あたらしい憲法のはなし...

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1 あたらしい憲法のはなし (文部省) 憲法 みなさん、あたらしい憲法ができました。そうして昭和二十二年五月三日から、私 たち日本國民は、この憲法を守ってゆくことになりました。このあたらしい憲法をこ しらえるために、たくさんの人々が、たいへん苦心をなさいました。ところでみなさ んは、憲法というものはどんなものかごぞんじですか。じぶんの身にかゝわりのない ことのようにおもっている人はないでしょうか。もしそうならば、それは大きなまち がいです。 國の仕事は、一日も休むことはできません。また、國を治めてゆく仕事のやりかた は、はっきりときめておかなければなりません。そのためには、いろいろ規則がいる のです。この規則はたくさんありますが、そのうちで、いちばん大事な規則が憲法で す。 國をどういうふうに治め、國の仕事をどういうふうにやってゆくかということをき めた、いちばん根本になっている規則が憲法です。もしみなさんの家の柱がなくなっ たとしたらどうでしょう。家はたちまちたおれてしまうでしょう。いま國を家にたと えると、ちょうど柱にあたるものが憲法です。もし憲法がなければ、國の中におゝぜ いの人がいても、どうして國を治めてゆくかということがわかりません。それでどこ の國でも、憲法をいちばん大事な規則として、これをたいせつに守ってゆくのです。 國でいちばん大事な規則は、いいかえれば、いちばん高い位にある規則ですから、こ れを國の「最高法規」というのです。 ところがこの憲法には、いまおはなししたように、國の仕事のやりかたのほかに、 もう一つ大事なことが書いてあるのです。それは國民の権利のことです。この権利の ことは、あとでくわしくおはなししますから、こゝではたゞ、なぜそれが、國の仕事 のやりかたをきめた規則と同じように大事であるか、ということだけをおはなしして おきましょう。 みなさんは日本國民のうちのひとりです。國民のひとりひとりが、かしこくなり、 強くならなければ、國民ぜんたいがかしこく、また、強くなれません。國の力のもと は、ひとりひとりの國民にあります。そこで國は、この國民のひとりひとりの力をは っきりとみとめて、しっかりと守ってゆくのです。そのために、國民のひとりひとり に、いろいろ大事な権利があることを、憲法できめているのです。この國民の大事な 権利のことを「基本的人権」というのです。これも憲法の中に書いてあるのです。 そこでもういちど、憲法とはどういうものであるかということを申しておきます。 憲法とは、國でいちばん大事な規則、すなわち「最高法規」というもので、その中に は、だいたい二つのことが記されています。その一つは、國の治めかた、國の仕事の やりかたをきめた規則です。もう一つは、國民のいちばん大事な権利、すなわち「基 本的人権」をきめた規則です。このほかにまた憲法は、その必要により、いろいろの

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Page 1: あたらしい憲法のはなし (文部省)cwaweb.bai.ne.jp/~m-yasuko/150503atarashiikemponohanashi.pdf1 あたらしい憲法のはなし (文部省) 一 憲法 みなさん、あたらしい憲法ができました。そうして昭和二十二年五月日から、私

1

あたらしい憲法のはなし (文部省)

一 憲法

みなさん、あたらしい憲法ができました。そうして昭和二十二年五月三日から、私

たち日本國民は、この憲法を守ってゆくことになりました。このあたらしい憲法をこ

しらえるために、たくさんの人々が、たいへん苦心をなさいました。ところでみなさ

んは、憲法というものはどんなものかごぞんじですか。じぶんの身にかゝわりのない

ことのようにおもっている人はないでしょうか。もしそうならば、それは大きなまち

がいです。

國の仕事は、一日も休むことはできません。また、國を治めてゆく仕事のやりかた

は、はっきりときめておかなければなりません。そのためには、いろいろ規則がいる

のです。この規則はたくさんありますが、そのうちで、いちばん大事な規則が憲法で

す。

國をどういうふうに治め、國の仕事をどういうふうにやってゆくかということをき

めた、いちばん根本になっている規則が憲法です。もしみなさんの家の柱がなくなっ

たとしたらどうでしょう。家はたちまちたおれてしまうでしょう。いま國を家にたと

えると、ちょうど柱にあたるものが憲法です。もし憲法がなければ、國の中におゝぜ

いの人がいても、どうして國を治めてゆくかということがわかりません。それでどこ

の國でも、憲法をいちばん大事な規則として、これをたいせつに守ってゆくのです。

國でいちばん大事な規則は、いいかえれば、いちばん高い位にある規則ですから、こ

れを國の「最高法規」というのです。

ところがこの憲法には、いまおはなししたように、國の仕事のやりかたのほかに、

もう一つ大事なことが書いてあるのです。それは國民の権利のことです。この権利の

ことは、あとでくわしくおはなししますから、こゝではたゞ、なぜそれが、國の仕事

のやりかたをきめた規則と同じように大事であるか、ということだけをおはなしして

おきましょう。

みなさんは日本國民のうちのひとりです。國民のひとりひとりが、かしこくなり、

強くならなければ、國民ぜんたいがかしこく、また、強くなれません。國の力のもと

は、ひとりひとりの國民にあります。そこで國は、この國民のひとりひとりの力をは

っきりとみとめて、しっかりと守ってゆくのです。そのために、國民のひとりひとり

に、いろいろ大事な権利があることを、憲法できめているのです。この國民の大事な

権利のことを「基本的人権」というのです。これも憲法の中に書いてあるのです。

そこでもういちど、憲法とはどういうものであるかということを申しておきます。

憲法とは、國でいちばん大事な規則、すなわち「最高法規」というもので、その中に

は、だいたい二つのことが記されています。その一つは、國の治めかた、國の仕事の

やりかたをきめた規則です。もう一つは、國民のいちばん大事な権利、すなわち「基

本的人権」をきめた規則です。このほかにまた憲法は、その必要により、いろいろの

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ことをきめることがあります。こんどの憲法にも、あとでおはなしするように、これ

