微生物検査の基本 2)薬剤感受性試験 - j-stage

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684 日臨麻会誌 Vol . 37 No.5/Sep. 2017 制定された定性的な方法であり,成績は阻止円直径 の大きさから感性(S),中間(I),耐性(R)で表現さ れ,用手的に行われる. 微量液体希釈法 1. 微量液体希釈法とは 希釈法による薬剤感受性測定法には液体培地を用 いる液体希釈法と,寒天培地を用いる寒天平板希釈 法がある.液体希釈法のうち,マイクロプレートを 用いる希釈法が微量液体希釈法である.微量液体希 釈法は寒天平板希釈法に比べ,抗菌薬および培地が 節約できる,操作が簡便である,長期保存に耐える, 自動機器にも応用できるなどの利点があり,薬剤感 受性測定法の標準法とされている.微量液体希釈法 はすでに抗菌薬がマイクロプレートに充塡され凍結 乾燥されたものが市販されており,これに菌液を接 種することで検査できる.薬剤感受性測定用自動機 はじめに 感染症の治療に抗菌薬を使用する場合,適切な薬 剤を選択するには薬剤感受性検査が不可欠である. 分離された病原体に対して抗菌力のある(=感性: sensitive)薬剤の中から投与可能な薬剤をスクリー ニングし,同時に薬剤の体内動態,宿主の病態や免 疫能,副作用などを総合的に勘案して計画的な投与 法を検討し,治療薬剤を選択するのが常道である. 現在日本で普及している感受性測定法は,微量液 体希釈法とディスク拡散法がある.これらは米国の 臨床検査標準協会(Clinical and Laboratory Standards InstituteCLSI)で制定された標準法である.微量液 体希釈法は感受性検査の基になる最も精密で正確な 方法で,結果は最小発育阻止濃度(minimal inhibitory concentrationMIC)で表示され,主に自動機器で 行われる.一方で,ディスク拡散法は希釈法を基に 麻酔科医が知っておくべき感染症の知識 日臨麻会誌 Vol.37 No.5, 684 〜 686, 2017 微生物検査の基本 2)薬剤感受性試験 堀 龍一朗 白田 亨 森兼啓太 [要旨]感染症の原因となっている病原体に対して効果のある抗菌薬を選択するには,薬剤感受性 試験が欠かせない.測定法は,微量液体希釈法とディスク拡散法がある.前者は自動測定機器にお いて汎用されており,後者は比較的小規模で自動測定機器を保有しない施設において汎用されてい る.その結果を解釈する際,単に最小発育阻止濃度の数値のみで抗菌薬の選択を行うことは不適切 である.抗菌薬の選択にあたっては,医師のみならず,微生物検査領域を専門とする検査技師や抗 菌薬を専門とする薬剤師に相談することが望ましい. キーワード: 抗菌薬,薬剤感受性,耐性菌,最小発育阻止濃度 著者連絡先 森兼啓太 990︲9585 山形県山形市飯田西 2︲2︲2 山形大学医学部附属病院検査部 山形大学医学部附属病院検査部

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684 日臨麻会誌 Vol .37 No.5/Sep. 2017

制定された定性的な方法であり,成績は阻止円直径の大きさから感性(S),中間(I),耐性(R)で表現され,用手的に行われる.

Ⅰ 微量液体希釈法

1. 微量液体希釈法とは

 希釈法による薬剤感受性測定法には液体培地を用いる液体希釈法と,寒天培地を用いる寒天平板希釈法がある.液体希釈法のうち,マイクロプレートを用いる希釈法が微量液体希釈法である.微量液体希釈法は寒天平板希釈法に比べ,抗菌薬および培地が節約できる,操作が簡便である,長期保存に耐える,自動機器にも応用できるなどの利点があり,薬剤感受性測定法の標準法とされている.微量液体希釈法はすでに抗菌薬がマイクロプレートに充塡され凍結乾燥されたものが市販されており,これに菌液を接種することで検査できる.薬剤感受性測定用自動機

はじめに

 感染症の治療に抗菌薬を使用する場合,適切な薬剤を選択するには薬剤感受性検査が不可欠である.分離された病原体に対して抗菌力のある(=感性:sensitive)薬剤の中から投与可能な薬剤をスクリーニングし,同時に薬剤の体内動態,宿主の病態や免疫能,副作用などを総合的に勘案して計画的な投与法を検討し,治療薬剤を選択するのが常道である. 現在日本で普及している感受性測定法は,微量液体希釈法とディスク拡散法がある.これらは米国の臨床検査標準協会(Clinical and Laboratory Standards Institute:CLSI)で制定された標準法である.微量液体希釈法は感受性検査の基になる最も精密で正確な方法で,結果は最小発育阻止濃度(minimal inhibitory concentration:MIC)で表示され,主に自動機器で行われる.一方で,ディスク拡散法は希釈法を基に

