7.アウトカム創出のトピックス · 2016. 4. 3. · 41...

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41 7.アウトカム創出のトピックス 本章では、近年、アウトカムを創出した研究の代表的な事例や、アウトカム創出へ向け重要な アウトプットを生み出した研究など、今後の展開が期待される最近の事例を紹介します。 7.1 居住者の快適性と省エネの両立を目指した室内温熱環境設計ツールを開発 z 背景 温室効果ガス削減では、家庭での省エネルギーも大きな要素です。特に、家庭で消費されるエ ネルギーの 3 割以上を占める空調分野で省エネルギーを図ることが重要です。しかし一方で、居 住者の温熱に関する快適性への配慮も求められます。 z 当研究所の取り組み 当研究所では、1996 年頃から、住宅の空調における居住者の快適性と省エネルギーの両立を図 るための研究を進めてきました。そして、各部屋の温度に及ぼす日射、外気温、隣の部屋などの 影響を計算するための伝熱計算ソフトウェア「住宅用室内温熱環境設計ツール CADIEE 12) 」を開発 しました。 本ツールの特長としては、①快適性に大きな影響を及ぼすにもかかわらず、従来軽視されてき た放射伝熱(高温の物体から低温の物体に赤外線のかたちで熱エネルギーが移動する現象)を高 精度に扱えること、②気流解析ツールと連携することで、空調機から吹き出す風の流れなどを精 緻に計算する機能を備えていること、③暖房機器の運転特性をモデル化して組み込み、室内の温 度上昇と機器のエネルギー消費を同時に評価できること、④直感的で操作しやすいように、アイ コンや画像を多用した GUI(Graphical User Interface)を備えていること、⑤ウィンドウズ OS を搭載したパソコンで使えること等があげられます。本ツールを用いることにより、壁や窓から の熱放射の影響や居住者の居場所を三次元的に考慮した上で、各室ごとの温熱快適性指標と空調 負荷を同時に計算することが可能となりました。 z 当研究所のアウトプット ・研究報告書 :23 件(1996~2008 年度) ・対外発表 :56 件。うち、論文 9 件(1996~2008 年度) ・ソフトウェア:11 件(2002~2008 年度) z 当研究所のアウトカム(電気事業と社会への貢献) 本ツールは、電力会社や民間企業からの受託研究などに活用されています。これまでに、ダク トを使って一括して冷暖房する全館空調について、熱源の適正設計を実験とシミュレーションで 検証しました。また、吹き抜けのあるコンクリート住宅について、床暖房と併用した場合の暖房 12 ) C omputer A ided D esigner for I ndoor E nvironment and E nergy

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7.アウトカム創出のトピックス

本章では、近年、アウトカムを創出した研究の代表的な事例や、アウトカム創出へ向け重要な

アウトプットを生み出した研究など、今後の展開が期待される 近の事例を紹介します。

7.1 居住者の快適性と省エネの両立を目指した室内温熱環境設計ツールを開発

背景

温室効果ガス削減では、家庭での省エネルギーも大きな要素です。特に、家庭で消費されるエ

ネルギーの 3割以上を占める空調分野で省エネルギーを図ることが重要です。しかし一方で、居

住者の温熱に関する快適性への配慮も求められます。

当研究所の取り組み

当研究所では、1996 年頃から、住宅の空調における居住者の快適性と省エネルギーの両立を図

るための研究を進めてきました。そして、各部屋の温度に及ぼす日射、外気温、隣の部屋などの

影響を計算するための伝熱計算ソフトウェア「住宅用室内温熱環境設計ツール CADIEE12)」を開発

しました。

本ツールの特長としては、①快適性に大きな影響を及ぼすにもかかわらず、従来軽視されてき

た放射伝熱(高温の物体から低温の物体に赤外線のかたちで熱エネルギーが移動する現象)を高

精度に扱えること、②気流解析ツールと連携することで、空調機から吹き出す風の流れなどを精

緻に計算する機能を備えていること、③暖房機器の運転特性をモデル化して組み込み、室内の温

度上昇と機器のエネルギー消費を同時に評価できること、④直感的で操作しやすいように、アイ

コンや画像を多用した GUI(Graphical User Interface)を備えていること、⑤ウィンドウズ OS

を搭載したパソコンで使えること等があげられます。本ツールを用いることにより、壁や窓から

の熱放射の影響や居住者の居場所を三次元的に考慮した上で、各室ごとの温熱快適性指標と空調

負荷を同時に計算することが可能となりました。

当研究所のアウトプット

・研究報告書 :23 件(1996~2008 年度)

