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Title エレベーターかご横振動のアクティブ制振技術に関する 研究( Dissertation_全文 ) Author(s) 宇都宮, 健児 Citation Kyoto University (京都大学) Issue Date 2015-09-24 URL https://doi.org/10.14989/doctor.k19306 Right Type Thesis or Dissertation Textversion ETD Kyoto University

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Title エレベーターかご横振動のアクティブ制振技術に関する研究( Dissertation_全文 )

Author(s) 宇都宮, 健児

Citation Kyoto University (京都大学)

Issue Date 2015-09-24

URL https://doi.org/10.14989/doctor.k19306

Right

Type Thesis or Dissertation

Textversion ETD

Kyoto University

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エレベーターかご横振動の

アクティブ制振技術に関する研究

2015

宇都宮 健児

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i

目 次

第 1 章 緒 言 ............................................................................................................... 1

第 2 章 エレベーターのかご横振動要因とモデリング .................................................... 3

2.1. 緒論 ........................................................................................................................ 3

2.2. 24 自由度かご横振動モデル ................................................................................... 3

2.2.1 高速エレベーターの支持構造

2.2.2 24 自由度 3 次元横振動モデル

2.3. ローラーガイドの状態遷移による特性変動 ........................................................... 9

2.3.1 かご静止時の特性

2.3.2 かご走行時の特性

2.3.3 ローラーガイドの動作状態による動特性変化

2.3.4 減衰特性の同定

2.4. かご横振動モデルの精度評価 ............................................................................... 12

2.5. 結論 .......................................................................................................................... 13

第 3 章 消費電力低減を考慮した高速エレベーター用アクティブ制振装置 .................. 14

3.1. 緒論 ...................................................................................................................... 14

3.2. かご横振動要因の特性 .......................................................................................... 14

3.3. 消費電力低減に 適なアクチュエータ配置 ......................................................... 16

3.4. アクチュエータ方式の選定 .................................................................................. 20

3.4.1 要求性能と方式選定

3.4.2 構造 適化設計条件

3.4.3 電磁石の 適設計

3.4.4 VCM の 適設計

3.4.5 電磁石と VCM の比較

3.4.6 VCM の試作

3.5. 制御アルゴリズム ................................................................................................. 32

3.6. 加速度センサのノイズ処理アルゴリズム .............................................................. 33

3.7. 実機試験による制振性能評価 ................................................................................ 36

3.8. 結論 ...................................................................................................................... 39

第 4 章 アクティブ制振装置へのロバスト制御適用検討

4.1. 緒論 ...................................................................................................................... 41

4.2. 制御設計用エレベーターモデル ........................................................................... 42

4.2.1 エレベーターの簡易モデル

4.2.2 状態方程式

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4.2.3 制御目標と一般化プラント

4.3. μ設計の適用 ........................................................................................................ 46

4.4. かごの質量変動に対する検討. ............................................................................... 49

4.5. 試験機による検証. ................................................................................................. 51

4.5.1 試験機の概要

4.5.2 コントローラの低次元化

4.5.3 実験結果

4.6. 結論 ...................................................................................................................... 56

第 5 章 超高速エレベーター向けアクティブ制振装置 .................................................. 58

5.1. 緒論 ...................................................................................................................... 58

5.2. 超高速走行時の振動特性 ...................................................................................... 58

5.2.1 高速エレベーターの構成

5.2.2 アクティブローラーガイド

5.2.3 床下アクティブ制振方式

5.3. 可変減衰制御方式の適用 ....................................................................................... 65

5.3.1 可変減衰制御

5.3.2 レール変位外乱に対する制振性能

5.3.3 風圧変動に対する制振性能

5.4. かご床加速度検知式アクティブ制振装置の適用 .................................................. 70

5.4.1 制御対象のモデル化

5.4.2 検証用かご加振試験装置

5.4.3 μ設計

5.4.4 μ設計の簡易化

5.4.5 試験による性能検証

5.4.6 実機走行試験

5.5. 結論 ...................................................................................................................... 81

第 6 章 結 言 ............................................................................................................. 82

謝 辞 ............................................................................................................................... 84

参 考 文 献 ............................................................................................................... 85

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第 1章 緒言

エレベーターの乗り心地指標の一つとして,かごの横振動がある.かごの横振動は,昇

降路内に設置されるガイドレールの加工誤差による曲がりや,ガイドレール継ぎ目部分の

据付誤差で生じる段差等によって,かごが強制変位加振されて生じる.高速エレベーター

では,かごの上下左右4個所に設置されるローラーガイドのばね剛性と減衰を適正に調整

することで,かごの横振動を低減している.

エレベーターが高速化すると,このような剛性・減衰といったパラメータの 適化のみ

では,かご横振動を十分に低減することが困難となる.この問題に対してエレベーターの

製造では,振動要因となるガイドレールの曲がりや段差を加工時と据付時に厳しく管理す

ることで良好な振動性能を達成している.しかし,加工精度や据付精度による管理は非常

に高いレベルの熟練技術を必要とする.そのため,急激な都市化に伴いエレベーターの需

要が急増している中国や新興国等では,据付熟練者の不足により日本国内と同等な乗り心

地性能を維持することが難しいといった課題がある.また,ガイドレールは建築物の歪み

とともに経年的に曲りが大きくなることが指摘されており,それに伴い乗り心地も経年的

に悪化するといった課題もある.さらには近年,高さが 500~1000m に及ぶ超高層ビルの

建設計画が次々と予定されており,超高層ビルで十分な交通量を確保するためにはエレ

ベーターにも更なる超高速化が要求され,熟練の加工・据付技術があっても良好な乗り心

地の確保が難しくなることも想定される.

このようなかご振動に対する課題を解決する有効な手法として,かご振動をセンサで検

出し,外部からかごに力を付加して振動を低減するアクティブ制振技術があり,これまで

にも多くの手法が検討されている.制振のための手法としては,かごの床下に設けたボー

ルねじとモータによりかご振動を低減する手法 1)3)4)や,ガイド部に設けた電磁石の吸引力

によりかご振動を低減する手法 2),アクティブマスダンパを用いた手法 5)~14)などが検討さ

れている.

一方,中国や新興国等も含めグローバル的かつ工業的に広く使用するためには,既存の

エレベーター設備仕様を変更せずに設置しなければならないという課題がある.そのため

には,消費電力を抑え電源設備の負担を減らすとともに,他機器とのスペース的干渉防止

の観点から小型であることが必要になる.すなわち,消費電力の低減と小型化に着目した

制振技術を研究開発することは,制御理論の応用を電器機械産業の要請に結び付ける上で

意義深いものである.また,さらなるエレベーターの超高速化に備え,超高速走行時の振

動要因を分析し,それに対応した制振技術を研究開発することも,今後の都市開発に大き

く貢献できるものである.

本研究では,一般の高速エレベーターに広く普及させるための技術として,消費エネル

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ギーの 小化に着目したアクティブ制振技術を開発することを目的とする.エレベーター

の振動要因となるガイドレールの特性を考慮したアクチュエータの 適配置,アクチュ

エータの構成を定性的かつ定量的に比較検討することで,消費電力低減と小型化を両立す

る高速エレベーター向けアクティブ制振システムを実現する.さらに,エレベーターが超

高速化した時の課題を振動の観点から明らかにし,課題を解決するための新たな制振シス

テム構成を提案する.提案システムに,ロバスト制御の一つであるμ設計を活用した制御

アルゴリズムを搭載し,超高速エレベーター向けのアクティブ制振システムを実現する.

本論文の構成は以下のとおりである.第 1 章の緒言に続いて,第 2 章ではまず,エレベー

ターの振動要因分析や制振技術の性能評価を定量的に実施可能とするための高精度かご横

振動モデルの構築について述べる.第 3 章では,消費電力と小型化の観点から,高速エレ

ベーターに 適な制振システムとアクチュエータ構成,および制御アルゴリズムについて

検討し,実際のエレベーターで評価した結果について述べる.第 4 章では,制御アルゴリ

ズムの 適化の観点からロバスト制御の一つであるμ設計を用いたアプローチについて検

討し,第 3 章で示した制振システムの構成に起因する問題点について明らかにする.第 5

章では,超高速走行時になって初めて問題となる振動モード特性について明らかにし,超

高速エレベーターに適した制振システムを提案し,実際のエレベーターで検証した結果に

ついて述べる. 後に第 6 章で結言を述べる.

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第 2章 エレベーターのかご横振動要因とモデリング

2.1. 諸論

エレベーターの乗り心地を決定する要因の一つにかご横振動が挙げられる.エレベー

ターのかご横振動は,昇降路内に据え付けられたガイドレールの微小な曲りや据付誤差に

よって,エレベーターのかごが強制変位加振されることにより主に生じる.これまでレー

ル変位に対するかご横振動を表現するモデルとして,かご室とかご枠を 2 質点のばね・マ

ス系で表現するモデル 1),4 ヶ所のガイド装置からの変位加振を考慮した加振モードごとの

独立モデル 2) 等の検討が行われている.しかしこれらは,正弦波加振を前提とした周波数

領域での評価・検討に主眼をおいており,実際のレール変位を考慮した時間領域における

走行振動波形に基づいた検討や,実測値との比較検証については行われていない.特に,

振動要因となるレール曲がりの横振動への影響を定量的に評価することができないため,

振動低減対策に簡易シミュレーションと実験のトライアンドエラーを必要とし,多大な時

間と労力を要すという問題があった.

そこで,近年進歩してきた時間領域でのマルチボディシミュレーション技術を活用し,

エレベーターの 24 自由度振動モデルを開発する.本モデルでは,かごを支持・案内するロー

ラーガイド装置の動特性が走行速度によって変化するというエレベーター特有の事象を明

らかにしモデル化する.これにより,走行開始時から停止時までのかご横振動の時間的変

化を高い精度で再現可能な 3 次元横振動シミュレーターを開発する.このシミュレーター

による横振動の計算結果を,複数のビルにおける実際のエレベーター振動の計測結果と比

較する.

本シミュレーターにより,実際のレール変位外乱データやかごパラメータのばらつきを

含めた高精度な低振動化検討や,試験塔試験が困難な仕様(例えば, 超高速・大容量)で

のエレベーターの乗り心地評価がシミュレーション上で可能となる.また,繰り返し実験,

試作回数の削減による開発期間短縮・開発コスト低減や,適切な据付精度の検討などが期

待できる.

2.2. 24 自由度かご横振動モデル

2.2.1 高速エレベーターの支持構造

図 2-1 に,高速エレベーターにおける支持構造の概略図を示す.昇降路内に設置されたガ

イドレール上を,かご枠に取り付けられたローラーガイドが案内されることにより,かご

が昇降を繰り返す.このようなエレベーターの支持機構要素は,ローラー支持ばね,振れ

止めゴム,床下の防振ゴムとばねである.

図 2-2 にローラーガイドの拡大図を示す.図に示すように,ローラーを回転支持するレ

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バーは,ローラー支持ばねによりかご枠に対して揺動可能に支持されている.つまり,支

持ばねは(1)ガイドレールから伝わる振動を緩和する免振機構としての役割と,(2)ガ

イドレールに対するかご全体(かご枠+かご室)の傾きを抑える支持機構としての役割を

持つ.振れ止めゴムは,かご室がかご枠に対して倒れないように,かご室とかご枠の間に

設置されている.

ガイドレール

かご室

かご枠 ローラー支持ばね

図 2-1 高速エレベーターの支持構造

ロープ

振れ止めゴム

床下防振系

(防振ゴム+馬蹄形ばね)

ローラーガイド

図 2-2 ローラーガイドと支持機構

支持ばね

ローラー

ストッパー

レバー

フレーム

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かご枠とかご室床の間には,防振ゴムと馬蹄形ばねを直列に接続した防振系が用いられ

る.防振系には,(1)かご枠から伝わる振動を遮断する免振機構としての役割と,(2)

かご室をかご枠に対して支持し,極度の沈み込み現象が生じないようにするための支持機

構としての役割を持つ.床下防振系の剛性は,免振機構としての役割からは低いほうが望

ましいが,あまり剛性を低くすると沈み込みにより着床精度が悪化するなどの問題がある

ため,そのトレードオフ関係から剛性が決定されている.

2.2.2 24 自由度 3次元横振動モデル

図 2-3 に,開発した 24 自由度の 3 次元横振動モデルを示す.運動方程式の導出に際し以

下のような条件を設定した.

【モデル化条件】

(1)かご室,かご枠はともに剛体であるとし,自由度として,かご室の 3 軸並進成分と

その並進軸周りの回転成分 [ Xcg Ycg Zcg xcg ycg zcg, , , , , ]と,かご枠の 3 軸並進

成分とその並進軸周りの回転成分 [ Xfr Yfr Zfr xfr yfr zfr, , , , , ]と,ローラーレバー

のかご枠に対する相対回転角 [ 1 1 1 2 2 2 3 3 3 4 4 4c f b c f b c f b c f b, , , , , , , , , ,, ]の24自由度

を考えた.

なお,回転角の添え字は 1 文字目がガイド位置(1:左上,2:右上,3:左下,4:右下)

を,2 文字目が各ガイドにおけるローラーの位置(c:中心,f:前側,b:後側)を表す.

(2)かご重量の前後左右のアンバランスについては考慮せず,前後左右対称構造である

と仮定した.

(3)外乱入力はガイドレールによる変位加振として与えるものとし,上下左右 4 ヶ所の

ガイドローラー部におけるレール変位を [ dbg dfb dbg dfb dbg dfb dbg dfb1 1 2 2 3 3 4 4, , , , , , , ]

とした.(bg)は左右方向の変位を,(fb)は前後方向の変位を表す.

(4)床下防振系は床下の 4 隅に配置されているものとし,z 方向剛性(一般には防振ゴム

圧縮剛性と馬蹄形ばね剛性の直列和)をK pr C pr2 2, , x 方向及び y 方向の剛性(一

般には防振ゴムのせん断剛性)をK pe C pe2 2, とした.

(5)ローラーガイド周りの剛性として,ローラーレバーの回転を支持する支持ばね剛性

Kr Cr** **, とローラー表面ゴムの圧縮剛性Kgr Cgr** **, の他に,振動方向と直行方向に

揺動されるローラーの表面ゴム(左右方向の時は前側と後側のローラー,前後方向の

時は中心のローラー)のせん断剛性Kgs Cgs** **, を考慮した.添え字(**)につい

ては(1)と同様である.

(6)ガイドローラーは常にガイドレールと接して走行するものとした.

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Xcg

Zcg

Xfr

Zfrθycg

θyfr

M cg,Jxcg,Jycg,Jzcg

M fr,Jxfr,Jyfr,Jzfr

K1,C1

H fr1

H fr3

K2pr,C2pr

K2pe,C2peW fr

W cg

H fk

H ck

H flH cl

Ycg

Zcg

Yfr

Zfr

θxcg

θxfr

K1,C1

K2pe,C2pe

K2pr,C2pr

Dcg

Lr1Lr2

φ2c

Kr2c,C r2c

Kgr2c,C gr2cM r,Jr

Kgs2f+Kgs2b

C gs2f+C gs2b

dbg2

S0

dfb2

Kr2b,C r2b

Kgr2b,C gr2b

Kgs2c,C gs2c

M r,Jr

Kr2f,C r2f

M r,Jr

φ2f φ2b

Kgr2f,C gr2f

S0

正面図 側面図

XcgXfr

Ycg,Yfr

θzcgθzfr

K2pe,C2pe

下面図

Gcg

Gfr

Gcg

Gfr

図 2-3 エレベーター24 自由度 3 次元振動モデル

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表 2-1 に各機械系パラメータの説明を示す.

表 2-1 パラメータ諸元

重量

Mcg:かご室質量 Mfr:かご枠質量

Jxcg:かご室 x 軸周り慣性モーメント Jxfr:かご枠 x 軸周り慣性モーメント

Jycg:かご室 y 軸周り慣性モーメント Jyfr:かご枠 y 軸周り慣性モーメント

Jzcg:かご室 z 軸周り慣性モーメント Jzfr:かご枠 z 軸周り慣性モーメント

Mr:ローラー質量 Jr:ローラー慣性モーメント

剛性

K1:振れ止めゴム圧縮剛性

K2pr:床下防振系 z 軸方向剛性 K2pe:床下防振系 x,y 軸方向剛性

Kr*c:左右方向ローラー支持ばね剛性 Kr*f,Kr*b:前後方向ローラー支持ばね剛性

Kgr**:ローラー表面ゴム圧縮剛性 Kgs**:ローラー表面ゴムせん断剛性

減衰

C1:振れ止めゴム圧縮減衰

C2pr:床下防振系 z 軸方向減衰 C2pe:床下防振系 x,y 軸方向減衰

Cr*c:左右方向ローラー支持ばね減衰 Cr*f,Cr*b:前後方向ローラー支持ばね減衰

Cgr**:ローラー表面ゴム圧縮減衰 Cgs**:ローラー表面ゴムせん断減衰

距離

Hfr1:かご枠重心と左上ローラーレバー支持

点との距離

Hfr2:かご枠重心と右上ローラーレバー支持点

との距離

Hfr3:かご枠重心と左下ローラーレバー支持

点との距離

Hfr4:かご枠重心と右下ローラーレバー支持点

との距離

Hck:かご室重心と振れ止めゴム位置の距離 Hfk:かご枠重心と振れ止めゴム位置の距離

Hcl:かご室重心とかご床の距離 Hfl:かご枠重心とかご床の距離

Wcg:かご室幅 Wfr:かご枠縦柱間距離

Dcg:かご室奥行き

Lr1:ローラーレバー支持点とローラー中心の

距離

Lr2:ローラーレバー支持点とローラー支持ば

ねとの距離

図 2-3,表 2-1 に示した横振動モデルよりラグランジュ関数を求め,運動方程式を導出す

る.

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【運動エネルギー】

T T T T T Ttotal cg fr rjc rjf rjbj

( )

1

4

Tcg :かご室, Tfr :かご枠, T T Trjc rjf rjb, , :ガイドローラー

【ポテンシャルエネルギー】

U U U U U U U U U U U

U U U U U U U

total k l k r k pr lf k pr rf k pr lb k pr rb k pe lf k pe rf k pe lb k pe rb

r grjcj

grjf grjb gsjc gsjf gsjb

1 1 2 2 2 2 2 2 2 2

1

4

_ _ _ _ _ _ _ _

( )

U Uk l k r1 1, :振れ止めゴム, Uk pr lb2 _ ~Uk pe rb2 _ :床下防振系,

Ur :ローラー支持ばね, U grjc ~U gsjb :ローラー表面ゴム

【散逸関数】

F F F F F F F F F F F

F F F F F F F

total k l k r k pr lf k pr rf k pr lb k pr rb k pe lf k pe rf k pe lb k pe rb

r grjcj

grjf grjb gsjc gsjf gsjb

1 1 2 2 2 2 2 2 2 2

1

4

_ _ _ _ _ _ _ _

( )

F Fk l k r1 1, :振れ止めゴム, Fk pr lb2 _ ~ Fk pe rb2 _ :床下防振系,

Fr :ローラー支持ばね, Fgrjc ~ Fgsjb :ローラー表面ゴム

この時,ラグランジュ関数 Lは

L T Utotal total

となり,式(2-1)によりラグランジュの運動方程式が導かれる.

ddt

Lq

Lq

Fqj j

total

j(

)

0 (2-1)

ここで,q j は本モデルにおける 24 個の座標[ Xcg Ycg Zcg xcg ycg zcg, , , , , ...]を表す.

(3-1)式を実際に展開した式は割愛するが,まとめると(2-2)式のようになる.

