代数学 2 の配布資料など - 京都大学kawaguch/pdf/11ring...代数学2...

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2 大学 2 3 2 (演 き) す. 2010 2011 2 しました.2011 1 したこ あり 2010 2011 あたりま くして(レジュメ1 をだいたい2 ぐらい), めました.こ ファイル をま めた す. に扱え かった Zorn ,ネター イデアル ,アルティン 扱い 扱って らいました.(2012 1 31 ファイルに まれています.(一 す.) :こ ページ(2 ページ) レジュメ 1)(6 ページ) ・体・多 域, ・イデアル・ イデアル・ 大イデアル・ レジュメ 2Chinese remainder theorem)(2 ページ) ,イデアル レジュメ 3S 1 A 2 ページ) S 1 A イデアル A イデアル レジュメ 4:ユークリッド 域, イデアル 域(PID),一意 域(UFD)(4 ページ) ユークリッド 域, イデアル 域(PID),一意 域(UFD), UFD UFDUFD レジュメ 5:ネター 4 ページ) ・ネター , ネター ネター (ヒルベルト )・ イデア する C :演 レジュメ 66 ページ) トリック(ケーリー・ハミルトン 題) レジュメ 7イデアル 域(PID6 ページ) PID アーベル アーベル する ,一意 につい て, :演 レジュメ 8, テンソル Hom4 ページ) , テンソル Hom ・テンソル 題(8 ページ) じフォルダ ˜ /11IntroAlgebra.pdf にあります. 1

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Page 1: 代数学 2 の配布資料など - 京都大学kawaguch/pdf/11Ring...代数学2 の配布資料など 川口周 大阪大学理学研究科数学専攻 代数学2 は,3 年生2

代数学 2の配布資料など

川口周

大阪大学理学研究科数学専攻

代数学 2 は,3 年生 2 学期の選択科目(演義付き)で,環と環上の加群の講義です.私は,2010 年度と 2011

年度に代数学 2 を担当しました.2011 年度 1 学期に代数学序論の科目を担当したこともあり∗,2010 年度と比

べ 2011年度では,環の準同型定理あたりまでを少し軽くして(レジュメ1の内容をだいたい2回半ぐらい),講

義を進めました.このファイルはそのときの配布資料などをまとめたものです.講義で十分に扱えなかった部分

(Zornの補題の使い方,ネター環の準素イデアル分解の例,アルティン環,可換と限らない環での扱いなど)は,

演義で扱ってもらいました.(2012年 1月 31日)

このファイルには以下のものが含まれています.(一部加筆訂正済みです.)

• この資料の説明:このページ(2ページ)

• レジュメ 1:環の基礎(復習)(6ページ)

環の定義と例・体・多項式環・整域,部分環・イデアル・素イデアル・極大イデアル・剰余環,環の準

同型写像・準同型定理

• レジュメ 2:中国剰余定理(Chinese remainder theorem)(2ページ)

単元・べき零元,イデアルの和・積,環の直積,中国剰余定理

• レジュメ 3:商環 S−1Aと局所化(2ページ)

商環・局所化,S−1Aのイデアルと Aのイデアルの関係,局所環

• レジュメ 4:ユークリッド整域,単項イデアル整域(PID),一意分解整域(UFD)(4ページ)

ユークリッド整域,単項イデアル整域(PID),一意分解整域(UFD),UFD上の多項式環は UFD,UFD

と正規環

• レジュメ 5:ネター環(4ページ)

昇鎖条件・ネター環の定義,ネター環上の多項式環はネター環(ヒルベルトの基底定理)・準素イデア

ル分解,補足:有限群に関する C上の不変式環の有限生成性,補足:演習問題• レジュメ 6:環上の加群の基礎(6ページ)

加群の定義と例,部分加群・有限生成加群・剰余加群,加群の準同型写像・準同型定理,加群の直積・

直和・自由加群,行列式のトリック(ケーリー・ハミルトンの定理と中山の補題)

• レジュメ 7:単項イデアル整域(PID)上の有限生成加群,単因子論(6ページ)

PID上の有限生成加群の構造定理・単因子論,有限アーベル群・有限生成アーベル群の基本定理,行列

の単因子に関する定理・有限生成加群の構造定理などの存在部分の証明,一意性の部分の証明につい

て,補足:演習問題

• レジュメ 8:加群の完全列と可換図式,テンソル積,Hom(4ページ)

加群の完全列と可換図式,テンソル積,Homと完全列・テンソル積と完全列

• 試験問題(8ページ)

∗ 代数学序論の配布資料は,同じフォルダ内の /11IntroAlgebra.pdfにあります.

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2010年度(中間試験と略解,期末試験),2011年度(期末試験)

• Appendix:授業評価アンケート,自分のための覚書き(4ページ)

2010年度,2011年度

この講義は,教科書の指定していませんが,参考書として以下の本を挙げました.

[AM] Atiyah, MacDonald, Introduction to Commutative Algebra, Addison-Wesley, 1969.

[堀田] 堀田良之『代数入門』裳華房, 1987.

[桂] 桂利行『代数学1,2』東京大学出版会, 2004.

[森田] 森田康夫『代数概論』裳華房, 1987.

このレジュメの作成には,上にあげた本の他に,以下の本を参考にさせて頂きました.

[松村] 松村英之『可換環論』裳華房, 1980.

[向井] 向井茂『モジュライ理論1』岩波書店, 1998.

[渡辺] 渡辺敬一『環と体』朝倉書店, 2002.

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2011年度 代数学 2 レジュメ 1

環の基礎(復習)

1学期の代数学序論の講義で,群,環,体という言葉が出て来た.環については,部分環,イデアル,剰余環,

準同型定理などを習った.ここでは,復習をかねて,このような環の基礎事項について述べる.いろいろな概念が

でてくるが,抽象的に感じたときは,具体的な環,例えば Zや体K,あるいは多項式環 K[X1, . . . , Xn](あるい

は,それの剰余環)でどうなっているかを考えるとよいかもしれない.

1.1 環の定義と例,体,多項式環,整域

おおざっぱに言って,環は和 +と積 ·とよばれる二つの演算が定まっている集合で,これら二つの演算によって和差積が考えられるようなものの集まりである.

定義 1.1 (環). 和(加法)+と積(乗法)·の定まった集合 Aが環(ring)であるとは,次の条件をみたすときに

いう.

(i) 任意の a, b, c ∈ Aに対して,(a + b) + c = a + (b + c)である.(和の結合則)

(ii) 任意の a, b ∈ Aに対して,a + b = b + aである.(和の交換則)

(iii) 零元とよばれる元 0 ∈ Aが存在して,任意の a ∈ Aに対して,a + 0 = 0 + a = aである.(零元の存在)

(iv) 任意の a ∈ Aに対して,a + b = b + a = 0となる元 b ∈ Aが存在する.この bを −aと書く.(和に関する

逆元の存在)

(v) 任意の a, b, c ∈ Aに対して,(a · b) · c = a · (b · c)である.(積の結合則)(vi) 任意の a, b, c ∈ Aに対して,a · (b + c) = a · b + a · cおよび (a + b) · c = a · c + b · cが成り立つ.(分配則)

注意. (a) 環は,集合 Aと Aの二つの演算 +, ·の組 (A, +, ·)である.(A, +, ·)を略して,Aと書いている.

(b) 条件 (i)–(iv)は,「Aが加法 +に関して,アーベル群をなす」と一言でいえる.零元 (和に関する単位元)は唯一存在するので,0で表している.また,a ∈ Aの和に関する逆元は(aに応じて)唯一存在するので,それを −aで表している.

(c) a · bをしばしば abと書く.

定義 1.2 (単位元をもつ可換環). 環 Aが単位元をもつ可換環(commutative ring with the identity)であるとは,さ

らに次の条件をみたすときにいう.

(vii) 任意の a, b ∈ Aに対して,a · b = b · aである.(積の交換則,積の可換性)(viii) 単位元とよばれる元 1 ∈ Aが存在して,任意の a ∈ Aに対して,a · 1 = 1 · a = aである.(1の存在)

注意. 環の単位元は存在すれば唯一である.単位元を 1で表している.

例 1.3. (a) 整数全体 Z は単位元をもつ可換環である.実数を係数とする多項式全体 R[X],複素数を係数とする多項式全体

C[X]も単位元をもつ可換環である.

(b) mを 0でない整数とし,Z[√

m] = a + b√

m | a, b ∈ Zとおく.(a + b√

m) + (c + d√

m) = (a + c) + (b + d)√

m,

(a + b√

m) · (c + d√

m) = (ac + mbd) + (ac + bd)√

mという,通常の和と積で,Z[√

m]は単位元をもつ可換環である.

(c) Rn の開集合 U 上で定義された連続関数全体 C0(U) に,(f + g)(x) := f(x) + g(x), (f · g)(x) := f(x)g(x)(f, g ∈C0(U), x ∈ U)で,和 +と積 ·を定める.このとき,C0(U)は単位元をもつ可換環である.零元は定数関数 0,単位元

は定数関数 1である.

例 1.4 (「単位元をもつ可換環」ではない環の例). (a) 偶数全体 2Zは,単位元を持たない可換環である.(b) n ≥ 2とする.複素数を成分とする n × n行列全体Mn(C)は,単位元をもつ非可換環である

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(c) n ≥ 2 とする.偶数を成分とする n × n 行列全体Mn(2Z) は,(行列の和と積に関して)単位元を持たない非可換環で

ある.

問 1.1. 単位元をもつ可換環において,条件 (i)–(viii)から,(−1) · (−1) = 1が従うことを示せ.

例 1.5 (零環). 一つの元からなる集合 A = 0に,0 + 0 = 0と 0 · 0 = 0で和と積を定めた環を零環(zero ring)という.零環は単位元をもつ可換環である(1 = 0である).零環は例外的なことが多い.

零環でない単位元をもつ可換環の定義に,「積に関する逆元の存在」の条件を加えたものが体である.おおざっ

ぱに言って,体は和差積商(四則演算)のできるようなものの集まりである.

定義 1.6 (体). 零環でない単位元をもつ可換環 K が体(field)であるとは,0 でない任意の元 a ∈ K に対して,

ab = 1となる元 b ∈ K が存在するときにいう.この bを a−1 と書く.(講義では,体の積は可換と仮定する.)

注意. Aが体のとき,0でない元 a ∈ Aの乗法に関する逆元は(aに応じて)唯一存在するので,それを a−1 で表している.

例 1.7. 有理数全体 Q,実数全体 R,複素数全体 Cは体である.整数全体 Zは単位元をもつ可換環であるが,体ではない.

注意. 環を表す記号として A, Rを用いることが多い.これは環を表すフランス語の anneau,英語の ringの頭文字から来ていると思われる.体を表す記号として F , K を用いることが多い.これは体を表す英語の field,ドイツ語の Körperの頭文字から来ていると思われる.

この講義では,以下,単に環といえば単位元をもつ可換環と仮定する.

多項式環

定義 1.8 (1変数多項式環). Aを環とする.X を変数(不定元)とする.a0, a1, . . . , an ∈ Aに対して,形式的に

f(X) = a0 + a1X + · · · + anXn

を考え,これを A を係数とする変数 X の多項式という.a0, a1, . . . , an を f(X) の係数(coefficient)という.

an 6= 0のとき,nを f(X)の次数(degree)とよび,deg f または deg(f(X))で表す.ただし,f(X) = 0に対し

ては,deg 0 = −∞とおく.二つの多項式が等しいのは,二つの多項式の対応する係数がそれぞれ等しいときと定める.また,二つの多項

式の和 +と積 ·を,通常のように(つまり A = R, Cのときと同じように)定める.Aを係数とする変数 X の多

項式全体を A[X]で表す.A[X]は上の和と積に関して,環になることがわかる.A[X]を A上の 1変数多項式環

(polynomial ring in one variable over A)という.

定義 1.9 (n 変数多項式環). A を環とする.n 個の変数 X1, X2, . . . , Xn を変数(不定元)とする A 係数の多

項式全体のなす環 A[X1, X2, . . . , Xn] は,帰納的に,A[X1, X2, . . . , Xn] := (A[X1, X2, . . . , Xn−1])[Xn] (環

A[X1, X2, . . . , Xn−1]上の Xn を変数とする 1変数多項式環)で定義される.A[X1, X2, . . . , Xn]の元は,

f(X1, X2, . . . , Xn) =∑有限和

ai1i2...inXi11 Xi2

2 · · ·Xinn

の形で表される.ただし,i1, i2, . . . , in は 0以上の整数を動き,ai1i2...in ∈ Aである.A[X1, X2, . . . , Xn]を A上

の n変数多項式環(polynomial ring in n variables over A)という.

例 1.10. K を体とする.定義 1.8,定義 1.9 の特別な場合として, K[X],K[X1, X2, . . . , Xn] が考えられる.また Z[X],

Z[X1, X2, . . . , Xn]が考えられる.

整域

定義 1.11 (整域). 零環でない環 A が整域(integral domain)であるとは,A の任意の元 a, b に対して,「ab =

0 =⇒ a = 0または b = 0」が成り立つときにいう.

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環 Aの元 a ∈ Aに対し,0でない元 a′ ∈ Aが存在して,aa′ = 0となるとき,aを Aの零因子(zero divisor)

という.零環でない環 Aが整域であることは,Aは 0以外の零因子をもたないと言い換えられる.

例 1.12. Zは整域である.体は整域である.

命題 1.13. Aが整域のとき,1変数多項式環 A[X]も整域である.

例 1.14. K を体とする.K 上の n変数多項式環 K[X1, X2, . . . , Xn]は,帰納的に (K[X1, . . . , Xn−1])[Xn]として定義され

たから(例 1.9 参照),命題 1.13 を繰り返し用いて,K 上の n 変数多項式環 K[X1, X2, . . . , Xn] は整域である.また,命

題 1.13を繰り返し用いて,Z上の多項式環 Z[X],Z[X1, X2, . . . , Xn]も整域である.

問 1.2. 有限個の元からなる整域は体であることを示せ.(ヒント:aを整域 Aの 0でない元とする.写像 A → A, x 7→ x · aは単射であることを示せ.Aが有限個の元からなるとき,さらに何がいえるか.)

1.2 部分環,イデアル,素イデアル,極大イデアル,剰余環

部分環

定義 1.15 (部分環). Aを環とし,B を Aの部分集合とする.B が Aの部分環(subring)であるとは次の条件を

みたすとき単位元にいう.

(i) Aの和と積を B に制限したものによって,B は環になる.

(ii) B の単位元 1B は Aの単位元 1に一致する.

注意. (a) テキストによっては,部分環の定義を,条件 (i)のみで (ii)は仮定しないこともある.(b) (i)が成り立っても (ii)がなりたたない例がある.例えば,A = Z × Z := (n, m) | n, m ∈ Zは成分ごとの和と積により環となり,その単位元は (1, 1)である.Aの部分集合 B = (n, 0) | n ∈ Zは,Aの和と積を B に制限したものによっ

て環になる.しかし,B の単位元は (1, 0)であり,Aの単位元とは異なる.(ちなみに,Z × Zはレジュメ 2で扱う環の直積の例である.)

例 1.16. Zは Qの部分環である.Zは Rや Cの部分環でもある.

次の補題は,環 Aの部分集合 B が部分環になっているのを確かめるために使える.

補題 1.17. Aを環とし,B を Aの部分集合とする.B が次の条件をみたせば,B は Aの部分環である.

(i) 任意の a, b ∈ B に対して,a + b, −a, ab ∈ B である.

(ii) 1を Aの単位元とするとき,1 ∈ B である.

定義 1.18. Aを環とし,B を部分環とする.a1, . . . , an ∈ Aとする.このとき,

B[a1, . . . , an] =

∑有限和

bi1i2...inai11 ai2

2 · · · ainn

∣∣∣∣∣∣ i1, i2, . . . , in は 0以上の整数を動き,bi1i2...in ∈ B

とおき,B 上 a1, . . . , an で生成された部分環という.

例 1.19. Zを Cの部分環とみなし,√

m ∈ C(mは整数)をとる.このとき.Cの部分環として,Z[√

m] = Pn

i=0 ci(√

m)i |n ≥ 0, ci ∈ Z = a + b

√m | a, b ∈ Zである.これは,例 1.3(b)の書き方と合っている.

イデアル,素イデアル,極大イデアル

定義 1.20 (イデアル). 環 Aの空でない部分集合 I がイデアル(ideal)であるとは次の条件をみたすときにいう.

(i) 任意の a, b ∈ I に対して,a + b ∈ I.

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(ii) 任意の x ∈ Aと a ∈ I に対して,xa ∈ I.

注意. (a) 上で約束したように,環といえば単位元をもつ可換環と仮定している.可換とは限らない環 Aの場合には,左イデ

アルと右イデアルが考えられる.ここで,Aの部分集合 I が左イデアルであるとは,上の条件 (i)と (ii)をみたすものである.Aの部分集合 I が右イデアルであるとは,上の条件 (i)に加えて,「(ii)′:任意の x ∈ Aと a ∈ I に対して,ax ∈ I」

をみたすものである.Aが可換環のときには,xa = axなので,左右の区別は必要ない(単にイデアルという).

(b) イデアルの定義は,線形代数ででてくる部分ベクトル空間の定義に似ている.環上の加群を扱うときに,この類似についてもう少し述べる.ちなみに,イデアルという言葉は数学者クンマー(Kummer)の考えた「理想数」に由来するそうである.

補題 1.21. I を環 Aのイデアルとする.このとき,0 ∈ I である.また,a, b ∈ I に対して,−a ∈ I,a− b ∈ I で

ある.

定義 1.22. Aを環とする.

(a) U を A の空でない部分集合とする.このとき,(U) := x1u1 + · · · + xnun | n ≥ 1, u1, . . . , un ∈U, x1, . . . , xn ∈ Aとおくと,(U)は Aのイデアルになる.(U)を U で生成されるイデアルという.

(b) n個の元 a1, . . . , an ∈ Aに対して,

(a1, . . . , an) := x1a1 + · · · + xnan | x1, . . . , xn ∈ A

とおくと,(a1, . . . , an) は A のイデアルになる((a) で U = a1, . . . , an の場合).このように有限個の元a1, . . . , an で生成されるイデアルを,有限生成イデアル(finitely generated ideal)という.

(b) Aの 1個の元 aによって生成されるイデアル (a) = xa | x ∈ Aを,単項イデアル(または,主イデアル)(principal ideal)という.

例 1.23. (a)環 Aについて,(0) = 0,(1) = Aである.これらは単項イデアルである.

(b)体K のイデアルは (0)かK = (1)である.逆に,環 Aのイデアルが (0)と (1)の 2つしかないとき,Aは体である.

(c) m 6= 0 ∈ Zとする.mで割り切れるような整数全体は (m)だから,Zのイデアルである.逆に,Zのイデアルは (0)

か (m)(mは 0でない整数)である.

問 1.3. 体K 上の 2変数多項式環K[X1, X2]のイデアル (X1, X2)は,単項イデアルではないことを示せ.

定義 1.24 (素イデアル). 環 Aのイデアル pが素イデアル(prime ideal)とは,p 6= Aで,Aの任意の元 a, bに対

して,「 ab ∈ p =⇒ a ∈ pまたは b ∈ p」が成り立つときにいう.

注意. 素イデアルの条件として p 6= (1) = Aを仮定するのは,整数環 Zにおいて,1を素数と呼ばないことに似ている.

定義 1.25 (極大イデアル). 環 Aのイデアル mが極大イデアル(maximal ideal)とは,m 6= Aで,m ( I ( Aと

なるイデアル I が存在しないときにいう.

例 1.26. Zの素イデアルは (0)と (p)(pは素数)である.Zの極大イデアルは (p)(pは素数)である.

命題 1.27. 環 Aの任意のイデアル I (( A)に対して,I を含む極大イデアル mが存在する.

注意. 命題 1.27の証明の大筋を述べる.M := J | J は I ⊆ J ( Aをみたすイデアル とおき,Mの包含関係に関する極

大元 m をとってこればよい.このような極大元 m の存在には,選択公理と同値な Zornの補題を用いる.Zornの補題とその使い方については,代数学演義の方で,もう少し詳しく扱われる予定である.

剰余環

Aを環,I を Aのイデアルとする.x, y ∈ Aに対し,x ∼ ydef⇐⇒ x − y ∈ I と定めると,∼は同値関係に

なる.同値類のなす集合を A/I と書く.x ∈ Aを含む同値類は x + I := x + a | a ∈ Iで与えられる.同値類

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の集合に,

(x + I) + (y + I) := (x + y) + I(1.1)

(x + I) · (y + I) := x · y + I(1.2)

で和と積を定義する.((1.1)の 2つ目の +が新しく定義した和の記号であり,(1.2)の 1つ目の ·が新しく定義した積の記号である.)

定理 1.28. (1.1), (1.2)は同値類の代表元の取り方によらずに定まり(well-definedという),A/I はこの和と積に

関して環になる.A/I の零元は 0 + I であり,単位元は 1 + I である.x + I の和に関する逆元は −x + I である.

A/I を Aの I に関する剰余環(residue class ring)という.

注意. 同値類 x + I を xと書くこともある.この書き方に従うと,(1.1),(1.2)はそれぞれ,x + y := x + y,x · y := x · y となる.また,A/I の零元は 0,単位元は 1となる.

例 1.29. mを正の整数とし,Zのイデアル (m)に関する剰余環 Z/(m)を調べよう.aを整数とする.aをmで割ったときの

余りを rとすると,a−r ∈ (m)である.よって,整数 aを含む同値類 a = a+(m)は r = r+(m)に等しい.0 ≤ r < mだか

ら,Z/(m)はm個の元 0, 1, . . . , m − 1からなる環である.Z/(m)の和と積は,例えば,Z/(5)では,2+3 = 2 + 3 = 5 = 0,

2 · 3 = 2 · 3 = 6 = 1である.