・対外発表 :56 件。うち、論文 9件(1996~2008 年度)

・ソフトウェア:11 件(2002~2008 年度)

当研究所のアウトカム(電気事業と社会への貢献)

本ツールは、電力会社や民間企業からの受託研究などに活用されています。これまでに、ダク

トを使って一括して冷暖房する全館空調について、熱源の適正設計を実験とシミュレーションで

検証しました。また、吹き抜けのあるコンクリート住宅について、床暖房と併用した場合の暖房

12) Computer Aided Designer for Indoor Environment and Energy

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の立ち上がりや快適性について、シミュレーション評価を実施しています。その他、オフィス環

境の快適性向上を目指して、天井を冷やす放射冷房パネルの効能評価を実施しました。これらの

受託研究を通じて、ハウスメーカーの製品開発や、新しい空調導入の可能性の検討に寄与してい

ます。

また、電力会社や大学にも本ツールをライセンスしており、電化促進や研究活動に活用されて

います。

さらに、2009 年 9 月には国土交通大臣から、住宅性能表示制度に関する特別評価方法「年間暖

冷房負荷の計算方法を用いて評価する方法」として認定されました(本ツールは 11 件目の認定)。

これによって、住宅供給者や関連事業者が、本ツールを用いて住宅の断熱性能を公式に評価でき

るようになりました。同時に、住宅購入者に対しては、エネルギー効率など、住宅の性能を相互

に比較するための、適正な情報提供が可能となります。

本ツールは、主に一般住宅を対象にしていますが、集合住宅や業務用ビル、店舗などへの適用

も可能です。現在、業務用電化厨房の換気・空調の省エネルギー化など、幅広い活用を目指して

研究に取り組んでいます。また、電力会社が顧客に対して、電気式床暖房や IH 商品の選択を個別

にサポートできるような電化促進提案ツールとして、利用を働きかけています。さらに、空調機

器メーカーでの既存製品の改良や新製品開発、ハウスメーカーや工務店、設計事務所などでの、

住宅設計や開発、改良、営業での利用も視野に、商品化を検討しています。

本ツールの利用拡大により、空調に関する省エネルギーと快適性の両立という課題の合理的解

決に資することで、空調分野の省エネルギーが促進され、温室効果ガスの削減につながることが

期待されます。

図 7.1-1 室内外・室間の相互熱影響を考慮した計算のイメージ(左)、ツールの GUI(右)

外気温etc 熱流

日射

室ごとの空調負荷と温熱快適性

壁内 外

対流

放射伝導

換気

気象データ

空調設定等形状・間取り編集

月別の空調負荷 温熱快適性

計算条件設定

結果表示

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7.2 発電プラントの保守・管理に役立つ流動数値計算プログラムを開発

背景

原子力や火力、水力などの様々な発電プラントでは、水や蒸気などの「流体」がエネルギーを

伝える媒体として用いられています。しかし、これらの流体が流れるプラント配管や弁などに、

部分的な流れの乱れや流れの偏り(偏流)が生じる事で、振動や減肉(配管などの材料が薄くな

る現象)などの事象が発生し、発電所の運転に影響を及ぼす場合もあります。そのため、安全か

つ効率的に発電所を運転するには、これらの流体によって生じる事象、いわゆる流動起因事象の

原因を解明し対策の提案などを行う必要があります。

当研究所の取り組み

当研究所では、CFD(Computational Fluid Dynamics:数値流体力学)技術による流動数値計算

を活用して、発電所での流動起因事象の解明・抑制の研究を実施しています。

流体はその動きが普段は目に見えないため、数値計算などによってその流れを再現する事で、

直感的に流れの挙動(流体の速度・圧力・温度、蒸気の湿り度の分布など)を把握し、流動をよ

り深く理解する事が可能になります。

当研究所では、時間的に変化する三次元の流れを、市販のプログラムよりも高精度で解析でき

る数値計算プログラムを独自に開発しました。本プログラムでは、水や空気の流れだけではなく、

実際の発電所で見られるような、液体が混ざった蒸気などの複雑な流体も取り扱う事が出来ます。

図 7.2-1 数値計算プログラムを用いた数値計算例(絞りのある配管内の水の流速分布)

