英語教育研究における「日本文化/異文化」理解の問題点
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本発表の概要
目的 英語教育研究における文化概念の問い直し
構成
1) 用法の確認:「日本文化」「異文化」
2) 根拠とされる理論の整理
3) 問題点 – 認識論的に正しくない
– 倫理的に正しくない
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先行研究
馬渕 (2007) 学習指導要領および高等学校英語教科書を分析し、「日本文化 vs. 外国文化」の二項対立的文化観の蔓延を指摘。
文化人類学・カルチュラルスタディーズの近年の成果と比較し、その文化観の後進性を批判。
Ryuko Kubota の一連の仕事 (e.g., 久保田, 2015a, 2015b)
応用言語学における文化本質主義的性格の非常に強い「東洋観」の批判
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日本文化/異文化の用法
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[日本の英語教育政策を特徴づける要因のひとつが]日本人の集団主義的でしばしば排他的な心理特性である。よく指摘されるように、日本人は日本人同士でいることを好み、外にでることを嫌う。また、日本人は和を乱してまで自分の意見を強く押し通したりはしない。このように、日本人は「個」が弱く、また、言葉に頼った交渉が苦手である。(p. 23, 引用者訳)
------Koike, I. & Tanaka, H. (1995). English in foreign language education policy in Japan. World Englishes, 14(1).
小池生夫氏 田中春美氏
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日本人のような相対的に同一民族、同一言語に近い国民は、物の捉え方、見方、考え方が画一的になりがちです。... 小学校の段階から英語を導入することは、異文化、異言語、異民族に対する違和感を感じさせなくするばかりか、英語を通して無意識のうちに文化の差異を学び、異文化のもとに暮らす人々を理解する態度を自然に養うことができるのです。(pp. 188-9)
------樋口忠彦・行廣泰三編著 2001 『小学校の英語教育―地球市民育成のために』KTC中央出版
行廣泰三氏
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同質なものに取り囲まれ、歴史的にも異質なものを同質化して取り入れ、いわば同質性の快適さに安住してきた日本人は、異質なものを排除しようとする気持ちがとりわけ強い。. . . 「異質なものに触れさせる」教育は、日本人にとりわけ必要なものであり、異質なものを最も明確な形で提示してくれる外国語教育が極めて重要なのである。(p. 10)
------松本青也 1998「異文化理解の目標と方法」 『現代英語教育』12月号
松本青也氏
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専門書の定義 8
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全国英語教育学会第40回研究大会記念特別誌編集委員会編 (2014)『英語教育学の今』
• 「文化」計160個ヒット。
• 第14章 国際理解教育と英語教育
• 文化を明示的に定義している著者ゼロ
大学英語教育学会監修 (2010) 『英語教育学大系 第3巻 英語教育と文化 異文化間コミュニケーション能力の養成』
• 古今東西の「文化」の定義を紹介(特に、1章第1節、第3章1節)
• 各定義の「分析概念としての優劣」には言及なし
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個人×文脈
集合的
個別的
ナショナル 非ナショナル
個人
個人×文脈×時間
国民 民族
社会階層
障がい
ジェンダー
理論の類型 11
日本人同質同調論 (杉本・マオア, 1995)
日本人同質論 日本人一般には非日本人一般には見られない共通の特質が存在する
日本人同調論 日本人は、集団のために自発的な献身を行う
集団主義
調和重視
タテ割り主義
言語的/文化的/人種的同質性
閉鎖性
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異文化コミュニケーション論 高文脈文化 日本
中国
朝鮮
アフリカ系アメリカ
原住民系アメリカ [ママ]
アラブ
ギリシャ
ラテン
イタリア
イギリス
フランス
アメリカ
スカンジナヴィア
ドイツ
低文脈文化 ドイツ系スイス
大谷 (2007) “欧米の文化を、ことば以外のものに頼る傾向が相対的に少ない「低文脈文化」と呼ぶならば、日本の文化は、まぎれもなくそれとは対照的に、ことば以外のものにも一定の情報伝達の役割を担わせる「高文脈文化」である。// エドワード・T・ホールは、世界の民族を調査して、彼らの文化を表のように整理した(2)。それによれば、日本人は、ドイツ系民族とはまさに対極にあって、世界でも最も言語に依存する度合いの低い民族ということになる。”(pp. 160-1)
Hall, E. (1976). Beyond Culture. New York: Doubleday. pp. 13f
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認識論的な正しさ 14
日本文化論を否定した実証研究
日本人同質同調論
杉本・マオア (1995): 日本人論の方法論的誤謬5点
① エピソード主義、② コトバ主義、③ 異質なサンプルの比較、
④ 排他的実感主義、⑤ 西洋一元論
間淵 (2002) – 国際比較データの統計分析による同質性検討
各国の無作為抽出調査の2次分析。各国民の意見・価値観の同質
性を分析。→結果:日本人の同質性は他国民よりも低い
「日本語=ハイコンテクスト」論
Cardon (2008): コンテクスト理論のメタアナリシス 「高/低コンテクストコミュニケーション」を扱った実証研究
(質問紙調査等)のメタアナリシス。→結果:ホールの文化類
型は支持不可能 15
文化(典型的行動パタン)と規範の混同
移民社会であるアメリカではコンテクストの共有度が低いので、文化的前提を超越した普遍
的、論理的、言語的な「言わなければ分からない」型のコミュニケーションが重視されると
いう考え方である。ここで注意しなければならないのは、同じ移民社会であっても、オース
トラリアやカナダではこのようなことがほとんど意識的に強調されないという点である。
…英国連邦のメンバーとして成立したオーストラリア(およびカナダ)における建国初期
のアイデンテイテイはイギリスらしさと強い親近性を保った文化的な色彩の濃いものであっ
た。そのため誰でも簡単にオーストラリア人、カナダ人になれるという訳ではなく、排他的
であった。一九七〇年代以降のオーストラリアとカナダでは新たな開放的なアイデンテイテ
イの創造が国家的課題となるが、その際イギリス的文化に加えて多様なエスニック文化の共
存を意識的に強調する多文化主義がナショナル・イデオロギーとして展開した。他方、アメ
リカ合衆国の建国はイギリスとの関係の断絶に基づき、移民の国として文化を超越した普遍
的な理念の確立と定着が強調された。そして、そうした理念に同化さえすれば基本的には誰
でもアメリカ市民になれる国家創りが理想とされた。従って、アメリカ合衆国では様々なエ
スニック・グループの文化的諸前提を超越して誰にでも理解し易い明示的なシンボルの提示
の重要性を意識的に強調するような規範の励行がつい最近まで続いてきたと言えよう。従っ
て、先のエドワード・ホールの理論はアメリカ文化に関すると言うより、アメリカ的規範・
理念に関するものと考える方が適切である。
(吉野, 1997, pp. 251-2)
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ベフ (1987) ※初版
Sugimoto & Mouer (1990)
青木 (1990)
吉野
(1997) 17
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英語教育学者の「伝言ゲーム」は 信頼できる?
