第10章潜在能力アプローチセンの平等主義批判 功利主義批判...
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第10章 潜在能力アプローチ
センの潜在能力アプローチ
センの経済学批判・社会哲学批判
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新しい規範経済学を求めて
センの平等主義批判功利主義批判
(古典的)功利主義の分解帰結主義,厚生主義,総和主義
功利主義に基づく平等主義(限界効用の平等,総効用の平等)に対する批判
(1) どんな不平等も集計量の増大で無視される
(2) 効用関数の同一という便法は人の多様性に矛盾
(3) 障害のため健常者と同一の財を得ても低い効用しか生み出せない人から健常者への再配分を認める
(4) 極端な不平等や搾取に喘ぐ人々が諦めとともに現状を肯定してしまうと,効用という基準からは彼らの権利が剥奪されているという事実が捉えられない
ロールズ批判
社会的基本財(合理的な人間ならば誰でも望む財、自由と機会,所得と富,自尊の社会的基盤など)の分配原理批判
格差原理では不平等度が社会的基本財の保有量(特に所得)によって測定されるため,障害者のハンディキャップに適正な配慮を払うことができない
ロールズは社会的基本財という誰でも望む財の分配に正義の主題を絞っているため,人間が本来もっている多様性にを扱うことができない
社会的基本財によって平等・不平等を判定するロールズの理論は物神崇拝に陥っている
社会的基本財は社会正義の情報的基礎として適切ではない
ノジック批判『アナーキー・国家・ユートピア』第2部
最小国家を越える拡張国家は正当化しえない
正義の権原理論①獲得の正義に従って保有物を獲得する者は,その保有物に対する権原をもつ.
②ある保有物の権原をもつ者から移転の正義に従ってその保有物を得る者は,それに対する権原をもつ.
③①と②の(反復)適用の場合を除いて,保有物に対する権原をもつ者はない.
「すべての者が,ある配分の下で彼の所有している保有物に対して(①②③の意味で)権原をもつならば,その配分は正しい」
獲得の正義原理,移転の正義原理,不正に対する匡正の原理 → 手続的正義
ノジック批判
前提「合意に基づく成人間の資本主義的諸行為」福祉国家や社会主義国家による介入が人々の自由を抑圧することになると主張
ノジック自身は市場における自発的交換,その根底にある合意や自由の内容については何ら触れていない
権利をその行使の帰結から独立とみなし,権利発生の手続きの正当性のみを問題とするノジックの立場には根本的な欠陥がある
権源理論では帰結が無視されるため,自由を「人はそうする権利のある行為を他人から妨げられるべきではない」という,他者の妨害に対する横からの制約としてしか扱うことができない
合理的経済人仮説批判合理的選択の含意
エッジワースの研究競争均衡は「コア」に含まれる
個人の数が無限に増大するならば,コアは競争均衡の集合に収束する
乏しい賦存量から出発した人はコアの中でも依然として貧しく,剥奪されたまま
エッジワースの人間観工学的アプローチ=実証経済学:主流
所与の目的に役立つ適切な手段の発見を論理的な手法で求める
人間の動機はきわめて単純なものとされている
経済人仮説・合理的選択の基礎にある人間像
利己主義者という人間観
顕示選好の理論孤立的選択において当該個人が自己利益を推進していると見なせるように個人の利益を定義できる
矛盾した選択行為でない限り人は常に効用を最大化
人が合理的⇔すべての選択が顕示選好の定義と無矛盾な選好関係によって説明される
この無矛盾性は反証可能であるから,科学的である
行動は選好によって説明され,選好は行動によって定義されるという循環 → 経済学の合理的選択理論
選好・厚生を扱う際の選択行動以外の情報源顕示選好アプローチは多くを仮定しすぎているし,また余りにも少ししか仮定していない
実際の選択はさまざまな考量の間の妥協を反映
個人的厚生(効用)は,考量のうちの1つにすぎぬ
共感とコミットメント
必要な情報源選択行動以外,個人的厚生以外の帰結や非帰結
共感:自己の厚生についての感覚が他者の厚生に依存していること(消費者間の外部性)
他者の厚生が増大したことを知って,自分の厚生が直接に増大(逆に減少することもありうるとして)する
コミットメント:低い個人的厚生がもたらされることを分かっていながら,他者への配慮からその行為を選択すること
共感は諸個人間の厚生を関係づける,コミットメントは行為の選択を予期されたレベルの厚生に関係づける
コミットメントは選好に反する選択を含む.経済学のモデルの修正を要求する.
