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Meiji University Title SCM�Author(s) �,Citation �, 86: 117-136 URL http://hdl.handle.net/10291/13330 Rights Issue Date 2004-03-26 Text version publisher Type Departmental Bulletin Paper DOI https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

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Meiji University

 

TitleSCMにおけるトップ・マネジメントの役割に関する一考

Author(s) 西,剛広

Citation 明大商學論叢, 86: 117-136

URL http://hdl.handle.net/10291/13330

Rights

Issue Date 2004-03-26

Text version publisher

Type Departmental Bulletin Paper

DOI

                           https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

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SCMにおけるトップ・マネジメントの

       役割に関する一考察

AStudy of the Top Management on Supply Chain Management

西   剛 広☆

 Takahiro Nishi

           目

はじめに

L SCMの定義と内容

 1-lSCMの定義

 1-2SCMの内容

2.BPR論とロジスティックス論

 2-l BPRとSCM 2-2

3.

 3-1

 3-2取引コスト理論とSCM

 3-3 ネットワーク理論とSCM4.

おわりに

 ロジスティックス論とSCM

SCMと取引コスト・ネットワーク分析

 ロジスティックス・BPRの議論とSCMの議論

SCM内のコンフリクトの発生とトップ・マネジメントの役割・

はじめに

 本稿は,サプライチェーン・マネジメント(Supply Chain Management:SCM)におけるトッ

プ・マネジメントの役割を論じるものである。SCMとは,製品やサービスに対する顧客価値を

高めるために情報技術(Information Technology:IT)を所与として,サプライチェーン内の

活動を一つ一つのプロセスとして捉えなおし,企業組織の領域を超えて,ビジネスプロセス全体

の最適化を目指す活動である。

 SCMでは,サプライチェーンを事業別や職能別に分離するのではなく,一つのプロセスとし

て考える。サプライチェーンを構成する企業は,顧客価値最大化を念頭において,企業横断的に

☆社会科学研究所RA

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活動を行うためにそれぞれのプロセスを調整する必要がある。その中で,経営者は,プロセスの

全体最適化を図るべく調整に徹し,そのプロセスの運営は現場サイドに権限委譲し行われること

になる。つまり,SCMにおいて経営者は,従来の職能別・官僚制的組織構造におけるトップ・

ダウン型の権限を行使するのではなく,全プロセスを調整する役割を担うのである。

 SCMにおいて,トップ・マネジメントの具体的な役割について論じているものは少ない。サ

プライチェーンにおいて,チェーン全体の最適化ならびに調整を行うことが重要とされる。そこ

で,トップ・マネジメントは,チェーン(企業)組織間のコンフリクトを防ぎ組織メンバーのコ

ミット・メントを強め,メンバーのSCMに対する抵抗を緩和するように,経営戦略,戦略ビジョ

ンを策定し,それをチェーン構成組織からチェーン全体へ伝達していく役割などが求められてく

る。

 本稿では,トップ・マネジメントがSCMにおいて,どのような貢献を行い,役割を果たして

いくか,検討したい。特に,SCMの全体最適・調整,サプライチェーン内の価値観,理念の共

有,サプライチェーン構成組織間のコンフリクト解決へのトップ・マネジメントの関わり合いや

役割について考察する。最初に,SCMの定義内容が明らかにされる。次に, SCMへの議論

の発展過程,すなわち,BPR(Business Process Reengineering)の議論とロジスティックス

の議論が1990年代後半以降,SCMの議論に発展していったという事情をもととして, BPRと

ロジスティックスの議論をSCMの議論と対照させながら比較検討する。この検討は, BPR論・

ロジスティックス論とSCM論の相違点を明らかにするだけでなく, SCMの意義およびSCM

の実践への応用の際の留意点を明らかにするものであり,トップ・マネジメントの役割を考察す

る際の手掛かりを与えるものとなる。なお,この3つの論議の分析に対して,取引コスト・アプ

ローチとネットワーク・アプローチの視点を援用することにより,SCMの議論の中での意味づ

けを明らかにしたい。

 最後に,トップ・マネジメントの役割について,SCMの全体最適・調整,サプライチェーン

内の価値観・理念の共有,サプライチェーン構成組織間のコンフリクト解決という観点からトッ

プ・マネジメントに求められる役割を明らかにする。

1.SCMの定義と内容

1-lSCMの定義

 本節では,メンツァー・ドゥウィット・キールバー等(Mentzer, J. T., and D. W. DeWitt and

J.S. Keelber et. al.)の所説に依拠して,サプライチェーンとSCMの関係を検討する。

 SCMをめぐる従来の研究において,どのようにSCMは捉えられているかを考察する(D。ホ

(1)Mentzer, J. T., and W. DeWitt and J. S. Keebler and S. Min and N. W. Nix and C, D, Smith and

 Z.GZacharia,(2001),“Defining Supply Chain Managemen”,ノburnα1(ゾBusiness Logistics, Vol.22,

 No.2, p.6.

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(587) SCMにおけるトップ・マネジメントの役割に関する一考察 119

ウリハン(Houlihan, J. B)は, SCMと古典的な資材・生産管理(materials and manufactur-

ing control)との相異からSCMを捉えている。すなわち,サプライチェーンは,第1にシン

グル・プロセスとして見なされ,そのチェーンでの各々のセグメントに対する責任は,細分化さ

れているのではなく,調達,製造,物流,販売などのような職能別分野に存在する。第2に

SCMでは,戦略的意思決定が求められ,その動向により, SCMの効果が決定される。その戦

略における重要な要素は,「供給(supply)」概念である。即ち,「供給」することが,チェーン

における全コストとマーケット・シェアに衝撃を与える。そして,チェーン内のすべての機能は,

「供給」を目的として整えられることとなる。第3に,SCMは,(単なる)在庫(物流)機能と

は観点が異なっている。第4に,SCMへのアプローチは,「(メンバー間の取引)インターフェ

イス(interfacing)」を扱うのではなく,「統合(integration)」を考える。

 さらに,モンツカ・トレント・ハンドフィールド(Monczka, R, and Trent, R., and Handfield,

R.)は,SCMとは,主な目的が複合的な機能や財の調達と流れを統合・管理する概念であると

定義する。スティーブンス(Stevens, G.・C.)によれば, SCMの目的は,高度な消費者サービス,

在庫の削減,コスト削減の間でしばしば生ずる対立を調整しながら,サプライヤーからの財の流

れと消費者の需要とを同期化させることであるとしている②。

 このように,SCMとは,消費者へのサービスや価値の向上といった視点から,サプライチェー

ン内の従来の個別企業の組織間機能を統合し,サプライチェーン全体から最適化を図り,システ

ムの調整を行うものである。

 次に,サプライチェーンとSCMの関係について見ていく。サプライチェーンとは,原材料の

段階(source)から最終消費者(customer)という川上(upstream),川下(downstream)

に至る財,サービス,情報の流れに関する連続した活動である(3)。その流れ・範囲は,主に3つ

に類型化される(4)。

 第1に直接的サプライチェーン(direct supply chain)である。これは,チェーンにおける

直近の取引相手である企業やサプライヤー,消費者の流れである。第2は,拡大サプライチェー

ン(extended supply chain)である。川上から川下というサプライヤーから最終消費者まです

べてを含む財,サービス,情報のすべての流れである。これは,チェーンメンバーの企業の直近

の取引相手を超えて,チェーン全体としての財・サービスの流れを把握するものである。最後は,

サプライチェーンの完結型である最終サプライチェーン(ultimate supply chain)というもの

であり,チェーン内のロジスティックスの効率化を図るため,チェーンメンバーに情報の提供や

アドバイスを行う機能を担う第3者機関である,サード・パーティ・ロジスティックス(Third

Party Logistics:3PL)を含む。主にSCMの研究といった場合,その対象は,3類型目の最終

サプライチェーンである。

(2) Mentzer乃虹, p.6.