イデアル I が素イデアル,極大イデアルであることは,剰余環 A/I の性質で言い換えることができる.

命題 1.30. I を環 Aのイデアルとする.このとき,以下が成り立つ.

(a) I は素イデアル ⇐⇒ A/I は整域.

(b) I は極大イデアル ⇐⇒ A/I は体.

体は整域なので(例 1.12参照),命題 1.30より,極大イデアルは素イデアルである.(直接示すこともできる.)

1.3 環の準同型写像,準同型定理

環 Aから環 B への写像を考える.A,B にはそれぞれ和と積が定まっているので,和と積に関してよく振る舞

う(「演算を保つ」)写像を考えるのは自然だろう.

定義 1.31 (準同型写像). A, B を環とする.写像 ϕ : A → B が(環の)準同型写像(homomorphism)であるとは,

次の条件をみたすときにいう.

(i) 任意の a1, a2 ∈ Aに対して,ϕ(a1 + a2) = ϕ(a1) + ϕ(a2).

(ii) 任意の a1, a2 ∈ Aに対して,ϕ(a1 a2) = ϕ(a1)ϕ(a2).

(iii) ϕ(1A) = 1B.ただし,1A, 1B はそれぞれ A,B の単位元とする.

注意. テキストによっては,環の準同型写像の定義を,(i), (ii)のみで,(iii)は仮定しないことがある.

環の準同型写像 ϕ : A → B が全単射のとき,ϕ を同型写像 (isomorphism) という.これは,ある準同型写像

ψ : B → Aが存在して,ϕ ψ = IdB かつ ψ ϕ = IdA となることと同値である(Idは恒等写像を表す).2つの

環 A,B の間に同型写像が存在するとき,Aと B は同型であるといい,A ∼= B と表す.

例 1.32. (a) 整数を有理数の元とみなす自然な写像 Z → Qは単射な準同型写像である.(b) K を体とし,ϕ : K[X] → K を,ϕ(f(X)) = f(0)(多項式 f(X)にその定数項を対応させる写像)で定める.ϕは全射

な準同型写像である.

(c) Aを環,I を Aのイデアルとする.π : A → A/I , a 7→ a + I は全射な準同型写像である.

問 1.4. Q から Q への環の準同型写像 ϕ は恒等写像であることを示せ.(ヒント:まず,任意の正の整数 n に対して,

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ϕ(n) = ϕ(1 + 1 + · · · + 1) = nϕ(1) = nであることが分かる.)

定義 1.33 (核と像). ϕ : A → B を環の準同型写像とする.

(a) ϕの核(kernel)は,Ker ϕ := a ∈ A | ϕ(a) = 0で定義される.(b) ϕの像(image)は,Im ϕ := ϕ(a) ∈ B | a ∈ Aで定義される.

例 1.34. A1をA2の部分環とし,a1, . . . , an ∈ A2とする.ϕ : A1[X1, . . . , Xn] → A2を,ϕ(f(X1, . . . , Xn)) = f(a1, . . . , an)

で定める.このとき,ϕは準同型写像で,Im ϕ = A1[a1, . . . , an]である.ここで,A1[a1, . . . , an]は(定義 1.18にある)A1

上 a1, . . . , an で生成された A2 の部分環である.

命題 1.35. ϕ : A → B を環の準同型写像とする.J を B のイデアル,A′ を Aの部分環とする.

(a) ϕ−1(J) = a ∈ A | ϕ(a) ∈ Jは Aのイデアルである.特に,Ker ϕは Aのイデアルである.

(b) ϕ(A′) = ϕ(a) ∈ B | a ∈ A′は B の部分環である.特に,Im ϕは B の部分環である.

問 1.5. ϕ : A → B を環の準同型写像とする.I を Aのイデアルとする。

(a) ϕ(I) = ϕ(a) ∈ B | a ∈ Iは, B のイデアルとは限らないことを示せ.(ヒント:例えば,ϕ : Z → Qを考える.)(b) ϕが全射ならば,ϕ(I)は B のイデアルであることを示せ.

定理 1.36 (準同型定理). 環の準同型写像 ϕ : A → B は,環の同型写像

ϕ : A/Kerϕ∼=−→ Im ϕ

を導く.ϕは,ϕ(a + Kerϕ) = ϕ(a)で与えられる.

例 1.37. (a) R[X]から Rへの全射な準同型写像 ϕ : R[X] → Rを,ϕ(f(X)) = f(0)で定める.このとき,Ker ϕ = (X)で

ある.従って,準同型定理より,同型 R[X]/(X) ∼= Rを得る.ところで,Rは体だから,命題 1.30(b)より (X)は R[X]

の極大イデアルである(直接示すこともできる).

(b) i =√−1 とする.R[X] から C への全射な準同型写像 ϕ : R[X] → C を,ϕ(f(X)) = f(i) で定める.このとき,

Ker ϕ = (X2 + 1) である.従って,同型 R[X]/(X2 + 1) ∼= Cを得る.Cは体だから,命題 1.30(b)より (X2 + 1) は

R[X]の極大イデアルである(直接示すこともできる).

(c) Z[X] から Z[√

2] への全射な準同型写像 ϕ : Z[X] → Z[√

2] を,ϕ(f(X)) = f(√

2) で定める.このとき,Ker ϕ =

(X2 − 2)である.従って,同型 Z[X]/(X2 − 2) ∼= Z[√

2]を得る.Z[√

2]は整域だから,命題 1.30(a)より (X2 − 2)は

Z[X]の素イデアルである.一方,Z[√

2]は体ではないから,(X2 − 2)は Z[X]の極大イデアルではない.

定理 1.38. Aを環,I をイデアル,π : A → A/I, a 7→ a + I を全射準同型写像とする.

(a) Aのイデアル J で J ⊇ I であるもの 1:1←→ A/I のイデアル J ′という自然な全単射がある.左の集合のJ に右の集合の J ′ = π(J)が対応する.右の集合の J ′ に左の集合の J = π−1(J ′)が対応する.

(b) 上の対応を素イデアルに制限して,Aの素イデアル pで p ⊇ I であるもの 1:1←→ A/I の素イデアル p′という自然な全単射を得る.

問 1.6. ϕ : A → B を環の準同型写像とする.

(a) pが B の素イデアルのとき,ϕ−1(p)は Aの素イデアルであることを示せ.

(b) mが B の極大イデアルのとき,ϕ−1(m)は必ずしも Aの極大イデアルではないことを示せ.(ヒント:例えば,自然な

埋め込み写像 ϕ : Z → Qを考える.)

問 1.7. K を体,a, b ∈ K とする.

(a) ϕ : K[X] → K を f(X) ∈ K[X]に f(a) ∈ K を対応させる写像とする(X に aを代入する写像).このとき,ϕは全

射な準同型写像で,Ker ϕ = (X − a)を示せ.これから,環の同型 K[X]/(X − a) ∼= K を示せ.さらに,(X − a)は

K[X]の極大イデアルであることを示せ.

(b) ψ : K[X, Y ] → K を f(X, Y ) ∈ K[X, Y ]に f(a, b) ∈ K を対応させる写像とする(X に a,Y に bを代入する写像).

このとき,ψは全射な準同型写像で,Ker ψ = (X −a, Y − b)を示せ.これから,環の同型K[X, Y ]/(X −a, Y − b) ∼= K

を示せ.さらに,(X − a, Y − b)はK[X, Y ]の極大イデアルであることを示せ.

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2011年度 代数学 2 レジュメ 2

中国剰余定理(Chinese remainder theorem)

3~4世紀の中国の本『孫子算経』に次の問題がのっている.

ある数を 3で割った余りが 2,5で割った余りが 3,7で割った余りが 2であるとき,ある数は何か.

答えは,23 (mod. 105) である.これは,環の同型 Z/3Z × Z/5Z × Z/7Z ∼= Z/105Z で,左辺の元 (2, 3, 2) ∈Z/3Z × Z/5Z × Z/7Zに右辺の元 23 ∈ Z/105Zが対応させるものの存在の系と思える.このような環の同型の存在は,中国剰余定理(Chinese remainder theorem)と呼ばれる.ここでは,イデアルの和と積,環の直積を説明

し,環の準同型定理の応用として,中国剰余定理を証明する.最初に,レジュメ 1で言い残した,単元とべき零元

の説明もする.レジュメ 1で約束したように,環といえば単位元をもつ可換環と仮定する.

2.1 単元,べき零元

定義 2.1 (単元,べき零元). Aは零環でない環とする.

(a) u ∈ A に対し,uv = 1 となる元 v ∈ A が存在するとき,u を A の単元(unit)または可逆元(invertible

element)という.Aの単元全体のなす集合を A× と書く(A∗ や U(A)と書かれることもある).

(b) a ∈ Aに対し,n ≥ 1が存在して an = 0となるとき,aを Aのべき零元(nilpotent element)という.

例 2.2. (a) Z× = 1,−1である.K を体とするとき,K× = K r 0である.(b) Aを整域,A[X]を A上の多項式環とする.このとき,(A[X])× = A× である.(実際,f(X)g(X) = 1とすると,f(X)

と g(X)の最高次の係数に注目して,f(X) = a ∈ A, g(X) = b ∈ Aで,ab = 1となることが分かる.)

(c) (a)(b)より,K を体とするとき,(K[X])× = K r 0である.帰納的に,(K[X1, . . . , Xn])× = K r 0である.(d) A = Z/8Zのとき,2

3= 0だから 2は Aのべき零元である.また,(1 + 2X)(1− 2X + 4X2) = 1 ∈ A[X]となるから,

1 + 2X は A[X]の単元である.(よって,(b)は Aが整域でないときは,必ずしも成り立たない.)

問 2.1. (a) 環 Aの元 a, bが am = 0, bn = 0をみたすとき,(a + b)m+n−1 = 0を示せ.(ヒント:二項定理)

(b)√

0 := a ∈ A | aはべき零元 は Aのイデアルになることを示せ.√

0を Aのべき零根基(nilradical)という.

問 2.2. Aを環とし,a ∈ Aとする.1次式 1 + aX が多項式環 A[X]の単元であるための必要十分条件は,aが Aのべき零元

であることを示せ.(ヒント:例 2.2(d)参照.)

2.2 イデアルの和,積

定義 2.3 (イデアルの和,積). Aを環,I, J を Aのイデアルとする.

(a) I + J := a + b | a ∈ I, b ∈ Jをイデアルの和という.(b) IJ := a1b1 + · · · + anbn | n ≥ 1, a1, . . . , an ∈ I, b1, . . . , bn ∈ Jをイデアルの積という.

命題 2.4. Aを環,I, J を Aのイデアルとする.このとき,IJ,I ∩ J,I + J はいずれも Aのイデアルである.

また,IJ ⊆ I ∩ J ⊆ I ⊆ I + J である.

問 2.3. a, b,a1, . . . , am, b1, . . . , bn を環 Aの元とする.

(a) (a) + (b) = (a, b),(a)(b) = (ab)を示せ.

(b) (a1, . . . , am)+(b1, . . . , bn) = (a1, . . . , am, b1, . . . , bn),(a1, . . . , am)(b1, . . . , bn) = (a1b1, . . . , a1bn, . . . , ambn)を示せ.

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問 2.4. m, nを正の整数とする.m, nの最大公約数を d,最小公倍数を `とおく.このとき,Zのイデアル I = (m),J = (n)

について,IJ = (mn),I ∩ J = (`),I + J = (d)であることを示せ.

2.3 環の直積

環 A,B に対して,直積集合 A × B = (a, b) | a ∈ A, b ∈ Bに和と積を

(a, b) + (a′, b′) := (a + a′, b + b′), (a, b) · (a′, b′) := (a · a′, b · b′)

と成分ごとの和と積で定める.このように和と積を定めた直積集合 A × B は環となる.A,B の単位元をそれぞ

れ 1A, 1B で表すとき,A×B の単位元は (1A, 1B)である.A×B を Aと B の直積(direct product)という.同

様に,n個の環 A1, . . . , An に対して,環の直積 A1 × · · · × An が定義される.

問 2.5. 環 Aの元 xは x2 = xをみたすとする.(このような xをべき等元(idempotent)という.)y = 1 − xとおく.

(a) xy = 0, y2 = y を確かめよ.

(b) A1 = ax | a ∈ Aとおく.和 ax + bx := (a + b)x,積 (ax)(bx) := (ab)xにより,A1 は環になることを示せ.A1 の単

位元は x = 1xであることを示せ.(注意:x 6= 1のとき,A1 の単位元 xは Aの単位元 1と異なるので,A1 は Aの部分

環(定義 1.15(ii)参照)ではない.)(c) A2 = ay | a ∈ Aとおけば,A1 と同様に A2 も環となる.このとき,環の同型 A ∼= A1 × A2 を示せ.

2.4 中国剰余定理

定理 2.5 (2個のイデアルの場合). I, J を環 Aのイデアルで,I + J = Aをみたすとする.このとき,I ∩ J = IJ

である.さらに,環の準同型写像 ϕ : A → A/I × A/J, a 7→ (a + I, a + J)は,次の環の同型を導く:

A/IJ ∼= A/I × A/J.

証明の概略. I + J = Aならば,IJ = I ∩ J となることは次のように見ればよい.IJ ⊆ I ∩ J は IJ の定義と I, J がイ

デアルであることからすぐに分かる.逆の包含関係を示すために,任意の a ∈ I ∩ J をとる.I + J = Aより,x + y = 1と

なる x ∈ I と y ∈ J が存在する.すると,a = 1 · a = (x + y) · a = xa + ya ∈ IJ となる.よって,IJ ⊇ I ∩ J も分かる.

ϕに準同型定理を適用すると,環の同型 A/(I ∩ J) ∼= A/I × A/J を得る.実際,Ker ϕ = I ∩ J である.ϕが全射である

ことには,I + J = Aを用いる.

n個のイデアルの場合は次のようになる.(I1 + I2 · · · In = Aが示せ,nに関する帰納法で証明できる.)

定理 2.6 (n 個のイデアルの場合). I1, I2, . . . , In は A のイデアルで,任意の i, j(i 6= j)に対し,Ii + Ij = A

をみたすとする.このとき,I1 ∩ I2 ∩ · · · ∩ In = I1I2 · · · In である.さらに,環の準同型写像 ϕ : A →A/I1 × A/I2 × · · · × A/In, a 7→ (a + I1, a + I2, . . . , a + In)は,次の環の同型を導く:

A/I1I2 · · · In∼= A/I1 × A/I2 × · · · × A/In.

例 2.7. (a) m, nを互いに素な整数とする.このとき,xm + yn = 1となる整数 x, y が存在するから,(m) + (n) = Zとなる.また,(m)∩ (n) = (m)(n) = (mn)である.このとき,定理 2.5は,環の同型 Z/(mn) ∼= Z/(m)× Z/(n)を述べて

いる.(mn) = mnZなどで表せば,Z/mnZ ∼= Z/mZ × Z/nZとも書ける.(b) m = pe1

1 · · · perr を正の整数mの素因数分解とすると,定理 2.6より,環の同型 Z/mZ ∼= Z/pe1

1 Z× · · · ×Z/perr Zが成り

立つ.特に,m = 105 = 3 · 5 · 7のとき,環の同型 Z/105Z ∼= Z/3Z × Z/5Z × Z/7Zが成り立つ(『孫子算経』の場合).(c) 例 1.37(b)より,環の同型R[X]/(X2 +1) ∼= Cが存在した.ここでは,イデアル (X2 +1)を (X2−1)に変えたとき,環の

同型R[X]/(X2−1) ∼= R×Rが存在することを見よう.実際,A = R[X], I = (X−1), J = (X+1)とおけば,I+J = A

で I ∩ J = IJ = (X2 − 1)となる.中国剰余定理より,環の同型 R[X]/(X2 − 1) ∼= R[X]/(X − 1)× R[X]/(X + 1)が

成り立つ.問 1.7(a)より,R[X]/(X − 1) ∼= R, R[X]/(X + 1) ∼= Rだから,環の同型 R[X]/(X2 − 1) ∼= R × Rを得る.作り方より,この同型は f(X) + (X2 − 1) ∈ R[X]/(X2 − 1)に (f(1), f(−1)) ∈ R × Rを対応させることで得られている.(中国剰余定理でなく,ϕ : R[X] → R × R, f(X) 7→ (f(1), f(−1))に準同型定理を用いても,この同型を示せる.)

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2011年度 代数学 2 レジュメ 3

商環S−1Aと局所化

慣れ親しんだ分数(有理数)を考えよう.例えば,24 = 1

2 である.また,和については,24 + 1

3 = 2·3+4·14·3 = 10

12

であり,この値は 24 を

12 と約分して計算した

12 + 1

3 = 1·3+2·12·3 = 5

6 に等しい.積についても同様である.これを

環の言葉で見直すと,Zの二つの元m,n(n 6= 0)から,新しい数 mn をmn′ = m′nのときには m

n = m′

n′ である

ように作り,和や積も定めて,Zから Qを構成しているとみなせる.環 Aと商環 S−1Aの関係は,おおざっぱに

いって,この Zと Qのような関係である.(正確には,A = Z,S = Z r 0のときに,S−1A = Qとなる.)

3.1 商環,局所化

定義 3.1 (積閉集合). Aを環(つまり,単位元をもつ可換環)とする.Aの空でない部分集合 S が

(i) s, t ∈ S =⇒ st ∈ S

(ii) 1 ∈ S, 0 6∈ S

をみたすとき,S を積閉集合(multiplicative set)という.

注意. (a) 商環の構成に関して,(ii) の 1 ∈ S は本質的でない.実際,A の部分集合 T を (i) をみたすものとすれば,S := T ∪ 1は積閉集合になる.そして,Aの T に関する商環は,Aの S に関する商環と一致する.

(a) テキストによっては,積閉集合の定義に 0 6∈ S を含めないものもある.ただし,(i)をみたす集合 S が 0を含むときは,A

の S に関する商環は零環になる.ここでは簡単のために,積閉集合の定義に 0 6∈ S を含める.(特に,Aは零環ではない.)

例 3.2. (a) A = Zとする.Z r 0は積閉集合である.(b) K を体,A = K[X1, . . . , Xn]とする.K[X1, . . . , Xn] r 0は積閉集合である.(c) Aを整域とすると,A r 0は Aの積閉集合である.(Aが Z, K[X1, . . . , Xn]のときが (a)(b)である.)(d) 環 Aの非零因子全体のなす集合は積閉集合である.(Aが整域のときは,非零因子全体のなす集合は A r 0なので,(c)の場合となる.)

(e) pを環 Aの素イデアルとすると,A r pは積閉集合になる.

定義 3.3 (商環). Aを環,S を Aの積閉集合とする.

S−1A = a

s

∣∣∣ a ∈ A, s ∈ S

とおく.ここで,as と

bt が等しいというのを,

(3.3)a

s=

b

t⇐⇒ ある u ∈ S が存在して u(at − bs) = 0

で定義する*2.さらに,S−1Aに次のように和 +と積 ·を定義する(well-definedである).

(3.4)a

s+

b

t:=

at + bs

st,

a

s· b

t:=

ab

st.

S−1Aを Aの S に関する商環(quotient ring)という.

注意. Aが整域のときは,(3.3)は「 at − bs = 0」とも同値である(「ある u ∈ S が存在して」の部分がいらない).

命題 3.4. (a) 上の和と積に関して,S−1Aは環になる.S−1Aの零元は 01 であり,単位元は

11 である.

*2 正確な定義は以下の通り.A× S に関係∼を,(a, s) ∼ (b, t) ⇐⇒ ある u ∈ S が存在して u(at − bs) = 0で定める.∼は同値関係になる.a

sは元 (a, s)を含む同値類であり,S−1Aは商集合 (A × S)/ ∼(同値関係 ∼に関する同値類全体のなす集合)である.

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(b) 自然な写像 ι : A → S−1A, a 7→ a1 は環の準同型写像である.

問 3.1. ι : A → S−1Aが単射であるための条件は,S が零因子を含まないことであることを示せ.

例 3.5. (a) A = Z,S = Z r 0のとき,S−1A = Q(有理数体)になる.(b) K を体,A = K[X1, . . . , Xn],S = A r 0のとき,

S−1A =

f(X1, . . . , Xn)

g(X1, . . . , Xn)

˛

˛

˛

˛

f(X1, . . . , Xn), g(X1, . . . , Xn) ∈ K[X1, . . . , Xn], g(X1, . . . , Xn) 6= 0

ff

になる.この S−1AをK(X1, . . . , Xn)と書き,K 上の n変数有理関数体という.

(c) Aを整域,S = A r 0のとき,S−1A = ab| a, b ∈ A, b 6= 0は体になる.この体 S−1Aを商体(quotient field)とい

う.(a), (b)は (c)の特別な場合(つまり,A = Zと A = K[X1, . . . , Xn]のとき)である.

(d) Aを環,S を Aの非零因子全体のなす積閉集合とする.このとき,S−1Aを Aの全商環(ring of total quotients)という.(c)は (d)の特別な場合(つまり Aが整域のとき)である.

(e) Aが環,pが素イデアル,S = A r pのとき,S−1Aを Aの pにおける局所化(localization)と呼んで,Ap で表す.

例 3.6. (a) A = Z,S = 2n | n ≥ 0とする.このとき,S−1A =˘

m2n ∈ Q | m ∈ Z, n ≥ 0

¯

である.

(b) A = Z,p = (2)とする.このとき,Ap =˘

mn

| m ∈ Z, nは奇数¯

である.

商環 S−1Aでは任意の s ∈ S について ι(s) = s1 は単元になっている.実際,ι(s) · 1

s = 11 である.商環 S−1A

はこのような性質をもつものの中で,次の意味で普遍的である.

