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Page 1: 破壊じん性とその評価方法 (I)* - JST

495

総 説 REVIEW

破壊 じん性 とその評価 方法 (I)*

小 林 英 男**

Fracture Toughness and Its Evaluation Method (I)

by

Hideo KOBAYASHI

(Faculty of Engineering, Tokyo Institute of Technology, Tokyo)

1 は じ め に

今 日, 大型構造物や プラ ン トにお ける破壊事故が も

た らす社会的影響 ははか り知れ ないものが あ り, 材料

破壊 の研究お よびそ の構造物 の破壊防止へ の適用 の重

要性 は, 従来 に比 して一段 と高 ま りつつあ る. 特 に,

ここ20数 年 の間 に飛躍的進歩 を とげた破壊 力学 の手法

が, 構造物 の破壊防止 の問題 に大 きな成果 をもた らし

た ことは, 最近 の トピックス として強調 され よう. 破

壊 力学における興味の対象 は, その当初 か ら今 日まで

常 に破壊 じん性 (fracture toughness) の 問題 に 向1)2)

け られ て い た. そ れ は Griffith か ら Orowan を経 て,3)

Irwin に よって完結され るまでの歴 史が示 す とお りで

あ る.

破壊 じん性は試験片や部材に き裂あ るいは き裂状の

欠陥が存在す る場合に, それを起点 として荷重増加を

伴 うことな く破壊が急速に進行す る, いわゆ る不安定

破壊が生ず る際に材料が示す抵抗値で ある. この よ う

な破壊 じん性値は, エ ネルギ解放率g, 応力拡大係数

K, き裂先端開 口変位CTODあ るい はJ積 分等 のき

裂先端 の力学的状態を記述す る単一 のパ ラメータに よ

って表現 され る. また, 破壊 じん性が工学的 に重要視

され るのは, 平滑試験片 につ いての強度特性 と全 く相

反 する ような特性 を示すか らである. 例 えば, 極め て

大 ざっぱに言 えば, 同一系列 の材料 に対す る破壊 じん

性値 は降伏 強度 の増大 とともに低下す る. したがって,

高強度材料 を用 いて降伏強度基準 で充分 に安全 な設計

を した と考え られる構造物 において も, その部材 に何

らかの原因で欠陥が存在 した り, あるいは き裂 が発生

す るよ うな場合には, む しろ不安定破壊 とい う致命 的

な損傷が もた らされ る結果 となる. 材 料の降伏強度は

温度の低下 とともに増大す るか ら, 低 温において破壊

じん性を考慮す ることな く設計 した場 合にも, 全 く同

様 な結果が もた らされ る. 過去における構造物 の破壊

事故 のなかには, 上述の よ うな破壊 じん性 に対 する認

識 の欠如に起因 してい ると考え られる ものが決 して少

くない.

一般に は, 不安定破壊に先行 して, 荷重増加 ととも

に破壊が徐 々に進行す る, いわゆ る安定破壊が介在 す

る場合が多い. また, 安定破壊の一種であ るが, 疲 労,

応 力腐食割れ, クリープ等 によ りき裂が進展 した後に,

不安定破壊に移行す る場合 も少 くない. 図1に 不 安定

破壊 に至 るまでのい くつか の過程を, 応力 σ, き裂寸

法aお よび応 力拡大係数Kの 時間的変化に関連 させて4)

示 す. 不安定破壊 が critical flaw growth, それに先

行する安定破壊 が sub-critical flaw growth とよば

れ るとお り, 安定破壊 の内容いか んにかかわ らず不安

定破壊 に移行す る際に材料 の示す抵抗値 が破壊 じん性

であ る. しか し, 破壊 じん性 は先行す る安定破壊 の内

容に よって著 しい影響を受け る. 同時に, 破壊 じん性

値には顕著な寸法効果が存在す ることが知 られている.

これは応力状態 と降伏規模の問題 に起因 してお り, 特

に後者に対 して は破壊 じん性を表示す る力学パ ラメー

図1 不安定破壊に至る過程4)

* 原稿受理 昭和53年5月23日

** 正 会 員 東京工業大学工学部 東京都目黒区大岡山

昭和53年6月 (1)

Page 2: 破壊じん性とその評価方法 (I)* - JST

496 小 林 英 男

タの選択が問題となる. 以下では, これらの破壊じん

性に関する諸問題および破壊じん性の評価方法につい

て, 筆者の私見を混えて解説したい.4)~7)

2 破壊じん性の物理的背景

き裂面の面積がAな るき裂を有する弾性体について,

外力Pの 作用のもとでAの 準静的な微小増加に伴う系

のエネルギ平衡を考えれば, 次式が成立する.

d/dA(L+U) =dW/dA (1)

ここで, Lは 外力の仕事, Uは き裂の存在に よ り解放

されてい る弾性ひずみエ ネルギ, Wは き裂面の もつ表

面 エネルギであ る. (1)式の左辺 の値 は, ポテ ンシャル

・エネルギQを 用 いて次式 で与 えられ,

g=-∂Q/∂A (2)

エ ネルギ解放率 とよばれ る. 与え られた境界条件の も

とで き裂面 の面積が増加す るとき, この力学系の ポテ

ンシ ャル ・エネルギは必ず減少す る. いい換 えれば,

gは 必ず正 である. また, gは き裂面 の面積が増加す

る ときの力学的状態 のみ に よって定 ま り, 境界条件 に

は よらない. す なわち, gは 固定把 みあるいは死荷重

のいずれに近いか とい う荷重方式 (試験機 の剛性) に

無関係であ る. 一方, (1)式の右辺の値は, 単位面積当

りの表面エ ネルギ γの2倍 にほかな らない. したが っ

て, (1)式は次式 のよ うに書 き直す こ とが できる.

g=2γ (3)

いい換 えれば, き裂 を有 する弾 性体 においては, エネ

ルギ解放率gが 外力Pあ るいは き裂面の面積Aと とも

に増加 して, 物質定数であ る限界値, gc=2γ, に達す

るな らば, き裂 は成長を開始 し,

g≧gc (4)

が保たれるな らば き裂 は成長 し続 け, 破壊 に至 る. い

ったん(4)式が満足 されれば, (g-gc)に 相 当する余分な

エネルギはき裂 の運動エ ネルギに変換 され, き裂の伝

ぱ速度 は急激 に増大 し, 破壊 は瞬時 の うちに完結す る.