コミットメントに基づく分析公共財に対する選好の顕示
ヨハンセンに同調
自己の取り分を最大化するために人々はタダ乗りしようとするという想定は妥当ではない
現実に取り分を最大化するのではない答がなされる
労働の動機づけの問題各人が自主的に働く誘因を得るように,報償と懲罰を用いて社会を監視することは不可能
労働への社会的条件づけが重要な役割を担う
コミットメントはモラルや文化と密接な関係をもつコミットメント=個人的選択と個人的厚生の間の楔
合理的経済人的功利主義からロールズ,ドゥオーキンまで一貫する「相互無関心的な合理的個人」という想定に対する問題提起 c.f. コミュニタリアン
福祉と主体性福祉福祉福祉福祉(well-being)の側面
福祉の側面は,その人の得ている効用に尽きない
福祉=善き生=機能充足
機能は活動-状態を含めた生物的かつ社会的な人の生の機能の発揮・充足を指す
情報的多元論は不可避
主体性主体性主体性主体性(agency)の側面機能を充足するための潜在能力
同じく飢えといっても,貧困による飢えと,自ら選んだ断食とは同じではない
達成度(achievement)と自由
道徳判断における4つの観点・情報①-1:福祉の現実的達成度,①-2:主体的目標達成,②-1:福祉的自由,②-2:主体性自由
道徳判断のための必要情報
主体性自由主体的目標達成
主体性
福祉的自由福祉の現実的達成度
福祉
自由達成
福祉の達成は主体的目標達成の特殊例か?福祉の現実の達成と区別された意味での主体的目標達成とは,その人が追求するだけの理由をもつ目標・価値の実現を指す
それらの目標・価値が自分の福祉に関係あるかどうかは問わないし,また自分自身の福祉のみに導かれるとき主体性が発揮されると考える必要もない
自国の独立や地域の発展を願う人にとっては,主体的目標達成の中にこの目標に照らしての状況評価が含まれる
福祉的自由は主体性自由の特殊例か?主体性は自分自身の福祉を超えた価値の実現に関係する
主体性自由とは人が価値を置くものを実現するための自由を,福祉的自由とは自己の福祉を形成する要因を実現する自由を指す
自由の概念
自由の2つのタイプ
(1)選択された目標を追求するための実効的権能(power) (2)選択過程の制御(control)
個人にとってその過程が制御しえぬ目標に関しては,制御による自由は空虚である
社会生活の相互依存性を考えれば,全体としてみた個々人によって享受される実効的権能による自由の方が重要
制御による自由にとっての重要な特性をカバーしうる
機能と潜在能力基本的潜在能力(capability)の平等
人が基本的な事柄をなしうること身体を動かして移動する能力,衣服を身にまとい風雨をしのぐための手段を入手する資力,共同体の社会生活に参加する権能など
基本的潜在能力は,効用や社会的基本財の平等では説明できない基本的なニーズを表現する
人間はさまざまな生き方を実現する生き物である
移動,住居,社会生活への参加など基本的なものに関しては平等化を図るべき
機能充足と潜在能力機能充足=人がなしうること,あるいはなりうるもの
潜在能力アプローチは,感情や富裕の市場評価よりも,思考や内省に優先度を与える
財との関わりにおける潜在能力
①財そのもの(例えばパン)②財のもつ特性(栄養の補給)③人の機能(栄養不足にならずに暮らすこと)④効用(③から得られる快ないし欲求充足)
ロールズおよびドゥオーキンなどの平等主義者は①に,功利主義者は④に関心を集中してきた
センは③に焦点を絞ることで積極的自由の具体化をはかる
センの定式化
xi =個人 i が保有している財ベクトル
c(・) =財ベクトルを特性ベクトルに変換する関数
fi (・) =個人 i が実際に使用できる財ベクトルのパターンを特定化する利用関数
Fi =個人 i が選ぶことのできる利用関数の集合
hi (・) =個人 i の達成した機能によってもたらされる幸福関数
個人 i が利用関数 fi (・) を選択,xi の下で実際に達成できる機能biは bi= fi (c(xi)) そのとき彼が享受する幸福は,ui = hi (fi (c(xi)) vi (・) =個人 i の評価関数
機能ベクトル bi の評価は vi = vi (fi (c(xi)))
個人 i が達成できる福祉の評価
Vi = {vi|あるbi∈Qiに対してvi=vi (bi)}自分自身の福祉を最大化することが選択の唯一の動機であるとは限らないから,Vi 内の vi の最大値が必ずしも選ばれるわけではない
自由を論じる場合,集合 Qi の価値をその集合内の最大値をもたらす要素の価値と同一視することが当然であるとはいえない
潜在能力集合が Qi であり,vi でみて bi* が唯一の最大限である個人を考える
bi* が選ばれ,福祉水準 vi (bi*) が達成
bi* 以外のすべての要素が実行不可能になった
bi* が達成可能なら福祉水準は同じか?