当研究所のアウトプット

・研究報告書 :10 件(2002~2008 年度)

・対外発表 :27 件、うち、論文 4件(2003~2009 年度)

・特許 :特許出願中 1件(2010 年 3 月 31 日現在)

・ソフトウェア:3件(2003~2006 年度)

配管

オリフィス(絞り)

水の流れ

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当研究所のアウトカム(電気事業と社会への貢献)

当研究所では本プログラムを用いて、発電所の起動時などに蒸気の流れを調整する弁(流量調節

弁)で生じる圧力変動現象の解明・抑制や、配管減肉現象の評価・管理手法の開発、運転方法の変

更時や発電所の出力向上時などプラント配管内の流動状態が変化する際の流動起因事象の事前評

価など、発電所の管理に役立つ研究を実施しています。

これまでに、本プログラムを用いて、電力会社と共同で、流動起因事象を抑制する弁体を開発

し、特許を出願しました(出願中1件)。この弁体が実用化し活用されることで、トラブル事象が

減少し、発電所の稼働率向上や高経年化対策につながることが期待されます。

現在は、本プログラムの数値計算で得られた成果を用いて、発電所などの現場で容易に使用可

能な減肉発生箇所の予測・評価ツールの開発を目指して研究を進めています。本ソフトウェアが

活用されることにより、配管肉厚の検査間隔などをより効率的に設定することが可能となると考

えられるため、発電所の 適な管理計画策定に役立てることができます。

今後、本プログラムを用いた圧力変動や配管減肉等の流動起因現象の評価手法が確立し、電力

会社の現場で活用されることで、安全かつ合理的な管理、効率的なメンテナンスが可能となり、

コスト低減につながることが期待されます。また、予測手法の確立により、原子力の安全性が向

上するとともに、原子力発電所が継続運転されることで CO2排出削減の効果が期待できます。

7.3 原子力発電所の耐震設計に関する技術指針策定に貢献

背景

地震の多い我が国では、原子力発電所を建設する際に、耐震安全性の確保が要求されています。

原子力発電所の耐震設計は、国の原子力安全委員会が定める「発電用原子炉施設に関する耐震

設計審査指針」(以下、「耐震設計審査指針」と略す)に基づいて行われています。この指針は、

原子力施設の耐震安全性について安全審査を行う際の判断の基礎となります。また、電気事業者

が原子力発電所を設計するために、この指針を受けて技術的内容を定めた民間規格として、日本

電気協会の「原子力発電所耐震設計技術指針 JEAG4601」(以下、「技術指針」と略す)があります。

1981 年に策定された耐震設計審査指針は、 新の科学技術的知見を反映させることを目的に、

2006 年に改訂されました。この新たな耐震設計審査指針への対応が必要であることから、並行し

て技術指針も 2008 年に改訂されました。

当研究所の取り組み

当研究所では、原子力発電所の基礎地盤および周辺斜面の安定性評価の研究に取り組んできま

したが、2000 年度からは技術指針の改訂を視野に入れて、さらに力を入れてきました。また、一

連の研究の中で、電力会社と連携を取りながら、地盤安定性評価手法、地盤物性評価、数値解析

モデル、水平・上下の入力地震動、および地震時の斜面の挙動に関する検討を進めてきました。

地盤安定性評価では、物性のばらつきの影響や、すべり安定性に関する基準値の分析などを行

いました。また、地盤物性評価としては、断層などの弱層の力学的特性を得るための試験法やモ

デル化の検討、礫岩の物性評価などを実施しました。これらの研究成果は、標準的な評価法とし

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て、技術指針の改訂に反映されています。

当研究所のアウトプット

・ 研究報告書:8件(1977-2005 年度)13)

・ 対外発表 :論文 15 件(1983-2007 年度)14)

当研究所のアウトカム(電気事業と社会への貢献)