M C K P u{} { } { } { } (2-2)

Tbfcbfcbfcbf

czfryfrxfrZfrYfrXfrzcgycgxcgZcgYcgXcg

],,,,,,,,,,

,,,,,,,,,,,,,[}{

44433322211

1

{ } [ , , , , , , , , , , , , , , , ]u dbg dfb dbg dfb dbg dfb dbg dfb dbg dfb dbg dfb dbg dfb dbg dfb T 1 1 2 2 3 3 4 4 1 1 2 2 3 3 4 4

M C K R, , 24 24 , P R 24 16

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2.3. ローラーガイドの状態遷移による特性変動

2.2 節で導出したモデルの妥当性を実験で検証する中で,エレベーターの横振動特性が,

かごが静止している時と走行している時とで異なる特性を示すことがわかった.その要因

はローラーガイドのローラー表面ゴムの特性の変動であり,以下でこれを考慮した次の二

つのモデルを考える.

【モデル 1】ローラーガイド表面ゴムのせん断剛性あり

【モデル 2】ローラーガイド表面ゴムのせん断剛性なし

2.3.1 かご静止時の特性

かご静止時に,ガイドローラー部に取り付けたアクチュエータによるかごの加振試験を

実施した.アクチュエータ加振力からかご枠の左右方向加速度までの伝達関数についての

実測値と,【モデル 1】【モデル 2】による計算値を図 2-4 に示す.図 2-4 より,ローラー表

面ゴムのせん断剛性を考慮した【モデル 1】は実測値と同様の特性を示しているが,【モデ

ル 2】は 1 次の振動モード周波数から実測値と異なっていることがわかる.

2.3.2 かご走行時の特性

次に,走行時のかご振動波形による比較を行う.実測値とモデル 1 による計算結果との

かご横振動パワースペクトル比較を図 2-5 に,実測値とモデル 2 による計算結果の比較を

図 2-6 に示す.

図 2-5 より,モデル1における計算結果は 1 次のモード周波数が実測値と一致していな

いことがわかる.逆に図 2-6 より,モデル 2 における計算結果は実測値とよく一致してい

ることが確認できる.

100

101

-40

-20

0

20

40

Frequency[Hz]

Gai

n[d

B]

実測値

モデル1

モデル2

図 2-4 伝達関数による実測値との比較

(せん断剛性あり)

モデル2 (せん断剛性なし)

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2.3.3 ローラーガイドの動作状態による動特性変化

2.3.1 節,2.3.2 節より,かご静止状態における加振試験ではモデル 1 が実測とよく一致

し,走行状態ではモデル2が実測とよく一致することがわかった.これは,振動方向と直

交する方向のローラーガイドが,エレベーターが停止状態から走行状態へ遷移することに

より異なった特性を示すためである.つまり図 2-7 に示すように,静止状態では左右方向に

振動しようとして,前後方向のローラー表面ゴムの変形によるせん断剛性が支配的になる.

これに対し,エレベーターが運転を開始し速度が速くなるにつれて,前後方向のローラー

はガイドレールに対してすべりを生じるようになり,摩擦減衰が支配的になっていくため

100

101

0

200

400

600

800

1000

PSD

(BG

)

100

101

0

100

200

300

400

500

Frequency [Hz]

PSD

(FB

)

2000年9月4日17時24分6秒出力

実測値

実測値

モデル1

モデル1

かご床加速度(左右方向)

かご床加速度(前後方向)

図 2-5 モデル 1(せん断剛性あり)と実測値とのかご横振動パワースペクトル比較

実測値

実測値

モデル 1

モデル 1

左右方向

前後方向

Frequency[Hz]

Power

Sp

ect

rum

Power

Sp

ect

rum

100

101

0

200

400

600

800

1000

PSD

(BG

)

100

101

0

100

200

300

400

500

Frequency [Hz]

PSD

(FB

)

2000年9月4日17時23分52秒出力

実測値

実測値

モデル2

モデル2

かご床加速度(左右方向)

かご床加速度(前後方向)

図 2-6 モデル 2(せん断剛性なし)と実測値とのかご横振動パワースペクトル比較

実測値

実測値

モデル 2

モデル 2

左右方向

前後方向

Frequency[Hz]

Power

Sp

ect

rum

Power

Sp

ect

rum

Page 16: Title エレベーターかご横振動のアクティブ制振技術 …...3 第2章 エレベーターのかご横振動要因とモデリング 2.1. 諸論 エレベーターの乗り心地を決定する要因の一つにかご横振動が挙げられる.エレベー

11

と推定できる.

図 2-8 に,実測によるかご走行速度とかご横振動の 1 次固有振動数の関係を示す.加減

速時間が短いため,パワースペクトル解析の周波数分解能が 0.25Hz と粗くなっているが,

かご停止時(かご速度ゼロ)では,かご固有振動数が 3Hz となっており,ローラー表面ゴ

振動方向

表面ゴムの変形によるせん断剛性が作用

振動方向

表面ゴムのスライドによる摩擦減衰として作用

振動方向 振動方向

表面ゴム変形によるせん断剛性が作用

停止状態 走行状態

図 2-7 直交方向ローラー特性の遷移

ゴムのスライドによる摩擦減衰として作用

0

1

2

3

0 2 4 6

かご速度[m/s]

周波

数{H

z]

図 2-8 走行速度とかご横振動周波数の関係

滑り領域せん断変形領域

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12

ムがせん断変形していると考えられる.かご速度が 0~2m/s の間は,表面ゴム・レール間

の滑りとせん断変形が同時発生している遷移領域であり,固有振動数が速度にあわせ徐々

に低くなっている.2m/s 以上の速度領域ではローラー表面ゴムが完全に滑り,せん断変形

が発生せず,固有振動数が約 2Hz に静定したものと考えられる.なお,かご速度が 6m/s

で低い固有振動数が現れるのは,ガイドレールからの強制加振による強制振動が支配的に

なっているためである.このように,上述したローラー表面ゴムとレールの間の減衰は摩

擦減衰であるため本来非線形であるが,モデルを簡略化するためかご横振動速度に比例す

る粘性減衰に置き換えた.

2.3.4 減衰特性の同定

質量や剛性等のパラメータは一般にある程度既知であることが多いが,減衰特性はデー

タがないことが多い.そこで,2.3.3 節で求めた動特性の変化を考慮し,次のように減衰を

同定した.

(1)走行時のローラー表面ゴムの滑り摩擦以外の減衰特性は,かご静止状態における加

振試験において得られた伝達関数の各振動モードピークの高さから導出する.

(2)滑り摩擦の減衰特性は,その他の減衰特性が停止時と同じ条件で走行シミュレーショ

ンを実施した時の走行波形より同定する.

2.4. かご横振動モデルの精度評価

シミュレーションモデルによるかご横振動計算結果と実際のエレベーターで実測したか

ご横振動データの比較を図 2-9~2-10 に示す.

6 8 10 12 14 16-8

-4

0

4

8

Acc. [c

m/s*

s]

6 8 10 12 14 16-8

-4

0

4

8

Time [sec]

Acc. [c

m/s*

s]

Experimental result (bold line)

Simulation result (fine line)

Simulation result (fine line)

Experimental result(bold line)

図 2-9 シミュレーション結果と実験結果のかご振動波形比較1

左右方向

前後方向

シミュレーション結果

シミュレーション結果

(細線)

(細線)

実験結果(太線)

実験結果(太線)

Time [s]

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13

図 2-9 は速度 5m/s のエレベーターの例,図 2-10 は速度 6m/s のエレベーターの例である

が,どちらもシミュレーション結果と実験結果が良く一致していることが確認できる.

2.5. 結論

エレベーターのかご横振動を,時間領域で定量的に評価可能な 24 自由度 3 次元モデルを

構築した.かごを案内するローラーガイド装置のローラー表面ゴムが,かご走行速度に応

じて挙動が変化することを実測と解析の比較により初めて明らかにした.本挙動の変化を

横振動シミュレーションモデルに組込むことで,かごの走行開始から停止するまでのかご

横振動波形を高い精度で再現可能とした.

本シミュレーションモデルを用いることで,エレベーターのかご横振動を定量的に評価

可能になるため,これまでのような簡易シミュレーションと実験のトライアンドエラーに

よる振動低減対策が不要となり開発期間が短縮できる.また,試験が困難な仕様(例えば,

超高速・大容量)でのエレベーターの乗り心地評価もシミュレーション上で可能となる.

本モデルを用いて,以降の章で示すアクティブ制振技術の性能評価を実施していく.

10 15 20 25 30-10

-5

0

5

10A

cc.

[cm

/s2 ]

10 15 20 25 30-10

-5

0

5

10

Time [sec]

Acc

. [c

m/s

2 ]

Simulation Result (fine line)

Simulation Result (fine line)

Experimantal Result (bold line)

Experimantal Result (bold line)

左右方向

図 2-10 シミュレーション結果と実験結果のかご横振動比較 2

前後方向

シミュレーション結果

シミュレーション結果

(細線)

(細線)

実験結果(太線)

実験結果(太線)

Time [s]

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14

第 3章 消費電力低減を考慮した高速エレベーター用アクティブ制振装置

3.1. 諸論

エレベーターの乗り心地指標の一つとして,かご横振動がある.かご横振動は,昇降路

内に設置されエレベーターのかごを案内するガイドレールの曲がりや継ぎ目部据付誤差に

より,かごが強制加振されることで生じる.従来の高速エレベーターでは,かごの上下左

右 4 箇所に設けられるローラーガイドのばね剛性と減衰を適正に調整することで横振動を

低減している.

しかし,エレベーターが高速化すると,このような剛性・減衰の 適化だけでは横振動

を抑えることが難しくなるため,振動源であるレールの曲がりや継ぎ目部据付誤差を加工

時と据付時に厳しく管理することで良好な横振動性能を達成している.しかしこの方法は

非常に高レベルの加工・据付技術を要するため,据付熟練者の不足する海外で国内と同等

な性能を維持することが難しいといった問題がある.また,レールの経年変化により乗り

心地が悪化するといった問題もある.

このような背景から高速エレベーターの横振動を低減する新技術へのニーズは大きく,

これまでにも多くの手法が検討されている.特に,かご振動をセンサで検出し,外部から

かごに力を付加して振動を低減するアクティブ制振技術が振動低減に有効な方法として注

目されている.山崎らは,かごの床下に設けたボールねじとモータによりかご振動を低減

する手法 1) 3) 4) について理論と実験で有効性を確認している.また武藤らは,ガイド部に設

けた電磁石の吸引力によりかご振動を低減する手法 2) を検討しており,豊嶋らは,アクティ

ブマスダンパを用いた手法 5)~14)について検討している.

一方,工業的に広く使用するためには,既存のエレベーター設備仕様を変更せずに設置

可能でなければならないという課題がある.そのためには,消費電力を抑え電源設備の負

担を減らすとともに,他機器との干渉防止の観点から小型であることが必要となる.そこ

で本章では,必要エネルギーの 小化に着目したアクティブ制振技術の開発について示す.

3.2. かご横振動要因の特性

3.1 節で述べたように,エレベーターのかご横振動の主要因は,かごを案内するガイド

レールによる強制変位加振である. 適な制御方法を検討する場合に,制御対象の特性と

合わせて重要になるのが外乱特性であるため,まずはガイドレール変位の特性について検

討する.ガイドレールの曲がりや据付誤差の代表的なものを表 3-1 に示し,その特徴につい

て以下の(1)~(3)で述べる.

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15

(1)レール 1 本の一次曲り

ガイドレール 1 本の加工誤差に起因するもので,おおよそレール 1 本分が 1 周期の正弦

波で近似される.レール 1 本分の長さ rl は 4~5[m]が代表的な値であるから,昇降速度 hv の

範囲が 5~10[m/s]とすると,その加振周波数 rf は式 (3-1) のようになる.

rhr lvf / 1.0~2.5[Hz] (3-1)

(2)くの字曲がり

ガイドレール継ぎ目部端面の加工誤差や据付誤差に起因するくの字形状の曲がりで三角

波で近似される.レール 2 本で 1 周期となるため,基本加振周波数 rf は式 (3-2) のように

なる.

rhr lvf 2/ 0.5~1.25[Hz] (3-2)

(3)段差

レール継ぎ目部の据付誤差に起因するステップ状の外乱である.高速エレベーターでは,

ローラー表面のゴムにより吸収され,ほとんど問題になることがない.

表 3-1 ガイドレールによる基本的な外乱

名称 一次曲り くの字 段差

形状

要因 加工誤差 据付誤差 加工誤差

据付誤差

走行速度 7[m/s]の実エレベーターにおけるガイドレール変位外乱のパワースペクトル密

度を計算した結果を図 3-1 に示す.図 3-1 より,1.75[Hz]とその倍の周波数に明確な成分を

確認することができる.このエレベーターのレール 1 本分の長さは 4[m]であり,1.75[Hz]

は式(3-1)で計算される一次曲りの周波数に一致する.このような一次曲りの周波数が卓越

する特徴は,図 3-1 に示したエレベーターだけでなく,多くのエレベーターで確認されてい

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16

る.

以上より,高速エレベーターで特に問題となるかご横振動要因はガイドレールの一次曲

りであり,その加振周波数は,高速エレベーターの速度を 5~10[m/s],レール長さを 4~

5[m]とすると 1.0~2.5[Hz]となる.

3.3. 消費電力低減に最適なアクチュエータ配置

本節では,3.2 節で導出したガイドレール変位外乱の卓越周波数に対して 適なシステム

構成を検討する.

図 2-1 で説明したように,エレベーターのかごは昇降路内に設置されたガイドレールに

沿って,かご枠に取り付けられたローラーガイドが案内されることで昇降を繰り返す.か

ごは,ローラー支持ばね,振れ止めゴム,防振ゴムで支持されている.この支持機構は,

ガイドレールから伝わる振動を緩和する防振機構としての役割と,ガイドレールに対する

かごの傾きを抑制する支持機構としての役割を有し,両者のトレードオフで剛性が決めら

れている.

本節ではまず定性的な検討を行うため,図 2-1 に示したモデルを簡易化した図 3-2 の 2

慣性モデルを用いる(簡単のため減衰は無視した).2 慣性モデルに近似した時の高速エレ

ベーターの代表的なパラメータを表 3-2 に示す.

100

101

-300

-250

-200

-150

-100

Frequency[Hz]

PS

D[m

2 /H

z]

100

101

-300

-250

-200

-150

-100

Frequency[Hz]

PS

D[m

2 /H

z]

図 3-1 ガイドレール変位外乱のパワースペクトル密度 (走行速度 7m/s)

左右方向

前後方向

1.75Hz

1.75Hz

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17

表 3-2 2 慣性モデルのパラメータ

m1: かご質量 2300[kg]

m2: かご枠質量 3500[kg]

k1: ゴム剛性 1.8e7[N/m]

k2: ガイド剛性(ばね剛性) 5.9e5[N/m]

アクティブ制御の考え方の一つとして,制御対象の特性をアクティブ制御しやすいよう

に再設計する制御器と制御対象の同時設計がある 15).しかし,かごの剛性パラメータはエ

レベーターに設置された各種安全装置の設定や荷重条件の兼ね合いで 適に決定されてい

る.これを考慮し,仮に制御が停止した場合にもフェイルセーフな構成となるように,か

ごのパラメータは変更しないものとした.

制御方式として以下の 4 種類(1)~(4)を考える.制御の安定性を考慮し,センサ

とアクチュエータの配置がコロケートな方式で検討した.

(1) かごの状態を観測して,かご・かご枠間に取り付けたアクチュエータで制御する方

式.(以下,かご・かご枠間方式:方式 1)

(2) かご枠の状態を観測して,ガイド部に取り付けたアクチュエータで制御する方式.

(以下,ガイド方式:方式 2)

(3) かごの状態を観測して,かごに取り付けたアクティブマスダンパで制御する方式.

(以下,かごマスダンパ方式:方式 3)

図 3-2 簡易 2 慣性モデル

x0 x2x1

m2 m1

k1k2

CabinCar frame

Roller guide Cabin floorsupport rubber +Car hold rubber

Guide rail

かご枠 かご

ガイドレール

ローラーガイド

振れ止めゴム防振ゴム

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18

(4) かご枠の状態を観測して,かご枠に取り付けたアクティブマスダンパで制御する方

式.(以下,かご枠マスダンパ方式:方式 4)

また,制御目標及び制約として以下の(A)~(D)を考える.

(A)乗り心地の改善(1 次モードの制振性能)

レール外乱の主成分周波数は 3.2 節で導出したように 1.0~2.5Hz である.この周波数帯

域にある 1 次振動モードの低減が主目的となる.評価量は,ガイドレール変位外乱 x0から

かご変位 x1までの伝達特性(図 3-3)の 1 次モードピークとする.

(B)制御エネルギーの低減

本章での検討における主命題である制御エネルギーの低減,特に外乱の主成分が存在す

る低周波域でのエネルギー低減を実現するため,評価量はガイドレール変位外乱→制御力

伝達特性(図 3-4)の低周波ゲイン値とする.

(C)偏荷重に対するロバスト性

エレベーターでは,乗客荷重の不均一性や,ケーブル等の周辺機器重量に起因してかご

に傾きが生じる.通常アクティブ制振の振動検出には加速度センサを用いるが,偏荷重に

よる傾きは加速度センサに重力加速度に起因した大きな低周波外乱を発生させる.この低

周波外乱は,無駄なエネルギー消費やアクチュエータのストロークオーバーの原因となる.

エネルギー評価量は(B)と同じとし,ストローク評価量は外乱→ストローク伝達特性(図

3-5)を考える.

1 次モード周波数が比較的低いため,ハイパスフィルタ等による大幅な低周波ノイズ除去

は難しいと考え,伝達特性の低周波域での傾きが正であることをストロークオーバー防止

の仕様とする.

(D)巻上機負荷の軽減(装置重量の制約)

制振装置の重量増大はエレベーターを駆動する巻上機の負荷が増加する原因となり,大

きくなると本論の趣旨に対して本末転倒となる.方式 3 および方式 4 のマスダンパ方式は

付加マス重量が大きいほど有利であるが,一般に付加マスの質量比が主系の数%程度であ

ることを考慮し 100[kg]とした.

なお本検討では,制振制御への実用例の多いスカイフックダンパ制御(速度フィードバッ

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19

ク制御)を制御則として適用し,そのゲインは Kp=1.0×105 に統一した.(A)~(C)に

示した評価量の伝達特性を図 3-3~3-5 に示し,各制御方式の構成図,運動方程式,評価結

果を表 3-3 に示す.

・ かご・かご枠間方式(方式 1)はアクチュエータ設置位置がモードの節となるため,1 次

モードの制振効果とエネルギー効率の点で問題がある.

・ ガイド方式(方式 2)は 1 次モードの制振効果,エネルギー効率ともに優れ,低周波で

の制御ストロークもレール変位外乱と同等以下となる.

・ かごマスダンパ方式(方式 3)は理論上完全なスカイフック特性を実現できるため,1

次,2 次モードともに制振効果に優れ,エネルギー効率も良い.しかし低周波域におけ

る制御ストローク特性が-40~-20[dB/dec]となっており,かご偏荷重に対するロバス

ト性の面で問題がある.

・ かご枠マスダンパ方式(Case4)は制振効果とエネルギー効率の点ではガイド方式と同

等であるが,かごマスダンパ方式と同様に制御ストロークの点で問題がある.

10-1

100

101

102

-80

-70

-60

-50

-40

-30

-20

-10

0

10

20

Frequency[Hz]

Cag

e D

isp.

/R

ail D

isp.

[dB

]

図 3-3 伝達特性 (レール変位外乱→かご変位)

(方式 1)

(方式 2)

(方式 3)

(方式 4) 10

-110

010

110

260

70

80

90

100

110

120

130

140

150

Frequency[Hz]

Cotr

ol Forc

e/R

ail D

isp.

[dB

] (方式 1)

(方式 2)

(方式 3)

(方式 4)

10-1

100

101

102

-80

-60

-40

-20

0

20

40

60

Frequency[Hz]

Str

oke

/R

ail D

isp.