麻酔科医が知っておくべき感染症の知識 日臨麻会誌 Vol.37 No.5, 684 〜 686, 2017

微生物検査の基本(2)薬剤感受性試験

堀 龍一朗* 白田 亨* 森兼啓太*

[要旨]感染症の原因となっている病原体に対して効果のある抗菌薬を選択するには,薬剤感受性試験が欠かせない.測定法は,微量液体希釈法とディスク拡散法がある.前者は自動測定機器において汎用されており,後者は比較的小規模で自動測定機器を保有しない施設において汎用されている.その結果を解釈する際,単に最小発育阻止濃度の数値のみで抗菌薬の選択を行うことは不適切である.抗菌薬の選択にあたっては,医師のみならず,微生物検査領域を専門とする検査技師や抗菌薬を専門とする薬剤師に相談することが望ましい.キーワード:�抗菌薬,薬剤感受性,耐性菌,最小発育阻止濃度

著者連絡先 森兼啓太〒 990︲9585 山形県山形市飯田西 2︲2︲2 山形大学医学部附属病院検査部

*山形大学医学部附属病院検査部

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器にもこの方法が応用されている.一方,寒天平板希釈法は操作が煩雑であることから,日常検査には使用されていないが,研究目的に用いられることがある.2. 微量液体希釈法の原理と結果の解釈

 微量液体希釈法は,薬剤の段階希釈系列を作成し,そこへ菌液を接種し,培養することで行う.通常,1μg/mLの倍数および分数の濃度で段階希釈を作成する.すなわち,濃い方は2,4,8,16,32,……となり,薄い方は0.5,0.25,0.125,0.0625,……という具合である.そして,培養後に肉眼で観察して混濁がなく,菌が完全に発育を阻止される濃度と,発育が阻止されず,混濁が観察できる濃度に分かれる(図1).前者の方が薬剤の濃度が濃いわけであるが,その最小濃度をMICとする.例えば,32,16,8,4の濃度で発育が阻止され,2,1,0.5,……の濃度で発育が阻止されなければ,MICは 4μg/mLとなる. したがって,MIC値が大きいほど,その菌の発育を阻止するのに必要な抗菌薬の濃度が高いということになり,一般的にその抗菌薬はその菌に対する発育阻止効果が弱いということになる.そのような薬剤も,高濃度を投与すれば当該病原体の発育を理論的には阻止できる.しかし,高濃度にするために

は多量の投与を必要とし,さまざまな副作用の原因ともなる.そこで前述のCLSIは,MICがある一定以上の割合の場合,その抗菌薬はその菌に対して効果がない(=耐性)と定めている.

Ⅱ ディスク拡散法

 菌液を培地の上に塗布し,抗菌薬を含浸したディスクを置くと,ディスクの周辺に薬剤が濃度勾配をもって分布する.この培地を培養すると,ディスクの周辺は菌が増殖せず,少し離れた所では増殖する.菌が増殖しない範囲は通常円形になるため,これを阻止円と呼び,その直径でMICを判定する方法である(図2).抗菌薬がその菌に対して感受性がない場合は,阻止円が形成されない. ディスク拡散法は,微量液体希釈法に比べて安価なことが利点であるが,阻止円が明瞭でない場合に結果の判定に曖昧さが発生してしまうという欠点を持っている.

Ⅲ 薬剤感受性試験の結果解釈

 耐性の基準となるMIC値は,抗菌薬によって異なる.したがって,MIC値のみを見て,それが最も小さい抗菌薬を選択することは,一般的に正しくない.また,感受性の薬剤が多数ある場合には,一

図1 微量液体希釈法に用いられるプレート 図2 発育阻止円

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般に抗菌スペクトラムが狭い抗菌薬を使用するのが適切である.これは,耐性菌を誘導したり,耐性菌を伝播させたりするリスクを下げるという社会全体を見据えた観点から必要なことでもあるし,当該患者個人にとっても腸管などの常在細菌叢を不必要に攪乱することで耐性菌やClostridium difficile腸炎な

どを発生させるリスクを極力回避しつつ感染症の治療を行う点でも必要なことである. 抗菌薬の選択は,微生物検査技師や感染症治療の専門的医師,抗菌薬に詳しい薬剤師などと相談して行うと,しばしばより適切な結果となる.