からは戰爭をけっしてしないという、たいせつなことがきめられています。

これまであった憲法は、明治二十二年にできたもので、これは明治天皇がおつくり

になって、國民にあたえられたものです。しかし、こんどのあたらしい憲法は、日本

國民がじぶんでつくったもので、日本國民ぜんたいの意見で、自由につくられたもの

であります。この國民ぜんたいの意見を知るために、昭和二十一年四月十日に総選挙

が行われ、あたらしい國民の代表がえらばれて、その人々がこの憲法をつくったので

す。それで、あたらしい憲法は、國民ぜんたいでつくったということになるのです。

みなさんも日本國民のひとりです。そうすれば、この憲法は、みなさんのつくった

ものです。みなさんは、じぶんでつくったものを、大事になさるでしょう。こんどの

憲法は、みなさんをふくめた國民ぜんたいのつくったものであり、國でいちばん大事

な規則であるとするならば、みなさんは、國民のひとりとして、しっかりとこの憲法

を守ってゆかなければなりません。そのためには、まずこの憲法に、どういうことが

書いてあるかを、はっきりと知らなければなりません。

みなさんが、何かゲームのために規則のようなものをきめるときに、みんないっし

ょに書いてしまっては、わかりにくいでしょう。國の規則もそれと同じで、一つ一つ

事柄にしたがって分けて書き、それに番号をつけて、第何條、第何條というように順々

に記します。こんどの憲法は、第一條から第百三條まであります。そうしてそのほか

に、前書が、いちばんはじめにつけてあります。これを「前文」といいます。

この前文には、だれがこの憲法をつくったかということや、どんな考えでこの憲法

の規則ができているかということなどが記されています。この前文というものは、二

つのはたらきをするのです。その一つは、みなさんが憲法をよんで、その意味を知ろ

うとするときに、手びきになることです。つまりこんどの憲法は、この前文に記され

たような考えからできたものですから、前文にある考えと、ちがったふうに考えては

ならないということです。もう一つのはたらきは、これからさき、この憲法をかえる

ときに、この前文に記された考え方と、ちがうようなかえかたをしてはならないとい

うことです。

それなら、この前文の考えというのはなんでしょう。

いちばん大事な考えが三つあります。それは、「民主主

義」と「國際平和主義」と「主権在民主義」です。「主

義」という言葉をつかうと、なんだかむずかしくきこ

えますけれども、少しもむずかしく考えることはあり

ません。主義というのは、正しいと思う、もののやり

かたのことです。それでみなさんは、この三つのこと

を知らなければなりません。まず「民主主義」からお

はなししましょう。

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二 民主主義とは

こんどの憲法の根本となっている考えの第一は民主主義です。ところで民主主義と

は、いったいどういうことでしょう。みなさんはこのことばを、ほうぼうできいたで

しょう。これがあたらしい憲法の根本になっているものとすれば、みなさんは、はっ

きりとこれを知っておかなければなりません。しかも正しく知っておかなければなり

ません。

みなさんがおゝぜいあつまって、いっしょに何かするときのことを考えてごらんな

さい。だれの意見で物事をきめますか。もしもみんなの意見が同じなら、もんだいは

ありません。もし意見が分かれたときは、どうしますか。ひとりの意見できめますか。

二人の意見できめますか。それともおゝぜいの意見できめますか。どれがよいでしょ

う。ひとりの意見が、正しくすぐれていて、おゝぜいの意見がまちがっておとってい

ることもあります。しかし、そのはんたいのことがもっと多いでしょう。そこで、ま

ずみんなが十分にじぶんの考えをはなしあったあとで、おゝぜいの意見で物事をきめ

てゆくのが、いちばんまちがいがないということになります。そうして、あとの人は、

このおゝぜいの人の意見に、すなおにしたがってゆくのがよいのです。このなるべく

おゝぜいの人の意見で、物事をきめてゆくことが、民主主義のやりかたです。

國を治めてゆくのもこれと同じです。わずかの人の意見で國を治めてゆくのは、よ

くないのです。國民ぜんたいの意見で、國を治めてゆくのがいちばんよいのです。つ

まり國民ぜんたいが、國を治めてゆく――これが民主主義の治めかたです。

しかし國は、みなさんの学級とはちがいます。國民ぜんたいが、ひとところにあつ

まって、そうだんすることはできません。ひとりひとりの意見をきいてまわることも

できません。そこで、みんなの代わりになって、國の仕事のやりかたをきめるものが

なければなりません。それが國会です。國民が、國会の議員を選挙するのは、じぶん

の代わりになって、國を治めてゆく者をえらぶのです。だから國会では、なんでも、

國民の代わりである議員のおゝぜいの意見で物事をきめます。そうしてほかの議員は、

これにしたがいます。これが國民ぜんたいの意見で物事をきめたことになるのです。

これが民主主義です。ですから、民主主義とは、國民ぜんたいで、國を治めてゆくこ

とです。みんなの意見で物事をきめてゆくのが、いちばんまちがいがすくないのです。

だから民主主義で國を治めてゆけば、みなさんは幸福になり、また國もさかえてゆく

でしょう。

國は大きいので、このように國の仕事を國会の議員にまかせてきめてゆきますから、

國会は國民の代わりになるものです。この「代わりになる」ということを「代表」と

いいます。まえに申しましたように、民主主義は、國民ぜんたいで國を治めてゆくこ

とですが、國会が國民ぜんたいを代表して、國のことをきめてゆきますから、これを

「代表制民主主義」のやりかたといいます。

しかしいちばん大事なことは、國会にまかせておかないで、國民が、じぶんで意見

をきめることがあります。こんどの憲法でも、たとえばこの憲法をかえるときは、國

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会だけできめないで、國民ひとりひとりが、賛成か反対かを投票してきめることにな

っています。このときは、國民が直接に國のことをきめますから、これを「直接民主

主義」のやりかたといいます。あたらしい憲法は、代表制民主主義と直接民主主義と、

二つのやりかたで國を治めてゆくことにしていますが、代表制民主主義のやりかたの

ほうが、おもになっていて、直接民主主義のやりかたは、いちばん大事なことにかぎ

られているのです。だからこんどの憲法は、だいたい代表制民主主義のやりかたにな

っているといってもよいのです。

みなさんは日本國民のひとりです。しかしまだこどもです。國のことは、みなさん

が二十歳になって、はじめてきめてゆくことができるのです。國会の議員をえらぶの

も、國のことについて投票するのも、みなさんが二十歳になってはじめてできること

です。みなさんのおにいさんや、おねえさんには、二十歳以上の方もおいででしょう。

そのおにいさんやおねえさんが、選挙の投票にゆかれるのをみて、みなさんはどんな

氣がしましたか。いまのうちに、よく勉強して、國を治めることや、憲法のことなど

を、よく知っておいてください。もうすぐみなさんも、おにいさんやおねえさんとい

っしょに、國のことを、じぶんできめてゆくことができるのです。みなさんの考えと

はたらきで國が治まってゆくのです。みんながなかよく、じぶんで、じぶんの國のこ

とをやってゆくくらい、たのしいことはありません。これが民主主義というものです。

三 國際平和主義

國の中で、國民ぜんたいで、物事をきめてゆくことを、民主主義といいましたが、

國民の意見は、人によってずいぶんちがっています。しかし、おゝぜいのほうの意見

に、すなおにしたがってゆき、またそのおゝぜいのほうも、すくないほうの意見をよ

くきいてじぶんの意見をきめ、みんなが、なかよく國の仕事をやってゆくのでなけれ

ば、民主主義のやりかたは、なりたたないのです。

これは、一つの國について申しましたが、國と國と

の間のことも同じことです。じぶんの國のことばか

りを考え、じぶんの國のためばかりを考えて、ほか

の國の立場を考えないでは、世界中の國が、なかよ

くしてゆくことはできません。世界中の國が、いく

さをしないで、なかよくやってゆくことを、國際平

和主義といいます。だから民主主義ということは、

この國際平和主義と、たいへんふかい関係があるの

です。

こんどの憲法で民主主義のやりかたをきめたからには、またほかの國にたいしても

國際平和主義でやってゆくということになるのは、あたりまえであります。この國際

平和主義をわすれて、じぶんの國のことばかり考えていたので、とうとう戰爭をはじ

めてしまったのです。そこであたらしい憲法では、前文の中に、これからは、この國

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際平和主義でやってゆくということを、力強いことばで書いてあります。またこの考

えが、あとでのべる戰爭の放棄、すなわち、これからは、いっさい、いくさはしない

ということをきめることになってゆくのであります。

四 主権在民主義

みなさんがあつまって、だれがいちばんえらいかをきめてごらんなさい。いったい

「いちばんえらい」というのは、どういうことでしょう。勉強のよくできることでし

ょうか。それとも力の強いことでしょうか。いろいろきめかたがあってむずかしいこ

とです。

國では、だれが「いちばんえらい」といえるでしょう。もし國の仕事が、ひとりの

考えできまるならば、そのひとりが、いちばんえらいといわなければなりません。も

しおおぜいの考えできまるなら、そのおゝぜいが、みないちばんえらいことになりま

す。もし國民ぜんたいの考えできまるならば、國民ぜんたいが、いちばんえらいので

す。こんどの憲法は、民主主義の憲法ですから、國民ぜんたいの考えで國を治めてゆ

きます。そうすると、國民ぜんたいがいちばん、えらいといわなければなりません。

國を治めてゆく力のことを「主権」といいますが、こ

の力が國民ぜんたいにあれば、これを「主権は國民にあ

る」といいます。こんどの憲法は、いま申しましたよう

に、民主主義を根本の考えとしていますから、主権は、

とうぜん日本國民にあるわけです。そこで前文の中にも、

また憲法の第一條にも、「主権が國民に存する」とはっき

りかいてあるのです。主権が國民にあることを、「主権在

民」といいます。あたらしい憲法は、主権在民という考

えでできていますから、主権在民主義の憲法であるとい

うことになるのです。

みなさんは、日本國民のひとりです。主権をもっている日本國民のひとりです。

しかし、主権は日本國民ぜんたいにあるのです。ひとりひとりが、べつべつにもって

いるのではありません。ひとりひとりが、みなじぶんがいちばんえらいと思って、勝

手なことをしてもよいということでは、けっしてありません。それは民主主義にあわ

ないことになります。みなさんは、主権をもっている日本國民のひとりであるという

ことに、ほこりをもつとともに、責任を感じなければなりません。よいこどもである

とともに、よい國民でなければなりません。

五 天皇陛下

こんどの戰爭で、天皇陛下は、たいへんごくろうをなさいました。なぜならば、

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古い憲法では、天皇をお助けして國の仕事をした人々は、國民ぜんたいがえらんだも

