wilms腫瘍stage vの術前化学療法中にネフローゼ症 …...denys-drash...
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症 例症 例:1歳10か月 男児主 訴:肉眼的血尿,発熱現病歴:2009年5月上旬に肉眼的血尿を認め
た。同年5月中旬に発熱あり近医を受診した。膀胱炎として外来治療中に腹部腫瘤を指摘さ
れ,当院に紹介となった。家族歴:腎不全(-)。その他,特記すべき
ことはない。既往歴:熱性痙攣(1歳8か月)周産期:39週,2560g,正常分娩。仮死(-)。入院時身体所見:身長 83.1 cm,体重 9.1 kg,
体温 37.2 ℃,血圧 140 / 72 mmHg,活気あり,眼瞼結膜 貧血(-),眼瞼浮腫(-),虹彩に異常なし,頚部リンパ節腫脹(-),呼吸音 清,心音 整,心雑音(-),腹部 右半部を占め,正中を越える硬い腫瘤を触知,四肢 浮腫(-),皮膚 皮疹(-),外性器は正常男性型
図1 造影CT
図2 MIBGシンチ
Wilms腫瘍stage Vの術前化学療法中にネフローゼ症候群を呈し,原発巣+片腎摘出術後に尿蛋白の減少を認めた男児の一例
新 村 文 男1 石 黒 寛 之1 菅 沼 栄 介1
小 池 隆 志1 平 井 康 太1 福 村 明 子1
松 田 晋 一1 清 水 崇 史1 森 本 克1
望 月 博 之1 鄭 英 里2 松 田 博 光2
上 野 滋2 遠 藤 正 之3
(1東海大学医学部 専門診療学系小児科学(2同 外科学系小児外科学 (3同 内科学系腎代謝内科学
Key Word:Wilms腫瘍,WT1遺伝子,Denys-Drash症候群,ネフローゼ症候群
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第53回神奈川腎炎研究会
図3 胸部CT
図4
図5
図6 Masson Trichrome
血算WBC 9900 /μ l
RBC 444 x 104 /μ l
Hb 10.3 g/dl
Hct 32.5 %
Plt 35.3 x 104 /μ l
凝固系APTT 33 sec
PT 12.4 sec
PT-INR 1.02
生化学TP 6.6 g/dl
Alb 3.5 g/dl
CPK 52 IU/l
LDH 1218 IU/l
Cr 0.23 mg/dl
BUN 7 mg/dl
T-Chol 198 mg/dl
Na 139 mEq/l
K 4.5 mEq/l
Cl 102 mEq/l
Ca 9.5 mg/dl
CRP 0.3 mg/dl
CysC 0.92 mg/l
尿Prot 2+
Oc 3+
Sed
RBC 30-300 /hpf
non-glomerular
WBC 10-29 /hpf
腫瘍マーカーAFP 4.4 ng/ml
NSE 120 ng/ml
u-HVA 13.3 mg/l
u-VMA 6.7 mg/l
入院時検査所見
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図7 PAS
図8 Masson Trichrome
図9
図10
図11
図12
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図13
図14
図15
図16
図17
図18
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図19
図20
図21
考 察一過性の高度蛋白尿の機序は?◦ 化学療法,とりわけアドリアマイシンの投与
による足細胞障害?(ラット,マウスにおいて,アドリアマイシン投与は糸球体硬化を来す)◦ 高血圧の影響?
(レニン高値の高血圧あり)◦ Denys-Drash 症候群?
(持続的で進行性の腎障害を呈していない点で異なる?)WT1の異常を伴う足細胞が,化学療法,高血圧の影響を受けた結果,通常よりも高度の足細胞障害を来した可能性を考えたい。Drash 症候群とはいえなくとも,広義のWT1関連腎症といえるか?