(3) Mentzer et. aL,乃鉱, p.4.

(4) Mentzer et. al., Ibid., p.4.

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 120              『明大商学論叢』第86巻特別号             (588)

 メンツァー・ドゥウィット・キールバー等は,企業がSCMを行わずとも,サプライチェーンは

存在すると述べている。つまり,SCMが行われないサプライチェーンは,「物流チャネル(dis-

tribution channel)」と置き換えられるものであり, SCMがサプライチェーンと異なるのは,

企業がサプライチェーンを意図して管理しているかどうかである(5)。現在,企業の取引は,何ら

かのサプライチェーンの活動に関わっており,この中で,サプライチェーンメンバーの企業が顧

客とサプライチェーンの存在を意識し,全体最適化のために調整・管理していくことにSCMの

存立意義がある。このことから,メンツァー・ドゥウィット・キールバー等は,SCMを「経営思

想(management philosophy)」として捉え,企業がサプライチェーンを全体的視点で,シス

テム的・戦略的に認識する傾向をサプライチェーン指向(Supply Chain Orientation:SCO)と

呼んでいる(6)。以下では,このSCOと関係させながら,以下において, SCMの全体像を考察す

る。

1-2SCMの内容

 メンツァー・ドゥウィット・キールバー等によれば,SCOは,サプライチェーンを構成する企

業が個別に有するのではなく,サプライチェーン全体で共有されるものである。そのため,SCO

に影響を与える要因として,サプライチェーン全体における企業間の信頼,コミットメント,組

織内・組織間文化の点でトップ・マネジメントの役割が挙げている(7)。

 サプライチェーン内のメンバーのSCMに対するコミットメント,メンバー間の信頼感の醸成,

文化,トップのSCMへの戦略ビジョンなどが, SCMにおいて効果的なSCOが育まれる決定的

要因となる。こうした要因がサプライチェーン内でのSCOの醸成される条件であり, SCMに

対するシステム的・戦略的態度を生み出すのである。

 SCMの実際の活動は,経営思想たるSCOと連動して遂行されることが望まれる。上記の要

因を加味した上で,メンツァー・ドゥウィット・キールバー等は,SCMの遂行にとって求められ

るものを以下のように指摘している⑧。

 第1に,チェーンメンバー間の行為が統合されることが求められる(integrated behavior)。

顧客の需要に対して適切に反応するために,サプライチェーンの構成組織が,全体統合,全体最

適化に向けて行動の調整を行うのである。

 第2に,チェーンメンバー間で,相互に情報が共有される(mutually sharing information)

必要がある。これは,チェーンメンバーがそれぞれの戦略的,戦術的データを共有し,有効に活

用することで,サプライチェーン間での不確実性を逓減することが期待される。全体統合に向け

ての計画やモニタリングにとって不可欠な活動である。

 第3に,チェーンメンバー間で相互のリスクと報酬(mutually sharing risks and rewards)

(5) Mentzer et. all., Ibid., p.4.

(6) Mentzer et. alL, Jbid., p.11.

(7)Mentzer et. all., Ibid., pp.13-15.

(8) Mentzer et.al., lbid., pp.12-15.

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(589) SCMにおけるトップ・マネジメントの役割に関する一考察 121

を共有することである。リスクとそれに対する報酬を共有することで,チェーン内での結束力が

強化され,長期的な協働と指向を目指す戦略の策定と遂行が期待される。

 第4に,上記の3と関連してチェーンメンバーの協働(cooperation)が求められる。これに

よって,チェーンのメンバーの企業において機能間調整が図られる。これは,長期的にパートナー

間で期待される結果を生み出すために,サプライチェーンの構成企業間で行われる相互補完的,

調整活動である。そして,チェーンメンバー間で,サプライチェーンを計画,管理(control)

するのである。チェーンメンバー共同でサプライチェーン全体でのコスト効率性の追求,新製品

開発,製品ポートフォリオ決定,品質管理,流通システムの計画を行い管理する。

 第5に,顧客サービスに対してチェーン全体で共通の目的と指向をもつことである(the

same goal and the same focus on serving customers)。サプライチェーンの構成企業間(経

営)で政策(policy)を統合させる。つまり,低いコストで,メンバー企業がサプライチェーン

を統合できるように,冗長性(redundancy)や重複(overlap)を避けるようなサプライチェー

ン政策を調整する。これは,構成企業間で,適合的(compatible)な文化や経営手法がある場

合に可能となる。

 第6に,チェーンメンバー間でプロセスの統合(integration of processes)が行われる必要

がある。サプライチェーンのメンバー企業は企業内における局所的職能を,プロセスに変化させ,

チェーン全体の最適化を目指してプロセスを統合する必要が生じてくる。メンツァー・ドゥウィッ

ト・キールバー等は,4段階に渡る(9)チェーンのそれぞれのプロセスを全体的に統合する過程を

示している。

 第7に,外部の企業(サプライヤーや顧客)に対して,統合の範囲を広げ,サプライチェーン

全体の統合が行われる必要がある。効果的なSCMにおいて長期的な関係を構築し,維持するパー

トナーが必要となる。このチェーン全体の統合には,パートナー間のオープン性や信頼感が求め

られる。

 このように,SCMではサプライチェーン内のすべての機能が主要なプロセス(1°)として再組織

(9)第1段階として,チェーンの基礎ラインの整備(Represents the base line case)があげられる。そ

  れぞれ,ばらばらの状態にある在庫管理,独立し,チェーン相互で互換できないコントロールシステム

  や手続きを一つ一つのプロセスとして,まとめていく。第2段階は,コスト削減の視点から企業内にお

  いて,プロセスを統合化していくのである。ここでは,業績改善,在庫のバッファー,消費者サービス

  を高めるよりも,それぞれのチェーン間での取引コストの削減を目指していくのである。つまり,顧客

  価値向上は,チェーン内での取引コスト削減により生み出されるという考えである。

  第3段階として,内部企業統合の達成(Reaches toward internal corporate integration)があげ

  られる。効率性,チェーン間のつながり,顧客への連続した反応的アプローチに対して戦略的に焦点を

  当てたり強調したりするよりも,物流,中期的計画,戦術を通して,戦術的に顧客の購買注目度によっ

  て影響を受け,内部企業統合を行い,それを達成する。

(10)プロセスの定義として,Davenportは,特定消費者や市場のためにある結果を生み出すようデザイ

  ンされた活動を構築し,測定するものとしてプロセスを定義した。

  La Londeは, SCMは,原材料の段階から最終消費者まで,財と情報の流れの同期的な管理を通し

  た,高められた消費者サービスや価値を生み出すために,企業の境界を超えた情報,製品,関係管理プ

  ロセスである。

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122 「明大商学論叢』第86巻特別号 (590)