のでなかったので、國民の考えとはなれて、とうとう戰爭になったからです。そこで、

これからさき國を治めてゆくについて、二度とこのようなことのないように、あたら

しい憲法をこしらえるとき、たいへん苦心をいたしました。ですから、天皇は、憲法

で定めたお仕事だけをされ、政治には関係されないことになりました。

憲法は、天皇陛下を「象徴」としてゆくことにきめました。みなさんは、この象徴

ということを、はっきり知らなければなりません。日の丸の國旗を見れば、日本の國

をおもいだすでしょう。國旗が國の代わりになって、國をあらわすからです。みなさ

んの学校の記章を見れば、どこの学校の生徒かがわかるでしょう。記章が学校の代わ

りになって、学校をあらわすからです。いまこゝに何か眼に見えるものがあって、ほ

かの眼に見えないものの代わりになって、それをあらわすときに、これを「象徴」と

いうことばでいいあらわすのです。こんどの憲法の第一條は、天皇陛下を「日本國の

象徴」としているのです。つまり天皇陛下は、日本の國をあらわされるお方というこ

とであります。

また憲法第一條は、天皇陛下を「日本國民統合の

象徴」であるとも書いてあるのです。「統合」とい

うのは「一つにまとまっている」ということです。

つまり天皇陛下は、一つにまとまった日本國民の象

徴でいらっしゃいます。これは、私たち日本國民ぜ

んたいの中心としておいでになるお方ということ

なのです。それで天皇陛下は、日本國民ぜんたいを

あらわされるのです。このような地位に天皇陛下を

お置き申したのは、日本國民ぜんたいの考えにあるのです。これからさき、國を治め

てゆく仕事は、みな國民がじぶんでやってゆかなければなりません。天皇陛下は、け

っして神様ではありません。國民と同じような人間でいらっしゃいます。ラジオのほ

うそうもなさいました。小さな町のすみにもおいでになりました。ですから私たちは、

天皇陛下を私たちのまん中にしっかりとお置きして、國を治めてゆくについてごくろ

うのないようにしなければなりません。これで憲法が天皇陛下を象徴とした意味がお

わかりでしょう。

六 戰爭の放棄

みなさんの中には、こんどの戰爭に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多

いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとうとうおかえりにな

らなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多い

でしょう。いまやっと戰爭はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思い

をしたくないと思いませんか。こんな戰爭をして、日本の國はどんな利益があったで

しょうか。何もありません。たゞ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこった

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だけではありませんか。戰爭は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわす

ことです。だから、こんどの戰爭をしかけた國には、大きな責任があるといわなけれ

ばなりません。このまえの世界戰爭のあとでも、もう戰爭は二度とやるまいと、多く

の國々ではいろいろ考えましたが、またこんな大戰爭をおこしてしまったのは、まこ

とに残念なことではありませんか。

そこでこんどの憲法では、日本の國が、けっして二度と戰

爭をしないように、二つのことをきめました。その一つは、

兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戰爭をするためのものは、

いっさいもたないということです。これからさき日本には、

陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戰力の放棄といい

ます。「放棄」とは「すててしまう」ということです。しか

しみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。

日本は正しいことを、ほかの國よりさきに行ったのです。

世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。

もう一つは、よその國と爭いごとがおこったとき、けっして戰爭によって、相手を

まかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだや

かにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけ

ることは、けっきょく、じぶんの國をほろぼすようなはめになるからです。また、戰

爭とまでゆかずとも、國の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことに

きめたのです。これを戰爭の放棄というのです。そうしてよその國となかよくして、

世界中の國が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の國は、さかえてゆけ

るのです。

みなさん、あのおそろしい戰爭が、二度とおこらないように、また戰爭を二度とお

こさないようにいたしましょう。

七 基本的人権

くうしゅうでやけたところへ行ってごらんなさい。やけたゞれた土から、もう草が

青々とはえています。みんな生き生きとしげっています。草でさえも、力強く生きて

ゆくのです。ましてやみなさんは人間です。生きてゆく力があるはずです。天からさ

ずかったしぜんの力があるのです。この力によって、人間が世の中に生きてゆくこと

を、だれもさまたげてはなりません。しかし人間は、草木とちがって、たゞ生きてゆ

くというだけではなく、人間らしい生活をしてゆかなければなりません。この人間ら

しい生活には、必要なものが二つあります。それは「自由」ということと、「平等」と

いうことです。

人間がこの世に生きてゆくからには、じぶんのすきな所に住み、じぶんのすきな所

に行き、じぶんの思うことをいい、じぶんのすきな教えにしたがってゆけることなど

が必要です。これらのことが人間の自由であって、この自由は、けっして奪われては

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なりません。また、國の力でこの自由を取りあげ、やたらに刑罰を加えたりしてはな

りません。そこで憲法は、この自由は、けっして侵すことのできないものであること

をきめているのです。

またわれわれは、人間である以上はみな同じです。

人間の上に、もっとえらい人間があるはずはなく、人

間の下に、もっといやしい人間があるわけはありませ

ん。男が女よりもすぐれ、女が男よりもおとっている

ということもありません。みな同じ人間であるならば、

この世に生きてゆくのに、差別を受ける理由はないの

です。差別のないことを「平等」といいます。そこで

憲法は、自由といっしょに、この平等ということをき

めているのです。

國の規則の上で、何かはっきりとできることがみと

められていることを、「権利」といいます。自由と平等

とがはっきりみとめられ、これを侵されないとするな

らば、この自由と平等とは、みなさんの権利です。

これを「自由権」というのです。しかもこれは人間のいちばん大事な権利です。この

いちばん大事な人間の権利のことを「基本的人権」といいます。あたらしい憲法は、

この基本的人権を、侵すことのできない永久に與えられた権利として記しているので

す。これを基本的人権を「保障する」というのです。

しかし基本的人権は、こゝにいった自由権だけではありません。まだほかに二つあ

ります。自由権だけで、人間の國の中での生活がすむものではありません。たとえば

みなさんは、勉強をしてよい國民にならなければなりません。國はみなさんに勉強を

させるようにしなければなりません。そこでみなさんは、教育を受ける権利を憲法で

與えられているのです。この場合はみなさんのほうから、國にたいして、教育をして

もらうことを請求できるのです。これも大事な基本的人権ですが、これを「請求権」

というのです。爭いごとのおこったとき、國の裁判所で、公平にさばいてもらうのも、

裁判を請求する権利といって、基本的人権ですが、これも請求権であります。

それからまた、國民が、國を治めることにいろいろ関係できるのも、大事な基本的

人権ですが、これを「参政権」といいます。國会の議員や知事や市町村長などを選挙

したり、じぶんがそういうものになったり、國や地方の大事なことについて投票した

りすることは、みな参政権です。

みなさん、いままで申しました基本的人権は大事なことですから、もういちど復習

いたしましょう。みなさんは、憲法で基本的人権というりっぱな強い権利を與えられ

ました。この権利は、三つに分かれます。第一は自由権です。第二は請求権です。第

三は参政権です。

こんなりっぱな権利を與えられましたからには、みなさんは、じぶんでしっかりと

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これを守って、失わないようにしてゆかなければなりません。しかしまた、むやみに