[dB

]

(方式 1)

(方式 2)

(方式 3)(方式 4)

図 3-4 伝達特性 (レール変位外乱→制御力)

図 3-5 伝達特性(レール変位外乱→アクチュエータストローク)

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20

表 3-3 制振方式による性能比較

構造 運動方程式 (A)制振効果 (B)制御力 (C)ストローク

1

102221122

121111

)()(

)(

xKxxkxxkxm

xKxxkxm

p

p

×

(20dB)

×

(140dB)

(+20dB/dec)

2

202221122

21111

)()(

0)(

xKxxkxxkxm

xxkxm

p

(-5dB)

(115dB)

(+20dB/dec)

3

133

02221122

121111

0)()(

)(

xKxm

xxkxxkxm

xKxxkxm

p

p

(-5dB)

(115dB)

×

(-20dB/dec)

4

233

202221122

21111

)()(

0)(

xKxm

xKxxkxxkxm

xxkxm

p

p

(-5dB)

(115dB)

×

(-20dB/dec)

以上の考察より,制御目標である(A)乗り心地,(B)エネルギー効率,(C)偏荷重へ

のロバスト性の全てを満たすガイド(方式 2)を採用した.

3.4. アクチュエータ方式の選定

3.4.1 要求性能と方式選定

前章の検討でアクチュエータをかご枠とレールとの間,つまりガイド部に設けたほうが,

必要制御力を小さくできることがわかった.本章ではガイド部に設置するアクチュエータ

の方式選定および構造の詳細設計を実施する.

アクチュエータに要求される主な性能として,次のものが挙げられる.

・ 静変位(偏荷重,床の沈み込みなど)に対する耐久性

・ 十分な寿命(エレベーターの寿命として約 25 年),メンテナンス性

・ コスト

・ パワー

・ 大変位量

本条件から候補に挙げたアクチュエータに対して特徴を纏めると表3-4および図3-6のよ

うになる.

x2 x1

m1m2

k1

k2

x0

x0 x2 x1

m1m2

k1

k2

x0 x2 x1

m1m2

k1k2

m3

x0 x2 x1

m1m2

k1k2

m3

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21

表 3-4 アクチュエータの候補と要求性能満足度

Act. 静変位

対策 コスト

寿命

メンテパワー 変位量 備考

ボールネジ △ △ △ ○ ○ ・静変位対策を行うと,コスト

と寿命が悪化する.

圧電素子 △ × ○ ○ × ・変位量を大きくするのに特殊

加工を行うとコストアップ ・高電圧電源が必要

磁歪素子 △ × ○ ○ × ・変位量を大きくするのに特殊

加工を行うとコストアップ

非接触 電磁モータ ○ △ ○ ○ ○

・静変位に対する耐久性は方式

によるが,ガイド方式では対策

不要.

シリノイド

(*1) △ ○ × ○ ○

・コストはかなり低いが寿命が

短すぎる. (*1)回転→直線変換減速機構 シリノイドは商品名

1m1mm1μm

20

10

ストローク

寿 命

(年)

回転→直線 変換機構

実装可能領域

コスト

非接触 電磁モータ

図 3-6 各種アクチュエータの要求仕様満足度

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22

圧電素子や磁歪素子は,ストロークやコストの点で要求仕様を満たさない.また,ボー

ルねじや回転→直線変換機構などの接触式駆動機構は,寿命・信頼性・メンテナンス性を

考慮すると採用が難しい.以上より,非接触の電磁モータ方式を採用した.

3.4.2 構造最適化設計条件

次に非接触電磁モータにおける具体的な構成を検討する.非接触電磁モータの代表例と

して電磁石とボイスコイルモータ(以下 VCM)がある.そこで既定の寸法条件下で,消費

電力 小化の観点から両方式の比較を行う.

ローラーガイド部分の拡大図を図 3-7 に示す.エレベーターの他機器との干渉を考えると,

追加するアクチュエータは図 3-7 の点線部に示すように従来のローラーガイドの寸法内に

入ることが一つの重要な設計仕様となる.

アクチュエータの駆動方向は上下方向で,アームを介してローラーを揺動することでガ

イドレールに対し水平方向の力を伝達するような構成とする.

実際のレール変位データを使用した数値シミュレーションを 2 章に示したかご横振動モ

デルを用いて実施したところ,本構成でのアクチュエータストロークは±2[mm]程度であっ

た.しかし,かご内にかかる偏荷重による変位分を考慮すると±10[mm]のストロークが必

要となる.

以上より条件を

・ 駆動ストローク±10 [mm]

・ 外形寸法は WHD=100×140×100 [mm]以内

として,アクチュエータの検討を実施した.

かご

レール

図 3-7 アクチュエータの配置

アクチュエータ ローラー

アーム

ばね

かご枠

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23

3.4.3 電磁石の最適設計

アクティブ制振用のアクチュエータとして,コの字形電

磁石を用いる場合を考える.消費電力を 小化するため,

前節で示した寸法(WHD=100×140×100)内で,単位

電力量での発生力[N/W]が 大となる 適設計を実施する.

図 3-8 に示すコの字形電磁石の磁気吸引力 Fm は簡易的

に式(3-3)のようにあらわせる.

2

20 1)(

4

zNI

SF y

m

(3-3)

μ0:空気の透磁率(=4π×10-7[H/m]),Sy:ヨーク断面積[m2],

N:コイルターン数,I:電流[A],z:磁気ギャップ[m]

ここで,

l

PA

R

PI

2 (3-4)

P:電力量[W],R:コイル抵抗[Ω],

:抵抗定数,

l:銅線長[m],A:銅線断面積[m2]

A

SN c (3-5)

Sc:コイル断面積,σ:占有率

aclSlA (3-6)

la:コイル1ターン分の平均長さ

であることに着目すると,

a

ccc

l

SP

lA

SP

l

PA

A

SNI

222

2)( (3-7)

zSy

Sc

コイル

ヨーク

図3-8 コの字形ヨーク

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24

となる.式(3-3)に式(3-7)を代入して単位電力量あたりの磁気吸引力を求めると

a

cym

l

SS

zP

F2

0 1

4

(3-8)

となる.式(3-8)より次のことがわかる.

・ コイル断面積 Scが一定の条件下では,コイルターン数 N や銅線断面積 A を変更して

も,単位電力量あたりの磁気吸引力はほとんど変わらない.

・ 単位電力量あたりの磁気吸引力の 適化問題は,コイル断面積 Sc とヨーク断面積 Sy

のトレードオフ問題になる.(一般に Scを大きくすると Syは小さくなる.)

図 3-9 に示すような電磁石において,単位電力量

あたりの磁気吸引力 適化問題を考える.上下に電

磁石があるのは押し引きを実現するためである.こ

こで,次の条件を新たに設定する.

・ ヨーク断面面積 Syは一定.

・ 磁気ギャップ部のコイル面とヨーク面との段

差 e はほぼゼロ.

このとき,以下の拘束条件式が成り立つ.

Hzhh cy 0243 (定数) (3-9)

Whw cy 2 (定数) (3-10)

Dhd yc 2 (定数) (3-11)

ただし,z0は初期ギャップである.式(3-9)~(3-11)より設計変数 hc, dc, wyを hyで表すと,

4

32 0 y

c

hzHh

(3-12)

yc hDd 2 (3-13)

2

32 0 y

y

hzHWw

(3-14)

となる.したがって,

Sy

Sy

Sy

Sc

hy

wy

hc

dc

z0e

図 3-9 電磁石形状

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25

22

3

2

320

20 HzWhh

hzHWhwhS yy

y

yyyy (3-15)

)2(44

3

22

3)2(

4

3200

20 zHD

hDH

zhhDhzH

dhS yyy

y

ccc

(3-16)

Wh

hzHWhzHhhwhhl

y

yyycycya

22

)32(2)32(2)(2)(2 00

(3-17)

式(3-8)に式(3-15)~(3-17)を代入して整理すると

Wh

WHzhHzhDhhk

P

F

y

yyyym

)223)(23)(2( 00 (3-18)

となる.ただし,2

0 1

64

zk

である.

初期ギャップ z0=3[mm], 10[mm]とした場合(また,z=z0)の計算結果例を図 3-10 と図 3-11

に示す.

初期ギャップ z0 に対する 適ヨーク高さ hy を数値計算ソフト Matlab 内の関数

fminsearch(Nelder-Mead シンプレックス(直接)法を使用)を用いて求めた結果を図 3-12

に示す.また 適設計を行った場合の単位電力量あたりの磁気吸引力を図 3-13 に示す.

電磁石方式では,アクチュエータストロークが磁気ギャップとなるため,図 3-13 に示す

ようにストロークが短い場合は力定数を大きくできるが,ストロークが長くなると非常に

不利となる.

図 3-10 力定数(z0=3mm) 図 3-11 力定数(z0=10mm)

0 0.005 0.01 0.015 0.02 0.025 0.03 0.035 0.040

1

2

3

4

5

6

7

8

9

10

ヨーク高さ(hy)[m]

力定

数[N

/W]

0 0.005 0.01 0.015 0.02 0.025 0.03 0.035 0.040

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

0.7

0.8

ヨーク高さ(hy)[m]

力定

数[N

/W]

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26

3.4.4 VCM の最適設計

次に,アクティブ制振用のアクチュエータとして,VCM を用いる場合を考える.設計目

標を以下に示す.消費電力を 小化するため,所定寸法(WHD=100×140×100)内で,

単位電力量での発生力[N/W]が 大となる 適設計を実施する.

図 3-14 に示すようなショートコイル型の VCM 形状を想定する.また永久磁石には住友

特殊金属製のネオジウム系磁石であるNEOMAX-46BH( 大エネルギー積:約360[kJ/m3])

を用いる.

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

x 10-3

0

2

4

6

8

10

12

14

16

18

20

初期磁気ギャップ[m]

力定

数[N

/W]

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

x 10-3

0.0165

0.017

0.0175

0.018

0.0185

0.019

初期ギャップ[m]

最適

ヨー

ク高

さ(h

y)[

m]

初期ギャップでの力定数

最も離れた場合の力定数

図 3-12 適ヨーク高さ 図3-13 適設計時の力定数

H

DW磁石

ヨーク

コイル

アーム

図 3-14 VCM 形状図

Sy

dy

hy

hghc

wc

zcmzcm

zh

zh

wgha

zh

zyc

図 3-15 解析モデル

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27

簡単のため,図 3-15 に示すようなハーフモデルを解析に用い,下記の前提条件を設定す

る.

【前提条件】(寸法)

・ ハーフモデルのヨークは一様断面積(Sy=dy×wg)を有する.

・ 磁石は高さ方向のヨークとの隙間はゼロ.(実際にはゼロでない.)

・ アーム高さ(ha=14[mm]),W 方向ヨーク-コイル間距離(zyc=7[mm]),コイル-磁石間

ギャップ(zcm=1.5[mm]),コイルストローク(zh=10[mm])は固定.

・ コイル厚さ wcとヨーク厚さ dyを初期設計変数として与える.

このとき,所定寸法による拘束条件から,式(3-19)が成り立つ.

2/22 Ddzwd gcmcy

Wwzw gycc 22 (3-19)

Hhhzd achy 32

式(3-19)より,各寸法が次のように求められる.

■マグネット寸法

yccg zwWw 22 (3-20)

ccmyg wzdDd 222/ (3-21)

ahyg hzdHh 2 (3-22)

■ヨーク寸法

ahy hzHh (3-23)

■コイル寸法

ahyc hzdHh 32 (3-24)

VCM における磁界解析において,次の前提条件を設定する.

【前提条件】(磁界解析)

・ ヨーク材の飽和磁束密度を Bymax=1.6[T]とする.

・ ヨーク中の磁束密度 Byの分布は一定とする.

・ Byが 1.6[T]以下では磁路の漏れ係数ρが 1.1 になるとする.

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28

・ By が飽和に達している場合では,飽和に起因する漏れ磁束のみが生じるとし,それ以

外の漏れ磁束は無視する.

・ 起磁力損失係数 f は 1.2 とする.

・ 磁石表面積(Am=wg×dg)とギャップ部有効面積 Agは等しい.

【永久磁石の減磁特性】

永久磁石表面の磁束密度 Bmと磁界の強さ Hmとの関係は,NEOMAX-46BH のカタログ

に表記された減磁特性曲線より,式(3-25)のように直線近似できるものとした.(実際にパー

ミアンス係数が 0.1 以下の非常に小さい場合を除けば,ほぼ直線の特性となっている.)

bhmbhm bBaH (3-25)

(abh=7.64×105, bbh=1.04×106)

【漏れ係数の導出】

パーミアンス係数 p の関係式より式(3-26)が導かれる.

p

cmc

ccmy

m

m

g

g

m

m Kfzw

wzdD

fA

l

l

A

H

Bp

2

222/)( 00 (3-26)

式(3-25)~(3-26)より表面磁束密度 Bmを導出すると,

1

pbh

pbh

m Ka

KbB (3-27)

ヨーク中の磁束密度を Byとすると,

yygm dBhB 2 (3-28)

であるから,

112

2

2

pbh

bypbh

pbh

pbh

y

ahy

m

y

g

y Ka

KKb

Ka

Kb

d

hzdHB

d

hB (3-29)

y

ahy

by d

hzdHK

2

2

となる. maxyy BB なる関係から,漏れ係数ρについて解くと式(3-30)を得る.

1

1

maxy

bypbh

pbh B

KKb

Ka (3-30)

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29

したがって前提条件より,式(3-30)の右辺が 1.1 以下の時は =1.1 となり,1.1 以上のと

きは は式(3-30)の右辺に等しくなる.

1.111

11

1.111

1.1

maxmax

max

y

bypbh

pbhy

bypbh

pbh

y

bypbh

pbh

B

KKb

Kaif

B

KKb

Ka

B

KKb

Kaif

(3-31)

【ギャップ部磁束密度の導出】

漏れ係数 が定まったので式(3-27)より磁石

表面での磁束密度 Bmが求まる.さらに,磁気回

路の基礎式である

ggmm BABA (3-32)

より,ギャップ部の磁束密度 Bg が Bg=Bm/ρと

して導きだされる.コイル厚さ wcを 1~20[mm]

の範囲で,ヨーク厚さ dyを 5~25[mm]の範囲で

ふった場合の計算結果を図 3-16 に示す.

・ コイル厚さ dyが薄いほうが磁束ギャップが小さくなるので,磁束密度 Bgは大きくなる.

・ ヨーク厚さ wcが薄すぎると,漏れ磁束が多くなり効率が悪くなるため,磁束密度 Bgは

小さくなる.逆に,ヨーク厚さ wc が厚すぎると寸法制限上から磁石が薄くなるため磁

束密度 Bgは小さくなる.それぞれのコイル厚さに対して 適なヨーク厚さ(磁石厚さ)

が存在する.(パーミアンス係数がほぼ 1 となる付近に 適形状がある.)

図 3-14 および図 3-15 に示したようなボイスコイルモータに発生する力 Fvは式(3-33)の

ように表せる.

NLIBF gv (3-33)

(I:電流[A],N:ターン数,L:コイル有効長さ[m])

【ターン数】

コイルの線径をφ[m]とすると,ターン数 N は式(3-34)のように近似できる.

2)2/(

cchwN (3-34)

(σ:占有率.本検討では 0.75 で一定とした.

3.4.3 節で示した電磁石 適設計時の占有率と同じ.)

0.005

0.01

0.015

0.02

0.025

0

0.005

0.01

0.015

0.020

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

0.7

0.8

ヨーク厚さ[m]コイル厚さ[[m]

ギャ

ップ

磁束

密度

[T]

図 3-16 ギャップ磁束密度

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30

【コイル抵抗】

コイルの抵抗 R は,式(3-35)のようになる.

2)2/(

aver

NlR (3-35)

ただし, avel は 1 ターンあたりのコイル平均長さであり,

)22(2 cmyave zdWl (3-36)

と近似できる.

【力定数】

3.4.3 節に示した電磁石の設計では,発生力 Fmが電流の 2 乗に比例するため,単位電力

量あたりの発生力 Fm/P [N/W]を電流 I によらず求めることができた.しかし,ボイスコイ

ルモータでは発生力 Fvが電流そのものに比例するため,力定数 Fv/P [N/W]は電流依存とな

る.(単位電流あたりの発生力 Fv/I [N/A]は電流に依存しない.)

そこで本検討では,事前の横振動シミュレーションでおおよその必要制御力として導出

した Fv=Fo(=100[N])となるような電流が流れる場合の力定数 Fv/P [N/W]を 大にすること

を設計目的とする.

力 Foを発生する時の電流値 Ioは,

NLB

FI

g

oo (3-37)

となる.したがって力定数は

R

N

F

LB

RF

NLB

RI

NLB

RI

F

o

g

o

g

o

g

o

v

222

2

)()( (3-38)

となる.式(3-38)に式(3-34)および(3-35)を代入して整理すると,

aver

cc

o

g

o

v

l

hw

F

LB

RI

F

2

2

)( (3-39)

となる.

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31

式(3-39)の右辺は,磁界解析の章で決めたコイル寸

法が一定ならば定数である.すなわち,単位電力量あ

たりの力は,コイル寸法及び磁束密度が一定ならば,

コイルの線径やターン数によらずほぼ一定となるこ

とがわかる.これは電磁石についても同様であった.

コイル厚さ wcを 1~20[mm]の範囲で,ヨーク厚さ

dy を 5~25[mm]の範囲でふった場合の計算結果を図

3-17 に示す.(図 3-16 と対応)

・ コイル厚さ 8[mm],ヨーク厚さ 14.5[mm],磁石

厚さ 10[mm]で 大力定数 4.9[N/W]を得た.

・ 磁束密度 Bg はコイル厚さが薄いほど大きくなる

が,逆に有効コイル長さ NL は小さくなる.その

トレードオフで 適な形状が存在する.

・ 図 3-17 下図における右上の領域は寸法制限上,成

立しない領域である.

・ 証明は省略するが,単位電流あたりの発生力 Fv/I

[N/A]は線径φを小さくしターン数 N を増やしたほうが大きくなるのは自明である.ま

た,このときの 適形状はコイル厚さを厚くしヨーク厚さを薄くする方向にずれる.こ

れはターン数を増やすことで多くの電流を流すことが可能となるためである.

3.4.5 電磁石と VCM の比較

アクチュエータのストロークを 1~10[mm]で振った場合の 大力定数を,電磁石と VCM

それぞれについて計算した結果を図 3-18 に示す.

アクチュエータストロークが非常に短い場合には電磁石方式が有効であるが,今回のよ

うにストロークが 10[mm]程度の場合は,ストロークによってあまり力定数が変化しない

VCM 方式のほうが効率的であることが図 3-18 からわかる.ストローク 10[mm]では,電磁

石方式に対し,初期位置にある場合としても約 6~7倍ほど効率が良いことになる( 悪ケー

スを考えると約 25 倍).

以上より長ストローク条件下でのエネルギー効率に優れた VCM 方式を選択する.

0.005

0.01

0.015

0.02

0.025

0

0.005

0.01

0.015

0.020

1

2

3

4

5

ヨーク厚さ[m]コイル厚さ[[m]

力定

数[N

/W]

0.005 0.01 0.015 0.02 0.025

0.002

0.004

0.006

0.008

0.01

0.012

0.014

0.016

0.018

ヨーク厚さ[m]

コイ

ル厚

さ[[

m]

0.5

1

1.5

2

2.5

3

3.5

4

4.5

図 3-17 力定数

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32

3.4.6 VCM の試作

以上の消費電力の観点から見た 適計算に基づき高効率な VCM を開発試作した.ただし

コイル線径は 0.6[mm]で設計している.写真を図 3-19 に示す.なお試作数 20 個の平均力定

数は 4.99 [N/W]で計算結果とほぼ一致しており, 適計算の妥当性を示している.

