異なった部位に損傷を有すると考えられる新し

いタイプの変異株(LY-A)を見出した(5)LY-A株の解析を進めた結果この変異株では小胞体で

生合成された Cer がゴルジ体に輸送されないた

めに SM 合成ができないことが示唆されたその

後細胞膜に小孔を開けた semi-intact 細胞にお

いてATP依存性のCerの小胞体-ゴルジ体間輸送

を再現する実験系を開発しこの in vitro 再構

成系を用いた解析からATP 依存性の Cer 輸送

にはサイトソル蛋白質が必要であることを明ら

かにするとともにLY-A 株の欠損はサイトソル

因子の欠損に起因していることを明らかにした(6)

図2CERT を介するセラミドの小胞体からゴルジ体へ

の選別輸送機構 続いてLY-A 株の損傷を相補する cDNA のク

ローニングにも成功した(7)CERT(Ceramide trafficking protein)と命名したこの遺伝子産物

は大変興味深いことに少なくとも3つのドメ

インから形成されそれぞれのドメインが Cerを小胞体からゴルジ体へ輸送するのに相応しい

機能を有することが明らかとなった(図2)す

なわち120 個のアミノ酸残基からなるアミノ末

端領域にはゴルジ体膜の脂質成分の一つである

ホスファチジルイノシトール-4-リン酸(PI4P)に結合する活性を持つ PH ドメインが存在する

中央部には蛋白質の自己集合に関与すると言わ

れている coiled-coil モチーフを含む MR ドメイ

ンが存在しこのドメインにある FFAT モチーフ

と呼ばれる短鎖ペプチドが小胞体に存在する

VAP と呼ばれるタンパク質と相互作用すること

によりCERT を小胞体へターゲティングするこ

とを明らかにした(8)そして230 個のアミノ

酸から成るカルボキシ末端領域にはSTARTドメ

インが存在しこのドメインは Cer を特異的に

認識することが示されたこのことはSTARTドメインの結晶構造解析によっても確認された(9)これらの結果からCERT は小胞体で生

合成されたCerをSTARTドメインの働きで小胞

体膜から引き抜きその後PH ドメインの働き

でセラミドをゴルジ体へと選別輸送することを

提唱した(図2)最近PH ドメインにあるセ

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 4

リンリピートモチーフ部位がリン酸化されるこ

とおよびリン酸化により Cer の輸送が抑制さ

れることが明らかとなった(10)PH ドメインの

リン酸化によりPH ドメインと START ドメイ

ンが相互作用しそれぞれのドメインが PI4P あ

るいは Cer を結合できなくなるものと推定して

いる 膜脂質生合成過程での脂質輸送機構について

は蛋白質と共に行われる膜小胞輸送機構が推定

されてきた筆者らの CERT の発見はCer が

「分子引き抜き転移」機構で選別輸送されること

を初めて示したものとしてあるいは膜リン脂質

生合成に関わる特異的な脂質選別輸送装置を分

子レベルで初めて同定したものとして大きな反

響を呼んでいるCer はスフィンゴ脂質の生合

成中間体としてだけではなく細胞内シグナル伝

達にも関与する脂質であり従ってCERT はシ

グナル伝達にも関与する可能性が考えられる最

近リソソームにおいて糖脂質の分解のために働

いていると考えられてきたサポシンと呼ばれる

蛋白質が細胞内に入り込んだ結核菌の糖脂質を

CD1d と呼ばれる抗原提示蛋白質に転移する機

能も有することが明らかにされた(11)細胞内に

はまだ数多くの種類の脂質輸送蛋白質が存在し

その機能も多岐にわたるものと推定されこれら

脂質輸送蛋白質と疾病との関連も出てくると予

測される 3スフィンゴ脂質の機能解析と創薬への展開 (1)C型肝炎ウイルス(HCV)複製における

スフィンゴ脂質の役割解明と創薬 HCV は高頻度に肝臓へ持続感染し高効率に

慢性肝炎を引き起こし慢性的に起こる肝臓での

炎症は肝硬変を誘発し更には肝癌を発生させる

ことが知られている日本では 200〜300 万人に

及ぶ HCV 感染者がおり毎年4万人ものヒトが

肝癌を発症している現在HCV に対する治療

法として抗ウイルス作用を持つインターフェロ

ン治療が行われているしかし約 40の患者

でしか効果が認められず副作用も大きいため

さらに安全で有効な治療薬の開発が求められて

いる S Shi らは新たに合成された HCV RNA が

斑点状の構造体に局在しこの構造体には HCVの非構造タンパク質も存在すること並びに

HCV RNA や非構造タンパク質がラフト分画に

存在することを示しHCV の複製がラフト上で

行われることを報告した(12)ラフトの形成には

コレステロールとスフィンゴ脂質が必須であり

細胞からコレステロールを除去すると HCV の

RNA 合成が阻害されることも報告された(13) H Sakamoto らはHCV レプリコン細胞を使

用したハイスループットスクリーニングにより

カビの一種である Fusarium spより HCV レプ

リコンの複製を阻害する化合物 NA255(図 3)を発見した(14)NA255 の抗レプリコン活性の

IC50 は 2nM であり一方細胞毒性を示す濃度

は 50μM 以上であり高い選択性を示した

NA255 の化学構造はSPT の特異的阻害剤であ

るミリオシンと類似しておりNA255 も nM オ

ーダーの濃度で SPT 活性を強く阻害した更に

RNA ポリメラーゼである NS5B タンパク質には

スフィンゴミエリンと結合するドメインが存在

することも明らかにされたNA255 によりスフ

ィンゴミエリン合成が阻害されるとRNAポリメ

ラーゼがラフト上のHCV複製複合体に集合でき

なくなりその結果 HCV の複製が阻害されるも

のと推定されているNA255 のような宿主因子

をターゲットとする抗 HCV 薬はウイルス因子

をターゲットとする薬剤と異なり耐性株の出現

頻度は極めて低いと考えられ今後の進展が期待

される (2)セラミドを分子標的とする細胞死の制御 岡崎らはヒト骨髄性白血病 HL-60 細胞が

活性型ビタミンD3によって単球系に分化する際

にSM 分解によって一過的に生じる Cer が細胞

内脂質メディエーターとして働くことを提唱し

た(15)Cer は HL-60 細胞の分化誘導以外にもア

ポトーシスを引き起こすことも明らかにされ腫

瘍細胞特に血液腫瘍細胞である白血病やリンパ

腫細胞において細胞死誘導脂質 Cer を増加させ

ることでこれまでに抗ガン剤に耐性に陥ってい

た腫瘍細胞における抗ガン剤感受性を回復する

ことを目的とし研究が進められている(16)一つ

の手法として Cer を SM に変換するSM合成酵

素の機能を阻害することで Cer の細胞内蓄積増

強を誘導することで細胞死を亢進することを検

討しある種のSM合成酵素の阻害剤が白血病

抗ガン剤耐性 HL-60ADR 細胞の細胞死を誘導

することを見出しているCer を分子標的とする

細胞死の制御は抗がん剤耐性克服のためのスト

ラテジーとして興味が持たれる (3)スフィンゴシンー1―リン酸(S1P)をタ

ーゲットとする免疫抑制剤

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 5

藤多らはマウス同種リンパ球混合反応を阻害

する化合物 IPS-1(ミリオシン)(図3)を冬虫

夏草の一種である Isaria sinclairii の培養濾液

から発見した(17)この免疫抑制物質 ISP-1 はス

フィンゴイド類似体であり小堤らにより SPTを強く阻害することが明らかにされた(18)興味

深いことにISP-1 は他の細胞では増殖阻害を起

こさない低濃度でも IL-2 依存性 T 細胞 CTLL-2の増殖を阻害し免疫抑制剤として注目された(18)その後千葉らはIPS-1 の構造変換化合

物の中から同種移植および自己免疫疾患モデル

において強力な抑制効果を示す化合物 FTY720(図3)を見出しこの化合物は生体内ではスフ

ィンゴシンキナーゼによって速やかに FTY720リン酸(FTY720-P)に変換されS1P の受容体

にアゴニストとして作用することを明らかにし

た(19)

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OHO

COOH

OH

NH2

OH

OH

ONHO

OH

OOHO

COOH

O

NH

OH

OH

O

n=1~11

スフィンゴシン

セラミド

IPS-1(ミリオシン)

FTY720

NA255

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OHO

COOH

OH

NH2

OH

OHO

COOH

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OH

ONHO

OH

OOHO

COOH

O

OH

ONHO

OH

OOHO

COOH

O

NH

OH

OH

O

n=1~11

NH

OH

OH

O

n=1~11

スフィンゴシン

セラミド

IPS-1(ミリオシン)

FTY720

NA255 図3スフィンゴシンセラミドに類似した構造を有す

る薬物の構造式

ところで脂質メディエーターとして注目され

ている S1P の受容体は現在までに5種類

(S1P1~S1P5)同定されておりリンパ球におい

ては S1P1が強く発現しているS1P1はリンパ球

が胸腺や二次リンパ系組織から外に移出される

過程で発現が増強され血小板から産生されて血

中に高濃度存在する S1P の濃度勾配にしたがっ

てリンパ組織から血中に移行するFTY720-P は

S1P に構造が類似するためS1P1 に結合しそ

のダウンレギュレーションを長時間誘導するこ

とが判明した(20)従ってFTY720 で処理され

たリンパ球では S1P1の発現が著しく減少するた

めリンパ組織からの循環リンパ球の移出が阻害

され免疫抑制が発揮されるものと考えられてい

る現在FTY720 の多発性硬化症を対象とした

臨床試験が行われつつあり優れた治療効果を示

すことが報告されている 国沢らは腸管免疫システムにおける S1P の

役割を検討しパイエル板などの腸管関連リンパ

組織(gut-associated lymphoid tissue GALT)の B-2 細胞を介した腸管分泌型 IgA 産生並び

に腹腔 B-1 細胞を介した腸管分泌型 IgA 産生の

両経路においてS1P が重要な役割を果たし

FTY720 は両者を共に阻害することを明らかに

している(21)またS1P は食物アレルギーや潰

瘍性大腸炎などの腸管免疫疾患にも関わること

がモデルマウスで示されこれら疾患が FTY720処理により改善されることも示されている(21) 4おわりに 構造物性代謝の生化学を軸として発展して

きた脂質研究は分子生物学や細胞生物学の手法

を取り入れリピドの生物学的役割に目を向けた

リピドバイオロジーへと発展変容し生命の分

子レベルでの理解に大きく貢献しつつある脂質

研究の注目度を大きく高めたのはシグナル伝達

におけるイノシトールリン脂質の代謝回転とプ

ロテインキナーゼCの発見であるこの画期的な

研究に続き膜の構成成分と見られてきた脂質か

らプロスタグランジンロイコトリエンPA

Fリゾホスファチジン酸スフィンゴシン-1

-リン酸2-アラキドノイルグリセロールなど

数多くの生理活性脂質が産生されることが判明

し更にこれら生理活性脂質の生合成酵素や受容

体が同定され癌浸潤転移炎症免疫神経

機能など実に広い領域における脂質の役割が解

明されつつある今後脂質をターゲットとする

薬物開発への取り組みがさらに拡大されること

を期待している

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 6

参考文献 1) Hanada K Nishijima M et al J Biol Chem 265 22137-22142 (1990) 2) Hanada K HaraT et al J Biol Chem 275 8409-8415 (2000) 3) Hanada K Izawa K et al J Biol Chem 268 13820-13823 (1993) 4) Hanada K HaraT et al J Biol Chem 273 33787-33794 (1998) 5) Fukasawa M Nishijima M et al J Cell Biol 144 673-685 (1999) 6) Funakoshi T Yasuda S et al J Biol Chem 275 29938-29945 (2000) 7) Hanada K Kumagai K et al Nature 426 803-809 (2003) 8) Kawano M Kumagai K et al J Biol Chem 281 30279-30288 (2006) 9) Kudo N Kumagai K et al Proc Natl Acad Sci USA 105 488-493 (2008) 10) Kumagai K Kawano M et al J Biol Chem 282 17758-17766 (2007) 11) Winau F Schwierzeck V et al Nat Immunol 5 169-174 (2004) 12) Shi ST Lee KJ et al J Virol 77 4160-4168 (2003) 13) Aizaki H Lee KJ et al Virology 324 450-461 (2004) 14) Sakamoto H Okamoto K et al Nat Chem Biol 1 333-337 (2005) 15) Okazaki T Bell RM et al J Biol Chem 264 19076-19080 (1989) 16) Okazaki T Rinsho Byori 53 413-421 (2005) 17) Fujita T Inoue K et al J Antibiotics 47 208-215 (1994) 18) Miyake Y Kozutsumi Y et al Biochem Biophys Res Commun 211 396-403 (1995) 19) Chiba K Pharmacol Ther 108 308-319 (2005) 20) Chiba K Matsuyuki H et al Cell Mol Immunol 3 11-19 (2006) 21) 國澤 純清野 宏 実験医学 25 147-155 (2007)

略 歴 西島 正弘 (Masahiro NISHIJIMA)1974 年東大薬博士課程修了国立予防衛生研究

所(予研)研究員1975 年東大学薬学部助手1977 年ウィスコンシン大学留学1980 年予研化学部室長

1994年予研細胞化学部部長1996年国立感染症研究所細胞化学部部長2006年同志社女子大学薬学部教授

2006 年国立医薬品食品衛生研究所所長同志社女子大学薬学部客員教授

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薬学研究最前線

MM-PBSA 法を用いたキチナーゼ阻害剤 Argadin

および Argifin の結合自由エネルギー計算

合田 浩明柳井 雄一広野 修一(北里大学薬学部)

1 はじめに キチナーゼはキチンの加水分解を触媒する酵

素で霊菌真菌昆虫類からヒトまで幅広く分

布している真菌および昆虫類にとってキチン

は生体の主要な構造成分であるのでキチナーゼ

はその生命活動に必須の酵素となっているそれ

ゆえ真菌および昆虫類のキチナーゼに対する阻

害剤には抗真菌薬および殺虫剤の可能性がある

一方ヒトにも2種類のキチナーゼ(ヒトキチ

ナーゼ1およびヒト酸性キチナーゼ)が存在する

2004年に Zhuらにより行われたマウス喘息疾患

モデルを用いた実験により酸性キチナーゼが喘

息炎症反応に関与していることおよび酸性キチ

ナーゼ活性を阻害することで炎症を抑制できる

ことが報告された 1)したがってヒト酸性キチ

ナーゼに対する阻害剤には喘息治療薬としての

機能が期待される

最近北里生命科学研究所においてキチナー

ゼ阻害剤Argifin および Argadinが発見され

た 23)Argifin および Argadin は共に1つ

の Arg 残基を含む5つのアミノ酸残基からなる

環状ペプチド性化合物で大きさ的にもよく似て

いる(図1)しかし興味深いことにArgadinがArgifinよりも非常に強いキチナーゼ阻害活性

を示す(図1)特に霊菌のキチナーゼB(ChiB)に対してArgadin の阻害定数(Ki = 20 nM)はArgifinの定数(Ki = 33000 nM)より1000倍以上

強い阻害定数は結合自由エネルギーに関連づけ

ることができるのでArgadin の結合自由エネル

ギー(∆Gbind(実験) = ndash1092 kcalmol)はArgifinの値(∆Gbind(実験) = ndash636 kcalmol)より456 kcalmol 強いことになる既にArgifinminusChiB複合体および ArgadinminusChiB 複合体のX線結

晶構造が報告されており(図2)両者を比較する

ことでArgifinとArgadinの相互作用様式の違い

については議論されている(例えばArgifin の

Arg(1)は ChiB の D142E144および Y214 と

水素結合を形成しているがArgadin の Arg(1)は Aminoadipic acid(5)と分子内水素結合を形成

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 8

しChiB の W97 および W220 からなる疎水ポ

ケットに収まっている)4)しかし構造比較だけ

ではこの結合親和性の違いを定量的に説明する

ことはできないそこで本研究ではKollman博士らにより提案された MM-PBSA (Molecular Mechanics PoissonndashBoltzmann Surface Area)法 5)をこの系に適用しArgifin お

よび Argadin の結合自由エネルギー解析を行っ

た 6)これにより物理化学的観点から結合親和

性の違いを定量的に解析するまた計算結果を

用いて結合親和性の改善が期待できる Argifin誘導体(構成アミノ酸を別のアミノ酸で置換した

誘導体)の論理的分子設計を行うこれらの結果

はキチナーゼを標的にした新規な抗真菌薬殺

虫剤および喘息治療薬の開発に有用な情報を与

えると思われる 2 MM-PBSA 法 MM-PBSA 法ではタンパク質minusリガンド複合

体タンパク質単独およびリガンド単独の溶液

構造アンサンブルを必要とするしたがって厳

密に行う場合にはそれぞれについて水溶液中で

の分子動力学(MD)シミュレーションを行いそ

れぞれの溶液構造アンサンブルを算出する必要

があるこの中で複合体およびタンパク質単独

のシミュレーションは取り扱う原子数が巨大で

あるため非常に時間がかかるしかし複合体

中のタンパク質構造がその単独溶液構造とほぼ

同じであると仮定できる場合には複合体につい

ての MD シミュレーションだけを行いその溶

液構造アンサンブルからリガンドを取り除くこ

とでタンパク質単独の溶液構造アンサンブルを

用意することができるChiB 単独のX線結晶構

造はArgifin(および Argadin)との複合体におけ

る ChiB 構造とほとんど同じであった 7)そこで

本研究においてもこの近似法を用いているまた

非常に多くの場合においてこの近似法が有効で

あることが報告されている 8-12) 次に複合体タンパク質単独およびリガンド

単独の溶液構造アンサンブルを用いて図3のよ

うな熱力学サイクルを考えるこのサイクルにお

いて求めるべき結合自由エネルギー(∆Gbind(計算))は次のように表される ∆Gbind(計算) = ∆Ggas + Gsolv_complex ndash Gsolv_protein ndash

Gsolv_ligand (1) ここで∆Ggas は気相中における結合エネルギー

を表しているこの項は複合体タンパク質単

独およびリガンド単独の溶液構造アンサンブル

が持つ分子力学(Molecular Mechanics)エネルギ

ーを AMBER 等のパラメータ 13)を用いて計算し

差をとることで計算される具体的に∆Ggas は

次の項の和となる

∆Ggas = ∆Eint + ∆EVDW + ∆Eelec ndash T∆Ssolute (2) ∆Eint は結合時のリガンドの構造変化に伴う内部

エネルギー変化(結合長結合角二面角に関す

るエネルギー変化)∆EVDW はタンパク質minusリガ

ンド間の van der Waals 相互作用エネルギー

∆Eelec はタンパク質minusリガンド間の静電相互作用

エネルギーT∆Ssoluteは結合に伴う分子のエント

ロピー変化である 式(1)におけるGsolv_complexGsolv_proteinおよび

Gsolv_ligand はそれぞれ複合体タンパク質単

独およびリガンド単独の溶液構造アンサンブル

についての水和自由エネルギーを表している例

え ば Gsolv_complex は 次 の よ う に 極 性 項

(GPB_complex電荷が寄与するエネルギーを表す

項)と非極性項(GSA_complex水分子との van der Waals 相互作用エネルギーと空洞形成や水分子

の再配置に必要なエネルギーを表す項)に分割さ

れて計算される Gsolv_complex = GPB_complex + GSA_complex (3)

GPB_complexはDelphi14)等のプログラムを用いて

Poisson-Boltzmann 方程式を数値的に解くこと

によりGSA_complex は表面積(Surface Area)に依

存した経験式により求められるところで式(1)中における水和自由エネルギー項の寄与は複

合体の水和自由エネルギーからタンパク質単独

とリガンド単独の水和自由エネルギーを引いた

形になっておりこれはまさに結合に伴う水和自

由エネルギーの変化(∆Gsolv)を表している ∆Gsolv = Gsolv_complex ndash Gsolv_protein ndash Gsolv_ligand

= GPB_complex + GSA_complex ndash ( GPB_protein

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 9

+ GSA_ptrotein ) ndash ( GPB_ligand + GSA_ligand )

= ( GPB_complex ndash GPB_protein ndash GPB_ligand ) + ( GSA_complex ndash GSA_protein ndash GSA_ligand ) = ∆GPB + ∆GSA (4)

このようにMM-PBSA 法は熱力学サイクル

を利用することにより結合に伴う水和自由エネ

ルギー変化をきちんと考慮するため非常に精度

の高い結合自由エネルギーを与えることができ

る最終的に∆Gbind(計算)は次の項の和で計算さ

れる ∆Gbind(計算) = ∆Ggas + ∆Gsolv

= ∆Eint + ∆EVDW + ∆Eelec ndash T∆Ssolute + ∆GPB + ∆GSA (5)

3 計算結果 本研究ではArgifnminusChiB(ArgadinminusChiB)複合体Argifn(Argadin)単独についてそれぞれ

1700ps の MD シミュレーションを行った計算

には AMBER 715)を用いた構造が平衡に達した

と思われる後半 1000ps から 10ps 毎に全部で

100 個のスナップショットを取り出しそれぞれ

の系の溶液構造アンサンブルとしたまた先程記

したようにChiB 単独の溶液構造アンサンブル

は複合体の溶液構造アンサンブルからリガンド

を取り除くことで用意したこれら溶液構造アン

サンブルを用いて MM-PBSA 計算を行った結果

を表1に示す計算された結合自由エネルギー値

(∆Gbind( 計算 )) は Argifin に対して ndash698 kcalmolArgadin に対してndash1116 kcalmol であった実験値(∆Gbind(実験))はそれぞれndash636 kcalmol およびndash1092 kcalmol であるから

MM-PBSA 法が実験値を非常によく再現してい

ることがわかるまた式(5)の各項を調べるこ

とで結合過程における物理化学的性質を議論す

ることができる例えば∆Eint の項は ArgifinではほとんどゼロであるがArgadin では結合に

対して 526 kcalmol 不利になっているこのこ

とはChiB に結合する際にArgifn はほとんど

構造変化を起こさないがArgadin は 5 kcalmol程度のエネルギー損失に相当する構造変化を引

き起こすことを示している 図4に MD シミュレーションで得られた各リガ

ンドの複合体中における構造(結合配座)と単独

溶液構造の比較を示す確かにArgifin ではそ

の結合配座と単独溶液構造がよく似ているが

Argadin の結合配座はその単独溶液構造と大き

く異なっていることがわかるまた結合自由エ

ネルギーに対して電荷が寄与する項(∆Gelectot)は∆Eelec と∆GPB の和で表されるがこの値は

Argifin および Argadin 共に正の値になっている

これは両者の複合体形成は静電的には不利で

あることを示しているしたがって両者の複合

体形成は van der Waals 相互作用(∆EVDW)と水和

自由エネルギーの非極性寄与(∆GSA)により安定

化されていることがわかる

MM-PBSA 法により計算された Argifn と

Argadin の間の相対結合自由エネルギー

(∆∆Gbind(計算))は418 kcalmol となりこれも

実験値456 kcalmolをよく再現していた表

1より両者の複合体形成に重要な役割を果たし

ている van der Waals 相互作用(∆EVDW)と水和自

由エネルギーの非極性寄与 (∆GSA)が共に

Argadin において Argifin より有利になっており

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 10

これらが Argadin の高親和性を生じさせている

ことがわかる特にArgadin の van der Waals相互作用エネルギー(∆EVDW)は Argifin の値より

約 12 kcalmol も有利でありこれが主な要因と

なっている図5に Argifin と ChiB の各アミノ

酸残基との間の van der Waals 相互作用エネル

ギー値から Argadin についての値を差し引いた

ものをプロットした

負の値を持つ残基は Argifin と正の値を持つ残

基は Argadin とより強く van der Waals 相互作

用している残基であるこれよりE144M212W220Y292I339および W403 の6個の残

基が Argadin とより有利な van der Waals 相互

作用を形成していることがわかる特にW220とW403はそれぞれ460および453 kcalmolと非常に大きく有利となっていたこれら値の和

は913 kcalmolとなりArgifin と Argadinの間の van der Waals 相互作用エネルギー差の

ほとんどを占めていることがわかるしたがって

ChiB に対する Argadin の高親和性は主に

Argadin とこの二つの Trp 残基との間の非常に

有利な van der Waals 相互作用に起因すると考

えられるところでW220 を Ala 残基に置換し

たChiB変異体(W220A変異体)に対してArgifinおよび Argadin はそれぞれndash418およびndash752 kcalmol の結合自由エネルギー値を示すことが

実験的に報告されている 4)これよりW220 を

Ala 残基に置換したことによる結合自由エネル

ギー損失はArgifin および Argadin に対して

それぞれ151および 340 kcalmol となり

Argadin についての損失のほうがより大きいこ

れはArgadin と W220 の相互作用が Argadinの高親和性に大きく寄与していることを支持す

る実験結果である

4 ChiB に対して高親和性を有する Argifin 誘

導体の分子設計 最近北里生命科学研究所において Argifin の

全合成経路が確立されたこれによりさまざま

な Argifin 誘導体(構成アミノ酸を別のアミノ酸

で置換した誘導体)の合成が可能になったそこ

で今回得られた計算結果を使用して結合親和

性の改善が期待できるArgifin誘導体の論理的分

子設計を行ったMM-PBSA計算結果によると

Argadin の高親和性の主な要因はより有利な

van der Waals 相互作用であるそこでChiBとの van der Waals 相互作用が改善されるよう

な Argifin 誘導体を分子設計すればその結合親

和性が Argadin のように強くなるのではないか

と予想された図6AにArgifinminusChiB 複合体

における Argifin の D-Ala(5)周辺を示している これよりD-Ala(5)周辺には比較的大きな空間的

スペースがありその近傍には ChiB の疎水性残

基 F12F51Y98 が存在することがわかった

そこでD-Ala(5)を嵩高い側鎖を持つ疎水性アミ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 11

ノ酸残基に置換すればChiB との van der Waals 相互作用および疎水相互作用がより有利

になり結合親和性が改善されるのではないかと

考えたそこでD-Ala(5)を D-ValD-LeuD-PheおよびD-Trpで置換したArgifin誘導体を分子設

計しChiB との複合体構造モデリングを行った

図6Bに D-Ala(5)を D-Trp(5)で置換した変異体

(A5W 変異体)についての複合体モデル構造を示

す導入された D-Trp(5)の側鎖が空間的スペ

ースをうまく充填していることがわかる表2に

複 合 体 モ デ ル 構 造 を 用 い た 一 点 計 算 の

MM-PBSA 法による各誘導体の相対結合自由エ

ネルギー評価を示すD-Ala(5)を D-LeuD-Pheおよび D-Trp で置換することで実際に van der Waals 相互作用が改善され結合親和性がより強

くなりそうなことがわかった特にA5W 誘導

体に対しては 5 kcal程度の大きな改善が期待で

きArgadin に匹敵する結合親和性を有すること

が予想された 5 おわりに 本研究ではMM-PBSA 法を適用することに

よりChiB に対する Argifin と Argadin の結合

親和性の違いを定量的かつ物理化学的観点から

解析したさらにこの結果を利用することで

結合能の改善が期待できるArgifin誘導体の論理

的分子設計が可能になった現在これら誘導体

の合成研究が行われている 6 謝辞 本研究は科学研究費補助金(19590043)財

団法人武田科学振興財団財団法人持田記念医学

薬学振興財団などの助成を受けて行ったもので

ありその資金援助に深く感謝します

参考文献 1) Zhu Z Zheng T Homer R J Kim Y K Chen N Y Cohn L Hamid Q Elias J A Science 2004 304 1678 2) Shiomi K Arai N Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Tetrahedron Lett 2000 41 2141 3) Arai N Shiomi K Yamaguchi Y Masuma R Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Chem Pharm Bull (Tokyo) 2000

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P Srinivasan J Case D A Cheatham III T E Acc Chem Res 2000 33 889 6) Gouda H Yanai Y Sugawara A Sunazuka T Ōmura S Hirono H Bioorg Med Chem 2008 In press 7) van Aalten D M F Synstad B Brurberg M B Hough E Riise B W Eijsink V G H Wierenga R K Proc Natl Acad

Sci USA 2000 97 5842 8) Massova I Kollman P A J Am Chem Soc 1999 121 8133 9) Chong L T Duan Y Wang L Massova I Kollman P A Proc Natl Acad Sci USA 1999 96 14330 10) Masukawa K M Kollman P A Kuntz I D J Med Chem 2003 46 5628 11) Gouda H Kuntz I D Case D A Kollman P A Biopolymers 2003 68 16 12) Spackovaacute N Cheatham III T E Ryjaacutecek F Lankas F Van Meervelt L Hobza P Sponer J J Am Chem Soc 2003 125

1759 13) Cornell W D Cieplak P Bayly C I Gould I R Merz K M Jr Ferguson D M Spellmeyer D C Fox T Caldwell J

W Kollman P A J Am Chem Soc 1995 117 5179 14) Honig B Nicholls A Science 1995 268 1144 15) Case D A Pearlman D A Caldwell J W Cheatham T E Wang J Ross W S Simmerling C L Darden T A Merz

K M Stanton R V Cheng A L Vincent J J Crowley M Tsui V Gohlke H Radmer R J Duan Y Pitera J Massova I Seibel G L Singh U C Weiner P K Kollman P A AMBER7 University of California San Francisco 2002

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 12

略 歴 合田 浩明 (Gouda HIROAKI)1993 年東大薬博士課程終了博士(薬学)取得(株)日立製作所入社1995 年北里大学薬学部助手1998 年北里大学薬学部講師2000 年カリフォルニア大学サン

フランシスコ校博士研究員2002 年北里大学薬学部准教授

略 歴 広野 修一 (Hirono SHUICHI)1981 年東大薬博士課程終了薬学博士取得北里大学

薬学部助手1988 年北里大学薬学部講師1988 年カリフォルニア大学サンフランシスコ校博士研究員1990年北里大学薬学部大学助教授1994 年北里大学薬学部大学教授

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部会賞受賞者(1)

新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創生

小竹 良彦(エーザイ株式会社)

1はじめに 新たな「創薬ターゲット」を見出しそれに

基づいた画期的な新薬を創出することは研究開

発型製薬企業の生命線とされてきたゲノムサイ

エンスをはじめとした様々なアプローチによっ

て活発な創薬ターゲットの探索が進められてい

るが例えば先ずユニークな生理活性化合物を

見出しその標的分子を解明することは創薬タ

ーゲットを見出すことに他ならない一発必中の

創薬ターゲット探索法ともいえるこのアプロー

チは「ケミカルバイオロジー」の研究機軸の一

つでありこれまで創薬研究や細胞生物学の新た

な研究領域の扉を開けてきた我々は既存の抗

癌剤とは異なるユニークなメカニズムで優れた

抗腫瘍効果を発揮する天然物プラジエノライド

を見出しその標的分子を決定した同時にプ

ラジエノライド誘導体である新規抗癌剤 E7107を創出した

2プラジエノライドの発見と活性 我々は新規抗癌剤創出を目指して血管新生

因 子 で あ る Vascular Endotherial Growth Factor (VEGF)シグナルに着目しVEGF プロモ

ーター支配下の遺伝子発現を阻害する化合物の

探索を行ったVEGF プロモーター下流に

placental alkaline phosphatase(PLAP)をレポ

ーター遺伝子として組み込み低酸素条件刺激に

よる遺伝子(レポーター遺伝子)発現を評価する

cell-based assay を構築し(VEGF-PLAP assay)これを阻害する化合物のスクリーニングを行っ

たヒットしてくる化合物の作用点(標的分子)

が特定の一つに限定されないこの方法を敢えて

用いることで既存の抗癌剤とは異なるあるい

は未知のメカニズムに基づく阻害剤がヒットす

る可能性を期待したまたよりユニークなヒッ

ト化合物を求めて低分子化合物ライブラリーで

はなく天然物資源に特化してスクリーニングを

行ったここから見出されてきたのがプラジエ

ノライドである1) 2)

プ ラ ジ エ ノ ラ イ ド は Streptomyces platensis Mer-11107 から単離された二次代謝産

物で新規な 12 員環マクロライド化合物である

(図 1)当初得られた類縁体の中で最も活性の

高かったプラジエノライド B はin vitro で各種

癌細胞に対して nM オーダーで細胞増殖抑制活

性を示したまたin vivo においても優れた抗

腫瘍活性を発揮しヒト乳癌細胞 BSY-1 を移植

したヌードマウスモデルにおいては腫瘍が消失

した治癒マウスが観察されたさらにこの優れ

た抗腫瘍効果が既存の抗癌剤とは異なるメカニ

ズムに基づくことが複数のデータから示唆され

た3) この魅力的な天然物をリード化合物とした

探索研究を展開しさらに優れた活性安全性

物性プロファイルを有するプラジエノライド Dの半合成誘導体である E7017 を見出した4)また

プラジエノライドは 10 個の不斉炭素を有してい

ることからその絶対立体を確認する目的で全合

成研究を行ったプラジエノライド B および Dをそれぞれ 21 工程19 工程で合成し絶対立体

構造を明らかにした5)同時に天然からは得ら

れない新たなプラジエノライド類縁体の合成も

可能となった

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

図1プラジエノライドの化学構造

3プラジエノライドの結合分子探索 プラジエノライドが既存の抗癌剤とは異な

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 14

るメカニズムで抗腫瘍作用を発揮していること

が様々なデータから示唆されていたがその詳細

は不明なままであったこの解明に向けてプラジ

エノライドの標的分子探索を進めたこれによっ

て抗がん剤研究の新たな「創薬ターゲット」を

提示できる可能性と解明された標的分子作用

メカニズムを基にしたバイオマーカーなどを設

定することでより効率的な E7107 の臨床開発が

可能となることを期待したさらに臨床開発に

あたって患者様開発担当者臨床医政府関連

機関の皆様はじめ広く社会に E7107 の作用メカ

ニズムを科学的に説明してゆくことは企業研究

者の使命であるとも考えていた癌治療分野では

「分子標的治療薬」なるキーワードが定着してい

ることからも薬効を分子レベルで解明すべきで

あると考えたこれらの展望目的を達成するに

はプラジエノライドをケミカルプローブとして

用いその結合蛋白を決定することが最も合理的

であると考えた プラジエノライドから E7107 に至る探索研

究時に確立していた誘導体合成方法と得られて

いた構造活性相関を基にプラジエノライドの活

性が保持される位置にトリチウム(3H)蛍光タグ

(BODIPY-FL)光親和性基およびビオチンタグ

(photoaffinitybiotin PB)を導入した 3H プロー

ブBODIPY-FL プローブおよび PB プローブを

合成した(図 2)これらはin vitro にて nM オ

ーダーから sub-μM オーダーの細胞増殖抑制活

性を示しプラジエノライド標的分子への親和性

を維持していると判断されたこれらのプローブ

化合物を細胞に処理したことからそれぞれの結

合蛋白を放射活性蛍光によって追跡し

streptavidin-HRP を用いてその検出同定を試

みた6)

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

図2ケミカルプローブの化学構造

先ず結合蛋白の細胞内局在を 3H プローブ

および蛍光プローブを用いて検討した3H プロ

ーブを処理した細胞から細胞画分を調整し各画

分中の 3H 放射活性を測定したところ核フラク

ション中の放射活性が最も高かった(図 3a)次

いで蛍光プローブ処理した細胞の蛍光顕微鏡に

よる観察ではプローブが核内の顆粒状構造に局

在することが確認された(図 3b)この顆粒は核

スペックルのマーカーである SC-35 の局在と完

全に一致した核スペックルは転写やスプライシ

ングに関わる蛋白が高密度に存在する構造体で

あることから結合蛋白が転写因子やスプライシ

ング関連因子である可能性が示された

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

図3ケミカルプローブの細胞内局在

結合蛋白を更に絞り込む目的で3H プロー

ブ処理した細胞から調整した核フラクションに

対して転写スプライシングに関連する様々な

因子への抗体を用いて免疫沈降実験を行い3Hプローブが共沈される抗体を探索したその結果

6 つの抗体で 3H 放射活性の共沈が観察された

その 5 つはスプライシングにおいて必須の働き

をしている U2 small nuclear ribonucleoprotein (U2 snRNP)に存在する蛋白(または構造)に対

する抗体であった残る 1 つは U2 snRNP との

複合体形成が報告されているサイクリン E に対

する抗体であった(図 4)この結果から結合蛋

白は U2 snRNP 複合体中に存在すると考えられ

た U2 snRNP は巨大な蛋白複合体でありSm

コア蛋白スプライシングファクターSF3aSF3b といったサブユニットから構成される巨大

な複合体である真核生物ではDNA から転写

された mRNA 前駆体 (pre-mRNA) にイントロ

ンと呼ばれる蛋白質のアミノ酸配列の遺伝情報

をもたない部分が含まれている遺伝子情報を蛋

白質へと翻訳するにはこのイントロンを取り除

きアミノ酸配列の情報をもつエキソンだけを正

確につなぎ合わせる必要があるこの工程がスプ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 15

ライシングでありU2 snRNP はスプライシン

グに関わる代表的なマシナリーの一つである

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

図4U2 snRNP-cyclinecdk2 複合体

U2 snRNP にまで絞り込まれてきた結合蛋

白を可視化し検出する目的で光親和性ビオチ

ン(PB)プローブを用いた実験を行った光親

和性モイエティーは UV 照射によってラジカル

種を生じ近接する蛋白質と共有結合を形成する

ここでプローブが共有結合した蛋白をビオチン

を足がかりとしてストレプトアビジン-HRP に

よって検出したその結果約 140kDa の位置に

バンドが検出された(図 5)U2 snRNP の中で

この分子量を有する蛋白としてはSF3b サブユ

ニ ッ ト に 存 在 す る spliceosome associated protein (SAP)145 または SAP130 が挙げられる

る実際このバンド中に両者が存在することを

イムノブロッティングおよび質量分析によって

確認したしかしながらこの二つの蛋白はほぼ

同じ位置に検出されどちらが結合蛋白であるか

を結論づけられなかったそこでSAP145 と

SAP130 についてそれぞれ GFP 融合蛋白を発現

させた細胞を用いて同様の実験を行いプローブ

結合蛋白のバンドシフトが検出されるかを検証

したGFP-SAP130 発現細胞では約 170kDa の

位置に結合蛋白のバンドがシフトした一方

GFP-SAP145 発現細胞ではバンドシフトが観察

されなかったことからプローブの結合蛋白は

SAP130 であると結論づけられた

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

図5PB プローブによる結合蛋白の検出

上述してきた実験では全てプラジエノライ

ドおよび E7107 とプローブ化合物との競合実験

を行いプラジエノライド自体の結合蛋白も

SAP130 であることを確認したしかしここで

は詳細な説明を割愛させていただくが一連のデ

ータはプラジエノライドが細胞内に存在する全

ての SAP130 に結合するのではなくSF3b 複合

体を形成している SAP130 にのみ結合すること

が示唆された例えばSAP130 の発現を siRNA処理により抑制した細胞においては蛍光プロー

ブの核スペックルへの局在が観察されなかった

がSAP145 の発現を抑制した場合においてもそ

の局在は消失したこの結果は SAP130 への結

合には SAP145 の存在も必要であることを示唆

しておりプラジエノライドが SAP130 のみな

らずSAP145など他のSF3b構成蛋白質から構成

される SF3b 中のポケット構造にはまり込んで

いる可能性などが考えられた 4プラジエノライド標的分子としての

SF3b プラジエノライドの結合蛋白が SF3b 中の

SAP130 であることを付き止めたが次にこれ

がプラジエノライドの抗腫瘍活性に直接関係し

た結合蛋白すなわち「標的分子」であるかを検

証した先ずE7107 に至る探索研究の過程で

得ていた強弱さまざまな細胞増殖抑制活性を示

すプラジエノライド化合物をSF3b 複合体に対

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 16

する 3H プローブの結合に対して競合させたそ

の結果強い細胞増殖抑制活性を有する化合物が

より高い競合能を示したすなわちプラジエノ

ライド化合物の SF3b への親和性と抗腫瘍活性

が相関することが示された(図 6)この結果は

SF3b がプラジエノライドの抗腫瘍効果の標的分

子であることを強く示唆している

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

図6プラジエノライドの SF3b への 親和性と抗腫瘍活性との相関

次にプラジエノライドの SF3b への結合に

よってその機能が阻害されているか否かを検証

したスプライシングが阻害された場合イント

ロン配列が残った未成熟な mRNA が細胞内に出

現すると考えられるそこでプラジエノライド

処理した細胞から回収した mRNA をもとに

cDNA ライブラリーを構築しイントロン配列が

含まれる cDNA の存在をランダムにスクリーニ

ングしたその結果DNAJB1 などいくつかの

遺伝子のイントロン配列が確認されたこれらの

遺伝子についてスプライシングが阻害された

mRNA(unspliced form RNA)の存在を定量的

RT-PCR にて検証した結果プラジエノライド処

理の時間に依存して unspliced form の発現量の

上昇が観察された(図 7)またプラジエノラ

イドの処理濃度によっても unspliced form の上

昇が確認されたこのときスプライシング阻害

を来たす濃度は細胞増殖抑制活性を発揮する濃

度と一致したさらにプラジエノライドが抗腫

瘍効果を発揮する処理濃度において核スペック

ルの巨大化(メガスペックル)が観察された(図

8)同様の現象はin vitro レベルでスプライシ

ングの阻害を来たす抗トリメチルグアノシン

(TMG)抗体やU1 または U6 snRNA に対す

るアンチセンスRNAの核内インジェクションに

おいても観察されているこれらの結果からプ

ラジエノライドは SF3b に結合しその機能を阻

害することで抗腫瘍効果を発揮していると結論

づけた6)

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した 図7プラジエノライドによるスプライシング阻害

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した 図8プラジエノライド B による核スペックルの形態変化

5抗腫瘍作用のメカニズム考察 「スプライシングの阻害がなぜ抗腫瘍活性

につながるか」に関してはいくつかの可能性

が考えられる7) 例えばプラジエノライドに

よるスプライシング阻害が癌細胞の増殖や生存

に必須の遺伝子の発現を抑制し抗腫瘍効果を発

揮していることなどが考えられる遺伝子発現に

関わる工程すなわち転写mRNA プロセシ

ング(キャッピングスプライシングポリアデ

ニレーション)さらに mRNA の核外輸送とサ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 17

ーベイランスなどはそれぞれが独立して進行す

るのではなく全てがカップリングしたrdquogene expression factoryrdquoを形成していると考えられ

ている従ってスプライシングの阻害がgene expression factory を機能不全に陥れ遺伝子発

現を抑制することは可能性あるシナリオである

この作用によってプラジエノライドが当初の

VEGF-PLAP assay において阻害活性を示して

いた可能性が考えられるまたプラジエノライ

ド処理時に観察されたメガスペックルはDRBやアクチノマイシン D といった転写阻害剤の処

理によっても観察されることは示唆的である

6終わりに プラジエノライドの標的分子がスプライシ

ングファクターSF3b であることを突き止めた

これによってE7107 が既存の抗癌剤とは全く

異なる分子を標的とするrdquoFirst-in-Classrdquoの薬剤

であることを示すことができた同時にスプラ

イシングファクターSF3b が抗癌剤の新たな創薬

ターゲットになりうる可能性を示したE7107は現在欧米において臨床試験が進められてお

りSF3b の創薬ターゲットとしての真価は

E7107の臨床試験結果が示してゆくことになる

一方プラジエノライドによる SF3b の機能

阻害が抗腫瘍効果につながるメカニズムの詳細

な解明にはさらなる研究の深耕化が必要である

スプライシング阻害剤としてのプラジエノライ

ドを用いた研究からスプライシングと転写や他

の mRNA プロセシングさらには mRNA 核外

輸送やサーベイランスとのカップリングに分子

レベルでの新たな知見が加わることが期待され

るプラジエノライド研究を起点とした研究から

癌患者様に新たな希望を与える新薬が生まれる

と同時にgene expression factory の分子レベル

での解明など基礎科学の進展にも貢献すること

を期待している 謝辞 本研究はメルシャン(株)生物資源研究所

エーザイ(株)筑波研究所および KAN 研究所と

の共同研究によって進められてきたものである

土田外志夫博士(メルシャン)酒井孝博士水

井佳治博士(エーザイ)をはじめ共同研究者関

係者の皆様に深く感謝いたします

参考文献 1) Sakai T et al J Antibiot 57 173 (2004)

2) Sakai T et al J Antibiot 57 180 (2004)

3) Mizui Y et al J Antibiot 57 188 (2004)

4) Iwata M et al Proc Am Assoc Cancer Res 45 691 (2004)

5) Kanada R M Itoh D et al Angew Chem Int Ed 46 4350 (2007)

6) Kotake Y et al Nature Chem Biol 3 570 (2007)

7) 小竹良彦甲斐田大輔水井佳治吉田稔 蛋白質核酸酵素 53 28 (2008)

略 歴 小竹 良彦 (Yoshihiko KOTAKE)1989年 広島大学医学系研究科分子薬学系修了同年 エ

ーザイ(株)入社2004年より 創薬第二研究所主幹研究員1997年 薬学博士 研究テーマ新規抗癌剤の探索研究ケミカルバイオロジー

関心事生理活性天然物核内因子を標的とした創薬研究

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 18

部会賞受賞者(2)

日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析と

その患者個別化薬物治療への応用 斎藤 嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所機能生化学)

1はじめに

薬物に対する生体の反応性(薬物応答性)に

関しては個体差や人種差があり十分な有効性が

得られない場合や副作用を発現する場合も存在

し患者 QOL の低下をもたらす原因となってい

る薬物応答性に影響を与える因子として遺伝

的要因と環境的要因が考えられるがヒトゲノム

研究の進展に伴い薬物代謝酵素動態関連及び

受容体分子をコードする遺伝子の多型(主として

約 1000 塩基に 1 ヶ所存在する塩基置換や挿入

欠失)に基づくこれら分子の機能変化が 薬物応

答性の個体差発現に関与していることが明らか

となってきた1980 年代後半より特に薬物代

謝酵素に関し機能変化を伴う遺伝子多型が同定

されてきており中には機能がほぼ完全に消失す

る多型も知られているしかし単独多型部位に

着目したフェノタイプ - ジェノタイプ相関解析

では相反する結果が得られる場合も多く機能

影響が確立されたものは比較的少なかった我々

は平成 12 年度より一貫して日本人を対象と

した薬物応答関連遺伝子の多型解析を行うと共

に染色体上における遺伝子多型同士の組み合わ

せであるハプロタイプに着目しこれまでに多く

の薬物代謝酵素トランスポーター受容体等

につき日本人におけるハプロタイプ構造を明ら

かにしたまた発見した新規多型の機能影響を

in vitro 解析により解明した

2ハプロタイプ解析 我々はこれまでに約 50 種の遺伝子に関し主

としてエクソン領域及びエンハンサープロモー

ター領域を対象に直接シーケンシングによる多

型探索を行い約 2000 種の多型(うちアミノ

酸置換を引き起こすものは新規の約 150 種を含

む約 250 種)を見いだしたさらにこれらの

多型情報を基にハプロタイプ解析を行った 1 2)

表 1 に対象とした薬物応答関連遺伝子の一部を

示した

図1 連鎖不平衡とハプロタイプ解析

ヒトは両親より染色体を 1 本ずつ受け継いで

いるが減数分裂の際に相同組換えを起こす組

換えを起こしにくい領域ではその間の塩基配列

はあまり変化せず従って遺伝子多型の組み合わ

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 19

せも一定となる場合が多い(連鎖不平衡にあると

言う図 1)この同一染色体上に存在する多型

の組み合わせがハプロタイプである遺伝子多型

の機能影響が複数の多型により引き起こされる

場合や機能変化を引き起こす原因多型が未同定

であるものの解析したハプロタイプ上に存在す

る場合等にはフェノタイプとの相関解析に特に

有効な方法である世界的にも国際ハップマップ

プロジェクトが進行中であるが我々は薬物応答

関連遺伝子に特化しそれぞれ 100-500 人の日

本人を対象として高密度ハプロタイプを明らか

にした 実際にハプロタイプによる解析が功を奏した

例として以下のものが挙げられる a) 複数の機能変化をもたらす遺伝子多型が同一

遺伝子中に存在する場合機能影響がより明確に

なったケース

図2 UGT1A1 の遺伝子多型とハプロタイプ

グルクロン酸転移酵素 UGT1A1 は小胞体に

局在する第二相酵素である我々は日本人につき

UGT1A1 遺伝子中にin vitro 解析で大きな機能

低下を引き起こす6 (211GgtA Gly71Arg)及び

28 (TA6gtTA7)(図 2赤字)及び中程度の低下

を引き起こす27 (686CgtA Pro229Gln)及び60 (-3279TgtG) (青字)といういずれも酵素活性

の低下または蛋白質発現レベルの低下を引き起

こす多型を検出したこれらのハプロタイプ解析

の結果機能低下が大きい6 と28 は排他的に

存在することほとんどのケースで28 は60 と

同一ハプロタイプ上に存在すること27 は28

と同一ハプロタイプ上に存在することを見いだ

した(図 2)3)また 3rsquo-非翻訳領域に 3 多型

(1813CgtT 1941CgtG 2042CgtG)が連鎖してい

るIB ハプロタイプを同定した(緑字)図 3 に

示すように理論上別々の染色体上に機能低下

を起こす多型が存在する場合の方が同一染色体

上に存在する場合よりも大きな機能低下を引き

起こすUGT1A1 が活性代謝物 SN-38 の解毒代

謝に関わる抗がん剤イリノテカンや同じく

UGT1A1 が代謝に関わるビリルビンを対象とし

たその後の解析で日本人の UGT1A1 の遺伝子

多型では6 または28 を二本の染色体で共に

有する場合(ホモ接合)及び6 と28 の両者を

それぞれ別の染色体上で有する場合に体内動態

及び副作用への影響が大きいことから主として

6 と28 を指標とすれば良いことが明らかとな

った 4 5)さらに60 及びIB 単独では影響が弱

いものの60 - IB 組み合わせハプロタイプで

は28 に匹敵する影響を血中総ビリルビン濃度

に与え値を上昇させることを見いだした 5)

図3 多型影響のハプロタイプによる違い

b) 同一基質を代謝する酵素群の遺伝子が染色体

上で近傍に位置する場合各遺伝子のハプロタイ

プの組み合わせで総合的機能変化を推定しうる

ことを示したケース 薬物代謝酵素ではファミリーを形成する遺伝

子群が染色体上に並んで存在する場合があるこ

れらファミリー遺伝子の産物は基質特異性が異

なるものの同一基質を代謝するケースも多い

従って多型影響はファミリー遺伝子全体として

考える必要がある現在処方されている医薬品の

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 20

約半数の代謝に関わる重要なシトクロムP450分

子種 CYP3A である CYP3A4 と CYP3A5 の場合

では酵素活性の低下を引き起こす CYP3A416 (554CgtG Thr185Ser)とスプライシング異常に

より発現レベルの大幅な低下を引き起こす

CYP3A53(IVS3-237AgtG)が重要な多型であ

る我々は CYP3A4 及び CYP3A5 のハプロタイ

プを別々に明らかとした後その組み合わせも解

析した 6)その結果CYP3A416 を有する場合

CYP3A5 は野生型である1 をCYP3A53 を有

する場合CYP3A4 は1 をそれぞれ有すること

が明らかとなり重要な酵素としてある一定の

酵素活性が保たれるような組み合わせになって

いることが示唆された これ以外の例ではUGT1A7 と UGT1A1 の例

がありこの場合は酵素活性が低下する

UGT1A73 の約 67が UGT1A16(酵素活性低

下)と26が UGT1A128(発現レベル低下)

と連鎖しておりハプロタイプを形成していた 7)

UGT1A1 は肝臓等にUGT1A7 は消化管等に発

現しておりUGT1A73 を有する場合には

SN-38 などの解毒代謝が体内の多くの組織で低

下していると考えられる c) アミノ酸置換を起こさず単独多型部位の解析

では注目されてこなかった多型のみを有するハ

プロタイプが薬物動態パラメーターの変化を引

き起こすことを明らかにしたケース これにはまず抗てんかん薬カルバマゼピンに

おけるエポキシド加水分解酵素 EPHX1 のハプ

ロタイプが挙げられるカルバマゼピンは主と

して CYP3A4 により薬理活性を有するエポキシ

ド体に変換された後さらに EPHX1 によりジオ

ール体へと解毒代謝されるEPHX1 遺伝子中に

検出した多型の連鎖不平衡解析結果により3 つ

のブロックに分けてハプロタイプ解析を行った

がこのうちブロック 3 の1c ハプロタイプが

酵素活性の指標であるジオール体とエポキシド

体の血中濃度比の有意な上昇をもたらすことを

明らかにした(図 4)8)このハプロタイプは

1248GgtA(Lys416Lys)と IVS3-114GgtC という

それぞれアミノ酸置換を引き起こさないサイレ

ントの多型及びイントロン領域の多型のみを有

していたIVS3-114GgtC は他のハプロタイプに

も存在することから1248GgtA(Lys416Lys)またはこれと強く連鎖している未知の多型の効

果により酵素活性が上昇したと考えられる

図4 EPHX1 Block 31c ハプロタイプの カルバマゼピン解毒代謝への影響

この他の例としては抗がん剤パクリタキセル

の薬物動態変化における CYP2C8 のハプロタイ

プがあるパクリタキセルには CYP3A4 により

C3rsquo-p-水酸化体に代謝されさらに CYP2C8 に

よりジオール体に変換される経路が知られてい

るがCYP2C8 のイントロン多型 7 種で形成さ

れるIG ハプロタイプを有するヒトではC3rsquo-p-水酸化体の血中濃度-時間曲線下面積値が有し

ないヒトに比べて有意に高かった 9)従ってIGハプロタイプではCYP2C8 の酵素活性が低下

していると示唆された 以上のようにハプロタイプ解析は単独多型の

解析に比してより明確により包括的に機能影

響を明らかにすることが可能であることを示し

薬物応答性分子の解析におけるその有用性が示

された

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 21

3機能解析 新規に遺伝子多型を同定しても機能変化を引

き起こさなければいわゆるldquoジャンクrdquoの多型

であるまたハプロタイプを同定してもその中

のどの多型が機能変化に関連しているか不明で

あるそこでアミノ酸置換を伴う遺伝子多型を中

心に in vitro 機能解析を行い機能変化を引き起

こす多型を約 30 種同定したその一部を表 2に示す例えば上述の CYP3A416 多型はテ

ストステロンの水酸化活性を約 50低下させる

ことが in vitro で示されたため 10)in vivo の解

析でも注目しパクリタキセル等の薬物動態パラ

メーターの変化を引き起こすことを見いだした

11)また同じシトクロム P450 の一種 CYP1A2において8(1367GgtA Arg456His)15( 125CgtG Pro42Arg ) 16 ( 1130GgtA Arg377Gln)はそのアリル頻度は 0002-0004と低いもののいずれもヘム蛋白質レベルが低下

することにより95以上という大幅な活性低下

を引き起こすことを明らかにした 12)

表2 機能変化を示した薬物応答性遺伝子の多型

(シトクロム P450 の例)

4おわりに

以上のように日本人を対象に薬物動態変

化や有効性副作用発現に関わる重要な遺伝子多

型ハプロタイプを明らかとしたことは医薬品

の種類や投薬量等に関する治療方針を個別に決

定する患者個別化薬物治療の本邦における発展

に大きく寄与するものと考えるこれらの成果は

人種的に類似している東アジア諸国においても

有用であり現に我々が発見した遺伝子多型に関

する報告が韓国や中国から相次いでいるまた薬

物応答性遺伝子の多型影響を考慮してリード化

合物の最適化を行うことは臨床試験段階でのド

ロップアウトを防止する有力な手段になりえる

と考えられ本研究の成果は創薬の面からも有用

と思われる今後も未解析である硫酸転移酵素や

一部のトランスポーター群の解析を行うと共に

創薬及び臨床現場で有用と考えられる遺伝子多

型ハプロタイプのデータベース化を行い日本

におけるファーマコゲノミクス情報の有効活用

を促していきたい 謝 辞 本研究は国立医薬品食品衛生研究所機能生

化学部 澤田純一部長同薬理部 小澤正吾室長

(現岩手医科大学教授)をはじめとする国立医

薬品食品衛生研究所の先生方および国立がんセ

ンター国立国際医療センター岡山大学東京

女子医科大学をはじめとする共同研究機関の先

生方のご指導及び共同研究のもとに行われたも

のであり心より感謝申し上げますまた本研究

は医薬品医療機器総合機構医薬基盤研究所

厚生労働省文部科学省等より研究費の助成を受

けて行われたものでありここに深謝致します

参考文献 1) Saito Y et al Curr Pharmacogenomics 5 49-78 (2007)

2)斎藤嘉朗ら 細胞工学 26 1020-1025 (2007)

3) Sai K et al Clin Pharmacol Ther 75 501-515 (2004)

4) Minami H et al Pharmacogenet Genomics 17 497-504 (2007)

5) Saeki M et al Clin Chem 53 356-358 (2007)

6) Fukushima-Uesaka H et al Hum Mutat 23 100 (2004)

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 22

7) Saeki M et al Pharmacogenomics J 6 63-75 (2006)

8) Nakajima Y et al Eur J Clin Pharmacol 61 25-34 (2005)

9) Saito Y et al Pharmacogenet Genomics 17 461-471 (2007)

10) Murayama N et al Drug Metab Pharmacokinet 17 150-156 (2002)

11) Nakajima Y et al Clin Pharmacol Ther 80 179-191 (2006)

12) Saito Y et al Drug Metab Dispos 33 1905-1910 (2005)

略 歴 斎藤 嘉朗(Yoshiro SAITO)1989 年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了同年国立衛生

試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)機能生化学部 研究員1996 年博士(薬学)取得(東京大学)1998 年カナ

ダトロント大学医学部 博士研究員2000 年国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部 主任研究官2001 年同第二室

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部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 24

常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 1

巻 頭 言

薬学研究ビジョン部会に期待する 長野 哲雄(東京大学大学院薬学系研究科)

薬学部に 6年制の新教育体制が導入されて 2年

経ち4 年制との並立あるいは 6 年制単独など各

大学によりその体制は異なりますが大きな方向

は定まったと言えるでしょう薬学教育に携わる

多くの教員が現在この新教育体制を実りあるも

のにするため懸命の努力を続けています この様な状況下2008 年 3 月に開催される日

本薬学会第 128 年会(横浜)の会頭講演で私

は「日本薬学会 -輝かしい未来に向けて-」を

講演の演題にしましたこれは上記の新教育体制

を踏まえて日本薬学会が新たな輝かしい未来を

切り開くために何を具体的に行うべきかを論議

したいと考えたからです 過日NHK で鳥インフルエンザの特集番組が

放映されていましたこれは鳥インフルエンザの

世界的流行(pandemic)により万を超える多数

の死者が予想される恐怖を伝えるものでこの恐

怖に対して医療関係者の色々な取り組みが紹介

されていましたしかしながら私が大変残念に

思ったことは医療関係者の中で薬剤師をはじめ

薬学関係者の姿がほとんど見えないのです鳥イ

ンフルエンザワクチンや抗ウイルス薬が重要な

役割を果たすことが丁寧に紹介されていたにも

かかわらずです国民やマスコミあるいは政府が

この様な重大な医療に関する問題において薬学

関係者にそれほど期待していないのでしょうか 鳥インフルエンザに限らず治療における薬の

役割は極めて大きいことは周知のことであると

思いますしかしその一方で創薬研究者や薬剤師

の影はあまりに薄く存在が希薄ですイノベー

ション 25 で医薬が重要項目に掲げられまたマ

スコミのアンケート調査によれば国民の関心事

の第 1 位は健康だそうです ここ数年日本薬学会の最大の課題は新教育体

制に関することでしたもちろんこの課題は現在

も重要であることは当然ですがその様な内向き

の議論だけではなくこれからの日本の創薬研究

製薬産業あるいは国民医療について日本薬学会

は国会省庁マスコミ国民あるいは世界に向

けて「薬学白書」などにより積極的に提言する事

が重要であると思います私は薬学研究ビジョン

部会にこの様な日本薬学会の将来ビジョンを討

議して対外的に提言するブレーン集団としての

役割を期待していますこのためには薬学研究

ビジョン部会が単なる一部会ではなく薬学会執

行部あるいは会頭直属の組織であるべきでしょ

う 日本薬学会の各部会あるいは支部を如何に活

性化するか 創薬研究をより活性化するため

の方策は 質の高い薬剤師の実効性のある養

成教育は AFMC あるいは FIP など国際的組

織との関わりは等将来に向けての課題は山積

しています私はこれらの課題を一つ一つ解決

することにより日本薬学会に輝かしい未来が開

けるものと確信しておりますこの様な将来構想

は薬学研究ビジョン部会会員の皆様のご支援と

ご協力なしには成就しないことは明らかですど

うぞ今まで以上のご尽力そしてご鞭撻をお願い

申し上げます

略 歴 長野 哲雄 (Tetsuo NAGANO)東京大学大学院薬学系研究科教授昭和 47 年東京大学

薬学部卒東京大学薬学系大学院博士課程修了(薬学博士)の後米国へ留学その後東京大学薬学部助

教授を経て平成 8 年 5 月より東京大学薬学部教授役職として平成 10 年 2 月より平成 11 年 3 月まで東

京大学総長補佐東京大学大学院薬学系副研究科長平成 18 年 3 月より平成 20 年 2 月まで日本薬学会副会

頭平成 20 年 3 月より日本薬学会会頭この間紫綬褒章日本薬学会賞島津賞上原賞市村賞持

田学術賞山崎貞一賞などを受賞主たる著書として「創薬化学」(東京化学同人)「生化学反応機構 -ケミカルバイオロジーの理解のために-」(長野哲雄 監訳)等

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 2

薬学研究ビジョン

スフィンゴ脂質の代謝機能と創薬

西島 正弘 (国立医薬品食品衛生研究所)

1はじめに スフィンゴ脂質はスフィンゴイド塩基をその

構造骨格として持つ一群の脂質でありこの種の

脂質は動物植物一部の微生物に存在しグリ

セロールをその構造骨格とするグリセロ脂質と

共に膜脂質の主要なグループになっているス

フィンゴ脂質という名前はその機能が不明であ

ったことから「謎」を意味するスフィンクスにあ

やかって付けられたものであるスフィンゴミエ

リン(SM)はホスホコリン基を持ったスフィン

ゴ脂質で哺乳動物細胞では総リン脂質の5~10を占めている一方糖を持ったスフィン

ゴ脂質(グリコスフィンゴ脂質GSLスフィ

ンゴ糖脂質)もまた高等動物に広く存在してい

るが糖鎖部分の構造は多様でありそれぞれ

の GSL 分子種の含量は細胞の種類によって異

なっている近年スフィンゴ脂質はその分

解代謝産物であるセラミド(Cer)スフィンゴ

シン(Sph)スフィンゴシンー1ーリン酸(S1P)などが細胞内の情報伝達に関与することが明ら

かにされ大いに注目されているまたスフ

ィンゴ脂質はコレステロールなどと共にラ

フトと呼ばれる膜微小ドメインの形成に関与し

この微小ドメインが情報伝達の場として重要な

役割を果たすことが明らかにされてきたことに

より益々注目の度を増している本稿では

スフィンゴ脂質代謝に関する筆者らの研究成果

並びにスフィンゴ脂質の機能と創薬への展開

に関するトピックスを紹介する 2スフィンゴ脂質の代謝 ―SM の生合成と

セラミド輸送蛋白質(CERT)の発見を中心に

― 図1にスフィンゴ脂質の代謝経路を示すスフ

ィンゴ脂質生合成の第一歩はセリンパルミト

イル転移酵素(SPT)が触媒するパルミトイル

-CoA と L-セリンの縮合反応による 3-ケトジヒ

ドロスフィンゴシンの生成である(図1①)そ

の後3-ケトジヒドロスフィンゴシンの C3 位が

還元されてジヒドロスフィンゴシンとなる(図1

②)次いでジヒドロスフィンゴシンは N-アシ

ル化されて N-アシルジヒドロスフィンゴシン

(別名ジヒドロセラミド)に変換され(図1③)

続く C4-C5 間の不飽和化反応により N-アシルス

フィンゴシンすなわち Cer が生合成される(図

1④)この Cer はさまざまなスフィンゴ脂質の

生合成中間体でありこの分子にホスファチジル

コリンのホスホリルコリン基が転移するとスフ

ィンゴミエリン(SM)となり(図1⑤)UDP-

図1スフィンゴ脂質の代謝経路

SCoA

O

OH

NH2

O

HOCH2 H

NH2

COOH

OH

NH2

OH

OH

NH

OH

C O

R

OH

NH

OH

C O

R

OH

NH2

OH

CHO

O

NH

OH

C O

R

O

NH

OH

C O

R

ON(CH3)3

P

O

NH2

OH

P

NH2

O P

OH

NH

OH

C O

R

+

セリンパルミトイルトランスフェラーゼ(SPT)パルミトイルCoA

L-セリン

3-ケトジヒドロスフィンゴシン

ジヒドロスフィンゴシン

N-アシルジヒドロスフィンゴシン

+

セラミド

スフィンゴミエリン スフィンゴ糖脂質

セラミド

スフィンゴシン

スフィンゴシン-1-リン酸

アルデヒド ホスホエタノールアミン

⑤ ⑥

⑦ ⑧

SCoA

O

SCoA

O

OH

NH2

O

OH

NH2

O

HOCH2 H

NH2

COOH

HOCH2 H

NH2

COOH

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OH

NH

OH

C O

R

OH

NH

OH

C O

R

OH

NH

OH

C O

R

OH

NH

OH

C O

R

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

CHOCHO

O

NH

OH

C O

R

糖O

NH

OH

C O

R

O

NH

OH

C O

R

ON(CH3)3

PO

NH

OH

C O

R

ON(CH3)3

PP

O

NH2

OH

PO

NH2

OH

PP

NH2

O P

NH2

O PP

OH

NH

OH

C O

R

OH

NH

OH

C O

R

+

セリンパルミトイルトランスフェラーゼ(SPT)パルミトイルCoA

L-セリン

3-ケトジヒドロスフィンゴシン

ジヒドロスフィンゴシン

N-アシルジヒドロスフィンゴシン

+

セラミド

スフィンゴミエリン スフィンゴ糖脂質

セラミド

スフィンゴシン

スフィンゴシン-1-リン酸

アルデヒド ホスホエタノールアミン

⑤ ⑥

⑦ ⑧

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グルコースUDP-ガラクトースUMP-シアル

酸などから糖が順次に転移されることにより多

様なグリコスフィンゴ脂質(GSL)群が生合成さ

れる(図1⑥)以上のスフィンゴ脂質の生合成

においてSPT 反応からセラミド合成までは小

胞体で行われそれ以後の反応はゴルジ体で行わ

れる 一方SM や GSL はスフィンゴミエリナー

ゼやグルコシダーゼなどにより分解されて Cerを生成する(図1⑦⑧)この Cer はセラミ

ダーゼによりSphと脂肪酸に分解され(図1⑨)

Sph はスフィンゴシンキナーゼにより S1P に変

換される(図1⑩)さらにS1P は S1P リアー

ゼにより分解されホスホエタノールアミンと脂

肪アルデヒドに変換される(図1⑪) 筆者らはスフィンゴ脂質の生合成機構や機能

を明らかにする目的でCHO-K1 細胞からさま

ざまなスフィンゴ脂質代謝変異株を分離して研

究を行ってきたまず初めにスフィンゴ脂質生

合成反応の初発段階を触媒する SPT をポリエス

テル布上で in situ に測定する方法を考案しこ

の活性が温度感受性となった変異株 SPB-1 株を

分離することに成功したそしてこの変異株を

用いた研究によりスフィンゴ脂質が動物細胞の

増殖に必須であることを初めて明らかにするこ

とができた(1)またSPT は少なくとも二つの

遺伝子産物(LCB1 LCB2)から構成されSPB-1は lcb1 遺伝子に欠損を有することを明らかにし

た(2)SPB-1 細胞を用いることによりラフト

に存在する GPI-アンカー蛋白質がスフィンゴ脂

質と細胞膜上で相互作用していることを細胞レ

ベルで初めて明らかにすることができた(3) さらに我が国の研究者によって発見されたシ

マミミズの体腔液由来のライセニンと呼ばれる

溶血性蛋白質が SM に特異的に結合して細胞毒

性を発揮することに着目しライセニン耐性変異

株を分離することにより SM 生合成が異常と

なった変異株を数種類分離することに成功した

そしてこれらの中にSPB-1 と同様に SPT に

損傷を持つ変異株(LY-B)に加え(4)LY-B とは

異なった部位に損傷を有すると考えられる新し

いタイプの変異株(LY-A)を見出した(5)LY-A株の解析を進めた結果この変異株では小胞体で

生合成された Cer がゴルジ体に輸送されないた

めに SM 合成ができないことが示唆されたその

後細胞膜に小孔を開けた semi-intact 細胞にお

いてATP依存性のCerの小胞体-ゴルジ体間輸送

を再現する実験系を開発しこの in vitro 再構

成系を用いた解析からATP 依存性の Cer 輸送

にはサイトソル蛋白質が必要であることを明ら

かにするとともにLY-A 株の欠損はサイトソル

因子の欠損に起因していることを明らかにした(6)

図2CERT を介するセラミドの小胞体からゴルジ体へ

の選別輸送機構 続いてLY-A 株の損傷を相補する cDNA のク

ローニングにも成功した(7)CERT(Ceramide trafficking protein)と命名したこの遺伝子産物

は大変興味深いことに少なくとも3つのドメ

インから形成されそれぞれのドメインが Cerを小胞体からゴルジ体へ輸送するのに相応しい

機能を有することが明らかとなった(図2)す

なわち120 個のアミノ酸残基からなるアミノ末

端領域にはゴルジ体膜の脂質成分の一つである

ホスファチジルイノシトール-4-リン酸(PI4P)に結合する活性を持つ PH ドメインが存在する

中央部には蛋白質の自己集合に関与すると言わ

れている coiled-coil モチーフを含む MR ドメイ

ンが存在しこのドメインにある FFAT モチーフ

と呼ばれる短鎖ペプチドが小胞体に存在する

VAP と呼ばれるタンパク質と相互作用すること

によりCERT を小胞体へターゲティングするこ

とを明らかにした(8)そして230 個のアミノ

酸から成るカルボキシ末端領域にはSTARTドメ

インが存在しこのドメインは Cer を特異的に

認識することが示されたこのことはSTARTドメインの結晶構造解析によっても確認された(9)これらの結果からCERT は小胞体で生

合成されたCerをSTARTドメインの働きで小胞

体膜から引き抜きその後PH ドメインの働き

でセラミドをゴルジ体へと選別輸送することを

提唱した(図2)最近PH ドメインにあるセ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 4

リンリピートモチーフ部位がリン酸化されるこ

とおよびリン酸化により Cer の輸送が抑制さ

れることが明らかとなった(10)PH ドメインの

リン酸化によりPH ドメインと START ドメイ

ンが相互作用しそれぞれのドメインが PI4P あ

るいは Cer を結合できなくなるものと推定して

いる 膜脂質生合成過程での脂質輸送機構について

は蛋白質と共に行われる膜小胞輸送機構が推定

されてきた筆者らの CERT の発見はCer が

「分子引き抜き転移」機構で選別輸送されること

を初めて示したものとしてあるいは膜リン脂質

生合成に関わる特異的な脂質選別輸送装置を分

子レベルで初めて同定したものとして大きな反

響を呼んでいるCer はスフィンゴ脂質の生合

成中間体としてだけではなく細胞内シグナル伝

達にも関与する脂質であり従ってCERT はシ

グナル伝達にも関与する可能性が考えられる最

近リソソームにおいて糖脂質の分解のために働

いていると考えられてきたサポシンと呼ばれる

蛋白質が細胞内に入り込んだ結核菌の糖脂質を

CD1d と呼ばれる抗原提示蛋白質に転移する機

能も有することが明らかにされた(11)細胞内に

はまだ数多くの種類の脂質輸送蛋白質が存在し

その機能も多岐にわたるものと推定されこれら

脂質輸送蛋白質と疾病との関連も出てくると予

測される 3スフィンゴ脂質の機能解析と創薬への展開 (1)C型肝炎ウイルス(HCV)複製における

スフィンゴ脂質の役割解明と創薬 HCV は高頻度に肝臓へ持続感染し高効率に

慢性肝炎を引き起こし慢性的に起こる肝臓での

炎症は肝硬変を誘発し更には肝癌を発生させる

ことが知られている日本では 200〜300 万人に

及ぶ HCV 感染者がおり毎年4万人ものヒトが

肝癌を発症している現在HCV に対する治療

法として抗ウイルス作用を持つインターフェロ

ン治療が行われているしかし約 40の患者

でしか効果が認められず副作用も大きいため

さらに安全で有効な治療薬の開発が求められて

いる S Shi らは新たに合成された HCV RNA が

斑点状の構造体に局在しこの構造体には HCVの非構造タンパク質も存在すること並びに

HCV RNA や非構造タンパク質がラフト分画に

存在することを示しHCV の複製がラフト上で

行われることを報告した(12)ラフトの形成には

コレステロールとスフィンゴ脂質が必須であり

細胞からコレステロールを除去すると HCV の

RNA 合成が阻害されることも報告された(13) H Sakamoto らはHCV レプリコン細胞を使

用したハイスループットスクリーニングにより

カビの一種である Fusarium spより HCV レプ

リコンの複製を阻害する化合物 NA255(図 3)を発見した(14)NA255 の抗レプリコン活性の

IC50 は 2nM であり一方細胞毒性を示す濃度

は 50μM 以上であり高い選択性を示した

NA255 の化学構造はSPT の特異的阻害剤であ

るミリオシンと類似しておりNA255 も nM オ

ーダーの濃度で SPT 活性を強く阻害した更に

RNA ポリメラーゼである NS5B タンパク質には

スフィンゴミエリンと結合するドメインが存在

することも明らかにされたNA255 によりスフ

ィンゴミエリン合成が阻害されるとRNAポリメ

ラーゼがラフト上のHCV複製複合体に集合でき

なくなりその結果 HCV の複製が阻害されるも

のと推定されているNA255 のような宿主因子

をターゲットとする抗 HCV 薬はウイルス因子

をターゲットとする薬剤と異なり耐性株の出現

頻度は極めて低いと考えられ今後の進展が期待

される (2)セラミドを分子標的とする細胞死の制御 岡崎らはヒト骨髄性白血病 HL-60 細胞が

活性型ビタミンD3によって単球系に分化する際

にSM 分解によって一過的に生じる Cer が細胞

内脂質メディエーターとして働くことを提唱し

た(15)Cer は HL-60 細胞の分化誘導以外にもア

ポトーシスを引き起こすことも明らかにされ腫

瘍細胞特に血液腫瘍細胞である白血病やリンパ

腫細胞において細胞死誘導脂質 Cer を増加させ

ることでこれまでに抗ガン剤に耐性に陥ってい

た腫瘍細胞における抗ガン剤感受性を回復する

ことを目的とし研究が進められている(16)一つ

の手法として Cer を SM に変換するSM合成酵

素の機能を阻害することで Cer の細胞内蓄積増

強を誘導することで細胞死を亢進することを検

討しある種のSM合成酵素の阻害剤が白血病

抗ガン剤耐性 HL-60ADR 細胞の細胞死を誘導

することを見出しているCer を分子標的とする

細胞死の制御は抗がん剤耐性克服のためのスト

ラテジーとして興味が持たれる (3)スフィンゴシンー1―リン酸(S1P)をタ

ーゲットとする免疫抑制剤

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藤多らはマウス同種リンパ球混合反応を阻害

する化合物 IPS-1(ミリオシン)(図3)を冬虫

夏草の一種である Isaria sinclairii の培養濾液

から発見した(17)この免疫抑制物質 ISP-1 はス

フィンゴイド類似体であり小堤らにより SPTを強く阻害することが明らかにされた(18)興味

深いことにISP-1 は他の細胞では増殖阻害を起

こさない低濃度でも IL-2 依存性 T 細胞 CTLL-2の増殖を阻害し免疫抑制剤として注目された(18)その後千葉らはIPS-1 の構造変換化合

物の中から同種移植および自己免疫疾患モデル

において強力な抑制効果を示す化合物 FTY720(図3)を見出しこの化合物は生体内ではスフ

ィンゴシンキナーゼによって速やかに FTY720リン酸(FTY720-P)に変換されS1P の受容体

にアゴニストとして作用することを明らかにし

た(19)

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OHO

COOH

OH

NH2

OH

OH

ONHO

OH

OOHO

COOH

O

NH

OH

OH

O

n=1~11

スフィンゴシン

セラミド

IPS-1(ミリオシン)

FTY720

NA255

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OHO

COOH

OH

NH2

OH

OHO

COOH

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OH

ONHO

OH

OOHO

COOH

O

OH

ONHO

OH

OOHO

COOH

O

NH

OH

OH

O

n=1~11

NH

OH

OH

O

n=1~11

スフィンゴシン

セラミド

IPS-1(ミリオシン)

FTY720

NA255 図3スフィンゴシンセラミドに類似した構造を有す

る薬物の構造式

ところで脂質メディエーターとして注目され

ている S1P の受容体は現在までに5種類

(S1P1~S1P5)同定されておりリンパ球におい

ては S1P1が強く発現しているS1P1はリンパ球

が胸腺や二次リンパ系組織から外に移出される

過程で発現が増強され血小板から産生されて血

中に高濃度存在する S1P の濃度勾配にしたがっ

てリンパ組織から血中に移行するFTY720-P は

S1P に構造が類似するためS1P1 に結合しそ

のダウンレギュレーションを長時間誘導するこ

とが判明した(20)従ってFTY720 で処理され

たリンパ球では S1P1の発現が著しく減少するた

めリンパ組織からの循環リンパ球の移出が阻害

され免疫抑制が発揮されるものと考えられてい

る現在FTY720 の多発性硬化症を対象とした

臨床試験が行われつつあり優れた治療効果を示

すことが報告されている 国沢らは腸管免疫システムにおける S1P の

役割を検討しパイエル板などの腸管関連リンパ

組織(gut-associated lymphoid tissue GALT)の B-2 細胞を介した腸管分泌型 IgA 産生並び

に腹腔 B-1 細胞を介した腸管分泌型 IgA 産生の

両経路においてS1P が重要な役割を果たし

FTY720 は両者を共に阻害することを明らかに

している(21)またS1P は食物アレルギーや潰

瘍性大腸炎などの腸管免疫疾患にも関わること

がモデルマウスで示されこれら疾患が FTY720処理により改善されることも示されている(21) 4おわりに 構造物性代謝の生化学を軸として発展して

きた脂質研究は分子生物学や細胞生物学の手法

を取り入れリピドの生物学的役割に目を向けた

リピドバイオロジーへと発展変容し生命の分

子レベルでの理解に大きく貢献しつつある脂質

研究の注目度を大きく高めたのはシグナル伝達

におけるイノシトールリン脂質の代謝回転とプ

ロテインキナーゼCの発見であるこの画期的な

研究に続き膜の構成成分と見られてきた脂質か

らプロスタグランジンロイコトリエンPA

Fリゾホスファチジン酸スフィンゴシン-1

-リン酸2-アラキドノイルグリセロールなど

数多くの生理活性脂質が産生されることが判明

し更にこれら生理活性脂質の生合成酵素や受容

体が同定され癌浸潤転移炎症免疫神経

機能など実に広い領域における脂質の役割が解

明されつつある今後脂質をターゲットとする

薬物開発への取り組みがさらに拡大されること

を期待している

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 6

参考文献 1) Hanada K Nishijima M et al J Biol Chem 265 22137-22142 (1990) 2) Hanada K HaraT et al J Biol Chem 275 8409-8415 (2000) 3) Hanada K Izawa K et al J Biol Chem 268 13820-13823 (1993) 4) Hanada K HaraT et al J Biol Chem 273 33787-33794 (1998) 5) Fukasawa M Nishijima M et al J Cell Biol 144 673-685 (1999) 6) Funakoshi T Yasuda S et al J Biol Chem 275 29938-29945 (2000) 7) Hanada K Kumagai K et al Nature 426 803-809 (2003) 8) Kawano M Kumagai K et al J Biol Chem 281 30279-30288 (2006) 9) Kudo N Kumagai K et al Proc Natl Acad Sci USA 105 488-493 (2008) 10) Kumagai K Kawano M et al J Biol Chem 282 17758-17766 (2007) 11) Winau F Schwierzeck V et al Nat Immunol 5 169-174 (2004) 12) Shi ST Lee KJ et al J Virol 77 4160-4168 (2003) 13) Aizaki H Lee KJ et al Virology 324 450-461 (2004) 14) Sakamoto H Okamoto K et al Nat Chem Biol 1 333-337 (2005) 15) Okazaki T Bell RM et al J Biol Chem 264 19076-19080 (1989) 16) Okazaki T Rinsho Byori 53 413-421 (2005) 17) Fujita T Inoue K et al J Antibiotics 47 208-215 (1994) 18) Miyake Y Kozutsumi Y et al Biochem Biophys Res Commun 211 396-403 (1995) 19) Chiba K Pharmacol Ther 108 308-319 (2005) 20) Chiba K Matsuyuki H et al Cell Mol Immunol 3 11-19 (2006) 21) 國澤 純清野 宏 実験医学 25 147-155 (2007)

略 歴 西島 正弘 (Masahiro NISHIJIMA)1974 年東大薬博士課程修了国立予防衛生研究

所(予研)研究員1975 年東大学薬学部助手1977 年ウィスコンシン大学留学1980 年予研化学部室長

1994年予研細胞化学部部長1996年国立感染症研究所細胞化学部部長2006年同志社女子大学薬学部教授

2006 年国立医薬品食品衛生研究所所長同志社女子大学薬学部客員教授

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薬学研究最前線

MM-PBSA 法を用いたキチナーゼ阻害剤 Argadin

および Argifin の結合自由エネルギー計算

合田 浩明柳井 雄一広野 修一(北里大学薬学部)

1 はじめに キチナーゼはキチンの加水分解を触媒する酵

素で霊菌真菌昆虫類からヒトまで幅広く分

布している真菌および昆虫類にとってキチン

は生体の主要な構造成分であるのでキチナーゼ

はその生命活動に必須の酵素となっているそれ

ゆえ真菌および昆虫類のキチナーゼに対する阻

害剤には抗真菌薬および殺虫剤の可能性がある

一方ヒトにも2種類のキチナーゼ(ヒトキチ

ナーゼ1およびヒト酸性キチナーゼ)が存在する

2004年に Zhuらにより行われたマウス喘息疾患

モデルを用いた実験により酸性キチナーゼが喘

息炎症反応に関与していることおよび酸性キチ

ナーゼ活性を阻害することで炎症を抑制できる

ことが報告された 1)したがってヒト酸性キチ

ナーゼに対する阻害剤には喘息治療薬としての

機能が期待される

最近北里生命科学研究所においてキチナー

ゼ阻害剤Argifin および Argadinが発見され

た 23)Argifin および Argadin は共に1つ

の Arg 残基を含む5つのアミノ酸残基からなる

環状ペプチド性化合物で大きさ的にもよく似て

いる(図1)しかし興味深いことにArgadinがArgifinよりも非常に強いキチナーゼ阻害活性

を示す(図1)特に霊菌のキチナーゼB(ChiB)に対してArgadin の阻害定数(Ki = 20 nM)はArgifinの定数(Ki = 33000 nM)より1000倍以上

強い阻害定数は結合自由エネルギーに関連づけ

ることができるのでArgadin の結合自由エネル

ギー(∆Gbind(実験) = ndash1092 kcalmol)はArgifinの値(∆Gbind(実験) = ndash636 kcalmol)より456 kcalmol 強いことになる既にArgifinminusChiB複合体および ArgadinminusChiB 複合体のX線結

晶構造が報告されており(図2)両者を比較する

ことでArgifinとArgadinの相互作用様式の違い

については議論されている(例えばArgifin の

Arg(1)は ChiB の D142E144および Y214 と

水素結合を形成しているがArgadin の Arg(1)は Aminoadipic acid(5)と分子内水素結合を形成

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 8

しChiB の W97 および W220 からなる疎水ポ

ケットに収まっている)4)しかし構造比較だけ

ではこの結合親和性の違いを定量的に説明する

ことはできないそこで本研究ではKollman博士らにより提案された MM-PBSA (Molecular Mechanics PoissonndashBoltzmann Surface Area)法 5)をこの系に適用しArgifin お

よび Argadin の結合自由エネルギー解析を行っ

た 6)これにより物理化学的観点から結合親和

性の違いを定量的に解析するまた計算結果を

用いて結合親和性の改善が期待できる Argifin誘導体(構成アミノ酸を別のアミノ酸で置換した

誘導体)の論理的分子設計を行うこれらの結果

はキチナーゼを標的にした新規な抗真菌薬殺

虫剤および喘息治療薬の開発に有用な情報を与

えると思われる 2 MM-PBSA 法 MM-PBSA 法ではタンパク質minusリガンド複合

体タンパク質単独およびリガンド単独の溶液

構造アンサンブルを必要とするしたがって厳

密に行う場合にはそれぞれについて水溶液中で

の分子動力学(MD)シミュレーションを行いそ

れぞれの溶液構造アンサンブルを算出する必要

があるこの中で複合体およびタンパク質単独

のシミュレーションは取り扱う原子数が巨大で

あるため非常に時間がかかるしかし複合体

中のタンパク質構造がその単独溶液構造とほぼ

同じであると仮定できる場合には複合体につい

ての MD シミュレーションだけを行いその溶

液構造アンサンブルからリガンドを取り除くこ

とでタンパク質単独の溶液構造アンサンブルを

用意することができるChiB 単独のX線結晶構

造はArgifin(および Argadin)との複合体におけ

る ChiB 構造とほとんど同じであった 7)そこで

本研究においてもこの近似法を用いているまた

非常に多くの場合においてこの近似法が有効で

あることが報告されている 8-12) 次に複合体タンパク質単独およびリガンド

単独の溶液構造アンサンブルを用いて図3のよ

うな熱力学サイクルを考えるこのサイクルにお

いて求めるべき結合自由エネルギー(∆Gbind(計算))は次のように表される ∆Gbind(計算) = ∆Ggas + Gsolv_complex ndash Gsolv_protein ndash

Gsolv_ligand (1) ここで∆Ggas は気相中における結合エネルギー

を表しているこの項は複合体タンパク質単

独およびリガンド単独の溶液構造アンサンブル

が持つ分子力学(Molecular Mechanics)エネルギ

ーを AMBER 等のパラメータ 13)を用いて計算し

差をとることで計算される具体的に∆Ggas は

次の項の和となる

∆Ggas = ∆Eint + ∆EVDW + ∆Eelec ndash T∆Ssolute (2) ∆Eint は結合時のリガンドの構造変化に伴う内部

エネルギー変化(結合長結合角二面角に関す

るエネルギー変化)∆EVDW はタンパク質minusリガ

ンド間の van der Waals 相互作用エネルギー

∆Eelec はタンパク質minusリガンド間の静電相互作用

エネルギーT∆Ssoluteは結合に伴う分子のエント

ロピー変化である 式(1)におけるGsolv_complexGsolv_proteinおよび

Gsolv_ligand はそれぞれ複合体タンパク質単

独およびリガンド単独の溶液構造アンサンブル

についての水和自由エネルギーを表している例

え ば Gsolv_complex は 次 の よ う に 極 性 項

(GPB_complex電荷が寄与するエネルギーを表す

項)と非極性項(GSA_complex水分子との van der Waals 相互作用エネルギーと空洞形成や水分子

の再配置に必要なエネルギーを表す項)に分割さ

れて計算される Gsolv_complex = GPB_complex + GSA_complex (3)

GPB_complexはDelphi14)等のプログラムを用いて

Poisson-Boltzmann 方程式を数値的に解くこと

によりGSA_complex は表面積(Surface Area)に依

存した経験式により求められるところで式(1)中における水和自由エネルギー項の寄与は複

合体の水和自由エネルギーからタンパク質単独

とリガンド単独の水和自由エネルギーを引いた

形になっておりこれはまさに結合に伴う水和自

由エネルギーの変化(∆Gsolv)を表している ∆Gsolv = Gsolv_complex ndash Gsolv_protein ndash Gsolv_ligand

= GPB_complex + GSA_complex ndash ( GPB_protein

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 9

+ GSA_ptrotein ) ndash ( GPB_ligand + GSA_ligand )

= ( GPB_complex ndash GPB_protein ndash GPB_ligand ) + ( GSA_complex ndash GSA_protein ndash GSA_ligand ) = ∆GPB + ∆GSA (4)

このようにMM-PBSA 法は熱力学サイクル

を利用することにより結合に伴う水和自由エネ

ルギー変化をきちんと考慮するため非常に精度

の高い結合自由エネルギーを与えることができ

る最終的に∆Gbind(計算)は次の項の和で計算さ

れる ∆Gbind(計算) = ∆Ggas + ∆Gsolv

= ∆Eint + ∆EVDW + ∆Eelec ndash T∆Ssolute + ∆GPB + ∆GSA (5)

3 計算結果 本研究ではArgifnminusChiB(ArgadinminusChiB)複合体Argifn(Argadin)単独についてそれぞれ

1700ps の MD シミュレーションを行った計算

には AMBER 715)を用いた構造が平衡に達した

と思われる後半 1000ps から 10ps 毎に全部で

100 個のスナップショットを取り出しそれぞれ

の系の溶液構造アンサンブルとしたまた先程記

したようにChiB 単独の溶液構造アンサンブル

は複合体の溶液構造アンサンブルからリガンド

を取り除くことで用意したこれら溶液構造アン

サンブルを用いて MM-PBSA 計算を行った結果

を表1に示す計算された結合自由エネルギー値

(∆Gbind( 計算 )) は Argifin に対して ndash698 kcalmolArgadin に対してndash1116 kcalmol であった実験値(∆Gbind(実験))はそれぞれndash636 kcalmol およびndash1092 kcalmol であるから

MM-PBSA 法が実験値を非常によく再現してい

ることがわかるまた式(5)の各項を調べるこ

とで結合過程における物理化学的性質を議論す

ることができる例えば∆Eint の項は ArgifinではほとんどゼロであるがArgadin では結合に

対して 526 kcalmol 不利になっているこのこ

とはChiB に結合する際にArgifn はほとんど

構造変化を起こさないがArgadin は 5 kcalmol程度のエネルギー損失に相当する構造変化を引

き起こすことを示している 図4に MD シミュレーションで得られた各リガ

ンドの複合体中における構造(結合配座)と単独

溶液構造の比較を示す確かにArgifin ではそ

の結合配座と単独溶液構造がよく似ているが

Argadin の結合配座はその単独溶液構造と大き

く異なっていることがわかるまた結合自由エ

ネルギーに対して電荷が寄与する項(∆Gelectot)は∆Eelec と∆GPB の和で表されるがこの値は

Argifin および Argadin 共に正の値になっている

これは両者の複合体形成は静電的には不利で

あることを示しているしたがって両者の複合

体形成は van der Waals 相互作用(∆EVDW)と水和

自由エネルギーの非極性寄与(∆GSA)により安定

化されていることがわかる

MM-PBSA 法により計算された Argifn と

Argadin の間の相対結合自由エネルギー

(∆∆Gbind(計算))は418 kcalmol となりこれも

実験値456 kcalmolをよく再現していた表

1より両者の複合体形成に重要な役割を果たし

ている van der Waals 相互作用(∆EVDW)と水和自

由エネルギーの非極性寄与 (∆GSA)が共に

Argadin において Argifin より有利になっており

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 10

これらが Argadin の高親和性を生じさせている

ことがわかる特にArgadin の van der Waals相互作用エネルギー(∆EVDW)は Argifin の値より

約 12 kcalmol も有利でありこれが主な要因と

なっている図5に Argifin と ChiB の各アミノ

酸残基との間の van der Waals 相互作用エネル

ギー値から Argadin についての値を差し引いた

ものをプロットした

負の値を持つ残基は Argifin と正の値を持つ残

基は Argadin とより強く van der Waals 相互作

用している残基であるこれよりE144M212W220Y292I339および W403 の6個の残

基が Argadin とより有利な van der Waals 相互

作用を形成していることがわかる特にW220とW403はそれぞれ460および453 kcalmolと非常に大きく有利となっていたこれら値の和

は913 kcalmolとなりArgifin と Argadinの間の van der Waals 相互作用エネルギー差の

ほとんどを占めていることがわかるしたがって

ChiB に対する Argadin の高親和性は主に

Argadin とこの二つの Trp 残基との間の非常に

有利な van der Waals 相互作用に起因すると考

えられるところでW220 を Ala 残基に置換し

たChiB変異体(W220A変異体)に対してArgifinおよび Argadin はそれぞれndash418およびndash752 kcalmol の結合自由エネルギー値を示すことが

実験的に報告されている 4)これよりW220 を

Ala 残基に置換したことによる結合自由エネル

ギー損失はArgifin および Argadin に対して

それぞれ151および 340 kcalmol となり

Argadin についての損失のほうがより大きいこ

れはArgadin と W220 の相互作用が Argadinの高親和性に大きく寄与していることを支持す

る実験結果である

4 ChiB に対して高親和性を有する Argifin 誘

導体の分子設計 最近北里生命科学研究所において Argifin の

全合成経路が確立されたこれによりさまざま

な Argifin 誘導体(構成アミノ酸を別のアミノ酸

で置換した誘導体)の合成が可能になったそこ

で今回得られた計算結果を使用して結合親和

性の改善が期待できるArgifin誘導体の論理的分

子設計を行ったMM-PBSA計算結果によると

Argadin の高親和性の主な要因はより有利な

van der Waals 相互作用であるそこでChiBとの van der Waals 相互作用が改善されるよう

な Argifin 誘導体を分子設計すればその結合親

和性が Argadin のように強くなるのではないか

と予想された図6AにArgifinminusChiB 複合体

における Argifin の D-Ala(5)周辺を示している これよりD-Ala(5)周辺には比較的大きな空間的

スペースがありその近傍には ChiB の疎水性残

基 F12F51Y98 が存在することがわかった

そこでD-Ala(5)を嵩高い側鎖を持つ疎水性アミ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 11

ノ酸残基に置換すればChiB との van der Waals 相互作用および疎水相互作用がより有利

になり結合親和性が改善されるのではないかと

考えたそこでD-Ala(5)を D-ValD-LeuD-PheおよびD-Trpで置換したArgifin誘導体を分子設

計しChiB との複合体構造モデリングを行った

図6Bに D-Ala(5)を D-Trp(5)で置換した変異体

(A5W 変異体)についての複合体モデル構造を示

す導入された D-Trp(5)の側鎖が空間的スペ

ースをうまく充填していることがわかる表2に

複 合 体 モ デ ル 構 造 を 用 い た 一 点 計 算 の

MM-PBSA 法による各誘導体の相対結合自由エ

ネルギー評価を示すD-Ala(5)を D-LeuD-Pheおよび D-Trp で置換することで実際に van der Waals 相互作用が改善され結合親和性がより強

くなりそうなことがわかった特にA5W 誘導

体に対しては 5 kcal程度の大きな改善が期待で

きArgadin に匹敵する結合親和性を有すること

が予想された 5 おわりに 本研究ではMM-PBSA 法を適用することに

よりChiB に対する Argifin と Argadin の結合

親和性の違いを定量的かつ物理化学的観点から

解析したさらにこの結果を利用することで

結合能の改善が期待できるArgifin誘導体の論理

的分子設計が可能になった現在これら誘導体

の合成研究が行われている 6 謝辞 本研究は科学研究費補助金(19590043)財

団法人武田科学振興財団財団法人持田記念医学

薬学振興財団などの助成を受けて行ったもので

ありその資金援助に深く感謝します

参考文献 1) Zhu Z Zheng T Homer R J Kim Y K Chen N Y Cohn L Hamid Q Elias J A Science 2004 304 1678 2) Shiomi K Arai N Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Tetrahedron Lett 2000 41 2141 3) Arai N Shiomi K Yamaguchi Y Masuma R Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Chem Pharm Bull (Tokyo) 2000

48 1442 4) Houston D R Shiomi K Arai N Ōmura S Peter M G Turberg A Synstad B Eijsink V G H van Aalten D M F

Proc Natl Acad Sci USA 2002 99 9127 5) Kollman P A Massova I Reyes C Kuhn B Huo S Chong L Lee M Lee T Duan Y Wang W Donini O Cieplak

P Srinivasan J Case D A Cheatham III T E Acc Chem Res 2000 33 889 6) Gouda H Yanai Y Sugawara A Sunazuka T Ōmura S Hirono H Bioorg Med Chem 2008 In press 7) van Aalten D M F Synstad B Brurberg M B Hough E Riise B W Eijsink V G H Wierenga R K Proc Natl Acad

Sci USA 2000 97 5842 8) Massova I Kollman P A J Am Chem Soc 1999 121 8133 9) Chong L T Duan Y Wang L Massova I Kollman P A Proc Natl Acad Sci USA 1999 96 14330 10) Masukawa K M Kollman P A Kuntz I D J Med Chem 2003 46 5628 11) Gouda H Kuntz I D Case D A Kollman P A Biopolymers 2003 68 16 12) Spackovaacute N Cheatham III T E Ryjaacutecek F Lankas F Van Meervelt L Hobza P Sponer J J Am Chem Soc 2003 125

1759 13) Cornell W D Cieplak P Bayly C I Gould I R Merz K M Jr Ferguson D M Spellmeyer D C Fox T Caldwell J

W Kollman P A J Am Chem Soc 1995 117 5179 14) Honig B Nicholls A Science 1995 268 1144 15) Case D A Pearlman D A Caldwell J W Cheatham T E Wang J Ross W S Simmerling C L Darden T A Merz

K M Stanton R V Cheng A L Vincent J J Crowley M Tsui V Gohlke H Radmer R J Duan Y Pitera J Massova I Seibel G L Singh U C Weiner P K Kollman P A AMBER7 University of California San Francisco 2002

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 12

略 歴 合田 浩明 (Gouda HIROAKI)1993 年東大薬博士課程終了博士(薬学)取得(株)日立製作所入社1995 年北里大学薬学部助手1998 年北里大学薬学部講師2000 年カリフォルニア大学サン

フランシスコ校博士研究員2002 年北里大学薬学部准教授

略 歴 広野 修一 (Hirono SHUICHI)1981 年東大薬博士課程終了薬学博士取得北里大学

薬学部助手1988 年北里大学薬学部講師1988 年カリフォルニア大学サンフランシスコ校博士研究員1990年北里大学薬学部大学助教授1994 年北里大学薬学部大学教授

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部会賞受賞者(1)

新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創生

小竹 良彦(エーザイ株式会社)

1はじめに 新たな「創薬ターゲット」を見出しそれに

基づいた画期的な新薬を創出することは研究開

発型製薬企業の生命線とされてきたゲノムサイ

エンスをはじめとした様々なアプローチによっ

て活発な創薬ターゲットの探索が進められてい

るが例えば先ずユニークな生理活性化合物を

見出しその標的分子を解明することは創薬タ

ーゲットを見出すことに他ならない一発必中の

創薬ターゲット探索法ともいえるこのアプロー

チは「ケミカルバイオロジー」の研究機軸の一

つでありこれまで創薬研究や細胞生物学の新た

な研究領域の扉を開けてきた我々は既存の抗

癌剤とは異なるユニークなメカニズムで優れた

抗腫瘍効果を発揮する天然物プラジエノライド

を見出しその標的分子を決定した同時にプ

ラジエノライド誘導体である新規抗癌剤 E7107を創出した

2プラジエノライドの発見と活性 我々は新規抗癌剤創出を目指して血管新生

因 子 で あ る Vascular Endotherial Growth Factor (VEGF)シグナルに着目しVEGF プロモ

ーター支配下の遺伝子発現を阻害する化合物の

探索を行ったVEGF プロモーター下流に

placental alkaline phosphatase(PLAP)をレポ

ーター遺伝子として組み込み低酸素条件刺激に

よる遺伝子(レポーター遺伝子)発現を評価する

cell-based assay を構築し(VEGF-PLAP assay)これを阻害する化合物のスクリーニングを行っ

たヒットしてくる化合物の作用点(標的分子)

が特定の一つに限定されないこの方法を敢えて

用いることで既存の抗癌剤とは異なるあるい

は未知のメカニズムに基づく阻害剤がヒットす

る可能性を期待したまたよりユニークなヒッ

ト化合物を求めて低分子化合物ライブラリーで

はなく天然物資源に特化してスクリーニングを

行ったここから見出されてきたのがプラジエ

ノライドである1) 2)