命題 3.7 (普遍性). 環の準同型写像 ϕ : A → B が与えられ,任意の s ∈ S について ϕ(s)が B の単元になってい

るとする.このとき,環の準同型写像 ψ : S−1A → B で ϕ = ψ ιとなるものがただ一つ存在する.

S−1Aのイデアルと Aのイデアルは次のように関係している.

定理 3.8. Aを環,S を積閉集合とする.ι : A → S−1Aを命題 3.4(b)の環の準同型写像とする.

(a) Aのイデアル I に対して,S−1I :=

as ∈ S−1A

∣∣ a ∈ I, s ∈ Sは S−1Aのイデアルである.逆に,S−1A

の任意のイデアル J に対し,I := ι−1(J) =a ∈ A

∣∣ a1 ∈ J

とおくと,I は Aのイデアルであリ,さらに,

J = S−1I が成り立つ.

(b) Aの素イデアル pで p ∩ S = ∅であるもの 1:1←→ S−1Aの素イデアル Pという自然な全単射がある.左の集合の pに右の集合の P = S−1pが対応する.右の集合の P に左の集合の p = ι−1(P )が対応する.

問 3.2. Aを環,I 6= Aをイデアルとし,π : A → A := A/I を自然な環準同型写像とする.S を S ∩ I = ∅である Aの積閉

集合とする.このとき,S := π(S)は Aの積閉集合で,環の同型 S−1A/S−1I ∼= S−1

Aが成り立つことを示せ.

3.2 局所環

定義 3.9 (局所環). 極大イデアルがただ一つしかない環を局所環(local ring)という.Aを局所環,mをその極大

イデアルとするとき,Aが局所環と書く代わりに,(A,m)が局所環と書くこともある.

例 3.10. 例 3.5(e)の Ap は,定理 3.8より,pAp = as| a ∈ p, s ∈ A r pを唯一の極大イデアルにもつ局所環である.

環 Aの性質が,各素イデアル pでの Ap の性質(または,各極大イデアル mでの Am の性質)から分かること

がある.

問 3.3. a ∈ A は,全ての極大イデアル m に対して ιm(a) = 0 ∈ Am をみたせば,a = 0 であることを示せ.ここで,

ιm : A → Am は自然な写像(命題 3.4(b)の写像)である.(ヒント:I = x ∈ A | xa = 0とおく.I は Aのイデアルにな

る.I 3 1(つまり I = A)をいえばよい.そこで,仮に I ( Aとすると,I を含む極大イデアル mが存在する.)

問 3.4. K を体とし,K 上の 1 変数べき級数環 K[[X]] を K[[X]] =˘

P∞i=0 aiX

i | ai ∈ K¯

で定める.K[[X]] は,(X) =

XK[[X]]を唯一の極大イデアルにもつ局所環であることを示せ.

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2011年度 代数学 2 レジュメ 4

ユークリッド整域,単項イデアル整域(PID),一意分解整域(UFD)

整数環 Zはさまざまな性質を持つ.(a) Zにおいて,余りのある割り算ができる.(b) Zの任意のイデアルは単項イデアル(適当な整数 m ∈ Zが存在して (m)の形)である.(c) Zにおいて,素因数分解の存在と一意性が成り立つ.以下でみるように,(a), (b), (c)は互いに無関係な性質ではなく,(a)が一番強く,(b), (c)と順に続く.

おおざっぱにいって,(a), (b), (c) の性質をみたす整域を,それぞれ,ユークリッド整域,単項イデアル整域

(PID),一意分解整域(UFD)という.以下では,これらの整域の定義と例,基本的な性質を説明する.特に,

ユークリッド整域 =⇒ 単項イデアル整域(PID)=⇒ 一意分解整域(UFD)

が成り立つことをみる.また,Aが UFDのとき,多項式環 A[X]も UFDになることをみる.

4.1 ユークリッド整域

有理数 72 は整数ではないので, Z において,7 を 2 で割りきれないが,余り 1 という概念を持ち出せば,

7 = 3 · 2 + 1と書ける.ユークリッド整域は,おおざっぱにいって,このような余りのある割り算(division with

remainder)ができるような整域である.以下の定義で,Z≥0 は 0以上の整数全体のなす集合を表す.

定義 4.1 (ユークリッド整域). Aを整域とする.次の二つの性質 (i)(ii)をみたす関数 d : A r 0 → Z≥0 が存在す

るとき,Aをユークリッド整域(Euclidean domain)という.

(i) 任意の a ∈ Aと 0でない任意の b ∈ Aに対して,q, r ∈ Aが存在して,

a = qb + r, r = 0または d(r) < d(b)

が成り立つ.

(ii) 0でない任意の a, b ∈ Aに対して,d(a) ≤ d(ab)が成り立つ.

注意. (a) Z≥0 のかわりに,整列集合W への写像 d : A r 0 → W を用いてユークリッド整域を定義することもある.

(b) 条件 (ii)は本質的でない.実際,(i)をみたす関数 d : A r 0 → Z≥0 が存在するとき,dを適当に変えて,(i)(ii)をみたす関数 ed : A r 0 → Z≥0 が構成できることが知られている.テキストによっては条件 (ii)を定義にいれないものもある.

(c) 2つの整数 a, b(|a| > |b| > 0)の最大公約数を求める方法に,aを bで割った余り rを求め,今度は bを rで割った余り

を求め,と繰り返していくユークリッドの互除法がある(代数学序論などで習ったかもしれない).ユークリッド整域の名

前は,ユークリッドの互除法から来ているそうである.

例 4.2. Zはユークリッド整域である.実際,d : Z r 0 → Z≥0 として,d(a) = |a|(絶対値)をとると,(i)(ii)をみたす.

例 4.3. 体 K 上の一変数多項式環 K[X] はユークリッド整域である.実際,d : K[X] r 0 → Z≥0 として,d(f(X)) =

deg(f(X))(多項式 f(X)の次数)をとると,(i)(ii)をみたす.

例 4.4. Z[√−1] = a + b

√−1 ∈ C | a, b ∈ Zをガウス(Gauss)の整数環という.α = a + b

√−1 6= 0 ∈ Z[

√−1]に対し,

d(α) := |α|2 = αα = (a + b√−1)(a− b

√−1) = a2 + b2 とおく.dは (i)(ii)をみたし,Z[

√−1]はユークリッド整域である.

実際,α, β ∈ Z[√−1], β 6= 0に対し,α/β = e + f

√−1(e, f ∈ R)とおく.e, f に最も近い整数をm, nとする.このと

き,|m − e| ≤ 1/2, |n − f | ≤ 1/2である.q = m + n√−1 ∈ Z[

√−1], r = α − qβ ∈ Z[

√−1]とおくと,α = qβ + r で,

r = 0または d(r) < d(β)が確かめられ,(i)が分かる.(ii)も確かめられる.

問 4.1. ρ = −1+√

−32

とおく.Z[ρ] = a + bρ | a, b ∈ Zはユークリッド整域であることを示せ.(ヒント:ρはX2+X+1 = 0

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の解である.d(a + bρ) := |a + bρ|2 = a2 − ab + b2 を考えてみる.)Z[ρ]はアイゼンシュタイン (Eisenstein)の整数環といわれることもある.

問 4.2. (a) (Z[√−1])× = 1,−1,

√−1,−

√−1を示せ.

(b) ρ = −1+√

−32

に対し,(Z[ρ])× = 1,−1, ρ,−ρ, ρ2,−ρ2を示せ.

4.2 単項イデアル整域(PID)

定義 4.5 (単項イデアル整域(PID)). 整域 Aが単項イデアル整域(principal ideal domain)であるとは,Aの任意

のイデアル I に対して,ある a ∈ Aが存在して I = (a)となるときにいう.単項イデアル整域を,principal ideal

domainの頭文字をとって PIDとも書く.単項イデアル整域のかわりに,主イデアル整域ともいう.

命題 4.6. ユークリッド整域は PIDである.

例 4.7. Z,体K 上の 1変数多項式環K[X],ガウスの整数環 Z[√−1]はユークリッド整域だったので,PIDである.

例 4.8. (a) Zは PIDであるから,Zのイデアルは (m)の形をしている(m ∈ Z).(b) K を体とする.K[X]は PIDであるから,K[X]のイデアルは (f(X))の形をしている(f(X) ∈ K[X]).

問 4.3. PIDの (0)以外の素イデアルは極大イデアルであることを示せ.

4.3 一意分解整域(UFD)

Zには素数という概念があり,Zの元は一意的に素因数分解できる.一意分解整域は,このようなことが成り立つ整域である.まず概念をはっきりさせよう.

定義 4.9 (既約元,素元). Aを整域とする.

(a) 0でも単元でもない元 a ∈ Aが既約元(irreducible element)であるとは,Aの元 b, cに対して,

a = bc =⇒ bまたは cが Aの単元

が成り立つときにいう.

(b) 0 でない元 p ∈ A が素元(prime element)であるとは,p が生成するイデアル (p) が素イデアルのときにい

う.いいかえると,Aの元 b, cに対して,bc ∈ (p)ならば b ∈ (p)または c ∈ (p)が成り立つときにいう.

注意. [森田]では,既約元を素元とよんでいる.用語の違いに混乱しないようにしてほしい.

素元は既約元である が,逆はかならずしも正しくない(例 4.10参照).

例 4.10. A = Z[√−5]の中で,2は既約元であるが素元ではない.このことは Z[

√−5]が UFD(定義 4.11参照)ではないこ

とを示している.まず,2が素元ではないことを示そう.(1 +√−5) · (1−

√−5) = 6 = 2 · 3 ∈ (2)であるから,もし,2が素

元とすると,1 +√−5 ∈ (2)または 1 −

√−5 ∈ (2)になる.しかし,(2) = 2a + 2b

√−5 | a, b ∈ Zだから,これは矛盾で

ある.よって,2は素元ではない.次に,2が既約元を示そう.α = a + b√−5,β = c + d

√−5 ∈ Z[

√−5]として,2 = αβ

とする.このとき複素共役をとって,2 = αβ も成り立つ.従って,

4 = αβαβ = ααββ = (a + b√−5)(a − b

√−5)(c + d

√−5)(c − d

√−5) = (a2 + 5b2)(c2 + 5d2)

である.これから,α = ±1または β = ±1と α, β のいずれかは Z[√−5]の単元になることが分かるので,2は既約元である.

問 4.4. A := Z[√−5]において,2が素元でないことを,上の例とは違う方法で示そう.F2 = Z/2Zとおく.

(a) A ∼= Z[X]/(X2 + 5)を示せ.

(b) A/(2) ∼= Z[X]/(2, X2 + 5) ∼= F2[X]/(X2 − 1) = F2[X]/((X − 1)2)を示せ.さらに,2が Aの素元でないことを示せ.

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定義 4.11 (一意分解整域(UFD)). 整域 Aが一意分解整域(unique factorization domain)であるとは,0と単元

以外の任意の元 a ∈ Aが,

(4.5) a = p1p2 · · · pn

と有限個の素元 p1, p2, . . . , pn ∈ Aの積として表されるときにいう.一意分解整域を,unique factorization domain

の頭文字をとって UFDとも書く.

UFDにおいては,既約元全体と素元全体は一致する.実際,素元は既約元であるので,UFDにおいて既約元が

素元であることを確かめればよい.aを UFDの既約元とする.(4.5)より,a = p1p2 · · · pn と有限個の素元の積

で表せるが,aは既約元なので n = 1である.よって,a = p1 は素元となる.

一見すると,(4.5)は,素元の積に分解できることを述べているだけで,分解の一意性は述べていないように思

える.しかし,以下に見るように,分解の一意性は自動的に成り立つ.

命題 4.12. 整域 A(一意分解整域とは限らない)の元 aが素元の積として 2通りに書けたとする. 

a = p1p2 · · · pn = p′1p′2 · · · p′m.

このとき,n = m である.さらに,pj を適当に並び替えると,A の単元 u1, . . . , un が存在して pi = uip′i

(i = 1, . . . , n)が成り立つ.従って,素元の積への分解は(もし分解が可能ならば),順序と単元の積の違いを除

いて一意的である.

定理 4.13. PIDは UFDである.

例 4.14. (a) Zは PIDであるから,UFDである.Zの素元と既約元は一致し,それは素数である.Zの素イデアルは (0)と

(p)(pは素数)である.Zの極大イデアルは (p)(pは素数)である.

(b) K を体とする.K[X]は PIDであるから,UFDである.K[X]の素元と既約元は一致する.K[X]の既約元は既約多項

式とよばれる.K[X] の素イデアルは (0) と (f(X))(f(X) は K[X] の既約多項式)である.K[X] の極大イデアルは

(f(X))(f(X)はK[X]の既約多項式)である.

4.4 UFD上の多項式環は UFD

UFDにおいては,最大公約元が存在する.このことを説明しよう.

a, b 6= 0 ∈ Aに対し,a = bcとなる c ∈ Aが存在するとき,b | aと書く.

定義 4.15 (最大公約元). A を整域とする.0 でない a1, . . . , an ∈ A に対し,d ∈ A が a1, . . . , an の最大公約元

(greatest common divisor)であるとは,d | a1, . . . , d | an で,任意の d′ | a1, . . . , d′ | an をみたす d′ ∈ Aに対して

d′ | dが成り立つときにいう.a1, . . . , an の最大公約元を GCD(a1, . . . , an)と書く.

注意. 最大公約元では,単元の積の違いは気にしない.例えば,a, bの最大公約元が dのとき,Aの単元 uに対して,udも

a, bの最大公約元である.

命題 4.16. Aを UFDとする.0でない任意の a, b ∈ Aについて,a, bの最大公約元が,単元の積の違いを除いて

一意的に存在する.具体的には,a, bの素元分解を a = upe11 · · · per

r , b = vpf11 · · · pfr

r (ただし,p1, . . . , pr は異な

る素元で ei, fi ≥ 0, u, v は単元)とするとき,

GCD(a, b) = pmine1,f11 · · · pminer,fr

r

で与えられる.(同様に,3つ以上の元の最大公約元も単元の積の違いを除いて一意的に存在する.)

4.4節の目標は,次の定理である.

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定理 4.17. Aを UFDとする.A上の多項式環 A[X]はまた UFDである.

以下,この節の終わりまで,AはUFDとする.上の定理を示すために,A[X]の素元が何かを調べる.

命題 4.18. Aの素元は A[X]の素元である.

証明の概略: pを Aの素元とする.A/pAが整域ならば,A/pA上の一変数多項式環 (A/pA)[X]も整域であることに注

意する.準同型定理より,(A/pA)[X] ∼= A[X]/pA[X] が成り立つので,pA[X] は A[X] の素イデアルになることが分かる

(命題 1.30(a)参照).よって,pは A[X]の素元でもある.

定義 4.19. f(X) = a0 + a1X + · · · + anXn ∈ A[X]は,GCD(a0, a1, . . . , an) = 1のとき,原始(primitive)多

項式という.f(X)が原始多項式ということは,f(X)が Aのどの素元でも割り切れないことと同値である.

命題 4.18から直ちに次の系を得る.

系 4.20 (ガウスの補題). 原始多項式の積は原始多項式である.

命題 4.21. Aを UFD,K を Aの商体とする.原始多項式 f(X) ∈ A[X]について,以下は同値である.

(i) f(X)は A[X]の既約元である.

(ii) f(X)はK[X]の既約元である.

(iii) f(X)は A[X]の素元である.

命題 4.18,命題 4.21から,A[X]の素元は 2種類あり,Aの素元か A[X]の原始多項式で K[X]で既約なもの

であることが分かる.これから,定理 4.17が証明できる.

例 4.22. (a) K を体とする.K は UFDであるから,定理 4.17を用いてK 上の n変数多項式環K[X1, X2, . . . , Xn]は UFDである.n ≥ 2のとき,例えば,(X1, X2)は単項イデアルでないから,K[X1, X2, . . . , Xn]は PIDではない.

(b) Zは UFDであるから,定理 4.17を用いて Z上の n変数多項式環 Z[X1, X2, . . . , Xn]は UFDである.例えば,(2, X1)

は単項イデアルでないから,Z[X1, X2, . . . , Xn]は PIDではない.

問 4.5 (アイゼンシュタインの既約性判定法). A を UFD,K を A の商体とする.また,p を A の素元とする.f(X) =

a0 + a1X + · · ·+ anXn ∈ A[X](an 6= 0)は,p 6 |an,p|ai(i = 0, 1, . . . , n− 1),p2 6 |a0 をみたすとする.このとき,f(X)

はK[X]の既約多項式(既約元のこと)であることを示せ.

問 4.6. (a) f(X) = Xn − 2は Q[X]の既約多項式であることを示せ(A = Z, p = 2として,上の判定法を用いる).

(b) pを素数とする.f(X) = Xp−1 + Xp−2 + · · · + 1は Q[X]の既約多項式であることを示せ(f(X + 1)を考える).

4.5 UFDと正規環

UFDの性質を一つ述べたい.Aは環 B の部分環とする.B の元 bが A上整(integral)であるとは,最高次の

係数が 1の A係数多項式 f(X) = Xn + a1Xn−1 + · · · + an ∈ A[X]が存在して,f(b) = 0となるときにいう.

例 4.23. A = Z, B = Z[√

2]とする.√

2 ∈ B は f(X) = X2 − 2 ∈ Z[X]の根である.よって,√

2は Z上整である.

Aを整域とし,Aの商体をK とする.Aが正規環(normal ring)であるとは,K の任意の元 bに対して,bが

A上整であれば,b ∈ Aが成り立つときにいう.

例 4.24. A = Z とする.A の商体は Q である.Q の任意の元を cd(既約分数)と書く. c

dが Z 上整とすると,ある

f(X) = Xn + a1Xn−1 + · · ·+ an ∈ Z[X]が存在して,f

`

cd

´

= 0となる.これから,cn = −d(a1cn−1 + · · · andn−1)を得

る.c, dは互いに素であるから,d = ±1であり, cd∈ Zとなる.従って,Zは正規環である.

命題 4.25. UFDは正規環である.(証明は上の例の Zの場合と同様にできる.)

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2011年度 代数学 2 レジュメ 5

ネター環

ネター環の名前は数学者 Emmy Noether (1882–1935)にちなむ.ネター環は,イデアルに対する昇鎖条件をみた

す環として抽象的に定義されるが,この条件から多くの性質が導かれる.ここでは,ネター環の定義をし,ネター

環上の多項式環はネター環という定理(ヒルベルト(Hilbert)の基底定理とよばれる)を示す.この定理の系とし

て,体K 上の n変数多項式環K[X1, . . . , Xn]の任意のイデアルは有限生成であることが導かれる.

5.1 昇鎖条件,ネター環の定義

命題 5.1. 環 Aに対して,イデアルに関する次の条件は同値である.

(i)(極大条件)Aのイデアル全体からなる集合を I = I | I は Aのイデアル とおく.このとき,I の任意の空でない部分集合には,包含関係に関して極大な元が存在する.

(ii)(昇鎖条件)Aのイデアルの任意の昇鎖列

I1 ⊆ I2 ⊆ · · · ⊆ In ⊆ · · ·

について,ある N が存在して,IN = IN+1 = IN+2 = · · · となる.(iii)(有限生成性)Aの任意のイデアルは有限生成である.

定義 5.2 (ネター環). 上の同値な条件をみたす環をネター環(Noetherian ring)という.

例 5.3. Aが PIDのとき,Aの任意のイデアルは 1個の元から生成されるので,Aはネター環である(条件 (iii)).従って,整数環 Z,体K,多項式環K[X]などはいずれもネター環である.

命題 5.4. Aをネター環とする.

(a) I が Aのイデアルのとき,剰余環 A/I はネター環である.

(b) S が Aの積閉集合のとき,商環 S−1Aはネター環である.

証明の概略. Aのイデアルと A/I のイデアルの関係(定理 1.38)を用いると,A/I がイデアルに関する昇鎖条件をみた

すことが分かり,(a)が従う.同様に,Aのイデアルと S−1Aのイデアルの関係(定理 3.8)用いると,(b)が従う.

定理 5.7で,Aがネター環のとき,A[X]もネター環であることを示す.これから,例えば,K を体とするとき,

K[X1, . . . , Xn]/I や,S−1K[X1, . . . , Xn]など多くの環がネター環であることが分かる.

問 5.1. (a) 環 A上の多項式環 A[X]がネター環とする.このとき,Aはネター環であることを示せ.(ヒント:命題 5.4(a))(b) A, B がネター環のとき,A × B もネター環であることを示せ.(ヒント:例えば,イデアルの有限生成性を示す.)

注意. 昇鎖条件のかわりに降鎖条件を考え,イデアルに対する降鎖条件をみたす環をアルティン環(数学者 Emil Artin (1898–1962)にちなむ)という.つまり,Aがアルティン環とは,Aのイデアルの任意の降鎖列 I1 ⊇ I2 ⊇ · · · ⊇ In ⊇ · · · に対して,ある N が存在して IN = IN+1 = IN+2 = · · · となるものをいう.イデアルに対する降鎖条件は昇鎖条件よりもずっと強い条件となることが知られている.実際,環Aがアルティン環であるための必要十分条件は,Aがネター環であり Aの任意の素イ

デアルが極大イデアルとなることが知られている(秋月の定理).アルティン環については,演義で少し扱われる予定である.

5.2 ネター環上の多項式環はネター環(ヒルベルトの基底定理),準素イデアル分解

Aを環,A[X]を A上の 1変数多項式環とする.

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定義 5.5. (a) 多項式 f(X) = a0 + a1X + · · ·+ anXn ∈ A[X]の最高次の項 anXn(an 6= 0)を LT(f(X))で表

す:LT(f(X)) = anXn.ただし f(X) = 0のときは,LT(0) = 0とする.(LTは leading termの頭文字.)

(b) I が A[X]のイデアルのとき,I の元の最高次項全体の集合を LT(I)で表す:

LT(I) = aXm | f(X) ∈ I が存在して,LT(f(X)) = aXm.