WT1遺伝子の解析結果(中間報告(図12))
腫瘍組織においては,ヘテロ変異ではなかった(ホモ接合体か,ナンセンス変異と広範囲欠失とのコンパウンドへテロ)
~成育医療センター 大喜多 肇 先生~血球を用いたgermline mutation解析は現在検討中
~和歌山県立医大 中西浩一 先生~
R390X の症例Wilms腫瘍発症時には腎症状なく,治療終了後に末期腎不全に至ったDDS
女児:6歳5か月 腫瘍の発症,この時,尿蛋白(-)
7歳7か月 腫瘍の再発にて化学療法 8歳7か月 尿蛋白3+
14歳1か月 腎移植(小児がん 45巻2号:162-165,2008)
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11例の報告 両側Wilms腫瘍が6例,片側が5例 男児7例,女児5例 年齢は7歳~ 41歳 6例に泌尿生殖器の奇形あり DDS(-)
(Am J Med Gentet 127A:249-257,2004)
討 論 座長 それでは時間も過ぎましたので,II部のセッションに入らせていただきます。演題II-1,「ウィルムス腫瘍 stage Vの術前化学療法中にネフローゼ症候群を呈し,原発巣+片腎摘出手術後に尿蛋白の減少を認めた男児の一例」。東海大学医学部専門診療学系小児科学,新村先生,お願いいたします。新村 よろしくお願いいたします。
【スライド】 症例は1歳10カ月の男児で,肉眼的血尿と発熱を主訴に近医を受診し,膀胱炎として外来治療中に腹部腫瘤を指摘されたため,当院に紹介となりました。家族歴に腎不全はありません。既往歴としては熱性痙攣があります。周産期歴に特記すべきことはありません。
【スライド】 入院時の身体所見を示します。収縮期血圧140と年齢を勘案しますと,著明な高血圧を認めておりました。腹部の右半分を占め,正中を超える硬い腫瘤を触知しました。虹彩に異常はなく,外性器は正常男性型でした。
【スライド】 入院時の検査所見を示します。生化学所見にてLDHの高値があります。尿所見としては蛋白尿は2+,潜血3+で沈渣赤血球の形態からは非糸球体性と判断されております。腫瘍マーカーの検査にてNSEの上昇がありました。腎機能は血清クレアチニン値は0.23
と正常でしたが,シスタチンCは0.92と軽度の上昇を認めておりました。
【スライド】 画像診断所見を示します。上段は腹部の造影CTで,右腎の上極,中極を占める巨大な腫瘤を認め,左腎の中極にも腫瘤を認めております。胸部のCTでは両側の肺に転移巣を認めております。NSEの上昇を先ほど認めておりましたが,MIBGシンチでは取り込みを認めず,診断としましては,対側腎および両側の肺転移を認める両側ウィルムス腫瘍 stage Vと診断されました。
【スライド】 入院後の経過をお示します。両側のウィルムス腫瘍であり,巨大であったこと
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から生検を行わずに化学療法が開始されました。肉眼的血尿は腫瘍内の出血によるものと思われ,入院後は消失し,次第に蛋白尿も陰性化しました。化学療法の開始に伴い,再び尿蛋白の上昇を2+~ 3+程度認めております。血清アルブミン値は次第に3を下回るようになりました。途中からですが,尿中蛋白 /クレアチニン比を評価しておりまして,15ないし20を超えるような高い値を示しております。8月後半には血清アルブミン値は2前後まで低下し,nephroticとなっております。 転移巣の縮小傾向,腎臓の腫瘍の軽度の縮小傾向を認めたため,9月に腫瘍を含む右腎の片腎摘出が実施されました。その後,尿蛋白は減少傾向を示しておりまして,血清アルプミン値も回復しております。腎機能は12月の時点でシスタチンC値が0.77ということで,片腎摘出した後ですが良好に保たれております。尿蛋白も12月に入り陰性化しております。
【スライド】 また入院当初は認められた高血圧に対しては,ニカルジピンの持続静注,ロサルタンの内服を行い,比較的良好にコントロールをされております。また10月ごろから再び血圧の上昇傾向を認めたため,ニフェジピンの併用も行いました。尿蛋白の推移として,手術の後に減少しているようにも見えますが,血圧の安定化に伴って減少しているようにも見えます。高度蛋白尿が出ている状況での非腫瘍部の腎組織が採取可能でしたので,通常の腎生検に準じて組織の観察を行いました。
【スライド】 Masson染色です。間質にごく軽度の線維化を認めております。
