千葉大学教育学部研究紀要 第65巻 113~118 …ƒ葉大学教育学部研究紀要...

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─ 113 ─ 千葉大学教育学部研究紀要 第65巻 113~118頁(2017) 文部科学省(2014)は平成18年度に不登校を理由とし て年間30日以上欠席していた中学3年生に対して,5年 後(平成23年)に追跡調査を行い,不登校の状況やきっ かけ,継続の理由,支援のニーズ,中学卒業後の進路 等について,その実態を明らかにしている。そのなか で,有効回答者(1,604人)のうちの1,298人(80.9%)が, 中学を卒業してすぐの時点で「就職せずに高等学校等に 進学した」と回答している。また,「就職をして働きな がら高等学校等に進学もした」と回答した者64人(4.4%) を加えると,中学3年生で不登校だった生徒の85%は高 等学校に進学していることがわかる。10年前の数字であ るが,進学希望が高いという傾向は変わっていないと推 察される。筆者は20年にわたって不登校児童生徒の支援 活動に携わってきたが,そこで関わってきた不登校の子 どもたちも,ほとんどが中学卒業と同時に高校に進学し ている。中には,中学卒業直後には進学しなくても,数 年後に高校入学を決めた生徒もいた。不登校になった きっかけや経過,進学することへの意味づけなどは個々 によって異なるが,高校は不登校の子どもたちにとって も主要な所属先となっている。 中学卒業時の進路選択は,15歳の青年たちにとって, 大きな出来事である。学校に通っている生徒でも不安に なったり困難を感じたりするが,不登校生徒には,より 大きな,あるいは学校に通っている生徒とは異なった不 安や困難が伴うだろうことは想像に難くない。これらの 困難は,各人の不登校の状況(例えば,不登校になった 原因やきっかけ,不登校の期間,不登校の時期の学習や 対人関係,社会的経験など)によって異なると考えられ る。例えば,長い間,学習経験のない生徒は,受験勉強 で苦労するだろうし,高校に入学しても,ついていける のかと心配になるかもしれない。また,家に引きこもり がちで対人関係や社会経験の少ない子どもは,高校生活 や対人関係に適応できるのだろうか,と不安になること もあるだろう。 また,筆者が不登校生徒に関わってきたなかで,不登 校生徒の高校進学に対する社会的状況,それに伴う不登 校生徒の進学に対する考え方も変わってきたと感じられ る。筆者が不登校生徒に関わり始めた頃(平成7~8年), 不登校生徒の高校進学は,全日制高校か定時制高校で あった。多くの生徒は全日制高校を目指していた。筆者 が当時参画していた不登校児童生徒を対象としたキャン プでは,受験期が近づくと多くの中学3年生が夜の自由 時間に入試のための勉強をし,全日制高校を受験してい た。1992年に不登校は「誰にでも起こりうる」と認識さ れるようになったが,当時はその受け皿も十分に整備さ れておらず,子どもたちにとっても「就職するか」,「高 校へ行くか」という判断を迫られていた。 それからしばらくして,不登校だった生徒を積極的に 受け入れる取り組みが広がってきた。その主な担い手は 通信制高校である。それまでも通信制高校は存在してい たが,私立学校や学校法人がその施設等を活用して広域 通信制高校を設立したり,2004年の構造改革特別区域法 の施行により,株式会社や独立行政法人なども通信制高 校を設立し,不登校生徒の受け皿となったことに起因し ていると考えられる。 その背景には,通信制課程の学習を支援する「サポー ト校」と呼ばれる仕組みがある。自宅での自己学習では 単位取得が難しかったり,全日制の課程に適応すること は難しいが,仲間と一緒に勉強したいという希望を持つ 生徒に対して,個々の生徒の状況に応じたカリキュラム で通信制高校の単位取得や高等学校卒業程度認定試験の 合格を支援するものである。多くのサポート校では,全 日制の高校と変わらない毎日5~6時間の授業を行う コースや午後から登校するコース,週2~3日のコース などを設け,個々の生徒の状況に応じた柔軟なカリキュ ラムを採用している。また少人数できめ細やかな指導, 不登校生徒の進路選択 笠 井 孝 久 千葉大学・教育学部 Analysis of the Process of School Absentee’ s Career Choice KASAI Takahisa Faculty of Education, Chiba University, Japan 本論文では,中学生時代に不登校であった生徒の保護者を対象に,子どもの進路選択過程について,面接調査を行 い,不登校生徒の進路選択過程の実態を明らかにするとともに,進路選択過程に影響を及ぼす要因について考察した。 不登校生徒の進路選択及び進路決定後の適応には,本人の不登校の状態像や学校に対する認識等が影響していること が示唆されたが,これらの要因がそれぞれの生徒によって異なっているため,一人ひとりの状況に応じた選択をして いく難しさがあることがわかった。また,進路が決定すれば安心というわけではなく,進路決定後も,不登校になっ た原因や不登校であったために生じた課題に対しての取り組みが続いていることも示唆された。 キーワード:不登校児 進路選択 関連する要因/状況 保護者による支援 連絡先著者:笠井孝久 [email protected]

