19世紀末のイギリス文学 - 中央大学c-faculty.chuo-u.ac.jp/~ttanji/lecture2013/blh2013...

17
19世紀末のイギリス文学 19世紀末におけるイギリスの社会状況 ①文化の二極分化(大衆文化とエリート文化) 中産階級の拡大、書籍価格の低下、義務教育の導入文化の大衆化が 進行 大衆文化に対する反発が生じる→20世紀になると文化的なエリートだ けを対象にした前衛的かつ難解な文学作品が書かれるようになる Modernism②世紀末という意識の広がり 経済的な停滞将来に対する悲観的な見方が社会に蔓延 earnestに生きることへの疑問が生じる Oscar Wilde, The Importance of Being Earnest (1895) Darwinisimの影響によるキリスト教信仰の動揺 ④共同体意識の希薄化と都市における個人の匿名性の拡大 ⑤大英帝国の衰退 The Boer War (1899-1902) における苦戦

Upload: others

Post on 13-Jul-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 19世紀末のイギリス文学 - 中央大学c-faculty.chuo-u.ac.jp/~ttanji/Lecture2013/BLH2013 (14).pdfOscar Wilde, The Importance of Being Earnest (1895) ③Darwinisimの影響によるキリスト教信仰の動揺

19世紀末のイギリス文学

19世紀末におけるイギリスの社会状況

①文化の二極分化(大衆文化とエリート文化) 中産階級の拡大、書籍価格の低下、義務教育の導入→文化の大衆化が進行

大衆文化に対する反発が生じる→20世紀になると文化的なエリートだけを対象にした前衛的かつ難解な文学作品が書かれるようになる(Modernism)

②世紀末という意識の広がり 経済的な停滞→将来に対する悲観的な見方が社会に蔓延

earnestに生きることへの疑問が生じる Oscar Wilde, The Importance of Being Earnest (1895)

③Darwinisimの影響によるキリスト教信仰の動揺 ④共同体意識の希薄化と都市における個人の匿名性の拡大 ⑤大英帝国の衰退

The Boer War (1899-1902) における苦戦

Page 2: 19世紀末のイギリス文学 - 中央大学c-faculty.chuo-u.ac.jp/~ttanji/Lecture2013/BLH2013 (14).pdfOscar Wilde, The Importance of Being Earnest (1895) ③Darwinisimの影響によるキリスト教信仰の動揺

審美主義(Aestheticism)(耽美主義とも呼ばれる)の出現

拡大する中産階級とその価値観(物質主義、功利主義、拝金主義)に対する知的エリート層の反発

Matthew Arnold, Culture and Anarchy (1869) 中産階級的な価値観を批判→伝統的な文化と教養を擁護

John Ruskin 物質主義批判→美のもつ道徳的・精神的価値を称揚

Pre-Rapaelites 精神性をともなわない技術を批判→Raphael以前の芸術を称揚、中世への憧憬→現実から遊離した世界を絵画と詩で描くことが多かった

Charles Algernon Swinburne 「芸術のための芸術」(芸術至上主義)を体現する詩人

Walter Pater ‘the desire for beauty, the love of art for art’s sake’を肯定した

Page 3: 19世紀末のイギリス文学 - 中央大学c-faculty.chuo-u.ac.jp/~ttanji/Lecture2013/BLH2013 (14).pdfOscar Wilde, The Importance of Being Earnest (1895) ③Darwinisimの影響によるキリスト教信仰の動揺

審美主義はTheophile Gautier (1811-72)が ‘l’art pour l’art’ (the Preface to Mademoiselle de Maupin, 1835)という言葉で表現した芸術の様態

芸術は道徳的、政治的、教育的な目的に従属せず、ただそれ自体の美のためにのみ存在すると考える 芸術は美的な基準によってのみ価値を判断される 審美主義者(Aesthetes)は美を真実や道徳から切り離す→芸術は役立つものではないという主張を展開 Aubrey Beardsleyの挿絵とOscar Wildeの人生が象徴する文学思潮 John Keats (‘Beauty is truth, truth beauty’)やAlfred Tennysonも美を賞賛したが、彼らにとって美は真実や道徳に従属するものだった

Page 4: 19世紀末のイギリス文学 - 中央大学c-faculty.chuo-u.ac.jp/~ttanji/Lecture2013/BLH2013 (14).pdfOscar Wilde, The Importance of Being Earnest (1895) ③Darwinisimの影響によるキリスト教信仰の動揺

