3 近年における日本の対外直接投資の特徴 -...

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72 ◆ 国際貿易と投資 No.114 要旨 2017年の日本の対外直接投資は、リーマンショック直後の落ち込み (2010年)と比べると約2.9倍の1604憶ドルである。 牽引するのは対米および対欧州投資で、全体の65.5%を占める。業種で は非製造業分野である。グリーン・フィールドの投資よりも、企業買収、 資本参加等のM&A型投資が主体である。 M&A型投資(In-Out型)の対象は、欧米諸国籍の企業だけではない。 アジア諸国籍の企業を対象にした件数は欧州諸国籍企業の件数を上回 る。中国籍企業に対するM&A件数はドイツ籍企業のそれを超えている。 ASEAN諸国籍企業のM&A件数は欧州諸国籍企業に対するそれに近い件 数である。 事例からみると、グローバルに事業を展開する企業をM&Aによって獲得 し自社のグローバル化を図る動きが顕著である。例えば、日本での事業が 主体であった非製造業~例えば保険事業等では自社のグローバル化を進め る有力手段になる。製造業分野では、成長が期待できる分野~例えば電気 自動車に関連する事業、開発会社等への投資が顕著である。 対中国投資では、「輸出」主体の投資から中国国内での需要向けの投資拡 大に重点が変わりつつある。特に、最近の米中経済摩擦の激化は、短期間 に収束するとは考えにくいから輸出拠点としての中国を見直す動きが進行 している。ただし、中国を軸にしたサプライ・チェーンを短期間で切り替 3 近年における日本の対外直接投資の特徴 〜大型M&A・非製造業を中心に展開〜 増田 耕太郎 Kotaro Masuda (一財)国際貿易投資研究所 客員研究員 http://www.iti.or.jp/

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72 ◆ 国際貿易と投資 No.114

要旨・�2017年の日本の対外直接投資は、リーマンショック直後の落ち込み(2010年)と比べると約2.9倍の1604憶ドルである。

・�牽引するのは対米および対欧州投資で、全体の65.5%を占める。業種では非製造業分野である。グリーン・フィールドの投資よりも、企業買収、資本参加等のM&A型投資が主体である。

・�M&A型投資(In-Out型)の対象は、欧米諸国籍の企業だけではない。アジア諸国籍の企業を対象にした件数は欧州諸国籍企業の件数を上回る。中国籍企業に対するM&A件数はドイツ籍企業のそれを超えている。ASEAN諸国籍企業のM&A件数は欧州諸国籍企業に対するそれに近い件数である。

・�事例からみると、グローバルに事業を展開する企業をM&Aによって獲得し自社のグローバル化を図る動きが顕著である。例えば、日本での事業が主体であった非製造業~例えば保険事業等では自社のグローバル化を進める有力手段になる。製造業分野では、成長が期待できる分野~例えば電気自動車に関連する事業、開発会社等への投資が顕著である。

・�対中国投資では、「輸出」主体の投資から中国国内での需要向けの投資拡大に重点が変わりつつある。特に、最近の米中経済摩擦の激化は、短期間に収束するとは考えにくいから輸出拠点としての中国を見直す動きが進行している。ただし、中国を軸にしたサプライ・チェーンを短期間で切り替

3 近年における日本の対外直接投資の特徴〜大型M&A・非製造業を中心に展開〜 

  増田 耕太郎 Kotaro Masuda

(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

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国際貿易と投資 No.114 ◆ 73

近年における日本の対外直接投資の特徴

えることは容易ではないので、今後の状況を見極めながらすすめていくものと考えられる。

・�M&Aを主体とする日本企業の対外投資の拡大は、今後とも持続すると考えてよい。ただし、M&A型投資が成功し当初の期待どおりになるとは限らない。過去の事例でも多大な損失となったこともある。また、近年の国家安全保障によるM&A規制の強化、競争政策当局による審査の厳格化が図られることが予想される。  なお、直接投資規模は小さいが、中堅・中小企業等を中心にした各種サービス分野の海外進出の拡大も確実である。