プ ラ ジ エ ノ ラ イ ド は Streptomyces platensis Mer-11107 から単離された二次代謝産

物で新規な 12 員環マクロライド化合物である

(図 1)当初得られた類縁体の中で最も活性の

高かったプラジエノライド B はin vitro で各種

癌細胞に対して nM オーダーで細胞増殖抑制活

性を示したまたin vivo においても優れた抗

腫瘍活性を発揮しヒト乳癌細胞 BSY-1 を移植

したヌードマウスモデルにおいては腫瘍が消失

した治癒マウスが観察されたさらにこの優れ

た抗腫瘍効果が既存の抗癌剤とは異なるメカニ

ズムに基づくことが複数のデータから示唆され

た3) この魅力的な天然物をリード化合物とした

探索研究を展開しさらに優れた活性安全性

物性プロファイルを有するプラジエノライド Dの半合成誘導体である E7017 を見出した4)また

プラジエノライドは 10 個の不斉炭素を有してい

ることからその絶対立体を確認する目的で全合

成研究を行ったプラジエノライド B および Dをそれぞれ 21 工程19 工程で合成し絶対立体

構造を明らかにした5)同時に天然からは得ら

れない新たなプラジエノライド類縁体の合成も

可能となった

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

図1プラジエノライドの化学構造

3プラジエノライドの結合分子探索 プラジエノライドが既存の抗癌剤とは異な

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 14

るメカニズムで抗腫瘍作用を発揮していること

が様々なデータから示唆されていたがその詳細

は不明なままであったこの解明に向けてプラジ

エノライドの標的分子探索を進めたこれによっ

て抗がん剤研究の新たな「創薬ターゲット」を

提示できる可能性と解明された標的分子作用

メカニズムを基にしたバイオマーカーなどを設

定することでより効率的な E7107 の臨床開発が

可能となることを期待したさらに臨床開発に

あたって患者様開発担当者臨床医政府関連

機関の皆様はじめ広く社会に E7107 の作用メカ

ニズムを科学的に説明してゆくことは企業研究

者の使命であるとも考えていた癌治療分野では

「分子標的治療薬」なるキーワードが定着してい

ることからも薬効を分子レベルで解明すべきで

あると考えたこれらの展望目的を達成するに

はプラジエノライドをケミカルプローブとして

用いその結合蛋白を決定することが最も合理的

であると考えた プラジエノライドから E7107 に至る探索研

究時に確立していた誘導体合成方法と得られて

いた構造活性相関を基にプラジエノライドの活

性が保持される位置にトリチウム(3H)蛍光タグ

(BODIPY-FL)光親和性基およびビオチンタグ

(photoaffinitybiotin PB)を導入した 3H プロー

ブBODIPY-FL プローブおよび PB プローブを

合成した(図 2)これらはin vitro にて nM オ

ーダーから sub-μM オーダーの細胞増殖抑制活

性を示しプラジエノライド標的分子への親和性

を維持していると判断されたこれらのプローブ

化合物を細胞に処理したことからそれぞれの結

合蛋白を放射活性蛍光によって追跡し

streptavidin-HRP を用いてその検出同定を試

みた6)

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

図2ケミカルプローブの化学構造

先ず結合蛋白の細胞内局在を 3H プローブ

および蛍光プローブを用いて検討した3H プロ

ーブを処理した細胞から細胞画分を調整し各画

分中の 3H 放射活性を測定したところ核フラク

ション中の放射活性が最も高かった(図 3a)次

いで蛍光プローブ処理した細胞の蛍光顕微鏡に

よる観察ではプローブが核内の顆粒状構造に局

在することが確認された(図 3b)この顆粒は核

スペックルのマーカーである SC-35 の局在と完

全に一致した核スペックルは転写やスプライシ

ングに関わる蛋白が高密度に存在する構造体で

あることから結合蛋白が転写因子やスプライシ

ング関連因子である可能性が示された

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

図3ケミカルプローブの細胞内局在

結合蛋白を更に絞り込む目的で3H プロー

ブ処理した細胞から調整した核フラクションに

対して転写スプライシングに関連する様々な

因子への抗体を用いて免疫沈降実験を行い3Hプローブが共沈される抗体を探索したその結果

6 つの抗体で 3H 放射活性の共沈が観察された

その 5 つはスプライシングにおいて必須の働き

をしている U2 small nuclear ribonucleoprotein (U2 snRNP)に存在する蛋白(または構造)に対

する抗体であった残る 1 つは U2 snRNP との

複合体形成が報告されているサイクリン E に対

する抗体であった(図 4)この結果から結合蛋

白は U2 snRNP 複合体中に存在すると考えられ

た U2 snRNP は巨大な蛋白複合体でありSm

コア蛋白スプライシングファクターSF3aSF3b といったサブユニットから構成される巨大

な複合体である真核生物ではDNA から転写

された mRNA 前駆体 (pre-mRNA) にイントロ

ンと呼ばれる蛋白質のアミノ酸配列の遺伝情報

をもたない部分が含まれている遺伝子情報を蛋

白質へと翻訳するにはこのイントロンを取り除

きアミノ酸配列の情報をもつエキソンだけを正

確につなぎ合わせる必要があるこの工程がスプ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 15

ライシングでありU2 snRNP はスプライシン

グに関わる代表的なマシナリーの一つである

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

図4U2 snRNP-cyclinecdk2 複合体

U2 snRNP にまで絞り込まれてきた結合蛋

白を可視化し検出する目的で光親和性ビオチ

ン(PB)プローブを用いた実験を行った光親

和性モイエティーは UV 照射によってラジカル

種を生じ近接する蛋白質と共有結合を形成する

ここでプローブが共有結合した蛋白をビオチン

を足がかりとしてストレプトアビジン-HRP に

よって検出したその結果約 140kDa の位置に

バンドが検出された(図 5)U2 snRNP の中で

この分子量を有する蛋白としてはSF3b サブユ

ニ ッ ト に 存 在 す る spliceosome associated protein (SAP)145 または SAP130 が挙げられる

る実際このバンド中に両者が存在することを

イムノブロッティングおよび質量分析によって

確認したしかしながらこの二つの蛋白はほぼ

同じ位置に検出されどちらが結合蛋白であるか

を結論づけられなかったそこでSAP145 と

SAP130 についてそれぞれ GFP 融合蛋白を発現

させた細胞を用いて同様の実験を行いプローブ

結合蛋白のバンドシフトが検出されるかを検証

したGFP-SAP130 発現細胞では約 170kDa の

位置に結合蛋白のバンドがシフトした一方

GFP-SAP145 発現細胞ではバンドシフトが観察

されなかったことからプローブの結合蛋白は

SAP130 であると結論づけられた

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

図5PB プローブによる結合蛋白の検出

上述してきた実験では全てプラジエノライ

ドおよび E7107 とプローブ化合物との競合実験

を行いプラジエノライド自体の結合蛋白も

SAP130 であることを確認したしかしここで

は詳細な説明を割愛させていただくが一連のデ

ータはプラジエノライドが細胞内に存在する全

ての SAP130 に結合するのではなくSF3b 複合

体を形成している SAP130 にのみ結合すること

が示唆された例えばSAP130 の発現を siRNA処理により抑制した細胞においては蛍光プロー

ブの核スペックルへの局在が観察されなかった

がSAP145 の発現を抑制した場合においてもそ

の局在は消失したこの結果は SAP130 への結

合には SAP145 の存在も必要であることを示唆

しておりプラジエノライドが SAP130 のみな

らずSAP145など他のSF3b構成蛋白質から構成

される SF3b 中のポケット構造にはまり込んで

いる可能性などが考えられた 4プラジエノライド標的分子としての

SF3b プラジエノライドの結合蛋白が SF3b 中の

SAP130 であることを付き止めたが次にこれ

がプラジエノライドの抗腫瘍活性に直接関係し

た結合蛋白すなわち「標的分子」であるかを検

証した先ずE7107 に至る探索研究の過程で

得ていた強弱さまざまな細胞増殖抑制活性を示

すプラジエノライド化合物をSF3b 複合体に対

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 16

する 3H プローブの結合に対して競合させたそ

の結果強い細胞増殖抑制活性を有する化合物が

より高い競合能を示したすなわちプラジエノ

ライド化合物の SF3b への親和性と抗腫瘍活性

が相関することが示された(図 6)この結果は

SF3b がプラジエノライドの抗腫瘍効果の標的分

子であることを強く示唆している

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

図6プラジエノライドの SF3b への 親和性と抗腫瘍活性との相関

次にプラジエノライドの SF3b への結合に

よってその機能が阻害されているか否かを検証

したスプライシングが阻害された場合イント

ロン配列が残った未成熟な mRNA が細胞内に出

現すると考えられるそこでプラジエノライド

処理した細胞から回収した mRNA をもとに

cDNA ライブラリーを構築しイントロン配列が

含まれる cDNA の存在をランダムにスクリーニ

ングしたその結果DNAJB1 などいくつかの

遺伝子のイントロン配列が確認されたこれらの

遺伝子についてスプライシングが阻害された

mRNA(unspliced form RNA)の存在を定量的

RT-PCR にて検証した結果プラジエノライド処

理の時間に依存して unspliced form の発現量の

上昇が観察された(図 7)またプラジエノラ

イドの処理濃度によっても unspliced form の上

昇が確認されたこのときスプライシング阻害

を来たす濃度は細胞増殖抑制活性を発揮する濃

度と一致したさらにプラジエノライドが抗腫

瘍効果を発揮する処理濃度において核スペック

ルの巨大化(メガスペックル)が観察された(図

8)同様の現象はin vitro レベルでスプライシ

ングの阻害を来たす抗トリメチルグアノシン

(TMG)抗体やU1 または U6 snRNA に対す

るアンチセンスRNAの核内インジェクションに

おいても観察されているこれらの結果からプ

ラジエノライドは SF3b に結合しその機能を阻

害することで抗腫瘍効果を発揮していると結論

づけた6)

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した 図7プラジエノライドによるスプライシング阻害

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した 図8プラジエノライド B による核スペックルの形態変化

5抗腫瘍作用のメカニズム考察 「スプライシングの阻害がなぜ抗腫瘍活性

につながるか」に関してはいくつかの可能性

が考えられる7) 例えばプラジエノライドに

よるスプライシング阻害が癌細胞の増殖や生存

に必須の遺伝子の発現を抑制し抗腫瘍効果を発

揮していることなどが考えられる遺伝子発現に

関わる工程すなわち転写mRNA プロセシ

ング(キャッピングスプライシングポリアデ

ニレーション)さらに mRNA の核外輸送とサ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 17

ーベイランスなどはそれぞれが独立して進行す

るのではなく全てがカップリングしたrdquogene expression factoryrdquoを形成していると考えられ

ている従ってスプライシングの阻害がgene expression factory を機能不全に陥れ遺伝子発

現を抑制することは可能性あるシナリオである

この作用によってプラジエノライドが当初の

VEGF-PLAP assay において阻害活性を示して

いた可能性が考えられるまたプラジエノライ

ド処理時に観察されたメガスペックルはDRBやアクチノマイシン D といった転写阻害剤の処

理によっても観察されることは示唆的である

6終わりに プラジエノライドの標的分子がスプライシ

ングファクターSF3b であることを突き止めた

これによってE7107 が既存の抗癌剤とは全く

異なる分子を標的とするrdquoFirst-in-Classrdquoの薬剤

であることを示すことができた同時にスプラ

イシングファクターSF3b が抗癌剤の新たな創薬

ターゲットになりうる可能性を示したE7107は現在欧米において臨床試験が進められてお

りSF3b の創薬ターゲットとしての真価は

E7107の臨床試験結果が示してゆくことになる

一方プラジエノライドによる SF3b の機能

阻害が抗腫瘍効果につながるメカニズムの詳細

な解明にはさらなる研究の深耕化が必要である

スプライシング阻害剤としてのプラジエノライ

ドを用いた研究からスプライシングと転写や他

の mRNA プロセシングさらには mRNA 核外

輸送やサーベイランスとのカップリングに分子

レベルでの新たな知見が加わることが期待され

るプラジエノライド研究を起点とした研究から

癌患者様に新たな希望を与える新薬が生まれる

と同時にgene expression factory の分子レベル

での解明など基礎科学の進展にも貢献すること

を期待している 謝辞 本研究はメルシャン(株)生物資源研究所

エーザイ(株)筑波研究所および KAN 研究所と

の共同研究によって進められてきたものである

土田外志夫博士(メルシャン)酒井孝博士水

井佳治博士(エーザイ)をはじめ共同研究者関

係者の皆様に深く感謝いたします

参考文献 1) Sakai T et al J Antibiot 57 173 (2004)

2) Sakai T et al J Antibiot 57 180 (2004)

3) Mizui Y et al J Antibiot 57 188 (2004)

4) Iwata M et al Proc Am Assoc Cancer Res 45 691 (2004)

5) Kanada R M Itoh D et al Angew Chem Int Ed 46 4350 (2007)

6) Kotake Y et al Nature Chem Biol 3 570 (2007)

7) 小竹良彦甲斐田大輔水井佳治吉田稔 蛋白質核酸酵素 53 28 (2008)

略 歴 小竹 良彦 (Yoshihiko KOTAKE)1989年 広島大学医学系研究科分子薬学系修了同年 エ

ーザイ(株)入社2004年より 創薬第二研究所主幹研究員1997年 薬学博士 研究テーマ新規抗癌剤の探索研究ケミカルバイオロジー

関心事生理活性天然物核内因子を標的とした創薬研究

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 18

部会賞受賞者(2)

日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析と

その患者個別化薬物治療への応用 斎藤 嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所機能生化学)

1はじめに

薬物に対する生体の反応性(薬物応答性)に

関しては個体差や人種差があり十分な有効性が

得られない場合や副作用を発現する場合も存在

し患者 QOL の低下をもたらす原因となってい

る薬物応答性に影響を与える因子として遺伝

的要因と環境的要因が考えられるがヒトゲノム

研究の進展に伴い薬物代謝酵素動態関連及び

受容体分子をコードする遺伝子の多型(主として

約 1000 塩基に 1 ヶ所存在する塩基置換や挿入

欠失)に基づくこれら分子の機能変化が 薬物応

答性の個体差発現に関与していることが明らか

となってきた1980 年代後半より特に薬物代

謝酵素に関し機能変化を伴う遺伝子多型が同定

されてきており中には機能がほぼ完全に消失す

る多型も知られているしかし単独多型部位に

着目したフェノタイプ - ジェノタイプ相関解析

では相反する結果が得られる場合も多く機能

影響が確立されたものは比較的少なかった我々

は平成 12 年度より一貫して日本人を対象と

した薬物応答関連遺伝子の多型解析を行うと共

に染色体上における遺伝子多型同士の組み合わ

せであるハプロタイプに着目しこれまでに多く

の薬物代謝酵素トランスポーター受容体等

につき日本人におけるハプロタイプ構造を明ら

かにしたまた発見した新規多型の機能影響を

in vitro 解析により解明した

2ハプロタイプ解析 我々はこれまでに約 50 種の遺伝子に関し主

としてエクソン領域及びエンハンサープロモー

ター領域を対象に直接シーケンシングによる多

型探索を行い約 2000 種の多型(うちアミノ

酸置換を引き起こすものは新規の約 150 種を含

む約 250 種)を見いだしたさらにこれらの

多型情報を基にハプロタイプ解析を行った 1 2)

表 1 に対象とした薬物応答関連遺伝子の一部を

示した

図1 連鎖不平衡とハプロタイプ解析

ヒトは両親より染色体を 1 本ずつ受け継いで

いるが減数分裂の際に相同組換えを起こす組

換えを起こしにくい領域ではその間の塩基配列

はあまり変化せず従って遺伝子多型の組み合わ

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 19

せも一定となる場合が多い(連鎖不平衡にあると

言う図 1)この同一染色体上に存在する多型

の組み合わせがハプロタイプである遺伝子多型

の機能影響が複数の多型により引き起こされる

場合や機能変化を引き起こす原因多型が未同定

であるものの解析したハプロタイプ上に存在す

る場合等にはフェノタイプとの相関解析に特に

有効な方法である世界的にも国際ハップマップ

プロジェクトが進行中であるが我々は薬物応答

関連遺伝子に特化しそれぞれ 100-500 人の日

本人を対象として高密度ハプロタイプを明らか

にした 実際にハプロタイプによる解析が功を奏した

例として以下のものが挙げられる a) 複数の機能変化をもたらす遺伝子多型が同一

遺伝子中に存在する場合機能影響がより明確に

なったケース

図2 UGT1A1 の遺伝子多型とハプロタイプ

グルクロン酸転移酵素 UGT1A1 は小胞体に

局在する第二相酵素である我々は日本人につき

UGT1A1 遺伝子中にin vitro 解析で大きな機能

低下を引き起こす6 (211GgtA Gly71Arg)及び

28 (TA6gtTA7)(図 2赤字)及び中程度の低下

を引き起こす27 (686CgtA Pro229Gln)及び60 (-3279TgtG) (青字)といういずれも酵素活性

の低下または蛋白質発現レベルの低下を引き起

こす多型を検出したこれらのハプロタイプ解析

の結果機能低下が大きい6 と28 は排他的に

存在することほとんどのケースで28 は60 と

同一ハプロタイプ上に存在すること27 は28

と同一ハプロタイプ上に存在することを見いだ

した(図 2)3)また 3rsquo-非翻訳領域に 3 多型

(1813CgtT 1941CgtG 2042CgtG)が連鎖してい

るIB ハプロタイプを同定した(緑字)図 3 に

示すように理論上別々の染色体上に機能低下

を起こす多型が存在する場合の方が同一染色体

上に存在する場合よりも大きな機能低下を引き

起こすUGT1A1 が活性代謝物 SN-38 の解毒代

謝に関わる抗がん剤イリノテカンや同じく

UGT1A1 が代謝に関わるビリルビンを対象とし

たその後の解析で日本人の UGT1A1 の遺伝子

多型では6 または28 を二本の染色体で共に

有する場合(ホモ接合)及び6 と28 の両者を

それぞれ別の染色体上で有する場合に体内動態

及び副作用への影響が大きいことから主として

6 と28 を指標とすれば良いことが明らかとな

った 4 5)さらに60 及びIB 単独では影響が弱

いものの60 - IB 組み合わせハプロタイプで

は28 に匹敵する影響を血中総ビリルビン濃度

に与え値を上昇させることを見いだした 5)

図3 多型影響のハプロタイプによる違い

b) 同一基質を代謝する酵素群の遺伝子が染色体

上で近傍に位置する場合各遺伝子のハプロタイ

プの組み合わせで総合的機能変化を推定しうる

ことを示したケース 薬物代謝酵素ではファミリーを形成する遺伝

子群が染色体上に並んで存在する場合があるこ

れらファミリー遺伝子の産物は基質特異性が異

なるものの同一基質を代謝するケースも多い

従って多型影響はファミリー遺伝子全体として

考える必要がある現在処方されている医薬品の

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 20

約半数の代謝に関わる重要なシトクロムP450分

子種 CYP3A である CYP3A4 と CYP3A5 の場合

では酵素活性の低下を引き起こす CYP3A416 (554CgtG Thr185Ser)とスプライシング異常に

より発現レベルの大幅な低下を引き起こす

CYP3A53(IVS3-237AgtG)が重要な多型であ

る我々は CYP3A4 及び CYP3A5 のハプロタイ

プを別々に明らかとした後その組み合わせも解

析した 6)その結果CYP3A416 を有する場合

CYP3A5 は野生型である1 をCYP3A53 を有

する場合CYP3A4 は1 をそれぞれ有すること

が明らかとなり重要な酵素としてある一定の

酵素活性が保たれるような組み合わせになって

いることが示唆された これ以外の例ではUGT1A7 と UGT1A1 の例

がありこの場合は酵素活性が低下する

UGT1A73 の約 67が UGT1A16(酵素活性低

下)と26が UGT1A128(発現レベル低下)

と連鎖しておりハプロタイプを形成していた 7)

UGT1A1 は肝臓等にUGT1A7 は消化管等に発

現しておりUGT1A73 を有する場合には

SN-38 などの解毒代謝が体内の多くの組織で低

下していると考えられる c) アミノ酸置換を起こさず単独多型部位の解析

では注目されてこなかった多型のみを有するハ

プロタイプが薬物動態パラメーターの変化を引

き起こすことを明らかにしたケース これにはまず抗てんかん薬カルバマゼピンに

おけるエポキシド加水分解酵素 EPHX1 のハプ

ロタイプが挙げられるカルバマゼピンは主と

して CYP3A4 により薬理活性を有するエポキシ

ド体に変換された後さらに EPHX1 によりジオ

ール体へと解毒代謝されるEPHX1 遺伝子中に

検出した多型の連鎖不平衡解析結果により3 つ

のブロックに分けてハプロタイプ解析を行った

がこのうちブロック 3 の1c ハプロタイプが

酵素活性の指標であるジオール体とエポキシド

体の血中濃度比の有意な上昇をもたらすことを

明らかにした(図 4)8)このハプロタイプは

1248GgtA(Lys416Lys)と IVS3-114GgtC という

それぞれアミノ酸置換を引き起こさないサイレ

ントの多型及びイントロン領域の多型のみを有

していたIVS3-114GgtC は他のハプロタイプに

も存在することから1248GgtA(Lys416Lys)またはこれと強く連鎖している未知の多型の効

果により酵素活性が上昇したと考えられる

図4 EPHX1 Block 31c ハプロタイプの カルバマゼピン解毒代謝への影響

この他の例としては抗がん剤パクリタキセル

の薬物動態変化における CYP2C8 のハプロタイ

プがあるパクリタキセルには CYP3A4 により

C3rsquo-p-水酸化体に代謝されさらに CYP2C8 に

よりジオール体に変換される経路が知られてい

るがCYP2C8 のイントロン多型 7 種で形成さ

れるIG ハプロタイプを有するヒトではC3rsquo-p-水酸化体の血中濃度-時間曲線下面積値が有し

ないヒトに比べて有意に高かった 9)従ってIGハプロタイプではCYP2C8 の酵素活性が低下

していると示唆された 以上のようにハプロタイプ解析は単独多型の

解析に比してより明確により包括的に機能影

響を明らかにすることが可能であることを示し

薬物応答性分子の解析におけるその有用性が示

された

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 21

3機能解析 新規に遺伝子多型を同定しても機能変化を引

き起こさなければいわゆるldquoジャンクrdquoの多型

であるまたハプロタイプを同定してもその中

のどの多型が機能変化に関連しているか不明で

あるそこでアミノ酸置換を伴う遺伝子多型を中

心に in vitro 機能解析を行い機能変化を引き起

こす多型を約 30 種同定したその一部を表 2に示す例えば上述の CYP3A416 多型はテ

ストステロンの水酸化活性を約 50低下させる

ことが in vitro で示されたため 10)in vivo の解

析でも注目しパクリタキセル等の薬物動態パラ

メーターの変化を引き起こすことを見いだした

11)また同じシトクロム P450 の一種 CYP1A2において8(1367GgtA Arg456His)15( 125CgtG Pro42Arg ) 16 ( 1130GgtA Arg377Gln)はそのアリル頻度は 0002-0004と低いもののいずれもヘム蛋白質レベルが低下

することにより95以上という大幅な活性低下

を引き起こすことを明らかにした 12)

表2 機能変化を示した薬物応答性遺伝子の多型

(シトクロム P450 の例)

4おわりに

以上のように日本人を対象に薬物動態変

化や有効性副作用発現に関わる重要な遺伝子多

型ハプロタイプを明らかとしたことは医薬品

の種類や投薬量等に関する治療方針を個別に決

定する患者個別化薬物治療の本邦における発展

に大きく寄与するものと考えるこれらの成果は

人種的に類似している東アジア諸国においても

有用であり現に我々が発見した遺伝子多型に関

する報告が韓国や中国から相次いでいるまた薬

物応答性遺伝子の多型影響を考慮してリード化

合物の最適化を行うことは臨床試験段階でのド

ロップアウトを防止する有力な手段になりえる

と考えられ本研究の成果は創薬の面からも有用

と思われる今後も未解析である硫酸転移酵素や

一部のトランスポーター群の解析を行うと共に

創薬及び臨床現場で有用と考えられる遺伝子多

型ハプロタイプのデータベース化を行い日本

におけるファーマコゲノミクス情報の有効活用

を促していきたい 謝 辞 本研究は国立医薬品食品衛生研究所機能生

化学部 澤田純一部長同薬理部 小澤正吾室長

(現岩手医科大学教授)をはじめとする国立医

薬品食品衛生研究所の先生方および国立がんセ

ンター国立国際医療センター岡山大学東京

女子医科大学をはじめとする共同研究機関の先

生方のご指導及び共同研究のもとに行われたも

のであり心より感謝申し上げますまた本研究

は医薬品医療機器総合機構医薬基盤研究所

厚生労働省文部科学省等より研究費の助成を受

けて行われたものでありここに深謝致します

参考文献 1) Saito Y et al Curr Pharmacogenomics 5 49-78 (2007)

2)斎藤嘉朗ら 細胞工学 26 1020-1025 (2007)

3) Sai K et al Clin Pharmacol Ther 75 501-515 (2004)

4) Minami H et al Pharmacogenet Genomics 17 497-504 (2007)

5) Saeki M et al Clin Chem 53 356-358 (2007)

6) Fukushima-Uesaka H et al Hum Mutat 23 100 (2004)

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 22

7) Saeki M et al Pharmacogenomics J 6 63-75 (2006)

8) Nakajima Y et al Eur J Clin Pharmacol 61 25-34 (2005)

9) Saito Y et al Pharmacogenet Genomics 17 461-471 (2007)

10) Murayama N et al Drug Metab Pharmacokinet 17 150-156 (2002)

11) Nakajima Y et al Clin Pharmacol Ther 80 179-191 (2006)

12) Saito Y et al Drug Metab Dispos 33 1905-1910 (2005)

略 歴 斎藤 嘉朗(Yoshiro SAITO)1989 年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了同年国立衛生

試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)機能生化学部 研究員1996 年博士(薬学)取得(東京大学)1998 年カナ

ダトロント大学医学部 博士研究員2000 年国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部 主任研究官2001 年同第二室

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 23

部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

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常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 2

薬学研究ビジョン

スフィンゴ脂質の代謝機能と創薬

西島 正弘 (国立医薬品食品衛生研究所)

1はじめに スフィンゴ脂質はスフィンゴイド塩基をその

構造骨格として持つ一群の脂質でありこの種の

脂質は動物植物一部の微生物に存在しグリ

セロールをその構造骨格とするグリセロ脂質と

共に膜脂質の主要なグループになっているス

フィンゴ脂質という名前はその機能が不明であ

ったことから「謎」を意味するスフィンクスにあ

やかって付けられたものであるスフィンゴミエ

リン(SM)はホスホコリン基を持ったスフィン

ゴ脂質で哺乳動物細胞では総リン脂質の5~10を占めている一方糖を持ったスフィン

ゴ脂質(グリコスフィンゴ脂質GSLスフィ

ンゴ糖脂質)もまた高等動物に広く存在してい

るが糖鎖部分の構造は多様でありそれぞれ

の GSL 分子種の含量は細胞の種類によって異

なっている近年スフィンゴ脂質はその分

解代謝産物であるセラミド(Cer)スフィンゴ

シン(Sph)スフィンゴシンー1ーリン酸(S1P)などが細胞内の情報伝達に関与することが明ら

かにされ大いに注目されているまたスフ

ィンゴ脂質はコレステロールなどと共にラ

フトと呼ばれる膜微小ドメインの形成に関与し

この微小ドメインが情報伝達の場として重要な

役割を果たすことが明らかにされてきたことに

より益々注目の度を増している本稿では

スフィンゴ脂質代謝に関する筆者らの研究成果

並びにスフィンゴ脂質の機能と創薬への展開

に関するトピックスを紹介する 2スフィンゴ脂質の代謝 ―SM の生合成と

セラミド輸送蛋白質(CERT)の発見を中心に

― 図1にスフィンゴ脂質の代謝経路を示すスフ

ィンゴ脂質生合成の第一歩はセリンパルミト

イル転移酵素(SPT)が触媒するパルミトイル

-CoA と L-セリンの縮合反応による 3-ケトジヒ

ドロスフィンゴシンの生成である(図1①)そ

の後3-ケトジヒドロスフィンゴシンの C3 位が

還元されてジヒドロスフィンゴシンとなる(図1

②)次いでジヒドロスフィンゴシンは N-アシ

ル化されて N-アシルジヒドロスフィンゴシン

(別名ジヒドロセラミド)に変換され(図1③)

続く C4-C5 間の不飽和化反応により N-アシルス

フィンゴシンすなわち Cer が生合成される(図

1④)この Cer はさまざまなスフィンゴ脂質の

生合成中間体でありこの分子にホスファチジル

コリンのホスホリルコリン基が転移するとスフ

ィンゴミエリン(SM)となり(図1⑤)UDP-

図1スフィンゴ脂質の代謝経路

SCoA

O

OH

NH2

O

HOCH2 H

NH2

COOH

OH

NH2

OH

OH

NH

OH

C O

R

OH

NH

OH

C O

R

OH

NH2

OH

CHO

O

NH

OH

C O

R

O

NH

OH

C O

R

ON(CH3)3

P

O

NH2

OH

P

NH2

O P

OH

NH

OH

C O

R

+

セリンパルミトイルトランスフェラーゼ(SPT)パルミトイルCoA

L-セリン

3-ケトジヒドロスフィンゴシン

ジヒドロスフィンゴシン

N-アシルジヒドロスフィンゴシン

+

セラミド

スフィンゴミエリン スフィンゴ糖脂質

セラミド

スフィンゴシン

スフィンゴシン-1-リン酸

アルデヒド ホスホエタノールアミン

⑤ ⑥

⑦ ⑧

SCoA

O

SCoA

O

OH

NH2

O

OH

NH2

O

HOCH2 H

NH2

COOH

HOCH2 H

NH2

COOH

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OH

NH

OH

C O

R

OH

NH

OH

C O

R

OH

NH

OH

C O

R

OH

NH

OH

C O

R

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

CHOCHO

O

NH

OH

C O

R

糖O

NH

OH

C O

R

O

NH

OH

C O

R

ON(CH3)3

PO

NH

OH

C O

R

ON(CH3)3

PP

O

NH2

OH

PO

NH2

OH

PP

NH2

O P

NH2

O PP

OH

NH

OH

C O

R

OH

NH

OH

C O

R

+

セリンパルミトイルトランスフェラーゼ(SPT)パルミトイルCoA

L-セリン

3-ケトジヒドロスフィンゴシン

ジヒドロスフィンゴシン

N-アシルジヒドロスフィンゴシン

+

セラミド

スフィンゴミエリン スフィンゴ糖脂質

セラミド

スフィンゴシン

スフィンゴシン-1-リン酸

アルデヒド ホスホエタノールアミン

⑤ ⑥

⑦ ⑧

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 3

グルコースUDP-ガラクトースUMP-シアル

酸などから糖が順次に転移されることにより多

様なグリコスフィンゴ脂質(GSL)群が生合成さ

れる(図1⑥)以上のスフィンゴ脂質の生合成

においてSPT 反応からセラミド合成までは小

胞体で行われそれ以後の反応はゴルジ体で行わ

れる 一方SM や GSL はスフィンゴミエリナー

ゼやグルコシダーゼなどにより分解されて Cerを生成する(図1⑦⑧)この Cer はセラミ

ダーゼによりSphと脂肪酸に分解され(図1⑨)

Sph はスフィンゴシンキナーゼにより S1P に変

換される(図1⑩)さらにS1P は S1P リアー

ゼにより分解されホスホエタノールアミンと脂

肪アルデヒドに変換される(図1⑪) 筆者らはスフィンゴ脂質の生合成機構や機能

を明らかにする目的でCHO-K1 細胞からさま

ざまなスフィンゴ脂質代謝変異株を分離して研

究を行ってきたまず初めにスフィンゴ脂質生

合成反応の初発段階を触媒する SPT をポリエス

テル布上で in situ に測定する方法を考案しこ

の活性が温度感受性となった変異株 SPB-1 株を

分離することに成功したそしてこの変異株を

用いた研究によりスフィンゴ脂質が動物細胞の

増殖に必須であることを初めて明らかにするこ

とができた(1)またSPT は少なくとも二つの

遺伝子産物(LCB1 LCB2)から構成されSPB-1は lcb1 遺伝子に欠損を有することを明らかにし

た(2)SPB-1 細胞を用いることによりラフト

に存在する GPI-アンカー蛋白質がスフィンゴ脂

質と細胞膜上で相互作用していることを細胞レ

ベルで初めて明らかにすることができた(3) さらに我が国の研究者によって発見されたシ

マミミズの体腔液由来のライセニンと呼ばれる

溶血性蛋白質が SM に特異的に結合して細胞毒

性を発揮することに着目しライセニン耐性変異

株を分離することにより SM 生合成が異常と

なった変異株を数種類分離することに成功した

そしてこれらの中にSPB-1 と同様に SPT に

損傷を持つ変異株(LY-B)に加え(4)LY-B とは

異なった部位に損傷を有すると考えられる新し

いタイプの変異株(LY-A)を見出した(5)LY-A株の解析を進めた結果この変異株では小胞体で

生合成された Cer がゴルジ体に輸送されないた

めに SM 合成ができないことが示唆されたその

後細胞膜に小孔を開けた semi-intact 細胞にお

いてATP依存性のCerの小胞体-ゴルジ体間輸送

を再現する実験系を開発しこの in vitro 再構

成系を用いた解析からATP 依存性の Cer 輸送

にはサイトソル蛋白質が必要であることを明ら

かにするとともにLY-A 株の欠損はサイトソル

因子の欠損に起因していることを明らかにした(6)

図2CERT を介するセラミドの小胞体からゴルジ体へ

の選別輸送機構 続いてLY-A 株の損傷を相補する cDNA のク

ローニングにも成功した(7)CERT(Ceramide trafficking protein)と命名したこの遺伝子産物

は大変興味深いことに少なくとも3つのドメ

インから形成されそれぞれのドメインが Cerを小胞体からゴルジ体へ輸送するのに相応しい

機能を有することが明らかとなった(図2)す

なわち120 個のアミノ酸残基からなるアミノ末

端領域にはゴルジ体膜の脂質成分の一つである

ホスファチジルイノシトール-4-リン酸(PI4P)に結合する活性を持つ PH ドメインが存在する

中央部には蛋白質の自己集合に関与すると言わ

れている coiled-coil モチーフを含む MR ドメイ

ンが存在しこのドメインにある FFAT モチーフ

と呼ばれる短鎖ペプチドが小胞体に存在する

VAP と呼ばれるタンパク質と相互作用すること

によりCERT を小胞体へターゲティングするこ

とを明らかにした(8)そして230 個のアミノ

酸から成るカルボキシ末端領域にはSTARTドメ

インが存在しこのドメインは Cer を特異的に

認識することが示されたこのことはSTARTドメインの結晶構造解析によっても確認された(9)これらの結果からCERT は小胞体で生

合成されたCerをSTARTドメインの働きで小胞

体膜から引き抜きその後PH ドメインの働き

でセラミドをゴルジ体へと選別輸送することを

提唱した(図2)最近PH ドメインにあるセ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 4

リンリピートモチーフ部位がリン酸化されるこ

とおよびリン酸化により Cer の輸送が抑制さ

れることが明らかとなった(10)PH ドメインの

リン酸化によりPH ドメインと START ドメイ

ンが相互作用しそれぞれのドメインが PI4P あ

るいは Cer を結合できなくなるものと推定して

いる 膜脂質生合成過程での脂質輸送機構について

は蛋白質と共に行われる膜小胞輸送機構が推定

されてきた筆者らの CERT の発見はCer が

「分子引き抜き転移」機構で選別輸送されること

を初めて示したものとしてあるいは膜リン脂質

生合成に関わる特異的な脂質選別輸送装置を分

子レベルで初めて同定したものとして大きな反

響を呼んでいるCer はスフィンゴ脂質の生合

成中間体としてだけではなく細胞内シグナル伝

達にも関与する脂質であり従ってCERT はシ

グナル伝達にも関与する可能性が考えられる最

近リソソームにおいて糖脂質の分解のために働

いていると考えられてきたサポシンと呼ばれる

蛋白質が細胞内に入り込んだ結核菌の糖脂質を

CD1d と呼ばれる抗原提示蛋白質に転移する機

能も有することが明らかにされた(11)細胞内に

はまだ数多くの種類の脂質輸送蛋白質が存在し

その機能も多岐にわたるものと推定されこれら

脂質輸送蛋白質と疾病との関連も出てくると予

測される 3スフィンゴ脂質の機能解析と創薬への展開 (1)C型肝炎ウイルス(HCV)複製における

スフィンゴ脂質の役割解明と創薬 HCV は高頻度に肝臓へ持続感染し高効率に

慢性肝炎を引き起こし慢性的に起こる肝臓での

炎症は肝硬変を誘発し更には肝癌を発生させる

ことが知られている日本では 200〜300 万人に

及ぶ HCV 感染者がおり毎年4万人ものヒトが

肝癌を発症している現在HCV に対する治療

法として抗ウイルス作用を持つインターフェロ

ン治療が行われているしかし約 40の患者

でしか効果が認められず副作用も大きいため

さらに安全で有効な治療薬の開発が求められて

いる S Shi らは新たに合成された HCV RNA が

斑点状の構造体に局在しこの構造体には HCVの非構造タンパク質も存在すること並びに

HCV RNA や非構造タンパク質がラフト分画に

存在することを示しHCV の複製がラフト上で

行われることを報告した(12)ラフトの形成には

コレステロールとスフィンゴ脂質が必須であり

細胞からコレステロールを除去すると HCV の

RNA 合成が阻害されることも報告された(13) H Sakamoto らはHCV レプリコン細胞を使

用したハイスループットスクリーニングにより

カビの一種である Fusarium spより HCV レプ

リコンの複製を阻害する化合物 NA255(図 3)を発見した(14)NA255 の抗レプリコン活性の

IC50 は 2nM であり一方細胞毒性を示す濃度

は 50μM 以上であり高い選択性を示した

NA255 の化学構造はSPT の特異的阻害剤であ

るミリオシンと類似しておりNA255 も nM オ

ーダーの濃度で SPT 活性を強く阻害した更に

RNA ポリメラーゼである NS5B タンパク質には

スフィンゴミエリンと結合するドメインが存在

することも明らかにされたNA255 によりスフ

ィンゴミエリン合成が阻害されるとRNAポリメ

ラーゼがラフト上のHCV複製複合体に集合でき

なくなりその結果 HCV の複製が阻害されるも

のと推定されているNA255 のような宿主因子

をターゲットとする抗 HCV 薬はウイルス因子

をターゲットとする薬剤と異なり耐性株の出現

頻度は極めて低いと考えられ今後の進展が期待

される (2)セラミドを分子標的とする細胞死の制御 岡崎らはヒト骨髄性白血病 HL-60 細胞が

活性型ビタミンD3によって単球系に分化する際

にSM 分解によって一過的に生じる Cer が細胞

内脂質メディエーターとして働くことを提唱し

た(15)Cer は HL-60 細胞の分化誘導以外にもア

ポトーシスを引き起こすことも明らかにされ腫

瘍細胞特に血液腫瘍細胞である白血病やリンパ

腫細胞において細胞死誘導脂質 Cer を増加させ

ることでこれまでに抗ガン剤に耐性に陥ってい

た腫瘍細胞における抗ガン剤感受性を回復する

ことを目的とし研究が進められている(16)一つ

の手法として Cer を SM に変換するSM合成酵

素の機能を阻害することで Cer の細胞内蓄積増

強を誘導することで細胞死を亢進することを検

討しある種のSM合成酵素の阻害剤が白血病

抗ガン剤耐性 HL-60ADR 細胞の細胞死を誘導

することを見出しているCer を分子標的とする

細胞死の制御は抗がん剤耐性克服のためのスト

ラテジーとして興味が持たれる (3)スフィンゴシンー1―リン酸(S1P)をタ

ーゲットとする免疫抑制剤

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 5

藤多らはマウス同種リンパ球混合反応を阻害

する化合物 IPS-1(ミリオシン)(図3)を冬虫

夏草の一種である Isaria sinclairii の培養濾液

から発見した(17)この免疫抑制物質 ISP-1 はス

フィンゴイド類似体であり小堤らにより SPTを強く阻害することが明らかにされた(18)興味

深いことにISP-1 は他の細胞では増殖阻害を起

こさない低濃度でも IL-2 依存性 T 細胞 CTLL-2の増殖を阻害し免疫抑制剤として注目された(18)その後千葉らはIPS-1 の構造変換化合

物の中から同種移植および自己免疫疾患モデル

において強力な抑制効果を示す化合物 FTY720(図3)を見出しこの化合物は生体内ではスフ

ィンゴシンキナーゼによって速やかに FTY720リン酸(FTY720-P)に変換されS1P の受容体

にアゴニストとして作用することを明らかにし

た(19)

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OHO

COOH

OH

NH2

OH

OH

ONHO

OH

OOHO

COOH

O

NH

OH

OH

O

n=1~11

スフィンゴシン

セラミド

IPS-1(ミリオシン)

FTY720

NA255

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OHO

COOH

OH

NH2

OH

OHO

COOH

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OH

ONHO

OH

OOHO

COOH

O

OH

ONHO

OH

OOHO

COOH

O

NH

OH

OH

O

n=1~11

NH

OH

OH

O

n=1~11

スフィンゴシン

セラミド

IPS-1(ミリオシン)

FTY720

NA255 図3スフィンゴシンセラミドに類似した構造を有す

る薬物の構造式

ところで脂質メディエーターとして注目され

ている S1P の受容体は現在までに5種類

(S1P1~S1P5)同定されておりリンパ球におい

ては S1P1が強く発現しているS1P1はリンパ球

が胸腺や二次リンパ系組織から外に移出される

過程で発現が増強され血小板から産生されて血

中に高濃度存在する S1P の濃度勾配にしたがっ

てリンパ組織から血中に移行するFTY720-P は

S1P に構造が類似するためS1P1 に結合しそ

のダウンレギュレーションを長時間誘導するこ

とが判明した(20)従ってFTY720 で処理され

たリンパ球では S1P1の発現が著しく減少するた

めリンパ組織からの循環リンパ球の移出が阻害

され免疫抑制が発揮されるものと考えられてい

る現在FTY720 の多発性硬化症を対象とした

臨床試験が行われつつあり優れた治療効果を示

すことが報告されている 国沢らは腸管免疫システムにおける S1P の

役割を検討しパイエル板などの腸管関連リンパ

組織(gut-associated lymphoid tissue GALT)の B-2 細胞を介した腸管分泌型 IgA 産生並び

に腹腔 B-1 細胞を介した腸管分泌型 IgA 産生の

両経路においてS1P が重要な役割を果たし

FTY720 は両者を共に阻害することを明らかに

している(21)またS1P は食物アレルギーや潰

瘍性大腸炎などの腸管免疫疾患にも関わること

がモデルマウスで示されこれら疾患が FTY720処理により改善されることも示されている(21) 4おわりに 構造物性代謝の生化学を軸として発展して

きた脂質研究は分子生物学や細胞生物学の手法

を取り入れリピドの生物学的役割に目を向けた

リピドバイオロジーへと発展変容し生命の分

子レベルでの理解に大きく貢献しつつある脂質

研究の注目度を大きく高めたのはシグナル伝達

におけるイノシトールリン脂質の代謝回転とプ

ロテインキナーゼCの発見であるこの画期的な

研究に続き膜の構成成分と見られてきた脂質か

らプロスタグランジンロイコトリエンPA

Fリゾホスファチジン酸スフィンゴシン-1

-リン酸2-アラキドノイルグリセロールなど

数多くの生理活性脂質が産生されることが判明

し更にこれら生理活性脂質の生合成酵素や受容

体が同定され癌浸潤転移炎症免疫神経

機能など実に広い領域における脂質の役割が解

明されつつある今後脂質をターゲットとする

薬物開発への取り組みがさらに拡大されること

を期待している

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 6

参考文献 1) Hanada K Nishijima M et al J Biol Chem 265 22137-22142 (1990) 2) Hanada K HaraT et al J Biol Chem 275 8409-8415 (2000) 3) Hanada K Izawa K et al J Biol Chem 268 13820-13823 (1993) 4) Hanada K HaraT et al J Biol Chem 273 33787-33794 (1998) 5) Fukasawa M Nishijima M et al J Cell Biol 144 673-685 (1999) 6) Funakoshi T Yasuda S et al J Biol Chem 275 29938-29945 (2000) 7) Hanada K Kumagai K et al Nature 426 803-809 (2003) 8) Kawano M Kumagai K et al J Biol Chem 281 30279-30288 (2006) 9) Kudo N Kumagai K et al Proc Natl Acad Sci USA 105 488-493 (2008) 10) Kumagai K Kawano M et al J Biol Chem 282 17758-17766 (2007) 11) Winau F Schwierzeck V et al Nat Immunol 5 169-174 (2004) 12) Shi ST Lee KJ et al J Virol 77 4160-4168 (2003) 13) Aizaki H Lee KJ et al Virology 324 450-461 (2004) 14) Sakamoto H Okamoto K et al Nat Chem Biol 1 333-337 (2005) 15) Okazaki T Bell RM et al J Biol Chem 264 19076-19080 (1989) 16) Okazaki T Rinsho Byori 53 413-421 (2005) 17) Fujita T Inoue K et al J Antibiotics 47 208-215 (1994) 18) Miyake Y Kozutsumi Y et al Biochem Biophys Res Commun 211 396-403 (1995) 19) Chiba K Pharmacol Ther 108 308-319 (2005) 20) Chiba K Matsuyuki H et al Cell Mol Immunol 3 11-19 (2006) 21) 國澤 純清野 宏 実験医学 25 147-155 (2007)

略 歴 西島 正弘 (Masahiro NISHIJIMA)1974 年東大薬博士課程修了国立予防衛生研究

所(予研)研究員1975 年東大学薬学部助手1977 年ウィスコンシン大学留学1980 年予研化学部室長

1994年予研細胞化学部部長1996年国立感染症研究所細胞化学部部長2006年同志社女子大学薬学部教授

2006 年国立医薬品食品衛生研究所所長同志社女子大学薬学部客員教授

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薬学研究最前線

MM-PBSA 法を用いたキチナーゼ阻害剤 Argadin

および Argifin の結合自由エネルギー計算

合田 浩明柳井 雄一広野 修一(北里大学薬学部)

1 はじめに キチナーゼはキチンの加水分解を触媒する酵

素で霊菌真菌昆虫類からヒトまで幅広く分

布している真菌および昆虫類にとってキチン

は生体の主要な構造成分であるのでキチナーゼ

はその生命活動に必須の酵素となっているそれ

ゆえ真菌および昆虫類のキチナーゼに対する阻

害剤には抗真菌薬および殺虫剤の可能性がある

一方ヒトにも2種類のキチナーゼ(ヒトキチ

ナーゼ1およびヒト酸性キチナーゼ)が存在する

2004年に Zhuらにより行われたマウス喘息疾患

モデルを用いた実験により酸性キチナーゼが喘

息炎症反応に関与していることおよび酸性キチ

ナーゼ活性を阻害することで炎症を抑制できる

ことが報告された 1)したがってヒト酸性キチ

ナーゼに対する阻害剤には喘息治療薬としての

機能が期待される

最近北里生命科学研究所においてキチナー

ゼ阻害剤Argifin および Argadinが発見され

た 23)Argifin および Argadin は共に1つ

の Arg 残基を含む5つのアミノ酸残基からなる

環状ペプチド性化合物で大きさ的にもよく似て

いる(図1)しかし興味深いことにArgadinがArgifinよりも非常に強いキチナーゼ阻害活性

を示す(図1)特に霊菌のキチナーゼB(ChiB)に対してArgadin の阻害定数(Ki = 20 nM)はArgifinの定数(Ki = 33000 nM)より1000倍以上

強い阻害定数は結合自由エネルギーに関連づけ

ることができるのでArgadin の結合自由エネル

ギー(∆Gbind(実験) = ndash1092 kcalmol)はArgifinの値(∆Gbind(実験) = ndash636 kcalmol)より456 kcalmol 強いことになる既にArgifinminusChiB複合体および ArgadinminusChiB 複合体のX線結

晶構造が報告されており(図2)両者を比較する

ことでArgifinとArgadinの相互作用様式の違い

については議論されている(例えばArgifin の

Arg(1)は ChiB の D142E144および Y214 と

水素結合を形成しているがArgadin の Arg(1)は Aminoadipic acid(5)と分子内水素結合を形成

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 8

しChiB の W97 および W220 からなる疎水ポ

ケットに収まっている)4)しかし構造比較だけ

ではこの結合親和性の違いを定量的に説明する

ことはできないそこで本研究ではKollman博士らにより提案された MM-PBSA (Molecular Mechanics PoissonndashBoltzmann Surface Area)法 5)をこの系に適用しArgifin お

よび Argadin の結合自由エネルギー解析を行っ

た 6)これにより物理化学的観点から結合親和

性の違いを定量的に解析するまた計算結果を

用いて結合親和性の改善が期待できる Argifin誘導体(構成アミノ酸を別のアミノ酸で置換した

誘導体)の論理的分子設計を行うこれらの結果

はキチナーゼを標的にした新規な抗真菌薬殺

虫剤および喘息治療薬の開発に有用な情報を与

えると思われる 2 MM-PBSA 法 MM-PBSA 法ではタンパク質minusリガンド複合

体タンパク質単独およびリガンド単独の溶液

構造アンサンブルを必要とするしたがって厳

密に行う場合にはそれぞれについて水溶液中で

の分子動力学(MD)シミュレーションを行いそ

れぞれの溶液構造アンサンブルを算出する必要

があるこの中で複合体およびタンパク質単独

のシミュレーションは取り扱う原子数が巨大で

あるため非常に時間がかかるしかし複合体

中のタンパク質構造がその単独溶液構造とほぼ

同じであると仮定できる場合には複合体につい

ての MD シミュレーションだけを行いその溶

液構造アンサンブルからリガンドを取り除くこ

とでタンパク質単独の溶液構造アンサンブルを

用意することができるChiB 単独のX線結晶構

造はArgifin(および Argadin)との複合体におけ

る ChiB 構造とほとんど同じであった 7)そこで

本研究においてもこの近似法を用いているまた

非常に多くの場合においてこの近似法が有効で

あることが報告されている 8-12) 次に複合体タンパク質単独およびリガンド

単独の溶液構造アンサンブルを用いて図3のよ

うな熱力学サイクルを考えるこのサイクルにお

いて求めるべき結合自由エネルギー(∆Gbind(計算))は次のように表される ∆Gbind(計算) = ∆Ggas + Gsolv_complex ndash Gsolv_protein ndash

Gsolv_ligand (1) ここで∆Ggas は気相中における結合エネルギー

を表しているこの項は複合体タンパク質単

独およびリガンド単独の溶液構造アンサンブル

が持つ分子力学(Molecular Mechanics)エネルギ

ーを AMBER 等のパラメータ 13)を用いて計算し

差をとることで計算される具体的に∆Ggas は

次の項の和となる

∆Ggas = ∆Eint + ∆EVDW + ∆Eelec ndash T∆Ssolute (2) ∆Eint は結合時のリガンドの構造変化に伴う内部

エネルギー変化(結合長結合角二面角に関す

るエネルギー変化)∆EVDW はタンパク質minusリガ

ンド間の van der Waals 相互作用エネルギー

∆Eelec はタンパク質minusリガンド間の静電相互作用

エネルギーT∆Ssoluteは結合に伴う分子のエント

ロピー変化である 式(1)におけるGsolv_complexGsolv_proteinおよび

Gsolv_ligand はそれぞれ複合体タンパク質単

独およびリガンド単独の溶液構造アンサンブル

についての水和自由エネルギーを表している例

え ば Gsolv_complex は 次 の よ う に 極 性 項

(GPB_complex電荷が寄与するエネルギーを表す

項)と非極性項(GSA_complex水分子との van der Waals 相互作用エネルギーと空洞形成や水分子

の再配置に必要なエネルギーを表す項)に分割さ

れて計算される Gsolv_complex = GPB_complex + GSA_complex (3)

GPB_complexはDelphi14)等のプログラムを用いて

Poisson-Boltzmann 方程式を数値的に解くこと

によりGSA_complex は表面積(Surface Area)に依

存した経験式により求められるところで式(1)中における水和自由エネルギー項の寄与は複

合体の水和自由エネルギーからタンパク質単独

とリガンド単独の水和自由エネルギーを引いた

形になっておりこれはまさに結合に伴う水和自

由エネルギーの変化(∆Gsolv)を表している ∆Gsolv = Gsolv_complex ndash Gsolv_protein ndash Gsolv_ligand

= GPB_complex + GSA_complex ndash ( GPB_protein

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 9

+ GSA_ptrotein ) ndash ( GPB_ligand + GSA_ligand )

= ( GPB_complex ndash GPB_protein ndash GPB_ligand ) + ( GSA_complex ndash GSA_protein ndash GSA_ligand ) = ∆GPB + ∆GSA (4)

このようにMM-PBSA 法は熱力学サイクル

を利用することにより結合に伴う水和自由エネ

ルギー変化をきちんと考慮するため非常に精度

の高い結合自由エネルギーを与えることができ

る最終的に∆Gbind(計算)は次の項の和で計算さ

れる ∆Gbind(計算) = ∆Ggas + ∆Gsolv

= ∆Eint + ∆EVDW + ∆Eelec ndash T∆Ssolute + ∆GPB + ∆GSA (5)

3 計算結果 本研究ではArgifnminusChiB(ArgadinminusChiB)複合体Argifn(Argadin)単独についてそれぞれ

1700ps の MD シミュレーションを行った計算

には AMBER 715)を用いた構造が平衡に達した

と思われる後半 1000ps から 10ps 毎に全部で

100 個のスナップショットを取り出しそれぞれ

の系の溶液構造アンサンブルとしたまた先程記

したようにChiB 単独の溶液構造アンサンブル

は複合体の溶液構造アンサンブルからリガンド

を取り除くことで用意したこれら溶液構造アン

サンブルを用いて MM-PBSA 計算を行った結果

を表1に示す計算された結合自由エネルギー値

(∆Gbind( 計算 )) は Argifin に対して ndash698 kcalmolArgadin に対してndash1116 kcalmol であった実験値(∆Gbind(実験))はそれぞれndash636 kcalmol およびndash1092 kcalmol であるから

MM-PBSA 法が実験値を非常によく再現してい

ることがわかるまた式(5)の各項を調べるこ

とで結合過程における物理化学的性質を議論す

ることができる例えば∆Eint の項は ArgifinではほとんどゼロであるがArgadin では結合に

対して 526 kcalmol 不利になっているこのこ

とはChiB に結合する際にArgifn はほとんど

構造変化を起こさないがArgadin は 5 kcalmol程度のエネルギー損失に相当する構造変化を引

き起こすことを示している 図4に MD シミュレーションで得られた各リガ

ンドの複合体中における構造(結合配座)と単独

溶液構造の比較を示す確かにArgifin ではそ

の結合配座と単独溶液構造がよく似ているが

Argadin の結合配座はその単独溶液構造と大き

く異なっていることがわかるまた結合自由エ

ネルギーに対して電荷が寄与する項(∆Gelectot)は∆Eelec と∆GPB の和で表されるがこの値は

Argifin および Argadin 共に正の値になっている

これは両者の複合体形成は静電的には不利で

あることを示しているしたがって両者の複合

体形成は van der Waals 相互作用(∆EVDW)と水和

自由エネルギーの非極性寄与(∆GSA)により安定

化されていることがわかる

MM-PBSA 法により計算された Argifn と

Argadin の間の相対結合自由エネルギー

(∆∆Gbind(計算))は418 kcalmol となりこれも

実験値456 kcalmolをよく再現していた表

1より両者の複合体形成に重要な役割を果たし

ている van der Waals 相互作用(∆EVDW)と水和自

由エネルギーの非極性寄与 (∆GSA)が共に

Argadin において Argifin より有利になっており

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 10

これらが Argadin の高親和性を生じさせている

ことがわかる特にArgadin の van der Waals相互作用エネルギー(∆EVDW)は Argifin の値より

約 12 kcalmol も有利でありこれが主な要因と

なっている図5に Argifin と ChiB の各アミノ

酸残基との間の van der Waals 相互作用エネル

ギー値から Argadin についての値を差し引いた

ものをプロットした

負の値を持つ残基は Argifin と正の値を持つ残

基は Argadin とより強く van der Waals 相互作

用している残基であるこれよりE144M212W220Y292I339および W403 の6個の残

基が Argadin とより有利な van der Waals 相互

作用を形成していることがわかる特にW220とW403はそれぞれ460および453 kcalmolと非常に大きく有利となっていたこれら値の和

は913 kcalmolとなりArgifin と Argadinの間の van der Waals 相互作用エネルギー差の

ほとんどを占めていることがわかるしたがって

ChiB に対する Argadin の高親和性は主に

Argadin とこの二つの Trp 残基との間の非常に

有利な van der Waals 相互作用に起因すると考

えられるところでW220 を Ala 残基に置換し

たChiB変異体(W220A変異体)に対してArgifinおよび Argadin はそれぞれndash418およびndash752 kcalmol の結合自由エネルギー値を示すことが

実験的に報告されている 4)これよりW220 を

Ala 残基に置換したことによる結合自由エネル

ギー損失はArgifin および Argadin に対して

それぞれ151および 340 kcalmol となり

Argadin についての損失のほうがより大きいこ

れはArgadin と W220 の相互作用が Argadinの高親和性に大きく寄与していることを支持す

る実験結果である

4 ChiB に対して高親和性を有する Argifin 誘

導体の分子設計 最近北里生命科学研究所において Argifin の

全合成経路が確立されたこれによりさまざま

な Argifin 誘導体(構成アミノ酸を別のアミノ酸

で置換した誘導体)の合成が可能になったそこ

で今回得られた計算結果を使用して結合親和

性の改善が期待できるArgifin誘導体の論理的分

子設計を行ったMM-PBSA計算結果によると

Argadin の高親和性の主な要因はより有利な

van der Waals 相互作用であるそこでChiBとの van der Waals 相互作用が改善されるよう

な Argifin 誘導体を分子設計すればその結合親

和性が Argadin のように強くなるのではないか

と予想された図6AにArgifinminusChiB 複合体

における Argifin の D-Ala(5)周辺を示している これよりD-Ala(5)周辺には比較的大きな空間的

スペースがありその近傍には ChiB の疎水性残

基 F12F51Y98 が存在することがわかった

そこでD-Ala(5)を嵩高い側鎖を持つ疎水性アミ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 11

ノ酸残基に置換すればChiB との van der Waals 相互作用および疎水相互作用がより有利

になり結合親和性が改善されるのではないかと

考えたそこでD-Ala(5)を D-ValD-LeuD-PheおよびD-Trpで置換したArgifin誘導体を分子設

計しChiB との複合体構造モデリングを行った

図6Bに D-Ala(5)を D-Trp(5)で置換した変異体

(A5W 変異体)についての複合体モデル構造を示

す導入された D-Trp(5)の側鎖が空間的スペ

ースをうまく充填していることがわかる表2に

複 合 体 モ デ ル 構 造 を 用 い た 一 点 計 算 の

MM-PBSA 法による各誘導体の相対結合自由エ

ネルギー評価を示すD-Ala(5)を D-LeuD-Pheおよび D-Trp で置換することで実際に van der Waals 相互作用が改善され結合親和性がより強

くなりそうなことがわかった特にA5W 誘導

体に対しては 5 kcal程度の大きな改善が期待で

きArgadin に匹敵する結合親和性を有すること

が予想された 5 おわりに 本研究ではMM-PBSA 法を適用することに

よりChiB に対する Argifin と Argadin の結合

親和性の違いを定量的かつ物理化学的観点から

解析したさらにこの結果を利用することで

結合能の改善が期待できるArgifin誘導体の論理

的分子設計が可能になった現在これら誘導体

の合成研究が行われている 6 謝辞 本研究は科学研究費補助金(19590043)財

団法人武田科学振興財団財団法人持田記念医学

薬学振興財団などの助成を受けて行ったもので

ありその資金援助に深く感謝します

参考文献 1) Zhu Z Zheng T Homer R J Kim Y K Chen N Y Cohn L Hamid Q Elias J A Science 2004 304 1678 2) Shiomi K Arai N Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Tetrahedron Lett 2000 41 2141 3) Arai N Shiomi K Yamaguchi Y Masuma R Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Chem Pharm Bull (Tokyo) 2000

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1759 13) Cornell W D Cieplak P Bayly C I Gould I R Merz K M Jr Ferguson D M Spellmeyer D C Fox T Caldwell J

W Kollman P A J Am Chem Soc 1995 117 5179 14) Honig B Nicholls A Science 1995 268 1144 15) Case D A Pearlman D A Caldwell J W Cheatham T E Wang J Ross W S Simmerling C L Darden T A Merz

K M Stanton R V Cheng A L Vincent J J Crowley M Tsui V Gohlke H Radmer R J Duan Y Pitera J Massova I Seibel G L Singh U C Weiner P K Kollman P A AMBER7 University of California San Francisco 2002

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 12

略 歴 合田 浩明 (Gouda HIROAKI)1993 年東大薬博士課程終了博士(薬学)取得(株)日立製作所入社1995 年北里大学薬学部助手1998 年北里大学薬学部講師2000 年カリフォルニア大学サン

フランシスコ校博士研究員2002 年北里大学薬学部准教授

略 歴 広野 修一 (Hirono SHUICHI)1981 年東大薬博士課程終了薬学博士取得北里大学

薬学部助手1988 年北里大学薬学部講師1988 年カリフォルニア大学サンフランシスコ校博士研究員1990年北里大学薬学部大学助教授1994 年北里大学薬学部大学教授

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部会賞受賞者(1)

新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創生

小竹 良彦(エーザイ株式会社)

1はじめに 新たな「創薬ターゲット」を見出しそれに

基づいた画期的な新薬を創出することは研究開

発型製薬企業の生命線とされてきたゲノムサイ

エンスをはじめとした様々なアプローチによっ

て活発な創薬ターゲットの探索が進められてい

るが例えば先ずユニークな生理活性化合物を

見出しその標的分子を解明することは創薬タ

ーゲットを見出すことに他ならない一発必中の

創薬ターゲット探索法ともいえるこのアプロー

チは「ケミカルバイオロジー」の研究機軸の一

つでありこれまで創薬研究や細胞生物学の新た

な研究領域の扉を開けてきた我々は既存の抗

癌剤とは異なるユニークなメカニズムで優れた

抗腫瘍効果を発揮する天然物プラジエノライド

を見出しその標的分子を決定した同時にプ

ラジエノライド誘導体である新規抗癌剤 E7107を創出した

2プラジエノライドの発見と活性 我々は新規抗癌剤創出を目指して血管新生

因 子 で あ る Vascular Endotherial Growth Factor (VEGF)シグナルに着目しVEGF プロモ

ーター支配下の遺伝子発現を阻害する化合物の

探索を行ったVEGF プロモーター下流に

placental alkaline phosphatase(PLAP)をレポ

ーター遺伝子として組み込み低酸素条件刺激に

よる遺伝子(レポーター遺伝子)発現を評価する

cell-based assay を構築し(VEGF-PLAP assay)これを阻害する化合物のスクリーニングを行っ

たヒットしてくる化合物の作用点(標的分子)

が特定の一つに限定されないこの方法を敢えて

用いることで既存の抗癌剤とは異なるあるい

は未知のメカニズムに基づく阻害剤がヒットす

る可能性を期待したまたよりユニークなヒッ

ト化合物を求めて低分子化合物ライブラリーで

はなく天然物資源に特化してスクリーニングを

行ったここから見出されてきたのがプラジエ

ノライドである1) 2)

プ ラ ジ エ ノ ラ イ ド は Streptomyces platensis Mer-11107 から単離された二次代謝産

物で新規な 12 員環マクロライド化合物である

(図 1)当初得られた類縁体の中で最も活性の

高かったプラジエノライド B はin vitro で各種

癌細胞に対して nM オーダーで細胞増殖抑制活

性を示したまたin vivo においても優れた抗

腫瘍活性を発揮しヒト乳癌細胞 BSY-1 を移植

したヌードマウスモデルにおいては腫瘍が消失

した治癒マウスが観察されたさらにこの優れ

た抗腫瘍効果が既存の抗癌剤とは異なるメカニ

ズムに基づくことが複数のデータから示唆され

た3) この魅力的な天然物をリード化合物とした

探索研究を展開しさらに優れた活性安全性

物性プロファイルを有するプラジエノライド Dの半合成誘導体である E7017 を見出した4)また

プラジエノライドは 10 個の不斉炭素を有してい

ることからその絶対立体を確認する目的で全合

成研究を行ったプラジエノライド B および Dをそれぞれ 21 工程19 工程で合成し絶対立体

構造を明らかにした5)同時に天然からは得ら

れない新たなプラジエノライド類縁体の合成も

可能となった

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

図1プラジエノライドの化学構造

3プラジエノライドの結合分子探索 プラジエノライドが既存の抗癌剤とは異な

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 14

るメカニズムで抗腫瘍作用を発揮していること

が様々なデータから示唆されていたがその詳細

は不明なままであったこの解明に向けてプラジ

エノライドの標的分子探索を進めたこれによっ

て抗がん剤研究の新たな「創薬ターゲット」を

提示できる可能性と解明された標的分子作用

メカニズムを基にしたバイオマーカーなどを設

定することでより効率的な E7107 の臨床開発が

可能となることを期待したさらに臨床開発に

あたって患者様開発担当者臨床医政府関連

機関の皆様はじめ広く社会に E7107 の作用メカ

ニズムを科学的に説明してゆくことは企業研究

者の使命であるとも考えていた癌治療分野では

「分子標的治療薬」なるキーワードが定着してい

ることからも薬効を分子レベルで解明すべきで

あると考えたこれらの展望目的を達成するに

はプラジエノライドをケミカルプローブとして

用いその結合蛋白を決定することが最も合理的

であると考えた プラジエノライドから E7107 に至る探索研

究時に確立していた誘導体合成方法と得られて

いた構造活性相関を基にプラジエノライドの活

性が保持される位置にトリチウム(3H)蛍光タグ

(BODIPY-FL)光親和性基およびビオチンタグ

(photoaffinitybiotin PB)を導入した 3H プロー

ブBODIPY-FL プローブおよび PB プローブを

合成した(図 2)これらはin vitro にて nM オ

ーダーから sub-μM オーダーの細胞増殖抑制活

性を示しプラジエノライド標的分子への親和性

を維持していると判断されたこれらのプローブ

化合物を細胞に処理したことからそれぞれの結

合蛋白を放射活性蛍光によって追跡し

streptavidin-HRP を用いてその検出同定を試

みた6)

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

図2ケミカルプローブの化学構造

先ず結合蛋白の細胞内局在を 3H プローブ

および蛍光プローブを用いて検討した3H プロ

ーブを処理した細胞から細胞画分を調整し各画

分中の 3H 放射活性を測定したところ核フラク

ション中の放射活性が最も高かった(図 3a)次

いで蛍光プローブ処理した細胞の蛍光顕微鏡に

よる観察ではプローブが核内の顆粒状構造に局

在することが確認された(図 3b)この顆粒は核

スペックルのマーカーである SC-35 の局在と完

全に一致した核スペックルは転写やスプライシ

ングに関わる蛋白が高密度に存在する構造体で

あることから結合蛋白が転写因子やスプライシ

ング関連因子である可能性が示された

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

図3ケミカルプローブの細胞内局在

結合蛋白を更に絞り込む目的で3H プロー

ブ処理した細胞から調整した核フラクションに

対して転写スプライシングに関連する様々な

因子への抗体を用いて免疫沈降実験を行い3Hプローブが共沈される抗体を探索したその結果

6 つの抗体で 3H 放射活性の共沈が観察された

その 5 つはスプライシングにおいて必須の働き

をしている U2 small nuclear ribonucleoprotein (U2 snRNP)に存在する蛋白(または構造)に対

する抗体であった残る 1 つは U2 snRNP との

複合体形成が報告されているサイクリン E に対

する抗体であった(図 4)この結果から結合蛋

白は U2 snRNP 複合体中に存在すると考えられ

た U2 snRNP は巨大な蛋白複合体でありSm

コア蛋白スプライシングファクターSF3aSF3b といったサブユニットから構成される巨大

な複合体である真核生物ではDNA から転写

された mRNA 前駆体 (pre-mRNA) にイントロ

ンと呼ばれる蛋白質のアミノ酸配列の遺伝情報

をもたない部分が含まれている遺伝子情報を蛋

白質へと翻訳するにはこのイントロンを取り除

きアミノ酸配列の情報をもつエキソンだけを正

確につなぎ合わせる必要があるこの工程がスプ

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 15

ライシングでありU2 snRNP はスプライシン

グに関わる代表的なマシナリーの一つである

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

図4U2 snRNP-cyclinecdk2 複合体

U2 snRNP にまで絞り込まれてきた結合蛋

白を可視化し検出する目的で光親和性ビオチ

ン(PB)プローブを用いた実験を行った光親

和性モイエティーは UV 照射によってラジカル

種を生じ近接する蛋白質と共有結合を形成する

ここでプローブが共有結合した蛋白をビオチン

を足がかりとしてストレプトアビジン-HRP に

よって検出したその結果約 140kDa の位置に

バンドが検出された(図 5)U2 snRNP の中で

この分子量を有する蛋白としてはSF3b サブユ

ニ ッ ト に 存 在 す る spliceosome associated protein (SAP)145 または SAP130 が挙げられる

る実際このバンド中に両者が存在することを

イムノブロッティングおよび質量分析によって

確認したしかしながらこの二つの蛋白はほぼ

同じ位置に検出されどちらが結合蛋白であるか

を結論づけられなかったそこでSAP145 と

SAP130 についてそれぞれ GFP 融合蛋白を発現

させた細胞を用いて同様の実験を行いプローブ

結合蛋白のバンドシフトが検出されるかを検証

したGFP-SAP130 発現細胞では約 170kDa の

位置に結合蛋白のバンドがシフトした一方

GFP-SAP145 発現細胞ではバンドシフトが観察

されなかったことからプローブの結合蛋白は

SAP130 であると結論づけられた

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

図5PB プローブによる結合蛋白の検出

上述してきた実験では全てプラジエノライ

ドおよび E7107 とプローブ化合物との競合実験

を行いプラジエノライド自体の結合蛋白も

SAP130 であることを確認したしかしここで

は詳細な説明を割愛させていただくが一連のデ

ータはプラジエノライドが細胞内に存在する全

ての SAP130 に結合するのではなくSF3b 複合

体を形成している SAP130 にのみ結合すること

が示唆された例えばSAP130 の発現を siRNA処理により抑制した細胞においては蛍光プロー

ブの核スペックルへの局在が観察されなかった

がSAP145 の発現を抑制した場合においてもそ

の局在は消失したこの結果は SAP130 への結

合には SAP145 の存在も必要であることを示唆

しておりプラジエノライドが SAP130 のみな

らずSAP145など他のSF3b構成蛋白質から構成

される SF3b 中のポケット構造にはまり込んで

いる可能性などが考えられた 4プラジエノライド標的分子としての

SF3b プラジエノライドの結合蛋白が SF3b 中の

SAP130 であることを付き止めたが次にこれ

がプラジエノライドの抗腫瘍活性に直接関係し

た結合蛋白すなわち「標的分子」であるかを検

証した先ずE7107 に至る探索研究の過程で

得ていた強弱さまざまな細胞増殖抑制活性を示

すプラジエノライド化合物をSF3b 複合体に対

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 16

する 3H プローブの結合に対して競合させたそ

の結果強い細胞増殖抑制活性を有する化合物が

より高い競合能を示したすなわちプラジエノ

ライド化合物の SF3b への親和性と抗腫瘍活性

が相関することが示された(図 6)この結果は

SF3b がプラジエノライドの抗腫瘍効果の標的分

子であることを強く示唆している

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

図6プラジエノライドの SF3b への 親和性と抗腫瘍活性との相関

次にプラジエノライドの SF3b への結合に

よってその機能が阻害されているか否かを検証

したスプライシングが阻害された場合イント

ロン配列が残った未成熟な mRNA が細胞内に出

現すると考えられるそこでプラジエノライド

処理した細胞から回収した mRNA をもとに

cDNA ライブラリーを構築しイントロン配列が

含まれる cDNA の存在をランダムにスクリーニ

ングしたその結果DNAJB1 などいくつかの

遺伝子のイントロン配列が確認されたこれらの

遺伝子についてスプライシングが阻害された

mRNA(unspliced form RNA)の存在を定量的

RT-PCR にて検証した結果プラジエノライド処

理の時間に依存して unspliced form の発現量の

上昇が観察された(図 7)またプラジエノラ

イドの処理濃度によっても unspliced form の上

昇が確認されたこのときスプライシング阻害

を来たす濃度は細胞増殖抑制活性を発揮する濃

度と一致したさらにプラジエノライドが抗腫

瘍効果を発揮する処理濃度において核スペック

ルの巨大化(メガスペックル)が観察された(図

8)同様の現象はin vitro レベルでスプライシ

ングの阻害を来たす抗トリメチルグアノシン

(TMG)抗体やU1 または U6 snRNA に対す

るアンチセンスRNAの核内インジェクションに

おいても観察されているこれらの結果からプ

ラジエノライドは SF3b に結合しその機能を阻

害することで抗腫瘍効果を発揮していると結論

づけた6)

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した 図7プラジエノライドによるスプライシング阻害

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した 図8プラジエノライド B による核スペックルの形態変化

5抗腫瘍作用のメカニズム考察 「スプライシングの阻害がなぜ抗腫瘍活性

につながるか」に関してはいくつかの可能性

が考えられる7) 例えばプラジエノライドに

よるスプライシング阻害が癌細胞の増殖や生存

に必須の遺伝子の発現を抑制し抗腫瘍効果を発

揮していることなどが考えられる遺伝子発現に

関わる工程すなわち転写mRNA プロセシ

ング(キャッピングスプライシングポリアデ

ニレーション)さらに mRNA の核外輸送とサ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 17

ーベイランスなどはそれぞれが独立して進行す

るのではなく全てがカップリングしたrdquogene expression factoryrdquoを形成していると考えられ

ている従ってスプライシングの阻害がgene expression factory を機能不全に陥れ遺伝子発

現を抑制することは可能性あるシナリオである

この作用によってプラジエノライドが当初の

VEGF-PLAP assay において阻害活性を示して

いた可能性が考えられるまたプラジエノライ

ド処理時に観察されたメガスペックルはDRBやアクチノマイシン D といった転写阻害剤の処

理によっても観察されることは示唆的である

6終わりに プラジエノライドの標的分子がスプライシ

ングファクターSF3b であることを突き止めた

これによってE7107 が既存の抗癌剤とは全く

異なる分子を標的とするrdquoFirst-in-Classrdquoの薬剤

であることを示すことができた同時にスプラ

イシングファクターSF3b が抗癌剤の新たな創薬

ターゲットになりうる可能性を示したE7107は現在欧米において臨床試験が進められてお

りSF3b の創薬ターゲットとしての真価は

E7107の臨床試験結果が示してゆくことになる

一方プラジエノライドによる SF3b の機能

阻害が抗腫瘍効果につながるメカニズムの詳細

な解明にはさらなる研究の深耕化が必要である

スプライシング阻害剤としてのプラジエノライ

ドを用いた研究からスプライシングと転写や他

の mRNA プロセシングさらには mRNA 核外

輸送やサーベイランスとのカップリングに分子

レベルでの新たな知見が加わることが期待され

るプラジエノライド研究を起点とした研究から

癌患者様に新たな希望を与える新薬が生まれる

と同時にgene expression factory の分子レベル

での解明など基礎科学の進展にも貢献すること

を期待している 謝辞 本研究はメルシャン(株)生物資源研究所

エーザイ(株)筑波研究所および KAN 研究所と

の共同研究によって進められてきたものである

土田外志夫博士(メルシャン)酒井孝博士水

井佳治博士(エーザイ)をはじめ共同研究者関

係者の皆様に深く感謝いたします

参考文献 1) Sakai T et al J Antibiot 57 173 (2004)

2) Sakai T et al J Antibiot 57 180 (2004)

3) Mizui Y et al J Antibiot 57 188 (2004)

4) Iwata M et al Proc Am Assoc Cancer Res 45 691 (2004)

5) Kanada R M Itoh D et al Angew Chem Int Ed 46 4350 (2007)

6) Kotake Y et al Nature Chem Biol 3 570 (2007)

7) 小竹良彦甲斐田大輔水井佳治吉田稔 蛋白質核酸酵素 53 28 (2008)

略 歴 小竹 良彦 (Yoshihiko KOTAKE)1989年 広島大学医学系研究科分子薬学系修了同年 エ

ーザイ(株)入社2004年より 創薬第二研究所主幹研究員1997年 薬学博士 研究テーマ新規抗癌剤の探索研究ケミカルバイオロジー

関心事生理活性天然物核内因子を標的とした創薬研究

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 18

部会賞受賞者(2)

日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析と

その患者個別化薬物治療への応用 斎藤 嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所機能生化学)

1はじめに

薬物に対する生体の反応性(薬物応答性)に

関しては個体差や人種差があり十分な有効性が

得られない場合や副作用を発現する場合も存在

し患者 QOL の低下をもたらす原因となってい

る薬物応答性に影響を与える因子として遺伝

的要因と環境的要因が考えられるがヒトゲノム

研究の進展に伴い薬物代謝酵素動態関連及び

受容体分子をコードする遺伝子の多型(主として

約 1000 塩基に 1 ヶ所存在する塩基置換や挿入

欠失)に基づくこれら分子の機能変化が 薬物応

答性の個体差発現に関与していることが明らか

となってきた1980 年代後半より特に薬物代

謝酵素に関し機能変化を伴う遺伝子多型が同定

されてきており中には機能がほぼ完全に消失す

る多型も知られているしかし単独多型部位に

着目したフェノタイプ - ジェノタイプ相関解析

では相反する結果が得られる場合も多く機能

影響が確立されたものは比較的少なかった我々

は平成 12 年度より一貫して日本人を対象と

した薬物応答関連遺伝子の多型解析を行うと共

に染色体上における遺伝子多型同士の組み合わ

せであるハプロタイプに着目しこれまでに多く

の薬物代謝酵素トランスポーター受容体等

につき日本人におけるハプロタイプ構造を明ら

かにしたまた発見した新規多型の機能影響を

in vitro 解析により解明した

2ハプロタイプ解析 我々はこれまでに約 50 種の遺伝子に関し主

としてエクソン領域及びエンハンサープロモー

ター領域を対象に直接シーケンシングによる多

型探索を行い約 2000 種の多型(うちアミノ

酸置換を引き起こすものは新規の約 150 種を含

む約 250 種)を見いだしたさらにこれらの

多型情報を基にハプロタイプ解析を行った 1 2)

表 1 に対象とした薬物応答関連遺伝子の一部を

示した

図1 連鎖不平衡とハプロタイプ解析

ヒトは両親より染色体を 1 本ずつ受け継いで

いるが減数分裂の際に相同組換えを起こす組

換えを起こしにくい領域ではその間の塩基配列

はあまり変化せず従って遺伝子多型の組み合わ

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 19

せも一定となる場合が多い(連鎖不平衡にあると

言う図 1)この同一染色体上に存在する多型

の組み合わせがハプロタイプである遺伝子多型

の機能影響が複数の多型により引き起こされる

場合や機能変化を引き起こす原因多型が未同定

であるものの解析したハプロタイプ上に存在す

る場合等にはフェノタイプとの相関解析に特に

有効な方法である世界的にも国際ハップマップ

プロジェクトが進行中であるが我々は薬物応答

関連遺伝子に特化しそれぞれ 100-500 人の日

本人を対象として高密度ハプロタイプを明らか

にした 実際にハプロタイプによる解析が功を奏した

例として以下のものが挙げられる a) 複数の機能変化をもたらす遺伝子多型が同一

遺伝子中に存在する場合機能影響がより明確に

なったケース

図2 UGT1A1 の遺伝子多型とハプロタイプ

グルクロン酸転移酵素 UGT1A1 は小胞体に

局在する第二相酵素である我々は日本人につき

UGT1A1 遺伝子中にin vitro 解析で大きな機能

低下を引き起こす6 (211GgtA Gly71Arg)及び

28 (TA6gtTA7)(図 2赤字)及び中程度の低下

を引き起こす27 (686CgtA Pro229Gln)及び60 (-3279TgtG) (青字)といういずれも酵素活性

の低下または蛋白質発現レベルの低下を引き起

こす多型を検出したこれらのハプロタイプ解析

の結果機能低下が大きい6 と28 は排他的に

存在することほとんどのケースで28 は60 と

同一ハプロタイプ上に存在すること27 は28

と同一ハプロタイプ上に存在することを見いだ

した(図 2)3)また 3rsquo-非翻訳領域に 3 多型

(1813CgtT 1941CgtG 2042CgtG)が連鎖してい

るIB ハプロタイプを同定した(緑字)図 3 に

示すように理論上別々の染色体上に機能低下

を起こす多型が存在する場合の方が同一染色体

上に存在する場合よりも大きな機能低下を引き

起こすUGT1A1 が活性代謝物 SN-38 の解毒代

謝に関わる抗がん剤イリノテカンや同じく

UGT1A1 が代謝に関わるビリルビンを対象とし

たその後の解析で日本人の UGT1A1 の遺伝子

多型では6 または28 を二本の染色体で共に

有する場合(ホモ接合)及び6 と28 の両者を

それぞれ別の染色体上で有する場合に体内動態

及び副作用への影響が大きいことから主として

6 と28 を指標とすれば良いことが明らかとな

った 4 5)さらに60 及びIB 単独では影響が弱

いものの60 - IB 組み合わせハプロタイプで

は28 に匹敵する影響を血中総ビリルビン濃度

に与え値を上昇させることを見いだした 5)

図3 多型影響のハプロタイプによる違い

b) 同一基質を代謝する酵素群の遺伝子が染色体

上で近傍に位置する場合各遺伝子のハプロタイ

プの組み合わせで総合的機能変化を推定しうる

ことを示したケース 薬物代謝酵素ではファミリーを形成する遺伝

子群が染色体上に並んで存在する場合があるこ

れらファミリー遺伝子の産物は基質特異性が異

なるものの同一基質を代謝するケースも多い

従って多型影響はファミリー遺伝子全体として

考える必要がある現在処方されている医薬品の

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 20

約半数の代謝に関わる重要なシトクロムP450分

子種 CYP3A である CYP3A4 と CYP3A5 の場合

では酵素活性の低下を引き起こす CYP3A416 (554CgtG Thr185Ser)とスプライシング異常に

より発現レベルの大幅な低下を引き起こす

CYP3A53(IVS3-237AgtG)が重要な多型であ

る我々は CYP3A4 及び CYP3A5 のハプロタイ

プを別々に明らかとした後その組み合わせも解

析した 6)その結果CYP3A416 を有する場合

CYP3A5 は野生型である1 をCYP3A53 を有

する場合CYP3A4 は1 をそれぞれ有すること

が明らかとなり重要な酵素としてある一定の

酵素活性が保たれるような組み合わせになって

いることが示唆された これ以外の例ではUGT1A7 と UGT1A1 の例

がありこの場合は酵素活性が低下する

UGT1A73 の約 67が UGT1A16(酵素活性低

下)と26が UGT1A128(発現レベル低下)

と連鎖しておりハプロタイプを形成していた 7)

UGT1A1 は肝臓等にUGT1A7 は消化管等に発

現しておりUGT1A73 を有する場合には

SN-38 などの解毒代謝が体内の多くの組織で低

下していると考えられる c) アミノ酸置換を起こさず単独多型部位の解析

では注目されてこなかった多型のみを有するハ

プロタイプが薬物動態パラメーターの変化を引

き起こすことを明らかにしたケース これにはまず抗てんかん薬カルバマゼピンに

おけるエポキシド加水分解酵素 EPHX1 のハプ

ロタイプが挙げられるカルバマゼピンは主と

して CYP3A4 により薬理活性を有するエポキシ

ド体に変換された後さらに EPHX1 によりジオ

ール体へと解毒代謝されるEPHX1 遺伝子中に

検出した多型の連鎖不平衡解析結果により3 つ

のブロックに分けてハプロタイプ解析を行った

がこのうちブロック 3 の1c ハプロタイプが

酵素活性の指標であるジオール体とエポキシド

体の血中濃度比の有意な上昇をもたらすことを

明らかにした(図 4)8)このハプロタイプは

1248GgtA(Lys416Lys)と IVS3-114GgtC という

それぞれアミノ酸置換を引き起こさないサイレ

ントの多型及びイントロン領域の多型のみを有

していたIVS3-114GgtC は他のハプロタイプに

も存在することから1248GgtA(Lys416Lys)またはこれと強く連鎖している未知の多型の効

果により酵素活性が上昇したと考えられる

図4 EPHX1 Block 31c ハプロタイプの カルバマゼピン解毒代謝への影響

この他の例としては抗がん剤パクリタキセル

の薬物動態変化における CYP2C8 のハプロタイ

プがあるパクリタキセルには CYP3A4 により

C3rsquo-p-水酸化体に代謝されさらに CYP2C8 に

よりジオール体に変換される経路が知られてい

るがCYP2C8 のイントロン多型 7 種で形成さ

れるIG ハプロタイプを有するヒトではC3rsquo-p-水酸化体の血中濃度-時間曲線下面積値が有し

ないヒトに比べて有意に高かった 9)従ってIGハプロタイプではCYP2C8 の酵素活性が低下

していると示唆された 以上のようにハプロタイプ解析は単独多型の

解析に比してより明確により包括的に機能影

響を明らかにすることが可能であることを示し

薬物応答性分子の解析におけるその有用性が示

された

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 21

3機能解析 新規に遺伝子多型を同定しても機能変化を引

き起こさなければいわゆるldquoジャンクrdquoの多型

であるまたハプロタイプを同定してもその中

のどの多型が機能変化に関連しているか不明で

あるそこでアミノ酸置換を伴う遺伝子多型を中

心に in vitro 機能解析を行い機能変化を引き起

こす多型を約 30 種同定したその一部を表 2に示す例えば上述の CYP3A416 多型はテ

ストステロンの水酸化活性を約 50低下させる

ことが in vitro で示されたため 10)in vivo の解

析でも注目しパクリタキセル等の薬物動態パラ

メーターの変化を引き起こすことを見いだした

11)また同じシトクロム P450 の一種 CYP1A2において8(1367GgtA Arg456His)15( 125CgtG Pro42Arg ) 16 ( 1130GgtA Arg377Gln)はそのアリル頻度は 0002-0004と低いもののいずれもヘム蛋白質レベルが低下

することにより95以上という大幅な活性低下

を引き起こすことを明らかにした 12)

表2 機能変化を示した薬物応答性遺伝子の多型

(シトクロム P450 の例)

4おわりに

以上のように日本人を対象に薬物動態変

化や有効性副作用発現に関わる重要な遺伝子多

型ハプロタイプを明らかとしたことは医薬品

の種類や投薬量等に関する治療方針を個別に決

定する患者個別化薬物治療の本邦における発展

に大きく寄与するものと考えるこれらの成果は

人種的に類似している東アジア諸国においても

有用であり現に我々が発見した遺伝子多型に関

する報告が韓国や中国から相次いでいるまた薬

物応答性遺伝子の多型影響を考慮してリード化

合物の最適化を行うことは臨床試験段階でのド

ロップアウトを防止する有力な手段になりえる

と考えられ本研究の成果は創薬の面からも有用

と思われる今後も未解析である硫酸転移酵素や

一部のトランスポーター群の解析を行うと共に

創薬及び臨床現場で有用と考えられる遺伝子多

型ハプロタイプのデータベース化を行い日本

におけるファーマコゲノミクス情報の有効活用

を促していきたい 謝 辞 本研究は国立医薬品食品衛生研究所機能生

化学部 澤田純一部長同薬理部 小澤正吾室長

(現岩手医科大学教授)をはじめとする国立医

薬品食品衛生研究所の先生方および国立がんセ

ンター国立国際医療センター岡山大学東京

女子医科大学をはじめとする共同研究機関の先

生方のご指導及び共同研究のもとに行われたも

のであり心より感謝申し上げますまた本研究

は医薬品医療機器総合機構医薬基盤研究所

厚生労働省文部科学省等より研究費の助成を受

けて行われたものでありここに深謝致します

参考文献 1) Saito Y et al Curr Pharmacogenomics 5 49-78 (2007)

2)斎藤嘉朗ら 細胞工学 26 1020-1025 (2007)

3) Sai K et al Clin Pharmacol Ther 75 501-515 (2004)

4) Minami H et al Pharmacogenet Genomics 17 497-504 (2007)

5) Saeki M et al Clin Chem 53 356-358 (2007)

6) Fukushima-Uesaka H et al Hum Mutat 23 100 (2004)

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 22

7) Saeki M et al Pharmacogenomics J 6 63-75 (2006)

8) Nakajima Y et al Eur J Clin Pharmacol 61 25-34 (2005)

9) Saito Y et al Pharmacogenet Genomics 17 461-471 (2007)

10) Murayama N et al Drug Metab Pharmacokinet 17 150-156 (2002)

11) Nakajima Y et al Clin Pharmacol Ther 80 179-191 (2006)

12) Saito Y et al Drug Metab Dispos 33 1905-1910 (2005)

略 歴 斎藤 嘉朗(Yoshiro SAITO)1989 年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了同年国立衛生

試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)機能生化学部 研究員1996 年博士(薬学)取得(東京大学)1998 年カナ

ダトロント大学医学部 博士研究員2000 年国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部 主任研究官2001 年同第二室

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 23

部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 24

常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 3

グルコースUDP-ガラクトースUMP-シアル

酸などから糖が順次に転移されることにより多

様なグリコスフィンゴ脂質(GSL)群が生合成さ

れる(図1⑥)以上のスフィンゴ脂質の生合成

においてSPT 反応からセラミド合成までは小

胞体で行われそれ以後の反応はゴルジ体で行わ

れる 一方SM や GSL はスフィンゴミエリナー

ゼやグルコシダーゼなどにより分解されて Cerを生成する(図1⑦⑧)この Cer はセラミ

ダーゼによりSphと脂肪酸に分解され(図1⑨)

Sph はスフィンゴシンキナーゼにより S1P に変

換される(図1⑩)さらにS1P は S1P リアー

ゼにより分解されホスホエタノールアミンと脂

肪アルデヒドに変換される(図1⑪) 筆者らはスフィンゴ脂質の生合成機構や機能

を明らかにする目的でCHO-K1 細胞からさま

ざまなスフィンゴ脂質代謝変異株を分離して研

究を行ってきたまず初めにスフィンゴ脂質生

合成反応の初発段階を触媒する SPT をポリエス

テル布上で in situ に測定する方法を考案しこ

の活性が温度感受性となった変異株 SPB-1 株を

分離することに成功したそしてこの変異株を

用いた研究によりスフィンゴ脂質が動物細胞の

増殖に必須であることを初めて明らかにするこ

とができた(1)またSPT は少なくとも二つの

遺伝子産物(LCB1 LCB2)から構成されSPB-1は lcb1 遺伝子に欠損を有することを明らかにし

た(2)SPB-1 細胞を用いることによりラフト

に存在する GPI-アンカー蛋白質がスフィンゴ脂

質と細胞膜上で相互作用していることを細胞レ

ベルで初めて明らかにすることができた(3) さらに我が国の研究者によって発見されたシ

マミミズの体腔液由来のライセニンと呼ばれる

溶血性蛋白質が SM に特異的に結合して細胞毒

性を発揮することに着目しライセニン耐性変異

株を分離することにより SM 生合成が異常と

なった変異株を数種類分離することに成功した

そしてこれらの中にSPB-1 と同様に SPT に

損傷を持つ変異株(LY-B)に加え(4)LY-B とは

異なった部位に損傷を有すると考えられる新し

いタイプの変異株(LY-A)を見出した(5)LY-A株の解析を進めた結果この変異株では小胞体で

生合成された Cer がゴルジ体に輸送されないた

めに SM 合成ができないことが示唆されたその

後細胞膜に小孔を開けた semi-intact 細胞にお

いてATP依存性のCerの小胞体-ゴルジ体間輸送

を再現する実験系を開発しこの in vitro 再構

成系を用いた解析からATP 依存性の Cer 輸送

にはサイトソル蛋白質が必要であることを明ら

かにするとともにLY-A 株の欠損はサイトソル

因子の欠損に起因していることを明らかにした(6)

図2CERT を介するセラミドの小胞体からゴルジ体へ

の選別輸送機構 続いてLY-A 株の損傷を相補する cDNA のク

ローニングにも成功した(7)CERT(Ceramide trafficking protein)と命名したこの遺伝子産物

は大変興味深いことに少なくとも3つのドメ

インから形成されそれぞれのドメインが Cerを小胞体からゴルジ体へ輸送するのに相応しい

機能を有することが明らかとなった(図2)す

なわち120 個のアミノ酸残基からなるアミノ末

端領域にはゴルジ体膜の脂質成分の一つである

ホスファチジルイノシトール-4-リン酸(PI4P)に結合する活性を持つ PH ドメインが存在する

中央部には蛋白質の自己集合に関与すると言わ

れている coiled-coil モチーフを含む MR ドメイ

ンが存在しこのドメインにある FFAT モチーフ

と呼ばれる短鎖ペプチドが小胞体に存在する

VAP と呼ばれるタンパク質と相互作用すること

によりCERT を小胞体へターゲティングするこ

とを明らかにした(8)そして230 個のアミノ

酸から成るカルボキシ末端領域にはSTARTドメ

インが存在しこのドメインは Cer を特異的に

認識することが示されたこのことはSTARTドメインの結晶構造解析によっても確認された(9)これらの結果からCERT は小胞体で生

合成されたCerをSTARTドメインの働きで小胞

体膜から引き抜きその後PH ドメインの働き

でセラミドをゴルジ体へと選別輸送することを

提唱した(図2)最近PH ドメインにあるセ

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リンリピートモチーフ部位がリン酸化されるこ

とおよびリン酸化により Cer の輸送が抑制さ

れることが明らかとなった(10)PH ドメインの

リン酸化によりPH ドメインと START ドメイ

ンが相互作用しそれぞれのドメインが PI4P あ

るいは Cer を結合できなくなるものと推定して

いる 膜脂質生合成過程での脂質輸送機構について

は蛋白質と共に行われる膜小胞輸送機構が推定

されてきた筆者らの CERT の発見はCer が

「分子引き抜き転移」機構で選別輸送されること

を初めて示したものとしてあるいは膜リン脂質

生合成に関わる特異的な脂質選別輸送装置を分

子レベルで初めて同定したものとして大きな反

響を呼んでいるCer はスフィンゴ脂質の生合

成中間体としてだけではなく細胞内シグナル伝

達にも関与する脂質であり従ってCERT はシ

グナル伝達にも関与する可能性が考えられる最

近リソソームにおいて糖脂質の分解のために働

いていると考えられてきたサポシンと呼ばれる

蛋白質が細胞内に入り込んだ結核菌の糖脂質を

CD1d と呼ばれる抗原提示蛋白質に転移する機

能も有することが明らかにされた(11)細胞内に

はまだ数多くの種類の脂質輸送蛋白質が存在し

その機能も多岐にわたるものと推定されこれら

脂質輸送蛋白質と疾病との関連も出てくると予

測される 3スフィンゴ脂質の機能解析と創薬への展開 (1)C型肝炎ウイルス(HCV)複製における

スフィンゴ脂質の役割解明と創薬 HCV は高頻度に肝臓へ持続感染し高効率に

慢性肝炎を引き起こし慢性的に起こる肝臓での

炎症は肝硬変を誘発し更には肝癌を発生させる

ことが知られている日本では 200〜300 万人に

及ぶ HCV 感染者がおり毎年4万人ものヒトが

肝癌を発症している現在HCV に対する治療

法として抗ウイルス作用を持つインターフェロ

ン治療が行われているしかし約 40の患者

でしか効果が認められず副作用も大きいため

さらに安全で有効な治療薬の開発が求められて

いる S Shi らは新たに合成された HCV RNA が

斑点状の構造体に局在しこの構造体には HCVの非構造タンパク質も存在すること並びに

HCV RNA や非構造タンパク質がラフト分画に

存在することを示しHCV の複製がラフト上で

行われることを報告した(12)ラフトの形成には

コレステロールとスフィンゴ脂質が必須であり

細胞からコレステロールを除去すると HCV の

RNA 合成が阻害されることも報告された(13) H Sakamoto らはHCV レプリコン細胞を使

用したハイスループットスクリーニングにより

カビの一種である Fusarium spより HCV レプ

リコンの複製を阻害する化合物 NA255(図 3)を発見した(14)NA255 の抗レプリコン活性の

IC50 は 2nM であり一方細胞毒性を示す濃度

は 50μM 以上であり高い選択性を示した

NA255 の化学構造はSPT の特異的阻害剤であ

るミリオシンと類似しておりNA255 も nM オ

ーダーの濃度で SPT 活性を強く阻害した更に

RNA ポリメラーゼである NS5B タンパク質には

スフィンゴミエリンと結合するドメインが存在

することも明らかにされたNA255 によりスフ

ィンゴミエリン合成が阻害されるとRNAポリメ

ラーゼがラフト上のHCV複製複合体に集合でき

なくなりその結果 HCV の複製が阻害されるも

のと推定されているNA255 のような宿主因子

をターゲットとする抗 HCV 薬はウイルス因子

をターゲットとする薬剤と異なり耐性株の出現

頻度は極めて低いと考えられ今後の進展が期待

される (2)セラミドを分子標的とする細胞死の制御 岡崎らはヒト骨髄性白血病 HL-60 細胞が

活性型ビタミンD3によって単球系に分化する際

にSM 分解によって一過的に生じる Cer が細胞

内脂質メディエーターとして働くことを提唱し

た(15)Cer は HL-60 細胞の分化誘導以外にもア

ポトーシスを引き起こすことも明らかにされ腫

瘍細胞特に血液腫瘍細胞である白血病やリンパ

腫細胞において細胞死誘導脂質 Cer を増加させ

ることでこれまでに抗ガン剤に耐性に陥ってい

た腫瘍細胞における抗ガン剤感受性を回復する

ことを目的とし研究が進められている(16)一つ

の手法として Cer を SM に変換するSM合成酵

素の機能を阻害することで Cer の細胞内蓄積増

強を誘導することで細胞死を亢進することを検

討しある種のSM合成酵素の阻害剤が白血病

抗ガン剤耐性 HL-60ADR 細胞の細胞死を誘導

することを見出しているCer を分子標的とする

細胞死の制御は抗がん剤耐性克服のためのスト

ラテジーとして興味が持たれる (3)スフィンゴシンー1―リン酸(S1P)をタ

ーゲットとする免疫抑制剤

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藤多らはマウス同種リンパ球混合反応を阻害

する化合物 IPS-1(ミリオシン)(図3)を冬虫

夏草の一種である Isaria sinclairii の培養濾液

から発見した(17)この免疫抑制物質 ISP-1 はス

フィンゴイド類似体であり小堤らにより SPTを強く阻害することが明らかにされた(18)興味

深いことにISP-1 は他の細胞では増殖阻害を起

こさない低濃度でも IL-2 依存性 T 細胞 CTLL-2の増殖を阻害し免疫抑制剤として注目された(18)その後千葉らはIPS-1 の構造変換化合

物の中から同種移植および自己免疫疾患モデル

において強力な抑制効果を示す化合物 FTY720(図3)を見出しこの化合物は生体内ではスフ

ィンゴシンキナーゼによって速やかに FTY720リン酸(FTY720-P)に変換されS1P の受容体

にアゴニストとして作用することを明らかにし

た(19)

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OHO

COOH

OH

NH2

OH

OH

ONHO

OH

OOHO

COOH

O

NH

OH

OH

O

n=1~11

スフィンゴシン

セラミド

IPS-1(ミリオシン)

FTY720

NA255

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OHO

COOH

OH

NH2

OH

OHO

COOH

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OH

ONHO

OH

OOHO

COOH

O

OH

ONHO

OH

OOHO

COOH

O

NH

OH

OH

O

n=1~11

NH

OH

OH

O

n=1~11

スフィンゴシン

セラミド

IPS-1(ミリオシン)