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千葉大学教育学部研究紀要 第65巻 113~118頁(2017)

 文部科学省(2014)は平成18年度に不登校を理由として年間30日以上欠席していた中学3年生に対して,5年後(平成23年)に追跡調査を行い,不登校の状況やきっかけ,継続の理由,支援のニーズ,中学卒業後の進路等について,その実態を明らかにしている。そのなかで,有効回答者(1,604人)のうちの1,298人(80.9%)が,中学を卒業してすぐの時点で「就職せずに高等学校等に進学した」と回答している。また,「就職をして働きながら高等学校等に進学もした」と回答した者64人(4.4%)を加えると,中学3年生で不登校だった生徒の85%は高等学校に進学していることがわかる。10年前の数字であるが,進学希望が高いという傾向は変わっていないと推察される。筆者は20年にわたって不登校児童生徒の支援活動に携わってきたが,そこで関わってきた不登校の子どもたちも,ほとんどが中学卒業と同時に高校に進学している。中には,中学卒業直後には進学しなくても,数年後に高校入学を決めた生徒もいた。不登校になったきっかけや経過,進学することへの意味づけなどは個々によって異なるが,高校は不登校の子どもたちにとっても主要な所属先となっている。 中学卒業時の進路選択は,15歳の青年たちにとって,大きな出来事である。学校に通っている生徒でも不安になったり困難を感じたりするが,不登校生徒には,より大きな,あるいは学校に通っている生徒とは異なった不安や困難が伴うだろうことは想像に難くない。これらの困難は,各人の不登校の状況(例えば,不登校になった原因やきっかけ,不登校の期間,不登校の時期の学習や対人関係,社会的経験など)によって異なると考えられる。例えば,長い間,学習経験のない生徒は,受験勉強で苦労するだろうし,高校に入学しても,ついていけるのかと心配になるかもしれない。また,家に引きこもりがちで対人関係や社会経験の少ない子どもは,高校生活

や対人関係に適応できるのだろうか,と不安になることもあるだろう。 また,筆者が不登校生徒に関わってきたなかで,不登校生徒の高校進学に対する社会的状況,それに伴う不登校生徒の進学に対する考え方も変わってきたと感じられる。筆者が不登校生徒に関わり始めた頃(平成7~8年),不登校生徒の高校進学は,全日制高校か定時制高校であった。多くの生徒は全日制高校を目指していた。筆者が当時参画していた不登校児童生徒を対象としたキャンプでは,受験期が近づくと多くの中学3年生が夜の自由時間に入試のための勉強をし,全日制高校を受験していた。1992年に不登校は「誰にでも起こりうる」と認識されるようになったが,当時はその受け皿も十分に整備されておらず,子どもたちにとっても「就職するか」,「高校へ行くか」という判断を迫られていた。 それからしばらくして,不登校だった生徒を積極的に受け入れる取り組みが広がってきた。その主な担い手は通信制高校である。それまでも通信制高校は存在していたが,私立学校や学校法人がその施設等を活用して広域通信制高校を設立したり,2004年の構造改革特別区域法の施行により,株式会社や独立行政法人なども通信制高校を設立し,不登校生徒の受け皿となったことに起因していると考えられる。 その背景には,通信制課程の学習を支援する「サポート校」と呼ばれる仕組みがある。自宅での自己学習では単位取得が難しかったり,全日制の課程に適応することは難しいが,仲間と一緒に勉強したいという希望を持つ生徒に対して,個々の生徒の状況に応じたカリキュラムで通信制高校の単位取得や高等学校卒業程度認定試験の合格を支援するものである。多くのサポート校では,全日制の高校と変わらない毎日5~6時間の授業を行うコースや午後から登校するコース,週2~3日のコースなどを設け,個々の生徒の状況に応じた柔軟なカリキュラムを採用している。また少人数できめ細やかな指導,