1. 統計からみた日本の対外直接投資の特徴

1.1. 過去最高となった2017年の対外直接投資 2018年1-9月期の日本の対外直接投資額は1,080億ドルである。2010年以降の対外投資の推移をみると、①2017年は過去最高の1,604億ドル(17兆9,970億円)である。国際金融危機(リーマンショック)による落ち込み直後の2010年と比べ約2.85倍の規模である。②牽引するのは対米投資および対欧投資である。米国および欧州向け投資が占める割合は65.5%を占める(2017年)、③非製造業分野の投資が主で、2017年の対外投資額の約65.4%を占める。④投資額が大きく膨らんでいる背景に、契約額が10億ドルを上回るM&A型投資がある(別表参照)。⑤2016年の対ASEAN投資のマイナスはソフトバンク・グループのシンガポール法人による株式売却による。この売却益は英国の半導体企業の買収資金の一部に使われている(図1)。

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1.2. 日本の対外直接投資残高(2017年末時点)は約1.5兆ドル 2017年末時点の対内直接投資残高は、1兆4,946.5億ドルである。5年前の2007年と比べると約1.44倍である。1兆ドルを超えたのは2012年、10年前の2007年と比べ約2.75倍の規模である。その間の変化は次の点である。・�非製造業の割合が高まっている。2017年末時点の対外直接投資残高に占める非製造業の割合は 58.4%と製造業の割合(41.6%)を上回る。製造業が占める割合は低下傾向が続き、5割を下回ったのは2008年末である。

・�主要製造業である電気機器製造業、輸送機器製造業が占める割合は低下した。2007年末と比べると、輸送機器製造業は投資残高合計に占める割合は14.6%から8.4%に、電気機器製造業は12.1%から5.7%に低下している。電気機器製造業の直接投資残高が906億ドル(2012年末時点)から855.28億ドル(2017年末時点)に減少したのは家電部門の売却に伴いアジア諸国にあった海外子会社を手放した結果とみられる。一方、輸送機器製造業では投資残高の減少はおきていない。

・�最も増えたのは通信業である。その投資残高合計に占める割合は0.5%

-200.0

0.0

200.0

400.0

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800.0

1,000.0

1,200.0

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2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017

中国 ASEAN(10)計 欧州計 その他 米国

これを使う

図 1 日本の対外直接投資額の推移

(単位:億ドル)

出所:日本銀行 対外直接投資統計(国地域別業種別)

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国際貿易と投資 No.114 ◆ 75

近年における日本の対外直接投資の特徴

(2007年末)から6.8%(2017年末)に高まり、10年間に985.5億ドルの増加になっている。次いでサービス業で10年間に7.2倍増である(表1)。

・�地域別にみても、非製造業投資は全ての地域で高い伸びを示している。米国、EUに限らず、中国、ASEAN地域への投資でも非製造業投資は全産業の伸びを上回る。非製造業投資残高(2017年末)の伸びをみると、2007年末比で対世界が2.9倍増であるのに対し、ASEANが5,8倍増、中国が4.3倍増と欧米先進地域以外で高い伸びになっている(表2)。

表 1 日本の対外直接投資残高(業種別内訳)(単位:100 万ドル、%)

残高合計 製造業 食料品 化学・医薬 鉄・非鉄・金属 一般機械器具 電気機械器具 輸送機械器具 精密機械器具

1,494,648 621,318 82,814 116,448 45,733 65,005 85,528 125,688 18,934

100.0 41.6 5.5 7.8 3.1 4.3 5.7 8.4 1.3

2012年比 1.4 1.3 1.3 1.3 1.3 1.6 0.9 1.2 1.5

2007年比 2.8 2.1 2.4 2.5 2.6 3.8 1.3 1.6 2.4

1,037,698 489,587 61,772 87,277 35,023 41,788 90,607 101,849 12,673

100.0 47.2 6.0 8.4 3.4 4.0 8.7 9.8 1.2

542,618 300,801 33,857 46,802 17,375 17,199 65,678 79,390 7,886

100.0 55.4 6.2 8.6 3.2 3.2 12.1 14.6 1.5

非製造業 鉱業 運輸業 通信業 卸売・小売業 金融・保険業 不動産業 サ-ビス業

873,330 77,562 17,388 101,330 205,735 307,799 29,799 78,840

58.4 5.2 1.2 6.8 13.8 20.6 2.0 5.3

2012年比 1.6 0.9 1.4 4.5 1.5 1.4 2.2 3.5

2007年比 3.6 4.2 3.0 36.4 2.8 2.9 5.7 7.2

548,112 89,409 12,378 22,620 140,229 213,057 13,449 22,847

52.8 8.6 1.2 2.2 13.5 20.5 1.3 2.2

241,817 18,513 5,849 2,782 74,635 105,839 5,218 10,942

44.6 3.4 1.1 0.5 13.8 19.5 1.0 2.0

2017

構成比(%)