FTY720

NA255 図3スフィンゴシンセラミドに類似した構造を有す

る薬物の構造式

ところで脂質メディエーターとして注目され

ている S1P の受容体は現在までに5種類

(S1P1~S1P5)同定されておりリンパ球におい

ては S1P1が強く発現しているS1P1はリンパ球

が胸腺や二次リンパ系組織から外に移出される

過程で発現が増強され血小板から産生されて血

中に高濃度存在する S1P の濃度勾配にしたがっ

てリンパ組織から血中に移行するFTY720-P は

S1P に構造が類似するためS1P1 に結合しそ

のダウンレギュレーションを長時間誘導するこ

とが判明した(20)従ってFTY720 で処理され

たリンパ球では S1P1の発現が著しく減少するた

めリンパ組織からの循環リンパ球の移出が阻害

され免疫抑制が発揮されるものと考えられてい

る現在FTY720 の多発性硬化症を対象とした

臨床試験が行われつつあり優れた治療効果を示

すことが報告されている 国沢らは腸管免疫システムにおける S1P の

役割を検討しパイエル板などの腸管関連リンパ

組織(gut-associated lymphoid tissue GALT)の B-2 細胞を介した腸管分泌型 IgA 産生並び

に腹腔 B-1 細胞を介した腸管分泌型 IgA 産生の

両経路においてS1P が重要な役割を果たし

FTY720 は両者を共に阻害することを明らかに

している(21)またS1P は食物アレルギーや潰

瘍性大腸炎などの腸管免疫疾患にも関わること

がモデルマウスで示されこれら疾患が FTY720処理により改善されることも示されている(21) 4おわりに 構造物性代謝の生化学を軸として発展して

きた脂質研究は分子生物学や細胞生物学の手法

を取り入れリピドの生物学的役割に目を向けた

リピドバイオロジーへと発展変容し生命の分

子レベルでの理解に大きく貢献しつつある脂質

研究の注目度を大きく高めたのはシグナル伝達

におけるイノシトールリン脂質の代謝回転とプ

ロテインキナーゼCの発見であるこの画期的な

研究に続き膜の構成成分と見られてきた脂質か

らプロスタグランジンロイコトリエンPA

Fリゾホスファチジン酸スフィンゴシン-1

-リン酸2-アラキドノイルグリセロールなど

数多くの生理活性脂質が産生されることが判明

し更にこれら生理活性脂質の生合成酵素や受容

体が同定され癌浸潤転移炎症免疫神経

機能など実に広い領域における脂質の役割が解

明されつつある今後脂質をターゲットとする

薬物開発への取り組みがさらに拡大されること

を期待している

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参考文献 1) Hanada K Nishijima M et al J Biol Chem 265 22137-22142 (1990) 2) Hanada K HaraT et al J Biol Chem 275 8409-8415 (2000) 3) Hanada K Izawa K et al J Biol Chem 268 13820-13823 (1993) 4) Hanada K HaraT et al J Biol Chem 273 33787-33794 (1998) 5) Fukasawa M Nishijima M et al J Cell Biol 144 673-685 (1999) 6) Funakoshi T Yasuda S et al J Biol Chem 275 29938-29945 (2000) 7) Hanada K Kumagai K et al Nature 426 803-809 (2003) 8) Kawano M Kumagai K et al J Biol Chem 281 30279-30288 (2006) 9) Kudo N Kumagai K et al Proc Natl Acad Sci USA 105 488-493 (2008) 10) Kumagai K Kawano M et al J Biol Chem 282 17758-17766 (2007) 11) Winau F Schwierzeck V et al Nat Immunol 5 169-174 (2004) 12) Shi ST Lee KJ et al J Virol 77 4160-4168 (2003) 13) Aizaki H Lee KJ et al Virology 324 450-461 (2004) 14) Sakamoto H Okamoto K et al Nat Chem Biol 1 333-337 (2005) 15) Okazaki T Bell RM et al J Biol Chem 264 19076-19080 (1989) 16) Okazaki T Rinsho Byori 53 413-421 (2005) 17) Fujita T Inoue K et al J Antibiotics 47 208-215 (1994) 18) Miyake Y Kozutsumi Y et al Biochem Biophys Res Commun 211 396-403 (1995) 19) Chiba K Pharmacol Ther 108 308-319 (2005) 20) Chiba K Matsuyuki H et al Cell Mol Immunol 3 11-19 (2006) 21) 國澤 純清野 宏 実験医学 25 147-155 (2007)

略 歴 西島 正弘 (Masahiro NISHIJIMA)1974 年東大薬博士課程修了国立予防衛生研究

所(予研)研究員1975 年東大学薬学部助手1977 年ウィスコンシン大学留学1980 年予研化学部室長

1994年予研細胞化学部部長1996年国立感染症研究所細胞化学部部長2006年同志社女子大学薬学部教授

2006 年国立医薬品食品衛生研究所所長同志社女子大学薬学部客員教授

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薬学研究最前線

MM-PBSA 法を用いたキチナーゼ阻害剤 Argadin

および Argifin の結合自由エネルギー計算

合田 浩明柳井 雄一広野 修一(北里大学薬学部)

1 はじめに キチナーゼはキチンの加水分解を触媒する酵

素で霊菌真菌昆虫類からヒトまで幅広く分

布している真菌および昆虫類にとってキチン

は生体の主要な構造成分であるのでキチナーゼ

はその生命活動に必須の酵素となっているそれ

ゆえ真菌および昆虫類のキチナーゼに対する阻

害剤には抗真菌薬および殺虫剤の可能性がある

一方ヒトにも2種類のキチナーゼ(ヒトキチ

ナーゼ1およびヒト酸性キチナーゼ)が存在する

2004年に Zhuらにより行われたマウス喘息疾患

モデルを用いた実験により酸性キチナーゼが喘

息炎症反応に関与していることおよび酸性キチ

ナーゼ活性を阻害することで炎症を抑制できる

ことが報告された 1)したがってヒト酸性キチ

ナーゼに対する阻害剤には喘息治療薬としての

機能が期待される

最近北里生命科学研究所においてキチナー

ゼ阻害剤Argifin および Argadinが発見され

た 23)Argifin および Argadin は共に1つ

の Arg 残基を含む5つのアミノ酸残基からなる

環状ペプチド性化合物で大きさ的にもよく似て

いる(図1)しかし興味深いことにArgadinがArgifinよりも非常に強いキチナーゼ阻害活性

を示す(図1)特に霊菌のキチナーゼB(ChiB)に対してArgadin の阻害定数(Ki = 20 nM)はArgifinの定数(Ki = 33000 nM)より1000倍以上

強い阻害定数は結合自由エネルギーに関連づけ

ることができるのでArgadin の結合自由エネル

ギー(∆Gbind(実験) = ndash1092 kcalmol)はArgifinの値(∆Gbind(実験) = ndash636 kcalmol)より456 kcalmol 強いことになる既にArgifinminusChiB複合体および ArgadinminusChiB 複合体のX線結

晶構造が報告されており(図2)両者を比較する

ことでArgifinとArgadinの相互作用様式の違い

については議論されている(例えばArgifin の

Arg(1)は ChiB の D142E144および Y214 と

水素結合を形成しているがArgadin の Arg(1)は Aminoadipic acid(5)と分子内水素結合を形成

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しChiB の W97 および W220 からなる疎水ポ

ケットに収まっている)4)しかし構造比較だけ

ではこの結合親和性の違いを定量的に説明する

ことはできないそこで本研究ではKollman博士らにより提案された MM-PBSA (Molecular Mechanics PoissonndashBoltzmann Surface Area)法 5)をこの系に適用しArgifin お

よび Argadin の結合自由エネルギー解析を行っ

た 6)これにより物理化学的観点から結合親和

性の違いを定量的に解析するまた計算結果を

用いて結合親和性の改善が期待できる Argifin誘導体(構成アミノ酸を別のアミノ酸で置換した

誘導体)の論理的分子設計を行うこれらの結果

はキチナーゼを標的にした新規な抗真菌薬殺

虫剤および喘息治療薬の開発に有用な情報を与

えると思われる 2 MM-PBSA 法 MM-PBSA 法ではタンパク質minusリガンド複合

体タンパク質単独およびリガンド単独の溶液

構造アンサンブルを必要とするしたがって厳

密に行う場合にはそれぞれについて水溶液中で

の分子動力学(MD)シミュレーションを行いそ

れぞれの溶液構造アンサンブルを算出する必要

があるこの中で複合体およびタンパク質単独

のシミュレーションは取り扱う原子数が巨大で

あるため非常に時間がかかるしかし複合体

中のタンパク質構造がその単独溶液構造とほぼ

同じであると仮定できる場合には複合体につい

ての MD シミュレーションだけを行いその溶

液構造アンサンブルからリガンドを取り除くこ

とでタンパク質単独の溶液構造アンサンブルを

用意することができるChiB 単独のX線結晶構

造はArgifin(および Argadin)との複合体におけ

る ChiB 構造とほとんど同じであった 7)そこで

本研究においてもこの近似法を用いているまた

非常に多くの場合においてこの近似法が有効で

あることが報告されている 8-12) 次に複合体タンパク質単独およびリガンド

単独の溶液構造アンサンブルを用いて図3のよ

うな熱力学サイクルを考えるこのサイクルにお

いて求めるべき結合自由エネルギー(∆Gbind(計算))は次のように表される ∆Gbind(計算) = ∆Ggas + Gsolv_complex ndash Gsolv_protein ndash

Gsolv_ligand (1) ここで∆Ggas は気相中における結合エネルギー

を表しているこの項は複合体タンパク質単

独およびリガンド単独の溶液構造アンサンブル

が持つ分子力学(Molecular Mechanics)エネルギ

ーを AMBER 等のパラメータ 13)を用いて計算し

差をとることで計算される具体的に∆Ggas は

次の項の和となる

∆Ggas = ∆Eint + ∆EVDW + ∆Eelec ndash T∆Ssolute (2) ∆Eint は結合時のリガンドの構造変化に伴う内部

エネルギー変化(結合長結合角二面角に関す

るエネルギー変化)∆EVDW はタンパク質minusリガ

ンド間の van der Waals 相互作用エネルギー

∆Eelec はタンパク質minusリガンド間の静電相互作用

エネルギーT∆Ssoluteは結合に伴う分子のエント

ロピー変化である 式(1)におけるGsolv_complexGsolv_proteinおよび

Gsolv_ligand はそれぞれ複合体タンパク質単

独およびリガンド単独の溶液構造アンサンブル

についての水和自由エネルギーを表している例

え ば Gsolv_complex は 次 の よ う に 極 性 項

(GPB_complex電荷が寄与するエネルギーを表す

項)と非極性項(GSA_complex水分子との van der Waals 相互作用エネルギーと空洞形成や水分子

の再配置に必要なエネルギーを表す項)に分割さ

れて計算される Gsolv_complex = GPB_complex + GSA_complex (3)

GPB_complexはDelphi14)等のプログラムを用いて

Poisson-Boltzmann 方程式を数値的に解くこと

によりGSA_complex は表面積(Surface Area)に依

存した経験式により求められるところで式(1)中における水和自由エネルギー項の寄与は複

合体の水和自由エネルギーからタンパク質単独

とリガンド単独の水和自由エネルギーを引いた

形になっておりこれはまさに結合に伴う水和自

由エネルギーの変化(∆Gsolv)を表している ∆Gsolv = Gsolv_complex ndash Gsolv_protein ndash Gsolv_ligand

= GPB_complex + GSA_complex ndash ( GPB_protein

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+ GSA_ptrotein ) ndash ( GPB_ligand + GSA_ligand )

= ( GPB_complex ndash GPB_protein ndash GPB_ligand ) + ( GSA_complex ndash GSA_protein ndash GSA_ligand ) = ∆GPB + ∆GSA (4)

このようにMM-PBSA 法は熱力学サイクル

を利用することにより結合に伴う水和自由エネ

ルギー変化をきちんと考慮するため非常に精度

の高い結合自由エネルギーを与えることができ

る最終的に∆Gbind(計算)は次の項の和で計算さ

れる ∆Gbind(計算) = ∆Ggas + ∆Gsolv

= ∆Eint + ∆EVDW + ∆Eelec ndash T∆Ssolute + ∆GPB + ∆GSA (5)

3 計算結果 本研究ではArgifnminusChiB(ArgadinminusChiB)複合体Argifn(Argadin)単独についてそれぞれ

1700ps の MD シミュレーションを行った計算

には AMBER 715)を用いた構造が平衡に達した

と思われる後半 1000ps から 10ps 毎に全部で

100 個のスナップショットを取り出しそれぞれ

の系の溶液構造アンサンブルとしたまた先程記

したようにChiB 単独の溶液構造アンサンブル

は複合体の溶液構造アンサンブルからリガンド

を取り除くことで用意したこれら溶液構造アン

サンブルを用いて MM-PBSA 計算を行った結果

を表1に示す計算された結合自由エネルギー値

(∆Gbind( 計算 )) は Argifin に対して ndash698 kcalmolArgadin に対してndash1116 kcalmol であった実験値(∆Gbind(実験))はそれぞれndash636 kcalmol およびndash1092 kcalmol であるから

MM-PBSA 法が実験値を非常によく再現してい

ることがわかるまた式(5)の各項を調べるこ

とで結合過程における物理化学的性質を議論す

ることができる例えば∆Eint の項は ArgifinではほとんどゼロであるがArgadin では結合に

対して 526 kcalmol 不利になっているこのこ

とはChiB に結合する際にArgifn はほとんど

構造変化を起こさないがArgadin は 5 kcalmol程度のエネルギー損失に相当する構造変化を引

き起こすことを示している 図4に MD シミュレーションで得られた各リガ

ンドの複合体中における構造(結合配座)と単独

溶液構造の比較を示す確かにArgifin ではそ

の結合配座と単独溶液構造がよく似ているが

Argadin の結合配座はその単独溶液構造と大き

く異なっていることがわかるまた結合自由エ

ネルギーに対して電荷が寄与する項(∆Gelectot)は∆Eelec と∆GPB の和で表されるがこの値は

Argifin および Argadin 共に正の値になっている

これは両者の複合体形成は静電的には不利で

あることを示しているしたがって両者の複合

体形成は van der Waals 相互作用(∆EVDW)と水和

自由エネルギーの非極性寄与(∆GSA)により安定

化されていることがわかる

MM-PBSA 法により計算された Argifn と

Argadin の間の相対結合自由エネルギー

(∆∆Gbind(計算))は418 kcalmol となりこれも

実験値456 kcalmolをよく再現していた表

1より両者の複合体形成に重要な役割を果たし

ている van der Waals 相互作用(∆EVDW)と水和自

由エネルギーの非極性寄与 (∆GSA)が共に

Argadin において Argifin より有利になっており

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 10

これらが Argadin の高親和性を生じさせている

ことがわかる特にArgadin の van der Waals相互作用エネルギー(∆EVDW)は Argifin の値より

約 12 kcalmol も有利でありこれが主な要因と

なっている図5に Argifin と ChiB の各アミノ

酸残基との間の van der Waals 相互作用エネル

ギー値から Argadin についての値を差し引いた

ものをプロットした

負の値を持つ残基は Argifin と正の値を持つ残

基は Argadin とより強く van der Waals 相互作

用している残基であるこれよりE144M212W220Y292I339および W403 の6個の残

基が Argadin とより有利な van der Waals 相互

作用を形成していることがわかる特にW220とW403はそれぞれ460および453 kcalmolと非常に大きく有利となっていたこれら値の和

は913 kcalmolとなりArgifin と Argadinの間の van der Waals 相互作用エネルギー差の

ほとんどを占めていることがわかるしたがって

ChiB に対する Argadin の高親和性は主に

Argadin とこの二つの Trp 残基との間の非常に

有利な van der Waals 相互作用に起因すると考

えられるところでW220 を Ala 残基に置換し

たChiB変異体(W220A変異体)に対してArgifinおよび Argadin はそれぞれndash418およびndash752 kcalmol の結合自由エネルギー値を示すことが

実験的に報告されている 4)これよりW220 を

Ala 残基に置換したことによる結合自由エネル

ギー損失はArgifin および Argadin に対して

それぞれ151および 340 kcalmol となり

Argadin についての損失のほうがより大きいこ

れはArgadin と W220 の相互作用が Argadinの高親和性に大きく寄与していることを支持す

る実験結果である

4 ChiB に対して高親和性を有する Argifin 誘

導体の分子設計 最近北里生命科学研究所において Argifin の

全合成経路が確立されたこれによりさまざま

な Argifin 誘導体(構成アミノ酸を別のアミノ酸

で置換した誘導体)の合成が可能になったそこ

で今回得られた計算結果を使用して結合親和

性の改善が期待できるArgifin誘導体の論理的分

子設計を行ったMM-PBSA計算結果によると

Argadin の高親和性の主な要因はより有利な

van der Waals 相互作用であるそこでChiBとの van der Waals 相互作用が改善されるよう

な Argifin 誘導体を分子設計すればその結合親

和性が Argadin のように強くなるのではないか

と予想された図6AにArgifinminusChiB 複合体

における Argifin の D-Ala(5)周辺を示している これよりD-Ala(5)周辺には比較的大きな空間的

スペースがありその近傍には ChiB の疎水性残

基 F12F51Y98 が存在することがわかった

そこでD-Ala(5)を嵩高い側鎖を持つ疎水性アミ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 11

ノ酸残基に置換すればChiB との van der Waals 相互作用および疎水相互作用がより有利

になり結合親和性が改善されるのではないかと

考えたそこでD-Ala(5)を D-ValD-LeuD-PheおよびD-Trpで置換したArgifin誘導体を分子設

計しChiB との複合体構造モデリングを行った

図6Bに D-Ala(5)を D-Trp(5)で置換した変異体

(A5W 変異体)についての複合体モデル構造を示

す導入された D-Trp(5)の側鎖が空間的スペ

ースをうまく充填していることがわかる表2に

複 合 体 モ デ ル 構 造 を 用 い た 一 点 計 算 の

MM-PBSA 法による各誘導体の相対結合自由エ

ネルギー評価を示すD-Ala(5)を D-LeuD-Pheおよび D-Trp で置換することで実際に van der Waals 相互作用が改善され結合親和性がより強

くなりそうなことがわかった特にA5W 誘導

体に対しては 5 kcal程度の大きな改善が期待で

きArgadin に匹敵する結合親和性を有すること

が予想された 5 おわりに 本研究ではMM-PBSA 法を適用することに

よりChiB に対する Argifin と Argadin の結合

親和性の違いを定量的かつ物理化学的観点から

解析したさらにこの結果を利用することで

結合能の改善が期待できるArgifin誘導体の論理

的分子設計が可能になった現在これら誘導体

の合成研究が行われている 6 謝辞 本研究は科学研究費補助金(19590043)財

団法人武田科学振興財団財団法人持田記念医学

薬学振興財団などの助成を受けて行ったもので

ありその資金援助に深く感謝します

参考文献 1) Zhu Z Zheng T Homer R J Kim Y K Chen N Y Cohn L Hamid Q Elias J A Science 2004 304 1678 2) Shiomi K Arai N Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Tetrahedron Lett 2000 41 2141 3) Arai N Shiomi K Yamaguchi Y Masuma R Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Chem Pharm Bull (Tokyo) 2000

48 1442 4) Houston D R Shiomi K Arai N Ōmura S Peter M G Turberg A Synstad B Eijsink V G H van Aalten D M F

Proc Natl Acad Sci USA 2002 99 9127 5) Kollman P A Massova I Reyes C Kuhn B Huo S Chong L Lee M Lee T Duan Y Wang W Donini O Cieplak

P Srinivasan J Case D A Cheatham III T E Acc Chem Res 2000 33 889 6) Gouda H Yanai Y Sugawara A Sunazuka T Ōmura S Hirono H Bioorg Med Chem 2008 In press 7) van Aalten D M F Synstad B Brurberg M B Hough E Riise B W Eijsink V G H Wierenga R K Proc Natl Acad

Sci USA 2000 97 5842 8) Massova I Kollman P A J Am Chem Soc 1999 121 8133 9) Chong L T Duan Y Wang L Massova I Kollman P A Proc Natl Acad Sci USA 1999 96 14330 10) Masukawa K M Kollman P A Kuntz I D J Med Chem 2003 46 5628 11) Gouda H Kuntz I D Case D A Kollman P A Biopolymers 2003 68 16 12) Spackovaacute N Cheatham III T E Ryjaacutecek F Lankas F Van Meervelt L Hobza P Sponer J J Am Chem Soc 2003 125

1759 13) Cornell W D Cieplak P Bayly C I Gould I R Merz K M Jr Ferguson D M Spellmeyer D C Fox T Caldwell J

W Kollman P A J Am Chem Soc 1995 117 5179 14) Honig B Nicholls A Science 1995 268 1144 15) Case D A Pearlman D A Caldwell J W Cheatham T E Wang J Ross W S Simmerling C L Darden T A Merz

K M Stanton R V Cheng A L Vincent J J Crowley M Tsui V Gohlke H Radmer R J Duan Y Pitera J Massova I Seibel G L Singh U C Weiner P K Kollman P A AMBER7 University of California San Francisco 2002

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 12

略 歴 合田 浩明 (Gouda HIROAKI)1993 年東大薬博士課程終了博士(薬学)取得(株)日立製作所入社1995 年北里大学薬学部助手1998 年北里大学薬学部講師2000 年カリフォルニア大学サン

フランシスコ校博士研究員2002 年北里大学薬学部准教授

略 歴 広野 修一 (Hirono SHUICHI)1981 年東大薬博士課程終了薬学博士取得北里大学

薬学部助手1988 年北里大学薬学部講師1988 年カリフォルニア大学サンフランシスコ校博士研究員1990年北里大学薬学部大学助教授1994 年北里大学薬学部大学教授

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 13

部会賞受賞者(1)

新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創生

小竹 良彦(エーザイ株式会社)

1はじめに 新たな「創薬ターゲット」を見出しそれに

基づいた画期的な新薬を創出することは研究開

発型製薬企業の生命線とされてきたゲノムサイ

エンスをはじめとした様々なアプローチによっ

て活発な創薬ターゲットの探索が進められてい

るが例えば先ずユニークな生理活性化合物を

見出しその標的分子を解明することは創薬タ

ーゲットを見出すことに他ならない一発必中の

創薬ターゲット探索法ともいえるこのアプロー

チは「ケミカルバイオロジー」の研究機軸の一

つでありこれまで創薬研究や細胞生物学の新た

な研究領域の扉を開けてきた我々は既存の抗

癌剤とは異なるユニークなメカニズムで優れた

抗腫瘍効果を発揮する天然物プラジエノライド

を見出しその標的分子を決定した同時にプ

ラジエノライド誘導体である新規抗癌剤 E7107を創出した

2プラジエノライドの発見と活性 我々は新規抗癌剤創出を目指して血管新生

因 子 で あ る Vascular Endotherial Growth Factor (VEGF)シグナルに着目しVEGF プロモ

ーター支配下の遺伝子発現を阻害する化合物の

探索を行ったVEGF プロモーター下流に

placental alkaline phosphatase(PLAP)をレポ

ーター遺伝子として組み込み低酸素条件刺激に

よる遺伝子(レポーター遺伝子)発現を評価する

cell-based assay を構築し(VEGF-PLAP assay)これを阻害する化合物のスクリーニングを行っ

たヒットしてくる化合物の作用点(標的分子)

が特定の一つに限定されないこの方法を敢えて

用いることで既存の抗癌剤とは異なるあるい

は未知のメカニズムに基づく阻害剤がヒットす

る可能性を期待したまたよりユニークなヒッ

ト化合物を求めて低分子化合物ライブラリーで

はなく天然物資源に特化してスクリーニングを

行ったここから見出されてきたのがプラジエ

ノライドである1) 2)

プ ラ ジ エ ノ ラ イ ド は Streptomyces platensis Mer-11107 から単離された二次代謝産

物で新規な 12 員環マクロライド化合物である

(図 1)当初得られた類縁体の中で最も活性の

高かったプラジエノライド B はin vitro で各種

癌細胞に対して nM オーダーで細胞増殖抑制活

性を示したまたin vivo においても優れた抗

腫瘍活性を発揮しヒト乳癌細胞 BSY-1 を移植

したヌードマウスモデルにおいては腫瘍が消失

した治癒マウスが観察されたさらにこの優れ

た抗腫瘍効果が既存の抗癌剤とは異なるメカニ

ズムに基づくことが複数のデータから示唆され

た3) この魅力的な天然物をリード化合物とした

探索研究を展開しさらに優れた活性安全性

物性プロファイルを有するプラジエノライド Dの半合成誘導体である E7017 を見出した4)また

プラジエノライドは 10 個の不斉炭素を有してい

ることからその絶対立体を確認する目的で全合

成研究を行ったプラジエノライド B および Dをそれぞれ 21 工程19 工程で合成し絶対立体

構造を明らかにした5)同時に天然からは得ら

れない新たなプラジエノライド類縁体の合成も

可能となった

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

図1プラジエノライドの化学構造

3プラジエノライドの結合分子探索 プラジエノライドが既存の抗癌剤とは異な

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 14

るメカニズムで抗腫瘍作用を発揮していること

が様々なデータから示唆されていたがその詳細

は不明なままであったこの解明に向けてプラジ

エノライドの標的分子探索を進めたこれによっ

て抗がん剤研究の新たな「創薬ターゲット」を

提示できる可能性と解明された標的分子作用

メカニズムを基にしたバイオマーカーなどを設

定することでより効率的な E7107 の臨床開発が

可能となることを期待したさらに臨床開発に

あたって患者様開発担当者臨床医政府関連

機関の皆様はじめ広く社会に E7107 の作用メカ

ニズムを科学的に説明してゆくことは企業研究

者の使命であるとも考えていた癌治療分野では

「分子標的治療薬」なるキーワードが定着してい

ることからも薬効を分子レベルで解明すべきで

あると考えたこれらの展望目的を達成するに

はプラジエノライドをケミカルプローブとして

用いその結合蛋白を決定することが最も合理的

であると考えた プラジエノライドから E7107 に至る探索研

究時に確立していた誘導体合成方法と得られて

いた構造活性相関を基にプラジエノライドの活

性が保持される位置にトリチウム(3H)蛍光タグ

(BODIPY-FL)光親和性基およびビオチンタグ

(photoaffinitybiotin PB)を導入した 3H プロー

ブBODIPY-FL プローブおよび PB プローブを

合成した(図 2)これらはin vitro にて nM オ

ーダーから sub-μM オーダーの細胞増殖抑制活

性を示しプラジエノライド標的分子への親和性

を維持していると判断されたこれらのプローブ

化合物を細胞に処理したことからそれぞれの結

合蛋白を放射活性蛍光によって追跡し

streptavidin-HRP を用いてその検出同定を試

みた6)

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

図2ケミカルプローブの化学構造

先ず結合蛋白の細胞内局在を 3H プローブ

および蛍光プローブを用いて検討した3H プロ

ーブを処理した細胞から細胞画分を調整し各画

分中の 3H 放射活性を測定したところ核フラク

ション中の放射活性が最も高かった(図 3a)次

いで蛍光プローブ処理した細胞の蛍光顕微鏡に

よる観察ではプローブが核内の顆粒状構造に局

在することが確認された(図 3b)この顆粒は核

スペックルのマーカーである SC-35 の局在と完

全に一致した核スペックルは転写やスプライシ

ングに関わる蛋白が高密度に存在する構造体で

あることから結合蛋白が転写因子やスプライシ

ング関連因子である可能性が示された

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

図3ケミカルプローブの細胞内局在

結合蛋白を更に絞り込む目的で3H プロー

ブ処理した細胞から調整した核フラクションに

対して転写スプライシングに関連する様々な

因子への抗体を用いて免疫沈降実験を行い3Hプローブが共沈される抗体を探索したその結果

6 つの抗体で 3H 放射活性の共沈が観察された

その 5 つはスプライシングにおいて必須の働き

をしている U2 small nuclear ribonucleoprotein (U2 snRNP)に存在する蛋白(または構造)に対

する抗体であった残る 1 つは U2 snRNP との

複合体形成が報告されているサイクリン E に対

する抗体であった(図 4)この結果から結合蛋

白は U2 snRNP 複合体中に存在すると考えられ

た U2 snRNP は巨大な蛋白複合体でありSm

コア蛋白スプライシングファクターSF3aSF3b といったサブユニットから構成される巨大

な複合体である真核生物ではDNA から転写

された mRNA 前駆体 (pre-mRNA) にイントロ

ンと呼ばれる蛋白質のアミノ酸配列の遺伝情報

をもたない部分が含まれている遺伝子情報を蛋

白質へと翻訳するにはこのイントロンを取り除

きアミノ酸配列の情報をもつエキソンだけを正

確につなぎ合わせる必要があるこの工程がスプ

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 15

ライシングでありU2 snRNP はスプライシン

グに関わる代表的なマシナリーの一つである

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

図4U2 snRNP-cyclinecdk2 複合体

U2 snRNP にまで絞り込まれてきた結合蛋

白を可視化し検出する目的で光親和性ビオチ

ン(PB)プローブを用いた実験を行った光親

和性モイエティーは UV 照射によってラジカル

種を生じ近接する蛋白質と共有結合を形成する

ここでプローブが共有結合した蛋白をビオチン

を足がかりとしてストレプトアビジン-HRP に

よって検出したその結果約 140kDa の位置に

バンドが検出された(図 5)U2 snRNP の中で

この分子量を有する蛋白としてはSF3b サブユ

ニ ッ ト に 存 在 す る spliceosome associated protein (SAP)145 または SAP130 が挙げられる

る実際このバンド中に両者が存在することを

イムノブロッティングおよび質量分析によって

確認したしかしながらこの二つの蛋白はほぼ

同じ位置に検出されどちらが結合蛋白であるか

を結論づけられなかったそこでSAP145 と

SAP130 についてそれぞれ GFP 融合蛋白を発現

させた細胞を用いて同様の実験を行いプローブ

結合蛋白のバンドシフトが検出されるかを検証

したGFP-SAP130 発現細胞では約 170kDa の

位置に結合蛋白のバンドがシフトした一方

GFP-SAP145 発現細胞ではバンドシフトが観察

されなかったことからプローブの結合蛋白は

SAP130 であると結論づけられた

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

図5PB プローブによる結合蛋白の検出

上述してきた実験では全てプラジエノライ

ドおよび E7107 とプローブ化合物との競合実験

を行いプラジエノライド自体の結合蛋白も

SAP130 であることを確認したしかしここで

は詳細な説明を割愛させていただくが一連のデ

ータはプラジエノライドが細胞内に存在する全

ての SAP130 に結合するのではなくSF3b 複合

体を形成している SAP130 にのみ結合すること

が示唆された例えばSAP130 の発現を siRNA処理により抑制した細胞においては蛍光プロー

ブの核スペックルへの局在が観察されなかった

がSAP145 の発現を抑制した場合においてもそ

の局在は消失したこの結果は SAP130 への結

合には SAP145 の存在も必要であることを示唆

しておりプラジエノライドが SAP130 のみな

らずSAP145など他のSF3b構成蛋白質から構成

される SF3b 中のポケット構造にはまり込んで

いる可能性などが考えられた 4プラジエノライド標的分子としての

SF3b プラジエノライドの結合蛋白が SF3b 中の

SAP130 であることを付き止めたが次にこれ

がプラジエノライドの抗腫瘍活性に直接関係し

た結合蛋白すなわち「標的分子」であるかを検

証した先ずE7107 に至る探索研究の過程で

得ていた強弱さまざまな細胞増殖抑制活性を示

すプラジエノライド化合物をSF3b 複合体に対

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 16

する 3H プローブの結合に対して競合させたそ

の結果強い細胞増殖抑制活性を有する化合物が

より高い競合能を示したすなわちプラジエノ

ライド化合物の SF3b への親和性と抗腫瘍活性

が相関することが示された(図 6)この結果は

SF3b がプラジエノライドの抗腫瘍効果の標的分

子であることを強く示唆している

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

図6プラジエノライドの SF3b への 親和性と抗腫瘍活性との相関

次にプラジエノライドの SF3b への結合に

よってその機能が阻害されているか否かを検証

したスプライシングが阻害された場合イント

ロン配列が残った未成熟な mRNA が細胞内に出

現すると考えられるそこでプラジエノライド

処理した細胞から回収した mRNA をもとに

cDNA ライブラリーを構築しイントロン配列が

含まれる cDNA の存在をランダムにスクリーニ

ングしたその結果DNAJB1 などいくつかの

遺伝子のイントロン配列が確認されたこれらの

遺伝子についてスプライシングが阻害された

mRNA(unspliced form RNA)の存在を定量的

RT-PCR にて検証した結果プラジエノライド処

理の時間に依存して unspliced form の発現量の

上昇が観察された(図 7)またプラジエノラ

イドの処理濃度によっても unspliced form の上

昇が確認されたこのときスプライシング阻害

を来たす濃度は細胞増殖抑制活性を発揮する濃

度と一致したさらにプラジエノライドが抗腫

瘍効果を発揮する処理濃度において核スペック

ルの巨大化(メガスペックル)が観察された(図

8)同様の現象はin vitro レベルでスプライシ

ングの阻害を来たす抗トリメチルグアノシン

(TMG)抗体やU1 または U6 snRNA に対す

るアンチセンスRNAの核内インジェクションに

おいても観察されているこれらの結果からプ

ラジエノライドは SF3b に結合しその機能を阻

害することで抗腫瘍効果を発揮していると結論

づけた6)

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した 図7プラジエノライドによるスプライシング阻害

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した 図8プラジエノライド B による核スペックルの形態変化

5抗腫瘍作用のメカニズム考察 「スプライシングの阻害がなぜ抗腫瘍活性

につながるか」に関してはいくつかの可能性

が考えられる7) 例えばプラジエノライドに

よるスプライシング阻害が癌細胞の増殖や生存

に必須の遺伝子の発現を抑制し抗腫瘍効果を発

揮していることなどが考えられる遺伝子発現に

関わる工程すなわち転写mRNA プロセシ

ング(キャッピングスプライシングポリアデ

ニレーション)さらに mRNA の核外輸送とサ

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 17

ーベイランスなどはそれぞれが独立して進行す

るのではなく全てがカップリングしたrdquogene expression factoryrdquoを形成していると考えられ

ている従ってスプライシングの阻害がgene expression factory を機能不全に陥れ遺伝子発

現を抑制することは可能性あるシナリオである

この作用によってプラジエノライドが当初の

VEGF-PLAP assay において阻害活性を示して

いた可能性が考えられるまたプラジエノライ

ド処理時に観察されたメガスペックルはDRBやアクチノマイシン D といった転写阻害剤の処

理によっても観察されることは示唆的である

6終わりに プラジエノライドの標的分子がスプライシ

ングファクターSF3b であることを突き止めた

これによってE7107 が既存の抗癌剤とは全く

異なる分子を標的とするrdquoFirst-in-Classrdquoの薬剤

であることを示すことができた同時にスプラ

イシングファクターSF3b が抗癌剤の新たな創薬

ターゲットになりうる可能性を示したE7107は現在欧米において臨床試験が進められてお

りSF3b の創薬ターゲットとしての真価は

E7107の臨床試験結果が示してゆくことになる

一方プラジエノライドによる SF3b の機能

阻害が抗腫瘍効果につながるメカニズムの詳細

な解明にはさらなる研究の深耕化が必要である

スプライシング阻害剤としてのプラジエノライ

ドを用いた研究からスプライシングと転写や他

の mRNA プロセシングさらには mRNA 核外

輸送やサーベイランスとのカップリングに分子

レベルでの新たな知見が加わることが期待され

るプラジエノライド研究を起点とした研究から

癌患者様に新たな希望を与える新薬が生まれる

と同時にgene expression factory の分子レベル

での解明など基礎科学の進展にも貢献すること

を期待している 謝辞 本研究はメルシャン(株)生物資源研究所

エーザイ(株)筑波研究所および KAN 研究所と

の共同研究によって進められてきたものである

土田外志夫博士(メルシャン)酒井孝博士水

井佳治博士(エーザイ)をはじめ共同研究者関

係者の皆様に深く感謝いたします

参考文献 1) Sakai T et al J Antibiot 57 173 (2004)

2) Sakai T et al J Antibiot 57 180 (2004)

3) Mizui Y et al J Antibiot 57 188 (2004)

4) Iwata M et al Proc Am Assoc Cancer Res 45 691 (2004)

5) Kanada R M Itoh D et al Angew Chem Int Ed 46 4350 (2007)

6) Kotake Y et al Nature Chem Biol 3 570 (2007)

7) 小竹良彦甲斐田大輔水井佳治吉田稔 蛋白質核酸酵素 53 28 (2008)

略 歴 小竹 良彦 (Yoshihiko KOTAKE)1989年 広島大学医学系研究科分子薬学系修了同年 エ

ーザイ(株)入社2004年より 創薬第二研究所主幹研究員1997年 薬学博士 研究テーマ新規抗癌剤の探索研究ケミカルバイオロジー

関心事生理活性天然物核内因子を標的とした創薬研究

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 18

部会賞受賞者(2)

日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析と

その患者個別化薬物治療への応用 斎藤 嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所機能生化学)

1はじめに

薬物に対する生体の反応性(薬物応答性)に

関しては個体差や人種差があり十分な有効性が

得られない場合や副作用を発現する場合も存在

し患者 QOL の低下をもたらす原因となってい

る薬物応答性に影響を与える因子として遺伝

的要因と環境的要因が考えられるがヒトゲノム

研究の進展に伴い薬物代謝酵素動態関連及び

受容体分子をコードする遺伝子の多型(主として

約 1000 塩基に 1 ヶ所存在する塩基置換や挿入

欠失)に基づくこれら分子の機能変化が 薬物応

答性の個体差発現に関与していることが明らか

となってきた1980 年代後半より特に薬物代

謝酵素に関し機能変化を伴う遺伝子多型が同定

されてきており中には機能がほぼ完全に消失す

る多型も知られているしかし単独多型部位に

着目したフェノタイプ - ジェノタイプ相関解析

では相反する結果が得られる場合も多く機能

影響が確立されたものは比較的少なかった我々

は平成 12 年度より一貫して日本人を対象と

した薬物応答関連遺伝子の多型解析を行うと共

に染色体上における遺伝子多型同士の組み合わ

せであるハプロタイプに着目しこれまでに多く

の薬物代謝酵素トランスポーター受容体等

につき日本人におけるハプロタイプ構造を明ら

かにしたまた発見した新規多型の機能影響を

in vitro 解析により解明した

2ハプロタイプ解析 我々はこれまでに約 50 種の遺伝子に関し主

としてエクソン領域及びエンハンサープロモー

ター領域を対象に直接シーケンシングによる多

型探索を行い約 2000 種の多型(うちアミノ

酸置換を引き起こすものは新規の約 150 種を含

む約 250 種)を見いだしたさらにこれらの

多型情報を基にハプロタイプ解析を行った 1 2)

表 1 に対象とした薬物応答関連遺伝子の一部を

示した

図1 連鎖不平衡とハプロタイプ解析

ヒトは両親より染色体を 1 本ずつ受け継いで

いるが減数分裂の際に相同組換えを起こす組

換えを起こしにくい領域ではその間の塩基配列

はあまり変化せず従って遺伝子多型の組み合わ

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 19

せも一定となる場合が多い(連鎖不平衡にあると

言う図 1)この同一染色体上に存在する多型

の組み合わせがハプロタイプである遺伝子多型

の機能影響が複数の多型により引き起こされる

場合や機能変化を引き起こす原因多型が未同定

であるものの解析したハプロタイプ上に存在す

る場合等にはフェノタイプとの相関解析に特に

有効な方法である世界的にも国際ハップマップ

プロジェクトが進行中であるが我々は薬物応答

関連遺伝子に特化しそれぞれ 100-500 人の日

本人を対象として高密度ハプロタイプを明らか

にした 実際にハプロタイプによる解析が功を奏した

例として以下のものが挙げられる a) 複数の機能変化をもたらす遺伝子多型が同一

遺伝子中に存在する場合機能影響がより明確に

なったケース

図2 UGT1A1 の遺伝子多型とハプロタイプ

グルクロン酸転移酵素 UGT1A1 は小胞体に

局在する第二相酵素である我々は日本人につき

UGT1A1 遺伝子中にin vitro 解析で大きな機能

低下を引き起こす6 (211GgtA Gly71Arg)及び

28 (TA6gtTA7)(図 2赤字)及び中程度の低下

を引き起こす27 (686CgtA Pro229Gln)及び60 (-3279TgtG) (青字)といういずれも酵素活性

の低下または蛋白質発現レベルの低下を引き起

こす多型を検出したこれらのハプロタイプ解析

の結果機能低下が大きい6 と28 は排他的に

存在することほとんどのケースで28 は60 と

同一ハプロタイプ上に存在すること27 は28

と同一ハプロタイプ上に存在することを見いだ

した(図 2)3)また 3rsquo-非翻訳領域に 3 多型

(1813CgtT 1941CgtG 2042CgtG)が連鎖してい

るIB ハプロタイプを同定した(緑字)図 3 に

示すように理論上別々の染色体上に機能低下

を起こす多型が存在する場合の方が同一染色体

上に存在する場合よりも大きな機能低下を引き

起こすUGT1A1 が活性代謝物 SN-38 の解毒代

謝に関わる抗がん剤イリノテカンや同じく

UGT1A1 が代謝に関わるビリルビンを対象とし

たその後の解析で日本人の UGT1A1 の遺伝子

多型では6 または28 を二本の染色体で共に

有する場合(ホモ接合)及び6 と28 の両者を

それぞれ別の染色体上で有する場合に体内動態

及び副作用への影響が大きいことから主として

6 と28 を指標とすれば良いことが明らかとな

った 4 5)さらに60 及びIB 単独では影響が弱

いものの60 - IB 組み合わせハプロタイプで

は28 に匹敵する影響を血中総ビリルビン濃度

に与え値を上昇させることを見いだした 5)

図3 多型影響のハプロタイプによる違い

b) 同一基質を代謝する酵素群の遺伝子が染色体

上で近傍に位置する場合各遺伝子のハプロタイ

プの組み合わせで総合的機能変化を推定しうる

ことを示したケース 薬物代謝酵素ではファミリーを形成する遺伝

子群が染色体上に並んで存在する場合があるこ

れらファミリー遺伝子の産物は基質特異性が異

なるものの同一基質を代謝するケースも多い

従って多型影響はファミリー遺伝子全体として

考える必要がある現在処方されている医薬品の

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 20

約半数の代謝に関わる重要なシトクロムP450分

子種 CYP3A である CYP3A4 と CYP3A5 の場合

では酵素活性の低下を引き起こす CYP3A416 (554CgtG Thr185Ser)とスプライシング異常に

より発現レベルの大幅な低下を引き起こす

CYP3A53(IVS3-237AgtG)が重要な多型であ

る我々は CYP3A4 及び CYP3A5 のハプロタイ

プを別々に明らかとした後その組み合わせも解

析した 6)その結果CYP3A416 を有する場合

CYP3A5 は野生型である1 をCYP3A53 を有

する場合CYP3A4 は1 をそれぞれ有すること

が明らかとなり重要な酵素としてある一定の

酵素活性が保たれるような組み合わせになって

いることが示唆された これ以外の例ではUGT1A7 と UGT1A1 の例

がありこの場合は酵素活性が低下する

UGT1A73 の約 67が UGT1A16(酵素活性低

下)と26が UGT1A128(発現レベル低下)

と連鎖しておりハプロタイプを形成していた 7)

UGT1A1 は肝臓等にUGT1A7 は消化管等に発

現しておりUGT1A73 を有する場合には

SN-38 などの解毒代謝が体内の多くの組織で低

下していると考えられる c) アミノ酸置換を起こさず単独多型部位の解析

では注目されてこなかった多型のみを有するハ

プロタイプが薬物動態パラメーターの変化を引

き起こすことを明らかにしたケース これにはまず抗てんかん薬カルバマゼピンに

おけるエポキシド加水分解酵素 EPHX1 のハプ

ロタイプが挙げられるカルバマゼピンは主と

して CYP3A4 により薬理活性を有するエポキシ

ド体に変換された後さらに EPHX1 によりジオ

ール体へと解毒代謝されるEPHX1 遺伝子中に

検出した多型の連鎖不平衡解析結果により3 つ

のブロックに分けてハプロタイプ解析を行った

がこのうちブロック 3 の1c ハプロタイプが

酵素活性の指標であるジオール体とエポキシド

体の血中濃度比の有意な上昇をもたらすことを

明らかにした(図 4)8)このハプロタイプは

1248GgtA(Lys416Lys)と IVS3-114GgtC という

それぞれアミノ酸置換を引き起こさないサイレ

ントの多型及びイントロン領域の多型のみを有

していたIVS3-114GgtC は他のハプロタイプに

も存在することから1248GgtA(Lys416Lys)またはこれと強く連鎖している未知の多型の効

果により酵素活性が上昇したと考えられる

図4 EPHX1 Block 31c ハプロタイプの カルバマゼピン解毒代謝への影響

この他の例としては抗がん剤パクリタキセル

の薬物動態変化における CYP2C8 のハプロタイ

プがあるパクリタキセルには CYP3A4 により

C3rsquo-p-水酸化体に代謝されさらに CYP2C8 に

よりジオール体に変換される経路が知られてい

るがCYP2C8 のイントロン多型 7 種で形成さ

れるIG ハプロタイプを有するヒトではC3rsquo-p-水酸化体の血中濃度-時間曲線下面積値が有し

ないヒトに比べて有意に高かった 9)従ってIGハプロタイプではCYP2C8 の酵素活性が低下

していると示唆された 以上のようにハプロタイプ解析は単独多型の

解析に比してより明確により包括的に機能影

響を明らかにすることが可能であることを示し

薬物応答性分子の解析におけるその有用性が示

された

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

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3機能解析 新規に遺伝子多型を同定しても機能変化を引

き起こさなければいわゆるldquoジャンクrdquoの多型

であるまたハプロタイプを同定してもその中

のどの多型が機能変化に関連しているか不明で

あるそこでアミノ酸置換を伴う遺伝子多型を中

心に in vitro 機能解析を行い機能変化を引き起

こす多型を約 30 種同定したその一部を表 2に示す例えば上述の CYP3A416 多型はテ

ストステロンの水酸化活性を約 50低下させる

ことが in vitro で示されたため 10)in vivo の解

析でも注目しパクリタキセル等の薬物動態パラ

メーターの変化を引き起こすことを見いだした

11)また同じシトクロム P450 の一種 CYP1A2において8(1367GgtA Arg456His)15( 125CgtG Pro42Arg ) 16 ( 1130GgtA Arg377Gln)はそのアリル頻度は 0002-0004と低いもののいずれもヘム蛋白質レベルが低下

することにより95以上という大幅な活性低下

を引き起こすことを明らかにした 12)

表2 機能変化を示した薬物応答性遺伝子の多型

(シトクロム P450 の例)

4おわりに

以上のように日本人を対象に薬物動態変

化や有効性副作用発現に関わる重要な遺伝子多

型ハプロタイプを明らかとしたことは医薬品

の種類や投薬量等に関する治療方針を個別に決

定する患者個別化薬物治療の本邦における発展

に大きく寄与するものと考えるこれらの成果は

人種的に類似している東アジア諸国においても

有用であり現に我々が発見した遺伝子多型に関

する報告が韓国や中国から相次いでいるまた薬

物応答性遺伝子の多型影響を考慮してリード化

合物の最適化を行うことは臨床試験段階でのド

ロップアウトを防止する有力な手段になりえる

と考えられ本研究の成果は創薬の面からも有用

と思われる今後も未解析である硫酸転移酵素や

一部のトランスポーター群の解析を行うと共に

創薬及び臨床現場で有用と考えられる遺伝子多

型ハプロタイプのデータベース化を行い日本

におけるファーマコゲノミクス情報の有効活用

を促していきたい 謝 辞 本研究は国立医薬品食品衛生研究所機能生

化学部 澤田純一部長同薬理部 小澤正吾室長

(現岩手医科大学教授)をはじめとする国立医

薬品食品衛生研究所の先生方および国立がんセ

ンター国立国際医療センター岡山大学東京

女子医科大学をはじめとする共同研究機関の先

生方のご指導及び共同研究のもとに行われたも

のであり心より感謝申し上げますまた本研究

は医薬品医療機器総合機構医薬基盤研究所

厚生労働省文部科学省等より研究費の助成を受

けて行われたものでありここに深謝致します

参考文献 1) Saito Y et al Curr Pharmacogenomics 5 49-78 (2007)

2)斎藤嘉朗ら 細胞工学 26 1020-1025 (2007)

3) Sai K et al Clin Pharmacol Ther 75 501-515 (2004)

4) Minami H et al Pharmacogenet Genomics 17 497-504 (2007)

5) Saeki M et al Clin Chem 53 356-358 (2007)

6) Fukushima-Uesaka H et al Hum Mutat 23 100 (2004)

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 22

7) Saeki M et al Pharmacogenomics J 6 63-75 (2006)

8) Nakajima Y et al Eur J Clin Pharmacol 61 25-34 (2005)

9) Saito Y et al Pharmacogenet Genomics 17 461-471 (2007)

10) Murayama N et al Drug Metab Pharmacokinet 17 150-156 (2002)

11) Nakajima Y et al Clin Pharmacol Ther 80 179-191 (2006)

12) Saito Y et al Drug Metab Dispos 33 1905-1910 (2005)

略 歴 斎藤 嘉朗(Yoshiro SAITO)1989 年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了同年国立衛生

試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)機能生化学部 研究員1996 年博士(薬学)取得(東京大学)1998 年カナ

ダトロント大学医学部 博士研究員2000 年国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部 主任研究官2001 年同第二室

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部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 24

常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
        •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 4

リンリピートモチーフ部位がリン酸化されるこ

とおよびリン酸化により Cer の輸送が抑制さ

れることが明らかとなった(10)PH ドメインの

リン酸化によりPH ドメインと START ドメイ

ンが相互作用しそれぞれのドメインが PI4P あ

るいは Cer を結合できなくなるものと推定して

いる 膜脂質生合成過程での脂質輸送機構について

は蛋白質と共に行われる膜小胞輸送機構が推定

されてきた筆者らの CERT の発見はCer が

「分子引き抜き転移」機構で選別輸送されること

を初めて示したものとしてあるいは膜リン脂質

生合成に関わる特異的な脂質選別輸送装置を分

子レベルで初めて同定したものとして大きな反

響を呼んでいるCer はスフィンゴ脂質の生合

成中間体としてだけではなく細胞内シグナル伝

達にも関与する脂質であり従ってCERT はシ

グナル伝達にも関与する可能性が考えられる最

近リソソームにおいて糖脂質の分解のために働

いていると考えられてきたサポシンと呼ばれる

蛋白質が細胞内に入り込んだ結核菌の糖脂質を

CD1d と呼ばれる抗原提示蛋白質に転移する機

能も有することが明らかにされた(11)細胞内に

はまだ数多くの種類の脂質輸送蛋白質が存在し

その機能も多岐にわたるものと推定されこれら

脂質輸送蛋白質と疾病との関連も出てくると予

測される 3スフィンゴ脂質の機能解析と創薬への展開 (1)C型肝炎ウイルス(HCV)複製における

スフィンゴ脂質の役割解明と創薬 HCV は高頻度に肝臓へ持続感染し高効率に

慢性肝炎を引き起こし慢性的に起こる肝臓での

炎症は肝硬変を誘発し更には肝癌を発生させる

ことが知られている日本では 200〜300 万人に

及ぶ HCV 感染者がおり毎年4万人ものヒトが

肝癌を発症している現在HCV に対する治療

法として抗ウイルス作用を持つインターフェロ

ン治療が行われているしかし約 40の患者

でしか効果が認められず副作用も大きいため

さらに安全で有効な治療薬の開発が求められて

いる S Shi らは新たに合成された HCV RNA が

斑点状の構造体に局在しこの構造体には HCVの非構造タンパク質も存在すること並びに

HCV RNA や非構造タンパク質がラフト分画に

存在することを示しHCV の複製がラフト上で

行われることを報告した(12)ラフトの形成には

コレステロールとスフィンゴ脂質が必須であり

細胞からコレステロールを除去すると HCV の

RNA 合成が阻害されることも報告された(13) H Sakamoto らはHCV レプリコン細胞を使

用したハイスループットスクリーニングにより

カビの一種である Fusarium spより HCV レプ

リコンの複製を阻害する化合物 NA255(図 3)を発見した(14)NA255 の抗レプリコン活性の

IC50 は 2nM であり一方細胞毒性を示す濃度

は 50μM 以上であり高い選択性を示した

NA255 の化学構造はSPT の特異的阻害剤であ

るミリオシンと類似しておりNA255 も nM オ

ーダーの濃度で SPT 活性を強く阻害した更に

RNA ポリメラーゼである NS5B タンパク質には

スフィンゴミエリンと結合するドメインが存在

することも明らかにされたNA255 によりスフ

ィンゴミエリン合成が阻害されるとRNAポリメ

ラーゼがラフト上のHCV複製複合体に集合でき

なくなりその結果 HCV の複製が阻害されるも

のと推定されているNA255 のような宿主因子

をターゲットとする抗 HCV 薬はウイルス因子

をターゲットとする薬剤と異なり耐性株の出現

頻度は極めて低いと考えられ今後の進展が期待

される (2)セラミドを分子標的とする細胞死の制御 岡崎らはヒト骨髄性白血病 HL-60 細胞が

活性型ビタミンD3によって単球系に分化する際

にSM 分解によって一過的に生じる Cer が細胞

内脂質メディエーターとして働くことを提唱し

た(15)Cer は HL-60 細胞の分化誘導以外にもア

ポトーシスを引き起こすことも明らかにされ腫

瘍細胞特に血液腫瘍細胞である白血病やリンパ

腫細胞において細胞死誘導脂質 Cer を増加させ

ることでこれまでに抗ガン剤に耐性に陥ってい

た腫瘍細胞における抗ガン剤感受性を回復する

ことを目的とし研究が進められている(16)一つ

の手法として Cer を SM に変換するSM合成酵

素の機能を阻害することで Cer の細胞内蓄積増

強を誘導することで細胞死を亢進することを検

討しある種のSM合成酵素の阻害剤が白血病

抗ガン剤耐性 HL-60ADR 細胞の細胞死を誘導

することを見出しているCer を分子標的とする

細胞死の制御は抗がん剤耐性克服のためのスト

ラテジーとして興味が持たれる (3)スフィンゴシンー1―リン酸(S1P)をタ

ーゲットとする免疫抑制剤

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 5

藤多らはマウス同種リンパ球混合反応を阻害

する化合物 IPS-1(ミリオシン)(図3)を冬虫

夏草の一種である Isaria sinclairii の培養濾液

から発見した(17)この免疫抑制物質 ISP-1 はス

フィンゴイド類似体であり小堤らにより SPTを強く阻害することが明らかにされた(18)興味

深いことにISP-1 は他の細胞では増殖阻害を起

こさない低濃度でも IL-2 依存性 T 細胞 CTLL-2の増殖を阻害し免疫抑制剤として注目された(18)その後千葉らはIPS-1 の構造変換化合

物の中から同種移植および自己免疫疾患モデル

において強力な抑制効果を示す化合物 FTY720(図3)を見出しこの化合物は生体内ではスフ

ィンゴシンキナーゼによって速やかに FTY720リン酸(FTY720-P)に変換されS1P の受容体

にアゴニストとして作用することを明らかにし

た(19)

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OHO

COOH

OH

NH2

OH

OH

ONHO

OH

OOHO

COOH

O

NH

OH

OH

O

n=1~11

スフィンゴシン

セラミド

IPS-1(ミリオシン)

FTY720

NA255

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OHO

COOH

OH

NH2

OH

OHO

COOH

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OH

ONHO

OH

OOHO

COOH

O

OH

ONHO

OH

OOHO

COOH

O

NH

OH

OH

O

n=1~11

NH

OH

OH

O

n=1~11

スフィンゴシン

セラミド

IPS-1(ミリオシン)

FTY720

NA255 図3スフィンゴシンセラミドに類似した構造を有す

る薬物の構造式

ところで脂質メディエーターとして注目され

ている S1P の受容体は現在までに5種類

(S1P1~S1P5)同定されておりリンパ球におい

ては S1P1が強く発現しているS1P1はリンパ球

が胸腺や二次リンパ系組織から外に移出される

過程で発現が増強され血小板から産生されて血

中に高濃度存在する S1P の濃度勾配にしたがっ

てリンパ組織から血中に移行するFTY720-P は

S1P に構造が類似するためS1P1 に結合しそ

のダウンレギュレーションを長時間誘導するこ

とが判明した(20)従ってFTY720 で処理され

たリンパ球では S1P1の発現が著しく減少するた

めリンパ組織からの循環リンパ球の移出が阻害

され免疫抑制が発揮されるものと考えられてい

る現在FTY720 の多発性硬化症を対象とした

臨床試験が行われつつあり優れた治療効果を示

すことが報告されている 国沢らは腸管免疫システムにおける S1P の

役割を検討しパイエル板などの腸管関連リンパ

組織(gut-associated lymphoid tissue GALT)の B-2 細胞を介した腸管分泌型 IgA 産生並び

に腹腔 B-1 細胞を介した腸管分泌型 IgA 産生の

両経路においてS1P が重要な役割を果たし

FTY720 は両者を共に阻害することを明らかに

している(21)またS1P は食物アレルギーや潰

瘍性大腸炎などの腸管免疫疾患にも関わること

がモデルマウスで示されこれら疾患が FTY720処理により改善されることも示されている(21) 4おわりに 構造物性代謝の生化学を軸として発展して

きた脂質研究は分子生物学や細胞生物学の手法

を取り入れリピドの生物学的役割に目を向けた

リピドバイオロジーへと発展変容し生命の分

子レベルでの理解に大きく貢献しつつある脂質

研究の注目度を大きく高めたのはシグナル伝達

におけるイノシトールリン脂質の代謝回転とプ

ロテインキナーゼCの発見であるこの画期的な

研究に続き膜の構成成分と見られてきた脂質か

らプロスタグランジンロイコトリエンPA

Fリゾホスファチジン酸スフィンゴシン-1

-リン酸2-アラキドノイルグリセロールなど

数多くの生理活性脂質が産生されることが判明

し更にこれら生理活性脂質の生合成酵素や受容

体が同定され癌浸潤転移炎症免疫神経

機能など実に広い領域における脂質の役割が解

明されつつある今後脂質をターゲットとする

薬物開発への取り組みがさらに拡大されること

を期待している

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 6

参考文献 1) Hanada K Nishijima M et al J Biol Chem 265 22137-22142 (1990) 2) Hanada K HaraT et al J Biol Chem 275 8409-8415 (2000) 3) Hanada K Izawa K et al J Biol Chem 268 13820-13823 (1993) 4) Hanada K HaraT et al J Biol Chem 273 33787-33794 (1998) 5) Fukasawa M Nishijima M et al J Cell Biol 144 673-685 (1999) 6) Funakoshi T Yasuda S et al J Biol Chem 275 29938-29945 (2000) 7) Hanada K Kumagai K et al Nature 426 803-809 (2003) 8) Kawano M Kumagai K et al J Biol Chem 281 30279-30288 (2006) 9) Kudo N Kumagai K et al Proc Natl Acad Sci USA 105 488-493 (2008) 10) Kumagai K Kawano M et al J Biol Chem 282 17758-17766 (2007) 11) Winau F Schwierzeck V et al Nat Immunol 5 169-174 (2004) 12) Shi ST Lee KJ et al J Virol 77 4160-4168 (2003) 13) Aizaki H Lee KJ et al Virology 324 450-461 (2004) 14) Sakamoto H Okamoto K et al Nat Chem Biol 1 333-337 (2005) 15) Okazaki T Bell RM et al J Biol Chem 264 19076-19080 (1989) 16) Okazaki T Rinsho Byori 53 413-421 (2005) 17) Fujita T Inoue K et al J Antibiotics 47 208-215 (1994) 18) Miyake Y Kozutsumi Y et al Biochem Biophys Res Commun 211 396-403 (1995) 19) Chiba K Pharmacol Ther 108 308-319 (2005) 20) Chiba K Matsuyuki H et al Cell Mol Immunol 3 11-19 (2006) 21) 國澤 純清野 宏 実験医学 25 147-155 (2007)

略 歴 西島 正弘 (Masahiro NISHIJIMA)1974 年東大薬博士課程修了国立予防衛生研究

所(予研)研究員1975 年東大学薬学部助手1977 年ウィスコンシン大学留学1980 年予研化学部室長

1994年予研細胞化学部部長1996年国立感染症研究所細胞化学部部長2006年同志社女子大学薬学部教授

2006 年国立医薬品食品衛生研究所所長同志社女子大学薬学部客員教授

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薬学研究最前線

MM-PBSA 法を用いたキチナーゼ阻害剤 Argadin

および Argifin の結合自由エネルギー計算

合田 浩明柳井 雄一広野 修一(北里大学薬学部)

1 はじめに キチナーゼはキチンの加水分解を触媒する酵

素で霊菌真菌昆虫類からヒトまで幅広く分

布している真菌および昆虫類にとってキチン

は生体の主要な構造成分であるのでキチナーゼ

はその生命活動に必須の酵素となっているそれ

ゆえ真菌および昆虫類のキチナーゼに対する阻

害剤には抗真菌薬および殺虫剤の可能性がある

一方ヒトにも2種類のキチナーゼ(ヒトキチ

ナーゼ1およびヒト酸性キチナーゼ)が存在する

2004年に Zhuらにより行われたマウス喘息疾患

モデルを用いた実験により酸性キチナーゼが喘

息炎症反応に関与していることおよび酸性キチ

ナーゼ活性を阻害することで炎症を抑制できる

ことが報告された 1)したがってヒト酸性キチ

ナーゼに対する阻害剤には喘息治療薬としての

機能が期待される

最近北里生命科学研究所においてキチナー

ゼ阻害剤Argifin および Argadinが発見され

た 23)Argifin および Argadin は共に1つ

の Arg 残基を含む5つのアミノ酸残基からなる

環状ペプチド性化合物で大きさ的にもよく似て

いる(図1)しかし興味深いことにArgadinがArgifinよりも非常に強いキチナーゼ阻害活性

を示す(図1)特に霊菌のキチナーゼB(ChiB)に対してArgadin の阻害定数(Ki = 20 nM)はArgifinの定数(Ki = 33000 nM)より1000倍以上

強い阻害定数は結合自由エネルギーに関連づけ

ることができるのでArgadin の結合自由エネル

ギー(∆Gbind(実験) = ndash1092 kcalmol)はArgifinの値(∆Gbind(実験) = ndash636 kcalmol)より456 kcalmol 強いことになる既にArgifinminusChiB複合体および ArgadinminusChiB 複合体のX線結

晶構造が報告されており(図2)両者を比較する

ことでArgifinとArgadinの相互作用様式の違い

については議論されている(例えばArgifin の

Arg(1)は ChiB の D142E144および Y214 と

水素結合を形成しているがArgadin の Arg(1)は Aminoadipic acid(5)と分子内水素結合を形成

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しChiB の W97 および W220 からなる疎水ポ

ケットに収まっている)4)しかし構造比較だけ

ではこの結合親和性の違いを定量的に説明する

ことはできないそこで本研究ではKollman博士らにより提案された MM-PBSA (Molecular Mechanics PoissonndashBoltzmann Surface Area)法 5)をこの系に適用しArgifin お

よび Argadin の結合自由エネルギー解析を行っ

た 6)これにより物理化学的観点から結合親和

性の違いを定量的に解析するまた計算結果を

用いて結合親和性の改善が期待できる Argifin誘導体(構成アミノ酸を別のアミノ酸で置換した

誘導体)の論理的分子設計を行うこれらの結果

はキチナーゼを標的にした新規な抗真菌薬殺

虫剤および喘息治療薬の開発に有用な情報を与

えると思われる 2 MM-PBSA 法 MM-PBSA 法ではタンパク質minusリガンド複合

体タンパク質単独およびリガンド単独の溶液

構造アンサンブルを必要とするしたがって厳

密に行う場合にはそれぞれについて水溶液中で

の分子動力学(MD)シミュレーションを行いそ

れぞれの溶液構造アンサンブルを算出する必要

があるこの中で複合体およびタンパク質単独

のシミュレーションは取り扱う原子数が巨大で

あるため非常に時間がかかるしかし複合体

中のタンパク質構造がその単独溶液構造とほぼ

同じであると仮定できる場合には複合体につい

ての MD シミュレーションだけを行いその溶

液構造アンサンブルからリガンドを取り除くこ

とでタンパク質単独の溶液構造アンサンブルを

用意することができるChiB 単独のX線結晶構

造はArgifin(および Argadin)との複合体におけ

る ChiB 構造とほとんど同じであった 7)そこで

本研究においてもこの近似法を用いているまた

非常に多くの場合においてこの近似法が有効で

あることが報告されている 8-12) 次に複合体タンパク質単独およびリガンド

単独の溶液構造アンサンブルを用いて図3のよ

うな熱力学サイクルを考えるこのサイクルにお

いて求めるべき結合自由エネルギー(∆Gbind(計算))は次のように表される ∆Gbind(計算) = ∆Ggas + Gsolv_complex ndash Gsolv_protein ndash

Gsolv_ligand (1) ここで∆Ggas は気相中における結合エネルギー

を表しているこの項は複合体タンパク質単

独およびリガンド単独の溶液構造アンサンブル

が持つ分子力学(Molecular Mechanics)エネルギ

ーを AMBER 等のパラメータ 13)を用いて計算し

差をとることで計算される具体的に∆Ggas は

次の項の和となる

∆Ggas = ∆Eint + ∆EVDW + ∆Eelec ndash T∆Ssolute (2) ∆Eint は結合時のリガンドの構造変化に伴う内部

エネルギー変化(結合長結合角二面角に関す

るエネルギー変化)∆EVDW はタンパク質minusリガ

ンド間の van der Waals 相互作用エネルギー

∆Eelec はタンパク質minusリガンド間の静電相互作用

エネルギーT∆Ssoluteは結合に伴う分子のエント

ロピー変化である 式(1)におけるGsolv_complexGsolv_proteinおよび

Gsolv_ligand はそれぞれ複合体タンパク質単

独およびリガンド単独の溶液構造アンサンブル

についての水和自由エネルギーを表している例

え ば Gsolv_complex は 次 の よ う に 極 性 項

(GPB_complex電荷が寄与するエネルギーを表す

項)と非極性項(GSA_complex水分子との van der Waals 相互作用エネルギーと空洞形成や水分子

の再配置に必要なエネルギーを表す項)に分割さ

れて計算される Gsolv_complex = GPB_complex + GSA_complex (3)

GPB_complexはDelphi14)等のプログラムを用いて

Poisson-Boltzmann 方程式を数値的に解くこと

によりGSA_complex は表面積(Surface Area)に依

存した経験式により求められるところで式(1)中における水和自由エネルギー項の寄与は複

合体の水和自由エネルギーからタンパク質単独

とリガンド単独の水和自由エネルギーを引いた

形になっておりこれはまさに結合に伴う水和自

由エネルギーの変化(∆Gsolv)を表している ∆Gsolv = Gsolv_complex ndash Gsolv_protein ndash Gsolv_ligand

= GPB_complex + GSA_complex ndash ( GPB_protein

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 9

+ GSA_ptrotein ) ndash ( GPB_ligand + GSA_ligand )

= ( GPB_complex ndash GPB_protein ndash GPB_ligand ) + ( GSA_complex ndash GSA_protein ndash GSA_ligand ) = ∆GPB + ∆GSA (4)

このようにMM-PBSA 法は熱力学サイクル

を利用することにより結合に伴う水和自由エネ

ルギー変化をきちんと考慮するため非常に精度

の高い結合自由エネルギーを与えることができ

る最終的に∆Gbind(計算)は次の項の和で計算さ

れる ∆Gbind(計算) = ∆Ggas + ∆Gsolv

= ∆Eint + ∆EVDW + ∆Eelec ndash T∆Ssolute + ∆GPB + ∆GSA (5)

3 計算結果 本研究ではArgifnminusChiB(ArgadinminusChiB)複合体Argifn(Argadin)単独についてそれぞれ

1700ps の MD シミュレーションを行った計算

には AMBER 715)を用いた構造が平衡に達した

と思われる後半 1000ps から 10ps 毎に全部で

100 個のスナップショットを取り出しそれぞれ

の系の溶液構造アンサンブルとしたまた先程記

したようにChiB 単独の溶液構造アンサンブル

は複合体の溶液構造アンサンブルからリガンド

を取り除くことで用意したこれら溶液構造アン

サンブルを用いて MM-PBSA 計算を行った結果

を表1に示す計算された結合自由エネルギー値

(∆Gbind( 計算 )) は Argifin に対して ndash698 kcalmolArgadin に対してndash1116 kcalmol であった実験値(∆Gbind(実験))はそれぞれndash636 kcalmol およびndash1092 kcalmol であるから

MM-PBSA 法が実験値を非常によく再現してい

ることがわかるまた式(5)の各項を調べるこ

とで結合過程における物理化学的性質を議論す

ることができる例えば∆Eint の項は ArgifinではほとんどゼロであるがArgadin では結合に

対して 526 kcalmol 不利になっているこのこ

とはChiB に結合する際にArgifn はほとんど

構造変化を起こさないがArgadin は 5 kcalmol程度のエネルギー損失に相当する構造変化を引

き起こすことを示している 図4に MD シミュレーションで得られた各リガ

ンドの複合体中における構造(結合配座)と単独

溶液構造の比較を示す確かにArgifin ではそ

の結合配座と単独溶液構造がよく似ているが

Argadin の結合配座はその単独溶液構造と大き

く異なっていることがわかるまた結合自由エ

ネルギーに対して電荷が寄与する項(∆Gelectot)は∆Eelec と∆GPB の和で表されるがこの値は

Argifin および Argadin 共に正の値になっている

これは両者の複合体形成は静電的には不利で

あることを示しているしたがって両者の複合

体形成は van der Waals 相互作用(∆EVDW)と水和

自由エネルギーの非極性寄与(∆GSA)により安定

化されていることがわかる

MM-PBSA 法により計算された Argifn と

Argadin の間の相対結合自由エネルギー

(∆∆Gbind(計算))は418 kcalmol となりこれも

実験値456 kcalmolをよく再現していた表

1より両者の複合体形成に重要な役割を果たし

ている van der Waals 相互作用(∆EVDW)と水和自

由エネルギーの非極性寄与 (∆GSA)が共に

Argadin において Argifin より有利になっており

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 10

これらが Argadin の高親和性を生じさせている

ことがわかる特にArgadin の van der Waals相互作用エネルギー(∆EVDW)は Argifin の値より

約 12 kcalmol も有利でありこれが主な要因と

なっている図5に Argifin と ChiB の各アミノ

酸残基との間の van der Waals 相互作用エネル

ギー値から Argadin についての値を差し引いた

ものをプロットした

負の値を持つ残基は Argifin と正の値を持つ残

基は Argadin とより強く van der Waals 相互作

用している残基であるこれよりE144M212W220Y292I339および W403 の6個の残

基が Argadin とより有利な van der Waals 相互

作用を形成していることがわかる特にW220とW403はそれぞれ460および453 kcalmolと非常に大きく有利となっていたこれら値の和

は913 kcalmolとなりArgifin と Argadinの間の van der Waals 相互作用エネルギー差の

ほとんどを占めていることがわかるしたがって

ChiB に対する Argadin の高親和性は主に

Argadin とこの二つの Trp 残基との間の非常に

有利な van der Waals 相互作用に起因すると考

えられるところでW220 を Ala 残基に置換し

たChiB変異体(W220A変異体)に対してArgifinおよび Argadin はそれぞれndash418およびndash752 kcalmol の結合自由エネルギー値を示すことが

実験的に報告されている 4)これよりW220 を

Ala 残基に置換したことによる結合自由エネル

ギー損失はArgifin および Argadin に対して

それぞれ151および 340 kcalmol となり

Argadin についての損失のほうがより大きいこ

れはArgadin と W220 の相互作用が Argadinの高親和性に大きく寄与していることを支持す

る実験結果である

4 ChiB に対して高親和性を有する Argifin 誘

導体の分子設計 最近北里生命科学研究所において Argifin の

全合成経路が確立されたこれによりさまざま

な Argifin 誘導体(構成アミノ酸を別のアミノ酸

で置換した誘導体)の合成が可能になったそこ

で今回得られた計算結果を使用して結合親和

性の改善が期待できるArgifin誘導体の論理的分

子設計を行ったMM-PBSA計算結果によると

Argadin の高親和性の主な要因はより有利な

van der Waals 相互作用であるそこでChiBとの van der Waals 相互作用が改善されるよう

な Argifin 誘導体を分子設計すればその結合親

和性が Argadin のように強くなるのではないか

と予想された図6AにArgifinminusChiB 複合体

における Argifin の D-Ala(5)周辺を示している これよりD-Ala(5)周辺には比較的大きな空間的

スペースがありその近傍には ChiB の疎水性残

基 F12F51Y98 が存在することがわかった

そこでD-Ala(5)を嵩高い側鎖を持つ疎水性アミ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 11

ノ酸残基に置換すればChiB との van der Waals 相互作用および疎水相互作用がより有利

になり結合親和性が改善されるのではないかと

考えたそこでD-Ala(5)を D-ValD-LeuD-PheおよびD-Trpで置換したArgifin誘導体を分子設

計しChiB との複合体構造モデリングを行った

図6Bに D-Ala(5)を D-Trp(5)で置換した変異体

(A5W 変異体)についての複合体モデル構造を示

す導入された D-Trp(5)の側鎖が空間的スペ

ースをうまく充填していることがわかる表2に

複 合 体 モ デ ル 構 造 を 用 い た 一 点 計 算 の

MM-PBSA 法による各誘導体の相対結合自由エ

ネルギー評価を示すD-Ala(5)を D-LeuD-Pheおよび D-Trp で置換することで実際に van der Waals 相互作用が改善され結合親和性がより強

くなりそうなことがわかった特にA5W 誘導

体に対しては 5 kcal程度の大きな改善が期待で

きArgadin に匹敵する結合親和性を有すること

が予想された 5 おわりに 本研究ではMM-PBSA 法を適用することに

よりChiB に対する Argifin と Argadin の結合

親和性の違いを定量的かつ物理化学的観点から

解析したさらにこの結果を利用することで

結合能の改善が期待できるArgifin誘導体の論理

的分子設計が可能になった現在これら誘導体

の合成研究が行われている 6 謝辞 本研究は科学研究費補助金(19590043)財

団法人武田科学振興財団財団法人持田記念医学

薬学振興財団などの助成を受けて行ったもので

ありその資金援助に深く感謝します

参考文献 1) Zhu Z Zheng T Homer R J Kim Y K Chen N Y Cohn L Hamid Q Elias J A Science 2004 304 1678 2) Shiomi K Arai N Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Tetrahedron Lett 2000 41 2141 3) Arai N Shiomi K Yamaguchi Y Masuma R Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Chem Pharm Bull (Tokyo) 2000

48 1442 4) Houston D R Shiomi K Arai N Ōmura S Peter M G Turberg A Synstad B Eijsink V G H van Aalten D M F

Proc Natl Acad Sci USA 2002 99 9127 5) Kollman P A Massova I Reyes C Kuhn B Huo S Chong L Lee M Lee T Duan Y Wang W Donini O Cieplak

P Srinivasan J Case D A Cheatham III T E Acc Chem Res 2000 33 889 6) Gouda H Yanai Y Sugawara A Sunazuka T Ōmura S Hirono H Bioorg Med Chem 2008 In press 7) van Aalten D M F Synstad B Brurberg M B Hough E Riise B W Eijsink V G H Wierenga R K Proc Natl Acad

Sci USA 2000 97 5842 8) Massova I Kollman P A J Am Chem Soc 1999 121 8133 9) Chong L T Duan Y Wang L Massova I Kollman P A Proc Natl Acad Sci USA 1999 96 14330 10) Masukawa K M Kollman P A Kuntz I D J Med Chem 2003 46 5628 11) Gouda H Kuntz I D Case D A Kollman P A Biopolymers 2003 68 16 12) Spackovaacute N Cheatham III T E Ryjaacutecek F Lankas F Van Meervelt L Hobza P Sponer J J Am Chem Soc 2003 125

1759 13) Cornell W D Cieplak P Bayly C I Gould I R Merz K M Jr Ferguson D M Spellmeyer D C Fox T Caldwell J

W Kollman P A J Am Chem Soc 1995 117 5179 14) Honig B Nicholls A Science 1995 268 1144 15) Case D A Pearlman D A Caldwell J W Cheatham T E Wang J Ross W S Simmerling C L Darden T A Merz

K M Stanton R V Cheng A L Vincent J J Crowley M Tsui V Gohlke H Radmer R J Duan Y Pitera J Massova I Seibel G L Singh U C Weiner P K Kollman P A AMBER7 University of California San Francisco 2002

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 12

略 歴 合田 浩明 (Gouda HIROAKI)1993 年東大薬博士課程終了博士(薬学)取得(株)日立製作所入社1995 年北里大学薬学部助手1998 年北里大学薬学部講師2000 年カリフォルニア大学サン

フランシスコ校博士研究員2002 年北里大学薬学部准教授

略 歴 広野 修一 (Hirono SHUICHI)1981 年東大薬博士課程終了薬学博士取得北里大学

薬学部助手1988 年北里大学薬学部講師1988 年カリフォルニア大学サンフランシスコ校博士研究員1990年北里大学薬学部大学助教授1994 年北里大学薬学部大学教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 13

部会賞受賞者(1)

新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創生

小竹 良彦(エーザイ株式会社)

1はじめに 新たな「創薬ターゲット」を見出しそれに

基づいた画期的な新薬を創出することは研究開

発型製薬企業の生命線とされてきたゲノムサイ

エンスをはじめとした様々なアプローチによっ

て活発な創薬ターゲットの探索が進められてい

るが例えば先ずユニークな生理活性化合物を

見出しその標的分子を解明することは創薬タ

ーゲットを見出すことに他ならない一発必中の

創薬ターゲット探索法ともいえるこのアプロー

チは「ケミカルバイオロジー」の研究機軸の一

つでありこれまで創薬研究や細胞生物学の新た

な研究領域の扉を開けてきた我々は既存の抗

癌剤とは異なるユニークなメカニズムで優れた

抗腫瘍効果を発揮する天然物プラジエノライド

を見出しその標的分子を決定した同時にプ

ラジエノライド誘導体である新規抗癌剤 E7107を創出した

2プラジエノライドの発見と活性 我々は新規抗癌剤創出を目指して血管新生

因 子 で あ る Vascular Endotherial Growth Factor (VEGF)シグナルに着目しVEGF プロモ

ーター支配下の遺伝子発現を阻害する化合物の

探索を行ったVEGF プロモーター下流に

placental alkaline phosphatase(PLAP)をレポ

ーター遺伝子として組み込み低酸素条件刺激に

よる遺伝子(レポーター遺伝子)発現を評価する

cell-based assay を構築し(VEGF-PLAP assay)これを阻害する化合物のスクリーニングを行っ

たヒットしてくる化合物の作用点(標的分子)

が特定の一つに限定されないこの方法を敢えて

用いることで既存の抗癌剤とは異なるあるい

は未知のメカニズムに基づく阻害剤がヒットす

る可能性を期待したまたよりユニークなヒッ

ト化合物を求めて低分子化合物ライブラリーで

はなく天然物資源に特化してスクリーニングを

行ったここから見出されてきたのがプラジエ

ノライドである1) 2)

プ ラ ジ エ ノ ラ イ ド は Streptomyces platensis Mer-11107 から単離された二次代謝産

物で新規な 12 員環マクロライド化合物である

(図 1)当初得られた類縁体の中で最も活性の

高かったプラジエノライド B はin vitro で各種

癌細胞に対して nM オーダーで細胞増殖抑制活

性を示したまたin vivo においても優れた抗

腫瘍活性を発揮しヒト乳癌細胞 BSY-1 を移植

したヌードマウスモデルにおいては腫瘍が消失

した治癒マウスが観察されたさらにこの優れ

た抗腫瘍効果が既存の抗癌剤とは異なるメカニ

ズムに基づくことが複数のデータから示唆され

た3) この魅力的な天然物をリード化合物とした

探索研究を展開しさらに優れた活性安全性

物性プロファイルを有するプラジエノライド Dの半合成誘導体である E7017 を見出した4)また

プラジエノライドは 10 個の不斉炭素を有してい

ることからその絶対立体を確認する目的で全合

成研究を行ったプラジエノライド B および Dをそれぞれ 21 工程19 工程で合成し絶対立体

構造を明らかにした5)同時に天然からは得ら

れない新たなプラジエノライド類縁体の合成も

可能となった

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

図1プラジエノライドの化学構造

3プラジエノライドの結合分子探索 プラジエノライドが既存の抗癌剤とは異な

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 14

るメカニズムで抗腫瘍作用を発揮していること

が様々なデータから示唆されていたがその詳細

は不明なままであったこの解明に向けてプラジ

エノライドの標的分子探索を進めたこれによっ

て抗がん剤研究の新たな「創薬ターゲット」を

提示できる可能性と解明された標的分子作用

メカニズムを基にしたバイオマーカーなどを設

定することでより効率的な E7107 の臨床開発が

可能となることを期待したさらに臨床開発に

あたって患者様開発担当者臨床医政府関連

機関の皆様はじめ広く社会に E7107 の作用メカ

ニズムを科学的に説明してゆくことは企業研究

者の使命であるとも考えていた癌治療分野では

「分子標的治療薬」なるキーワードが定着してい

ることからも薬効を分子レベルで解明すべきで

あると考えたこれらの展望目的を達成するに

はプラジエノライドをケミカルプローブとして

用いその結合蛋白を決定することが最も合理的

であると考えた プラジエノライドから E7107 に至る探索研

究時に確立していた誘導体合成方法と得られて

いた構造活性相関を基にプラジエノライドの活

性が保持される位置にトリチウム(3H)蛍光タグ

(BODIPY-FL)光親和性基およびビオチンタグ

(photoaffinitybiotin PB)を導入した 3H プロー

ブBODIPY-FL プローブおよび PB プローブを

合成した(図 2)これらはin vitro にて nM オ

ーダーから sub-μM オーダーの細胞増殖抑制活

性を示しプラジエノライド標的分子への親和性

を維持していると判断されたこれらのプローブ

化合物を細胞に処理したことからそれぞれの結

合蛋白を放射活性蛍光によって追跡し

streptavidin-HRP を用いてその検出同定を試

みた6)

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

図2ケミカルプローブの化学構造

先ず結合蛋白の細胞内局在を 3H プローブ

および蛍光プローブを用いて検討した3H プロ

ーブを処理した細胞から細胞画分を調整し各画

分中の 3H 放射活性を測定したところ核フラク

ション中の放射活性が最も高かった(図 3a)次

いで蛍光プローブ処理した細胞の蛍光顕微鏡に

よる観察ではプローブが核内の顆粒状構造に局

在することが確認された(図 3b)この顆粒は核

スペックルのマーカーである SC-35 の局在と完

全に一致した核スペックルは転写やスプライシ

ングに関わる蛋白が高密度に存在する構造体で

あることから結合蛋白が転写因子やスプライシ

ング関連因子である可能性が示された

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

図3ケミカルプローブの細胞内局在

結合蛋白を更に絞り込む目的で3H プロー

ブ処理した細胞から調整した核フラクションに

対して転写スプライシングに関連する様々な

因子への抗体を用いて免疫沈降実験を行い3Hプローブが共沈される抗体を探索したその結果

6 つの抗体で 3H 放射活性の共沈が観察された

その 5 つはスプライシングにおいて必須の働き

をしている U2 small nuclear ribonucleoprotein (U2 snRNP)に存在する蛋白(または構造)に対

する抗体であった残る 1 つは U2 snRNP との

複合体形成が報告されているサイクリン E に対

する抗体であった(図 4)この結果から結合蛋

白は U2 snRNP 複合体中に存在すると考えられ

た U2 snRNP は巨大な蛋白複合体でありSm

コア蛋白スプライシングファクターSF3aSF3b といったサブユニットから構成される巨大

な複合体である真核生物ではDNA から転写

された mRNA 前駆体 (pre-mRNA) にイントロ

ンと呼ばれる蛋白質のアミノ酸配列の遺伝情報

をもたない部分が含まれている遺伝子情報を蛋

白質へと翻訳するにはこのイントロンを取り除

きアミノ酸配列の情報をもつエキソンだけを正

確につなぎ合わせる必要があるこの工程がスプ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 15

ライシングでありU2 snRNP はスプライシン

グに関わる代表的なマシナリーの一つである

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

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D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

図4U2 snRNP-cyclinecdk2 複合体

U2 snRNP にまで絞り込まれてきた結合蛋

白を可視化し検出する目的で光親和性ビオチ

ン(PB)プローブを用いた実験を行った光親

和性モイエティーは UV 照射によってラジカル

種を生じ近接する蛋白質と共有結合を形成する

ここでプローブが共有結合した蛋白をビオチン

を足がかりとしてストレプトアビジン-HRP に

よって検出したその結果約 140kDa の位置に

バンドが検出された(図 5)U2 snRNP の中で

この分子量を有する蛋白としてはSF3b サブユ

ニ ッ ト に 存 在 す る spliceosome associated protein (SAP)145 または SAP130 が挙げられる

る実際このバンド中に両者が存在することを

イムノブロッティングおよび質量分析によって

確認したしかしながらこの二つの蛋白はほぼ

同じ位置に検出されどちらが結合蛋白であるか

を結論づけられなかったそこでSAP145 と

SAP130 についてそれぞれ GFP 融合蛋白を発現

させた細胞を用いて同様の実験を行いプローブ

結合蛋白のバンドシフトが検出されるかを検証

したGFP-SAP130 発現細胞では約 170kDa の

位置に結合蛋白のバンドがシフトした一方

GFP-SAP145 発現細胞ではバンドシフトが観察

されなかったことからプローブの結合蛋白は

SAP130 であると結論づけられた

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

図5PB プローブによる結合蛋白の検出

上述してきた実験では全てプラジエノライ

ドおよび E7107 とプローブ化合物との競合実験

を行いプラジエノライド自体の結合蛋白も

SAP130 であることを確認したしかしここで

は詳細な説明を割愛させていただくが一連のデ

ータはプラジエノライドが細胞内に存在する全

ての SAP130 に結合するのではなくSF3b 複合

体を形成している SAP130 にのみ結合すること

が示唆された例えばSAP130 の発現を siRNA処理により抑制した細胞においては蛍光プロー

ブの核スペックルへの局在が観察されなかった

がSAP145 の発現を抑制した場合においてもそ

の局在は消失したこの結果は SAP130 への結

合には SAP145 の存在も必要であることを示唆

しておりプラジエノライドが SAP130 のみな

らずSAP145など他のSF3b構成蛋白質から構成

される SF3b 中のポケット構造にはまり込んで

いる可能性などが考えられた 4プラジエノライド標的分子としての

SF3b プラジエノライドの結合蛋白が SF3b 中の

SAP130 であることを付き止めたが次にこれ

がプラジエノライドの抗腫瘍活性に直接関係し

た結合蛋白すなわち「標的分子」であるかを検

証した先ずE7107 に至る探索研究の過程で

得ていた強弱さまざまな細胞増殖抑制活性を示

すプラジエノライド化合物をSF3b 複合体に対

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 16

する 3H プローブの結合に対して競合させたそ

の結果強い細胞増殖抑制活性を有する化合物が

より高い競合能を示したすなわちプラジエノ

ライド化合物の SF3b への親和性と抗腫瘍活性

が相関することが示された(図 6)この結果は

SF3b がプラジエノライドの抗腫瘍効果の標的分

子であることを強く示唆している

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

図6プラジエノライドの SF3b への 親和性と抗腫瘍活性との相関

次にプラジエノライドの SF3b への結合に

よってその機能が阻害されているか否かを検証

したスプライシングが阻害された場合イント

ロン配列が残った未成熟な mRNA が細胞内に出

現すると考えられるそこでプラジエノライド

処理した細胞から回収した mRNA をもとに

cDNA ライブラリーを構築しイントロン配列が

含まれる cDNA の存在をランダムにスクリーニ

ングしたその結果DNAJB1 などいくつかの

遺伝子のイントロン配列が確認されたこれらの

遺伝子についてスプライシングが阻害された

mRNA(unspliced form RNA)の存在を定量的

RT-PCR にて検証した結果プラジエノライド処

理の時間に依存して unspliced form の発現量の

上昇が観察された(図 7)またプラジエノラ

イドの処理濃度によっても unspliced form の上

昇が確認されたこのときスプライシング阻害

を来たす濃度は細胞増殖抑制活性を発揮する濃

度と一致したさらにプラジエノライドが抗腫

瘍効果を発揮する処理濃度において核スペック

ルの巨大化(メガスペックル)が観察された(図

8)同様の現象はin vitro レベルでスプライシ

ングの阻害を来たす抗トリメチルグアノシン

(TMG)抗体やU1 または U6 snRNA に対す

るアンチセンスRNAの核内インジェクションに

おいても観察されているこれらの結果からプ

ラジエノライドは SF3b に結合しその機能を阻

害することで抗腫瘍効果を発揮していると結論

づけた6)

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した 図7プラジエノライドによるスプライシング阻害

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した 図8プラジエノライド B による核スペックルの形態変化

5抗腫瘍作用のメカニズム考察 「スプライシングの阻害がなぜ抗腫瘍活性

につながるか」に関してはいくつかの可能性

が考えられる7) 例えばプラジエノライドに

よるスプライシング阻害が癌細胞の増殖や生存

に必須の遺伝子の発現を抑制し抗腫瘍効果を発

揮していることなどが考えられる遺伝子発現に

関わる工程すなわち転写mRNA プロセシ

ング(キャッピングスプライシングポリアデ

ニレーション)さらに mRNA の核外輸送とサ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 17

ーベイランスなどはそれぞれが独立して進行す

るのではなく全てがカップリングしたrdquogene expression factoryrdquoを形成していると考えられ

ている従ってスプライシングの阻害がgene expression factory を機能不全に陥れ遺伝子発

現を抑制することは可能性あるシナリオである

この作用によってプラジエノライドが当初の

VEGF-PLAP assay において阻害活性を示して

いた可能性が考えられるまたプラジエノライ

ド処理時に観察されたメガスペックルはDRBやアクチノマイシン D といった転写阻害剤の処

理によっても観察されることは示唆的である

6終わりに プラジエノライドの標的分子がスプライシ

ングファクターSF3b であることを突き止めた

これによってE7107 が既存の抗癌剤とは全く

異なる分子を標的とするrdquoFirst-in-Classrdquoの薬剤

であることを示すことができた同時にスプラ

イシングファクターSF3b が抗癌剤の新たな創薬

ターゲットになりうる可能性を示したE7107は現在欧米において臨床試験が進められてお

りSF3b の創薬ターゲットとしての真価は

E7107の臨床試験結果が示してゆくことになる

一方プラジエノライドによる SF3b の機能

阻害が抗腫瘍効果につながるメカニズムの詳細

な解明にはさらなる研究の深耕化が必要である

スプライシング阻害剤としてのプラジエノライ

ドを用いた研究からスプライシングと転写や他

の mRNA プロセシングさらには mRNA 核外

輸送やサーベイランスとのカップリングに分子

レベルでの新たな知見が加わることが期待され

るプラジエノライド研究を起点とした研究から

癌患者様に新たな希望を与える新薬が生まれる

と同時にgene expression factory の分子レベル

での解明など基礎科学の進展にも貢献すること

を期待している 謝辞 本研究はメルシャン(株)生物資源研究所

エーザイ(株)筑波研究所および KAN 研究所と

の共同研究によって進められてきたものである

土田外志夫博士(メルシャン)酒井孝博士水

井佳治博士(エーザイ)をはじめ共同研究者関

係者の皆様に深く感謝いたします

参考文献 1) Sakai T et al J Antibiot 57 173 (2004)

2) Sakai T et al J Antibiot 57 180 (2004)

3) Mizui Y et al J Antibiot 57 188 (2004)

4) Iwata M et al Proc Am Assoc Cancer Res 45 691 (2004)

5) Kanada R M Itoh D et al Angew Chem Int Ed 46 4350 (2007)

6) Kotake Y et al Nature Chem Biol 3 570 (2007)

7) 小竹良彦甲斐田大輔水井佳治吉田稔 蛋白質核酸酵素 53 28 (2008)

略 歴 小竹 良彦 (Yoshihiko KOTAKE)1989年 広島大学医学系研究科分子薬学系修了同年 エ

ーザイ(株)入社2004年より 創薬第二研究所主幹研究員1997年 薬学博士 研究テーマ新規抗癌剤の探索研究ケミカルバイオロジー

関心事生理活性天然物核内因子を標的とした創薬研究

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 18

部会賞受賞者(2)

日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析と

その患者個別化薬物治療への応用 斎藤 嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所機能生化学)

1はじめに

薬物に対する生体の反応性(薬物応答性)に

関しては個体差や人種差があり十分な有効性が

得られない場合や副作用を発現する場合も存在

し患者 QOL の低下をもたらす原因となってい

る薬物応答性に影響を与える因子として遺伝

的要因と環境的要因が考えられるがヒトゲノム

研究の進展に伴い薬物代謝酵素動態関連及び

受容体分子をコードする遺伝子の多型(主として

約 1000 塩基に 1 ヶ所存在する塩基置換や挿入

欠失)に基づくこれら分子の機能変化が 薬物応

答性の個体差発現に関与していることが明らか

となってきた1980 年代後半より特に薬物代

謝酵素に関し機能変化を伴う遺伝子多型が同定

されてきており中には機能がほぼ完全に消失す

る多型も知られているしかし単独多型部位に

着目したフェノタイプ - ジェノタイプ相関解析

では相反する結果が得られる場合も多く機能

影響が確立されたものは比較的少なかった我々

は平成 12 年度より一貫して日本人を対象と

した薬物応答関連遺伝子の多型解析を行うと共

に染色体上における遺伝子多型同士の組み合わ

せであるハプロタイプに着目しこれまでに多く

の薬物代謝酵素トランスポーター受容体等

につき日本人におけるハプロタイプ構造を明ら

かにしたまた発見した新規多型の機能影響を

in vitro 解析により解明した

2ハプロタイプ解析 我々はこれまでに約 50 種の遺伝子に関し主

としてエクソン領域及びエンハンサープロモー

ター領域を対象に直接シーケンシングによる多

型探索を行い約 2000 種の多型(うちアミノ

酸置換を引き起こすものは新規の約 150 種を含

む約 250 種)を見いだしたさらにこれらの

多型情報を基にハプロタイプ解析を行った 1 2)

表 1 に対象とした薬物応答関連遺伝子の一部を

示した

図1 連鎖不平衡とハプロタイプ解析

ヒトは両親より染色体を 1 本ずつ受け継いで

いるが減数分裂の際に相同組換えを起こす組

換えを起こしにくい領域ではその間の塩基配列

はあまり変化せず従って遺伝子多型の組み合わ

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 19

せも一定となる場合が多い(連鎖不平衡にあると

言う図 1)この同一染色体上に存在する多型

の組み合わせがハプロタイプである遺伝子多型

の機能影響が複数の多型により引き起こされる

場合や機能変化を引き起こす原因多型が未同定

であるものの解析したハプロタイプ上に存在す

る場合等にはフェノタイプとの相関解析に特に

有効な方法である世界的にも国際ハップマップ

プロジェクトが進行中であるが我々は薬物応答

関連遺伝子に特化しそれぞれ 100-500 人の日

本人を対象として高密度ハプロタイプを明らか

にした 実際にハプロタイプによる解析が功を奏した

例として以下のものが挙げられる a) 複数の機能変化をもたらす遺伝子多型が同一

遺伝子中に存在する場合機能影響がより明確に

なったケース

図2 UGT1A1 の遺伝子多型とハプロタイプ

グルクロン酸転移酵素 UGT1A1 は小胞体に

局在する第二相酵素である我々は日本人につき

UGT1A1 遺伝子中にin vitro 解析で大きな機能

低下を引き起こす6 (211GgtA Gly71Arg)及び

28 (TA6gtTA7)(図 2赤字)及び中程度の低下

を引き起こす27 (686CgtA Pro229Gln)及び60 (-3279TgtG) (青字)といういずれも酵素活性

の低下または蛋白質発現レベルの低下を引き起

こす多型を検出したこれらのハプロタイプ解析

の結果機能低下が大きい6 と28 は排他的に

存在することほとんどのケースで28 は60 と

同一ハプロタイプ上に存在すること27 は28

と同一ハプロタイプ上に存在することを見いだ

した(図 2)3)また 3rsquo-非翻訳領域に 3 多型

(1813CgtT 1941CgtG 2042CgtG)が連鎖してい

るIB ハプロタイプを同定した(緑字)図 3 に

示すように理論上別々の染色体上に機能低下

を起こす多型が存在する場合の方が同一染色体

上に存在する場合よりも大きな機能低下を引き

起こすUGT1A1 が活性代謝物 SN-38 の解毒代

謝に関わる抗がん剤イリノテカンや同じく

UGT1A1 が代謝に関わるビリルビンを対象とし

たその後の解析で日本人の UGT1A1 の遺伝子

多型では6 または28 を二本の染色体で共に

有する場合(ホモ接合)及び6 と28 の両者を

それぞれ別の染色体上で有する場合に体内動態

及び副作用への影響が大きいことから主として

6 と28 を指標とすれば良いことが明らかとな

った 4 5)さらに60 及びIB 単独では影響が弱

いものの60 - IB 組み合わせハプロタイプで

は28 に匹敵する影響を血中総ビリルビン濃度

に与え値を上昇させることを見いだした 5)

図3 多型影響のハプロタイプによる違い

b) 同一基質を代謝する酵素群の遺伝子が染色体

上で近傍に位置する場合各遺伝子のハプロタイ

プの組み合わせで総合的機能変化を推定しうる

ことを示したケース 薬物代謝酵素ではファミリーを形成する遺伝

子群が染色体上に並んで存在する場合があるこ

れらファミリー遺伝子の産物は基質特異性が異

なるものの同一基質を代謝するケースも多い

従って多型影響はファミリー遺伝子全体として

考える必要がある現在処方されている医薬品の

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 20

約半数の代謝に関わる重要なシトクロムP450分

子種 CYP3A である CYP3A4 と CYP3A5 の場合

では酵素活性の低下を引き起こす CYP3A416 (554CgtG Thr185Ser)とスプライシング異常に

より発現レベルの大幅な低下を引き起こす

CYP3A53(IVS3-237AgtG)が重要な多型であ

る我々は CYP3A4 及び CYP3A5 のハプロタイ

プを別々に明らかとした後その組み合わせも解

析した 6)その結果CYP3A416 を有する場合

CYP3A5 は野生型である1 をCYP3A53 を有

する場合CYP3A4 は1 をそれぞれ有すること

が明らかとなり重要な酵素としてある一定の

酵素活性が保たれるような組み合わせになって

いることが示唆された これ以外の例ではUGT1A7 と UGT1A1 の例

がありこの場合は酵素活性が低下する

UGT1A73 の約 67が UGT1A16(酵素活性低

下)と26が UGT1A128(発現レベル低下)

と連鎖しておりハプロタイプを形成していた 7)

UGT1A1 は肝臓等にUGT1A7 は消化管等に発

現しておりUGT1A73 を有する場合には

SN-38 などの解毒代謝が体内の多くの組織で低

下していると考えられる c) アミノ酸置換を起こさず単独多型部位の解析

では注目されてこなかった多型のみを有するハ

プロタイプが薬物動態パラメーターの変化を引

き起こすことを明らかにしたケース これにはまず抗てんかん薬カルバマゼピンに

おけるエポキシド加水分解酵素 EPHX1 のハプ

ロタイプが挙げられるカルバマゼピンは主と

して CYP3A4 により薬理活性を有するエポキシ

ド体に変換された後さらに EPHX1 によりジオ

ール体へと解毒代謝されるEPHX1 遺伝子中に

検出した多型の連鎖不平衡解析結果により3 つ

のブロックに分けてハプロタイプ解析を行った

がこのうちブロック 3 の1c ハプロタイプが

酵素活性の指標であるジオール体とエポキシド

体の血中濃度比の有意な上昇をもたらすことを

明らかにした(図 4)8)このハプロタイプは

1248GgtA(Lys416Lys)と IVS3-114GgtC という

それぞれアミノ酸置換を引き起こさないサイレ

ントの多型及びイントロン領域の多型のみを有

していたIVS3-114GgtC は他のハプロタイプに

も存在することから1248GgtA(Lys416Lys)またはこれと強く連鎖している未知の多型の効

果により酵素活性が上昇したと考えられる

図4 EPHX1 Block 31c ハプロタイプの カルバマゼピン解毒代謝への影響

この他の例としては抗がん剤パクリタキセル

の薬物動態変化における CYP2C8 のハプロタイ

プがあるパクリタキセルには CYP3A4 により

C3rsquo-p-水酸化体に代謝されさらに CYP2C8 に

よりジオール体に変換される経路が知られてい

るがCYP2C8 のイントロン多型 7 種で形成さ

れるIG ハプロタイプを有するヒトではC3rsquo-p-水酸化体の血中濃度-時間曲線下面積値が有し

ないヒトに比べて有意に高かった 9)従ってIGハプロタイプではCYP2C8 の酵素活性が低下

していると示唆された 以上のようにハプロタイプ解析は単独多型の

解析に比してより明確により包括的に機能影

響を明らかにすることが可能であることを示し

薬物応答性分子の解析におけるその有用性が示

された

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 21

3機能解析 新規に遺伝子多型を同定しても機能変化を引

き起こさなければいわゆるldquoジャンクrdquoの多型

であるまたハプロタイプを同定してもその中

のどの多型が機能変化に関連しているか不明で

あるそこでアミノ酸置換を伴う遺伝子多型を中

心に in vitro 機能解析を行い機能変化を引き起

こす多型を約 30 種同定したその一部を表 2に示す例えば上述の CYP3A416 多型はテ

ストステロンの水酸化活性を約 50低下させる

ことが in vitro で示されたため 10)in vivo の解

析でも注目しパクリタキセル等の薬物動態パラ

メーターの変化を引き起こすことを見いだした

11)また同じシトクロム P450 の一種 CYP1A2において8(1367GgtA Arg456His)15( 125CgtG Pro42Arg ) 16 ( 1130GgtA Arg377Gln)はそのアリル頻度は 0002-0004と低いもののいずれもヘム蛋白質レベルが低下

することにより95以上という大幅な活性低下

を引き起こすことを明らかにした 12)

表2 機能変化を示した薬物応答性遺伝子の多型

(シトクロム P450 の例)