表 3-5 試作 VCM 特性

抵抗 12.3 [Ω]

力定数 4.99 [N/W] ( 61.4 [N/A] )

ターン数 1013

コイル線径 0.6 [mm]

3.5. 制御アルゴリズム

基本的な制御則としては,鉄道や自動車のアクティブ制振装置などに適用例の多いスカ

イフックダンパ方式を用いた.制御基本ループのブロック線図を図 3-20 に示す.

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

x 10-3

0

2

4

6

8

10

12

14

16

18

20

ストローク[m]

力定

数[N

/W

]

VCM 力定数

電磁石力定数(初期位置)

電磁石力定数 (最も離れた場合)

図 3-18 ストロークによる力定数変化

コイル

ヨーク

永久磁石

アーム

図 3-19 試作 VCM 写真

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33

かご枠に設置された加速度センサで検知された振動信号はコントローラに送信され,初

段のローパスフィルタとハイパスフィルタによって制御しない高周波数域と低周波数域の

ノイズを除去する.さらに,無駄な電力消費を防止するためのレベルカットフィルタ(詳

細は後述する.)により微小ノイズをカットされた後で積分される.このようにかご枠の絶

対速度に比例した力を VCM で加えることでスカイフック特性を付加し,エレベーターかご

に加えられるレール変位外乱に対する感度を小さくしている.

3.6. 加速度センサのノイズ処理アルゴリズム

これまで微小振動(mG レベル)制御用には,高精度なサーボ式加速度計が用いられるこ

とが多かった.しかしサーボ加速度計は一般に高価であるため,本システムでは近年半導

体技術の進展により進歩が著しい半導体型静電容量式の加速度センサを適用した.これら

のセンサは自動車制御用として適用範囲が広がっているが,エレベーターは自動車と比較

して小さな振動を検知,制御する必要があるため,適用には新たな信号処理技術を必要と

した.

図 3-21 左下に静電容量式加速度センサ信号の一例を,右下の破線でそれを積分した信号

を示す.このようにフィルタによって除去しきれない低周波ノイズが積分により拡大され

大きな信号となって現れている.このような低周波ノイズによる制御指令は,かご静止時

のフワフワ感として乗り心地に悪影響を及ぼすだけでなく,電力を無駄に消費してしまう

ため,これを防止する技術としてレベルカットフィルタを開発,適用した.

従来の低周波ノイズを低減する方法として,ハイパスフィルタの次数を上げる方法や,

カットオフ周波数を上げる方法が考えられる.しかし,かごの 1 次振動モード周波数が低

いため,位相まわりによる制御の不安定化が課題となり,両方法ともに適用は難しい.

一方,レベルカットフィルタでは,加速度信号に対して一定レベル以下の信号を図 3-21

上段のようにゼロ出力する.その後に低域周波数カットを含めた積分を行うと,図 3-21 右

下実線のように停止中の信号は必ずゼロに収束する.このときの低域カット周波数は非常

Elevator Accelerometers Voice coil motor

Rail disturb.

int

1

s lp

lp

s In

Out

Kp

Low-pass-filter Level-cut-filterIntegrator Gain

hps

s

High-pass-filter

Amplifier

図 3-20 制御ブロック線図

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34

に低い周波数で良いため,制御の安定性には悪影響を及ぼさないというメリットがある.

また,微小成分のみ除去するため走行中の信号には大きく影響しない.

このようにレベルカットフィルタと積分後のハイパスフィルタを組み合わせることで,

安定性を確保しつつ,無駄な電力消費を防止することを可能とした.

2 章で示した高速エレベーター横振動シミュレーターを用いてレベルカットフィルタの

効果を評価する.評価には,昇降速度 3m/s,かご容量 1600kg のエレベーターのかごパラ

メータと実測のレール変位データを用いた.

シミュレーション結果を図 3-22~3-24 に示す.各図の説明は以下のとおりである.

【図 3-22】アクティブ制御なしの場合のかご振動

【図 3-23】アクティブ制御あり,レベルカットフィルタなしの場合のかご振動

【図 3-24】アクティブ制御あり,レベルカットフィルタありの場合のかご振動

0 5 10 15 20 25 30-8

-4

0

4

8

Time [s]

Accele

ration [

cm

/s2

]

0 5 10 15 20 25 30-2

-1

0

1

2

Time [s]

Velo

city

[cm

/s]

0 5 10 15 20 25 30-8

-4

0

4

8

Time [s]

Accele

ration [

cm

/s2

]

Integrate

IntegrateFiltering

Figure 6. Effect of Noise Cancel Filter

With filterWithout filter

(a) Acceleration Signal (c) Velocity Signal

(b) After Filtering

Stopping StoppingTravelling

図 3-21 レベルカットフィルタの効果

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35

図 3-22~3-24 に示したシミュレーション結果より次のことが言える.

・図 3-22 と図 3-23 より,レベルカットフィルタを用いない場合,かご走行時の振動を低

く抑えることはできるが,かご停止時にはノイズの影響によりかご振動が生じる.

・図 3-24 より,レベルカットフィルタを用いることにより,かご停止時の振動励起を防止

できている.また,走行時の振動はレベルカットフィルタを用いない場合と比べてもほ

とんど劣化しない.

0 5 10 15 20 25-10

-5

0

5

10

Time[sec]

Acc

.[ga

l]

0 5 10 15 20 25-10

-5

0

5

10

Time[sec]

Acc

.[ga

l]

図 3-22 非制御時かご振動

左右方向 前後方向

0 5 10 15 20 25-10

-5

0

5

10

Time[sec]

Acc.

[gal

]

0 5 10 15 20 25-10

-5

0

5

10

Time[sec]

Acc.

[gal

]

図 3-23 制御時,レベルカットフィルタなしの場合のかご振動

左右方向 前後方向

0 5 10 15 20 25-10

-5

0

5

10

Time[sec]

Acc.

[gal

]

0 5 10 15 20 25-10

-5

0

5

10

Time[sec]

Acc.

[gal

]

図 3-24 制御時,レベルカットフィルタありの場合のかご振動

左右方向 前後方向

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36

3.7. 実機試験による制振性能評価

消費電力 小化の観点から実施した検討をもとに,アクティブ制振用のアクチュエータ

を備えたローラーガイド「アクティブローラーガイド」を試作した.

写真を図 3-25 に示す.

試作したアクティブローラーガイドを用いて,試験塔の実機エレベーターで性能確認試

験を実施した.

表 3-6 に走行試験の結果をまとめて示す.測定条件は以下のとおりである.また実測波形

を図 3-26 に示す.

なお,単位の[gal]は昇降機加速度の単位であり,1[gal]=0.01[m/s2]である.

【測定条件】

・かご床中央の左右および前後方向振動を加速度計で測定.

・加速度データは,0.5~30Hz の 1 次ローパスフィルタ処理済み.

・かご仕様(昇降速度:3m/s,かご容量 1000kg)

表 3-6 かご床横振動性能

左右方向上昇時 左右方向下降時 前後方向上昇時 前後方向下降時

制御なし 7.3galp-p 6.4 galp-p 11.9 galp-p 16.6 galp-p

制御あり 4.3 galp-p 4.2 galp-p 4.0 galp-p 6.4 galp-p

図 3-25 アクティブローラーガイド

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37

表 3-6 および図 3-27 より,前後方向下降時の大きな振動(約 17galp-p)に対しては,振

動を 61%低減できていることが確認できる.

エレベーターの速度が 3[m/s]とそれほど速くないため,左右方向振動は制御なしでも十

分小さく,振動低減効果は 30~40%と低めである.ただし絶対値としては 4[galp-p]程度で

あり十分小さい.一般に 10[galp-p]以下では,ほとんど人が感じないレベルとされている.

本走行試験時に VCM に流れた電流量から消費電力を求めた結果を表 3-7 に,電流の時間

波形の代表例として左右方向制振用 VCM の電流波形を図 3-28 に示す.ただし簡易的に,

電力量はコイル抵抗値 R に計測した電流量 I の 2 乗をかけた値として導出している.

表 3.7 より,非常に少ない電力量で制御が実現されており,消費電力を低く抑えるという

本章の目的が達成されていることが確認できる.

表 3-7 消費電力量(I 2×R)

左右方向 前後方向(左側) 前後方向(右側)

大値 3.8W 3.7W 1.5W

平均値 0.20W 0.20W 0.06W

制御なし

制御あり

上昇時 下降時

前後

左右

左右

前後

図 3-27 かご床横振動実測波形

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38

アクティブローラーガイドの制振性能を確認するため,さらに速い実機エレベーターで

の性能確認試験を実施した.

速度 5[m/s]のエレベーターでの制御有無によるかご振動波形の比較を図 3-29 に示す.図

3-29 には実測結果に合わせて 2 章で示したかご横振動シミュレーション技術による計算結

果も示している.図 3-29 より,アクティブローラーガイドによって,かご横振動が左右方

向,前後方向ともにおよそ半分に低減できていることが確認できる.また,実測結果とシ

ミュレーション結果は,制御がない場合も有る場合も非常によく一致しており,かご横振

動シミュレーション技術の信頼性を確認することができる.

図 3-28 制御時の電流波形(左右方向)

2 4 6 8 10 12 14 16 18 20-10

-5

0

5

10

Accele

ration [

cm

/s2

]

Time [s]

2 4 6 8 10 12 14 16 18 20-10

-5

0

5

10

Time [s]

Accele

ration [

cm

/s2

]

2 4 6 8 10 12 14 16 18 20-10

-5

0

5

10

Accele

ration [

cm

/s2

]

Time [s]

2 4 6 8 10 12 14 16 18 20-10

-5

0

5

10

Time [s]

Accele

ration [

cm

/s2

]

【制御なしの場合】

左右方向

前後方向

: 実験結果 :シミュレーション結果

0.14m/s2

0.12m/s2

0.06m/s2

0.07m/s2

図 3-29 アクティブローラーガイドの制振効果

(走行速度: 5m/s, かご容量: 1600kg)

左右方向

前後方向

【制御ありの場合】

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39

速度 7[m/s]のエレベーターでの実測結果(左右方向振動)を図 3-30 に示す.本試験では,

かごに大きな偏荷重を与えることで意図的に悪い条件とした.この場合でも,アクティブ

ローラーガイドはかご横振動を 0.23[m/s2]から 0.09[m/s2]に低減できており,高い制振性能

を確認できる.

また,この試験での消費電力量は 大で 70W, 下階から 上階までの走行における平

均では 6W 程度と非常に小さかった.以上より,本アクティブ制振装置が少ない消費電力

で,レール外乱によるかご振動を効果的に低減できることを実機試験においても確認する

ことができた.

3.8. 結論

以下に示す手段により,消費電力の非常に小さな高速エレベーター用アクティブ制振装

置を開発することができた.

・ かご特性と外乱特性を考慮に入れた定性的な評価により,制御力 小化の観点から 適

なアクチュエータ配置を決定した.

・ 単位電力量に対する発生力が 大となるアクチュエータ方式を一定の寸法制約の下で

適設計する手法を示し,高効率な VCM 式アクチュエータを開発した.

6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 26 28-20

-10

0

10

20

Time[s]

Accele

ration [

cm

/s2

]

6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 26 28-20

-10

0

10

20

Time[s]

Accele

ration [

cm

/s2

]

: 実測結果 : シミュレーション結果

図 3-30 アクティブローラーガイドの制振効果

(走行速度: 7m/s, かご容量: 1600kg)

制御なし

0.23m/s2

0.09m/s2

制御あり

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・ 低周波の加速度センサドリフトノイズに起因する無駄な消費電力を防止するデジタル

フィルタ処理技術を開発した.

また,かご振動低減性能と必要消費電力の少なさを実機試験により確認した.

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41

第 4章 アクティブ制振装置へのロバスト制御適用検討

4.1. 諸論

前章では,小型化と低消費電力性能を両立するエレベーター用アクティブ制振装置「ア

クティブローラーガイド」について検討した.

本装置における制御アルゴリズムは,鉄道や自動車の分野において実績例が多く信頼性

が高いスカイフック制御理論を基本としている.スカイフック制御は高い信頼性だけでな

く,簡便な構成から制御系の調整指針が明確という利点がある.このような特徴を持つス

カイフック制御理論を適用することで,様々な仕様(かご重量,乗客人数,かご速度)を

持つ高速エレベーターに広く適用できるようにした.

一方,エレベーターは乗客の乗り降りによりかご重量が時変的に変動する時変システム

である.今後,ビルの更なる高層化にともない,大容量エレベーターなど大きく重量パラ

メータが変動するケースも予測される.また,アクティブ制振装置の設置を従来想定して

いない既存エレベーターへの適用を拡大するためにも,パラメータ変動や制御設計時のモ

デル化誤差に対する検証が必要である.

このようなパラメータ変動やモデル化誤差といった変動要因を制御系設計時に陽に扱う

ことができる手法として,H∞制御やμ設計といったロバスト制御設計手法があり,様々な

分野で研究が進められてきた.野波らはアクティブ振動制御系へのμ設計理論の適用につ

いて述べ,H∞制御に対する優位性についてシミュレーションで明らかにしている 15).谷藤

らは鉄道車両のアクティブ制振に H∞制御を適用し車体質量のパラメータ変動に対するロ

バスト安定性の改善を示しており 16),μ設計を用いることで更にロバスト性を改善できる

ことも示している 17).中川らは鉄道車両のアクティブサスペンションに H∞制御を適用し,

乗客の増減や柔軟車両の高次振動モード無視によるモデル化誤差に対して有効であること

を示している 18).長瀬らは主塔模型にμ設計を適用し,制振モード変動に対するロバスト

性が得られることを示している 19).

このように制振対象のパラメータ変動に対するロバスト性検証に対しては多くの研究が

なされている.特にμ設計を用いることで制御系をより厳密に設計することができ,性能

と安定性を大きく改善できることが示されている.しかし,これらの研究で扱われている

制御対象はいずれも,制御で小さくしたい量を直接検出できる位置にセンサが設置された

もの,つまり制御量と観測量が同じ系に限られている.

一方,3 章で示したエレベーター用アクティブ制振装置「アクティブローラーガイド」は,

エレベーターのかご特性とレール曲がりによる外乱特性を考慮し,消費電力が 小となる

ようにアクチュエータ配置を決定している.次に制御の安定性に影響するアクチュエータ

とセンサのコロケート性の観点からセンサ配置を決めている.その結果,制御量と観測量

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42

が異なる系となっており,このような系に対するμ設計の適用効果について検討した文献

はあまり見られない.

そこで本検討では,開発したエレベーター用アクティブ制振装置にμ設計を適用するこ

とで,制御量と観測量が異なる系においても従来のスカイフック制御より制振性能を向上

できることを示す.また,このような制御量と観測量が異なる系においてパラメータ変動

を取り扱った場合に生じる課題についても検討する.

4.2. 制御設計用エレベーターモデル

4.2.1 エレベーターの簡易モデル

実際のエレベーターのかごは,3 次元の複雑な系である.しかし,複雑なモデルに対して

制御系を設計するのは,コントローラ次数の増大,また数値シミュレーションにおける

ill-condition 問題などの観点から望ましくない.そこで,制御設計に用いる簡易モデルを導

出する.

図 4-1 は,エレベーターを上方から見下ろした簡易上面図である.アクティブローラーガ

イドでは,アクチュエータは a,b,c,d の 4 系統からなる.しかし,a,b のアクチュエー

タはy方向には影響が大きいが,x方向,θ方向にはほとんど影響を与えない.逆に c,d

のアクチュエータはx方向,θ方向には影響が大きいが,y方向にはほとんど影響を与え

ない.したがって,y方向への自由度を持つモデル(左右方向モデル)と,x方向,θ方

向への自由度を持つモデル(前後方向モデル)とをディカップリングすることができる.

本章ではまず,SISO 系で見通しの良い左右方向モデルを取り上げ,ロバスト制御設計を

実施するためのモデル化を実施する.

図 4-2 に示すように,エレベーターの左右方向振動モデルは簡易的な 2 慣性モデルと仮

定できる.アクティブローラーガイドはでは,ガイドレール外乱を考慮した主振動モード

の腹となるガイドばねと並列にアクチュエータを設け,アクチュエータとセンサのコロ

x

レールローラー

a bc d

図 4-1 エレベーター上面図

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43

ケート性が保たれるようにかご枠に加速度センサを設置している.そのため制振対象とな

るかごの振動を直接観測できない系となっている.このシステムを制御系設計用モデルと

して簡易化すると図 4-2 のようになる.

4.2.2 状態方程式

アクチュエータによってかご枠に加えられる制御力を f として運動方程式を求めると式

(4-1)のようになる.

0)()( 21121111 xxkxxcxm

fdxkdxcxxkxxcxm )()()()( 222212112122 (4-1)

状態変数を dxdxxxxx 2221214321 ,,,,,, と定義すると式(4-1)は式(4-2)の

ように置き換えられ,レール外乱成分は変位項 d と速度項 dの 2 つから加速度項 d の 1 つ

のみに変換できる.

dmkcm 11121421 )(

dmfkckcm 23242112142 (4-2)

21

43

したがって,入力量を Tfdtu },{)( と定義すると,状態方程式は式(4-3)のようになる.

BuAxx

frame floor

d x2 x1

m2 m1

k1

k2

guid

e ra

il

c2

c1

accelerometerK

controller

図 4-2 2 慣性モデル

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44

2

2

22222121

222221

121

1

/11

00

/10

00

////

1000

//1111

0010

m

mB

mcmkmcmk

mcmkmm

cmm

kA (4-3)

また,制御量 1x (かご床加速度)と観測量 2x (かご枠加速度)は

121111 /)( mckx

2423221112 /}{ mfckckx (4-4)

となるので,出力方程式は式(4-5)のようになる.

DuCxy

222222121

1111

/10

00

////

00//

mD

mcmkmcmk

mcmkC (4-5)

4.2.3 制御目標と一般化プラント

モデル化誤差と重量パラメータ変動に対するロバスト性実現が主目的であるため,制御

目標を以下のように設定する.

(O1) 観測出力端の乗法的モデル化誤差 Wtに対するロバスト安定性実現

(O2) かごの重量変動 Wmに対するロバスト安定性実現

(O3) レール加速度外乱からかご加速度までの伝達関数と感度重み関数 Ws との積の H∞ノ

ルムの 小化

(O4) レール加速度外乱から制御力までの伝達関数と重み関数Wfとの積のH∞ノルムの 小

ただし (O4) については重み関数 Wfを小さく設定しており実際には評価していない.H

∞可解条件を満たすために設定した目標である.

この時の一般化プラントを図 4-3 に,制御目標 (O1) ~ (O4) 中の各種重み関数を以下に

示す.

(1)乗法的モデル化誤差の重み関数 Wt

31

32

42

41

)(

)(

t

t

t

tt

s

sW

ωt1=10×2π,ωt2=50×2π (4-6)

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45

これは,高速エレベーターの高周波数域における振動モードの経験的な 悪値として

30Hz で 20dB のモデル化誤差を許容するように決めた.

制御周波数帯域の僅か数倍の周波数に大きなモデル化誤差を有すことになるため,比較的

厳しい設定となっている.

(2)外乱抑圧重み関数 Ws

2

2

2

1

2

ss

ss

ss

sW

ωs1=0.5×2π,ωs2=10×2π (4-7)

これは,人体が横揺れを感じやすい周波数帯域に重みを持たせつつ,低周波数域で極度に

制御力が大きくならないように決めた重み関数である.γs は他のロバスト安定条件が満た

されるように調整する変数である.

(3)かごの重量変動重み関数 Wm

2/addm MW (4-8)

かご重量変動は,分数型の摂動パラメータを表す式(4-9)がフィードバックの形で表現で

きる 20)ことから,重み関数 Wmを用いて図 4-3 に示す一般化プラント中のように表現でき

る.

2/ˆ11

11 addMmm (4-9)

Madd はエレベーター乗客重量の 大値から決まるが,本報では変数として扱いその影響

について考察する.