【スライド】 PAS染色を示します。左上のような比較的変化に乏しい糸球体が多くを占めておりますが,一部の糸球体においては,右上に示すような一部の係蹄壁に硬化性病変を認める糸球体があり,さらには左下に示しますように,足細胞にprotein dropletを認めるような糸球体もありました。右下は尿細管を示しておりますが,protein dropletを多数認め,空胞化も見られ
ております。【スライド】 Masson染色です。左の糸球体では足細胞の増生および糸球体係蹄壁の虚脱を認めます。スライド右は尿細管を示しており,蛋白の再吸収によるprotein dropletを多数認めております。
【スライド】 電子顕微鏡では明らかなelectron
dense depositなどは認めませんでした。一部の係蹄壁において足突起の消失を認めております。足突起がきれいに見えているところもあれば,一部消失をしているところもある。
【スライド】 また足細胞においてmicrovilli for-
mationが目立つような印象も受けました。この辺はなかなか自信のないところですが,ややmicrovilli formationが目立つかなという印象を受けました。
【スライド】 考察です。今回の症例では,腫瘍内うっ血による肉眼的血尿が治まると,いったん蛋白尿は陰性化しており,その後,化学療法の開始とともに高度蛋白尿が出現したという経過を取っております。興味深いことに高度蛋白尿は一過性であり,腫瘍摘出後,約4カ月の時点で陰性化しております。この一過性の高度蛋白尿の機序としましては,時間経過より化学療法,とりわけアドリアマイシンの投与による足細胞障害の可能性があると考えました。ラットやマウスにおいてはアドリアマイシン腎症がネフローゼのモデル,糸球体硬化症のモデルとして実験に用いられております。 また本症例では高レニン血症を伴う高血圧があり,降圧薬の投与にて比較的良好にコントロールされたと考えておりますが,全身血圧の上昇が足細胞のダメージを引き起こした可能性もあると考えました。さらについ最近になって判明したのですが,WT-1遺伝子の異常が判明しており,いわゆるDenys-Drash症候群の一部として腎症が発症したという可能性もあると言えます。 しかし,通常のDrash症候群では乳児期から高度の蛋白尿が持続し,腎不全に至るという経
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過が典型的であり,本症例の一過性の蛋白尿を説明しうるかどうかは疑問と言わざるを得ません。現時点での考えといたしましては,WT-1
の異常を伴う足細胞が化学療法や高血圧の影響を受け,結果,通常の足細胞であれば何も起きなかったものの,WT-1異常に伴う足細胞の脆弱性に起因して通常よりも高度の障害が一過性に招来されたという可能性を考えたいと思っております。 こ の 意 味 で はDrash症 候 群 と 言 え な く ても,広義のWT-1関連腎症,あるいは不完全型Drash症候群と言えるかと考えております。以上です。座長 ではまず臨床的なことに関するご討議をお願いいたします。この経過で,蛋白尿が減ってこられたときも,アドリアマイシンが確か投与されていたかのように見えましたが,その後にまた蛋白尿が増えたという経過はないのでしょうか。新村 4回投与されつつもだんだん減ってはきているんですね。座長 薬だけの影響ではないという印象ですね。新村 初めは薬だけかなと思っていたのですが,その後も投与されていながらも減ってきていますので,そればかりとは言えない。座長 後で病理の先生方からお話があると思うのですが,糸球体のmesangium,少し基質が増えていたり,上皮細胞のdropletが目立つような糸球体があったということなのですが,パーセンテージ的に多かったということがあるのでしょうか。新村 これが標本から取ってきたもので,かなりたくさんの糸球体がありまして,パーセンテージでいくと,変化のある糸球体は10分の1
とかそのぐらいではないかなと思います。座長 そんなに多くはないということでしょうか。新村 ただ,細かく見ていくと,ちょっとずつ変化があるというのを含めると,もう少しパー