当研究所では、日本電気協会の技術指針の改訂を見据えて、電気事業者と協力して研究を実施

してきました。これらの研究成果は、日本電気協会で指針策定を行っている電気事業者の委員に

よって、技術指針に反映されており、当研究所のアウトプットである研究報告書や論文も参考文

献として引用されています。また、日本電気協会からの要請に応じて、事例計算の実施や文案の

修正等を行い、指針の改訂に貢献しました。その結果、2009 年に「原子力発電所耐震設計技術指

針 JEAG4601-2008」が刊行されました。

同時に、当研究所では、土木学会原子力土木委員会に設置されている「地盤安定性評価部会」

(以下、「部会」と略す)へ委員および幹事を参画させて、部会の運営や「原子力発電所の基礎地

盤および周辺斜面の安定性評価技術<技術資料>」(図7.3-1)の取りまとめに貢献してきました。

当研究所の研究報告書、学術論文等の成果は、本技術資料に総括的に取りまとめられており、部

会での審議を経て 2009 年 2 月に出版されました。この技術資料には、技術指針改訂のために検討

した内容の一部が含まれており、指針には記載されていない、より詳細な内容が記載されている

ことから、指針を補完する意味でも重要と言えます。

このようにして改訂された技術指針は、電気事業者、メーカー、ゼネコン等による原子力発電

所の設計・施工・評価の円滑化に貢献しています。また、それらを通じて、原子力発電所の耐震

安全性に関わる社会の安心・安全に寄与することが期待されます。

13) 「原子力発電所耐震設計技術指針 JEAG4601-2008」に引用 14) 「原子力発電所耐震設計技術指針 JEAG4601-2008」に引用

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図 7.3-1 土木学会(原子力土木委員会)発行の技術資料

7.4 電気を生命のエネルギーとして利用する微生物の電気培養法を世界で初めて商用化

背景

微生物の中には、有害物質の分解除去に役立つような有用なものが多く存在しています。しか

し、環境中に存在する微生物のうち、人工的に培養できるものは1%程度と言われており、大部

分は培養法が確立されていません。このため、微生物の培養を容易にする技術の開発が望まれて

います。

当研究所の取り組み

当研究所では、電気と微生物のユニークな接点を見出して、従来の方法では培養が難しい微生

物を、電気を用いて培養する独創的な技術「電気培養」を開発しました。

電気培養は、微生物の培養時に培養液の酸化還元電位を調節しながら培養する方法です。当研

究所の研究により、培養液中の電子媒体(酸化還元を行う物質)を介して、電極と細胞間の電子

の受け渡しにより、呼吸が活性化して生育が促進されることが明らかになりました。

この方法により、従来の培養技術では難しかった、鉄酸化細菌(鉄の酸化還元を行う細菌の名

称)の高密度培養に成功しました。また、環境浄化に役立つクロム還元菌や脱塩素細菌をはじめ

とする、培養の難しい嫌気性微生物の培養が可能であることを実証しました。

さらに、この電気培養技術を実用化するため、産業界のニーズを取り入れた汎用的な培養装置

の開発を進めました。

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当研究所のアウトプット

・ 研究報告書:8件(1997-2008 年度)

・ 対外発表 :68 件、うち、論文 43 件(1996~2008 年度)

・ 特許 :特許登録 3件、特許出願中 4件(2010 年 3 月 31 日現在)

当研究所のアウトカム(電気事業と社会への貢献)