これをふりまわして、ほかの人に迷惑をかけてはいけません。ほかの人も、みなさん

と同じ権利をもっていることを、わすれてはなりません。國ぜんたいの幸福になるよ

う、この大事な基本的人権を守ってゆく責任があると、憲法に書いてあります。

八 國会

民主主義は、國民が、みんなでみんなのために國を治めてゆくことです。しかし、

國民の数はたいへん多いのですから、だれかが、國民ぜんたいに代わって國の仕事を

するよりほかはありません。この國民に代わるものが「國会」です。まえにも申しま

したように、國民は國を治めてゆく力、すなわち主権をもっているのです。この主権

をもっている國民に代わるものが國会ですから、國会は國でいちばん高い位にあるも

ので、これを「最高機関」といいます。「機関」というのは、ちょうど人間に手足があ

るように、國の仕事をいろいろ分けてする役目のあるものという意味です。國には、

いろいろなはたらきをする機関があります。あとでのべる内閣も、裁判所も、みな國

の機関です。しかし國会は、その中でいちばん高い位にあるのです。それは國民ぜん

たいを代表しているからです。

國の仕事はたいへん多いのですが、これを分けてみると、だいたい三つに分かれる

のです。その第一は、國のいろいろの規則をこしらえる仕事で、これを「立法」とい

うのです。第二は、爭いごとをさばいたり、罪があるかないかをきめる仕事で、これ

を「司法」というのです。ふつうに裁判といっているのはこれです。第三は、この「立

法」と「司法」とをのぞいたいろいろの仕事で、これをひとまとめにして「行政」と

いいます。國会は、この三つのうち、どれをするかといえば、立法をうけもっている

機関であります。司法は、裁判所がうけもっています。行政は、内閣と、その下にあ

る、たくさんの役所がうけもっています。

國会は、立法という仕事をうけもっていますから、國の規則はみな國会がこしらえ

るのです。國会のこしらえる國の規則を「法律」といいます。みなさんは、法律とい

うことばをよくきくことがあるでしょう。しかし、國会で法律をこしらえるのには、

いろいろ手つづきがいりますから、あまりこまごました規則までこしらえることはで

きません。そこで憲法は、ある場合には、國会でないほかの機関、たとえば内閣が、

國の規則をこしらえることをゆるしています。これを「命令」といいます。

しかし、國の規則は、なるべく國会でこしらえるのがよいのです。なぜならば、國

会は、國民がえらんだ議員のあつまりで、國民の意見がいちばんよくわかっているか

らです。そこで、あたらしい憲法は、國の規則は、ただ國会だけがこしらえるという

ことにしました。これを、國会は「唯一の立法機関である」というのです。「唯一」と

は、ただ一つで、ほかにはないということです。立法機関とは、國の規則をこしらえ

る役目のある機関ということです。そうして、國会以外のほかの機関が、國の規則を

こしらえてもよい場合は、憲法で、一つ一つきめているのです。また、國会のこしら

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えた國の規則、すなわち法律の中で、これこれのことは命令できめてもよろしいとゆ

るすこともあります。國民のえらんだ代表者が、國会で國民を治める規則をこしらえ

る、これが民主主義のたてまえであります。

しかし國会には、國の規則をこしらえることのほかに、もう一つ大事な役目があり

ます。それは、内閣や、その下にある、國のいろいろな役所の仕事のやりかたを、監

督することです。これらの役所の仕事は、まえに申しました「行政」というはたらき

ですから、國会は、行政を監督して、まちがいのないようにする役目をしているので

す。これで、國民の代表者が國の仕事を見はっていることになるのです。これも民主

主義の國の治めかたであります。

日本の國会は「衆議院」と「参議院」との二つからできています。その一つ一つを

「議院」といいます。このように、國会が二つの議院からできているものを「二院制

度」というのです。國によっては、一つの議院しかないものもあり、これを「一院制

度」というのです。しかし、多くの國の國会は、二つの議院からできています。國の

仕事はこの二つの議院がいっしょにきめるのです。

なぜ二つの議院がいるのでしょう。みなさんは、野球や、そのほかのスポーツでい

う「バック・アップ」ということをごぞんじですか。一人の選手が球を取りあつかっ

ているとき、もう一人の選手が、うしろにまわって、まちがいのないように守ること

を「バック・アップ」といいます。國会は、國の大事な仕事をするのですから、衆議

院だけでは、まちがいが起るといけないから、参議院が「バック・アップ」するはた

らきをするのです。たゞし、スポーツのほうでは、選手がおたがいに「バック・アッ

プ」しますけれども、國会では、おもなはたらきをするのは衆議院であって、参議院

は、たゞ衆議院を「バック・アップ」するだけのはたらきをするのです。したがって、

衆議院のほうが、参議院よりも、強い力を與えられているのです。この強い力をもっ

た衆議院を「第一院」といい、参議院を「第二院」といいます。なぜ衆議院のほうに

強い力があるのでしょう。そのわけは次のとおりです。

衆議院の選挙は、四年ごとに行われます。衆議院の議員は、四年間つとめるわけで

す。しかし、衆議院の考えが國民の考えを正しくあらわしていないと内閣が考えたと

きなどには、内閣は、國民の意見を知るために、いつでも天皇陛下に申しあげて、衆

議院の選挙のやりなおしをしていただくことができます。これを衆議院の「解散」と

いうのです。そうして、この解散のあとの選挙で、國民がどういう人をじぶんの代表

にえらぶかということによって、國民のあたらしい意見が、あたらしい衆議院にあら

われてくるのです。

参議院のほうは、議員が六年間つとめることになっており、三年ごとに半分ずつ選

挙をして交代しますけれども、衆議院のように解散ということがありません。そうし

てみると、衆議院のほうが、参議院よりも、その時、その時の國民の意見を、よくう

つしているといわなければなりません。そこで衆議院のほうに、参議院よりも強い力

が與えられているのです。どういうふうに衆議院の方が強い力をもっているかという

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ことは、憲法できめられていますが、ひと口でいうと、衆議院と参議院との意見がち

がったときには、衆議院のほうの意見がとおるようになっているということです。

しかし衆議院も参議院も、ともに國民ぜんたいの代表者ですから、その議員は、み

な國民が國民の中からえらぶのです。衆議院のほうは、議員が四百六十六人、参議院

のほうは二百五十人あります。この議員をえらぶために、國を「選挙区」というもの

に分けて、この選挙区に人口にしたがって議員の数をわりあてます。したがって選挙

は、この選挙区ごとに、わりあてられた数だけの議員をえらんで出すことになります。

議員を選挙するには、選挙の日に投票所へ行き、投

票用紙を受け取り、じぶんのよいと思う人の名前を

書きます。それから、その紙を折り、かぎのかゝっ

た投票箱へ入れるのです。この投票は、ひじょうに

大事な権利です。選挙する人は、みなじぶんの考え

でだれに投票するかをきめなければなりません。け

っして、品物や利益になる約束で説き伏せられては

なりません。この投票は、秘密投票といって、だれ

をえらんだかをいう義務もなく、ある人をえらんだ

理由を問われても答える必要はありません。

さて日本國民は、二十歳以上の人は、だれでも國

会議員や知事市長などを選挙することができます。

これを「選挙権」というのです。

わが國では、ながいあいだ、男だけがこの選挙権をもっていました。また、財産をも

っていて税金をおさめる人だけが、選挙権をもっていたこともありました。いまは、

民主主義のやりかたで國を治めてゆくのですから、二十歳以上の人は、男も女もみん

な選挙権をもっています。このように、國民がみな選挙権をもつことを、「普通選挙」

といいます。こんどの憲法は、この普通選挙を、國民の大事な基本的人権としてみと

めているのです。しかし、いくら普通選挙といっても、こどもや氣がくるった人まで

選挙権をもつというわけではありませんが、とにかく男女人種の区別もなく、宗教や

財産の上の区別もなく、みんながひとしく選挙権をもっているのです。

また日本國民は、だれでも國会の議員などになることができます。男も女もみな議

員になれるのです。これを「被選挙権」といいます。しかし、年齢が、選挙権のとき

と少しちがいます。衆議院議員になるには、二十五歳以上、参議院議員になるには、

三十歳以上でなければなりません。この被選挙権の場合も、選挙権と同じように、だ

れが考えてもいけないと思われる者には、被選挙権がありません。國会議員になろう

とする人は、じぶんでとどけでて、「候補者」というものになるのです。また、じぶん

がよいと思うほかの人を、「候補者」としてとゞけでることもあります。これを候補者

を「推薦する」といいます。

この候補者をとゞけでるのは、選挙の日のまえにしめきってしまいます。投票をす

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る人は、この候補者の中から、じぶんのよいと思う人をえらばなければなりません。