(4)制御力重み関数 Wf 6100.1 fW (4-10)

制御目標(O1)~(O4)は,図 4-3 の一般化プラントの枠組みでは以下のように言い換えるこ

とができる.

(O1’) u2→y2の H∞ノルムを 1 未満にする.

(O2’) u1→y1の H∞ノルムを 1 未満にする.

(O3’) u3→y3の H∞ノルムを 小化する.

(O4’) u3→y4の H∞ノルムを 小化する.

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46

4.3. μ設計の適用

図 4-3 の一般化プラントにおいて制御目標(O1’)~(O4’)を満たすコントローラ K をμ設計

により導出した.ただしμ設計におけるコントローラを直接求める有効な手法は現在のと

ころ存在しないため,その近似的解法である D-K イタレーション 20) を用いている.(具体

的には,数値計算ソフト Matlab の中の関数 dkit を使用した.)

D-K イタレーションは複数の分野で工業的に有用な解を得ているという点で非常に強力

なツールである.しかし, 適解への収束性を保証していないという欠点を有しており,

本制御対象のような制御量と観測量が異なる系への適用においては,その影響を検証する

必要がある.

評価モデルのパラメータは,エレベーターの走行運動を模擬したかご加振試験機を用い

た.試験機の詳細は後述する.

かご加振試験機を二慣性モデルに簡略化した時のパラメータを表 4-1 に示す.かご重量変

動 Maddは変数とし,かご重量 m1が約 200%まで変動する場合を 大として評価する.

かご重量変動を Madd = 0, 40, 60, 100, 200, 400 とした場合の D-Kイタレーションによる

設計結果を表 4-2 に示す.

γ0(= 8.19×103)は,かご重量が変動しない場合の設計に用いた外乱抑圧重み関数 Ws

の係数である.

D-K イタレーションでは,ロバスト安定性を満たすため構造化特異値(Structured

singular value)が 1 未満となるように外乱抑圧重み関数 Wsのゲインγsを変更しており,

γs が大きいほど高い制振性能が得られる設計結果となる.つまり,考慮するかご重量変動

Maddが小さいほど性能の高いコントローラが得られたことを示している.

m1

1

s1

s1k1

c1++ +-

+-

m2

1

s1

s1k2

c2++ +-

++-

d''(u3)

Wt

++

Ws

Wf

K

y1

y2

Wm

y3

y4

u1

u2

u4y5

図 4-3 一般化プラント

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47

表 4-1 2 慣性モデルのパラメータ

かご質量 (ノミナル値) : m1 395 + Madd / 2 [kg]

かご質量変動量 : Madd 0 ~ 400 [kg]

かご枠質量 : m2 1080 [kg]

防振ゴム剛性 : k1 1.96×10 5 [N/m]

防振ゴム減衰 : c1 7.80×10 2 [Ns/m]

ガイド部ばね剛性 : k2 4.25×10 5 [N/m]

ガイド部減衰 : c2 2.67×10 3 [Ns/m]

表 4-2 制御設計結果

Madd 0 40 60 100 200 400

γs γ0 γ0×1.0 γ0×0.4 γ0×0.2 γ0×0.15 γ0×0.08

コントローラ次数 22 28 28 24 26 22

構造化得意値μ 0.901 0.924 0.907 0.964 0.972 0.947

イタレーション回数 4 6 9 4 5 5

図 4-4 は,制振制御適用時のレール外乱 d からかご加速度 1x までの伝達関数に重み関数

Ws を掛けた伝達特性を示し,制御目標(O3)の乗り心地性能を表す.ただし,かご重量 m1

は 395[kg]とし,重み関数 Wsのゲインγsは表 4-2 に記載のγ0としている.また図 4-4 に

は,μ設計と同じ重み関数を使用して H∞制御により導出(Matlab の関数 hinfsyn を使用)

したコントローラを用いた場合の乗り心地性能を合わせて細実線で示している.ただし H∞

制御では制御目標(O2)については考慮しておらず,条件としてはμ設計における Madd = 0

の場合に相当する.

10

-110

010

1-60

-40

-20

0

20

40

Frequency[Hz]

P*W

s[dB

]

制御なし

Madd=0

Madd=40

Madd=100Madd=400

図 4-4 外乱抑圧特性

H∞制御

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48

図 4-5 は,各ケースでのコントローラの周波数特性を示したものである.

表 4-2 及び図 4-4~4-5 より次のことが確認できる.

(a) H∞制御では式(4-6)で示した乗法的モデル化誤差が大きいため,クロス項の影響で解が

かなり保守的となり十分な乗り心地性能を達成できない.

(b) 重量変動がない及び小さい場合(Madd = 0~40)は,μ設計を用いることで高い制振

性能が得られる.これは不確かさを構造的に扱うことでクロス項の影響を軽減できるμ

設計の有効性を示す結果となっている.

(c) しかし考慮する重量変動を大きくすると,μ設計を用いても十分な乗り心地を達成す

ることが困難となった.設計時に,式(4-7)にこだわらず重み関数の周波数特性を調整す

るなど試行錯誤しても,傾向は同じであった.

(c) の結果は,ロバスト制御の保守性に起因するものと考えられるが,以下では制御量と

観測量が異なるというアクティブローラーガイドが有する特徴の観点から,保守的な解と

なった一要因について検討を試みる.

図 4-6 及び図 4-7 は,Madd = 400 時のコントローラ K400と,Madd = 0 時のコントロー

ラ K0を用いた場合について,Madd = 0~400(m1=395~795)と変動させた場合における

外乱抑圧性能(ロバスト性能:上段)とロバスト安定性(下段)の解析を実施したもので

ある.

図 4-6 および図 4-7 は,重量変動を考慮しないで設計したコントローラ K0がロバスト安

定性を満たしており(下段),かつ想定外に Madd が大きい場合の外乱抑圧性能においても

K400より優れている(上段)ことを示している.

10-1

100

101

20

40

60

80

100

120

Frequency[Hz]

Gai

n[d

B]

Controller Characteristics

10-1

100

101

-540

-360

-180

0

180

Frequency[Hz]

Phas

e[d

eg]

Madd=0 Madd=40

Madd=400

Madd=0

Madd=40

Madd=100Madd=400

図 4-5 コントローラ特性

Madd=100

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49

D-K イタレーション(関数 dkit)は構造化特異値μを 小化するための近似アルゴリズ

ムであるが,経験上その周波数特性を平坦にする傾向が強いと思われる.

アクティブローラーガイドは制御量と観測量が異なり,開ループ一巡伝達関数に外乱抑

圧性能に含まれない反共振,すなわち不可観測に近い周波数域が存在する.そのため次の

ような現象が生じたと考えられる.

・ 重量変動が小さい場合(反共振周波数変動が小さい場合)には,コントローラに反共振

の逆特性(図 4-5 の 3~4Hz 付近のピーク特性)を持たせることで外乱抑圧性能を改善

することができた.

・ 重量変動 Madd が大きい場合には反共振周波数が大きく変動するため逆特性を持たせる

ことができなくなる.

・ その結果,反共振周波数域で抑圧性能を低減できなくなり,D-K イタレーションの平坦

化特性故に他の周波数の外乱抑圧特性も非制御時の反共振周波数域での高さで拘束,平

坦化された. (図 4-6 上図の 3~4Hz 付近参照)

特に顕著なのは,コントローラの 5Hz 付近に反共振特性を持たせる(図 4-5 参照)こと

で 2 次振動モード制振特性をわざわざ悪化(平坦化)させている点である.

重量変動が大きい場合に対するロバスト性能の達成については 5 章で示す.

4.4. かごの質量変動に対する検討

本節ではロバスト安定性確保の観点から重量パラメータの設定に関する検証を行う.

図 4-6 および図 4-7 は,実際に重量変動があっても変動しないとして設計したほうが優れ

たコントローラが得られる場合があるというロバスト制御の保守性の一例を示している.

10-1

100

101

-80

-40

0

40

Frequency[Hz]Dis

turb

ance r

eje

ction[d

B]

10-1

100

101

-40

-20

0

10

Frequency[Hz]

Robu

st S

tabi

lity

制御なし

制御あり

図 4-6 K400を用いた場合の解析結果

不安定安定

実線: m1=395 破線 : m1=595 一点鎖線 : m1=795

10-1

100

101

-80

-40

0

40

Frequency[Hz]Dis

turb

ance r

eje

ction[d

B]

10-1

100

101

-40

-20

0

10

Frequency[Hz]

Robu

st S

tabi

lity

図 4-7 K0を用いた場合の解析結果

不安定安定

制御なし

制御あり

実線 : m1=395 破線 : m1=595 一点鎖線 : m1=795

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50

図 4-7 は,かご重量が負荷の全くない 395[kg]として設計したコントローラ K0に対する

結果を示したものであるが,重量変動に対する安定性を設計に陽に組み込まない場合,か

ご重量をその変動分の中心値として扱うという考え方もある.

そこで比較のため,かご重量を変動分の中心値 595[kg]とした場合のコントローラ K200

を用いて,図 4-7 と同様のかご重量変動 m 1=395~795[kg]に対する外乱抑圧性能,ロバス

ト安定性解析を行った結果を図 4-8 に示す.

図 4-8 上段より K200を用いた場合,かごが軽くなると,3~4Hz 付近での外乱抑圧特性が

著しく悪化している.また図 4-8 下段に示すロバスト安定性においても,同じく 3~4Hz

付近で鋭いピーク特性が現れており望ましくない.

本原因考察のため,図4-9にm 1が変動した時の制御入力からかご枠加速度までの特性を,

図 4-10 に K200のコントローラ特性を示す.

10-1

100

101

-80

-40

0

40

Frequency[Hz]Dis

turb

ance r

eje

ction[d

B]

10-1

100

101

-40

-20

0

10

Frequency[Hz]

Robu

st S

tabi

lity

安定不安定

制御なし

制御あり

図 4-8 K200を用いた場合の解析結果

実線 : m1=395 破線 : m1=595 一点鎖線 : m1=795

100

101

-100

-80

-60

-40

Frequency[Hz]

Gai

n[d

B]

100

101

0

50

100

150

200

Frequency[Hz]

Phas

e[d

eg]

m1=395

m1=595 m1=795

m1=395

m1=595

m1=795

図 4-9 制御力からかご枠加速度まで

の伝達特性 図 4-10 コントローラ K200の周波数特性

100

101

20

40

60

80

100

Frequency[Hz]

Gai

n[d

B]

100

101

-450

-400

-350

-300

-250

Frequency[Hz]

Phas

e[d

eg]

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51

図 4-9 中の m 1=595 の場合に対して図 4-10 のコントローラを設計しているので,2~5Hz

の反共振周波数域ではコントローラがモデルの逆特性を有しており,総合的な位相は遅れ

ない.しかし図 4-9 で m 1が軽い側に変動すると反共振周波数が高くなり,モデル特性にお

いて位相が遅れる周波数帯域が高域側に広がる.その結果,モデルの位相遅れとコントロー

ラの位相遅れとで一巡伝達関数における 3~4Hz の帯域で位相が極度に遅れてしまい,外乱

抑圧特性及び安定性がともに悪化したと考えられる.

逆に m 1が重い側に変動する場合は,モデルの位相特性は回復側に働くので安定性にほと

んど影響がなく,外乱抑圧特性における劣化も比較的少なくなる.したがって,重量変動

を考慮しない設計ではその値を 小値とすることが安定性・性能の両面から望ましい.

ここまでの考察を以下にまとめる.

・μ設計を用いることで,本アクティブ制振装置のような制御量と観測量が異なる系に対

しても高い抑圧性能を持つコントローラを得ることができた.

・しかし大きな重量変動を設計に組み込むと,ロバスト制御の保守性が顕著になり有効な

コントローラが得られない.

・大きな重量変動の設計への組み込みは今後の課題であるが,変動を設計に組み込まない

場合は重量を 小値に固定することで,ロバスト安定かつ比較的有効な解が得られた.

4.5. 試験機による検証

4.5.1 試験機の概要

μ設計で得たコントローラの有効性を確認するため,地上試験機による検証実験を行っ

た.ただし,前節までで得られた結果から,かご重量を 小値に固定して得られたコント

ローラを用いている.

図 4-11 に試験機の写真を示す.試験機はエレベーターのかごの下側半分に相当する実機

相当のハーフモデル試験機となっている.また,かごが上下してレールの変位加振力を受

ける代わりに,レールを模擬した偏心ディスクを回転させることでかごに正弦波変位加振

を与える構成となっている.制振制御用のコントローラには市販の DSP コントローラを用

いている.アクチュエータはアクティブローラーガイド実機のものを用いている.試験機

の H/W 仕様を表 4-3 に示す.

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52

表 4-3 試験装置の仕様

加速度センサ 感度:1V/1G

周波数帯域:0~250Hz

A/D 分解能:12bit

入力電圧:±10V

DSP サンプリング時間:1ms

D/A 分解能:12bit

出力電圧:±5V

PWM アンプ キャリア周波数:20kHz

出力電圧:±50V

4.5.2 コントローラの低次元化

コントローラは表 4-2 における Madd = 0 として設計したコントローラであり,そのまま

ではコントローラ次数が 22 次と非常に高い.CPU の演算速度や計算の ill-condition 問題

を考慮すると,そのまま実機に搭載することは困難であり,低次元化が必要不可欠である.

低次元化についてはいくつもの方法が考案されているが,本論ではその中の代表的な低

次元化手法として,(A)平衡化実現法,(B)Hankel ノルム近似法,(C)周波数重みつき

低次元化手法を適用した結果について示す.

まず,(C)の周波数重みつき低次元化手法に用いる重みについて検討する.低次元化の

ための周波数重みの設定について明確な基準はないが,

(1)安定余裕を考慮

評価関数:

1))()()(())(ˆ)(( sGsKIsGsKsKJ (4-11)

(2)閉ループ伝達関数の誤差を考慮

評価関数:

11 )()()()(ˆ)( sKsGIsKsKsKJ (4-12)

(3)コントローラへの入力信号スペクトルを考慮

A/D

DSP

D/A

PWM

アクチュエータ

かご

回転ディスク

図 4-11 試験機の写真

加速度センサ

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53

する方法が提案されている.ここで )(sK はコントローラ, )(ˆ sK は低次元化後のコントロー

ラ, )(sG は制御対象を示す伝達関数である.

しかしエレベーターの場合,入力信号のスペクトルは走行速度やレール長さ条件等によ

り変動するため,(3)については明確なスペクトル基準を与えることは難しい.また(1)

(2)について実施してみた結果,周波数重みを用いない場合と比較して有意な効果を得

ることはできなかった.

また,結論の一部を先に述べると,周波数重みを用いない(A)(B)の低次元化手法では

高周波数域のロバスト安定性が比較的早期に保てなくなる傾向があったため,本節では式

(4-13)と図 4-12 に示すような周波数重み redW を適用した.

42

41

)(

)()(

s

ssWred 1 =0.5×2π, 2 =5×2π (4-13)

この重みは,高周波数域でのロバスト安定性保持を目的として設定したものである.

周波数重みつき低次元化計算には数値計算ソフト Matlab の関数,sysbal,sfrwtbal,

hankmr,sfrwbld を用いた.

コントローラを(A)平衡化実現法,(B)Hankel ノルム近似法,(C)周波数重みつき低

次元化手法それぞれで低次元化した結果を表 4-4~4-6 に示す.

10-1

100

101

102

-100

-80

-60

-40

-20

0

20

Frequency[Hz]

Gai

n[d

B]

図 4-12 低次元化の周波数重み

0.1 1 10 100

20

0

-20

-40

-60

-80

周波数[Hz]

ゲイン

[dB

]

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54

表 4-4 コントローラ低次元化結果(平衡化実現法)

次数 22 次 14 次 13 次 12 次 11 次 10 次

ロバスト安定性 0.886 0.892 0.891 0.889 1.100 1.099

ノミナル性能 0.724 0.724 0.724 0.724 0.724 0.724

ロバスト性能 0.901 0.901 0.904 0.904 1.100 1.099

9 次 8 次 7 次 6 次 5 次

1.099 1.239 1.236 3.504 12.17

0.724 0.725 0.725 0.722 2.000

1.099 1.239 1.239 3.504 12.17

表 4-5 コントローラ低次元化結果(Hankel ノルム近似法)

次数 22 次 14 次 13 次 12 次 11 次 10 次

ロバスト安定性 0.886 0.948 1.078 0.952 1.526 1.343

ノミナル性能 0.724 0.724 0.724 0.724 0.724 0.724

ロバスト性能 0.901 0.948 1.078 0.952 1.526 1.343

9 次 8 次 7 次 6 次 5 次

1.343 2.829 8.017 26.53 152.5

0.724 0.725 0.725 0.721 1.193

1.343 2.829 2.829 26.53 152.5

表 4-6 左右方向コントローラ低次元化結果(周波数重みつき低次元化)

次数 22 次 14 次 13 次 12 次 11 次 10 次

ロバスト安定性 0.886 0.886 0.886 0.887 0.884 0.882

ノミナル性能 0.724 0.724 0.725 0.720 0.738 0.747

ロバスト性能 0.901 0.901 0.902 0.916 0.929 0.948

9 次 8 次 7 次 6 次 5 次

0.880 0.894 0.936 5.035 6.675

0.762 0.734 0.766 1.299 1.669

0.958 1.049 1.069 6.334 6.675

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55

表 4-4~4-6 の結果について考察する.

・平衡化実現法や Hankel ノルム近似法を用いることで,ロバスト安定性を保持したまま,

22 次のコントローラを 12 次まで低次元化できる.

・Hankel ノルム近似を用いた場合のほうが平衡化実現法を用いた場合より,ロバスト安定

性の劣化が早い傾向にある.

・ロバスト安定性保持に重点を置いた周波数重み付き低次元化手法を用いることで,コン

トローラの次数をさらに 7 次まで低次元化できる.

・周波数重みを用いた場合でも,6 次以下に低次元化すると,安定性が急激に劣化する.

周波数重み付き低次元化による 6 次,7 次のコントローラ特性を低次元化前のコントロー

ラと合わせて図 4-13 に示す.また,それぞれのコントローラを用いたときのロバスト安定

性指標を図 4-14 に示す.6 次まで低減した場合,高周波数域においてロバスト安定性が著

しく劣化していることが確認できる.

4.5.3 実験結果

前節までの検討では,エレベーターのかごの左右方向制振制御についてのみ検討した結

果を示したが,前後方向についても同様の検討を実施しており,本実験では前後方向につ

いても制御を実装している.図 4-15 にディスク加振からかご加速度までの伝達特性につい

て,シミュレーション結果を線で,実測結果をドットで示す.(上段:左右方向,下段:前

後方向)

10-1

100

101

102

0

50

100

150

Frequency[Hz]

Gain

[dB

]

10-1

100

101

102

-500

-400

-300

-200

-100

Frequency[Hz]

Phase

[deg]

22 次

22 次

7 次

7 次

6 次

6 次

図 4-13 コントローラ特性

10-1

100

101

102

103

0

0.2

0.4

0.6

0.8

1

1.2

1.4

1.6

1.8

2

Frequency[Hz]

Rob

ust

sta

bility

図 4-14 ロバスト安定性

22 次

7 次

6 次

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56

また図 4-15 には,本設計結果の有効性を示すための比較対象として従来のスカイフック

制御を用いた場合の制振性能についても示している.スカイフック制御のゲインは,制御

目標の一つである高周波数域のモデル化誤差に対するロバスト安定性を達成するように決

めている.

2.5Hz 以下の帯域でμ設計を用いたコントローラでの実測結果がシミュレーション通り

下がっていないが,これはこの周波数帯域ではほとんどかごが揺れなかったためで振動が

ノイズに埋もれたためである.

左右方向の 3Hz 強の周波数でμ設計を用いて設計したコントローラでの実測結果のゲイ

ンがシミュレーションと比較して下がっていない.これは設計時に用いたモデルのパラ

メータが不正確であったため,実機とモデルの反共振周波数にズレが生じ,その結果とし

てコントローラの逆特性を活かすことができず,制振できなかったものである.