当研究所は電気培養技術を確立し、知財権を確保するとともに、専門誌への寄稿、学協会・自

治体等での講演、展示会への出品などを通じて広く研究成果をアピールした結果、大学、研究機

関、企業の方々などから多くの関心が寄せられました。

そして、2009 年 3 月には、当研究所から特許権のライセンスを受けた(株)タイテックが、誰

でも電気培養が簡単に行える装置の市販を開始しました(図 7.4-1 左)。これは、電気培養の世界

初の商用機です。この装置は、必要なものがセットになっており、すぐに電気培養を始めること

ができます。また、培養槽は高温滅菌により繰り返し使用可能で、汚れやすいイオン交換膜は取

り換え可能であることなどの特徴があります。

この培養装置は、生育が極端に遅いため、これまで時間や手間がかかっていた独立栄養微生物

の高密度培養に適しています。独立栄養微生物は、生きるために必要な電子エネルギーを、有機

物からではなく無機物から獲得できるため、電気を「餌」として培養することができます。した

がって、独立栄養微生物に、医薬品や酵素などの有用物質を作る能力を持たせることができれば、

電気エネルギーを使った物質生産が可能となります。さらに、独立栄養微生物には、二酸化炭素

を固定する機能、金属を溶かし出す機能、石炭に含まれる硫黄分を取り除く機能など、他の微生

物にはない機能が発見されています。

以上のように、当研究所の電気培養技術を独立栄養微生物の培養に応用することは、新しい電

気利用分野の開拓につながるとともに、新しい産業の創出や、国民健康への寄与、環境の保全・

修復に貢献するものと考えられます。

更に、この電気培養装置は、環境中からの未知の微生物の探索や、電気殺菌の研究など、様々

な研究や調査での利用が可能であり、すでに大学や研究機関において活用されているほか、企業

の研究開発への導入も予定されています。このような、電気培養による新たな有用環境微生物の

発見とその活用も、環境保全や環境修復などに貢献することが期待されます。

図 7.4-1 商用化した汎用型の電気培養装置(左)と電気培養の原理(右)

電極 電極

電位制御装置

微生物

培養器

参照電極(電位調整用)

イオン交換膜

電極 電極

電位制御装置

微生物

培養器

電位制御装置

微生物

培養器

参照電極(電位調整用)

イオン交換膜

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7.5 電力設備や家電機器周辺で発生する電磁界の人体への影響評価に関わる規格・基

準策定に貢献

背景

電力設備や家電機器の周囲に生じる電磁界、特に磁界の健康影響について社会の関心が高まっ

ていることを受け、WHO(世界保健機関)は 2007 年に、電磁界の健康影響についての評価結果を

公表しました。この報告では、各国に対し、電磁界を防護するための国際的なガイドライン15)に

基づいて、電磁界の人体ばく露(電磁界にさらされること)の限度値を導入することが推奨され

ました。これを受けて日本国内でも検討が進められ、電力設備の磁界規制を導入することが提言

されました16)。また、このような動向に合わせて、電磁界ばく露の評価方法について、国内外で

標準化が進められています。

当研究所の取り組み

当研究所では、1990 年代初頭より、電磁界の生物影響を直接調べる「生物研究」と、電磁界ば

く露評価に関する「工学研究」に併行して取り組んできました。

生物研究については、これまで、商用周波磁界が生物に及ぼす影響を解明するため、細胞影響

評価に用いる磁界ばく露装置を開発し、その試験データ等から「生活環境レベルにおける磁界が

健康に有害な影響を与えるという科学的証拠は認められない17)」という新たな科学的知見を社会

に提供しました。

一方、工学研究については、複雑な電磁界ばく露の状態をより正確に予測・測定・評価するた

め、次のような測定器や計算プログラムの開発などを行ってきました。

・ 電力設備や IH 電磁調理器から生じる複雑な磁界特性を測定可能な携帯型・多機能磁界測定器

の開発・実用化(図 7.5-1 右)

・ 電力設備の周辺磁界を簡便に精度良く予測可能な計算プログラム

・ 電力設備に対して適用可能な磁界低減技術および評価手法

・ 電磁界の人体防護指針との適合性評価に活用可能な人体内誘導電流計算プログラム

当研究所のアウトプット

・研究報告書 :12 件(1995~2009 年度)

・対外発表 :63 件、うち、論文 9件(1994~2009 年度)

・特許 :特許登録 1件(2010 年 3 月 31 日現在)

・ソフトウェア:5件(1997~2007 年度)

15) ICNIRP (国際非電離放射線防護委員会)によるガイドラインなど 16) 経済産業省 原子力安全・保安部会電力安全小委員会「電力設備電磁界対策ワーキンググループ報告書」(2008 年 6 月) 17) 電中研レビュー 47 号

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図 7.5-1 細胞を用いた影響評価実験のための磁界ばく露装置(左)と

実用化した携帯型磁界測定器(右)

当研究所のアウトカム(電気事業と社会への貢献)

当研究所の研究員は、国内外の学会への積極的な研究成果投稿や発表により、当該分野の関係

者に専門家として認知されており、国際規格の作成機関である IEC(国際電気標準会議)に対し

て、我が国を代表する役割で参画しています。

これまでに、低周波電磁界の測定法に関する国際規格(IEC61786)について、専門委員として

研究成果や知見を提供して、その作成・改訂に寄与するとともに、それに伴う国内規格(JIS C 1910)