2012

構成比(%)

構成比(%)

2007

構成比(%)

2007

構成比(%)

2017

構成比(%)

2012

出所:日本銀行 対外直接投資残高(国別業種別)

表 2 日本の対外直接投資残高(地域別内訳)(単位:100 万ドル、%。倍率)

全産業 製造業 非製造業 全産業 製造業 非製造業 全産業 製造業 非製造業

1,494,648 621,318 873,330 480,598 172,837 307,761 370,031 156,483 213,547

100.0 41.6 58.4 100.0 36.0 64.0 100.0 42.3 57.7

100.0 100.0 100.0 32.2 27.8 35.2 24.8 25.2 24.5

2012年比 1.4 1.3 1.6 1.7 1.5 1.8 1.6 1.2 2.0

2007年比 2.8 2.6 2.9 2.8 1.9 3.8 2.6 1.8 3.9

1,037,698 489,587 548,112 285,767 119,129 166,639 237,169 131,624 105,544

542,618 241,817 300,801 172,854 92,039 80,815 144,159 89,252 54,907

全産業 製造業 非製造業 全産業 製造業 非製造業

198,076 105,023 93,054 116,970 75,832 41,138

100.0 53.0 47.0 100.0 64.8 35.2

13.3 16.9 10.7 7.8 12.2 4.7

2012年比 1.6 1.4 2.0 1.3 1.1 1.7

2007年比 3.2 2.3 5.8 3.1 2.7 4.3

121,944 76,270 45,674 92,967 68,152 24,814

60,961 44,821 16,140 37,506 28,015 9,490

世界 米国 EU

2017

業種別構成比(%)

業種別・国地域別構成比(%)

2012

2007

ASEAN 中国

2017

業種別構成比(%)

業種別・国地域別構成比(%)

2012

2007

倍率

倍率

注:�業種別構成比は国・地域別全産業に占める割合(%) 表種別・国地域別構成比は、世界に対する国・地域別投資額が占める割合(%)

出所:日本銀行  対外直接投資残高(国別業種別)

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76 ◆ 国際貿易と投資 No.114

1.3. きわめて大きい海外関連会社からの親会社への投資(『回収』) グロス表示の投資額をみると、海外関連会社から日本の親会社への投資(「回収」)がきわめて大きい。このため、「回収」分を考慮しないグロス表示の実行額はネット表示の投資額の約2.9倍~5.4倍である注1。特に「負債性資本」に分類する「回収」分は8~9割を占める。なお、「負債性資本」は直接投資関係にある当事者間の資金貸借や債券の取得処分等を示し、直接の出資関係にある者のほか祖父・孫会社、兄弟会社等との取引を含んでいる(日本銀行の解説)�(表3)。

1.4. グリーン・フィールド型投資よりM&A型投資が主体 事例から推測できる日本の対外直接投資は大型M&Aによる増加である。公表され集計可能な事例をもとにしたWorld� Investment�Report(WIR)2018年版の投資形態別の投資額は、M&A型投資(M&A�Purchser)が件数、金額ともに総じて大きい(表4)。ただし、表4中のグリーン。フィールド型投資(Green�Field)は日本のグリーン・フィールド型対外投資の状況を表していない。

実行 回収 ネット 実行 回収 ネット 実行 実行 回収 ネット

2014 791,606 644,985 146,622 125,654 48,488 77,165 48,756 617,197 596,496 20,701

2015 707,362 539,772 167,591 129,980 34,606 95,374 54,821 522,561 505,166 17,395

2016 556,567 368,109 188,458 187,854 72,037 115,818 62,744 305,969 296,072 9,896

2017 553,379 363,929 189,450 150,729 48,616 102,113 61,540 341,110 315,313 25,797

対外直接投資 ① 株式資本②収益の

再投資

③負債性資本

表 3 グロス表示による日本の投資額(単位:億円)

注:「収益の再投資」は、「回収」がなく「実行」と「ネット」の金額が同額なので、「実行」のみを表示出所:日本銀行

2015201520152015 2016201620162016 2017201720172017 2015201520152015 2016201620162016 2017201720172017

