5.全国公設試験研究機関による中小企業技術支援を念頭に...

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5.1 第3次 DLC ブームの到来 ダイヤモンドライクカーボン(DLC)の最初のブームは 1990年頃に起こった.しかし,当時は基材との密着性に乏 しい膜しか形成できず,磁気テープ[1]などごく低面圧の しゅう動部にしか応用されなかった.第2次ブームは2000 年頃に始まった.いくつかの新規成膜法の登場によって密 着性が向上したことに加え,主に炭素と水素から成るDLC は環境への負荷が少ないというイメージが追い風となっ た.この時期に自動車エンジン部品[2]をはじめ,ペットボ トルのガスバリア膜[3],生体材料への応用[4]など,産業 応用が急速に進んだ.そして,現在,DLC は3度目のブー ムを迎えている.自動車など高い信頼性が要求される部品 への応用が定着し,これまで様子見だった中小企業が本格 的に適用を検討し始めたからである. 5.2 産技連・公設試の動き 平成23年度に,国立研究開発法人産業技術総合研究所と 地方公設試験研究機関(以下,公設試)とをつなぐ組織で ある産業技術連携推進会議(以下,産技連)によって,全 国公設試を対象としたDLC技術調査が実施された.その結 果,20機関もの公設試がDLC成膜装置を保有していること がわかった.公設試に設置される機器は,主として地域産 業の動向に即して整備されるため,この結果は,DLC 技術 が中小企業の参入という第3次ブームを迎え,もはや我が 国のものづくり基盤技術になりつつあることを示してい た.このため,中小企業に対する技術支援を使命とする公 設試としては,より一層DLCに関する技術支援体制を充実 させることが急務であり,DLCに関する知識・情報だけで なく,用途に応じた成装装置・成膜条件の選定や各種評 価・試験法など,周辺技術も含めたDLC全般に関わる技術 支援力をさらに高める必要性を確認した. 一方,DLC には様々な「種類」があり,用途に応じた膜 の選定が重要であることも広く認知され始め,DLCの分類 法を提案して国際規格にしようとする「DLC 標準化活動」 [5]が活発化している.しかし,分類のための評価法として 提示されているものには,放射光やビームラインを必要と するような,中小企業ばかりでなく公設試にとっても汎用 性が低いものがいくつかあり,このままでは,標準化され る分類法自体がうまく活用されない可能性が懸念される. そこで,産技連としては,公設試が DLC 技術に関する中小 企業支援を推進する上で,DLCの分類に利用可能な汎用的 でかつ公設試共通の統一的な評価法が必要であるとの見解 に至った. このような背景から,産技連では,平成24,25年度の2 小特集 様々なプラズマプロセスによるダイヤモンドライクカーボン薄膜の作製とその評価 5.全国公設試験研究機関による中小企業技術支援を念頭に 置いた DLC ラウンドロビンテストの試み 5. DLC Round Robin Testing between Public Examination and Research Organizations Intended as Technical Support for Small and Medium Enterprises 三浦健一 MIURA Ken-ichi 地方独立行政法人 大阪府立産業技術総合研究所 (原稿受付:2016年1月4日) ダイヤモンドライクカーボン(DLC)の産業応用が急速に進んでいる.産業技術連携推進会議が平成23年度 に実施した調査では,DLC成膜装置を整備している公設試は20機関にのぼり,もはやDLCは中小企業にまで広く 注目されるものづくり基盤技術になりつつあることがわかった.このため,中小企業に対する技術支援を使命と する公設試としては,より一層DLC に関する技術力を高める必要があった.一方,DLC には「種類」があること から,分類法を提案して国際規格にしようとする「DLC 標準化活動」が進められている.しかし,分類のための 評価法として提示されているものには,中小企業が利用しにくいものがいくつかあり,このままでは分類法自体 がうまく活用されない可能性が懸念される.そこで,DLC に関する公設試の技術支援力の向上と,中小企業が利 用しやすい評価法の提案という観点で,平成24,25年度の2年間,公設試連携DLCラウンドロビンテストが実施 された. Keywords: DLC, characterization, deposition method, round robin test, technical support, small and medium enterprise Technology Research Institute of Osaka Prefecture, Izumi, OSAKA 594-1157, Japan author’s e-mail: [email protected] J.PlasmaFusionRes.Vol.92,No.6(2016)472‐477 !2016 The Japan Society of Plasma Science and Nuclear Fusion Research 472

