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14 1.一致の逸脱 英語には性,数,時制などのはっきりした 「一致」規則が存在していて,違反すると非 文になります。例えば(1)の図において動 詞とその右側の要素(補語や目的語の名詞) との一致関係の制限はありませんが,左側の 要素(主語)の単数か複数かを判断して動詞 の形態を正しく適応させなければなりません。 1)主語の単複―動詞―補語/ 目的語の単複 また,動詞の後に補語を伴う文では,動詞を 中心にして左右の要素に対しても(単複の) 数的一致を意識しなければなりません。今回 問題にする文は主語が単数形であるのに,補 語が複数形名詞になっていて,2 つが等号を 意味する動詞 is で結ばれているのは奇妙に 感じられます。ところが実際の運用では,一 見すると逸脱しているように見える文が使わ れていることがあり,学校文法よりも優先さ れる何かしらの原則が存在していることをう かがわせます。この分析に入るために,集合 名詞についてまとめておきます。 2.集合名詞のタイプ分け 「当該の名詞を話し手(書き手)がどうい う角度で認識しているか」という問題は,名 詞の中身それぞれに焦点を当てるのか(普通 名詞化)あるいは名詞が示す大くくりの概念 を重視するか(集合名詞化)という判断と関 係してきます。この二面性を持つことの多い 名詞を集合名詞と呼び,TOTAL ENGLISH の中にも次のように使われています。 2I enjoyed your class very much. Book 1, p.1243I’m on the baseball team. Book 1, p.424They sometimes work as volunteers for blind people. Book 1, p.945She sent me an e-mail yesterday. Book 2, p.104そこで(3)から(5)の太字の名詞をタイプ 分けしてみましょう。 [ I ] 集合名詞の分類 (綿貫他 2000 改) a. family タイプ [audience (聴衆),class (クラ ス) club (クラブ), crowd (群衆), family (家 族),staff (職員),team (チーム) etc.] 1 つのまとまりとして単体で考える場合(単 数扱い)と,それを構成する個々のものを意 識する場合(複数扱い)がある。 b. police タイプ [cattle (牛),people (人々) police (警察),etc.] 常に複数扱いとして扱われる。 c. baggage タイプ [baggage (手荷物:米), luggage (手荷物:英),furniture (家具類), mail (郵便物),etc.] 意味上は集合体を表すが,常に単数(不可算 名詞)として扱われる。ただし e-mail は可 算名詞扱いとなる5a から c の分類から明らかなように「名詞 がその使われている文脈や状況で一まとまり 扱いなのか,あるいは個々が重視されるかと いう認識の差」が動詞の数の決定に関与する 一要因であると言えます。 3.主語の形と動詞の一致関係 2 節では名詞そのものの特性に注目しまし たが,さらに主語の形態全体から判断して述 内田恵 静岡大学教授  18 英語における主語と補語の数の一致 Book 3 p.37 に“Wow, that’s a lot of countries!”とあります。主語 が that なのに補語は a lot of countries と複数になっているのはなぜでしょうか。 Q

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Page 1: 18 英語における主語と補語の数の一致詞がついた場合の動詞は単数形を用いる。 ・The 10 dollars is a good price in this shop. これらはすべて [

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1.一致の逸脱英語には性,数,時制などのはっきりした

「一致」規則が存在していて,違反すると非文になります。例えば(1)の図において動詞とその右側の要素(補語や目的語の名詞)との一致関係の制限はありませんが,左側の要素(主語)の単数か複数かを判断して動詞の形態を正しく適応させなければなりません。

(1)主語の単複―動詞―補語/目的語の単複また,動詞の後に補語を伴う文では,動詞を中心にして左右の要素に対しても(単複の)数的一致を意識しなければなりません。今回問題にする文は主語が単数形であるのに,補語が複数形名詞になっていて,2 つが等号を意味する動詞 is で結ばれているのは奇妙に感じられます。ところが実際の運用では,一見すると逸脱しているように見える文が使われていることがあり,学校文法よりも優先される何かしらの原則が存在していることをうかがわせます。この分析に入るために,集合名詞についてまとめておきます。

2.集合名詞のタイプ分け「当該の名詞を話し手(書き手)がどうい

う角度で認識しているか」という問題は,名詞の中身それぞれに焦点を当てるのか(普通名詞化)あるいは名詞が示す大くくりの概念を重視するか(集合名詞化)という判断と関係してきます。この二面性を持つことの多い名詞を集合名詞と呼び,TOTAL ENGLISH