化される。これによって,顧客のニーズに焦点を合わせ,顧客の視点に立ってプロセスを再組織

化することとなる。その主要なプロセスとして,CRM(Customer Relationship Man-

agement),顧客サービス管理,需要管理,生産フロー管理,調達,製品開発,商品化などが挙

げられる。

 メンツァー・ドゥウィット・キールバー等によれば,SCMでは,サプライチェーン内のすべて

の機能が顧客価値向上のために,システム的に主要なプロセスとして再組織化される。それは,

企業間,企業内の「無駄な活動」を除去し,サプライチェーン内の取引コストを抑えるだけでな

く,業務や戦略的能力,資源の選択と集中を行い,顧客価値向上へ向けた同期化を図る協働的努

力である。こうしたSCMの遂行のためには,サプライチェーン内に信頼やオープン性,相互互

換的な文化性,戦略ビジョンなどを含んだ有効なSCOが醸成される必要がある。このように

SCMは,プロセスを再編するという効率性の議論と,いかに有効なSCOを醸成するかといっ

た文化的,社会的な側面を有している。

2.BPR論とロジスティックス論

2-1 BPRとSCM

 1990年代以降,米国を中心として,企業環境の変化に即応するために顧客の価値をベースに

既存の機能別組織をプロセス・ベースの組織に再編成しようとする「リエンジニアリング(reen-

gineering)」の動きが広がっていた。「リエンジニアリング」は,ハンマーとチャンピー(Ham-

mer, M., and J. Champhy)やダベンポート(Davenport)により提唱されたものである。

 BPR(Business Process Reengineering)とは,山下によれば,企業活動の現状にとらわれ

ずに,最適な業務プロセスをデザインし,全体最適が達成されるように組織のシステムを再構築

するものである。すなわち,既存の戦略の抜本的改革を行うのである。さらにITの積極的活用

により,市場や技術へのアジルな対応を可能にし,顧客満足の実現を目指す(1D。

 BPRの特徴として,既存の機能別組織をプロセス・ベースの組織へと再編成することが挙げ

られる。このプロセス・ベースへの企業組織の再構築は,企業環境の変化に伴って求められる。

つまり,大量生産・大量消費のパラダイムでは,企業は経営効率性向上のために組織の各機能の

効率性を高め,それを垂直的なヒエラルキーでコントロールするのが適切であった。しかし,市

場が成熟化し,顧客のニーズが多様化し,生産方式がよりカスタマイズされるようになってくる

と,従来の機能別組織では,環境に対応するのが難しくなり,企業は,(局所的な)機能的部門

の最適化ではなく,顧客満足達成のために,経営プロセス全体の最適化を図ることが求められ

る(12)。そこでは,企業において,各機能別組織のそれぞれが効率性と生産性を向上させようと

(11) 山下洋史,諸上茂登,村田潔編著,『グローバルSCM』,有斐閣,2003年,22ページ。

(12) Burgess, R.(1998),“Avoiding Supply Chain Management Failure:Lessons from Business Proc-

 ess Re-engineering”, Intemational/burnat of Logistics Management, Vol.9, No.1, P,16.

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(591) SCMにおけるトップ・マネジメントの役割に関する一考察 123

するのではなく,顧客価値最大化に向けて,企業のプロセス全体の最適化を目指そうとするので

ある。

 この企業組織でBPRが行われる基本は, ITを適切に使用することである。すなわち, ITを

適切に使用することで,情報の収集,共有,分析,蓄積について組織メンバーの能力を高めると

ころとなった(’3)。つまり,組織内で,、EDI(Electronic Data Interchange)やEPOSを利用す

ることにより,サプライチェーン内の情報の流れ(顧客に向けた財・サービスの流れ,サプライ

ヤーに向けた情報の流れ)の効率を向上・改善させ,プロセス内・間のスケジュニリング・モニ

タリングの促進を図ることが目指されている。このITによる情報共有と情報処理能力の向上に

より,組織メンバー間でコミュニケーションを促し在庫の削減やサプライチェーン内における顧

客価値向上に結び付かない活動が除去されるなど,サプライチェーン内でビジネスの機会と脅威

により易すく対応でき競争優位の源泉が獲得されることを可能とする。つまり,組織内で,

ITを手段として用いることにより,組織メンバー内の情報伝達・処理能力を高め,機能別の枠

組みを超えて,顧客べ一スでの活動プロセスごとに組織を再編することが可能となったのであ

る(且5)。

 BPRにおいて,トップ・マネジメントは,全体のプロセスを統合・調整する必要がある。そ

こで,トップ・マネジメントは組織内においてプロセスの統合,調整を行う前提条件を整えるた

めに,経営コンセプトを組織に広あていく。具体的な統合・調整は,現場のプロセス責任者によ

り成される。プロセス責任者は,その経営コンセプトを所与として,チェーンにおける戦略を遂

行する。つまり,トップ・マネジメントは経営戦略と戦略ビジョンの策定・遂行の役割を担い,

実際の具体的な戦略策定・実行は権限委譲されたプロセス責任者が執り行うのである。

 次に,BPRからSCMへの発展過程を考察したい。それは, BPRがうまく機能しなくなった

原因を探ることでもある。BPRの失敗の要因として,次の3つが挙げることができる(16)。第1

にIT活用の目的化が挙げられる。これは,消費者行動や欲求の把握,最適な結果を得るための

目標の設定,プロセスの効率化にITが活用されるのではなく, ITの局所的活用やITそれ自体

を活用することが組織目的になってしまったのである(’7)。

(13) Burgess, R(1998),“Avoiding Supply Chain Management Failure:Lessons from Business Proc-

 ess Re-engineering”, International /ournal()f Logis tics Management, VoL 9, No.1, p.18.

(14) Ibid., p.16.

(15) Ibid., p.17.

(16) BPRの失敗原因について,下記の文献を参考にした。

  Burgess, R, Ibid., pp.18-22.

  山下,前掲書,22ページ。

  石井淳蔵,奥村昭博,加護野忠男,野中郁次郎,『経営戦略論』,有斐閣,1996年,225ページ。

  遠山 暁『現代 経営情報システムの研究』,日科技連,1998年,286~302ページ。

(17) 松丸正延,山下洋史,「SCMにおける合意形成の脆弱性に関する研究」『「先端的グローバル・ビジ

  ネスとITマネジメント」2002年度TOC戦略サブプロジェクト研究論文集』,明治大学Global e-SCM

 研究センター,p.75.

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 第2に,組織メンバーからの抵抗が挙げられる。BPRは,それを導入するにあたって人的資

源への関心や注意が薄かった。バーゲス(Burgess, R)によれば, BPRの変革プロセスにおい

て初期の段階から関わっている組織メンバーは,それ程多くはいなかったのである㈹。限られ

た組織メンバーがこのBPRを立ち上げ,それが段階的に全体に拡げていく形式をとっていた。

このことにより,組織メンバーの変革へのコミットメントが弱くなり,BPRを受容する組織文

化が醸成されてこなかった。これによって,メンバー間のBPRに関するコミュニケーションが

弱くなり,変化に対する抵抗感を生むようになってしまったのである。

 これに関連して,BPRにおいて,組織文化や組織メンバーの知識や技能に対して,それ程,

重要視しなかったことも挙げられる。BPRは「無駄な活動」を除去することによって効率性の

向上とコスト削減を図ろうとするものであるが,人的資源や組織能力・資源を考慮せずにプロセ

スを再編していこうとするところに問題点がある。つまり,「無駄排除」を指向するあまり本来

蓄積されるべき組織能力の源泉まで除去する危険性がある。このような組織能力は,日常の業務

の中で時間をかけて徐々に醸成されるものであり,また従業員間の情報・知識共有,コミュニケー

ションが必要とされる。このようなBPRにおけるプロセス再編は,この「可能性」を取り除く

ことにもなってしまうのである。トップ・マネジメントはここで,自社の経営資源・組織能力の

源泉を適切に見極め,資源の選択と集中を効果的に行うことが求められる。

 第3に,BPRは個別企業内での(局所的)プロセス変革であることが挙げられる。山下は

『BPRのめざす全体最適が「個別企業」の全体最適であり,企業間のパートナリングやコラボレー

ションによる企業群全体としての競争力強化が重要な課題となっている今日,個別企業の単独の

最適化のみでは,激しい競争に勝ち抜くことが難しい状況にある』(19)と述べているように,顧客

の多様なニーズに対応するためには,様々な企業のBPRシステムをチェーン全体へ拡張し,チェー

ン全体で,業務プロセスの最適化を図ることが求められている。

 以上のことから,その後の関心と議論は,サプライチェーン全体の最適化を目指すSCMとシ

フトしていくことになった。

2-2 ロジスティックス論とSCM

 米国ロジスティックス管理協会(CLM)の定義によれば,ロジスティックスとは,顧客の必

要条件に適合させるべく,原材料,半製品,完成品ならびにその関連情報の,産出地点から消費

地点までのフローと保管を効率的かつ費用対効果を最大ならしめるよう策定,実施,統制する過

程とされている。

 ロジスティックスを捉えていく上で,以下の2つの課題が挙げられる。すなわち,第1に消費

者のニーズ(customer requirement)を果たすために効率的な移動と在庫管理を行うこと,第2

に,消費者のニーズを顧慮しながら卸機能(warehousing)や輸送機能(from warehousing

(18) Burgess(1998),op. cit., p,21.