その よ うな意 味か ら, gcは 破壊 じん性 とよばれ る.

エ ネルギ解放率gは, モー ドI, モー ドIIお よび モ

ー ドIIIのき裂面の変位様 式に対 して, それぞれ定義 さ

れ る. モー ドIの 場合のエネルギ解放率gIが 実際上

か ら最 も重要であ る. 例えば, 図2に 示す よ うな無 限

遠方 で一様応 力 σが加 え られてい る長 さ2aの 貫通 き

裂 を有す る単位厚 さの無限板 のgIは, 平面 ひずみ状

態 を仮定 して次式 で与 え られる.

gI=(1-ν2)σ2πa/E (5)

ここで, νはポアソン比, Eは 縦弾性係数であ る. こ

の場合について(4)式の関係を示せば, 図2(a)の とお り

となる. なお, 図中 のgICは モー ドIの 場合 の破壊 じ

ん性, また σcは破壊応 力である.

さらに, モー ドIの エネルギ解放率gIは, モー ド

Iの き裂先端の応力拡 大係数KIに 対 して, 平面ひず

み状態 を仮定すれば次式 の関係にあ る.

gI=(1-ν2)KI2/E (6)

したがって, (4)式は次式 のよ うに記述 しても良い.

KI≧KIC (7)

応力拡 大係数KIの 限界値KICも 破壊 じん性 とよば

れ る.4)~7)

3 平面ひずみ破壊じん性KIC

実際の材料 (弾塑性体) では, 破壊に先行してき裂

先端で必ず塑性変形が生ずる. ひずみ硬化をしない弾

完全塑性体に対するき裂先端の塑性域寸法RPは, 塑

性域の半分をき裂の一部とみなした等価き裂寸法の概

念に基づき, 応力拡大係数KIを 用いで平面ひずみ状

態の場合に次式のように表示できる.

RP=2/5.6π(KI/σys)2 (8)

図2 エネルギ解放率gIと 破壊 じん性gcと の関係

(a) (b)

(2)「 材料」第27巻 第297号

Page 3: 破壊じん性とその評価方法 (I)* - JST

破壊 じん性とその評価方法(I) 497

ここで, σysは 降伏応 力である. 上式は, 塑性域寸法

RPが き裂寸法aに 対 して,

RP≪a (9)

なる関係を満足 する場合 についてのみ有効 であ る. (9)

式 が満 足されるな らば, 少 くとも塑性域外部 の弾性応

力場は, 弾 性変形 のみを仮定 した応 力拡大係数KIに

よってほぼ完全に記述 される もの と考 え られ る. (9)式

を小規模降伏 の条件 とい う. したが って, 小規模降伏

状態では, (7)式の左辺の力学量 としての意 味はなお明

確 であ る. しか し, た とえ(9)式が成立 した として も,

(7)式の右辺 の値 は塑性変形 の程度に よって大 きく異 り,

表面 エネルギ よりもむ しろ破壊に際 してな され る塑性

仕事 を内容的 に表す もの と考 え られ る. そ のよ うな場

合 にもき裂 の成長 の条件 として(7)式が成立す る とい う

物理 的根拠 は明確 ではない. それ にもかかわ らず, 実

際の材料 における き裂 の成長 の条件 は, 主 として塑 性

仕事 の大小に支配 され る抵抗値R(g)あ るいはR(K)

を用いて, 次式の よ うに表示 され る.

gI≧R(g), KI≧R(K) (10)

実験結果 に よれば, (10)式の右辺 の値Rは 必ず しも材

料定数 ではない. 部材 あるい は試験片 の形状 ・寸法 と

ともに, 予 き裂 の形状 ・寸法 な らびに試験片 に対す る

相対寸法, さ らに荷重型式 の関数 で もある. これ らの

因子の影響は, 主 として き裂先端で生 ずる塑性変形 の

程度 と拘束 のされ方, すなわち小規模降伏状態 の満 足

度 と平面応力か平面ひずみか とい う応力状態の差異に

基づ いてい る. さ らに重要 なこ とは, 同一 の部材あ る

いは試験片 において予 き裂か ら破壊が拡大 して行 く場

合, き裂成長 とともに抵抗値Rが 連続的 に変化す る事

実であ る.

前述 した中央予 き裂平板についての 一例を図2(b)に

示す. 抵抗値R-き 裂寸法a曲 線 はR曲 線 と 略称 され

る. 図 では初期 き裂長 さa0の 異 る二本 のR曲 線AB

お よびCDが 書かれ ている. いずれ の場合 も応力 σ

が増 加 して σinに達すれ ば(10)式が満足 され, き裂 は成

長 を開始 する. しか し, ABお よびCDの 区間では,

d/da(gI-R)<0 (11)

であ るため, エ ネルギ的には安定なつ りあい状態 にあ

る. いい換 えれば, (10)式を満足 して き裂が成長 して も,

(gI-R) に相 当す る余分 なエネルギは生 じない. した

が って, 応 力を単調 に増加 させ, 常 に(10)式を満足 させ

てや らない限 り, 継続 した き裂成長 は生 じ得 ない. し

か し, gI直 線 が点Bお よびDでR曲 線 に接す る よう

にな った ときには,

d/da(gI-R)=0, d2/da2(gI-R)>0 (12)

であ るか ら, もはや応力を増加させな くとも, き裂成

長に伴い余分なエネルギが生じ, き裂は伝ぱ速度を増

加して, いわゆる急速破壊する. このような意味から,

ABお よびCDの 区間の破壊過程 を安定破壊, 点B

お よびD以 後の破壊過程 を不安定破壊 とよぶ. それ に

対応 して, 安定破壊開始 の破壊 じん性gin (あるいは

Kin) と 不安定破壊開始 の 破壊 じん性gc (あるいは

Kc) がそれ ぞれ定義 され る.