しかしそれ以外の点ではほぼシミュレーション通りの制振特性が得られている.これに

より,同等の高周波数帯域でのロバスト安定性を保証するという条件化では,従来のスカ

イフック制御に対しμ設計を用いることで制振性能を大幅に向上できることが実機試験に

おいても確認できた.

4.6. 結論

エレベーターのアクティブ制振装置に対しロバスト制御の一つであるμ設計を適用し,

100

101

20

30

40

50

60

Frequency[Hz]

Gai

n(B

G)[

dB

]

100

101

20

30

40

50

60

Frequency[Hz]

Gai

n(FB

)[dB

]

制御なし

スカイフック μ設計

図 4-15 振動抑圧特性(ディスク変位→かご加速度)

左右方向

制御なし

スカイフックμ設計

2

2

3

3

5

5

7

7

前後方向

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57

次の結論を得た.

・ μ設計を用いることで摂動のクロス項の影響を軽減でき,従来のスカイフック制御を用

いた場合より高い制振性能を得ることができた.また,地上実機試験においても高い制

振性能を確認した.

・ しかし大きな重量変動を設計で考慮すると,μ設計を用いてもロバスト制御の保守性が

顕著になり高い制振性能を得ることができなかった.本課題に対する対策は 5 章で示す.

・ 重量変動を設計で取り扱わない場合は,重量値を 小として設計することで,重量変動

に対してもロバスト安定なコントローラを得ることができた.

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58

第 5章 超高速エレベーター向けアクティブ制振装置

5.1. 諸論

本論第 3 章において,小型化と低消費電力性能を両立するエレベーター用アクティブ制

振装置の検討について示した.

新興国を中心に進むビルの高層化によりエレベーターも超高速化が進んでおり,これま

での高速走行時には問題とならなかった新たなかご横振動が問題となる.また,エレベー

ターは乗客の乗り降りによりかご重量が時変的に変動する時変システムであり,このよう

な時変システムに対する制振制御の高度化が新たな課題となる.このようなパラメータ変

動を制御系設計時に陽に扱うことができるロバスト設計手法の一つとしてμ設計 15) 17) 19)が

あり,第 4 章においてアクティブ制振装置へのμ設計の適用について示した.その結果,

μ設計の適用により更なる制振性能の向上が認められる一方,パラメータ変動が大きい場

合にはアクティブ制振装置の不可観測性に起因して十分な制振性能が得られないことが明

らかになった.

そこで本章では,まずエレベーターの超高速走行時に問題となる振動の特性を明らかに

し,その特性に着目した新しいアクティブ制振システムを提案する.さらに,新しい制振

システムにμ設計を適用することでパラメータ変動が大きい場合にも高い制振性能を有す

る制御系が得られることを示し,試験にて性能を確認する.

5.2. 超高速走行時の振動特性

5.2.1 高速エレベーターの構成

エレベーターの構成について,振動抑制の観

点から再整理する.

図 5-1 に高速エレベーターの簡易構成図を示

す.乗客が接するかごは,かご枠と呼ばれる比

較的剛性の高い枠組みの中に防振ゴムや振止ゴ

ムなどの免振部材を介して支持されている.

かご枠の上下左右 4 箇所にはローラーガイド

と呼ばれる,ばね・ダンパ機構を備えた案内支

持機構が設置されており,かごはこのローラー

ガイドが昇降路内に据え付けられたガイドレー

ル上を案内されることで昇降を繰り返している.

エレベーターのかごに生じる横振動の主要因

の一つとして,ガイドレールの曲がりや据え付

かご

かご枠

レール

防振ゴム

ロープ

ローラー ガイド

振止ゴム

図 5-1 エレベーター構成図

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59

け誤差に起因するレールからの強制変位加振がある.このようなガイドレールからの加振

に対する防振という観点で見ると,エレベーターはローラーガイド部分のばね・ダンパ機

構と,かご枠・かご室間の防振ゴムとによって免振する 2 重防振構造となっている.

5.2.2 アクティブローラーガイド

エレベーターの走行速度が速くなると,5.2.1 節で説明したばね・ダンパなどの係数 適

化だけでは十分な振動性能を達成することができないため,振動原因であるレールの加工

精度,据え付け精度を非常に高いレベルに保つことにより振動性能を達成していた.

このようなレールの高精度管理は据付コスト・据付期間の増大につながるため,第 3 章

で新しい制振手法であるアクティブローラーガイドについて検討した.アクティブロー

ラーガイドの構成を図 5-2 にあらためて示す.

アクティブローラーガイドは,かご枠に取り付けられた加速度センサと,ローラーガイ

ドのばねと並列に設置されたボイスコイル式アクチュエータ(アクチュエータが付くのは

VCM

アクティブローラーガイド

ローラ 加速度センサ

ガイドレール

かご枠 ロープ

防振ゴム

かご室

図 5-2 アクティブローラーガイドの構成

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60

下側ガイドのみ),加速度センサの信号からアクチュエータで発生させる制振力を計算する

コントローラとからなる.制御方式はアクティブ制振制御法として実績もあり信頼性の高

いスカイフック制御則を用いている.

アクティブローラーガイドは,アクチュエータがローラーガイドのばね部と並列に設け

られているため,ガイドばね部が振動の腹となるようなモードを効率よく制振することが

できることを第 3 章で示した.このようなガイドばね部が振動の腹となるようなモードの

周波数は,高速エレベーターではおよそ 1~3Hz 程度となる.

一方,横振動の主要因であるレール変位外乱は特定の周波数に大きなパワー成分を持つ.

これは第 3 章で示したように,レール 1 本分の長さ l [m]と走行速度 v [m/s]によって決まる

周波数 f =v/l [Hz]となる.レール 1 本分の長さはだいだい 4[m]か 5[m]であるため,高速エ

レベーターの走行速度を 5~10[m/s]とすると,レール外乱の主周波数は 1~2.5[Hz]となる.

以上より,外乱の周波数主成分とガイドばね部が振動の腹となるモード周波数とが近接

している高速エレベーターでは,ガイドばね部と並列にアクチュエータを設けるアクティ

ブローラーガイド方式が効率的に動作するため,高速エレベーターではアクティブロー

ラーガイド方式を採用した.

5.2.3 床下アクティブ制振方式

また一方で,アクチュエータを床下の防振ゴムと並列に

設置する床下アクティブ制振方式についても研究されてい

る 3) 4).

床下アクティブ制振方式の概略構成図を図 5-3 に示す.

床下アクティブ制振方式は,かご床部に設置された加速度

センサと,床下部防振ゴムと並列に設置されたアクチュ

エータ,加速度センサ信号からアクチュエータに発生させ

る力を計算するコントローラ(図示しない)とからなる.

この方式は,本来振動を低減したいかご床部の加速度信

号を直接測定し,かご床部に直接制振力を付加するため,

レールからの外乱に限らず,例えばかご内から加えられる

外乱に対しても有効であるという利点がある.

また第 3 章で示したように,アクチュエータが防振ゴム

と並列に設置されているため,防振ゴム部が振動の腹とな

るようなモード(高速エレベーターでは 4~10Hz 程度)の

制振効果に優れるという特徴をもつ.

エレベーターが高速エレベーターの速度をはるかに超えるような超高速,例えば 18[m/s]

図 5-3 床下アクティブ方式

加速度センサ

アクチュエータ

Page 66: Title エレベーターかご横振動のアクティブ制振技術 …...3 第2章 エレベーターのかご横振動要因とモデリング 2.1. 諸論 エレベーターの乗り心地を決定する要因の一つにかご横振動が挙げられる.エレベー

61

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45

-10

-5

0

5

10

Time[sec]

Acc

.[ga

l]

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45

-10

-5

0

5

10

Time[sec]

Acc

.[ga

l]

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45

-10

-5

0

5

10

Time[sec]

Acc.

[gal

]

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45

-10

-5

0

5

10

Time[sec]

Acc

.[ga

l]

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45

-10

-5

0

5

10

Time[sec]

Acc

.[ga

l]

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45

-10

-5

0

5

10

Time[sec]

Acc

.[ga

l]

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45

-10

-5

0

5

10

Time[sec]

Acc.

[gal

]

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45

-10

-5

0

5

10

Time[sec]

Acc

.[ga

l]左右方向 前後方向

制御なし 制御なし

ARG ARG

FLA FLA

ARG+FLA ARG+FLA

図 5-4 レール外乱抑圧性能比較

MAX:17.0gal MAX:19.8gal

MAX:9.7gal MAX:13.2gal

MAX:13.2gal MAX:14.1gal

MAX:5.5gal MAX:6.2gal

になると,このレール外乱による主加振周波数は倍となるため,これまでの高速エレベー

ターでは想定していない現象が生じることが考えられる.以下では,このような超高速走

行時のレール変位外乱に対する影響を明らかにする.

5.2.4 横振動モデルによるシミュレーション評価

2 章で示したかご横振動モデルを用いて,超高速走行時(速度 18[m/s])の振動シミュレー

ションを実施した.制御なしの場合,アクティブローラーガイド(略称:ARG)を用いた

場合,床下アクティブ制振(略称:FLA)を用いた場合,両制御を併用した場合のかご床

加速度波形を図 5-4 に示す.

図 5-4 より明らかなように,アクティブローラーガイドでは波形中央付近の高速走行領域

における制振性能が悪くなっていることがわかる.

これは,速度が速くなることで,式(3-1)で決まるレール外乱の加振周波数が高くなり,

かご室とかご枠が逆相に振動するモードが支配的になったためである.走行速度がおよそ

12~13[m/s]を超えたくらいから制振性能が落ちている.レール加振外乱周波数の主成分が

およそ 3[Hz]を超えたあたりから制振性能が劣化していると考えられる.

一方,床下アクティブ制振方式では,高速走行領域での制振性能は非常に高くなってい

るが,10~15[秒]あたりの制振性能が良くないことがわかる.これは,かご室とかご枠が同

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62

相で振動するモード,つまりガイドばね部分が振動の腹となるモードが支配的な場合には

十分な制振性能を得ることができないためである.

両制御を併用すると,全ての振動モードを効果的に低減できるため,走行開始から停止

までの期間において高い振動性能を得ることができている.

かご床振動 大値と合わせて,制御時に必要とした 大電力量, 大電圧, 大電流を

表 5-1 に示す.ただしアクチュエータとして,アクティブローラーガイドにはボイスコイル

式のアクチュエータを,床下アクティブ制御には電磁石を用いた場合を想定している.

表 5-1 シミュレーション結果一覧

左右加速度 前後加速度 大総電力 大電圧 大総電流

制御なし 17.0 galp-p 19.8galp-p - - -

ARG 9.7 galp-p 13.2 galp-p 119W 40.0V 6.0A

FLA 13.2 galp-p 14.1 galp-p 456W 82.5V 18.1A

ARG+FLA 5.5 galp-p 6.2 galp-p 346W 55.5V 19.0A

隣接かごとのすれ違いやカウンターウェイトとのすれ違いで生じる風圧力は,一般に速

度の 2 乗に比例して大きくなるとされている.したがって,速度 18[m/s]に達するような超

高速走行では,レール変位外乱の他に,すれ違いで生じる風圧力に起因するかご振動が大

きな問題となることが予想される.そこで次に,このような風圧変動がかごに直接加わる

ことによって生じるかご振動の影響について考察する.

風圧によってかごに加わる力は,熱流体解析ソフト STAR-CD を用いて 2 次元非定常解

析によって導出した結果を用いている.ただし風圧による力は,かご室重心とかご枠重心

にそれぞれ総外乱力の半分ずつが加えられると仮定している.

シミュレーションは次の 2 条件で実施した.

(CASE1) 隣接かごと 18m/s ですれ違う場合

(CASE2) 隣接かごと 18m/s で並走する場合

図 5-5 および図 5-6 にシミュレーションで加えた風圧加振力の波形を示す.

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63

レール外乱の場合と同様に,アクティブローラーガイド(ARG)を用いた場合,床下ア

クティブ制振(FLA)を用いた場合,両制御を併用した場合(ARG+FLA)の制振効果を

示す.

(CASE1) 隣接かごと 18m/s ですれ違う場合

隣接かごと 18m/s ですれ違った場合のかご横振動波形を図 5-7 に示す.またその時の

大電力量, 大電圧, 大電流を表 5-2 に示す.

0 1 2 3 4-1000

-500

0

500

1000

1500

時間[秒]

加振

力[N

]

図 5-6 並走時の加振力

0 2 4 6 8 10 12-2000

-1500

-1000

-500

0

500

時間[秒]

加振

力[N

]

図 5-5 すれ違い時の加振力

0 1 2 3 4 5 6 7 8-30

-20

-10

0

10

20

30

40

Time[sec]

Acc

.[ga

l]

0 1 2 3 4 5 6 7 8-30

-20

-10

0

10

20

30

40

Time[sec]

Acc

.[gal

]

0 1 2 3 4 5 6 7 8-30

-20

-10

0

10

20

30

40

Time[sec]

Acc

.[gal

]

0 1 2 3 4 5 6 7 8-30

-20

-10

0

10

20

30

40

Time[sec]

Acc

.[gal

]

57.1galp-p 24.1galp-p

46.5galp-p

21.0galp-p

制御なし ARG

FLA ARG+FLA

図 5-7 隣接かごとのすれ違い時におけるかご横振動

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64

表 5-2 シミュレーション結果一覧(CASE1)

かご振動 大総電力 大電圧 大総電流

制御なし 57.1galp-p - - -

ARG 24.1galp-p 624W 62.9V 9.93A

FLA 46.5galp-p 電磁石初期ギャップを超える変位が生じたため計算不可

ARG+FLA 21.0galp-p 959W 93V 23.7A

シミュレーション結果より次の考察が得られる.

・ 隣接かごとのすれ違いによって生じる振動は,インパルス加振による自由振動に近いも

のとなり,かご室とかご枠が同相で振動する 1 次モードが支配的となる.

・ したがって,1 次モードの制振効果が高いアクティブローラーガイドの方が比較的優れ

た制振性能を示している.

・ すれ違い時の風圧変動による発生力は非常に大きいため,どの方式を用いた場合でもか

なり大きな電力を必要とする.特に床下方式ではアクチュエータの初期ギャップ(3mm)

を超えるような変位が生じている.(図 5-7 の波形は電磁石ギャップ等による力定数変

化がない場合を想定したシミュレーション結果.)

・ 両方式を併用しても,アクティブローラーガイドに対して大きな改善効果はない.

(CASE2) 隣接かごと 1080m/min で並走する場合

かご床横振動波形を図 5-8 に,その時必要とした電力量等を表 5-3 に示す.

0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5 4-25

-20

-15

-10

-5

0

5

10

15

20

25

Time[sec]

Acc

.[ga

l]

0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5 4-25

-20

-15

-10

-5

0

5

10

15

20

25

Time[sec]

Acc

.[gal

]

0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5 4-25

-20

-15

-10

-5

0

5

10

15

20

25

Time[sec]

Acc

.[gal

]

0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5 4-25

-20

-15

-10

-5

0

5

10

15

20

25

Time[sec]

Acc

.[gal

]

制御なし ARG

FLA ARG+FLA

42.9galp-p 21.9galp-p

36.8galp-p 15.2galp-p

図 5-8 隣接かごとの併走時におけるかご床振動

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65

表 5-3 シミュレーション結果一覧(CASE2)

かご振動 大総電力 大電圧 大総電流

制御なし 42.9galp-p - - -

ARG 21.9galp-p 146W 29.5V 4.67A

FLA 36.8galp-p 887W 140V 18.9A

ARG+FLA 15.2galp-p 364W 86.0V 14.1A

超高速走行時におけるレール変位外乱に対する横振動,風圧変動による横振動を評価し

た結果,次の考察を得た.超高速走行では,従来の高速走行と比較して広い帯域の周波数

成分を持つ外乱が加わるため,アクティブローラーガイドでも,床下アクティブ制振方式

でも,単独では十分な制振効果を得ることができない.

5.3. 可変減衰制御方式の適用

5.3.1 可変減衰制御

5.2 節における検討から,これまで検討してきたアクティブローラーガイド方式や床下ア

クティブ制振方式では超高速走行時の横振動を十分なレベルまで低減できないこと,多く

の電力を必要とすることがわかった.

消費電力の低減という観点では,近年アクティブ制御の代替技術として,セミアクティ

ブ制御技術 21) 22)が注目されている.これはアクチュエータで制御対象に力を加える代わり

に,制御対象可動部の減衰係数を可変にすることでアクティブ制御に近い効果を得ようと

するものである.セミアクティブ制御は,可動部の減衰係数を変えるだけなのでエネルギー

をほとんど必要としないという大きなメリットがある.

減衰係数を可変にするためのダンパとしては,摩擦を利用するもの,オリフィス開度を

変更するオイルダンパによるもの,MR 流体などの機能性流体を用いたものなどが研究され

ており,製品化もされている.

ところでここで挙げるセミアクティブ制御とは,制振対象の加速度や可動部の相対変位

などの条件により,減衰力を頻繁に on-off したり,前記条件に合わせて減衰係数を決め細

やかに可変にするものである.このような振動状態により減衰を頻繁に変える方式は,よ

りアクティブ制御に近い効果を得ることができる一方,減衰可変時における減衰力の不連

続性に起因する振動が生じるという問題がある 21).エレベータは元の振動レベル自体が小

さいため,このような不連続性に起因する振動が無視できない可能性が高い.また一般に

可動部の相対速度情報を必要とするため,ギャップセンサなどを各可動部に新たに取り付

ける必要があり,コスト・信頼性が新たな課題となる.

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66

そこで本節では,一般に言うセミアクティブ制御ではなく,エレベーターの走行情報に

よって 小限の減衰係数変更を行う可変減衰制御の検討を行う.これはエレベーターが,

(1)所定のレール軌道上を走行する,(2)隣接かごの走行情報を入手可能など,かごに

加えられる外乱の特性と入力タイミングをある程度正確に知ることができるという特性に

着目したものである.

5.3.2 レール変位外乱に対する制振性能

超高速走行時のレール変位外乱に対する制振技術として図 5-9 に示すようなアクティブ

ローラーガイドと可変減衰機構の組み合わせを考える.

アクティブローラーガイドだけでは,超高速走行時におけるかご室とかご枠の逆相振動

モードを低減できないため,速度が一定以上の時にはかご室とかご枠の間に設置した減衰

装置の減衰力を大きくし,かご室とかご枠との間の振動が励起しないようにする.この方

式では,エレベーターの速度は制御盤から入手することができるので新たにセンサ等を設

ける必要がない.

5.2 節と同様の条件下でのシミュレーション結果を図 5-10 に示す.ただし,可変減衰係

数 Caは

Ca = C0 + Cm×V /18 (5-1)

のように変化させた.

ここで C0 は防振ゴム等が持つ元々の減衰係数,Cm(=C0 /7[Ns/m])が可変パラメータ,

V [m/s]が速度である.

図 5-9 装置構成

可変減衰機構

アクティブガイド

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67

図 5-10 には比較として,制御なしの場合とアクティブローラーガイド(ARG)のみを用

いた場合も示してある.

表 5-4 には制御時に必要とした 大電力, 大電圧, 大電流を示す.ただし,可変減

衰装置として,LORD 社の MR 流体ダンパ(RD-1005-3)を用いた場合を想定している.

表 5-5 に MR 流体ダンパの主な仕様を示す.