(19) 山下,前掲書,22ページ。

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 (593)      SCMにおけるトップ・マネジメントの役割に関する一考察        125

and transportation)を中心にサプライチェーンの統合することである(2°〉。つまり, POS, VAN

(Value Added Network), EDIなどの情報システムを活用して,生産,在庫,物流,販売情報

を自社内で共有化することにより,顧客動向をより的確に把握し,(自社内の)サプライチェー

ンの財・サービスの流れの効率化を図ることで,在庫と全体的なコストを削減しようとしたもの

である。

 ロジスティックスの観点として,サプライチェーン内のどの部分を扱うかが問題とされる。ロ

ジスティックスの前段階にあたる物流概念において,企業の機能別部門である物流部門でのシス

テムの効率化を図ることが主眼に置かれていた。すなわち,輸送,保管,包装,荷役などが管理

の対象であり,物流システムの自動化・機械化による効率化が狙いであった。ロジスティックス

では,物流部門だけでなく,社内全体の(財,サービスの流れの)流通効率化を目的として,輸

送,保管だけでなく,生産,販売に至るまで視野を広げ,チェーンを管理していこうとするので

ある⑳Q

 サプライチェーンを企業内だけでなく,調達から販売までの企業の取引パートナーのすべてを

含め,全体を一つの流れとして管理し,統合を行うロジスティックスやその取引パートナーだけ

でなく,そのパートナー間の財・サービス,情報の流れを促進し,支援していく役割を担う,第

3者機関(サード・パーティ・ロジスティックス:Third Party Logistics)の役割も大きくなっ

てきている。近年では,製品の生産から最終顧客に至る動脈物流に対して,地球環境に配慮した

製品回収から廃棄物の処理に至る静脈物流(22)も注目を集めつつある。

 ロジスティックスの特徴として,チェーン管理が企業の既存の物流部門・機能によって担われ

るのではなく,企業内の財・サービスの流れに適合した形で,企業の機能別組織を統合しようと

する点が挙げられる。水平的な組織形態により,財・サービスの流れに適合させ,無駄な活動を

排除し,流通コストの削減を目的に業務プロセスを統合・調整していくのである。これは,BPR

における顧客価値向上のために,機能別組織の枠を超えて無駄な活動を除去し,業務を「プロセ

スにより再編」して行こうとする「考え方」と共通している。つまり,輸送,在庫,スケジュー

リングなどを情報システムにより統合し,社内全体の財・サービスの流通の効率化を図ろうとす

る。

 しかし,ロジスティックスは,自社内完結型であることにその問題がある。すなわち,企業の

ロジスティックスの管理は,たとえその管理の方法が他企業の業務に影響を与えたとしても,自

社企業の領域内のみでの活動に終始するのである(23)。従って,自社内において,いかに社内の

財・サービスの流れを促進しても,価値連鎖を全体から考えた場合には,それは局所的最適化を

行っているにすぎない。

(20) Zacharia, et. aL(2001),op. cit., p,16.

(21)SCM研究会,「サプライ・チェーンマネジメント』,日本実業出版社,14~15ページ。

(22)星野裕志「グローバルSCMと国際物流」,山下,前掲書,141ページ。(23) Schary, P. B, and T. Skjott-Larsen,(2002),“Managing the Globαl Szapply Cんα勿恐CBS press, p28.

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 126              『明大商学論叢』第86巻特別号             (594)

 さらに,ロジスティックスでは,競争優位性の確保や収益性の改善を目指した消費者価値の向

上や満足の視点が欠落している。ロジスティックスは顧客のニーズを満たすための効率的な在庫

管理と輸送を強調しているのであり,競争優位性の確保や収益性改善のための顧客価値やCS

(顧客満足:Consumer Satisfaction)の考え方は含まれてはいない(24)。また,これに関連して,

ロジスティックスは製品開発や財務管理の機能はカバーされていない。基本的に,情報システム

の活用により顧客の行動を把握しながら財・サービスの流れの効率化に議論の焦点が置かれてい

る。ロジスティック・プロセスには,マーケティング・リサーチ,情報収集,R&Dに対する,

全てのシステムと価値についての分析が含まれる必要がある(25)。

 また,ロジスティックスの議論では,その企業の保有している資源や能力(capability)に

対する関心は大きくない。つまり,需要動向に対してコンテンジェントに対応するという生産,

輸送,在庫,販売管理に焦点が置かれ,組織が持つ資源や能力に合わせて財・サービスの流れを

編成しようとする指向は低い。これはロジスティックスでは生産,輸送,在庫,販売活動におけ

る「無駄」の排除に主眼が置かれ,その組織が持っている資源や能力をベースに,サプライチェー

ン全体における財・サービスの流れを整える発想が欠落している。ロジスティックスの議論では,

サプライチェーン・プロセスの「選択と集中」の視点が強調されていないのである。すなわち,

自社内の資源・能力から,サプライチェーンにおけるロジスティックス・プロセスを分析し,自

社内にはあまり経験がなく不得意な分野・プロセスを企業外にアウトソーシングし,自社の強み・

得意とするプロセスのみ活用するということがなされていないのである。

 このように,ロジスティックスは,顧客指向,企業戦略の視点があっても,コア・コンピタン

スに対する注意を払わずに,「無駄な」活動・機能を除去しようとするプロセス再編に焦点が置

かれている。これは,BPRにおける問題意識と近似している。

3.SCMと取引コスト・ネットワーク分析

3-1 ロジスティックス・BPRの議論とSCMの議論

 BPR論・ロジスティックス論とSCMの議論に共通しているのは, ITを所与とした業務のプ

ロセス指向である。つまり,複数の職能にまたがる多様な業務や管理活動が顧客にとって価値を

生むかどうかを判断基準に,ITを利用することによって,無駄な業務を排除し,顧客価値を高

める活動のみをプロセスとして再編成するのである。他方,BPR論・ロジスティックス論と

SCMの議論で不足している点として,社内から社外への結び付きが挙げられる。サプライチェー

ン全体としての財・サービス・情報の流れを把握し,サプライチェーン全体の効率化のために統

合的視野で,サプライチェーンの連携を調整する必要がある。

 BPRは,社員のコミットメントが低いために,当該企業の組織文化を醸成する役割を担って

(24) Mentzer, et. a1.(2001),op, cit., p,16.

(25) Mentzer, et. a1.(2001),op. cit., p,17.