4おわりに

以上のように日本人を対象に薬物動態変

化や有効性副作用発現に関わる重要な遺伝子多

型ハプロタイプを明らかとしたことは医薬品

の種類や投薬量等に関する治療方針を個別に決

定する患者個別化薬物治療の本邦における発展

に大きく寄与するものと考えるこれらの成果は

人種的に類似している東アジア諸国においても

有用であり現に我々が発見した遺伝子多型に関

する報告が韓国や中国から相次いでいるまた薬

物応答性遺伝子の多型影響を考慮してリード化

合物の最適化を行うことは臨床試験段階でのド

ロップアウトを防止する有力な手段になりえる

と考えられ本研究の成果は創薬の面からも有用

と思われる今後も未解析である硫酸転移酵素や

一部のトランスポーター群の解析を行うと共に

創薬及び臨床現場で有用と考えられる遺伝子多

型ハプロタイプのデータベース化を行い日本

におけるファーマコゲノミクス情報の有効活用

を促していきたい 謝 辞 本研究は国立医薬品食品衛生研究所機能生

化学部 澤田純一部長同薬理部 小澤正吾室長

(現岩手医科大学教授)をはじめとする国立医

薬品食品衛生研究所の先生方および国立がんセ

ンター国立国際医療センター岡山大学東京

女子医科大学をはじめとする共同研究機関の先

生方のご指導及び共同研究のもとに行われたも

のであり心より感謝申し上げますまた本研究

は医薬品医療機器総合機構医薬基盤研究所

厚生労働省文部科学省等より研究費の助成を受

けて行われたものでありここに深謝致します

参考文献 1) Saito Y et al Curr Pharmacogenomics 5 49-78 (2007)

2)斎藤嘉朗ら 細胞工学 26 1020-1025 (2007)

3) Sai K et al Clin Pharmacol Ther 75 501-515 (2004)

4) Minami H et al Pharmacogenet Genomics 17 497-504 (2007)

5) Saeki M et al Clin Chem 53 356-358 (2007)

6) Fukushima-Uesaka H et al Hum Mutat 23 100 (2004)

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 22

7) Saeki M et al Pharmacogenomics J 6 63-75 (2006)

8) Nakajima Y et al Eur J Clin Pharmacol 61 25-34 (2005)

9) Saito Y et al Pharmacogenet Genomics 17 461-471 (2007)

10) Murayama N et al Drug Metab Pharmacokinet 17 150-156 (2002)

11) Nakajima Y et al Clin Pharmacol Ther 80 179-191 (2006)

12) Saito Y et al Drug Metab Dispos 33 1905-1910 (2005)

略 歴 斎藤 嘉朗(Yoshiro SAITO)1989 年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了同年国立衛生

試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)機能生化学部 研究員1996 年博士(薬学)取得(東京大学)1998 年カナ

ダトロント大学医学部 博士研究員2000 年国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部 主任研究官2001 年同第二室

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 23

部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 24

常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 5

藤多らはマウス同種リンパ球混合反応を阻害

する化合物 IPS-1(ミリオシン)(図3)を冬虫

夏草の一種である Isaria sinclairii の培養濾液

から発見した(17)この免疫抑制物質 ISP-1 はス

フィンゴイド類似体であり小堤らにより SPTを強く阻害することが明らかにされた(18)興味

深いことにISP-1 は他の細胞では増殖阻害を起

こさない低濃度でも IL-2 依存性 T 細胞 CTLL-2の増殖を阻害し免疫抑制剤として注目された(18)その後千葉らはIPS-1 の構造変換化合

物の中から同種移植および自己免疫疾患モデル

において強力な抑制効果を示す化合物 FTY720(図3)を見出しこの化合物は生体内ではスフ

ィンゴシンキナーゼによって速やかに FTY720リン酸(FTY720-P)に変換されS1P の受容体

にアゴニストとして作用することを明らかにし

た(19)

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OHO

COOH

OH

NH2

OH

OH

ONHO

OH

OOHO

COOH

O

NH

OH

OH

O

n=1~11

スフィンゴシン

セラミド

IPS-1(ミリオシン)

FTY720

NA255

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OHO

COOH

OH

NH2

OH

OHO

COOH

OH

NH2

OH

OH

NH2

OH

OH

ONHO

OH

OOHO

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O

OH

ONHO

OH

OOHO

COOH

O

NH

OH

OH

O

n=1~11

NH

OH

OH

O

n=1~11

スフィンゴシン

セラミド

IPS-1(ミリオシン)

FTY720

NA255 図3スフィンゴシンセラミドに類似した構造を有す

る薬物の構造式

ところで脂質メディエーターとして注目され

ている S1P の受容体は現在までに5種類

(S1P1~S1P5)同定されておりリンパ球におい

ては S1P1が強く発現しているS1P1はリンパ球

が胸腺や二次リンパ系組織から外に移出される

過程で発現が増強され血小板から産生されて血

中に高濃度存在する S1P の濃度勾配にしたがっ

てリンパ組織から血中に移行するFTY720-P は

S1P に構造が類似するためS1P1 に結合しそ

のダウンレギュレーションを長時間誘導するこ

とが判明した(20)従ってFTY720 で処理され

たリンパ球では S1P1の発現が著しく減少するた

めリンパ組織からの循環リンパ球の移出が阻害

され免疫抑制が発揮されるものと考えられてい

る現在FTY720 の多発性硬化症を対象とした

臨床試験が行われつつあり優れた治療効果を示

すことが報告されている 国沢らは腸管免疫システムにおける S1P の

役割を検討しパイエル板などの腸管関連リンパ

組織(gut-associated lymphoid tissue GALT)の B-2 細胞を介した腸管分泌型 IgA 産生並び

に腹腔 B-1 細胞を介した腸管分泌型 IgA 産生の

両経路においてS1P が重要な役割を果たし

FTY720 は両者を共に阻害することを明らかに

している(21)またS1P は食物アレルギーや潰

瘍性大腸炎などの腸管免疫疾患にも関わること

がモデルマウスで示されこれら疾患が FTY720処理により改善されることも示されている(21) 4おわりに 構造物性代謝の生化学を軸として発展して

きた脂質研究は分子生物学や細胞生物学の手法

を取り入れリピドの生物学的役割に目を向けた

リピドバイオロジーへと発展変容し生命の分

子レベルでの理解に大きく貢献しつつある脂質

研究の注目度を大きく高めたのはシグナル伝達

におけるイノシトールリン脂質の代謝回転とプ

ロテインキナーゼCの発見であるこの画期的な

研究に続き膜の構成成分と見られてきた脂質か

らプロスタグランジンロイコトリエンPA

Fリゾホスファチジン酸スフィンゴシン-1

-リン酸2-アラキドノイルグリセロールなど

数多くの生理活性脂質が産生されることが判明

し更にこれら生理活性脂質の生合成酵素や受容

体が同定され癌浸潤転移炎症免疫神経

機能など実に広い領域における脂質の役割が解

明されつつある今後脂質をターゲットとする

薬物開発への取り組みがさらに拡大されること

を期待している

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 6

参考文献 1) Hanada K Nishijima M et al J Biol Chem 265 22137-22142 (1990) 2) Hanada K HaraT et al J Biol Chem 275 8409-8415 (2000) 3) Hanada K Izawa K et al J Biol Chem 268 13820-13823 (1993) 4) Hanada K HaraT et al J Biol Chem 273 33787-33794 (1998) 5) Fukasawa M Nishijima M et al J Cell Biol 144 673-685 (1999) 6) Funakoshi T Yasuda S et al J Biol Chem 275 29938-29945 (2000) 7) Hanada K Kumagai K et al Nature 426 803-809 (2003) 8) Kawano M Kumagai K et al J Biol Chem 281 30279-30288 (2006) 9) Kudo N Kumagai K et al Proc Natl Acad Sci USA 105 488-493 (2008) 10) Kumagai K Kawano M et al J Biol Chem 282 17758-17766 (2007) 11) Winau F Schwierzeck V et al Nat Immunol 5 169-174 (2004) 12) Shi ST Lee KJ et al J Virol 77 4160-4168 (2003) 13) Aizaki H Lee KJ et al Virology 324 450-461 (2004) 14) Sakamoto H Okamoto K et al Nat Chem Biol 1 333-337 (2005) 15) Okazaki T Bell RM et al J Biol Chem 264 19076-19080 (1989) 16) Okazaki T Rinsho Byori 53 413-421 (2005) 17) Fujita T Inoue K et al J Antibiotics 47 208-215 (1994) 18) Miyake Y Kozutsumi Y et al Biochem Biophys Res Commun 211 396-403 (1995) 19) Chiba K Pharmacol Ther 108 308-319 (2005) 20) Chiba K Matsuyuki H et al Cell Mol Immunol 3 11-19 (2006) 21) 國澤 純清野 宏 実験医学 25 147-155 (2007)

略 歴 西島 正弘 (Masahiro NISHIJIMA)1974 年東大薬博士課程修了国立予防衛生研究

所(予研)研究員1975 年東大学薬学部助手1977 年ウィスコンシン大学留学1980 年予研化学部室長

1994年予研細胞化学部部長1996年国立感染症研究所細胞化学部部長2006年同志社女子大学薬学部教授

2006 年国立医薬品食品衛生研究所所長同志社女子大学薬学部客員教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 7

薬学研究最前線

MM-PBSA 法を用いたキチナーゼ阻害剤 Argadin

および Argifin の結合自由エネルギー計算

合田 浩明柳井 雄一広野 修一(北里大学薬学部)

1 はじめに キチナーゼはキチンの加水分解を触媒する酵

素で霊菌真菌昆虫類からヒトまで幅広く分

布している真菌および昆虫類にとってキチン

は生体の主要な構造成分であるのでキチナーゼ

はその生命活動に必須の酵素となっているそれ

ゆえ真菌および昆虫類のキチナーゼに対する阻

害剤には抗真菌薬および殺虫剤の可能性がある

一方ヒトにも2種類のキチナーゼ(ヒトキチ

ナーゼ1およびヒト酸性キチナーゼ)が存在する

2004年に Zhuらにより行われたマウス喘息疾患

モデルを用いた実験により酸性キチナーゼが喘

息炎症反応に関与していることおよび酸性キチ

ナーゼ活性を阻害することで炎症を抑制できる

ことが報告された 1)したがってヒト酸性キチ

ナーゼに対する阻害剤には喘息治療薬としての

機能が期待される

最近北里生命科学研究所においてキチナー

ゼ阻害剤Argifin および Argadinが発見され

た 23)Argifin および Argadin は共に1つ

の Arg 残基を含む5つのアミノ酸残基からなる

環状ペプチド性化合物で大きさ的にもよく似て

いる(図1)しかし興味深いことにArgadinがArgifinよりも非常に強いキチナーゼ阻害活性

を示す(図1)特に霊菌のキチナーゼB(ChiB)に対してArgadin の阻害定数(Ki = 20 nM)はArgifinの定数(Ki = 33000 nM)より1000倍以上

強い阻害定数は結合自由エネルギーに関連づけ

ることができるのでArgadin の結合自由エネル

ギー(∆Gbind(実験) = ndash1092 kcalmol)はArgifinの値(∆Gbind(実験) = ndash636 kcalmol)より456 kcalmol 強いことになる既にArgifinminusChiB複合体および ArgadinminusChiB 複合体のX線結

晶構造が報告されており(図2)両者を比較する

ことでArgifinとArgadinの相互作用様式の違い

については議論されている(例えばArgifin の

Arg(1)は ChiB の D142E144および Y214 と

水素結合を形成しているがArgadin の Arg(1)は Aminoadipic acid(5)と分子内水素結合を形成

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 8

しChiB の W97 および W220 からなる疎水ポ

ケットに収まっている)4)しかし構造比較だけ

ではこの結合親和性の違いを定量的に説明する

ことはできないそこで本研究ではKollman博士らにより提案された MM-PBSA (Molecular Mechanics PoissonndashBoltzmann Surface Area)法 5)をこの系に適用しArgifin お

よび Argadin の結合自由エネルギー解析を行っ

た 6)これにより物理化学的観点から結合親和

性の違いを定量的に解析するまた計算結果を

用いて結合親和性の改善が期待できる Argifin誘導体(構成アミノ酸を別のアミノ酸で置換した

誘導体)の論理的分子設計を行うこれらの結果

はキチナーゼを標的にした新規な抗真菌薬殺

虫剤および喘息治療薬の開発に有用な情報を与

えると思われる 2 MM-PBSA 法 MM-PBSA 法ではタンパク質minusリガンド複合

体タンパク質単独およびリガンド単独の溶液

構造アンサンブルを必要とするしたがって厳

密に行う場合にはそれぞれについて水溶液中で

の分子動力学(MD)シミュレーションを行いそ

れぞれの溶液構造アンサンブルを算出する必要

があるこの中で複合体およびタンパク質単独

のシミュレーションは取り扱う原子数が巨大で

あるため非常に時間がかかるしかし複合体

中のタンパク質構造がその単独溶液構造とほぼ

同じであると仮定できる場合には複合体につい

ての MD シミュレーションだけを行いその溶

液構造アンサンブルからリガンドを取り除くこ

とでタンパク質単独の溶液構造アンサンブルを

用意することができるChiB 単独のX線結晶構

造はArgifin(および Argadin)との複合体におけ

る ChiB 構造とほとんど同じであった 7)そこで

本研究においてもこの近似法を用いているまた

非常に多くの場合においてこの近似法が有効で

あることが報告されている 8-12) 次に複合体タンパク質単独およびリガンド

単独の溶液構造アンサンブルを用いて図3のよ

うな熱力学サイクルを考えるこのサイクルにお

いて求めるべき結合自由エネルギー(∆Gbind(計算))は次のように表される ∆Gbind(計算) = ∆Ggas + Gsolv_complex ndash Gsolv_protein ndash

Gsolv_ligand (1) ここで∆Ggas は気相中における結合エネルギー

を表しているこの項は複合体タンパク質単

独およびリガンド単独の溶液構造アンサンブル

が持つ分子力学(Molecular Mechanics)エネルギ

ーを AMBER 等のパラメータ 13)を用いて計算し

差をとることで計算される具体的に∆Ggas は

次の項の和となる

∆Ggas = ∆Eint + ∆EVDW + ∆Eelec ndash T∆Ssolute (2) ∆Eint は結合時のリガンドの構造変化に伴う内部

エネルギー変化(結合長結合角二面角に関す

るエネルギー変化)∆EVDW はタンパク質minusリガ

ンド間の van der Waals 相互作用エネルギー

∆Eelec はタンパク質minusリガンド間の静電相互作用

エネルギーT∆Ssoluteは結合に伴う分子のエント

ロピー変化である 式(1)におけるGsolv_complexGsolv_proteinおよび

Gsolv_ligand はそれぞれ複合体タンパク質単

独およびリガンド単独の溶液構造アンサンブル

についての水和自由エネルギーを表している例

え ば Gsolv_complex は 次 の よ う に 極 性 項

(GPB_complex電荷が寄与するエネルギーを表す

項)と非極性項(GSA_complex水分子との van der Waals 相互作用エネルギーと空洞形成や水分子

の再配置に必要なエネルギーを表す項)に分割さ

れて計算される Gsolv_complex = GPB_complex + GSA_complex (3)

GPB_complexはDelphi14)等のプログラムを用いて

Poisson-Boltzmann 方程式を数値的に解くこと

によりGSA_complex は表面積(Surface Area)に依

存した経験式により求められるところで式(1)中における水和自由エネルギー項の寄与は複

合体の水和自由エネルギーからタンパク質単独

とリガンド単独の水和自由エネルギーを引いた

形になっておりこれはまさに結合に伴う水和自

由エネルギーの変化(∆Gsolv)を表している ∆Gsolv = Gsolv_complex ndash Gsolv_protein ndash Gsolv_ligand

= GPB_complex + GSA_complex ndash ( GPB_protein

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 9

+ GSA_ptrotein ) ndash ( GPB_ligand + GSA_ligand )

= ( GPB_complex ndash GPB_protein ndash GPB_ligand ) + ( GSA_complex ndash GSA_protein ndash GSA_ligand ) = ∆GPB + ∆GSA (4)

このようにMM-PBSA 法は熱力学サイクル

を利用することにより結合に伴う水和自由エネ

ルギー変化をきちんと考慮するため非常に精度

の高い結合自由エネルギーを与えることができ

る最終的に∆Gbind(計算)は次の項の和で計算さ

れる ∆Gbind(計算) = ∆Ggas + ∆Gsolv

= ∆Eint + ∆EVDW + ∆Eelec ndash T∆Ssolute + ∆GPB + ∆GSA (5)

3 計算結果 本研究ではArgifnminusChiB(ArgadinminusChiB)複合体Argifn(Argadin)単独についてそれぞれ

1700ps の MD シミュレーションを行った計算

には AMBER 715)を用いた構造が平衡に達した

と思われる後半 1000ps から 10ps 毎に全部で

100 個のスナップショットを取り出しそれぞれ

の系の溶液構造アンサンブルとしたまた先程記

したようにChiB 単独の溶液構造アンサンブル

は複合体の溶液構造アンサンブルからリガンド

を取り除くことで用意したこれら溶液構造アン

サンブルを用いて MM-PBSA 計算を行った結果

を表1に示す計算された結合自由エネルギー値

(∆Gbind( 計算 )) は Argifin に対して ndash698 kcalmolArgadin に対してndash1116 kcalmol であった実験値(∆Gbind(実験))はそれぞれndash636 kcalmol およびndash1092 kcalmol であるから

MM-PBSA 法が実験値を非常によく再現してい

ることがわかるまた式(5)の各項を調べるこ

とで結合過程における物理化学的性質を議論す

ることができる例えば∆Eint の項は ArgifinではほとんどゼロであるがArgadin では結合に

対して 526 kcalmol 不利になっているこのこ

とはChiB に結合する際にArgifn はほとんど

構造変化を起こさないがArgadin は 5 kcalmol程度のエネルギー損失に相当する構造変化を引

き起こすことを示している 図4に MD シミュレーションで得られた各リガ

ンドの複合体中における構造(結合配座)と単独

溶液構造の比較を示す確かにArgifin ではそ

の結合配座と単独溶液構造がよく似ているが

Argadin の結合配座はその単独溶液構造と大き

く異なっていることがわかるまた結合自由エ

ネルギーに対して電荷が寄与する項(∆Gelectot)は∆Eelec と∆GPB の和で表されるがこの値は

Argifin および Argadin 共に正の値になっている

これは両者の複合体形成は静電的には不利で

あることを示しているしたがって両者の複合

体形成は van der Waals 相互作用(∆EVDW)と水和

自由エネルギーの非極性寄与(∆GSA)により安定

化されていることがわかる

MM-PBSA 法により計算された Argifn と

Argadin の間の相対結合自由エネルギー

(∆∆Gbind(計算))は418 kcalmol となりこれも

実験値456 kcalmolをよく再現していた表

1より両者の複合体形成に重要な役割を果たし

ている van der Waals 相互作用(∆EVDW)と水和自

由エネルギーの非極性寄与 (∆GSA)が共に

Argadin において Argifin より有利になっており

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 10

これらが Argadin の高親和性を生じさせている

ことがわかる特にArgadin の van der Waals相互作用エネルギー(∆EVDW)は Argifin の値より

約 12 kcalmol も有利でありこれが主な要因と

なっている図5に Argifin と ChiB の各アミノ

酸残基との間の van der Waals 相互作用エネル

ギー値から Argadin についての値を差し引いた

ものをプロットした

負の値を持つ残基は Argifin と正の値を持つ残

基は Argadin とより強く van der Waals 相互作

用している残基であるこれよりE144M212W220Y292I339および W403 の6個の残

基が Argadin とより有利な van der Waals 相互

作用を形成していることがわかる特にW220とW403はそれぞれ460および453 kcalmolと非常に大きく有利となっていたこれら値の和

は913 kcalmolとなりArgifin と Argadinの間の van der Waals 相互作用エネルギー差の

ほとんどを占めていることがわかるしたがって

ChiB に対する Argadin の高親和性は主に

Argadin とこの二つの Trp 残基との間の非常に

有利な van der Waals 相互作用に起因すると考

えられるところでW220 を Ala 残基に置換し

たChiB変異体(W220A変異体)に対してArgifinおよび Argadin はそれぞれndash418およびndash752 kcalmol の結合自由エネルギー値を示すことが

実験的に報告されている 4)これよりW220 を

Ala 残基に置換したことによる結合自由エネル

ギー損失はArgifin および Argadin に対して

それぞれ151および 340 kcalmol となり

Argadin についての損失のほうがより大きいこ

れはArgadin と W220 の相互作用が Argadinの高親和性に大きく寄与していることを支持す

る実験結果である

4 ChiB に対して高親和性を有する Argifin 誘

導体の分子設計 最近北里生命科学研究所において Argifin の

全合成経路が確立されたこれによりさまざま

な Argifin 誘導体(構成アミノ酸を別のアミノ酸

で置換した誘導体)の合成が可能になったそこ

で今回得られた計算結果を使用して結合親和

性の改善が期待できるArgifin誘導体の論理的分

子設計を行ったMM-PBSA計算結果によると

Argadin の高親和性の主な要因はより有利な

van der Waals 相互作用であるそこでChiBとの van der Waals 相互作用が改善されるよう

な Argifin 誘導体を分子設計すればその結合親

和性が Argadin のように強くなるのではないか

と予想された図6AにArgifinminusChiB 複合体

における Argifin の D-Ala(5)周辺を示している これよりD-Ala(5)周辺には比較的大きな空間的

スペースがありその近傍には ChiB の疎水性残

基 F12F51Y98 が存在することがわかった

そこでD-Ala(5)を嵩高い側鎖を持つ疎水性アミ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 11

ノ酸残基に置換すればChiB との van der Waals 相互作用および疎水相互作用がより有利

になり結合親和性が改善されるのではないかと

考えたそこでD-Ala(5)を D-ValD-LeuD-PheおよびD-Trpで置換したArgifin誘導体を分子設

計しChiB との複合体構造モデリングを行った

図6Bに D-Ala(5)を D-Trp(5)で置換した変異体

(A5W 変異体)についての複合体モデル構造を示

す導入された D-Trp(5)の側鎖が空間的スペ

ースをうまく充填していることがわかる表2に

複 合 体 モ デ ル 構 造 を 用 い た 一 点 計 算 の

MM-PBSA 法による各誘導体の相対結合自由エ

ネルギー評価を示すD-Ala(5)を D-LeuD-Pheおよび D-Trp で置換することで実際に van der Waals 相互作用が改善され結合親和性がより強

くなりそうなことがわかった特にA5W 誘導

体に対しては 5 kcal程度の大きな改善が期待で

きArgadin に匹敵する結合親和性を有すること

が予想された 5 おわりに 本研究ではMM-PBSA 法を適用することに

よりChiB に対する Argifin と Argadin の結合

親和性の違いを定量的かつ物理化学的観点から

解析したさらにこの結果を利用することで

結合能の改善が期待できるArgifin誘導体の論理

的分子設計が可能になった現在これら誘導体

の合成研究が行われている 6 謝辞 本研究は科学研究費補助金(19590043)財

団法人武田科学振興財団財団法人持田記念医学

薬学振興財団などの助成を受けて行ったもので

ありその資金援助に深く感謝します

参考文献 1) Zhu Z Zheng T Homer R J Kim Y K Chen N Y Cohn L Hamid Q Elias J A Science 2004 304 1678 2) Shiomi K Arai N Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Tetrahedron Lett 2000 41 2141 3) Arai N Shiomi K Yamaguchi Y Masuma R Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Chem Pharm Bull (Tokyo) 2000

48 1442 4) Houston D R Shiomi K Arai N Ōmura S Peter M G Turberg A Synstad B Eijsink V G H van Aalten D M F

Proc Natl Acad Sci USA 2002 99 9127 5) Kollman P A Massova I Reyes C Kuhn B Huo S Chong L Lee M Lee T Duan Y Wang W Donini O Cieplak

P Srinivasan J Case D A Cheatham III T E Acc Chem Res 2000 33 889 6) Gouda H Yanai Y Sugawara A Sunazuka T Ōmura S Hirono H Bioorg Med Chem 2008 In press 7) van Aalten D M F Synstad B Brurberg M B Hough E Riise B W Eijsink V G H Wierenga R K Proc Natl Acad

Sci USA 2000 97 5842 8) Massova I Kollman P A J Am Chem Soc 1999 121 8133 9) Chong L T Duan Y Wang L Massova I Kollman P A Proc Natl Acad Sci USA 1999 96 14330 10) Masukawa K M Kollman P A Kuntz I D J Med Chem 2003 46 5628 11) Gouda H Kuntz I D Case D A Kollman P A Biopolymers 2003 68 16 12) Spackovaacute N Cheatham III T E Ryjaacutecek F Lankas F Van Meervelt L Hobza P Sponer J J Am Chem Soc 2003 125

1759 13) Cornell W D Cieplak P Bayly C I Gould I R Merz K M Jr Ferguson D M Spellmeyer D C Fox T Caldwell J

W Kollman P A J Am Chem Soc 1995 117 5179 14) Honig B Nicholls A Science 1995 268 1144 15) Case D A Pearlman D A Caldwell J W Cheatham T E Wang J Ross W S Simmerling C L Darden T A Merz

K M Stanton R V Cheng A L Vincent J J Crowley M Tsui V Gohlke H Radmer R J Duan Y Pitera J Massova I Seibel G L Singh U C Weiner P K Kollman P A AMBER7 University of California San Francisco 2002

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 12

略 歴 合田 浩明 (Gouda HIROAKI)1993 年東大薬博士課程終了博士(薬学)取得(株)日立製作所入社1995 年北里大学薬学部助手1998 年北里大学薬学部講師2000 年カリフォルニア大学サン

フランシスコ校博士研究員2002 年北里大学薬学部准教授

略 歴 広野 修一 (Hirono SHUICHI)1981 年東大薬博士課程終了薬学博士取得北里大学

薬学部助手1988 年北里大学薬学部講師1988 年カリフォルニア大学サンフランシスコ校博士研究員1990年北里大学薬学部大学助教授1994 年北里大学薬学部大学教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 13

部会賞受賞者(1)

新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創生

小竹 良彦(エーザイ株式会社)

1はじめに 新たな「創薬ターゲット」を見出しそれに

基づいた画期的な新薬を創出することは研究開

発型製薬企業の生命線とされてきたゲノムサイ

エンスをはじめとした様々なアプローチによっ

て活発な創薬ターゲットの探索が進められてい

るが例えば先ずユニークな生理活性化合物を

見出しその標的分子を解明することは創薬タ

ーゲットを見出すことに他ならない一発必中の

創薬ターゲット探索法ともいえるこのアプロー

チは「ケミカルバイオロジー」の研究機軸の一

つでありこれまで創薬研究や細胞生物学の新た

な研究領域の扉を開けてきた我々は既存の抗

癌剤とは異なるユニークなメカニズムで優れた

抗腫瘍効果を発揮する天然物プラジエノライド

を見出しその標的分子を決定した同時にプ

ラジエノライド誘導体である新規抗癌剤 E7107を創出した

2プラジエノライドの発見と活性 我々は新規抗癌剤創出を目指して血管新生

因 子 で あ る Vascular Endotherial Growth Factor (VEGF)シグナルに着目しVEGF プロモ

ーター支配下の遺伝子発現を阻害する化合物の

探索を行ったVEGF プロモーター下流に

placental alkaline phosphatase(PLAP)をレポ

ーター遺伝子として組み込み低酸素条件刺激に

よる遺伝子(レポーター遺伝子)発現を評価する

cell-based assay を構築し(VEGF-PLAP assay)これを阻害する化合物のスクリーニングを行っ

たヒットしてくる化合物の作用点(標的分子)

が特定の一つに限定されないこの方法を敢えて

用いることで既存の抗癌剤とは異なるあるい

は未知のメカニズムに基づく阻害剤がヒットす

る可能性を期待したまたよりユニークなヒッ

ト化合物を求めて低分子化合物ライブラリーで

はなく天然物資源に特化してスクリーニングを

行ったここから見出されてきたのがプラジエ

ノライドである1) 2)

プ ラ ジ エ ノ ラ イ ド は Streptomyces platensis Mer-11107 から単離された二次代謝産

物で新規な 12 員環マクロライド化合物である

(図 1)当初得られた類縁体の中で最も活性の

高かったプラジエノライド B はin vitro で各種

癌細胞に対して nM オーダーで細胞増殖抑制活

性を示したまたin vivo においても優れた抗

腫瘍活性を発揮しヒト乳癌細胞 BSY-1 を移植

したヌードマウスモデルにおいては腫瘍が消失

した治癒マウスが観察されたさらにこの優れ

た抗腫瘍効果が既存の抗癌剤とは異なるメカニ

ズムに基づくことが複数のデータから示唆され

た3) この魅力的な天然物をリード化合物とした

探索研究を展開しさらに優れた活性安全性

物性プロファイルを有するプラジエノライド Dの半合成誘導体である E7017 を見出した4)また

プラジエノライドは 10 個の不斉炭素を有してい

ることからその絶対立体を確認する目的で全合

成研究を行ったプラジエノライド B および Dをそれぞれ 21 工程19 工程で合成し絶対立体

構造を明らかにした5)同時に天然からは得ら

れない新たなプラジエノライド類縁体の合成も

可能となった

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

図1プラジエノライドの化学構造

3プラジエノライドの結合分子探索 プラジエノライドが既存の抗癌剤とは異な

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 14

るメカニズムで抗腫瘍作用を発揮していること

が様々なデータから示唆されていたがその詳細

は不明なままであったこの解明に向けてプラジ

エノライドの標的分子探索を進めたこれによっ

て抗がん剤研究の新たな「創薬ターゲット」を

提示できる可能性と解明された標的分子作用

メカニズムを基にしたバイオマーカーなどを設

定することでより効率的な E7107 の臨床開発が

可能となることを期待したさらに臨床開発に

あたって患者様開発担当者臨床医政府関連

機関の皆様はじめ広く社会に E7107 の作用メカ

ニズムを科学的に説明してゆくことは企業研究

者の使命であるとも考えていた癌治療分野では

「分子標的治療薬」なるキーワードが定着してい

ることからも薬効を分子レベルで解明すべきで

あると考えたこれらの展望目的を達成するに

はプラジエノライドをケミカルプローブとして

用いその結合蛋白を決定することが最も合理的

であると考えた プラジエノライドから E7107 に至る探索研

究時に確立していた誘導体合成方法と得られて

いた構造活性相関を基にプラジエノライドの活

性が保持される位置にトリチウム(3H)蛍光タグ

(BODIPY-FL)光親和性基およびビオチンタグ

(photoaffinitybiotin PB)を導入した 3H プロー

ブBODIPY-FL プローブおよび PB プローブを

合成した(図 2)これらはin vitro にて nM オ

ーダーから sub-μM オーダーの細胞増殖抑制活

性を示しプラジエノライド標的分子への親和性

を維持していると判断されたこれらのプローブ

化合物を細胞に処理したことからそれぞれの結

合蛋白を放射活性蛍光によって追跡し

streptavidin-HRP を用いてその検出同定を試

みた6)

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

図2ケミカルプローブの化学構造

先ず結合蛋白の細胞内局在を 3H プローブ

および蛍光プローブを用いて検討した3H プロ

ーブを処理した細胞から細胞画分を調整し各画

分中の 3H 放射活性を測定したところ核フラク

ション中の放射活性が最も高かった(図 3a)次

いで蛍光プローブ処理した細胞の蛍光顕微鏡に

よる観察ではプローブが核内の顆粒状構造に局

在することが確認された(図 3b)この顆粒は核

スペックルのマーカーである SC-35 の局在と完

全に一致した核スペックルは転写やスプライシ

ングに関わる蛋白が高密度に存在する構造体で

あることから結合蛋白が転写因子やスプライシ

ング関連因子である可能性が示された

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

図3ケミカルプローブの細胞内局在

結合蛋白を更に絞り込む目的で3H プロー

ブ処理した細胞から調整した核フラクションに

対して転写スプライシングに関連する様々な

因子への抗体を用いて免疫沈降実験を行い3Hプローブが共沈される抗体を探索したその結果

6 つの抗体で 3H 放射活性の共沈が観察された

その 5 つはスプライシングにおいて必須の働き

をしている U2 small nuclear ribonucleoprotein (U2 snRNP)に存在する蛋白(または構造)に対

する抗体であった残る 1 つは U2 snRNP との

複合体形成が報告されているサイクリン E に対

する抗体であった(図 4)この結果から結合蛋

白は U2 snRNP 複合体中に存在すると考えられ

た U2 snRNP は巨大な蛋白複合体でありSm

コア蛋白スプライシングファクターSF3aSF3b といったサブユニットから構成される巨大

な複合体である真核生物ではDNA から転写

された mRNA 前駆体 (pre-mRNA) にイントロ

ンと呼ばれる蛋白質のアミノ酸配列の遺伝情報

をもたない部分が含まれている遺伝子情報を蛋

白質へと翻訳するにはこのイントロンを取り除

きアミノ酸配列の情報をもつエキソンだけを正

確につなぎ合わせる必要があるこの工程がスプ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 15

ライシングでありU2 snRNP はスプライシン

グに関わる代表的なマシナリーの一つである

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

図4U2 snRNP-cyclinecdk2 複合体

U2 snRNP にまで絞り込まれてきた結合蛋

白を可視化し検出する目的で光親和性ビオチ

ン(PB)プローブを用いた実験を行った光親

和性モイエティーは UV 照射によってラジカル

種を生じ近接する蛋白質と共有結合を形成する

ここでプローブが共有結合した蛋白をビオチン

を足がかりとしてストレプトアビジン-HRP に

よって検出したその結果約 140kDa の位置に

バンドが検出された(図 5)U2 snRNP の中で

この分子量を有する蛋白としてはSF3b サブユ

ニ ッ ト に 存 在 す る spliceosome associated protein (SAP)145 または SAP130 が挙げられる

る実際このバンド中に両者が存在することを

イムノブロッティングおよび質量分析によって

確認したしかしながらこの二つの蛋白はほぼ

同じ位置に検出されどちらが結合蛋白であるか

を結論づけられなかったそこでSAP145 と

SAP130 についてそれぞれ GFP 融合蛋白を発現

させた細胞を用いて同様の実験を行いプローブ

結合蛋白のバンドシフトが検出されるかを検証

したGFP-SAP130 発現細胞では約 170kDa の

位置に結合蛋白のバンドがシフトした一方

GFP-SAP145 発現細胞ではバンドシフトが観察

されなかったことからプローブの結合蛋白は

SAP130 であると結論づけられた

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

図5PB プローブによる結合蛋白の検出

上述してきた実験では全てプラジエノライ

ドおよび E7107 とプローブ化合物との競合実験

を行いプラジエノライド自体の結合蛋白も

SAP130 であることを確認したしかしここで

は詳細な説明を割愛させていただくが一連のデ

ータはプラジエノライドが細胞内に存在する全

ての SAP130 に結合するのではなくSF3b 複合

体を形成している SAP130 にのみ結合すること

が示唆された例えばSAP130 の発現を siRNA処理により抑制した細胞においては蛍光プロー

ブの核スペックルへの局在が観察されなかった

がSAP145 の発現を抑制した場合においてもそ

の局在は消失したこの結果は SAP130 への結

合には SAP145 の存在も必要であることを示唆

しておりプラジエノライドが SAP130 のみな

らずSAP145など他のSF3b構成蛋白質から構成

される SF3b 中のポケット構造にはまり込んで

いる可能性などが考えられた 4プラジエノライド標的分子としての

SF3b プラジエノライドの結合蛋白が SF3b 中の

SAP130 であることを付き止めたが次にこれ

がプラジエノライドの抗腫瘍活性に直接関係し

た結合蛋白すなわち「標的分子」であるかを検

証した先ずE7107 に至る探索研究の過程で

得ていた強弱さまざまな細胞増殖抑制活性を示

すプラジエノライド化合物をSF3b 複合体に対

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 16

する 3H プローブの結合に対して競合させたそ

の結果強い細胞増殖抑制活性を有する化合物が

より高い競合能を示したすなわちプラジエノ

ライド化合物の SF3b への親和性と抗腫瘍活性

が相関することが示された(図 6)この結果は

SF3b がプラジエノライドの抗腫瘍効果の標的分

子であることを強く示唆している

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

図6プラジエノライドの SF3b への 親和性と抗腫瘍活性との相関

次にプラジエノライドの SF3b への結合に

よってその機能が阻害されているか否かを検証

したスプライシングが阻害された場合イント

ロン配列が残った未成熟な mRNA が細胞内に出

現すると考えられるそこでプラジエノライド

処理した細胞から回収した mRNA をもとに

cDNA ライブラリーを構築しイントロン配列が

含まれる cDNA の存在をランダムにスクリーニ

ングしたその結果DNAJB1 などいくつかの

遺伝子のイントロン配列が確認されたこれらの

遺伝子についてスプライシングが阻害された

mRNA(unspliced form RNA)の存在を定量的

RT-PCR にて検証した結果プラジエノライド処

理の時間に依存して unspliced form の発現量の

上昇が観察された(図 7)またプラジエノラ

イドの処理濃度によっても unspliced form の上

昇が確認されたこのときスプライシング阻害

を来たす濃度は細胞増殖抑制活性を発揮する濃

度と一致したさらにプラジエノライドが抗腫

瘍効果を発揮する処理濃度において核スペック

ルの巨大化(メガスペックル)が観察された(図

8)同様の現象はin vitro レベルでスプライシ

ングの阻害を来たす抗トリメチルグアノシン

(TMG)抗体やU1 または U6 snRNA に対す

るアンチセンスRNAの核内インジェクションに

おいても観察されているこれらの結果からプ

ラジエノライドは SF3b に結合しその機能を阻

害することで抗腫瘍効果を発揮していると結論

づけた6)

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した 図7プラジエノライドによるスプライシング阻害

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した 図8プラジエノライド B による核スペックルの形態変化

5抗腫瘍作用のメカニズム考察 「スプライシングの阻害がなぜ抗腫瘍活性

につながるか」に関してはいくつかの可能性

が考えられる7) 例えばプラジエノライドに

よるスプライシング阻害が癌細胞の増殖や生存

に必須の遺伝子の発現を抑制し抗腫瘍効果を発

揮していることなどが考えられる遺伝子発現に

関わる工程すなわち転写mRNA プロセシ

ング(キャッピングスプライシングポリアデ

ニレーション)さらに mRNA の核外輸送とサ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 17

ーベイランスなどはそれぞれが独立して進行す

るのではなく全てがカップリングしたrdquogene expression factoryrdquoを形成していると考えられ

ている従ってスプライシングの阻害がgene expression factory を機能不全に陥れ遺伝子発

現を抑制することは可能性あるシナリオである

この作用によってプラジエノライドが当初の

VEGF-PLAP assay において阻害活性を示して

いた可能性が考えられるまたプラジエノライ

ド処理時に観察されたメガスペックルはDRBやアクチノマイシン D といった転写阻害剤の処

理によっても観察されることは示唆的である

6終わりに プラジエノライドの標的分子がスプライシ

ングファクターSF3b であることを突き止めた

これによってE7107 が既存の抗癌剤とは全く

異なる分子を標的とするrdquoFirst-in-Classrdquoの薬剤

であることを示すことができた同時にスプラ

イシングファクターSF3b が抗癌剤の新たな創薬

ターゲットになりうる可能性を示したE7107は現在欧米において臨床試験が進められてお

りSF3b の創薬ターゲットとしての真価は

E7107の臨床試験結果が示してゆくことになる

一方プラジエノライドによる SF3b の機能

阻害が抗腫瘍効果につながるメカニズムの詳細

な解明にはさらなる研究の深耕化が必要である

スプライシング阻害剤としてのプラジエノライ

ドを用いた研究からスプライシングと転写や他

の mRNA プロセシングさらには mRNA 核外

輸送やサーベイランスとのカップリングに分子

レベルでの新たな知見が加わることが期待され

るプラジエノライド研究を起点とした研究から

癌患者様に新たな希望を与える新薬が生まれる

と同時にgene expression factory の分子レベル

での解明など基礎科学の進展にも貢献すること

を期待している 謝辞 本研究はメルシャン(株)生物資源研究所

エーザイ(株)筑波研究所および KAN 研究所と

の共同研究によって進められてきたものである

土田外志夫博士(メルシャン)酒井孝博士水

井佳治博士(エーザイ)をはじめ共同研究者関

係者の皆様に深く感謝いたします

参考文献 1) Sakai T et al J Antibiot 57 173 (2004)

2) Sakai T et al J Antibiot 57 180 (2004)

3) Mizui Y et al J Antibiot 57 188 (2004)

4) Iwata M et al Proc Am Assoc Cancer Res 45 691 (2004)

5) Kanada R M Itoh D et al Angew Chem Int Ed 46 4350 (2007)

6) Kotake Y et al Nature Chem Biol 3 570 (2007)

7) 小竹良彦甲斐田大輔水井佳治吉田稔 蛋白質核酸酵素 53 28 (2008)

略 歴 小竹 良彦 (Yoshihiko KOTAKE)1989年 広島大学医学系研究科分子薬学系修了同年 エ

ーザイ(株)入社2004年より 創薬第二研究所主幹研究員1997年 薬学博士 研究テーマ新規抗癌剤の探索研究ケミカルバイオロジー

関心事生理活性天然物核内因子を標的とした創薬研究

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 18

部会賞受賞者(2)

日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析と

その患者個別化薬物治療への応用 斎藤 嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所機能生化学)

1はじめに

薬物に対する生体の反応性(薬物応答性)に

関しては個体差や人種差があり十分な有効性が

得られない場合や副作用を発現する場合も存在

し患者 QOL の低下をもたらす原因となってい

る薬物応答性に影響を与える因子として遺伝

的要因と環境的要因が考えられるがヒトゲノム

研究の進展に伴い薬物代謝酵素動態関連及び

受容体分子をコードする遺伝子の多型(主として

約 1000 塩基に 1 ヶ所存在する塩基置換や挿入

欠失)に基づくこれら分子の機能変化が 薬物応

答性の個体差発現に関与していることが明らか

となってきた1980 年代後半より特に薬物代

謝酵素に関し機能変化を伴う遺伝子多型が同定

されてきており中には機能がほぼ完全に消失す

る多型も知られているしかし単独多型部位に

着目したフェノタイプ - ジェノタイプ相関解析

では相反する結果が得られる場合も多く機能

影響が確立されたものは比較的少なかった我々

は平成 12 年度より一貫して日本人を対象と

した薬物応答関連遺伝子の多型解析を行うと共

に染色体上における遺伝子多型同士の組み合わ

せであるハプロタイプに着目しこれまでに多く

の薬物代謝酵素トランスポーター受容体等

につき日本人におけるハプロタイプ構造を明ら

かにしたまた発見した新規多型の機能影響を

in vitro 解析により解明した

2ハプロタイプ解析 我々はこれまでに約 50 種の遺伝子に関し主

としてエクソン領域及びエンハンサープロモー

ター領域を対象に直接シーケンシングによる多

型探索を行い約 2000 種の多型(うちアミノ

酸置換を引き起こすものは新規の約 150 種を含

む約 250 種)を見いだしたさらにこれらの

多型情報を基にハプロタイプ解析を行った 1 2)

表 1 に対象とした薬物応答関連遺伝子の一部を

示した

図1 連鎖不平衡とハプロタイプ解析

ヒトは両親より染色体を 1 本ずつ受け継いで

いるが減数分裂の際に相同組換えを起こす組

換えを起こしにくい領域ではその間の塩基配列

はあまり変化せず従って遺伝子多型の組み合わ

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 19

せも一定となる場合が多い(連鎖不平衡にあると

言う図 1)この同一染色体上に存在する多型

の組み合わせがハプロタイプである遺伝子多型

の機能影響が複数の多型により引き起こされる

場合や機能変化を引き起こす原因多型が未同定

であるものの解析したハプロタイプ上に存在す

る場合等にはフェノタイプとの相関解析に特に

有効な方法である世界的にも国際ハップマップ

プロジェクトが進行中であるが我々は薬物応答

関連遺伝子に特化しそれぞれ 100-500 人の日

本人を対象として高密度ハプロタイプを明らか

にした 実際にハプロタイプによる解析が功を奏した

例として以下のものが挙げられる a) 複数の機能変化をもたらす遺伝子多型が同一

遺伝子中に存在する場合機能影響がより明確に

なったケース

図2 UGT1A1 の遺伝子多型とハプロタイプ

グルクロン酸転移酵素 UGT1A1 は小胞体に

局在する第二相酵素である我々は日本人につき

UGT1A1 遺伝子中にin vitro 解析で大きな機能

低下を引き起こす6 (211GgtA Gly71Arg)及び

28 (TA6gtTA7)(図 2赤字)及び中程度の低下

を引き起こす27 (686CgtA Pro229Gln)及び60 (-3279TgtG) (青字)といういずれも酵素活性

の低下または蛋白質発現レベルの低下を引き起

こす多型を検出したこれらのハプロタイプ解析

の結果機能低下が大きい6 と28 は排他的に

存在することほとんどのケースで28 は60 と

同一ハプロタイプ上に存在すること27 は28

と同一ハプロタイプ上に存在することを見いだ

した(図 2)3)また 3rsquo-非翻訳領域に 3 多型

(1813CgtT 1941CgtG 2042CgtG)が連鎖してい

るIB ハプロタイプを同定した(緑字)図 3 に

示すように理論上別々の染色体上に機能低下

を起こす多型が存在する場合の方が同一染色体

上に存在する場合よりも大きな機能低下を引き

起こすUGT1A1 が活性代謝物 SN-38 の解毒代

謝に関わる抗がん剤イリノテカンや同じく

UGT1A1 が代謝に関わるビリルビンを対象とし

たその後の解析で日本人の UGT1A1 の遺伝子

多型では6 または28 を二本の染色体で共に

有する場合(ホモ接合)及び6 と28 の両者を

それぞれ別の染色体上で有する場合に体内動態

及び副作用への影響が大きいことから主として

6 と28 を指標とすれば良いことが明らかとな

った 4 5)さらに60 及びIB 単独では影響が弱

いものの60 - IB 組み合わせハプロタイプで

は28 に匹敵する影響を血中総ビリルビン濃度

に与え値を上昇させることを見いだした 5)

図3 多型影響のハプロタイプによる違い

b) 同一基質を代謝する酵素群の遺伝子が染色体

上で近傍に位置する場合各遺伝子のハプロタイ

プの組み合わせで総合的機能変化を推定しうる

ことを示したケース 薬物代謝酵素ではファミリーを形成する遺伝

子群が染色体上に並んで存在する場合があるこ

れらファミリー遺伝子の産物は基質特異性が異

なるものの同一基質を代謝するケースも多い

従って多型影響はファミリー遺伝子全体として

考える必要がある現在処方されている医薬品の

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 20

約半数の代謝に関わる重要なシトクロムP450分

子種 CYP3A である CYP3A4 と CYP3A5 の場合

では酵素活性の低下を引き起こす CYP3A416 (554CgtG Thr185Ser)とスプライシング異常に

より発現レベルの大幅な低下を引き起こす

CYP3A53(IVS3-237AgtG)が重要な多型であ

る我々は CYP3A4 及び CYP3A5 のハプロタイ

プを別々に明らかとした後その組み合わせも解

析した 6)その結果CYP3A416 を有する場合

CYP3A5 は野生型である1 をCYP3A53 を有

する場合CYP3A4 は1 をそれぞれ有すること

が明らかとなり重要な酵素としてある一定の

酵素活性が保たれるような組み合わせになって

いることが示唆された これ以外の例ではUGT1A7 と UGT1A1 の例

がありこの場合は酵素活性が低下する

UGT1A73 の約 67が UGT1A16(酵素活性低

下)と26が UGT1A128(発現レベル低下)

と連鎖しておりハプロタイプを形成していた 7)

UGT1A1 は肝臓等にUGT1A7 は消化管等に発

現しておりUGT1A73 を有する場合には

SN-38 などの解毒代謝が体内の多くの組織で低

下していると考えられる c) アミノ酸置換を起こさず単独多型部位の解析

では注目されてこなかった多型のみを有するハ

プロタイプが薬物動態パラメーターの変化を引

き起こすことを明らかにしたケース これにはまず抗てんかん薬カルバマゼピンに

おけるエポキシド加水分解酵素 EPHX1 のハプ

ロタイプが挙げられるカルバマゼピンは主と

して CYP3A4 により薬理活性を有するエポキシ

ド体に変換された後さらに EPHX1 によりジオ

ール体へと解毒代謝されるEPHX1 遺伝子中に

検出した多型の連鎖不平衡解析結果により3 つ

のブロックに分けてハプロタイプ解析を行った

がこのうちブロック 3 の1c ハプロタイプが

酵素活性の指標であるジオール体とエポキシド

体の血中濃度比の有意な上昇をもたらすことを

明らかにした(図 4)8)このハプロタイプは

1248GgtA(Lys416Lys)と IVS3-114GgtC という

それぞれアミノ酸置換を引き起こさないサイレ

ントの多型及びイントロン領域の多型のみを有

していたIVS3-114GgtC は他のハプロタイプに

も存在することから1248GgtA(Lys416Lys)またはこれと強く連鎖している未知の多型の効

果により酵素活性が上昇したと考えられる

図4 EPHX1 Block 31c ハプロタイプの カルバマゼピン解毒代謝への影響

この他の例としては抗がん剤パクリタキセル

の薬物動態変化における CYP2C8 のハプロタイ

プがあるパクリタキセルには CYP3A4 により

C3rsquo-p-水酸化体に代謝されさらに CYP2C8 に

よりジオール体に変換される経路が知られてい

るがCYP2C8 のイントロン多型 7 種で形成さ

れるIG ハプロタイプを有するヒトではC3rsquo-p-水酸化体の血中濃度-時間曲線下面積値が有し

ないヒトに比べて有意に高かった 9)従ってIGハプロタイプではCYP2C8 の酵素活性が低下

していると示唆された 以上のようにハプロタイプ解析は単独多型の

解析に比してより明確により包括的に機能影

響を明らかにすることが可能であることを示し

薬物応答性分子の解析におけるその有用性が示

された

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 21

3機能解析 新規に遺伝子多型を同定しても機能変化を引

き起こさなければいわゆるldquoジャンクrdquoの多型

であるまたハプロタイプを同定してもその中

のどの多型が機能変化に関連しているか不明で

あるそこでアミノ酸置換を伴う遺伝子多型を中

心に in vitro 機能解析を行い機能変化を引き起

こす多型を約 30 種同定したその一部を表 2に示す例えば上述の CYP3A416 多型はテ

ストステロンの水酸化活性を約 50低下させる

ことが in vitro で示されたため 10)in vivo の解

析でも注目しパクリタキセル等の薬物動態パラ

メーターの変化を引き起こすことを見いだした

11)また同じシトクロム P450 の一種 CYP1A2において8(1367GgtA Arg456His)15( 125CgtG Pro42Arg ) 16 ( 1130GgtA Arg377Gln)はそのアリル頻度は 0002-0004と低いもののいずれもヘム蛋白質レベルが低下

することにより95以上という大幅な活性低下

を引き起こすことを明らかにした 12)

表2 機能変化を示した薬物応答性遺伝子の多型

(シトクロム P450 の例)

4おわりに

以上のように日本人を対象に薬物動態変

化や有効性副作用発現に関わる重要な遺伝子多

型ハプロタイプを明らかとしたことは医薬品

の種類や投薬量等に関する治療方針を個別に決

定する患者個別化薬物治療の本邦における発展

に大きく寄与するものと考えるこれらの成果は

人種的に類似している東アジア諸国においても

有用であり現に我々が発見した遺伝子多型に関

する報告が韓国や中国から相次いでいるまた薬

物応答性遺伝子の多型影響を考慮してリード化

合物の最適化を行うことは臨床試験段階でのド

ロップアウトを防止する有力な手段になりえる

と考えられ本研究の成果は創薬の面からも有用

と思われる今後も未解析である硫酸転移酵素や

一部のトランスポーター群の解析を行うと共に

創薬及び臨床現場で有用と考えられる遺伝子多

型ハプロタイプのデータベース化を行い日本

におけるファーマコゲノミクス情報の有効活用

を促していきたい 謝 辞 本研究は国立医薬品食品衛生研究所機能生

化学部 澤田純一部長同薬理部 小澤正吾室長

(現岩手医科大学教授)をはじめとする国立医

薬品食品衛生研究所の先生方および国立がんセ

ンター国立国際医療センター岡山大学東京

女子医科大学をはじめとする共同研究機関の先

生方のご指導及び共同研究のもとに行われたも

のであり心より感謝申し上げますまた本研究

は医薬品医療機器総合機構医薬基盤研究所

厚生労働省文部科学省等より研究費の助成を受

けて行われたものでありここに深謝致します

参考文献 1) Saito Y et al Curr Pharmacogenomics 5 49-78 (2007)

2)斎藤嘉朗ら 細胞工学 26 1020-1025 (2007)

3) Sai K et al Clin Pharmacol Ther 75 501-515 (2004)

4) Minami H et al Pharmacogenet Genomics 17 497-504 (2007)

5) Saeki M et al Clin Chem 53 356-358 (2007)

6) Fukushima-Uesaka H et al Hum Mutat 23 100 (2004)

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 22

7) Saeki M et al Pharmacogenomics J 6 63-75 (2006)

8) Nakajima Y et al Eur J Clin Pharmacol 61 25-34 (2005)

9) Saito Y et al Pharmacogenet Genomics 17 461-471 (2007)

10) Murayama N et al Drug Metab Pharmacokinet 17 150-156 (2002)

11) Nakajima Y et al Clin Pharmacol Ther 80 179-191 (2006)

12) Saito Y et al Drug Metab Dispos 33 1905-1910 (2005)

略 歴 斎藤 嘉朗(Yoshiro SAITO)1989 年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了同年国立衛生

試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)機能生化学部 研究員1996 年博士(薬学)取得(東京大学)1998 年カナ

ダトロント大学医学部 博士研究員2000 年国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部 主任研究官2001 年同第二室

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 23

部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 24

常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 6

参考文献 1) Hanada K Nishijima M et al J Biol Chem 265 22137-22142 (1990) 2) Hanada K HaraT et al J Biol Chem 275 8409-8415 (2000) 3) Hanada K Izawa K et al J Biol Chem 268 13820-13823 (1993) 4) Hanada K HaraT et al J Biol Chem 273 33787-33794 (1998) 5) Fukasawa M Nishijima M et al J Cell Biol 144 673-685 (1999) 6) Funakoshi T Yasuda S et al J Biol Chem 275 29938-29945 (2000) 7) Hanada K Kumagai K et al Nature 426 803-809 (2003) 8) Kawano M Kumagai K et al J Biol Chem 281 30279-30288 (2006) 9) Kudo N Kumagai K et al Proc Natl Acad Sci USA 105 488-493 (2008) 10) Kumagai K Kawano M et al J Biol Chem 282 17758-17766 (2007) 11) Winau F Schwierzeck V et al Nat Immunol 5 169-174 (2004) 12) Shi ST Lee KJ et al J Virol 77 4160-4168 (2003) 13) Aizaki H Lee KJ et al Virology 324 450-461 (2004) 14) Sakamoto H Okamoto K et al Nat Chem Biol 1 333-337 (2005) 15) Okazaki T Bell RM et al J Biol Chem 264 19076-19080 (1989) 16) Okazaki T Rinsho Byori 53 413-421 (2005) 17) Fujita T Inoue K et al J Antibiotics 47 208-215 (1994) 18) Miyake Y Kozutsumi Y et al Biochem Biophys Res Commun 211 396-403 (1995) 19) Chiba K Pharmacol Ther 108 308-319 (2005) 20) Chiba K Matsuyuki H et al Cell Mol Immunol 3 11-19 (2006) 21) 國澤 純清野 宏 実験医学 25 147-155 (2007)

略 歴 西島 正弘 (Masahiro NISHIJIMA)1974 年東大薬博士課程修了国立予防衛生研究

所(予研)研究員1975 年東大学薬学部助手1977 年ウィスコンシン大学留学1980 年予研化学部室長

1994年予研細胞化学部部長1996年国立感染症研究所細胞化学部部長2006年同志社女子大学薬学部教授

2006 年国立医薬品食品衛生研究所所長同志社女子大学薬学部客員教授

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薬学研究最前線

MM-PBSA 法を用いたキチナーゼ阻害剤 Argadin

および Argifin の結合自由エネルギー計算

合田 浩明柳井 雄一広野 修一(北里大学薬学部)

1 はじめに キチナーゼはキチンの加水分解を触媒する酵

素で霊菌真菌昆虫類からヒトまで幅広く分

布している真菌および昆虫類にとってキチン

は生体の主要な構造成分であるのでキチナーゼ

はその生命活動に必須の酵素となっているそれ

ゆえ真菌および昆虫類のキチナーゼに対する阻

害剤には抗真菌薬および殺虫剤の可能性がある

一方ヒトにも2種類のキチナーゼ(ヒトキチ

ナーゼ1およびヒト酸性キチナーゼ)が存在する

2004年に Zhuらにより行われたマウス喘息疾患

モデルを用いた実験により酸性キチナーゼが喘

息炎症反応に関与していることおよび酸性キチ

ナーゼ活性を阻害することで炎症を抑制できる

ことが報告された 1)したがってヒト酸性キチ

ナーゼに対する阻害剤には喘息治療薬としての

機能が期待される

最近北里生命科学研究所においてキチナー

ゼ阻害剤Argifin および Argadinが発見され

た 23)Argifin および Argadin は共に1つ

の Arg 残基を含む5つのアミノ酸残基からなる

環状ペプチド性化合物で大きさ的にもよく似て

いる(図1)しかし興味深いことにArgadinがArgifinよりも非常に強いキチナーゼ阻害活性

を示す(図1)特に霊菌のキチナーゼB(ChiB)に対してArgadin の阻害定数(Ki = 20 nM)はArgifinの定数(Ki = 33000 nM)より1000倍以上

強い阻害定数は結合自由エネルギーに関連づけ

ることができるのでArgadin の結合自由エネル

ギー(∆Gbind(実験) = ndash1092 kcalmol)はArgifinの値(∆Gbind(実験) = ndash636 kcalmol)より456 kcalmol 強いことになる既にArgifinminusChiB複合体および ArgadinminusChiB 複合体のX線結

晶構造が報告されており(図2)両者を比較する

ことでArgifinとArgadinの相互作用様式の違い

については議論されている(例えばArgifin の

Arg(1)は ChiB の D142E144および Y214 と

水素結合を形成しているがArgadin の Arg(1)は Aminoadipic acid(5)と分子内水素結合を形成

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 8

しChiB の W97 および W220 からなる疎水ポ

ケットに収まっている)4)しかし構造比較だけ

ではこの結合親和性の違いを定量的に説明する

ことはできないそこで本研究ではKollman博士らにより提案された MM-PBSA (Molecular Mechanics PoissonndashBoltzmann Surface Area)法 5)をこの系に適用しArgifin お

よび Argadin の結合自由エネルギー解析を行っ

た 6)これにより物理化学的観点から結合親和

性の違いを定量的に解析するまた計算結果を

用いて結合親和性の改善が期待できる Argifin誘導体(構成アミノ酸を別のアミノ酸で置換した

誘導体)の論理的分子設計を行うこれらの結果

はキチナーゼを標的にした新規な抗真菌薬殺

虫剤および喘息治療薬の開発に有用な情報を与

えると思われる 2 MM-PBSA 法 MM-PBSA 法ではタンパク質minusリガンド複合

体タンパク質単独およびリガンド単独の溶液

構造アンサンブルを必要とするしたがって厳

密に行う場合にはそれぞれについて水溶液中で

の分子動力学(MD)シミュレーションを行いそ

れぞれの溶液構造アンサンブルを算出する必要

があるこの中で複合体およびタンパク質単独

のシミュレーションは取り扱う原子数が巨大で

あるため非常に時間がかかるしかし複合体

中のタンパク質構造がその単独溶液構造とほぼ

同じであると仮定できる場合には複合体につい

ての MD シミュレーションだけを行いその溶

液構造アンサンブルからリガンドを取り除くこ

とでタンパク質単独の溶液構造アンサンブルを

用意することができるChiB 単独のX線結晶構

造はArgifin(および Argadin)との複合体におけ

る ChiB 構造とほとんど同じであった 7)そこで

本研究においてもこの近似法を用いているまた

非常に多くの場合においてこの近似法が有効で

あることが報告されている 8-12) 次に複合体タンパク質単独およびリガンド

単独の溶液構造アンサンブルを用いて図3のよ

うな熱力学サイクルを考えるこのサイクルにお

いて求めるべき結合自由エネルギー(∆Gbind(計算))は次のように表される ∆Gbind(計算) = ∆Ggas + Gsolv_complex ndash Gsolv_protein ndash

Gsolv_ligand (1) ここで∆Ggas は気相中における結合エネルギー

を表しているこの項は複合体タンパク質単

独およびリガンド単独の溶液構造アンサンブル

が持つ分子力学(Molecular Mechanics)エネルギ

ーを AMBER 等のパラメータ 13)を用いて計算し

差をとることで計算される具体的に∆Ggas は

次の項の和となる

∆Ggas = ∆Eint + ∆EVDW + ∆Eelec ndash T∆Ssolute (2) ∆Eint は結合時のリガンドの構造変化に伴う内部

エネルギー変化(結合長結合角二面角に関す

るエネルギー変化)∆EVDW はタンパク質minusリガ

ンド間の van der Waals 相互作用エネルギー

∆Eelec はタンパク質minusリガンド間の静電相互作用

エネルギーT∆Ssoluteは結合に伴う分子のエント

ロピー変化である 式(1)におけるGsolv_complexGsolv_proteinおよび

Gsolv_ligand はそれぞれ複合体タンパク質単

独およびリガンド単独の溶液構造アンサンブル

についての水和自由エネルギーを表している例

え ば Gsolv_complex は 次 の よ う に 極 性 項

(GPB_complex電荷が寄与するエネルギーを表す

項)と非極性項(GSA_complex水分子との van der Waals 相互作用エネルギーと空洞形成や水分子

の再配置に必要なエネルギーを表す項)に分割さ

れて計算される Gsolv_complex = GPB_complex + GSA_complex (3)

GPB_complexはDelphi14)等のプログラムを用いて

Poisson-Boltzmann 方程式を数値的に解くこと

によりGSA_complex は表面積(Surface Area)に依

存した経験式により求められるところで式(1)中における水和自由エネルギー項の寄与は複

合体の水和自由エネルギーからタンパク質単独

とリガンド単独の水和自由エネルギーを引いた

形になっておりこれはまさに結合に伴う水和自

由エネルギーの変化(∆Gsolv)を表している ∆Gsolv = Gsolv_complex ndash Gsolv_protein ndash Gsolv_ligand

= GPB_complex + GSA_complex ndash ( GPB_protein

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 9

+ GSA_ptrotein ) ndash ( GPB_ligand + GSA_ligand )

= ( GPB_complex ndash GPB_protein ndash GPB_ligand ) + ( GSA_complex ndash GSA_protein ndash GSA_ligand ) = ∆GPB + ∆GSA (4)

このようにMM-PBSA 法は熱力学サイクル

を利用することにより結合に伴う水和自由エネ

ルギー変化をきちんと考慮するため非常に精度

の高い結合自由エネルギーを与えることができ

る最終的に∆Gbind(計算)は次の項の和で計算さ

れる ∆Gbind(計算) = ∆Ggas + ∆Gsolv

= ∆Eint + ∆EVDW + ∆Eelec ndash T∆Ssolute + ∆GPB + ∆GSA (5)

3 計算結果 本研究ではArgifnminusChiB(ArgadinminusChiB)複合体Argifn(Argadin)単独についてそれぞれ

1700ps の MD シミュレーションを行った計算

には AMBER 715)を用いた構造が平衡に達した

と思われる後半 1000ps から 10ps 毎に全部で

100 個のスナップショットを取り出しそれぞれ

の系の溶液構造アンサンブルとしたまた先程記

したようにChiB 単独の溶液構造アンサンブル

は複合体の溶液構造アンサンブルからリガンド

を取り除くことで用意したこれら溶液構造アン

サンブルを用いて MM-PBSA 計算を行った結果

を表1に示す計算された結合自由エネルギー値

(∆Gbind( 計算 )) は Argifin に対して ndash698 kcalmolArgadin に対してndash1116 kcalmol であった実験値(∆Gbind(実験))はそれぞれndash636 kcalmol およびndash1092 kcalmol であるから

MM-PBSA 法が実験値を非常によく再現してい

ることがわかるまた式(5)の各項を調べるこ

とで結合過程における物理化学的性質を議論す

ることができる例えば∆Eint の項は ArgifinではほとんどゼロであるがArgadin では結合に

対して 526 kcalmol 不利になっているこのこ

とはChiB に結合する際にArgifn はほとんど

構造変化を起こさないがArgadin は 5 kcalmol程度のエネルギー損失に相当する構造変化を引

き起こすことを示している 図4に MD シミュレーションで得られた各リガ

ンドの複合体中における構造(結合配座)と単独

溶液構造の比較を示す確かにArgifin ではそ

の結合配座と単独溶液構造がよく似ているが

Argadin の結合配座はその単独溶液構造と大き

く異なっていることがわかるまた結合自由エ

ネルギーに対して電荷が寄与する項(∆Gelectot)は∆Eelec と∆GPB の和で表されるがこの値は

Argifin および Argadin 共に正の値になっている

これは両者の複合体形成は静電的には不利で

あることを示しているしたがって両者の複合

体形成は van der Waals 相互作用(∆EVDW)と水和

自由エネルギーの非極性寄与(∆GSA)により安定

化されていることがわかる

MM-PBSA 法により計算された Argifn と

Argadin の間の相対結合自由エネルギー

(∆∆Gbind(計算))は418 kcalmol となりこれも

実験値456 kcalmolをよく再現していた表

1より両者の複合体形成に重要な役割を果たし

ている van der Waals 相互作用(∆EVDW)と水和自

由エネルギーの非極性寄与 (∆GSA)が共に

Argadin において Argifin より有利になっており

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 10

これらが Argadin の高親和性を生じさせている

ことがわかる特にArgadin の van der Waals相互作用エネルギー(∆EVDW)は Argifin の値より

約 12 kcalmol も有利でありこれが主な要因と

なっている図5に Argifin と ChiB の各アミノ

酸残基との間の van der Waals 相互作用エネル

ギー値から Argadin についての値を差し引いた

ものをプロットした

負の値を持つ残基は Argifin と正の値を持つ残

基は Argadin とより強く van der Waals 相互作

用している残基であるこれよりE144M212W220Y292I339および W403 の6個の残

基が Argadin とより有利な van der Waals 相互

作用を形成していることがわかる特にW220とW403はそれぞれ460および453 kcalmolと非常に大きく有利となっていたこれら値の和

は913 kcalmolとなりArgifin と Argadinの間の van der Waals 相互作用エネルギー差の

ほとんどを占めていることがわかるしたがって

ChiB に対する Argadin の高親和性は主に

Argadin とこの二つの Trp 残基との間の非常に

有利な van der Waals 相互作用に起因すると考

えられるところでW220 を Ala 残基に置換し

たChiB変異体(W220A変異体)に対してArgifinおよび Argadin はそれぞれndash418およびndash752 kcalmol の結合自由エネルギー値を示すことが

実験的に報告されている 4)これよりW220 を

Ala 残基に置換したことによる結合自由エネル

ギー損失はArgifin および Argadin に対して

それぞれ151および 340 kcalmol となり

Argadin についての損失のほうがより大きいこ

れはArgadin と W220 の相互作用が Argadinの高親和性に大きく寄与していることを支持す

る実験結果である

4 ChiB に対して高親和性を有する Argifin 誘

導体の分子設計 最近北里生命科学研究所において Argifin の

全合成経路が確立されたこれによりさまざま

な Argifin 誘導体(構成アミノ酸を別のアミノ酸

で置換した誘導体)の合成が可能になったそこ

で今回得られた計算結果を使用して結合親和

性の改善が期待できるArgifin誘導体の論理的分

子設計を行ったMM-PBSA計算結果によると

Argadin の高親和性の主な要因はより有利な

van der Waals 相互作用であるそこでChiBとの van der Waals 相互作用が改善されるよう

な Argifin 誘導体を分子設計すればその結合親

和性が Argadin のように強くなるのではないか

と予想された図6AにArgifinminusChiB 複合体

における Argifin の D-Ala(5)周辺を示している これよりD-Ala(5)周辺には比較的大きな空間的

スペースがありその近傍には ChiB の疎水性残

基 F12F51Y98 が存在することがわかった

そこでD-Ala(5)を嵩高い側鎖を持つ疎水性アミ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 11

ノ酸残基に置換すればChiB との van der Waals 相互作用および疎水相互作用がより有利

になり結合親和性が改善されるのではないかと

考えたそこでD-Ala(5)を D-ValD-LeuD-PheおよびD-Trpで置換したArgifin誘導体を分子設

計しChiB との複合体構造モデリングを行った

図6Bに D-Ala(5)を D-Trp(5)で置換した変異体

(A5W 変異体)についての複合体モデル構造を示

す導入された D-Trp(5)の側鎖が空間的スペ

ースをうまく充填していることがわかる表2に

複 合 体 モ デ ル 構 造 を 用 い た 一 点 計 算 の

MM-PBSA 法による各誘導体の相対結合自由エ

ネルギー評価を示すD-Ala(5)を D-LeuD-Pheおよび D-Trp で置換することで実際に van der Waals 相互作用が改善され結合親和性がより強

くなりそうなことがわかった特にA5W 誘導

体に対しては 5 kcal程度の大きな改善が期待で

きArgadin に匹敵する結合親和性を有すること

が予想された 5 おわりに 本研究ではMM-PBSA 法を適用することに

よりChiB に対する Argifin と Argadin の結合

親和性の違いを定量的かつ物理化学的観点から

解析したさらにこの結果を利用することで

結合能の改善が期待できるArgifin誘導体の論理

的分子設計が可能になった現在これら誘導体

の合成研究が行われている 6 謝辞 本研究は科学研究費補助金(19590043)財

団法人武田科学振興財団財団法人持田記念医学

薬学振興財団などの助成を受けて行ったもので

ありその資金援助に深く感謝します

参考文献 1) Zhu Z Zheng T Homer R J Kim Y K Chen N Y Cohn L Hamid Q Elias J A Science 2004 304 1678 2) Shiomi K Arai N Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Tetrahedron Lett 2000 41 2141 3) Arai N Shiomi K Yamaguchi Y Masuma R Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Chem Pharm Bull (Tokyo) 2000

48 1442 4) Houston D R Shiomi K Arai N Ōmura S Peter M G Turberg A Synstad B Eijsink V G H van Aalten D M F

Proc Natl Acad Sci USA 2002 99 9127 5) Kollman P A Massova I Reyes C Kuhn B Huo S Chong L Lee M Lee T Duan Y Wang W Donini O Cieplak

P Srinivasan J Case D A Cheatham III T E Acc Chem Res 2000 33 889 6) Gouda H Yanai Y Sugawara A Sunazuka T Ōmura S Hirono H Bioorg Med Chem 2008 In press 7) van Aalten D M F Synstad B Brurberg M B Hough E Riise B W Eijsink V G H Wierenga R K Proc Natl Acad

Sci USA 2000 97 5842 8) Massova I Kollman P A J Am Chem Soc 1999 121 8133 9) Chong L T Duan Y Wang L Massova I Kollman P A Proc Natl Acad Sci USA 1999 96 14330 10) Masukawa K M Kollman P A Kuntz I D J Med Chem 2003 46 5628 11) Gouda H Kuntz I D Case D A Kollman P A Biopolymers 2003 68 16 12) Spackovaacute N Cheatham III T E Ryjaacutecek F Lankas F Van Meervelt L Hobza P Sponer J J Am Chem Soc 2003 125

1759 13) Cornell W D Cieplak P Bayly C I Gould I R Merz K M Jr Ferguson D M Spellmeyer D C Fox T Caldwell J

W Kollman P A J Am Chem Soc 1995 117 5179 14) Honig B Nicholls A Science 1995 268 1144 15) Case D A Pearlman D A Caldwell J W Cheatham T E Wang J Ross W S Simmerling C L Darden T A Merz

K M Stanton R V Cheng A L Vincent J J Crowley M Tsui V Gohlke H Radmer R J Duan Y Pitera J Massova I Seibel G L Singh U C Weiner P K Kollman P A AMBER7 University of California San Francisco 2002

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 12

略 歴 合田 浩明 (Gouda HIROAKI)1993 年東大薬博士課程終了博士(薬学)取得(株)日立製作所入社1995 年北里大学薬学部助手1998 年北里大学薬学部講師2000 年カリフォルニア大学サン

フランシスコ校博士研究員2002 年北里大学薬学部准教授

略 歴 広野 修一 (Hirono SHUICHI)1981 年東大薬博士課程終了薬学博士取得北里大学

薬学部助手1988 年北里大学薬学部講師1988 年カリフォルニア大学サンフランシスコ校博士研究員1990年北里大学薬学部大学助教授1994 年北里大学薬学部大学教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 13

部会賞受賞者(1)

新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創生

小竹 良彦(エーザイ株式会社)

1はじめに 新たな「創薬ターゲット」を見出しそれに

基づいた画期的な新薬を創出することは研究開

発型製薬企業の生命線とされてきたゲノムサイ

エンスをはじめとした様々なアプローチによっ

て活発な創薬ターゲットの探索が進められてい

るが例えば先ずユニークな生理活性化合物を

見出しその標的分子を解明することは創薬タ

ーゲットを見出すことに他ならない一発必中の

創薬ターゲット探索法ともいえるこのアプロー

チは「ケミカルバイオロジー」の研究機軸の一

つでありこれまで創薬研究や細胞生物学の新た

な研究領域の扉を開けてきた我々は既存の抗

癌剤とは異なるユニークなメカニズムで優れた

抗腫瘍効果を発揮する天然物プラジエノライド

を見出しその標的分子を決定した同時にプ

ラジエノライド誘導体である新規抗癌剤 E7107を創出した

2プラジエノライドの発見と活性 我々は新規抗癌剤創出を目指して血管新生

因 子 で あ る Vascular Endotherial Growth Factor (VEGF)シグナルに着目しVEGF プロモ

ーター支配下の遺伝子発現を阻害する化合物の

探索を行ったVEGF プロモーター下流に

placental alkaline phosphatase(PLAP)をレポ

ーター遺伝子として組み込み低酸素条件刺激に

よる遺伝子(レポーター遺伝子)発現を評価する

cell-based assay を構築し(VEGF-PLAP assay)これを阻害する化合物のスクリーニングを行っ

たヒットしてくる化合物の作用点(標的分子)

が特定の一つに限定されないこの方法を敢えて

用いることで既存の抗癌剤とは異なるあるい

は未知のメカニズムに基づく阻害剤がヒットす

る可能性を期待したまたよりユニークなヒッ

ト化合物を求めて低分子化合物ライブラリーで

はなく天然物資源に特化してスクリーニングを

行ったここから見出されてきたのがプラジエ

ノライドである1) 2)

プ ラ ジ エ ノ ラ イ ド は Streptomyces platensis Mer-11107 から単離された二次代謝産

物で新規な 12 員環マクロライド化合物である

(図 1)当初得られた類縁体の中で最も活性の

高かったプラジエノライド B はin vitro で各種

癌細胞に対して nM オーダーで細胞増殖抑制活

性を示したまたin vivo においても優れた抗

腫瘍活性を発揮しヒト乳癌細胞 BSY-1 を移植

したヌードマウスモデルにおいては腫瘍が消失

した治癒マウスが観察されたさらにこの優れ

た抗腫瘍効果が既存の抗癌剤とは異なるメカニ

ズムに基づくことが複数のデータから示唆され

た3) この魅力的な天然物をリード化合物とした

探索研究を展開しさらに優れた活性安全性

物性プロファイルを有するプラジエノライド Dの半合成誘導体である E7017 を見出した4)また

プラジエノライドは 10 個の不斉炭素を有してい

ることからその絶対立体を確認する目的で全合

成研究を行ったプラジエノライド B および Dをそれぞれ 21 工程19 工程で合成し絶対立体

構造を明らかにした5)同時に天然からは得ら

れない新たなプラジエノライド類縁体の合成も

可能となった

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

図1プラジエノライドの化学構造

3プラジエノライドの結合分子探索 プラジエノライドが既存の抗癌剤とは異な

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 14

るメカニズムで抗腫瘍作用を発揮していること

が様々なデータから示唆されていたがその詳細

は不明なままであったこの解明に向けてプラジ

エノライドの標的分子探索を進めたこれによっ

て抗がん剤研究の新たな「創薬ターゲット」を

提示できる可能性と解明された標的分子作用

メカニズムを基にしたバイオマーカーなどを設

定することでより効率的な E7107 の臨床開発が

可能となることを期待したさらに臨床開発に

あたって患者様開発担当者臨床医政府関連

機関の皆様はじめ広く社会に E7107 の作用メカ

ニズムを科学的に説明してゆくことは企業研究

者の使命であるとも考えていた癌治療分野では

「分子標的治療薬」なるキーワードが定着してい

ることからも薬効を分子レベルで解明すべきで

あると考えたこれらの展望目的を達成するに

はプラジエノライドをケミカルプローブとして

用いその結合蛋白を決定することが最も合理的

であると考えた プラジエノライドから E7107 に至る探索研

究時に確立していた誘導体合成方法と得られて

いた構造活性相関を基にプラジエノライドの活

性が保持される位置にトリチウム(3H)蛍光タグ

(BODIPY-FL)光親和性基およびビオチンタグ

(photoaffinitybiotin PB)を導入した 3H プロー

ブBODIPY-FL プローブおよび PB プローブを

合成した(図 2)これらはin vitro にて nM オ

ーダーから sub-μM オーダーの細胞増殖抑制活

性を示しプラジエノライド標的分子への親和性

を維持していると判断されたこれらのプローブ

化合物を細胞に処理したことからそれぞれの結

合蛋白を放射活性蛍光によって追跡し

streptavidin-HRP を用いてその検出同定を試

みた6)

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

図2ケミカルプローブの化学構造

先ず結合蛋白の細胞内局在を 3H プローブ

および蛍光プローブを用いて検討した3H プロ

ーブを処理した細胞から細胞画分を調整し各画

分中の 3H 放射活性を測定したところ核フラク

ション中の放射活性が最も高かった(図 3a)次

いで蛍光プローブ処理した細胞の蛍光顕微鏡に

よる観察ではプローブが核内の顆粒状構造に局

在することが確認された(図 3b)この顆粒は核

スペックルのマーカーである SC-35 の局在と完

全に一致した核スペックルは転写やスプライシ

ングに関わる蛋白が高密度に存在する構造体で

あることから結合蛋白が転写因子やスプライシ

ング関連因子である可能性が示された

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

図3ケミカルプローブの細胞内局在

結合蛋白を更に絞り込む目的で3H プロー

ブ処理した細胞から調整した核フラクションに

対して転写スプライシングに関連する様々な

因子への抗体を用いて免疫沈降実験を行い3Hプローブが共沈される抗体を探索したその結果

6 つの抗体で 3H 放射活性の共沈が観察された

その 5 つはスプライシングにおいて必須の働き

をしている U2 small nuclear ribonucleoprotein (U2 snRNP)に存在する蛋白(または構造)に対

する抗体であった残る 1 つは U2 snRNP との

複合体形成が報告されているサイクリン E に対

する抗体であった(図 4)この結果から結合蛋

白は U2 snRNP 複合体中に存在すると考えられ

た U2 snRNP は巨大な蛋白複合体でありSm

コア蛋白スプライシングファクターSF3aSF3b といったサブユニットから構成される巨大

な複合体である真核生物ではDNA から転写

された mRNA 前駆体 (pre-mRNA) にイントロ

ンと呼ばれる蛋白質のアミノ酸配列の遺伝情報

をもたない部分が含まれている遺伝子情報を蛋

白質へと翻訳するにはこのイントロンを取り除

きアミノ酸配列の情報をもつエキソンだけを正

確につなぎ合わせる必要があるこの工程がスプ

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 15

ライシングでありU2 snRNP はスプライシン

グに関わる代表的なマシナリーの一つである

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

図4U2 snRNP-cyclinecdk2 複合体

U2 snRNP にまで絞り込まれてきた結合蛋

白を可視化し検出する目的で光親和性ビオチ

ン(PB)プローブを用いた実験を行った光親

和性モイエティーは UV 照射によってラジカル

種を生じ近接する蛋白質と共有結合を形成する

ここでプローブが共有結合した蛋白をビオチン

を足がかりとしてストレプトアビジン-HRP に

よって検出したその結果約 140kDa の位置に

バンドが検出された(図 5)U2 snRNP の中で

この分子量を有する蛋白としてはSF3b サブユ

ニ ッ ト に 存 在 す る spliceosome associated protein (SAP)145 または SAP130 が挙げられる

る実際このバンド中に両者が存在することを

イムノブロッティングおよび質量分析によって

確認したしかしながらこの二つの蛋白はほぼ

同じ位置に検出されどちらが結合蛋白であるか

を結論づけられなかったそこでSAP145 と

SAP130 についてそれぞれ GFP 融合蛋白を発現

させた細胞を用いて同様の実験を行いプローブ

結合蛋白のバンドシフトが検出されるかを検証

したGFP-SAP130 発現細胞では約 170kDa の

位置に結合蛋白のバンドがシフトした一方

GFP-SAP145 発現細胞ではバンドシフトが観察

されなかったことからプローブの結合蛋白は

SAP130 であると結論づけられた

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

図5PB プローブによる結合蛋白の検出

上述してきた実験では全てプラジエノライ

ドおよび E7107 とプローブ化合物との競合実験

を行いプラジエノライド自体の結合蛋白も

SAP130 であることを確認したしかしここで

は詳細な説明を割愛させていただくが一連のデ

ータはプラジエノライドが細胞内に存在する全

ての SAP130 に結合するのではなくSF3b 複合

体を形成している SAP130 にのみ結合すること

が示唆された例えばSAP130 の発現を siRNA処理により抑制した細胞においては蛍光プロー

ブの核スペックルへの局在が観察されなかった

がSAP145 の発現を抑制した場合においてもそ

の局在は消失したこの結果は SAP130 への結

合には SAP145 の存在も必要であることを示唆

しておりプラジエノライドが SAP130 のみな

らずSAP145など他のSF3b構成蛋白質から構成

される SF3b 中のポケット構造にはまり込んで

いる可能性などが考えられた 4プラジエノライド標的分子としての

SF3b プラジエノライドの結合蛋白が SF3b 中の

SAP130 であることを付き止めたが次にこれ

がプラジエノライドの抗腫瘍活性に直接関係し

た結合蛋白すなわち「標的分子」であるかを検

証した先ずE7107 に至る探索研究の過程で

得ていた強弱さまざまな細胞増殖抑制活性を示

すプラジエノライド化合物をSF3b 複合体に対

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 16

する 3H プローブの結合に対して競合させたそ

の結果強い細胞増殖抑制活性を有する化合物が

より高い競合能を示したすなわちプラジエノ

ライド化合物の SF3b への親和性と抗腫瘍活性

が相関することが示された(図 6)この結果は

SF3b がプラジエノライドの抗腫瘍効果の標的分

子であることを強く示唆している

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

図6プラジエノライドの SF3b への 親和性と抗腫瘍活性との相関

次にプラジエノライドの SF3b への結合に

よってその機能が阻害されているか否かを検証

したスプライシングが阻害された場合イント

ロン配列が残った未成熟な mRNA が細胞内に出

現すると考えられるそこでプラジエノライド

処理した細胞から回収した mRNA をもとに

cDNA ライブラリーを構築しイントロン配列が

含まれる cDNA の存在をランダムにスクリーニ

ングしたその結果DNAJB1 などいくつかの

遺伝子のイントロン配列が確認されたこれらの

遺伝子についてスプライシングが阻害された

mRNA(unspliced form RNA)の存在を定量的

RT-PCR にて検証した結果プラジエノライド処

理の時間に依存して unspliced form の発現量の

上昇が観察された(図 7)またプラジエノラ

イドの処理濃度によっても unspliced form の上

昇が確認されたこのときスプライシング阻害

を来たす濃度は細胞増殖抑制活性を発揮する濃

度と一致したさらにプラジエノライドが抗腫

瘍効果を発揮する処理濃度において核スペック

ルの巨大化(メガスペックル)が観察された(図

8)同様の現象はin vitro レベルでスプライシ

ングの阻害を来たす抗トリメチルグアノシン

(TMG)抗体やU1 または U6 snRNA に対す

るアンチセンスRNAの核内インジェクションに

おいても観察されているこれらの結果からプ

ラジエノライドは SF3b に結合しその機能を阻

害することで抗腫瘍効果を発揮していると結論

づけた6)

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した 図7プラジエノライドによるスプライシング阻害

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した 図8プラジエノライド B による核スペックルの形態変化

5抗腫瘍作用のメカニズム考察 「スプライシングの阻害がなぜ抗腫瘍活性

につながるか」に関してはいくつかの可能性

が考えられる7) 例えばプラジエノライドに

よるスプライシング阻害が癌細胞の増殖や生存

に必須の遺伝子の発現を抑制し抗腫瘍効果を発

揮していることなどが考えられる遺伝子発現に

関わる工程すなわち転写mRNA プロセシ

ング(キャッピングスプライシングポリアデ

ニレーション)さらに mRNA の核外輸送とサ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 17

ーベイランスなどはそれぞれが独立して進行す

るのではなく全てがカップリングしたrdquogene expression factoryrdquoを形成していると考えられ

ている従ってスプライシングの阻害がgene expression factory を機能不全に陥れ遺伝子発

現を抑制することは可能性あるシナリオである

この作用によってプラジエノライドが当初の

VEGF-PLAP assay において阻害活性を示して

いた可能性が考えられるまたプラジエノライ

ド処理時に観察されたメガスペックルはDRBやアクチノマイシン D といった転写阻害剤の処

理によっても観察されることは示唆的である

6終わりに プラジエノライドの標的分子がスプライシ

ングファクターSF3b であることを突き止めた

これによってE7107 が既存の抗癌剤とは全く

異なる分子を標的とするrdquoFirst-in-Classrdquoの薬剤

であることを示すことができた同時にスプラ

イシングファクターSF3b が抗癌剤の新たな創薬

ターゲットになりうる可能性を示したE7107は現在欧米において臨床試験が進められてお

りSF3b の創薬ターゲットとしての真価は

E7107の臨床試験結果が示してゆくことになる

一方プラジエノライドによる SF3b の機能

阻害が抗腫瘍効果につながるメカニズムの詳細

な解明にはさらなる研究の深耕化が必要である

スプライシング阻害剤としてのプラジエノライ

ドを用いた研究からスプライシングと転写や他

の mRNA プロセシングさらには mRNA 核外

輸送やサーベイランスとのカップリングに分子

レベルでの新たな知見が加わることが期待され

るプラジエノライド研究を起点とした研究から

癌患者様に新たな希望を与える新薬が生まれる

と同時にgene expression factory の分子レベル

での解明など基礎科学の進展にも貢献すること

を期待している 謝辞 本研究はメルシャン(株)生物資源研究所

エーザイ(株)筑波研究所および KAN 研究所と

の共同研究によって進められてきたものである

土田外志夫博士(メルシャン)酒井孝博士水

井佳治博士(エーザイ)をはじめ共同研究者関

係者の皆様に深く感謝いたします

参考文献 1) Sakai T et al J Antibiot 57 173 (2004)

2) Sakai T et al J Antibiot 57 180 (2004)

3) Mizui Y et al J Antibiot 57 188 (2004)

4) Iwata M et al Proc Am Assoc Cancer Res 45 691 (2004)

5) Kanada R M Itoh D et al Angew Chem Int Ed 46 4350 (2007)

6) Kotake Y et al Nature Chem Biol 3 570 (2007)

7) 小竹良彦甲斐田大輔水井佳治吉田稔 蛋白質核酸酵素 53 28 (2008)

略 歴 小竹 良彦 (Yoshihiko KOTAKE)1989年 広島大学医学系研究科分子薬学系修了同年 エ

ーザイ(株)入社2004年より 創薬第二研究所主幹研究員1997年 薬学博士 研究テーマ新規抗癌剤の探索研究ケミカルバイオロジー

関心事生理活性天然物核内因子を標的とした創薬研究

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 18

部会賞受賞者(2)

日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析と

その患者個別化薬物治療への応用 斎藤 嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所機能生化学)

1はじめに

薬物に対する生体の反応性(薬物応答性)に

関しては個体差や人種差があり十分な有効性が

得られない場合や副作用を発現する場合も存在

し患者 QOL の低下をもたらす原因となってい

る薬物応答性に影響を与える因子として遺伝

的要因と環境的要因が考えられるがヒトゲノム

研究の進展に伴い薬物代謝酵素動態関連及び

受容体分子をコードする遺伝子の多型(主として

約 1000 塩基に 1 ヶ所存在する塩基置換や挿入

欠失)に基づくこれら分子の機能変化が 薬物応

答性の個体差発現に関与していることが明らか

となってきた1980 年代後半より特に薬物代

謝酵素に関し機能変化を伴う遺伝子多型が同定

されてきており中には機能がほぼ完全に消失す

る多型も知られているしかし単独多型部位に

着目したフェノタイプ - ジェノタイプ相関解析

では相反する結果が得られる場合も多く機能

影響が確立されたものは比較的少なかった我々

は平成 12 年度より一貫して日本人を対象と

した薬物応答関連遺伝子の多型解析を行うと共

に染色体上における遺伝子多型同士の組み合わ

せであるハプロタイプに着目しこれまでに多く

の薬物代謝酵素トランスポーター受容体等

につき日本人におけるハプロタイプ構造を明ら

かにしたまた発見した新規多型の機能影響を

in vitro 解析により解明した

2ハプロタイプ解析 我々はこれまでに約 50 種の遺伝子に関し主

としてエクソン領域及びエンハンサープロモー

ター領域を対象に直接シーケンシングによる多

型探索を行い約 2000 種の多型(うちアミノ

酸置換を引き起こすものは新規の約 150 種を含

む約 250 種)を見いだしたさらにこれらの

多型情報を基にハプロタイプ解析を行った 1 2)

表 1 に対象とした薬物応答関連遺伝子の一部を

示した

図1 連鎖不平衡とハプロタイプ解析

ヒトは両親より染色体を 1 本ずつ受け継いで

いるが減数分裂の際に相同組換えを起こす組

換えを起こしにくい領域ではその間の塩基配列

はあまり変化せず従って遺伝子多型の組み合わ

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 19

せも一定となる場合が多い(連鎖不平衡にあると

言う図 1)この同一染色体上に存在する多型

の組み合わせがハプロタイプである遺伝子多型

の機能影響が複数の多型により引き起こされる

場合や機能変化を引き起こす原因多型が未同定

であるものの解析したハプロタイプ上に存在す

る場合等にはフェノタイプとの相関解析に特に

有効な方法である世界的にも国際ハップマップ

プロジェクトが進行中であるが我々は薬物応答

関連遺伝子に特化しそれぞれ 100-500 人の日

本人を対象として高密度ハプロタイプを明らか

にした 実際にハプロタイプによる解析が功を奏した

例として以下のものが挙げられる a) 複数の機能変化をもたらす遺伝子多型が同一

遺伝子中に存在する場合機能影響がより明確に

なったケース

図2 UGT1A1 の遺伝子多型とハプロタイプ

グルクロン酸転移酵素 UGT1A1 は小胞体に

局在する第二相酵素である我々は日本人につき

UGT1A1 遺伝子中にin vitro 解析で大きな機能

低下を引き起こす6 (211GgtA Gly71Arg)及び

28 (TA6gtTA7)(図 2赤字)及び中程度の低下

を引き起こす27 (686CgtA Pro229Gln)及び60 (-3279TgtG) (青字)といういずれも酵素活性

の低下または蛋白質発現レベルの低下を引き起

こす多型を検出したこれらのハプロタイプ解析

の結果機能低下が大きい6 と28 は排他的に

存在することほとんどのケースで28 は60 と

同一ハプロタイプ上に存在すること27 は28

と同一ハプロタイプ上に存在することを見いだ

した(図 2)3)また 3rsquo-非翻訳領域に 3 多型

(1813CgtT 1941CgtG 2042CgtG)が連鎖してい

るIB ハプロタイプを同定した(緑字)図 3 に

示すように理論上別々の染色体上に機能低下

を起こす多型が存在する場合の方が同一染色体

上に存在する場合よりも大きな機能低下を引き

起こすUGT1A1 が活性代謝物 SN-38 の解毒代

謝に関わる抗がん剤イリノテカンや同じく

UGT1A1 が代謝に関わるビリルビンを対象とし

たその後の解析で日本人の UGT1A1 の遺伝子

多型では6 または28 を二本の染色体で共に

有する場合(ホモ接合)及び6 と28 の両者を

それぞれ別の染色体上で有する場合に体内動態

及び副作用への影響が大きいことから主として

6 と28 を指標とすれば良いことが明らかとな

った 4 5)さらに60 及びIB 単独では影響が弱

いものの60 - IB 組み合わせハプロタイプで

は28 に匹敵する影響を血中総ビリルビン濃度

に与え値を上昇させることを見いだした 5)

図3 多型影響のハプロタイプによる違い

b) 同一基質を代謝する酵素群の遺伝子が染色体

上で近傍に位置する場合各遺伝子のハプロタイ

プの組み合わせで総合的機能変化を推定しうる

ことを示したケース 薬物代謝酵素ではファミリーを形成する遺伝

子群が染色体上に並んで存在する場合があるこ

れらファミリー遺伝子の産物は基質特異性が異

なるものの同一基質を代謝するケースも多い

従って多型影響はファミリー遺伝子全体として

考える必要がある現在処方されている医薬品の

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 20

約半数の代謝に関わる重要なシトクロムP450分

子種 CYP3A である CYP3A4 と CYP3A5 の場合

では酵素活性の低下を引き起こす CYP3A416 (554CgtG Thr185Ser)とスプライシング異常に

より発現レベルの大幅な低下を引き起こす

CYP3A53(IVS3-237AgtG)が重要な多型であ

る我々は CYP3A4 及び CYP3A5 のハプロタイ

プを別々に明らかとした後その組み合わせも解

析した 6)その結果CYP3A416 を有する場合

CYP3A5 は野生型である1 をCYP3A53 を有

する場合CYP3A4 は1 をそれぞれ有すること

が明らかとなり重要な酵素としてある一定の

酵素活性が保たれるような組み合わせになって

いることが示唆された これ以外の例ではUGT1A7 と UGT1A1 の例

がありこの場合は酵素活性が低下する

UGT1A73 の約 67が UGT1A16(酵素活性低

下)と26が UGT1A128(発現レベル低下)

と連鎖しておりハプロタイプを形成していた 7)

UGT1A1 は肝臓等にUGT1A7 は消化管等に発

現しておりUGT1A73 を有する場合には

SN-38 などの解毒代謝が体内の多くの組織で低

下していると考えられる c) アミノ酸置換を起こさず単独多型部位の解析

では注目されてこなかった多型のみを有するハ

プロタイプが薬物動態パラメーターの変化を引

き起こすことを明らかにしたケース これにはまず抗てんかん薬カルバマゼピンに

おけるエポキシド加水分解酵素 EPHX1 のハプ

ロタイプが挙げられるカルバマゼピンは主と

して CYP3A4 により薬理活性を有するエポキシ

ド体に変換された後さらに EPHX1 によりジオ

ール体へと解毒代謝されるEPHX1 遺伝子中に

検出した多型の連鎖不平衡解析結果により3 つ

のブロックに分けてハプロタイプ解析を行った

がこのうちブロック 3 の1c ハプロタイプが

酵素活性の指標であるジオール体とエポキシド

体の血中濃度比の有意な上昇をもたらすことを

明らかにした(図 4)8)このハプロタイプは

1248GgtA(Lys416Lys)と IVS3-114GgtC という

それぞれアミノ酸置換を引き起こさないサイレ

ントの多型及びイントロン領域の多型のみを有

していたIVS3-114GgtC は他のハプロタイプに

も存在することから1248GgtA(Lys416Lys)またはこれと強く連鎖している未知の多型の効

果により酵素活性が上昇したと考えられる

図4 EPHX1 Block 31c ハプロタイプの カルバマゼピン解毒代謝への影響

この他の例としては抗がん剤パクリタキセル

の薬物動態変化における CYP2C8 のハプロタイ

プがあるパクリタキセルには CYP3A4 により

C3rsquo-p-水酸化体に代謝されさらに CYP2C8 に

よりジオール体に変換される経路が知られてい

るがCYP2C8 のイントロン多型 7 種で形成さ

れるIG ハプロタイプを有するヒトではC3rsquo-p-水酸化体の血中濃度-時間曲線下面積値が有し

ないヒトに比べて有意に高かった 9)従ってIGハプロタイプではCYP2C8 の酵素活性が低下

していると示唆された 以上のようにハプロタイプ解析は単独多型の

解析に比してより明確により包括的に機能影

響を明らかにすることが可能であることを示し

薬物応答性分子の解析におけるその有用性が示

された

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 21

3機能解析 新規に遺伝子多型を同定しても機能変化を引

き起こさなければいわゆるldquoジャンクrdquoの多型

であるまたハプロタイプを同定してもその中

のどの多型が機能変化に関連しているか不明で

あるそこでアミノ酸置換を伴う遺伝子多型を中

心に in vitro 機能解析を行い機能変化を引き起

こす多型を約 30 種同定したその一部を表 2に示す例えば上述の CYP3A416 多型はテ

ストステロンの水酸化活性を約 50低下させる

ことが in vitro で示されたため 10)in vivo の解

析でも注目しパクリタキセル等の薬物動態パラ

メーターの変化を引き起こすことを見いだした

11)また同じシトクロム P450 の一種 CYP1A2において8(1367GgtA Arg456His)15( 125CgtG Pro42Arg ) 16 ( 1130GgtA Arg377Gln)はそのアリル頻度は 0002-0004と低いもののいずれもヘム蛋白質レベルが低下

することにより95以上という大幅な活性低下

を引き起こすことを明らかにした 12)

表2 機能変化を示した薬物応答性遺伝子の多型

(シトクロム P450 の例)

4おわりに

以上のように日本人を対象に薬物動態変

化や有効性副作用発現に関わる重要な遺伝子多

型ハプロタイプを明らかとしたことは医薬品

の種類や投薬量等に関する治療方針を個別に決

定する患者個別化薬物治療の本邦における発展

に大きく寄与するものと考えるこれらの成果は

人種的に類似している東アジア諸国においても

有用であり現に我々が発見した遺伝子多型に関

する報告が韓国や中国から相次いでいるまた薬

物応答性遺伝子の多型影響を考慮してリード化

合物の最適化を行うことは臨床試験段階でのド

ロップアウトを防止する有力な手段になりえる

と考えられ本研究の成果は創薬の面からも有用

と思われる今後も未解析である硫酸転移酵素や

一部のトランスポーター群の解析を行うと共に

創薬及び臨床現場で有用と考えられる遺伝子多

型ハプロタイプのデータベース化を行い日本

におけるファーマコゲノミクス情報の有効活用

を促していきたい 謝 辞 本研究は国立医薬品食品衛生研究所機能生

化学部 澤田純一部長同薬理部 小澤正吾室長

(現岩手医科大学教授)をはじめとする国立医

薬品食品衛生研究所の先生方および国立がんセ

ンター国立国際医療センター岡山大学東京

女子医科大学をはじめとする共同研究機関の先

生方のご指導及び共同研究のもとに行われたも

のであり心より感謝申し上げますまた本研究

は医薬品医療機器総合機構医薬基盤研究所

厚生労働省文部科学省等より研究費の助成を受

けて行われたものでありここに深謝致します

参考文献 1) Saito Y et al Curr Pharmacogenomics 5 49-78 (2007)

2)斎藤嘉朗ら 細胞工学 26 1020-1025 (2007)

3) Sai K et al Clin Pharmacol Ther 75 501-515 (2004)

4) Minami H et al Pharmacogenet Genomics 17 497-504 (2007)

5) Saeki M et al Clin Chem 53 356-358 (2007)

6) Fukushima-Uesaka H et al Hum Mutat 23 100 (2004)

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 22

7) Saeki M et al Pharmacogenomics J 6 63-75 (2006)

8) Nakajima Y et al Eur J Clin Pharmacol 61 25-34 (2005)

9) Saito Y et al Pharmacogenet Genomics 17 461-471 (2007)

10) Murayama N et al Drug Metab Pharmacokinet 17 150-156 (2002)

11) Nakajima Y et al Clin Pharmacol Ther 80 179-191 (2006)

12) Saito Y et al Drug Metab Dispos 33 1905-1910 (2005)

略 歴 斎藤 嘉朗(Yoshiro SAITO)1989 年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了同年国立衛生

試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)機能生化学部 研究員1996 年博士(薬学)取得(東京大学)1998 年カナ

ダトロント大学医学部 博士研究員2000 年国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部 主任研究官2001 年同第二室

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部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 24

常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 7

薬学研究最前線

MM-PBSA 法を用いたキチナーゼ阻害剤 Argadin

および Argifin の結合自由エネルギー計算

合田 浩明柳井 雄一広野 修一(北里大学薬学部)

1 はじめに キチナーゼはキチンの加水分解を触媒する酵

素で霊菌真菌昆虫類からヒトまで幅広く分

布している真菌および昆虫類にとってキチン

は生体の主要な構造成分であるのでキチナーゼ

はその生命活動に必須の酵素となっているそれ

ゆえ真菌および昆虫類のキチナーゼに対する阻

害剤には抗真菌薬および殺虫剤の可能性がある

一方ヒトにも2種類のキチナーゼ(ヒトキチ

ナーゼ1およびヒト酸性キチナーゼ)が存在する

2004年に Zhuらにより行われたマウス喘息疾患

モデルを用いた実験により酸性キチナーゼが喘

息炎症反応に関与していることおよび酸性キチ

ナーゼ活性を阻害することで炎症を抑制できる

ことが報告された 1)したがってヒト酸性キチ

ナーゼに対する阻害剤には喘息治療薬としての

機能が期待される

最近北里生命科学研究所においてキチナー

ゼ阻害剤Argifin および Argadinが発見され

た 23)Argifin および Argadin は共に1つ

の Arg 残基を含む5つのアミノ酸残基からなる

環状ペプチド性化合物で大きさ的にもよく似て

いる(図1)しかし興味深いことにArgadinがArgifinよりも非常に強いキチナーゼ阻害活性

を示す(図1)特に霊菌のキチナーゼB(ChiB)に対してArgadin の阻害定数(Ki = 20 nM)はArgifinの定数(Ki = 33000 nM)より1000倍以上