の策定作業にも貢献しました。また、電力設備の磁界測定手法に関する国際規格(IEC62110)は、

我が国が提案した原案が国際規格として成立したものですが、この過程において、電力設備の電

磁界の特性・磁界測定法・磁界計算法などの当研究所の研究成果が活用・反映されました。

磁界測定手法について、このような国際的に認知され統一された規格・基準が策定されること

は、電力設備を保有する電気事業にとっては、測定値の信頼性が高まることにつながります。ま

た、磁界規制を導入する国にとっては、規制値や磁界測定方法の正当性の拠り所となります。

当研究所は、電力会社からの問合わせや依頼に対応して、研究成果を随時提供していますが、

磁界測定器や「電力線周辺磁界計算プログラム」は、電気事業の設備設計や維持管理に広く活用

されています。特に、磁界計算プログラムについては、他に類似のツールが存在しないこともあ

り、我が国の電気事業における標準的な磁界計算ツールとして各電力会社で活用され、設備設計

時の磁界の事前予測評価などに役立てられています。一方、磁界測定器は、国内における電力設

備の磁界規制値の導入に際して、磁界の実態把握調査に使用されました。今後、当該規制が導入

される際には、設備の磁界適合性評価のため、当研究所の磁界計算プログラムがさらに活用され

ることが期待されます。

以上のように、当研究所の研究成果は、合理的な規格・標準の策定に寄与するとともに、それ

らの基準に適合する実用的な測定器やソフトウェアの開発・普及を通じて、電気事業者の円滑な

事業推進と社会の安全・安心の向上に貢献しています。

50

表 7.5-1 当研究所が策定に貢献した電磁界ばく露評価に関する規格・基準等

策定機関 規格・基準等 貢献内容 時期

IEC(国際電気

標準会議)

人体ばく露を考慮した

低周波電磁界の測定法

(国際規格 IEC61786・

国内規格 JIS C 1910)

専門委員として磁界測定器開発に関する当

研究所の知見を提供,国際規格作成,国内

JIS 規格作成ならびに改訂作業へ貢献。

国際規格策定: 1998

JIS 規格策定: 2004

国際規格改定: 2009~

電力設備周辺電磁界の

測定方法(国際規格

IEC62110)

日本提案の国際規格の作成への寄与。当研

究所開発の磁界計算プログラムおよび人体

内誘導電流プログラムの活用など。

国際規格策定: 2009.8

経済産業省 電力設備の磁界規制(導

入準備中)

国内における電力設備の磁界規制導入の検

討(WG)における貢献。当研究所開発の磁界

測定器,磁界計算プログラムの活用,およ

び磁界低減研究の成果の活用など。

経産省 WG 報告書:2008

磁界規制は導入準備中

ICNIRP(国際

非電離放射線

防護委員会)

新技術の EMF について

のステートメント(人体

防護指針作成時に参照)

IH 電磁調理器の周辺磁界特性について,当

研究所の測定評価データが活用された。

ICNIRP Statement:

2008.4

7.6 大気汚染の原因となる揮発性有機化合物(VOC)の触媒分解技術の実用化に向けて

背景

揮発性有機化合物(VOC:Volatile Organic Compounds)は、それ自体が有害なだけでなく、光化

学オキシダントおよび浮遊粒子状物質といった大気汚染物質の原因となるため、2004 年 5 月に大

気汚染防止法が改正され、VOC の排出規制が実施されています。これに伴い、VOC 発生源を有する

中小規模の事業者の間では、VOC 抑制技術のニーズが高まっていますが、コストや設置スペース

の制約から、燃焼や触媒などを用いた従来の分解技術の導入は困難なため、新たな VOC 処理技術

が望まれていました。

当研究所の取り組み

当研究所では、これまでに、小型の非常用発電設備やディーゼル発電設備などの燃焼排ガスに

適用可能な VOC 分解触媒を探索し、貴金属成分を使用しない低コストな触媒として、セリア(CeO2)

を見出しました。さらに、印刷・塗装等の中小規模工場などの VOC 発生源に対しても、ペレット

状またはハニカム型の CeO2触媒を用いることにより、低コストでコンパクトな VOC 分解技術が実

現可能であることを明らかにしました。

また、当研究所が開発した技術は、食品・肥料工場や汚泥・し尿処理場などにおいて発生する、

VOC 成分を含む臭気に対する脱臭効果も期待できます。本技術を適用した乾燥排ガスの脱臭試験

を(株)大川原製作所との共同研究として実施し、高湿度・高濃度臭気に対して、直接燃焼脱臭

法よりも臭いを低減できることを確認しました。

51

当研究所のアウトプット

・研究報告書:4件(2003~2008 年度)