不登校生徒の進路選択笠 井 孝 久千葉大学・教育学部

Analysis of the Process of School Absentee’s Career Choice

KASAI TakahisaFaculty of Education, Chiba University, Japan

 本論文では,中学生時代に不登校であった生徒の保護者を対象に,子どもの進路選択過程について,面接調査を行い,不登校生徒の進路選択過程の実態を明らかにするとともに,進路選択過程に影響を及ぼす要因について考察した。不登校生徒の進路選択及び進路決定後の適応には,本人の不登校の状態像や学校に対する認識等が影響していることが示唆されたが,これらの要因がそれぞれの生徒によって異なっているため,一人ひとりの状況に応じた選択をしていく難しさがあることがわかった。また,進路が決定すれば安心というわけではなく,進路決定後も,不登校になった原因や不登校であったために生じた課題に対しての取り組みが続いていることも示唆された。

キーワード:不登校児 進路選択 関連する要因/状況 保護者による支援

連絡先著者:笠井孝久 [email protected]

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千葉大学教育学部研究紀要 第65巻 Ⅰ.教育科学系

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カウンセラーによるサポートなどにより,学習や集団生活の経験が少ない,あるいはそれらに対して自信のない生徒たちの修学を支援している。このようなサポートが社会生活や集団生活に不安をもつ不登校生徒の進路として選択肢の1つとなった。  このような社会的・制度的変化により,不登校であったのため,それまでの学習が十分に身についていない生徒や学校生活,対人関係に不安を抱える生徒たちにも,各自の状況に応じて学習や生活ができる機会が提供されるようになった。不登校生徒に対する学習,生活の機会の拡大は,不登校生徒の学校や社会とのつながりに大きな効果をもたらしたが,一方で弊害ももたらしている。筆者の経験では,20年ほど前までは,中学校卒業を機に,進学か就職か,自分の将来について考えざるを得ない状況があった。そして進学を目指す者は,受験のための勉強もした。ところが定時制高校やサポート校の情報が広く知られるようになってくると,早々に「自分は通信制高校に行く」と決めてしまう生徒も現れてきた。「就職はしたくないから,とりあえず進学」,「高校ぐらいは出たい」,「勉強していないから,入試に受からない」など理由は様々であるが,「高校に入学して,これがしたい」というような理由ではなく,どちらかと言えば消極的な選択である。高校に入学しても,不登校だった時期とほとんど変わらない生活を送り,他の人や社会と接する機会が少ないまま過ごしている者もいる。筆者ら(松井,笠井,2011)は,不登校を経験した高校生年齢の青年たちへのインタビューから,高校に進学しても,自信のなさや経験の欠如から,将来の展望が持てない青年たちの心性を明らかにした。不登校生徒にとっては,高校への進学により不登校ではなくなっても,不登校の原因となるものの解消にはなっていない場合があることを示唆した。この傾向は,先に示した文部科学省の報告書にも,高校進学後の中退,さらなる進路変更,高校卒業後の無職者という形で読み取れるだろう。 このように不登校生徒の進路選択には,様々な課題が見てとれる。それぞれの子どもの状態や環境等によって,どのような選択が適切であるかを言うことは難しい。しかしながら,不登校であったがゆえに直面する課題や困難さを理解することは,不登校生徒への進路指導に役立つ知見となる。本報告では,不登校を経験した子どもたちの進路選択の実態から,彼らに対する進路指導のあり方を考えるための観点の抽出を試みる。