ほかの人の名前を書いてはいけません。そうして、投票の数の多い候補者から、議員

になれるのです。それを「当選する」といいます。

みなさん、民主主義は、國民ぜんたいで國を治めてゆくことです。そうして國会は、

國民ぜんたいの代表者です。それで、國会議員を選挙することは、國民の大事な権利

で、また大事なつとめです。國民はぜひ選挙にでてゆかなければなりません。選挙に

ゆかないのは、この大事な権利をすててしまうことであり、また大事なつとめをおこ

たることです。選挙にゆかないことを、ふつう「棄権」といいます。これは、権利を

すてるという意味です。國民は棄権してはなりません。みなさんも、いまにこの権利

をもつことになりますから、選挙のことは、とくにくわしく書いておいたのです。

國会は、このようにして、國民がえらんだ議員があつまって、國のことをきめると

ころですが、ほかの役所とちがって、國会で、議員が、國の仕事をしているありさま

を、國民が知ることができるのです。國民はいつでも、國会へ行って、これを見たり

きいたりすることができるのです。また、新聞やラジオにも國会のことがでます。

つまり、國会での仕事は、國民の目の前で行われるのです。憲法は、國会はいつで

も、國民に知れるようにして、仕事をしなければならないときめているのです。これ

はたいへん大事なことです。もし、まれな場合ですが秘密に会議を開こうとするとき

は、むずかしい手つゞきがいります。

これで、どういうふうに國が治められてゆくのか、どんなことが國でおこっている

のか、國民のえらんだ議員が、どんな意見を國会でのべているかというようなことが、

みんな國民にわかるのです。

國の仕事の正しい明かるいやりかたは、こゝからうまれてくるのです。國会がなく

なれば、國の中がくらくなるのです。民主主義は明かるいやりかたです。國会は、民

主主義にはなくてはならないものです。

日本の國会は、年中開かれているものではありません。しかし、毎年一回はかなら

ず開くことになっています。これを「常会」といいます。常会は百五十日間ときまっ

ています。これを國会の「会期」といいます。このほかに、必要のあるときは、臨時

に國会を開きます。これを「臨時会」といいます。また、衆議院が解散されたときは、

解散の日から四十日以内に、選挙を行い、その選挙の日から三十日以内に、あたらし

い國会が開かれます。これを「特別会」といいます。臨時会と特別会の会期は、國会

がじぶんできめます。また國会の会期は、必要のあるときは、延ばすことができます。

それも國会がじぶんできめるのです。國会を開くには、國会議員をよび集めなければ

なりません。これを、國会を「召集する」といって、天皇陛下がなさるのです。召集

された國会は、じぶんで開いて仕事をはじめ、会期がおわれば、じぶんで國会を閉じ

て、國会は一時休むことになります。

みなさん、國会の議事堂をごぞんじですか。あの白いうつくしい建物に、日の光り

がさしているのをごらんなさい。あれは日本國民の力をあらわすところです。主権を

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もっている日本國民が國を治めてゆくところです。

九 政党

「政党」というのは、國を治めてゆくことについて、同じ意見をもっている人があ

つまってこしらえた團体のことです。みなさんは、社会党、民主党、自由党、國民協

同党、共産党などという名前を、きいているでしょう。これらはみな政党です。政党

は、國会の議員だけでこしらえているものではありません。政党からでている議員は、

政党をこしらえている人の一部だけです。ですから、一つの政党があるということは、

國の中に、それと同じ意見をもった人が、そうとうおゝぜいいるということになるの

です。

政党には、國を治めてゆくについてのきまった意見

があって、これを國民に知らせています。國民の意見

は、人によってずいぶんちがいますが、大きく分けて

みると、この政党の意見のどれかになるのです。つま

り政党は、國民ぜんたいが、國を治めてゆくについて

もっている意見を、大きく色分けにしたものといって

もよいのです。

民主主義で國を治めてゆくには、國民ぜんたいが、みんな意見をはなしあって、き

めてゆかなければなりません。政党がおたがいに國のことを議論しあうのはこのため

です。

日本には、この政党というものについて、まちがった考えがありました。それは、

政党というものは、なんだか、國の中で、じぶんの意見をいいはっているいけないも

のだというような見方です。これはたいへんなまちがいです。民主主義のやりかたは、

國の仕事について、國民が、おゝいに意見をはなしあってきめなければならないので

すから、政党が爭うのは、けっしてけんかではありません。民主主義でやれば、かな

らず政党というものができるのです。また、政党がいるのです。政党はいくつあって

もよいのです。政党の数だけ、國民の意見が、大きく分かれていると思えばよいので

す。ドイツやイタリアでは政党をむりに一つにまとめてしまい、また日本でも、政党

をやめてしまったことがありました。その結果はどうなりましたか。國民の意見が自

由にきかれなくなって、個人の権利がふみにじられ、とうとうおそろしい戰爭をはじ

めるようになったではありませんか。

國会の選挙のあるごとに、政党は、じぶんの團体から議員の候補者を出し、またじ

ぶんの意見を國民に知らせて、國会でなるべくたくさんの議員をえようとします。衆

議院は、参議院よりも大きな力をもっていますから、衆議院でいちばん多く議員を、

じぶんの政党から出すことが必要です。それで衆議院の選挙は、政党にとっていちば

ん大事なことです。國民は、この政党の意見をよくしらべて、じぶんのよいと思う政

党の候補者に投票すれば、じぶんの意見が、政党をとおして國会にとどくことになり

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ます。

どの政党にもはいっていない人が、候補者になっていることもあります。國民は、

このような候補者に投票することも、もちろん自由です。しかし政党には、きまった

意見があり、それは國民に知らせてありますから、政党の候補者に投票をしておけば、

その人が國会に出たときに、どういう意見をのべ、どういうふうにはたらくかという

ことが、はっきりきまっています。もし政党の候補者でない人に投票したときは、そ

の人が國会に出たとき、どういうようにはたらいてくれるかが、はっきりわからない

ふべんがあるのです。このようにして、選挙ごとに、衆議院に多くの議員をとった政

党の意見で、國の仕事をやってゆくことになります。これは、いいかえれば、國民ぜ

んたいの中で、多いほうの意見で、國を治めてゆくことでもあります。

みなさん、國民は、政党のことをよく知らなければなりません。じぶんのすきな政

党にはいり、またじぶんたちですきな政党をつくるのは、國民の自由で、憲法は、こ

れを「基本的人権」としてみとめています。だれもこれをさまたげることはできませ

ん。

十 内閣

「内閣」は、國の行政をうけもっている機関であります。行政ということは、まえ

に申しましたように、「立法」すなわち國の規則をこしらえることと、「司法」すなわ

ち裁判をすることをのぞいたあとの、國の仕事をまとめていうのです。國会は、國民

の代表になって、國を治めてゆく機関ですが、たくさんの議員でできているし、また

一年中開いているわけにもゆきませんから、日常の仕事やこまごました仕事は、別に

役所をこしらえて、こゝでとりあつかってゆきます。その役所のいちばん上にあるの

が内閣です。

内閣は、内閣総理大臣と國務大臣とからできています。「内閣総理大臣」は内閣の

長で、内閣ぜんたいをまとめてゆく、大事な役目をするのです。それで、内閣総理大

臣にだれがなるかということは、たいへん大事なことですが、こんどの憲法は、内閣

総理大臣は、國会の議員の中から、國会がきめて、天皇陛下に申しあげ、天皇陛下が

これをお命じになることになっています。國会できめるとき、衆議院と参議院の意見

が分かれたときは、けっきょく衆議院の意見どおりにきめることになります。内閣総

理大臣を國会できめるということは、衆議院でたくさんの議員をもっている政党の意

見で、きまることになりますから、内閣総理大臣は、政党からでることになります。

また、ほかの國務大臣は、内閣総理大臣が、自分でえらんで國務大臣にします。し

かし、國務大臣の数の半分以上は、國会の議員からえらばなければなりません。國務

大臣は國の行政をうけもつ役目がありますが、この國務大臣の中から、大蔵省、文部

省、厚生省、商工省などの國の役所の長になって、その役所の仕事を分けてうけもつ

人がきまります。これを「各省大臣」といいます。つまり國務大臣の中には、この各

省大臣になる人と、たゞ國の仕事ぜんたいをみてゆく國務大臣とがあるわけです。内

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閣総理大臣が政党からでる以上、國務大臣もじぶんと同じ政党の人からとることが、