自由が不変に留まるとはいえない
Pi (xi)=実行可能な機能ベクトルの集合
Pi (xi) = {bi |あるfi (・) ∈Fiに対して bi=fi (c(xi))} 選択が集合 Xi に制限されているならば,実行可能な機能ベクトルはQi (Xi) に制限される
Qi (Xi) = {bi | ある fi (・) ∈Fi と,あるxi ∈Xi に対して bi=fi (c(xi))} Qi (Xi) は機能の選択でみた個人 iの自由を表す
潜在能力 Qi の決定要因のうち,個人が選択できる要因と選択できない要因とを区別すべき
個人 i の実際の機能の実現は,利用関数 fi (・) と財ベクトル xi の選択に依存
選択の幅は集合 Fi と Xiによって制限
福祉の向上には Fi と Xi に反映される選択の限界を拡大することが必要
潜在能力と自由・平等
平等論の見直し人間の本質的な異質性と平等を評価する基準の多様性に直面
①なぜ平等か
②何を平等にするか
何を平等にするか → 情報的基礎
人間は本質的に多様性をもつ人間は自然的・社会的環境の差異,個人的特性(性別,年齢,肉体的・精神的能力)の差異によって特徴づけられる
人間の目的: 福祉=善き生の向上人により人生の目的とその達成手段との関係が多様にならざるをえない
人間の地位①実際の達成度---何を成就しようとしているか,成就できたか.
②達成のための自由---実際の機会がどれほど保証されているか.
人間の福祉を効用(快・不快,欲求の充足)によって捉える立場は達成度のみに注目するものであり,自由は手段的価値しかもたない
達成のみに注目することは人間の自律性の否定につながる
自由にも十分な注意が払われなければならない
自由の範囲自由の獲得に役立つ資源・基本財と自由そのものの区別
ハンディキャップをもつ人が健康な人と同じ資源を与えられたからといって,両者が同じ自由を獲得したとはいえない
社会的基本財や資源では自由の範囲を捉えきれない
人間の福祉=善き生は機能充足の程度人間の達成度は,機能充足のベクトルによって表現でき,人間の福祉はその評価という形式をとる
潜在能力は,実際にその人が達成できる機能充足のさまざまな組み合わせの集合を表す
潜在能力を表現する集合の一つの元は,あるタイプの人生へと導くその人の自由を反映した機能の組み合わせを表すベクトルである
社会的コミットメントとしての自由
個人の自由を社会的コミットメントと考える
正義の基本理念個人の自由が,
①社会に対して何らかの評価を下す際の中心項目となる価値である,
②社会の仕組みのありようによって規定される所産の一部でもある
とする見解
社会的コミットメントには,自由のもつ規範的な意味(リベラリズムの伝統,①)記述的な意味(コミュニタリアンの主張,②)
を同時に把握しようとするセンの立場
バーリンの二分法の検討積極的自由(~への自由)と消極的自由(~からの自由)の区別について
積極的自由:背後にある因果的要因とは無関係にある個人がある事柄を達成しうること
消極的自由は,個人に対し他の個人が行使しうる一定の拘束が存在しないこと
センの挙げた例私が障害をもっているために公園を自由に歩けないとすると,これは公園を散歩するという私の積極的自由の失敗であって,私の消極的自由が侵害されていることを示唆するものは何もない.他方,私が障害者であるためでなく,公園に行くとゴロツキが殴りかかるのでそこを歩けないとするならば,これこそが私の消極的自由の侵害である(積極的自由の侵害にとどまらない).消極的自由の侵害は同時に必ず積極的自由の失敗を伴う.したがって,2つのいずれをとるか論争しても意味がない.