(c) (LT(I))で,LT(I)によって生成される A[X]のイデアルを表す.

命題 5.6 (最高次項原理). A を環,I を A[X] のイデアルとする.もし f1(X), . . . , fr(X) ∈ I が存在して,

(LT(I)) = (LT(f1(X)), . . . , LT(fr(X)))をみたせば,I = (f1(X), . . . , fr(X))となる.

証明の概略. J = (f1(X), . . . , fr(X)) とおく.J ⊆ I は成り立つので,J = I を示すために,J ( I を仮定し

て矛盾を導く.g(X) を I r J に含まれる多項式で次数が最小のものとする.g(X) 6= 0 である.仮定より,LT(g(X)) =Pr

i=1 hi(X) LT(fi(X))となる h1(X), . . . , hr(X) ∈ A[X]が存在する.このとき,mi = deg(g(X))−deg(fi(X))とおくと,

hi(X)におけるXmi の係数を ai として(mi < 0のときは,ai = 0とおく),LT(g(X)) =Pr

i=1 aiXmi LT(fi(X))となる.

g1(X) := g(X)−Pr

i=1 aiXmifi(X)とおけば,g(X) 6∈ J だから g1(X) ∈ I rJ となる.しかし,deg(g1(X)) < deg(g(X))

なので,これは g(X)の最小性に矛盾する.

定理 5.7 (ヒルベルトの基底定理). Aがネター環のとき,A[X]もネター環である.

証明の概略. I を A[X]のイデアルとする.I が有限生成であることを示せばよい.k ≥ 0に対し,

ak = a ∈ A | I に属する k 次の多項式 f(X)が存在して, LT(f(X)) = aXk ∪ 0

とおく.ak は Aのイデアルとなる.a ∈ ak となる 0でない元をとれば,f(X) = aXk + · · · ∈ I となる k 次の多項式が存在

し,Xf(X) = aXk+1 + · · · ∈ I となる.よって,ak+1 の定義から a ∈ ak+1 である.従って,a0 ⊆ a1 ⊆ a2 ⊆ · · · を得る.Aはネター環だから,ある N が存在して,aN = aN+1 = · · · となる.

0 ≤ i ≤ N となる各 iに対して,Aがネター環なので,ai = (a(i)1 , . . . , a

(i)ri )となる有限個の元 a

(i)1 , . . . , a

(i)ri ∈ ai がとれる.

ai の定義から,LT(f(i)j (X)) = a

(i)j Xi となる i次の多項式 f

(i)j (X) ∈ I(j = 1, . . . , ri)が存在する.このとき,

(LT(I)) =“

LT(f(0)1 (X)), . . . , LT(f (0)

r0 (X)), LT(f(1)1 (X)), . . . , LT(f (1)

r1 (X)), . . . , LT(f(N)1 (X)), . . . , LT(f (N)

rN(X))

となる.命題 5.6から,I =“

f(0)1 (X), . . . , f

(0)r0 (X), . . . , f

(N)1 (X), . . . , f

(N)rN (X)

となり,I は有限生成である.

系 5.8. Aがネター環のとき,A上の n変数多項式環 A[X1, . . . , Xn]もネター環である.特に,体 K 上の n変数

多項式環K[X1, . . . , Xn]はネター環である.

注意. より一般に,体 K 上の n 変数多項式環 K[X1, . . . , Xn] の単項式 Xi11 Xi2

2 · · ·Xinn の間に適当な順序を入れ,

K[X1, . . . , Xn]の多項式 f の leading term LT(f)を定める.I を K[X1, . . . , Xn]の任意のイデアルとするとき,(LT(I)) =

(LT(f1), . . . , LT(fN )) となる f1, . . . , fN ∈ I(系 5.8 よりこのような f1, . . . , fN は存在して,命題 5.6 と同様の証明でI = (f1, . . . , fN ) となる)を,I のグレブナー基底という(標準基底ともいう).グレブナー基底の名前は数学者 WolfgangGröbner (1899–1980)から来ている.グレブナー基底は,環の性質を計算機を用いて調べるときの基礎になる.

最後に,ネター環のイデアルの準素イデアル分解について,少し説明したい.環 Aのイデアル qが準素イデア

ル(primary ideal)とは,q 6= Aで,Aの任意の元 a, bに対し,

a 6∈ qかつ ab ∈ q =⇒ある正の整数 n > 0が存在して,bn ∈ q

が成り立つときにいう.例えば,素イデアルは(上の条件で n = 1として成り立つので),準素イデアルである.

定理 5.9 (準素イデアル分解). Aはネター環,I (6= A)は Aの任意のイデアルとする.このとき,有限個の準素イ

デアル q1, . . . , qn が存在して,I = q1 ∩ · · · ∩ qn となる.(分解は余分のない表示にしても一般に一意的でない.)

A = C[X,Y ], I = (X2, XY )のとき,I = (X) ∩ (X2, Y )は準素イデアル分解の一例である.講義時間のため,

この定理の証明には触れられないが,演義で準素イデアル分解についてもう少し扱われる予定である.

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5.3 補足:有限群に関する C上の不変式環の有限生成性

19世紀には,群の作用に関する不変式環がよく研究されていた.19世紀末に,ヒルベルトは,ヒルベルトの基

底定理を用いて,有限群の作用に関する不変式環が有限生成であることを示した(正確な主張は定理 5.11参照).

補足では,このヒルベルトの結果について述べたい.講義では触れないが,興味のある人は読んでほしい.

C 上の n 変数多項式環 C[X1, . . . , Xn] を考える.n 次複素正方行列 A = (aij) ∈ GLn(C) の,多項式

f(X) = f(X1, . . . , Xn) ∈ C[X1, . . . , Xn]への作用を,

f(AX) := f(∑n

j=1 a1jXj , . . . ,∑n

j=1 anjXj

)で定める.G を GLn(C) の部分群とするとき,G の任意の元による作用で不変な多項式全体の集合を

C[X1, . . . , Xn]G とおく:

C[X1, . . . , Xn]G := f(X) = f(X1, . . . , Xn) ∈ C[X1, . . . , Xn] |任意の A ∈ Gに対し,f(AX) = f(X).

C[X1, . . . , Xn]G は C[X1, . . . , Xn]の部分環になる.C[X1, . . . , Xn]G を Gに関する不変式環という.

例 5.10. (a) n = 2, G =

(

1 0

0 1

!

,

0 1

1 0

!)

⊂ GL2(C)とする.このとき,C[X1, X2]G = C[X1 + X2, X1X2]である.

(b) n = 2, G =

(

1 0

0 1

!

,

−1 0

0 −1

!)

⊂ GL2(C)とする.このとき,C[X1, X2]G = C[X2

1 , X1X2, X22 ]である.

定理 5.11. Gを GLn(C)の有限 部分群とする.このとき,有限個の多項式 f1, . . . , fm ∈ C[X1, . . . , Xn]が存在

して,C[X1, . . . , Xn]G = C[f1, . . . , fm]となる.

証明. 証明の準備のために,f ∈ C[X1, . . . , Xn]に対して,

RG(f) :=1

|G|X

A∈G

f(AX) ∈ C[X1, . . . , Xn]

とおく.RG はレイノルズ作用素(Reynolds operator)とよばれる.f ∈ C[X1, . . . , Xn]に対して,RG(f) ∈ C[X1, . . . , Xn]G である.さらに,f ∈ C[X1, . . . , Xn]G ならば,RG(f) = f であ

る.また,RG(f +g) = RG(f)+RG(g)が成り立つ.f ∈ C[X1, . . . , Xn]G,g ∈ C[X1, . . . , Xn]のとき,RG(fg) = f ·RG(g)

である.

定理 5.11 の証明を始めよう.U = f(X) = f(X1, . . . , Xn) ∈ C[X1, . . . , Xn]G | f(0, . . . , 0) = 0 とおき,I = (U) と

おく.I は C[X1, . . . , Xn] のイデアルだから,ヒルベルトの基底定理の系(系 5.8)より,U から有限個の元 f1, . . . , fm ∈C[X1, . . . , Xn]G が取ってこれて,I = (f1, . . . , fm)となる.C[f1, . . . , fm] ⊆ C[X1, . . . , Xn]G である.

ここで,等式 C[f1, . . . , fm] = C[X1, . . . , Xn]G が成り立つことを背理法で示そう.f ∈ C[X1, . . . , Xn]G で,f 6∈C[f1, . . . , fm]となる f が存在したとする.このような f の中で,deg f が最小のものをとる.f − f(0, . . . , 0)を考えること

で,はじめから f(0, . . . , 0) = 0と仮定してもよい.このとき,f ∈ I であるから,f =Pm

i=1 hifi(hi ∈ C[X1, . . . , Xn])と

書ける.ここで,各 iについて deg(hi) < deg(f)となるような hi が取れることが分かる.

f ∈ C[X1, . . . , Xn]G だから,f = RG(f) =Pm

i=1 RG(hi)fi となる.RG(hi) ∈ C[X1, . . . , Xn]G で,deg(RG(hi)) ≤deg(hi) < deg(f)である.よって,f の最小性より,RG(hi) ∈ C[f1, . . . , fm]が成り立つ.従って,f =

Pmi=1 RG(hi)fi ∈

C[f1, . . . , fm]となるが,これは f 6∈ C[f1, . . . , fm]に矛盾する.以上より,C[X1, . . . , Xn]G = C[f1, . . . , fm]が示せた.

ヒルベルトによる上の証明は,有限群 Gが具体的に与えられたとき,C[X1, . . . , Xn]G = C[f1, . . . , fm]となる

f1, . . . , fm を具体的にどう見つけてきたらいいかについては,何も述べていない(構成的な証明ではない).ネ

ター(Emmy Noether)は,1916年に,定理 5.11の構成的な別証明を与えた.

1900年のパリ国際数学者会議で,ヒルベルトは,有限群とは限らない群 Gについても,Gに関する不変式環が

常に有限生成環であるかどうかを問題として提出した(ヒルベルトの第 14問題).1958年のエディンバラ国際数

学者会議で,永田は,有限生成でない不変式環の例を与え,ヒルベルトの第 14問題を否定的に解決した.

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補足:環論の演習問題

次回から環上の加群に進む予定にしている.レジュメ 1–5の復習として,練習問題を挙げる.

問 5.2. (a) I, J, K は環 Aのイデアルで,I ⊆ J ∪ K とする.このとき,I ⊆ J または I ⊆ K となることを示せ.

(b) I は環 Aのイデアル,p1, . . . , pr は環 Aの素イデアルで,I ⊆ p1 ∪ · · · ∪ pr とする.このとき,ある i(1 ≤ i ≤ r)が存

在して,I ⊆ pi となることを示せ.

問 5.3. Aは環とする.

(a)√

0 := a ∈ A | aはべき零元 は,Aのイデアルであることを示せ.

(b) Aの任意の素イデアル pについて,√

0 ⊆ pを示せ.

(c) f を Aのべき零元でない元とし,S = 1, f, f2, f3, . . .とおく.このとき,Aの素イデアル pで,p ∩ S = ∅となるものが存在することを示せ.

(d)√

0 =\

p

pが成り立つことを示せ.ただし,ここで,pは Aの素イデアルをすべて動く.

ヒント:(a)レジュメ 2,とくに問 2.5参照.(c) Zornの補題を用いて直接示すこともできるが,S が積閉集合であることを確か

め,S−1Aには極大イデアルが存在すること(命題 1.27)と,S−1Aと Aの素イデアルの関係(定理 3.8(b))を用いてもよい.

問 5.4. K を体,K[X, Y ]をK 上の 1変数多項式環,K[T ]をK 上の 1変数多項式環とする.環の準同型写像 ϕ : K[X, Y ] →K[T ]を,ϕ(f(X, Y )) = f(T 2, T 3)で定義する(X に T 2, Y に T 3 を代入する).

(a) Im ϕ = K[T 2, T 3],および Ker ϕ = (X3 − Y 2) (= (X3 − Y 2)K[X, Y ])を示せ.

(b) 環の同型K[X, Y ]/(X3 − Y 2) ∼= K[T 2, T 3]を示せ.

(c) (X3 − Y 2)はK[X, Y ]の素イデアルであることを示せ.

ヒント:(a) Ker ϕ ⊇ (X3−Y 2)は簡単.逆の包含関係を示す.f(X, Y ) ∈ Ker ϕのとき,f(X, Y )を Y の多項式とみて(つま

り,(K[X])[Y ]の元とみて),Y 2−X3(最高次の係数が 1の Y の 2次式)で割ると,f(X, Y ) = q(X, Y )(Y 2−X3)+r1(X)Y +

r2(X)(q(X, Y ) ∈ K[X, Y ], r1(X), r2(X) ∈ K[X])と表せる.このとき,f(T 2, T 3) = 0から,r1(X) = r2(X) = 0が従

う.(b)準同型定理を使う.(c) K[T ]は整域なので,その部分環K[T 2, T 3]も整域である.そこで,命題 1.30が使える.

問 5.5. p ≥ 2を素数とし,A = Z [√−p ]とおく.a = n + m

√−p ∈ A(n, m ∈ Z)に対し,d(a) = n2 + pm2 と定める.

(a) a, b ∈ Aに対し,d(ab) = d(a)d(b)が成り立つことを示せ.

(b) p = 2とする.Zˆ√

−2˜

はユークリッド整域であることを示せ.(ヒント:上の dを用いる.)

(c) p ≥ 3する.2は Z [√−p ]の既約元であるが,素元でないことを示せ.

ヒント:(c)前半は d(2) = 4.後半は,(1 +√−p)(1 −

√−p) = 2 · 1+p

2を使うか,問 4.4のような方法で解いてもよい.

注意:ユークリッド整域は UFDなので,(b)より Zˆ√

−2˜

は UFDである.一方,UFDにおいては既約元は素元なので,(c)より,p ≥ 3のときは,Z [

√−p ]は UFDでないことが分かる.

問 5.6. この問題では,Z[X]の素イデアルをすべて求める.pを Z[X]の素イデアルとする.

(a) p ∩ Z = (0)のとき,p = (0)か,ある原始的な既約多項式 f(X) ∈ Z[X]が存在して,p = (f(X))となることを示せ.

(b) p ∩ Z 6= (0)のとき,ある素数 pが存在して,p = (p)となるか,ある素数 pと多項式 f(X) ∈ Z[X](ただし,f(X)は

(Z/pZ)[X]の既約多項式)が存在して,p = (p, f(X))となることを示せ.

注意:(b) Z → Z/pZ, a 7→ aを自然な準同型写像とする.f(X) = a0Xd+· · ·+ad ∈ Z[X]に対して,f(X) = a0X

d+· · ·+ad ∈(Z/pZ)[X]とおいている.

ヒント:(a) S = Z r 0とおくと,p∩S = ∅である.命題 3.8(b)より,このような pは,S−1(Z[X]) = Q[X]の素イデアル

P と対応する.Q[X]の素イデアルは (0)か (f(X))(f(X)は Q[X]の既約多項式)の形をしている.(b) p∩Z = (p)とする.

命題 1.38より,Z[X]の pZ[X]を含む素イデアルの集合と,Z[X]/pZ[X] ∼= (Z/pZ)[X]の素イデアルの集合には全単射が存

在する.Z/pZは体なので,(Z/pZ)[X]の素イデアルは (0)か (f(X))(f(X)は (Z/pZ)[X]の既約多項式)の形をしている.

問 5.7. Aを環,S を積閉集合とする.

(a) Aが PIDのとき,S−1Aも PIDであることを示せ.(ヒント:命題 3.8(a)を用いる.)(b) Aが UFDのとき,S−1Aも UFDであることを示せ.(ヒント:命題 3.8(b)を用いる.)

問 5.8. K は体とする.

(a) K ⊆ A ⊆ K[X]をみたすK[X]の任意の部分環 Aは,ネター環であることを示せ.

(b) K ⊆ B ⊆ K[X, Y ]をみたすK[X, Y ]の部分環 B で,ネター環でないものをひとつ挙げよ.

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2011年度 代数学 2 レジュメ 6

環上の加群の基礎

Aは環とする(以前と同様,単位元をもつ可換環と仮定する).ここでは,A上の加群の定義や加群の準同型定

理など,環上の加群の基本的な性質を説明する.また,加群の直積,直和,自由加群について説明する.なお,A

が体 K のときには,K 上の加群は K 上のベクトル空間に他ならない.この意味で,線形代数の理論は,体上の

加群の理論と見なせる.例えば,ベクトル空間の線形写像の次元公式は,加群の準同型定理から従う.また,環上

の加群の理論を用いて,線形代数のケーリー・ハミルトンの定理の別証明を与えることができる.

6.1 加群の定義と例

A,M を集合とするとき,集合の直積 A × M からM への写像を AのM への作用という.

定義 6.1. Aを環(つまり,単位元をもつ可換環),M を集合とする.加法 +と,環 Aの作用

A × M → M, (a, m) 7→ am

が定まった集合M が A-加群(A-module)(A上の加群)であるとは,次の条件を満たすときにいう.

(i) 任意の l,m, n ∈ M に対して,(l + m) + n = l + (m + n)である.(和の結合法則)

(ii) 任意のm,n ∈ M に対して,m + n = n + mである.(和の交換法則)

(iii) 零元とよばれる元 0 ∈ M が存在して,任意のm ∈ M に対して,m + 0 = 0 + m = mである.(零元の存在)

(iv) 任意の m ∈ M に対して,m + n = n + m = 0となる元 n ∈ M が存在する.この nを −mと書く.(和に

関する逆元の存在)

(v) 任意の a, b ∈ Aと任意のm ∈ M に対して,(ab) m = a(bm)である.

(vi) 任意の a, b ∈ Aと任意のm ∈ M に対して,(a + b)m = a m + b mが成り立つ.

(vii) 任意の a ∈ Aと任意のm, n ∈ M に対して,a (m + n) = am + anが成り立つ.

(viii) Aの単位元 1と任意のm ∈ M に対して,1 m = mが成り立つ.

注意. (a) 条件 (i)–(iv)は,「M が加法 +に関して,アーベル群をなす」と一言でいえる.

(b) Aが非可換環のときには,上のM は左 A-加群(left A-module)とよばれる.上の定義で,AのM への作用を,右から

に変えたもの(つまり,M ×A → M, (m, a) 7→ m aに変えたもの)は右 A-加群(right A-module)とよばれる.Aが可

換環のときは,m a = a mとおくことにより,左 A-加群には右 A-加群の構造が入り,逆も成り立つので,単に A-加群という.

問 6.1. 条件 (i)–(viii)から次が導かれることを示せ.(a) 条件 (iii)をみたす零元 0はただ一つである.

(b) M の各元mに対し,条件 (iv)をみたす nはただ一つである.(そこで,この一意的な元を −mと書く.)

(c) Aの任意の元 a ∈ Aについて,a 0 = 0である.(この 0はM の零元である.)

(d) M の任意の元m ∈ M について,0 m = 0である.(左辺の 0は Aの零元,右辺の 0はM の零元である.)

(e) 任意の m ∈ M に対し,(−1)m = −m である.(右辺は m ∈ M に −1 ∈ A を作用させたもの.左辺は (b) の −m で

ある.)

例 6.2. (a) Aが体K のとき,M がK-加群というのは,M がK 上のベクトル空間ということに他ならない.

(b) I を Aのイデアルとすると,I は A-加群である.ただし,Aの I への作用は,Aの積から定まるものとする.従って,A

自身も A-加群とみなせる.(c) I を Aのイデアルとすると,A/I は A-加群である.ただし,Aの A/I への作用は,Aの積から定まるものとする.

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(d) Gをアーベル群とする.Zの Gへの作用を,n ∈ Zと g ∈ Gに対して,nが正のときは n g = g + g + · · · + g ∈ G(n

個の和)で,n = 0のときは,0 g = 0 ∈ G,nが負のときは n g = (−g) + · · ·+ (−g) ∈ G(|n|個の和)で定める.この作用に関して,Gは Z-加群になる.したがって,任意のアーベル群は Z-加群とみなせる.

(e) K を体,A = K[X]を一変数多項式環とする.K の元を成分とする n × n行列 P を一つとり固定する.M = Kn とし,

A = K[X]のM = Kn への作用を,f(X) ∈ K[X]と v ∈ Kn に対して,f(X)v := f(P )v ∈ Kn で定める(例えば,

f(X) = X2 + X + 1のときは,En を単位行列として f(P )v = (P 2 + P + En)v ∈ Kn である).この作用に関して,

Kn はK[X]-加群になる.

6.2 部分加群,有限生成加群,剰余加群,加群の準同型写像,準同型定理

部分加群,有限生成加群

定義 6.3 (部分加群). Aは環とする.A-加群M の空でない部分集合N が,M の部分 A-加群(A-submodule)(A-

部分加群ともいう)とは次の 2条件をみたすときにいう.

(i) 任意の a ∈ Aと任意の n ∈ N に対して,an ∈ N である.(N は Aの作用で閉じている.)

(ii) 任意のm,n ∈ N に対して,m + n ∈ N である.(N は和に関して閉じている.)

注意. (a) Aが体K のとき,K-加群M はK 上のベクトル空間に他ならなかった.このとき,M の部分K-加群は,部分ベクトル空間に他ならない.

(b) 環 A自身を A-加群とみなすとき,Aの部分 A-加群は,Aのイデアルに他ならない.

(c) (a)(b)より,イデアルは部分ベクトル空間に「似ている」といってもいいかもしれない.

線形代数で,部分ベクトル空間はそれ自身ベクトル空間になることをみた.同様に,部分 A-加群はそれ自身

A-加群になる.

例 6.4. A を環,I を A のイデアル,M を A-加群とする.IM := x1m1 + · · · + xnmn | n ≥ 1, m1, . . . , mn ∈M, x1, . . . , xn ∈ Iとおくと,IM はM の部分 A-加群になる.