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Page 1: 5.全国公設試験研究機関による中小企業技術支援を念頭に 置いたDLCラウンドロビンテスト … · るいは単一の公設試が分析することで各種データを提供し

5.1 第3次DLCブームの到来ダイヤモンドライクカーボン(DLC)の最初のブームは

1990年頃に起こった.しかし,当時は基材との密着性に乏

しい膜しか形成できず,磁気テープ[1]などごく低面圧の

しゅう動部にしか応用されなかった.第2次ブームは2000

年頃に始まった.いくつかの新規成膜法の登場によって密

着性が向上したことに加え,主に炭素と水素から成るDLC

は環境への負荷が少ないというイメージが追い風となっ

た.この時期に自動車エンジン部品[2]をはじめ,ペットボ

トルのガスバリア膜[3],生体材料への応用[4]など,産業

応用が急速に進んだ.そして,現在,DLCは3度目のブー

ムを迎えている.自動車など高い信頼性が要求される部品

への応用が定着し,これまで様子見だった中小企業が本格

的に適用を検討し始めたからである.

5.2 産技連・公設試の動き平成23年度に,国立研究開発法人産業技術総合研究所と

地方公設試験研究機関(以下,公設試)とをつなぐ組織で

ある産業技術連携推進会議(以下,産技連)によって,全

国公設試を対象としたDLC技術調査が実施された.その結

果,20機関もの公設試がDLC成膜装置を保有していること

がわかった.公設試に設置される機器は,主として地域産

業の動向に即して整備されるため,この結果は,DLC技術

が中小企業の参入という第3次ブームを迎え,もはや我が

国のものづくり基盤技術になりつつあることを示してい

た.このため,中小企業に対する技術支援を使命とする公

設試としては,より一層DLCに関する技術支援体制を充実

させることが急務であり,DLCに関する知識・情報だけで

なく,用途に応じた成装装置・成膜条件の選定や各種評

価・試験法など,周辺技術も含めたDLC全般に関わる技術

支援力をさらに高める必要性を確認した.

一方,DLCには様々な「種類」があり,用途に応じた膜

の選定が重要であることも広く認知され始め,DLCの分類

法を提案して国際規格にしようとする「DLC標準化活動」

[5]が活発化している.しかし,分類のための評価法として

提示されているものには,放射光やビームラインを必要と

するような,中小企業ばかりでなく公設試にとっても汎用

性が低いものがいくつかあり,このままでは,標準化され

る分類法自体がうまく活用されない可能性が懸念される.

そこで,産技連としては,公設試がDLC技術に関する中小

企業支援を推進する上で,DLCの分類に利用可能な汎用的

でかつ公設試共通の統一的な評価法が必要であるとの見解

に至った.

このような背景から,産技連では,平成24,25年度の2

小特集 様々なプラズマプロセスによるダイヤモンドライクカーボン薄膜の作製とその評価

5.全国公設試験研究機関による中小企業技術支援を念頭に置いたDLCラウンドロビンテストの試み

5. DLC Round Robin Testing between Public Examination andResearch Organizations Intended as Technical Support

for Small and Medium Enterprises

三浦健一MIURA Ken-ichi

地方独立行政法人 大阪府立産業技術総合研究所

(原稿受付:2016年1月4日)

ダイヤモンドライクカーボン(DLC)の産業応用が急速に進んでいる.産業技術連携推進会議が平成23年度に実施した調査では,DLC成膜装置を整備している公設試は20機関にのぼり,もはやDLCは中小企業にまで広く注目されるものづくり基盤技術になりつつあることがわかった.このため,中小企業に対する技術支援を使命とする公設試としては,より一層DLCに関する技術力を高める必要があった.一方,DLCには「種類」があることから,分類法を提案して国際規格にしようとする「DLC標準化活動」が進められている.しかし,分類のための評価法として提示されているものには,中小企業が利用しにくいものがいくつかあり,このままでは分類法自体がうまく活用されない可能性が懸念される.そこで,DLCに関する公設試の技術支援力の向上と,中小企業が利用しやすい評価法の提案という観点で,平成24,25年度の2年間,公設試連携DLCラウンドロビンテストが実施された.