上述 したR曲 線の形は塑性域寸法や破壊機構な どの

因子 にも影響 され るが, 単純 にはき裂成長に伴 う破壊

様式 の遷移 を反映 した結果 として理解 され る. 対応す

る破面 のスケ ッチを図3(b)に 示す. 荷重方 向に垂直 と

な っている予 き裂面 の強制 に より, 予 き裂前縁 の塑性

域は試験 片の厚さ方向の大半 にわたって, 平面 ひずみ

状態の変形様式を反映 した もの となっている. そ の結

果, 最初に生ず る破壊は引張型であ る. しか し, 破壊

の進行に伴い, 板の側面近傍におけ る平面応力状態 の

変形様式を反映 して, 側面に近い領域では45°せ ん断

型 の破壊, す なわ ちせ ん断縁 が生ず る ように なる. せ

ん断型 の破壊 に際 しては, 引張型 の破壊 よりも大 きな

塑性変 形が生 じ, 変形様式 か ら考 えて も破 面形成 に費

やされ る塑性仕事 は大 であ る. したが って, 引張型 と

せん断型それぞれに対する抵 抗値 をRt, Rsと すれば,

Rt<Rs (13)

となってい る. また, 引張型 とせ ん断型 の混合す る場

図3 破壊 じん性試験片の破面

(a)

(b)

(c)

昭和53年6月 (3)

Page 4: 破壊じん性とその評価方法 (I)* - JST

498 小 林 英 男

合の見掛け上の抵 抗値Rは, 板の厚 さ方向について考

えたそれぞれの破 面率をAt, Asと して,

R=RtAt/At+As+RsAs/At+As (14)

となる. Asは 破壊 の進行 とともに増加す るか ら, 見

掛 け上 の抵抗値Rも 同様に増加 してい く. 破面上の こ

のよ うな領域が安定破壊 の過程に対応 してい る. つ ぎ

に, この ような過程 の後に, 破面全体がせ ん断縁 とな

るかあ るい はせ ん断縁 の破面率が一定 となるな らば,

抵抗値Rは 破壊 の進行 とともに増加せず, 不安定破壊

が生ず る. なお, 破面上 のこの領域 では, き裂伝ぱ速

度 の増大 を反映 して, せん断縁 の面積率はかえ って減

少 して行 くこ ともあ る.

部材や試験片 の応力拡大係数KIが 既知 ならば, 安

定破壊か ら不安定破壊へ移行す る際 の応力 σcお よび

き裂長 さaを 用 いて, 不安定破壊開始 の破壊 じん性値

Kcが 算出で きる. このKcの こ とを, 混合モ ー ドの

破壊 じん性, あるいは平面応 力破壊 じん性 ともい う.

混合 モー ドとい う術語 は, 引張型 とせん断型 とが混合

す る破面形態か ら考え て, き裂面 の変位様式がモ ー ド

Iと モー ドIIIとの組合せ となってい ることを意味 して

い る. ただ し, 応力拡大係数 の算出に際 しては, モ ー

ドIIIの成分 の存在を考慮 してい ない ことは断わ るまで

もない. 上述 した(13)式の関係に は, このよ うな見掛け

上 のモー ドIの 応力拡大係数KIで 表示す ることに よ

る差異 も含 まれてい る. また, 平面応力 とい う術語は,

せん断型 の破面を もた らす よ うな変形様式を意味す る

ものであ る.

前述 した とお り, 破壊 じん性Kcは 部材あ るいは試

験片の寸法に よって 異 る値を 取 る. 例 えば, 厚 さを

変えた場合の破面を図3に 示す. 図 の(b)の場合につい

て は上述 した とお りであ る. それ よ りも厚 さが大 きい

(a)の場合に は, 強い平面ひずみ状態を反映 して, 予 き

裂先端か ら直接に引張型 の不安定破壊が生 じ, 安定破

壊 は介在 しない. 一方, 厚 さが小 さい(c)の場合には,

逆 に平面応力状態を反映 して, せん断縁の面積率は著

しく増大す る. 生ず る塑性変形 の程度お よびせん断縁

の面積率か ら当然, Kcの 値は(a), (b), (c)の順番で増

加 して行 く. 部材あ るい は試験片の他の寸法を変えた

場合に も以上 のこ とは同様であ り, 一般にKcは それ

らの寸法 の増大 とともに 低下す る 傾向 とな る. 18%

Ni鋼 の平板試験片 について, 厚 さを変えた実験結果8)

の一例を図4に 示す. ただ し, 図か らわか るよ うに,

厚 さとともに無限に低下する訳 ではな く, 強い平 面ひ

ずみ状態を反映 して破面全体がほ とん ど引張型 とな り,

(14)式においてせん断型 の寄 与が無 視され る ような場合

には, Kcは ほぼ厚 さを始 め とす る寸法 に よらない一

定値に落着 く. このKcの こ とを平面 ひずみ破壊 じん

性 とよび, 記 号KICで 表 す. 添字 のIは き裂面 の変

位様 式がほぼ完全 にモー ドIで あるこ とを意味 してい

る. (7)式に示 したKICは 塑性変形 を伴わ ない とい う点

で, 上述のKICと は異 ってい るが, 両者 のKICが 本

質的に相違 している訳 ではな く, その よ うな差異 は主

として材料特性 とみなされ る.

4 平面ひずみ破壊 じん性KICの 評価方法

平面ひずみ破壊 じん性KICは, き裂 の成長 に対 する

材料の最小の抵抗値 を示 している とい う点か ら, 極 め

て重要であ る. 構 造物 に予 め欠陥が存在 した り, ある

いは疲労な どに よ りき裂 が生ず る場合 には, 稼動応 力

とその よ うな欠陥ない しき裂 の寸法 とか ら算定 され る

応力拡大係数の値 がKICを 越 えるこ とのない よ うに,

設 計, 製作 お よび使用 に際 して充分 な配慮が なされな

ければな らない.

多 くの場合, KICは 別の方法 に よって評価 され る.

例 えば, 図3(b)の ように安定破壊 の介在 を示す場合,

安定破壊 が開始する際には, 予 き裂 の前縁 において強

い平面ひず み状態 が保たれ ている. したが って, 安定

破壊 が開始 する際の応 力 σinお よび予 き裂長 さa0を

用いて安定破壊 開始 の破壊 じん性値Kinを 算 出すれば,

KinはKICに 近い内容をもっているはず であ る. 図4

には荷重-変位 曲線 のポ ップイ ン応 力 か ら求 まるKin

の値 も示 してあるが, 厚 さがあ ま り大 き くなく安定破

壊 が介在 する場合 のKinの 値 は, 厚 さが 充分に大 き

く安定破壊 が全 く介在 しない場合 のKICの 値 にほ とん

ど等 しくな っている. ただ し, 厚 さが極端 に小 さ くな

った場合 には, 予 き裂 の前縁において平面 ひずみ状態

が保たれな くなるか ら, Kinの 値は必ず しもKICの 値

と等 しくな らない.