U を A-加群M の部分集合とする.このとき,

(6.6) 〈U〉 := a1u1 + · · · + anun | n ≥ 1, u1, . . . , un ∈ U, a1, . . . , an ∈ A

とおき,〈U〉を U で生成される(generated)M の部分 A-加群という.

適当な有限集合 U をとると,M = 〈U〉となるとき,M を有限生成 A-加群(finitely generated A-module, finite

A-module)という.

剰余加群

Aを環,M を A-加群,N をM の部分 A-加群とする.x, y ∈ M に対し,x ∼ ydef⇐⇒ x− y ∈ N と定める

と,∼は同値関係になる.同値類のなす集合をM/N と書く.x ∈ M を含む同値類は x + N := x + n | n ∈ Nで与えられる.x, y ∈ M,a ∈ Aとして,同値類の集合M/N に,

(x + N) + (y + N) := (x + y) + N,

a (x + N) := ax + N

で和と Aの作用を定義する.

定理 6.5. M/N は上の和と Aの作用に関して A-加群になる.M/N の零元は 0 + N であり,x + N の和に関す

る逆元は −x + N である.

M/N をM の N による剰余 A-加群(residue class module)(A-剰余加群ともいう)という.

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注意. 同値類 x + N を xと書くこともある.この書き方に従うと,和と Aの作用はそれぞれ,x + y := x + y,a x := a xと

なる.また,M/N の零元は 0となる.

問 6.2. Aを環,M を A-加群とする.m ∈ M がねじれ元(torsion element)であるとは,Aの零因子でない元 a ∈ Aが存在

して,am = 0となるときにいう.T (M) := m ∈ M | mはねじれ元 とおく.(a) T (M)はM の部分 A-加群であることを示せ.(b) 剰余 A-加群M/T (M)は,0以外のねじれ元を持たないことを示せ.

加群の準同型写像,準同型定理

定義 6.6 (準同型写像). A を環,M,N を A-加群とする.写像 ϕ : M → N が A-加群の準同型写像(A-module

homomorphism, A-linear)であるとは,次の条件をみたすときにいう.

(i) 任意のm1,m2 ∈ M に対して,ϕ(m1 + m2) = ϕ(m1) + ϕ(m2).

(ii) 任意の a ∈ Aと任意のm ∈ M に対して,ϕ(am) = aϕ(m).

注意. Aが体K のとき,K-加群の準同型写像は,K 上のベクトル空間の間の線形写像に他ならない.

問 6.3. f : Z → Zを Z-加群の準同型写像とする.f(1) = aとおく.このとき,任意の x ∈ Zに対して,f(x) = axを示せ.

A-加群の準同型写像 ϕ : M → N が全単射のとき,ϕを A-加群の同型写像(isomorphism)という.これは,A-

加群のある準同型写像 ψ : N → M が存在して,ϕ ψ = IdN かつ ψ ϕ = IdM となることと同値である(Idは

恒等写像を表す).2つの A-加群M,N の間に A-加群の同型写像が存在するとき,M と N は A-加群として同型

であるといい,M ∼= N と表す.

定義 6.7 (核と像). Aを環,ϕ : M → N を A-加群の準同型写像とする.

(a) ϕの核(kernel)は,Ker ϕ := m ∈ M | ϕ(m) = 0で定義される.(b) ϕの像(image)は,Im ϕ := ϕ(m) ∈ N | m ∈ Mで定義される.

命題 6.8. Aを環,ϕ : M → N を A-加群の準同型写像とする.

(a) N ′ を N の部分 A-加群とするとき,ϕ−1(N ′) = m ∈ M | ϕ(m) ∈ N ′はM の部分 A-加群である.特に,

Ker ϕはM の部分 A-加群である.

(b) M ′ をM の部分 A-加群とするとき,ϕ(M ′) = ϕ(m) ∈ N | m ∈ M ′ は N の部分 A-加群である.特に,

Im ϕは N の部分 A-加群である.

定理 6.9 (準同型定理). Aは環とする.A-加群の準同型写像 ϕ : M → N は,A-加群の同型写像

ϕ : M/Kerϕ∼=−→ Im ϕ

を導く.ϕは,ϕ(m + Kerϕ) = ϕ(m)で与えられる.

注意. Aが体K のとき,K-加群の準同型写像 ϕ : V → W は,K 上のベクトル空間 V からW への線形写像に他ならなかっ

た.準同型定理 ϕ : V/Kerϕ∼=−→ Im ϕ は,ベクトル空間として,V/Kerϕ(商ベクトル空間)と Im ϕ が同型であることを

いっている.特に両者の次元を考えると,dim(V/Kerϕ) = dim V − dimKerϕに注意して,dim V − dimKerϕ = dim Im ϕ

を得る.これは次元公式に他ならない.

定義 6.10. M をA-加群,N1, N2をN の部分A-加群とする.このとき,N1+N2 = n1+n2 | n1 ∈ N1, n2 ∈ N2とおく.N1 + N2 はM の部分 A-加群になる.

系 6.11. (a) Aを環,N を A-加群,L,M を N の部分 A-加群とする.このとき,A-加群の同型 (M + L)/L ∼=M/(M ∩ L)が存在する.

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(b) A を環,N を A-加群,L,M を N の部分 A-加群で L ⊆ M とする.このとき,A-加群の同型 N/M ∼=(N/L)/(M/L)が存在する.

注意. 準同型定理 6.9は第1同型定理,系 6.11(a)は第2同型定理,系 6.11(b)は第3同型定理とよばれることがある.

6.3 加群の直積,直和,自由加群

Aは環とする.Mλλ∈Λ を A-加群の集合とする.(Λは添字集合.Mλ の中には同じものがあってもよい.)

定義 6.12 (直積). 各 λに対して,mλ ∈ Mλ をとりだして並べた列全体

(. . . ,mλ, . . .) | mλ ∈ Mλ

を Mλλ∈Λ の直積(direct product)といい,∏λ∈Λ

Mλ で表す.∏λ∈Λ

Mλ には,成分ごとの和と Aの作用が

(. . . ,mλ, . . .) + (. . . ,m′λ, . . .) := (. . . ,mλ + m′

λ, . . .)

a (. . . ,mλ, . . .) := (. . . , amλ, . . .)

で定まり,A-加群になる.

定義 6.13 (直和). Mλλ∈Λ を上の通りとし,∏λ∈Λ

Mλ の部分集合

(. . . ,mλ, . . .) ∈∏λ∈Λ

Mλ | 有限個の λを除いてmλ = 0

を Mλλ∈Λ の直和(direct product)といい,⊕λ∈Λ

Mλ で表す.⊕λ∈Λ

Mλ は,直積∏λ∈Λ

Mλ の部分 A-加群になる.

注意. Λが有限集合 λ1, . . . , λnのとき,直積Qn

i=1 Mλi = Mλ1 × · · · × Mλn と直和Ln

i=1 Mλi = Mλ1 ⊕ · · · ⊕ Mλn は

A-加群として同型である.

環 A自身を A-加群とみなして,添字集合の各元 λ ∈ Λについて,Mλ = Aのときを考える.このときの直和⊕λ∈Λ

Mλ を A⊕Λ と表す.特に,添字集合 Λが n個の元からなるときは,A⊕nと表す.

注意. A-加群 A⊕n を An と書くことも多い.例えば,Aが体 Rのときは,R-ベクトル空間 R⊕n は通常 Rn と書く.

定義 6.14 (自由加群). Aは環とする.A-加群M が自由 A-加群(free A-module)(A-自由加群)であるとは,M

が,ある A⊕Λ と A-加群として同型になるときにいう.特に,Λが n個の元からなるとき,nをM の階数(rank)

という(命題 6.16参照).

注意. (a) Aが体K のとき,0でないK-加群はいつも自由加群である.線形代数の言葉でいえば,0でない任意のK 上のベ

クトル空間は,あるK⊕Λ とベクトル空間として同型である.

(b) Aが体K で,M が有限次元ベクトル空間のとき,上で定めたM の階数はベクトル空間M の次元に他ならない.(線形

代数の行列の階数とは違うものである.)

(c) Z/2Zは Z-加群であるが,自由 Z-加群ではない.([1] ∈ Z/2Zは 2[1] = [0]となることに注意する.)

(d) Q は Z-加群であるが,自由 Z-加群ではない.(任意の a ∈ Q に対して,2b = a となる b ∈ Q が存在することに注意する.)

問 6.4. Aは環,I は Aの 0でないイデアルとする.このとき,A/I は A-加群として自由 A-加群でないことを示せ.

定義 6.15. Aを環,M を自由 A-加群とする.M の部分集合 U = uλλ∈Λ は以下の条件をみたすとき,M の自

由基底(free basis)とよぶ.

(i) Λの任意の有限個の元 λ1, . . . , λn と Aの任意の元 a1, . . . , an について,  a1uλ1 + · · ·+ anuλn = 0ならば,

a1 = · · · = an = 0である.

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(ii) M = 〈U〉である(〈U〉については (6.6)を参照).すなわち,任意のm ∈ M に対して,n ≥ 1と有限個の元

λ1, . . . , λn ∈ Λと a1, . . . , an ∈ Aが存在して,m = a1uλ1 + · · · + anuλnと表される.

注意. (a) 自由 A-加群 A⊕Λ において,eλ = (. . . , 0, 1, 0, . . .) ∈ A⊕Λ を,添字 λのところのみ 1で他は 0の元とする.この

とき,U = eλλ∈Λ は A⊕Λ の自由基底である.

(b) M を自由A-加群とし,A-加群の同型写像 ϕ : A⊕Λ → M をとる.このとき,(a)の eλλ∈Λ を用いて,uλ = ϕ(eλ) ∈ M

とおけば,U = uλλ∈Λ はM の自由基底である.よって,自由 A-加群には常に自由基底が存在する.(c) A-加群M に対し,定義 6.4の (i)(ii)をみたすようなM の部分集合 U = uλλ∈Λ が存在すれば,M は自由 A-加群になる.(M は A⊕Λ に A-加群として同型になる.)

(d) Aが体のときは,自由基底はベクトル空間の基底に他ならない.

命題 6.16. Aを環,M を自由 A-加群とする.このとき,M の自由基底 U に現れる元の個数(U が無限集合のと

きは,濃度)は,自由基底の取り方によらず,M からのみ定まる.

6.4 行列式のトリック:ケーリー・ハミルトンの定理と中山の補題

環 A上の有限生成加群に対してよく使われる手法に,行列式のトリック(determinant trick)とよばれるものが

ある.以下,これを使って,線形代数で習ったケーリー・ハミルトンの定理の別証明を与える.また,同様の方法

で,中山の補題とよばれる定理の証明を与える.

線形代数では,行列の成分は体 K の元であった.しかし,成分が環の元である行列も考えられる.まず,成分

が環の元である行列について少し説明しよう.

A を環(今まで通り,単位元をもつ可換環と仮定する)とする.T = (tij) が A を成分にもつ n 次正方行列

とは,tij ∈ A であるような n 行 n 列の行列である.A に成分にもつ n 次正方行列全体を,Mn,n(A) で表す.

T1, T2 ∈ Mn,n(A)に対して,和 T1 + T2 ∈ Mn,n(A),積 T1 T2 ∈ Mn,n(A)が,Aが体のときと全く同様に定義さ

れる.さらに,T = (tij) ∈ Mn,n(A)に対して,行列式が

(6.7) det(T ) =∑

σ∈Sn

sign (σ)t1σ(1) · · · tnσ(n) ∈ A

が,やはり体のときを同じように定義される.T から第 i 行と j 列をとりさった行列を T ij とおき,∆ij :=

(−1)i+j det(T ij) ∈ Aを T の第 (i, j)余因子という.線形代数でみたのと同じように,成分が環の行列について

も,行と列の展開公式が成り立つ.例えば,j 行に関する展開公式から次が成り立つ.

(6.8)n∑

j=1

∆kjtij =

det(T ) (i = k のとき)0 (i 6= k のとき)

ケーリー・ハミルトンの定理(再訪)

定理 6.17 (ケーリー・ハミルトンの定理). K を体とし,K[X]を一変数多項式環とする.P = (pij) ∈ Mn,n(K)

をK の元を成分とする n × n行列とし*3,Φ(X) = det(XEn − P ) = Xn + c1Xn−1 + · · · + cn ∈ K[X]を P の

固有多項式とする.このとき,Pn + c1Pn−1 + · · · + cnEn = O ∈ Mn,n(K)である.

証明の概略. Kn に K[X]-加群の構造を,f(X) ∈ K[X] と v ∈ Kn に対して,f(X)v := f(P )v ∈ Kn で定める

(例 6.2(d)参照).例えば,f(X) = X2 + X + 1ならば,f(X)v = (P 2 + P + En)v である.

特に,Kn の標準基底を e1, . . . , en とするとき,Xej = Pej =Pn

i=1 pijei となる.これは, δij はクロネッカーの記号と

して,Kn の等式として,nX

i=1

(Xδij − pij)ei = 0 (j = 1, . . . , n)

*3 記号 P = (pij)のかわりに A = (aij)を使いたいところだが,Aは環の記号と紛らわしいので P を用いる.

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を意味している.K[X]の元を成分とする n × n行列 T を T = (Xδij − pij) ∈ Mn,n(K[X])で定める.このとき,(6.7)で定まる T の行列式 det(T ) ∈ K[X]は,P の固有多項式 Φ(X)に他ならない*4.T の第 (i, j)余因子を ∆ij ∈ K[X]とおく.

上の式に∆kj をかけて,j = 1, . . . nまで足し合わせる.(6.8)を用いると,Kn の等式として,

0 =

nX

j=1

nX

i=1

∆kj(Xδij − pij)ei = det(T ) ek (k = 1, . . . n)

が成り立つ.det(T ) = Φ(X)であったことと,K[X]のKn の作用が,f(X)v := f(P )v ∈ Kn であったことを思い出すと,

上の式は,Kn の等式として,(P n + c1P

n−1 + · · · + cnEn)ek = 0 (k = 1, . . . n)

を示している.e1, . . . , en はKn の標準基底だったので,n × n行列として,P n + c1Pn−1 + · · · + cnEn = O を得る.

中山の補題

Aを環とする.r =

⋂m

m (mは Aの極大イデアルすべてを動く)

とおく.イデアル rを Aのジャコブソン根基(Jacobson radical)という.

a ∈ rのとき,1 + aは Aの単元である. 実際,背理法で,1+aが単元でないとすると,I = (1+a)は I 6= A

をみたす Aのイデアルなので,I ⊆ mとなる Aの極大イデアル mが存在する.このとき,1 + a ∈ m, a ∈ mよ

り,1 ∈ mとなるが,これは矛盾である.

上のケーリー・ハミルトンの定理の証明と同様の方法で,中山の補題という(中山–東屋–Krullの補題ともいう)

次の定理が証明できる.Aのイデアル I とA-加群M に対して,IM = a1m1+ · · ·+anmn | n ≥ 1, a1, . . . , an ∈I, m1, . . . ,mn ∈ Mとおく.

定理 6.18 (中山の補題). A は環,I は I ⊆ r をみたす A のイデアル,M は有限生成 A-加群とする.このとき,

M = IM ならば,M = 0が成り立つ.

証明の概略. M は A-加群として ω1, . . . , ωn ∈ M で生成されるとする.このとき,M = IM だから,ある aij ∈ I

(1 ≤ i, j ≤ n)が存在して,ωj =Pn

i=1 aijωi と表せる.これは, δij をクロネッカーの記号として,M の等式として,

nX

i=1

(δij − aij)ωi = 0 (j = 1, . . . , n)

を意味している.

Aの元を成分とする n × n行列 T を T = (δij − aij) ∈ Mn,n(A)で定める.T の第 (i, j)余因子を∆ij ∈ Aとおく.上の

式に∆kj をかけて,j = 1, . . . nまで足し合わせる.(6.8)を用いると,M の等式として,

0 =

nX

j=1

nX

i=1

∆kj(δij − aij)ωi = det(T ) ωk (k = 1, . . . n)

が成り立つ.det(T ) の定義から,c ∈ I が存在して,det(T ) = 1 + c と表せる.従って,M の等式として,(1 + c)ωk =

0 (k = 1, . . . n)である.I ⊆ r なので,1 + cは Aの単元である.従って,ω1 = · · · = ωn = 0となる.ω1, . . . , ωn はM

を生成元なので,M = 0である.

系 6.19. Aは環,I は I ⊆ rをみたす Aのイデアルとする.M は A-加群,N はM の部分 A-加群で,剰余 A-加

群M/N は有限生成 A-加群とする.このとき,M = N + IM ならば,M = N が成り立つ.

証明の概略. 剰余 A-加群M = M/N を考えると,IM = M となる.中山の補題よりM = 0.よって,M = N.

*4 P の固有多項式は det(XEn −P )と定義するので,実は線形代数でも,成分が環K[X]の元である行列とその行列式は登場している.

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2011年度 代数学 2 レジュメ 7

単項イデアル整域(PID)上の有限生成加群,単因子論

環 Aが体K のときは,K-加群はK 上のベクトル空間であり,その理論は線形代数学,線形代数学続論で習っ

た.では,体の次に簡単といっていいかもしれない整数環 Zや体 K 上の一変数多項式環 K[X]上の加群はどの

ような性質をもつだろうか?  Zや K[X]は単項イデアル整域(PID)であった.ここでは,単因子論とよばれ

る PID上の有限生成加群の理論について説明する.単因子論を PIDとして Zの場合に適用すると,群論における有限アーベル群の基本定理が導かれる.また,時間の都合上,講義では扱わないが,この構造定理を PIDとして

C[X]の場合に適用すると,線形代数におけるジョルダンの標準形の別証明が得られる.

7.1 単項イデアル整域(PID)上の有限生成加群の構造定理,単因子論

Aを環とする.まず,記号を準備する.

Mm,n(A) := Aの元を成分とするm × n行列

とおく.また,

GLm(A) := P ∈ Mm,m(A) | det(P )は Aの単元 = P ∈ Mm,m(A) | X ∈ Mm,m(A)が存在して,PX = XP = Em

とおく.P ∈ GLm(A)に対して,上のX を P−1 と書く.P−1 ∈ GLm(A)である.例えば,

(1 1

0 1

)∈ GL2(Z)

だが,

(1 0

0 2

)は GL2(Z)の元でない.

定理 7.1. Aを単項イデアル整域(PID),X ∈ Mm,n(A)とする.このとき,P ∈ GLm(A)と Q ∈ GLn(A)を適

当にとると,Aの元 e1, e2, . . . , er(ei 6= 0)で,ei|ei+1(i = 1, . . . , r − 1)をみたすものが存在して,

(7.9) PXQ =

e1 0. . .er

0. . .

0 0

と書ける.さらに,e1, e2, . . . , er は,A の単元倍の違いを除いて,P,Q の取り方によらず,X から一意的に決

まる.

(7.9)における e1, . . . , er を行列 X の単因子(elementary divisor)という.

定理 7.2. Aを単項イデアル整域(PID),F を階数が nの自由 A-加群,N を F の部分 A-加群とする.このとき,

F の自由基底 u1, u2, . . . , unと Aの元 e1, e2, . . . , er(r ≤ n,ei 6= 0)で,ei|ei+1(i = 1, . . . , r − 1)をみたす

ものが存在して,N は e1u1, e2u2, . . . , erurを自由基底とする階数 r の自由 A-加群になる.さらに,Aのイデ

アルの集合 (e1), (e2), . . . , (er)は,F の自由基底の取り方によらず,F と N から一意的に決まる.

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定理 7.3. Aを単項イデアル整域(PID),M を有限生成 A-加群とする.このとき,0以上の整数 r, sと Aの 0で

も単元でもない元 e1, e2, . . . , er で,ei|ei+1(i = 1, . . . , r − 1)をみたすものが存在して,

(7.10) M ∼= A/(e1) ⊕ A/(e2) ⊕ · · · ⊕ A/(er) ⊕s 個︷ ︸︸ ︷

A ⊕ · · · ⊕ A (A-加群の同型)

となる.さらに,さらに,r と e1, e2, . . . , er は,Aの単元倍の違いを除いて,M の直和への分解の表し方によら

ず,M から一意的に決まる.

(7.10)における A/(e1)⊕A/(e2)⊕ · · · ⊕A/(er)をM のねじれ部分(torsion part),A⊕s =

s 個︷ ︸︸ ︷A ⊕ · · · ⊕ Aを A

の自由部分(free part),(e1, e2, . . . , er,

s 個︷ ︸︸ ︷0, . . . , 0)を Aの単因子型(type of elementary divisors)という.

注意. PID は UFD であったので,ei = pni1i1 · · · pnis

is (pij は A の素元で j 6= j′ のとき (pij) 6= (pij′))とすると,中国剰

余定理から,A-加群として A/(ei) ∼=Ls

j=1 A/(pnij

ij ) となる(剰余環を A-加群とみなしている).したがって,適当な素元p1, . . . , pt(i 6= i′ のとき (pi) 6= (pi′))が存在して,M ∼=

Lti=1

Luj=1 A/(p

mj

i ) ⊕ A⊕s と表せる.

例 7.4. A が体 K のときを考えよう.このとき,K-加群は K-ベクトル空間に他ならない.定理 7.1 は,線形代数で行列のrankのときに出てくる定理である.Aが体K のときは,e1 = · · · = er = 1ととれる.K の 0以外の任意の元は単元なので,

定理 7.2は,線形代数での,部分空間の基底を延長して元のベクトル空間の基底が構成されることを述べている.定理 7.3は,M がK のいくつかの直和とベクトル空間として同型であることを述べている.

例 7.5. Aが Zのときを考えよう.(a)で定理 7.1の例を,(b)で定理 7.2と定理 7.3の例を挙げる.