調査方法

調査対象者の選定:本調査では,不登校状態で進路選択を行った生徒の保護者を対象とした。生徒本人の考えや気持ちも重要な視点ではあるが,本研究では本人の様子,本人の知らないところで行われたこと等も含めた,より客観的な情報を得たいと考えたためである。 選定は,筆者が関わっている不登校児童生徒支援活動で知り合った不登校生徒の保護者の中から,子どもが高校生年齢である(進路選択後,それほど期間が経っていない)こと,筆者との関係(筆者との関わりがある程度の期間あり,筆者が不登校当時の子どもの様子や変化を

ある程度理解していること),現在の子どもの状態などを考慮して行った。各保護者に調査の趣旨,個人情報の保護等の研究上の倫理の遵守等を説明し,了解を得た。調査対象者:小・中学校の時期に不登校であった3名の子どもの保護者。調査方法・内容:調査は半構造化インタビューにより実施した。録音の許可をとった上で,表1に示した内容について,自由に話してもらった。

表1 インタビューの内容

1.不登校のきっかけ2.進路選択までの経緯3.進路選択を始めた時期4.進路決定の経緯5.進学後の適応状況6.進路選択を進める上で困ったこと

調査時期:平成28年7月~8月。データの処理:録音したインタビューを項目に沿って,分類した。

結果と考察

 インタビュー調査において対象となったそれぞれの生徒について,①不登校になった時期,きっかけ,②不登校の経過,③進路選択過程,④決定した進路,進学後の状況をまとめた(ここでは個人情報に配慮し,最低限の情報だけを記載し,かつ内容の本質を損なわない程度に削除,改変を行っている)。

1.不登校生徒の進路選択に影響を与える要因 上でまとめた不登校生徒の進路選択の実態から,進路指導に影響を及ぼす要因を抽出し,考察を行う。 ① 生徒自身の状態像 不登校生徒の状態像は多様である。不登校状態にあっても,外に出て対人関係や社会的経験を持てていたり,学習や習い事などを続けていたりと,学校に行かないこと以外は普通に生活を送っている場合もあれば,家に閉じこもりがちで,対人関係や社会的経験の機会が少ない場合もある。これらの状態像は,不登校になったきっかけや本人の性格,周囲の対応などによって違ってくると考えられる。また,不登校の時期(初期~中期~回復期)によっても変化する場合が多い。このような不登校の状態像は,進路選択に大きな影響を与えると考えられる。学校に行っていないこと以外は普通に生活できている生徒は,日常の生活に近い進路(全日制の学校など)が選択肢になりうるだろう。一方,生活リズムの乱れ,人に会いたくないといった状態にある生徒の場合は,おのずと進路が限られてくる。本調査の対象者では,AとCは進路選択をする頃には,ある程度の対人経験,社会的経験があり,高校進学もその前提で考えられた。Bは家から出ることも少なく,昼夜逆転状態,主体的な対人経験も乏しい状態が続いていたため,そのような状態で進路を考えざるを得なかったのだろう。

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不登校生徒の進路選択

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表2 不登校生徒の進路選択過程

A B C

始まり・

 

 きっかけ

小2の3学期,クラスメイトの他者へのきつい言動が気になり,1ヶ月ほど休む。小3時にも同様のことで休みが続く。小3の2学期から教室に入れなくなる。

入学直後から,行き渋りはあったが,押し出すように登校させた。小1の2学期より不登校。それまでの親子関係,保育所とのギャップも大きかったと考えられる。

小5の9月より登校渋りが始まる。小5になってから元気のない状態が続いていた。原因ははっきりしない。仲のよい友人と同じクラスになれなかったことが影響しているかも。

進路選択までの経過

小学校

教室には入れないが,教室外での授業や行事には参加できた。小学校高学年になり,登校できない日が多くなっていった。不登校であることに罪悪感が強かった。体を動かすことが好きで,習い事は続けていた。