・対外発表 :12 件、うち、論文 3件(2003~2009 年度)

・特許 :特許出願中 3件(2010 年 3 月 30 日現在)

当研究所のアウトカム(電気事業と社会への貢献)

従来の VOC 分解では、大型設備では直接燃焼方式、比較的小型になると触媒分解技術が適用さ

れています。しかし、これらは VOC を含むガスを燃焼あるいは触媒との接触により分解する方式

であるため、付帯設備やバーナー用燃料費が必要となり、大型でコスト高となります。

これに対し、当研究所が開発した技術は、様々な作業環境の排気ダクトの配管に、加熱ヒータ

ーと触媒を一体化したモジュールを組み込むだけで VOC を無害化することができるため、大がか

りな付帯設備を要さず、加熱ヒーター用の電源だけで導入することが可能です(図 7.6-1)。従来

技術の導入がこれまで困難であった中小規模の工場や事業所で、当研究所の技術が活用されれば、

VOC 排出量が抑制され、有害な大気汚染物質の削減が期待されます。

また、(株)大川原製作所と共同開発した脱臭技術は、分解温度が 400℃程度と従来の燃焼脱臭

方式よりも低く、さらに熱交換器で排熱を利用することで昇温に必要なエネルギーを節約でき、

バーナー用燃料の削減となることなどから、導入事業者にとっては省エネルギー効果および CO2

排出量の削減効果が見込まれるため、今後広く普及することが期待されます。

このように、当研究所が開発した VOC 触媒分解技術や、それを応用した脱臭技術は、従来の重

油等の燃料による燃焼方式から、電気による加熱方式への代替を促進するものであり、新しい電

気利用分野の開拓や工場電化の推進、さらには、燃焼による大気汚染の防止や、温室効果ガス排

出の抑制に貢献することが期待されます。

VOC VOC無害化

VOC分解モジュール

触 媒

ヒーター線

マントルヒーター

触媒

ヒーター線

マントルヒーター

図 7.6-1 VOC 分解モジュール概念図

52

7.7 PD 資格試験を通して原子力発電所の非破壊検査の信頼性向上に貢献

背景

原子力発電所の配管・容器などでは、その部材にひび割れなどの欠陥が生じていないかなどの

健全性確認のため、定期的に検査が行われています。

日本機械学会では 2000 年に、運転中の原子力発電所の設備の安全性と健全性を評価するための

規格として、「発電用原子力設備規格 維持規格」を制定しました。この規格は、例えば検査によ

って運転中の機器に欠陥が検出された場合に、科学的に根拠のある評価法(例えば破壊力学など)

を用いて評価を行い、その後の運転継続の可否を判定可能とするものです。

このうち、「検査」の規格を支える認証制度として、日本非破壊検査協会が 2005 年に「超音波

探傷試験システムの性能実証における技術者の資格および認証(NDIS 0603)」を民間基準として

策定し、国に認定されました。これにより、非破壊検査員のひび割れ寸法測定能力を認証する PD

(Performance Demonstration)認証制度が動き出すこととなり、関連する機関・センターが設置

されました。

当研究所の取り組み

当研究所では、PD 認証制度により検査技術者の高度な能力を担保し、原子力発電所の非破壊検

査の信頼性向上に貢献するため、2005 年 11 月に「PD センター」を設置しました。2006 年 3 月に

は、PD 資格試験の計画から試験の実施、結果の判定までを行う「PD 資格試験機関」、「PD 試験セ

ンター」として日本非破壊検査協会(PD 認証運営委員会)に承認され、PD 資格試験を開始してい

ます(図 7.7-1)。

PD 資格試験は、基本的には「超音波探傷技術者」(受験者)の技量試験ですが、実際には「超

音波探傷装置」と「手順書(要領書)」を組合せた総合的な試験となっています。この試験では、

実際のプラントと同等のステンレス配管の突合せ溶接部に、欠陥として応力腐食割れ(SCC)を付

与したものを試験体として用い、受験者は 5日間で 10 体の試験体を測定し、厳しい合格基準をク

リアして初めて合格となります。合格者は、SCC き裂の深さを測定した結果を、そのまま維持規

格に基づく評価データとして用いることができます(一方、資格者でない検査員が測定を行った

場合は、測定値に「4.4mm をプラス」して評価する必要があります)。

PD センターは、PD 資格試験の実施機関として、公正、公平、透明性を堅持した試験を実施する

ことをミッションに掲げています。

当研究所のアウトプット

・研究報告書 :1件(2009 年度)