センテージが上がるかもしれませんが,パッと見て,あっ,これ,おかしいなと思うのは10%前後かなと思っていたのですが,ちょっとその辺は,実際には自信がないというのが本音ですが。座長 小児科領域のことですので,経験することがあまりないのですが,何かコメント,ご意見はございますでしょうか。どうぞ。長浜 横浜市大病理の長浜と申します。小児の腫瘍の経験が全然ないので,教えていただきたいんですが,ウィルムスのときの高血圧は普通に来るんですか。新村 いや,普通は来ないと思います。長浜 オペされてから,血圧,薬を使っているので分からないかもしれませんが,変動とかはなかったのですか。新村 実際に入院したときには,たぶん腎動脈とか,その辺が部分的には圧迫されて狭窄を起こしていますので,腎動脈の分枝の狭窄で腎血管性の高血圧のような病態はあったのだと思います。長浜 分かりました。ありがとうございます。座長 ほかに小児科の先生や,病理のほうからこういった同じような症例を経験された方とかいらっしゃいましたら,ご意見下さいますか。ないようでしたら,病理の先生のほうからコメントをお願いいたします。山口先生,お願いいたします。山口 私もこれは結論はなかなか難しいように思います。先生のお話ですと,WT-1のmuta-
tionが見つかったということで,やはりそれがpodocyteに通常われわれが染めますと出るわけで,ぜひWT-1をpodocyteのほうにも光顕で染めていただいて,どのぐらいexpressionがあるのかどうか,確認していただければいいと思います。 それから先生が出されたようにFGSの病変があるわけで,その成因をWT-1の関連のFGS
と考えるべきなのかどうかということだろうと思います。高血圧がそんなに絡んでいるとは
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思わなかったので,わたしもちょっと分からなかったのですが,ネフローゼを一時的には呈しているわけで,アドリアマイシンの数回の stimulationだけでそういうことが起こるのかどうか,私も考えづらいように思いますので,やはりその辺は巣状糸球体硬化症というのが,やっぱり起きているのかなとは思います。もちろん高血圧もある程度は影響しているのだろうと思います。
【スライド01】 光顕の材料で特徴がいくつかあります。このように scleroticで糸球体が比較的しっかり大きいものと,やや小型の出来損ない的な糸球体といったほうがいいのでしょうか,小児例ですと,ときどき,われわれはいろいろなもので見ることがあります。こういう硬化性の病変のところですね。mesangial stalkがこの辺はHEですと分かりづらいですが,やや拡大しているようにも見えます。
【スライド02】 先ほど,弱拡でhyaline droplet
degeneration,尿細管に非常に顕著な場所が2カ所ほどwedgeで出ていました。恐らくこの上流に,もしかしたら糸球体にFGS様病変があって,われわれも通常のFGSでも,hyaline drop-
let degenerationの非常に顕著で尿細管上皮が剥離してしまって,壊れているようなのを見ることはあります。ですからほかのFGS病変のない糸球体でも,mesangial stalk thickeningが全体に目立つような感じはします。
【スライド03】 先ほど言われましたように軽い線維化があるのですが,実は線維化のラインを見てきますと,出来損ない的な糸球体のつぶれが結構散在してこのように見えているんですね。一応,maturationした糸球体と,十分にmaturationできないうちにつぶれてしまっているような糸球体が混ざってきているということです。
【スライド04】 こういうものですね。少し出来損ない的な糸球体のつぶれがあります。それから先ほど出されましたように,podocyteの非常に硝子的変性,腫大,collapseによるFGS様
の病変です。ただ,癒着はあまりはっきりしたものはありません。ですからcollapseして,podocyteがその周りを覆っているという,FGS
でcollapsing typeになってしまうのかどうか分かりませんが,ちょっと奇妙な虚脱型の硬化性で上皮細胞の変性が顕著であるという特徴があるように思います。
【スライド05】 ここは癒着があるのかもしれないですね。segmentalに虚脱がありますが,先ほどのような顕著な上皮細胞の反応はないですね。こちらは膨れ上がっていますので,segmentalな硬化がこのように見られています。ですからそんなには多くないですが,数カ所にsegmentalな虚脱型の硬化でボーマン嚢との癒着はあまり際立たないということです。
【スライド06】 このような,あとそれ以外にまだボーマン嚢腔が残っていますが,immature
な糸球体のつぶれが一緒に随伴してある。me-
sangiumの stalk thickeningが少しあるということですね。
【スライド07】 しつこいようですが,こういうつぶれが,変なつぶれですね。通常,成熟しなかったような,小児例ではときどきわれわれはいろいろなときに見ることはありますが,FGSでつぶれてきたわけではなくて,matura-