ASTMで 規格化 され ている平面 ひずみ破壊 じん 性

試験方 法に よれ ば, 上述 の意味 でのKICを 評価す るこ

とがで きる. 以下 ではこのよ うな意味で のKICの 評価

に主眼 をおき, 規格 を解説す る. 規格 は1968年 以降た

びたび 改正 され たが, 現在 ではASTM規 格E399-9)

74に示 され てお り, 米国 のみ ならず ヨーロ ッパにおい

ても, その極 めて厳密 な規格に従 ってKICを 測定 して

図4 18% Ni鋼 の破壊 じん性Kcお よびKICの 試

験片厚 さ依存 性8)

(65)せ ん断破面率(%)○KC (中 央 き裂)●KIC (中 央 き裂)

▽KIC (表 面 き裂)

□KIC (環 状 き裂)

(4)「 材料」第27巻 第297号

Page 5: 破壊じん性とその評価方法 (I)* - JST

破壊 じん性とその評価方法(I) 499

い る.

ASTM規 格ではKICを 次の要領で測定する. 試験

片 は, 3点 曲げ試験片 とコンパ ク ト試験片の2種 類 で

あ る(図5参 照). 素材か らの試験片の採取方位 も考慮

され てい る. 試験片には鋭い切欠 きを付すが, その形

状 はシ ェブロ ン, また は製作が容易な貫通のいずれで

も良い. 切欠 きの先端には規定の形状 と長 さの疲 労 き

裂 を生 じさせ る. 疲労 き裂先端の塑性域を充分小 さく

す るた め, 繰返 し荷重 の条件 も厳密に規定 されてい る.

静的 な破壊試験に際 して は, 切欠 き端に付 した ク リッ

プ ・ゲージに よ り, 荷重Pと き裂開 口変位CODと の

関係 をX-Y記 録計 に書かせ る.

KICの 計算に必要 な安定破壊が開始 す る 際 の 荷重

Pinは, P-COD曲 線か ら以下の よ うに評価 され る.

まず, P-COD曲 線 において, 弾性変形の結果のみを

示 してい る直線部分に対 して こ う配を求め る. それ よ

りも5%だ け こ う配を減 じたセ カン ト線 を 引 く. P-

COD曲 線 と5%減 セカ ント線の交点か ら 荷重PQを

決定す る. ASTM規 格 では, この ようなPQをPin

に等 しい とみなす. 5%の こ う配 の減少 は, ほぼ ⊿a

=0.02aの き裂成長 に よる 試験片 の コンプライア ン

ス変化に相当す る. ASTM規 格はポ ップイ ン現象 が

生ず る場合について, 平 面ひず み状態 での塑性域寸法

(RP/2) に ⊿aが 等 しい と仮定 して, PQに 意味づ け

を与えている. しか し, この方法 は図6に 示す ように,

ポ ップイ ン現象を生 じない場合 にまで拡張 され る. こ

の よ うな場 合には, 塑性域 の拡大 に よる等価 き裂 寸法

概 念に基づ くコンプライア ンス変 化 と実際の き裂成長

に よる コンプライア ンス変化 と は 区別されず, 荷重

PQで 実際に 破壊が開始 したか 否か は不 明である. ま

た, ポ ップイ ン現象 を生ず る場合 には, 5%減 セカ ン

ト線を用いな くとも, 直接 にPQを 読 み とるこ とがで

きる. すなわち, Pinを 簡便 にPQで 評価す ることが

ASTM規 格 の特徴 であるが, それは同時に規格の大

きな弱点 ともな ってい る.

破面におけ る疲労 き裂長 さの測定 は倍 率10~30倍 の

顕微鏡で実施 し, 切欠 き寸法を も含 めた有 効 き裂長 さ

a0を 決定す る. 上述 したPQとa0と か ら, コンプラ

イ アンス測定で求めた次の多項式 よ り,「 仮の」破壊

じん性値KQを 計算す ることがで きる.

3点 曲げ試験片:

KQ=PQS/BW3/2〔2.9(a0/W)1/2-4.6(a0/W)3/2+21.8(a0/W)5/2

-37.6(a0/W)7/2+38.7(a0/W)9/2〕 (15)

コ ンパ ク ト試 験 片:

KQ=PQ/BW1/2〔29.6(a0/W)1/2-185.5(a0/W)3/2

+655.7(a0/W)5/2-1017(a0/W)7/2

+638.9(a0/W)9/2〕 (16)

ここで, Sは スパ ン長 さ, a0, Bお よびWに ついて は

以下 で説 明す る.

「仮 の」破壊 じん性値KQが 「有効な」平面ひずみ

破壊 じん性値KICで あるためには, 規格に定め られた

諸条件が満足 されてい なければ ならず, それ らの条件

のなか で重要 なものは次 のとお りであ る.

(1) 試験片寸法

き裂長 さa0, 幅W, 厚 さBお よび リガメン ト長 さ

b0=W-a0の 間 の関係 (標準試験片):

a0≒b0≒W/2, B=W/2 (17)

試験片寸法 と降伏応力 σysお よびKQの 間の関係:

a0, b0, B≧2.5(KQ/σys)2 (17)'

(2) 疲労き裂挿入の応 力拡大係数Kf,max

図5 平面ひずみ破壊じん性試験片9)(三点曲げ試験

片の寸法の詳細は コンパクト試験片に同 じ)

図6 荷重-き裂開口変位曲線の基本的な型式9)

I型 II型 III型

昭和53年6月 (5)

Page 6: 破壊じん性とその評価方法 (I)* - JST

500 小 林 英 男

Kf,max≦0.6KQ

Kf,max/E≦0.00032m1/2} (18)

(3) P-COD関 係

Pmax/PQ≦1.10

(19)

(4) 疲労 き裂 の形状 ・寸法

0.45W≦a0≦0.55W

疲 労 き裂長 さ ≧1.3mm, 0.05a0

疲労き裂前縁の曲率の制限}

(20)

以上 の うちで(1)の条件は, a0, b0に 関 して小規模降

伏状態, Bに 関 して平面ひずみ状態の満足度を示 して

いる. す でに示 した(8)式を参照すれば,

2.5≒2/5.6π×22 (21)

であ り, (17)'式の条件 はそれぞれ, a0, b0, Bが 平面 ひ

ずみ状態での塑性域寸法RPの 約22倍 以上 を要求 して

い ることがわか る. (2)の条件は, Kf,maxが 小さ くな

るほどKQは 低下す るとい う実験結果に基づいてい る.