登校しぶりを始めた頃は,家で暴れたこともあった。それでも小学校低学年の頃は,連れて行っていた。担任やクラスの友だちによって,登校できる時期とできない時期があり,小学校生活を終える。

学校に行きたい気持ちは強かったが,登校途中で顔面蒼白になり動けなくなったりした。休み始めてしばらくした頃,イライラして暴れたりもした。小6から,ことばの教室を活用して,何回か登校できた。

中学校

不登校児を受け入れる中学校に通っている知り合いがおり,説明会に参加した。そこで知り合いができ,その学校に通うことを決める。部活動などに積極的に参加したが,友人関係のトラブル(本人は直接関係がない)により,だんだん登校しなくなる。

小学校での中学説明会で「小学校の勉強をしっかりやってきてほしい」と言われ,「中学は無理」と言い,中学への登校を諦める。以降,家にひきこもりゲーム中心の生活になる。入学式,修学旅行は友達に誘われて参加した。

保護者が不登校児を受け入れる中学の情報を得て,見学に行く。教育方法などが気に入り,進学を決める。初めのうちは車で送っていたが,友人ができ,自分で登校できるようになる。進学後,だんだんと教室での学習はしなくなり,校内の溜まり場的なところで活動する。

進路選択の経過

中2から,進学を意識し始めた(きょうだいの影響)。しかし,「全日制に行きたい」という程度の漠然とした目標であり,また,この時の学力が小学校低学年程度だったため,勉強のしかたのわからなさ,焦りなどで情緒不安定となる。本人の希望にそって,保護者が高校の情報を集め,提供する。本人も,関心のある学校の説明会に参加した。

中3の5月,担任から,いくつか選択肢が示されたが,その後の動きはなし(保護者は,すぐには進学しないという選択肢も考えていた)。中3の1月,「働くのは無理だから,進学する」と言う。担任に紹介された通信制高校(+サポート校)を選択(この学校は,知人が通っていた高校。本人は担任から話が出た時から考えていた様子)。高校説明会に行き,「毎日,通うのは無理」とスクーリングコースを選ぶ。

「学校に行きたい」という思いは,ずっともっていた(本人のやりたいことが,はっきりしていた)ので,勉強は続けていた(1年時から個別塾へ通う)。本人が希望するコースは限られているので,そこに照準を合わせるが,塾の先生のアドバイスなども参考に受験する高校を選択。

進路

全日制高校 通信制高校+サポート校(年間20回程度のスクーリング)

全日制高校

進路選択に関わる困難

高校見学会等にも参加したが,なかなか「ここ!」という高校が見つからなかった。学習に関する焦りやきょうだいとの比較などから,情緒的に不安定になり,受験は無理かと思われた時期もあった。私立を複数受験したが希望通りの結果が出ず,ギリギリになって公立を受験することになった。

保護者との間では,あまり進路の話をしなかった。面接での応答のしかたなどがわからず,中学校の担任に指導してもらった。学習はほとんどしていない。

高校説明会は,行けたり行けなかったり。模試なども受けたが,1回目は途中で帰ってきてしまった。自己申告書を書くことが,不登校だったことを思い出して苦痛だった様子。また,私立の学校は不合格となったところが多い(不登校だったため?)

進学後の状況

入学前に,早起きできるように自分で調整する。入学後は友達作り,部活動に一生懸命に取り組む。友人関係のトラブル,他の生徒とのギャップなどから,通信制高校への転校を考えたこともあったが,その後は落ち着く。2年になって,体調不良が生じる。

初めのうちは,「勉強する意味がわからない」とイライラした様子も見られたが,スクーリングに通い,単位が取得できたことで自信がついた様子。現在では,何とかこなしている。家から出ることも少なく,生活はこれまでとあまり変わらない。スクーリングは母親の送り迎えが必要。

入学当初は,朝起きるのが大変だった。自分のやりたいことができるので,充実した高校生活を送る。今まで“授業”というものを受けてこなかったので学校での勉強が楽しいと感じられる。