(a) X =

0

B

@

2 0

2 0

0 4

1

C

A

とおく,P =

0

B

@

1 0 0

−1 1 1

−1 1 0

1

C

A

, Q =

1 0

0 1

!

とおけば,P ∈ GL3(Z), Q = GL2(Z) で(実際,

det P = −1, det Q = 1は Zの単元である),PXQ =

0

B

@

2 0

0 4

0 0

1

C

A

となる.X の単因子は 2, 4である.(P, Qは Z上での

行列の基本変形を使って,見つけてこれる.詳しくは,7.3節参照.)(b) 定理 7.2の例として,F = Z3 (= Z⊕3)とする.N = n(2, 2, 0) + m(0, 0, 4) ∈ F | n, m ∈ Zとおく.N は F の部分

Z-加群である.F の自由基底として,例えば,u1 = (1, 1, 0), u2 = (0, 0, 1), u3 = (1, 0, 0)と Zの元 e1 = 2, e2 = 4が

とれ,e1|e2 であり,N は 2u1, 4u2を自由基底とする階数 2の自由 Z-加群になる.

定理 7.3 の例として,上の F, N に対して,M = F/N を考えよう.上の u1, u2, u3 は F の自由基底で,F = Zu1 +

Zu2 + Zu3, N = 2Zu1 + 4Zu2 である.従って,Z-加群として,M ∼= Z/(2) ⊕ Z/(4) ⊕ Zとなる.

なお,(a)のX を用いて,ϕ : Z2 → Z3 を

n

m

!

7→ X

n

m

!

で定めると,ϕは Z-加群の準同型写像で,N は Im ϕと等

しい(正確には転置をとって行を列に変える).上より,Z3/Im ϕ ∼= M ∼= Z/(2) ⊕ Z/(4) ⊕ Zである.

7.2 有限アーベル群,有限生成アーベル群の基本定理

アーベル群は Z-加群と思えた(例 6.2(d) 参照).Z は PID なので,定理 7.3 を用いると次が出る.以下では,

Z/(e)を Z/eZと書いている.

定理 7.6 (有限生成アーベル群の基本定理). 有限生成アーベル群 Gに対して,0以上の整数 r, sと,2以上の整数

e1, e2, . . . , er で,ei|ei+1(i = 1, . . . , r − 1)をみたすものが存在して,

G ∼= (Z/e1Z) × (Z/e2Z) × · · · × (Z/erZ) ×s 個︷ ︸︸ ︷

Z × · · · × Z (群の同型)

となる.さらに,r, sと e1, e2, . . . , erは Gから一意的に決まる.

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系 7.7 (有限アーベル群の基本定理). 有限アーベル群 G に対して,2 以上の整数 e1, e2, . . . , er で,ei|ei+1

(i = 1, . . . , r − 1)をみたすものが存在して,

G ∼= (Z/e1Z) × (Z/e2Z) × · · · × (Z/erZ) (群の同型)

となる.さらに,e1, e2, . . . , erは Gから一意的に決まる.

例 7.8. Gを位数 24のアーベル群とする.このとき,2以上の整数の組 (e1, e2, . . . , er)で,ei|ei+1 かつ,e1e2 · · · er = 24と

なるものは,(24), (2, 12), (2, 2, 6)のちょうど 3つある.従って,位数 24のアーベル群は,

Z/24Z, Z/2Z × Z/12Z, Z/2Z × Z/2Z × Z/6Z

のいずれかと群同型である.なお,Z/24Z ∼= Z/8Z × Z/3Z,Z/12Z ∼= Z/4Z × Z/3Z,Z/6Z ∼= Z/2Z × Z/3Zである.

7.3 行列の単因子に関する定理,有限生成加群の構造定理などの存在部分の証明

レジュメ 4 で,ユークリッド整域は PID であることを見た.ここでは,まず,簡単のため,PID の中でも

Aがユークリッド整域の場合に,定理 7.1の存在部分の証明をする.なお,ユークリッド整域は,Zや体上の一変数多項式環K[T ]などの重要な場合を含んでいる.Aが一般の PIDの場合は,この節の最後を参照してほしい.

定義 7.9 (ユークリッド整域の場合の基本変形). Aをユークリッド整域とする.X を Aの元を成分にもつ m × n

行列とする.次の操作を行に関する基本変形(fundamental transformation)という.

(i) i行と j 行(i 6= j)を入れ替える.

(ii) i行を u倍(u ∈ A×)する.

(iii) i行に j 行の c倍(c ∈ A)を加える.

上で,行を列に変えたもの((i)’, (ii)’, (iii)’)を列に関する基本変形という.

注意. Aが体K のときは,上の基本変形は,線形代数で習った(K の元を成分にもつ)行列の基本変形に他ならない.

1 ≤ i, j ≤ n(i 6= j)に対し,

Pn(i, j) =

0

B

B

B

B

B

B

B

B

B

B

B

B

B

@

1 0. . .

0 1

. . .1 0

. . .0 1

1

C

C

C

C

C

C

C

C

C

C

C

C

C

A

, Qn(i, u) =

0

B

B

B

B

B

B

B

@

1 0. . .

u

. . .0 1

1

C

C

C

C

C

C

C

A

, Rn(i, j, c) =

0

B

B

B

B

B

B

B

B

B

B

B

B

B

@

1 0. . .

1 c

. . .1

. . .0 1

1

C

C

C

C

C

C

C

C

C

C

C

C

C

A

とおく.このとき,Pn(i, j), Qn(i, u), Rn(i, j, c) は GLn(A) の元である.行の基本変形 (i), (ii), (iii) は,それぞ

れ,Pn(i, j), Qn(i, u), Rn(i, j, c)をM に左からかけることで得られる.列の基本変形 (i)’, (ii)’, (iii)’は,それぞ

れ,Pm(i, j), Qm(i, u), Rm(i, j, c)をM に右からかけることで得られる.

F 定理 7.1の存在部分の証明の概略:ユークリッド整域の場合X,Y ∈ Mm,n(A)が,行と列の基本変形を繰り返して互いに移り合うとき,X, Y は対等であるといい,X ∼ Y と書く.

d : A r 0 → Z≥0 をユークリッド整域の定義に表れる写像とする.X 6= O として考えればよい.X と対等な行列の中

で,その (1, 1)成分 e1 が 0でなく dをとった値が最小になるものをX ′ とする.つまり,X ∼ Y とすると,Y の (1, 1)成分

b11 は b11 6= 0ならば,d(e1) ≤ d(b11)をみたす.

このとき,行と列の基本変形を繰り返して,

(7.11) X ∼ X ′ =

0

B

B

B

@

e1 a12 · · · a1n

a21 a22 · · · a2n

......

. . ....

am1 am2 · · · amn

1

C

C

C

A

0

B

B

B

@

e1 0 · · · 00... Xm−1,n−1

0

1

C

C

C

A

29

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とできる.Xm−1,n−1 に行列のサイズに関する帰納法を用いると,X を行と列の基本変形で (7.9)の右辺の形にもっていけることが分かる.

このとき,e1|e2 をいう.もしそうでないとすると,e2 = qe1 + r で,r 6= 0かつ d(r) < d(e1)となる q, r ∈ Aがとれる.

行と列の基本変形で,r を (1, 1)成分とする行列が作れる.これは e1 の取り方に反する.

注意 (一般の PIDの場合について). Aが一般の PIDのときは,行列の基本変形の定義を少し変える(ただし,Aがユークリッ

ド整域のときには同じ定義になる).このとき,基本変形を繰り返して,ユークリッド整域の場合と同様に,(7.11)の形に変形できることがいえ,定理 7.1の存在部分が証明できる.[森田, IV.5]または [堀田, §12]なども参照してほしい.

PID上の有限生成加群の構造定理(定理 7.3)と PID上の有限階数自由加群の部分加群に関する定理(定理 7.2)

の証明のために,準備として,次の命題を示す.

命題 7.10. Aを単項イデアル整域(PID),F を階数が nの自由 A-加群,N を F の部分 A-加群とする.このと

き,N は自由 A-加群である.また,N の階数 r は r ≤ nをみたす.

証明の概略: nに関する帰納法で証明する.まず,n = 1とする.F の自由基底を uとする.このとき

ϕ : A∼−→ F, a 7→ au

は A-加群の同型になる.N 6= 0の場合を考えればよい.I = ϕ−1(N)とおくと,I は Aのイデアルである.Aは PIDなので,I = (e)となる 0 6= e ∈ Aがとれる.このとき,N は euを自由基底とする自由 A-加群である.

n が一般のときを考える.F の自由基底を u1, . . . , un−1, un とする.F ′ = Au1 + · · · + Aun−1 とおく.F ′ は

u1, . . . , un−1 を自由基底とする F の自由部分 A-加群である.N ′ = F ′ ∩ N とおく.N ′ は F ′ の部分加群なので,

帰納法より,N ′ は自由 A-加群である.N ′ の自由基底を v1, . . . , vsとおく.帰納法の仮定より,s ≤ n − 1である.

f : F → A, a1u1 + · · · + an−1un−1 + anun 7→ an

とおく.Kerf = F ′ である.I = f(N)とおく.すると,I は Aのイデアルになる.Aは PIDなので,I = (a)となる a ∈ A

がとれる.a = 0 のときは,N = N ′ となるから,N は v1, . . . , vs を自由基底とする自由 A-加群であり,その階数 s は

n − 1以下(特に n以下)である.a 6= 0のときは,f(v) = aとなる v ∈ N をとる.このとき,N は v1, . . . , vs, vを自由基底とする自由 A-加群であり,その階数 s + 1は n以下である.

F 定理 7.2の存在性の証明の概略

命題 7.10 より,N は自由 A-加群である.F の自由基底を x1, . . . , xn,N の自由基底を y1, . . . , yr(r ≤ n)とお

く.yi ∈ F より,

0

B

B

@

y1

...yr

1

C

C

A

= X

0

B

B

@

x1

...xn

1

C

C

A

となる r × n 行列 X ∈ Mr,n(A) がとれる.定理 7.1 を用いて,P ∈ GLm(A) と

Q ∈ GLn(A) を適当にとると,PXQ は (7.9) の形になる.このとき,

0

B

B

@

v1

...vr

1

C

C

A

= P

0

B

B

@

y1

...yr

1

C

C

A

,

0

B

B

@

u1

...un

1

C

C

A

= Q−1

0

B

B

@

x1

...xn

1

C

C

A

とお

く.P ∈ GLm(A), Q ∈ GLn(A) だから,u1, . . . , un は F の自由基底 ,v1, . . . , vr は N の自由基底である.さらに,0

B

B

@

v1

...vr

1

C

C

A

= PMQ

0

B

B

@

u1

...un

1

C

C

A

となる.PXQ の形より,vi = eiui(i = 1, . . . , r)となる.

F 定理 7.3の存在部分の証明の概略

M を有限生成 A 加群とする.m1, . . . , mt を M の生成元とする.ϕ :

t 個z

|

A ⊕ · · · ⊕ A → M, (x1, . . . , xt) 7→ x1m1 +

· · · + xtmt は A-加群の全射準同型写像である.N := Kerϕ とおく.また,F =

t 個z |

A ⊕ · · · ⊕ A とおく.準同型定理より,

M = Im ϕ ∼= F/N である.N は自由 A-加群 F の部分 A-加群であるから,定理 7.2から,N の自由基底と F の自由基底を

上手に選ぶと,定理 7.2のようにできる.このとき,

M ∼= F/N ∼= A/(e1) ⊕ A/(e2) ⊕ · · · ⊕ A/(er) ⊕t − r 個

z |

A ⊕ · · · ⊕ A (A-加群の同型)

30

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が成り立つ.s = t − r とおく.ei が A の単元のときは,(ei) = A だから A/(ei) = 0 となる.このような ei を取り除くと,

定理 7.3 で求めたい形を得る.

問 7.1. (a) A = Zとする.次の 3 × 3行列 X ∈ M3,3(Z)を行と列の基本変形を繰り返して,(7.9)の形にすることで,X の

単因子を求めよ.(Zの単数は ±1だから,e1, e2, e3 は ±1倍の違いを除いてそれぞれ一意的に定まる.)

X =

0

@

1 2 37 8 910 11 12

1

A

(b) K を体とし,A = K[T ]とする.次の 3 × 3行列 Y ∈ M3,3(K[T ])を行と列の基本変形を繰り返して,(7.9)の形にすることで,Y の単因子を求めよ.(K[T ]の単数は K r 0だから,e1, e2, e3 はK の 0でない元の倍数の違いを除いてそ

れぞれ一意的に定まる.)

Y =

0

@

T − 1 −1 −1−1 T − 1 −1−1 −1 T − 1

1

A

問 7.2. (a) ϕ : Z3 → Z3 を,問 7.1(a)のX によって定まる Z-加群の準同型写像とする.このとき,Z-加群 Z3/ Im ϕの構造

を求めよ.(例 7.5参照.なお,Z3 = Z⊕3 = Z ⊕ Z ⊕ Zのことである.)(b) K を体とし,A = K[T ]とする.ψ : A3 → A3 を,問 7.1(b)の Y によって定まる A-加群の準同型写像とする.このとき,A-加群 A3/ Im ψ の構造を求めよ.(なお,A3 = A⊕3 = A ⊕ A ⊕ Aのことである.)

7.4 行列の単因子に関する定理,有限生成加群の構造定理などの一意性の証明

F 定理 7.1の一意性の証明の概略k = minm, nとおく.1 ≤ i ≤ k に対して,X の i次小行列式全体で生成された Aのイデアル(仮定より単項イデアル

になる)の生成元を∆i とする.∆1, . . . , ∆k を,X の行列式因子(determinantal divisor)とよぶ.このとき,X の行列式因子は,行列の基本変形で変わらない(単元倍の違いは気にしない).すなわち,X と Y が対等のと

き,X の行列式因子と Y の行列式因子は(単元倍の違いを除いて)一致する.

一方,(7.9)の右辺の形の行列の行列式因子は,順に以下で与えられる.

e1, e1e2, . . . , e1e2 · · · er, 0, . . . , 0

δ1 = e1, δ2 = e1e2, . . . , δr = e1e2 · · · er, δr+1 = 0, . . . , δk = 0とおく.上に述べたことから,δ1, . . . , δk は(単元倍の違い

を除いて)X の行列式因子と一致する.従って,δ1, . . . , δk は,(単元倍の違いを除いて)X から一意的に定まる.

r は δr 6= 0 かつ δr+1 = 0 を満たす数であり,e1, e2, . . . , er は e1 = δ1, e2 = δ2/δ1, . . . er = δr/δr−1 であるから,r と

e1, . . . er もX から(単元倍の違いを除いて)一意的に定まる.

問 7.3. (a) 問 7.1(a)の行列X の単因子を,X の行列式因子を計算する方法で求めよ.

(b) 問 7.1(b)の行列 Y の単因子を,Y の行列式因子を計算する方法で求めよ.

F 定理 7.3の一意性の証明の概略M ∼= A/(e1) ⊕ A/(e2) ⊕ · · · ⊕ A/(er) ⊕ A⊕s に対して,T (M) := m ∈ M | Aの元 a 6= 0が存在して,am = 0とお

く.T (M) ∼= A/(e1)⊕A/(e2)⊕ · · · ⊕A/(er)であり,M/T (M) ∼= A⊕s である.(問 6.2も参照.なお,ここでは Aは整域

なので,Aの零因子は 0のみである.)

このとき,自由 A-加群M/T (M) の階数として,s はM から一意的に決まる(命題 6 .14 参照).e1, . . . , er の(単元倍の

違いを除いた)一意性は,Aの任意の素元 pと任意の正の整数 nに対して,pn−1M/pnM の A/pA-ベクトル空間の次元を考

えることで分かる(問 7.9 参照).[森田, IV.5] または [堀田, §12] なども参照してほしい.

F 定理 7.2の一意性の部分の証明の概略F, N を定理 7.2の形のものとすると,M ∼= F/N は(ei が単元のものを取り除いておくと),定理 7.3の形になる.これよ

り,定理 7.3の一意性の部分から,定理 7.2の一意性の部分が従う.

31

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補足:環上の加群の演習問題

環上の加群の練習問題を挙げる(問 7.10, 7.11はレジュメ 8の範囲).今までと同様,環は単位元をもつ可換環と仮定する.

問 7.4. Aは環,M は A-加群,m 6= 0 ∈ M とする.Ann(m) = a ∈ A | am = 0とおく.(a) Ann(m) は A のイデアルで,Ann(m) 6= A であることを示せ.(Ann(m) は m の零化イデアル(annihilator)とよばれる.)

(b) mで生成されるM の部分 A-加群 〈m〉 = am | a ∈ Aは,A/Ann(m)と A-加群として同型であることを示せ.(c) Ann(m)は

任意のm′ 6= 0 ∈ M に対して,Ann(m) ⊆ Ann(m′)ならば Ann(m) = Ann(m′)

をみたすとする(すなわち,Ann(m)は,Ann(x) | x 6= 0 ∈ Mの中で包含関係に関して極大元であると仮定する).このとき,Ann(m)は Aの素イデアルであることを示せ.

ヒント:(b) ϕ : A → M を aに amを対応させる写像とする.ϕが A-加群の準同型写像であることを確かめ,準同型定理を用いる.(c) p = Ann(m)とおく.ab ∈ pで b 6∈ pとする.このとき,bm 6= 0で Ann(bm) ⊇ Ann(m)が成り立つ.

問 7.5. (a) Aは環,M は A-加群,N はM の部分 A-加群とする.このとき,N とM/N が有限生成ならば,M も有限生成

であることを示せ.

(b) Aは環,M は A-加群,N1, N2 はM の部分 A-加群とする.このとき,N1 + N2 とN1 ∩N2 が有限生成ならば,N1, N2

も有限生成であることを示せ.

ヒント:(a) N の生成元を n1, . . . , ni,M/N の生成元をm1 = m1+N, . . . , mj = mj +N とするとき,n1, . . . , ni, m1, . . . , mj

がM を生成することをいう.(b)準同型定理より導かれる N1/(N1 ∩ N2) ∼= (N1 + N2)/N2(系 6.10参照)と (a)を用いると,N1 が有限生成であることが分かる.

問 7.6. Aは環,M1, M2 は A-加群,N1, N2 はそれぞれM1, M2 の部分 A-加群とする.(a) N1 ⊕ N2 はM1 ⊕ M2 の部分 A-加群であることを示せ.(b) A-加群の同型 (M1 ⊕ M2)/(N1 ⊕ N2) ∼= (M1/N1) ⊕ (M2/N2)を示せ.

ヒント:(b)適当な A-加群の準同型写像 ϕ : M1 ⊕ M2 → (M1/N1) ⊕ (M2/N2)を作り,準同型定理を用いる.

問 7.7. 位数 600のアーベル群の同型類をすべて求めよ.(ヒント:有限アーベル群の基本定理を用いる.)

問 7.8. Z-準同型写像 ϕ : Z4 → Z2, t(x, y, z, w) 7→ t(x + 3z, x + 2y + 4z)を考える.

(a) Ker ϕの自由基底を一組求めよ.

(b) Z-加群 Z2/ Im ϕの構造を求めよ.

ヒント:ϕを表す行列を A ∈ M2,4(Z)とする.(a)線形代数の連立一次方程式を掃き出し法で解くのと同様だが,Z上 の行の基本変形を用いる.Z上の行と列の基本変形を用いて,PAQを定理 7.1の形にする.

問 7.9. pを素数,1 ≤ m1 ≤ m2,M = (Z/pm1Z) ⊕ (Z/pm2Z)を Z-加群とする.(a) 正の整数 nに対して,Z-加群として

pn−1M/pnM ∼=

(

(Z/pZ) ⊕ (Z/pZ) (1 ≤ n ≤ m1 のとき)

Z/pZ (m1 < n ≤ m2 のとき)

が成り立つことを示せ.

(b) 1 ≤ m′1 ≤ m′

2,M ′ = (Z/pm′1Z) ⊕ (Z/pm′

2Z)とおく.(m1, m2) 6= (m′1, m

′2)のとき,M とM ′ は Z-加群として同型

でないことを,(a)を用いて示せ.(この問題では,定理 7.3は用いないこと.)

問 7.10. Aを環,I を Aのイデアル,M を A-加群とする.(a) IM := x1m1 + · · · + xnmn | n ≥ 1, m1, . . . , mn ∈ M, x1, . . . , xn ∈ Iとおくと,IM はM の部分 A-加群になることを示せ.

(b) A-加群の同型M ⊗A (A/I) ∼= M/IM が存在することを示せ.

問 7.11. Aを環,M, N, Mλλ∈Λ, Nλλ∈Λ を A-加群とする.このとき,次の A-加群の同型が成り立つことを示せ.(a) HomA(

L

λ∈Λ Mλ, N) ∼=Q

λ∈Λ HomA(Mλ, N).(b) HomA(M,

Q

λ∈Λ Nλ) ∼=Q

λ∈Λ HomA(M, Nλ).

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2011年度 代数学 2 レジュメ 8

加群の完全列と可換図式,テンソル積,Hom

ホモロジー代数は,抽象的であるが,代数や幾何の問題を調べるときの強力な手法で,20世紀以降に大きく発

展した.4年生の代数や幾何のセミナーなどで登場することも多いと思う.ここでは,ホモロジー代数の初歩とし

て,加群の完全列と可換図式,テンソル積,Homなどについて説明する.

8.1 加群の完全列と可換図式

完全列

定義 8.1 (完全列). Aを環,Mi を A-加群とする.A-加群の間の準同型写像の列

· · · −→Miϕi−→ Mi+1

ϕi+1−→ Mi+2 −→ · · ·

が完全列(exact sequence)とは,すべての iに対し,Im ϕi = Ker ϕi+1 が成り立つときにいう.特に,

0−→M1ϕ−→ M2

ψ−→ M3 −→ 0

の形の完全列は,短完全列(short exact sequence)とよばれる.