強い阻害定数は結合自由エネルギーに関連づけ

ることができるのでArgadin の結合自由エネル

ギー(∆Gbind(実験) = ndash1092 kcalmol)はArgifinの値(∆Gbind(実験) = ndash636 kcalmol)より456 kcalmol 強いことになる既にArgifinminusChiB複合体および ArgadinminusChiB 複合体のX線結

晶構造が報告されており(図2)両者を比較する

ことでArgifinとArgadinの相互作用様式の違い

については議論されている(例えばArgifin の

Arg(1)は ChiB の D142E144および Y214 と

水素結合を形成しているがArgadin の Arg(1)は Aminoadipic acid(5)と分子内水素結合を形成

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 8

しChiB の W97 および W220 からなる疎水ポ

ケットに収まっている)4)しかし構造比較だけ

ではこの結合親和性の違いを定量的に説明する

ことはできないそこで本研究ではKollman博士らにより提案された MM-PBSA (Molecular Mechanics PoissonndashBoltzmann Surface Area)法 5)をこの系に適用しArgifin お

よび Argadin の結合自由エネルギー解析を行っ

た 6)これにより物理化学的観点から結合親和

性の違いを定量的に解析するまた計算結果を

用いて結合親和性の改善が期待できる Argifin誘導体(構成アミノ酸を別のアミノ酸で置換した

誘導体)の論理的分子設計を行うこれらの結果

はキチナーゼを標的にした新規な抗真菌薬殺

虫剤および喘息治療薬の開発に有用な情報を与

えると思われる 2 MM-PBSA 法 MM-PBSA 法ではタンパク質minusリガンド複合

体タンパク質単独およびリガンド単独の溶液

構造アンサンブルを必要とするしたがって厳

密に行う場合にはそれぞれについて水溶液中で

の分子動力学(MD)シミュレーションを行いそ

れぞれの溶液構造アンサンブルを算出する必要

があるこの中で複合体およびタンパク質単独

のシミュレーションは取り扱う原子数が巨大で

あるため非常に時間がかかるしかし複合体

中のタンパク質構造がその単独溶液構造とほぼ

同じであると仮定できる場合には複合体につい

ての MD シミュレーションだけを行いその溶

液構造アンサンブルからリガンドを取り除くこ

とでタンパク質単独の溶液構造アンサンブルを

用意することができるChiB 単独のX線結晶構

造はArgifin(および Argadin)との複合体におけ

る ChiB 構造とほとんど同じであった 7)そこで

本研究においてもこの近似法を用いているまた

非常に多くの場合においてこの近似法が有効で

あることが報告されている 8-12) 次に複合体タンパク質単独およびリガンド

単独の溶液構造アンサンブルを用いて図3のよ

うな熱力学サイクルを考えるこのサイクルにお

いて求めるべき結合自由エネルギー(∆Gbind(計算))は次のように表される ∆Gbind(計算) = ∆Ggas + Gsolv_complex ndash Gsolv_protein ndash

Gsolv_ligand (1) ここで∆Ggas は気相中における結合エネルギー

を表しているこの項は複合体タンパク質単

独およびリガンド単独の溶液構造アンサンブル

が持つ分子力学(Molecular Mechanics)エネルギ

ーを AMBER 等のパラメータ 13)を用いて計算し

差をとることで計算される具体的に∆Ggas は

次の項の和となる

∆Ggas = ∆Eint + ∆EVDW + ∆Eelec ndash T∆Ssolute (2) ∆Eint は結合時のリガンドの構造変化に伴う内部

エネルギー変化(結合長結合角二面角に関す

るエネルギー変化)∆EVDW はタンパク質minusリガ

ンド間の van der Waals 相互作用エネルギー

∆Eelec はタンパク質minusリガンド間の静電相互作用

エネルギーT∆Ssoluteは結合に伴う分子のエント

ロピー変化である 式(1)におけるGsolv_complexGsolv_proteinおよび

Gsolv_ligand はそれぞれ複合体タンパク質単

独およびリガンド単独の溶液構造アンサンブル

についての水和自由エネルギーを表している例

え ば Gsolv_complex は 次 の よ う に 極 性 項

(GPB_complex電荷が寄与するエネルギーを表す

項)と非極性項(GSA_complex水分子との van der Waals 相互作用エネルギーと空洞形成や水分子

の再配置に必要なエネルギーを表す項)に分割さ

れて計算される Gsolv_complex = GPB_complex + GSA_complex (3)

GPB_complexはDelphi14)等のプログラムを用いて

Poisson-Boltzmann 方程式を数値的に解くこと

によりGSA_complex は表面積(Surface Area)に依

存した経験式により求められるところで式(1)中における水和自由エネルギー項の寄与は複

合体の水和自由エネルギーからタンパク質単独

とリガンド単独の水和自由エネルギーを引いた

形になっておりこれはまさに結合に伴う水和自

由エネルギーの変化(∆Gsolv)を表している ∆Gsolv = Gsolv_complex ndash Gsolv_protein ndash Gsolv_ligand

= GPB_complex + GSA_complex ndash ( GPB_protein

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 9

+ GSA_ptrotein ) ndash ( GPB_ligand + GSA_ligand )

= ( GPB_complex ndash GPB_protein ndash GPB_ligand ) + ( GSA_complex ndash GSA_protein ndash GSA_ligand ) = ∆GPB + ∆GSA (4)

このようにMM-PBSA 法は熱力学サイクル

を利用することにより結合に伴う水和自由エネ

ルギー変化をきちんと考慮するため非常に精度

の高い結合自由エネルギーを与えることができ

る最終的に∆Gbind(計算)は次の項の和で計算さ

れる ∆Gbind(計算) = ∆Ggas + ∆Gsolv

= ∆Eint + ∆EVDW + ∆Eelec ndash T∆Ssolute + ∆GPB + ∆GSA (5)

3 計算結果 本研究ではArgifnminusChiB(ArgadinminusChiB)複合体Argifn(Argadin)単独についてそれぞれ

1700ps の MD シミュレーションを行った計算

には AMBER 715)を用いた構造が平衡に達した

と思われる後半 1000ps から 10ps 毎に全部で

100 個のスナップショットを取り出しそれぞれ

の系の溶液構造アンサンブルとしたまた先程記

したようにChiB 単独の溶液構造アンサンブル

は複合体の溶液構造アンサンブルからリガンド

を取り除くことで用意したこれら溶液構造アン

サンブルを用いて MM-PBSA 計算を行った結果

を表1に示す計算された結合自由エネルギー値

(∆Gbind( 計算 )) は Argifin に対して ndash698 kcalmolArgadin に対してndash1116 kcalmol であった実験値(∆Gbind(実験))はそれぞれndash636 kcalmol およびndash1092 kcalmol であるから

MM-PBSA 法が実験値を非常によく再現してい

ることがわかるまた式(5)の各項を調べるこ

とで結合過程における物理化学的性質を議論す

ることができる例えば∆Eint の項は ArgifinではほとんどゼロであるがArgadin では結合に

対して 526 kcalmol 不利になっているこのこ

とはChiB に結合する際にArgifn はほとんど

構造変化を起こさないがArgadin は 5 kcalmol程度のエネルギー損失に相当する構造変化を引

き起こすことを示している 図4に MD シミュレーションで得られた各リガ

ンドの複合体中における構造(結合配座)と単独

溶液構造の比較を示す確かにArgifin ではそ

の結合配座と単独溶液構造がよく似ているが

Argadin の結合配座はその単独溶液構造と大き

く異なっていることがわかるまた結合自由エ

ネルギーに対して電荷が寄与する項(∆Gelectot)は∆Eelec と∆GPB の和で表されるがこの値は

Argifin および Argadin 共に正の値になっている

これは両者の複合体形成は静電的には不利で

あることを示しているしたがって両者の複合

体形成は van der Waals 相互作用(∆EVDW)と水和

自由エネルギーの非極性寄与(∆GSA)により安定

化されていることがわかる

MM-PBSA 法により計算された Argifn と

Argadin の間の相対結合自由エネルギー

(∆∆Gbind(計算))は418 kcalmol となりこれも

実験値456 kcalmolをよく再現していた表

1より両者の複合体形成に重要な役割を果たし

ている van der Waals 相互作用(∆EVDW)と水和自

由エネルギーの非極性寄与 (∆GSA)が共に

Argadin において Argifin より有利になっており

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 10

これらが Argadin の高親和性を生じさせている

ことがわかる特にArgadin の van der Waals相互作用エネルギー(∆EVDW)は Argifin の値より

約 12 kcalmol も有利でありこれが主な要因と

なっている図5に Argifin と ChiB の各アミノ

酸残基との間の van der Waals 相互作用エネル

ギー値から Argadin についての値を差し引いた

ものをプロットした

負の値を持つ残基は Argifin と正の値を持つ残

基は Argadin とより強く van der Waals 相互作

用している残基であるこれよりE144M212W220Y292I339および W403 の6個の残

基が Argadin とより有利な van der Waals 相互

作用を形成していることがわかる特にW220とW403はそれぞれ460および453 kcalmolと非常に大きく有利となっていたこれら値の和

は913 kcalmolとなりArgifin と Argadinの間の van der Waals 相互作用エネルギー差の

ほとんどを占めていることがわかるしたがって

ChiB に対する Argadin の高親和性は主に

Argadin とこの二つの Trp 残基との間の非常に

有利な van der Waals 相互作用に起因すると考

えられるところでW220 を Ala 残基に置換し

たChiB変異体(W220A変異体)に対してArgifinおよび Argadin はそれぞれndash418およびndash752 kcalmol の結合自由エネルギー値を示すことが

実験的に報告されている 4)これよりW220 を

Ala 残基に置換したことによる結合自由エネル

ギー損失はArgifin および Argadin に対して

それぞれ151および 340 kcalmol となり

Argadin についての損失のほうがより大きいこ

れはArgadin と W220 の相互作用が Argadinの高親和性に大きく寄与していることを支持す

る実験結果である

4 ChiB に対して高親和性を有する Argifin 誘

導体の分子設計 最近北里生命科学研究所において Argifin の

全合成経路が確立されたこれによりさまざま

な Argifin 誘導体(構成アミノ酸を別のアミノ酸

で置換した誘導体)の合成が可能になったそこ

で今回得られた計算結果を使用して結合親和

性の改善が期待できるArgifin誘導体の論理的分

子設計を行ったMM-PBSA計算結果によると

Argadin の高親和性の主な要因はより有利な

van der Waals 相互作用であるそこでChiBとの van der Waals 相互作用が改善されるよう

な Argifin 誘導体を分子設計すればその結合親

和性が Argadin のように強くなるのではないか

と予想された図6AにArgifinminusChiB 複合体

における Argifin の D-Ala(5)周辺を示している これよりD-Ala(5)周辺には比較的大きな空間的

スペースがありその近傍には ChiB の疎水性残

基 F12F51Y98 が存在することがわかった

そこでD-Ala(5)を嵩高い側鎖を持つ疎水性アミ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 11

ノ酸残基に置換すればChiB との van der Waals 相互作用および疎水相互作用がより有利

になり結合親和性が改善されるのではないかと

考えたそこでD-Ala(5)を D-ValD-LeuD-PheおよびD-Trpで置換したArgifin誘導体を分子設

計しChiB との複合体構造モデリングを行った

図6Bに D-Ala(5)を D-Trp(5)で置換した変異体

(A5W 変異体)についての複合体モデル構造を示

す導入された D-Trp(5)の側鎖が空間的スペ

ースをうまく充填していることがわかる表2に

複 合 体 モ デ ル 構 造 を 用 い た 一 点 計 算 の

MM-PBSA 法による各誘導体の相対結合自由エ

ネルギー評価を示すD-Ala(5)を D-LeuD-Pheおよび D-Trp で置換することで実際に van der Waals 相互作用が改善され結合親和性がより強

くなりそうなことがわかった特にA5W 誘導

体に対しては 5 kcal程度の大きな改善が期待で

きArgadin に匹敵する結合親和性を有すること

が予想された 5 おわりに 本研究ではMM-PBSA 法を適用することに

よりChiB に対する Argifin と Argadin の結合

親和性の違いを定量的かつ物理化学的観点から

解析したさらにこの結果を利用することで

結合能の改善が期待できるArgifin誘導体の論理

的分子設計が可能になった現在これら誘導体

の合成研究が行われている 6 謝辞 本研究は科学研究費補助金(19590043)財

団法人武田科学振興財団財団法人持田記念医学

薬学振興財団などの助成を受けて行ったもので

ありその資金援助に深く感謝します

参考文献 1) Zhu Z Zheng T Homer R J Kim Y K Chen N Y Cohn L Hamid Q Elias J A Science 2004 304 1678 2) Shiomi K Arai N Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Tetrahedron Lett 2000 41 2141 3) Arai N Shiomi K Yamaguchi Y Masuma R Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Chem Pharm Bull (Tokyo) 2000

48 1442 4) Houston D R Shiomi K Arai N Ōmura S Peter M G Turberg A Synstad B Eijsink V G H van Aalten D M F

Proc Natl Acad Sci USA 2002 99 9127 5) Kollman P A Massova I Reyes C Kuhn B Huo S Chong L Lee M Lee T Duan Y Wang W Donini O Cieplak

P Srinivasan J Case D A Cheatham III T E Acc Chem Res 2000 33 889 6) Gouda H Yanai Y Sugawara A Sunazuka T Ōmura S Hirono H Bioorg Med Chem 2008 In press 7) van Aalten D M F Synstad B Brurberg M B Hough E Riise B W Eijsink V G H Wierenga R K Proc Natl Acad

Sci USA 2000 97 5842 8) Massova I Kollman P A J Am Chem Soc 1999 121 8133 9) Chong L T Duan Y Wang L Massova I Kollman P A Proc Natl Acad Sci USA 1999 96 14330 10) Masukawa K M Kollman P A Kuntz I D J Med Chem 2003 46 5628 11) Gouda H Kuntz I D Case D A Kollman P A Biopolymers 2003 68 16 12) Spackovaacute N Cheatham III T E Ryjaacutecek F Lankas F Van Meervelt L Hobza P Sponer J J Am Chem Soc 2003 125

1759 13) Cornell W D Cieplak P Bayly C I Gould I R Merz K M Jr Ferguson D M Spellmeyer D C Fox T Caldwell J

W Kollman P A J Am Chem Soc 1995 117 5179 14) Honig B Nicholls A Science 1995 268 1144 15) Case D A Pearlman D A Caldwell J W Cheatham T E Wang J Ross W S Simmerling C L Darden T A Merz

K M Stanton R V Cheng A L Vincent J J Crowley M Tsui V Gohlke H Radmer R J Duan Y Pitera J Massova I Seibel G L Singh U C Weiner P K Kollman P A AMBER7 University of California San Francisco 2002

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 12

略 歴 合田 浩明 (Gouda HIROAKI)1993 年東大薬博士課程終了博士(薬学)取得(株)日立製作所入社1995 年北里大学薬学部助手1998 年北里大学薬学部講師2000 年カリフォルニア大学サン

フランシスコ校博士研究員2002 年北里大学薬学部准教授

略 歴 広野 修一 (Hirono SHUICHI)1981 年東大薬博士課程終了薬学博士取得北里大学

薬学部助手1988 年北里大学薬学部講師1988 年カリフォルニア大学サンフランシスコ校博士研究員1990年北里大学薬学部大学助教授1994 年北里大学薬学部大学教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 13

部会賞受賞者(1)

新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創生

小竹 良彦(エーザイ株式会社)

1はじめに 新たな「創薬ターゲット」を見出しそれに

基づいた画期的な新薬を創出することは研究開

発型製薬企業の生命線とされてきたゲノムサイ

エンスをはじめとした様々なアプローチによっ

て活発な創薬ターゲットの探索が進められてい

るが例えば先ずユニークな生理活性化合物を

見出しその標的分子を解明することは創薬タ

ーゲットを見出すことに他ならない一発必中の

創薬ターゲット探索法ともいえるこのアプロー

チは「ケミカルバイオロジー」の研究機軸の一

つでありこれまで創薬研究や細胞生物学の新た

な研究領域の扉を開けてきた我々は既存の抗

癌剤とは異なるユニークなメカニズムで優れた

抗腫瘍効果を発揮する天然物プラジエノライド

を見出しその標的分子を決定した同時にプ

ラジエノライド誘導体である新規抗癌剤 E7107を創出した

2プラジエノライドの発見と活性 我々は新規抗癌剤創出を目指して血管新生

因 子 で あ る Vascular Endotherial Growth Factor (VEGF)シグナルに着目しVEGF プロモ

ーター支配下の遺伝子発現を阻害する化合物の

探索を行ったVEGF プロモーター下流に

placental alkaline phosphatase(PLAP)をレポ

ーター遺伝子として組み込み低酸素条件刺激に

よる遺伝子(レポーター遺伝子)発現を評価する

cell-based assay を構築し(VEGF-PLAP assay)これを阻害する化合物のスクリーニングを行っ

たヒットしてくる化合物の作用点(標的分子)

が特定の一つに限定されないこの方法を敢えて

用いることで既存の抗癌剤とは異なるあるい

は未知のメカニズムに基づく阻害剤がヒットす

る可能性を期待したまたよりユニークなヒッ

ト化合物を求めて低分子化合物ライブラリーで

はなく天然物資源に特化してスクリーニングを

行ったここから見出されてきたのがプラジエ

ノライドである1) 2)

プ ラ ジ エ ノ ラ イ ド は Streptomyces platensis Mer-11107 から単離された二次代謝産

物で新規な 12 員環マクロライド化合物である

(図 1)当初得られた類縁体の中で最も活性の

高かったプラジエノライド B はin vitro で各種

癌細胞に対して nM オーダーで細胞増殖抑制活

性を示したまたin vivo においても優れた抗

腫瘍活性を発揮しヒト乳癌細胞 BSY-1 を移植

したヌードマウスモデルにおいては腫瘍が消失

した治癒マウスが観察されたさらにこの優れ

た抗腫瘍効果が既存の抗癌剤とは異なるメカニ

ズムに基づくことが複数のデータから示唆され

た3) この魅力的な天然物をリード化合物とした

探索研究を展開しさらに優れた活性安全性

物性プロファイルを有するプラジエノライド Dの半合成誘導体である E7017 を見出した4)また

プラジエノライドは 10 個の不斉炭素を有してい

ることからその絶対立体を確認する目的で全合

成研究を行ったプラジエノライド B および Dをそれぞれ 21 工程19 工程で合成し絶対立体

構造を明らかにした5)同時に天然からは得ら

れない新たなプラジエノライド類縁体の合成も

可能となった

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

図1プラジエノライドの化学構造

3プラジエノライドの結合分子探索 プラジエノライドが既存の抗癌剤とは異な

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 14

るメカニズムで抗腫瘍作用を発揮していること

が様々なデータから示唆されていたがその詳細

は不明なままであったこの解明に向けてプラジ

エノライドの標的分子探索を進めたこれによっ

て抗がん剤研究の新たな「創薬ターゲット」を

提示できる可能性と解明された標的分子作用

メカニズムを基にしたバイオマーカーなどを設

定することでより効率的な E7107 の臨床開発が

可能となることを期待したさらに臨床開発に

あたって患者様開発担当者臨床医政府関連

機関の皆様はじめ広く社会に E7107 の作用メカ

ニズムを科学的に説明してゆくことは企業研究

者の使命であるとも考えていた癌治療分野では

「分子標的治療薬」なるキーワードが定着してい

ることからも薬効を分子レベルで解明すべきで

あると考えたこれらの展望目的を達成するに

はプラジエノライドをケミカルプローブとして

用いその結合蛋白を決定することが最も合理的

であると考えた プラジエノライドから E7107 に至る探索研

究時に確立していた誘導体合成方法と得られて

いた構造活性相関を基にプラジエノライドの活

性が保持される位置にトリチウム(3H)蛍光タグ

(BODIPY-FL)光親和性基およびビオチンタグ

(photoaffinitybiotin PB)を導入した 3H プロー

ブBODIPY-FL プローブおよび PB プローブを

合成した(図 2)これらはin vitro にて nM オ

ーダーから sub-μM オーダーの細胞増殖抑制活

性を示しプラジエノライド標的分子への親和性

を維持していると判断されたこれらのプローブ

化合物を細胞に処理したことからそれぞれの結

合蛋白を放射活性蛍光によって追跡し

streptavidin-HRP を用いてその検出同定を試

みた6)

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

図2ケミカルプローブの化学構造

先ず結合蛋白の細胞内局在を 3H プローブ

および蛍光プローブを用いて検討した3H プロ

ーブを処理した細胞から細胞画分を調整し各画

分中の 3H 放射活性を測定したところ核フラク

ション中の放射活性が最も高かった(図 3a)次

いで蛍光プローブ処理した細胞の蛍光顕微鏡に

よる観察ではプローブが核内の顆粒状構造に局

在することが確認された(図 3b)この顆粒は核

スペックルのマーカーである SC-35 の局在と完

全に一致した核スペックルは転写やスプライシ

ングに関わる蛋白が高密度に存在する構造体で

あることから結合蛋白が転写因子やスプライシ

ング関連因子である可能性が示された

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

図3ケミカルプローブの細胞内局在

結合蛋白を更に絞り込む目的で3H プロー

ブ処理した細胞から調整した核フラクションに

対して転写スプライシングに関連する様々な

因子への抗体を用いて免疫沈降実験を行い3Hプローブが共沈される抗体を探索したその結果

6 つの抗体で 3H 放射活性の共沈が観察された

その 5 つはスプライシングにおいて必須の働き

をしている U2 small nuclear ribonucleoprotein (U2 snRNP)に存在する蛋白(または構造)に対

する抗体であった残る 1 つは U2 snRNP との

複合体形成が報告されているサイクリン E に対

する抗体であった(図 4)この結果から結合蛋

白は U2 snRNP 複合体中に存在すると考えられ

た U2 snRNP は巨大な蛋白複合体でありSm

コア蛋白スプライシングファクターSF3aSF3b といったサブユニットから構成される巨大

な複合体である真核生物ではDNA から転写

された mRNA 前駆体 (pre-mRNA) にイントロ

ンと呼ばれる蛋白質のアミノ酸配列の遺伝情報

をもたない部分が含まれている遺伝子情報を蛋

白質へと翻訳するにはこのイントロンを取り除

きアミノ酸配列の情報をもつエキソンだけを正

確につなぎ合わせる必要があるこの工程がスプ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 15

ライシングでありU2 snRNP はスプライシン

グに関わる代表的なマシナリーの一つである

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

図4U2 snRNP-cyclinecdk2 複合体

U2 snRNP にまで絞り込まれてきた結合蛋

白を可視化し検出する目的で光親和性ビオチ

ン(PB)プローブを用いた実験を行った光親

和性モイエティーは UV 照射によってラジカル

種を生じ近接する蛋白質と共有結合を形成する

ここでプローブが共有結合した蛋白をビオチン

を足がかりとしてストレプトアビジン-HRP に

よって検出したその結果約 140kDa の位置に

バンドが検出された(図 5)U2 snRNP の中で

この分子量を有する蛋白としてはSF3b サブユ

ニ ッ ト に 存 在 す る spliceosome associated protein (SAP)145 または SAP130 が挙げられる

る実際このバンド中に両者が存在することを

イムノブロッティングおよび質量分析によって

確認したしかしながらこの二つの蛋白はほぼ

同じ位置に検出されどちらが結合蛋白であるか

を結論づけられなかったそこでSAP145 と

SAP130 についてそれぞれ GFP 融合蛋白を発現

させた細胞を用いて同様の実験を行いプローブ

結合蛋白のバンドシフトが検出されるかを検証

したGFP-SAP130 発現細胞では約 170kDa の

位置に結合蛋白のバンドがシフトした一方

GFP-SAP145 発現細胞ではバンドシフトが観察

されなかったことからプローブの結合蛋白は

SAP130 であると結論づけられた

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

図5PB プローブによる結合蛋白の検出

上述してきた実験では全てプラジエノライ

ドおよび E7107 とプローブ化合物との競合実験

を行いプラジエノライド自体の結合蛋白も

SAP130 であることを確認したしかしここで

は詳細な説明を割愛させていただくが一連のデ

ータはプラジエノライドが細胞内に存在する全

ての SAP130 に結合するのではなくSF3b 複合

体を形成している SAP130 にのみ結合すること

が示唆された例えばSAP130 の発現を siRNA処理により抑制した細胞においては蛍光プロー

ブの核スペックルへの局在が観察されなかった

がSAP145 の発現を抑制した場合においてもそ

の局在は消失したこの結果は SAP130 への結

合には SAP145 の存在も必要であることを示唆

しておりプラジエノライドが SAP130 のみな

らずSAP145など他のSF3b構成蛋白質から構成

される SF3b 中のポケット構造にはまり込んで

いる可能性などが考えられた 4プラジエノライド標的分子としての

SF3b プラジエノライドの結合蛋白が SF3b 中の

SAP130 であることを付き止めたが次にこれ

がプラジエノライドの抗腫瘍活性に直接関係し

た結合蛋白すなわち「標的分子」であるかを検

証した先ずE7107 に至る探索研究の過程で

得ていた強弱さまざまな細胞増殖抑制活性を示

すプラジエノライド化合物をSF3b 複合体に対

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 16

する 3H プローブの結合に対して競合させたそ

の結果強い細胞増殖抑制活性を有する化合物が

より高い競合能を示したすなわちプラジエノ

ライド化合物の SF3b への親和性と抗腫瘍活性

が相関することが示された(図 6)この結果は

SF3b がプラジエノライドの抗腫瘍効果の標的分

子であることを強く示唆している

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

図6プラジエノライドの SF3b への 親和性と抗腫瘍活性との相関

次にプラジエノライドの SF3b への結合に

よってその機能が阻害されているか否かを検証

したスプライシングが阻害された場合イント

ロン配列が残った未成熟な mRNA が細胞内に出

現すると考えられるそこでプラジエノライド

処理した細胞から回収した mRNA をもとに

cDNA ライブラリーを構築しイントロン配列が

含まれる cDNA の存在をランダムにスクリーニ

ングしたその結果DNAJB1 などいくつかの

遺伝子のイントロン配列が確認されたこれらの

遺伝子についてスプライシングが阻害された

mRNA(unspliced form RNA)の存在を定量的

RT-PCR にて検証した結果プラジエノライド処

理の時間に依存して unspliced form の発現量の

上昇が観察された(図 7)またプラジエノラ

イドの処理濃度によっても unspliced form の上

昇が確認されたこのときスプライシング阻害

を来たす濃度は細胞増殖抑制活性を発揮する濃

度と一致したさらにプラジエノライドが抗腫

瘍効果を発揮する処理濃度において核スペック

ルの巨大化(メガスペックル)が観察された(図

8)同様の現象はin vitro レベルでスプライシ

ングの阻害を来たす抗トリメチルグアノシン

(TMG)抗体やU1 または U6 snRNA に対す

るアンチセンスRNAの核内インジェクションに

おいても観察されているこれらの結果からプ

ラジエノライドは SF3b に結合しその機能を阻

害することで抗腫瘍効果を発揮していると結論

づけた6)

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した 図7プラジエノライドによるスプライシング阻害

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した 図8プラジエノライド B による核スペックルの形態変化

5抗腫瘍作用のメカニズム考察 「スプライシングの阻害がなぜ抗腫瘍活性

につながるか」に関してはいくつかの可能性

が考えられる7) 例えばプラジエノライドに

よるスプライシング阻害が癌細胞の増殖や生存

に必須の遺伝子の発現を抑制し抗腫瘍効果を発

揮していることなどが考えられる遺伝子発現に

関わる工程すなわち転写mRNA プロセシ

ング(キャッピングスプライシングポリアデ

ニレーション)さらに mRNA の核外輸送とサ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 17

ーベイランスなどはそれぞれが独立して進行す

るのではなく全てがカップリングしたrdquogene expression factoryrdquoを形成していると考えられ

ている従ってスプライシングの阻害がgene expression factory を機能不全に陥れ遺伝子発

現を抑制することは可能性あるシナリオである

この作用によってプラジエノライドが当初の

VEGF-PLAP assay において阻害活性を示して

いた可能性が考えられるまたプラジエノライ

ド処理時に観察されたメガスペックルはDRBやアクチノマイシン D といった転写阻害剤の処

理によっても観察されることは示唆的である

6終わりに プラジエノライドの標的分子がスプライシ

ングファクターSF3b であることを突き止めた

これによってE7107 が既存の抗癌剤とは全く

異なる分子を標的とするrdquoFirst-in-Classrdquoの薬剤

であることを示すことができた同時にスプラ

イシングファクターSF3b が抗癌剤の新たな創薬

ターゲットになりうる可能性を示したE7107は現在欧米において臨床試験が進められてお

りSF3b の創薬ターゲットとしての真価は

E7107の臨床試験結果が示してゆくことになる

一方プラジエノライドによる SF3b の機能

阻害が抗腫瘍効果につながるメカニズムの詳細

な解明にはさらなる研究の深耕化が必要である

スプライシング阻害剤としてのプラジエノライ

ドを用いた研究からスプライシングと転写や他

の mRNA プロセシングさらには mRNA 核外

輸送やサーベイランスとのカップリングに分子

レベルでの新たな知見が加わることが期待され

るプラジエノライド研究を起点とした研究から

癌患者様に新たな希望を与える新薬が生まれる

と同時にgene expression factory の分子レベル

での解明など基礎科学の進展にも貢献すること

を期待している 謝辞 本研究はメルシャン(株)生物資源研究所

エーザイ(株)筑波研究所および KAN 研究所と

の共同研究によって進められてきたものである

土田外志夫博士(メルシャン)酒井孝博士水

井佳治博士(エーザイ)をはじめ共同研究者関

係者の皆様に深く感謝いたします

参考文献 1) Sakai T et al J Antibiot 57 173 (2004)

2) Sakai T et al J Antibiot 57 180 (2004)

3) Mizui Y et al J Antibiot 57 188 (2004)

4) Iwata M et al Proc Am Assoc Cancer Res 45 691 (2004)

5) Kanada R M Itoh D et al Angew Chem Int Ed 46 4350 (2007)

6) Kotake Y et al Nature Chem Biol 3 570 (2007)

7) 小竹良彦甲斐田大輔水井佳治吉田稔 蛋白質核酸酵素 53 28 (2008)

略 歴 小竹 良彦 (Yoshihiko KOTAKE)1989年 広島大学医学系研究科分子薬学系修了同年 エ

ーザイ(株)入社2004年より 創薬第二研究所主幹研究員1997年 薬学博士 研究テーマ新規抗癌剤の探索研究ケミカルバイオロジー

関心事生理活性天然物核内因子を標的とした創薬研究

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 18

部会賞受賞者(2)

日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析と

その患者個別化薬物治療への応用 斎藤 嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所機能生化学)

1はじめに

薬物に対する生体の反応性(薬物応答性)に

関しては個体差や人種差があり十分な有効性が

得られない場合や副作用を発現する場合も存在

し患者 QOL の低下をもたらす原因となってい

る薬物応答性に影響を与える因子として遺伝

的要因と環境的要因が考えられるがヒトゲノム

研究の進展に伴い薬物代謝酵素動態関連及び

受容体分子をコードする遺伝子の多型(主として

約 1000 塩基に 1 ヶ所存在する塩基置換や挿入

欠失)に基づくこれら分子の機能変化が 薬物応

答性の個体差発現に関与していることが明らか

となってきた1980 年代後半より特に薬物代

謝酵素に関し機能変化を伴う遺伝子多型が同定

されてきており中には機能がほぼ完全に消失す

る多型も知られているしかし単独多型部位に

着目したフェノタイプ - ジェノタイプ相関解析

では相反する結果が得られる場合も多く機能

影響が確立されたものは比較的少なかった我々

は平成 12 年度より一貫して日本人を対象と

した薬物応答関連遺伝子の多型解析を行うと共

に染色体上における遺伝子多型同士の組み合わ

せであるハプロタイプに着目しこれまでに多く

の薬物代謝酵素トランスポーター受容体等

につき日本人におけるハプロタイプ構造を明ら

かにしたまた発見した新規多型の機能影響を

in vitro 解析により解明した

2ハプロタイプ解析 我々はこれまでに約 50 種の遺伝子に関し主

としてエクソン領域及びエンハンサープロモー

ター領域を対象に直接シーケンシングによる多

型探索を行い約 2000 種の多型(うちアミノ

酸置換を引き起こすものは新規の約 150 種を含

む約 250 種)を見いだしたさらにこれらの

多型情報を基にハプロタイプ解析を行った 1 2)

表 1 に対象とした薬物応答関連遺伝子の一部を

示した

図1 連鎖不平衡とハプロタイプ解析

ヒトは両親より染色体を 1 本ずつ受け継いで

いるが減数分裂の際に相同組換えを起こす組

換えを起こしにくい領域ではその間の塩基配列

はあまり変化せず従って遺伝子多型の組み合わ

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 19

せも一定となる場合が多い(連鎖不平衡にあると

言う図 1)この同一染色体上に存在する多型

の組み合わせがハプロタイプである遺伝子多型

の機能影響が複数の多型により引き起こされる

場合や機能変化を引き起こす原因多型が未同定

であるものの解析したハプロタイプ上に存在す

る場合等にはフェノタイプとの相関解析に特に

有効な方法である世界的にも国際ハップマップ

プロジェクトが進行中であるが我々は薬物応答

関連遺伝子に特化しそれぞれ 100-500 人の日

本人を対象として高密度ハプロタイプを明らか

にした 実際にハプロタイプによる解析が功を奏した

例として以下のものが挙げられる a) 複数の機能変化をもたらす遺伝子多型が同一

遺伝子中に存在する場合機能影響がより明確に

なったケース

図2 UGT1A1 の遺伝子多型とハプロタイプ

グルクロン酸転移酵素 UGT1A1 は小胞体に

局在する第二相酵素である我々は日本人につき

UGT1A1 遺伝子中にin vitro 解析で大きな機能

低下を引き起こす6 (211GgtA Gly71Arg)及び

28 (TA6gtTA7)(図 2赤字)及び中程度の低下

を引き起こす27 (686CgtA Pro229Gln)及び60 (-3279TgtG) (青字)といういずれも酵素活性

の低下または蛋白質発現レベルの低下を引き起

こす多型を検出したこれらのハプロタイプ解析

の結果機能低下が大きい6 と28 は排他的に

存在することほとんどのケースで28 は60 と

同一ハプロタイプ上に存在すること27 は28

と同一ハプロタイプ上に存在することを見いだ

した(図 2)3)また 3rsquo-非翻訳領域に 3 多型

(1813CgtT 1941CgtG 2042CgtG)が連鎖してい

るIB ハプロタイプを同定した(緑字)図 3 に

示すように理論上別々の染色体上に機能低下

を起こす多型が存在する場合の方が同一染色体

上に存在する場合よりも大きな機能低下を引き

起こすUGT1A1 が活性代謝物 SN-38 の解毒代

謝に関わる抗がん剤イリノテカンや同じく

UGT1A1 が代謝に関わるビリルビンを対象とし

たその後の解析で日本人の UGT1A1 の遺伝子

多型では6 または28 を二本の染色体で共に

有する場合(ホモ接合)及び6 と28 の両者を

それぞれ別の染色体上で有する場合に体内動態

及び副作用への影響が大きいことから主として

6 と28 を指標とすれば良いことが明らかとな

った 4 5)さらに60 及びIB 単独では影響が弱

いものの60 - IB 組み合わせハプロタイプで

は28 に匹敵する影響を血中総ビリルビン濃度

に与え値を上昇させることを見いだした 5)

図3 多型影響のハプロタイプによる違い

b) 同一基質を代謝する酵素群の遺伝子が染色体

上で近傍に位置する場合各遺伝子のハプロタイ

プの組み合わせで総合的機能変化を推定しうる

ことを示したケース 薬物代謝酵素ではファミリーを形成する遺伝

子群が染色体上に並んで存在する場合があるこ

れらファミリー遺伝子の産物は基質特異性が異

なるものの同一基質を代謝するケースも多い

従って多型影響はファミリー遺伝子全体として

考える必要がある現在処方されている医薬品の

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 20

約半数の代謝に関わる重要なシトクロムP450分

子種 CYP3A である CYP3A4 と CYP3A5 の場合

では酵素活性の低下を引き起こす CYP3A416 (554CgtG Thr185Ser)とスプライシング異常に

より発現レベルの大幅な低下を引き起こす

CYP3A53(IVS3-237AgtG)が重要な多型であ

る我々は CYP3A4 及び CYP3A5 のハプロタイ

プを別々に明らかとした後その組み合わせも解

析した 6)その結果CYP3A416 を有する場合

CYP3A5 は野生型である1 をCYP3A53 を有

する場合CYP3A4 は1 をそれぞれ有すること

が明らかとなり重要な酵素としてある一定の

酵素活性が保たれるような組み合わせになって

いることが示唆された これ以外の例ではUGT1A7 と UGT1A1 の例

がありこの場合は酵素活性が低下する

UGT1A73 の約 67が UGT1A16(酵素活性低

下)と26が UGT1A128(発現レベル低下)

と連鎖しておりハプロタイプを形成していた 7)

UGT1A1 は肝臓等にUGT1A7 は消化管等に発

現しておりUGT1A73 を有する場合には

SN-38 などの解毒代謝が体内の多くの組織で低

下していると考えられる c) アミノ酸置換を起こさず単独多型部位の解析

では注目されてこなかった多型のみを有するハ

プロタイプが薬物動態パラメーターの変化を引

き起こすことを明らかにしたケース これにはまず抗てんかん薬カルバマゼピンに

おけるエポキシド加水分解酵素 EPHX1 のハプ

ロタイプが挙げられるカルバマゼピンは主と

して CYP3A4 により薬理活性を有するエポキシ

ド体に変換された後さらに EPHX1 によりジオ

ール体へと解毒代謝されるEPHX1 遺伝子中に

検出した多型の連鎖不平衡解析結果により3 つ

のブロックに分けてハプロタイプ解析を行った

がこのうちブロック 3 の1c ハプロタイプが

酵素活性の指標であるジオール体とエポキシド

体の血中濃度比の有意な上昇をもたらすことを

明らかにした(図 4)8)このハプロタイプは

1248GgtA(Lys416Lys)と IVS3-114GgtC という

それぞれアミノ酸置換を引き起こさないサイレ

ントの多型及びイントロン領域の多型のみを有

していたIVS3-114GgtC は他のハプロタイプに

も存在することから1248GgtA(Lys416Lys)またはこれと強く連鎖している未知の多型の効

果により酵素活性が上昇したと考えられる

図4 EPHX1 Block 31c ハプロタイプの カルバマゼピン解毒代謝への影響

この他の例としては抗がん剤パクリタキセル

の薬物動態変化における CYP2C8 のハプロタイ

プがあるパクリタキセルには CYP3A4 により

C3rsquo-p-水酸化体に代謝されさらに CYP2C8 に

よりジオール体に変換される経路が知られてい

るがCYP2C8 のイントロン多型 7 種で形成さ

れるIG ハプロタイプを有するヒトではC3rsquo-p-水酸化体の血中濃度-時間曲線下面積値が有し

ないヒトに比べて有意に高かった 9)従ってIGハプロタイプではCYP2C8 の酵素活性が低下

していると示唆された 以上のようにハプロタイプ解析は単独多型の

解析に比してより明確により包括的に機能影

響を明らかにすることが可能であることを示し

薬物応答性分子の解析におけるその有用性が示

された

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

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c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 21

3機能解析 新規に遺伝子多型を同定しても機能変化を引

き起こさなければいわゆるldquoジャンクrdquoの多型

であるまたハプロタイプを同定してもその中

のどの多型が機能変化に関連しているか不明で

あるそこでアミノ酸置換を伴う遺伝子多型を中

心に in vitro 機能解析を行い機能変化を引き起

こす多型を約 30 種同定したその一部を表 2に示す例えば上述の CYP3A416 多型はテ

ストステロンの水酸化活性を約 50低下させる

ことが in vitro で示されたため 10)in vivo の解

析でも注目しパクリタキセル等の薬物動態パラ

メーターの変化を引き起こすことを見いだした

11)また同じシトクロム P450 の一種 CYP1A2において8(1367GgtA Arg456His)15( 125CgtG Pro42Arg ) 16 ( 1130GgtA Arg377Gln)はそのアリル頻度は 0002-0004と低いもののいずれもヘム蛋白質レベルが低下

することにより95以上という大幅な活性低下

を引き起こすことを明らかにした 12)

表2 機能変化を示した薬物応答性遺伝子の多型

(シトクロム P450 の例)

4おわりに

以上のように日本人を対象に薬物動態変

化や有効性副作用発現に関わる重要な遺伝子多

型ハプロタイプを明らかとしたことは医薬品

の種類や投薬量等に関する治療方針を個別に決

定する患者個別化薬物治療の本邦における発展

に大きく寄与するものと考えるこれらの成果は

人種的に類似している東アジア諸国においても

有用であり現に我々が発見した遺伝子多型に関

する報告が韓国や中国から相次いでいるまた薬

物応答性遺伝子の多型影響を考慮してリード化

合物の最適化を行うことは臨床試験段階でのド

ロップアウトを防止する有力な手段になりえる

と考えられ本研究の成果は創薬の面からも有用

と思われる今後も未解析である硫酸転移酵素や

一部のトランスポーター群の解析を行うと共に

創薬及び臨床現場で有用と考えられる遺伝子多

型ハプロタイプのデータベース化を行い日本

におけるファーマコゲノミクス情報の有効活用

を促していきたい 謝 辞 本研究は国立医薬品食品衛生研究所機能生

化学部 澤田純一部長同薬理部 小澤正吾室長

(現岩手医科大学教授)をはじめとする国立医

薬品食品衛生研究所の先生方および国立がんセ

ンター国立国際医療センター岡山大学東京

女子医科大学をはじめとする共同研究機関の先

生方のご指導及び共同研究のもとに行われたも

のであり心より感謝申し上げますまた本研究

は医薬品医療機器総合機構医薬基盤研究所

厚生労働省文部科学省等より研究費の助成を受

けて行われたものでありここに深謝致します

参考文献 1) Saito Y et al Curr Pharmacogenomics 5 49-78 (2007)

2)斎藤嘉朗ら 細胞工学 26 1020-1025 (2007)

3) Sai K et al Clin Pharmacol Ther 75 501-515 (2004)

4) Minami H et al Pharmacogenet Genomics 17 497-504 (2007)

5) Saeki M et al Clin Chem 53 356-358 (2007)

6) Fukushima-Uesaka H et al Hum Mutat 23 100 (2004)

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 22

7) Saeki M et al Pharmacogenomics J 6 63-75 (2006)

8) Nakajima Y et al Eur J Clin Pharmacol 61 25-34 (2005)

9) Saito Y et al Pharmacogenet Genomics 17 461-471 (2007)

10) Murayama N et al Drug Metab Pharmacokinet 17 150-156 (2002)

11) Nakajima Y et al Clin Pharmacol Ther 80 179-191 (2006)

12) Saito Y et al Drug Metab Dispos 33 1905-1910 (2005)

略 歴 斎藤 嘉朗(Yoshiro SAITO)1989 年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了同年国立衛生

試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)機能生化学部 研究員1996 年博士(薬学)取得(東京大学)1998 年カナ

ダトロント大学医学部 博士研究員2000 年国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部 主任研究官2001 年同第二室

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部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 24

常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 8

しChiB の W97 および W220 からなる疎水ポ

ケットに収まっている)4)しかし構造比較だけ

ではこの結合親和性の違いを定量的に説明する

ことはできないそこで本研究ではKollman博士らにより提案された MM-PBSA (Molecular Mechanics PoissonndashBoltzmann Surface Area)法 5)をこの系に適用しArgifin お

よび Argadin の結合自由エネルギー解析を行っ

た 6)これにより物理化学的観点から結合親和

性の違いを定量的に解析するまた計算結果を

用いて結合親和性の改善が期待できる Argifin誘導体(構成アミノ酸を別のアミノ酸で置換した

誘導体)の論理的分子設計を行うこれらの結果

はキチナーゼを標的にした新規な抗真菌薬殺

虫剤および喘息治療薬の開発に有用な情報を与

えると思われる 2 MM-PBSA 法 MM-PBSA 法ではタンパク質minusリガンド複合

体タンパク質単独およびリガンド単独の溶液

構造アンサンブルを必要とするしたがって厳

密に行う場合にはそれぞれについて水溶液中で

の分子動力学(MD)シミュレーションを行いそ

れぞれの溶液構造アンサンブルを算出する必要

があるこの中で複合体およびタンパク質単独

のシミュレーションは取り扱う原子数が巨大で

あるため非常に時間がかかるしかし複合体

中のタンパク質構造がその単独溶液構造とほぼ

同じであると仮定できる場合には複合体につい

ての MD シミュレーションだけを行いその溶

液構造アンサンブルからリガンドを取り除くこ

とでタンパク質単独の溶液構造アンサンブルを

用意することができるChiB 単独のX線結晶構

造はArgifin(および Argadin)との複合体におけ

る ChiB 構造とほとんど同じであった 7)そこで

本研究においてもこの近似法を用いているまた

非常に多くの場合においてこの近似法が有効で

あることが報告されている 8-12) 次に複合体タンパク質単独およびリガンド

単独の溶液構造アンサンブルを用いて図3のよ

うな熱力学サイクルを考えるこのサイクルにお

いて求めるべき結合自由エネルギー(∆Gbind(計算))は次のように表される ∆Gbind(計算) = ∆Ggas + Gsolv_complex ndash Gsolv_protein ndash

Gsolv_ligand (1) ここで∆Ggas は気相中における結合エネルギー

を表しているこの項は複合体タンパク質単

独およびリガンド単独の溶液構造アンサンブル

が持つ分子力学(Molecular Mechanics)エネルギ

ーを AMBER 等のパラメータ 13)を用いて計算し

差をとることで計算される具体的に∆Ggas は

次の項の和となる

∆Ggas = ∆Eint + ∆EVDW + ∆Eelec ndash T∆Ssolute (2) ∆Eint は結合時のリガンドの構造変化に伴う内部

エネルギー変化(結合長結合角二面角に関す

るエネルギー変化)∆EVDW はタンパク質minusリガ

ンド間の van der Waals 相互作用エネルギー

∆Eelec はタンパク質minusリガンド間の静電相互作用

エネルギーT∆Ssoluteは結合に伴う分子のエント

ロピー変化である 式(1)におけるGsolv_complexGsolv_proteinおよび

Gsolv_ligand はそれぞれ複合体タンパク質単

独およびリガンド単独の溶液構造アンサンブル

についての水和自由エネルギーを表している例

え ば Gsolv_complex は 次 の よ う に 極 性 項

(GPB_complex電荷が寄与するエネルギーを表す

項)と非極性項(GSA_complex水分子との van der Waals 相互作用エネルギーと空洞形成や水分子

の再配置に必要なエネルギーを表す項)に分割さ

れて計算される Gsolv_complex = GPB_complex + GSA_complex (3)

GPB_complexはDelphi14)等のプログラムを用いて

Poisson-Boltzmann 方程式を数値的に解くこと

によりGSA_complex は表面積(Surface Area)に依

存した経験式により求められるところで式(1)中における水和自由エネルギー項の寄与は複

合体の水和自由エネルギーからタンパク質単独

とリガンド単独の水和自由エネルギーを引いた

形になっておりこれはまさに結合に伴う水和自

由エネルギーの変化(∆Gsolv)を表している ∆Gsolv = Gsolv_complex ndash Gsolv_protein ndash Gsolv_ligand

= GPB_complex + GSA_complex ndash ( GPB_protein

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+ GSA_ptrotein ) ndash ( GPB_ligand + GSA_ligand )

= ( GPB_complex ndash GPB_protein ndash GPB_ligand ) + ( GSA_complex ndash GSA_protein ndash GSA_ligand ) = ∆GPB + ∆GSA (4)

このようにMM-PBSA 法は熱力学サイクル

を利用することにより結合に伴う水和自由エネ

ルギー変化をきちんと考慮するため非常に精度

の高い結合自由エネルギーを与えることができ

る最終的に∆Gbind(計算)は次の項の和で計算さ

れる ∆Gbind(計算) = ∆Ggas + ∆Gsolv

= ∆Eint + ∆EVDW + ∆Eelec ndash T∆Ssolute + ∆GPB + ∆GSA (5)

3 計算結果 本研究ではArgifnminusChiB(ArgadinminusChiB)複合体Argifn(Argadin)単独についてそれぞれ

1700ps の MD シミュレーションを行った計算

には AMBER 715)を用いた構造が平衡に達した

と思われる後半 1000ps から 10ps 毎に全部で

100 個のスナップショットを取り出しそれぞれ

の系の溶液構造アンサンブルとしたまた先程記

したようにChiB 単独の溶液構造アンサンブル

は複合体の溶液構造アンサンブルからリガンド

を取り除くことで用意したこれら溶液構造アン

サンブルを用いて MM-PBSA 計算を行った結果

を表1に示す計算された結合自由エネルギー値

(∆Gbind( 計算 )) は Argifin に対して ndash698 kcalmolArgadin に対してndash1116 kcalmol であった実験値(∆Gbind(実験))はそれぞれndash636 kcalmol およびndash1092 kcalmol であるから

MM-PBSA 法が実験値を非常によく再現してい

ることがわかるまた式(5)の各項を調べるこ

とで結合過程における物理化学的性質を議論す

ることができる例えば∆Eint の項は ArgifinではほとんどゼロであるがArgadin では結合に

対して 526 kcalmol 不利になっているこのこ

とはChiB に結合する際にArgifn はほとんど

構造変化を起こさないがArgadin は 5 kcalmol程度のエネルギー損失に相当する構造変化を引

き起こすことを示している 図4に MD シミュレーションで得られた各リガ

ンドの複合体中における構造(結合配座)と単独

溶液構造の比較を示す確かにArgifin ではそ

の結合配座と単独溶液構造がよく似ているが

Argadin の結合配座はその単独溶液構造と大き

く異なっていることがわかるまた結合自由エ

ネルギーに対して電荷が寄与する項(∆Gelectot)は∆Eelec と∆GPB の和で表されるがこの値は

Argifin および Argadin 共に正の値になっている

これは両者の複合体形成は静電的には不利で

あることを示しているしたがって両者の複合

体形成は van der Waals 相互作用(∆EVDW)と水和

自由エネルギーの非極性寄与(∆GSA)により安定

化されていることがわかる

MM-PBSA 法により計算された Argifn と

Argadin の間の相対結合自由エネルギー

(∆∆Gbind(計算))は418 kcalmol となりこれも

実験値456 kcalmolをよく再現していた表

1より両者の複合体形成に重要な役割を果たし

ている van der Waals 相互作用(∆EVDW)と水和自

由エネルギーの非極性寄与 (∆GSA)が共に

Argadin において Argifin より有利になっており

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 10

これらが Argadin の高親和性を生じさせている

ことがわかる特にArgadin の van der Waals相互作用エネルギー(∆EVDW)は Argifin の値より

約 12 kcalmol も有利でありこれが主な要因と

なっている図5に Argifin と ChiB の各アミノ

酸残基との間の van der Waals 相互作用エネル

ギー値から Argadin についての値を差し引いた

ものをプロットした

負の値を持つ残基は Argifin と正の値を持つ残

基は Argadin とより強く van der Waals 相互作

用している残基であるこれよりE144M212W220Y292I339および W403 の6個の残

基が Argadin とより有利な van der Waals 相互

作用を形成していることがわかる特にW220とW403はそれぞれ460および453 kcalmolと非常に大きく有利となっていたこれら値の和

は913 kcalmolとなりArgifin と Argadinの間の van der Waals 相互作用エネルギー差の

ほとんどを占めていることがわかるしたがって

ChiB に対する Argadin の高親和性は主に

Argadin とこの二つの Trp 残基との間の非常に

有利な van der Waals 相互作用に起因すると考

えられるところでW220 を Ala 残基に置換し

たChiB変異体(W220A変異体)に対してArgifinおよび Argadin はそれぞれndash418およびndash752 kcalmol の結合自由エネルギー値を示すことが

実験的に報告されている 4)これよりW220 を

Ala 残基に置換したことによる結合自由エネル

ギー損失はArgifin および Argadin に対して

それぞれ151および 340 kcalmol となり

Argadin についての損失のほうがより大きいこ

れはArgadin と W220 の相互作用が Argadinの高親和性に大きく寄与していることを支持す

る実験結果である

4 ChiB に対して高親和性を有する Argifin 誘

導体の分子設計 最近北里生命科学研究所において Argifin の

全合成経路が確立されたこれによりさまざま

な Argifin 誘導体(構成アミノ酸を別のアミノ酸

で置換した誘導体)の合成が可能になったそこ

で今回得られた計算結果を使用して結合親和

性の改善が期待できるArgifin誘導体の論理的分

子設計を行ったMM-PBSA計算結果によると

Argadin の高親和性の主な要因はより有利な

van der Waals 相互作用であるそこでChiBとの van der Waals 相互作用が改善されるよう

な Argifin 誘導体を分子設計すればその結合親

和性が Argadin のように強くなるのではないか

と予想された図6AにArgifinminusChiB 複合体

における Argifin の D-Ala(5)周辺を示している これよりD-Ala(5)周辺には比較的大きな空間的

スペースがありその近傍には ChiB の疎水性残

基 F12F51Y98 が存在することがわかった

そこでD-Ala(5)を嵩高い側鎖を持つ疎水性アミ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 11

ノ酸残基に置換すればChiB との van der Waals 相互作用および疎水相互作用がより有利

になり結合親和性が改善されるのではないかと

考えたそこでD-Ala(5)を D-ValD-LeuD-PheおよびD-Trpで置換したArgifin誘導体を分子設

計しChiB との複合体構造モデリングを行った

図6Bに D-Ala(5)を D-Trp(5)で置換した変異体

(A5W 変異体)についての複合体モデル構造を示

す導入された D-Trp(5)の側鎖が空間的スペ

ースをうまく充填していることがわかる表2に

複 合 体 モ デ ル 構 造 を 用 い た 一 点 計 算 の

MM-PBSA 法による各誘導体の相対結合自由エ

ネルギー評価を示すD-Ala(5)を D-LeuD-Pheおよび D-Trp で置換することで実際に van der Waals 相互作用が改善され結合親和性がより強

くなりそうなことがわかった特にA5W 誘導

体に対しては 5 kcal程度の大きな改善が期待で

きArgadin に匹敵する結合親和性を有すること

が予想された 5 おわりに 本研究ではMM-PBSA 法を適用することに

よりChiB に対する Argifin と Argadin の結合

親和性の違いを定量的かつ物理化学的観点から

解析したさらにこの結果を利用することで

結合能の改善が期待できるArgifin誘導体の論理

的分子設計が可能になった現在これら誘導体

の合成研究が行われている 6 謝辞 本研究は科学研究費補助金(19590043)財

団法人武田科学振興財団財団法人持田記念医学

薬学振興財団などの助成を受けて行ったもので

ありその資金援助に深く感謝します

参考文献 1) Zhu Z Zheng T Homer R J Kim Y K Chen N Y Cohn L Hamid Q Elias J A Science 2004 304 1678 2) Shiomi K Arai N Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Tetrahedron Lett 2000 41 2141 3) Arai N Shiomi K Yamaguchi Y Masuma R Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Chem Pharm Bull (Tokyo) 2000

48 1442 4) Houston D R Shiomi K Arai N Ōmura S Peter M G Turberg A Synstad B Eijsink V G H van Aalten D M F

Proc Natl Acad Sci USA 2002 99 9127 5) Kollman P A Massova I Reyes C Kuhn B Huo S Chong L Lee M Lee T Duan Y Wang W Donini O Cieplak

P Srinivasan J Case D A Cheatham III T E Acc Chem Res 2000 33 889 6) Gouda H Yanai Y Sugawara A Sunazuka T Ōmura S Hirono H Bioorg Med Chem 2008 In press 7) van Aalten D M F Synstad B Brurberg M B Hough E Riise B W Eijsink V G H Wierenga R K Proc Natl Acad

Sci USA 2000 97 5842 8) Massova I Kollman P A J Am Chem Soc 1999 121 8133 9) Chong L T Duan Y Wang L Massova I Kollman P A Proc Natl Acad Sci USA 1999 96 14330 10) Masukawa K M Kollman P A Kuntz I D J Med Chem 2003 46 5628 11) Gouda H Kuntz I D Case D A Kollman P A Biopolymers 2003 68 16 12) Spackovaacute N Cheatham III T E Ryjaacutecek F Lankas F Van Meervelt L Hobza P Sponer J J Am Chem Soc 2003 125

1759 13) Cornell W D Cieplak P Bayly C I Gould I R Merz K M Jr Ferguson D M Spellmeyer D C Fox T Caldwell J

W Kollman P A J Am Chem Soc 1995 117 5179 14) Honig B Nicholls A Science 1995 268 1144 15) Case D A Pearlman D A Caldwell J W Cheatham T E Wang J Ross W S Simmerling C L Darden T A Merz

K M Stanton R V Cheng A L Vincent J J Crowley M Tsui V Gohlke H Radmer R J Duan Y Pitera J Massova I Seibel G L Singh U C Weiner P K Kollman P A AMBER7 University of California San Francisco 2002

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 12

略 歴 合田 浩明 (Gouda HIROAKI)1993 年東大薬博士課程終了博士(薬学)取得(株)日立製作所入社1995 年北里大学薬学部助手1998 年北里大学薬学部講師2000 年カリフォルニア大学サン

フランシスコ校博士研究員2002 年北里大学薬学部准教授

略 歴 広野 修一 (Hirono SHUICHI)1981 年東大薬博士課程終了薬学博士取得北里大学

薬学部助手1988 年北里大学薬学部講師1988 年カリフォルニア大学サンフランシスコ校博士研究員1990年北里大学薬学部大学助教授1994 年北里大学薬学部大学教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 13

部会賞受賞者(1)

新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創生

小竹 良彦(エーザイ株式会社)

1はじめに 新たな「創薬ターゲット」を見出しそれに

基づいた画期的な新薬を創出することは研究開

発型製薬企業の生命線とされてきたゲノムサイ

エンスをはじめとした様々なアプローチによっ

て活発な創薬ターゲットの探索が進められてい

るが例えば先ずユニークな生理活性化合物を

見出しその標的分子を解明することは創薬タ

ーゲットを見出すことに他ならない一発必中の

創薬ターゲット探索法ともいえるこのアプロー

チは「ケミカルバイオロジー」の研究機軸の一

つでありこれまで創薬研究や細胞生物学の新た

な研究領域の扉を開けてきた我々は既存の抗

癌剤とは異なるユニークなメカニズムで優れた

抗腫瘍効果を発揮する天然物プラジエノライド

を見出しその標的分子を決定した同時にプ

ラジエノライド誘導体である新規抗癌剤 E7107を創出した

2プラジエノライドの発見と活性 我々は新規抗癌剤創出を目指して血管新生

因 子 で あ る Vascular Endotherial Growth Factor (VEGF)シグナルに着目しVEGF プロモ

ーター支配下の遺伝子発現を阻害する化合物の

探索を行ったVEGF プロモーター下流に

placental alkaline phosphatase(PLAP)をレポ

ーター遺伝子として組み込み低酸素条件刺激に

よる遺伝子(レポーター遺伝子)発現を評価する

cell-based assay を構築し(VEGF-PLAP assay)これを阻害する化合物のスクリーニングを行っ

たヒットしてくる化合物の作用点(標的分子)

が特定の一つに限定されないこの方法を敢えて

用いることで既存の抗癌剤とは異なるあるい

は未知のメカニズムに基づく阻害剤がヒットす

る可能性を期待したまたよりユニークなヒッ

ト化合物を求めて低分子化合物ライブラリーで

はなく天然物資源に特化してスクリーニングを

行ったここから見出されてきたのがプラジエ

ノライドである1) 2)

プ ラ ジ エ ノ ラ イ ド は Streptomyces platensis Mer-11107 から単離された二次代謝産

物で新規な 12 員環マクロライド化合物である

(図 1)当初得られた類縁体の中で最も活性の

高かったプラジエノライド B はin vitro で各種

癌細胞に対して nM オーダーで細胞増殖抑制活

性を示したまたin vivo においても優れた抗

腫瘍活性を発揮しヒト乳癌細胞 BSY-1 を移植

したヌードマウスモデルにおいては腫瘍が消失

した治癒マウスが観察されたさらにこの優れ

た抗腫瘍効果が既存の抗癌剤とは異なるメカニ

ズムに基づくことが複数のデータから示唆され

た3) この魅力的な天然物をリード化合物とした

探索研究を展開しさらに優れた活性安全性

物性プロファイルを有するプラジエノライド Dの半合成誘導体である E7017 を見出した4)また

プラジエノライドは 10 個の不斉炭素を有してい

ることからその絶対立体を確認する目的で全合

成研究を行ったプラジエノライド B および Dをそれぞれ 21 工程19 工程で合成し絶対立体

構造を明らかにした5)同時に天然からは得ら

れない新たなプラジエノライド類縁体の合成も

可能となった

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

図1プラジエノライドの化学構造

3プラジエノライドの結合分子探索 プラジエノライドが既存の抗癌剤とは異な

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 14

るメカニズムで抗腫瘍作用を発揮していること

が様々なデータから示唆されていたがその詳細

は不明なままであったこの解明に向けてプラジ

エノライドの標的分子探索を進めたこれによっ

て抗がん剤研究の新たな「創薬ターゲット」を

提示できる可能性と解明された標的分子作用

メカニズムを基にしたバイオマーカーなどを設

定することでより効率的な E7107 の臨床開発が

可能となることを期待したさらに臨床開発に

あたって患者様開発担当者臨床医政府関連

機関の皆様はじめ広く社会に E7107 の作用メカ

ニズムを科学的に説明してゆくことは企業研究

者の使命であるとも考えていた癌治療分野では

「分子標的治療薬」なるキーワードが定着してい

ることからも薬効を分子レベルで解明すべきで

あると考えたこれらの展望目的を達成するに

はプラジエノライドをケミカルプローブとして

用いその結合蛋白を決定することが最も合理的

であると考えた プラジエノライドから E7107 に至る探索研

究時に確立していた誘導体合成方法と得られて

いた構造活性相関を基にプラジエノライドの活

性が保持される位置にトリチウム(3H)蛍光タグ

(BODIPY-FL)光親和性基およびビオチンタグ

(photoaffinitybiotin PB)を導入した 3H プロー

ブBODIPY-FL プローブおよび PB プローブを

合成した(図 2)これらはin vitro にて nM オ

ーダーから sub-μM オーダーの細胞増殖抑制活

性を示しプラジエノライド標的分子への親和性

を維持していると判断されたこれらのプローブ

化合物を細胞に処理したことからそれぞれの結

合蛋白を放射活性蛍光によって追跡し

streptavidin-HRP を用いてその検出同定を試

みた6)

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

図2ケミカルプローブの化学構造

先ず結合蛋白の細胞内局在を 3H プローブ

および蛍光プローブを用いて検討した3H プロ

ーブを処理した細胞から細胞画分を調整し各画

分中の 3H 放射活性を測定したところ核フラク

ション中の放射活性が最も高かった(図 3a)次

いで蛍光プローブ処理した細胞の蛍光顕微鏡に

よる観察ではプローブが核内の顆粒状構造に局

在することが確認された(図 3b)この顆粒は核

スペックルのマーカーである SC-35 の局在と完

全に一致した核スペックルは転写やスプライシ

ングに関わる蛋白が高密度に存在する構造体で

あることから結合蛋白が転写因子やスプライシ

ング関連因子である可能性が示された

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

図3ケミカルプローブの細胞内局在

結合蛋白を更に絞り込む目的で3H プロー

ブ処理した細胞から調整した核フラクションに

対して転写スプライシングに関連する様々な

因子への抗体を用いて免疫沈降実験を行い3Hプローブが共沈される抗体を探索したその結果

6 つの抗体で 3H 放射活性の共沈が観察された

その 5 つはスプライシングにおいて必須の働き

をしている U2 small nuclear ribonucleoprotein (U2 snRNP)に存在する蛋白(または構造)に対

する抗体であった残る 1 つは U2 snRNP との

複合体形成が報告されているサイクリン E に対

する抗体であった(図 4)この結果から結合蛋

白は U2 snRNP 複合体中に存在すると考えられ

た U2 snRNP は巨大な蛋白複合体でありSm

コア蛋白スプライシングファクターSF3aSF3b といったサブユニットから構成される巨大

な複合体である真核生物ではDNA から転写

された mRNA 前駆体 (pre-mRNA) にイントロ

ンと呼ばれる蛋白質のアミノ酸配列の遺伝情報

をもたない部分が含まれている遺伝子情報を蛋

白質へと翻訳するにはこのイントロンを取り除

きアミノ酸配列の情報をもつエキソンだけを正

確につなぎ合わせる必要があるこの工程がスプ

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 15

ライシングでありU2 snRNP はスプライシン

グに関わる代表的なマシナリーの一つである

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

図4U2 snRNP-cyclinecdk2 複合体

U2 snRNP にまで絞り込まれてきた結合蛋

白を可視化し検出する目的で光親和性ビオチ

ン(PB)プローブを用いた実験を行った光親

和性モイエティーは UV 照射によってラジカル

種を生じ近接する蛋白質と共有結合を形成する

ここでプローブが共有結合した蛋白をビオチン

を足がかりとしてストレプトアビジン-HRP に

よって検出したその結果約 140kDa の位置に

バンドが検出された(図 5)U2 snRNP の中で

この分子量を有する蛋白としてはSF3b サブユ

ニ ッ ト に 存 在 す る spliceosome associated protein (SAP)145 または SAP130 が挙げられる

る実際このバンド中に両者が存在することを

イムノブロッティングおよび質量分析によって

確認したしかしながらこの二つの蛋白はほぼ

同じ位置に検出されどちらが結合蛋白であるか

を結論づけられなかったそこでSAP145 と

SAP130 についてそれぞれ GFP 融合蛋白を発現

させた細胞を用いて同様の実験を行いプローブ

結合蛋白のバンドシフトが検出されるかを検証

したGFP-SAP130 発現細胞では約 170kDa の

位置に結合蛋白のバンドがシフトした一方

GFP-SAP145 発現細胞ではバンドシフトが観察

されなかったことからプローブの結合蛋白は

SAP130 であると結論づけられた

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

図5PB プローブによる結合蛋白の検出

上述してきた実験では全てプラジエノライ

ドおよび E7107 とプローブ化合物との競合実験

を行いプラジエノライド自体の結合蛋白も

SAP130 であることを確認したしかしここで

は詳細な説明を割愛させていただくが一連のデ

ータはプラジエノライドが細胞内に存在する全

ての SAP130 に結合するのではなくSF3b 複合

体を形成している SAP130 にのみ結合すること

が示唆された例えばSAP130 の発現を siRNA処理により抑制した細胞においては蛍光プロー

ブの核スペックルへの局在が観察されなかった

がSAP145 の発現を抑制した場合においてもそ

の局在は消失したこの結果は SAP130 への結

合には SAP145 の存在も必要であることを示唆

しておりプラジエノライドが SAP130 のみな

らずSAP145など他のSF3b構成蛋白質から構成

される SF3b 中のポケット構造にはまり込んで

いる可能性などが考えられた 4プラジエノライド標的分子としての

SF3b プラジエノライドの結合蛋白が SF3b 中の

SAP130 であることを付き止めたが次にこれ

がプラジエノライドの抗腫瘍活性に直接関係し

た結合蛋白すなわち「標的分子」であるかを検

証した先ずE7107 に至る探索研究の過程で

得ていた強弱さまざまな細胞増殖抑制活性を示

すプラジエノライド化合物をSF3b 複合体に対

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 16

する 3H プローブの結合に対して競合させたそ

の結果強い細胞増殖抑制活性を有する化合物が

より高い競合能を示したすなわちプラジエノ

ライド化合物の SF3b への親和性と抗腫瘍活性

が相関することが示された(図 6)この結果は

SF3b がプラジエノライドの抗腫瘍効果の標的分

子であることを強く示唆している

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

図6プラジエノライドの SF3b への 親和性と抗腫瘍活性との相関

次にプラジエノライドの SF3b への結合に

よってその機能が阻害されているか否かを検証

したスプライシングが阻害された場合イント

ロン配列が残った未成熟な mRNA が細胞内に出

現すると考えられるそこでプラジエノライド

処理した細胞から回収した mRNA をもとに

cDNA ライブラリーを構築しイントロン配列が

含まれる cDNA の存在をランダムにスクリーニ

ングしたその結果DNAJB1 などいくつかの

遺伝子のイントロン配列が確認されたこれらの

遺伝子についてスプライシングが阻害された

mRNA(unspliced form RNA)の存在を定量的

RT-PCR にて検証した結果プラジエノライド処

理の時間に依存して unspliced form の発現量の

上昇が観察された(図 7)またプラジエノラ

イドの処理濃度によっても unspliced form の上

昇が確認されたこのときスプライシング阻害

を来たす濃度は細胞増殖抑制活性を発揮する濃

度と一致したさらにプラジエノライドが抗腫

瘍効果を発揮する処理濃度において核スペック

ルの巨大化(メガスペックル)が観察された(図

8)同様の現象はin vitro レベルでスプライシ

ングの阻害を来たす抗トリメチルグアノシン

(TMG)抗体やU1 または U6 snRNA に対す

るアンチセンスRNAの核内インジェクションに

おいても観察されているこれらの結果からプ

ラジエノライドは SF3b に結合しその機能を阻

害することで抗腫瘍効果を発揮していると結論

づけた6)

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した 図7プラジエノライドによるスプライシング阻害

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した 図8プラジエノライド B による核スペックルの形態変化

5抗腫瘍作用のメカニズム考察 「スプライシングの阻害がなぜ抗腫瘍活性

につながるか」に関してはいくつかの可能性

が考えられる7) 例えばプラジエノライドに

よるスプライシング阻害が癌細胞の増殖や生存

に必須の遺伝子の発現を抑制し抗腫瘍効果を発

揮していることなどが考えられる遺伝子発現に

関わる工程すなわち転写mRNA プロセシ

ング(キャッピングスプライシングポリアデ

ニレーション)さらに mRNA の核外輸送とサ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 17

ーベイランスなどはそれぞれが独立して進行す

るのではなく全てがカップリングしたrdquogene expression factoryrdquoを形成していると考えられ

ている従ってスプライシングの阻害がgene expression factory を機能不全に陥れ遺伝子発

現を抑制することは可能性あるシナリオである

この作用によってプラジエノライドが当初の

VEGF-PLAP assay において阻害活性を示して

いた可能性が考えられるまたプラジエノライ

ド処理時に観察されたメガスペックルはDRBやアクチノマイシン D といった転写阻害剤の処

理によっても観察されることは示唆的である

6終わりに プラジエノライドの標的分子がスプライシ

ングファクターSF3b であることを突き止めた

これによってE7107 が既存の抗癌剤とは全く

異なる分子を標的とするrdquoFirst-in-Classrdquoの薬剤

であることを示すことができた同時にスプラ

イシングファクターSF3b が抗癌剤の新たな創薬

ターゲットになりうる可能性を示したE7107は現在欧米において臨床試験が進められてお

りSF3b の創薬ターゲットとしての真価は

E7107の臨床試験結果が示してゆくことになる

一方プラジエノライドによる SF3b の機能

阻害が抗腫瘍効果につながるメカニズムの詳細

な解明にはさらなる研究の深耕化が必要である

スプライシング阻害剤としてのプラジエノライ

ドを用いた研究からスプライシングと転写や他

の mRNA プロセシングさらには mRNA 核外

輸送やサーベイランスとのカップリングに分子

レベルでの新たな知見が加わることが期待され

るプラジエノライド研究を起点とした研究から

癌患者様に新たな希望を与える新薬が生まれる

と同時にgene expression factory の分子レベル

での解明など基礎科学の進展にも貢献すること

を期待している 謝辞 本研究はメルシャン(株)生物資源研究所

エーザイ(株)筑波研究所および KAN 研究所と

の共同研究によって進められてきたものである

土田外志夫博士(メルシャン)酒井孝博士水

井佳治博士(エーザイ)をはじめ共同研究者関

係者の皆様に深く感謝いたします

参考文献 1) Sakai T et al J Antibiot 57 173 (2004)

2) Sakai T et al J Antibiot 57 180 (2004)

3) Mizui Y et al J Antibiot 57 188 (2004)

4) Iwata M et al Proc Am Assoc Cancer Res 45 691 (2004)

5) Kanada R M Itoh D et al Angew Chem Int Ed 46 4350 (2007)

6) Kotake Y et al Nature Chem Biol 3 570 (2007)

7) 小竹良彦甲斐田大輔水井佳治吉田稔 蛋白質核酸酵素 53 28 (2008)

略 歴 小竹 良彦 (Yoshihiko KOTAKE)1989年 広島大学医学系研究科分子薬学系修了同年 エ

ーザイ(株)入社2004年より 創薬第二研究所主幹研究員1997年 薬学博士 研究テーマ新規抗癌剤の探索研究ケミカルバイオロジー

関心事生理活性天然物核内因子を標的とした創薬研究

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 18

部会賞受賞者(2)

日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析と

その患者個別化薬物治療への応用 斎藤 嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所機能生化学)

1はじめに

薬物に対する生体の反応性(薬物応答性)に

関しては個体差や人種差があり十分な有効性が

得られない場合や副作用を発現する場合も存在

し患者 QOL の低下をもたらす原因となってい

る薬物応答性に影響を与える因子として遺伝

的要因と環境的要因が考えられるがヒトゲノム

研究の進展に伴い薬物代謝酵素動態関連及び

受容体分子をコードする遺伝子の多型(主として

約 1000 塩基に 1 ヶ所存在する塩基置換や挿入

欠失)に基づくこれら分子の機能変化が 薬物応

答性の個体差発現に関与していることが明らか

となってきた1980 年代後半より特に薬物代

謝酵素に関し機能変化を伴う遺伝子多型が同定

されてきており中には機能がほぼ完全に消失す

る多型も知られているしかし単独多型部位に

着目したフェノタイプ - ジェノタイプ相関解析

では相反する結果が得られる場合も多く機能

影響が確立されたものは比較的少なかった我々

は平成 12 年度より一貫して日本人を対象と

した薬物応答関連遺伝子の多型解析を行うと共

に染色体上における遺伝子多型同士の組み合わ

せであるハプロタイプに着目しこれまでに多く

の薬物代謝酵素トランスポーター受容体等

につき日本人におけるハプロタイプ構造を明ら

かにしたまた発見した新規多型の機能影響を

in vitro 解析により解明した

2ハプロタイプ解析 我々はこれまでに約 50 種の遺伝子に関し主

としてエクソン領域及びエンハンサープロモー

ター領域を対象に直接シーケンシングによる多

型探索を行い約 2000 種の多型(うちアミノ

酸置換を引き起こすものは新規の約 150 種を含

む約 250 種)を見いだしたさらにこれらの

多型情報を基にハプロタイプ解析を行った 1 2)

表 1 に対象とした薬物応答関連遺伝子の一部を

示した

図1 連鎖不平衡とハプロタイプ解析

ヒトは両親より染色体を 1 本ずつ受け継いで

いるが減数分裂の際に相同組換えを起こす組

換えを起こしにくい領域ではその間の塩基配列

はあまり変化せず従って遺伝子多型の組み合わ

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 19

せも一定となる場合が多い(連鎖不平衡にあると

言う図 1)この同一染色体上に存在する多型

の組み合わせがハプロタイプである遺伝子多型

の機能影響が複数の多型により引き起こされる

場合や機能変化を引き起こす原因多型が未同定

であるものの解析したハプロタイプ上に存在す

る場合等にはフェノタイプとの相関解析に特に

有効な方法である世界的にも国際ハップマップ

プロジェクトが進行中であるが我々は薬物応答

関連遺伝子に特化しそれぞれ 100-500 人の日

本人を対象として高密度ハプロタイプを明らか

にした 実際にハプロタイプによる解析が功を奏した

例として以下のものが挙げられる a) 複数の機能変化をもたらす遺伝子多型が同一

遺伝子中に存在する場合機能影響がより明確に

なったケース

図2 UGT1A1 の遺伝子多型とハプロタイプ

グルクロン酸転移酵素 UGT1A1 は小胞体に

局在する第二相酵素である我々は日本人につき

UGT1A1 遺伝子中にin vitro 解析で大きな機能

低下を引き起こす6 (211GgtA Gly71Arg)及び

28 (TA6gtTA7)(図 2赤字)及び中程度の低下

を引き起こす27 (686CgtA Pro229Gln)及び60 (-3279TgtG) (青字)といういずれも酵素活性

の低下または蛋白質発現レベルの低下を引き起

こす多型を検出したこれらのハプロタイプ解析

の結果機能低下が大きい6 と28 は排他的に

存在することほとんどのケースで28 は60 と

同一ハプロタイプ上に存在すること27 は28

と同一ハプロタイプ上に存在することを見いだ

した(図 2)3)また 3rsquo-非翻訳領域に 3 多型

(1813CgtT 1941CgtG 2042CgtG)が連鎖してい

るIB ハプロタイプを同定した(緑字)図 3 に

示すように理論上別々の染色体上に機能低下

を起こす多型が存在する場合の方が同一染色体

上に存在する場合よりも大きな機能低下を引き

起こすUGT1A1 が活性代謝物 SN-38 の解毒代

謝に関わる抗がん剤イリノテカンや同じく

UGT1A1 が代謝に関わるビリルビンを対象とし

たその後の解析で日本人の UGT1A1 の遺伝子

多型では6 または28 を二本の染色体で共に

有する場合(ホモ接合)及び6 と28 の両者を

それぞれ別の染色体上で有する場合に体内動態

及び副作用への影響が大きいことから主として

6 と28 を指標とすれば良いことが明らかとな

った 4 5)さらに60 及びIB 単独では影響が弱

いものの60 - IB 組み合わせハプロタイプで

は28 に匹敵する影響を血中総ビリルビン濃度

に与え値を上昇させることを見いだした 5)

図3 多型影響のハプロタイプによる違い

b) 同一基質を代謝する酵素群の遺伝子が染色体

上で近傍に位置する場合各遺伝子のハプロタイ

プの組み合わせで総合的機能変化を推定しうる

ことを示したケース 薬物代謝酵素ではファミリーを形成する遺伝

子群が染色体上に並んで存在する場合があるこ

れらファミリー遺伝子の産物は基質特異性が異

なるものの同一基質を代謝するケースも多い

従って多型影響はファミリー遺伝子全体として

考える必要がある現在処方されている医薬品の

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 20

約半数の代謝に関わる重要なシトクロムP450分

子種 CYP3A である CYP3A4 と CYP3A5 の場合

では酵素活性の低下を引き起こす CYP3A416 (554CgtG Thr185Ser)とスプライシング異常に

より発現レベルの大幅な低下を引き起こす

CYP3A53(IVS3-237AgtG)が重要な多型であ

る我々は CYP3A4 及び CYP3A5 のハプロタイ

プを別々に明らかとした後その組み合わせも解

析した 6)その結果CYP3A416 を有する場合

CYP3A5 は野生型である1 をCYP3A53 を有

する場合CYP3A4 は1 をそれぞれ有すること

が明らかとなり重要な酵素としてある一定の

酵素活性が保たれるような組み合わせになって

いることが示唆された これ以外の例ではUGT1A7 と UGT1A1 の例

がありこの場合は酵素活性が低下する

UGT1A73 の約 67が UGT1A16(酵素活性低

下)と26が UGT1A128(発現レベル低下)

と連鎖しておりハプロタイプを形成していた 7)

UGT1A1 は肝臓等にUGT1A7 は消化管等に発

現しておりUGT1A73 を有する場合には

SN-38 などの解毒代謝が体内の多くの組織で低

下していると考えられる c) アミノ酸置換を起こさず単独多型部位の解析

では注目されてこなかった多型のみを有するハ

プロタイプが薬物動態パラメーターの変化を引

き起こすことを明らかにしたケース これにはまず抗てんかん薬カルバマゼピンに

おけるエポキシド加水分解酵素 EPHX1 のハプ

ロタイプが挙げられるカルバマゼピンは主と

して CYP3A4 により薬理活性を有するエポキシ

ド体に変換された後さらに EPHX1 によりジオ

ール体へと解毒代謝されるEPHX1 遺伝子中に

検出した多型の連鎖不平衡解析結果により3 つ

のブロックに分けてハプロタイプ解析を行った

がこのうちブロック 3 の1c ハプロタイプが

酵素活性の指標であるジオール体とエポキシド

体の血中濃度比の有意な上昇をもたらすことを

明らかにした(図 4)8)このハプロタイプは

1248GgtA(Lys416Lys)と IVS3-114GgtC という

それぞれアミノ酸置換を引き起こさないサイレ

ントの多型及びイントロン領域の多型のみを有

していたIVS3-114GgtC は他のハプロタイプに

も存在することから1248GgtA(Lys416Lys)またはこれと強く連鎖している未知の多型の効

果により酵素活性が上昇したと考えられる

図4 EPHX1 Block 31c ハプロタイプの カルバマゼピン解毒代謝への影響

この他の例としては抗がん剤パクリタキセル

の薬物動態変化における CYP2C8 のハプロタイ

プがあるパクリタキセルには CYP3A4 により

C3rsquo-p-水酸化体に代謝されさらに CYP2C8 に

よりジオール体に変換される経路が知られてい

るがCYP2C8 のイントロン多型 7 種で形成さ

れるIG ハプロタイプを有するヒトではC3rsquo-p-水酸化体の血中濃度-時間曲線下面積値が有し

ないヒトに比べて有意に高かった 9)従ってIGハプロタイプではCYP2C8 の酵素活性が低下

していると示唆された 以上のようにハプロタイプ解析は単独多型の

解析に比してより明確により包括的に機能影

響を明らかにすることが可能であることを示し

薬物応答性分子の解析におけるその有用性が示

された

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 21

3機能解析 新規に遺伝子多型を同定しても機能変化を引

き起こさなければいわゆるldquoジャンクrdquoの多型

であるまたハプロタイプを同定してもその中

のどの多型が機能変化に関連しているか不明で

あるそこでアミノ酸置換を伴う遺伝子多型を中

心に in vitro 機能解析を行い機能変化を引き起

こす多型を約 30 種同定したその一部を表 2に示す例えば上述の CYP3A416 多型はテ

ストステロンの水酸化活性を約 50低下させる

ことが in vitro で示されたため 10)in vivo の解

析でも注目しパクリタキセル等の薬物動態パラ

メーターの変化を引き起こすことを見いだした

11)また同じシトクロム P450 の一種 CYP1A2において8(1367GgtA Arg456His)15( 125CgtG Pro42Arg ) 16 ( 1130GgtA Arg377Gln)はそのアリル頻度は 0002-0004と低いもののいずれもヘム蛋白質レベルが低下

することにより95以上という大幅な活性低下

を引き起こすことを明らかにした 12)

表2 機能変化を示した薬物応答性遺伝子の多型

(シトクロム P450 の例)

4おわりに

以上のように日本人を対象に薬物動態変

化や有効性副作用発現に関わる重要な遺伝子多

型ハプロタイプを明らかとしたことは医薬品

の種類や投薬量等に関する治療方針を個別に決

定する患者個別化薬物治療の本邦における発展

に大きく寄与するものと考えるこれらの成果は

人種的に類似している東アジア諸国においても

有用であり現に我々が発見した遺伝子多型に関

する報告が韓国や中国から相次いでいるまた薬

物応答性遺伝子の多型影響を考慮してリード化

合物の最適化を行うことは臨床試験段階でのド

ロップアウトを防止する有力な手段になりえる

と考えられ本研究の成果は創薬の面からも有用

と思われる今後も未解析である硫酸転移酵素や

一部のトランスポーター群の解析を行うと共に

創薬及び臨床現場で有用と考えられる遺伝子多

型ハプロタイプのデータベース化を行い日本

におけるファーマコゲノミクス情報の有効活用

を促していきたい 謝 辞 本研究は国立医薬品食品衛生研究所機能生

化学部 澤田純一部長同薬理部 小澤正吾室長

(現岩手医科大学教授)をはじめとする国立医

薬品食品衛生研究所の先生方および国立がんセ

ンター国立国際医療センター岡山大学東京

女子医科大学をはじめとする共同研究機関の先

生方のご指導及び共同研究のもとに行われたも

のであり心より感謝申し上げますまた本研究

は医薬品医療機器総合機構医薬基盤研究所

厚生労働省文部科学省等より研究費の助成を受

けて行われたものでありここに深謝致します

参考文献 1) Saito Y et al Curr Pharmacogenomics 5 49-78 (2007)

2)斎藤嘉朗ら 細胞工学 26 1020-1025 (2007)

3) Sai K et al Clin Pharmacol Ther 75 501-515 (2004)

4) Minami H et al Pharmacogenet Genomics 17 497-504 (2007)

5) Saeki M et al Clin Chem 53 356-358 (2007)

6) Fukushima-Uesaka H et al Hum Mutat 23 100 (2004)

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 22

7) Saeki M et al Pharmacogenomics J 6 63-75 (2006)

8) Nakajima Y et al Eur J Clin Pharmacol 61 25-34 (2005)

9) Saito Y et al Pharmacogenet Genomics 17 461-471 (2007)

10) Murayama N et al Drug Metab Pharmacokinet 17 150-156 (2002)

11) Nakajima Y et al Clin Pharmacol Ther 80 179-191 (2006)

12) Saito Y et al Drug Metab Dispos 33 1905-1910 (2005)

略 歴 斎藤 嘉朗(Yoshiro SAITO)1989 年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了同年国立衛生

試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)機能生化学部 研究員1996 年博士(薬学)取得(東京大学)1998 年カナ

ダトロント大学医学部 博士研究員2000 年国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部 主任研究官2001 年同第二室

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 23

部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 24

常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
        •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 9

+ GSA_ptrotein ) ndash ( GPB_ligand + GSA_ligand )

= ( GPB_complex ndash GPB_protein ndash GPB_ligand ) + ( GSA_complex ndash GSA_protein ndash GSA_ligand ) = ∆GPB + ∆GSA (4)

このようにMM-PBSA 法は熱力学サイクル

を利用することにより結合に伴う水和自由エネ

ルギー変化をきちんと考慮するため非常に精度

の高い結合自由エネルギーを与えることができ

る最終的に∆Gbind(計算)は次の項の和で計算さ

れる ∆Gbind(計算) = ∆Ggas + ∆Gsolv

= ∆Eint + ∆EVDW + ∆Eelec ndash T∆Ssolute + ∆GPB + ∆GSA (5)

3 計算結果 本研究ではArgifnminusChiB(ArgadinminusChiB)複合体Argifn(Argadin)単独についてそれぞれ

1700ps の MD シミュレーションを行った計算

には AMBER 715)を用いた構造が平衡に達した

と思われる後半 1000ps から 10ps 毎に全部で

100 個のスナップショットを取り出しそれぞれ

の系の溶液構造アンサンブルとしたまた先程記

したようにChiB 単独の溶液構造アンサンブル

は複合体の溶液構造アンサンブルからリガンド

を取り除くことで用意したこれら溶液構造アン

サンブルを用いて MM-PBSA 計算を行った結果

を表1に示す計算された結合自由エネルギー値

(∆Gbind( 計算 )) は Argifin に対して ndash698 kcalmolArgadin に対してndash1116 kcalmol であった実験値(∆Gbind(実験))はそれぞれndash636 kcalmol およびndash1092 kcalmol であるから

MM-PBSA 法が実験値を非常によく再現してい

ることがわかるまた式(5)の各項を調べるこ

とで結合過程における物理化学的性質を議論す

ることができる例えば∆Eint の項は ArgifinではほとんどゼロであるがArgadin では結合に

対して 526 kcalmol 不利になっているこのこ

とはChiB に結合する際にArgifn はほとんど

構造変化を起こさないがArgadin は 5 kcalmol程度のエネルギー損失に相当する構造変化を引

き起こすことを示している 図4に MD シミュレーションで得られた各リガ

ンドの複合体中における構造(結合配座)と単独

溶液構造の比較を示す確かにArgifin ではそ

の結合配座と単独溶液構造がよく似ているが

Argadin の結合配座はその単独溶液構造と大き

く異なっていることがわかるまた結合自由エ

ネルギーに対して電荷が寄与する項(∆Gelectot)は∆Eelec と∆GPB の和で表されるがこの値は

Argifin および Argadin 共に正の値になっている

これは両者の複合体形成は静電的には不利で

あることを示しているしたがって両者の複合

体形成は van der Waals 相互作用(∆EVDW)と水和

自由エネルギーの非極性寄与(∆GSA)により安定

化されていることがわかる

MM-PBSA 法により計算された Argifn と

Argadin の間の相対結合自由エネルギー

(∆∆Gbind(計算))は418 kcalmol となりこれも

実験値456 kcalmolをよく再現していた表

1より両者の複合体形成に重要な役割を果たし

ている van der Waals 相互作用(∆EVDW)と水和自

由エネルギーの非極性寄与 (∆GSA)が共に

Argadin において Argifin より有利になっており

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 10

これらが Argadin の高親和性を生じさせている

ことがわかる特にArgadin の van der Waals相互作用エネルギー(∆EVDW)は Argifin の値より

約 12 kcalmol も有利でありこれが主な要因と

なっている図5に Argifin と ChiB の各アミノ

酸残基との間の van der Waals 相互作用エネル

ギー値から Argadin についての値を差し引いた

ものをプロットした

負の値を持つ残基は Argifin と正の値を持つ残

基は Argadin とより強く van der Waals 相互作

用している残基であるこれよりE144M212W220Y292I339および W403 の6個の残

基が Argadin とより有利な van der Waals 相互

作用を形成していることがわかる特にW220とW403はそれぞれ460および453 kcalmolと非常に大きく有利となっていたこれら値の和

は913 kcalmolとなりArgifin と Argadinの間の van der Waals 相互作用エネルギー差の

ほとんどを占めていることがわかるしたがって

ChiB に対する Argadin の高親和性は主に

Argadin とこの二つの Trp 残基との間の非常に

有利な van der Waals 相互作用に起因すると考

えられるところでW220 を Ala 残基に置換し

たChiB変異体(W220A変異体)に対してArgifinおよび Argadin はそれぞれndash418およびndash752 kcalmol の結合自由エネルギー値を示すことが

実験的に報告されている 4)これよりW220 を

Ala 残基に置換したことによる結合自由エネル

ギー損失はArgifin および Argadin に対して

それぞれ151および 340 kcalmol となり

Argadin についての損失のほうがより大きいこ

れはArgadin と W220 の相互作用が Argadinの高親和性に大きく寄与していることを支持す

る実験結果である

4 ChiB に対して高親和性を有する Argifin 誘

導体の分子設計 最近北里生命科学研究所において Argifin の

全合成経路が確立されたこれによりさまざま

な Argifin 誘導体(構成アミノ酸を別のアミノ酸

で置換した誘導体)の合成が可能になったそこ

で今回得られた計算結果を使用して結合親和

性の改善が期待できるArgifin誘導体の論理的分

子設計を行ったMM-PBSA計算結果によると

Argadin の高親和性の主な要因はより有利な

van der Waals 相互作用であるそこでChiBとの van der Waals 相互作用が改善されるよう

な Argifin 誘導体を分子設計すればその結合親

和性が Argadin のように強くなるのではないか

と予想された図6AにArgifinminusChiB 複合体

における Argifin の D-Ala(5)周辺を示している これよりD-Ala(5)周辺には比較的大きな空間的

スペースがありその近傍には ChiB の疎水性残

基 F12F51Y98 が存在することがわかった

そこでD-Ala(5)を嵩高い側鎖を持つ疎水性アミ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 11

ノ酸残基に置換すればChiB との van der Waals 相互作用および疎水相互作用がより有利

になり結合親和性が改善されるのではないかと

考えたそこでD-Ala(5)を D-ValD-LeuD-PheおよびD-Trpで置換したArgifin誘導体を分子設

計しChiB との複合体構造モデリングを行った

図6Bに D-Ala(5)を D-Trp(5)で置換した変異体

(A5W 変異体)についての複合体モデル構造を示

す導入された D-Trp(5)の側鎖が空間的スペ

ースをうまく充填していることがわかる表2に

複 合 体 モ デ ル 構 造 を 用 い た 一 点 計 算 の

MM-PBSA 法による各誘導体の相対結合自由エ

ネルギー評価を示すD-Ala(5)を D-LeuD-Pheおよび D-Trp で置換することで実際に van der Waals 相互作用が改善され結合親和性がより強

くなりそうなことがわかった特にA5W 誘導

体に対しては 5 kcal程度の大きな改善が期待で

きArgadin に匹敵する結合親和性を有すること

が予想された 5 おわりに 本研究ではMM-PBSA 法を適用することに

よりChiB に対する Argifin と Argadin の結合

親和性の違いを定量的かつ物理化学的観点から

解析したさらにこの結果を利用することで

結合能の改善が期待できるArgifin誘導体の論理

的分子設計が可能になった現在これら誘導体

の合成研究が行われている 6 謝辞 本研究は科学研究費補助金(19590043)財

団法人武田科学振興財団財団法人持田記念医学

薬学振興財団などの助成を受けて行ったもので

ありその資金援助に深く感謝します

参考文献 1) Zhu Z Zheng T Homer R J Kim Y K Chen N Y Cohn L Hamid Q Elias J A Science 2004 304 1678 2) Shiomi K Arai N Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Tetrahedron Lett 2000 41 2141 3) Arai N Shiomi K Yamaguchi Y Masuma R Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Chem Pharm Bull (Tokyo) 2000

48 1442 4) Houston D R Shiomi K Arai N Ōmura S Peter M G Turberg A Synstad B Eijsink V G H van Aalten D M F

Proc Natl Acad Sci USA 2002 99 9127 5) Kollman P A Massova I Reyes C Kuhn B Huo S Chong L Lee M Lee T Duan Y Wang W Donini O Cieplak

P Srinivasan J Case D A Cheatham III T E Acc Chem Res 2000 33 889 6) Gouda H Yanai Y Sugawara A Sunazuka T Ōmura S Hirono H Bioorg Med Chem 2008 In press 7) van Aalten D M F Synstad B Brurberg M B Hough E Riise B W Eijsink V G H Wierenga R K Proc Natl Acad

Sci USA 2000 97 5842 8) Massova I Kollman P A J Am Chem Soc 1999 121 8133 9) Chong L T Duan Y Wang L Massova I Kollman P A Proc Natl Acad Sci USA 1999 96 14330 10) Masukawa K M Kollman P A Kuntz I D J Med Chem 2003 46 5628 11) Gouda H Kuntz I D Case D A Kollman P A Biopolymers 2003 68 16 12) Spackovaacute N Cheatham III T E Ryjaacutecek F Lankas F Van Meervelt L Hobza P Sponer J J Am Chem Soc 2003 125

1759 13) Cornell W D Cieplak P Bayly C I Gould I R Merz K M Jr Ferguson D M Spellmeyer D C Fox T Caldwell J

W Kollman P A J Am Chem Soc 1995 117 5179 14) Honig B Nicholls A Science 1995 268 1144 15) Case D A Pearlman D A Caldwell J W Cheatham T E Wang J Ross W S Simmerling C L Darden T A Merz

K M Stanton R V Cheng A L Vincent J J Crowley M Tsui V Gohlke H Radmer R J Duan Y Pitera J Massova I Seibel G L Singh U C Weiner P K Kollman P A AMBER7 University of California San Francisco 2002

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 12

略 歴 合田 浩明 (Gouda HIROAKI)1993 年東大薬博士課程終了博士(薬学)取得(株)日立製作所入社1995 年北里大学薬学部助手1998 年北里大学薬学部講師2000 年カリフォルニア大学サン

フランシスコ校博士研究員2002 年北里大学薬学部准教授

略 歴 広野 修一 (Hirono SHUICHI)1981 年東大薬博士課程終了薬学博士取得北里大学

薬学部助手1988 年北里大学薬学部講師1988 年カリフォルニア大学サンフランシスコ校博士研究員1990年北里大学薬学部大学助教授1994 年北里大学薬学部大学教授

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部会賞受賞者(1)

新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創生

小竹 良彦(エーザイ株式会社)

1はじめに 新たな「創薬ターゲット」を見出しそれに

基づいた画期的な新薬を創出することは研究開

発型製薬企業の生命線とされてきたゲノムサイ

エンスをはじめとした様々なアプローチによっ

て活発な創薬ターゲットの探索が進められてい

るが例えば先ずユニークな生理活性化合物を

見出しその標的分子を解明することは創薬タ

ーゲットを見出すことに他ならない一発必中の

創薬ターゲット探索法ともいえるこのアプロー

チは「ケミカルバイオロジー」の研究機軸の一

つでありこれまで創薬研究や細胞生物学の新た

な研究領域の扉を開けてきた我々は既存の抗

癌剤とは異なるユニークなメカニズムで優れた

抗腫瘍効果を発揮する天然物プラジエノライド

を見出しその標的分子を決定した同時にプ

ラジエノライド誘導体である新規抗癌剤 E7107を創出した

2プラジエノライドの発見と活性 我々は新規抗癌剤創出を目指して血管新生

因 子 で あ る Vascular Endotherial Growth Factor (VEGF)シグナルに着目しVEGF プロモ

ーター支配下の遺伝子発現を阻害する化合物の

探索を行ったVEGF プロモーター下流に

placental alkaline phosphatase(PLAP)をレポ

ーター遺伝子として組み込み低酸素条件刺激に

よる遺伝子(レポーター遺伝子)発現を評価する

cell-based assay を構築し(VEGF-PLAP assay)これを阻害する化合物のスクリーニングを行っ

たヒットしてくる化合物の作用点(標的分子)

が特定の一つに限定されないこの方法を敢えて

用いることで既存の抗癌剤とは異なるあるい

は未知のメカニズムに基づく阻害剤がヒットす

る可能性を期待したまたよりユニークなヒッ

ト化合物を求めて低分子化合物ライブラリーで

はなく天然物資源に特化してスクリーニングを

行ったここから見出されてきたのがプラジエ

ノライドである1) 2)

プ ラ ジ エ ノ ラ イ ド は Streptomyces platensis Mer-11107 から単離された二次代謝産

物で新規な 12 員環マクロライド化合物である

(図 1)当初得られた類縁体の中で最も活性の

高かったプラジエノライド B はin vitro で各種

癌細胞に対して nM オーダーで細胞増殖抑制活

性を示したまたin vivo においても優れた抗

腫瘍活性を発揮しヒト乳癌細胞 BSY-1 を移植

したヌードマウスモデルにおいては腫瘍が消失

した治癒マウスが観察されたさらにこの優れ

た抗腫瘍効果が既存の抗癌剤とは異なるメカニ

ズムに基づくことが複数のデータから示唆され

た3) この魅力的な天然物をリード化合物とした

探索研究を展開しさらに優れた活性安全性

物性プロファイルを有するプラジエノライド Dの半合成誘導体である E7017 を見出した4)また

プラジエノライドは 10 個の不斉炭素を有してい

ることからその絶対立体を確認する目的で全合

成研究を行ったプラジエノライド B および Dをそれぞれ 21 工程19 工程で合成し絶対立体

構造を明らかにした5)同時に天然からは得ら

れない新たなプラジエノライド類縁体の合成も

可能となった

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

図1プラジエノライドの化学構造

3プラジエノライドの結合分子探索 プラジエノライドが既存の抗癌剤とは異な

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 14

るメカニズムで抗腫瘍作用を発揮していること

が様々なデータから示唆されていたがその詳細

は不明なままであったこの解明に向けてプラジ

エノライドの標的分子探索を進めたこれによっ

て抗がん剤研究の新たな「創薬ターゲット」を

提示できる可能性と解明された標的分子作用

メカニズムを基にしたバイオマーカーなどを設

定することでより効率的な E7107 の臨床開発が

可能となることを期待したさらに臨床開発に

あたって患者様開発担当者臨床医政府関連

機関の皆様はじめ広く社会に E7107 の作用メカ

ニズムを科学的に説明してゆくことは企業研究

者の使命であるとも考えていた癌治療分野では

「分子標的治療薬」なるキーワードが定着してい

ることからも薬効を分子レベルで解明すべきで

あると考えたこれらの展望目的を達成するに

はプラジエノライドをケミカルプローブとして

用いその結合蛋白を決定することが最も合理的

であると考えた プラジエノライドから E7107 に至る探索研

究時に確立していた誘導体合成方法と得られて

いた構造活性相関を基にプラジエノライドの活

性が保持される位置にトリチウム(3H)蛍光タグ

(BODIPY-FL)光親和性基およびビオチンタグ

(photoaffinitybiotin PB)を導入した 3H プロー

ブBODIPY-FL プローブおよび PB プローブを

合成した(図 2)これらはin vitro にて nM オ

ーダーから sub-μM オーダーの細胞増殖抑制活

性を示しプラジエノライド標的分子への親和性

を維持していると判断されたこれらのプローブ

化合物を細胞に処理したことからそれぞれの結

合蛋白を放射活性蛍光によって追跡し

streptavidin-HRP を用いてその検出同定を試

みた6)