す なわ ち, (1)および(2)の条件か ら, 得 られ るKICは 平

面 ひずみ状態 で, か つ応 力履歴 の影響が ほ とんど無視

で きる とい う理想 き裂か らの, 破壊開始 に対す る じん

性値 にほかな らない ことがわかる. (3)の条件 は, き裂

先端での変形お よび破壊 がおおむね線 形弾性挙動 であ

ることを保証す るために必要であ る. さらに, (4)の条

件 は, (15)式あ るい は(16)式の応力拡大係数の多項式が充

分 な精度 をもつために必要 とされ る.

ASTM規 格に基づ く平面ひずみ 破壊 じん性試験を

上述 の要 領で実施す る場合, か な りの数 の試験片がい

ず れかの条件 を満 たさず, したが って厳密な意味での

「有 効な」平 面ひずみ破壊 じん性値KICが 得 られ ない

ことに驚 くであろ う. KIC試 験 は少 くとも他 の普通 の

材料試験に比較す るとかな りの費用がかかる. 図7は10)

KICの 降伏応力 σysへの依存を示 した ものであ り, 一

般にKICは σysの 増大 とともに低下す る. 図か らわ

か るよ うに, 多 くの高強度金属材料に要求 され る試 験

片厚 さはB≦50mm(2in) 程度 で, 試験機 の容量はさ

ほ ど必要 としない. しか し, 疲労 き裂入れを含めた高

価な試験片製作費 ばか りでな く, COD測 定 の装置 な

どに もかな りの費用を必要 とする. さ らに, 図に示 さ

れてい る原子炉圧力容器な どに用い られ るA533B鋼

に代表 され るよ うな中 ・低強度金属材料 の場合 には,

要求 され る試験片厚 さは極めて大 とな り (例えば, B

≧300mm(12in)), 多額 の試験片製作費 とともに, 極

めて大 きな容量の試験機 の設置 までが要求 され るこ と

になる.

したがって, 上 記の(1)~(4)の条件 の うちで, どれが

絶対に守 られねばな らないか, また どれが測定値 に対

して どの程 度 の不満足度を許容で きるのかを検討 して

お く必要があ る. もちろん, 最 も重要なのは条件(1)で

あ り, 実際にはそれが満足 され さえすれば, 得 られた

KQは 「有効な」KICだ と判断 され る場 合が多い. 疲

労き裂 入れ に際 しては, き裂成長 に伴 いKf,maxが 漸

減 する よ うな方法 を採用 し, 最終 のKf,maxの み に充

分な注意を払い さえすれば, 条件(2)は容易に守 ること

がで きる. 条件(3)が満足 され るか否かは材料 自身の塑

生変形挙動に も強 く依存 し, 満足 され なく とも妥当な

KICが 得 られている場合 が多 い. しか し, 前述 した と

図7 平面ひずみ破壊じん性KICの 降伏応力 σys依存性および要求される

試験片寸法10)

(6)「 材料」第27巻 第297号

Page 7: 破壊じん性とその評価方法 (I)* - JST

破壊 じん性とその評価方法(I) 501

お り5%減 セカ ン ト線 を用 いて求 めたKQは 必ず しも

安定破壊 開始の破壊 じん性値Kinに 一致 しないか ら,

条 件(3)の設定はむ しろKQの 妥 当性を保証 するために

必要であ るともいえ る. したが って, なん らかの方法

でKQの 妥当性が保証 され るな らば, 条件(3)は不必要

とな る. 条件(4)の制限は さらに大 まかに考える ことが

で きる. 条件(4)が満足 されない場合には, (15)式あるい

は(16)式に示 した応力拡大係数の多項式が正確に適用で

きな くな るだけで, KICの 内容が損われ る訳 ではない.

また, 条件(4)が満足 され なくとも, (15)式あ るいは(16)式

に適 当な補正を行い, 正確に応力拡大係数を評価す る

ことも可能であ る.

以上に述べた ことを, 正 しくない試験方法や不 正確

な測定方法を認めた ものと解釈 してはな らない. もち

ろん, 規格 は試験方法 の指針を兼ねた標準化のための

一 つの約束事にす ぎない. いい換えれば, 規格のバ ッ

ク ・データは限 られ てお り, さらにバ ック ・デ ータの

なかで も無 視され ている部分 が少か らず存在す るであ

ろ う. 万能 ではあ り得ない規格 に基づ く以上, KICの

評価が不可 能な場 合や, また規格 に基 づ くKICが 本来

のKICと 異 る場合 も充分にあ り得 る. む しろ, KIC

概念の正 しい認識の上に立 って規格に準 じた試 験を行

うならば, これ らの場合について もKICの 評 価は全 く

不可能 とい う訳 ではな く, さ らに は多額 の出費を軽減

する一助 ともなるこ とを強調 しておきたい.

5 動 的破壊 じん性KIdお よびKIDと 伝ぱ

阻止破壊 じん性KIa

平面ひずみ破壊 じん性KICは, 試験 片 お よび き裂

の形状 ・寸法に依存 しない材料定数であ る. しか し,

多 くの他 の材料 の機械的性質 と同様に, ひずみ速度に

対 して敏感 であ り, また試験温度を始め とす る試験環

境 の影響 も大 きい. 図8に 一例 として, A533B鋼 の11)

KICの 試験温度依存性を示す. 一般に, 試験温度の下

降 は平滑試験片の降伏応力の増大お よび延性 の減 少を

もた らす. 一方, KICの 値には材料の塑性変 形能 が直

接に反映 されてお り, 例えば平滑試験 片の降伏応 力の

変化に対 してすでに示 した図7の よ うな対応 関係があ

る. したが って, 試験温度の下降に伴 うKICの 低下は,

主 として塑性変形能 の損失に起因す るものと考え られ

る. 同様に, ひずみ速度の増加 とともに平滑試験片の

降伏応力 は増大 し, 延性は減少す ることが知 られてい

る. す なわ ち, ひずみ速度 の増加 は試験温度 の下降 と

同 じ効果 を材料 にもた らす. した がって, ひずみ速度

の増加 とともにKICは 低下す る.