The Dancer’s Reward (A Illustration for Salomé) by Aubrey Beardsley)

Page 5: 19世紀末のイギリス文学 - 中央大学c-faculty.chuo-u.ac.jp/~ttanji/Lecture2013/BLH2013 (14).pdfOscar Wilde, The Importance of Being Earnest (1895) ③Darwinisimの影響によるキリスト教信仰の動揺

Decadence 19世紀末にフランスを中心としてヨーロッパの思想・芸術界において見られた精神的な傾向

Baudelaire、Huysmans、Rimbaudらのフランス人作家が代表的なdecadents

審美主義の末期に現れたその極端な様態

世紀末的な厭世感と倦怠感の影響下で自然な道徳に反する倒錯性に強い関心をいだき、それを作品に描く

イギリスではOscar Wilde、Arthur Symons、Ernest Dowson、Lionel Johnsonらがdecadenceの文学者とみなされる

雑誌Yellow Book (1894-97)はdecadenceの時代を代表する雑誌←フランス小説が黄色い紙に印刷されていたことに由来する

Page 6: 19世紀末のイギリス文学 - 中央大学c-faculty.chuo-u.ac.jp/~ttanji/Lecture2013/BLH2013 (14).pdfOscar Wilde, The Importance of Being Earnest (1895) ③Darwinisimの影響によるキリスト教信仰の動揺

The Yellow Book

Page 7: 19世紀末のイギリス文学 - 中央大学c-faculty.chuo-u.ac.jp/~ttanji/Lecture2013/BLH2013 (14).pdfOscar Wilde, The Importance of Being Earnest (1895) ③Darwinisimの影響によるキリスト教信仰の動揺

Walter Pater (1839-94)

ロンドンのStepney生まれる

医者だった父親は1842年に死去

Oxford大学Queen's Collegeで学ぶ

1864年、Oxford大学Brasenose Collegeのfellowになる

1865年、初めてイタリアを旅行する

1869年、未婚の姉妹とともにOxfordで暮らしはじめる

ラファエロ前派(Pre-Raphaelites)の画家たち(Edwadrd Burne-JonesやDante Gabriel Rossetti)と交流

1885年、ロンドンのKensingtonに引っ越す

Arthur SymonsやOscar Wildeらが自宅を訪れることもあった

1893年、Oxfordでふたたび暮らしはじめたが、翌年死去した

Page 8: 19世紀末のイギリス文学 - 中央大学c-faculty.chuo-u.ac.jp/~ttanji/Lecture2013/BLH2013 (14).pdfOscar Wilde, The Importance of Being Earnest (1895) ③Darwinisimの影響によるキリスト教信仰の動揺

Walter Pater (1839-94)

Page 9: 19世紀末のイギリス文学 - 中央大学c-faculty.chuo-u.ac.jp/~ttanji/Lecture2013/BLH2013 (14).pdfOscar Wilde, The Importance of Being Earnest (1895) ③Darwinisimの影響によるキリスト教信仰の動揺

The Last Sleep of Arthur by Edward Burne-Jones

Page 10: 19世紀末のイギリス文学 - 中央大学c-faculty.chuo-u.ac.jp/~ttanji/Lecture2013/BLH2013 (14).pdfOscar Wilde, The Importance of Being Earnest (1895) ③Darwinisimの影響によるキリスト教信仰の動揺

主要著作 Studies in the History of the Renaissance (1873)

Marius the Epicurean (1885)

紀元2世紀Marcus Aurelius時代のローマを舞台に、若いローマ人青年Mariusの精神的な遍歴を描く哲学小説

Epicureanisim→Stoicism→Christianity

最後にMariusが受けいれるキリスト教は非正統的→最後まで快楽主義的な傾向を保っていると解釈できる

Imaginary Portraits (1887)

歴史的空想小説

The Child in the House (1894)

幼年期の思い出にもとづいた小説

Page 11: 19世紀末のイギリス文学 - 中央大学c-faculty.chuo-u.ac.jp/~ttanji/Lecture2013/BLH2013 (14).pdfOscar Wilde, The Importance of Being Earnest (1895) ③Darwinisimの影響によるキリスト教信仰の動揺

Studies in the History of the Renaissance 14世紀から16世紀にかけてのイタリアの画家や文人(Pico della Mirandola、Botticelli、Leonardo、della Robbiaなど)を論じたエッセイ集