保護者の思い

スタンス

子どもに決めさせるスタンス。「情報は提供できるが,決めるのはあなた」と伝える。不登校の「親の会」などに参加して,情報を集める。教育センター等も活用。

保護者はすぐに高校に進学せず,認定試験などでも,と考えていたが,高校進学は本人にとって初めての自己選択だと思う。高校の間に,基本的な社会スキルを身につけて欲しい。母親自身のカウンセリング,教育センター等も活用。

学校へ行く行かないより,勉強を楽しいと思って欲しかった。朝も起きられない状態だったので,高校は無理をせず,大学から再スタートでいいのではと勧めたが,本人の意思は固く,全日制を受験。「親の会」に参加。

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② 生徒の学校に対する認識・意味づけ 不登校生徒が学校をどのようなものと認識しているか

(本人にとって,どのような場所としてとらえられているか)によっても,進路に対する対応が違ってくるようだ。 Aは教室には入れなかったが,教室外での授業や行事などには参加し,友達と関わったり,活動を楽しんだりしていた。Cは「学校に行きたい,行かなければいけない」という思いが強かったようだ。不登校になっても,自分の居場所は学校であると考えていたのだろう。Bの学校に対する思いは,はっきりしない。入学当初から,我慢して登校していた様子も見られ,学校で楽しい経験もほとんどしていないようである。ある時期,登校をうながす保護者に対して暴力をふるったこともあるようだ。不登校になってからも,時折,登校している時期はあるが,

「学校が楽しい」と思えるような経験にはならなかったようだ。そのため,Bにとっての学校は,あまり意味を持たないもの(あるいは,嫌なことをさせられるところ)だったのではないか。進路選択に関しても,学校(社会生活)に復帰したいという希望ではなく,就職か進学かを考えたときに消去法的に進学を選んだと考えられる。 このような学校に対する認識や意味づけの違いは,進学動機や進路選択の積極性にも影響を与えていると考えられる。AとCは,楽しい経験ができる場所あるいは自分の居場所である「学校」を指向し,進路選択に関わる活動(受験勉強や高校説明会への参加,模擬試験の受験)にも参加している。Bは積極的に進路を模索する行動は見せず,最終的には「就職は無理だから進学する」と,自分の知り得る最小限の情報(教師からの情報提供と知人がその学校に通っていたこと)から進路を決定した。③ 将来の目標の有無とその具体性 将来の目標の有無やその具体性も,進路選択に向かう行動に影響を与えている。「高校に行って,これがやりたい」という志望が明確であったCは,高い目標であった受験勉強を頑張り,希望通りの高校に合格した。同じく全日制高校を目指したAは,受験勉強の間に心身が不安定な状態になったが,それは受験勉強の大変さに加え,

「目標自体がはっきりしていなかったことも影響していたのではないか」と保護者が述べている。学校に通っている生徒でも,明確な目標を持って進路を選択することは難しいが,目標がはっきりしていなくても一般的なルートのようなものはある。一方,不登校生徒の場合は,将来を考えることも,一般的なルートに乗ることにも難しさがある。④ 学習,対人関係,社会的経験の乏しさ 不登校生徒の状態は様々であるが,不登校になると学習と離れてしまうことが多い。塾に行ったり,家庭学習を継続している生徒もいるが,それでも学校での学習には追いつかない。調査の対象となった3名の中では,Cだけが個別塾で学習を続けていた。全日制高校の受験を志望したAにとって,勉強はかなりの高いハードルになったようだ。長い間,学校で行うようなやり方で“勉強する”という経験から離れていたAは,受験勉強を始めた頃は,「勉強のしかたがわからない!」とこぼしていたという。Bは中学校の説明会で「小学校の勉強をしっかりとしてきて欲しい」という中学校の先生の話を