Page 12: SCMにおけるトップ・マネジメントの役割に関する一考 URL …1.SCMの定義と内容 1-lSCMの定義 本節では,メンツァー・ドゥウィット・キールバー等(Mentzer,

 (595)      SCMにおけるトップ・マネジメントの役割に関する一考察        127

いない。「無駄排除」のために,組織学習がなされにくくなり,コア・コンピタンスが蓄積され

にくくなる。またロジスティックス論は企業内の流通プロセスを効率良くし,流通における取引

コストを削減するために,「無駄な」機能を取り除こうとする。そのため,組織が保有する資源

や能力にあまり関心が払われていない。BPR同様に,自社の経営資源に対して「選択と集中」

を行う観点から,「強み」の経営資源を生かし,その分野に集中するという視点で,流通プロセ

スを整備するよりも,(取引)コスト削減の観点から,他社企業とのサプライチェーンにおける

流通プロセスの「標準化」を図ろうとしたものである。

 BPRならびにロジスティックスとの共通点は,機能別組織の枠を超えて,情報システムある

いは,IT活用による活動プロセスに基づき,組織構造と業務を再編することである。つまり,

取引コスト削減の観点から企業の業務を機能別ではなくプロセス別に捉え直し,再編していくの

である。

 BPR・ロジスティックスの議論からSCMの議論に発展していったものの中には,第1に社内

の業務のみの最適化だけでなく,社外の業務を含めサプライチェーン全体から活動プロセスを統

合し全体最適化を図ること,第2にSCMにおいて,コスト削減の視点からだけではなく,サプ

ライチェーンにおける提携を,異なる経営資源を持つ企業群として捉え,自社の経営資源を考え

た上で,「強み」の資源に集中させ,「弱み」の資源に対して外部活動を図るという経営資源の

「選択と集中」を行い,コア・コンピタンスを考慮しながらサプライチェーン全体の業務プロセ

スを統合し,全体最適化を図ることが含まれている。

図表1サプライチェーン・マネジメントの発展過程

物   流 ロジスティックス サプライチェーン・マネジメント

時期(日本) 1980年代中頃以前 1980年代中頃以降 1990年代後半以降

対    象輸送,保管,包装,

ラ役生産,物流,販売

サプライヤー,メーカー,卸売業者,小

щニ者,顧客

管理の範囲 物流機能・コスト 価値連鎖の管理 サプライチェーン全体の管理

目    的 物流部門の効率化 社内の流通効率化 サプライチェーン全体の効率化

改善の視点 短期 短期,中期 中期・長期

手段・ツール物流部門システム

@械化,自動化企業内情報システム

oOS, VAN, EDなど

パートナーシップ,ERP, SCMソフト,

驪ニ間情報システム

テ  ー  マ効率化

i専門化,分業化)

コスト+サービス

ス品種,少量,多頻度,

闔桾ィ流

サプライチェーンの最適化消費者の視点

ゥらの価値情報技術の活用

出所:SCM研究会(1999), p.15.から作成

 このBPRとロジスティックスの議論の相異からSCMの意義をより深く探るために,理論的

なアプローチに基づいて分析を行いたい。一般にSCMを捉える上で2つのアプローチがある。

すなわち,取引コスト理論とネットワーク理論がこれである。これらの理論は,SCMの活動を

全体的に把握するだけでなく,効果的にSCMを実行するのに,どのような活動が求められ,そ

Page 13: SCMにおけるトップ・マネジメントの役割に関する一考 URL …1.SCMの定義と内容 1-lSCMの定義 本節では,メンツァー・ドゥウィット・キールバー等(Mentzer,

 128              『明大商学論叢』第86巻特別号

の意味を考察するのに大いに役立つ。

(596)

3-2取引コスト理論とSCM

 取引コスト理論とは,取引当事者間の限定合理性と機会主義を所与として,取引における効率

的なガバナンス構造の構築を求めていく理論である。取引コスト理論からのアプローチでは,取

引コストを最小化させるための効率の良い構造の構築を目指す(26)。

 効率的な取引は,資産特殊性(asset specificity),不確実性(uncertainty),取引頻度(tran-

saction frequency)によって決定されるのである。つまり,取引において,別の取引相手を求

めるのが困難なほど,取引する資産が特殊であり,取引頻度が高まるにつれ,なおかつ取引を取

り巻く環境が不確実なほど,取引は多数によるものではなく,少数あるいは2対の双務的供給に

変化するようになる。

 このことから,資産の特殊性,環境の不確実性,取引の頻度が高まれば高まるほど,取引形態

は,市場を介した取引から組織を利用した取引へと変化する。つまり企業間取引は取引コスト削

減のために,中間組織形態,垂直統合に移行するのである。

 取引コスト理論では,取引当事者が機会主義的な行動を取る余地があることを想定している。

取引パートナー間で機会主義的な行動を防ぐことを保証するために,適切なセーフガード

(safeguard)を設けることを必要としている。取引コスト理論において,このセーフガードは,

法的規律(legal ordering)と私的合意(private agreement)の2つの形態が取り上げられて

いる。

 この場合,法的規律(legal ordering)は,取引当事者ら(the parties)ができる限り関係す

る多くの部分をカバーする公式の契約を取り扱う。一方,私的合意(private agreement)は相

互関係のバランスをとろうとすることを想定する。これには,「合弁(joint venture)」,「株式

交換(exchange stocks)」,「信頼しうる確約(credible commitment)」と呼ばれる関係への

特殊投資などが含まれるc27)。

 取引コスト理論は,取引当事者間の限定合理性,機会主義を所与として,取引コストの削減を

いかに行うかに関心の焦点が当てられる。SCMでは,取引頻度などが高まることによる企業間

で垂直統合が行われるとはしない。垂直統合を行うよりも,IT活用による水平的コーディネー

ションが図られるが,サプライチェーン内の企業による機会主義的行動の余地や取引コストの削

減などの取引コスト理論の視点は,SCM研究に援用することができる。つまり,取引コストの

削減といった観点から,全体的なサプライチェーンの構築・調整を図り,またSCM遂行にあたっ

て,サプライチェーン内の構成企業の活動をモニタリング,コントロールする必要性があること

が確認することができる。

(26) Larsen, T, S.(1999),“Supply Chain Management:ANew Challenge for Researchers and Manag-

 ers in Logistics”, Internationα1/burnal of Logistics Mαnagement, Vol.10, No,2,1999, p.48,

(27) Schary, P. B., and T. Skjott-Larsen,(2002),の. cit,, p.28.

Page 14: SCMにおけるトップ・マネジメントの役割に関する一考 URL …1.SCMの定義と内容 1-lSCMの定義 本節では,メンツァー・ドゥウィット・キールバー等(Mentzer,

(597) SCMにおけるトップ・マネジメントの役割に関する一考察 129

3-3 ネットワーク理論とSCM

 取引コスト理論は,主に経済的問題に焦点を当て,個人的,社会的関係への視点が欠落してい

ると批判がされてきた。すなわち,取引コスト分析は本質的に静的な理論であること,行為者の

機会主義的行動ばかり強調され,信頼に基づく取引関係が排除されていること。さらに取引コス

ト分析がコスト効率性のみに焦点が当てられ,相互関係における関係価値(mutual value)に

ついて考慮されていないということである㈱。これらの批判をもとに,企業間取引の個人的,

社会的関係を中心に考察を行うのが,ネットワーク理論である。

 ネットワーク理論は,フェファー・サランシック(Pfeffer, J., and G. R. Salancik)による資

源依存理論と関係し,それを基礎に,ハカンソンとスネホタ(Hakansson, H., and I. Snehota)

らを中心に展開されている。このネットワーク理論では,他企業との相互活動により,企業は他

企業の資源を獲得することができる。ネットワーク・アプローチの根底には,企業が存続するた

めには他企業の資源に依存することが不可避であるという認識がある。つまり,企業は限定合理

性のために,すべて自社で資源を入手することは困難であり,従って,他企業の資源に依存せざ

るをえないのである(29)。これは,取引コスト理論が,限定合理性のために,他企業が機会主義

的行動を取ると想定するのとは異なる。従って,企業経営は他企業により保有・管理されている

資源に依存するというのがネットワーク・パースペクティブの基本的想定である。ここでは,チャ

ネルの企業間での取引コストを如何に削減するかという視点ではなく,企業間で,資源の確保を

依存し合っている関係に焦点が当てられる。

 ネットワーク理論において,取引当事者間の活動プロセスの相互作用を捉える場合,1)活動

(activity),2)活動者(actors),3)資源(resources)の3つの視点を対象とする。

 相互作用の中で,ネットワークは交換プロセス(exchange processes)と適応プロセス(ad-

aptation processes)という二つの活動プロセスを通して発展していく。交換プロセスは,情報,

財・サービス,社会的プロセスの交換を含む。ここで重要なのは,社会交換プロセスである。社

会交換プロセスは,個人的関係だけでなく,技術的,法的,ロジスティックスの管理的要因を含

んでいる。社会的プロセスにより,企業は新しい技能や知識,資源を獲得・発達させることがで

き,これが,企業経営における競争優位の源泉となる。すなわち,社会交換プロセスを通して,

取引相手はお互いに徐々に信頼を構築していくのである。

 一方,適応プロセスは,ネットワーク内における資源の有効活用を達成するために,製品シス

テム,管理システム,生産プロセスの相互修正を含んでいる。これにより,取引当事者間の絆

(bonds)(3°)を強化するのを促進する。ネットワーク内で,他の取引相手の必要性を調整するこ

とにより,取引当事者は,自分たちの相互関係を安定的で永続的であるとみなし,短期的で機会

(28) Schary, P. B., and T. Skjott・Larsen,(2002),op. cit., p.78.