GREEN FILED 293 1 370 3 118 186 213 245

M&A SELLER 3,065 20,942 8,349 85 100 64

M&A PURCHESER 3,685 41,737 -1,774 329 337 327

金額(単位100万ドル)  件数

表 4 日本の投資形態別投資額(UNCTAD調査)

出所:WORLD�INVESTMENT�REPORT 2018年版

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国際貿易と投資 No.114 ◆ 77

近年における日本の対外直接投資の特徴

 レコフ事務所の調査(MARR)によるIN-OUT型M&Aの件数は、2016年以降3年連続して600件を超え、2018年(1-11月)は2017年の件数を上回っている。M&A対象企業数は米国籍企業が最大である。アジア籍企業を対象にしたM&A件数は米国籍企業に対するM&A件数に匹敵し、欧州籍企業のM&A件数を上回る。中国籍企業やインド籍企業へのM&A件数はドイツ籍企業のそれよりも多い。ベトナム籍企業に対するM&A件数は4年連続して20件を超えている(表5)。 なお、この調査でのIN-OUT型M&Aには日本企業が外国にある日系海外子会社の買収や事業継承等が含まれる。例えば、日系企業の中国の事業を日本企業が取得する場合もあるので、外国企業に対するM&Aとは限らない。

In-Out  地域別件数の推移

  2015 2016 2017

構成比(%)

【2015-17】

2018

(1-11)

合計 562 636 672 100.0 686

 北米 177 222 241 34.2 238

  米国 165 206 223 31.8 227

欧州 136 156 144 23.3 143

  英国 35 41 42 6.3 37

  ドイツ 18 20 25 3.4 22

  フランス 16 26 14 3.0 12

  オランダ 7 3 13 1.2 14

アジア 194 193 221 32.5 242

  中国 21 35 36 4.9 34

  韓国 14 13 15 2.2 16

  台湾 14 11 14 2.1 16

  インド 21 23 30 4.0 33

  (ASEAN) 114 107 120 18.2 127

   インドネシア 13 13 25 2.7 21

   シンガポール 34 24 31 4.8 49

   タイ 16 18 12 2.5 10

フィリピン 16 7 5 1.5 7

   ベトナム 21 22 23 3.5 21

   マレーシア 11 21 15 2.5 16

その他(アフリカ等) 55 65 66 9.9 63

表 5 In-Out 型 M&A件数の推移(レコフ事務所の調査)(単位:件数)

注:構成比(%)は、2015-2017年(3年間)のシェア出所:レコフ事務所の調査(”MARR")

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78 ◆ 国際貿易と投資 No.114

2. 主要国・地域における対外直接投資の特徴

2.1. 先進諸国向け直接投資 先進諸国向け直接投資の主な特徴を挙げてみる。・�欧米諸国の企業を対象にした大型M&Aが目立つ。しかも規模、件数ともに年々増えている印象がある。『グローバルに事業展開している企業を獲得し、自社のグローバル化を拡大する』、『今後の技術革新、高い成長が見込める新分野に強い企業を傘下に加え、技術開発競争を有利に進める』などが買収目的である。そのためには欧米企業をM&Aの対象にすることが早道である。M&Aに関する法制度、アドバイザーなどビジネスインフラが整いM&Aがしやすいビジネス環境にある、自社内に米国での経営経験が豊富であることも、M&Aを行ううえで有利になる。

・�グローバル化を進めていく有力な手段としてグローバル展開している欧米諸国の有力企業を買収する。目立つのは日本での事業が中心であった業種である。「食品」、「金融・保険」分野に顕著で、先進諸国だけでなく途上国での事業を展開する企業のM&Aが増えている。

・�大型M&Aには、ソフトバンク・グループによる出資比率が10%を超えるものがある。投資ファンドによる出資は、他の大型M&A契約と同等の評価をすべきか疑問がある。株価の上昇等で売却する可能性があり、2016年のシンガポール法人の子会社が保有していたアリババの売却で、英国の半導体設計会社のARM�Holdingsの買収資金の一部に充当したことがある。なお、外国の投資ファンドの傘下にある日本企業も、経営基盤が安定しM&Aに積極的であることも注目である。例えば、カルソニック・カンセイの親会社CKホールディングスによるマリエッティ・マレリの買収がある。

・�電気自動車(EV)関連分野等の新分野のM&A型投資が目立つ。急速な進展が見込まれるEVに関連した車載用部品、資材等の分野の生産拡充に加え、有力企業、ベンチャー企業へのM&A契約が増えている。