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

図2ケミカルプローブの化学構造

先ず結合蛋白の細胞内局在を 3H プローブ

および蛍光プローブを用いて検討した3H プロ

ーブを処理した細胞から細胞画分を調整し各画

分中の 3H 放射活性を測定したところ核フラク

ション中の放射活性が最も高かった(図 3a)次

いで蛍光プローブ処理した細胞の蛍光顕微鏡に

よる観察ではプローブが核内の顆粒状構造に局

在することが確認された(図 3b)この顆粒は核

スペックルのマーカーである SC-35 の局在と完

全に一致した核スペックルは転写やスプライシ

ングに関わる蛋白が高密度に存在する構造体で

あることから結合蛋白が転写因子やスプライシ

ング関連因子である可能性が示された

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

図3ケミカルプローブの細胞内局在

結合蛋白を更に絞り込む目的で3H プロー

ブ処理した細胞から調整した核フラクションに

対して転写スプライシングに関連する様々な

因子への抗体を用いて免疫沈降実験を行い3Hプローブが共沈される抗体を探索したその結果

6 つの抗体で 3H 放射活性の共沈が観察された

その 5 つはスプライシングにおいて必須の働き

をしている U2 small nuclear ribonucleoprotein (U2 snRNP)に存在する蛋白(または構造)に対

する抗体であった残る 1 つは U2 snRNP との

複合体形成が報告されているサイクリン E に対

する抗体であった(図 4)この結果から結合蛋

白は U2 snRNP 複合体中に存在すると考えられ

た U2 snRNP は巨大な蛋白複合体でありSm

コア蛋白スプライシングファクターSF3aSF3b といったサブユニットから構成される巨大

な複合体である真核生物ではDNA から転写

された mRNA 前駆体 (pre-mRNA) にイントロ

ンと呼ばれる蛋白質のアミノ酸配列の遺伝情報

をもたない部分が含まれている遺伝子情報を蛋

白質へと翻訳するにはこのイントロンを取り除

きアミノ酸配列の情報をもつエキソンだけを正

確につなぎ合わせる必要があるこの工程がスプ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 15

ライシングでありU2 snRNP はスプライシン

グに関わる代表的なマシナリーの一つである

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

図4U2 snRNP-cyclinecdk2 複合体

U2 snRNP にまで絞り込まれてきた結合蛋

白を可視化し検出する目的で光親和性ビオチ

ン(PB)プローブを用いた実験を行った光親

和性モイエティーは UV 照射によってラジカル

種を生じ近接する蛋白質と共有結合を形成する

ここでプローブが共有結合した蛋白をビオチン

を足がかりとしてストレプトアビジン-HRP に

よって検出したその結果約 140kDa の位置に

バンドが検出された(図 5)U2 snRNP の中で

この分子量を有する蛋白としてはSF3b サブユ

ニ ッ ト に 存 在 す る spliceosome associated protein (SAP)145 または SAP130 が挙げられる

る実際このバンド中に両者が存在することを

イムノブロッティングおよび質量分析によって

確認したしかしながらこの二つの蛋白はほぼ

同じ位置に検出されどちらが結合蛋白であるか

を結論づけられなかったそこでSAP145 と

SAP130 についてそれぞれ GFP 融合蛋白を発現

させた細胞を用いて同様の実験を行いプローブ

結合蛋白のバンドシフトが検出されるかを検証

したGFP-SAP130 発現細胞では約 170kDa の

位置に結合蛋白のバンドがシフトした一方

GFP-SAP145 発現細胞ではバンドシフトが観察

されなかったことからプローブの結合蛋白は

SAP130 であると結論づけられた

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

図5PB プローブによる結合蛋白の検出

上述してきた実験では全てプラジエノライ

ドおよび E7107 とプローブ化合物との競合実験

を行いプラジエノライド自体の結合蛋白も

SAP130 であることを確認したしかしここで

は詳細な説明を割愛させていただくが一連のデ

ータはプラジエノライドが細胞内に存在する全

ての SAP130 に結合するのではなくSF3b 複合

体を形成している SAP130 にのみ結合すること

が示唆された例えばSAP130 の発現を siRNA処理により抑制した細胞においては蛍光プロー

ブの核スペックルへの局在が観察されなかった

がSAP145 の発現を抑制した場合においてもそ

の局在は消失したこの結果は SAP130 への結

合には SAP145 の存在も必要であることを示唆

しておりプラジエノライドが SAP130 のみな

らずSAP145など他のSF3b構成蛋白質から構成

される SF3b 中のポケット構造にはまり込んで

いる可能性などが考えられた 4プラジエノライド標的分子としての

SF3b プラジエノライドの結合蛋白が SF3b 中の

SAP130 であることを付き止めたが次にこれ

がプラジエノライドの抗腫瘍活性に直接関係し

た結合蛋白すなわち「標的分子」であるかを検

証した先ずE7107 に至る探索研究の過程で

得ていた強弱さまざまな細胞増殖抑制活性を示

すプラジエノライド化合物をSF3b 複合体に対

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 16

する 3H プローブの結合に対して競合させたそ

の結果強い細胞増殖抑制活性を有する化合物が

より高い競合能を示したすなわちプラジエノ

ライド化合物の SF3b への親和性と抗腫瘍活性

が相関することが示された(図 6)この結果は

SF3b がプラジエノライドの抗腫瘍効果の標的分

子であることを強く示唆している

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

図6プラジエノライドの SF3b への 親和性と抗腫瘍活性との相関

次にプラジエノライドの SF3b への結合に

よってその機能が阻害されているか否かを検証

したスプライシングが阻害された場合イント

ロン配列が残った未成熟な mRNA が細胞内に出

現すると考えられるそこでプラジエノライド

処理した細胞から回収した mRNA をもとに

cDNA ライブラリーを構築しイントロン配列が

含まれる cDNA の存在をランダムにスクリーニ

ングしたその結果DNAJB1 などいくつかの

遺伝子のイントロン配列が確認されたこれらの

遺伝子についてスプライシングが阻害された

mRNA(unspliced form RNA)の存在を定量的

RT-PCR にて検証した結果プラジエノライド処

理の時間に依存して unspliced form の発現量の

上昇が観察された(図 7)またプラジエノラ

イドの処理濃度によっても unspliced form の上

昇が確認されたこのときスプライシング阻害

を来たす濃度は細胞増殖抑制活性を発揮する濃

度と一致したさらにプラジエノライドが抗腫

瘍効果を発揮する処理濃度において核スペック

ルの巨大化(メガスペックル)が観察された(図

8)同様の現象はin vitro レベルでスプライシ

ングの阻害を来たす抗トリメチルグアノシン

(TMG)抗体やU1 または U6 snRNA に対す

るアンチセンスRNAの核内インジェクションに

おいても観察されているこれらの結果からプ

ラジエノライドは SF3b に結合しその機能を阻

害することで抗腫瘍効果を発揮していると結論

づけた6)

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した 図7プラジエノライドによるスプライシング阻害

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した 図8プラジエノライド B による核スペックルの形態変化

5抗腫瘍作用のメカニズム考察 「スプライシングの阻害がなぜ抗腫瘍活性

につながるか」に関してはいくつかの可能性

が考えられる7) 例えばプラジエノライドに

よるスプライシング阻害が癌細胞の増殖や生存

に必須の遺伝子の発現を抑制し抗腫瘍効果を発

揮していることなどが考えられる遺伝子発現に

関わる工程すなわち転写mRNA プロセシ

ング(キャッピングスプライシングポリアデ

ニレーション)さらに mRNA の核外輸送とサ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 17

ーベイランスなどはそれぞれが独立して進行す

るのではなく全てがカップリングしたrdquogene expression factoryrdquoを形成していると考えられ

ている従ってスプライシングの阻害がgene expression factory を機能不全に陥れ遺伝子発

現を抑制することは可能性あるシナリオである

この作用によってプラジエノライドが当初の

VEGF-PLAP assay において阻害活性を示して

いた可能性が考えられるまたプラジエノライ

ド処理時に観察されたメガスペックルはDRBやアクチノマイシン D といった転写阻害剤の処

理によっても観察されることは示唆的である

6終わりに プラジエノライドの標的分子がスプライシ

ングファクターSF3b であることを突き止めた

これによってE7107 が既存の抗癌剤とは全く

異なる分子を標的とするrdquoFirst-in-Classrdquoの薬剤

であることを示すことができた同時にスプラ

イシングファクターSF3b が抗癌剤の新たな創薬

ターゲットになりうる可能性を示したE7107は現在欧米において臨床試験が進められてお

りSF3b の創薬ターゲットとしての真価は

E7107の臨床試験結果が示してゆくことになる

一方プラジエノライドによる SF3b の機能

阻害が抗腫瘍効果につながるメカニズムの詳細

な解明にはさらなる研究の深耕化が必要である

スプライシング阻害剤としてのプラジエノライ

ドを用いた研究からスプライシングと転写や他

の mRNA プロセシングさらには mRNA 核外

輸送やサーベイランスとのカップリングに分子

レベルでの新たな知見が加わることが期待され

るプラジエノライド研究を起点とした研究から

癌患者様に新たな希望を与える新薬が生まれる

と同時にgene expression factory の分子レベル

での解明など基礎科学の進展にも貢献すること

を期待している 謝辞 本研究はメルシャン(株)生物資源研究所

エーザイ(株)筑波研究所および KAN 研究所と

の共同研究によって進められてきたものである

土田外志夫博士(メルシャン)酒井孝博士水

井佳治博士(エーザイ)をはじめ共同研究者関

係者の皆様に深く感謝いたします

参考文献 1) Sakai T et al J Antibiot 57 173 (2004)

2) Sakai T et al J Antibiot 57 180 (2004)

3) Mizui Y et al J Antibiot 57 188 (2004)

4) Iwata M et al Proc Am Assoc Cancer Res 45 691 (2004)

5) Kanada R M Itoh D et al Angew Chem Int Ed 46 4350 (2007)

6) Kotake Y et al Nature Chem Biol 3 570 (2007)

7) 小竹良彦甲斐田大輔水井佳治吉田稔 蛋白質核酸酵素 53 28 (2008)

略 歴 小竹 良彦 (Yoshihiko KOTAKE)1989年 広島大学医学系研究科分子薬学系修了同年 エ

ーザイ(株)入社2004年より 創薬第二研究所主幹研究員1997年 薬学博士 研究テーマ新規抗癌剤の探索研究ケミカルバイオロジー

関心事生理活性天然物核内因子を標的とした創薬研究

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 18

部会賞受賞者(2)

日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析と

その患者個別化薬物治療への応用 斎藤 嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所機能生化学)

1はじめに

薬物に対する生体の反応性(薬物応答性)に

関しては個体差や人種差があり十分な有効性が

得られない場合や副作用を発現する場合も存在

し患者 QOL の低下をもたらす原因となってい

る薬物応答性に影響を与える因子として遺伝

的要因と環境的要因が考えられるがヒトゲノム

研究の進展に伴い薬物代謝酵素動態関連及び

受容体分子をコードする遺伝子の多型(主として

約 1000 塩基に 1 ヶ所存在する塩基置換や挿入

欠失)に基づくこれら分子の機能変化が 薬物応

答性の個体差発現に関与していることが明らか

となってきた1980 年代後半より特に薬物代

謝酵素に関し機能変化を伴う遺伝子多型が同定

されてきており中には機能がほぼ完全に消失す

る多型も知られているしかし単独多型部位に

着目したフェノタイプ - ジェノタイプ相関解析

では相反する結果が得られる場合も多く機能

影響が確立されたものは比較的少なかった我々

は平成 12 年度より一貫して日本人を対象と

した薬物応答関連遺伝子の多型解析を行うと共

に染色体上における遺伝子多型同士の組み合わ

せであるハプロタイプに着目しこれまでに多く

の薬物代謝酵素トランスポーター受容体等

につき日本人におけるハプロタイプ構造を明ら

かにしたまた発見した新規多型の機能影響を

in vitro 解析により解明した

2ハプロタイプ解析 我々はこれまでに約 50 種の遺伝子に関し主

としてエクソン領域及びエンハンサープロモー

ター領域を対象に直接シーケンシングによる多

型探索を行い約 2000 種の多型(うちアミノ

酸置換を引き起こすものは新規の約 150 種を含

む約 250 種)を見いだしたさらにこれらの

多型情報を基にハプロタイプ解析を行った 1 2)

表 1 に対象とした薬物応答関連遺伝子の一部を

示した

図1 連鎖不平衡とハプロタイプ解析

ヒトは両親より染色体を 1 本ずつ受け継いで

いるが減数分裂の際に相同組換えを起こす組

換えを起こしにくい領域ではその間の塩基配列

はあまり変化せず従って遺伝子多型の組み合わ

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 19

せも一定となる場合が多い(連鎖不平衡にあると

言う図 1)この同一染色体上に存在する多型

の組み合わせがハプロタイプである遺伝子多型

の機能影響が複数の多型により引き起こされる

場合や機能変化を引き起こす原因多型が未同定

であるものの解析したハプロタイプ上に存在す

る場合等にはフェノタイプとの相関解析に特に

有効な方法である世界的にも国際ハップマップ

プロジェクトが進行中であるが我々は薬物応答

関連遺伝子に特化しそれぞれ 100-500 人の日

本人を対象として高密度ハプロタイプを明らか

にした 実際にハプロタイプによる解析が功を奏した

例として以下のものが挙げられる a) 複数の機能変化をもたらす遺伝子多型が同一

遺伝子中に存在する場合機能影響がより明確に

なったケース

図2 UGT1A1 の遺伝子多型とハプロタイプ

グルクロン酸転移酵素 UGT1A1 は小胞体に

局在する第二相酵素である我々は日本人につき

UGT1A1 遺伝子中にin vitro 解析で大きな機能

低下を引き起こす6 (211GgtA Gly71Arg)及び

28 (TA6gtTA7)(図 2赤字)及び中程度の低下

を引き起こす27 (686CgtA Pro229Gln)及び60 (-3279TgtG) (青字)といういずれも酵素活性

の低下または蛋白質発現レベルの低下を引き起

こす多型を検出したこれらのハプロタイプ解析

の結果機能低下が大きい6 と28 は排他的に

存在することほとんどのケースで28 は60 と

同一ハプロタイプ上に存在すること27 は28

と同一ハプロタイプ上に存在することを見いだ

した(図 2)3)また 3rsquo-非翻訳領域に 3 多型

(1813CgtT 1941CgtG 2042CgtG)が連鎖してい

るIB ハプロタイプを同定した(緑字)図 3 に

示すように理論上別々の染色体上に機能低下

を起こす多型が存在する場合の方が同一染色体

上に存在する場合よりも大きな機能低下を引き

起こすUGT1A1 が活性代謝物 SN-38 の解毒代

謝に関わる抗がん剤イリノテカンや同じく

UGT1A1 が代謝に関わるビリルビンを対象とし

たその後の解析で日本人の UGT1A1 の遺伝子

多型では6 または28 を二本の染色体で共に

有する場合(ホモ接合)及び6 と28 の両者を

それぞれ別の染色体上で有する場合に体内動態

及び副作用への影響が大きいことから主として

6 と28 を指標とすれば良いことが明らかとな

った 4 5)さらに60 及びIB 単独では影響が弱

いものの60 - IB 組み合わせハプロタイプで

は28 に匹敵する影響を血中総ビリルビン濃度

に与え値を上昇させることを見いだした 5)

図3 多型影響のハプロタイプによる違い

b) 同一基質を代謝する酵素群の遺伝子が染色体

上で近傍に位置する場合各遺伝子のハプロタイ

プの組み合わせで総合的機能変化を推定しうる

ことを示したケース 薬物代謝酵素ではファミリーを形成する遺伝

子群が染色体上に並んで存在する場合があるこ

れらファミリー遺伝子の産物は基質特異性が異

なるものの同一基質を代謝するケースも多い

従って多型影響はファミリー遺伝子全体として

考える必要がある現在処方されている医薬品の

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 20

約半数の代謝に関わる重要なシトクロムP450分

子種 CYP3A である CYP3A4 と CYP3A5 の場合

では酵素活性の低下を引き起こす CYP3A416 (554CgtG Thr185Ser)とスプライシング異常に

より発現レベルの大幅な低下を引き起こす

CYP3A53(IVS3-237AgtG)が重要な多型であ

る我々は CYP3A4 及び CYP3A5 のハプロタイ

プを別々に明らかとした後その組み合わせも解

析した 6)その結果CYP3A416 を有する場合

CYP3A5 は野生型である1 をCYP3A53 を有

する場合CYP3A4 は1 をそれぞれ有すること

が明らかとなり重要な酵素としてある一定の

酵素活性が保たれるような組み合わせになって

いることが示唆された これ以外の例ではUGT1A7 と UGT1A1 の例

がありこの場合は酵素活性が低下する

UGT1A73 の約 67が UGT1A16(酵素活性低

下)と26が UGT1A128(発現レベル低下)

と連鎖しておりハプロタイプを形成していた 7)

UGT1A1 は肝臓等にUGT1A7 は消化管等に発

現しておりUGT1A73 を有する場合には

SN-38 などの解毒代謝が体内の多くの組織で低

下していると考えられる c) アミノ酸置換を起こさず単独多型部位の解析

では注目されてこなかった多型のみを有するハ

プロタイプが薬物動態パラメーターの変化を引

き起こすことを明らかにしたケース これにはまず抗てんかん薬カルバマゼピンに

おけるエポキシド加水分解酵素 EPHX1 のハプ

ロタイプが挙げられるカルバマゼピンは主と

して CYP3A4 により薬理活性を有するエポキシ

ド体に変換された後さらに EPHX1 によりジオ

ール体へと解毒代謝されるEPHX1 遺伝子中に

検出した多型の連鎖不平衡解析結果により3 つ

のブロックに分けてハプロタイプ解析を行った

がこのうちブロック 3 の1c ハプロタイプが

酵素活性の指標であるジオール体とエポキシド

体の血中濃度比の有意な上昇をもたらすことを

明らかにした(図 4)8)このハプロタイプは

1248GgtA(Lys416Lys)と IVS3-114GgtC という

それぞれアミノ酸置換を引き起こさないサイレ

ントの多型及びイントロン領域の多型のみを有

していたIVS3-114GgtC は他のハプロタイプに

も存在することから1248GgtA(Lys416Lys)またはこれと強く連鎖している未知の多型の効

果により酵素活性が上昇したと考えられる

図4 EPHX1 Block 31c ハプロタイプの カルバマゼピン解毒代謝への影響

この他の例としては抗がん剤パクリタキセル

の薬物動態変化における CYP2C8 のハプロタイ

プがあるパクリタキセルには CYP3A4 により

C3rsquo-p-水酸化体に代謝されさらに CYP2C8 に

よりジオール体に変換される経路が知られてい

るがCYP2C8 のイントロン多型 7 種で形成さ

れるIG ハプロタイプを有するヒトではC3rsquo-p-水酸化体の血中濃度-時間曲線下面積値が有し

ないヒトに比べて有意に高かった 9)従ってIGハプロタイプではCYP2C8 の酵素活性が低下

していると示唆された 以上のようにハプロタイプ解析は単独多型の

解析に比してより明確により包括的に機能影

響を明らかにすることが可能であることを示し

薬物応答性分子の解析におけるその有用性が示

された

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 21

3機能解析 新規に遺伝子多型を同定しても機能変化を引

き起こさなければいわゆるldquoジャンクrdquoの多型

であるまたハプロタイプを同定してもその中

のどの多型が機能変化に関連しているか不明で

あるそこでアミノ酸置換を伴う遺伝子多型を中

心に in vitro 機能解析を行い機能変化を引き起

こす多型を約 30 種同定したその一部を表 2に示す例えば上述の CYP3A416 多型はテ

ストステロンの水酸化活性を約 50低下させる

ことが in vitro で示されたため 10)in vivo の解

析でも注目しパクリタキセル等の薬物動態パラ

メーターの変化を引き起こすことを見いだした

11)また同じシトクロム P450 の一種 CYP1A2において8(1367GgtA Arg456His)15( 125CgtG Pro42Arg ) 16 ( 1130GgtA Arg377Gln)はそのアリル頻度は 0002-0004と低いもののいずれもヘム蛋白質レベルが低下

することにより95以上という大幅な活性低下

を引き起こすことを明らかにした 12)

表2 機能変化を示した薬物応答性遺伝子の多型

(シトクロム P450 の例)

4おわりに

以上のように日本人を対象に薬物動態変

化や有効性副作用発現に関わる重要な遺伝子多

型ハプロタイプを明らかとしたことは医薬品

の種類や投薬量等に関する治療方針を個別に決

定する患者個別化薬物治療の本邦における発展

に大きく寄与するものと考えるこれらの成果は

人種的に類似している東アジア諸国においても

有用であり現に我々が発見した遺伝子多型に関

する報告が韓国や中国から相次いでいるまた薬

物応答性遺伝子の多型影響を考慮してリード化

合物の最適化を行うことは臨床試験段階でのド

ロップアウトを防止する有力な手段になりえる

と考えられ本研究の成果は創薬の面からも有用

と思われる今後も未解析である硫酸転移酵素や

一部のトランスポーター群の解析を行うと共に

創薬及び臨床現場で有用と考えられる遺伝子多

型ハプロタイプのデータベース化を行い日本

におけるファーマコゲノミクス情報の有効活用

を促していきたい 謝 辞 本研究は国立医薬品食品衛生研究所機能生

化学部 澤田純一部長同薬理部 小澤正吾室長

(現岩手医科大学教授)をはじめとする国立医

薬品食品衛生研究所の先生方および国立がんセ

ンター国立国際医療センター岡山大学東京

女子医科大学をはじめとする共同研究機関の先

生方のご指導及び共同研究のもとに行われたも

のであり心より感謝申し上げますまた本研究

は医薬品医療機器総合機構医薬基盤研究所

厚生労働省文部科学省等より研究費の助成を受

けて行われたものでありここに深謝致します

参考文献 1) Saito Y et al Curr Pharmacogenomics 5 49-78 (2007)

2)斎藤嘉朗ら 細胞工学 26 1020-1025 (2007)

3) Sai K et al Clin Pharmacol Ther 75 501-515 (2004)

4) Minami H et al Pharmacogenet Genomics 17 497-504 (2007)

5) Saeki M et al Clin Chem 53 356-358 (2007)

6) Fukushima-Uesaka H et al Hum Mutat 23 100 (2004)

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 22

7) Saeki M et al Pharmacogenomics J 6 63-75 (2006)

8) Nakajima Y et al Eur J Clin Pharmacol 61 25-34 (2005)

9) Saito Y et al Pharmacogenet Genomics 17 461-471 (2007)

10) Murayama N et al Drug Metab Pharmacokinet 17 150-156 (2002)

11) Nakajima Y et al Clin Pharmacol Ther 80 179-191 (2006)

12) Saito Y et al Drug Metab Dispos 33 1905-1910 (2005)

略 歴 斎藤 嘉朗(Yoshiro SAITO)1989 年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了同年国立衛生

試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)機能生化学部 研究員1996 年博士(薬学)取得(東京大学)1998 年カナ

ダトロント大学医学部 博士研究員2000 年国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部 主任研究官2001 年同第二室

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部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 24

常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
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これらが Argadin の高親和性を生じさせている

ことがわかる特にArgadin の van der Waals相互作用エネルギー(∆EVDW)は Argifin の値より

約 12 kcalmol も有利でありこれが主な要因と

なっている図5に Argifin と ChiB の各アミノ

酸残基との間の van der Waals 相互作用エネル

ギー値から Argadin についての値を差し引いた

ものをプロットした

負の値を持つ残基は Argifin と正の値を持つ残

基は Argadin とより強く van der Waals 相互作

用している残基であるこれよりE144M212W220Y292I339および W403 の6個の残

基が Argadin とより有利な van der Waals 相互

作用を形成していることがわかる特にW220とW403はそれぞれ460および453 kcalmolと非常に大きく有利となっていたこれら値の和

は913 kcalmolとなりArgifin と Argadinの間の van der Waals 相互作用エネルギー差の

ほとんどを占めていることがわかるしたがって

ChiB に対する Argadin の高親和性は主に

Argadin とこの二つの Trp 残基との間の非常に

有利な van der Waals 相互作用に起因すると考

えられるところでW220 を Ala 残基に置換し

たChiB変異体(W220A変異体)に対してArgifinおよび Argadin はそれぞれndash418およびndash752 kcalmol の結合自由エネルギー値を示すことが

実験的に報告されている 4)これよりW220 を

Ala 残基に置換したことによる結合自由エネル

ギー損失はArgifin および Argadin に対して

それぞれ151および 340 kcalmol となり

Argadin についての損失のほうがより大きいこ

れはArgadin と W220 の相互作用が Argadinの高親和性に大きく寄与していることを支持す

る実験結果である

4 ChiB に対して高親和性を有する Argifin 誘

導体の分子設計 最近北里生命科学研究所において Argifin の

全合成経路が確立されたこれによりさまざま

な Argifin 誘導体(構成アミノ酸を別のアミノ酸

で置換した誘導体)の合成が可能になったそこ

で今回得られた計算結果を使用して結合親和

性の改善が期待できるArgifin誘導体の論理的分

子設計を行ったMM-PBSA計算結果によると

Argadin の高親和性の主な要因はより有利な

van der Waals 相互作用であるそこでChiBとの van der Waals 相互作用が改善されるよう

な Argifin 誘導体を分子設計すればその結合親

和性が Argadin のように強くなるのではないか

と予想された図6AにArgifinminusChiB 複合体

における Argifin の D-Ala(5)周辺を示している これよりD-Ala(5)周辺には比較的大きな空間的

スペースがありその近傍には ChiB の疎水性残

基 F12F51Y98 が存在することがわかった

そこでD-Ala(5)を嵩高い側鎖を持つ疎水性アミ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 11

ノ酸残基に置換すればChiB との van der Waals 相互作用および疎水相互作用がより有利

になり結合親和性が改善されるのではないかと

考えたそこでD-Ala(5)を D-ValD-LeuD-PheおよびD-Trpで置換したArgifin誘導体を分子設

計しChiB との複合体構造モデリングを行った

図6Bに D-Ala(5)を D-Trp(5)で置換した変異体

(A5W 変異体)についての複合体モデル構造を示

す導入された D-Trp(5)の側鎖が空間的スペ

ースをうまく充填していることがわかる表2に

複 合 体 モ デ ル 構 造 を 用 い た 一 点 計 算 の

MM-PBSA 法による各誘導体の相対結合自由エ

ネルギー評価を示すD-Ala(5)を D-LeuD-Pheおよび D-Trp で置換することで実際に van der Waals 相互作用が改善され結合親和性がより強

くなりそうなことがわかった特にA5W 誘導

体に対しては 5 kcal程度の大きな改善が期待で

きArgadin に匹敵する結合親和性を有すること

が予想された 5 おわりに 本研究ではMM-PBSA 法を適用することに

よりChiB に対する Argifin と Argadin の結合

親和性の違いを定量的かつ物理化学的観点から

解析したさらにこの結果を利用することで

結合能の改善が期待できるArgifin誘導体の論理

的分子設計が可能になった現在これら誘導体

の合成研究が行われている 6 謝辞 本研究は科学研究費補助金(19590043)財

団法人武田科学振興財団財団法人持田記念医学

薬学振興財団などの助成を受けて行ったもので

ありその資金援助に深く感謝します

参考文献 1) Zhu Z Zheng T Homer R J Kim Y K Chen N Y Cohn L Hamid Q Elias J A Science 2004 304 1678 2) Shiomi K Arai N Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Tetrahedron Lett 2000 41 2141 3) Arai N Shiomi K Yamaguchi Y Masuma R Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Chem Pharm Bull (Tokyo) 2000

48 1442 4) Houston D R Shiomi K Arai N Ōmura S Peter M G Turberg A Synstad B Eijsink V G H van Aalten D M F

Proc Natl Acad Sci USA 2002 99 9127 5) Kollman P A Massova I Reyes C Kuhn B Huo S Chong L Lee M Lee T Duan Y Wang W Donini O Cieplak

P Srinivasan J Case D A Cheatham III T E Acc Chem Res 2000 33 889 6) Gouda H Yanai Y Sugawara A Sunazuka T Ōmura S Hirono H Bioorg Med Chem 2008 In press 7) van Aalten D M F Synstad B Brurberg M B Hough E Riise B W Eijsink V G H Wierenga R K Proc Natl Acad

Sci USA 2000 97 5842 8) Massova I Kollman P A J Am Chem Soc 1999 121 8133 9) Chong L T Duan Y Wang L Massova I Kollman P A Proc Natl Acad Sci USA 1999 96 14330 10) Masukawa K M Kollman P A Kuntz I D J Med Chem 2003 46 5628 11) Gouda H Kuntz I D Case D A Kollman P A Biopolymers 2003 68 16 12) Spackovaacute N Cheatham III T E Ryjaacutecek F Lankas F Van Meervelt L Hobza P Sponer J J Am Chem Soc 2003 125

1759 13) Cornell W D Cieplak P Bayly C I Gould I R Merz K M Jr Ferguson D M Spellmeyer D C Fox T Caldwell J

W Kollman P A J Am Chem Soc 1995 117 5179 14) Honig B Nicholls A Science 1995 268 1144 15) Case D A Pearlman D A Caldwell J W Cheatham T E Wang J Ross W S Simmerling C L Darden T A Merz

K M Stanton R V Cheng A L Vincent J J Crowley M Tsui V Gohlke H Radmer R J Duan Y Pitera J Massova I Seibel G L Singh U C Weiner P K Kollman P A AMBER7 University of California San Francisco 2002

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 12

略 歴 合田 浩明 (Gouda HIROAKI)1993 年東大薬博士課程終了博士(薬学)取得(株)日立製作所入社1995 年北里大学薬学部助手1998 年北里大学薬学部講師2000 年カリフォルニア大学サン

フランシスコ校博士研究員2002 年北里大学薬学部准教授

略 歴 広野 修一 (Hirono SHUICHI)1981 年東大薬博士課程終了薬学博士取得北里大学

薬学部助手1988 年北里大学薬学部講師1988 年カリフォルニア大学サンフランシスコ校博士研究員1990年北里大学薬学部大学助教授1994 年北里大学薬学部大学教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 13

部会賞受賞者(1)

新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創生

小竹 良彦(エーザイ株式会社)

1はじめに 新たな「創薬ターゲット」を見出しそれに

基づいた画期的な新薬を創出することは研究開

発型製薬企業の生命線とされてきたゲノムサイ

エンスをはじめとした様々なアプローチによっ

て活発な創薬ターゲットの探索が進められてい

るが例えば先ずユニークな生理活性化合物を

見出しその標的分子を解明することは創薬タ

ーゲットを見出すことに他ならない一発必中の

創薬ターゲット探索法ともいえるこのアプロー

チは「ケミカルバイオロジー」の研究機軸の一

つでありこれまで創薬研究や細胞生物学の新た

な研究領域の扉を開けてきた我々は既存の抗

癌剤とは異なるユニークなメカニズムで優れた

抗腫瘍効果を発揮する天然物プラジエノライド

を見出しその標的分子を決定した同時にプ

ラジエノライド誘導体である新規抗癌剤 E7107を創出した

2プラジエノライドの発見と活性 我々は新規抗癌剤創出を目指して血管新生

因 子 で あ る Vascular Endotherial Growth Factor (VEGF)シグナルに着目しVEGF プロモ

ーター支配下の遺伝子発現を阻害する化合物の

探索を行ったVEGF プロモーター下流に

placental alkaline phosphatase(PLAP)をレポ

ーター遺伝子として組み込み低酸素条件刺激に

よる遺伝子(レポーター遺伝子)発現を評価する

cell-based assay を構築し(VEGF-PLAP assay)これを阻害する化合物のスクリーニングを行っ

たヒットしてくる化合物の作用点(標的分子)

が特定の一つに限定されないこの方法を敢えて

用いることで既存の抗癌剤とは異なるあるい

は未知のメカニズムに基づく阻害剤がヒットす

る可能性を期待したまたよりユニークなヒッ

ト化合物を求めて低分子化合物ライブラリーで

はなく天然物資源に特化してスクリーニングを

行ったここから見出されてきたのがプラジエ

ノライドである1) 2)

プ ラ ジ エ ノ ラ イ ド は Streptomyces platensis Mer-11107 から単離された二次代謝産

物で新規な 12 員環マクロライド化合物である

(図 1)当初得られた類縁体の中で最も活性の

高かったプラジエノライド B はin vitro で各種

癌細胞に対して nM オーダーで細胞増殖抑制活

性を示したまたin vivo においても優れた抗

腫瘍活性を発揮しヒト乳癌細胞 BSY-1 を移植

したヌードマウスモデルにおいては腫瘍が消失

した治癒マウスが観察されたさらにこの優れ

た抗腫瘍効果が既存の抗癌剤とは異なるメカニ

ズムに基づくことが複数のデータから示唆され

た3) この魅力的な天然物をリード化合物とした

探索研究を展開しさらに優れた活性安全性

物性プロファイルを有するプラジエノライド Dの半合成誘導体である E7017 を見出した4)また

プラジエノライドは 10 個の不斉炭素を有してい

ることからその絶対立体を確認する目的で全合

成研究を行ったプラジエノライド B および Dをそれぞれ 21 工程19 工程で合成し絶対立体

構造を明らかにした5)同時に天然からは得ら

れない新たなプラジエノライド類縁体の合成も

可能となった

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

図1プラジエノライドの化学構造

3プラジエノライドの結合分子探索 プラジエノライドが既存の抗癌剤とは異な

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 14

るメカニズムで抗腫瘍作用を発揮していること

が様々なデータから示唆されていたがその詳細

は不明なままであったこの解明に向けてプラジ

エノライドの標的分子探索を進めたこれによっ

て抗がん剤研究の新たな「創薬ターゲット」を

提示できる可能性と解明された標的分子作用

メカニズムを基にしたバイオマーカーなどを設

定することでより効率的な E7107 の臨床開発が

可能となることを期待したさらに臨床開発に

あたって患者様開発担当者臨床医政府関連

機関の皆様はじめ広く社会に E7107 の作用メカ

ニズムを科学的に説明してゆくことは企業研究

者の使命であるとも考えていた癌治療分野では

「分子標的治療薬」なるキーワードが定着してい

ることからも薬効を分子レベルで解明すべきで

あると考えたこれらの展望目的を達成するに

はプラジエノライドをケミカルプローブとして

用いその結合蛋白を決定することが最も合理的

であると考えた プラジエノライドから E7107 に至る探索研

究時に確立していた誘導体合成方法と得られて

いた構造活性相関を基にプラジエノライドの活

性が保持される位置にトリチウム(3H)蛍光タグ

(BODIPY-FL)光親和性基およびビオチンタグ

(photoaffinitybiotin PB)を導入した 3H プロー

ブBODIPY-FL プローブおよび PB プローブを

合成した(図 2)これらはin vitro にて nM オ

ーダーから sub-μM オーダーの細胞増殖抑制活

性を示しプラジエノライド標的分子への親和性

を維持していると判断されたこれらのプローブ

化合物を細胞に処理したことからそれぞれの結

合蛋白を放射活性蛍光によって追跡し

streptavidin-HRP を用いてその検出同定を試

みた6)

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

図2ケミカルプローブの化学構造

先ず結合蛋白の細胞内局在を 3H プローブ

および蛍光プローブを用いて検討した3H プロ

ーブを処理した細胞から細胞画分を調整し各画

分中の 3H 放射活性を測定したところ核フラク

ション中の放射活性が最も高かった(図 3a)次

いで蛍光プローブ処理した細胞の蛍光顕微鏡に

よる観察ではプローブが核内の顆粒状構造に局

在することが確認された(図 3b)この顆粒は核

スペックルのマーカーである SC-35 の局在と完

全に一致した核スペックルは転写やスプライシ

ングに関わる蛋白が高密度に存在する構造体で

あることから結合蛋白が転写因子やスプライシ

ング関連因子である可能性が示された

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

図3ケミカルプローブの細胞内局在

結合蛋白を更に絞り込む目的で3H プロー

ブ処理した細胞から調整した核フラクションに

対して転写スプライシングに関連する様々な

因子への抗体を用いて免疫沈降実験を行い3Hプローブが共沈される抗体を探索したその結果

6 つの抗体で 3H 放射活性の共沈が観察された

その 5 つはスプライシングにおいて必須の働き

をしている U2 small nuclear ribonucleoprotein (U2 snRNP)に存在する蛋白(または構造)に対

する抗体であった残る 1 つは U2 snRNP との

複合体形成が報告されているサイクリン E に対

する抗体であった(図 4)この結果から結合蛋

白は U2 snRNP 複合体中に存在すると考えられ

た U2 snRNP は巨大な蛋白複合体でありSm

コア蛋白スプライシングファクターSF3aSF3b といったサブユニットから構成される巨大

な複合体である真核生物ではDNA から転写

された mRNA 前駆体 (pre-mRNA) にイントロ

ンと呼ばれる蛋白質のアミノ酸配列の遺伝情報

をもたない部分が含まれている遺伝子情報を蛋

白質へと翻訳するにはこのイントロンを取り除

きアミノ酸配列の情報をもつエキソンだけを正

確につなぎ合わせる必要があるこの工程がスプ

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 15

ライシングでありU2 snRNP はスプライシン

グに関わる代表的なマシナリーの一つである

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

図4U2 snRNP-cyclinecdk2 複合体

U2 snRNP にまで絞り込まれてきた結合蛋

白を可視化し検出する目的で光親和性ビオチ

ン(PB)プローブを用いた実験を行った光親

和性モイエティーは UV 照射によってラジカル

種を生じ近接する蛋白質と共有結合を形成する

ここでプローブが共有結合した蛋白をビオチン

を足がかりとしてストレプトアビジン-HRP に

よって検出したその結果約 140kDa の位置に

バンドが検出された(図 5)U2 snRNP の中で

この分子量を有する蛋白としてはSF3b サブユ

ニ ッ ト に 存 在 す る spliceosome associated protein (SAP)145 または SAP130 が挙げられる

る実際このバンド中に両者が存在することを

イムノブロッティングおよび質量分析によって

確認したしかしながらこの二つの蛋白はほぼ

同じ位置に検出されどちらが結合蛋白であるか

を結論づけられなかったそこでSAP145 と

SAP130 についてそれぞれ GFP 融合蛋白を発現

させた細胞を用いて同様の実験を行いプローブ

結合蛋白のバンドシフトが検出されるかを検証

したGFP-SAP130 発現細胞では約 170kDa の

位置に結合蛋白のバンドがシフトした一方

GFP-SAP145 発現細胞ではバンドシフトが観察

されなかったことからプローブの結合蛋白は

SAP130 であると結論づけられた

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

図5PB プローブによる結合蛋白の検出

上述してきた実験では全てプラジエノライ

ドおよび E7107 とプローブ化合物との競合実験

を行いプラジエノライド自体の結合蛋白も

SAP130 であることを確認したしかしここで

は詳細な説明を割愛させていただくが一連のデ

ータはプラジエノライドが細胞内に存在する全

ての SAP130 に結合するのではなくSF3b 複合

体を形成している SAP130 にのみ結合すること

が示唆された例えばSAP130 の発現を siRNA処理により抑制した細胞においては蛍光プロー

ブの核スペックルへの局在が観察されなかった

がSAP145 の発現を抑制した場合においてもそ

の局在は消失したこの結果は SAP130 への結

合には SAP145 の存在も必要であることを示唆

しておりプラジエノライドが SAP130 のみな

らずSAP145など他のSF3b構成蛋白質から構成

される SF3b 中のポケット構造にはまり込んで

いる可能性などが考えられた 4プラジエノライド標的分子としての

SF3b プラジエノライドの結合蛋白が SF3b 中の

SAP130 であることを付き止めたが次にこれ

がプラジエノライドの抗腫瘍活性に直接関係し

た結合蛋白すなわち「標的分子」であるかを検

証した先ずE7107 に至る探索研究の過程で

得ていた強弱さまざまな細胞増殖抑制活性を示

すプラジエノライド化合物をSF3b 複合体に対

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 16

する 3H プローブの結合に対して競合させたそ

の結果強い細胞増殖抑制活性を有する化合物が

より高い競合能を示したすなわちプラジエノ

ライド化合物の SF3b への親和性と抗腫瘍活性

が相関することが示された(図 6)この結果は

SF3b がプラジエノライドの抗腫瘍効果の標的分

子であることを強く示唆している

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

図6プラジエノライドの SF3b への 親和性と抗腫瘍活性との相関

次にプラジエノライドの SF3b への結合に

よってその機能が阻害されているか否かを検証

したスプライシングが阻害された場合イント

ロン配列が残った未成熟な mRNA が細胞内に出

現すると考えられるそこでプラジエノライド

処理した細胞から回収した mRNA をもとに

cDNA ライブラリーを構築しイントロン配列が

含まれる cDNA の存在をランダムにスクリーニ

ングしたその結果DNAJB1 などいくつかの

遺伝子のイントロン配列が確認されたこれらの

遺伝子についてスプライシングが阻害された

mRNA(unspliced form RNA)の存在を定量的

RT-PCR にて検証した結果プラジエノライド処

理の時間に依存して unspliced form の発現量の

上昇が観察された(図 7)またプラジエノラ

イドの処理濃度によっても unspliced form の上

昇が確認されたこのときスプライシング阻害

を来たす濃度は細胞増殖抑制活性を発揮する濃

度と一致したさらにプラジエノライドが抗腫

瘍効果を発揮する処理濃度において核スペック

ルの巨大化(メガスペックル)が観察された(図

8)同様の現象はin vitro レベルでスプライシ

ングの阻害を来たす抗トリメチルグアノシン

(TMG)抗体やU1 または U6 snRNA に対す

るアンチセンスRNAの核内インジェクションに

おいても観察されているこれらの結果からプ

ラジエノライドは SF3b に結合しその機能を阻

害することで抗腫瘍効果を発揮していると結論

づけた6)

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した 図7プラジエノライドによるスプライシング阻害

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した 図8プラジエノライド B による核スペックルの形態変化

5抗腫瘍作用のメカニズム考察 「スプライシングの阻害がなぜ抗腫瘍活性

につながるか」に関してはいくつかの可能性

が考えられる7) 例えばプラジエノライドに

よるスプライシング阻害が癌細胞の増殖や生存

に必須の遺伝子の発現を抑制し抗腫瘍効果を発

揮していることなどが考えられる遺伝子発現に

関わる工程すなわち転写mRNA プロセシ

ング(キャッピングスプライシングポリアデ

ニレーション)さらに mRNA の核外輸送とサ

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 17

ーベイランスなどはそれぞれが独立して進行す

るのではなく全てがカップリングしたrdquogene expression factoryrdquoを形成していると考えられ

ている従ってスプライシングの阻害がgene expression factory を機能不全に陥れ遺伝子発

現を抑制することは可能性あるシナリオである

この作用によってプラジエノライドが当初の

VEGF-PLAP assay において阻害活性を示して

いた可能性が考えられるまたプラジエノライ

ド処理時に観察されたメガスペックルはDRBやアクチノマイシン D といった転写阻害剤の処

理によっても観察されることは示唆的である

6終わりに プラジエノライドの標的分子がスプライシ

ングファクターSF3b であることを突き止めた

これによってE7107 が既存の抗癌剤とは全く

異なる分子を標的とするrdquoFirst-in-Classrdquoの薬剤

であることを示すことができた同時にスプラ

イシングファクターSF3b が抗癌剤の新たな創薬

ターゲットになりうる可能性を示したE7107は現在欧米において臨床試験が進められてお

りSF3b の創薬ターゲットとしての真価は

E7107の臨床試験結果が示してゆくことになる

一方プラジエノライドによる SF3b の機能

阻害が抗腫瘍効果につながるメカニズムの詳細

な解明にはさらなる研究の深耕化が必要である

スプライシング阻害剤としてのプラジエノライ

ドを用いた研究からスプライシングと転写や他

の mRNA プロセシングさらには mRNA 核外

輸送やサーベイランスとのカップリングに分子

レベルでの新たな知見が加わることが期待され

るプラジエノライド研究を起点とした研究から

癌患者様に新たな希望を与える新薬が生まれる

と同時にgene expression factory の分子レベル

での解明など基礎科学の進展にも貢献すること

を期待している 謝辞 本研究はメルシャン(株)生物資源研究所

エーザイ(株)筑波研究所および KAN 研究所と

の共同研究によって進められてきたものである

土田外志夫博士(メルシャン)酒井孝博士水

井佳治博士(エーザイ)をはじめ共同研究者関

係者の皆様に深く感謝いたします

参考文献 1) Sakai T et al J Antibiot 57 173 (2004)

2) Sakai T et al J Antibiot 57 180 (2004)

3) Mizui Y et al J Antibiot 57 188 (2004)

4) Iwata M et al Proc Am Assoc Cancer Res 45 691 (2004)

5) Kanada R M Itoh D et al Angew Chem Int Ed 46 4350 (2007)

6) Kotake Y et al Nature Chem Biol 3 570 (2007)

7) 小竹良彦甲斐田大輔水井佳治吉田稔 蛋白質核酸酵素 53 28 (2008)

略 歴 小竹 良彦 (Yoshihiko KOTAKE)1989年 広島大学医学系研究科分子薬学系修了同年 エ

ーザイ(株)入社2004年より 創薬第二研究所主幹研究員1997年 薬学博士 研究テーマ新規抗癌剤の探索研究ケミカルバイオロジー

関心事生理活性天然物核内因子を標的とした創薬研究

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 18

部会賞受賞者(2)

日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析と

その患者個別化薬物治療への応用 斎藤 嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所機能生化学)

1はじめに

薬物に対する生体の反応性(薬物応答性)に

関しては個体差や人種差があり十分な有効性が

得られない場合や副作用を発現する場合も存在

し患者 QOL の低下をもたらす原因となってい

る薬物応答性に影響を与える因子として遺伝

的要因と環境的要因が考えられるがヒトゲノム

研究の進展に伴い薬物代謝酵素動態関連及び

受容体分子をコードする遺伝子の多型(主として

約 1000 塩基に 1 ヶ所存在する塩基置換や挿入

欠失)に基づくこれら分子の機能変化が 薬物応

答性の個体差発現に関与していることが明らか

となってきた1980 年代後半より特に薬物代

謝酵素に関し機能変化を伴う遺伝子多型が同定

されてきており中には機能がほぼ完全に消失す

る多型も知られているしかし単独多型部位に

着目したフェノタイプ - ジェノタイプ相関解析

では相反する結果が得られる場合も多く機能

影響が確立されたものは比較的少なかった我々

は平成 12 年度より一貫して日本人を対象と

した薬物応答関連遺伝子の多型解析を行うと共

に染色体上における遺伝子多型同士の組み合わ

せであるハプロタイプに着目しこれまでに多く

の薬物代謝酵素トランスポーター受容体等

につき日本人におけるハプロタイプ構造を明ら

かにしたまた発見した新規多型の機能影響を

in vitro 解析により解明した

2ハプロタイプ解析 我々はこれまでに約 50 種の遺伝子に関し主

としてエクソン領域及びエンハンサープロモー

ター領域を対象に直接シーケンシングによる多

型探索を行い約 2000 種の多型(うちアミノ

酸置換を引き起こすものは新規の約 150 種を含

む約 250 種)を見いだしたさらにこれらの

多型情報を基にハプロタイプ解析を行った 1 2)

表 1 に対象とした薬物応答関連遺伝子の一部を

示した

図1 連鎖不平衡とハプロタイプ解析

ヒトは両親より染色体を 1 本ずつ受け継いで

いるが減数分裂の際に相同組換えを起こす組

換えを起こしにくい領域ではその間の塩基配列

はあまり変化せず従って遺伝子多型の組み合わ

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 19

せも一定となる場合が多い(連鎖不平衡にあると

言う図 1)この同一染色体上に存在する多型

の組み合わせがハプロタイプである遺伝子多型

の機能影響が複数の多型により引き起こされる

場合や機能変化を引き起こす原因多型が未同定

であるものの解析したハプロタイプ上に存在す

る場合等にはフェノタイプとの相関解析に特に

有効な方法である世界的にも国際ハップマップ

プロジェクトが進行中であるが我々は薬物応答

関連遺伝子に特化しそれぞれ 100-500 人の日

本人を対象として高密度ハプロタイプを明らか

にした 実際にハプロタイプによる解析が功を奏した

例として以下のものが挙げられる a) 複数の機能変化をもたらす遺伝子多型が同一

遺伝子中に存在する場合機能影響がより明確に

なったケース

図2 UGT1A1 の遺伝子多型とハプロタイプ

グルクロン酸転移酵素 UGT1A1 は小胞体に

局在する第二相酵素である我々は日本人につき

UGT1A1 遺伝子中にin vitro 解析で大きな機能

低下を引き起こす6 (211GgtA Gly71Arg)及び

28 (TA6gtTA7)(図 2赤字)及び中程度の低下

を引き起こす27 (686CgtA Pro229Gln)及び60 (-3279TgtG) (青字)といういずれも酵素活性

の低下または蛋白質発現レベルの低下を引き起

こす多型を検出したこれらのハプロタイプ解析

の結果機能低下が大きい6 と28 は排他的に

存在することほとんどのケースで28 は60 と

同一ハプロタイプ上に存在すること27 は28

と同一ハプロタイプ上に存在することを見いだ

した(図 2)3)また 3rsquo-非翻訳領域に 3 多型

(1813CgtT 1941CgtG 2042CgtG)が連鎖してい

るIB ハプロタイプを同定した(緑字)図 3 に

示すように理論上別々の染色体上に機能低下

を起こす多型が存在する場合の方が同一染色体

上に存在する場合よりも大きな機能低下を引き

起こすUGT1A1 が活性代謝物 SN-38 の解毒代

謝に関わる抗がん剤イリノテカンや同じく

UGT1A1 が代謝に関わるビリルビンを対象とし

たその後の解析で日本人の UGT1A1 の遺伝子

多型では6 または28 を二本の染色体で共に

有する場合(ホモ接合)及び6 と28 の両者を

それぞれ別の染色体上で有する場合に体内動態

及び副作用への影響が大きいことから主として

6 と28 を指標とすれば良いことが明らかとな

った 4 5)さらに60 及びIB 単独では影響が弱

いものの60 - IB 組み合わせハプロタイプで

は28 に匹敵する影響を血中総ビリルビン濃度

に与え値を上昇させることを見いだした 5)

図3 多型影響のハプロタイプによる違い

b) 同一基質を代謝する酵素群の遺伝子が染色体

上で近傍に位置する場合各遺伝子のハプロタイ

プの組み合わせで総合的機能変化を推定しうる

ことを示したケース 薬物代謝酵素ではファミリーを形成する遺伝

子群が染色体上に並んで存在する場合があるこ

れらファミリー遺伝子の産物は基質特異性が異

なるものの同一基質を代謝するケースも多い

従って多型影響はファミリー遺伝子全体として

考える必要がある現在処方されている医薬品の

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

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約半数の代謝に関わる重要なシトクロムP450分

子種 CYP3A である CYP3A4 と CYP3A5 の場合

では酵素活性の低下を引き起こす CYP3A416 (554CgtG Thr185Ser)とスプライシング異常に

より発現レベルの大幅な低下を引き起こす

CYP3A53(IVS3-237AgtG)が重要な多型であ

る我々は CYP3A4 及び CYP3A5 のハプロタイ

プを別々に明らかとした後その組み合わせも解

析した 6)その結果CYP3A416 を有する場合

CYP3A5 は野生型である1 をCYP3A53 を有

する場合CYP3A4 は1 をそれぞれ有すること

が明らかとなり重要な酵素としてある一定の

酵素活性が保たれるような組み合わせになって

いることが示唆された これ以外の例ではUGT1A7 と UGT1A1 の例

がありこの場合は酵素活性が低下する

UGT1A73 の約 67が UGT1A16(酵素活性低

下)と26が UGT1A128(発現レベル低下)

と連鎖しておりハプロタイプを形成していた 7)

UGT1A1 は肝臓等にUGT1A7 は消化管等に発

現しておりUGT1A73 を有する場合には

SN-38 などの解毒代謝が体内の多くの組織で低

下していると考えられる c) アミノ酸置換を起こさず単独多型部位の解析

では注目されてこなかった多型のみを有するハ

プロタイプが薬物動態パラメーターの変化を引

き起こすことを明らかにしたケース これにはまず抗てんかん薬カルバマゼピンに

おけるエポキシド加水分解酵素 EPHX1 のハプ

ロタイプが挙げられるカルバマゼピンは主と

して CYP3A4 により薬理活性を有するエポキシ

ド体に変換された後さらに EPHX1 によりジオ

ール体へと解毒代謝されるEPHX1 遺伝子中に

検出した多型の連鎖不平衡解析結果により3 つ

のブロックに分けてハプロタイプ解析を行った

がこのうちブロック 3 の1c ハプロタイプが

酵素活性の指標であるジオール体とエポキシド

体の血中濃度比の有意な上昇をもたらすことを

明らかにした(図 4)8)このハプロタイプは

1248GgtA(Lys416Lys)と IVS3-114GgtC という

それぞれアミノ酸置換を引き起こさないサイレ

ントの多型及びイントロン領域の多型のみを有

していたIVS3-114GgtC は他のハプロタイプに

も存在することから1248GgtA(Lys416Lys)またはこれと強く連鎖している未知の多型の効

果により酵素活性が上昇したと考えられる

図4 EPHX1 Block 31c ハプロタイプの カルバマゼピン解毒代謝への影響

この他の例としては抗がん剤パクリタキセル

の薬物動態変化における CYP2C8 のハプロタイ

プがあるパクリタキセルには CYP3A4 により

C3rsquo-p-水酸化体に代謝されさらに CYP2C8 に

よりジオール体に変換される経路が知られてい

るがCYP2C8 のイントロン多型 7 種で形成さ

れるIG ハプロタイプを有するヒトではC3rsquo-p-水酸化体の血中濃度-時間曲線下面積値が有し

ないヒトに比べて有意に高かった 9)従ってIGハプロタイプではCYP2C8 の酵素活性が低下

していると示唆された 以上のようにハプロタイプ解析は単独多型の

解析に比してより明確により包括的に機能影

響を明らかにすることが可能であることを示し

薬物応答性分子の解析におけるその有用性が示

された

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

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3機能解析 新規に遺伝子多型を同定しても機能変化を引

き起こさなければいわゆるldquoジャンクrdquoの多型

であるまたハプロタイプを同定してもその中

のどの多型が機能変化に関連しているか不明で

あるそこでアミノ酸置換を伴う遺伝子多型を中

心に in vitro 機能解析を行い機能変化を引き起

こす多型を約 30 種同定したその一部を表 2に示す例えば上述の CYP3A416 多型はテ

ストステロンの水酸化活性を約 50低下させる

ことが in vitro で示されたため 10)in vivo の解

析でも注目しパクリタキセル等の薬物動態パラ

メーターの変化を引き起こすことを見いだした

11)また同じシトクロム P450 の一種 CYP1A2において8(1367GgtA Arg456His)15( 125CgtG Pro42Arg ) 16 ( 1130GgtA Arg377Gln)はそのアリル頻度は 0002-0004と低いもののいずれもヘム蛋白質レベルが低下

することにより95以上という大幅な活性低下

を引き起こすことを明らかにした 12)

表2 機能変化を示した薬物応答性遺伝子の多型

(シトクロム P450 の例)

4おわりに

以上のように日本人を対象に薬物動態変

化や有効性副作用発現に関わる重要な遺伝子多

型ハプロタイプを明らかとしたことは医薬品

の種類や投薬量等に関する治療方針を個別に決

定する患者個別化薬物治療の本邦における発展

に大きく寄与するものと考えるこれらの成果は

人種的に類似している東アジア諸国においても

有用であり現に我々が発見した遺伝子多型に関

する報告が韓国や中国から相次いでいるまた薬

物応答性遺伝子の多型影響を考慮してリード化

合物の最適化を行うことは臨床試験段階でのド

ロップアウトを防止する有力な手段になりえる

と考えられ本研究の成果は創薬の面からも有用

と思われる今後も未解析である硫酸転移酵素や

一部のトランスポーター群の解析を行うと共に

創薬及び臨床現場で有用と考えられる遺伝子多

型ハプロタイプのデータベース化を行い日本

におけるファーマコゲノミクス情報の有効活用

を促していきたい 謝 辞 本研究は国立医薬品食品衛生研究所機能生

化学部 澤田純一部長同薬理部 小澤正吾室長

(現岩手医科大学教授)をはじめとする国立医

薬品食品衛生研究所の先生方および国立がんセ

ンター国立国際医療センター岡山大学東京

女子医科大学をはじめとする共同研究機関の先

生方のご指導及び共同研究のもとに行われたも

のであり心より感謝申し上げますまた本研究

は医薬品医療機器総合機構医薬基盤研究所

厚生労働省文部科学省等より研究費の助成を受

けて行われたものでありここに深謝致します

参考文献 1) Saito Y et al Curr Pharmacogenomics 5 49-78 (2007)

2)斎藤嘉朗ら 細胞工学 26 1020-1025 (2007)

3) Sai K et al Clin Pharmacol Ther 75 501-515 (2004)

4) Minami H et al Pharmacogenet Genomics 17 497-504 (2007)

5) Saeki M et al Clin Chem 53 356-358 (2007)

6) Fukushima-Uesaka H et al Hum Mutat 23 100 (2004)

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 22

7) Saeki M et al Pharmacogenomics J 6 63-75 (2006)

8) Nakajima Y et al Eur J Clin Pharmacol 61 25-34 (2005)

9) Saito Y et al Pharmacogenet Genomics 17 461-471 (2007)

10) Murayama N et al Drug Metab Pharmacokinet 17 150-156 (2002)

11) Nakajima Y et al Clin Pharmacol Ther 80 179-191 (2006)

12) Saito Y et al Drug Metab Dispos 33 1905-1910 (2005)

略 歴 斎藤 嘉朗(Yoshiro SAITO)1989 年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了同年国立衛生

試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)機能生化学部 研究員1996 年博士(薬学)取得(東京大学)1998 年カナ

ダトロント大学医学部 博士研究員2000 年国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部 主任研究官2001 年同第二室

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部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 24

常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
        •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 11

ノ酸残基に置換すればChiB との van der Waals 相互作用および疎水相互作用がより有利

になり結合親和性が改善されるのではないかと

考えたそこでD-Ala(5)を D-ValD-LeuD-PheおよびD-Trpで置換したArgifin誘導体を分子設

計しChiB との複合体構造モデリングを行った

図6Bに D-Ala(5)を D-Trp(5)で置換した変異体

(A5W 変異体)についての複合体モデル構造を示

す導入された D-Trp(5)の側鎖が空間的スペ

ースをうまく充填していることがわかる表2に

複 合 体 モ デ ル 構 造 を 用 い た 一 点 計 算 の

MM-PBSA 法による各誘導体の相対結合自由エ

ネルギー評価を示すD-Ala(5)を D-LeuD-Pheおよび D-Trp で置換することで実際に van der Waals 相互作用が改善され結合親和性がより強

くなりそうなことがわかった特にA5W 誘導

体に対しては 5 kcal程度の大きな改善が期待で

きArgadin に匹敵する結合親和性を有すること

が予想された 5 おわりに 本研究ではMM-PBSA 法を適用することに

よりChiB に対する Argifin と Argadin の結合

親和性の違いを定量的かつ物理化学的観点から

解析したさらにこの結果を利用することで

結合能の改善が期待できるArgifin誘導体の論理

的分子設計が可能になった現在これら誘導体

の合成研究が行われている 6 謝辞 本研究は科学研究費補助金(19590043)財

団法人武田科学振興財団財団法人持田記念医学

薬学振興財団などの助成を受けて行ったもので

ありその資金援助に深く感謝します

参考文献 1) Zhu Z Zheng T Homer R J Kim Y K Chen N Y Cohn L Hamid Q Elias J A Science 2004 304 1678 2) Shiomi K Arai N Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Tetrahedron Lett 2000 41 2141 3) Arai N Shiomi K Yamaguchi Y Masuma R Iwai Y Turberg A Koumllbl H Ōmura S Chem Pharm Bull (Tokyo) 2000

48 1442 4) Houston D R Shiomi K Arai N Ōmura S Peter M G Turberg A Synstad B Eijsink V G H van Aalten D M F

Proc Natl Acad Sci USA 2002 99 9127 5) Kollman P A Massova I Reyes C Kuhn B Huo S Chong L Lee M Lee T Duan Y Wang W Donini O Cieplak

P Srinivasan J Case D A Cheatham III T E Acc Chem Res 2000 33 889 6) Gouda H Yanai Y Sugawara A Sunazuka T Ōmura S Hirono H Bioorg Med Chem 2008 In press 7) van Aalten D M F Synstad B Brurberg M B Hough E Riise B W Eijsink V G H Wierenga R K Proc Natl Acad

Sci USA 2000 97 5842 8) Massova I Kollman P A J Am Chem Soc 1999 121 8133 9) Chong L T Duan Y Wang L Massova I Kollman P A Proc Natl Acad Sci USA 1999 96 14330 10) Masukawa K M Kollman P A Kuntz I D J Med Chem 2003 46 5628 11) Gouda H Kuntz I D Case D A Kollman P A Biopolymers 2003 68 16 12) Spackovaacute N Cheatham III T E Ryjaacutecek F Lankas F Van Meervelt L Hobza P Sponer J J Am Chem Soc 2003 125

1759 13) Cornell W D Cieplak P Bayly C I Gould I R Merz K M Jr Ferguson D M Spellmeyer D C Fox T Caldwell J

W Kollman P A J Am Chem Soc 1995 117 5179 14) Honig B Nicholls A Science 1995 268 1144 15) Case D A Pearlman D A Caldwell J W Cheatham T E Wang J Ross W S Simmerling C L Darden T A Merz

K M Stanton R V Cheng A L Vincent J J Crowley M Tsui V Gohlke H Radmer R J Duan Y Pitera J Massova I Seibel G L Singh U C Weiner P K Kollman P A AMBER7 University of California San Francisco 2002

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 12

略 歴 合田 浩明 (Gouda HIROAKI)1993 年東大薬博士課程終了博士(薬学)取得(株)日立製作所入社1995 年北里大学薬学部助手1998 年北里大学薬学部講師2000 年カリフォルニア大学サン

フランシスコ校博士研究員2002 年北里大学薬学部准教授

略 歴 広野 修一 (Hirono SHUICHI)1981 年東大薬博士課程終了薬学博士取得北里大学

薬学部助手1988 年北里大学薬学部講師1988 年カリフォルニア大学サンフランシスコ校博士研究員1990年北里大学薬学部大学助教授1994 年北里大学薬学部大学教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 13

部会賞受賞者(1)

新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創生

小竹 良彦(エーザイ株式会社)

1はじめに 新たな「創薬ターゲット」を見出しそれに

基づいた画期的な新薬を創出することは研究開

発型製薬企業の生命線とされてきたゲノムサイ

エンスをはじめとした様々なアプローチによっ

て活発な創薬ターゲットの探索が進められてい

るが例えば先ずユニークな生理活性化合物を

見出しその標的分子を解明することは創薬タ

ーゲットを見出すことに他ならない一発必中の

創薬ターゲット探索法ともいえるこのアプロー

チは「ケミカルバイオロジー」の研究機軸の一

つでありこれまで創薬研究や細胞生物学の新た

な研究領域の扉を開けてきた我々は既存の抗

癌剤とは異なるユニークなメカニズムで優れた

抗腫瘍効果を発揮する天然物プラジエノライド

を見出しその標的分子を決定した同時にプ

ラジエノライド誘導体である新規抗癌剤 E7107を創出した

2プラジエノライドの発見と活性 我々は新規抗癌剤創出を目指して血管新生

因 子 で あ る Vascular Endotherial Growth Factor (VEGF)シグナルに着目しVEGF プロモ

ーター支配下の遺伝子発現を阻害する化合物の

探索を行ったVEGF プロモーター下流に

placental alkaline phosphatase(PLAP)をレポ

ーター遺伝子として組み込み低酸素条件刺激に

よる遺伝子(レポーター遺伝子)発現を評価する

cell-based assay を構築し(VEGF-PLAP assay)これを阻害する化合物のスクリーニングを行っ

たヒットしてくる化合物の作用点(標的分子)

が特定の一つに限定されないこの方法を敢えて

用いることで既存の抗癌剤とは異なるあるい

は未知のメカニズムに基づく阻害剤がヒットす

る可能性を期待したまたよりユニークなヒッ

ト化合物を求めて低分子化合物ライブラリーで

はなく天然物資源に特化してスクリーニングを

行ったここから見出されてきたのがプラジエ

ノライドである1) 2)

プ ラ ジ エ ノ ラ イ ド は Streptomyces platensis Mer-11107 から単離された二次代謝産

物で新規な 12 員環マクロライド化合物である

(図 1)当初得られた類縁体の中で最も活性の

高かったプラジエノライド B はin vitro で各種

癌細胞に対して nM オーダーで細胞増殖抑制活

性を示したまたin vivo においても優れた抗

腫瘍活性を発揮しヒト乳癌細胞 BSY-1 を移植

したヌードマウスモデルにおいては腫瘍が消失

した治癒マウスが観察されたさらにこの優れ

た抗腫瘍効果が既存の抗癌剤とは異なるメカニ

ズムに基づくことが複数のデータから示唆され

た3) この魅力的な天然物をリード化合物とした

探索研究を展開しさらに優れた活性安全性

物性プロファイルを有するプラジエノライド Dの半合成誘導体である E7017 を見出した4)また

プラジエノライドは 10 個の不斉炭素を有してい

ることからその絶対立体を確認する目的で全合

成研究を行ったプラジエノライド B および Dをそれぞれ 21 工程19 工程で合成し絶対立体

構造を明らかにした5)同時に天然からは得ら

れない新たなプラジエノライド類縁体の合成も

可能となった

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

図1プラジエノライドの化学構造

3プラジエノライドの結合分子探索 プラジエノライドが既存の抗癌剤とは異な

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 14

るメカニズムで抗腫瘍作用を発揮していること

が様々なデータから示唆されていたがその詳細

は不明なままであったこの解明に向けてプラジ

エノライドの標的分子探索を進めたこれによっ

て抗がん剤研究の新たな「創薬ターゲット」を

提示できる可能性と解明された標的分子作用

メカニズムを基にしたバイオマーカーなどを設

定することでより効率的な E7107 の臨床開発が

可能となることを期待したさらに臨床開発に

あたって患者様開発担当者臨床医政府関連

機関の皆様はじめ広く社会に E7107 の作用メカ

ニズムを科学的に説明してゆくことは企業研究

者の使命であるとも考えていた癌治療分野では

「分子標的治療薬」なるキーワードが定着してい

ることからも薬効を分子レベルで解明すべきで

あると考えたこれらの展望目的を達成するに

はプラジエノライドをケミカルプローブとして

用いその結合蛋白を決定することが最も合理的

であると考えた プラジエノライドから E7107 に至る探索研

究時に確立していた誘導体合成方法と得られて

いた構造活性相関を基にプラジエノライドの活

性が保持される位置にトリチウム(3H)蛍光タグ

(BODIPY-FL)光親和性基およびビオチンタグ

(photoaffinitybiotin PB)を導入した 3H プロー

ブBODIPY-FL プローブおよび PB プローブを

合成した(図 2)これらはin vitro にて nM オ

ーダーから sub-μM オーダーの細胞増殖抑制活

性を示しプラジエノライド標的分子への親和性

を維持していると判断されたこれらのプローブ

化合物を細胞に処理したことからそれぞれの結

合蛋白を放射活性蛍光によって追跡し

streptavidin-HRP を用いてその検出同定を試

みた6)

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

図2ケミカルプローブの化学構造

先ず結合蛋白の細胞内局在を 3H プローブ

および蛍光プローブを用いて検討した3H プロ

ーブを処理した細胞から細胞画分を調整し各画

分中の 3H 放射活性を測定したところ核フラク

ション中の放射活性が最も高かった(図 3a)次

いで蛍光プローブ処理した細胞の蛍光顕微鏡に

よる観察ではプローブが核内の顆粒状構造に局

在することが確認された(図 3b)この顆粒は核

スペックルのマーカーである SC-35 の局在と完

全に一致した核スペックルは転写やスプライシ

ングに関わる蛋白が高密度に存在する構造体で

あることから結合蛋白が転写因子やスプライシ

ング関連因子である可能性が示された

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

図3ケミカルプローブの細胞内局在

結合蛋白を更に絞り込む目的で3H プロー

ブ処理した細胞から調整した核フラクションに

対して転写スプライシングに関連する様々な

因子への抗体を用いて免疫沈降実験を行い3Hプローブが共沈される抗体を探索したその結果

6 つの抗体で 3H 放射活性の共沈が観察された

その 5 つはスプライシングにおいて必須の働き

をしている U2 small nuclear ribonucleoprotein (U2 snRNP)に存在する蛋白(または構造)に対

する抗体であった残る 1 つは U2 snRNP との

複合体形成が報告されているサイクリン E に対

する抗体であった(図 4)この結果から結合蛋

白は U2 snRNP 複合体中に存在すると考えられ

た U2 snRNP は巨大な蛋白複合体でありSm

コア蛋白スプライシングファクターSF3aSF3b といったサブユニットから構成される巨大

な複合体である真核生物ではDNA から転写

された mRNA 前駆体 (pre-mRNA) にイントロ

ンと呼ばれる蛋白質のアミノ酸配列の遺伝情報

をもたない部分が含まれている遺伝子情報を蛋

白質へと翻訳するにはこのイントロンを取り除

きアミノ酸配列の情報をもつエキソンだけを正

確につなぎ合わせる必要があるこの工程がスプ

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 15

ライシングでありU2 snRNP はスプライシン

グに関わる代表的なマシナリーの一つである

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

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D2

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D3

D1

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F

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D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

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3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

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D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

図4U2 snRNP-cyclinecdk2 複合体

U2 snRNP にまで絞り込まれてきた結合蛋

白を可視化し検出する目的で光親和性ビオチ

ン(PB)プローブを用いた実験を行った光親

和性モイエティーは UV 照射によってラジカル

種を生じ近接する蛋白質と共有結合を形成する

ここでプローブが共有結合した蛋白をビオチン

を足がかりとしてストレプトアビジン-HRP に

よって検出したその結果約 140kDa の位置に

バンドが検出された(図 5)U2 snRNP の中で

この分子量を有する蛋白としてはSF3b サブユ

ニ ッ ト に 存 在 す る spliceosome associated protein (SAP)145 または SAP130 が挙げられる

る実際このバンド中に両者が存在することを

イムノブロッティングおよび質量分析によって

確認したしかしながらこの二つの蛋白はほぼ

同じ位置に検出されどちらが結合蛋白であるか

を結論づけられなかったそこでSAP145 と

SAP130 についてそれぞれ GFP 融合蛋白を発現

させた細胞を用いて同様の実験を行いプローブ

結合蛋白のバンドシフトが検出されるかを検証

したGFP-SAP130 発現細胞では約 170kDa の

位置に結合蛋白のバンドがシフトした一方

GFP-SAP145 発現細胞ではバンドシフトが観察

されなかったことからプローブの結合蛋白は

SAP130 であると結論づけられた

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

図5PB プローブによる結合蛋白の検出

上述してきた実験では全てプラジエノライ

ドおよび E7107 とプローブ化合物との競合実験

を行いプラジエノライド自体の結合蛋白も

SAP130 であることを確認したしかしここで

は詳細な説明を割愛させていただくが一連のデ

ータはプラジエノライドが細胞内に存在する全

ての SAP130 に結合するのではなくSF3b 複合

体を形成している SAP130 にのみ結合すること

が示唆された例えばSAP130 の発現を siRNA処理により抑制した細胞においては蛍光プロー

ブの核スペックルへの局在が観察されなかった

がSAP145 の発現を抑制した場合においてもそ

の局在は消失したこの結果は SAP130 への結

合には SAP145 の存在も必要であることを示唆

しておりプラジエノライドが SAP130 のみな

らずSAP145など他のSF3b構成蛋白質から構成

される SF3b 中のポケット構造にはまり込んで

いる可能性などが考えられた 4プラジエノライド標的分子としての

SF3b プラジエノライドの結合蛋白が SF3b 中の

SAP130 であることを付き止めたが次にこれ

がプラジエノライドの抗腫瘍活性に直接関係し

た結合蛋白すなわち「標的分子」であるかを検

証した先ずE7107 に至る探索研究の過程で

得ていた強弱さまざまな細胞増殖抑制活性を示

すプラジエノライド化合物をSF3b 複合体に対

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 16

する 3H プローブの結合に対して競合させたそ

の結果強い細胞増殖抑制活性を有する化合物が

より高い競合能を示したすなわちプラジエノ

ライド化合物の SF3b への親和性と抗腫瘍活性

が相関することが示された(図 6)この結果は

SF3b がプラジエノライドの抗腫瘍効果の標的分

子であることを強く示唆している

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

図6プラジエノライドの SF3b への 親和性と抗腫瘍活性との相関

次にプラジエノライドの SF3b への結合に

よってその機能が阻害されているか否かを検証

したスプライシングが阻害された場合イント

ロン配列が残った未成熟な mRNA が細胞内に出

現すると考えられるそこでプラジエノライド

処理した細胞から回収した mRNA をもとに

cDNA ライブラリーを構築しイントロン配列が

含まれる cDNA の存在をランダムにスクリーニ

ングしたその結果DNAJB1 などいくつかの

遺伝子のイントロン配列が確認されたこれらの

遺伝子についてスプライシングが阻害された

mRNA(unspliced form RNA)の存在を定量的

RT-PCR にて検証した結果プラジエノライド処

理の時間に依存して unspliced form の発現量の

上昇が観察された(図 7)またプラジエノラ

イドの処理濃度によっても unspliced form の上

昇が確認されたこのときスプライシング阻害

を来たす濃度は細胞増殖抑制活性を発揮する濃

度と一致したさらにプラジエノライドが抗腫

瘍効果を発揮する処理濃度において核スペック

ルの巨大化(メガスペックル)が観察された(図

8)同様の現象はin vitro レベルでスプライシ

ングの阻害を来たす抗トリメチルグアノシン

(TMG)抗体やU1 または U6 snRNA に対す

るアンチセンスRNAの核内インジェクションに

おいても観察されているこれらの結果からプ

ラジエノライドは SF3b に結合しその機能を阻

害することで抗腫瘍効果を発揮していると結論

づけた6)

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した 図7プラジエノライドによるスプライシング阻害

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した 図8プラジエノライド B による核スペックルの形態変化

5抗腫瘍作用のメカニズム考察 「スプライシングの阻害がなぜ抗腫瘍活性

につながるか」に関してはいくつかの可能性

が考えられる7) 例えばプラジエノライドに

よるスプライシング阻害が癌細胞の増殖や生存

に必須の遺伝子の発現を抑制し抗腫瘍効果を発

揮していることなどが考えられる遺伝子発現に

関わる工程すなわち転写mRNA プロセシ

ング(キャッピングスプライシングポリアデ

ニレーション)さらに mRNA の核外輸送とサ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 17

ーベイランスなどはそれぞれが独立して進行す

るのではなく全てがカップリングしたrdquogene expression factoryrdquoを形成していると考えられ

ている従ってスプライシングの阻害がgene expression factory を機能不全に陥れ遺伝子発

現を抑制することは可能性あるシナリオである

この作用によってプラジエノライドが当初の

VEGF-PLAP assay において阻害活性を示して

いた可能性が考えられるまたプラジエノライ

ド処理時に観察されたメガスペックルはDRBやアクチノマイシン D といった転写阻害剤の処

理によっても観察されることは示唆的である

6終わりに プラジエノライドの標的分子がスプライシ

ングファクターSF3b であることを突き止めた

これによってE7107 が既存の抗癌剤とは全く

異なる分子を標的とするrdquoFirst-in-Classrdquoの薬剤

であることを示すことができた同時にスプラ

イシングファクターSF3b が抗癌剤の新たな創薬

ターゲットになりうる可能性を示したE7107は現在欧米において臨床試験が進められてお

りSF3b の創薬ターゲットとしての真価は

E7107の臨床試験結果が示してゆくことになる

一方プラジエノライドによる SF3b の機能

阻害が抗腫瘍効果につながるメカニズムの詳細

な解明にはさらなる研究の深耕化が必要である

スプライシング阻害剤としてのプラジエノライ

ドを用いた研究からスプライシングと転写や他

の mRNA プロセシングさらには mRNA 核外

輸送やサーベイランスとのカップリングに分子

レベルでの新たな知見が加わることが期待され

るプラジエノライド研究を起点とした研究から

癌患者様に新たな希望を与える新薬が生まれる

と同時にgene expression factory の分子レベル

での解明など基礎科学の進展にも貢献すること

を期待している 謝辞 本研究はメルシャン(株)生物資源研究所

エーザイ(株)筑波研究所および KAN 研究所と

の共同研究によって進められてきたものである

土田外志夫博士(メルシャン)酒井孝博士水

井佳治博士(エーザイ)をはじめ共同研究者関

係者の皆様に深く感謝いたします

参考文献 1) Sakai T et al J Antibiot 57 173 (2004)

2) Sakai T et al J Antibiot 57 180 (2004)

3) Mizui Y et al J Antibiot 57 188 (2004)

4) Iwata M et al Proc Am Assoc Cancer Res 45 691 (2004)

5) Kanada R M Itoh D et al Angew Chem Int Ed 46 4350 (2007)

6) Kotake Y et al Nature Chem Biol 3 570 (2007)

7) 小竹良彦甲斐田大輔水井佳治吉田稔 蛋白質核酸酵素 53 28 (2008)

略 歴 小竹 良彦 (Yoshihiko KOTAKE)1989年 広島大学医学系研究科分子薬学系修了同年 エ

ーザイ(株)入社2004年より 創薬第二研究所主幹研究員1997年 薬学博士 研究テーマ新規抗癌剤の探索研究ケミカルバイオロジー

関心事生理活性天然物核内因子を標的とした創薬研究

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 18

部会賞受賞者(2)

日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析と

その患者個別化薬物治療への応用 斎藤 嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所機能生化学)

1はじめに

薬物に対する生体の反応性(薬物応答性)に

関しては個体差や人種差があり十分な有効性が

得られない場合や副作用を発現する場合も存在

し患者 QOL の低下をもたらす原因となってい

る薬物応答性に影響を与える因子として遺伝

的要因と環境的要因が考えられるがヒトゲノム

研究の進展に伴い薬物代謝酵素動態関連及び

受容体分子をコードする遺伝子の多型(主として

約 1000 塩基に 1 ヶ所存在する塩基置換や挿入

欠失)に基づくこれら分子の機能変化が 薬物応

答性の個体差発現に関与していることが明らか

となってきた1980 年代後半より特に薬物代

謝酵素に関し機能変化を伴う遺伝子多型が同定

されてきており中には機能がほぼ完全に消失す

る多型も知られているしかし単独多型部位に

着目したフェノタイプ - ジェノタイプ相関解析

では相反する結果が得られる場合も多く機能

影響が確立されたものは比較的少なかった我々

は平成 12 年度より一貫して日本人を対象と

した薬物応答関連遺伝子の多型解析を行うと共

に染色体上における遺伝子多型同士の組み合わ

せであるハプロタイプに着目しこれまでに多く

の薬物代謝酵素トランスポーター受容体等

につき日本人におけるハプロタイプ構造を明ら

かにしたまた発見した新規多型の機能影響を

in vitro 解析により解明した

2ハプロタイプ解析 我々はこれまでに約 50 種の遺伝子に関し主

としてエクソン領域及びエンハンサープロモー

ター領域を対象に直接シーケンシングによる多

型探索を行い約 2000 種の多型(うちアミノ

酸置換を引き起こすものは新規の約 150 種を含

む約 250 種)を見いだしたさらにこれらの

多型情報を基にハプロタイプ解析を行った 1 2)

表 1 に対象とした薬物応答関連遺伝子の一部を

示した

図1 連鎖不平衡とハプロタイプ解析

ヒトは両親より染色体を 1 本ずつ受け継いで

いるが減数分裂の際に相同組換えを起こす組

換えを起こしにくい領域ではその間の塩基配列

はあまり変化せず従って遺伝子多型の組み合わ

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 19

せも一定となる場合が多い(連鎖不平衡にあると

言う図 1)この同一染色体上に存在する多型

の組み合わせがハプロタイプである遺伝子多型

の機能影響が複数の多型により引き起こされる

場合や機能変化を引き起こす原因多型が未同定

であるものの解析したハプロタイプ上に存在す

る場合等にはフェノタイプとの相関解析に特に

有効な方法である世界的にも国際ハップマップ

プロジェクトが進行中であるが我々は薬物応答

関連遺伝子に特化しそれぞれ 100-500 人の日

本人を対象として高密度ハプロタイプを明らか

にした 実際にハプロタイプによる解析が功を奏した

例として以下のものが挙げられる a) 複数の機能変化をもたらす遺伝子多型が同一

遺伝子中に存在する場合機能影響がより明確に

なったケース

図2 UGT1A1 の遺伝子多型とハプロタイプ

グルクロン酸転移酵素 UGT1A1 は小胞体に

局在する第二相酵素である我々は日本人につき

UGT1A1 遺伝子中にin vitro 解析で大きな機能

低下を引き起こす6 (211GgtA Gly71Arg)及び

28 (TA6gtTA7)(図 2赤字)及び中程度の低下

を引き起こす27 (686CgtA Pro229Gln)及び60 (-3279TgtG) (青字)といういずれも酵素活性

の低下または蛋白質発現レベルの低下を引き起

こす多型を検出したこれらのハプロタイプ解析

の結果機能低下が大きい6 と28 は排他的に

存在することほとんどのケースで28 は60 と

同一ハプロタイプ上に存在すること27 は28

と同一ハプロタイプ上に存在することを見いだ

した(図 2)3)また 3rsquo-非翻訳領域に 3 多型

(1813CgtT 1941CgtG 2042CgtG)が連鎖してい

るIB ハプロタイプを同定した(緑字)図 3 に

示すように理論上別々の染色体上に機能低下

を起こす多型が存在する場合の方が同一染色体

上に存在する場合よりも大きな機能低下を引き

起こすUGT1A1 が活性代謝物 SN-38 の解毒代

謝に関わる抗がん剤イリノテカンや同じく

UGT1A1 が代謝に関わるビリルビンを対象とし

たその後の解析で日本人の UGT1A1 の遺伝子

多型では6 または28 を二本の染色体で共に

有する場合(ホモ接合)及び6 と28 の両者を

それぞれ別の染色体上で有する場合に体内動態

及び副作用への影響が大きいことから主として

6 と28 を指標とすれば良いことが明らかとな

った 4 5)さらに60 及びIB 単独では影響が弱

いものの60 - IB 組み合わせハプロタイプで

は28 に匹敵する影響を血中総ビリルビン濃度

に与え値を上昇させることを見いだした 5)

図3 多型影響のハプロタイプによる違い

b) 同一基質を代謝する酵素群の遺伝子が染色体

上で近傍に位置する場合各遺伝子のハプロタイ

プの組み合わせで総合的機能変化を推定しうる

ことを示したケース 薬物代謝酵素ではファミリーを形成する遺伝

子群が染色体上に並んで存在する場合があるこ

れらファミリー遺伝子の産物は基質特異性が異

なるものの同一基質を代謝するケースも多い

従って多型影響はファミリー遺伝子全体として

考える必要がある現在処方されている医薬品の

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 20

約半数の代謝に関わる重要なシトクロムP450分

子種 CYP3A である CYP3A4 と CYP3A5 の場合

では酵素活性の低下を引き起こす CYP3A416 (554CgtG Thr185Ser)とスプライシング異常に

より発現レベルの大幅な低下を引き起こす

CYP3A53(IVS3-237AgtG)が重要な多型であ

る我々は CYP3A4 及び CYP3A5 のハプロタイ

プを別々に明らかとした後その組み合わせも解

析した 6)その結果CYP3A416 を有する場合

CYP3A5 は野生型である1 をCYP3A53 を有

する場合CYP3A4 は1 をそれぞれ有すること

が明らかとなり重要な酵素としてある一定の

酵素活性が保たれるような組み合わせになって

いることが示唆された これ以外の例ではUGT1A7 と UGT1A1 の例

がありこの場合は酵素活性が低下する

UGT1A73 の約 67が UGT1A16(酵素活性低

下)と26が UGT1A128(発現レベル低下)

と連鎖しておりハプロタイプを形成していた 7)

UGT1A1 は肝臓等にUGT1A7 は消化管等に発

現しておりUGT1A73 を有する場合には

SN-38 などの解毒代謝が体内の多くの組織で低

下していると考えられる c) アミノ酸置換を起こさず単独多型部位の解析

では注目されてこなかった多型のみを有するハ

プロタイプが薬物動態パラメーターの変化を引

き起こすことを明らかにしたケース これにはまず抗てんかん薬カルバマゼピンに

おけるエポキシド加水分解酵素 EPHX1 のハプ

ロタイプが挙げられるカルバマゼピンは主と

して CYP3A4 により薬理活性を有するエポキシ

ド体に変換された後さらに EPHX1 によりジオ

ール体へと解毒代謝されるEPHX1 遺伝子中に

検出した多型の連鎖不平衡解析結果により3 つ

のブロックに分けてハプロタイプ解析を行った

がこのうちブロック 3 の1c ハプロタイプが

酵素活性の指標であるジオール体とエポキシド

体の血中濃度比の有意な上昇をもたらすことを

明らかにした(図 4)8)このハプロタイプは

1248GgtA(Lys416Lys)と IVS3-114GgtC という

それぞれアミノ酸置換を引き起こさないサイレ

ントの多型及びイントロン領域の多型のみを有

していたIVS3-114GgtC は他のハプロタイプに

も存在することから1248GgtA(Lys416Lys)またはこれと強く連鎖している未知の多型の効

果により酵素活性が上昇したと考えられる

図4 EPHX1 Block 31c ハプロタイプの カルバマゼピン解毒代謝への影響

この他の例としては抗がん剤パクリタキセル

の薬物動態変化における CYP2C8 のハプロタイ

プがあるパクリタキセルには CYP3A4 により

C3rsquo-p-水酸化体に代謝されさらに CYP2C8 に

よりジオール体に変換される経路が知られてい

るがCYP2C8 のイントロン多型 7 種で形成さ

れるIG ハプロタイプを有するヒトではC3rsquo-p-水酸化体の血中濃度-時間曲線下面積値が有し

ないヒトに比べて有意に高かった 9)従ってIGハプロタイプではCYP2C8 の酵素活性が低下

していると示唆された 以上のようにハプロタイプ解析は単独多型の

解析に比してより明確により包括的に機能影

響を明らかにすることが可能であることを示し

薬物応答性分子の解析におけるその有用性が示

された

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 21

3機能解析 新規に遺伝子多型を同定しても機能変化を引

き起こさなければいわゆるldquoジャンクrdquoの多型

であるまたハプロタイプを同定してもその中

のどの多型が機能変化に関連しているか不明で

あるそこでアミノ酸置換を伴う遺伝子多型を中

心に in vitro 機能解析を行い機能変化を引き起

こす多型を約 30 種同定したその一部を表 2に示す例えば上述の CYP3A416 多型はテ

ストステロンの水酸化活性を約 50低下させる

ことが in vitro で示されたため 10)in vivo の解

析でも注目しパクリタキセル等の薬物動態パラ

メーターの変化を引き起こすことを見いだした

11)また同じシトクロム P450 の一種 CYP1A2において8(1367GgtA Arg456His)15( 125CgtG Pro42Arg ) 16 ( 1130GgtA Arg377Gln)はそのアリル頻度は 0002-0004と低いもののいずれもヘム蛋白質レベルが低下

することにより95以上という大幅な活性低下

を引き起こすことを明らかにした 12)

表2 機能変化を示した薬物応答性遺伝子の多型

(シトクロム P450 の例)

4おわりに

以上のように日本人を対象に薬物動態変

化や有効性副作用発現に関わる重要な遺伝子多

型ハプロタイプを明らかとしたことは医薬品

の種類や投薬量等に関する治療方針を個別に決

定する患者個別化薬物治療の本邦における発展

に大きく寄与するものと考えるこれらの成果は

人種的に類似している東アジア諸国においても

有用であり現に我々が発見した遺伝子多型に関

する報告が韓国や中国から相次いでいるまた薬

物応答性遺伝子の多型影響を考慮してリード化

合物の最適化を行うことは臨床試験段階でのド

ロップアウトを防止する有力な手段になりえる

と考えられ本研究の成果は創薬の面からも有用

と思われる今後も未解析である硫酸転移酵素や

一部のトランスポーター群の解析を行うと共に

創薬及び臨床現場で有用と考えられる遺伝子多

型ハプロタイプのデータベース化を行い日本

におけるファーマコゲノミクス情報の有効活用

を促していきたい 謝 辞 本研究は国立医薬品食品衛生研究所機能生

化学部 澤田純一部長同薬理部 小澤正吾室長

(現岩手医科大学教授)をはじめとする国立医

薬品食品衛生研究所の先生方および国立がんセ

ンター国立国際医療センター岡山大学東京

女子医科大学をはじめとする共同研究機関の先

生方のご指導及び共同研究のもとに行われたも

のであり心より感謝申し上げますまた本研究

は医薬品医療機器総合機構医薬基盤研究所

厚生労働省文部科学省等より研究費の助成を受

けて行われたものでありここに深謝致します

参考文献 1) Saito Y et al Curr Pharmacogenomics 5 49-78 (2007)

2)斎藤嘉朗ら 細胞工学 26 1020-1025 (2007)

3) Sai K et al Clin Pharmacol Ther 75 501-515 (2004)

4) Minami H et al Pharmacogenet Genomics 17 497-504 (2007)

5) Saeki M et al Clin Chem 53 356-358 (2007)

6) Fukushima-Uesaka H et al Hum Mutat 23 100 (2004)

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 22

7) Saeki M et al Pharmacogenomics J 6 63-75 (2006)

8) Nakajima Y et al Eur J Clin Pharmacol 61 25-34 (2005)

9) Saito Y et al Pharmacogenet Genomics 17 461-471 (2007)

10) Murayama N et al Drug Metab Pharmacokinet 17 150-156 (2002)

11) Nakajima Y et al Clin Pharmacol Ther 80 179-191 (2006)

12) Saito Y et al Drug Metab Dispos 33 1905-1910 (2005)

略 歴 斎藤 嘉朗(Yoshiro SAITO)1989 年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了同年国立衛生

試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)機能生化学部 研究員1996 年博士(薬学)取得(東京大学)1998 年カナ

ダトロント大学医学部 博士研究員2000 年国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部 主任研究官2001 年同第二室

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 23

部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

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常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
        •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 12

略 歴 合田 浩明 (Gouda HIROAKI)1993 年東大薬博士課程終了博士(薬学)取得(株)日立製作所入社1995 年北里大学薬学部助手1998 年北里大学薬学部講師2000 年カリフォルニア大学サン

フランシスコ校博士研究員2002 年北里大学薬学部准教授

略 歴 広野 修一 (Hirono SHUICHI)1981 年東大薬博士課程終了薬学博士取得北里大学

薬学部助手1988 年北里大学薬学部講師1988 年カリフォルニア大学サンフランシスコ校博士研究員1990年北里大学薬学部大学助教授1994 年北里大学薬学部大学教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 13

部会賞受賞者(1)

新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創生

小竹 良彦(エーザイ株式会社)

1はじめに 新たな「創薬ターゲット」を見出しそれに

基づいた画期的な新薬を創出することは研究開

発型製薬企業の生命線とされてきたゲノムサイ

エンスをはじめとした様々なアプローチによっ

て活発な創薬ターゲットの探索が進められてい

るが例えば先ずユニークな生理活性化合物を

見出しその標的分子を解明することは創薬タ

ーゲットを見出すことに他ならない一発必中の

創薬ターゲット探索法ともいえるこのアプロー

チは「ケミカルバイオロジー」の研究機軸の一

つでありこれまで創薬研究や細胞生物学の新た

な研究領域の扉を開けてきた我々は既存の抗

癌剤とは異なるユニークなメカニズムで優れた

抗腫瘍効果を発揮する天然物プラジエノライド

を見出しその標的分子を決定した同時にプ

ラジエノライド誘導体である新規抗癌剤 E7107を創出した

2プラジエノライドの発見と活性 我々は新規抗癌剤創出を目指して血管新生

因 子 で あ る Vascular Endotherial Growth Factor (VEGF)シグナルに着目しVEGF プロモ

ーター支配下の遺伝子発現を阻害する化合物の

探索を行ったVEGF プロモーター下流に

placental alkaline phosphatase(PLAP)をレポ

ーター遺伝子として組み込み低酸素条件刺激に

よる遺伝子(レポーター遺伝子)発現を評価する

cell-based assay を構築し(VEGF-PLAP assay)これを阻害する化合物のスクリーニングを行っ

たヒットしてくる化合物の作用点(標的分子)

が特定の一つに限定されないこの方法を敢えて

用いることで既存の抗癌剤とは異なるあるい

は未知のメカニズムに基づく阻害剤がヒットす

る可能性を期待したまたよりユニークなヒッ

ト化合物を求めて低分子化合物ライブラリーで

はなく天然物資源に特化してスクリーニングを

行ったここから見出されてきたのがプラジエ

ノライドである1) 2)

プ ラ ジ エ ノ ラ イ ド は Streptomyces platensis Mer-11107 から単離された二次代謝産

物で新規な 12 員環マクロライド化合物である

(図 1)当初得られた類縁体の中で最も活性の

高かったプラジエノライド B はin vitro で各種

癌細胞に対して nM オーダーで細胞増殖抑制活

性を示したまたin vivo においても優れた抗

腫瘍活性を発揮しヒト乳癌細胞 BSY-1 を移植

したヌードマウスモデルにおいては腫瘍が消失

した治癒マウスが観察されたさらにこの優れ

た抗腫瘍効果が既存の抗癌剤とは異なるメカニ

ズムに基づくことが複数のデータから示唆され

た3) この魅力的な天然物をリード化合物とした

探索研究を展開しさらに優れた活性安全性

物性プロファイルを有するプラジエノライド Dの半合成誘導体である E7017 を見出した4)また

プラジエノライドは 10 個の不斉炭素を有してい

ることからその絶対立体を確認する目的で全合

成研究を行ったプラジエノライド B および Dをそれぞれ 21 工程19 工程で合成し絶対立体

構造を明らかにした5)同時に天然からは得ら

れない新たなプラジエノライド類縁体の合成も

可能となった

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

図1プラジエノライドの化学構造

3プラジエノライドの結合分子探索 プラジエノライドが既存の抗癌剤とは異な

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 14

るメカニズムで抗腫瘍作用を発揮していること

が様々なデータから示唆されていたがその詳細

は不明なままであったこの解明に向けてプラジ

エノライドの標的分子探索を進めたこれによっ

て抗がん剤研究の新たな「創薬ターゲット」を

提示できる可能性と解明された標的分子作用

メカニズムを基にしたバイオマーカーなどを設

定することでより効率的な E7107 の臨床開発が

可能となることを期待したさらに臨床開発に

あたって患者様開発担当者臨床医政府関連

機関の皆様はじめ広く社会に E7107 の作用メカ

ニズムを科学的に説明してゆくことは企業研究

者の使命であるとも考えていた癌治療分野では

「分子標的治療薬」なるキーワードが定着してい

ることからも薬効を分子レベルで解明すべきで

あると考えたこれらの展望目的を達成するに

はプラジエノライドをケミカルプローブとして

用いその結合蛋白を決定することが最も合理的

であると考えた プラジエノライドから E7107 に至る探索研

究時に確立していた誘導体合成方法と得られて

いた構造活性相関を基にプラジエノライドの活

性が保持される位置にトリチウム(3H)蛍光タグ

(BODIPY-FL)光親和性基およびビオチンタグ

(photoaffinitybiotin PB)を導入した 3H プロー

ブBODIPY-FL プローブおよび PB プローブを

合成した(図 2)これらはin vitro にて nM オ

ーダーから sub-μM オーダーの細胞増殖抑制活

性を示しプラジエノライド標的分子への親和性

を維持していると判断されたこれらのプローブ

化合物を細胞に処理したことからそれぞれの結

合蛋白を放射活性蛍光によって追跡し

streptavidin-HRP を用いてその検出同定を試

みた6)

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

図2ケミカルプローブの化学構造

先ず結合蛋白の細胞内局在を 3H プローブ

および蛍光プローブを用いて検討した3H プロ

ーブを処理した細胞から細胞画分を調整し各画

分中の 3H 放射活性を測定したところ核フラク

ション中の放射活性が最も高かった(図 3a)次

いで蛍光プローブ処理した細胞の蛍光顕微鏡に

よる観察ではプローブが核内の顆粒状構造に局

在することが確認された(図 3b)この顆粒は核

スペックルのマーカーである SC-35 の局在と完

全に一致した核スペックルは転写やスプライシ

ングに関わる蛋白が高密度に存在する構造体で

あることから結合蛋白が転写因子やスプライシ

ング関連因子である可能性が示された

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

図3ケミカルプローブの細胞内局在

結合蛋白を更に絞り込む目的で3H プロー

ブ処理した細胞から調整した核フラクションに

対して転写スプライシングに関連する様々な

因子への抗体を用いて免疫沈降実験を行い3Hプローブが共沈される抗体を探索したその結果

6 つの抗体で 3H 放射活性の共沈が観察された

その 5 つはスプライシングにおいて必須の働き

をしている U2 small nuclear ribonucleoprotein (U2 snRNP)に存在する蛋白(または構造)に対

する抗体であった残る 1 つは U2 snRNP との

複合体形成が報告されているサイクリン E に対

する抗体であった(図 4)この結果から結合蛋

白は U2 snRNP 複合体中に存在すると考えられ

た U2 snRNP は巨大な蛋白複合体でありSm

コア蛋白スプライシングファクターSF3aSF3b といったサブユニットから構成される巨大

な複合体である真核生物ではDNA から転写

された mRNA 前駆体 (pre-mRNA) にイントロ

ンと呼ばれる蛋白質のアミノ酸配列の遺伝情報

をもたない部分が含まれている遺伝子情報を蛋

白質へと翻訳するにはこのイントロンを取り除

きアミノ酸配列の情報をもつエキソンだけを正

確につなぎ合わせる必要があるこの工程がスプ

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 15

ライシングでありU2 snRNP はスプライシン

グに関わる代表的なマシナリーの一つである

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

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D3

D1

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F

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D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

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D3

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U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

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SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

図4U2 snRNP-cyclinecdk2 複合体

U2 snRNP にまで絞り込まれてきた結合蛋

白を可視化し検出する目的で光親和性ビオチ

ン(PB)プローブを用いた実験を行った光親

和性モイエティーは UV 照射によってラジカル

種を生じ近接する蛋白質と共有結合を形成する

ここでプローブが共有結合した蛋白をビオチン

を足がかりとしてストレプトアビジン-HRP に

よって検出したその結果約 140kDa の位置に

バンドが検出された(図 5)U2 snRNP の中で

この分子量を有する蛋白としてはSF3b サブユ

ニ ッ ト に 存 在 す る spliceosome associated protein (SAP)145 または SAP130 が挙げられる

る実際このバンド中に両者が存在することを

イムノブロッティングおよび質量分析によって

確認したしかしながらこの二つの蛋白はほぼ

同じ位置に検出されどちらが結合蛋白であるか

を結論づけられなかったそこでSAP145 と

SAP130 についてそれぞれ GFP 融合蛋白を発現

させた細胞を用いて同様の実験を行いプローブ

結合蛋白のバンドシフトが検出されるかを検証

したGFP-SAP130 発現細胞では約 170kDa の

位置に結合蛋白のバンドがシフトした一方

GFP-SAP145 発現細胞ではバンドシフトが観察

されなかったことからプローブの結合蛋白は

SAP130 であると結論づけられた

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

図5PB プローブによる結合蛋白の検出

上述してきた実験では全てプラジエノライ

ドおよび E7107 とプローブ化合物との競合実験

を行いプラジエノライド自体の結合蛋白も

SAP130 であることを確認したしかしここで

は詳細な説明を割愛させていただくが一連のデ

ータはプラジエノライドが細胞内に存在する全

ての SAP130 に結合するのではなくSF3b 複合

体を形成している SAP130 にのみ結合すること

が示唆された例えばSAP130 の発現を siRNA処理により抑制した細胞においては蛍光プロー

ブの核スペックルへの局在が観察されなかった

がSAP145 の発現を抑制した場合においてもそ

の局在は消失したこの結果は SAP130 への結

合には SAP145 の存在も必要であることを示唆

しておりプラジエノライドが SAP130 のみな

らずSAP145など他のSF3b構成蛋白質から構成

される SF3b 中のポケット構造にはまり込んで

いる可能性などが考えられた 4プラジエノライド標的分子としての

SF3b プラジエノライドの結合蛋白が SF3b 中の

SAP130 であることを付き止めたが次にこれ

がプラジエノライドの抗腫瘍活性に直接関係し

た結合蛋白すなわち「標的分子」であるかを検

証した先ずE7107 に至る探索研究の過程で

得ていた強弱さまざまな細胞増殖抑制活性を示

すプラジエノライド化合物をSF3b 複合体に対

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 16

する 3H プローブの結合に対して競合させたそ

の結果強い細胞増殖抑制活性を有する化合物が

より高い競合能を示したすなわちプラジエノ

ライド化合物の SF3b への親和性と抗腫瘍活性

が相関することが示された(図 6)この結果は

SF3b がプラジエノライドの抗腫瘍効果の標的分

子であることを強く示唆している

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

図6プラジエノライドの SF3b への 親和性と抗腫瘍活性との相関

次にプラジエノライドの SF3b への結合に

よってその機能が阻害されているか否かを検証

したスプライシングが阻害された場合イント

ロン配列が残った未成熟な mRNA が細胞内に出

現すると考えられるそこでプラジエノライド

処理した細胞から回収した mRNA をもとに

cDNA ライブラリーを構築しイントロン配列が

含まれる cDNA の存在をランダムにスクリーニ

ングしたその結果DNAJB1 などいくつかの

遺伝子のイントロン配列が確認されたこれらの

遺伝子についてスプライシングが阻害された

mRNA(unspliced form RNA)の存在を定量的

RT-PCR にて検証した結果プラジエノライド処

理の時間に依存して unspliced form の発現量の

上昇が観察された(図 7)またプラジエノラ

イドの処理濃度によっても unspliced form の上

昇が確認されたこのときスプライシング阻害

を来たす濃度は細胞増殖抑制活性を発揮する濃

度と一致したさらにプラジエノライドが抗腫

瘍効果を発揮する処理濃度において核スペック

ルの巨大化(メガスペックル)が観察された(図

8)同様の現象はin vitro レベルでスプライシ

ングの阻害を来たす抗トリメチルグアノシン

(TMG)抗体やU1 または U6 snRNA に対す

るアンチセンスRNAの核内インジェクションに

おいても観察されているこれらの結果からプ

ラジエノライドは SF3b に結合しその機能を阻

害することで抗腫瘍効果を発揮していると結論

づけた6)