Keywords:DLC, characterization, deposition method, round robin test, technical support, small and medium enterprise

Technology Research Institute of Osaka Prefecture, Izumi, OSAKA 594-1157, Japan

author’s e-mail: [email protected]

J. Plasma Fusion Res. Vol.92, No.6 (2016)472‐477

�2016 The Japan Society of PlasmaScience and Nuclear Fusion Research

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年間,DLCに関する公設試のより一層の技術支援力の向上

を目的とした「技術向上支援事業」が実施された.そこで

は,公設試として中小企業が利用しやすい評価法を提案し

ていくことも念頭に置かれた.

5.3 公設試連携DLCラウンドロビンテスト平成24年度の「技術向上支援事業」では,公設試の現状

を把握することも考慮に入れ,共通的に保有している各種

分析機器によって,DLCの評価がどの程度行えるかについ

て検討することから始めることになった.基本的な評価法

を中心に取り上げ,全国19の公設試が参加する形で「もの

づくりに向けたDLC評価方法の検討」が実施された.そし

て,平成25年度は,より応用的な評価を対象とすることと

し,膜としてのもっとも基本的な特性である密着性を取り

上げ,「DLC密着性評価方法の検討」が行われた.2年間

共に実施に当たっては,参加公設試間でそれぞれが保有す

る成膜装置によるDLCを供出し,それらのDLCを複数あ

るいは単一の公設試が分析することで各種データを提供し

合うラウンドロビンテストの形態を採用した.以下,実施

された内容について概説する.

5.3.1「ものづくりに向けたDLC評価法の検討」

表1に,供出された5方式(プラズマCVD[CVD],プラ

ズマイオン注入・成膜[PBII],アンバランスドマグネトロ

ンスパッタリング[UBM],マグネトロンスパッタリング

[SPT],カソーディック真空アーク[CVA])13装置により

形成されたDLCの概要を示す.基板にはSiウエハが用いら

れた.成膜条件は各成膜担当機関が推奨する条件とした.

供出されたDLCは,物理的評価として,ラマン分光による

構造解析,分光測色解析,FE-SEMによる表面および断面

観察,X線反射率(XRR)測定による膜密度解析,走査型プ

ローブ顕微鏡(SPM)による表面形態評価を行った.また,化学

的評価として,グロー放電発光分光分析法(GD-OES)によ

る成分分析,弾性反跳検出分析(ERDA)による水素濃度分

析,X線光電子分光法(XPS)による sp3/(sp3+sp2)比の解

析を行った.さらに,機械的評価として,ナノインデン

テーション法による硬さ試験,トライボロジー特性評価と

して摩擦試験を実施した.ここでは,化学的評価および機

械的評価の一部を紹介する.

5.3.1.1 化学的評価

「DLC標準化活動」は,DLCを水素量とsp3/(sp3+sp2)比

で分類することを提案している[6].同時に,水素量は

ERDA,sp3/(sp3+sp2)比は吸収端近傍X線吸収微細構造

(NEXAFS)測定により決定することが提示されている.

しかしながら,両者ともに汎用的な分析法とは言い難く,

特に中小企業の利用には不向きである.そこで,最近,研

究開発や品質管理において急速に普及し,公設試において

も導入が進んでいるGD-OESに着目し,DLC膜の分類に必

要な水素量と sp3/(sp3+sp2)比に関わる物性評価が可能か

について検討した.

図1に,供出された各DLCの GD-OES で得られたH

強度とERDAで分析されたH濃度の関係を示す.CVA‐2は

膜厚が極端に薄かったため表面汚染の影響を受けてH強度

が高い値を示したが,これを除くと両者間には高い相関が

認められた.このことから,GD-OES によってDLC膜中の

水素量を見積もれることがわかった.