図9に 一例 として, セ ミキル ド鋼 のKICの ひずみ速12)

度依存性 を示す. ひずみ速度 のオーダが一 つ増加すれ

ば, KICは 約10%程 度低下す るこ とがわか るであろ う.

ただ し, 非常に高いひずみ速度 のも とでは, き裂先端

近傍 の局所的 な塑性変形の結果 として生 じた熱が試験

片 の内部へ完全に消散す るこ とは可能でな くなる. そ

の結果, き裂先端近傍で急激な温度上昇が生ず る. こ

の ような断熱効果 に より, き裂先端 の局所的 な領域 の

塑性変 形能 は回復 し, 逆 にひずみ速度 とともにKICは

増大す る. 断熱効果が生 じない範 囲におけ る高いひず

み速度 のもとでのKICを 動的破壊 じん性 とよび, 記 号

KIdで 表す. もちろん, KIdは ひずみ速度の関数であ

る.

破壊 じん性試験片 の動的効果をひずみ速度で表示す

る ことは必ず しも適切 ではな く, 厳密に は応力拡大係

数KIの 増加速度KI=dKI/dtが 用い られ る. 前述

したASTM規 格 ではKICの 測定 に際 して, KIが 下

記 の範囲にな ることを要求 している.

KI=107~533kgf/mm3/2/min

この値 を厚 さ25mmの 試験片 の場合について荷重

速度P=dP/dtに 換算すれば, 以下 のとお りであ る.

3点 曲げ試験片:

P=1810~9060kgf/min

コンパ ク ト試験片:

P=2040~10200kgf/min

したが って, 上 記 の 範囲 を 越 えたKIで 得 られた図8 厚 さ305mmのA533B-1鋼 板の平面ひずみ

破壊 じん性KICの 温度依存性11)

○B=25.4mm, WOL試 験 片△B=25.4mm□B=50.8mm▽B=101.6mm

□B=152.4mm□B=254.0mm●B=305.0mm}

コ ンパ ク ト

試験片

図9 セ ミキル ド鋼の平面ひずみ破壊じん性KICの

荷重速度依存性12)

昭和53年6月 (7)

Page 8: 破壊じん性とその評価方法 (I)* - JST

502 小 林 英 男

KICが 動的破壊 じん性KIdと な る. 図10はA533B鋼

のKIdのKI依 存性 を示 したものであそ13). 試験温度

に よってかな り傾向は異 るが, 特 に 高温域 におけ る

KIdはKIの 増加 とともに著 し く低下 してい る. すな

わ ち, 次式が成立す る.

KId<KIC (22)

ただ し, KIdの 測定に際 して も, 4章 で述べた(1)~(4)

の条件が満足 されていなければな らない. 特に, 条件

(1)から, KIdがKICよ りも小 さな寸法 の試験片に よ

り評価で きることは重要であ る.

以上に述べたKIdはKICと 同様, 安定破壊開始の

じん性値であ る. その後の安定破壊は荷重増加 ととも

に準静的に進行 し, R曲 線に もKIdと 同様 な意味での

若干の動的効果が存在す る. しか し, 安定破壊か ら不

安定破壊 に移行 した場 合, すでに図2(b)お よび(12)式に

示 した とお り, き裂成長 に伴 いgI-Rに 相当す る余分

なエネルギが生ずる. そのエネルギは き裂の もつ運動

エネルギに変換され る. さ らに, この よ うな場合には,

外力の仕事お よび弾性ひずみエネルギに対 して, 慣 性

効果を考慮す る必要があ る. したが って, (1)式お よび14)

(10)式は 次式 の とお りに な る.

gID=d/dA(L+U)D-dM/dA=dWD/dA=RD (23)

ここで, gIDは 伝 ぱ してい るき裂に対 するモー ドIの

動 的エネルギ解放 率, Lは 外 力の仕事, Uは き裂の存

在 に より解放 され ている弾性 ひずみ エネルギ, Mは 運

動 エネルギ, Wは 破壊 に際 してなされる塑性仕事, A

は き裂面の面積 である. また, L, Uお よびWの 添字

Dは それぞれ慣性 効果 あるいは動 的効果 の存在 を意味

し, RDは 動 的破壊 じん性 として定義 され る.

一方, この ような動的 問題 における動的 エネルギ解

放 率gIDと 動的応 力拡大係数KIDと の関係は, 平面

ひずみ状態を仮定 して静的な場 合の(6)式と類 似な次式15)

で与え られ る.

gID=D(V)1-ν2/E(KID)2 (24)

ここで, D(V) は, き裂伝ぱ速度がV=0で の値1か

ら レー リー波 の速度V=VRで の無限 の値 まで, 単調

に増加す る試験片形状 に無関係 な関数 であ る. また,

伝ぱ してい るき裂に対 す る 動的応 力拡大係数KIDと

静止 してい るき裂に対 する静的応 力拡大係数KIと の15)

関係は, 無限板の結果を参照して次式で与えられる.

KID=√1-V/VRKI (25)

ただ し, 上式 は試験片寸法 が非常 に大 きいか, あるい

は き裂が伝ぱす る距離 と時間が非常に短い場 合にのみ

有 効である. そ うでない場合には, 自由表 面で反射 し,

伝 ぱ している き裂の先端に達 す る応 力波 の影 響が考慮

されなければな らない. いずれにせ よ, 以上 の関係か

ら, 不安 定破壊 の進行が(23)式のみな らず, 動 的破壊 じ

ん性KIDを 定義すれば, 次式の よ うに動 的応 力拡大係14)

数KIDで も表示 され るこ とがわか るであ ろ う.

KID=KID (26)

今, (23)式において (L+U) お よびRの 慣性効果あ

るいは動的効果 を無視 し, き裂伝ぱ速度を評価 してみ16)

る. まず, そ の ような場合 の(23)式は次式 のよ うに書け

る.

dM/dA=gI-R

(27)

さ らに簡単 のために, 無限遠方で一様応力 σが加え ら

れ てい る長 さ2aの 貫通 き裂を有す る単位 厚さの無限

板 を考えれば (図2参 照), Mは 次式の とお りとなる.