個人の自由に対する社会的なコミットメント積極的自由と消極的自由の両面,さらには両者の広範な相互関係にも目を向けなければならない
飢饉の事例1943年のベンガル飢饉や1973年のエチオピア飢饉が食糧供給の異常な低下を伴わずに発生した
独立後のインドには飢饉が発生していない
差は独立後のインドが複数政党制と民主制を備えたこと
自由な出版活動,定期的な選挙,活発な反対政党の圧力により,政府はぬかりのない政策を維持できた
複数政党制と言論の自由に裏付けられた消極的自由に社会的にコミットしたため,飢えの中で死をまぬがれるという積極的自由が保障された
この種の消極的自由が確保されないエチオピアでは,政府の無策を批判する回路が切断されていたため,飢えを阻止できずに多くの人が死んだ(積極的自由が満たされなかった)
消極的自由は積極的自由を保障する
個人の自由に対する社会的コミットメントは功利主義やロールズの正義原理より優位
功利主義は自由の本源的価値を認めず,効用最大化に資する限りで自由を擁護してきた
ロールズの正義原理では自由のための手段である社会的基本財しか注目されていない
市場機構が多くの場面で個人の自由を支持することを認める一方で,自由尊重主義者の市場崇拝を批判し,ヘルス・ケアや教育の分配に市場機構が多くの限界を有する点を見失ってはならない
疾病に屈服することなく長生きできる自由を確保するためには,市場よりも広い適用範囲をカバーする一連の社会的手段が必要
個人の自由社会的価値の中心
社会の所産
個人の自由を社会的コミットメントとみなすアプローチは社会制度や公共政策と個人の自由との重要な関連を把握する有益な武器
個人間・集団間の利益対立が消失するわけではない
このアプローチの課題は,社会における利害対立を正確に認識し,個人の自由を正義にかなうよう分配するよう,利害対立への公正な対応策を探すこと
社会的コミットメントとしての個人の自由包摂される自由は広範な内容をもつ
積極的自由と消極的自由
正義原理の組み立て異質な原理を許容する
このアプローチの欠陥であり長所
個人間・集団間で自由が対立いずれが道徳的正当性と主張できるか
個人の心の中でも対立は生じうる
→ コミットしない
ロールズの第1原理のように,問題そのものが回避されることもない
調整原理は不明
個人の自由に社会的にコミットするという立場で,さまざまな自由の拡大によるだけでも,今日の問題に対して,相当に多くの発言をなしうる
新しい規範経済学の模索厚生主義批判
権利や自由の重要性:非厚生情報
権利・自由と能力の関連づけ
自由は選択された特定の行為の帰結とは独立
社会的価値判断の基礎としての権利・自由帰結とは別に行為それ自体が価値をもつ
行為者としての人間の側面---主体性主体性主体性主体性---を重視
目標達成の指標となる福祉と行為主体としての主体性とは別の情報的基礎を与える(自己犠牲)
主体性の核心=主体性自由主体性自由主体性自由主体性自由いかなる目標をもとうともそれを追求し達成する自由
福祉の向上など特定タイプの目標と結びつかないという意味で,主体性自由は無条件的
権利=主体性自由権利=主体性自由権利=主体性自由権利=主体性自由
課題主体性自由は個人の行動を制約する周囲の状況に対しては十分な注意が払われていない
暴力的な行為による自由の制約と,純粋に資源の不足に基づく自由の制約との区別
市場の機能麻痺による自由の制約と,市場が競争的である結果として生じる自由の制約との区別
政府による規制によって実現される自由の制約の除去と新しい種類の制約など
潜在能力アプローチの正義論・平等論の目標:潜在能力,主体的自由の可能な限りの平等化
主体的自由を権利として容認し保護する
人間の本質的多様性は主体的自由の多様性を含意
価値の対立を調整する原理が必要
主体的自由への社会的コミットメントは合意可能か
潜在能力アプローチの体系化主体的自由の強調
主体性論の展開
ロールズ正義論から善の多様性+公正な条項(社会的協働を保証) 正義原理に従うことのできる責任ある行為主体
→ 主体性の内容
道徳的人格=生涯にわたり十分協働的な社会成員①実効的な正義感覚(正義原理を理解・行為)をもつ能力
②善についての考え方を作り,改め,合理的に追求する能力
2つの能力を有し,これらの能力を実現・行使するという最高次の利害関心に動機づけられる存在
一方で福祉(合理的なるもの)に関連し,他方で社会的協働の公正な条項(理性的なるもの)に関連している
正義の二原理道徳的人格(人間)が,無知のベールの被せられた原初状態において合意によって選択する社会的協働の公正な条項
基本的自由は道徳的人格の2つの能力を実現・実行するために必要不可欠であるが故に,最優先される
種類→基本的自由のリストの明細化(調整・優先原理)