一方,DLCの sp3/(sp3+sp2)比は,密度や硬さと相関が

あることが指摘されている[7].図2に,各DLCのGD-OES

方式 No. 炭素源 中間層 DLC膜厚(m)

CVD

1 C2H2 なし 1.47

2 C2H2 Si 0.91

3 C2H2 Cr,Si-C 0.51

PBII

1 C2H2 Si 0.84

2 C2H2,C7H8 Si 1.62

3 C2H2,CH4,C7H8 Si 0.98

4 C2H2 なし 1.22

UBM1 グラファイト,CH4 Cr 0.97

2 グラファイト,CH4 W 1.32

SPT1 グラファイト Ti 0.68

2 グラファイト Ti 0.91

CVA1 グラファイト なし 0.79

2 グラファイト なし 0.08

図1 平成24年度に供出された各DLCのGD-OESによるH強度とERDAによる水素濃度の関係.

表1 平成24年度のラウンドロビンテストに供出された DLCの概要.

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分析におけるエッチングレートとXRRによる膜密度の関

係を示す.膜密度の増加とともにエッチングレートが低下

する傾向が認められた.この結果はGD-OES 分析における

Arイオンによる膜のダメージの程度が膜密度に関連して

いることを示している.さらに,エッチングレートはナノ

インデンテーションにより得られた硬さとの間にも相関が

認められた.

以上の結果から,GD-OESはDLCの分類に必要な水素量

と,sp3/(sp3+sp2)比との間に相関があるとされる密度お

よび硬さに関連する評価が可能な分析法として活用できる

ことが見出された.

5.3.1.2 機械的評価

硬さとトライボロジー特性はDLCのもっとも重要な評

価項目であり,硬さについては最近広く普及し始めたナノ

インデンテーション法による測定での課題調査,トライボ

ロジー特性については公設試間で評価がどの程度一致する

のかに主眼が置かれた.

硬さは,1機関のみが担当し,ナノインデンテーション

装置を用いて試験荷重の影響を調査するため 1,2,4 mN

の3条件で試験した.図3に,供出された各DLCの硬さ試

験結果を示す.CVA-2 を除き,試験荷重が大きいほど高い

値が得られた.これは,ほぼすべてにおいて共通している

傾向であることから,膜内に硬さ分布が存在するというよ

り,圧子先端補正として装置メーカーが推奨している澤・

田中の方法[8]を採用したことの影響を受けた結果と考え

られた.また,薄膜の硬さ試験では,基材の影響を受けな

い指標として,膜厚に対して押込み深さを1/10以下とする

経験則(1/10 則)がある.CVA‐2を除き,いずれも荷重 1,

2 mNでは1/10則を満たしたが,4 mNではCVD-3,PBII-1,

SPT-1, 2 の4つが外れた.ただし,この4つの硬さはいず

れも荷重 1, 2 mNでの値より高く,ほぼ膜の硬さを反映し

ていると考えられた.CVA-1 については荷重間の差が他よ

り大きく,実際の硬さは荷重 4 mNでの 34.2 GPa より高い

と考えられた.CVA-2 についても,膜厚が極端に薄いた

め,実際の硬さは少なくとも1 mNでの25 GPaより高いと

考えられた.以上の結果から,ナノインデンテーション法

を用いてDLC膜の硬さを厳密かつ正確に求めるためには,

適切な圧子先端補正法の選択基準の策定や,膜厚および試

験荷重と得られる硬さとの関係を幅広く調査するなど,現

状,多くの課題があることがわかった.

トライボロジー特性については,一般的な試験である

ボールオンディスク試験と,ボールオンプレート往復動試

験を取り上げ,それぞれ,2機関および1機関が担当した.

試験条件としては「DLC標準化活動」が採用している条件

[9]を参考にして,ボールオンディスク試験では,相手材

�1/4"Al2O3 お よ びWCボ ー ル,垂 直 荷 重 5 N,速 度

10 cm/s,回転半径 2 mm,摩擦距離 150 mで,ボールオン

プレート往復動試験では,相手材�3/8"Al2O3 ボール,垂直

荷重500 g,往復周波数2 Hz,往復幅6 mm,摩擦距離120 m

とした.いずれも,大気中室温無潤滑下で試験し,摩擦係

数とDLCの比摩耗量を求めた.