國の仕事をやってゆく上にべんりでありますから、國務大臣の大部分が、同じ政党か

らでることになります。

また、一つの政党だけでは、國会に自分の意見をとお

すことができないと思ったときは、意見のちがうほかの

政党と組んで内閣をつくります。このときは、それらの

政党から、みな國務大臣がでて、いっしょに、國の仕事

をすることになります。また政党の人でなくとも、國の

仕事に明かるい人を、國務大臣に入れることもあります。

しかし、民主主義のやりかたでは、けっきょく政党が内

閣をつくることになり、政党から内閣総理大臣と國務大

臣のおゝぜいがでることになるので、これを「政党内閣」

というのです。

内閣は、國の行政をうけもち、また、天皇陛下が國の仕事をなさるときには、これ

に意見を申しあげ、また、御同意を申します。そうしてじぶんのやったことについて、

國民を代表する國会にたいして、責任を負うのです。これは、内閣総理大臣も、ほか

の國務大臣も、みないっしょになって、責任を負うのです。ひとりひとりべつべつに

責任を負うのではありません。これを「連帯して責任を負う」といいます。

また國会のほうでも、内閣がわるいと思えば、いつでも「もう内閣を信用しない」

ときめることができます。たゞこれは、衆議院だけができることで、参議院はできま

せん。なぜならば、國民のその時々の意見がうつっているのは、衆議院であり、また、

選挙のやり直しをして、内閣が、國民に、どっちがよいかをきめてもらうことができ

るのは、衆議院だけだからです。衆議院が内閣にたいして、「もう内閣を信用しない」

ときめることを、「不信任決議」といいます。この不信任決議がきまったときは、内閣

は天皇陛下に申しあげ、十日以内に衆議院を解散していただき、選挙のやり直しをし

て、國民にうったえてきめてもらうか、または辞職するかどちらかになります。また

「内閣を信用する」ということ(これを「信任決議」といいます)が、衆議院で反対

されて、だめになったときも同じことです。

このようにこんどの憲法では、内閣は國会とむすびついて、國会の直接の力で動か

されることになっており、國会の政党の勢力の変化で、かわってゆくのです。つまり

内閣は、國会の支配の下にあることになりますから、これを「議院内閣制度」とよん

でいます。民主主義と、政党内閣と、議院内閣とは、ふかい関係があるのです。

十一 司法

「司法」とは、爭いごとをさばいたり、罪があるかないかをきめることです。「裁

判」というのも同じはたらきをさすのです。だれでも、じぶんの生命、自由、財産な

どを守るために、公平な裁判をしてもらうことができます。この司法という國の仕事

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は、國民にとってはたいへん大事なことで、何よりもまず、公平にさばいたり、きめ