注意. 零加群からM1 への準同型写像は零写像しかないので,00−→ M1 と書かずに省略して,0−→M1 と書いている.同様

に,M3 から零加群への準同型写像は零写像しかないので,M30−→ 0と書かずに省略して,M3 −→ 0と書いている.

例 8.2. A = Z とし,Z-加群の間の準同型写像の列 0−→Z ϕ−→ Z ψ−→ Z/2Z −→ 0 を考える.ただし,ϕ は n 7→ 2n, ψ は

n 7→ nで与えられる写像とする.この列は短完全列である.

命題 8.3. (a) · · · −→Miϕi−→ Mi+1

ϕi+1−→ Mi+2 −→ · · · が完全列のとき,ϕi+1 ϕi = 0.

(b) 0−→Mϕ−→ N が完全列であることは,ϕが単射であることと同値である.

(c) Mϕ−→ N−→0が完全列であることは,ϕが全射であることと同値である.

(d) 0−→M1ϕ−→ M2

ψ−→ M3 −→ 0が完全列であることは,ϕが単射,ψ が全射,かつ Im ϕ = Ker ψ となるこ

とと同値である.

問 8.1. (a) 0−→M −→ 0が完全列であることは,M = 0と同値であることを確かめよ.

(b) 0−→Mϕ−→ N−→0が完全列であることは,ϕが同型写像であることと同値であることを確かめよ.

例 8.4. 参考のために,微分幾何で現れる R-ベクトル空間の線形写像の列について述べる(幾何学 1 を履修している人は出てきたと思う).Ωp(Rn) で,Rn 上の無限回微分可能な実 p 次形式のなす(無限次元の)R-ベクトル空間を表す.また,dp : Ωp(Rn) → Ωp+1(Rn)を外微分とする.このとき,R-ベクトル空間の線形写像の列

Ω0(Rn)d0−→ Ω1(Rn)

d1−→ Ω2(Rn)d2−→ · · ·

dn−2−→ Ωn−1(Rn)dn−1−→ Ωn(Rn) → 0

は完全列となり,Ker d0 = Rとなることが知られている(ポアンカレ(Poincaré)の補題).Rn のかわりに,n次元の微分可能多様体M を考えると,対応する R-ベクトル空間の線形写像の列

(8.12) Ω0(M)d0−→ Ω1(M)

d1−→ Ω2(M)d2−→ · · ·

dn−2−→ Ωn−1(M)dn−1−→ Ωn(M) → 0

は,一般には完全列にはならない.しかし,dp dp−1 = 0は成り立つので,Im dp−1 ⊆ Ker dp が成り立つ.

そこで,商ベクトル空間 HpDR(M) := Ker dp/ Im dp−1 を考える(ただし,H0

DR(M) := Ker d0 とおく).(8.12)が完全列であることは,任意の p ≥ 1について Im dp−1 = Ker dp が成り立つことなので,Hp

DR(M)は,(8.12)が完全列からどのくらい違うかを測っていると思える.M がコンパクトならば,Im dp−1 や Ker dp は一般に無限次元の R-ベクトル空間であるにも関わらず,商ベクトル空間Hp

DR(M)は有限次元になることが知られている.

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HpDR(M)を p次ド・ラーム(de Rham)コホモロジー群という.R-ベクトル空間 Hp

DR(M)は,幾何学的な対象である微

分可能多様体M の性質をいろいろと捉えている.

問 8.2. A-加群の短完全列 0−→M1ϕ−→ M2

ψ−→ M3 −→ 0に対して,次の3条件は同値であることを示せ.これらの条件を

みたすとき,短完全列は分裂 (split)するという.(i) A-加群の同型写像 α : M2

∼=−→ M1 ⊕ M3 が存在して,α ϕは m1 7→ (m1, 0),ψ α−1 は (m1, m3) 7→ m3 で与えら

れる.

(ii) A-加群の準同型写像 s : M3 → M2 で,ψ s = IdM3 となるものが存在する.

(iii) A-加群の準同型写像 r : M2 → M1 で,r ϕ = IdM1 となるものが存在する.

問 8.3. Aは UFDで,x, y ∈ AはGCD(x, y) = 1をみたすとする.I = (x, y)を x, yで生成される Aのイデアルとする.こ

のとき,次の A-加群の完全列が存在することを示せ.

0 → Aϕ−→ A⊕2 ψ−→ I → 0

ここで,ϕは ϕ(a) = (−ay,−ax)で与えられ,ψ は ψ(a, b) = ax + by で与えられる A-加群の準同型写像である.

可換図式A-加群の準同型写像を組み合わせて,例えば次のような図式を考えることがある.

M1ϕ1−−−−−→ M2

ϕ2−−−−−→ M3ϕ3−−−−−→ M4

ϕ4−−−−−→ M5?

?

y

f1

?

?

y

f2

?

?

y

f3

?

?

y

f4

?

?

y

f5

N1ψ1−−−−−→ N2

ψ2−−−−−→ N3ψ3−−−−−→ N4

ψ4−−−−−→ N5

図式は,任意の写像の合成が道筋によらないとき,可換図式(commutatitive diagram)という.例えば,図式

M1ϕ−−−−−→ M2

?

?

y

f

?

?

y

g

N1ψ−−−−−→ N2

は,g ϕ = ψ f が成り立つとき,可換図式である.

問 8.4. A-加群の準同型写像からなる次の可換図式を考える.ただし,2つの横列は完全列とする.

0 −−−−−→ M1ϕ1−−−−−→ M2

ϕ2−−−−−→ M3 −−−−−→ 0 (完全)?

?

y

f1

?

?

y

f2

?

?

y

f3

0 −−−−−→ N1ψ1−−−−−→ N2

ψ2−−−−−→ N3 −−−−−→ 0 (完全)

以下を示せ.

(a) f1, f3 がともに単射ならば,f2 も単射である.

(b) f1, f3 がともに全射ならば,f2 も全射である.

(c) 従って,f1, f3 が同型写像ならば,f2 も同型写像である.

問 8.5 (5項補題(five lemma)). A-加群の準同型写像からなる次の可換図式を考える.ただし,2つの横列は完全列とする.

M1ϕ1−−−−−→ M2

ϕ2−−−−−→ M3ϕ3−−−−−→ M4

ϕ4−−−−−→ M5 (完全)?

?

y

f1

?

?

y

f2

?

?

y

f3

?

?

y

f4

?

?

y

f5

N1ψ1−−−−−→ N2

ψ2−−−−−→ N3ψ3−−−−−→ N4

ψ4−−−−−→ N5 (完全)

以下を示せ.

(a) f1 が全射で, f,2 , f4 がともに単射ならば,f3 は単射である.

(b) f2, f4 がともに全射で,f5 が単射ならば,f3 は全射である.

(c) 従って,f1, f2, f4, f5 が同型写像ならば,f3 も同型写像である.

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8.2 テンソル積

線形代数続論で,体 K 上のベクトル空間のテンソル積を習ったかもしれない.幾何学 1を履修している人は微

分形式のところでテンソル積が出てきたと思う.一般に環 A上の加群に対してテンソル積が定義される.ベクト

ル空間のテンソル積のときと同様に,A-加群のテンソル積では,A-双線形写像と普遍性の概念が大切になる.

定義 8.5 (A-双線形写像). Aを環,M1,M2, N を A-加群とする.写像 f : M1 × M2 → N が,次の条件をみたす

とき,f は A-双線形写像(A-bilinear map)という.

(i) 任意のm1,m′1 ∈ M1, m2 ∈ M2 に対し,f(m1 + m′

1, m2) = f(m1,m2) + f(m′1, m2)が成り立つ.

(ii) 任意のm1 ∈ M1,m2, m′2 ∈ M2 に対し,f(m1,m2 + m′

2) = f(m1,m2) + f(m1, m′2)が成り立つ.

(iii) 任意の a ∈ A, m1 ∈ M1, m2 ∈ M2 に対し,f(am1,m2) = f(m1, am2) = af(m1,m2)が成り立つ.

例 8.6. Aは体K,M1 = M2 = Kn, N = K とする.x = t(x1, . . . , xn), y = t(y1, . . . , yn) ∈ Kn に,Pn

i=1 xiyi ∈ K を対

応させる写像 f : Kn × Kn → K は,K-双線形写像である.なお,K = Rのときは,f は Rn の標準内積に他ならない.

定理 8.7. Aを環,M,N を A-加群とする.

(a) このとき,A-加群 T と,A-双線形写像 g : M × N → T の組 (T, g)で次の性質をもつものが存在する:

任意の A-加群 U と任意の A-双線形写像 f : M × N → U に対して,A-準同型写像 f ′ : T → U が一意的に

存在して,f = f ′ g が成り立つ.

(b) さらに,(T, g) と (T ′, g′) がともに (a) の性質をもつとき,A-準同型写像 j : T → T ′ が一意的に存在して,

j g = g′ が成り立つ.

定義 8.8 (テンソル積). 定理 8.7の A-加群 T を,M とN の A上のテンソル積(tensor product)といい,M ⊗A N

と書く.(Aが文脈から明らかなときには,M ⊗ N と Aを省略して書くことも多い.)また,x ∈ M,y ∈ N に対

して,g(x, y)を x ⊗ y と書く.

注意. 定理 8.7(a)の性質をテンソル積の普遍性(universality)という.また,g : M × N → T を普遍 A-双線形写像という.定理 8.7(a)はテンソル積を特徴づける性質である.テンソル積の多くの性質が,テンソル積の具体的な構成よりも,テンソル積の普遍性から導かれる.

例 8.9. Aが体 K のときを考える.V を n次元 K-ベクトル空間,W をm次元 K-ベクトル空間とする.v1, . . . , vnが V

の基底で,w1, . . . , wmがW の基底ならば,テンソル積 V ⊗K W は,v1 ⊗w1, . . . , vm ⊗w1, . . . , v1 ⊗wm, . . . , vn ⊗wmを基底とするmn次元ベクトル空間である.

問 8.6. A を環とする.自由 A-加群M, N について,mii∈I と njj∈J をそれぞれM, N の自由基底とする.このとき,

このとき,M ⊗A N は,mi ⊗ nji∈I,j∈J を自由基底とする自由 A-加群であることを示せ.

命題 8.10. A を環,M1,M2, N1, N2 を A-加群,f1 : M1 → N1, f2 : M2 → N2 を A-加群の準同型写像とする.

このとき,A-加群の準同型写像f1 ⊗ f2 : M1 ⊗A M2 → N1 ⊗A N2

が一意的に存在して,任意のm1 ∈ M1,m2 ∈ M2 に対して,f1 ⊗ f2(m1 ⊗m2) = f1(m1)⊗ f2(m2)が成りたつ.

命題 8.11. Aを環,M,N,P を A-加群とする.aで Aの元を,m,n, pでそれぞれM,N,P の元を表す.このと

き,次の A-加群の同型が一意的に存在する.

(a) A ⊗A M ∼= M.ただし,a ⊗ mに amが対応する.

(b) M ⊗A N ∼= N ⊗A M.ただし,m ⊗ nに n ⊗ mが対応する.

(c) (M ⊕ N) ⊗A P ∼= (M ⊗A P ) ⊕ (N ⊗A P ).ただし,(m,n) ⊗ pに (m ⊗ p, n ⊗ p)が対応する.

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8.3 Homと完全列,テンソル積と完全列

A を環,M,N を A-加群とするとき,HomA(M,N) = ϕ : M → N | A-加群の準同型写像 とおく.HomA(M,N)は,写像の和と Aの作用で,また A-加群になる.

命題 8.12 (Homの左完全性). (a) A-加群の完全列 0−→M1ϕ1−→ M2

ϕ2−→ M3 と,任意の A-加群 N に対して,対

応する写像の列0−→HomA(N,M1)−→HomA(N,M2)−→HomA(N,M3)

もまた完全列になる.ただし,例えば,HomA(N,M1)−→HomA(N,M2)は,f ∈ HomA(N,M1)に対して,

ϕ1 f ∈ HomA(N,M2)を対応させる写像である.

(b) A-加群の完全列M1ϕ1−→ M2

ϕ2−→ M3−→0と,任意の A-加群 N に対して,対応する写像の列

0−→HomA(M3, N)−→HomA(M2, N)−→HomA(M1, N)

もまた完全列になる.ただし,例えば,HomA(M2, N)−→HomA(M1, N)は,f ∈ HomA(M2, N)に対して,

f ϕ1 ∈ HomA(M1, N)を対応させる写像である.

問 8.7. n, mを正の整数とする.また,d = GCD(n, m)とする.以下の Z-加群の同型を示せ.(a) HomZ(Z, Z) ∼= Z.(b) HomZ(Z, Z/nZ) ∼= Z/nZ, HomZ(Z/nZ, Z) = 0.(c) HomZ(Z/nZ, Z/mZ) ∼= Z/dZ.

注意. (a) 命題 8.12(b)の条件を強めて,A-加群の任意の短完全列 0−→M1ϕ1−→ M2

ϕ2−→ M3−→0に対して,写像の列

0−→HomA(N, M1)−→HomA(N, M2)−→HomA(N, M3)−→0

がまた短完全列になるような A-加群 N を 射影加群(projective module)という.例えば,自由加群 A⊕Λ は射

影加群である.なお,N が射影加群であることと,A-加群の任意の全射 M2 → M3 に対して,対応する写像

HomA(N, M2)−→HomA(N, M3)が全射になることは同値である.

(b) 命題 8.12(c)の条件を強めて,A-加群の任意の短完全列 0−→M1ϕ1−→ M2

ϕ2−→ M3−→0に対して,写像の列

0−→HomA(M3, N)−→HomA(M2, N)−→HomA(M1, N)−→0

がまた短完全列になるようなA-加群N を入射加群(injective module)という.なお,N が入射加群であることと,A-加群の任意の単射M1 → M2 に対して,対応する写像 HomA(M2, N)−→HomA(M1, N)が全射になることは同値である.

命題 8.13 (テンソル積の右完全性). A-加群の完全列M1ϕ1−→ M2

ϕ2−→ M3−→0と,任意の A-加群 N に対して,

M1 ⊗A Nϕ1⊗IdN−→ M2 ⊗A N

ϕ2⊗IdN−→ M3 ⊗A N−→0

もまた完全列になる.

例 8.14. n, mは互いに素な正の整数とする.Z ϕ1−→ Z ϕ2−→ Z/nZ → 0(ϕ1 は n倍写像,ϕ2 は自然な全射)は完全列である.

命題 8.13より,Z上で Z/mZとのテンソル積を考えて,Z/mZ → Z/mZ → Z/nZ ⊗Z Z/mZ → 0も完全列になる.n, m

は互いに素なので,n倍写像 Z/mZ → Z/mZは同型写像である.よって,Z/nZ ⊗Z Z/mZ = 0を得る.

問 8.8. Aは環,I, J は Aのイデアルとする.完全列 I → A → A/I → 0を考えることで,A-加群の同型 A/I ⊗A A/J ∼=A/(I + J)を示せ.

注意. 命題 8.13の条件を強めて,任意の A-加群の短完全列 0−→M1ϕ1−→ M2

ϕ2−→ M3−→0に対して,

0 −→ M1 ⊗A Nϕ1⊗IdN−→ M2 ⊗A N

ϕ2⊗IdN−→ M3 ⊗A N−→0

がまた短完全列になるような A-加群 N を平坦加群(flat module)という.例えば,自由加群 A⊕Λ は平坦加群である.なお,

M が平坦加群であることと,A-加群の任意の単射M1 → M2 に対して,対応する写像M1 ⊗A N−→M2 ⊗A N が単射になる

ことは同値である.

36

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2011年度のレジュメでは,以下の問題のいくつかを練習問題に含めています.

2010年度 代数学 2

中間試験

1 から 4 の 4題を解答せよ.

環は単位元をもつ可換環であると仮定する.講義中に出てきた定理は証明なしに用いて良いが,そのときは

定理の主張が何でそれをどのように適用したか分かるように書くこと.

1 (1) Aが整域ならば,次の条件(簡約条件という)が成り立つことを示せ.

Aの任意の元 a, b, cに対して,ab = acかつ a 6= 0ならば,b = c.

(2) 環 A が 0 でないべき零元をもつ(つまり,A の元 a で,a 6= 0 かつ,ある自然数 n ≥ 1 が存在して

an = 0となるものが存在する)とき,Aの元 bで b 6= 0かつ b2 = 0となるものが存在することを示せ.

2 C[T ]を 1変数多項式環,C[X,Y ]を 2変数多項式環とし,環準同型写像 ϕ : C[X,Y ] → C[T ]を,f(X,Y ) ∈C[X,Y ]に対し,ϕ(f(X,Y )) = f(T, T 2)で定める.

(1) ϕは全射であることを示せ.

(2) Ker ϕ = (X2 − Y )を示せ.

(3) (X2 − Y )は C[X,Y ]の素イデアルであることを示せ.

3 この問題では,C[X,Y ]/(XY )の素イデアルをすべて求める.

(1) q を C[X,Y ]/(XY ) の素イデアルとする.ϕ : C[X,Y ] → C[X,Y ]/(XY ) を自然な環準同型とすると

き,p := ϕ−1(q)は C[X,Y ]の素イデアルで p ⊇ (XY )をみたすことを示せ.

(2) pが C[X,Y ]の素イデアルで p ⊇ (XY )をみたすもののとき,p ⊇ (X)または p ⊇ (Y )が成り立つこと

を示せ.

(3) C[X]と C[X,Y ]/(Y )は環同型であることを示せ.

(4) C[X]の素イデアルを全て求めよ.(Cが代数閉体であることと,C[X]が単項イデアル整域であることを

用いてもよい.)

(5) C[X,Y ]/(XY )の素イデアルをすべて求めよ.その中で極大イデアルは何か.

4 p ∈ Nを素数とし,A = Z [√−p ]とおく.a = n + m

√−p ∈ A(n,m ∈ Z)に対し,d(a) = n2 + pm2 と定

める.

(1) a, b ∈ Aに対し,d(ab) = d(a)d(b)が成り立つことを示せ.

(2) p = 2とする.Z[√

−2]はユークリッド整域であることを示せ.

(3) pは 3以上の素数とする.2は Z [√−p ]の既約元であることを示せ.

(4) pは 3以上の素数とする.2は Z [√−p ]の素元でないことを示せ.

注意:(2)(3)(4) より,p が素数のとき,Z [√−p ]が UFD である条件は p = 2 であることが分かる.

2010年 12月 7日

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F 以下にいくつかの言葉の定義を述べる.(1) Aを整域とする.次の二つの性質 (i)(ii)をみたす関数 d : A r 0 → Z≥0 が存在するとき,Aをユークリッド整域

(Euclidean domain)という.(i) 任意の a ∈ Aと 0でない任意の b ∈ Aに対して,q, r ∈ Aが存在して,

a = qb + r, r = 0または d(r) < d(b)

が成り立つ.

(ii) 0でない任意の a, b ∈ Aに対して,d(a) ≤ d(ab)が成り立つ.

(1) Aを整域とする.

(a) a ∈ Aが既約元(irreducible element)であるとは,aは 0でも単元でもなく,Aの元 b, cに対して,a = bcな

らば,bまたは cが Aの単元であるときにいう.

(b) p ∈ Aが素元(prime element)であるとは,p 6= 0で,pが生成するイデアル (p)が素イデアルのときにいう.

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2010年度 代数学 2

中間試験 略解

1 (1) ab = acのとき,a(b − c) = 0.Aは整域で,a 6= 0より,b − c = 0となる.よって,b = c.

(2) a ∈ Aを 0でないべき零元とする.an = 0となる自然数 nが存在するが,このような nの中で最小の

ものをmとする.a 6= 0より,m ≥ 2で,am = 0, am−1 6= 0である.b = am−1 とおけば,b 6= 0で,

2(m − 1) = 2m − 2 ≥ mより b2 = a2(m−1) = 0となる.

2 (1) g(T ) ∈ C[T ]を任意の元とするとき,f(Y ) = g(Y )とおけば,ϕ(f(Y )) = g(T )となる.よって,ϕは

全射である.

(2) g(X,Y ) ∈ (X2−Y )とすると,g(X,Y ) = (X2−Y )h(X,Y )とかけ,ϕ(g(X,Y )) = (T 2−T 2)h(T, T 2) =

0となる.よって,(X2 − Y ) ⊆ Ker ϕである.

逆に,g(X,Y ) ∈ Ker ϕ とする.X2 − Y を Y の多項式(つまり,C[X,Y ] = (C[X])[Y ] の元とし

て,Y の 1 次式で 1 次の係数は −1)としてとみて,g(X,Y ) を X2 − Y で割り算をし,g(X,Y ) =

q(X,Y )(X2 − Y ) + r(X)(q(X,Y ) ∈ C[X,Y ],r(X) ∈ C[X])と書く.このとき,r(X) = g(X,Y )−q(X,Y )(X2 − Y ) ∈ Ker ϕである.従って,ϕ(r(X)) = r(T ) = 0となるが,これは r(X) = 0を示す.

従って,Ker ϕ ⊆ (X2 − Y )となる.

以上より,Ker ϕ = (X2 − Y )が成り立つ.

(3) 準同型定理より,C[X,Y ]/(X2−Y ) ' C[T ](環の同型)が成り立つ.整域C[T ]は整域なので,(X2−Y )

は C[X,Y ]の素イデアルである.

3 (1) 一般に ψ : A → B を環の準同型写像,qを B の素イデアルとするとき,ψ−1(q)は Aの素イデアルにな

る(略).また ψ−1(q) ⊇ ψ−1(0) = kerψ である.これを A = C[X,Y ], B = C[X,Y ]/(XY ), ϕに適用

すればよい.