・�規模が小さいが見逃せないのが、飲食店や各種サービス分野の中堅・中小

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国際貿易と投資 No.114 ◆ 79

近年における日本の対外直接投資の特徴

企業の進出である。中国、ASEAN諸国等への進出も多いが、対米進出は進出企業にとっても従業員にとっても『夢の実現』というべき意識に特徴がある。世界各地から集まる競合相手と厳しい競争に勝つことが、従業員の士気を高める効果があるようだ。

 なお、米国の新直接投資統計(UBOベース)によると、2017年の日本の対米直接投資額(340.36億ドル)のうち、97%に近い329.97億ドルがM&A型投資によるもので、グリーン・フィールド型投資(「GF型投資」)は10.38億ドルに留まる。(本誌 統計ページ参照)。対EU投資については本誌113号(「近年における日本の対EU直接投資」(2018年9月刊)で紹介したので省略する。 2.2. 対アジア投資 アジアの国々を①ASEAN諸国、②中国、③インドと、⑤その他の国々に分けて、日本の対外直接投資の推移を図示したのが図2である。 主な特徴を列記する。【対ASEAN投資】・�対ASEAN投資はソフトバンクのシンガポール子会社が保有する株式の売却でマイナスになった2016年を除くと、2013年以降の対ASEAN投資額は対中国投資額を上回り、対中国投資額の2倍以上である。投資額が大きいのはシンガポール、タイ、インドネシアである。

・�対ASEAN投資は、ベトナム、インドネシア、タイなどへの投資が順調であったのに対し、フィリピンなどへの投資が伸び悩むなど明暗が分かれている。

・�対ASEAN投資でもin-out型M&A件数は、対欧州投資に匹敵する件数になりつつある(表5)。

・�分野別にみると、①生活密着型分野への積極的な投資、電子商取引企業への出資、CHINA+1型投資が目立つ。対ASEAN企業に対するIn-Out型M&A件数も拡大しているのは前述(表-5)のとおりである。

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80 ◆ 国際貿易と投資 No.114

【対中国投資】・�対中国投資は好調である。2014年以降をみると1兆円前後の高い水準で推移している。中国の対内直接投資からみると、①日本の対中国投資は2005~2014年まで最大の投資国であったが、2012年を境に減少に転じている。②2016年からゆるやかな増加しているものの、2017年実績は2012年と比べると44.4%の規模にとどまる。

・�近年の対中投資の事例からみた主な特徴をあげると、①中国市場の販売を目的にした「内需型」投資に変化している。『世界の工場』として中国から輸出を目的にした生産拠点を狙う段階から、世界第2位のGDPと年率6%台の経済成長による旺盛な需要を対象にした『内需型』の生産・販売を重視した事業拡大に変わっている。中国での生産拠点の役割変化は、最近の米中経済摩擦によって加速する。②分野では「次世代用等の自働車」関連分野の投資意欲が高い。中国は世界最大の自動車販売市場である。近年は電気自動車(EV)などの次世代の自動車開発と市場の拡大に積極的である。③中国籍企業のM&A件数は増加している(表5)。中国系企業に

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30.0

60.0

90.0

120.0

150.0

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0

10,000

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50,000

2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017

中国 インド ASEAN その他 アジア比(%):右目盛

図 2 日本の対アジア直接投資の推移(単位:100 万$(左)、%(右))

出所:日本銀行「対外直接投資統計」(国・地域別業種別)より作成

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近年における日本の対外直接投資の特徴

対する大型出資の例に伊藤忠商事によるタイのCharoen�Pokphand�グループ(CP)との業務・資本提携(2014.7)によるCITIC�Limitedの株式20%(総額約1.2兆円)の取得がある(2015.1)CITCは中国政府がCITICグループを通じて実質的に過半を保有する政府系企業で、金融事業、資源・エネルギー関連事業、製造業、エンジニアリング、不動産事業など多岐にわたる事業を中国及び海外で展開している。

 なお、中国に進出した日本企業の団体の「中国日本商会」がまとめた『中国経済と日本企業2018年白書』では、53の建議がある。次の3点に要約できる。①現代市場システムを整備する。公平な競争を妨げるさまざまな制度を改正し、中国企業と外資企業を公平に扱い、知的財産権制度をさらに改革するよう要望する。②行政管理体制の改革を深化する。行政手続きを簡素化し、審査と認証プロセスを大幅に短縮し、手続きのスピードを高めるよう要望。③全面的な開放における新たな枠組みを一層改善する。製造業とサービス業の外資参入規制を一段と開放し、国際基準をさらに採用するよう要請する。