tionしない間につぶれてしまっているということだろうと思います。mesangial stalk thickening
が少しあって,これだけで僕もあまり経験がないのですが,diffuse mesangial sclerosisの範囲に入れるべきなのかどうかとちょっと迷ってしまいますね。
【スライド08】 先ほど出されたような,こういう変なつぶれですね。恐らく蛋白が相当漏れていると,上皮細胞の反応が虚脱でも,非常に強いFGSなんかでもときどき上皮細胞,虚脱型で上皮の反応が強い場合があります。segmental
につぶれてきた結果なのか,単なる全体の虚脱なのか。区別がつきませんが,やはりcrescent
likeな上皮の増生が見られているということだろうと思います。JGAのhyperplasiaとか何かと
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いうのは僕も気がつかなかったですね。【スライド09】 先ほどの上皮細胞の変性腫大,硝子的変性,部分的な上皮細胞の剥離像,そういったものがこういう像ですと,癒着がなくてもFGSの初期病変ということが言えるのだろうと思います。管内に細胞がやや目立っていますが,macrophageが入ってきているという感じはあまりないように思います。
【スライド10】 電顕は後で先生に送っていただいたのですが,私,技術がなくて,取り込めなくて申し訳ないです。基本的にはFGSでimmatureなglomerulosclerosisがあるということで,FGSですとplegia syndromeというのが,大体はurogenitalのあの周りを随伴している形のものでこういうタイプがあるのですが,どちらに,先生はもう一つのdiffuse mesangial sclerosis
というのも,僕も否定はできないように思いますので,私自身,判断に迷っているところです。以上です。座長 ありがとうございました。重松先生,お願いいたします。重松 スライドお願いします。確かにWilms
tumorと関連してネフローゼを起こしてくるということになりますと,WT遺伝子の欠失が関係しているということになるのですが,この症例でもそういうことがどれほど言えるのかということを中心に見てみたいと思います。
【スライド01】 弱拡大ではそれほどFGS的な病変は実はなかったんですね。数えてみると,五十いくつぐらいのglomerulusの中で2個,FGSと言えるものがある。非常に少数だけれども,FGS的な病変があるということを,まず見つけました。
【スライド02】 こういうふうに糸球体自体が細胞も増えているし,matrixも結構増えています。そういう糸球体が結構あるということです。
【スライド03】 そしてここではmatrixがPAM
で染まるぐらいのmesangiumの増生がありますから,この年にしてmesangiumの sclerosisがかなり目立つ糸球体を持っているということが言
えると思います。【スライド04】 そして segmentalに何となく腫大した係蹄があるところがある。そして係蹄側の上皮の増生がみられるところがある。
【スライド05】 一部では何回か出てきましたが, 著 明 なpodocyteのhyaline droplet degenera-
tionですね。これは蛋白尿があるという一つの証拠です。この上皮細胞なんかはかなり大きくなって,三つぐらいの係蹄を担当しているわけですから,podocyteには相当負担がかかっているということが考えられます。このpodocyteには強い空胞変性があります。だからある部分にsegmentalにすごく負荷がかかっているという印象があります。
【スライド06】 これはPAM染色標本と同じ糸球体のPAS染色ですね。PAS染色で見ると,余計に一つのpodocyteがいかに引き延ばされて複数の係蹄を担当していかなければいけないかということが分かります。この上皮もpodocyteがかなり腫大しています。
【スライド07】 これが一番意味深長なWT-1遺伝子の欠失があると考える病変だと思います。これはcrescentと違って,どうも係蹄にくっついて増えていますから,考え方によると,足細胞が異常な増殖をしている。cellular lesionであるということですね。WT遺伝子というのは,ご存じのように,要するに増殖抑制遺伝子です。podocyteにWT遺伝子があって,それが片やmesangium細胞,あるいは上皮細胞の増殖をコントロールしていると考えられていて,それが欠失すると,このような増生が起るというふうにつながるわけです。