の中にも次のように使われています。(2) I enjoyed your class very much. (Book 1,

p.124)(3) I’m on the baseball team. (Book 1, p.42)(4) They sometimes work as volunteers for blind

people. (Book 1, p.94)(5) She sent me an e-mail yesterday. (Book 2,

p.104)そこで(3)から(5)の太字の名詞をタイプ分けしてみましょう。[ I ] 集合名詞の分類 (綿貫他 2000 改)a. family タイプ [audience (聴衆),class (クラス),club (クラブ),crowd (群衆),family (家族),staff (職員),team (チーム),etc.]1 つのまとまりとして単体で考える場合(単数扱い)と,それを構成する個々のものを意識する場合(複数扱い)がある。b. police タイプ [cattle (牛),people (人々),police (警察),etc.]常に複数扱いとして扱われる。c. baggage タ イ プ [baggage ( 手 荷 物: 米 ),luggage (手荷物:英),furniture (家具類),mail (郵便物),etc.]意味上は集合体を表すが,常に単数(不可算名詞)として扱われる。ただし e-mail は可算名詞扱いとなる(5)。

a から c の分類から明らかなように「名詞がその使われている文脈や状況で一まとまり扱いなのか,あるいは個々が重視されるかという認識の差」が動詞の数の決定に関与する一要因であると言えます。

3.主語の形と動詞の一致関係2 節では名詞そのものの特性に注目しまし

たが,さらに主語の形態全体から判断して述

内田 恵静岡大学教授 

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英語における主語と補語の数の一致

Book3p.37 に“Wow,that’salotofcountries!”とあります。主語

が that なのに補語は alotofcountriesと複数になっているのはなぜでしょうか。

Q

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Page 2: 18 英語における主語と補語の数の一致詞がついた場合の動詞は単数形を用いる。 ・The 10 dollars is a good price in this shop. これらはすべて [

15教科研究 TOTAL ENGLISH No.126

語動詞の数をどのように一致させるかという原則をいくつか紹介します。[ II ] 主語の形態と動詞の一致

1) 主語が 1 つのものを指す慣例的な場合や名詞句が意味上密接に結びついている場合の動詞は単数形を用いる。

・Bread and butter is a popular breakfast in this country.

2) 補語が主語の特徴を述べている状況では,主語が複数形でも動詞を単数形にする場合がある。

・Children can be a nuisance.(子どもは手を焼くことがある。)

3) 距離・時間・金額などの名詞の前に数詞がついた場合の動詞は単数形を用いる。

・The 10 dollars is a good price in this shop.これらはすべて [ I ] のような品詞そのものの特徴ではなく,構文内の主語や補語の意味的な捉え方に用法の根拠が求められています。

4.主語と補語の不一致現象ご質問の ‘that’s a lot of countries!’ は [ II ] の

例と同様に「主語の数≠補語の名詞の数」の現象が見受けられますが,さらに主語が thatという代用表現になっています。まずこのthat について分析をした上で,文が正しい理由を探っていきましょう。

一般に最も多く使われる that は指示代名詞の用法であり,使われる状況に関与する人に共通の理解があれば初出の人(物)を指すことができるという特徴があります。そしてthat は状況に応じてアクセントを置いて強めに発音し,相手をその話題に引き込むような役割を果たすことができます。

p.37 の文脈では,Taku が fifteen という数値を純客観的に「その数値は」という意味で無色透明に感じているのではなくて,臨場感ともいうべき主観が that には入っています。また fifteen という新情報を受けて,その情報内容を強調的に呼び起こして話題化する方

法として that を使っており,補語に合わせたthose を使うことは不適当と言えます。

次に that を指示形容詞と考えてみましょう。この用法は that book のように that の後に名詞がなければなりませんが,文脈から推量できるときは省略されることがあります。ここでは number という名詞が本来は存在していたと推察できます。

that に対して指示代名詞,指示形容詞のどちらの分析を採用するにせよ,重要なのは a lot of countries を「国々が集まる集合体の塊」として認識するのか,「個々の country がどこの国でそれがいくつ集まったか」という現象面に注目するかという議論が生じます。そして文脈からあるいは fifteenおよび number という語と that が関連しているという事実から,単体としての意識が a lot of countries の解釈の前面に出ていると想定するのが適切であると言えます。そう考えると be 動詞が両名詞の間に介在することも不思議ではなくなります。「主語の数≠補語の名詞の数」についてさ

らに教科書からの例を見ておきましょう。(6) It’s steak and chips. (Book 2, p.46)(それはステーキとフライドポテトです。)steak and chips は [ II ]-1 で 触 れ た bread and butter(バター付きパン)のように完全に一体化した料理ではありませんが,p.47 の写真のように大皿に盛られた料理全体を 1 つの単体(集合体)と捉えてみると,文脈から「スペシャルランチ」という概念を指しているとわかる単数代名詞 it と実質的な数の一致が生じます。

数式で言えば,左辺と右辺が外見上は等価でないような英語の構文でも,中身をどう捉えるかにより,内容面の等価が起こることがあります。表現に単複の区別が出にくい日本語からは想像しにくい特徴ですので,指導には実例を使った気配りが必要になります。

<参考文献>綿貫陽他(2000)『ロイヤル英文法』旺文社

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