3. 課題と展望

 日本の対外直接投資は、今後もM&Aを主体にして拡大することは確実である。従来は対外投資の対象と考えにくい分野であっても、より高い成長力のある国々への進出は、グリーンフィール型投資に拘らずに買収、資本参加、経営権譲渡等形態を問わずM&Aを積極的に行っていくとみられる。特に、M&Aによる実績を持つ企業にとって、M&A型投資の成果・経験は、次のM&A型投資に弾みになる。アフリカなど、日本からの投資が少ない地域でも、近年はM&A型投資を積極的に行っている。 一方、課題もある。第1は、買収した外国企業による事業リスクである。買収当初の期待に反する結果となり、巨額な損失をもたらした『失敗例』とみなされた事例も少なくない。例えば、東芝の原子力機器事業のWestinghouseの巨額な損失、LNG事業の行き詰まり,や 日本郵政が買収し

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たオーストラリアのトール・ホールディングスの企業価値が減損し4000憶円を超える損失を計上するなどがある。それでも、『失敗』と目された体験を持つ企業であっても、委縮することはなく、M&Aは有力・有効な事業拡大手段として増え続けることは確実である。 また、大型M&Aは規制当局による競争政策への対応が必要になる。昭和電工によるドイツのSGL�GE�Holdingsの黒鉛電極事業買収では、SGL社の米国工場を東海カーボンに売却して承認を得た(2018.7)。太陽日酸は産業ガス大手の米国企業・Praxairの欧州事業を買収したが、欧州事業の一部を売却することで承認をえている(2018.7)。 第2は、米中経済摩擦に対する影響が懸念される。米国の対中国貿易赤字は、米国における中国品に対する関税引き上げに留まらない。中国が米国製商品を買い付け、対米輸入を増やすことで対応しても、それだけでは問題の解決に繫がらない。1980年代に日本の経験でも一時的な効果しかなかったからだ。 外国企業に対する中国市場の閉鎖性除去、中国の外国企業に対する知的財産に対する技術移転などの強制が抜本的に変わらない限り、米中間の経済紛争は続く。米国にとって重要なのは、中国による知的財産権侵害、強制的な技術移転などの『不公正』な慣行の是正を求めることにある。 このため、米中間の経済摩擦が長期化する懸念があるなかで、中国から米国への輸出につながる生産拠点の拡充は慎重にならざるを得ない。そこで、米中経済摩擦の長期化を見据え、中国からASEAN向け輸出に振り替える。中国の生産拠点から米国向け輸出が多い輸出品の生産を、中国以外の国・地域で生産・輸出に切り替えるなどの海外生産の見直しは避けられない。米国、メキシコ、ベトナム等に生産拠点を拡充、新設する動きである。ただし、中国を中心にしたサプライ・チェーンの見直しは短期間に実現できるものではないし、中国の国内市場向けは引き続き現状維持ないし着実な事業拡大を行う動きも根強い。例えば、日本電産は生産・出荷体制を見直し、中国以外の国での生産増強を行うものの、対中国事業を縮小することではないと決算報告会で説明している(2018.10)。

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近年における日本の対外直接投資の特徴

 JETROが2017年10~12月に中国で業務を行う日系企業を対象に実施したアンケート調査、国際協力銀行の2018年度海外直接投資アンケート調査結果(第30回)では、対中国投資への意欲は高い水準を維持している(表6)。ただし、最近の米国-中国の経済関係を踏まえると、より慎重な経営判断に変わっている可能性は高い。

 

 第3が国家安全保障への懸念、競争政策の変化等に対する外国投資の規制の強化である。中国企業の企業買収に対する安全保障懸念は米国ばかりでなく、欧州にも広がりつつある。日本企業が買収する場合だけではなく。日本企業の海外子会社や海外事業の売却の際にも、国家安全保障の観点からの審査がある。中国系企業に売却を認められなかった事例に、LIXILが買収したイタリアの建材子会社(Permasteelisa)の中国企業への売却契約がある。米国の対米外国投資委員会(CFIUS)は、建材子会社の米国事業の売却承認を得ることができず、中国企業への売却契約を破棄せざるをえなくなった(2018.10)。 さまざまな懸念材料があるものの、日本の対外直接投資は、今後もM&Aを主に拡大しつづけることは確実である。