【スライド08】 くどいようですが,ほかの糸球体でも腫大した細胞があって,どうもpodo-
cyteが増えているということですね。parietal の上皮細胞はそう増殖はしていない。
【スライド09】 そして巣状糸球体硬化症的になったところがあって,その周りにもpodocyte
由来と考えたくなるようなcellular lesionが見られるということです。
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【スライド10】 ここもそうですね。このようにmesangiumの硬化があって,しかもFGS的になってということで,これはFrench typeのcongenital nephrosclerosisというか,ネフローゼ症候群ですね,diffuse mesangial sclerosisという名前もついていますが,それに確かに似ていると思います。でも広範なFGSはまだできていないということですね。
【スライド11】 それから,山口先生も随分お出しになっていた,いわゆるcongenital glomer-
ulosclerosis,あるいはevolution typeのglomerulo-
sclerosisといいますが,これは糸球体の形成異常ですので,きょうの臨床の問題とかそういうものにはあまり関係しないと思います。
【スライド12】 なかなか電顕で,これはという病変が見つからなかったのですが,1カ所,これはやっぱり上皮障害があるというところが出ました。足突起の部が黒くなっていますが,これは反応性にmyofilamentが増えているんですね。ある程度の足突起扁平化が起こっています。ここのところをちょっと大きくします。
【スライド13】 今のところですが,ここらへんまでかなり扁平化がありますね。ここのところでdetachmentが起こってしまって上皮細胞が一部残っていますが,下のほうが空いてしまって外れています。ここもpartial detachmentが起こっていますね。ここではmyofilamentがなくなってしまって腫大している。脱落まではいっていませんが,かなり強い上皮細胞障害があるわけですね。 この方の臨床症状はWilmsʼ tumorの化学療法をやるとネフローゼが強くなったということです。使われている薬がアドリアマイシンだということになりますと,アドリアマイシンとか,ピューロマイシンというのは,われわれ腎病理の実験病理ではFGSのモデルをつくるために使う特効薬みたいな薬品で,立派なFGSができてくるわけです。そういうことで既にWT遺伝子の異常が一部にあるような上皮細胞は,むしろアドリアマイシンなんかの影響を強く受け
て,そしてここからかなりの蛋白尿が出た可能性があると思います。 腫瘍を取ってしまったら,化学療法も中止ということで,完全なcongenital sclerosisの状態にはなっていませんから,podocyteの病巣が修復したということで,臨床症状は一応説明できると思います。 そういうことで,この症例をDrash症候群とか,あるいはcongenital nephrosclerosisあるいはcongenital nephrotic syndromeというふうにはなかなか言えませんが,それに関連した,先生はWT遺伝子関連腎症という名前をおつけになっていますが,まさにそういう状態を表しているのではないかと思います。あまりクリアカットにはいかないのですが,わたしの見た所見はそういうところです。以上です。座長 ありがとうございました。では追加でご意見,ご質問など,ございますでしょうか。木村 聖マリアンナ医科大学の木村ですが,大変貴重な症例を見せていただいてありがとうございます。われわれはこういうウィルムス腫瘍は内科では全く見ないのですが,ウィルムス腫瘍の患者さんで尿蛋白が出ることは結構あるんですか,高頻度に。今こういう流れをお聞きすると,化学療法をやったりすると,すぐ尿蛋白が出てしまうような感じがするのですが,そういうわけでもないんですか。新村 そういうわけでもないんです。ウィルムス腫瘍の大体20%前後の人にWT-1の異常があって,そのWT-1の遺伝子異常の中でも,いわゆるDenys-Drash症候群というのを呈する人たちがその中の一部にいるんですが,その子たちは高度蛋白尿が乳児期からずっと持続して,どんどん腎不全になっていってしまう。尿蛋白先行で途中からウィルムスができてくる場合もあるし,ウィルムス先行で後から尿蛋白もあるのですが,そういう蛋白尿ないしは腎症を呈するウィルムス腫瘍の一群はあることはありますが,今回,この症例はどんどん出たら腎不全になるまで突っ走ってしまうような蛋白尿は出な