たりすることがたいせつであります。そこで國には、「裁判所」というものがあって、

この司法という仕事をうけもっているのです。

裁判所は、その仕事をやってゆくについて、ただ憲法と國会のつくった法律とに

したがって、公平に裁判をしてゆくものであることを、憲法できめております。ほか

からは、いっさい口出しをすることはできないのです。また、裁判をする役目をもっ

ている人、すなわち「裁判官」は、みだりに役目を取りあげられないことになってい

るのです。これを「司法権の独立」といいます。また、裁判を公平にさせるために、

裁判は、だれでも見たりきいたりすることができるのです。これは、國会と同じよう

に、裁判所の仕事が國民の目の前で行われるということです。これも憲法ではっきり

ときめてあります。

こんどの憲法で、ひじょうにかわったことを、一つ申しておきます。それは、裁判

所は、國会でつくった法律が、憲法に合っているかどうかをしらべることができるよ

うになったことです。もし法律が、憲法にきめてあることにちがっていると考えたと

きは、その法律にしたがわないことができるのです。だから裁判所は、たいへんおも

い役目をすることになりました。

みなさん、私たち國民は、國会を、じぶんの代わりをするものと思って、しんらい

するとともに、裁判所を、じぶんたちの権利や自由を守ってくれるみかたと思って、

そんけいしなければなりません。

十二 財政

みなさんの家に、それぞれくらしの立てかたがあるように、國にもくらしの立てか

たがあります。これが國の「財政」です。國を治めてゆくのに、どれほど費用がかゝ

るか、その費用をどうしてとゝのえるか、とゝのえた費用をどういうふうにつかって

ゆくかというようなことは、みな國の財政です。國の費用は、國民が出さなければな

りませんし、また、國の財政がうまくゆくかゆかないかは、たいへん大事なことです

から、國民は、はっきりこれを知り、またよく監督してゆかなければなりません。

そこで憲法では、國会が、國民に代わって、この監督の役目をすることにしていま

す。この監督の方法はいろいろありますが、そのおもなものをいいますと、内閣は、

毎年いくらお金がはいって、それをどういうふうにつかうかという見つもりを、國会

に出して、きめてもらわなければなりません。それを「予算」といいます。また、つ

かった費用は、あとで計算して、また國会に出して、しらべてもらわなければなりま

せん。これを「決算」といいます。國民から税金をとるには、國会に出して、きめて

もらわなければなりません。内閣は、國会と國民にたいして、少なくとも毎年一回、

國の財政が、どうなっているかを、知らさなければなりません。このような方法で、

國の財政が、國民と國会とで監督されてゆくのです。

また「会計檢査院」という役所があって、國の決算を檢査しています。

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十三 地方自治

戰爭中は、なんでも「國のため」といって、國民のひとりひとりのことが、かるく

考えられていました。しかし、國は國民のあつまりで、國民のひとりがよくならなけ

れば、國はよくなりません。それと同じように、日本の國は、たくさんの地方に分か

れていますが、その地方が、それぞれさかえてゆかなければ、國はさかえてゆきませ

ん。そのためには、地方が、それそれぞれじぶんでじぶんのことを治めてゆくのが、

いちばんよいのです。なぜならば、地方には、その地方のいろいろな事情があり、そ

の地方に住んでいる人が、いちばんよくこれを知っているからです。じぶんでじぶん

のことを自由にやってゆくことを「自治」といいます。それで國の地方ごとに、自治

でやらせてゆくことを、「地方自治」というのです。

こんどの憲法では、この地方自治ということをおもくみて、これをはっきりきめて

います。地方ごとに一つの團体になって、じぶんでじぶんの仕事をやってゆくのです。

東京都、北海道、府県、市町村など、みなこの團体です。これを「地方公共團体」と

いいます。

もし國の仕事のやりかたが、民主主義なら、地方公共團体

の仕事のやりかたも、民主主義でなければなりません。地

方公共團体は、國のひながたといってもよいでしょう。國

に國会があるように、地方公共團体にも、その地方に住む

人を代表する「議会」がなければなりません。また、地方

公共團体の仕事をする知事や、その他のおもな役目の人も、

地方公共團体の議会の議員も、みなその地方に住む人が、

じぶんで選挙することになりました。

このように地方自治が、はっきり憲法でみとめられまし

たので、ある一つの地方公共團体だけのことをきめた法律

を、國の國会でつくるには、その地方に住む人の意見をきくために、投票をして、そ

の投票の半分以上の賛成がなければできないことになりました。

みなさん、國を愛し國につくすように、じぶんの住んでいる地方を愛し、じぶんの

地方のためにつくしましょう。地方のさかえは、國のさかえと思ってください。

十四 改正

「改正」とは、憲法をかえることです。憲法は、まえにも申しましたように、國の

規則の中でいちばん大事なものですから、これをかえる手つづきは、げんじゅうにし

ておかなければなりません。

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そこでこんどの憲法では、憲法を改正するときは、國会だけ

できめずに、國民が、賛成か反対かを投票してきめることに

しました。

まず、國会の一つの議院で、ぜんたいの議員の三分の二以

上の賛成で、憲法をかえることにきめます。これを、憲法改

正の「発議」というのです。それからこれを國民に示して、

賛成か反対かを投票してもらいます。そうしてぜんぶの投票

の半分以上が賛成したとき、はじめて憲法の改正を、國民が

承知したことになります。

これを國民の「承認」といいます。國民の承認した改正は、天皇陛下が國民の名で、

これを國に発表されます。これを改正の「公布」といいます。あたらしい憲法は、國

民がつくったもので、國民のものですから、これをかえたときも、國民の名義で発表

するのです。

十五 最高法規

このおはなしのいちばんはじめに申しましたように、「最高法規」とは、國でい

ちばん高い位にある規則で、つまり憲法のことです。この最高法規としての憲法には、

國の仕事のやりかたをきめた規則と、國民の基本的人権をきめた規則と、二つあるこ

ともおはなししました。この中で、國民の基本的人権は、これまでかるく考えられて

いましたので、憲法第九十七條は、おごそかなことばで、この基本的人権は、人間が

ながいあいだ力をつくしてえたものであり、これまでいろいろのことにであってきた

えあげられたものであるから、これからもけっして侵すことのできない永久の権利で

あると記しております。

憲法は、國の最高法規ですから、この憲法できめられてあることにあわないものは、

法律でも、命令でも、なんでも、いっさい規則としての力がありません。これも憲法

がはっきりきめています。

このように大事な憲法は、天皇陛下もこれをお守りになりますし、國務大臣も、國

会の議員も、裁判官も、みなこれを守ってゆく義務があるのです。また、日本の國が

ほかの國ととりきめた約束(これを「條約」といいます)も、國と國とが交際してゆ

くについてできた規則(これを「國際法規」といいます)も、日本の國は、まごころ

から守ってゆくということを、憲法できめました。

みなさん、あたらしい憲法は、日本國民がつくった、日本國民の憲法です。これか

らさき、この憲法を守って、日本の國がさかえるようにしてゆこうではありませんか。

おわり

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底本:「あたらしい憲法のはなし」日本平和委員会

1972(昭和 47)年 11月 3日初版発行

2004(平成 16)年 1月 27日第 38版

久村個人演説会について

集団的自衛権

アフガン戦争・・・アメリカの強い要請で、自衛隊を出した。しかし、海の上で、

アメリカの艦船に武器や食料を補給する支援で戦闘行為には、参加していない。武器

などの兵站活動は、戦争行為ではあるが、戦闘行為に参加していないから、「戦争行為

ではない」ので、憲法9条には違反していないとの言い訳ができる余地を残していた。

イラク戦争・・・フセインが大量破壊兵器を持っているとして、アメリカが、攻撃

を始めた。

テレビで、深夜、大量破壊兵器が隠されていると思われる建物が、映し出された。

日本は、参戦を強く求められた。

現実には、イラクに自衛隊員が派遣された。

ただし、非戦闘地域で人道支援に、イラクの人に銃を向けてはならないとの縛りも

あった。

その結果、自衛隊員は、一人の戦死者も出さす、一人も殺すことはなかった。

しかし、安倍政権は、集団的自衛権行使として、憲法は、もちろん、日米安保条約

でさえ、はるかに逸脱して、日米同盟を世界中をにらむ軍事同盟へと変貌させる「戦

争立法」の原案を国会に提案する準備ができています。

昨年 10月、日米両政府は「新ガイドライン中間報告」で、「周辺事態」の枠組みを

廃止し、軍事協力の範囲を地球規模にまで拡大しました。

安保条約のそもそもの対象範囲は、「日本」もしくは「極東」です。しかし、

「周辺事態法」を抜本改悪する「重要影響事態法」の目的規定では新ガイドラインに

連動して、「安保条約の運用に寄与することを中核とする外国との連携を強化する」を

新たに追加。これにより、「極東」だけでなく、世界中が派兵先になり、後方支援の対

象国も米軍以外の他国軍にまで拡大。

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日米の 2国間同盟の大本をなす安保条約は一切変えないまま、地球規模・多国間の

軍事協力にすり替えるもので、憲法違反・条約違反の法改定です。

集団的自衛権行使で参戦するための「存立危機事態」に加え、「重要影響事態」と

同様に日本が後方支援で参戦すべき事態として「国際平和共同対処事態」を提唱。戦

争終了後は「国際連携平和安全活動」などと称して自衛隊がそのまま、駐留・活動で

きる枠組みもつくります。

21日の与党協議会は、「戦争立法」との整合性を確保するとして、ガイドラインに

ついても、政府から説明を受けます。しかし、実態は、憲法解釈も条約解釈も米国の

要求次第で、伸縮自在といわんばかりの乱暴な作業であり、まともな法治国家のなせ

る業ではありません。

3年後の 2018年度、平成 30年度から、国民健康保険が広域化がされようとして

います。

次に、国民健康保険制度の広域化についてお尋ねします。

国民健康保険制度により、誰もが保険で医療を受けることができ、世界でもトップレベル

の長寿社会を築いてきました。しかし、現在、国保料の滞納により、保険証が手元にない人、

また、その実態は把握されていませんが、加入の手続きをしていない無保険の人も少なから

ずおられます。

国民健康保険制度については、2018年度から都道府県単位化すると決められています。

国保については、これまでも繰り返し質問してきましたが、市民が最も願っているのは、

高すぎる保険料の引き下げです。国保料を引き下げるためには、保険料以外で賄う部分、つ

まり、公費負担割合の引き上げ、医療費支出の削減と収納率の向上以外にありません。

尼崎市財政から、現在、約 6 億円を繰り入れています。東京都は、日本で最も国保料が安

くなっていますが、日本一、多額の繰り入れを行っているからです。

広域化では、市町村が、保険料軽減のために行ってきた法定外繰り入れは、できなくなり、

国保料が高くなる恐れがあります。高すぎる国保料の改善にはならないのではと危惧してい

ます。尼崎市の国保料の所得割料率も均等割り額も現在、阪神間では最も高く、同じ所得、

同じ世帯数では最も高い国保料です。2013年度の収納率は 87.4%で、市は、これを広域化

までに 91%まで引き上げるとしています。

厚労省は 2011 年 10 月~今年 2 月 12 日までに広域化をにらんで、「国民健康保険制度

の基盤強化に関する国と地方の協議」略して「国保基盤強化協議会」を 5 回開いており、第

1回目の協議会で、厚生労働省の担当者は、国保の現状について、

❖年齢構成では、65歳~74歳の割合が健保では 2.6%にたいして、国保では約 3割と高

く、

❖一人当たり医療費は、健保組合では 13.3万円に対して、国保では 29万円と高いのです

が、

❖加入者の平均所得は、健保組合が 195万円にたいして、国保では、91万円と低いとい

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う 3 点を報告し、その後の協議会で、市町村国保の構造的問題への対応、そして、国民健康

保険制度の見直しについて議論しています。

国保基盤安定化協議会は、昨年 8月に、中間整理をまとめており、都道府県と市町村の

役割分担のあり方などの改正案を通常国会に提出し、2018年度に都道府県単位化をスター

トさせる予定です。

おなじ都道府県内であっても市町の規模や受診環境に違いがあり、都道府県内で同一基準

の保険料にするのは難しくなります。地方代表からは、財政基盤強化の具体策について、あ

くまで、国費の投入によって抜本的な財政基盤の強化を図るべきであり、新たな地方負担を

前提とすべきでないとの強い意見も出されています。当然のことだと思います。

都道府県が保険料の必要額を算出し、各市はその必要額を分賦金として都道府県に納め、

市は分賦金を賄うに必要な保険料を被保険者から徴収することになるようです。

質問

稲村市長は、もともと、広域化で保険料が安くなるとして、賛成の立場を表明されていま

した。いまのところ、広域化するものの、都市部では、それぞれの市単位に使った医療費と

年齢構成、所得によって、分賦金が定められるようですが、このような状況変化の中で広域

化に対して、どのように思っておられますか。答弁願います。

答弁

国保の広域化は、市町村国保が財政上の構造的課題を抱えているなかで国が財政支援の

拡充を図り、小規模な保険者の多い市町村国保の財政運営主体を都道府県に移行し、安定的

な財政運営や効率的な事業の確保を目指すもので、国民皆保険制度を堅持するためには、必

要であると考えております。

現時点では、保険料について都道府県が医療給付費等の見込みを立て、市町村ごとの医

療費水準や所得水準を考慮した中で分賦金の額を決定するとされております。

現行制度と比較して、本市の保険料水準がどのようになるかについては、確定しており

ませんが、今後とも広域化の具体化に向けた取り組みにおいて、財政基盤の強化が図られる

よう、その動向を注視し、適切に対応してまいります。

質問

なぜ、広域化するのか、広域化により、国保加入者にどんなメリットが出ると考えられる

のでしょうか。また、デメリットはないのでしょうか。答弁願います。

答弁

国保の広域化のメリットは、私たちの命と健康を守る国民皆保険制度が将来にわたって維

持されるものであり、そのために 3,400億円の国費の追加投入が予定されています。

公費拡充としては、自治体の責めによらない医療費の増に対する財政支援、財政リスクの

分散、軽減のための財政安定化基金の創設など地域の実態に応じた支援が考えられ、実質的

赤字の解消や保険料の伸び幅の抑制が期待されます。

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また、広域化による財政基盤の安定化の下、国保加入者に対しては、引き続き市町村が身