図4に,供出された各DLCの摩擦試験後半の平均摩擦係

数と比摩耗量を示す.なお,データ表示のないものは試験

中に膜が剥離したものである.摩擦係数はいずれも 0.1 前

後と大きな差は認められなかった.しかし,Al2O3 ボール

では剥離しなかったのにWCボールでは剥離したもの

(CVD-3,CVA-1,2)がある中で,逆にWCボールでは剥

離しなかったのにAl2O3ボールでは剥離したもの(CVD-2)

があったことや,摩擦係数,比摩耗量ともに各DLC内での

試験条件による序列が全く異なったなど,今回の試験で得

られたトライボロジー特性評価結果において共通的な見解

は全く見出すことができなかった.このため,DLC膜のト

ライボロジー特性評価に関しても課題があることがわか

り,再現性の高いデータを提供するための試験条件設定等

に関するガイドラインの策定が急務との見解に至った.

一般に硬さは①水素濃度および②比摩耗量と,③摩擦係

数は水素濃度との間に相関があるとされている.しかし,

今回得られた結果では,共通的な見解が見出せなかったト

ライボロジー特性が関与する②および③だけでなく,概ね

妥当な評価ができた硬さが関係する①についても明瞭な相

関は認められなかった.①~③の相関に関して改めて調査

した結果,①および②については非常に広範な水素濃度お

図2 平成24年度に供出された各DLCのGD-OESによるエッチングレートと膜密度の関係.

図3 平成24年度に供出された各DLCのナノインデンテーション硬さ.

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よび硬さの範囲で存在する大まかな相関とする報告

[10,11]があること,③についても成膜パラメータを変化

させた範囲で認められている相関[12]である可能性が高い

ことがわかり,特に異なる成膜方式で形成したDLC群では

①~③の相関は必ずしも成立しない可能性が高いと結論付

けた.一方,図5に硬さと膜密度の関係を示すが,この両

者間には,異なる成膜方式で形成したDLC群であるにもか

かわらず,比較的強い相関が認められた.硬さ試験は比較

的簡便に実施できる評価法であり,アモルファス材料であ

るDLCのもっとも基本的な特性の一つである密度の評価

を間接的に行えることが見出された.

5.3.2「DLC密着性評価方法の検討」

ドライコーティング膜の密着性は,一般にスクラッチ試

験により評価されることが多い.しかし,スクラッチ試験

機は高価かつ密着性を評価するための専用機であり,大手

の成膜メーカーには広く普及しているが,稀にコーティン

グ材料を扱うという中小企業が保有しているケースは少な

い.一方,ドイツ技術者協会VDI3198や国際標準規格 ISO

26443のように,ロックウェル圧痕試験によるドライコー

ティング膜の密着性評価法に関する基準がある.ロック

ウェル硬さ試験機は,材料の硬さを評価する試験機の中で

も比較的汎用的であることから,材料を扱う中小企業には

広く普及している.そこで,ロックウェル圧痕試験による

密着性評価がスクラッチ試験の代替になり得るかについて

検討こととした.

表2に,本検討のために供出された5方式(CVD,PBII,

UBM,SPT,CVA)10装置で形成したDLCの概要を示す.

成膜条件は各成膜担当機関が推奨する条件とした.基板に

は,ステンレス鋼 SUS304,高速度工具鋼 SKH51の2種を

用いた.

方式 No. 炭素源 中間層膜厚(m)

DLC硬さ(GPa)中間層 DLC

CVD

1 C2H2 なし - 1.02 20.0

2 C2H2 Cr,Si-C 0.19 1.12 13.5

3 C2H2 Si 0.47 1.06 20.5

PBII

1 C2H2,C7H8 Si 0.17 0.84 15.2

2 C2H2,CH4,C7H8 Si 0.13 0.50 14.6

3 C2H2 なし - 0.98 13.6

UBM 1 グラファイト,CH4 Cr 0.51 0.96 25.3

SPT 1 グラファイト Ti 0.02 0.93 11.7

CVA1 グラファイト Cr 0.07 0.36 54.1

2 グラファイト Cr 0.05 0.47 47.6

図5 平成24年度に供出された各DLCのナノインデンテーション硬さと膜密度の関係.