図10 厚 さ305mmのA533B-1鋼 板 の動的破壊 じん性KIdに 及ぼす応 力拡

大係 数増加速度KIの 影響13)

●B=254mm

○B=50.8mm

△B=102.0mm

□B=203.0mm}

コンパク ト試験片

(8)「 材料」第27巻 第297号

Page 9: 破壊じん性とその評価方法 (I)* - JST

破壊 じん性とその評価方法(I) 503

M=1/2ρ∫+∞-∞∫+∞-∞〔(du/dt)2+(dv/dt)2〕dxdy

=κρa2σ2/2E2V2 (28)

ここで, uお よびvは それ ぞれ き裂延長線 であるx軸

方 向 とそれに垂直 なy軸 方 向へ のき裂面 の変位, tは

時間, ρは材料 の密度, κは数値係数, そ してV=da/dt

は き裂伝 ぱ速 度である. したがって, (27)式は

dM/d(2a)=κρaσ2/2E2V2=gI-R

とな る. 平面応力状態に対応する(5)式を用いて上式 を

書 き直 せば,

V=√2π/κVs√1-R/gI (29)

が得 られ る. ここで, Vs=(E/ρ)1/2は 固体の音速, す

なわ ち応力波の伝ぱ速度であ る. 上式において, gI≫

Rと なれば, き裂伝ぱ速 度は 一定値

V=√2π/κVs=0.38Vs (30)

に近づ く.

上述 の議論で は, き裂長 さ, いい換え れ ば き裂伝

ぱ速度が 増大 して も, 破壊 じん性Rは 変化 しな い こ

とを仮定 してい る (図2参 照). この仮定は正 しくな

い. す でに動的破壊 じん性KIdに ついて 説明 した と

お り, 破壊 じん性Rも ひずみ速度あ るい は 応 力拡 大

係数の増加速度KIの 関数 とな ってい るはずであ る.

今, 試験片の内部で き裂延 長線 上に位置 する固定点を

考えれば, 伝ぱ している き裂の先 端が接 近するにつれ

て, その点の材料が受ける応力拡 大 レベルは増 大 し,

KIは き裂伝ぱ速度Vの 増 加関数 となるこ とが容易に

理 解される. したが って, 動 的破壊 じん性KIdが 平面

ひずみ破壊 じん性KICよ りも小さいひずみ速度 に敏感

な材料 では, き裂伝ぱ抵抗 を表 している破壊 じん性R

も, き裂伝ぱ速度, いい換 えれば き裂長 さの増 大 とと

もに減少す る. その結果, 図11に 示 す ように, gI-R

に相当す るエネルギは さらに増大 し, それはまた き裂

伝ぱ速度の増加を まね き, 破壊 の不安定 化が促進 され

ることにな る.

さらに, 慣性効果や動的効果を考慮に入れて, 動 的

破壊 じん性RDあ るいはKIDを き裂伝ぱ速 度Vの 関

数 として求め ることは, かな り難 しい問題 である. 現

在 までの限 られた知見に よれば, 次の二つの特性が明14)

らかに されてい る.

(1) き裂伝ぱ速度がV=0も しくは比較的小 さな値

のとき, 動的破壊 じん性 は 最小値RD,minあ るい は

KID,minを 示 す.

(2) き裂伝ぱ速度が レー リー波 の速度VR=0.57VS

より小 さなV=0.2~0.4VSの 範囲で, 動的破壊 じん

性 は急激 な増加 を示す.

工 学的には上記 の(1)の特性 が重要 である. 前述 した

とお り, き裂の急速伝 ぱに際 しては(23)式が満足 され な

ければな らない. したがって, も しなん らか の原因 で

gID<RD,min (31)

となるな らば, き裂 は伝 ぱを 阻止 され るこ とに なる

(図11参 照). 一方, (23)式においてV→0の 極限 の場合

を考え, 左辺 の動 的効果や慣性効果 を無視すれば, 次

式が得 られる.

gIC≧RV=0 (32)

また, 同様 に(31)式の左辺 を, 慣性効果や動的効果を考

慮 しない静的な解 析か ら導かれ るき裂伝 ぱ阻止 のエネ

ルギ開放率gIaで 置 き換 えれ ば,

gIa<RD,min (33)

となる. gIaが き裂伝 ぱ阻止破壊 じん性 として定義 さ

れ, 少 くとも工学的 には平面 ひずみ 破壊 じん性KIC

と同様 な意 味で, それ はき裂 の急速伝 ぱに際 して材料14)

が示 す最 小の抵抗値 である と解釈 できる. さ らに, (24)

式 におけるD(V) の値 は, 例えば鋼 に 対 してV≦

1500m/s(0.3VS) の範 囲でほ とん どD(V)=1と み

なせ るか ら, (32)式お よび(33)式に対応す る次式が成立す14)

る.

KIC≧KID,V=0 (34)

KIa<KID,min (35)

実際 のき裂伝 ぱ阻止破壊 じん性 として は, KIaが よ く

用 い られ る.

き裂伝ぱ阻止破壊 じん性試験 は, 図5に 示 した コ ン

パ ク ト試験片 の幅Wを 極端に長 くしたDCB (double

cantilever beam) 試験片 で行われ る ことが多 い. 特

に, テーパつきのDCB試 験片 を用いた場合には, 応

力拡大係数KIと 荷重の関係をき裂長 さに無関係 とす

る ことが可能 である. このよ うな場合に は, KIaの 決

定 に伝ぱが阻止された際 のき裂長 さを考慮す る必要が

ない. また, せん断縁 の出現 をさけ, 同時 にき裂伝ぱ

を同一平面上 に限定 させ るため, 側溝 を付す のが普通

であ る. さらに, ASTM規 格 のKIC試 験方法 に準 じ

て, 疲労 き裂を挿入す る. 実験 は適当な荷重 を加 えて

破壊を開始 させ, それが試験 片の側溝 部に沿 って伝 ぱ

した後に阻止 され る条件を見い出す. 破壊 開始 の じん

性値KIQ, す なわち初期 き裂伝ぱ速度 は, 荷重 あるい図11 R曲 線の動的効果

昭和53年6月 (9)

Page 10: 破壊じん性とその評価方法 (I)* - JST

504 小 林 英 男

は切欠 き形状 (破労 き裂を挿 入 しない場合) に よって

変化 させ ることがで きる. ただ し, KIQがKIaよ りも

は るかに大 きい場 合には, KIaの 測定が不 可能 となる.

この よ うな場合には, KIQを 減少させる方法 として次

の二つが採用されてい る.

(1) 試験片に温度 こ う配をつけ る.

(2) 試験片に破壊 じん性の低い材 料を溶 接 し, き裂 の

ス ター ター として用いる.