(29) Larsen., T. S.(1999),op. o鉱, p.44.

(30) この絆は,①技術的絆(technical bonds)と②社会的絆(social bonds)③管理的絆(administra-

  tive bonds)に分けることができる。

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 130              『明大商学論叢』第86巻特別号             (598)

的な利益による機会主義的行動の誘惑に揺り動かされないことを示ている。つまり,ネットワー

ク内においてチャネル・メンバーは相互の「信頼」に基づき取引を行うのである。

 ネットワークにおける取引は,動態的である。つまり,環境などのコンテクスト要因の変化に

より,ネットワーク関係は取引を最適化しようと常に変化するのである。そのネットワーク内の

取引関係は他のネットワーク・メンバーとの関係により決定されるパワー構造に基づいている。

ネットワークにおいて,様々な取引当事者が他の取引当事者の活動や取引に影響を与えるパワー

構造が存在する。このパワー構造が,ネットワーク上の個別企業の戦略アイデンティティを決定

するのである。しかし,このパワー構造は,静的にあるメンバーに保持されているものではなく,

環境の変化に応じて,ネットワーク内の相互活動の中で変化していく。つまり,環境的コンテク

ストの中でネットワーク内のパワー関係も変化し,ネットワーク・メンバーは常に適切な取引形

態を求めて動いていくのである。

 さらにネットワーク間における協働は,「ビジュアル資産(visual asset)」の交換による「公

式の協働」と「インビジュアル資産(invisual asset)」の交換による「社会的交換を通じた信

頼の発展」に基づく非公式の協働により行われる(31)。公的な協働は経営者レベルで構築される。

一方,非公式な協働は経営(交換)活動に直接携わっている人々の間で発達する。ネットワーク

の議論で主に注目されるのは,「信頼」を前提としたインビジュアル資産の交換に基づく非行式

の協働である。

 長期的にネットワークを組む前提条件は,ネットワーク・メンバー間に信頼感とオープン性が

醸成されていることである。そしてネットワーク・アプローチでは,外部とのネットワーク関係

においてロジスティックスに対する(特殊)能力を促進することが求められる。ネットワーク内

で長期的に相互活動を行い,そのプロセスを通して企業は知識・資源を得ることができ,特殊技

能を発達させることが可能となる。このことは,ネットワーク内で,企業が,資源を選択・集中

でき,自社内でコア・コンピタンスを蓄積することに繋がる。

 BPR論とロジスティックス論を取引コストとネットワークの観点から分析し, SCMを捉えて

いくと,次のことが言えるのではないか。

 つまり,SCMは取引コストの削減によるプロセス統合の視点だけでなく,そのサプライチェー

ン内での信頼性・オープン性の視点を看て取ることができる。つまり,BPRとロジスティック

スの議論よりもSCMの議論の方が,よりネットワーク・アプローチからの信頼性・オープン性

が重要視される。

 ここで,トップ・マネジメントの役割はどのように求められるか考えてみたい。ネットワークの

議論において,組織間で信頼感とオープン性を付与・醸成させ,戦略ビジョンを広げる役割を担う

必要があるのと同様に,チャネル間の取引における取引コスト削減と取引当事者間の機会主義的行

動を防ぐ視点から,取引をコントロール・モニタリングする役割を導き出すことが可能ではないだ

(31) Larsen, T. S.(1999),op. cit,, p.42.

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 (599)      SCMにおけるトップ・マネジメントの役割に関する一考察        131

ろうか。換言すれば,取引コスト削減およびコントロール・モニタリングの観点からサプライチェー

ン内の全体最適・調整を図る。そして,それを効果的に遂行するための前提となる,信頼性・相

互互換的な文化を醸成させるなどのコンテクスト要因について,ネットワーク・アプローチによる

戦略ビジョンや価値を伝達する役割などがトップ・マネジメントに必要となると思われる。

 以下では,SCMにおけるトップ・マネジメントの役割を,詳しく考察していきたい。

4.SCM内のコンフリクトの発展とトップ・マネジメントの役割

 SCMでは,顧客の多様なニーズを組織に伝達し,それに即応する組織構造が求められる。既

存の「縦割り分業」を柱とする組織において,業務に関する部門間,階層間のコミュニケーショ

ンと調整は,公式の文書化された(手続き的な)プロセスに則り行われ,情報と意思決定は,トッ

プ・ダウンの垂直的な流れで行われる。そのため,顧客のニーズに対する処理メカニズムは複雑

である。すなわち,顧客ニーズは様々な部門で伝達,対処され,ミドル層のメンバーがこれをま

とめトップへ伝達する。トップは,この情報に基づき,処理,意思決定を行い,その決定はミド

ルを介して現場の業務レベルへ伝達される。つまり,様々な部門や階層を通して情報が伝達され,

最後にトップに到達する。また,トップで行われた意思決定が現場に再び伝達されるという垂直

的なヒエラルキー構造を特徴とする。ここではトップの役割は組織全体への情報伝達と意思決定

を行うことである。

 これに対し,顧客のニーズが多様化し,商品の多品種少量生産が求められる企業環境において,

既存の官僚的な組織では顧客ニーズに対して迅速に対処することは難しい。よりアジルに市場に

適応するために,情報共有・処理ならびに,意思決定はできる限り現場に任せられねばならない。

つまり,意思決定を情報収集・処理のスピードを高めるために,現場業務へ権限委譲を行い,トッ

プは組織全体の戦略に関するコンセプト・理念を提示し広めることで経営の基本的方向を示し,

具体的な戦略策定・遂行などは現場が責任を負うこととなるのである。つまり,現業単位(op-

erational units)が,機能別活動の中心(functional activity centers)を超えて強い権限を持

つことで,お互いの現業単位と結びつき,交渉を行い,決定を行うのである(32)。現場にできる

だけ多くの裁量を与え,その周辺で発生した問題はトップの判断を仰ぐことなくその現業単位で

解決するのである。これは,垂直的な「縦割り」組織に対して,横の関係で情報が流れ,業務が

水平的に行われる組織構造である(図2参照)。

 以下では,こうしたトップの活動を念頭に置きながら,SCMにおいて具体的に求められるトッ

プの役割と資質について検討を加えることとする。この議論に入る前に,トップ・マネジメント

の構造を確認する。

 企業規模の拡大,職能の複雑化に伴い,トップ・マネジメント組織は,複雑化し,「分業化」・

(32) Schary and Skjott-Larsen, op. cit., P.258.