聞き,「(小学校の勉強をしていないので)中学は無理」と考えてしまったし,高校進学に際しても,おそらく学力や社会的経験の少なさからくる自信のなさや不安から,基礎学力や他者との関わりが必要とされる進路を選択しなかった(できなかった)のだろう。 また,これらのことは進路決定後(特に高校進学後)の適応にも影響を及ぼす可能性がある。Bは入学して間もなく,「勉強する意味がわからない!」と言ってイライラしていたようだ。それまでほとんど学習した経験がないBにとって,高校の学習についていくことには,かなりの困難が伴ったのだろう。それでも,少しずつ勉強のしかたを身につけ,年度末に無事,単位を修得できた。そのことで自信をつけたようで,2年目以降は淡々とこなしているという。 一方,Aは,高校に入って,まわりの生徒たちとのギャップを感じた部分があったようだ。おそらくAはもともと知的な能力が高い生徒だが,不登校により学習の積み重ねが少なく,A本来の能力より学力や意識の低い生徒の多い高校に入学したため,そのようなギャップを感じたようだ。それでもAは,その学校で自分なりに勉強を頑張っているが,このようなミスマッチは進学後の適応に対するリスクとなる可能性がある。⑤ 進路選択に関する手続きへの関与 進路選択にあたっては,様々な準備が必要となる。高校進学に関して言えば,志望する高校の情報を収集するための高校説明会や模擬試験など,志望校の選定,試験までに,本人自身の様々な取り組みが必要となる。不登校生徒の場合,これらの取り組みにおいて困難が生じることもあるようだ。AとCは保護者に勧められて,選択肢の高校の説明会などに参加しようとするが,当日の心身の状態により参加することができなかったこともある。不登校生徒の中には,心身の不安定な状態が続いている者もおり,進路選択のための準備が十分にできないこともあるのだろう。 Cの受験した高校の中に,自己申告書の提出を求める高校があった。Cは自己申告書を書くのに大変苦労したそうだ。不登校になって辛かった時のことを思い出してしまうからである。不登校を経験した生徒には,このような困難もあるのである。⑥ 保護者の関わり 不登校生徒は学校での進路指導を十分に受けていないことが多い。進路指導は,進路の決定を行うだけでなく,自己の適性や興味関心の理解,就労することの意義などについて考える機会であるが,そのような機会が得にくく,加えて不登校という状況もあり,進路を考える際に様々な困難が伴うことは想像に難くない。子ども自身が自分の進路や将来をどのように考えるか,その目標に適した進路はどこか,現在の不登校という状況を踏まえて,その進路に適応できるのか,などを考えていかなければならない。 しかしながら,この過程を生徒自身で進めていくことは難しく,保護者の協力が不可欠である。今回,調査をした保護者たちの関わりからは,各生徒の思いや主体性,現状でできることなどを考慮しながら支援を行っている様子がうかがえる。例えば,保護者のほうから「進路

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不登校生徒の進路選択

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はどうする?」と問うのではなく,何らかのきっかけで本人から進路についての話が出たり,学校から本人に問い合わせがあった時などに,タイミングを見計らって話をしている。また,子どもが進路についての情報を求めたときに,それが提供できるよう「親の会」などで経験者からの話を聞いたり,不登校生徒のための進路説明会,学校説明会等へ参加したりして情報を集めていた。一般生徒の進路選択においても保護者たちは多くの協力をしているが,不登校生徒の保護者には,より多様で多くの支援を提供することが求められている。