図4 平成24年度に供出された各DLCの試験後半の平均摩擦係数と比摩耗量.

表2 平成25年度のラウンドロビンテストに供出された DLCの概要.

Special Topic Article 5. DLC Round Robin Testing between Public Examination and Research Organizations Intended asTechnical Support for Small and Medium Enterprises K. Miura

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5.3.2.1 ロックウェル圧痕試験

試験は6機関で実施した.試験条件は,SUS304基板につ

いてはHRA(60 kgf),SKH51基板はHRC(150 kgf)とし,

圧痕周辺のDLCのはく離状態を光学顕微鏡により観察し

た.圧痕周辺のはく離形態をVDI3198 規定のHF1~6でそ

れぞれランク付けし密着性を評価した.一例として,図6

に,SUS304基板上に形成したDLCのHRA圧痕試験結果と

して,4つの密着性が異なる結果が得られたDLCのはく離

形態とランク付け結果を示す.(a)はクラックもはく離も

生じておらず,密着性が高いことを示している.(b)は放

射状のクラックが見られるもののはく離は生じていない.

(c)は放射状クラックと圧痕エッジ部分に小さなはく離が

見られる.(d)は同心円状の大規模なはく離が生じてお

り,密着性に乏しいことを示している.

膜のはく離形態はSUS304,SKH51のいずれの基板でも,

同一試料では6機関ともにほぼ同じ形態が観察され,試験

機種による違いは認められなかった.ただし,図7に,

SUS304 基板上DLCの HRA圧痕試験のHFレベルおよび

SKH51基板上DLCのHRC圧痕試験のHFレベルを示すが,

ほとんどすべてにおいて同一サンプル内でHFレベルのば

らつきが認められ,概ね1~2程度の差が存在した.この

ことからHFレベルによるランク付けは,評価者の主観に

よってばらつきが生じやすいことがわかった.

5.3.2.2 スクラッチ試験

同一機種の高荷重タイプ2機関と別機種の高荷重タイプ

1機関で実施した.試験は,先端頂角120°,曲率半径

0.2 mmのダイヤモンド圧子を用いて,荷重負荷速度

100 N/min,試料走査速度10 mm/minとする一般に採用さ

れている条件で実施し,最大荷重は 50 Nとした.試験後,

顕微鏡観察から臨界荷重値 Lc1(最初の現象),Lc2(最初

のはく離),Lc3(全剥離)を決定した.

図8に,各試験機関で決定された Lc2 を成膜装置毎にま

とめた結果を示す.SUS304基板ではほとんどが 10 N以下

であり,密着性が悪い結果が得られた.一方,SKH51基板

では概ね10 N程度以上のLc2値が得られ,より硬い基板で

図7 ロックェル圧痕試験を担当した6機関において評価された平成25年度供出各 DLCの HFレベル.

図6 平成25年度に供出された SUS304基板上に形成した DLC

の HRA圧痕試験後の表面光学顕微鏡写真の一例.(a)UBM-1,(b)CVA-2,(c)CVD-1,(d)SPT‐1.

図8 スクラッチ試験を担当した3機関で決定された平成25年度供出各 DLCの Lc2値.

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密着性が高い結果が得られた.

図9に,成膜装置毎にまとめたSUS304基板のLc3の結果

を示す.Lc1 および2に関しては各試験機関間での差は

±3 N程度と小さかったが,Lc3の決定値には大きな差が認

められ,SKH51基板の場合も同様であった.これは,前述

した Lc1~3の決定指示が ISO20502:2005(E)に規定され

ている Lc1~3 に基づいたものであったにもかかわらず,機

関1は日本機械学会基準 JSME S 101-1996 規定のMODE

�~�に従ったことによる差であることが判明した.両基準共にスクラッチ臨界荷重を膜の破壊形態に応じて,それ

ぞれ定義は全く異なるが,同じ3段階で評価することが規

定されている.さらに,基準の制定時期は機械学会基準の

方が早いため,国内では機械学会基準の方が広く普及して

いる可能性が高い.今回の取り組みを通じて,改めて,臨

界荷重の取り扱いには注意が必要であることがわかった.