芸術と人生の真実をとらえるためには感覚を洗練する必要があると説く

有名な結論部において一瞬の強烈な美の経験の追求を人生の目的と主張した

第二版で結論を削除←青年への悪影響を恐れた

Oscar WildeやW. B. Yeatsらは大きな感化を受ける

内面的な経験のはかない一瞬をとらえることの重要性を強調した→Modernism作家たち(WoolfやJoyce)のstream of consciousnessやepiphanyといった手法に影響をあたえた

Page 12: 19世紀末のイギリス文学 - 中央大学c-faculty.chuo-u.ac.jp/~ttanji/Lecture2013/BLH2013 (14).pdfOscar Wilde, The Importance of Being Earnest (1895) ③Darwinisimの影響によるキリスト教信仰の動揺

Oscar Wilde (1854-1900)

父親はDublinの著名な外科医、母親は詩人でアイルランドの民話や伝説を主題にした詩を書いていた

Trinity CollegeとOxford大学Magdalen Collegeで学ぶ

Paterからの影響を強く受けていた

スポーツ嫌いで、青磁器と孔雀の羽の収集が趣味だった

1882年、アメリカを講演旅行する( ‘I have nothing to declare but my genius’ )

1884年、結婚

1895年、ロンドンで劇作家として成功を収める

1897年、同性愛の罪で投獄される、獄中で破産宣告を受ける

監獄から出て、フランスへ渡る

フランスではSebastian Melmothと名乗っていた

1900年、パリで死去

Page 13: 19世紀末のイギリス文学 - 中央大学c-faculty.chuo-u.ac.jp/~ttanji/Lecture2013/BLH2013 (14).pdfOscar Wilde, The Importance of Being Earnest (1895) ③Darwinisimの影響によるキリスト教信仰の動揺

Oscar Wilde and Alfred Douglas

Page 14: 19世紀末のイギリス文学 - 中央大学c-faculty.chuo-u.ac.jp/~ttanji/Lecture2013/BLH2013 (14).pdfOscar Wilde, The Importance of Being Earnest (1895) ③Darwinisimの影響によるキリスト教信仰の動揺

主要著作

The Happy Prince and Other Tales (1888) 童話集

The Picture of Dorian Gray (1891) 放蕩の限りを尽くしても若さと美しさを失うことのないDorian Grayの代わりに肖像画が醜く老いてゆく

最後にDorianはみずからの肖像画をナイフで刺すが、死んだのは彼自身だった

Intentions (1891) ‘The Decay of Lying’ や ‘The Critic as Artist’などの対話形式の批評集

The Soul of Man under Socialism (1891) 社会主義社会において本当の意味での個人主義が可能であると主張する

Salomé (1894) フランス語で書かれた戯曲

Saloméはヘロデ王の前で踊り、その褒美として洗礼者ヨハネの首を求める

femme fataleの典型とみなされる

Lord Alfred Douglasによる英訳がBeardsleyの挿絵を付けてイギリスで出版された

Page 15: 19世紀末のイギリス文学 - 中央大学c-faculty.chuo-u.ac.jp/~ttanji/Lecture2013/BLH2013 (14).pdfOscar Wilde, The Importance of Being Earnest (1895) ③Darwinisimの影響によるキリスト教信仰の動揺

The Importance of Being Earnest (1895)

主人公が偽名として使っていたErnestという名前が最後には本当の名前だと判明→Ernestという名前に執着していた女性と結婚する

The Ballad of Reading Gaol (1898)

レディング監獄での体験にもとづく詩

一人の囚人の絞首刑を通して獄中での経験を描く

De Profundis (1905)

Lord Alfred Douglas (‘Bosie’) 宛の手紙という形式

Alfred Douglasに対する非難の言葉であふれている

1905年に短縮版が出版される

1949年にほぼ完全な形で出版

Page 16: 19世紀末のイギリス文学 - 中央大学c-faculty.chuo-u.ac.jp/~ttanji/Lecture2013/BLH2013 (14).pdfOscar Wilde, The Importance of Being Earnest (1895) ③Darwinisimの影響によるキリスト教信仰の動揺

The tomb of Oscar Wilde in Père Lachaise Cemetery

Page 17: 19世紀末のイギリス文学 - 中央大学c-faculty.chuo-u.ac.jp/~ttanji/Lecture2013/BLH2013 (14).pdfOscar Wilde, The Importance of Being Earnest (1895) ③Darwinisimの影響によるキリスト教信仰の動揺

Oscar Wildeの墓碑銘

And alien tears will fill for him Pity's long-broken urn, For his mourners will be outcast men, And outcasts always mourn.

(The Ballad of Reading Gaol)