馬渕(2002, pp. 120-3)
– 意外と原典を読んでいない教育関係者
– 理論をきちんと理解して「仲介」しているわけではない
言説生産者 (e.g. 文科省・教育学者)
言説仲介者 (e.g. 教育関係者・教育コンサル)
言説受容者 (e.g. 親・生徒・一般人)
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「迷信」としての日本人論・日本文化論 ・集団主義(農耕民族だからとか何とか)
・個が弱い
・腹芸(言語コミュニケーションの軽視だとか何とか)
・単一民族、単一文化、同質的 etc
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日本の人文社会科学で徹底的に否定・反証されている事実を 知らない英語教育学者が(あやふやな記憶をもとに)引用
「英語教育を通した日本人的メンタリティの改造」という(恐
るべき)教育政策論
(日本語が読めない?)海外の日本研究者に引用され、 迷信的日本人観が再生産 (e.g., Seargeant, 2009)
倫理的な正しさ 22
文化本質主義の問題
• 特定の文化の中に本質(「~らしさ」を決定づける要因)を仮定する
• 問題点(丸山, 2007)
1. 差異・独自性の強調: we vs. they
相互理解の困難さに焦点
2. 均質性の強調
3. 文化還元主義: 「違いはすべて文化のせい」
不平等の隠蔽 (Piller, 2012)
4. 純粋性信仰:伝統を強調し変容の可能性を無視
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まとめ 24
英語教育学における「文化」 定義に注意が向いている時 柔軟な定義
定義に注意が向いていない時 本質主義的
認識論的に見て正しくない 日本人同質同調論に学問的裏付けはない
倫理的に見て正しくない 「我々/彼ら」という無用な対立
多様性の侵害
不平等の隠蔽
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References Cardon, P. W. (2008). A critique of Hall's contexting model: A meta-analysis of
literature on intercultural business and technical communication. Journal
of Business and Technical Communication, 22(4), 399-428.
Koike, I. & Tanaka, H. (1995). English in foreign language education policy in
Japan: Toward the twenty-first century. World Englishes, 14(1), 13--25.
Mouer, R. E. & Sugimoto, Y. (1990). Images of Japanese society : a study in
the social construction of reality. Kegan Paul International.
Piller, I. (2012). Intercultural communication: An overview. In C. B. Paulston,
S. F. Kieslling & E. S. Rangel (eds). The handbook of intercultural
discourse and communication. Oxford: Wiley-Blackwell.
Seargeant, P. (2009). The idea of English in Japan. Multilingual Matters.
青木保 (1990). 『「日本文化論」の変容 ——戦後日本の文化とアイデンティティー』 中央公論社.
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久保田竜子 (2015a). 『グローバル化社会と言語教育 : クリティカルな視点から』くろしお出版.
久保田竜子 (2015b). 『英語教育と文化・人種・ジェンダー』くろしお出版. 杉本良夫・マオア, ロス (1995) 『日本人論の方程式』筑摩書房 寺沢拓敬 (2015a). 『「日本人と英語」の社会学: なぜ英語教育論は誤解だらけな
のか』研究社 ベフハルミ (1987). 『増補イデオロギーとしての日本文化論』 思想の科学社. 松本青也. (1998). 異文化理解の目標と方法. 『現代英語教育』,(12月), 10--12. 間淵領吾 (2002 ). 「二次分析による日本人同質論の検証」『理論と方法』17(1),
3-22. 馬渕仁 (2002). 『「異文化理解」のディスコース : 文化本質主義の落とし穴』京
都大学学術出版会. 馬渕仁 (2007). 「英語教育にみられる文化の捉え方」『大阪女学院大学紀要』4,
1-12. 丸山真純 (2007). 「「文化」「コミュニケーション」「異文化コミュニケーショ
ン」の語られ方」伊佐雅子監修『多文化社会と異文化コミュニケーション』 (pp. 187-210). 三修社
行廣泰三 (2001). 「公立小学校の英語教育導入後の展望」樋口忠彦・行廣泰三編『小学校の英語教育 ——地球市民育成のために』 (pp. 184--195). KTC中央出版
吉野耕作. (1997). 『文化ナショナリズムの社会学 : 現代日本のアイデンティティの行方』 名古屋大学出版会
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