表 5-4 シミュレーション結果一覧

左右加速度 前後加速度 大総電力 大電圧 大総電流

制御なし 17.0 galp-p 19.8galp-p - - -

ARG 9.7 galp-p 13.2 galp-p 119W 40.0V 6.0A

ARG+可変減衰 8.5 galp-p 9.8 galp-p 124W 39.7V 7.5A

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45

-10

-5

0

5

10

Time[sec]

Acc

.[ga

l]

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45

-10

-5

0

5

10

Time[sec]

Acc

.[ga

l]

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45

-10

-5

0

5

10

Time[sec]

Acc

.[ga

l]

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45

-10

-5

0

5

10

Time[sec]

Acc

.[ga

l]

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45

-10

-5

0

5

10

Time[sec]

Acc

.[ga

l]

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45

-10

-5

0

5

10

Time[sec]

Acc

.[ga

l]

制御なし 制御なし

ARG ARG

ARG+可変減衰 ARG+可変減衰

左右方向 前後方向

図 5-10 レール変位外乱によるかご床振動

17.0galp-p 19.8galp-p

9.7galp-p 13.2galp-p

8.5galp-p 9.8galp-p

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68

表 5-5 MR 流体ダンパ仕様

外形形状 φ41.4 [mm]×208 [mm]( 長ストローク時)

重量 800 [g] 減衰係数定数(*) 1.23×105 [(Ns/m)/A]

ストローク 53 [mm] コイル抵抗 5 [Ω]

大動作温度 71 [℃] 動作時定数 25 [ms]

(*)仕様書には記載されていない.2[inch/s]時の発生力より換算

高速走行時にかご室・かご枠間の減衰を大きくすることで,レール加振によるかご横振

動を 10galp-p以内に低減できている.また,消費電力量はアクティブローラーガイドのみの

場合と比較して大差ないことがわかる.

5.3.3 風圧変動に対する制振性能

風圧変動による外乱の中でも特にかご振動に影響の大きかったすれ違い事象について考

える.まず,図 5-9 に示したアクティブローラーガイドと床下の可変減衰装置の組み合わせ

での制振を考える.自かごと隣接かごの走行情報は入手可能であるとし,隣接かごとすれ

違う直前に床下減衰装置の減衰を大きくし,かご室をかご枠に対して固定する方法を考え

る.ただし,減衰を大きくするタイミングの検討等は課題とし,ここでは減衰装置の減衰

を大きくしたままでのシミュレーションを実施する.かご室・かご枠間の減衰係数を 5.3.2

節の式(5-1)で示した C0+Cmとした時のシミュレーション結果を図 5-11 と表 5-6 に示す.

図 5-11 の結果と図 5-7 の結果からわかるように,すれ違い時の振動に関しては,床下の

減衰を大きくするメリットはなく,アクティブローラーガイド単体の場合とほぼ同じ結果

となる.これは,もともとかご室・かご枠間の相対振動があまり発生していないためであ

る.そこで次に,図 5-12 に示すように,ガイドばね部分にも並列に可変減衰装置を設置し,

0 1 2 3 4 5 6-30

-20

-10

0

10

20

30

40

Time[sec]

Accele

ration [

gal]

制御なし

ARG+床下減衰大

図 5-11 すれ違い時のかご振動

表 5-6 シミュレーション結果 非制御時かご加速度 57.1 [galp-p] 制御時かご加速度 24.2 [galp-p] 大総電力 619 [W] 大電圧 64.5 [V] 大総電流 10.5 [A]

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69

すれ違い時に床下の可変減衰装置と同時に減衰を大きくする制御を考える.風圧変動外乱

は外からの力加振入力であるため,基本的に可動部を硬くすれば振動が小さくなるという

考えに基づいている.ただし,この場合レールからの変位外乱に対しては振動し易くなる

ため,常時減衰を大きくすることはできず,すれ違い等の大きな外乱が入る時のみ減衰を

大きくする.

かご室・かご枠間の減衰係数及び,ガイドばね部の減衰係数を C0+Cmとした時のシミュ

レーション結果を図 5-13 に実線で示す.

図 5-13 より期待した制振効果が得られていないことがわかる.これは,ガイドばね部及

び,かご室・かご枠間の減衰を大きくし動かないようにしたものの,ローラー表面のゴム

部で振動してしまったためである.

参考としてローラー表面ゴム部の減衰を同様にC0+Cmとした時のかご振動を図5-13に一

点鎖線で示している.非常に振動が小さく低減できていることが確認できる.しかし実際

にローラー表面のゴム減衰を大きくすることは実用上難しい.別の方法としてローラー表

面のゴムを硬い材質のものに変更するという手段も考えられるが,新たな騒音問題などが

発生する可能性が大きい.

以上より,レール外乱に対しては可変減衰制御は有効に働くが,風圧変動外乱に対して

は高い効果を期待することができないことが検討結果として得られた.

可変減衰装置

可変減衰 装置

図 5-12 装置構成

0 1 2 3 4 5 6-30

-20

-10

0

10

20

30

40

Time[sec]

Accele

ration [

gal]

制御なし

床下減衰大 +ガイド減衰大

床下,ガイド, ローラゴム減衰大

図 5-13 すれ違い時のかご振動

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70

5.4. かご床加速度検知式アクティブ制振装置の適用

5.4.1 制御対象のモデル化

超高速走行時の振動を抑制するための も効率的な方法は,5.2.4 節に示したようにガイ

ドばねと並列に制振用アクチュエータを設けたアクティブローラーガイドに加え,かご・

枠間の防振ゴムと並列にもアクチュエータを設け,ガイドばねを振動の腹とする振動モー

ドと防振ゴムを振動の腹とする振動モードの両方に対応することである.

しかし,かご・枠間にもアクチュエータを設置すると,装置コストが大幅に上昇すると

いう問題や,設置後のアクセスが難しく保守性に難点があるという問題が生じるため,実

用化の観点から困難である.

そこで,システム構成は従来のアクティブローラーガイドと同じで制御系の高機能化の

みによる改善を考える.まず,かご枠に設置した加速度センサから逆特性モデルを用いて

かご加速度を推定する方法が考えられる.しかし,乗客負荷によるかご重量の変動や防振

ゴム剛性の経年的な変動が比較的大きく,パラメータ変動を直接観測することは実用上難

しい.別の手段として,ロバスト制御によりパラメータ変動を事前に考慮してロバスト安

定化を図る方法も考えられるが,パラメータ変動が大きい場合には,コントローラが保守

的になり過ぎ高い制振性能を得ることができないことを第 4 章で既に示した.

そこで図 5-14 に示すように,アクチュエータは従来と同じガイドばねと並列に設置した

ものだけを用いるが,観測量として従来のかご枠加速度に加え,かご加速度を追加するア

クティブかご制振装置を考える.

本装置は加速度センサの数が増加するが,加速度センサは自動車や鉄道の分野における

制御の実用化により近年比較的安価に入手可能となっており,実用化への課題が少ないと

いう利点がある.ただし本システムは,かごに設置した加速度センサとアクチュエータと

が間に防振ゴムを介すいわゆる非コロケートな系となるため,従来のアクティブローラー

d x2 x1

m2 m1

k1

k2

Gu

ide

rail

c2

c1

K

図 5-14 新制御方式のシステム構成

コントローラ

アクチュエータ 加速度センサ

防振ゴムガイドばね

かごかご枠

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71

ガイドで適用した PID 制御の考え方をそのまま流用することは難しい.

そこで本章ではロバスト制御の一つであるμ設計を用いてアクティブかご制振装置用の

制御系を設計し,パラメータ誤差やモデル化誤差に対する安定性を保証する.

実際のエレベーターのかごは三次元の複雑な系を有すが,高次の複雑なモデルに対して

制御系を設計することは,コントローラの次数の増大や数値シミュレーションにおける

ill-condition 問題などの観点から望ましくない.また,エレベーターのかごを左右方向の並

進モデル,前後方向の並進モデル,上下方向軸周りの回転モデルに分割しても,各モデル

間の干渉成分はそれほど問題にならない.そこで,制御系設計用の簡易モデルとしては図

5-14 で示した,かごと枠を剛体と仮定した一次元二慣性モデルを用いる.この時の状態方

程式は第 4 章で示した,式(4-1)~(4-5)と同じになる.

5.4.2 検証用かご加振試験装置

シミュレーションによる結果を検証するため,図 5-15 に示すかご加振試験装置を製作し

た.実際のエレベーターのかごがロープでベースフレームに吊り下げられており,かごが

昇降する代わりにレールを模擬したディスクが回転する.

回転ディスクは回転中心を僅かに円の幾何学的中心からずらすことで,回転時に左右方

向の変位加振を行うようにしている.また回転ディスクは偏角ディスクにより傾けて設置

することで,回転時に前後方向の変位加振も合わせて行うようにしている.このディスク

の回転数を変化させることで,高速走行時から超高速走行時までのレールによる変位加振

を模擬している.

アクチュエータ

回転ディスク

慣性加振器

かご用加速度センサ

かご枠用加速度センサ

ロープ

試験装置土台

かご

防振ゴム

かご枠

図 5-15 かご加振試験装置

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72

さらに,かごの中には慣性加振器を設置し,隣接かごとのすれ違い時にかごに直接生じ

る風圧変動力を模擬している.ただし,かごについては超高速エレベーター用のかごでは

なく,低速用のかごを改造流用したものを用いている.

制振制御系は,かごと枠に設置した加速度センサの検出信号を A/D 変換器で DSP に取り

込み,処理した信号を D/A 変換器でアンプに出力しアクチュエータを制御する構成として

いる.図 5-15 では左右方向用の加速度センサについてのみ示しているが,前後方向用にも

並進と回転が測れるように二個の加速度センサがそれぞれかごと枠に設置されている.

まず,試験機を簡易二慣性モデルとして仮定するための加振同定試験を実施した.図 5-14

に示した二慣性モデルの物理パラメータを直接同定するため,各物理パラメータの干渉を

考慮したモデル(グレーボックスモデル)23) を用いてモデル化し予測誤差法により同定を

実施した.

同定用信号としては,ガイドに設置したアクチュエータを 1~20Hz の周波数でスイープ

加振した時の信号を用いている.一例として左右方向並進モデルについて同定したパラ

メータを表 5-7 に,同定モデルと実測の周波数特性の比較を図 5-16 および図 5-17 に示す.

図 5-16 および図 5-17 より,10Hz 以下の周波数に関してはおおよそ一致していることが

確認できる.10Hz 以上の周波数に存在する二慣性モデルで表現できないモデル化誤差につ

いてはμ設計の中で考慮する.前後方向並進モデル及び回転モデルについても同様に同定

試験を実施している.

表 5-7 二慣性モデルとした時の同定パラメータ(左右方向)

かご質量: m1 530 kg

かご枠質量 :m2 720 kg

防振ゴム剛性: k1 2.9×105 N/m

防振ゴム減衰: c1 1.4×103 Ns/m

ガイドばね剛性: k2 8.7×105 N/m

ガイドばね減衰: c2 3.2×102 Ns/m

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73

5.4.3 μ設計

本設計ではシステムが持つ摂動として,高周波数域のモデル化誤差を乗法的誤差として

扱う他,かご重量パラメータ変動(乗客の有無による変動分)と,防振ゴムのパラメータ

変動(ゴム剛性の非線形性および経年変動)を考慮する.この二つのパラメータはエレベー

ターにおいて変動量が大きく,かつアクチュエータ制御力から非コロケートとなっている.

したがって,かご加速度センサ信号までの伝達特性に大きく影響し安定性に関わるため,

事前に考慮すべき摂動として選択した.

設計モデルにおける制御力 u からかご加速度 1x までの伝達関数を uxG 1 とすると,実システ

ムを含むモデル集合 uxG 1

~はかごのモデル化誤差重み関数 1tW を用いて式(5-2)のように定義で

きる.また同様に制御力 u から枠加速度 2x までの伝達関数を uxG 2 とすると,実システムを含

むモデル集合 uxG 2

~は枠のモデル化誤差重み関数 2tW を用いて式(5-3)のように定義できる.た

だし, 1t および 2t は 11 t , 12

t を満たす任意の関数である.

uxttux GWIG 1111 )(~

(5-2)

uxttux GWIG 2222 )(~

(5-3)

重み関数 1tW は,図 5-16 に示した 10Hz 以上でのモデル化誤差が覆われるように式(5-4)

のように設定した.枠のモデル化誤差 2tW は,図 5-17 に示した同定結果では顕著なモデル

化誤差が出なかったため,高域でのモデル化誤差が比較的小さくなるように式(5-5)のよう

に設定した. 1tW および 2tW の周波数特性図を図 5-18 に示す.

172

71

1 )(

)(

t

tt s

sW 1t =2π, 2t =40π, 1 =1280 (5-4)

100

101

-100

-80

-60

-40

Frequency[Hz]

Gai

n[d

B]

100

101

-200

-100

0

100

200

Frequency[Hz]

Pha

se[d

eg]

同定モデル

同定モデル

実測結果

実測結果

図 5-17 周波数特性 (アクチュエータ力→かご枠加速度)

Frequency [Hz]

Frequency [H ]

100

101

-100

-80

-60

-40

Frequency[Hz]

Gai

n[d

B]

100

101

-200

-100

0

100

200

Frequency[Hz]

Pha

se[d

eg]

同定モデル

同定モデル

実測結果

実測結果

図 5-16 周波数特性 (アクチュエータ力→かご加速度)

Frequency [H ]

Frequency [Hz]

Gai

n [d

B]

Ph

ase

[deg

]

Gai

n [d

B]

Ph

ase

[deg

]

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74

234

33

2 )(

)(

t

tt s

sW 3t =20π, 4t =200π, 2 =200 (5-5)

かご重量 1m のパラメータ変動 1~m は式(5-6)のように定義した.ただし,パラメータ変動分

を 400kg とし,中心値 cm1 を表 1 に示した同定値に 200kg を加えた 730kg として新たに置

きなおし,重み mW を実定数 200kg としている.

同様に防振ゴム剛性 1k のパラメータ変動 1

~k は,変動分として同定値の±50%を考慮し,

重み kW を実定数 2/1k として式(5-7)のように定義した. m , k は 1m , 1k を満たす任

意の実数変動成分である.

mmc Wmm 11~ (5-6)

kkWkk 11

~ (5-7)

目標性能仕様は,レール外乱 d からかご加速度 1x までの伝達関数 dxG 1 と重み関数 sW に対

して 11 sdx WG , d から制御力 u までの伝達関数 udG と重み関数 fW に対して 1

fudWG の

ように設定する.

制御力を評価する fW は 1×10-6と小さな値として必要制御力については実質評価しない

ものとし,振動抑圧性能を評価するための重み関数 sW は試行錯誤の上,式(5-8)のように設

定した.

))((

)(

32

1

ss

ss ss

sW 1s =2π, 2s =10π, 3s =40π, =188 (5-8)

100

101

102

-100

-50

0

50

100

Frequency [Hz]

Weig

ht

Function G

ain [

dB]

図 5-18 重み関数の周波数特性

Ws

Wt1

Wt2

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75

sW の周波数特性を図 5-18 に示す.一般に sW は高周波数域のゲインがかなり小さくなる

ように選ばれる.しかし,今回の制御目標であるかごと枠が独立に振動する周波数(本試

験装置の同定モデルでは 5~8Hz 付近)での振動抑圧性能を高めるため,図 5-8 に示すよう

に 10Hz 付近のゲインが高くなるような特性とした.

以上の重み関数を加えたシステムのブロック線図は図 5-19 のようになる.

ただし,図 5-20 に示す一般化プラントに対し,外部入力を Twwwwww ],,,,[ 54321 ,制御量

を Tzzzzzzz ],,,,,[ 654321 ,制御入力を u ,観測出力を Tyyy ],[ 21 ( Txx ],[ 21 )として記述して

いる.

また図 5-20 における s は式(5-9)に示す対角要素以外が零となるような構造的誤差であ

り, y は制御性能仕様をμ設計の枠組みに組み込むために導入した 1 行 2 列の仮想摂動成

分で, 1y を満たす任意の関数である.

図5-19中に示す記号の意味を下記に示す.

1m :かご重量, 2m :枠重量, 1k :防振ゴム剛性, 2k :ガイドばね剛性,

1c :防振ゴム減衰, 2c :ガイド部の減衰, 1x :かご加速度, 2x :枠加速度

m1

1

s1

s1k1

c1++

+-

⊿m

+-

m2

1

s1

s1k2

c2+++-

++-

d''(w5)

Wt2

++

Ws

Wf

K

z1

++

⊿k

Wt1

++

z2 z3

z4

z5

z6

w1

w2 w3

w4

y2(x2'')

y1(x1'')u

図 5-19 システムブロック線図

モデル化誤差

パラメータ変動

かご

かご枠

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76

y

t

t

m

k

s

O

O

2

1

(5-9)

5.4.4 μ設計の簡易化

前節で定義した一般化プラントを用いて,数値計算ソフト matlab のμ設計関数 dkit に

より本システムに関するコントローラをそのまま設計すると,いくつかの課題が生じた.

一点目の課題は,全体では設計仕様を満たす安定なコントローラ K が導出されるものの,

かご加速度に対するコントローラ )(sKc ,枠加速度に対するコントローラ )(sK f 単独では不

安定なコントローラが導出される場合が多いことである.

21 )()( ysKysKKyu fc (5-10)

設計時に考慮していないパラメータ誤差が実システムでも零であれば全体として安定と

なるため問題ない.しかし,実システムには僅かなパラメータ誤差が数多く存在する.例

えばセンサ感度やアクチュエータ力定数のばらつきがあり,不安定コントローラの組合せ

を実装すると,不安定化が生じやすいという問題が生じた.

一方,これらの考えられるパラメータ誤差を全て設計時に考慮することはコントローラ

が保守的になるため現実的でない.そこで,かご枠用加速度センサに対しては,第 3 章に

示したように従来のアクティブローラーガイドと同様に PID 制御の枠組みで安定なコント

ローラを事前に設計した.その後,μ設計でかご用加速度センサに対するコントローラ )(sKc

図 5-20 一般化プラント

s

G

K

w z

u y

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77

のみ設計する簡易化を実施した(これはμ設計時に 2t を評価しないことに相当する.).

これにより,仮にかご用加速度センサが故障した場合にも,枠用加速度センサのみを使

用して従来アクティブローラーガイド並みの制振性能を確保できるという実用上のメリッ

トも得ることができる.

二点目の課題は,μ設計の近似手法である D-K イタレーションの 小解への非収束性の

問題もあり,重み関数をかなり工夫しないと良好な解が得られ難く,設計に時間がかかる

という課題である.これに対しては,一点目の簡易化を実施した場合,様々なエレベーター

モデルに対して,μ設計で得られるかご加速度に対するコントローラが,積分+二次の位

相進み特性で近似できる特性になったことを利用し,式(5-11)に示すようにかご加速度に対

するコントローラ )(sKc を固定した.

2

222

2

2

111

2

2

2

21.0)(

ss

ss

s

KsK p

c (5-11)

コントローラの形を式(5-11)のように固定することで,D-K イタレーションによるμ設計

を,5 つのパラメータ( pK , 1 , 1 , 2 , 2 )を変数とする構造化特異値の 小化問題に

置き換えることができる.これにより,大局的な 適解への収束性までは得られないが,

局所的な 適解への収束性は得ることができ,設計時間を大きく短縮できた.また,設計

後の高次コントローラの低次元化が不要となり,その点でも設計を簡易化できた.

図 5-11 に,かご加速度に対するコントローラの周波数特性を,二点目の簡易設計を用い

10-1

100

101

102

20

40

60

80

100

120

Frequency[Hz]

Gai

n[d

B]

10-1

100

101

102

0

100

200

300

Frequency[Hz]

Phas

e[d

eg]

従来手法(32 次)

提案手法(3 次)従来手法(5 次)

従来手法(5 次)

提案手法(3 次)

図 5-11 コントローラの周波数特性

従来手法(32 次)

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ずにμ設計した場合に得られるもの(低次元化前の 32 次コントローラと低次元化後の 5 次

コントローラ)と,式(5-11)の形で簡易設計して得たものについて示す.