(2) p ⊇ (XY )のとき,p 3 XY である.pは素イデアルなので,p 3 X または p 3 Y になる.前者のとき

は,p ⊇ (X)が成り立つ.後者のときは,p ⊇ (Y )が成り立つ.

(3) ϕ : C[X,Y ] → C[X]を f(X,Y ) ∈ C[X,Y ]に対し,ϕ(f(X,Y )) = f(X, 0)で定める.ϕは全射な環準

同型写像で,Ker ϕ = (Y )となるから,準同型定理より,C[X,Y ]/(Y ) ' C[X](環同型)となる.

(4) (0) は C[X] の素イデアルである.そこで p を C[X] の (0) でない素イデアルとする.C[X] は PID な

ので,p = (f(X)) となる 0 6= f(X) ∈ C[X] が存在する.p 6= C[X] だから f(X) は定数ではない.

C[X] は UFD なので,(f(X)) が素イデアルである条件は,f(X) が C[X] の既約多項式であることで

ある.Cは代数閉体なので,C[X]の既約多項式は,1次多項式 c(X − a)(c 6= 0)である.このとき,

p = (c(X − a)) = (X − a)となる. 以上をまとめて,C[X]の素イデアルは,(0)か (X − a)(a ∈ C)である.

(5) 一般に Aを環,I を Aのイデアルとする.π : A → A/I を自然な環準同型写像とするとき,Aの I を

含む素イデアルの集合と,A/I の素イデアルの集合には,π(p) = q, p = π−1(q) という対応で 全単射

がある(略).そこで,(1)より,C[X,Y ]/(XY )の素イデアルを求めるには,C[X,Y ]の素イデアルで

(XY )を含むものを求めればよい.

2010年 12月 7日

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(2) より,そのためには,C[X,Y ] の素イデアルで (X) または (Y ) を含むものを求めればよい.一方,

C[X,Y ]の素イデアルで (Y )を含む集合と,C[X,Y ]/(Y )の素イデアルの集合には全単射がある.(3),

(4)より C[X,Y ]/(Y ) ' C[X]で,C[X]の素イデアルは,(0)か (X − a)(a ∈ C)である.これらの素イデアルの対応を考えると,C[X,Y ]/(XY )の素イデアルは

(X), (Y ), (X,Y − b), (X − a, Y )

(a, b ∈ C)である.この中で極大イデアルなのは,(X,Y −b)と (X−a, Y )である.実際,例えば,(X) ( (X,Y )だから,(X)

は極大イデアルではない.同様に (Y )も極大イデアルではない.一方,全射な環準同型 ψ : C[X,Y ] → Cを ψ(f(X,Y )) = f(0, b)で定めると,kerψ = (X,Y − b)となり,C[X,Y ]/(X,Y − b) ∼= C(環の同型)となる.Cは体だから,(X,Y − b)は極大イデアルである.同様に,(X − a, Y )も極大イデアルである.

4 (1) d(a) = n2 + pm2 = (n + m√−p)(n − m

√−p) = aa である(a は a の複素共役).よって,d(bc) =

bcbc = bcbc = bbcc = d(b)d(c)となる.

(2) 辺の長さが 1 と√

2 の長方形において,長方形の内部および周囲の点と,長方形のどれか一つの頂点

の距離は√

1+22 =

√3

2 以下である.これから,任意の z ∈ Cに対して,ある q ∈ Z[√−2]が存在して,

|z − q| ≤√

32 < 1となることが分かる.

(i) 任意の a, b ∈ A(b 6= 0)に対し,z = ab ∈ C とする.上のように q ∈ A を,|z − q| ≤

√3

2 < 1 と

なるようにとる.このとき,r = a − qb とおく.このとき,|r| = |a − qb| = |b| · |ab − q| < |b| だから,d(r) = |r|2 < |b|2 = d(b)となる.従って,任意の a, b ∈ A(b 6= 0)に対して,a = qb + r となる

q, r ∈ Aで,r = 0または,d(r) < d(b)となるものが存在する,

(ii) a = n + m√−p 6= 0(n, m ∈ Z)のとき,(n,m) 6= (0, 0)だから,d(a) = n2 + pm2 ≥ 1となる.

従って,a 6= 0のとき,d(ab) = d(a)d(b) ≥ d(b)が成り立つ.

以上より,Z[√−2]は(d(·)に関して)ユークリッド整域になる.

(3) a = n + m√−p 6= 0(n,m ∈ Z)に対して,d(a) = n2 + pm2 ∈ Z≥0 である.d(a) = 1 となるのは

(n, m) = (±1, 0),つまり a = ±1 のときである.このとき a は A の単元になる.p が 3 以上なので,

d(a) = 2となる a, bは存在しない.したがって,d(a) 6= 2である.

まず,2が単元でないことをいう.もし,2が単元と仮定すると,2u = 1となる u ∈ Aが存在する.し

かし,1 = d(1) = d(2)d(u) = 4d(u)で d(u) ∈ Zだから,これは矛盾である.次に 2が既約元をいう.2 = ab(a, b ∈ A)とすると,4 = d(2) = d(a)d(b)となる.d(a), d(b) ∈ Z≥0

で,d(a) 6= 2, d(b) 6= 2だから,(d(a), d(b)) = (1, 4)か (4, 1)になる.前者のときは aが Aの単元,後

者のときは bが Aの単元となる.従って,2は Aの既約元である.

(4) pは奇素数だから,1+p2 ∈ Zである.(1+

√−p)(1−

√−p) = 1+p = 2· 1+p

2 ∈ (2)より,もし,2が素元と

すると,1+√

p ∈ (2)か 1−√p ∈ (2)が成り立つ.前者のときは,1+

√p = 2(n+m

√p) = 2n+2m

√b

(n,m ∈ Z)となるが,1 6= 2nだから矛盾.後者のときも同様に矛盾する.よって,2は素元ではない.

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2011年度のレジュメでは,以下の問題のいくつかを練習問題に含めています.

2010年度 代数学 2

期末試験

1 から 4 の 4題を解答せよ.

環は単位元をもつ可換環であると仮定する.講義中に出てきた定理は証明なしに用いて良いが,そのときは

定理の主張が何でそれをどのように適用したか分かるように書くこと.

1 環に関する次の二つの主張を考える.

(i) Aが (?)ならば,一変数多項式環 A[X]も (?)である.

(ii) A が (?) ならば,A の任意のイデアル I(ただし I 6= A とする)に対して,剰余環 A/I も (?) で

ある.

(1) (?)に「整域」を入れる.このとき,(i)(ii)の真偽をそれぞれ答えよ.また,答えが偽のときには,偽で

あることを示す反例をひとつ挙げ,それが反例であることを示せ.(答えが真のときは,証明する必要は

ない.)

(2) (?)に「PID」を入れる.以下,(1)の第 2文以下と同じことを答えよ.

(3) (?)に「UFD」を入れる.以下,(1)の第 2文以下と同じことを答えよ.

(4) (?)に「Noether環」を入れる.以下,(1)の第 2文以下と同じことを答えよ.

2 i =√−1 ∈ Cを虚数単位とし,A = Z[i]とおく.また,α =

√−2 ∈ Cとおく.

(1) 環の準同型写像 ϕ : Z[X] → Aを,f(X) ∈ Z[X]に対して ϕ(f(X)) = f(i)(つまりX に iを代入する)

で定める.

(a) Ker (ϕ) = (X2 + 1)を示せ.

(b) (X2 + 1)は Z[X]の素イデアルであることを示せ.

(2) 環の準同型写像 ψ : A[Y ] → A[α]を,g(Y ) ∈ A[Y ]に対して ψ(g(Y )) = g(α)(つまり Y に αを代入す

る)で定める.

(a) A[α] = (a+ bi)+ (c+ di)α | a, b, c, d ∈ Zを示せ.また,(a+ bi)+ (c+ di)α = 0(a, b, c, d ∈ Z)ならば a = b = c = d = 0を示せ.

(b) Ker (ψ) = (Y 2 + 2)を示せ.

(c) (X2 + 1, Y 2 + 2)は Z[X,Y ]の素イデアルであることを示せ.

(d) A[α]の単元は無限に存在することを示せ.

注意: (1) の (X2 + 1) は Z[X] のイデアル (X2 + 1)Z[X] を表す.(2)(b) の (Y 2 + 2) は A のイデアル

(Y 2 + 2)Aを表す.(2)(c)の (X2 + 1, Y 2 + 2)は Z[X,Y ]のイデアル (X2 + 1, Y 2 + 2)Z[X,Y ]を表す.

2011年 2月 1日

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3 A を環,M を A-加群とする.M の元 m がねじれ元(torsion element)であるとは,A の零因子でない元

a ∈ Aが存在して,am = 0となるときにいう.M の部分集合 T (M)を

T (M) := m ∈ M | mはねじれ元

とおく.

(1) a, bが Aの零因子でないとき,abも零因子でないことを示せ.このことを用いて,T (M)はM の部分

A-加群であることを示せ.

(2) 剰余 A-加群M/T (M)のねじれ元は零元だけであることを示せ.

(3) M/T (M)が A⊕r(rは正の整数)と A-加群として同型のとき,M は T (M) ⊕ A⊕r と A-加群として同

型であることを示せ.

4 A = Zとする.a, b, c ∈ Zに対して, 3 × 3行列

X =

2 a b0 2 c0 0 2

∈ M3,3(Z)

を考える.X の単因子を e1, . . . , er(ただし,ei は正の整数で,ei|ei+1 とする)とおく.

(1) (a) a = 1, b = 0, c = 0のとき,X の単因子 e1, . . . , erを求めよ.(b) a, b, cが Zの元を動くとき,X の単因子として現れる整数の組 e1, . . . , erを全て求めよ.

(2) Z-加群の準同型写像 f : Z3 → Z3 を,f

n1

n2

n3

= X

n1

n2

n3

とおく,a, b, cが Zの元を動くとき,剰

余 Z-加群 Z3/Im f のとりうる Z-加群の構造はどのようなものがあるか.(ただし,Z-加群として同型な

ものは同じとみなす.)

(3) Im f が

1

2

0

0

1

2

を含むとき,Im f ∩

n

n

n

∈ Z3

∣∣∣∣∣∣∣∣ n ∈ Z

を求めよ.注意: (1)(b)では,単因子として現れる e1, e2, e3を求めればよく,e1, e2, e3を単因子とする a, b, cの

必要十分条件まで求める必要はない.(2)も同様で,a, b, cの必要十分条件まで求める必要はない.

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2011年度 代数学2

期末試験

1 ~ 4 の 4題を解答せよ. 1 ~ 4 の問題があまり解けない人は, A の問題を解いてもよい. 1 ~ 4 の

問題が解けた人は, B の問題を解答せよ.

環は単位元をもつ可換環で,零環ではないとする.部分環は環の単位元を含むとし,環の準同型写像は単位

元を単位元にうつすとする.体は可換体とする.

1 環 Aの任意のイデアル I(ただし,I 6= Aとする)が素イデアルであると仮定する.

(1) (0)が素イデアルであることから,Aは整域であることを示せ.

(2) Aの任意の元 aに対して,(a2)が素イデアルまたは (a2) = Aであることから(あるいは他の方法を用

いて),Aは体であることを示せ.

2 A = K[X,Y ]を体K 上の 2変数多項式環とする.a, b ∈ K に対して,Aのイデアルmをm = (X−a, Y −b)

で定める.また,Aのイデアル I を I = (Y − X2)で定める.

(1) mは Aの極大イデアルであることを示せ.

(2) I は Aの素イデアルであることを示せ.

(3) I ⊂ mとなるための a, bの条件を求めよ.

3 有理数係数の 2 × 3行列M =

(12

13

23

12

12

12

)に対して,F =

x

y

z

∈ Z3

∣∣∣∣∣∣∣∣ M

x

y

z

∈ Z2

とおく.(1) P ∈ GL2(Z), Q ∈ GL3(Z)を適当にとると,有理数 a, b ∈ Qが存在して,PMQ =

(a 0 0

0 b 0

)の形に

できる.このときの a, bを求めよ.

(2) 剰余 Z-加群 Z3/F の構造を求めよ(巡回群の直積に分解せよ).

注意: (1) a, b は一組求めればよい.P, Q の具体的な形は求めなくてもよい.

4 正の整数m,nはm3 = n2 + 2をみたすとする.この問題ではm,nを求める.

(1) nは奇数であることを示せ.

(2) Z[√

−2]

=a + b

√−2 | a, b ∈ Z

はユークリッド整域であることを示せ.

(3) Z[√

−2]の単元をすべて求めよ.

(4) Z[√

−2]の2つの元 n +

√−2, n −

√−2の最大公約元は 1であることを示せ.

(5) Z[√

−2]の元 α = a + b

√−2で,α3 = n +

√−2となるものが存在することを示せ.

(6) α3 = n +√−2の両辺の虚部を比べることで,a, bを求めよ.さらに,m,nを求めよ.

裏面の 4 の注意とヒントも参照せよ.

2012年 1月 31日  3限・4限

43

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注意: 整域 Aがユークリッド整域であるとは,次の二つの性質 (i)(ii)をみたす関数 d : A r 0 → Z≥0 が存在すると

きにという.

(i) 任意の a ∈ Aと b 6= 0 ∈ Aに対して,a = qb + r で r = 0または d(r) < d(b)となる q, r ∈ Aが存在する.

(ii) 任意の a 6= 0, b 6= 0 ∈ Aに対して,d(a) ≤ d(ab)が成り立つ.

ヒントと注意: (1) 仮に n が偶数とすると m も偶数になり,n = 2n1, m = 2m1(n1, m1 は整数)とおける.(2)

α = a + b√−2 ∈ Z

ˆ√−2˜

(a, b ∈ Z)に対して,d(α) = a2 + 2b2 を考える.(4) (2) より,Zˆ√

−2˜

は特に一意分解

整域(UFD)であるので,Zˆ√

−2˜

の2つの元の最大公約元を考えることができる.

A (1) Aは環,M は A-加群,N1, N2 はM の部分 A-加群とする.A-加群の準同型写像

ϕ : M → (M/N1) ⊕ (M/N2), m 7→ (m + N1,m + N2)

を考える.M = N1 + N2 を仮定する.このとき,ϕは全射であることを示せ.さらに,A-加群の同型

M/(N1 ∩ N2) ∼= (M/N1) ⊕ (M/N2)

が存在することを示せ.

(2) A は環,M は A-加群,N1, N2, N3 は M の部分 A-加群とする.任意の 1 ≤ i < j ≤ 3 に対して,

M = Ni + Nj が成り立つとする.このとき,A-加群の同型

M/(N1 ∩ N2 ∩ N3) ∼= (M/N1) ⊕ (M/N2) ⊕ (M/N3)

は常に存在するか? 証明あるいは反例を与えよ.

B Aは整域,M は A-加群とする.任意の a ∈ Aとm ∈ M に対して,am = 0ならば a = 0またはm = 0が

成り立つときに,M は torsion-free A-加群であるという.

(1) Aが PIDで,M,N が torsion-free A-加群のとき,M ⊗A N は torsion-free A-加群であることを示せ.

(2) A = K[X,Y ]を体K 上の 2変数多項式環,I = (X,Y )を X,Y で生成される Aのイデアルとし,I を

A-加群とみなす.このとき,I は torsion-free A-加群であるが,I ⊗A I は torsion-free A-加群でないこ

とを示せ.

ヒント: (1) M, N が有限生成の場合は,PID 上の有限生成加群の構造定理より,M, N は自由 A-加群になる.M, N

が一般の場合は,有限生成の場合に帰着させることができる.(2) 例えば,次のことを証明して使うことを考える.

ϕ : A → A⊕2 を ϕ(f) = (−Y f, Xf),ψ : A⊕2 → I を ψ(f, g) = Xf + Y g で定義される A-加群の準同型写像とする.

このとき,Aϕ−→ A⊕2 ψ−→ I → 0は A-加群の完全列である.

44

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代数学 2

Appendix

A 2010 年度

A.1 授業評価アンケート(2010年度)

2011年 1月 25日(講義の最後の回)に実施しました.授業評価アンケートは無記名です.回答者は 22名でし

た.自由欄の記述は,ここには載せていません.

この授業に最初から最後まで出席した割合はどれだけですか

50%未満 50%~70% 70%~80% 80%~90% 90%以上

0 1 4 6 11

この授業の予習復習に毎週どのくらい時間をかけましたか

まったく ~30分 ~60分 ~90分 90分以上

6 10 4 2 0予習復習の時間が少ないと思うが,この講義についている演義の予習の時間や,参考書を読む時間もいれるともう

少し増えるのだろうか.

この科目のシラバスを読みましたか

全然読まなかった 少し読んだ きちんと読んだ

9 11 2

この授業内容に関して,先生や友人に質問しましたか

全然質問しなかった 質問した 何度か質問した

10 9 3

教員の言葉は明瞭で聞き取りやすかったですか

聞き取りにくかった どちらともいえない 聞き取りやすかった

1 12 9

板書の字の大きさ,わかりやすさ,速度や量は適切でしたか

適切でなかった どちらともいえない 適切だった

3 8 11

あなたはこの授業の内容をどの程度理解できたと思いますか

ほとんど理解できなかった あまり理解できなかった ある程度理解できた かなり理解できた ほぼ理解できた

0 4 17 1 0

45

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あなたにとって授業は有意義でしたか

ほとんど意味がなかった ある程度有意義だった 十分有意義だった

1 15 6

教員は学生の質問に丁寧に答えていましたか

ほとんど答えなかった ある程度答えた 丁寧に答えた

0 17 4

この授業に全体として満足しましたか

不満足である 普通 満足した

0 15 7

A.2 自分のための覚書き(2010 年度)

今回は導入を丁寧にするように努めた.ヒルベルトの基底定理は,向井茂『モジュライ理論 1』を参考に,グ

レブナ基底と関連するような方法で説明した.次に受け持つときは,環の基礎の部分(準同型定理のあたりまで)

は,代数学序論で一度は扱っているので,もう少し軽くしてもよいかもしれない.また,ユークリッド整域と単

項イデアル整域の部分も,もう少し軽くしてもよいと思う.かわりに,テンソル積と平坦性,Homなどのホモロ

ジー代数的な扱いをもっと入れたい(演義でいくつか触れてもらったが,もう少し講義でも充実させたい).また,

もう少し非可換環にも触れた方がいいかもしれない.講義の時間上,扱える内容は限られているので,いくつかの

話題(例えば,ネター環上の準素イデアル分解の例?,中山の補題とその使い方?,整拡大の例??)は,演義の

問題として少しだけ入れてもらうということをするといいだろうか.

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A 2011 年度

A.1 授業評価アンケート(2011年度)

2012 年 1 月 17 日に実施しました.授業評価アンケートは無記名です.回答者は 25 名でした.自由欄の記述

は,ここには載せていません.

この授業に最初から最後まで出席した割合はどれだけですか

50%未満 50%~70% 70%~80% 80%~90% 90%以上

1 2 2 2 18

この授業の予習復習に毎週どのくらい時間をかけましたか

まったく ~30分 ~60分 ~90分 90分以上

6 6 4 9 02010年度のアンケートに比べると,予習復習の時間が少し増えた.この講義についている演義の予習の時間は回

答に含まれているだろうか.

この科目のシラバスを読みましたか

全然読まなかった 少し読んだ きちんと読んだ

8 14 3

この授業内容に関して,先生や友人に質問しましたか

全然質問しなかった 質問した 何度か質問した

6 16 3

教員の言葉は明瞭で聞き取りやすかったですか

聞き取りにくかった どちらともいえない 聞き取りやすかった

1 11 13

板書の字の大きさ,わかりやすさ,速度や量は適切でしたか

適切でなかった どちらともいえない 適切だった

1 6 18

あなたはこの授業の内容をどの程度理解できたと思いますか

ほとんど理解できなかった あまり理解できなかった ある程度理解できた かなり理解できた ほぼ理解できた

1 2 17 3 1

授業評価アンケート(student evaluation)については,同じフォルダ内の /11IntroAlgebra.pdfの Appendixの脚注もご覧下さい.

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あなたにとって授業は有意義でしたか

ほとんど意味がなかった ある程度有意義だった 十分有意義だった

1 12 12

教員は学生の質問に丁寧に答えていましたか

ほとんど答えなかった ある程度答えた 丁寧に答えた

0 7 18

この授業に全体として満足しましたか

不満足である 普通 満足した

0 14 11

A.2 自分のための覚書き(2011 年度)

昨年度の覚書きに書いたことを取り入れて講義を進めた.昨年度と同様に,ヒルベルトの基底定理は,向井茂

『モジュライ理論 1』を参考に,グレブナ基底と関連するような方法で説明した.ネター環は抽象的だと思うので,

歴史的に抽象代数学がどう使われたかの例として,不変式環の有限生成性に関するヒルベルトの定理をレジュメ

で補足した (講義では扱わないが,興味のある人は読んでほしいという形で).また,講義以外での学習時間を増や

そうと,講義の確認のための演習問題を昨年度より増やした.代数学 2の内容としてはこのくらいかなと思うの

だけど,どうだろうか∗.

このレジュメの最初の版を昨年度に作ったときには出ていなかったと思うが,最近,雪江明彦『環と体とガロ

ア理論』が出版された.この本の第 1章と第 2章は,代数学 2の講義内容に合っていると思う.この講義では教

科書は使わなかったが (参考書はいくつか挙げた),例えば,この本を教科書として使い,必要に応じて補足プリン

トや練習問題のプリントを配るという方法も考えられたかもしれない.

∗ 4年生セミナーのことを考えると,もう少し多くの内容を扱いたいと思う一方で(例えば,講義の参考書としてあげた本は,もう少し多くの内容を扱っている),環と加群の基本的な部分のしっかりした理解を求めたいとも思う.演義をうまく活用できるといいだろうか.(可換とは限らない環とその上の加群については演義で扱ってもらったが,講義でももう少し触れられればよかったかもしれない.)

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