注1� �【回収】表3中の回収欄の数値は(『本邦親会社の海外関連会社への投資を資産(対外投資)、海外親会社の本邦関連会社への投資を負債(対内投資)とする。例えば、海外関連会社から本邦親会社への投資は負債ではなく、資産サイドの負の投資(親会社による投資の回収)とみなして計上する』(日本銀行、直接投資データの計上原則)https://www.boj.or.jp/statistics/br/bop_06/fdinote.htm/�

調査機関 調査結果の特徴 調査時点

JETRO調査

『今後1~2年の事業発展方針について「拡大する」

と回答した企業; 48.3%、

「現状維持」は44.3%   (合計92.6%)

2017年10~12月に中国で業務

を行う日系企業を対象

国際協力銀行

調査

『中期的(今後3年程度)有望事業展開先国・地

域』の中で中国を選んだ回答企業数(複数回答可)

は、2018年度でも1位(回答企業431社中225社。得

票率52.2%(前年は444社中203社、得票率45.7%)

わが国製造業企業の海外事業

展開に関する調査報告

(2018年度海外直接投資アン

ケート調査結果(第30回))

表 6 今後の日本企業の対中国投資の意欲・関心

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参考資料等1� �中国日本商会『中国経済と日本企業2018年白書』http://cjcci.org/cjecolist/eco2018/�2� �レコフ事務所 『MARR』(各年2月号)3� �『近年における日本の対EU直接投資の特徴』(本誌113号、2018年)      4� �『中国企業の対米直接投資の急増と米国の国家安全保障 ~米国民に歓迎される投資を増やせるのか』(本誌108号、2017年

注:�「買収」だけでなく、「合併」「資本参加」「出資比率の引き上げ」「事業の譲渡」を含む日本企業の在外子会社からのM&Aを含む。「金額」は公表時点の発表額をもとに円貨計算した概算値で、最終確定額ではない。

出所:各社の公表資料、新聞等の報道資料を参考に作成�� � �

日本企業 M&A対象企業 時期 分野 金額(10 億円)

武田製薬 【アイルランド】Shire�plc 2019.01 医薬品 �6,969.5�

ソフトバンク・グループ 【英国】ARM�Holdings 2016.07 半導体設計 �3,323.4�

伊藤忠商事 他 【中国】CITIC L td (中国中信集団 子会社] 2015.01 金融 �1,204.0�

東京海上日動火災保険 【オーストラリア】HCC�Insuarance�Group�Holdings 2015.06 保険 941.3�

アサヒ・グループ【ベルギー】SAB�Miller�の中東欧 5 か国のビール事業会社(8社)

2016.12 飲料 891.2�

ソフトバンク・グループ 【米国】UBER�Technologies 2018.01 情報・ソフト 867.3�

ルネサスエレクトロニクス 【米国】Integlated�Device�Technologies 2018.09 半導体 787.0�

日本郵便 【オーストラリア】Toll�Holdings Ltd 2015.02 運輸 761.8�

新日鉄住金 【インド】Essar�Steel 2018.10 鉄鋼 688.8�

富士フイルム 【米国】ZEROX 2018.02 事務機 665.9�

太陽日酸 【�米国】Praxair 欧州事業(一部) 運営会社 2018.07 化学 646.5�

三井海上火災保険 【米国】Amlin�plc 2015.09 保険 634.7�

損害保険ジャパン・日本興亜

【米国】Endurance� Special�Holdings 2016.06 保険 639.4�

明治安田生命保険 【米国】StanCorp�Financial�Group,�Inc 2015.07 保険 624.6�

武田製薬 【米国】ARIAD Phamaceuticals�Inc 2017.01 医薬品 626.0�

日本たばこ産業【米国】R.�J.�Reynolds�Tobacco�Company のブランド「アメスピ」の米国以外のたばこ事業

2015.09 食品 600.0�

ソフトバンク・グループ 【中国】Xiaoju�Kuaizhi�Inc�(滴滴出行 持株会社) 2017.05 情報・ソフト 550.0�

別表 日本企業の大型M&A事例

(2015 年~ 2018 年、投資額が概算 5,000 億円以上)

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