2.保護者の思い 今回は保護者に対するインタビューであったため,保護者の思いや苦労の実態が明らかになった。面接の質問内容には対応しないが,筆者が聞き取りのなかで感じたことをまとめてみたい。① 保護者のスタンス 今回の面接調査から,保護者たちが子どもたちの意思や主体性を尊重して支援を行っていることがわかった。子どもたちが不登校になったとき,保護者たちは様々な支援を行ってきたが,社会的な常識や保護者の思いでは登校できないという経験をしてきているため,進路選択に関しても,子どもの意思,主体性に任せる関わりになったのだろう。 今回調査対象になった保護者は,それぞれの子どもたちが小学校から不登校になり,比較的長い経過をたどっていることも,保護者がそのようなスタンスをとれることに影響しているかもしれない。しかしながら,まったく手放しで信頼して子どもの選択に任せているわけでもなさそうだ。Bの保護者はそれまでのBの状態から,中学卒業後,すぐに進学しなくてもよいと思っていたし,本人もそう考えているのではないかと考えていた。高校に在籍しても今までの生活と変わらないのなら,規則正しい生活リズムや自分で外出をしたり,人に会ったりできるような社会的なスキルを身につけてからでもよいのではないか,何年かして本人が必要だと思ったら,高校に進学してもいいし,高校卒業程度認定試験などを受けてもいいのではないかと考えていた。ところが,本人は担任教諭からの情報などから進学を決めた。保護者としては,「大丈夫なのだろうか」,「この選択は本人にとってよいものだろうか」という不安や心配はあったが,本人が意思表示したことなので希望通りに進めることにした。実際,進学したからといって,生活が大きく変わったわけでも,一人で外出したりできるようになったわけでもないが,自分なりにレポートに取り組んだり,スクーリングで話せる人ができたり,少しずつ変わってきた面があることを認めている。 Cの保護者も,Cの生活の状況から「自分のやりたいことは,大学からでもいいのでは」とCに勧めたが,Cの意思は固く,全日制高校を受験し,希望する学校に合格した。 保護者は,子どもの状態に合わせて,無理をさせない選択肢を準備し,そちらのほうがよいのではと提示しているが,子どもなりに保護者の意図とは異なった選択をしている。保護者としては,心配はありながらも,子ど

もの判断に任せ,その成長を願い,信じているのだろう。② 保護者にとっての進路選択 今回,面接のなかで「進路選択において困ったこと」を尋ねたが,保護者の立場からのはっきりとした答えが返ってこなかった。これは,保護者が不登校の子どもの進路選択を支援するうえで,何が正しい道筋で,何が困ったことなのかが,わかりにくいためではないだろうか。これまで述べてきたように,不登校生徒の進路選択には,様々な状況や要件が影響している。彼らの進路選択には,保護者自身が経験してきた進路選択の方法や一般的な進路選択の流れや方法とは別のことが求められるのである。また,それは個々の子どもの状態や置かれた状況によって違ってくる。したがって「これが間違いのないやり方」というものがないのだろう。不登校生徒とその家族は,その時その状況において最善と思える選択をしているのだろう。対象となった生徒たちは,今は安定して生活しているが,生徒本人や保護者たちの心の中には「またいつ行けなくなるかもしれない」という思いがあるのかもしれない。そういった意味では,彼らは未だ進路選択の渦中にあり,多くの不安や困難を抱えているのではないだろうか。

まとめと今後の課題

 今回の調査を通して,不登校生徒の進路選択過程の実態の概要が明らかになった。学校に通っている生徒の進路選択と重なる部分もあるが,不登校であるが故の困難さもあった。本研究では,3名の生徒の保護者を対象に調査を行ったが,今後,より多くの資料を収集し,内容を洗練していくことが必要である。 不登校生徒の進路選択過程は,いつ本人の関心が外に向くのか,将来どのようになりたいと思っているのか,希望する進路に進むために,どれくらい準備ができているのか,選んだ進路に適応できるのか,といった様々な考慮,判断すべき事がらの中で模索していく過程と言えよう。それはまた,制約が多く,不確定性の高いなかで判断や選択を行っていく過程とも言える。 今回の結果からは,不登校生徒や保護者を支援している教員や教育関係者に対して,進路選択のための準備として,これくらいの時期に,このようなことをしておけるとよい,といった知見が読み取れる部分がある。それは参考になることであるが,“実際には,それが難しいのだ”,ということを保護者の話から強く感じた。我々支援者する側も,保護者と同じように,不安や心配をしながらも,子ども自身や保護者の判断を尊重し,信じて関わることが求められるのではないだろうか。

付  記

 本研究において,調査に協力していただいた方々に心より御礼申し上げます。

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千葉大学教育学部研究紀要 第65巻 Ⅰ.教育科学系

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引用・参考文献

松井美穂・笠井孝久(2010)「不登校を経験した青年の育ちを抑制するもの─不登校経験者の意味づけと影響─」千葉大学教育学部研究紀要第60巻,pp.55-62

文部科学省(2014)「不登校に関する実態調査」~平成18年度不登校生徒に関する追跡調査~

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/ 1349956.htm