図 5-11 より簡易設計しないで得たコントローラを低次元化したものと,簡易設計で得た

コントローラはほぼ同じ特性であることが確認できる.D-K イタレーションでは繰り返し

回数を多くすると広い周波数帯域で特性を平坦化する傾向があるため,通常設計における

低次元化前のコントローラは,低周波数域および高周波数域でハイゲイン化している.図

5-11 には一例のみ示したが,他の例についても同様の傾向が確認できた.

なおコントローラの低次元化では,matlab の関数 sysbal と strunc を用いて平衡実現に

より Hankel 特異値が小さなモードを切り捨てた後,制御に不要な高周波数および低周波数

の極を持つモードと,極零相殺に近いモードを更に手作業により切り捨てることを実施し

ており,比較的負荷の高い作業となっていた.

5.4.5 試験による性能検証

4 章で示したように,従来のかご枠加速度情報のみを用いるシステムでは,設計時に評価

するパラメータ誤差が大きいと,例えμ設計を用いたとしても設計が保守的になり高い制

振性能を得ることはできなかった.しかし,本報で提案するようにかご加速度情報を追加

するアクティブかご制振装置では,重み関数 mW , kW で設定した大きなパラメータ誤差を設

計時に評価しても高い制振性能を有すコントローラを得ることができた.

5.4.2 節に示した検証用試験装置に設計したコントローラを実装した.ガイドレールによ

る外乱を模擬した回転ディスクに対する左右方向の応答特性を図 5-12 に示す.風圧力によ

る外乱を模擬した慣性加振器に対する左右方向の応答特性を図 5-13 に示す.図 5-12 と 5-13

には,(1)制御なしの場合,(2)従来のアクティブローラーガイドを用いた場合(かご枠加速

度情報のみを利用した場合),(3)かご加速度情報を利用したアクティブかご制振装置でかご

加速度に対するコントローラを通常のμ設計で設計した場合,(4) かご加速度情報を利用し

たアクティブかご制振装置でかご加速度に対するコントローラを簡易設計で設計した場合

の 4 つの結果を示している.

図 5-12 および図 5-13 より,アクティブかご制振装置は,かご加速度情報を利用するこ

とで,従来アクティブローラーガイドに対して制振性能を向上できていることが確認でき

る.また,設計簡易化のため導入したかご加速度用コントローラ形式を固定する方法につ

いては,簡易化しない場合とほぼ同等の特性が得られていることも確認できる.

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79

本章の説明では,左右方向並進モデルに対する設計について記載してきたが,前後方向

並進モデルと回転モデルについても同様の設計を実施し,試験機に実装している.前後方

向のレール外乱に対する試験結果を図 5-14 に示す.なお前後方向についてはアクティブか

ご制振装置は,簡易設計によるコントローラ設計のみ実施している.図 5-14 より,前後方

向についてもアクティブかご制振装置の高い制振性能が確認できる.

図 5-12~5-14 は,かご内負荷が 0kg の時の結果である.パラメータ誤差に対するロバス

ト性検証の一つとして,図 5-15 にかご内に 400kg の錘を追加した時の風圧力外乱に対する

応答結果を示す.本来は防振ゴムの剛性変動に対するロバスト性検証も実施すべきである

が,防振ゴムの剛性を実機で変更するのは困難であるため,かご重量に対してのみの実施

とした.図 5-15 より,かご重量が設計時想定の 大値であっても高い制振性能を有してい

ることが確認できる.

隣接かごと超高速ですれ違った場合の気流解析を実施して得られた風圧力データを慣性

加振器に入力した場合の結果を図 5-16 に示す.ただし,試験装置では低速用の軽量なかご

を用いているため,気流解析で得られたデータを周波数成分はそのままで大きさのみ小さ

くしている.図 5-16 より,風圧変動力による一波目の振動は少し残るが,従来アクティブ

ローラーガイドに対して速やかに振動が静定していることが確認できる.

100

101

-30

-20

-10

0

10

20

30

Frequency[Hz]

Cab

in A

cc./

Rai

l dis

p.[d

B]

図 5-12 レール外乱からかご加速度 までの伝達関数(左右方向)

○: 制御なし

◇: 従来制御

×:かご床加速度検知式(D-K iteration)

□:かご床加速度検知式(簡易設計)

100

101

-75

-70

-65

-60

-55

-50

-45

-40

-35

Frequency[Hz]

Cab

in a

cc./

Win

d fo

rce [

dB]

図 5-13 風外乱からかご加速度 までの伝達関数(左右方向)

○:制御なし

◇:従来制御

□:かご床加速度検知式 (簡易設計)

×:かご床加速度検知式(D-K iteration)

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80

5.4.6 実機走行試験

高層試験塔に設置した超高速走行を想定したエレベーターのかごにアクティブかご制振

装置を実装し,走行時の制振性能評価を実施した.本試験塔では,昇降路中間階付近に昇

降路を狭くする部分を設けることで意図的に風圧変動が生じやすい環境とし,走行速度

9m/s でもかごに直接加わる風圧変動に対する制振性能を評価できるようにした.

制御なしの場合および,アクティブかご制振装置を動作させた時のかご振動の実測結果

を 2 章で示した振動モデルを用いたシミュレーション結果とともに図 5-17 に示す.ただし,

シミュレーションではガイドレール外乱のみ考慮している.したがって非制御時の 13 秒付

近で実測とシミュレーションが一致していない箇所が風圧変動外乱による振動を示すが,

制御時には良く低減できていることが確認できる.本来であれば風圧変動外乱を含めたシ

ミュレーション結果と比較すべきであるが,複雑な昇降路形状を考慮した風圧変動外乱に

ついては未検討であり,今後の課題とする.図 5-17 より,超高速エレベーター用のかごを

100

101

-30

-20

-10

0

10

20

30

Frequency[Hz]

Cab

in A

cc./

Rai

l dis

p.[d

B]

図 5-14 レール外乱からかご加速度 までの伝達関数(前後方向)

□:かご床加速度 検知式

◇:従来制御

○:制御なし

100

101

-80

-75

-70

-65

-60

-55

-50

-45

-40

Frequency[Hz]

Cab

in a

cc./

Win

d fo

rce [

dB]

図 5-15 風外乱からかご加速度 までの伝達関数(錘追加時)

◇:従来制御 ○:制御なし

□:かご床加速度検知式

2 2.5 3 3.5 4 4.5 5-150

-100

-50

0

50

Time[sec]

Forc

e[N

]

2 2.5 3 3.5 4 4.5 5

-0.1

0

0.1

Time[sec]

Cab

in A

cc.[m

/s2

]

図 5-16 風外乱に対する振動抑圧結果

風外乱

制御なし

従来制御 かご床加速度検知式

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81

用いた走行試験においても,本アクティブかご制振装置の有効性を実証できた.

5.5. 結論

超高速エレベーターでは,ガイドレール曲がりに起因する外乱の高周波数化や,隣接か

ごとのすれ違い等に起因してかごに直接加わる風圧変動外乱により,かごとかご枠が独立

に振動するモードの制振が必要であることを示した.さらに,3 章で示した従来のアクティ

ブローラーガイドでは制振性能が不足することを示した.その上で,アクチュエータ構成

はそのままで,かご用加速度センサを従来のかご枠用加速度センサに追加するだけのハー

ド的に簡素なアクティブかご制振装置を提案した.ただし,アクティブかご制振装置は非

コロケート系となるため制御的には複雑となるが,μ設計を適用し以下の知見を得た.

・ 検出量としてかご加速度を増やし,μ設計を適用することで,かご重量および防振ゴム

剛性のパラメータ変動に対してロバストかつ,超高速走行時に問題となるかごとかご枠

が独立に振動するモードに有効なコントローラを得ることができた.

・ かご枠加速度に対するコントローラを従来アクティブローラーガイドと同様に PID 制

御の枠組みで設計し,かご加速度に対するコントローラを積分+二次の位相進み特性と

事前に仮定する簡易的なμ設計手法を導入し,設計時間の短縮と実装の簡易化を実現し

た.

・ 設計したコントローラを検証用かご加振試験装置に搭載し,レール外乱および風圧変動

外乱に対する制振性能を確認するとともに,実際のエレベーターにも搭載し走行時の制

振性能を評価した.これにより,提案するアクティブかご制振装置が超高速エレベー

ターに対して有効であることを確認した.

8 10 12 14 16 18-0.1

0

0.1

Time[sec]

Cab

in A

cc.[m

/s2

]

8 10 12 14 16 18-0.1

0

0.1

Time[sec]

Cab

in A

cc.[m

/s2

]

制御なし

図 5-17 かご床加速度検知式の制振性能 (速度:9[m/s], 容量:2000[kg])

制御あり

実験結果

計算結果

実験結果

計算結果

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82

第 6章 結言

本研究では,一般の高速エレベーターに広く普及させるための技術として,必要エネル

ギーの 小化に着目したアクティブ制振技術の開発について示した.さらに,エレベーター

が超高速化した時の課題を振動の観点から明らかにし,従来システムの不可観測性を補償

する新たな制振システム構成を提案した.提案したシステムに,μ設計を活用した制御ア

ルゴリズムを適用し,超高速エレベーターに有効であることを解析と実験で示した.本研

究で得られた結論を以下にまとめる.

(1) 高速エレベーターのかご特性と,かご横振動の要因となるガイドレールの変位外乱特性

を考慮した評価により,制御力 小化の観点からローラーガイド部分にアクチュエータ

を配置する構成が 適であることを示した.

(2) 単位電力に対する発生力が 大となるアクチュエータ方式を一定の寸法制約下で 適

設計する手法を示し,高効率なボイスコイルモータ式アクチュエータを開発した.

(3) 低周波の加速度センサドリフトノイズに起因する無駄な消費電力を防止する技術とし

て,周波数による除去とノイズレベルによる除去を組み合わせたデジタルフィルタ処理

技術を開発した.

(4) 開発したアクチュエータとデジタルフィルタ処理技術を実際のエレベーターに搭載し

評価した.制御理論としてスカイフック制御を用いることで,一般の高速エレベーター

に広く普及させるための汎用性と,高い振動抑圧性能および低消費電力性能を両立する

アクティブ制振装置「アクティブローラーガイド」を実現した.

(5) アクティブローラーガイドの発展形として,制御則にロバスト制御の一つであるμ設計

を適用した.μ設計により構造化摂動のクロス項の影響を軽減でき,従来のスカイフッ

ク制御を用いた場合よりも高い制振性能を得られることを理論と試験で確認した.

(6) しかし,アクティブローラーガイドのように,小さくしたい制御量(かご振動)とセン

サでの観測量(かご枠振動)が異なる系では,かごの乗客有無による大きな重量変動を

設計で考慮すると,μ設計を用いてもロバスト制御の保守性が顕著となり,高い制振性

能を得ることができないことも示した.

(7) 重量変動を設計で取り扱わない場合は,重量値を 小として設計することで,重量変動

に対してもロバスト安定なコントローラを得ることができた.

(8) 超高速エレベーターでは,ガイドレールの曲がりに起因する外乱の高周波数化や,隣接

かごとのすれ違いで生じる風圧変動外乱により,かごとかご枠が独立に振動するモード

の制振が必要であることを示した.

(9) 超高速エレベーターに対しては,高速エレベーター向けのアクティブローラーガイドで

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は制振性能が不足することを示し,アクチュエータ構成はそのままで,かご用加速度セ

ンサを従来のかご枠用加速度センサに追加するだけのシステム的に簡素なかご床加速度

検知式アクティブ制振装置を提案した.

(10) ただし,かご床加速度検知式アクティブ制振装置は非コロケート系となるため,μ設

計を適用し,以下の(11)~(13)の知見を得た.

(11) 検出量としてかご加速度を増やし,μ設計を適用することで,かご重量および防振ゴ

ム剛性のパラメータ変動に対してロバストかつ,超高速走行時に問題となるかごとかご

枠が独立に振動するモードに有効なコントローラを得ることができた.

(12) かご枠加速度に対するコントローラを従来アクティブローラーガイドと同様にPID制

御の枠組みで設計し,かご加速度に対するコントローラを積分+二次の位相進み特性と

事前に仮定する簡易的なμ設計手法を導入することで,設計時間の短縮と実装の簡易化

を実現した.

(13) 設計したコントローラを検証用かご加振試験装置に搭載し,ガイドレール外乱および

風圧変動外乱に対する基本制振性能を確認するとともに,実際のエレベーターにも搭載

し走行時の制振性能を評価することで提案するかご床加速度検知式アクティブ制振装置

が超高速エレベーターに対して有効であることを確認した.

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謝 辞

本研究は,主に三菱電機株式会社先端技術総合研究所で行った研究・開発を,京都大学

大学院工学研究科マイクロエンジニアリング専攻 松原厚教授のご指導をいただきながら

整理・体系化し,博士論文としてまとめたものです.

本論文の終わりに臨み,松原厚教授に深甚なる謝意を捧げます.10 年以上前,京都大学

修士課程在学中にご挨拶をさせていただく程度で,ほとんど面識もなかった私の突然の入

学希望を快くお引き受けいただきました.その後の在学期間中には,長期に渡り適切なご

指導,ご鞭撻をいただくと共に,論文のご校閲を賜りました.先生の温かくも木目細やか

なご指導により本論文を完成することができました.本当にありがとうございました.同

じくご専門の立場から論文のご校閲とご助言を賜りました,京都大学大学院工学研究科機

械理工学専攻 松野文俊教授,航空宇宙工学専攻 藤本健治教授に感謝の意を表します.

また,私が修士課程に在学していた時だけでなく,三菱電機株式会社就職後も日本機械

学会研究会活動等を通してご指導いただいた松久寛京都大学名誉教授(元京都大学大学員

工学研究科機械理工学専攻)に深く感謝いたします.

本研究を遂行するにあたり,三菱電機株式会社の多くの方々にもご指導とご鞭撻をいた

だきました.特に,入社当時から直属の上司としてご指導いただき,エレベーターのアク

ティブ制振技術研究に携わるきっかけを与えていただいた三菱電機株式会社稲沢製作所

湯村敬博士(元先端技術総合研究所)に深く感謝の意を表します.また,研究の遂行にあ

たり多くのご助言をいただいた Mitsubishi Electric & Electronics USA の船井潔氏(元先

端技術総合研究所),共同で研究を進め,本研究の推敲にもご協力いただいた,先端技術総

合研究所 岡本健一部長,渡辺誠治主幹,福井大樹主幹,菅原正行主幹に深く感謝の意を

表します.

本研究の実機実験の遂行において多大なるご支援をいただいた稲沢製作所 倉岡尚生主

幹,石川純一郎主幹,佐久間洋一主幹,朱宮裕一朗主幹,一川健主幹,三富直彦氏,三菱

電機上海機電電梯有限公司 皿海和喜部長(元稲沢製作所),三菱エレベーターイーティー

エーインディア株式会社 妻木宣明氏(元稲沢製作所)に深く感謝の意を表します.

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参 考 文 献

第 2 章

1) 山崎 芳昭,富沢 正雄,岡田 浩二,杉山 美樹:超高速エレベータの振動制御(第

1 報,シミュレーションによるかご横振動制御法の検討),日本機械学会論文集 C 編,60(579),

3776-3781,1994.

2) 武藤 信義,籠宮 健吉,黒沢 俊明,紺谷 雅宏,安藤 武喜:超高速エレベータに

適したかご横振動抑制方式,電気学会論文誌 D,118(3),1998

第 3 章

3) 岡田 浩二,山崎 芳昭,富沢 正雄,杉山 美樹:超高速エレベータの振動制御(第

2 報,かごモデルによるかご横振動抑制法の検討),日本機械学会論文集 C 編,60(579),

3782-3788,1994.

4) 山崎 芳昭,富沢 正雄,岡田 浩二,杉山 美樹,小嶋 和司,皿海 和喜:超高速

エレベータの振動制御(第 3 報,実走行試験),日本機械学会論文集 C 編,61(581),15-21,

1995.

5) 豊嶋 順彦,上村 晃正,永井 正夫:AMD による超高速エレベータの振動制御(第

1 報, 適制御理論による検討),日本機械学会論文集 C 編,65(637),3479-3495,1999.

6) 豊嶋 順彦,上村 晃正,平井 正昭:AMD による超高速エレベータの振動制御(第

2 報,実機模擬試験),日本機械学会論文集 C 編,66(647),2181-2186,2000.

7) 豊嶋 順彦,上村 晃正,小原 英也,永井 正夫:AMD による超高速エレベータ

の振動制御(第一報 適制御理論による検討),日本機械学会講演論文集,96(51),97-100,

1996.

8) 豊嶋 順彦,上村 晃正,永井 正夫,江 春浩:AMD による超高速エレベータの振

動制御(第二報 かご積載の変化に対する検討),日本機械学会講演論文集,96(55),13-16,

1996.

9) 豊嶋 順彦,上村 晃正,永井 正夫,江 春浩:AMD による超高速エレベータの振

動制御(第 3 報,理論解析),日本機械学会講演論文集,97(12),61-64,1997.

10) 豊嶋 順彦,上村 晃正,永井 正夫,平井 正昭,風尾 幸彦:AMD による超高

速エレベータの振動制御(第 4 報,解析および実機模擬試験),日本機械学会講演論文集,

97(12),57-60,1997.

11) 江 春浩,永井 正夫,豊嶋 順彦,上村 晃正:AMD による超高速エレベータの

振動制御(第 5 報,H∞制御理論の適用),日本機会学会運動と振動の制御シンポジウム講

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演論文集,5th,355-358,1997.

12) 平井 正昭,中垣 薫雄,木村 弘之,永田 晃則,宗像 正,永井 正夫:超高速

エレベーター用アクティブマスダンパ―の信頼性の向上,日本機械学会運動と振動の制御

シンポジウム講演論文集,01(7),200-203,2001.

13) 佐伯 淳一,鎌田 崇義,永井 正夫,平井 正昭,中垣 薫雄,豊嶋 順彦,宗像

正:AMD による超高速エレベータの振動制御(ゲイン切り替え機構の検討),日本機械学

会講演論文集,01(36),305-308,2001.

14) 伊東 左和子,鎌田 崇義,永井 正夫,平井 正和,藤田 善昭,海田 勇一郎:

AMD による超高速エレベータの振動制御(2 自由度モデルによる制御系の設計),日本機

械学会講演論文集,03(51),151-154,2003.

第 4 章

15) 野波 健蔵,範 啓富:μシンセシス理論を用いたアクティブ振動制御系の設計と制

御性能,日本機械学会論文集 C 編,60(572),1203-1209,1994.

16) 谷藤 克也,永江 哲哉:鉄道車両のアクティブ制振における制振性能の改善(H∞

制御則を適用した模型実験装置による検討),日本機械学会論文集 C 編,62(602),

3944-3950,1996.

17) 谷藤 克也,小林 哲也:鉄道車両のアクティブ制振における制振性能の改善(第 2

報,μシンセシスの適用による車体質量の変動に対するロバスト性の向上), 日本機械学会

論文集 C 編,64(617),118-125,1998.

18) 中川 聡子,蛯原 崇,松本 陽:鉄道車両のための H∞制御アクティブサスペンショ

ンの研究,日本機械学会論文集 C 編,63(606),349-355,1997.

19) 長瀬 賢二,早川 義一:制振モードの変動を考慮したμ設計による主塔模型のアク

ティブ制振制御,日本機械学会論文集 C 編,63(607),906-913,1997.

20) 野波 健蔵,西村 秀和,平田 光男:MATLAB による制御系設計,東京電機大学出

版局,146-149,1998.

第 5 章

21) 潘 公宇,松久 寛,本田 善久:減衰係数可変の on-off ダンパによる減衰力の平滑

化,日本機械学会論文集 C 編,66(644),1158-1164,2000.

22) D. Karnopp, M. J. Crosby,R. A. Harwood:Vibration Control Using Semi-Active

Force Generators,Journal of Engineering for Industry, Transaction of ASME, 619-626,

1974.

23) 足立 修一:制御のための上級システム同定,東京電機大学出版局,115,2004.