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した 図7プラジエノライドによるスプライシング阻害

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した 図8プラジエノライド B による核スペックルの形態変化

5抗腫瘍作用のメカニズム考察 「スプライシングの阻害がなぜ抗腫瘍活性

につながるか」に関してはいくつかの可能性

が考えられる7) 例えばプラジエノライドに

よるスプライシング阻害が癌細胞の増殖や生存

に必須の遺伝子の発現を抑制し抗腫瘍効果を発

揮していることなどが考えられる遺伝子発現に

関わる工程すなわち転写mRNA プロセシ

ング(キャッピングスプライシングポリアデ

ニレーション)さらに mRNA の核外輸送とサ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 17

ーベイランスなどはそれぞれが独立して進行す

るのではなく全てがカップリングしたrdquogene expression factoryrdquoを形成していると考えられ

ている従ってスプライシングの阻害がgene expression factory を機能不全に陥れ遺伝子発

現を抑制することは可能性あるシナリオである

この作用によってプラジエノライドが当初の

VEGF-PLAP assay において阻害活性を示して

いた可能性が考えられるまたプラジエノライ

ド処理時に観察されたメガスペックルはDRBやアクチノマイシン D といった転写阻害剤の処

理によっても観察されることは示唆的である

6終わりに プラジエノライドの標的分子がスプライシ

ングファクターSF3b であることを突き止めた

これによってE7107 が既存の抗癌剤とは全く

異なる分子を標的とするrdquoFirst-in-Classrdquoの薬剤

であることを示すことができた同時にスプラ

イシングファクターSF3b が抗癌剤の新たな創薬

ターゲットになりうる可能性を示したE7107は現在欧米において臨床試験が進められてお

りSF3b の創薬ターゲットとしての真価は

E7107の臨床試験結果が示してゆくことになる

一方プラジエノライドによる SF3b の機能

阻害が抗腫瘍効果につながるメカニズムの詳細

な解明にはさらなる研究の深耕化が必要である

スプライシング阻害剤としてのプラジエノライ

ドを用いた研究からスプライシングと転写や他

の mRNA プロセシングさらには mRNA 核外

輸送やサーベイランスとのカップリングに分子

レベルでの新たな知見が加わることが期待され

るプラジエノライド研究を起点とした研究から

癌患者様に新たな希望を与える新薬が生まれる

と同時にgene expression factory の分子レベル

での解明など基礎科学の進展にも貢献すること

を期待している 謝辞 本研究はメルシャン(株)生物資源研究所

エーザイ(株)筑波研究所および KAN 研究所と

の共同研究によって進められてきたものである

土田外志夫博士(メルシャン)酒井孝博士水

井佳治博士(エーザイ)をはじめ共同研究者関

係者の皆様に深く感謝いたします

参考文献 1) Sakai T et al J Antibiot 57 173 (2004)

2) Sakai T et al J Antibiot 57 180 (2004)

3) Mizui Y et al J Antibiot 57 188 (2004)

4) Iwata M et al Proc Am Assoc Cancer Res 45 691 (2004)

5) Kanada R M Itoh D et al Angew Chem Int Ed 46 4350 (2007)

6) Kotake Y et al Nature Chem Biol 3 570 (2007)

7) 小竹良彦甲斐田大輔水井佳治吉田稔 蛋白質核酸酵素 53 28 (2008)

略 歴 小竹 良彦 (Yoshihiko KOTAKE)1989年 広島大学医学系研究科分子薬学系修了同年 エ

ーザイ(株)入社2004年より 創薬第二研究所主幹研究員1997年 薬学博士 研究テーマ新規抗癌剤の探索研究ケミカルバイオロジー

関心事生理活性天然物核内因子を標的とした創薬研究

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 18

部会賞受賞者(2)

日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析と

その患者個別化薬物治療への応用 斎藤 嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所機能生化学)

1はじめに

薬物に対する生体の反応性(薬物応答性)に

関しては個体差や人種差があり十分な有効性が

得られない場合や副作用を発現する場合も存在

し患者 QOL の低下をもたらす原因となってい

る薬物応答性に影響を与える因子として遺伝

的要因と環境的要因が考えられるがヒトゲノム

研究の進展に伴い薬物代謝酵素動態関連及び

受容体分子をコードする遺伝子の多型(主として

約 1000 塩基に 1 ヶ所存在する塩基置換や挿入

欠失)に基づくこれら分子の機能変化が 薬物応

答性の個体差発現に関与していることが明らか

となってきた1980 年代後半より特に薬物代

謝酵素に関し機能変化を伴う遺伝子多型が同定

されてきており中には機能がほぼ完全に消失す

る多型も知られているしかし単独多型部位に

着目したフェノタイプ - ジェノタイプ相関解析

では相反する結果が得られる場合も多く機能

影響が確立されたものは比較的少なかった我々

は平成 12 年度より一貫して日本人を対象と

した薬物応答関連遺伝子の多型解析を行うと共

に染色体上における遺伝子多型同士の組み合わ

せであるハプロタイプに着目しこれまでに多く

の薬物代謝酵素トランスポーター受容体等

につき日本人におけるハプロタイプ構造を明ら

かにしたまた発見した新規多型の機能影響を

in vitro 解析により解明した

2ハプロタイプ解析 我々はこれまでに約 50 種の遺伝子に関し主

としてエクソン領域及びエンハンサープロモー

ター領域を対象に直接シーケンシングによる多

型探索を行い約 2000 種の多型(うちアミノ

酸置換を引き起こすものは新規の約 150 種を含

む約 250 種)を見いだしたさらにこれらの

多型情報を基にハプロタイプ解析を行った 1 2)

表 1 に対象とした薬物応答関連遺伝子の一部を

示した

図1 連鎖不平衡とハプロタイプ解析

ヒトは両親より染色体を 1 本ずつ受け継いで

いるが減数分裂の際に相同組換えを起こす組

換えを起こしにくい領域ではその間の塩基配列

はあまり変化せず従って遺伝子多型の組み合わ

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 19

せも一定となる場合が多い(連鎖不平衡にあると

言う図 1)この同一染色体上に存在する多型

の組み合わせがハプロタイプである遺伝子多型

の機能影響が複数の多型により引き起こされる

場合や機能変化を引き起こす原因多型が未同定

であるものの解析したハプロタイプ上に存在す

る場合等にはフェノタイプとの相関解析に特に

有効な方法である世界的にも国際ハップマップ

プロジェクトが進行中であるが我々は薬物応答

関連遺伝子に特化しそれぞれ 100-500 人の日

本人を対象として高密度ハプロタイプを明らか

にした 実際にハプロタイプによる解析が功を奏した

例として以下のものが挙げられる a) 複数の機能変化をもたらす遺伝子多型が同一

遺伝子中に存在する場合機能影響がより明確に

なったケース

図2 UGT1A1 の遺伝子多型とハプロタイプ

グルクロン酸転移酵素 UGT1A1 は小胞体に

局在する第二相酵素である我々は日本人につき

UGT1A1 遺伝子中にin vitro 解析で大きな機能

低下を引き起こす6 (211GgtA Gly71Arg)及び

28 (TA6gtTA7)(図 2赤字)及び中程度の低下

を引き起こす27 (686CgtA Pro229Gln)及び60 (-3279TgtG) (青字)といういずれも酵素活性

の低下または蛋白質発現レベルの低下を引き起

こす多型を検出したこれらのハプロタイプ解析

の結果機能低下が大きい6 と28 は排他的に

存在することほとんどのケースで28 は60 と

同一ハプロタイプ上に存在すること27 は28

と同一ハプロタイプ上に存在することを見いだ

した(図 2)3)また 3rsquo-非翻訳領域に 3 多型

(1813CgtT 1941CgtG 2042CgtG)が連鎖してい

るIB ハプロタイプを同定した(緑字)図 3 に

示すように理論上別々の染色体上に機能低下

を起こす多型が存在する場合の方が同一染色体

上に存在する場合よりも大きな機能低下を引き

起こすUGT1A1 が活性代謝物 SN-38 の解毒代

謝に関わる抗がん剤イリノテカンや同じく

UGT1A1 が代謝に関わるビリルビンを対象とし

たその後の解析で日本人の UGT1A1 の遺伝子

多型では6 または28 を二本の染色体で共に

有する場合(ホモ接合)及び6 と28 の両者を

それぞれ別の染色体上で有する場合に体内動態

及び副作用への影響が大きいことから主として

6 と28 を指標とすれば良いことが明らかとな

った 4 5)さらに60 及びIB 単独では影響が弱

いものの60 - IB 組み合わせハプロタイプで

は28 に匹敵する影響を血中総ビリルビン濃度

に与え値を上昇させることを見いだした 5)

図3 多型影響のハプロタイプによる違い

b) 同一基質を代謝する酵素群の遺伝子が染色体

上で近傍に位置する場合各遺伝子のハプロタイ

プの組み合わせで総合的機能変化を推定しうる

ことを示したケース 薬物代謝酵素ではファミリーを形成する遺伝

子群が染色体上に並んで存在する場合があるこ

れらファミリー遺伝子の産物は基質特異性が異

なるものの同一基質を代謝するケースも多い

従って多型影響はファミリー遺伝子全体として

考える必要がある現在処方されている医薬品の

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 20

約半数の代謝に関わる重要なシトクロムP450分

子種 CYP3A である CYP3A4 と CYP3A5 の場合

では酵素活性の低下を引き起こす CYP3A416 (554CgtG Thr185Ser)とスプライシング異常に

より発現レベルの大幅な低下を引き起こす

CYP3A53(IVS3-237AgtG)が重要な多型であ

る我々は CYP3A4 及び CYP3A5 のハプロタイ

プを別々に明らかとした後その組み合わせも解

析した 6)その結果CYP3A416 を有する場合

CYP3A5 は野生型である1 をCYP3A53 を有

する場合CYP3A4 は1 をそれぞれ有すること

が明らかとなり重要な酵素としてある一定の

酵素活性が保たれるような組み合わせになって

いることが示唆された これ以外の例ではUGT1A7 と UGT1A1 の例

がありこの場合は酵素活性が低下する

UGT1A73 の約 67が UGT1A16(酵素活性低

下)と26が UGT1A128(発現レベル低下)

と連鎖しておりハプロタイプを形成していた 7)

UGT1A1 は肝臓等にUGT1A7 は消化管等に発

現しておりUGT1A73 を有する場合には

SN-38 などの解毒代謝が体内の多くの組織で低

下していると考えられる c) アミノ酸置換を起こさず単独多型部位の解析

では注目されてこなかった多型のみを有するハ

プロタイプが薬物動態パラメーターの変化を引

き起こすことを明らかにしたケース これにはまず抗てんかん薬カルバマゼピンに

おけるエポキシド加水分解酵素 EPHX1 のハプ

ロタイプが挙げられるカルバマゼピンは主と

して CYP3A4 により薬理活性を有するエポキシ

ド体に変換された後さらに EPHX1 によりジオ

ール体へと解毒代謝されるEPHX1 遺伝子中に

検出した多型の連鎖不平衡解析結果により3 つ

のブロックに分けてハプロタイプ解析を行った

がこのうちブロック 3 の1c ハプロタイプが

酵素活性の指標であるジオール体とエポキシド

体の血中濃度比の有意な上昇をもたらすことを

明らかにした(図 4)8)このハプロタイプは

1248GgtA(Lys416Lys)と IVS3-114GgtC という

それぞれアミノ酸置換を引き起こさないサイレ

ントの多型及びイントロン領域の多型のみを有

していたIVS3-114GgtC は他のハプロタイプに

も存在することから1248GgtA(Lys416Lys)またはこれと強く連鎖している未知の多型の効

果により酵素活性が上昇したと考えられる

図4 EPHX1 Block 31c ハプロタイプの カルバマゼピン解毒代謝への影響

この他の例としては抗がん剤パクリタキセル

の薬物動態変化における CYP2C8 のハプロタイ

プがあるパクリタキセルには CYP3A4 により

C3rsquo-p-水酸化体に代謝されさらに CYP2C8 に

よりジオール体に変換される経路が知られてい

るがCYP2C8 のイントロン多型 7 種で形成さ

れるIG ハプロタイプを有するヒトではC3rsquo-p-水酸化体の血中濃度-時間曲線下面積値が有し

ないヒトに比べて有意に高かった 9)従ってIGハプロタイプではCYP2C8 の酵素活性が低下

していると示唆された 以上のようにハプロタイプ解析は単独多型の

解析に比してより明確により包括的に機能影

響を明らかにすることが可能であることを示し

薬物応答性分子の解析におけるその有用性が示

された

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 21

3機能解析 新規に遺伝子多型を同定しても機能変化を引

き起こさなければいわゆるldquoジャンクrdquoの多型

であるまたハプロタイプを同定してもその中

のどの多型が機能変化に関連しているか不明で

あるそこでアミノ酸置換を伴う遺伝子多型を中

心に in vitro 機能解析を行い機能変化を引き起

こす多型を約 30 種同定したその一部を表 2に示す例えば上述の CYP3A416 多型はテ

ストステロンの水酸化活性を約 50低下させる

ことが in vitro で示されたため 10)in vivo の解

析でも注目しパクリタキセル等の薬物動態パラ

メーターの変化を引き起こすことを見いだした

11)また同じシトクロム P450 の一種 CYP1A2において8(1367GgtA Arg456His)15( 125CgtG Pro42Arg ) 16 ( 1130GgtA Arg377Gln)はそのアリル頻度は 0002-0004と低いもののいずれもヘム蛋白質レベルが低下

することにより95以上という大幅な活性低下

を引き起こすことを明らかにした 12)

表2 機能変化を示した薬物応答性遺伝子の多型

(シトクロム P450 の例)

4おわりに

以上のように日本人を対象に薬物動態変

化や有効性副作用発現に関わる重要な遺伝子多

型ハプロタイプを明らかとしたことは医薬品

の種類や投薬量等に関する治療方針を個別に決

定する患者個別化薬物治療の本邦における発展

に大きく寄与するものと考えるこれらの成果は

人種的に類似している東アジア諸国においても

有用であり現に我々が発見した遺伝子多型に関

する報告が韓国や中国から相次いでいるまた薬

物応答性遺伝子の多型影響を考慮してリード化

合物の最適化を行うことは臨床試験段階でのド

ロップアウトを防止する有力な手段になりえる

と考えられ本研究の成果は創薬の面からも有用

と思われる今後も未解析である硫酸転移酵素や

一部のトランスポーター群の解析を行うと共に

創薬及び臨床現場で有用と考えられる遺伝子多

型ハプロタイプのデータベース化を行い日本

におけるファーマコゲノミクス情報の有効活用

を促していきたい 謝 辞 本研究は国立医薬品食品衛生研究所機能生

化学部 澤田純一部長同薬理部 小澤正吾室長

(現岩手医科大学教授)をはじめとする国立医

薬品食品衛生研究所の先生方および国立がんセ

ンター国立国際医療センター岡山大学東京

女子医科大学をはじめとする共同研究機関の先

生方のご指導及び共同研究のもとに行われたも

のであり心より感謝申し上げますまた本研究

は医薬品医療機器総合機構医薬基盤研究所

厚生労働省文部科学省等より研究費の助成を受

けて行われたものでありここに深謝致します

参考文献 1) Saito Y et al Curr Pharmacogenomics 5 49-78 (2007)

2)斎藤嘉朗ら 細胞工学 26 1020-1025 (2007)

3) Sai K et al Clin Pharmacol Ther 75 501-515 (2004)

4) Minami H et al Pharmacogenet Genomics 17 497-504 (2007)

5) Saeki M et al Clin Chem 53 356-358 (2007)

6) Fukushima-Uesaka H et al Hum Mutat 23 100 (2004)

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

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7) Saeki M et al Pharmacogenomics J 6 63-75 (2006)

8) Nakajima Y et al Eur J Clin Pharmacol 61 25-34 (2005)

9) Saito Y et al Pharmacogenet Genomics 17 461-471 (2007)

10) Murayama N et al Drug Metab Pharmacokinet 17 150-156 (2002)

11) Nakajima Y et al Clin Pharmacol Ther 80 179-191 (2006)

12) Saito Y et al Drug Metab Dispos 33 1905-1910 (2005)

略 歴 斎藤 嘉朗(Yoshiro SAITO)1989 年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了同年国立衛生

試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)機能生化学部 研究員1996 年博士(薬学)取得(東京大学)1998 年カナ

ダトロント大学医学部 博士研究員2000 年国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部 主任研究官2001 年同第二室

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部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 24

常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 13

部会賞受賞者(1)

新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創生

小竹 良彦(エーザイ株式会社)

1はじめに 新たな「創薬ターゲット」を見出しそれに

基づいた画期的な新薬を創出することは研究開

発型製薬企業の生命線とされてきたゲノムサイ

エンスをはじめとした様々なアプローチによっ

て活発な創薬ターゲットの探索が進められてい

るが例えば先ずユニークな生理活性化合物を

見出しその標的分子を解明することは創薬タ

ーゲットを見出すことに他ならない一発必中の

創薬ターゲット探索法ともいえるこのアプロー

チは「ケミカルバイオロジー」の研究機軸の一

つでありこれまで創薬研究や細胞生物学の新た

な研究領域の扉を開けてきた我々は既存の抗

癌剤とは異なるユニークなメカニズムで優れた

抗腫瘍効果を発揮する天然物プラジエノライド

を見出しその標的分子を決定した同時にプ

ラジエノライド誘導体である新規抗癌剤 E7107を創出した

2プラジエノライドの発見と活性 我々は新規抗癌剤創出を目指して血管新生

因 子 で あ る Vascular Endotherial Growth Factor (VEGF)シグナルに着目しVEGF プロモ

ーター支配下の遺伝子発現を阻害する化合物の

探索を行ったVEGF プロモーター下流に

placental alkaline phosphatase(PLAP)をレポ

ーター遺伝子として組み込み低酸素条件刺激に

よる遺伝子(レポーター遺伝子)発現を評価する

cell-based assay を構築し(VEGF-PLAP assay)これを阻害する化合物のスクリーニングを行っ

たヒットしてくる化合物の作用点(標的分子)

が特定の一つに限定されないこの方法を敢えて

用いることで既存の抗癌剤とは異なるあるい

は未知のメカニズムに基づく阻害剤がヒットす

る可能性を期待したまたよりユニークなヒッ

ト化合物を求めて低分子化合物ライブラリーで

はなく天然物資源に特化してスクリーニングを

行ったここから見出されてきたのがプラジエ

ノライドである1) 2)

プ ラ ジ エ ノ ラ イ ド は Streptomyces platensis Mer-11107 から単離された二次代謝産

物で新規な 12 員環マクロライド化合物である

(図 1)当初得られた類縁体の中で最も活性の

高かったプラジエノライド B はin vitro で各種

癌細胞に対して nM オーダーで細胞増殖抑制活

性を示したまたin vivo においても優れた抗

腫瘍活性を発揮しヒト乳癌細胞 BSY-1 を移植

したヌードマウスモデルにおいては腫瘍が消失

した治癒マウスが観察されたさらにこの優れ

た抗腫瘍効果が既存の抗癌剤とは異なるメカニ

ズムに基づくことが複数のデータから示唆され

た3) この魅力的な天然物をリード化合物とした

探索研究を展開しさらに優れた活性安全性

物性プロファイルを有するプラジエノライド Dの半合成誘導体である E7017 を見出した4)また

プラジエノライドは 10 個の不斉炭素を有してい

ることからその絶対立体を確認する目的で全合

成研究を行ったプラジエノライド B および Dをそれぞれ 21 工程19 工程で合成し絶対立体

構造を明らかにした5)同時に天然からは得ら

れない新たなプラジエノライド類縁体の合成も

可能となった

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

Pladienolide B

D

E7107

H

OH

OH

CH3

CH3

R Rrsquo

O

O

OR

O

OH

ROH

OOH

N N

図1プラジエノライドの化学構造

3プラジエノライドの結合分子探索 プラジエノライドが既存の抗癌剤とは異な

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 14

るメカニズムで抗腫瘍作用を発揮していること

が様々なデータから示唆されていたがその詳細

は不明なままであったこの解明に向けてプラジ

エノライドの標的分子探索を進めたこれによっ

て抗がん剤研究の新たな「創薬ターゲット」を

提示できる可能性と解明された標的分子作用

メカニズムを基にしたバイオマーカーなどを設

定することでより効率的な E7107 の臨床開発が

可能となることを期待したさらに臨床開発に

あたって患者様開発担当者臨床医政府関連

機関の皆様はじめ広く社会に E7107 の作用メカ

ニズムを科学的に説明してゆくことは企業研究

者の使命であるとも考えていた癌治療分野では

「分子標的治療薬」なるキーワードが定着してい

ることからも薬効を分子レベルで解明すべきで

あると考えたこれらの展望目的を達成するに

はプラジエノライドをケミカルプローブとして

用いその結合蛋白を決定することが最も合理的

であると考えた プラジエノライドから E7107 に至る探索研

究時に確立していた誘導体合成方法と得られて

いた構造活性相関を基にプラジエノライドの活

性が保持される位置にトリチウム(3H)蛍光タグ

(BODIPY-FL)光親和性基およびビオチンタグ

(photoaffinitybiotin PB)を導入した 3H プロー

ブBODIPY-FL プローブおよび PB プローブを

合成した(図 2)これらはin vitro にて nM オ

ーダーから sub-μM オーダーの細胞増殖抑制活

性を示しプラジエノライド標的分子への親和性

を維持していると判断されたこれらのプローブ

化合物を細胞に処理したことからそれぞれの結

合蛋白を放射活性蛍光によって追跡し

streptavidin-HRP を用いてその検出同定を試

みた6)

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

図2ケミカルプローブの化学構造

先ず結合蛋白の細胞内局在を 3H プローブ

および蛍光プローブを用いて検討した3H プロ

ーブを処理した細胞から細胞画分を調整し各画

分中の 3H 放射活性を測定したところ核フラク

ション中の放射活性が最も高かった(図 3a)次

いで蛍光プローブ処理した細胞の蛍光顕微鏡に

よる観察ではプローブが核内の顆粒状構造に局

在することが確認された(図 3b)この顆粒は核

スペックルのマーカーである SC-35 の局在と完

全に一致した核スペックルは転写やスプライシ

ングに関わる蛋白が高密度に存在する構造体で

あることから結合蛋白が転写因子やスプライシ

ング関連因子である可能性が示された

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

図3ケミカルプローブの細胞内局在

結合蛋白を更に絞り込む目的で3H プロー

ブ処理した細胞から調整した核フラクションに

対して転写スプライシングに関連する様々な

因子への抗体を用いて免疫沈降実験を行い3Hプローブが共沈される抗体を探索したその結果

6 つの抗体で 3H 放射活性の共沈が観察された

その 5 つはスプライシングにおいて必須の働き

をしている U2 small nuclear ribonucleoprotein (U2 snRNP)に存在する蛋白(または構造)に対

する抗体であった残る 1 つは U2 snRNP との

複合体形成が報告されているサイクリン E に対

する抗体であった(図 4)この結果から結合蛋

白は U2 snRNP 複合体中に存在すると考えられ

た U2 snRNP は巨大な蛋白複合体でありSm

コア蛋白スプライシングファクターSF3aSF3b といったサブユニットから構成される巨大

な複合体である真核生物ではDNA から転写

された mRNA 前駆体 (pre-mRNA) にイントロ

ンと呼ばれる蛋白質のアミノ酸配列の遺伝情報

をもたない部分が含まれている遺伝子情報を蛋

白質へと翻訳するにはこのイントロンを取り除

きアミノ酸配列の情報をもつエキソンだけを正

確につなぎ合わせる必要があるこの工程がスプ

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 15

ライシングでありU2 snRNP はスプライシン

グに関わる代表的なマシナリーの一つである

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

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D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

図4U2 snRNP-cyclinecdk2 複合体

U2 snRNP にまで絞り込まれてきた結合蛋

白を可視化し検出する目的で光親和性ビオチ

ン(PB)プローブを用いた実験を行った光親

和性モイエティーは UV 照射によってラジカル

種を生じ近接する蛋白質と共有結合を形成する

ここでプローブが共有結合した蛋白をビオチン

を足がかりとしてストレプトアビジン-HRP に

よって検出したその結果約 140kDa の位置に

バンドが検出された(図 5)U2 snRNP の中で

この分子量を有する蛋白としてはSF3b サブユ

ニ ッ ト に 存 在 す る spliceosome associated protein (SAP)145 または SAP130 が挙げられる

る実際このバンド中に両者が存在することを

イムノブロッティングおよび質量分析によって

確認したしかしながらこの二つの蛋白はほぼ

同じ位置に検出されどちらが結合蛋白であるか

を結論づけられなかったそこでSAP145 と

SAP130 についてそれぞれ GFP 融合蛋白を発現

させた細胞を用いて同様の実験を行いプローブ

結合蛋白のバンドシフトが検出されるかを検証

したGFP-SAP130 発現細胞では約 170kDa の

位置に結合蛋白のバンドがシフトした一方

GFP-SAP145 発現細胞ではバンドシフトが観察

されなかったことからプローブの結合蛋白は

SAP130 であると結論づけられた

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

図5PB プローブによる結合蛋白の検出

上述してきた実験では全てプラジエノライ

ドおよび E7107 とプローブ化合物との競合実験

を行いプラジエノライド自体の結合蛋白も

SAP130 であることを確認したしかしここで

は詳細な説明を割愛させていただくが一連のデ

ータはプラジエノライドが細胞内に存在する全

ての SAP130 に結合するのではなくSF3b 複合

体を形成している SAP130 にのみ結合すること

が示唆された例えばSAP130 の発現を siRNA処理により抑制した細胞においては蛍光プロー

ブの核スペックルへの局在が観察されなかった

がSAP145 の発現を抑制した場合においてもそ

の局在は消失したこの結果は SAP130 への結

合には SAP145 の存在も必要であることを示唆

しておりプラジエノライドが SAP130 のみな

らずSAP145など他のSF3b構成蛋白質から構成

される SF3b 中のポケット構造にはまり込んで

いる可能性などが考えられた 4プラジエノライド標的分子としての

SF3b プラジエノライドの結合蛋白が SF3b 中の

SAP130 であることを付き止めたが次にこれ

がプラジエノライドの抗腫瘍活性に直接関係し

た結合蛋白すなわち「標的分子」であるかを検

証した先ずE7107 に至る探索研究の過程で

得ていた強弱さまざまな細胞増殖抑制活性を示

すプラジエノライド化合物をSF3b 複合体に対

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 16

する 3H プローブの結合に対して競合させたそ

の結果強い細胞増殖抑制活性を有する化合物が

より高い競合能を示したすなわちプラジエノ

ライド化合物の SF3b への親和性と抗腫瘍活性

が相関することが示された(図 6)この結果は

SF3b がプラジエノライドの抗腫瘍効果の標的分

子であることを強く示唆している

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

図6プラジエノライドの SF3b への 親和性と抗腫瘍活性との相関

次にプラジエノライドの SF3b への結合に

よってその機能が阻害されているか否かを検証

したスプライシングが阻害された場合イント

ロン配列が残った未成熟な mRNA が細胞内に出

現すると考えられるそこでプラジエノライド

処理した細胞から回収した mRNA をもとに

cDNA ライブラリーを構築しイントロン配列が

含まれる cDNA の存在をランダムにスクリーニ

ングしたその結果DNAJB1 などいくつかの

遺伝子のイントロン配列が確認されたこれらの

遺伝子についてスプライシングが阻害された

mRNA(unspliced form RNA)の存在を定量的

RT-PCR にて検証した結果プラジエノライド処

理の時間に依存して unspliced form の発現量の

上昇が観察された(図 7)またプラジエノラ

イドの処理濃度によっても unspliced form の上

昇が確認されたこのときスプライシング阻害

を来たす濃度は細胞増殖抑制活性を発揮する濃

度と一致したさらにプラジエノライドが抗腫

瘍効果を発揮する処理濃度において核スペック

ルの巨大化(メガスペックル)が観察された(図

8)同様の現象はin vitro レベルでスプライシ

ングの阻害を来たす抗トリメチルグアノシン

(TMG)抗体やU1 または U6 snRNA に対す

るアンチセンスRNAの核内インジェクションに

おいても観察されているこれらの結果からプ

ラジエノライドは SF3b に結合しその機能を阻

害することで抗腫瘍効果を発揮していると結論

づけた6)

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した 図7プラジエノライドによるスプライシング阻害

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した 図8プラジエノライド B による核スペックルの形態変化

5抗腫瘍作用のメカニズム考察 「スプライシングの阻害がなぜ抗腫瘍活性

につながるか」に関してはいくつかの可能性

が考えられる7) 例えばプラジエノライドに

よるスプライシング阻害が癌細胞の増殖や生存

に必須の遺伝子の発現を抑制し抗腫瘍効果を発

揮していることなどが考えられる遺伝子発現に

関わる工程すなわち転写mRNA プロセシ

ング(キャッピングスプライシングポリアデ

ニレーション)さらに mRNA の核外輸送とサ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 17

ーベイランスなどはそれぞれが独立して進行す

るのではなく全てがカップリングしたrdquogene expression factoryrdquoを形成していると考えられ

ている従ってスプライシングの阻害がgene expression factory を機能不全に陥れ遺伝子発

現を抑制することは可能性あるシナリオである

この作用によってプラジエノライドが当初の

VEGF-PLAP assay において阻害活性を示して

いた可能性が考えられるまたプラジエノライ

ド処理時に観察されたメガスペックルはDRBやアクチノマイシン D といった転写阻害剤の処

理によっても観察されることは示唆的である

6終わりに プラジエノライドの標的分子がスプライシ

ングファクターSF3b であることを突き止めた

これによってE7107 が既存の抗癌剤とは全く

異なる分子を標的とするrdquoFirst-in-Classrdquoの薬剤

であることを示すことができた同時にスプラ

イシングファクターSF3b が抗癌剤の新たな創薬

ターゲットになりうる可能性を示したE7107は現在欧米において臨床試験が進められてお

りSF3b の創薬ターゲットとしての真価は

E7107の臨床試験結果が示してゆくことになる

一方プラジエノライドによる SF3b の機能

阻害が抗腫瘍効果につながるメカニズムの詳細

な解明にはさらなる研究の深耕化が必要である

スプライシング阻害剤としてのプラジエノライ

ドを用いた研究からスプライシングと転写や他

の mRNA プロセシングさらには mRNA 核外

輸送やサーベイランスとのカップリングに分子

レベルでの新たな知見が加わることが期待され

るプラジエノライド研究を起点とした研究から

癌患者様に新たな希望を与える新薬が生まれる

と同時にgene expression factory の分子レベル

での解明など基礎科学の進展にも貢献すること

を期待している 謝辞 本研究はメルシャン(株)生物資源研究所

エーザイ(株)筑波研究所および KAN 研究所と

の共同研究によって進められてきたものである

土田外志夫博士(メルシャン)酒井孝博士水

井佳治博士(エーザイ)をはじめ共同研究者関

係者の皆様に深く感謝いたします

参考文献 1) Sakai T et al J Antibiot 57 173 (2004)

2) Sakai T et al J Antibiot 57 180 (2004)

3) Mizui Y et al J Antibiot 57 188 (2004)

4) Iwata M et al Proc Am Assoc Cancer Res 45 691 (2004)

5) Kanada R M Itoh D et al Angew Chem Int Ed 46 4350 (2007)

6) Kotake Y et al Nature Chem Biol 3 570 (2007)

7) 小竹良彦甲斐田大輔水井佳治吉田稔 蛋白質核酸酵素 53 28 (2008)

略 歴 小竹 良彦 (Yoshihiko KOTAKE)1989年 広島大学医学系研究科分子薬学系修了同年 エ

ーザイ(株)入社2004年より 創薬第二研究所主幹研究員1997年 薬学博士 研究テーマ新規抗癌剤の探索研究ケミカルバイオロジー

関心事生理活性天然物核内因子を標的とした創薬研究

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部会賞受賞者(2)

日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析と

その患者個別化薬物治療への応用 斎藤 嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所機能生化学)

1はじめに

薬物に対する生体の反応性(薬物応答性)に

関しては個体差や人種差があり十分な有効性が

得られない場合や副作用を発現する場合も存在

し患者 QOL の低下をもたらす原因となってい

る薬物応答性に影響を与える因子として遺伝

的要因と環境的要因が考えられるがヒトゲノム

研究の進展に伴い薬物代謝酵素動態関連及び

受容体分子をコードする遺伝子の多型(主として

約 1000 塩基に 1 ヶ所存在する塩基置換や挿入

欠失)に基づくこれら分子の機能変化が 薬物応

答性の個体差発現に関与していることが明らか

となってきた1980 年代後半より特に薬物代

謝酵素に関し機能変化を伴う遺伝子多型が同定

されてきており中には機能がほぼ完全に消失す

る多型も知られているしかし単独多型部位に

着目したフェノタイプ - ジェノタイプ相関解析

では相反する結果が得られる場合も多く機能

影響が確立されたものは比較的少なかった我々

は平成 12 年度より一貫して日本人を対象と

した薬物応答関連遺伝子の多型解析を行うと共

に染色体上における遺伝子多型同士の組み合わ

せであるハプロタイプに着目しこれまでに多く

の薬物代謝酵素トランスポーター受容体等

につき日本人におけるハプロタイプ構造を明ら

かにしたまた発見した新規多型の機能影響を

in vitro 解析により解明した

2ハプロタイプ解析 我々はこれまでに約 50 種の遺伝子に関し主

としてエクソン領域及びエンハンサープロモー

ター領域を対象に直接シーケンシングによる多

型探索を行い約 2000 種の多型(うちアミノ

酸置換を引き起こすものは新規の約 150 種を含

む約 250 種)を見いだしたさらにこれらの

多型情報を基にハプロタイプ解析を行った 1 2)

表 1 に対象とした薬物応答関連遺伝子の一部を

示した

図1 連鎖不平衡とハプロタイプ解析

ヒトは両親より染色体を 1 本ずつ受け継いで

いるが減数分裂の際に相同組換えを起こす組

換えを起こしにくい領域ではその間の塩基配列

はあまり変化せず従って遺伝子多型の組み合わ

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 19

せも一定となる場合が多い(連鎖不平衡にあると

言う図 1)この同一染色体上に存在する多型

の組み合わせがハプロタイプである遺伝子多型

の機能影響が複数の多型により引き起こされる

場合や機能変化を引き起こす原因多型が未同定

であるものの解析したハプロタイプ上に存在す

る場合等にはフェノタイプとの相関解析に特に

有効な方法である世界的にも国際ハップマップ

プロジェクトが進行中であるが我々は薬物応答

関連遺伝子に特化しそれぞれ 100-500 人の日

本人を対象として高密度ハプロタイプを明らか

にした 実際にハプロタイプによる解析が功を奏した

例として以下のものが挙げられる a) 複数の機能変化をもたらす遺伝子多型が同一

遺伝子中に存在する場合機能影響がより明確に

なったケース

図2 UGT1A1 の遺伝子多型とハプロタイプ

グルクロン酸転移酵素 UGT1A1 は小胞体に

局在する第二相酵素である我々は日本人につき

UGT1A1 遺伝子中にin vitro 解析で大きな機能

低下を引き起こす6 (211GgtA Gly71Arg)及び

28 (TA6gtTA7)(図 2赤字)及び中程度の低下

を引き起こす27 (686CgtA Pro229Gln)及び60 (-3279TgtG) (青字)といういずれも酵素活性

の低下または蛋白質発現レベルの低下を引き起

こす多型を検出したこれらのハプロタイプ解析

の結果機能低下が大きい6 と28 は排他的に

存在することほとんどのケースで28 は60 と

同一ハプロタイプ上に存在すること27 は28

と同一ハプロタイプ上に存在することを見いだ

した(図 2)3)また 3rsquo-非翻訳領域に 3 多型

(1813CgtT 1941CgtG 2042CgtG)が連鎖してい

るIB ハプロタイプを同定した(緑字)図 3 に

示すように理論上別々の染色体上に機能低下

を起こす多型が存在する場合の方が同一染色体

上に存在する場合よりも大きな機能低下を引き

起こすUGT1A1 が活性代謝物 SN-38 の解毒代

謝に関わる抗がん剤イリノテカンや同じく

UGT1A1 が代謝に関わるビリルビンを対象とし

たその後の解析で日本人の UGT1A1 の遺伝子

多型では6 または28 を二本の染色体で共に

有する場合(ホモ接合)及び6 と28 の両者を

それぞれ別の染色体上で有する場合に体内動態

及び副作用への影響が大きいことから主として

6 と28 を指標とすれば良いことが明らかとな

った 4 5)さらに60 及びIB 単独では影響が弱

いものの60 - IB 組み合わせハプロタイプで

は28 に匹敵する影響を血中総ビリルビン濃度

に与え値を上昇させることを見いだした 5)

図3 多型影響のハプロタイプによる違い

b) 同一基質を代謝する酵素群の遺伝子が染色体

上で近傍に位置する場合各遺伝子のハプロタイ

プの組み合わせで総合的機能変化を推定しうる

ことを示したケース 薬物代謝酵素ではファミリーを形成する遺伝

子群が染色体上に並んで存在する場合があるこ

れらファミリー遺伝子の産物は基質特異性が異

なるものの同一基質を代謝するケースも多い

従って多型影響はファミリー遺伝子全体として

考える必要がある現在処方されている医薬品の

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 20

約半数の代謝に関わる重要なシトクロムP450分

子種 CYP3A である CYP3A4 と CYP3A5 の場合

では酵素活性の低下を引き起こす CYP3A416 (554CgtG Thr185Ser)とスプライシング異常に

より発現レベルの大幅な低下を引き起こす

CYP3A53(IVS3-237AgtG)が重要な多型であ

る我々は CYP3A4 及び CYP3A5 のハプロタイ

プを別々に明らかとした後その組み合わせも解

析した 6)その結果CYP3A416 を有する場合

CYP3A5 は野生型である1 をCYP3A53 を有

する場合CYP3A4 は1 をそれぞれ有すること

が明らかとなり重要な酵素としてある一定の

酵素活性が保たれるような組み合わせになって

いることが示唆された これ以外の例ではUGT1A7 と UGT1A1 の例

がありこの場合は酵素活性が低下する

UGT1A73 の約 67が UGT1A16(酵素活性低

下)と26が UGT1A128(発現レベル低下)

と連鎖しておりハプロタイプを形成していた 7)

UGT1A1 は肝臓等にUGT1A7 は消化管等に発

現しておりUGT1A73 を有する場合には

SN-38 などの解毒代謝が体内の多くの組織で低

下していると考えられる c) アミノ酸置換を起こさず単独多型部位の解析

では注目されてこなかった多型のみを有するハ

プロタイプが薬物動態パラメーターの変化を引

き起こすことを明らかにしたケース これにはまず抗てんかん薬カルバマゼピンに

おけるエポキシド加水分解酵素 EPHX1 のハプ

ロタイプが挙げられるカルバマゼピンは主と

して CYP3A4 により薬理活性を有するエポキシ

ド体に変換された後さらに EPHX1 によりジオ

ール体へと解毒代謝されるEPHX1 遺伝子中に

検出した多型の連鎖不平衡解析結果により3 つ

のブロックに分けてハプロタイプ解析を行った

がこのうちブロック 3 の1c ハプロタイプが

酵素活性の指標であるジオール体とエポキシド

体の血中濃度比の有意な上昇をもたらすことを

明らかにした(図 4)8)このハプロタイプは

1248GgtA(Lys416Lys)と IVS3-114GgtC という

それぞれアミノ酸置換を引き起こさないサイレ

ントの多型及びイントロン領域の多型のみを有

していたIVS3-114GgtC は他のハプロタイプに

も存在することから1248GgtA(Lys416Lys)またはこれと強く連鎖している未知の多型の効

果により酵素活性が上昇したと考えられる

図4 EPHX1 Block 31c ハプロタイプの カルバマゼピン解毒代謝への影響

この他の例としては抗がん剤パクリタキセル

の薬物動態変化における CYP2C8 のハプロタイ

プがあるパクリタキセルには CYP3A4 により

C3rsquo-p-水酸化体に代謝されさらに CYP2C8 に

よりジオール体に変換される経路が知られてい

るがCYP2C8 のイントロン多型 7 種で形成さ

れるIG ハプロタイプを有するヒトではC3rsquo-p-水酸化体の血中濃度-時間曲線下面積値が有し

ないヒトに比べて有意に高かった 9)従ってIGハプロタイプではCYP2C8 の酵素活性が低下

していると示唆された 以上のようにハプロタイプ解析は単独多型の

解析に比してより明確により包括的に機能影

響を明らかにすることが可能であることを示し

薬物応答性分子の解析におけるその有用性が示

された

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 21

3機能解析 新規に遺伝子多型を同定しても機能変化を引

き起こさなければいわゆるldquoジャンクrdquoの多型

であるまたハプロタイプを同定してもその中

のどの多型が機能変化に関連しているか不明で

あるそこでアミノ酸置換を伴う遺伝子多型を中

心に in vitro 機能解析を行い機能変化を引き起

こす多型を約 30 種同定したその一部を表 2に示す例えば上述の CYP3A416 多型はテ

ストステロンの水酸化活性を約 50低下させる

ことが in vitro で示されたため 10)in vivo の解

析でも注目しパクリタキセル等の薬物動態パラ

メーターの変化を引き起こすことを見いだした

11)また同じシトクロム P450 の一種 CYP1A2において8(1367GgtA Arg456His)15( 125CgtG Pro42Arg ) 16 ( 1130GgtA Arg377Gln)はそのアリル頻度は 0002-0004と低いもののいずれもヘム蛋白質レベルが低下

することにより95以上という大幅な活性低下

を引き起こすことを明らかにした 12)

表2 機能変化を示した薬物応答性遺伝子の多型

(シトクロム P450 の例)

4おわりに

以上のように日本人を対象に薬物動態変

化や有効性副作用発現に関わる重要な遺伝子多

型ハプロタイプを明らかとしたことは医薬品

の種類や投薬量等に関する治療方針を個別に決

定する患者個別化薬物治療の本邦における発展

に大きく寄与するものと考えるこれらの成果は

人種的に類似している東アジア諸国においても

有用であり現に我々が発見した遺伝子多型に関

する報告が韓国や中国から相次いでいるまた薬

物応答性遺伝子の多型影響を考慮してリード化

合物の最適化を行うことは臨床試験段階でのド

ロップアウトを防止する有力な手段になりえる

と考えられ本研究の成果は創薬の面からも有用

と思われる今後も未解析である硫酸転移酵素や

一部のトランスポーター群の解析を行うと共に

創薬及び臨床現場で有用と考えられる遺伝子多

型ハプロタイプのデータベース化を行い日本

におけるファーマコゲノミクス情報の有効活用

を促していきたい 謝 辞 本研究は国立医薬品食品衛生研究所機能生

化学部 澤田純一部長同薬理部 小澤正吾室長

(現岩手医科大学教授)をはじめとする国立医

薬品食品衛生研究所の先生方および国立がんセ

ンター国立国際医療センター岡山大学東京

女子医科大学をはじめとする共同研究機関の先

生方のご指導及び共同研究のもとに行われたも

のであり心より感謝申し上げますまた本研究

は医薬品医療機器総合機構医薬基盤研究所

厚生労働省文部科学省等より研究費の助成を受

けて行われたものでありここに深謝致します

参考文献 1) Saito Y et al Curr Pharmacogenomics 5 49-78 (2007)

2)斎藤嘉朗ら 細胞工学 26 1020-1025 (2007)

3) Sai K et al Clin Pharmacol Ther 75 501-515 (2004)

4) Minami H et al Pharmacogenet Genomics 17 497-504 (2007)

5) Saeki M et al Clin Chem 53 356-358 (2007)

6) Fukushima-Uesaka H et al Hum Mutat 23 100 (2004)

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 22

7) Saeki M et al Pharmacogenomics J 6 63-75 (2006)

8) Nakajima Y et al Eur J Clin Pharmacol 61 25-34 (2005)

9) Saito Y et al Pharmacogenet Genomics 17 461-471 (2007)

10) Murayama N et al Drug Metab Pharmacokinet 17 150-156 (2002)

11) Nakajima Y et al Clin Pharmacol Ther 80 179-191 (2006)

12) Saito Y et al Drug Metab Dispos 33 1905-1910 (2005)

略 歴 斎藤 嘉朗(Yoshiro SAITO)1989 年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了同年国立衛生

試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)機能生化学部 研究員1996 年博士(薬学)取得(東京大学)1998 年カナ

ダトロント大学医学部 博士研究員2000 年国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部 主任研究官2001 年同第二室

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 23

部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 24

常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
        •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 14

るメカニズムで抗腫瘍作用を発揮していること

が様々なデータから示唆されていたがその詳細

は不明なままであったこの解明に向けてプラジ

エノライドの標的分子探索を進めたこれによっ

て抗がん剤研究の新たな「創薬ターゲット」を

提示できる可能性と解明された標的分子作用

メカニズムを基にしたバイオマーカーなどを設

定することでより効率的な E7107 の臨床開発が

可能となることを期待したさらに臨床開発に

あたって患者様開発担当者臨床医政府関連

機関の皆様はじめ広く社会に E7107 の作用メカ

ニズムを科学的に説明してゆくことは企業研究

者の使命であるとも考えていた癌治療分野では

「分子標的治療薬」なるキーワードが定着してい

ることからも薬効を分子レベルで解明すべきで

あると考えたこれらの展望目的を達成するに

はプラジエノライドをケミカルプローブとして

用いその結合蛋白を決定することが最も合理的

であると考えた プラジエノライドから E7107 に至る探索研

究時に確立していた誘導体合成方法と得られて

いた構造活性相関を基にプラジエノライドの活

性が保持される位置にトリチウム(3H)蛍光タグ

(BODIPY-FL)光親和性基およびビオチンタグ

(photoaffinitybiotin PB)を導入した 3H プロー

ブBODIPY-FL プローブおよび PB プローブを

合成した(図 2)これらはin vitro にて nM オ

ーダーから sub-μM オーダーの細胞増殖抑制活

性を示しプラジエノライド標的分子への親和性

を維持していると判断されたこれらのプローブ

化合物を細胞に処理したことからそれぞれの結

合蛋白を放射活性蛍光によって追跡し

streptavidin-HRP を用いてその検出同定を試

みた6)

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

O

O

OR

O

OH

OHO

OH

3H-probe

BODIPY-FL-probe

Photoaffinitybiotin-probe

3H-C2H5NH

RFLNH

RPBNH

Chemical probes Rrsquo

OOHN

ON+

N B-

FF NN

HN

O

OS

HN NHHH

O

O

CF3

NN

RFL = RPB =

BODIPY-FL(蛍光タグ)ビオチン

光親和性タグ

図2ケミカルプローブの化学構造

先ず結合蛋白の細胞内局在を 3H プローブ

および蛍光プローブを用いて検討した3H プロ

ーブを処理した細胞から細胞画分を調整し各画

分中の 3H 放射活性を測定したところ核フラク

ション中の放射活性が最も高かった(図 3a)次

いで蛍光プローブ処理した細胞の蛍光顕微鏡に

よる観察ではプローブが核内の顆粒状構造に局

在することが確認された(図 3b)この顆粒は核

スペックルのマーカーである SC-35 の局在と完

全に一致した核スペックルは転写やスプライシ

ングに関わる蛋白が高密度に存在する構造体で

あることから結合蛋白が転写因子やスプライシ

ング関連因子である可能性が示された

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

3 Hシ

グナ

ル(K

Bq)

minus + minus + minus + minus +

NP N M C

0

4

8

12

(図3a)3Hプローブの細胞内局在NP 核ペレットN 核画分M 膜画分C 細胞質画分 (-) プラジエノライドB非競合条件(+) 競合条件

(図3b)蛍光プローブの細胞内局在青 concanavaline Aによる細胞染色赤 anti-lamin Aによる核膜染色緑 蛍光プローブ

図3ケミカルプローブの細胞内局在

結合蛋白を更に絞り込む目的で3H プロー

ブ処理した細胞から調整した核フラクションに

対して転写スプライシングに関連する様々な

因子への抗体を用いて免疫沈降実験を行い3Hプローブが共沈される抗体を探索したその結果

6 つの抗体で 3H 放射活性の共沈が観察された

その 5 つはスプライシングにおいて必須の働き

をしている U2 small nuclear ribonucleoprotein (U2 snRNP)に存在する蛋白(または構造)に対

する抗体であった残る 1 つは U2 snRNP との

複合体形成が報告されているサイクリン E に対

する抗体であった(図 4)この結果から結合蛋

白は U2 snRNP 複合体中に存在すると考えられ

た U2 snRNP は巨大な蛋白複合体でありSm

コア蛋白スプライシングファクターSF3aSF3b といったサブユニットから構成される巨大

な複合体である真核生物ではDNA から転写

された mRNA 前駆体 (pre-mRNA) にイントロ

ンと呼ばれる蛋白質のアミノ酸配列の遺伝情報

をもたない部分が含まれている遺伝子情報を蛋

白質へと翻訳するにはこのイントロンを取り除

きアミノ酸配列の情報をもつエキソンだけを正

確につなぎ合わせる必要があるこの工程がスプ

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 15

ライシングでありU2 snRNP はスプライシン

グに関わる代表的なマシナリーの一つである

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

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D2

F

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D3

D1

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D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP66SAP60SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

図4U2 snRNP-cyclinecdk2 複合体

U2 snRNP にまで絞り込まれてきた結合蛋

白を可視化し検出する目的で光親和性ビオチ

ン(PB)プローブを用いた実験を行った光親

和性モイエティーは UV 照射によってラジカル

種を生じ近接する蛋白質と共有結合を形成する

ここでプローブが共有結合した蛋白をビオチン

を足がかりとしてストレプトアビジン-HRP に

よって検出したその結果約 140kDa の位置に

バンドが検出された(図 5)U2 snRNP の中で

この分子量を有する蛋白としてはSF3b サブユ

ニ ッ ト に 存 在 す る spliceosome associated protein (SAP)145 または SAP130 が挙げられる

る実際このバンド中に両者が存在することを

イムノブロッティングおよび質量分析によって

確認したしかしながらこの二つの蛋白はほぼ

同じ位置に検出されどちらが結合蛋白であるか

を結論づけられなかったそこでSAP145 と

SAP130 についてそれぞれ GFP 融合蛋白を発現

させた細胞を用いて同様の実験を行いプローブ

結合蛋白のバンドシフトが検出されるかを検証

したGFP-SAP130 発現細胞では約 170kDa の

位置に結合蛋白のバンドがシフトした一方

GFP-SAP145 発現細胞ではバンドシフトが観察

されなかったことからプローブの結合蛋白は

SAP130 であると結論づけられた

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

図5PB プローブによる結合蛋白の検出

上述してきた実験では全てプラジエノライ

ドおよび E7107 とプローブ化合物との競合実験

を行いプラジエノライド自体の結合蛋白も

SAP130 であることを確認したしかしここで

は詳細な説明を割愛させていただくが一連のデ

ータはプラジエノライドが細胞内に存在する全

ての SAP130 に結合するのではなくSF3b 複合

体を形成している SAP130 にのみ結合すること

が示唆された例えばSAP130 の発現を siRNA処理により抑制した細胞においては蛍光プロー

ブの核スペックルへの局在が観察されなかった

がSAP145 の発現を抑制した場合においてもそ

の局在は消失したこの結果は SAP130 への結

合には SAP145 の存在も必要であることを示唆

しておりプラジエノライドが SAP130 のみな

らずSAP145など他のSF3b構成蛋白質から構成

される SF3b 中のポケット構造にはまり込んで

いる可能性などが考えられた 4プラジエノライド標的分子としての

SF3b プラジエノライドの結合蛋白が SF3b 中の

SAP130 であることを付き止めたが次にこれ

がプラジエノライドの抗腫瘍活性に直接関係し

た結合蛋白すなわち「標的分子」であるかを検

証した先ずE7107 に至る探索研究の過程で

得ていた強弱さまざまな細胞増殖抑制活性を示

すプラジエノライド化合物をSF3b 複合体に対

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 16

する 3H プローブの結合に対して競合させたそ

の結果強い細胞増殖抑制活性を有する化合物が

より高い競合能を示したすなわちプラジエノ

ライド化合物の SF3b への親和性と抗腫瘍活性

が相関することが示された(図 6)この結果は

SF3b がプラジエノライドの抗腫瘍効果の標的分

子であることを強く示唆している

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

図6プラジエノライドの SF3b への 親和性と抗腫瘍活性との相関

次にプラジエノライドの SF3b への結合に

よってその機能が阻害されているか否かを検証

したスプライシングが阻害された場合イント

ロン配列が残った未成熟な mRNA が細胞内に出

現すると考えられるそこでプラジエノライド

処理した細胞から回収した mRNA をもとに

cDNA ライブラリーを構築しイントロン配列が

含まれる cDNA の存在をランダムにスクリーニ

ングしたその結果DNAJB1 などいくつかの

遺伝子のイントロン配列が確認されたこれらの

遺伝子についてスプライシングが阻害された

mRNA(unspliced form RNA)の存在を定量的

RT-PCR にて検証した結果プラジエノライド処

理の時間に依存して unspliced form の発現量の

上昇が観察された(図 7)またプラジエノラ

イドの処理濃度によっても unspliced form の上

昇が確認されたこのときスプライシング阻害

を来たす濃度は細胞増殖抑制活性を発揮する濃

度と一致したさらにプラジエノライドが抗腫

瘍効果を発揮する処理濃度において核スペック

ルの巨大化(メガスペックル)が観察された(図

8)同様の現象はin vitro レベルでスプライシ

ングの阻害を来たす抗トリメチルグアノシン

(TMG)抗体やU1 または U6 snRNA に対す

るアンチセンスRNAの核内インジェクションに

おいても観察されているこれらの結果からプ

ラジエノライドは SF3b に結合しその機能を阻

害することで抗腫瘍効果を発揮していると結論

づけた6)

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した 図7プラジエノライドによるスプライシング阻害

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した 図8プラジエノライド B による核スペックルの形態変化

5抗腫瘍作用のメカニズム考察 「スプライシングの阻害がなぜ抗腫瘍活性

につながるか」に関してはいくつかの可能性

が考えられる7) 例えばプラジエノライドに

よるスプライシング阻害が癌細胞の増殖や生存

に必須の遺伝子の発現を抑制し抗腫瘍効果を発

揮していることなどが考えられる遺伝子発現に

関わる工程すなわち転写mRNA プロセシ

ング(キャッピングスプライシングポリアデ

ニレーション)さらに mRNA の核外輸送とサ

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 17

ーベイランスなどはそれぞれが独立して進行す

るのではなく全てがカップリングしたrdquogene expression factoryrdquoを形成していると考えられ

ている従ってスプライシングの阻害がgene expression factory を機能不全に陥れ遺伝子発

現を抑制することは可能性あるシナリオである

この作用によってプラジエノライドが当初の

VEGF-PLAP assay において阻害活性を示して

いた可能性が考えられるまたプラジエノライ

ド処理時に観察されたメガスペックルはDRBやアクチノマイシン D といった転写阻害剤の処

理によっても観察されることは示唆的である

6終わりに プラジエノライドの標的分子がスプライシ

ングファクターSF3b であることを突き止めた

これによってE7107 が既存の抗癌剤とは全く

異なる分子を標的とするrdquoFirst-in-Classrdquoの薬剤

であることを示すことができた同時にスプラ

イシングファクターSF3b が抗癌剤の新たな創薬

ターゲットになりうる可能性を示したE7107は現在欧米において臨床試験が進められてお

りSF3b の創薬ターゲットとしての真価は

E7107の臨床試験結果が示してゆくことになる

一方プラジエノライドによる SF3b の機能

阻害が抗腫瘍効果につながるメカニズムの詳細

な解明にはさらなる研究の深耕化が必要である

スプライシング阻害剤としてのプラジエノライ

ドを用いた研究からスプライシングと転写や他

の mRNA プロセシングさらには mRNA 核外

輸送やサーベイランスとのカップリングに分子

レベルでの新たな知見が加わることが期待され

るプラジエノライド研究を起点とした研究から

癌患者様に新たな希望を与える新薬が生まれる

と同時にgene expression factory の分子レベル

での解明など基礎科学の進展にも貢献すること

を期待している 謝辞 本研究はメルシャン(株)生物資源研究所

エーザイ(株)筑波研究所および KAN 研究所と

の共同研究によって進められてきたものである

土田外志夫博士(メルシャン)酒井孝博士水

井佳治博士(エーザイ)をはじめ共同研究者関

係者の皆様に深く感謝いたします

参考文献 1) Sakai T et al J Antibiot 57 173 (2004)

2) Sakai T et al J Antibiot 57 180 (2004)

3) Mizui Y et al J Antibiot 57 188 (2004)

4) Iwata M et al Proc Am Assoc Cancer Res 45 691 (2004)

5) Kanada R M Itoh D et al Angew Chem Int Ed 46 4350 (2007)

6) Kotake Y et al Nature Chem Biol 3 570 (2007)

7) 小竹良彦甲斐田大輔水井佳治吉田稔 蛋白質核酸酵素 53 28 (2008)

略 歴 小竹 良彦 (Yoshihiko KOTAKE)1989年 広島大学医学系研究科分子薬学系修了同年 エ

ーザイ(株)入社2004年より 創薬第二研究所主幹研究員1997年 薬学博士 研究テーマ新規抗癌剤の探索研究ケミカルバイオロジー

関心事生理活性天然物核内因子を標的とした創薬研究

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 18

部会賞受賞者(2)

日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析と

その患者個別化薬物治療への応用 斎藤 嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所機能生化学)

1はじめに

薬物に対する生体の反応性(薬物応答性)に

関しては個体差や人種差があり十分な有効性が

得られない場合や副作用を発現する場合も存在

し患者 QOL の低下をもたらす原因となってい

る薬物応答性に影響を与える因子として遺伝

的要因と環境的要因が考えられるがヒトゲノム

研究の進展に伴い薬物代謝酵素動態関連及び

受容体分子をコードする遺伝子の多型(主として

約 1000 塩基に 1 ヶ所存在する塩基置換や挿入

欠失)に基づくこれら分子の機能変化が 薬物応

答性の個体差発現に関与していることが明らか

となってきた1980 年代後半より特に薬物代

謝酵素に関し機能変化を伴う遺伝子多型が同定

されてきており中には機能がほぼ完全に消失す

る多型も知られているしかし単独多型部位に

着目したフェノタイプ - ジェノタイプ相関解析

では相反する結果が得られる場合も多く機能

影響が確立されたものは比較的少なかった我々

は平成 12 年度より一貫して日本人を対象と

した薬物応答関連遺伝子の多型解析を行うと共

に染色体上における遺伝子多型同士の組み合わ

せであるハプロタイプに着目しこれまでに多く

の薬物代謝酵素トランスポーター受容体等

につき日本人におけるハプロタイプ構造を明ら

かにしたまた発見した新規多型の機能影響を

in vitro 解析により解明した

2ハプロタイプ解析 我々はこれまでに約 50 種の遺伝子に関し主

としてエクソン領域及びエンハンサープロモー

ター領域を対象に直接シーケンシングによる多

型探索を行い約 2000 種の多型(うちアミノ

酸置換を引き起こすものは新規の約 150 種を含

む約 250 種)を見いだしたさらにこれらの

多型情報を基にハプロタイプ解析を行った 1 2)

表 1 に対象とした薬物応答関連遺伝子の一部を

示した

図1 連鎖不平衡とハプロタイプ解析

ヒトは両親より染色体を 1 本ずつ受け継いで

いるが減数分裂の際に相同組換えを起こす組

換えを起こしにくい領域ではその間の塩基配列

はあまり変化せず従って遺伝子多型の組み合わ

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 19

せも一定となる場合が多い(連鎖不平衡にあると

言う図 1)この同一染色体上に存在する多型

の組み合わせがハプロタイプである遺伝子多型

の機能影響が複数の多型により引き起こされる

場合や機能変化を引き起こす原因多型が未同定

であるものの解析したハプロタイプ上に存在す

る場合等にはフェノタイプとの相関解析に特に

有効な方法である世界的にも国際ハップマップ

プロジェクトが進行中であるが我々は薬物応答

関連遺伝子に特化しそれぞれ 100-500 人の日

本人を対象として高密度ハプロタイプを明らか

にした 実際にハプロタイプによる解析が功を奏した

例として以下のものが挙げられる a) 複数の機能変化をもたらす遺伝子多型が同一

遺伝子中に存在する場合機能影響がより明確に

なったケース

図2 UGT1A1 の遺伝子多型とハプロタイプ

グルクロン酸転移酵素 UGT1A1 は小胞体に

局在する第二相酵素である我々は日本人につき

UGT1A1 遺伝子中にin vitro 解析で大きな機能

低下を引き起こす6 (211GgtA Gly71Arg)及び

28 (TA6gtTA7)(図 2赤字)及び中程度の低下

を引き起こす27 (686CgtA Pro229Gln)及び60 (-3279TgtG) (青字)といういずれも酵素活性

の低下または蛋白質発現レベルの低下を引き起

こす多型を検出したこれらのハプロタイプ解析

の結果機能低下が大きい6 と28 は排他的に

存在することほとんどのケースで28 は60 と

同一ハプロタイプ上に存在すること27 は28

と同一ハプロタイプ上に存在することを見いだ

した(図 2)3)また 3rsquo-非翻訳領域に 3 多型

(1813CgtT 1941CgtG 2042CgtG)が連鎖してい

るIB ハプロタイプを同定した(緑字)図 3 に

示すように理論上別々の染色体上に機能低下

を起こす多型が存在する場合の方が同一染色体

上に存在する場合よりも大きな機能低下を引き

起こすUGT1A1 が活性代謝物 SN-38 の解毒代

謝に関わる抗がん剤イリノテカンや同じく

UGT1A1 が代謝に関わるビリルビンを対象とし

たその後の解析で日本人の UGT1A1 の遺伝子

多型では6 または28 を二本の染色体で共に

有する場合(ホモ接合)及び6 と28 の両者を

それぞれ別の染色体上で有する場合に体内動態

及び副作用への影響が大きいことから主として

6 と28 を指標とすれば良いことが明らかとな

った 4 5)さらに60 及びIB 単独では影響が弱

いものの60 - IB 組み合わせハプロタイプで

は28 に匹敵する影響を血中総ビリルビン濃度

に与え値を上昇させることを見いだした 5)

図3 多型影響のハプロタイプによる違い

b) 同一基質を代謝する酵素群の遺伝子が染色体

上で近傍に位置する場合各遺伝子のハプロタイ

プの組み合わせで総合的機能変化を推定しうる

ことを示したケース 薬物代謝酵素ではファミリーを形成する遺伝

子群が染色体上に並んで存在する場合があるこ

れらファミリー遺伝子の産物は基質特異性が異

なるものの同一基質を代謝するケースも多い

従って多型影響はファミリー遺伝子全体として

考える必要がある現在処方されている医薬品の

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 20

約半数の代謝に関わる重要なシトクロムP450分

子種 CYP3A である CYP3A4 と CYP3A5 の場合

では酵素活性の低下を引き起こす CYP3A416 (554CgtG Thr185Ser)とスプライシング異常に

より発現レベルの大幅な低下を引き起こす

CYP3A53(IVS3-237AgtG)が重要な多型であ

る我々は CYP3A4 及び CYP3A5 のハプロタイ

プを別々に明らかとした後その組み合わせも解

析した 6)その結果CYP3A416 を有する場合

CYP3A5 は野生型である1 をCYP3A53 を有

する場合CYP3A4 は1 をそれぞれ有すること

が明らかとなり重要な酵素としてある一定の

酵素活性が保たれるような組み合わせになって

いることが示唆された これ以外の例ではUGT1A7 と UGT1A1 の例

がありこの場合は酵素活性が低下する

UGT1A73 の約 67が UGT1A16(酵素活性低

下)と26が UGT1A128(発現レベル低下)

と連鎖しておりハプロタイプを形成していた 7)

UGT1A1 は肝臓等にUGT1A7 は消化管等に発

現しておりUGT1A73 を有する場合には

SN-38 などの解毒代謝が体内の多くの組織で低

下していると考えられる c) アミノ酸置換を起こさず単独多型部位の解析

では注目されてこなかった多型のみを有するハ

プロタイプが薬物動態パラメーターの変化を引

き起こすことを明らかにしたケース これにはまず抗てんかん薬カルバマゼピンに

おけるエポキシド加水分解酵素 EPHX1 のハプ

ロタイプが挙げられるカルバマゼピンは主と

して CYP3A4 により薬理活性を有するエポキシ

ド体に変換された後さらに EPHX1 によりジオ

ール体へと解毒代謝されるEPHX1 遺伝子中に

検出した多型の連鎖不平衡解析結果により3 つ

のブロックに分けてハプロタイプ解析を行った

がこのうちブロック 3 の1c ハプロタイプが

酵素活性の指標であるジオール体とエポキシド

体の血中濃度比の有意な上昇をもたらすことを

明らかにした(図 4)8)このハプロタイプは

1248GgtA(Lys416Lys)と IVS3-114GgtC という

それぞれアミノ酸置換を引き起こさないサイレ

ントの多型及びイントロン領域の多型のみを有

していたIVS3-114GgtC は他のハプロタイプに

も存在することから1248GgtA(Lys416Lys)またはこれと強く連鎖している未知の多型の効

果により酵素活性が上昇したと考えられる

図4 EPHX1 Block 31c ハプロタイプの カルバマゼピン解毒代謝への影響

この他の例としては抗がん剤パクリタキセル

の薬物動態変化における CYP2C8 のハプロタイ

プがあるパクリタキセルには CYP3A4 により

C3rsquo-p-水酸化体に代謝されさらに CYP2C8 に

よりジオール体に変換される経路が知られてい

るがCYP2C8 のイントロン多型 7 種で形成さ

れるIG ハプロタイプを有するヒトではC3rsquo-p-水酸化体の血中濃度-時間曲線下面積値が有し

ないヒトに比べて有意に高かった 9)従ってIGハプロタイプではCYP2C8 の酵素活性が低下

していると示唆された 以上のようにハプロタイプ解析は単独多型の

解析に比してより明確により包括的に機能影

響を明らかにすることが可能であることを示し

薬物応答性分子の解析におけるその有用性が示

された

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 21

3機能解析 新規に遺伝子多型を同定しても機能変化を引

き起こさなければいわゆるldquoジャンクrdquoの多型

であるまたハプロタイプを同定してもその中

のどの多型が機能変化に関連しているか不明で

あるそこでアミノ酸置換を伴う遺伝子多型を中

心に in vitro 機能解析を行い機能変化を引き起

こす多型を約 30 種同定したその一部を表 2に示す例えば上述の CYP3A416 多型はテ

ストステロンの水酸化活性を約 50低下させる

ことが in vitro で示されたため 10)in vivo の解

析でも注目しパクリタキセル等の薬物動態パラ

メーターの変化を引き起こすことを見いだした

11)また同じシトクロム P450 の一種 CYP1A2において8(1367GgtA Arg456His)15( 125CgtG Pro42Arg ) 16 ( 1130GgtA Arg377Gln)はそのアリル頻度は 0002-0004と低いもののいずれもヘム蛋白質レベルが低下

することにより95以上という大幅な活性低下

を引き起こすことを明らかにした 12)

表2 機能変化を示した薬物応答性遺伝子の多型

(シトクロム P450 の例)

4おわりに

以上のように日本人を対象に薬物動態変

化や有効性副作用発現に関わる重要な遺伝子多

型ハプロタイプを明らかとしたことは医薬品

の種類や投薬量等に関する治療方針を個別に決

定する患者個別化薬物治療の本邦における発展

に大きく寄与するものと考えるこれらの成果は

人種的に類似している東アジア諸国においても

有用であり現に我々が発見した遺伝子多型に関

する報告が韓国や中国から相次いでいるまた薬

物応答性遺伝子の多型影響を考慮してリード化

合物の最適化を行うことは臨床試験段階でのド

ロップアウトを防止する有力な手段になりえる

と考えられ本研究の成果は創薬の面からも有用

と思われる今後も未解析である硫酸転移酵素や

一部のトランスポーター群の解析を行うと共に

創薬及び臨床現場で有用と考えられる遺伝子多

型ハプロタイプのデータベース化を行い日本

におけるファーマコゲノミクス情報の有効活用

を促していきたい 謝 辞 本研究は国立医薬品食品衛生研究所機能生

化学部 澤田純一部長同薬理部 小澤正吾室長

(現岩手医科大学教授)をはじめとする国立医

薬品食品衛生研究所の先生方および国立がんセ

ンター国立国際医療センター岡山大学東京

女子医科大学をはじめとする共同研究機関の先

生方のご指導及び共同研究のもとに行われたも

のであり心より感謝申し上げますまた本研究

は医薬品医療機器総合機構医薬基盤研究所

厚生労働省文部科学省等より研究費の助成を受

けて行われたものでありここに深謝致します

参考文献 1) Saito Y et al Curr Pharmacogenomics 5 49-78 (2007)

2)斎藤嘉朗ら 細胞工学 26 1020-1025 (2007)

3) Sai K et al Clin Pharmacol Ther 75 501-515 (2004)

4) Minami H et al Pharmacogenet Genomics 17 497-504 (2007)

5) Saeki M et al Clin Chem 53 356-358 (2007)

6) Fukushima-Uesaka H et al Hum Mutat 23 100 (2004)

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 22

7) Saeki M et al Pharmacogenomics J 6 63-75 (2006)

8) Nakajima Y et al Eur J Clin Pharmacol 61 25-34 (2005)

9) Saito Y et al Pharmacogenet Genomics 17 461-471 (2007)

10) Murayama N et al Drug Metab Pharmacokinet 17 150-156 (2002)

11) Nakajima Y et al Clin Pharmacol Ther 80 179-191 (2006)

12) Saito Y et al Drug Metab Dispos 33 1905-1910 (2005)

略 歴 斎藤 嘉朗(Yoshiro SAITO)1989 年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了同年国立衛生

試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)機能生化学部 研究員1996 年博士(薬学)取得(東京大学)1998 年カナ

ダトロント大学医学部 博士研究員2000 年国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部 主任研究官2001 年同第二室

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部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 24

常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
        •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 15

ライシングでありU2 snRNP はスプライシン

グに関わる代表的なマシナリーの一つである

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

SAP49

5rsquo

3rsquo

3rsquo

D1

BBrsquo

D2

F

EG

D3

SAP66SAP60

U2ArsquoU2Brdquo

SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMG

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

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D3

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SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

SAP155

SAP145 SAP130

p14

TMG

Cyclin E

cdk2

SAP120

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TMG

SAP155

SAP145 SAP130

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TMG

Cyclin E

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SF3a SF3b

Sm proteins

snRNA

pre-mRNA

TMGTMG

矢印の蛋白または構造(U2Brdquo U2 snRNP specific protein Brdquo SM protein D1ampBBrsquo SAP120 SAP155 TMG trimethylguanosine Cyclin E)に対する抗体で3Hプローブの共沈が観察された

図4U2 snRNP-cyclinecdk2 複合体

U2 snRNP にまで絞り込まれてきた結合蛋

白を可視化し検出する目的で光親和性ビオチ

ン(PB)プローブを用いた実験を行った光親

和性モイエティーは UV 照射によってラジカル

種を生じ近接する蛋白質と共有結合を形成する

ここでプローブが共有結合した蛋白をビオチン

を足がかりとしてストレプトアビジン-HRP に

よって検出したその結果約 140kDa の位置に

バンドが検出された(図 5)U2 snRNP の中で

この分子量を有する蛋白としてはSF3b サブユ

ニ ッ ト に 存 在 す る spliceosome associated protein (SAP)145 または SAP130 が挙げられる

る実際このバンド中に両者が存在することを

イムノブロッティングおよび質量分析によって

確認したしかしながらこの二つの蛋白はほぼ

同じ位置に検出されどちらが結合蛋白であるか

を結論づけられなかったそこでSAP145 と

SAP130 についてそれぞれ GFP 融合蛋白を発現

させた細胞を用いて同様の実験を行いプローブ

結合蛋白のバンドシフトが検出されるかを検証

したGFP-SAP130 発現細胞では約 170kDa の

位置に結合蛋白のバンドがシフトした一方

GFP-SAP145 発現細胞ではバンドシフトが観察

されなかったことからプローブの結合蛋白は

SAP130 であると結論づけられた

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

150

100

75

50

25

10

+ndash +

+ ndash +UV 照射

PB probe

図5PB プローブによる結合蛋白の検出

上述してきた実験では全てプラジエノライ

ドおよび E7107 とプローブ化合物との競合実験

を行いプラジエノライド自体の結合蛋白も

SAP130 であることを確認したしかしここで

は詳細な説明を割愛させていただくが一連のデ

ータはプラジエノライドが細胞内に存在する全

ての SAP130 に結合するのではなくSF3b 複合

体を形成している SAP130 にのみ結合すること

が示唆された例えばSAP130 の発現を siRNA処理により抑制した細胞においては蛍光プロー

ブの核スペックルへの局在が観察されなかった

がSAP145 の発現を抑制した場合においてもそ

の局在は消失したこの結果は SAP130 への結

合には SAP145 の存在も必要であることを示唆

しておりプラジエノライドが SAP130 のみな

らずSAP145など他のSF3b構成蛋白質から構成

される SF3b 中のポケット構造にはまり込んで

いる可能性などが考えられた 4プラジエノライド標的分子としての

SF3b プラジエノライドの結合蛋白が SF3b 中の

SAP130 であることを付き止めたが次にこれ

がプラジエノライドの抗腫瘍活性に直接関係し

た結合蛋白すなわち「標的分子」であるかを検

証した先ずE7107 に至る探索研究の過程で

得ていた強弱さまざまな細胞増殖抑制活性を示

すプラジエノライド化合物をSF3b 複合体に対

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 16

する 3H プローブの結合に対して競合させたそ

の結果強い細胞増殖抑制活性を有する化合物が

より高い競合能を示したすなわちプラジエノ

ライド化合物の SF3b への親和性と抗腫瘍活性

が相関することが示された(図 6)この結果は

SF3b がプラジエノライドの抗腫瘍効果の標的分

子であることを強く示唆している

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

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l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

図6プラジエノライドの SF3b への 親和性と抗腫瘍活性との相関

次にプラジエノライドの SF3b への結合に

よってその機能が阻害されているか否かを検証

したスプライシングが阻害された場合イント

ロン配列が残った未成熟な mRNA が細胞内に出

現すると考えられるそこでプラジエノライド

処理した細胞から回収した mRNA をもとに

cDNA ライブラリーを構築しイントロン配列が

含まれる cDNA の存在をランダムにスクリーニ

ングしたその結果DNAJB1 などいくつかの

遺伝子のイントロン配列が確認されたこれらの

遺伝子についてスプライシングが阻害された

mRNA(unspliced form RNA)の存在を定量的

RT-PCR にて検証した結果プラジエノライド処

理の時間に依存して unspliced form の発現量の

上昇が観察された(図 7)またプラジエノラ

イドの処理濃度によっても unspliced form の上

昇が確認されたこのときスプライシング阻害

を来たす濃度は細胞増殖抑制活性を発揮する濃

度と一致したさらにプラジエノライドが抗腫

瘍効果を発揮する処理濃度において核スペック

ルの巨大化(メガスペックル)が観察された(図

8)同様の現象はin vitro レベルでスプライシ

ングの阻害を来たす抗トリメチルグアノシン

(TMG)抗体やU1 または U6 snRNA に対す

るアンチセンスRNAの核内インジェクションに

おいても観察されているこれらの結果からプ

ラジエノライドは SF3b に結合しその機能を阻

害することで抗腫瘍効果を発揮していると結論

づけた6)

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

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3

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4

3

3

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検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した 図7プラジエノライドによるスプライシング阻害

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した 図8プラジエノライド B による核スペックルの形態変化

5抗腫瘍作用のメカニズム考察 「スプライシングの阻害がなぜ抗腫瘍活性

につながるか」に関してはいくつかの可能性

が考えられる7) 例えばプラジエノライドに

よるスプライシング阻害が癌細胞の増殖や生存

に必須の遺伝子の発現を抑制し抗腫瘍効果を発

揮していることなどが考えられる遺伝子発現に

関わる工程すなわち転写mRNA プロセシ

ング(キャッピングスプライシングポリアデ

ニレーション)さらに mRNA の核外輸送とサ

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 17

ーベイランスなどはそれぞれが独立して進行す

るのではなく全てがカップリングしたrdquogene expression factoryrdquoを形成していると考えられ

ている従ってスプライシングの阻害がgene expression factory を機能不全に陥れ遺伝子発

現を抑制することは可能性あるシナリオである

この作用によってプラジエノライドが当初の

VEGF-PLAP assay において阻害活性を示して

いた可能性が考えられるまたプラジエノライ

ド処理時に観察されたメガスペックルはDRBやアクチノマイシン D といった転写阻害剤の処

理によっても観察されることは示唆的である

6終わりに プラジエノライドの標的分子がスプライシ

ングファクターSF3b であることを突き止めた

これによってE7107 が既存の抗癌剤とは全く

異なる分子を標的とするrdquoFirst-in-Classrdquoの薬剤

であることを示すことができた同時にスプラ

イシングファクターSF3b が抗癌剤の新たな創薬

ターゲットになりうる可能性を示したE7107は現在欧米において臨床試験が進められてお

りSF3b の創薬ターゲットとしての真価は

E7107の臨床試験結果が示してゆくことになる

一方プラジエノライドによる SF3b の機能

阻害が抗腫瘍効果につながるメカニズムの詳細

な解明にはさらなる研究の深耕化が必要である

スプライシング阻害剤としてのプラジエノライ

ドを用いた研究からスプライシングと転写や他

の mRNA プロセシングさらには mRNA 核外

輸送やサーベイランスとのカップリングに分子

レベルでの新たな知見が加わることが期待され

るプラジエノライド研究を起点とした研究から

癌患者様に新たな希望を与える新薬が生まれる

と同時にgene expression factory の分子レベル

での解明など基礎科学の進展にも貢献すること

を期待している 謝辞 本研究はメルシャン(株)生物資源研究所

エーザイ(株)筑波研究所および KAN 研究所と

の共同研究によって進められてきたものである

土田外志夫博士(メルシャン)酒井孝博士水

井佳治博士(エーザイ)をはじめ共同研究者関

係者の皆様に深く感謝いたします

参考文献 1) Sakai T et al J Antibiot 57 173 (2004)

2) Sakai T et al J Antibiot 57 180 (2004)

3) Mizui Y et al J Antibiot 57 188 (2004)

4) Iwata M et al Proc Am Assoc Cancer Res 45 691 (2004)

5) Kanada R M Itoh D et al Angew Chem Int Ed 46 4350 (2007)

6) Kotake Y et al Nature Chem Biol 3 570 (2007)

7) 小竹良彦甲斐田大輔水井佳治吉田稔 蛋白質核酸酵素 53 28 (2008)

略 歴 小竹 良彦 (Yoshihiko KOTAKE)1989年 広島大学医学系研究科分子薬学系修了同年 エ

ーザイ(株)入社2004年より 創薬第二研究所主幹研究員1997年 薬学博士 研究テーマ新規抗癌剤の探索研究ケミカルバイオロジー

関心事生理活性天然物核内因子を標的とした創薬研究

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 18

部会賞受賞者(2)

日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析と

その患者個別化薬物治療への応用 斎藤 嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所機能生化学)

1はじめに

薬物に対する生体の反応性(薬物応答性)に

関しては個体差や人種差があり十分な有効性が

得られない場合や副作用を発現する場合も存在

し患者 QOL の低下をもたらす原因となってい

る薬物応答性に影響を与える因子として遺伝

的要因と環境的要因が考えられるがヒトゲノム

研究の進展に伴い薬物代謝酵素動態関連及び

受容体分子をコードする遺伝子の多型(主として

約 1000 塩基に 1 ヶ所存在する塩基置換や挿入

欠失)に基づくこれら分子の機能変化が 薬物応

答性の個体差発現に関与していることが明らか

となってきた1980 年代後半より特に薬物代

謝酵素に関し機能変化を伴う遺伝子多型が同定

されてきており中には機能がほぼ完全に消失す

る多型も知られているしかし単独多型部位に

着目したフェノタイプ - ジェノタイプ相関解析

では相反する結果が得られる場合も多く機能

影響が確立されたものは比較的少なかった我々

は平成 12 年度より一貫して日本人を対象と

した薬物応答関連遺伝子の多型解析を行うと共

に染色体上における遺伝子多型同士の組み合わ

せであるハプロタイプに着目しこれまでに多く

の薬物代謝酵素トランスポーター受容体等

につき日本人におけるハプロタイプ構造を明ら

かにしたまた発見した新規多型の機能影響を

in vitro 解析により解明した

2ハプロタイプ解析 我々はこれまでに約 50 種の遺伝子に関し主

としてエクソン領域及びエンハンサープロモー

ター領域を対象に直接シーケンシングによる多

型探索を行い約 2000 種の多型(うちアミノ

酸置換を引き起こすものは新規の約 150 種を含

む約 250 種)を見いだしたさらにこれらの

多型情報を基にハプロタイプ解析を行った 1 2)

表 1 に対象とした薬物応答関連遺伝子の一部を

示した

図1 連鎖不平衡とハプロタイプ解析

ヒトは両親より染色体を 1 本ずつ受け継いで

いるが減数分裂の際に相同組換えを起こす組

換えを起こしにくい領域ではその間の塩基配列

はあまり変化せず従って遺伝子多型の組み合わ

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 19

せも一定となる場合が多い(連鎖不平衡にあると

言う図 1)この同一染色体上に存在する多型

の組み合わせがハプロタイプである遺伝子多型

の機能影響が複数の多型により引き起こされる

場合や機能変化を引き起こす原因多型が未同定

であるものの解析したハプロタイプ上に存在す

る場合等にはフェノタイプとの相関解析に特に

有効な方法である世界的にも国際ハップマップ

プロジェクトが進行中であるが我々は薬物応答

関連遺伝子に特化しそれぞれ 100-500 人の日

本人を対象として高密度ハプロタイプを明らか

にした 実際にハプロタイプによる解析が功を奏した

例として以下のものが挙げられる a) 複数の機能変化をもたらす遺伝子多型が同一

遺伝子中に存在する場合機能影響がより明確に

なったケース

図2 UGT1A1 の遺伝子多型とハプロタイプ

グルクロン酸転移酵素 UGT1A1 は小胞体に

局在する第二相酵素である我々は日本人につき

UGT1A1 遺伝子中にin vitro 解析で大きな機能

低下を引き起こす6 (211GgtA Gly71Arg)及び

28 (TA6gtTA7)(図 2赤字)及び中程度の低下

を引き起こす27 (686CgtA Pro229Gln)及び60 (-3279TgtG) (青字)といういずれも酵素活性

の低下または蛋白質発現レベルの低下を引き起

こす多型を検出したこれらのハプロタイプ解析

の結果機能低下が大きい6 と28 は排他的に

存在することほとんどのケースで28 は60 と

同一ハプロタイプ上に存在すること27 は28

と同一ハプロタイプ上に存在することを見いだ

した(図 2)3)また 3rsquo-非翻訳領域に 3 多型

(1813CgtT 1941CgtG 2042CgtG)が連鎖してい

るIB ハプロタイプを同定した(緑字)図 3 に

示すように理論上別々の染色体上に機能低下

を起こす多型が存在する場合の方が同一染色体

上に存在する場合よりも大きな機能低下を引き

起こすUGT1A1 が活性代謝物 SN-38 の解毒代

謝に関わる抗がん剤イリノテカンや同じく

UGT1A1 が代謝に関わるビリルビンを対象とし

たその後の解析で日本人の UGT1A1 の遺伝子

多型では6 または28 を二本の染色体で共に

有する場合(ホモ接合)及び6 と28 の両者を

それぞれ別の染色体上で有する場合に体内動態

及び副作用への影響が大きいことから主として

6 と28 を指標とすれば良いことが明らかとな

った 4 5)さらに60 及びIB 単独では影響が弱

いものの60 - IB 組み合わせハプロタイプで

は28 に匹敵する影響を血中総ビリルビン濃度

に与え値を上昇させることを見いだした 5)

図3 多型影響のハプロタイプによる違い

b) 同一基質を代謝する酵素群の遺伝子が染色体

上で近傍に位置する場合各遺伝子のハプロタイ

プの組み合わせで総合的機能変化を推定しうる

ことを示したケース 薬物代謝酵素ではファミリーを形成する遺伝

子群が染色体上に並んで存在する場合があるこ

れらファミリー遺伝子の産物は基質特異性が異

なるものの同一基質を代謝するケースも多い

従って多型影響はファミリー遺伝子全体として

考える必要がある現在処方されている医薬品の

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 20

約半数の代謝に関わる重要なシトクロムP450分

子種 CYP3A である CYP3A4 と CYP3A5 の場合

では酵素活性の低下を引き起こす CYP3A416 (554CgtG Thr185Ser)とスプライシング異常に

より発現レベルの大幅な低下を引き起こす

CYP3A53(IVS3-237AgtG)が重要な多型であ

る我々は CYP3A4 及び CYP3A5 のハプロタイ

プを別々に明らかとした後その組み合わせも解

析した 6)その結果CYP3A416 を有する場合

CYP3A5 は野生型である1 をCYP3A53 を有

する場合CYP3A4 は1 をそれぞれ有すること

が明らかとなり重要な酵素としてある一定の

酵素活性が保たれるような組み合わせになって

いることが示唆された これ以外の例ではUGT1A7 と UGT1A1 の例

がありこの場合は酵素活性が低下する

UGT1A73 の約 67が UGT1A16(酵素活性低

下)と26が UGT1A128(発現レベル低下)

と連鎖しておりハプロタイプを形成していた 7)

UGT1A1 は肝臓等にUGT1A7 は消化管等に発

現しておりUGT1A73 を有する場合には

SN-38 などの解毒代謝が体内の多くの組織で低

下していると考えられる c) アミノ酸置換を起こさず単独多型部位の解析

では注目されてこなかった多型のみを有するハ

プロタイプが薬物動態パラメーターの変化を引

き起こすことを明らかにしたケース これにはまず抗てんかん薬カルバマゼピンに

おけるエポキシド加水分解酵素 EPHX1 のハプ

ロタイプが挙げられるカルバマゼピンは主と

して CYP3A4 により薬理活性を有するエポキシ

ド体に変換された後さらに EPHX1 によりジオ

ール体へと解毒代謝されるEPHX1 遺伝子中に

検出した多型の連鎖不平衡解析結果により3 つ

のブロックに分けてハプロタイプ解析を行った

がこのうちブロック 3 の1c ハプロタイプが

酵素活性の指標であるジオール体とエポキシド

体の血中濃度比の有意な上昇をもたらすことを

明らかにした(図 4)8)このハプロタイプは

1248GgtA(Lys416Lys)と IVS3-114GgtC という

それぞれアミノ酸置換を引き起こさないサイレ

ントの多型及びイントロン領域の多型のみを有

していたIVS3-114GgtC は他のハプロタイプに

も存在することから1248GgtA(Lys416Lys)またはこれと強く連鎖している未知の多型の効

果により酵素活性が上昇したと考えられる

図4 EPHX1 Block 31c ハプロタイプの カルバマゼピン解毒代謝への影響

この他の例としては抗がん剤パクリタキセル

の薬物動態変化における CYP2C8 のハプロタイ

プがあるパクリタキセルには CYP3A4 により

C3rsquo-p-水酸化体に代謝されさらに CYP2C8 に

よりジオール体に変換される経路が知られてい

るがCYP2C8 のイントロン多型 7 種で形成さ

れるIG ハプロタイプを有するヒトではC3rsquo-p-水酸化体の血中濃度-時間曲線下面積値が有し

ないヒトに比べて有意に高かった 9)従ってIGハプロタイプではCYP2C8 の酵素活性が低下

していると示唆された 以上のようにハプロタイプ解析は単独多型の

解析に比してより明確により包括的に機能影

響を明らかにすることが可能であることを示し

薬物応答性分子の解析におけるその有用性が示

された

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 21

3機能解析 新規に遺伝子多型を同定しても機能変化を引

き起こさなければいわゆるldquoジャンクrdquoの多型

であるまたハプロタイプを同定してもその中

のどの多型が機能変化に関連しているか不明で

あるそこでアミノ酸置換を伴う遺伝子多型を中

心に in vitro 機能解析を行い機能変化を引き起

こす多型を約 30 種同定したその一部を表 2に示す例えば上述の CYP3A416 多型はテ

ストステロンの水酸化活性を約 50低下させる

ことが in vitro で示されたため 10)in vivo の解

析でも注目しパクリタキセル等の薬物動態パラ

メーターの変化を引き起こすことを見いだした

11)また同じシトクロム P450 の一種 CYP1A2において8(1367GgtA Arg456His)15( 125CgtG Pro42Arg ) 16 ( 1130GgtA Arg377Gln)はそのアリル頻度は 0002-0004と低いもののいずれもヘム蛋白質レベルが低下

することにより95以上という大幅な活性低下

を引き起こすことを明らかにした 12)

表2 機能変化を示した薬物応答性遺伝子の多型

(シトクロム P450 の例)

4おわりに

以上のように日本人を対象に薬物動態変

化や有効性副作用発現に関わる重要な遺伝子多

型ハプロタイプを明らかとしたことは医薬品

の種類や投薬量等に関する治療方針を個別に決

定する患者個別化薬物治療の本邦における発展

に大きく寄与するものと考えるこれらの成果は

人種的に類似している東アジア諸国においても

有用であり現に我々が発見した遺伝子多型に関

する報告が韓国や中国から相次いでいるまた薬

物応答性遺伝子の多型影響を考慮してリード化

合物の最適化を行うことは臨床試験段階でのド

ロップアウトを防止する有力な手段になりえる

と考えられ本研究の成果は創薬の面からも有用

と思われる今後も未解析である硫酸転移酵素や

一部のトランスポーター群の解析を行うと共に

創薬及び臨床現場で有用と考えられる遺伝子多

型ハプロタイプのデータベース化を行い日本

におけるファーマコゲノミクス情報の有効活用

を促していきたい 謝 辞 本研究は国立医薬品食品衛生研究所機能生

化学部 澤田純一部長同薬理部 小澤正吾室長

(現岩手医科大学教授)をはじめとする国立医

薬品食品衛生研究所の先生方および国立がんセ

ンター国立国際医療センター岡山大学東京

女子医科大学をはじめとする共同研究機関の先

生方のご指導及び共同研究のもとに行われたも

のであり心より感謝申し上げますまた本研究

は医薬品医療機器総合機構医薬基盤研究所

厚生労働省文部科学省等より研究費の助成を受

けて行われたものでありここに深謝致します

参考文献 1) Saito Y et al Curr Pharmacogenomics 5 49-78 (2007)

2)斎藤嘉朗ら 細胞工学 26 1020-1025 (2007)

3) Sai K et al Clin Pharmacol Ther 75 501-515 (2004)

4) Minami H et al Pharmacogenet Genomics 17 497-504 (2007)

5) Saeki M et al Clin Chem 53 356-358 (2007)

6) Fukushima-Uesaka H et al Hum Mutat 23 100 (2004)

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 22

7) Saeki M et al Pharmacogenomics J 6 63-75 (2006)

8) Nakajima Y et al Eur J Clin Pharmacol 61 25-34 (2005)

9) Saito Y et al Pharmacogenet Genomics 17 461-471 (2007)

10) Murayama N et al Drug Metab Pharmacokinet 17 150-156 (2002)

11) Nakajima Y et al Clin Pharmacol Ther 80 179-191 (2006)

12) Saito Y et al Drug Metab Dispos 33 1905-1910 (2005)

略 歴 斎藤 嘉朗(Yoshiro SAITO)1989 年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了同年国立衛生

試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)機能生化学部 研究員1996 年博士(薬学)取得(東京大学)1998 年カナ

ダトロント大学医学部 博士研究員2000 年国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部 主任研究官2001 年同第二室

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部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 24

常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
        •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 16

する 3H プローブの結合に対して競合させたそ

の結果強い細胞増殖抑制活性を有する化合物が

より高い競合能を示したすなわちプラジエノ

ライド化合物の SF3b への親和性と抗腫瘍活性

が相関することが示された(図 6)この結果は

SF3b がプラジエノライドの抗腫瘍効果の標的分

子であることを強く示唆している

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

R2 = 08804

01nM 10nM 1000 nM

10

100

1

In vitro細胞増殖抑制活性(IC50)

化合

物競

合下

にお

ける

SF3b

中の

3 Hシ

グナ

ル(Pe

rcen

tage

of c

ontro

l)

R2 = 0880

より強い細胞増殖抑制活性(より低いIC50値)を有するプラジエノライド化合物が3HプローブのSF3bへの結合をより強く阻害しSF3b中の3Hシグナルは減少した(コントロールサンプルプラジエノライド非競合条件)

図6プラジエノライドの SF3b への 親和性と抗腫瘍活性との相関

次にプラジエノライドの SF3b への結合に

よってその機能が阻害されているか否かを検証

したスプライシングが阻害された場合イント

ロン配列が残った未成熟な mRNA が細胞内に出

現すると考えられるそこでプラジエノライド

処理した細胞から回収した mRNA をもとに

cDNA ライブラリーを構築しイントロン配列が

含まれる cDNA の存在をランダムにスクリーニ

ングしたその結果DNAJB1 などいくつかの

遺伝子のイントロン配列が確認されたこれらの

遺伝子についてスプライシングが阻害された

mRNA(unspliced form RNA)の存在を定量的

RT-PCR にて検証した結果プラジエノライド処

理の時間に依存して unspliced form の発現量の

上昇が観察された(図 7)またプラジエノラ

イドの処理濃度によっても unspliced form の上

昇が確認されたこのときスプライシング阻害

を来たす濃度は細胞増殖抑制活性を発揮する濃

度と一致したさらにプラジエノライドが抗腫

瘍効果を発揮する処理濃度において核スペック

ルの巨大化(メガスペックル)が観察された(図

8)同様の現象はin vitro レベルでスプライシ

ングの阻害を来たす抗トリメチルグアノシン

(TMG)抗体やU1 または U6 snRNA に対す

るアンチセンスRNAの核内インジェクションに

おいても観察されているこれらの結果からプ

ラジエノライドは SF3b に結合しその機能を阻

害することで抗腫瘍効果を発揮していると結論

づけた6)

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した

0 1 2 4 G

プラジエノライドB処理時間(h)

U

S

U

S

U

S

2

2

3

3

4

4

3

3

4

4

5

5

検出配列

エクソン番号

DNAJB1

RIOK3

BRD2

G ヒトゲノム(コントロールテンプレート)U unspliced formS spliced form

RT-PCRによりunspliced formをそれぞれ検出した 図7プラジエノライドによるスプライシング阻害

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した

コントロール10 nM 100 nM

プラジエノライドB処理

プラジエノライドBを4時間処理したのち核スペックルを抗SC-35抗体(緑)

核膜を抗ラミンA抗体(赤)により染色した 図8プラジエノライド B による核スペックルの形態変化

5抗腫瘍作用のメカニズム考察 「スプライシングの阻害がなぜ抗腫瘍活性

につながるか」に関してはいくつかの可能性

が考えられる7) 例えばプラジエノライドに

よるスプライシング阻害が癌細胞の増殖や生存

に必須の遺伝子の発現を抑制し抗腫瘍効果を発

揮していることなどが考えられる遺伝子発現に

関わる工程すなわち転写mRNA プロセシ

ング(キャッピングスプライシングポリアデ

ニレーション)さらに mRNA の核外輸送とサ

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 17

ーベイランスなどはそれぞれが独立して進行す

るのではなく全てがカップリングしたrdquogene expression factoryrdquoを形成していると考えられ

ている従ってスプライシングの阻害がgene expression factory を機能不全に陥れ遺伝子発

現を抑制することは可能性あるシナリオである

この作用によってプラジエノライドが当初の

VEGF-PLAP assay において阻害活性を示して

いた可能性が考えられるまたプラジエノライ

ド処理時に観察されたメガスペックルはDRBやアクチノマイシン D といった転写阻害剤の処

理によっても観察されることは示唆的である

6終わりに プラジエノライドの標的分子がスプライシ

ングファクターSF3b であることを突き止めた

これによってE7107 が既存の抗癌剤とは全く

異なる分子を標的とするrdquoFirst-in-Classrdquoの薬剤

であることを示すことができた同時にスプラ

イシングファクターSF3b が抗癌剤の新たな創薬

ターゲットになりうる可能性を示したE7107は現在欧米において臨床試験が進められてお

りSF3b の創薬ターゲットとしての真価は

E7107の臨床試験結果が示してゆくことになる

一方プラジエノライドによる SF3b の機能

阻害が抗腫瘍効果につながるメカニズムの詳細

な解明にはさらなる研究の深耕化が必要である

スプライシング阻害剤としてのプラジエノライ

ドを用いた研究からスプライシングと転写や他

の mRNA プロセシングさらには mRNA 核外

輸送やサーベイランスとのカップリングに分子

レベルでの新たな知見が加わることが期待され

るプラジエノライド研究を起点とした研究から

癌患者様に新たな希望を与える新薬が生まれる

と同時にgene expression factory の分子レベル

での解明など基礎科学の進展にも貢献すること

を期待している 謝辞 本研究はメルシャン(株)生物資源研究所

エーザイ(株)筑波研究所および KAN 研究所と

の共同研究によって進められてきたものである

土田外志夫博士(メルシャン)酒井孝博士水

井佳治博士(エーザイ)をはじめ共同研究者関

係者の皆様に深く感謝いたします

参考文献 1) Sakai T et al J Antibiot 57 173 (2004)

2) Sakai T et al J Antibiot 57 180 (2004)

3) Mizui Y et al J Antibiot 57 188 (2004)

4) Iwata M et al Proc Am Assoc Cancer Res 45 691 (2004)

5) Kanada R M Itoh D et al Angew Chem Int Ed 46 4350 (2007)

6) Kotake Y et al Nature Chem Biol 3 570 (2007)

7) 小竹良彦甲斐田大輔水井佳治吉田稔 蛋白質核酸酵素 53 28 (2008)

略 歴 小竹 良彦 (Yoshihiko KOTAKE)1989年 広島大学医学系研究科分子薬学系修了同年 エ

ーザイ(株)入社2004年より 創薬第二研究所主幹研究員1997年 薬学博士 研究テーマ新規抗癌剤の探索研究ケミカルバイオロジー

関心事生理活性天然物核内因子を標的とした創薬研究

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 18

部会賞受賞者(2)

日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析と

その患者個別化薬物治療への応用 斎藤 嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所機能生化学)

1はじめに

薬物に対する生体の反応性(薬物応答性)に

関しては個体差や人種差があり十分な有効性が

得られない場合や副作用を発現する場合も存在

し患者 QOL の低下をもたらす原因となってい

る薬物応答性に影響を与える因子として遺伝

的要因と環境的要因が考えられるがヒトゲノム

研究の進展に伴い薬物代謝酵素動態関連及び

受容体分子をコードする遺伝子の多型(主として

約 1000 塩基に 1 ヶ所存在する塩基置換や挿入

欠失)に基づくこれら分子の機能変化が 薬物応

答性の個体差発現に関与していることが明らか

となってきた1980 年代後半より特に薬物代

謝酵素に関し機能変化を伴う遺伝子多型が同定

されてきており中には機能がほぼ完全に消失す

る多型も知られているしかし単独多型部位に

着目したフェノタイプ - ジェノタイプ相関解析

では相反する結果が得られる場合も多く機能

影響が確立されたものは比較的少なかった我々

は平成 12 年度より一貫して日本人を対象と

した薬物応答関連遺伝子の多型解析を行うと共

に染色体上における遺伝子多型同士の組み合わ

せであるハプロタイプに着目しこれまでに多く

の薬物代謝酵素トランスポーター受容体等

につき日本人におけるハプロタイプ構造を明ら

かにしたまた発見した新規多型の機能影響を

in vitro 解析により解明した

2ハプロタイプ解析 我々はこれまでに約 50 種の遺伝子に関し主

としてエクソン領域及びエンハンサープロモー

ター領域を対象に直接シーケンシングによる多

型探索を行い約 2000 種の多型(うちアミノ

酸置換を引き起こすものは新規の約 150 種を含

む約 250 種)を見いだしたさらにこれらの

多型情報を基にハプロタイプ解析を行った 1 2)