図12にA533B鋼 についての き裂伝ぱ阻止破壊 じん

性KIaの 値を, 平面ひずみ破壊 じん性KICお よび動 的

破壊 じん性KIdの 値 との比 較において示 す17). 三者の大

小関係はほぼ,

KIa<KId<KIC (36)

となってい るが, ある 試験温度範囲で はKIaとKId

の大小関係が逆 転 している とも解釈 で きる. 現在,

KIaの 標準的評価方法 は 確立 されていない. また,

KIaは き裂伝ぱが阻止 され, かつ系の振 動が減衰 した

後の静的応力拡大係数に よって, 阻止挙動 を表示 した

値にす ぎないか ら, KID,minと 同様 な物理 的意 味を も18)

つ材料定数であ るか否かについては議論 も多い. 図12

の結果に対 しては, それ らの ことも考慮されなければ

な らない. 一例 として, ア ラル ダイ トBに ついてDCB19)

試験片を用いた結果を図13に 示 す. 特殊 な材料 につい

ての結果であ るが, 動 的応 力拡大係数 は shadow spot

法に よ りかな り精度 よく実測 されてい ると考え られる.

き裂伝ぱ阻止後, 動的応力拡大係数KIDの 値 は急速

にKIaに 近づ くけれ ども, き裂伝 ぱ速度 が大 きいほ ど

動的効果 は著 しく, KID,minとKIaの 値 にか な りの差

異を生ず ることがわか る. これは運動エネルギの もた

らす効果にほかな らない. 現在, この よ うな結果 を踏

まえて, ASTM E-24委 員会において, き裂伝 ぱ阻止

破壊 じん性試験方法 の規格化 のための草案が準備 され,

共同研究が進め られてい る.

き裂伝ぱ阻止破 壊 じん性KIaが 実際に必要 とされ る

例 として, 照射ぜい化 した原子炉圧力容器 を挙 げる こ

とがで きる. 原子炉圧力容器の検査お よび保守 の指 針

を与 えている ASME Boiler and Pressure Vessel

Code, Sec. XIで は図14に 示 す ように, KICに 対 して

KIaを かな り低 く見積ってお り, さらにKICとKIa20)

の両方 に照射ぜい化を考慮 してい る. 容器は内壁 のみ

が照射ぜ い化 され るか ら, KICお よびKIaの 厚 さ方20)

向の値 は, 図15(a)および(b)に実線で示 す とお りとなる.

これに対 して, 緊急あ るいは事故状態 での応 力条件 が

わかれば, 図に点線で示 した内壁 に存 在する き裂 の入

り込み深 さと応力拡大係数KIの 関係が求 まる. KI>

KICを 満足すれば, (a)および(b)のいず れの場合 もき裂

は伝 ぱ してい くが, (a)の場合 にはやが てKI<KIaと な

り, き裂は伝 ぱを阻止 されて しま うのに対 して, (b)の

場合 には常 にKI>KIaで あ り, 肉厚 の75%以 上伝ぱ し

て, き裂 は 阻止 され ない と判断 され る. このよ うな

図12 HSSTプ ログ ラムの実験 に よって得 られ た厚

さ305mmのA533B-1鋼 板につい て のKIC,

KIdお よびKIaの 各破壊 じん性 の比較17)

I KIC

II KId}

(テ ーパつ きDCB

試験片, B=51mm)

図13 ア ラル ダィ トBの き裂伝 ぱ阻止試験結果18)

初期条件KIQ 最大速度Vmax

(kgf/mm3/2) (m/s)(1) 7.59 295

(2) 433 207

(3) 3.36 108

図14 ASME Code で与え られてい る平面ひずみ 破

壊 じん性KICお よび き裂伝ぱ阻止破壊 じん性KIa20)

(A533B-1鋼, A508-2鋼, A508-3鋼)

(10)「 材料」第27巻 第297号

Page 11: 破壊じん性とその評価方法 (I)* - JST

破壊 じん性とその評価方法(I) 505

説 明か ら, もしKIaが 充分に大 きい, あ るい は照射ぜ

い化 に よって低下 しないな らば, い った ん不安定破壊

が生 じて もそれは容易に阻止 され, 容器 の安全性 は高

まるこ とがわか るであ ろ う.

なお, 以上に述べた破壊 じん性KIdお よびKIaは,

KICと は異質 のものであるが, それ らの値 を試験温度

に対 してプ ロッ トし, そ の下限包絡線 の値 を一つ の破

壊 じん性KIRと して使用す る場合があ る. す なわ ち,

KIRはKIC, KIdお よびKIaの うちで 最小 の 値 を示

している.

図15 ASME Code におけ るき裂伝ぱ阻止 の概念20)

(a) 阻止 され る例 (b) 阻止 され ない例

き裂深 さ比

埋没 き裂: p=2a/t

表面 き裂: p=a/t

参 考 文 献

1) Griffith, A. A., Phil. Trans. Roy. Soc. London,

Ser. A, 221, 163 (1920).

2) Orowan, E., Welding J., 34, 157-s (1955).

3) Irwin, G. R., Handbuch der Physik, 4,551 (1958)Springer

線形弾性破壊力学に関す る一般的な解説は, 例えば文

献4)~7) を参照の こと (個 々の文献は省略).

4) 岡村弘之,“線 形破壊 力学 入門”, (1976) 培風館

5) 中沢 一, 小林英男,“固 体 の強度”, (1976) 共 立出版

6) Knott, J. F.,“Fundamentals of Fracture Mechanics”,

(1973) Butterworths

7) Broek, J.,“Elementary Engineering Fracture Mech-

nics”, (1974) Noordhoff

8) Tiffany, C. E., and J. N. Masters, ASTM STP,

381, 249 (1965).9) E399-74, Annual Book of ASTM Standards, Part

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10) Masters, J. N., W. D. Bixler, and R. W. Finger,

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11) Wessel, E. T., W. G. Clark, Jr., and W. H. Pryle,

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12) Radon, J. C., and C. E. Turner, J. Iron & SteelInst., 204, 842 (1966).

13) Shabbits, W. O., HSST Tech. Rep., No. 13, (1970).14) Hahn, G. T., R. G. Hoagland, M. F. Kanninen, and

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15) Freund, L. B., J. Mech. Phys. Solids, 21, 41

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(1977).

昭和53年6月 (11)