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かったということ。 後はお出ししなかったのですが,遺伝子異常としては390番目のアルギニンがnonsense
mutationで止まってしまうということで,これはウィルムス腫瘍は呈するけれども,デニス・ドラッシュは今までの報告ではないのです。日本から1例だけ,群馬大から出ているのですが,あまり腎症を起こさないとされている遺伝子型だということが分かっています。木村 この患者さんは,その後,どういうふうな,尿蛋白は?新村 尿蛋白は現在,陰性を保っております。木村 陰性。そうするとやっぱり遺伝子異常が原因ではないということになるんですね。新村 そうですね。ただ,アドリアはほかの腫瘍とかでも使ったりしますが,ラットやマウスと違って,早々,人はこんなネフローゼにならないのですね。ですから,何でこの子はそうなったのかと考えるときに,やっぱりWT-1は気になってしまうのですが。 すみません,群馬大から出た症例で少し,17
番ですかね。これは『小児がん』に2008年に出ていたもので,6歳5カ月に腫瘍が発症して,このとき尿蛋白は-で,7歳に腫瘍再発で化学療法をして,そこの辺りから蛋白尿が出だして,14歳では腎移植をしたという経過をたどって,これは390Xという遺伝子異常を持った患者さんの経過ですが,この方なんかも初めは腎症がなかったのに,再発して化学療法をしてだんだん悪くなってしまったという症例なのです。僕らの症例と同じは言いませんが,何となく弱いpodocyteがあったのかなと思わせるような状況かなと思いました。木村 どうもありがとうございました。乳原 虎の門病院腎センターの乳原ですが,先ほど二次性の高血圧だということで話されていましたが,ちょうど一番高かったときのレニン値というのはどのぐらいですか。新村 すみません。乳原 出ていなかったような気がしたのです
が。新村 出ていないです。すみません,これは15番ですか。7分と聞いていたものですから,すみません。plasma renin activity,PRA,170です。アンジオテンシン IIも96です。乳原 では,とても高いわけですね。新村 高いと思います。乳原 これが手術とともに正常化したということですね。新村 そうです。乳原 私は以前,高レニンと蛋白尿,腎症ということでいくつかデータを取ったりしたことがあります。腎血管性高血圧の症例ですが,患側の,要するに狭窄した側からレニンが出て,それが健側のほうの腎臓に刺激して,FGSとなって蛋白尿が結構出ている症例があるということを10例近く集めて報告したことがあります。そのときにACE-Iを使い,レニンをブロックしてしまうと蛋白尿も消えてしまいます。または狭窄側の腎臓を摘出するとレニンは正常化して蛋白尿も消えてしまうことを発見し,レニンと蛋白尿,またはFGS病変とは関係があるだろうということで,腎血管性高血圧の立場から調べたことがあります。その際1例気になる症例がありました。20代の女性,30代くらいだったかもしれませんが,血圧が急に高くなかったため精査しますと高レニンであったのですが,腎血管の狭窄ではなくて腎腫瘍,腎癌が見つかりました。そのとき腎癌のある側の腎臓を手術したら血圧が正常化したので,やはり腫瘍が関係しているかもしれないということで城謙輔先生に相談したらレニン顆粒を染める方法があるからと教えて頂き実際に染めてみると,レニン顆粒が腫瘍の中に染まりレニン産生腫瘍と診断されました。この症例の場合もレニンを染めてみるとどうなったかなと思いました。そこで梅村先生が腎高血圧の専門でいらっしゃいますから,レニン産生腫瘍と腎癌或は他の組織型の関係等についてコメントいただければと思います。
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新村 ありがとうございます。PAMで見る限り,あまり非腫瘍部の腎臓にはレニン顆粒らしきものがいっぱい見えたという状況ではなかったと思ったのです。確かに先生のおっしゃるように腫瘍部はどうかという話になると思いますが,化学療法をやった後に取っているものですから,かなりnecroticな,あまり liabilityのない細胞ばかりが見えているという状況の組織だったのです。ですけれども,場合によってはレニンを染めてみることは可能だと思いますので,やってみたいと思います。座長 ではだいぶ時間も過ぎていますので,終わりたいと思います。新村先生,ありがとうございました。
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