表 1 に対象とした薬物応答関連遺伝子の一部を

示した

図1 連鎖不平衡とハプロタイプ解析

ヒトは両親より染色体を 1 本ずつ受け継いで

いるが減数分裂の際に相同組換えを起こす組

換えを起こしにくい領域ではその間の塩基配列

はあまり変化せず従って遺伝子多型の組み合わ

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 19

せも一定となる場合が多い(連鎖不平衡にあると

言う図 1)この同一染色体上に存在する多型

の組み合わせがハプロタイプである遺伝子多型

の機能影響が複数の多型により引き起こされる

場合や機能変化を引き起こす原因多型が未同定

であるものの解析したハプロタイプ上に存在す

る場合等にはフェノタイプとの相関解析に特に

有効な方法である世界的にも国際ハップマップ

プロジェクトが進行中であるが我々は薬物応答

関連遺伝子に特化しそれぞれ 100-500 人の日

本人を対象として高密度ハプロタイプを明らか

にした 実際にハプロタイプによる解析が功を奏した

例として以下のものが挙げられる a) 複数の機能変化をもたらす遺伝子多型が同一

遺伝子中に存在する場合機能影響がより明確に

なったケース

図2 UGT1A1 の遺伝子多型とハプロタイプ

グルクロン酸転移酵素 UGT1A1 は小胞体に

局在する第二相酵素である我々は日本人につき

UGT1A1 遺伝子中にin vitro 解析で大きな機能

低下を引き起こす6 (211GgtA Gly71Arg)及び

28 (TA6gtTA7)(図 2赤字)及び中程度の低下

を引き起こす27 (686CgtA Pro229Gln)及び60 (-3279TgtG) (青字)といういずれも酵素活性

の低下または蛋白質発現レベルの低下を引き起

こす多型を検出したこれらのハプロタイプ解析

の結果機能低下が大きい6 と28 は排他的に

存在することほとんどのケースで28 は60 と

同一ハプロタイプ上に存在すること27 は28

と同一ハプロタイプ上に存在することを見いだ

した(図 2)3)また 3rsquo-非翻訳領域に 3 多型

(1813CgtT 1941CgtG 2042CgtG)が連鎖してい

るIB ハプロタイプを同定した(緑字)図 3 に

示すように理論上別々の染色体上に機能低下

を起こす多型が存在する場合の方が同一染色体

上に存在する場合よりも大きな機能低下を引き

起こすUGT1A1 が活性代謝物 SN-38 の解毒代

謝に関わる抗がん剤イリノテカンや同じく

UGT1A1 が代謝に関わるビリルビンを対象とし

たその後の解析で日本人の UGT1A1 の遺伝子

多型では6 または28 を二本の染色体で共に

有する場合(ホモ接合)及び6 と28 の両者を

それぞれ別の染色体上で有する場合に体内動態

及び副作用への影響が大きいことから主として

6 と28 を指標とすれば良いことが明らかとな

った 4 5)さらに60 及びIB 単独では影響が弱

いものの60 - IB 組み合わせハプロタイプで

は28 に匹敵する影響を血中総ビリルビン濃度

に与え値を上昇させることを見いだした 5)

図3 多型影響のハプロタイプによる違い

b) 同一基質を代謝する酵素群の遺伝子が染色体

上で近傍に位置する場合各遺伝子のハプロタイ

プの組み合わせで総合的機能変化を推定しうる

ことを示したケース 薬物代謝酵素ではファミリーを形成する遺伝

子群が染色体上に並んで存在する場合があるこ

れらファミリー遺伝子の産物は基質特異性が異

なるものの同一基質を代謝するケースも多い

従って多型影響はファミリー遺伝子全体として

考える必要がある現在処方されている医薬品の

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 20

約半数の代謝に関わる重要なシトクロムP450分

子種 CYP3A である CYP3A4 と CYP3A5 の場合

では酵素活性の低下を引き起こす CYP3A416 (554CgtG Thr185Ser)とスプライシング異常に

より発現レベルの大幅な低下を引き起こす

CYP3A53(IVS3-237AgtG)が重要な多型であ

る我々は CYP3A4 及び CYP3A5 のハプロタイ

プを別々に明らかとした後その組み合わせも解

析した 6)その結果CYP3A416 を有する場合

CYP3A5 は野生型である1 をCYP3A53 を有

する場合CYP3A4 は1 をそれぞれ有すること

が明らかとなり重要な酵素としてある一定の

酵素活性が保たれるような組み合わせになって

いることが示唆された これ以外の例ではUGT1A7 と UGT1A1 の例

がありこの場合は酵素活性が低下する

UGT1A73 の約 67が UGT1A16(酵素活性低

下)と26が UGT1A128(発現レベル低下)

と連鎖しておりハプロタイプを形成していた 7)

UGT1A1 は肝臓等にUGT1A7 は消化管等に発

現しておりUGT1A73 を有する場合には

SN-38 などの解毒代謝が体内の多くの組織で低

下していると考えられる c) アミノ酸置換を起こさず単独多型部位の解析

では注目されてこなかった多型のみを有するハ

プロタイプが薬物動態パラメーターの変化を引

き起こすことを明らかにしたケース これにはまず抗てんかん薬カルバマゼピンに

おけるエポキシド加水分解酵素 EPHX1 のハプ

ロタイプが挙げられるカルバマゼピンは主と

して CYP3A4 により薬理活性を有するエポキシ

ド体に変換された後さらに EPHX1 によりジオ

ール体へと解毒代謝されるEPHX1 遺伝子中に

検出した多型の連鎖不平衡解析結果により3 つ

のブロックに分けてハプロタイプ解析を行った

がこのうちブロック 3 の1c ハプロタイプが

酵素活性の指標であるジオール体とエポキシド

体の血中濃度比の有意な上昇をもたらすことを

明らかにした(図 4)8)このハプロタイプは

1248GgtA(Lys416Lys)と IVS3-114GgtC という

それぞれアミノ酸置換を引き起こさないサイレ

ントの多型及びイントロン領域の多型のみを有

していたIVS3-114GgtC は他のハプロタイプに

も存在することから1248GgtA(Lys416Lys)またはこれと強く連鎖している未知の多型の効

果により酵素活性が上昇したと考えられる

図4 EPHX1 Block 31c ハプロタイプの カルバマゼピン解毒代謝への影響

この他の例としては抗がん剤パクリタキセル

の薬物動態変化における CYP2C8 のハプロタイ

プがあるパクリタキセルには CYP3A4 により

C3rsquo-p-水酸化体に代謝されさらに CYP2C8 に

よりジオール体に変換される経路が知られてい

るがCYP2C8 のイントロン多型 7 種で形成さ

れるIG ハプロタイプを有するヒトではC3rsquo-p-水酸化体の血中濃度-時間曲線下面積値が有し

ないヒトに比べて有意に高かった 9)従ってIGハプロタイプではCYP2C8 の酵素活性が低下

していると示唆された 以上のようにハプロタイプ解析は単独多型の

解析に比してより明確により包括的に機能影

響を明らかにすることが可能であることを示し

薬物応答性分子の解析におけるその有用性が示

された

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 21

3機能解析 新規に遺伝子多型を同定しても機能変化を引

き起こさなければいわゆるldquoジャンクrdquoの多型

であるまたハプロタイプを同定してもその中

のどの多型が機能変化に関連しているか不明で

あるそこでアミノ酸置換を伴う遺伝子多型を中

心に in vitro 機能解析を行い機能変化を引き起

こす多型を約 30 種同定したその一部を表 2に示す例えば上述の CYP3A416 多型はテ

ストステロンの水酸化活性を約 50低下させる

ことが in vitro で示されたため 10)in vivo の解

析でも注目しパクリタキセル等の薬物動態パラ

メーターの変化を引き起こすことを見いだした

11)また同じシトクロム P450 の一種 CYP1A2において8(1367GgtA Arg456His)15( 125CgtG Pro42Arg ) 16 ( 1130GgtA Arg377Gln)はそのアリル頻度は 0002-0004と低いもののいずれもヘム蛋白質レベルが低下

することにより95以上という大幅な活性低下

を引き起こすことを明らかにした 12)

表2 機能変化を示した薬物応答性遺伝子の多型

(シトクロム P450 の例)

4おわりに

以上のように日本人を対象に薬物動態変

化や有効性副作用発現に関わる重要な遺伝子多

型ハプロタイプを明らかとしたことは医薬品

の種類や投薬量等に関する治療方針を個別に決

定する患者個別化薬物治療の本邦における発展

に大きく寄与するものと考えるこれらの成果は

人種的に類似している東アジア諸国においても

有用であり現に我々が発見した遺伝子多型に関

する報告が韓国や中国から相次いでいるまた薬

物応答性遺伝子の多型影響を考慮してリード化

合物の最適化を行うことは臨床試験段階でのド

ロップアウトを防止する有力な手段になりえる

と考えられ本研究の成果は創薬の面からも有用

と思われる今後も未解析である硫酸転移酵素や

一部のトランスポーター群の解析を行うと共に

創薬及び臨床現場で有用と考えられる遺伝子多

型ハプロタイプのデータベース化を行い日本

におけるファーマコゲノミクス情報の有効活用

を促していきたい 謝 辞 本研究は国立医薬品食品衛生研究所機能生

化学部 澤田純一部長同薬理部 小澤正吾室長

(現岩手医科大学教授)をはじめとする国立医

薬品食品衛生研究所の先生方および国立がんセ

ンター国立国際医療センター岡山大学東京

女子医科大学をはじめとする共同研究機関の先

生方のご指導及び共同研究のもとに行われたも

のであり心より感謝申し上げますまた本研究

は医薬品医療機器総合機構医薬基盤研究所

厚生労働省文部科学省等より研究費の助成を受

けて行われたものでありここに深謝致します

参考文献 1) Saito Y et al Curr Pharmacogenomics 5 49-78 (2007)

2)斎藤嘉朗ら 細胞工学 26 1020-1025 (2007)

3) Sai K et al Clin Pharmacol Ther 75 501-515 (2004)

4) Minami H et al Pharmacogenet Genomics 17 497-504 (2007)

5) Saeki M et al Clin Chem 53 356-358 (2007)

6) Fukushima-Uesaka H et al Hum Mutat 23 100 (2004)

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 22

7) Saeki M et al Pharmacogenomics J 6 63-75 (2006)

8) Nakajima Y et al Eur J Clin Pharmacol 61 25-34 (2005)

9) Saito Y et al Pharmacogenet Genomics 17 461-471 (2007)

10) Murayama N et al Drug Metab Pharmacokinet 17 150-156 (2002)

11) Nakajima Y et al Clin Pharmacol Ther 80 179-191 (2006)

12) Saito Y et al Drug Metab Dispos 33 1905-1910 (2005)

略 歴 斎藤 嘉朗(Yoshiro SAITO)1989 年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了同年国立衛生

試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)機能生化学部 研究員1996 年博士(薬学)取得(東京大学)1998 年カナ

ダトロント大学医学部 博士研究員2000 年国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部 主任研究官2001 年同第二室

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部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 24

常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
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ーベイランスなどはそれぞれが独立して進行す

るのではなく全てがカップリングしたrdquogene expression factoryrdquoを形成していると考えられ

ている従ってスプライシングの阻害がgene expression factory を機能不全に陥れ遺伝子発

現を抑制することは可能性あるシナリオである

この作用によってプラジエノライドが当初の

VEGF-PLAP assay において阻害活性を示して

いた可能性が考えられるまたプラジエノライ

ド処理時に観察されたメガスペックルはDRBやアクチノマイシン D といった転写阻害剤の処

理によっても観察されることは示唆的である

6終わりに プラジエノライドの標的分子がスプライシ

ングファクターSF3b であることを突き止めた

これによってE7107 が既存の抗癌剤とは全く

異なる分子を標的とするrdquoFirst-in-Classrdquoの薬剤

であることを示すことができた同時にスプラ

イシングファクターSF3b が抗癌剤の新たな創薬

ターゲットになりうる可能性を示したE7107は現在欧米において臨床試験が進められてお

りSF3b の創薬ターゲットとしての真価は

E7107の臨床試験結果が示してゆくことになる

一方プラジエノライドによる SF3b の機能

阻害が抗腫瘍効果につながるメカニズムの詳細

な解明にはさらなる研究の深耕化が必要である

スプライシング阻害剤としてのプラジエノライ

ドを用いた研究からスプライシングと転写や他

の mRNA プロセシングさらには mRNA 核外

輸送やサーベイランスとのカップリングに分子

レベルでの新たな知見が加わることが期待され

るプラジエノライド研究を起点とした研究から

癌患者様に新たな希望を与える新薬が生まれる

と同時にgene expression factory の分子レベル

での解明など基礎科学の進展にも貢献すること

を期待している 謝辞 本研究はメルシャン(株)生物資源研究所

エーザイ(株)筑波研究所および KAN 研究所と

の共同研究によって進められてきたものである

土田外志夫博士(メルシャン)酒井孝博士水

井佳治博士(エーザイ)をはじめ共同研究者関

係者の皆様に深く感謝いたします

参考文献 1) Sakai T et al J Antibiot 57 173 (2004)

2) Sakai T et al J Antibiot 57 180 (2004)

3) Mizui Y et al J Antibiot 57 188 (2004)

4) Iwata M et al Proc Am Assoc Cancer Res 45 691 (2004)

5) Kanada R M Itoh D et al Angew Chem Int Ed 46 4350 (2007)

6) Kotake Y et al Nature Chem Biol 3 570 (2007)

7) 小竹良彦甲斐田大輔水井佳治吉田稔 蛋白質核酸酵素 53 28 (2008)

略 歴 小竹 良彦 (Yoshihiko KOTAKE)1989年 広島大学医学系研究科分子薬学系修了同年 エ

ーザイ(株)入社2004年より 創薬第二研究所主幹研究員1997年 薬学博士 研究テーマ新規抗癌剤の探索研究ケミカルバイオロジー

関心事生理活性天然物核内因子を標的とした創薬研究

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 18

部会賞受賞者(2)

日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析と

その患者個別化薬物治療への応用 斎藤 嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所機能生化学)

1はじめに

薬物に対する生体の反応性(薬物応答性)に

関しては個体差や人種差があり十分な有効性が

得られない場合や副作用を発現する場合も存在

し患者 QOL の低下をもたらす原因となってい

る薬物応答性に影響を与える因子として遺伝

的要因と環境的要因が考えられるがヒトゲノム

研究の進展に伴い薬物代謝酵素動態関連及び

受容体分子をコードする遺伝子の多型(主として

約 1000 塩基に 1 ヶ所存在する塩基置換や挿入

欠失)に基づくこれら分子の機能変化が 薬物応

答性の個体差発現に関与していることが明らか

となってきた1980 年代後半より特に薬物代

謝酵素に関し機能変化を伴う遺伝子多型が同定

されてきており中には機能がほぼ完全に消失す

る多型も知られているしかし単独多型部位に

着目したフェノタイプ - ジェノタイプ相関解析

では相反する結果が得られる場合も多く機能

影響が確立されたものは比較的少なかった我々

は平成 12 年度より一貫して日本人を対象と

した薬物応答関連遺伝子の多型解析を行うと共

に染色体上における遺伝子多型同士の組み合わ

せであるハプロタイプに着目しこれまでに多く

の薬物代謝酵素トランスポーター受容体等

につき日本人におけるハプロタイプ構造を明ら

かにしたまた発見した新規多型の機能影響を

in vitro 解析により解明した

2ハプロタイプ解析 我々はこれまでに約 50 種の遺伝子に関し主

としてエクソン領域及びエンハンサープロモー

ター領域を対象に直接シーケンシングによる多

型探索を行い約 2000 種の多型(うちアミノ

酸置換を引き起こすものは新規の約 150 種を含

む約 250 種)を見いだしたさらにこれらの

多型情報を基にハプロタイプ解析を行った 1 2)

表 1 に対象とした薬物応答関連遺伝子の一部を

示した

図1 連鎖不平衡とハプロタイプ解析

ヒトは両親より染色体を 1 本ずつ受け継いで

いるが減数分裂の際に相同組換えを起こす組

換えを起こしにくい領域ではその間の塩基配列

はあまり変化せず従って遺伝子多型の組み合わ

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

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せも一定となる場合が多い(連鎖不平衡にあると

言う図 1)この同一染色体上に存在する多型

の組み合わせがハプロタイプである遺伝子多型

の機能影響が複数の多型により引き起こされる

場合や機能変化を引き起こす原因多型が未同定

であるものの解析したハプロタイプ上に存在す

る場合等にはフェノタイプとの相関解析に特に

有効な方法である世界的にも国際ハップマップ

プロジェクトが進行中であるが我々は薬物応答

関連遺伝子に特化しそれぞれ 100-500 人の日

本人を対象として高密度ハプロタイプを明らか

にした 実際にハプロタイプによる解析が功を奏した

例として以下のものが挙げられる a) 複数の機能変化をもたらす遺伝子多型が同一

遺伝子中に存在する場合機能影響がより明確に

なったケース

図2 UGT1A1 の遺伝子多型とハプロタイプ

グルクロン酸転移酵素 UGT1A1 は小胞体に

局在する第二相酵素である我々は日本人につき

UGT1A1 遺伝子中にin vitro 解析で大きな機能

低下を引き起こす6 (211GgtA Gly71Arg)及び

28 (TA6gtTA7)(図 2赤字)及び中程度の低下

を引き起こす27 (686CgtA Pro229Gln)及び60 (-3279TgtG) (青字)といういずれも酵素活性

の低下または蛋白質発現レベルの低下を引き起

こす多型を検出したこれらのハプロタイプ解析

の結果機能低下が大きい6 と28 は排他的に

存在することほとんどのケースで28 は60 と

同一ハプロタイプ上に存在すること27 は28

と同一ハプロタイプ上に存在することを見いだ

した(図 2)3)また 3rsquo-非翻訳領域に 3 多型

(1813CgtT 1941CgtG 2042CgtG)が連鎖してい

るIB ハプロタイプを同定した(緑字)図 3 に

示すように理論上別々の染色体上に機能低下

を起こす多型が存在する場合の方が同一染色体

上に存在する場合よりも大きな機能低下を引き

起こすUGT1A1 が活性代謝物 SN-38 の解毒代

謝に関わる抗がん剤イリノテカンや同じく

UGT1A1 が代謝に関わるビリルビンを対象とし

たその後の解析で日本人の UGT1A1 の遺伝子

多型では6 または28 を二本の染色体で共に

有する場合(ホモ接合)及び6 と28 の両者を

それぞれ別の染色体上で有する場合に体内動態

及び副作用への影響が大きいことから主として

6 と28 を指標とすれば良いことが明らかとな

った 4 5)さらに60 及びIB 単独では影響が弱

いものの60 - IB 組み合わせハプロタイプで

は28 に匹敵する影響を血中総ビリルビン濃度

に与え値を上昇させることを見いだした 5)

図3 多型影響のハプロタイプによる違い

b) 同一基質を代謝する酵素群の遺伝子が染色体

上で近傍に位置する場合各遺伝子のハプロタイ

プの組み合わせで総合的機能変化を推定しうる

ことを示したケース 薬物代謝酵素ではファミリーを形成する遺伝

子群が染色体上に並んで存在する場合があるこ

れらファミリー遺伝子の産物は基質特異性が異

なるものの同一基質を代謝するケースも多い

従って多型影響はファミリー遺伝子全体として

考える必要がある現在処方されている医薬品の

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

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約半数の代謝に関わる重要なシトクロムP450分

子種 CYP3A である CYP3A4 と CYP3A5 の場合

では酵素活性の低下を引き起こす CYP3A416 (554CgtG Thr185Ser)とスプライシング異常に

より発現レベルの大幅な低下を引き起こす

CYP3A53(IVS3-237AgtG)が重要な多型であ

る我々は CYP3A4 及び CYP3A5 のハプロタイ

プを別々に明らかとした後その組み合わせも解

析した 6)その結果CYP3A416 を有する場合

CYP3A5 は野生型である1 をCYP3A53 を有

する場合CYP3A4 は1 をそれぞれ有すること

が明らかとなり重要な酵素としてある一定の

酵素活性が保たれるような組み合わせになって

いることが示唆された これ以外の例ではUGT1A7 と UGT1A1 の例

がありこの場合は酵素活性が低下する

UGT1A73 の約 67が UGT1A16(酵素活性低

下)と26が UGT1A128(発現レベル低下)

と連鎖しておりハプロタイプを形成していた 7)

UGT1A1 は肝臓等にUGT1A7 は消化管等に発

現しておりUGT1A73 を有する場合には

SN-38 などの解毒代謝が体内の多くの組織で低

下していると考えられる c) アミノ酸置換を起こさず単独多型部位の解析

では注目されてこなかった多型のみを有するハ

プロタイプが薬物動態パラメーターの変化を引

き起こすことを明らかにしたケース これにはまず抗てんかん薬カルバマゼピンに

おけるエポキシド加水分解酵素 EPHX1 のハプ

ロタイプが挙げられるカルバマゼピンは主と

して CYP3A4 により薬理活性を有するエポキシ

ド体に変換された後さらに EPHX1 によりジオ

ール体へと解毒代謝されるEPHX1 遺伝子中に

検出した多型の連鎖不平衡解析結果により3 つ

のブロックに分けてハプロタイプ解析を行った

がこのうちブロック 3 の1c ハプロタイプが

酵素活性の指標であるジオール体とエポキシド

体の血中濃度比の有意な上昇をもたらすことを

明らかにした(図 4)8)このハプロタイプは

1248GgtA(Lys416Lys)と IVS3-114GgtC という

それぞれアミノ酸置換を引き起こさないサイレ

ントの多型及びイントロン領域の多型のみを有

していたIVS3-114GgtC は他のハプロタイプに

も存在することから1248GgtA(Lys416Lys)またはこれと強く連鎖している未知の多型の効

果により酵素活性が上昇したと考えられる

図4 EPHX1 Block 31c ハプロタイプの カルバマゼピン解毒代謝への影響

この他の例としては抗がん剤パクリタキセル

の薬物動態変化における CYP2C8 のハプロタイ

プがあるパクリタキセルには CYP3A4 により

C3rsquo-p-水酸化体に代謝されさらに CYP2C8 に

よりジオール体に変換される経路が知られてい

るがCYP2C8 のイントロン多型 7 種で形成さ

れるIG ハプロタイプを有するヒトではC3rsquo-p-水酸化体の血中濃度-時間曲線下面積値が有し

ないヒトに比べて有意に高かった 9)従ってIGハプロタイプではCYP2C8 の酵素活性が低下

していると示唆された 以上のようにハプロタイプ解析は単独多型の

解析に比してより明確により包括的に機能影

響を明らかにすることが可能であることを示し

薬物応答性分子の解析におけるその有用性が示

された

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

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3機能解析 新規に遺伝子多型を同定しても機能変化を引

き起こさなければいわゆるldquoジャンクrdquoの多型

であるまたハプロタイプを同定してもその中

のどの多型が機能変化に関連しているか不明で

あるそこでアミノ酸置換を伴う遺伝子多型を中

心に in vitro 機能解析を行い機能変化を引き起

こす多型を約 30 種同定したその一部を表 2に示す例えば上述の CYP3A416 多型はテ

ストステロンの水酸化活性を約 50低下させる

ことが in vitro で示されたため 10)in vivo の解

析でも注目しパクリタキセル等の薬物動態パラ

メーターの変化を引き起こすことを見いだした

11)また同じシトクロム P450 の一種 CYP1A2において8(1367GgtA Arg456His)15( 125CgtG Pro42Arg ) 16 ( 1130GgtA Arg377Gln)はそのアリル頻度は 0002-0004と低いもののいずれもヘム蛋白質レベルが低下

することにより95以上という大幅な活性低下

を引き起こすことを明らかにした 12)

表2 機能変化を示した薬物応答性遺伝子の多型

(シトクロム P450 の例)

4おわりに

以上のように日本人を対象に薬物動態変

化や有効性副作用発現に関わる重要な遺伝子多

型ハプロタイプを明らかとしたことは医薬品

の種類や投薬量等に関する治療方針を個別に決

定する患者個別化薬物治療の本邦における発展

に大きく寄与するものと考えるこれらの成果は

人種的に類似している東アジア諸国においても

有用であり現に我々が発見した遺伝子多型に関

する報告が韓国や中国から相次いでいるまた薬

物応答性遺伝子の多型影響を考慮してリード化

合物の最適化を行うことは臨床試験段階でのド

ロップアウトを防止する有力な手段になりえる

と考えられ本研究の成果は創薬の面からも有用

と思われる今後も未解析である硫酸転移酵素や

一部のトランスポーター群の解析を行うと共に

創薬及び臨床現場で有用と考えられる遺伝子多

型ハプロタイプのデータベース化を行い日本

におけるファーマコゲノミクス情報の有効活用

を促していきたい 謝 辞 本研究は国立医薬品食品衛生研究所機能生

化学部 澤田純一部長同薬理部 小澤正吾室長

(現岩手医科大学教授)をはじめとする国立医

薬品食品衛生研究所の先生方および国立がんセ

ンター国立国際医療センター岡山大学東京

女子医科大学をはじめとする共同研究機関の先

生方のご指導及び共同研究のもとに行われたも

のであり心より感謝申し上げますまた本研究

は医薬品医療機器総合機構医薬基盤研究所

厚生労働省文部科学省等より研究費の助成を受

けて行われたものでありここに深謝致します

参考文献 1) Saito Y et al Curr Pharmacogenomics 5 49-78 (2007)

2)斎藤嘉朗ら 細胞工学 26 1020-1025 (2007)

3) Sai K et al Clin Pharmacol Ther 75 501-515 (2004)

4) Minami H et al Pharmacogenet Genomics 17 497-504 (2007)

5) Saeki M et al Clin Chem 53 356-358 (2007)

6) Fukushima-Uesaka H et al Hum Mutat 23 100 (2004)

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

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7) Saeki M et al Pharmacogenomics J 6 63-75 (2006)

8) Nakajima Y et al Eur J Clin Pharmacol 61 25-34 (2005)

9) Saito Y et al Pharmacogenet Genomics 17 461-471 (2007)

10) Murayama N et al Drug Metab Pharmacokinet 17 150-156 (2002)

11) Nakajima Y et al Clin Pharmacol Ther 80 179-191 (2006)

12) Saito Y et al Drug Metab Dispos 33 1905-1910 (2005)

略 歴 斎藤 嘉朗(Yoshiro SAITO)1989 年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了同年国立衛生

試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)機能生化学部 研究員1996 年博士(薬学)取得(東京大学)1998 年カナ

ダトロント大学医学部 博士研究員2000 年国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部 主任研究官2001 年同第二室

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部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

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常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

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  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 18

部会賞受賞者(2)

日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析と

その患者個別化薬物治療への応用 斎藤 嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所機能生化学)

1はじめに

薬物に対する生体の反応性(薬物応答性)に

関しては個体差や人種差があり十分な有効性が

得られない場合や副作用を発現する場合も存在

し患者 QOL の低下をもたらす原因となってい

る薬物応答性に影響を与える因子として遺伝

的要因と環境的要因が考えられるがヒトゲノム

研究の進展に伴い薬物代謝酵素動態関連及び

受容体分子をコードする遺伝子の多型(主として

約 1000 塩基に 1 ヶ所存在する塩基置換や挿入

欠失)に基づくこれら分子の機能変化が 薬物応

答性の個体差発現に関与していることが明らか

となってきた1980 年代後半より特に薬物代

謝酵素に関し機能変化を伴う遺伝子多型が同定

されてきており中には機能がほぼ完全に消失す

る多型も知られているしかし単独多型部位に

着目したフェノタイプ - ジェノタイプ相関解析

では相反する結果が得られる場合も多く機能

影響が確立されたものは比較的少なかった我々

は平成 12 年度より一貫して日本人を対象と

した薬物応答関連遺伝子の多型解析を行うと共

に染色体上における遺伝子多型同士の組み合わ

せであるハプロタイプに着目しこれまでに多く

の薬物代謝酵素トランスポーター受容体等

につき日本人におけるハプロタイプ構造を明ら

かにしたまた発見した新規多型の機能影響を

in vitro 解析により解明した

2ハプロタイプ解析 我々はこれまでに約 50 種の遺伝子に関し主

としてエクソン領域及びエンハンサープロモー

ター領域を対象に直接シーケンシングによる多

型探索を行い約 2000 種の多型(うちアミノ

酸置換を引き起こすものは新規の約 150 種を含

む約 250 種)を見いだしたさらにこれらの

多型情報を基にハプロタイプ解析を行った 1 2)

表 1 に対象とした薬物応答関連遺伝子の一部を

示した

図1 連鎖不平衡とハプロタイプ解析

ヒトは両親より染色体を 1 本ずつ受け継いで

いるが減数分裂の際に相同組換えを起こす組

換えを起こしにくい領域ではその間の塩基配列

はあまり変化せず従って遺伝子多型の組み合わ

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

連鎖不平衡にある

父から

母から

A T G

G C C

A

G

父から

母から

A

GG

C C

組換えと連鎖不平衡

A

G

父から

母から

A

GG

C C

A

G

A

G T GC C

A

G

T

T

何代にもわたる

T

C

C

GA

G

ハプロタイプ解析

検出した多型がどちらの染色体上にあるかシークエンス結果のみでは不明

連鎖不平衡領域でどの多型同士が同一染色体上にあるか推定

G

C C

A

G

T

ハプロタイプ1

ハプロタイプ2

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 19

せも一定となる場合が多い(連鎖不平衡にあると

言う図 1)この同一染色体上に存在する多型

の組み合わせがハプロタイプである遺伝子多型

の機能影響が複数の多型により引き起こされる

場合や機能変化を引き起こす原因多型が未同定

であるものの解析したハプロタイプ上に存在す

る場合等にはフェノタイプとの相関解析に特に

有効な方法である世界的にも国際ハップマップ

プロジェクトが進行中であるが我々は薬物応答

関連遺伝子に特化しそれぞれ 100-500 人の日

本人を対象として高密度ハプロタイプを明らか

にした 実際にハプロタイプによる解析が功を奏した

例として以下のものが挙げられる a) 複数の機能変化をもたらす遺伝子多型が同一

遺伝子中に存在する場合機能影響がより明確に

なったケース

図2 UGT1A1 の遺伝子多型とハプロタイプ

グルクロン酸転移酵素 UGT1A1 は小胞体に

局在する第二相酵素である我々は日本人につき

UGT1A1 遺伝子中にin vitro 解析で大きな機能

低下を引き起こす6 (211GgtA Gly71Arg)及び

28 (TA6gtTA7)(図 2赤字)及び中程度の低下

を引き起こす27 (686CgtA Pro229Gln)及び60 (-3279TgtG) (青字)といういずれも酵素活性

の低下または蛋白質発現レベルの低下を引き起

こす多型を検出したこれらのハプロタイプ解析

の結果機能低下が大きい6 と28 は排他的に

存在することほとんどのケースで28 は60 と

同一ハプロタイプ上に存在すること27 は28

と同一ハプロタイプ上に存在することを見いだ

した(図 2)3)また 3rsquo-非翻訳領域に 3 多型

(1813CgtT 1941CgtG 2042CgtG)が連鎖してい

るIB ハプロタイプを同定した(緑字)図 3 に

示すように理論上別々の染色体上に機能低下

を起こす多型が存在する場合の方が同一染色体

上に存在する場合よりも大きな機能低下を引き

起こすUGT1A1 が活性代謝物 SN-38 の解毒代

謝に関わる抗がん剤イリノテカンや同じく

UGT1A1 が代謝に関わるビリルビンを対象とし

たその後の解析で日本人の UGT1A1 の遺伝子

多型では6 または28 を二本の染色体で共に

有する場合(ホモ接合)及び6 と28 の両者を

それぞれ別の染色体上で有する場合に体内動態

及び副作用への影響が大きいことから主として

6 と28 を指標とすれば良いことが明らかとな

った 4 5)さらに60 及びIB 単独では影響が弱

いものの60 - IB 組み合わせハプロタイプで

は28 に匹敵する影響を血中総ビリルビン濃度

に与え値を上昇させることを見いだした 5)

図3 多型影響のハプロタイプによる違い

b) 同一基質を代謝する酵素群の遺伝子が染色体

上で近傍に位置する場合各遺伝子のハプロタイ

プの組み合わせで総合的機能変化を推定しうる

ことを示したケース 薬物代謝酵素ではファミリーを形成する遺伝

子群が染色体上に並んで存在する場合があるこ

れらファミリー遺伝子の産物は基質特異性が異

なるものの同一基質を代謝するケースも多い

従って多型影響はファミリー遺伝子全体として

考える必要がある現在処方されている医薬品の

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 20

約半数の代謝に関わる重要なシトクロムP450分

子種 CYP3A である CYP3A4 と CYP3A5 の場合

では酵素活性の低下を引き起こす CYP3A416 (554CgtG Thr185Ser)とスプライシング異常に

より発現レベルの大幅な低下を引き起こす

CYP3A53(IVS3-237AgtG)が重要な多型であ

る我々は CYP3A4 及び CYP3A5 のハプロタイ

プを別々に明らかとした後その組み合わせも解

析した 6)その結果CYP3A416 を有する場合

CYP3A5 は野生型である1 をCYP3A53 を有

する場合CYP3A4 は1 をそれぞれ有すること

が明らかとなり重要な酵素としてある一定の

酵素活性が保たれるような組み合わせになって

いることが示唆された これ以外の例ではUGT1A7 と UGT1A1 の例

がありこの場合は酵素活性が低下する

UGT1A73 の約 67が UGT1A16(酵素活性低

下)と26が UGT1A128(発現レベル低下)

と連鎖しておりハプロタイプを形成していた 7)

UGT1A1 は肝臓等にUGT1A7 は消化管等に発

現しておりUGT1A73 を有する場合には

SN-38 などの解毒代謝が体内の多くの組織で低

下していると考えられる c) アミノ酸置換を起こさず単独多型部位の解析

では注目されてこなかった多型のみを有するハ

プロタイプが薬物動態パラメーターの変化を引

き起こすことを明らかにしたケース これにはまず抗てんかん薬カルバマゼピンに

おけるエポキシド加水分解酵素 EPHX1 のハプ

ロタイプが挙げられるカルバマゼピンは主と

して CYP3A4 により薬理活性を有するエポキシ

ド体に変換された後さらに EPHX1 によりジオ

ール体へと解毒代謝されるEPHX1 遺伝子中に

検出した多型の連鎖不平衡解析結果により3 つ

のブロックに分けてハプロタイプ解析を行った

がこのうちブロック 3 の1c ハプロタイプが

酵素活性の指標であるジオール体とエポキシド

体の血中濃度比の有意な上昇をもたらすことを

明らかにした(図 4)8)このハプロタイプは

1248GgtA(Lys416Lys)と IVS3-114GgtC という

それぞれアミノ酸置換を引き起こさないサイレ

ントの多型及びイントロン領域の多型のみを有

していたIVS3-114GgtC は他のハプロタイプに

も存在することから1248GgtA(Lys416Lys)またはこれと強く連鎖している未知の多型の効

果により酵素活性が上昇したと考えられる

図4 EPHX1 Block 31c ハプロタイプの カルバマゼピン解毒代謝への影響

この他の例としては抗がん剤パクリタキセル

の薬物動態変化における CYP2C8 のハプロタイ

プがあるパクリタキセルには CYP3A4 により

C3rsquo-p-水酸化体に代謝されさらに CYP2C8 に

よりジオール体に変換される経路が知られてい

るがCYP2C8 のイントロン多型 7 種で形成さ

れるIG ハプロタイプを有するヒトではC3rsquo-p-水酸化体の血中濃度-時間曲線下面積値が有し

ないヒトに比べて有意に高かった 9)従ってIGハプロタイプではCYP2C8 の酵素活性が低下

していると示唆された 以上のようにハプロタイプ解析は単独多型の

解析に比してより明確により包括的に機能影

響を明らかにすることが可能であることを示し

薬物応答性分子の解析におけるその有用性が示

された

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

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-1c)

2

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11 21

P=003 P=00004

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 21

3機能解析 新規に遺伝子多型を同定しても機能変化を引

き起こさなければいわゆるldquoジャンクrdquoの多型

であるまたハプロタイプを同定してもその中

のどの多型が機能変化に関連しているか不明で

あるそこでアミノ酸置換を伴う遺伝子多型を中

心に in vitro 機能解析を行い機能変化を引き起

こす多型を約 30 種同定したその一部を表 2に示す例えば上述の CYP3A416 多型はテ

ストステロンの水酸化活性を約 50低下させる

ことが in vitro で示されたため 10)in vivo の解

析でも注目しパクリタキセル等の薬物動態パラ

メーターの変化を引き起こすことを見いだした

11)また同じシトクロム P450 の一種 CYP1A2において8(1367GgtA Arg456His)15( 125CgtG Pro42Arg ) 16 ( 1130GgtA Arg377Gln)はそのアリル頻度は 0002-0004と低いもののいずれもヘム蛋白質レベルが低下

することにより95以上という大幅な活性低下

を引き起こすことを明らかにした 12)

表2 機能変化を示した薬物応答性遺伝子の多型

(シトクロム P450 の例)

4おわりに

以上のように日本人を対象に薬物動態変

化や有効性副作用発現に関わる重要な遺伝子多

型ハプロタイプを明らかとしたことは医薬品

の種類や投薬量等に関する治療方針を個別に決

定する患者個別化薬物治療の本邦における発展

に大きく寄与するものと考えるこれらの成果は

人種的に類似している東アジア諸国においても

有用であり現に我々が発見した遺伝子多型に関

する報告が韓国や中国から相次いでいるまた薬

物応答性遺伝子の多型影響を考慮してリード化

合物の最適化を行うことは臨床試験段階でのド

ロップアウトを防止する有力な手段になりえる

と考えられ本研究の成果は創薬の面からも有用

と思われる今後も未解析である硫酸転移酵素や

一部のトランスポーター群の解析を行うと共に

創薬及び臨床現場で有用と考えられる遺伝子多

型ハプロタイプのデータベース化を行い日本

におけるファーマコゲノミクス情報の有効活用

を促していきたい 謝 辞 本研究は国立医薬品食品衛生研究所機能生

化学部 澤田純一部長同薬理部 小澤正吾室長

(現岩手医科大学教授)をはじめとする国立医

薬品食品衛生研究所の先生方および国立がんセ

ンター国立国際医療センター岡山大学東京

女子医科大学をはじめとする共同研究機関の先

生方のご指導及び共同研究のもとに行われたも

のであり心より感謝申し上げますまた本研究

は医薬品医療機器総合機構医薬基盤研究所

厚生労働省文部科学省等より研究費の助成を受

けて行われたものでありここに深謝致します

参考文献 1) Saito Y et al Curr Pharmacogenomics 5 49-78 (2007)

2)斎藤嘉朗ら 細胞工学 26 1020-1025 (2007)

3) Sai K et al Clin Pharmacol Ther 75 501-515 (2004)

4) Minami H et al Pharmacogenet Genomics 17 497-504 (2007)

5) Saeki M et al Clin Chem 53 356-358 (2007)

6) Fukushima-Uesaka H et al Hum Mutat 23 100 (2004)

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 22

7) Saeki M et al Pharmacogenomics J 6 63-75 (2006)

8) Nakajima Y et al Eur J Clin Pharmacol 61 25-34 (2005)

9) Saito Y et al Pharmacogenet Genomics 17 461-471 (2007)

10) Murayama N et al Drug Metab Pharmacokinet 17 150-156 (2002)

11) Nakajima Y et al Clin Pharmacol Ther 80 179-191 (2006)

12) Saito Y et al Drug Metab Dispos 33 1905-1910 (2005)

略 歴 斎藤 嘉朗(Yoshiro SAITO)1989 年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了同年国立衛生

試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)機能生化学部 研究員1996 年博士(薬学)取得(東京大学)1998 年カナ

ダトロント大学医学部 博士研究員2000 年国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部 主任研究官2001 年同第二室

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 23

部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 24

常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
        •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 19

せも一定となる場合が多い(連鎖不平衡にあると

言う図 1)この同一染色体上に存在する多型

の組み合わせがハプロタイプである遺伝子多型

の機能影響が複数の多型により引き起こされる

場合や機能変化を引き起こす原因多型が未同定

であるものの解析したハプロタイプ上に存在す

る場合等にはフェノタイプとの相関解析に特に

有効な方法である世界的にも国際ハップマップ

プロジェクトが進行中であるが我々は薬物応答

関連遺伝子に特化しそれぞれ 100-500 人の日

本人を対象として高密度ハプロタイプを明らか

にした 実際にハプロタイプによる解析が功を奏した

例として以下のものが挙げられる a) 複数の機能変化をもたらす遺伝子多型が同一

遺伝子中に存在する場合機能影響がより明確に

なったケース

図2 UGT1A1 の遺伝子多型とハプロタイプ

グルクロン酸転移酵素 UGT1A1 は小胞体に

局在する第二相酵素である我々は日本人につき

UGT1A1 遺伝子中にin vitro 解析で大きな機能

低下を引き起こす6 (211GgtA Gly71Arg)及び

28 (TA6gtTA7)(図 2赤字)及び中程度の低下

を引き起こす27 (686CgtA Pro229Gln)及び60 (-3279TgtG) (青字)といういずれも酵素活性

の低下または蛋白質発現レベルの低下を引き起

こす多型を検出したこれらのハプロタイプ解析

の結果機能低下が大きい6 と28 は排他的に

存在することほとんどのケースで28 は60 と

同一ハプロタイプ上に存在すること27 は28

と同一ハプロタイプ上に存在することを見いだ

した(図 2)3)また 3rsquo-非翻訳領域に 3 多型

(1813CgtT 1941CgtG 2042CgtG)が連鎖してい

るIB ハプロタイプを同定した(緑字)図 3 に

示すように理論上別々の染色体上に機能低下

を起こす多型が存在する場合の方が同一染色体

上に存在する場合よりも大きな機能低下を引き

起こすUGT1A1 が活性代謝物 SN-38 の解毒代

謝に関わる抗がん剤イリノテカンや同じく

UGT1A1 が代謝に関わるビリルビンを対象とし

たその後の解析で日本人の UGT1A1 の遺伝子

多型では6 または28 を二本の染色体で共に

有する場合(ホモ接合)及び6 と28 の両者を

それぞれ別の染色体上で有する場合に体内動態

及び副作用への影響が大きいことから主として

6 と28 を指標とすれば良いことが明らかとな

った 4 5)さらに60 及びIB 単独では影響が弱

いものの60 - IB 組み合わせハプロタイプで

は28 に匹敵する影響を血中総ビリルビン濃度

に与え値を上昇させることを見いだした 5)

図3 多型影響のハプロタイプによる違い

b) 同一基質を代謝する酵素群の遺伝子が染色体

上で近傍に位置する場合各遺伝子のハプロタイ

プの組み合わせで総合的機能変化を推定しうる

ことを示したケース 薬物代謝酵素ではファミリーを形成する遺伝

子群が染色体上に並んで存在する場合があるこ

れらファミリー遺伝子の産物は基質特異性が異

なるものの同一基質を代謝するケースも多い

従って多型影響はファミリー遺伝子全体として

考える必要がある現在処方されている医薬品の

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

ブロック1のハプロタイプ

1 2 3 4 5

60(-3279

TgtG)

28(TA6gt

TA7)

27 (686CgtA P229Q)

6(211GgtA

G71R)

エクソン

IB(1813CgtT1941CgtG2042CgtG)

連鎖不平衡ブロック 1 連鎖不平衡ブロック 2

60 28 6 27 日本人 白人 黒人

 I (1) 0 610 0451 0 150

 II (6a) 0 141 ND ND

 II I (28b) 0 097 0389 0 446

 IV (28c) 0 003 ND ND

 V (60a) 0 145 0135 0 296ハプ

ロタ

イプ

遺伝子多型部位 頻度

灰色の塗り潰しは多型の存在を示す ND 未検出白人及び黒人ではこの他に36 (TA6gtTA5) 37 (TA6gtTA8)が検出される

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

多型1(AgtC)活性80低下

多型2(GgtT)活性90低下

A G

残存活性

10 times10 = 10

A G 10 times10 = 10(10+10)2=10

100

C G 02 times10 = 02

A T 10 times01 = 01(02+01)2=015

15

C T 02 times01 = 002

A G 10 times10 = 10(002+10)2=051

51

活性影響

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 20

約半数の代謝に関わる重要なシトクロムP450分

子種 CYP3A である CYP3A4 と CYP3A5 の場合

では酵素活性の低下を引き起こす CYP3A416 (554CgtG Thr185Ser)とスプライシング異常に

より発現レベルの大幅な低下を引き起こす

CYP3A53(IVS3-237AgtG)が重要な多型であ

る我々は CYP3A4 及び CYP3A5 のハプロタイ

プを別々に明らかとした後その組み合わせも解

析した 6)その結果CYP3A416 を有する場合

CYP3A5 は野生型である1 をCYP3A53 を有

する場合CYP3A4 は1 をそれぞれ有すること

が明らかとなり重要な酵素としてある一定の

酵素活性が保たれるような組み合わせになって

いることが示唆された これ以外の例ではUGT1A7 と UGT1A1 の例

がありこの場合は酵素活性が低下する

UGT1A73 の約 67が UGT1A16(酵素活性低

下)と26が UGT1A128(発現レベル低下)

と連鎖しておりハプロタイプを形成していた 7)

UGT1A1 は肝臓等にUGT1A7 は消化管等に発

現しておりUGT1A73 を有する場合には

SN-38 などの解毒代謝が体内の多くの組織で低

下していると考えられる c) アミノ酸置換を起こさず単独多型部位の解析

では注目されてこなかった多型のみを有するハ

プロタイプが薬物動態パラメーターの変化を引

き起こすことを明らかにしたケース これにはまず抗てんかん薬カルバマゼピンに

おけるエポキシド加水分解酵素 EPHX1 のハプ

ロタイプが挙げられるカルバマゼピンは主と

して CYP3A4 により薬理活性を有するエポキシ

ド体に変換された後さらに EPHX1 によりジオ

ール体へと解毒代謝されるEPHX1 遺伝子中に

検出した多型の連鎖不平衡解析結果により3 つ

のブロックに分けてハプロタイプ解析を行った

がこのうちブロック 3 の1c ハプロタイプが

酵素活性の指標であるジオール体とエポキシド

体の血中濃度比の有意な上昇をもたらすことを

明らかにした(図 4)8)このハプロタイプは

1248GgtA(Lys416Lys)と IVS3-114GgtC という

それぞれアミノ酸置換を引き起こさないサイレ

ントの多型及びイントロン領域の多型のみを有

していたIVS3-114GgtC は他のハプロタイプに

も存在することから1248GgtA(Lys416Lys)またはこれと強く連鎖している未知の多型の効

果により酵素活性が上昇したと考えられる

図4 EPHX1 Block 31c ハプロタイプの カルバマゼピン解毒代謝への影響

この他の例としては抗がん剤パクリタキセル

の薬物動態変化における CYP2C8 のハプロタイ

プがあるパクリタキセルには CYP3A4 により

C3rsquo-p-水酸化体に代謝されさらに CYP2C8 に

よりジオール体に変換される経路が知られてい

るがCYP2C8 のイントロン多型 7 種で形成さ

れるIG ハプロタイプを有するヒトではC3rsquo-p-水酸化体の血中濃度-時間曲線下面積値が有し

ないヒトに比べて有意に高かった 9)従ってIGハプロタイプではCYP2C8 の酵素活性が低下

していると示唆された 以上のようにハプロタイプ解析は単独多型の

解析に比してより明確により包括的に機能影

響を明らかにすることが可能であることを示し

薬物応答性分子の解析におけるその有用性が示

された

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

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11 21

P=003 P=00004

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 21

3機能解析 新規に遺伝子多型を同定しても機能変化を引

き起こさなければいわゆるldquoジャンクrdquoの多型

であるまたハプロタイプを同定してもその中

のどの多型が機能変化に関連しているか不明で

あるそこでアミノ酸置換を伴う遺伝子多型を中

心に in vitro 機能解析を行い機能変化を引き起

こす多型を約 30 種同定したその一部を表 2に示す例えば上述の CYP3A416 多型はテ

ストステロンの水酸化活性を約 50低下させる

ことが in vitro で示されたため 10)in vivo の解

析でも注目しパクリタキセル等の薬物動態パラ

メーターの変化を引き起こすことを見いだした

11)また同じシトクロム P450 の一種 CYP1A2において8(1367GgtA Arg456His)15( 125CgtG Pro42Arg ) 16 ( 1130GgtA Arg377Gln)はそのアリル頻度は 0002-0004と低いもののいずれもヘム蛋白質レベルが低下

することにより95以上という大幅な活性低下

を引き起こすことを明らかにした 12)

表2 機能変化を示した薬物応答性遺伝子の多型

(シトクロム P450 の例)

4おわりに

以上のように日本人を対象に薬物動態変

化や有効性副作用発現に関わる重要な遺伝子多

型ハプロタイプを明らかとしたことは医薬品

の種類や投薬量等に関する治療方針を個別に決

定する患者個別化薬物治療の本邦における発展

に大きく寄与するものと考えるこれらの成果は

人種的に類似している東アジア諸国においても

有用であり現に我々が発見した遺伝子多型に関

する報告が韓国や中国から相次いでいるまた薬

物応答性遺伝子の多型影響を考慮してリード化

合物の最適化を行うことは臨床試験段階でのド

ロップアウトを防止する有力な手段になりえる

と考えられ本研究の成果は創薬の面からも有用

と思われる今後も未解析である硫酸転移酵素や

一部のトランスポーター群の解析を行うと共に

創薬及び臨床現場で有用と考えられる遺伝子多

型ハプロタイプのデータベース化を行い日本

におけるファーマコゲノミクス情報の有効活用

を促していきたい 謝 辞 本研究は国立医薬品食品衛生研究所機能生

化学部 澤田純一部長同薬理部 小澤正吾室長

(現岩手医科大学教授)をはじめとする国立医

薬品食品衛生研究所の先生方および国立がんセ

ンター国立国際医療センター岡山大学東京

女子医科大学をはじめとする共同研究機関の先

生方のご指導及び共同研究のもとに行われたも

のであり心より感謝申し上げますまた本研究

は医薬品医療機器総合機構医薬基盤研究所

厚生労働省文部科学省等より研究費の助成を受

けて行われたものでありここに深謝致します

参考文献 1) Saito Y et al Curr Pharmacogenomics 5 49-78 (2007)

2)斎藤嘉朗ら 細胞工学 26 1020-1025 (2007)

3) Sai K et al Clin Pharmacol Ther 75 501-515 (2004)

4) Minami H et al Pharmacogenet Genomics 17 497-504 (2007)

5) Saeki M et al Clin Chem 53 356-358 (2007)

6) Fukushima-Uesaka H et al Hum Mutat 23 100 (2004)

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 22

7) Saeki M et al Pharmacogenomics J 6 63-75 (2006)

8) Nakajima Y et al Eur J Clin Pharmacol 61 25-34 (2005)

9) Saito Y et al Pharmacogenet Genomics 17 461-471 (2007)

10) Murayama N et al Drug Metab Pharmacokinet 17 150-156 (2002)

11) Nakajima Y et al Clin Pharmacol Ther 80 179-191 (2006)

12) Saito Y et al Drug Metab Dispos 33 1905-1910 (2005)

略 歴 斎藤 嘉朗(Yoshiro SAITO)1989 年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了同年国立衛生

試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)機能生化学部 研究員1996 年博士(薬学)取得(東京大学)1998 年カナ

ダトロント大学医学部 博士研究員2000 年国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部 主任研究官2001 年同第二室

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 23

部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 24

常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
        •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 20

約半数の代謝に関わる重要なシトクロムP450分

子種 CYP3A である CYP3A4 と CYP3A5 の場合

では酵素活性の低下を引き起こす CYP3A416 (554CgtG Thr185Ser)とスプライシング異常に

より発現レベルの大幅な低下を引き起こす

CYP3A53(IVS3-237AgtG)が重要な多型であ

る我々は CYP3A4 及び CYP3A5 のハプロタイ

プを別々に明らかとした後その組み合わせも解

析した 6)その結果CYP3A416 を有する場合

CYP3A5 は野生型である1 をCYP3A53 を有

する場合CYP3A4 は1 をそれぞれ有すること

が明らかとなり重要な酵素としてある一定の

酵素活性が保たれるような組み合わせになって

いることが示唆された これ以外の例ではUGT1A7 と UGT1A1 の例

がありこの場合は酵素活性が低下する

UGT1A73 の約 67が UGT1A16(酵素活性低

下)と26が UGT1A128(発現レベル低下)

と連鎖しておりハプロタイプを形成していた 7)

UGT1A1 は肝臓等にUGT1A7 は消化管等に発

現しておりUGT1A73 を有する場合には

SN-38 などの解毒代謝が体内の多くの組織で低

下していると考えられる c) アミノ酸置換を起こさず単独多型部位の解析

では注目されてこなかった多型のみを有するハ

プロタイプが薬物動態パラメーターの変化を引

き起こすことを明らかにしたケース これにはまず抗てんかん薬カルバマゼピンに

おけるエポキシド加水分解酵素 EPHX1 のハプ

ロタイプが挙げられるカルバマゼピンは主と

して CYP3A4 により薬理活性を有するエポキシ

ド体に変換された後さらに EPHX1 によりジオ

ール体へと解毒代謝されるEPHX1 遺伝子中に

検出した多型の連鎖不平衡解析結果により3 つ

のブロックに分けてハプロタイプ解析を行った

がこのうちブロック 3 の1c ハプロタイプが

酵素活性の指標であるジオール体とエポキシド

体の血中濃度比の有意な上昇をもたらすことを

明らかにした(図 4)8)このハプロタイプは

1248GgtA(Lys416Lys)と IVS3-114GgtC という

それぞれアミノ酸置換を引き起こさないサイレ

ントの多型及びイントロン領域の多型のみを有

していたIVS3-114GgtC は他のハプロタイプに

も存在することから1248GgtA(Lys416Lys)またはこれと強く連鎖している未知の多型の効

果により酵素活性が上昇したと考えられる

図4 EPHX1 Block 31c ハプロタイプの カルバマゼピン解毒代謝への影響

この他の例としては抗がん剤パクリタキセル

の薬物動態変化における CYP2C8 のハプロタイ

プがあるパクリタキセルには CYP3A4 により

C3rsquo-p-水酸化体に代謝されさらに CYP2C8 に

よりジオール体に変換される経路が知られてい

るがCYP2C8 のイントロン多型 7 種で形成さ

れるIG ハプロタイプを有するヒトではC3rsquo-p-水酸化体の血中濃度-時間曲線下面積値が有し

ないヒトに比べて有意に高かった 9)従ってIGハプロタイプではCYP2C8 の酵素活性が低下

していると示唆された 以上のようにハプロタイプ解析は単独多型の

解析に比してより明確により包括的に機能影

響を明らかにすることが可能であることを示し

薬物応答性分子の解析におけるその有用性が示

された

0

1

2

3

4

5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

ール

体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

-1c)

1(n

on-1

c)

1c

1(non

-1c)

2

1(non

-1c)

2

1c

11 21

P=003 P=00004

0

1

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5

EPHX1 Block 3 ディプロタイプ

ジオ

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体エ

ポキ

シド

体濃

度比

1(non

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c)

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2

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2

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11 21

P=003 P=00004

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 21

3機能解析 新規に遺伝子多型を同定しても機能変化を引

き起こさなければいわゆるldquoジャンクrdquoの多型

であるまたハプロタイプを同定してもその中

のどの多型が機能変化に関連しているか不明で

あるそこでアミノ酸置換を伴う遺伝子多型を中

心に in vitro 機能解析を行い機能変化を引き起

こす多型を約 30 種同定したその一部を表 2に示す例えば上述の CYP3A416 多型はテ

ストステロンの水酸化活性を約 50低下させる

ことが in vitro で示されたため 10)in vivo の解

析でも注目しパクリタキセル等の薬物動態パラ

メーターの変化を引き起こすことを見いだした

11)また同じシトクロム P450 の一種 CYP1A2において8(1367GgtA Arg456His)15( 125CgtG Pro42Arg ) 16 ( 1130GgtA Arg377Gln)はそのアリル頻度は 0002-0004と低いもののいずれもヘム蛋白質レベルが低下

することにより95以上という大幅な活性低下

を引き起こすことを明らかにした 12)

表2 機能変化を示した薬物応答性遺伝子の多型

(シトクロム P450 の例)

4おわりに

以上のように日本人を対象に薬物動態変

化や有効性副作用発現に関わる重要な遺伝子多

型ハプロタイプを明らかとしたことは医薬品

の種類や投薬量等に関する治療方針を個別に決

定する患者個別化薬物治療の本邦における発展

に大きく寄与するものと考えるこれらの成果は

人種的に類似している東アジア諸国においても

有用であり現に我々が発見した遺伝子多型に関

する報告が韓国や中国から相次いでいるまた薬

物応答性遺伝子の多型影響を考慮してリード化

合物の最適化を行うことは臨床試験段階でのド

ロップアウトを防止する有力な手段になりえる

と考えられ本研究の成果は創薬の面からも有用

と思われる今後も未解析である硫酸転移酵素や

一部のトランスポーター群の解析を行うと共に

創薬及び臨床現場で有用と考えられる遺伝子多

型ハプロタイプのデータベース化を行い日本

におけるファーマコゲノミクス情報の有効活用

を促していきたい 謝 辞 本研究は国立医薬品食品衛生研究所機能生

化学部 澤田純一部長同薬理部 小澤正吾室長

(現岩手医科大学教授)をはじめとする国立医

薬品食品衛生研究所の先生方および国立がんセ

ンター国立国際医療センター岡山大学東京

女子医科大学をはじめとする共同研究機関の先

生方のご指導及び共同研究のもとに行われたも

のであり心より感謝申し上げますまた本研究

は医薬品医療機器総合機構医薬基盤研究所

厚生労働省文部科学省等より研究費の助成を受

けて行われたものでありここに深謝致します

参考文献 1) Saito Y et al Curr Pharmacogenomics 5 49-78 (2007)

2)斎藤嘉朗ら 細胞工学 26 1020-1025 (2007)

3) Sai K et al Clin Pharmacol Ther 75 501-515 (2004)

4) Minami H et al Pharmacogenet Genomics 17 497-504 (2007)

5) Saeki M et al Clin Chem 53 356-358 (2007)

6) Fukushima-Uesaka H et al Hum Mutat 23 100 (2004)

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 22

7) Saeki M et al Pharmacogenomics J 6 63-75 (2006)

8) Nakajima Y et al Eur J Clin Pharmacol 61 25-34 (2005)

9) Saito Y et al Pharmacogenet Genomics 17 461-471 (2007)

10) Murayama N et al Drug Metab Pharmacokinet 17 150-156 (2002)

11) Nakajima Y et al Clin Pharmacol Ther 80 179-191 (2006)

12) Saito Y et al Drug Metab Dispos 33 1905-1910 (2005)

略 歴 斎藤 嘉朗(Yoshiro SAITO)1989 年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了同年国立衛生

試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)機能生化学部 研究員1996 年博士(薬学)取得(東京大学)1998 年カナ

ダトロント大学医学部 博士研究員2000 年国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部 主任研究官2001 年同第二室

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 23

部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 24

常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
        •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 21

3機能解析 新規に遺伝子多型を同定しても機能変化を引

き起こさなければいわゆるldquoジャンクrdquoの多型

であるまたハプロタイプを同定してもその中

のどの多型が機能変化に関連しているか不明で

あるそこでアミノ酸置換を伴う遺伝子多型を中

心に in vitro 機能解析を行い機能変化を引き起

こす多型を約 30 種同定したその一部を表 2に示す例えば上述の CYP3A416 多型はテ

ストステロンの水酸化活性を約 50低下させる

ことが in vitro で示されたため 10)in vivo の解

析でも注目しパクリタキセル等の薬物動態パラ

メーターの変化を引き起こすことを見いだした

11)また同じシトクロム P450 の一種 CYP1A2において8(1367GgtA Arg456His)15( 125CgtG Pro42Arg ) 16 ( 1130GgtA Arg377Gln)はそのアリル頻度は 0002-0004と低いもののいずれもヘム蛋白質レベルが低下

することにより95以上という大幅な活性低下

を引き起こすことを明らかにした 12)

表2 機能変化を示した薬物応答性遺伝子の多型

(シトクロム P450 の例)

4おわりに

以上のように日本人を対象に薬物動態変

化や有効性副作用発現に関わる重要な遺伝子多

型ハプロタイプを明らかとしたことは医薬品

の種類や投薬量等に関する治療方針を個別に決

定する患者個別化薬物治療の本邦における発展

に大きく寄与するものと考えるこれらの成果は

人種的に類似している東アジア諸国においても

有用であり現に我々が発見した遺伝子多型に関

する報告が韓国や中国から相次いでいるまた薬

物応答性遺伝子の多型影響を考慮してリード化

合物の最適化を行うことは臨床試験段階でのド

ロップアウトを防止する有力な手段になりえる

と考えられ本研究の成果は創薬の面からも有用

と思われる今後も未解析である硫酸転移酵素や

一部のトランスポーター群の解析を行うと共に

創薬及び臨床現場で有用と考えられる遺伝子多

型ハプロタイプのデータベース化を行い日本

におけるファーマコゲノミクス情報の有効活用

を促していきたい 謝 辞 本研究は国立医薬品食品衛生研究所機能生

化学部 澤田純一部長同薬理部 小澤正吾室長

(現岩手医科大学教授)をはじめとする国立医

薬品食品衛生研究所の先生方および国立がんセ

ンター国立国際医療センター岡山大学東京

女子医科大学をはじめとする共同研究機関の先

生方のご指導及び共同研究のもとに行われたも

のであり心より感謝申し上げますまた本研究

は医薬品医療機器総合機構医薬基盤研究所

厚生労働省文部科学省等より研究費の助成を受

けて行われたものでありここに深謝致します

参考文献 1) Saito Y et al Curr Pharmacogenomics 5 49-78 (2007)

2)斎藤嘉朗ら 細胞工学 26 1020-1025 (2007)

3) Sai K et al Clin Pharmacol Ther 75 501-515 (2004)

4) Minami H et al Pharmacogenet Genomics 17 497-504 (2007)

5) Saeki M et al Clin Chem 53 356-358 (2007)

6) Fukushima-Uesaka H et al Hum Mutat 23 100 (2004)

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

遺伝子名 機能変化等多型

CYP1A2

CYP2C8

CYP2C9

CYP2C19CYP3A4

125CgtG P42R (15)558CgtA F186L (11)1130GgtA R377Q (16)1367GgtA R456H (8)475delA T159PfsX18 (5)556CgtT R186X (7)556CgtG R186G (8)353_362del10bp K118RfsX9 (25)389CgtG T130R (26)641AgtT Q214L (28)1429GgtA A477T (30)151AgtG S51G (19)554CgtG T185S (16)1088CgtT T363M (11)

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

ヘム蛋白質(活性)レベルの低下

蛋白質発現の消失

蛋白質発現の消失

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質発現の消失

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

酵素活性レベルの低下

ヘム蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

蛋白質活性レベルの低下

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 22

7) Saeki M et al Pharmacogenomics J 6 63-75 (2006)

8) Nakajima Y et al Eur J Clin Pharmacol 61 25-34 (2005)

9) Saito Y et al Pharmacogenet Genomics 17 461-471 (2007)

10) Murayama N et al Drug Metab Pharmacokinet 17 150-156 (2002)

11) Nakajima Y et al Clin Pharmacol Ther 80 179-191 (2006)

12) Saito Y et al Drug Metab Dispos 33 1905-1910 (2005)

略 歴 斎藤 嘉朗(Yoshiro SAITO)1989 年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了同年国立衛生

試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)機能生化学部 研究員1996 年博士(薬学)取得(東京大学)1998 年カナ

ダトロント大学医学部 博士研究員2000 年国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部 主任研究官2001 年同第二室

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 23

部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 24

常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
        •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 22

7) Saeki M et al Pharmacogenomics J 6 63-75 (2006)

8) Nakajima Y et al Eur J Clin Pharmacol 61 25-34 (2005)

9) Saito Y et al Pharmacogenet Genomics 17 461-471 (2007)

10) Murayama N et al Drug Metab Pharmacokinet 17 150-156 (2002)

11) Nakajima Y et al Clin Pharmacol Ther 80 179-191 (2006)

12) Saito Y et al Drug Metab Dispos 33 1905-1910 (2005)

略 歴 斎藤 嘉朗(Yoshiro SAITO)1989 年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了同年国立衛生

試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)機能生化学部 研究員1996 年博士(薬学)取得(東京大学)1998 年カナ

ダトロント大学医学部 博士研究員2000 年国立医薬品食品衛生研究所機能生化学部 主任研究官2001 年同第二室

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 23

部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 24

常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 23

部会賞受賞者(3)

創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発

高橋 栄夫((独)産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)

1はじめに

ゲノムの機能発現の実体であるタンパク質が

他の生体分子(タンパク質核酸脂質多糖類

等)をいかに認識し機能しているかを原子レベ

ルで明らかにすることは構造生物学的意義とし

てのみならずその情報を論理的薬物設計へと利

用していく上でも期待されるものである特に

細胞表面上に存在する受容体などの膜タンパク

質あるいはプリオン等の不溶性沈着性フィブ

リルなどの巨大タンパク質を舞台とする相互作

用系は創薬ターゲットとなる可能性があるもの

ではあるが結晶化を行う必要がある構造生物学

的手法(X 線結晶構造解析等)による解析は容易

ではないこれら多様でかつ複雑なタンパク質複

合体に対して水溶液中での解析が可能な核磁気

共鳴(NMR)法は強力な解析手法になると期待

されるがNMR 解析の場合解析対象の分子量

が大きな障害となっており現在のところタンパ

ク質の高精度な立体構造決定が可能な分子量は

5 万程度が限界であると考えられているこのよ

うな背景のもと我々は適切にデザインされた

安定同位体標識技術と新しいアイデアに基づく

NMR 測定法を融合することにより高分子量生

体分子複合体の分子認識機構を原子レベルで明

らかにする手法の開発に取り組むとともに実際

の相互作用系への適用を行ったさらにNMR解析から分子認識様式の情報を効率良く取得し

創薬等機能性分子創製に活用することを意識し

た研究開発も進めている

2巨大タンパク質複合体の相互作用部位を高精

度に同定する NMR 測定手法の開発 我々はリガンドタンパク質を高度に重水素

化標識することで標的分子の選択的ラジオ波照

射を達成するとともにスピン拡散抑制効果によ

り高精度に相互作用界面残基を決定することが

可能な「交差飽和法」を開発することに成功して

いた 12)本手法は相互作用界面に存在するプ

ロトン間の双極子-双極子相互作用を利用してい

るためこれまでに利用されていた他の NMR 解

析法(化学シフト摂動法や水素-重水素交換法な

ど)に比べ高精度に相互作用界面残基を決定す

ることが可能な手法であったが複合体分子を直

接観測する方法であるため適用可能な複合体分

子量限界は 10 万程度であったそこでより広

範な生体高分子複合体試料に適用可能とするた

め複合体における結合解離の交換現象に着目

し結合状態の相互作用を解離状態で観測するこ

とが可能な「転移交差飽和(Transferred Cross Saturation (TCS))法」の開発を行った(図 1)3)複合体そのものを観測対象としない本法によ

り交差飽和法の適用分子量限界は事実上なくな

ったといえる

図 1 転移交差飽和(TCS)法の概念図

交差飽和法TCS 法においてはスピン拡散

現象を抑制するためにタンパク質の完全重水素

化のみならず溶媒の軽水重水比を小さくする

ことがポイントとなるしかしながらこれは通

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 24

常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 24

常のアミドプロトン検出における測定感度の低

下を引き起こすことにもなるまた高い重水率

の溶媒条件ではアミドプロトンの縦緩和時間が

より長くなり繰り返し遅延時間を長くとる必要

が生じることから測定時間は長くなる傾向があ

る一方一般にタンパク質複合体においてその

相互作用に直接寄与するのは側鎖原子であるこ

とが多いこの場合主鎖アミドプロトンは相互

作用の界面からはやや離れた(4~7Å)距離に存

在することになるこのためアミドプロトン検

出による交差飽和法の場合標的タンパク質から

の飽和移動の効率はそれほど高いとはいえない

そこで交差飽和法におけるこれらの問題点を克

服するためメチル基を含むアミノ酸を利用した

交差飽和法の開発を行った 4)メチルシグナルは

プロトン 3 個分のシグナル強度を有するうえそ

の速い回転運動のため先鋭化しておりスペクト

ルにおける分離は比較的良いことが知られてい

るさらにシミュレーション実験結果からメ

チルプロトンはその短い縦緩和時間特性により

交差飽和法におけるスピン拡散効果を軽減する

(界面選択性が高まる)ことが明らかとなった

実際に[Ile Leu Val]標識体を調製し交差飽和

実験を行ったところ極めて高感度かつ高効率に

分子間交差飽和現象が観測されることが示され

た(図 2)4)特に超高分子量タンパク質複合体

においてはメチル-TROSY 検出法 5)と併用する

ことにより分子量数十万を超える複合体への交

差飽和法の適用が可能となる

図2 メチル基利用交差飽和法により得られたスペクトル

(左)ラジオ波照射なし(右)ラジオ波照射有り

図3 (左)TCS 法による vWF A3 ドメインと線維状コラ

ーゲンの相互作用解析(右)TCS 実験により明らかとな

った vWF A3 ドメインのコラーゲン結合部位

2-1適用例(1)線維状凝集複合体におけ

る相互作用解析 6) 本研究では血小板凝集反応の初期段階に関

与するフォンウィルブランド因子(vWF)A3ドメインと線維状コラーゲンとの相互作用様式

の解明を目指したコラーゲンを舞台とする相互

作用解析は血栓症の創薬ターゲットとなり得る

ものであるがコラーゲンは通常の球状タンパク

質とは異なり生体内においては不溶性不均一

性を有した巨大で複雑な線維構造を形成するた

めこれまで原子レベルでの相互作用解析を行う

ことが困難な対象であった本研究では不溶性

線維状コラーゲンに[2H 15N]標識を施した A3 ド

メインを 110 の比率で添加した極めて粘性の高

い試料を測定対象としたがTCS 法を成功裏に

適用できA3 ドメインのコラーゲン結合部位を

同定することに成功した(図 3)結合部位は

コラーゲン三重鎖へリックスが結合するのに適

した半径 15Aring 程度で疎水性の高い溝状構造を形

成していることが明らかとなった本研究は

TCS 法の利用により不溶性巨大分子との相互作

用を溶液 NMR により原子レベルで解析するこ

とが可能であることを示した最初の例となった

また明らかとなったコラーゲン結合部位は解

析前の予想に反し構造的なホモロジーの高い他

のコラーゲン結合タンパク質の結合部位とは異

なるものであったこの事実はタンパク質の立

体構造類似性のみから相互作用様式を推定する

ことの危険性を示すものであり構造情報を創薬

へと展開する上で実験により相互作用データを

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 25

取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

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発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

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  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
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取得する必要性が高いことを示している

2-2適用例(2)膜タンパク質-リガンド

複合体の相互作用解析 7) 膜タンパク質は創薬標的として最も注目を集

めている対象であり膜タンパク質とこれに結合

するリガンドの複合体からの相互作用情報はそ

の膜タンパク質の機能を制御する方法を考案す

る上でも有用な情報を与えるものとなる本研究

では電位依存性 K+チャネルと高い相同性を示

しかつポアーブロッカー感受性である

Streptomyces lividans 由 来 の K+ チ ャ ネ

ルKcsA とポアーブロッカーAgitoxin2(AgTx)の相互作用を NMR 法により解析した電位依

存性 K+チャネルとポアーブロッカー間の相互作

用を立体構造に基づいて解析し両者の結合にお

いて鍵となる残基を特定できれば電位依存性

K+チャネルのポアーブロッカー感受性を明らか

にする重要な情報を与えさらに特定のチャンネ

ルのみを阻害する薬剤開発の知見が得られると

期待される本研究では[2H 15N]標識 AgTxおよび大腸菌で発現し DDM で可溶化した KcsAを NMR 測定試料としKcsA に対し過剰量(5

倍量)の AgTx 存在下で TCS 実験を行った(図

4)

図4 (左)AgTx-KcsA 相互作用系における TCS 実験

(右)TCS 実験結果に基づく AgTx-KcsA 複合体モデル

その結果AgTx において影響を受けた残基は一

つの連続した面を形成しそれらの残基に対する

変異導入はKcsA に対する結合活性を低下させ

たよって同定された結合界面が結合親和性に

寄与していることが示されたTCS 実験結果に

基づきKcsAAgTx のドッキングモデルを構築

し(図 4)複合体モデル中における相互作用残

基対の特定を行った結果ポアーブロッカーの分

子表面に保存された構造モチーフを見出しそれ

に対応するチャネル上の相互作用残基を特定し

たチャネル上で特定された相互作用残基はポ

アーブロッカーに対する感受性の有無により異

なる保存性を示したことからここで明らかとな

った相互作用は電位依存性 K+チャネルのポア

ーブロッカー感受性を決定する要因と考えられ

た これらの研究以外にも交差飽和法TCS 法

を活用することで他の構造生物学的手法による

解析が困難な対象であるタンパク質ペプチド

と脂質二重膜の相互作用解析にも成功している

89)

3NMR 構造解析を指向したファージディスプ

レーシステムの開発 ファージディスプレーペプチドライブラリー

は標的分子に結合する多様なペプチドリガンド

を選択するバイオ工学的手法として広く用いら

れているしかしながら直鎖状のペプチドを呈

示したファージライブラリーは多様な構造を提

供できる反面ライブラリーから得られたペプチ

ド群の標的分子との結合力はエントロピー的に

不利なため一般に弱いその結合を合理的に高め

るあるいはそのペプチド群をもとに低分子を設

計するためにはペプチドが標的分子に結合した

状態での構造情報が有用である一方NMR は

弱い結合を示すペプチドの構造解析を行う際の

汎用的な方法であるただし結合状態における

ペプチドの詳細な構造情報を得るためにはペプ

チドが安定同位体標識されていることが望まし

い通常安定同位体標識ペプチドを作製するため

には発現系の構築に始まり発現精製酵素

消化再精製等その工程は多ステップに及ぶた

めライブラリーからスクリーニングにより得ら

れたペプチド群の安定同位体標識はほとんど行

われてこなかった本研究において我々はファ

ージライブラリーから候補クローンを得たのち

迅速に構造解析することができる簡便なラベル

化ペプチド調製法を確立したすなわちM13線状ファージの主要コートタンパク質(g8p)の N

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

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NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

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pTV118N

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pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
        •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 26

末端にペプチドライブラリーを呈示させるファ

ージミドを構築する際g8p の N 末端付近の配

列を化学的に切断できるように改変したさらに

lac プロモーター下流に挿入することでペプチド

を呈示した g8p の発現量をコントロールできる

ようにした(図 5)10)

図5 NMR 構造解析を指向したファージディスプレーシ

ステムのためのファージミドベクターの構築

安定同位体標識ペプチドを利用することで

高感度な NMR シグナル検出が可能になるとと

もに多核 NMR 測定法の適用によりシグナル帰

属における曖昧さも排除され信頼性の高いNMR解析が行える実際の相互作用解析においても

NMR による簡便なペプチドスクリーニングや

ペプチド同士の競合実験などを容易に行うこと

ができるさらに[13C 15N]均一標識ペプチド

を活用することで標的分子と相互作用したペプ

チドの主鎖二面角情報を取得する新規交差相関

緩和測定法の開発に成功した 11)本測定技術と従

来から利用されてきた転移NOE解析を組み合わ

せることにより標的分子結合状態にあるペプチ

ドの立体構造を高精度に決定することが可能と

なった(図 6)12)ファージディスプレー法によ

りスクリーニングされたペプチド群について同

様の解析を行うことで標的分子との相互作用に

重要な残基およびその立体構造的要因を明らか

にすることができるファージディスプレーシス

テムを利用した本 NMR 解析手法は任意の膜タ

ンパク質特に天然リガンドが確定できないオ

ーファン受容体などにも適用可能な手法であり

得られた構造相互作用情報はペプチドの高機

能化や低分子化合物デザインを行う上で有用な

指針となる

図6 ファージディスプレー由来ペプチドの標的分子結

合状態における立体構造決定(a)転移 NOE データの

みを利用した構造計算結果(b)転移 NOE に加え転移

交差相関緩和実験による拘束条件を加えた計算結果

いずれも 20 個の重ね合わせ構造を表している

4おわりに

本研究で開発した NMR による相互作用解析

技術を利用することでこれまで解析の困難であ

った生体分子間の分子認識様式が明らかになっ

てくれば複雑な生命現象の原子レベルでの理解

がより一層進むことになるさらにここに挙げ

た NMR 解析手法は創薬ターゲットとして重要

な数多くの膜タンパク質複合体線維状凝集体に

おいても適用可能であることから相互作用部位

を標的とした新規薬物等機能性分子の設計にお

いて重要な構造情報を与え新たな疾患の治療方

法開発につながる可能性があると考えている

謝辞 本研究の端緒は筆者が東京大学大学院薬

学系研究科在籍時まで遡るものであり以後現在

まで多大なる御指導を賜りました 嶋田 一夫 教授に深く感謝いたしますまた日々ともに研究

を進めている生物情報解析研究センター分子認

識解析チーム員ならびに共同研究者である東

大院薬系生命物理化学教室員の方々に改めて

MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation MKKSLVVLKASVAVATLVPMLSFAAEGDDPAKAAFNSLQASATEYIGYAWAMVVVIVGATIGIKLFKKFTSKA-23 -1+1 +50-23 -1+1 +50

Mature coatLeader

M

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NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK NNK GGA TCC GGT GACX X X X X X X X X X G S G D

Peptide library Linker

pTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

pTV118NpTV118N

Oligonucleotide cassetteInsertion site

lac promoter

Point mutation

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
        •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 27

感謝の意を表します本研究は経済産業省新

エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の

支援を受けて行われましたここに謝意を記しま

す 参考文献 1) HTakahashi T Nakanishi K Kami Y Arata and I Shimada Nat Struct Biol 7 220-223 (2000)

2) 嶋田一夫 Pharma VISION NEWS 10 27-32 (2007)

3) T Nakanishi M Miyazawa M Sakakura H Terasawa H Takahashi and I Shimada J Mol Biol 318 245-249 (2002)

4) H Takahashi M Miyazawa Y Ina Y Fukunishi Y Mizukoshi H Nakamura and I Shimada J Biomol NMR 34 167-177

(2006)

5) J E Ollerenshaw V Tugarinov and L E Kay Magn Reson Chem 41 843-852 (2003)

6) N Nishida H Sumikawa M Sakakura N Shimba H Takahashi H Terasawa E Suzuki and I Shimada Nat Struct Biol 10

53-58 (2003)

7) K Takeuchi M Yokogawa T Matsuda M Sugai S Kawano T Kohno H Nakamura H Takahashi and I Shimada Structure

11 1381-1392 (2003)

8) K Takeuchi H Takahashi M Sugai H Iwai T Kohno K Sekimizu S Natori and I Shimada J Biol Chem 279 4981-4987

(2004)

9) T Nakamura H Takahashi K Takeuchi T Kohno K Wakamatsu and I Shimada Biophys J 89 4051-4055 (2005)

10) Y Mizukoshi H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 34 23-30 (2006)

11) H Takahashi and I Shimada J Biomol NMR 37 179-185 (2007)

12) 高橋栄夫嶋田一夫 蛋白質 核酸 酵素 52 959-965(2007)

略 歴 高橋 栄夫(Hideo TAKAHASHI)1993 年 東大院薬系博士課程修了日本学術振興会特別

研究員1994 年 北里大学薬学部 助手1995 年 東大院薬系 助手2001 年 (独)産業技術総合研究所生物情報解析

研究センター 主任研究員 現在に至る

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

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第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
      • 表紙
        •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 28

部会賞受賞者(4)

ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節

東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科生体異物学教室)

1はじめに ヘパラン硫酸ヘパリンはグルクロン酸(も

しくはイズロン酸)とグルコサミンの2糖繰返し

構造に多様な硫酸化修飾が加わった負電荷に富

む多糖でありコアタンパク質に結合したプロテ

オグリカンとして生合成されるこの多糖には以

下の特徴がある(1) 硫酸化やエピマー化のパタ

ーンの違いにより分子内にミクロな不均一性を

有する(2) 細胞外マトリックスである基底膜の

主要成分でありさらに細胞表面やマスト細胞の

顆粒内などにも存在する(3) ヘパリン結合性を

もつサイトカインケモカイン酵素その他多

数の生理活性物質と結合するすなわち実は複

雑なこの多糖は生体構造を形づくるとともに多

数の生理活性物質と相互作用することによって

その活性を調節するという二面性の機能を有し

ている実際にヘパリンは抗血液凝固剤として使

用されているがこれ自身も血液凝固系の調節因

子であるアンチトロンビン III との相互作用を利

用したものであるこの多糖は分子サイズと糖の

配列に多様性を持つため創薬上の潜在的有用性

があるがそれにも関わらず生合成と生理作用に

は未解明の部分が多い(図1)

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

細胞外マトリックスの強度調節

サイトカインのシグナルを調節

顆粒内酵素の活性調節10糖以上の糖鎖断片を

生成

コラーゲンラミニン

サイトカイン(FGF VEGF)ケモカイン

トリプターゼキマーゼ等

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸ヘパリン

図1ヘパラン硫酸ヘパリンとヘパラナーゼによる様々

な生理機能の調節 ヘパラナーゼはヘパラン硫酸プロテオグリカ

ンの糖鎖部分を基質とするエンド型グルクロニ

ダーゼとして発見同定された基底膜ヘパラン

硫酸プロテオグリカンを基質とすることから本

酵素はメラノーマなどのがん細胞が遠隔臓器に

浸潤転移する際の基底膜分解に関与する鍵分子

のひとつとして注目されていた 1)1999 年によう

やく複数のグループによって cDNA クローニン

グの結果が報告された 2)のちヘパラナーゼに関

する研究は大きく進展した動物モデルにおける

がん転移がヘパラナーゼ分子の発現抑制や活性

阻害で抑制できることヒト臨床標本の組織学的

解析により様々な癌種においてヘパラナーゼの

発現とがんの悪性度との間に相関が認められる

ことからヘパラナーゼはがん治療の標的分子と

して注目されているヘパラナーゼ阻害剤の一つ

である PI-88 についてはメラノーマ非小細胞性

肺がん前立腺がんなどの疾患を対象とした

phase II の臨床試験が行われている 3)

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

3基底膜通過血管外浸潤接着 分解酵素

基底膜

血管

2強固な結合ケモカインインテグリン

1 初期接着セレクチン

免疫細胞

図2免疫細胞の血管外浸潤

一方免疫細胞は基底膜を越えて末梢組織に血

管外浸潤する点でがん細胞と似通った体内挙動

をすると言える免疫細胞が血管外浸潤する際に

は局所で産生される炎症性サイトカインやケモ

カインの刺激が引き金となり血管内皮細胞と接

着する浸潤時の実際のエフェクター機構のひと

つである基底膜の通過や分解についても転移す

るがん細胞とは異なりサイトカインや細胞接着

に応じて必要時に作動するような調節機構の存

在が予想された(図2)ヘパラナーゼはこれに

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

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南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

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局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

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  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
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社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 29

加えヘパラン硫酸ヘパリンの低分子化を介し

てマスト細胞の顆粒内酵素やケモカインなどヘ

パラン硫酸ヘパリン結合性を有する生理活性物

質の相互作用を様々に調節することが予想され

る(図1)が免疫系の機能調節における意義は

全く解明されてこなかった 4)我々は免疫細胞の

機能調節を考慮した創薬の標的としてヘパラナ

ーゼに関する上記の特徴に興味を持ちヘパラナ

ーゼを介した免疫細胞の機能調節に関する研究

を展開した

2ヘパラナーゼの酵素活性は分子の集積状態で

調節される 45) 免疫細胞の一種である単球マクロファージは

炎症部位や動脈硬化巣などで血管外浸潤しこの

過程で基底膜を通過するこの単球による基底膜

分解のモデルとしてヒト U937 細胞をホルボール

エステル処理することによりマクロファージ様

に分化させたものを用いたこのマクロファージ

様細胞を生きた状態で血管内皮細胞由来の基底

膜様細胞外マトリックスに加え培養すると分化

後の細胞ではヘパラン硫酸の分解産物が培養上

清に検出されたこの分解は分化前の細胞では検

出されなかったためこの細胞は分化依存的にヘ

パラン硫酸の分解活性を獲得するものと考えら

れたこの現象を酵素分子の発現上昇として裏づ

けるため転写レベル細胞可溶化物の酵素活性

としてヘパラナーゼの発現を定量したが意外な

ことにどちらの場合も分化前後で発現量には変

化がなかった細胞可溶化物の示すヘパラン硫酸

分解活性は中和活性をもつ抗ヘパラナーゼ抗体

でほぼ完全に抑制されることヘパラン硫酸を分

解するエンド型酵素はヘパラナーゼ以外に知ら

れていないことから他の酵素の関与は考えにく

かった 生きている状態の細胞がヘパラン硫酸分解活

性を調節する機構としてヘパラナーゼの細胞内

局在変化に注目した分化したマクロファージで

はヘパラナーゼ分子の一部が細胞表面に発現す

ることさらに接着時にヘパラナーゼ分子が細胞

表面のある一点に集積することこの集積点は浸

潤時に浸潤先端と一致することが観察された血

管外浸潤におけるヘパラナーゼのヘパラン硫酸

分解活性の発現は転写調節よりもこのような細

胞内局在の変化によって達成されることが示さ

れた(図3)さらに同様の現象が末梢血の単

球や好中球でも生じることを見出したこの局在

調節機構の解明は今後の課題となっているがヒ

ト末梢血好中球においてヘパラナーゼとの共沈

降物として回収される 43kDa の分子を見出して

いる

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

33浸潤時浸潤時へパラナーゼは浸潤へパラナーゼは浸潤方向に局在し基底膜方向に局在し基底膜を分解するを分解する

2接着時ヘパラナーゼは細胞表面で集積する

1定常時単球はヘパラナーゼを細胞表面に発現

定常時

接着時

浸潤時

10 μm

図3単球ヘパラナーゼは浸潤先端に局在しヘパラン硫

酸分解活性を調節する 3ヘパラナーゼはマウス免疫細胞に発現する6) 様々な病態時におけるヘパラナーゼの発現と

機能を検討するためには動物モデルとなるマウ

スでヘパラナーゼの検出法を確立することが必

要である我々は昆虫細胞の発現系を利用して

組換え型マウスヘパラナーゼを大量調製しこれ

をラットに免疫して 16 種類のモノクローナル抗

体産生ハイブリドーマを樹立することに成功し

たさらにエピトープ解析の結果ヘパラナーゼ

の N 末端側と C 末端側に複数のエピトープがあ

ることを見出した

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

50 μm10 μm

末梢血好中球 炎症部位

図4ヘパラナーゼは末梢血好中球に発現する(赤色部

分) この抗体を用いヘパラナーゼ発現細胞の分布

を組織学的に検討したB16 メラノーマのマウス

肺転移巣ではその浸潤先端にヘパラナーゼが高

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 30

発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

本誌全ての記事図表等の無断複写転写を禁止いたします

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発現していたこれは従来ヒト臨床標本で観察さ

れていた結果と同様である免疫細胞について見

ると定常時に観察されるヘパラナーゼ強陽性細

胞として皮膚などに分布するマスト細胞が見出

された(次項で説明)皮膚炎症を惹起すると

炎症局所の血管近傍に分布する好中球の一部に

ヘパラナーゼの発現が検出された(図4)この

抗体を利用することにより病態の形成時期にお

けるヘパラナーゼの発現変化の解析がより容易

になるものと期待される

4マスト細胞に発現するヘパラナーゼは顆粒内

酵素の活性を増強する 6) アレルギー炎症の即時相においてマスト細胞

は脱顆粒によってヒスタミン顆粒内酵素などの

炎症性メディエーターを放出する細胞顆粒内に

はこれらメディエーターの貯蔵に関わる多糖が

存在するヘパリンは粘膜型マスト細胞や他の

顆粒を有する細胞にはなく結合組織型のマスト

細胞にのみ存在するという点で特徴ある多糖で

あるこのヘパリンはグリコサミノグリカンの中

でも極めて高い硫酸化度とイズロン酸含量を持

つ遺伝学的解析からこのヘパリンが顆粒内酵

素の貯蔵とそれに伴う結合組織型マスト細胞の

顆粒成熟に重要であることがわかっている 我々の組織学的解析によりヘパラナーゼ強発

現細胞として同定されたのは皮膚や腹腔に存在

する結合組織型のマスト細胞であったさらにヘ

パラナーゼはこの細胞の顆粒内に局在していた

このヘパラナーゼの機能として顆粒内ヘパリン

の低分子化が考えられたヘパリンはコアタンパ

ク質であるセルグリシンに結合した高分子量 (60-100kDa) の状態で合成されたのちヘパリン

部分が 5-20kDa 程度に低分子化されることが知

られている(図5)実際抗血液凝固剤として

医療応用されているヘパリンはこのコアタンパ

ク質から切り離された状態のヘパリンを調製し

たものであるこのヘパリン低分子化の生体内で

の生理的意義は不明であったそこでヘパラナ

ーゼがマスト細胞の細胞内でヘパリンを本当に

低分子化するのか低分子化することによりマス

ト細胞の機能にどのような変化が生じるのかと

いう点を検討した マスト細胞様細胞株 MST は顆粒内に高分子状

態のヘパリンを含有するが内在性のヘパラナー

ゼの発現は検出限界以下であることがわかった

従ってここにヘパラナーゼを導入することによ

り顆粒内にヘパリンとヘパラナーゼが共局在す

る結合組織型マスト細胞の状態を再構成するこ

とができると考えられた複数の方法を試みた結

果組換え体として得られたプロ型のヘパラナー

ゼを培養上清に添加しこれを取り込ませる方法

が有効であることがわかったヘパラナーゼは効

率よく細胞内に取り込まれ顆粒内に成熟型とし

て蓄積されたこの細胞を用いて顆粒内ヘパリン

の分子量を分析したところヘパリンは 5-20kDa程度に低分子化しておりヘパラナーゼによって

ヘパリンが細胞内で低分子化されることが示さ

れたさらにマスト細胞の機能として顆粒内酵

素のトリプターゼに着目したところヘパリンの

切断に伴ってこのトリプターゼの高分子基質に

対する切断活性が上昇したすなわちトリプター

ゼの活性増強が認められた

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

セルグリシン(コア蛋白質)

ヘパリンの低分子化コア蛋白質から遊離

ヘパリン鎖

分子量 60-100 kDa 5-20 kDa

ヘパラナーゼ

図5マスト細胞におけるヘパリン低分子化とヘパラナ

ーゼ 5おわりに 免疫細胞の細胞交通と顆粒内酵素の活性を調

節する酵素としてのヘパラナーゼの多面的な機

能を特徴づけることができた免疫細胞における

ヘパラナーゼの活性調節の特徴として酵素分子

の発現量のみならず細胞表面や顆粒への集積な

ど細胞内局在による調節が重要であることが示

された ヘパラナーゼはヘパリンの切断を介して顆粒

内酵素であるトリプターゼの活性を調節し得る

ことが示唆された顆粒内にはトリプターゼを含

め多数のヘパリン結合性の酵素が存在するため

トリプターゼで観察された調節機構が他の酵素

についてもあてはまるのであればヘパラナーゼ

とそれに伴うヘパリン低分子化を複数の酵素機

能をその上流でまとめて調節する現象として位

置づけることができるアレルギー疾患における

マスト細胞の機能抑制にはトリプターゼなど

個々の奏効分子の発現抑制や機能阻害を達成す

ることが重要であるがこれに加えて複数の奏効

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 32

薬学研究ビジョン部会からのお知らせ

第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 33

北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

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  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
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        •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11

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Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 31

分子に共通するマスタースイッチにはたらきか

けるような制御ができるのであれば興味深いマ

スト細胞に特徴的な転写因子分化誘導因子の重

要性については既に多くの研究があるこれに対

してヘパリンを介する制御は奏効分子の翻訳後

以降に活性抑制が達成できるかもしれないとい

う点でユニークであると考える既にがんの分野

ではヘパラナーゼ阻害剤として有望な「剤」がい

くつか見出されている 3)免疫系を対象とした創

薬におけるヘパラナーゼ阻害剤の再発見を行い

これを応用したヘパラナーゼの機能解明をさら

に続けていきたい

謝 辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科の入村

達郎教授共同研究者の中島元夫博士(ジョンソ

ンエンドジョンソン株式会社)および研究

室の学生達との共同研究による成果でありこれ

らの方々に深く感謝致します共同研究者の笠岡

達彦博士(ノバルティスファーマ株式会社)徳

田千賀志博士(セティメディカルラボ株式会社)

Jeffrey Esko 教授(カリフォルニア大学サンディ

エゴ校)岡山實教授(京都産業大学)棟居聖一

博士(金沢大学)小栗佳代子博士(国立病院機

構名古屋医療センター)工藤一郎教授武富芳

隆博士(昭和大学)にこの場を借りて深謝致しま

す本研究は文部科学省特定領域研究「グライコ

ミクス」その他科学研究費補助金の助成を受け

て行ったものでありその資金援助に感謝致しま

す 参考文献

1) Nakajima M Irimura T Di Ferrante D Di Ferrante N and Nicolson GL (1983) Science 220 611-613

2) Toyoshima M and Nakajima M (1999) J Biol Chem 274 24153-24160他

3) McKenzie EA (2007) Br J Pharmacol 151 1-14

4) Higashi N Irimura T and Nakajima M (2006) Seikagaku 78 34-38

5) Sasaki N Higashi N Taka T Nakajima M and Irimura T (2004) J Immunol 172 3830-3835

6) Komatsu N Waki M Sue M Tokuda C Kasaoka T Nakajima M Higashi N Irimura T J Immunol Methods in

press

略 歴 東 伸昭(Nobuaki HIGASHI)1991 年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了

花王株式会社入社(1998 年まで)うち 1993-95 年新技術事業団(現 科学技術振興機構)派遣研

究員1998 年東京大学大学院薬学系研究科講師2004 年同研究科助教授2007 年同研究科准教授

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第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

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ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

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西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

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編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

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第 5 回(平成 19 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表

平成 19 年度も多数の応募推薦の中から1次審査として書類選考を行い書類選考の結果に基

づいて2 次審査を行い慎重に審査した結果下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考いたし

ましたなお平成 20 年 1 月 24 日に東京大学医学部鉄門記念講堂にて本部会が主催する第 9 回創薬

ビジョンシンポジウムにおいて授賞式と受賞講演を行いました 小竹良彦(エーザイ株式会社) 「新規抗腫瘍性天然物プラジエノライドの標的分子探索と抗癌剤創薬」 斎藤嘉朗(国立医薬品食品衛生研究所) 「日本人における薬物応答性遺伝子のハプロタイプ解析とその患者個別化薬物治療への応用」 高橋栄夫(独立行政法人 産業技術総合研究所) 「創薬加速技術としての NMR 相互作用解析手法の開発」 東 伸昭(東京大学大学院薬学系研究科) 「ヘパラナーゼを介した免疫細胞の機能調節」

平成 19 年度部会長 横井 毅 平成 19 年度部会賞選考委員長 大和田 智彦

第 6 回創薬ビジョンフォーラム

「疾患メカニズムに基づく創薬戦略」

日時 平成20年3月27日(木)900-1200 会場 はまぎんホール ヴィアマーレ Co-Chairs辻本 豪三(京都大学大学院薬学研究科) 大和田 智彦(東京大学大学院薬学系研究科) 開催趣旨 現在難治性疾患治療のための創薬はオーソドックスな創薬科学に加えてゲノムトランスク

リプトームプロテオームメタボロームケミカルバイオロジー更には応用システム生物学をも

含めた各種戦略の統合が図られている特に疾患標的分子の探索同定またバリデーションのス

テップはこれらの網羅的手法の確立を背景にますますその重要性を増しつつある本フォーラムでは

オミックス遺伝子改変動物などの最先端手法を駆使して深い医学薬学への洞察に立脚して創薬

を志向する研究を紹介し今日的な創薬ビジョンを提示する プログラム オーガナイザー趣旨説明 青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科) 「脂質をターゲットとしたケミカルバイオロジー」

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北 潔(東京大学大学院医学系研究科) 「化学療法の標的としての寄生虫ミトコンドリア」 大河内 正康(大阪大学大学院医学系研究科) 「いよいよ上市が現実味を帯びているアルツハイマー病予防治療薬開発の現況」 五嶋 良郎(横浜市立大学大学院医学系研究科) 「セマフォリンと創薬」 小室 一成(千葉大学大学院医学研究院) 「メカニカルストレスに対する心筋細胞応答機構 アンジオテンシン II 受容体とインバースア

ゴニスト」 オーガナイザー総括

第 10 回創薬ビジョンシンポジウム

「創薬の現状と将来「最先端技術から承認申請薬物まで」(仮)」

日程 平成 20 年 12 月 18 日(木)~19 日(金) 会場 北里大学薬学部 コンベンションホール 主催 日本薬学会薬学研究ビジョン部会 Co-Chairs 長瀬 博(北里大学薬学部)片倉晋一(第一三共株式会社) プログラム等の詳細が決定次第HP でお知らせします

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鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

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ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

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大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

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辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

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松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

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編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

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も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

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論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

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会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

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ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

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大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

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辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

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発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

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  • 表紙
    •    日本薬学会 薬学研究ビジョン部会PharmaVISION NEWSNo 11
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社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 34

編 集 後 記

鈴木 洋史 (東京大学医学部附属病院)

日本薬学会薬学研究ビジョン部会より

Pharma VISION NEWS No 11 をお届けいたし

ます本号では薬学研究ビジョンとしてスフ

ィンゴ脂質の代謝機能と創薬についてまた薬

学研究最前線ではMM-PBSA 法を用いたキチ

ナーゼ阻害剤 Argadin および Argifin の結合

自由エネルギー計算につきまして最先端の知見

も含めてご執筆いただきましたこのほか本年

度の本部会賞受賞者にもご執筆をお願い致しま

した本年度も極めて優れた多数の応募を頂戴

いたしましたが最終的に4名の先生方のご受賞

となりましたご執筆いただきました先生方に

厚く御礼申し上げます 本部会ニュースも11巻めを迎えております

振り返ってみますと創刊号は5年前の平成15

年1月に発行されております平成12-13年

の薬学研究ビジョン委員会における議論を足が

かりとして平成14年4月に本部会は発足とな

りましたこの間創薬をめぐる領域横断的な議

論がなされ種々の観点からのシンポジウム開催

やニュースレター刊行などを通じた情報発信が

進められてきました本号では特に次期薬学会

会頭の長野哲雄先生からも巻頭言を頂戴いたし

ておりますが新たな薬学教育体制のもと本部

会の活動にも益々期待がよせられるものと考え

ます 本部会ニュースの読者の皆様からも忌憚のな

いご意見ご要望をお寄せいただきますようにお

願い申し上げます(鈴木記)

薬学研究ビジョン部会 常任世話人

大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 東京大学大学院薬学系研究科

小澤 正吾 岩手医科大学薬学部

片倉 晋一 第一三共株式会社

鈴木 洋史 【副部会長】 東京大学医学部付属病院

辻本 豪三 京都大学大学院薬学研究科

長洲 毅志 【編集委員長】 エーザイ株式会社

長瀬 博 【編集副委員長】 北里大学薬学部

西島 和三 持田製薬株式会社

松崎 勝巳 京都大学大学院薬学研究科

三橋 晴美 【部会賞選考副委員長】 サノフィアベンティス株式会社

南野 直人 国立循環器病センター研究所

横井 毅 【部会長】 金沢大学薬学部

社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会

Pharma VISION NEWS No11 (March 2008) 35

編集委員会からのお知らせ

この Pharma VISION NEWS は本部会が年 2

回の予定で部会員宛にメール発信いたします

ご希望の方は薬学研究ビジョン部会事務局宛

にお問合せ下さい 部会員登録が必要です部会員登録用紙は部

会 HP から PDF ファイルをダウンロードして

下さい 部会員の登録には入会金年会費は無料です

日本薬学会の会員でなくても部会委員登録は

できます 投稿原稿を募集いたします詳細は編集事務

局にお問合せ下さい

発行薬学研究ビジョン部会【部会長横井 毅】

編集委員会 長洲 毅志【委員長】長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 辻本 豪三 甲斐 俊次 曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局 甲斐 俊次 横浜薬科大学 薬品反応学研究室 245-0066 神奈川県横浜市戸塚区俣野町 601 TEL045-859-1300 FAX 045-859-1301 曽我公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL029-847-5603 FAX029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局 お問合せ登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 920-1192 金沢市角間町 TEL076-234-4438 FAX076-234-4407 E-mailvisionpkanazawa-uacjp

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