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132             『明大商学論叢』第86巻特別号            (600)

                図表2 経営構造の比較

伝統的経営(traditional management)       横断型経営(lateral management)

           トツプ゜マネジメント [iコトツプ゜マネジメントトップ・

 決定 iぐ墨

’  1       「     、

ミドル・マネジメント

       機能別活動                    機能別活動

    出所;Skjott・Larsen and Schary(2001), p.259.から作成

「階層化」を生じさせている(33)。トップ・マネジメント組織は,以下の3つの層から構成されて

いる。

 a.受託経営層

 受託経営層は取締役会を指す。企業,とくに株式会社は,株主だけでなく,従業員,金融機関,

取引先など各集団の利害を調整する役割を担っている。取締役会は,株主に対する受託者責任を

担い,また利害関係者の利害調整の見地から企業経営の策定,検討,監視を行う。つまり,受託

経営層は企業経営政策の策定・検討,監視機能を担うのである。

 b.全般経営層

 全般経営層は受託経営層によって決定された企業戦略や方針を遂行する機能を担う。つまり

「受託経営層」により企業経営の遂行機能が委譲される。企業経営の方針・目標に沿って戦略を

具体的に計画し,遂行していく役割を担う。これには,CEOやCFO, CIO, COOなど経営執行

役員層が該当する。

 c.部門経営層

 部門経営層は,全般経営層の経営に関する指示を受け,職能別,ないし事業部門別に経営方針

を具体的に実践する。

 以上の3段階の経営者層のうち,戦略の遂行を行うマネジメント機能を担うのは,全般管理層,

部門管理層である。このマネジメント機能に対して,ガバナンス(governance)機能がある。

ガバナンスとは,企業経営の方針・戦略策定並びに,その遂行に関する監視を行う。一方,マネ

ジメントとは,ガバナンス職能にて決定された戦略や方針を実行していくのである。ガバナンス

機能は受託経営層である取締役会によって担われ,マネジメントは,全般・部門層の経営者によ

り行われる。しかし,取締役会の実質的な機能として,戦略策定よりも戦略の監視を行う場合が

多い。これは,現在の企業が大規模化し,企業経営の専門的知識が必要とされる中で,経営効率

性を高めるには,企業経営に精通している経営者により戦略策定が行われることが有効だからで

(33) 占部都美,『改訂 企業形態論』,白桃書房,1977年,184ページ。

Page 18: SCMにおけるトップ・マネジメントの役割に関する一考 URL …1.SCMの定義と内容 1-lSCMの定義 本節では,メンツァー・ドゥウィット・キールバー等(Mentzer,

 (601)      SCMにおけるトップ・マネジメントの役割に関する一考察        133

ある。よって,実際には,トップ・マネジメントが企業経営の戦略の策定から遂行までを担うこ

とが多いのである。SCMにおけるトップ・マネジメントを考察する場合,取締役会よりも戦略

策定を担う全般管理層の経営者に照準を当てるのが適切である。

 では,トップ・マネジメントはどのようにSCMに関わっていくのであろうか。この点に関し

て,スターン(Stern, L)の所説が参考となる。スターンによれば,マーケティング・チャネ

ル論の第一の課題はチャネルを構成する組織間のコンフリクト・マネジメントであるとしてい

る(en)。すなわち,マーケティング・チャネルにおいて各組織はそれぞれの目標を持ちながら,

チャネル全体としての目標を追求していかなければならない。こうしたチャネル・システムでは,

全体の目標を達成するためにチャネル・システム内での役割分化が行われる。そして,各組織は,

自らの目標をできる限り全体の目標に反映させようとする。この中で,各組織の相互依存性,各

自の自己目標追求行動のために,チャネルにおける組織間のコンフリクトが発生するというので

ある。

 スターンは,このコンフリクト解決のため組織間の相互依存度の程度から4つの戦略に類型化

し,提示している。第1のコンフリクト解決の戦略は交渉戦略である。これは,チャネル・メン

バー間で将来の行動について妥協点を発見し,協定を結ぶことである。第2の渉外戦略は,組織

内一外の接点に位置する対境担当者によって行われる渉外活動である。この第1の交渉戦略と第

2の渉外戦略は低レベルの現場の業務担当者により行われるものである。第3の相互浸透戦略は,

チャネル組織の構成メンバーやイデオロギーの浸透を意味する。第4の超組織戦略はコンフリク

トの解決が当事者レベルではなく,より上位のレベル(目標,主体)の介入を含む戦略である。

この超組織戦略においてトップ・マネジメントが関わるのである。つまり,トップ・マネジメン

トは目標やビジョンを策定し,組織間取引が円滑に行くようなコンテクストを整え,現場レベル

で解決できない問題を当事者企業間のトップ・マネジメントと相互に関わり,処理を図っていく

のである。

 ここでのスターンの議論は,コンフリクトの解決を中心に据えており,トップ・マネジメント

のチャネルとの関わりは,目標の策定など低層の現場の渉外担当者が円滑に(組織間)取引を行

える組織的文化・コンテクストを整えることであるとしている。

 さらに,トップ・マネジメント間のコンフリクトの対処法を検討するために,アイゼンハー

ト・カワージェー・ブルジョワ(Eisenhardt, K. M., and Kahwajy, J. L, and Bourgeois, III L. J.)

の所説を取り上げる。アイゼンハート等は,トップ・マネジメント間のコンフリクトそれ自体は

企業を活性化させる源泉として捉えている。つまり,「コンフリクトは,(戦略に対する)より多

くの代替案を生み出し,可能な戦略(案)について理解し,より効果的な意思決定を行うことに

つながる」(35)のである。つまり,コンフリクトの方向を感情的(affective)に持っていくのでは

(34) 山倉健嗣,『組織間関係論』,有斐閣,1993年,228~230ページ。

(35) Eisenhardt, K M., Kahwajy, J. L, Bourgeois III, L。 J.“Conflict and Strategic Choice”, Navigating

 Change, Hambrick, D. C., and Nadler, D. A., and Tushman, M. L, ed.,1998, p.144.

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 134              「明大商学論叢』第86巻特別号             (602)

なく,「本質的(substantive),認知的(cognitive),問題指向(issue-oriented)」に捉えるこ

とで企業経営に対するより深い洞察が生まれ,それが適切に環境を把握するだけでなく,競争優

位の源泉としての意見を生み出すことに繋がるというのである。ここでの,トップ・マネジメン

トは,企業の製造,販売,財務,技術部門の長あるいは,VP(Vice President)を想定してお

り,その職能間から発生するコンフリクトは各々の職能間の意見の対立を意味し,それを活用す

ることにより企業間で業務の最適化が行われるだけでなく,よりよい企業経営に対する示唆が生

じるというのである。

 アイゼンハート等は,コンフリクトを活用する挺子(Levers)として,次の4つを挙げてい

る。第1に,異質なチーム(Heterogeneous Teams)である(36)。これは,様々な職能部門だけ

でなく,キャリア経路,学歴,出身地などデモグラフィックとバックグラウンド的に異なる経営

者により,トップ・マネジメントを構成するのである。第2に頻繁な相互作用(Frequent lnter・

actions)である。この異質的な人々の集まりによるトップ・マネジメントにより,異なった意

見・見解が出易くなる。この見解を表明することで,トップ・マネジメント間に存在するコンフ

リクトが明確になるだけでなく,そのコンフリクトを如何に経営に役立て,解決していこうとす

る意志が働くとしている㈹。ここで生まれる相互作用により,お互いのコミュニケーション・

チャネルが形成され,そのことで彼らの間での信頼感が醸成され,コンフリクトに対して,より

積極的に意見を表明し,適切に対処することになる。第3に,特定の役割(Distinctive Role:

役割文化)が挙げられる。これは,経営者それぞれが,企業経営に対して如何なる役割・態度を

持つかについてである。これは地位的,公式的な役割よりも,企業経営に対する立場・態度の表

明といった非公式的な側面が強い(38)。アイゼンハートは,この役割について5つに類型化して

いる(脚注参照)(39)。こうした役割を整えるのがCEOである。すなわち,どの経営者がどの役

割を担うかを配置されている部署,人格,環境を加味しながら,見極め,それを発達させるので

ある。この役割分化は,経営者が自分の意見を伝える正当な基盤を提示するという。第4に,複

合的視野による発見(Multiple-Lens Heuristics)である(4°)。これは,トップ・マネジメントが

直面する戦略的問題を検討する際に複眼的なパースペクティブを生み出すことを意図している。

つまり,戦略的な問題を伝達する,3~5つの(戦略的)オプションを明確に生み出すことで,

トップ・マネジメント内でコンフリクトを生み出し,そのコンフリクトを対処していくうちに,

(36) Ibi(孟, p.145.