近な窓口となり、保険料の賦課徴収や保険事業などきめ細やかな対応をすることから、大き

なデメリットはないと考えております。

現在、市は、独自に約 6億円の繰入を行っています。

広域化後は、県に分賦金を支払うことが市の最大の義務になります。この支払い義務のあ

る、分担金から、少なくとも従来からの繰入金の 6億円を差し引いた額を市民負担の保険料

として徴収することは可能だと考えます。それによる事務上の弊害はないでしょう。広域化

に乗じて、市民に対する負担軽減策を奪うことは、行うべきではありません。地方自治を重

視する立場から、市の独自事業に対して、市の一般会計からの繰り入れを可能にするよう、

強く求めるべきです。

質問

国保引き下げのために現在行っている約 6億円の繰り入れを広域化後も行うことを強く求

めます。ご答弁願います。

国保料引き下げのためなど、自治体独自の財政支援を可能にするよう、あらためて、国に

求めてください。御答弁願います。

答弁

国保の広域化に際しては、保険料軽減のために、繰り入れている額を含め、実質的な赤字

解消に向けた 3,400億円を国が追加で投入する予定となっております。

市独自の繰り入れの必要性については、国の財政支援制度の拡充が本市に及ぼす影響や、

本市の厳しい財政状況も勘案したうえで、慎重に検討していきたいと考えております。

なお、国への働きかけにつきましては、市独自の財政支援を多額に投じなくても、医療

保険に対する差異が生じない制度となるよう、適宜、対応してまいりたいと考えております。

質問

本市の国保料の滞納額は、現在約 61億円です。市民の暮らしの状況を考えると、この滞

納の整理は、そう簡単にできるとは考えられません。広域化にさいして、この滞納額は、ど

ういう扱いにするのでしょうか。答弁願います。

答弁

国保の広域化に際しまして、現時点では、広域化までに発生した市町村の滞納等の扱いを

どのように処理していくのか明らかではありませんが、適切な役割分担の中で、滞納額の解

消については、引き続き市が担っていくものと考えております。

今後とも、広域化を見据え、滞納額の解消に向け、収納対策に鋭意取り組んでまいります。

質問

鍼灸マッサージの助成、ヘルスアップ尼崎戦略事業費など、独自に実施している施策など

については、どうしようとしているのでしょうか。答弁願います。

答弁

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本市では、独自の施策として、あんま・マッサージ・はり・キュウの助成、医療費適正化

に向けたヘルスアップ尼崎戦略事業など、さまざまな取り組みを保険料を財源として、実施

しております。

一方、国保の広域化に際しては、都道府県による統一的な運営方針により、サービスの標

準化が図られることとされています。

現在、「国保広域化に向けた運営体制のあり方検討チーム」を設置し、独自施策の必要性

も含めて、そのあり方について検討を進めておりますが、広域化に際して、財源がどのよう

に確保されるか、また、本市の厳しい財政事情も踏まえるなかで、総合的に判断してまいり

ます。

次に介護保険制度についてお尋ねします。

尼崎の特養を運営している社会福祉法人が、介護職員を募集しても人が集まらず、こまっ

ているとの話を聞きしました。仕事の大変さに比べ、賃金が低いのではと思っています。

このような状況の中、介護保険制度で、介護報酬の削減は大きな問題です。来年度は、過

去最大規模の介護報酬 2.27%の削減が計画されています。特別養護老人ホームでは、6%削

減ですが、事務職員・理学療法士・作業療法士・給食調理士は加算なし、試算すれば、3 割

赤字が 5 割赤字になると現場は悲痛な声をあげています。削減する理由は、特別養護老人ホ

ームの収支差率が約 9%あり、社会福祉法人に多額の内部留保があるからとのことです。し

かし、全国老人福祉施設協議会の調査では実際の収支差は 4.3%。社会福祉法人は事業撤退が

許されず、多額の借り入れも禁止されており、施設改修などのために、一定の資金を長期保

有しておく必要があり、大企業の内部留保とわけが違います。285兆円もの内部留保をため

こんでいる大企業に減税する一方で、特養の内部留保を問題にするなど、許せるものではあ

りません。

日本共産党は、介護報酬とは別枠で国費による介護労働者の賃金引き上げの仕組みをつく

るべきだと考えます。

質問

尼崎市での特養待機者は何人ですか。介護現場での職員確保の実態を把握していますか。

また、今後の特養建設計画はどうなっているのでしょうか。

答弁

昨年の 6月に調査を行った本市の特別養護老人ホームの待機者数は、2,194人で、このう

ち、在宅で入所の必要性が高いと判断された方は 246人でございます。

介護保険施設・居住系のサービスについては、特別養護老人ホーム待機者の状況を勘案し、

より必要性の高い人のための施設数を確保することをめざして、整備を進めているところで

です。

平成 27 年度から 29 年度を計画期間とする第 6 期介護保険事業計画におきましては、特

別養護老人ホーム200床と小規模特別養護老人ホーム29床の整備着工を予定しております。

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質問

人手の確保は必須の問題です。必要な人材確保の上からも、特養の介護報酬引き下げは、

絶対に避けなければならないと考えます。特養の運営に支障をきたさないよう、市は、どの

ような努力をするつもりでしょうか。答弁を求めます。

答弁

一般的に介護職員の賃金は、他の職種と比べて低いと言われており、職員募集をしても応

募が少ないなど、介護職員の確保に事業所が苦慮していることについては、認識しておりま

す。

また、入所者への対応が難しいなどの理由から、雇用をした介護職員が長続きしないとい

う実態があることを、事業所とのヒアリングや実地指導などにおいて聞いております。

この他にも、パートの介護職員では、扶養控除の対象となる範囲での勤務の希望があるこ

とや、夜勤はできないといった、介護職員の生活事情と事業所のニーズが一致しないなどの

実態があることも聞いておりますので、介護現場での職員確保が難しい理由が、必ずしも賃

金が低いことだけではないものと認識しております。

今回の介護報酬改定におきましては、基本報酬部分は引き下げが行われておりますが、一

方で、処遇改善加算の報酬額は引き上げられております。

こうした加算については、集団指導などの機会に情報提供を行うとともに、算定に関する

相談があれば、必要な助言を行ってまいります。また、事業所指導の機会等をとらえて、特

養の運営状況の把握にも努めてまいります。

さらには、国と都道府県の負担により設置する地域医療介護総合確保基金において、職員

のキャリアアップに向けた研修や人材の確保に向けた支援メニューが予定されておりますの

で、それらの情報提供にも努めてまいります。

それに、自治体は、2017 年度からの「地域包括ケアシステム」への取組を検討すること

になります。厚労省は、無資格者や元気な高齢者の力も借りて、と、ボランティア的な助け

合いを重視しています。介護の必要な人に、必要な介護が十分保障されるのかが問われます。

厚生労働省は、介護保険法第 4条で、国民は、「健康の保持増進」と「能力の維持向上」に

努めるものとすると義務を強調し、個人の自助努力とさらに、家族・近隣で支え合うことを

「自立支援・介護予防の理念・意識」とし、国民に、「自助努力」と「助け合い」を強いる方

向を強めようとしています。

そもそも、介護保険制度は、2000 年度からスタートしました。老々介護などでの介護疲

れから、心中事件や殺人事件が起こり、公的介護の必要性が叫ばれ、「家族介護」から「専門

的な知識・能力を備えた社会的介護」にと介護保険制度が始まったことを忘れてはならない

と考えます。

質問

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国民に、「自助努力」と「助け合い」を強いる方向は、サービスの質の低下と安上がりの制

度にということであり、介護における公的責任を弱めることになると考えますが、市長はい

かがお考えですか。

答弁

平成 29 年度総合事業の実施後におきましても、日常生活において、介護を必要とする人

に対して、引き続き、専門的な知識と技術を有する専門職による介護サービスの質が確保さ

れるよう努めてまいります。

なお、今般の介護保険制度の改正では、今後高齢化がさらに進展するほか、介護人材の不

足も見込まれることなどから、制度を持続可能なものとするために、従来の介護サービス等

の供給における質の確保に加え、住民やボランティア、NPO等による共助の仕組みづくりな

ど、地域社会全体で、高齢者を支えるための体制整備が求められていることから、行政が果

たすべき役割はさらに大きくなるものと認識しております。