5.3.2.3 ロックウェル圧痕試験とスクラッチ試験の比較

得られたロックウェル圧痕試験によるHFレベルと,ス

クラッチ試験による臨界荷重を比較したところ,ロック

ウェル圧痕試験では,総じてSKH51基板よりSUS304基板

上のDLCの方が密着性が高い結果が得られ,スクラッチ試

験はそれとは全く逆の結果を示した.そこで,基板の種類

毎に両結果を比較した結果,同一の基板内では,採用した

臨界荷重決定基準に関係なく,両者間に相関関係が認めら

れた.すなわち,ロックウェル圧痕試験では,試験荷重や

基板が異なる場合,密着性の優劣を判断することが妥当か

否かについては更なる検討が必要と考えられるが,同一基

板,同一試験荷重の場合には,スクラッチ試験の代替にな

り得る密着性評価法として活用が可能と結論付けた.

5.4 おわりに平成24,25年度の2年間にわたって実施された「技術向

上支援事業」を通じて,全国の公設試がDLC成膜や分析・

評価を分担実施することにより,各種評価技術の実情等,

個々で行う場合よりはるかに効率的な情報収集が行えたと

考えている.また,中小企業が利用しやすい評価法という

観点では,GD-OES による評価やロックウェル硬さ試験機

による密着性評価などいくつか新しい提案を行うことがで

きた.ただし,当初目的である公設試の技術力向上および

DLCの分類に利用可能な汎用的かつ公設試共通の統一的

な評価法の提案という意味では,未だ多くの課題が山積し

ていることも明白になった.このため,平成26年度からは,

産技連内組織としてDLC技術研究会を発足させ,継続して

取り組みを進めている.平成27年度は,平成24年度の結果

を受けて,ナノインデンテーション評価に関する検討を

行っている.今後も公設試のDLC関係者が連携し,効率的

な情報収集や課題の共有と解決を図り,特に,中小企業に

対する技術支援という観点で,我が国DLC技術の向上・発

展に貢献したいと考えている.

謝 辞本事業の推進にご尽力いただいた国立研究開発法人産業

技術総合研究所の綾信博氏,堀野裕治氏,石原正統氏なら

びに関係各位に深く感謝申し上げます.また,本事業にお

けるラウンドロビンテストに参加およびその実施にご協力

いただいた全国公設試の関係各位に厚く御礼申し上げます.

参 考 文 献[1]斎藤秀俊 監修:DLCハンドブック(NTS,2006)p.207.[2]馬淵 豊:トライボロジスト 58, 557 (2013).[3]白倉 昌:表面技術 52, 853 (2001).[4]長谷部光泉 他:表面技術 56, 897 (2005).[5]斎藤秀俊,田中章造:ニューダイヤモンド 208, 6 (2012).[6]大竹尚登 他:トライボロジスト 58, 538 (2013).[7]熊谷正夫:DLC技術資料(株式会社不二WPC,2014).[8]T. Sawa and K. Tanaka J. Mater. Res. 16, 3084 (2001).[9]大竹尚登 他:ニューダイヤモンド 208, 12(2012).[10]神田一隆 他:公益財団法人若狭湾エネルギー研究セン

ター平成22年度「公募型共同研究事業」成果報告書.[11]三浦健一,中村守正:社団法人表面技術協会第115回講

演大会講演要旨集 202 (2007).[12]大竹尚登 監修:DLCの応用技術-進化するダイヤモ

ンドライクカーボンの産業応用と未来技術-(シーエムシー出版,2007)p.203.

図9 スクラッチ試験を担当した3機関で決定された平成25年度供出 SUS304基板上各 DLCの Lc3値.

Special Topic Article 5. DLC Round Robin Testing between Public Examination and Research Organizations Intended asTechnical Support for Small and Medium Enterprises K. Miura

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