(37) Ibid., p.152.

(38) Ibid., pユ56.

(39) アイゼンハート等は,トップ・マネジメント陣の役割として,以下の5つをあげている。

  ①Mr. Action常に機会を見出し,グループに活動するように促すたあに,コンフリクトを生み

   出す。

  ②Mr. Steady現状を監視し,常に注意を喚起する。そして,構造と計画を提唱するのである。

  ③Futurists長期的なビジョンを提示。

  ④Counselors諮問的立場に徹する。  ⑤Devirs Advocate異議申し立てをしたり,代替案を提案したりする。(40) Eisenhardt, et. al. op. cit., p.161.

Page 20: SCMにおけるトップ・マネジメントの役割に関する一考 URL …1.SCMの定義と内容 1-lSCMの定義 本節では,メンツァー・ドゥウィット・キールバー等(Mentzer,

 (603)      SCMにおけるトップ・マネジメントの役割に関する一考察        135

経営戦略に対する複眼的な思考が身につくというのである。

 アイゼンハート等によれば,コンフリクトは回避しようとしても常に生じるものであり,コン

フリクトを静的に解決していくより,動態的に解決を図りながらコンフリクトを活用することが

競争優位性の源泉に繋がる。このことは,様々な意見・見解を組織に注入し,活用すれば組織活

性化に結び付くという見解に基づいている。異質性を持ったグループが,様々な異なった見解を

出し合い,頻繁に相互作業しながら相互のコミュニケーション経路が形成され,相互の信頼感を

生み,親密さを生むことにより,組織内統合が可能となるのである。

 ここで重要となるのは,CIO, COO, CFO等のトップ・マネジメント陣の統合を行うCEOの

役割である。CEOは,トップ・マネジメント間ないしトップ・マネジメント陣とCEOの間で存

在するコンフリクトを認識し,直面し,解決していく協働的能力を構築するのを促進することが

求められる。

 このことをSCMの議論に援用できないであろうか。 SCMにおいて,全体最適・調整を行う

場合に,そのチャーン構成組織間・内でのコンフリクトが問題となる。とくに,それが「総論賛

成・各論反対」行動をとり,またコンフリクトが水面下にもぐってしまった場合,深刻な問題を

引き起こすこととなる。このような場合に対処するため,’アイゼンバーク等の所説は重要と考え

られる。各トップ・マネジメントが相互に活動し,頻繁にコミュニケーションをとることより,

SCMのコンフリクトの良い解決法が見出されるだけでなく,それが新たなるSCM戦略を生み

出す源泉となるとするのである。ここでは,サプライチェーンの構成企業のトップ・マネジメン

トは,異質性の高い人々から構成され,各経営者が自組織の見解・立場,考えをオープンに表明

し,それぞれのトップ・マネジメント間で頻繁に相互交流し,議論し合うことが求められてくる。

すなわち,サプライチェーン内のトップの役割分化とその明確化を図ることからSCM戦略の実

践的有効性を高めるために必要と思われる。

おわりに

 本稿は,SCMにおいてトップ・マネジメントの役割をめぐって考察をしてきた。まず最初に,

SCMと関わる二つのアプローチからトップ・マネジメントの役割を導き出し,これに考察を加

えた。

 第1に取引コスト・アプローチがある。チャネル間の取引における取引コスト削減と取引当事

者間の機会主義的行動を防ぐ視点から,取引をコントロール・モニタリングする役割が生まれる。

第2にネットワーク・アプローチがあげられる。これはチャネル・メンバー間の取引における

「信頼」と「オープン性」を強調する。ここでは,メンバー全体の戦略ビジョンを調整し,統合,

流布させ,メンバー企業間が共有する組織文化を醸成する役割をトップ・マネジメントは担うと

される。つまり,トップ・マネジメントは取引を行う上での文化的コンテクストを形成していく

と見なされるのである。

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 136              『明大商学論叢』第86巻特別号             (604)

 ワイルディング(Wilding, R)等は, SCMにおけるトップ・マネジメントの役割と資質につ

いて論じている(41)。ワイルディングらは,SCMにおいてトップ・マネジメントが全体最適化と

効率性を高めるために適切な経営手法を備えているだけでなく,サプライチェーンのチェーン・

メンバー内・間において,オープン性や信頼性を広めていく担い手であるべきだと主張している。

 ワイルディングらは,経営効率性を高めるためのトップ・マネジメントの能力・資質をIQ

(lntellectual capabitility)という概念で表している。他方,戦略理念,ビジョンをチャネル・

メンバーに広める経営者の役割をEQ(Emotional capability)の概念で示している。ここでは,

SCMにおいて, IQは取引コスト削減からの経営効率性を目指す視点と関係し, EQはサプライ

チェーン間の信頼性・オープン性の付与の視点と関わっている。つまり,SCMにおいてトップ・

マネジメントは,IQを持ち合わせることによってサプライチェーンにおける効率性や全体最適

化を目指していくだけではなく,EQも兼ね備えることでサプライチェーン内における戦略的マ

インドを伝達し,サプライチェーン間で信頼性とオープン性を付与・醸成していくのである。

 第3に,サプライチェーン内で発生するコンフリクトの問題を具体的にどのように解決するか

といった問題が残る。第1,2の捉え方は,トップ・マネジメントの役割を規範的側面から考察

しているにすぎなかった。SCMはそもそも様々な組織が提携し合った関係のため,コンフリク

トの問題は頻繁に生じ易くなっている。山下は,サプライチェーンにおいてSCMの全体最適の

考え方は支持するも,実際の実行に関してはメンバー間の中で消極的に抵抗があることを「総論

賛成,各論反対」(‘2)という語で表している。これは,チェーン組織間のコンフリクトの問題とし

て浮かび上がってくるが,様々なコンフリクトと正面から向き合うことで,逆にそれを活用し,

SCM全体の戦略を活性化することに繋がるのである。そこでトップ・マネジメントは,それぞ

れの経営者が意見を表明し,頻繁なコミュニケーションを経営者間で行うことにより,SCM活

動を有効にする役割が必要とされるのである。

 ここでの課題は,どのトップ・マネジメント層がどのような役割を担うかである。その役割を

担う主体が不明確なことである。受託,全般,部門経営層の役割は,受託経営者が意思決定と監

視機能を,全般,部門経営層がこれを受けて,担うこととなるが,これをSCMの場合に,適用

できるであろうか。そのトップ・マネジメント層が相互にどのように交流が行えるであろうか。

SCMにおいて,トップ・マネジメントが相互に交流し,コミュニケーションを行うことは,円

滑なSCM運営にとって不可欠なことである。しかし,具体的にどの組織機関などを利用するの

だろうか。その方向性として取締役会を中心に,トップ・マネジメント層がチェーン構成企業の

取締役会を兼任する取締役連結制度(interlocking directors)やマネジメント間のプロジェク

ト・チームが考えられるが,これらは今後の研究課題とする。

(41)Hoek, Remko I. Van, and Chatham, R., and Wilding, R.(2002),“Managers in supply chain man-

 agement, the critical dimension”, Supply Chain Management’ A n lntemational/bumal, Vol.7. No.3,

 pp,121-125.

(42) 松丸正延,山下洋史,前掲書,74ページ。