・対外発表 :21 件、うち、論文 12 件(2005~2009 年度)

・資格試験回数:9期・計 26 回(2005~2009 年度)

・受験者数 :43 名(再受験を加えた延べ受験者数は 69 名)(2005~2009 年度)

・合格者数 :31 名(合格率は約 72%)(2005~2009 年度)

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当研究所のアウトカム(電気事業と社会への貢献)

PD 資格試験の合格者は、測定値の精度に関する厳しい 2つの判定基準を同時に満足することを

要求されます。PD 試験結果を解析した結果、合格者が測定したき裂深さの測定誤差の平均値はほ

ぼ「±1mm」の範囲内と非常に小さいことなどから、PD 資格を有している人が大変高い非破壊検

査の能力を有していることが確認されました。

また、PD 資格試験の初期段階と 近の受験者のデータを比較すると、 近の合格者では、測定

誤差のばらつきが初期段階の合格者より小さくなっていること、さらに不合格者のばらつきも

近の方が明らかに小さくなっていることがわかりました。このことは、PD 資格試験が開始された

結果として、合格者ばかりでなく、受験者全体の技量の底上げにもつながっていることを示唆し

ています。

このように、原子力発電所の健全性が社会的にもますます重要視されている中、当研究所の PD

資格試験を通して、すぐれた技量を備えた技術者が輩出され、厳密で正確な検査が継続されてい

くことで、原子力のより一層の安全・安心に貢献していると考えられます。

また、国内で、PD 認証制度を用いた維持規格が適用された例としては、東京電力柏崎刈羽原子

力発電所第 3号機および 5号機が挙げられます。3号機においては 2006 年 6 月に長さ 12mm、深さ

3.5mm の欠陥が検出18)されましたが、事業者による健全性評価が実施19)された後、 終的に同年 7

月に原子力安全・保安院より欠陥評価の対象、方法および結果の妥当性が確認20)されたことから、

国内初の維持規格適用による継続運転が認められました。翌年には 5 号機に関しても同様に維持

規格適用による継続運転が認められています21)。

その後、2007 年 7 月に発生した新潟県中越沖地震後の、3号機の同一箇所の測定結果によれば、

欠陥の深さ・長さは、1 年間の SCC 進展予測から得られる大きさを十分に下回っていることが確

認されています22)。

以上のように、当研究所の PD センターは、PD 認証制度の実施機関の一翼を担うことで、原子

力発電所の非破壊検査の信頼性向上に寄与しています。

18) 東京電力プレスリリース平成 18 年 6 月 21 日、柏崎刈羽原子力発電所 3号機、4 号機における原子炉再循環系配管の点検結

果について 19) 東京電力プレスリリース平成 18 年 7 月 12 日、柏崎刈羽原子力発電所 3号機の原子炉冷却材再循環系配管の評価結果ならび

に 4 号機の原子炉冷却材再循環系配管の対応について 20) 原子力安全・保安院プレスリリース平成 18 年 7 月 24 日、東京電力株式会社柏崎刈羽原子力発電所第3号機における原子炉

冷却材再循環系配管の欠陥に関する評価の妥当性確認の結果について 21) 原子力安全・保安院プレスリリース平成 19 年 6 月 20 日、東京電力株式会社柏崎刈羽原子力発電所第5号機における原子炉

冷却材再循環系配管の欠陥に関する評価の妥当性確認の結果について 22) 東京電力プレスリリース平成 20 年 2 月 28 日、「総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会 中越沖地震における原子

力施設に関する調査・対策委員会 運営管理・設備健全性評価ワーキンググループ 第5回設備健全性評価サブワーキンググルー

プ」における当社説明資料の配布について、「設備健全性評価における経年劣化の考慮について」

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図 7.7-1 PD 認証制度の関連機関とその役割

協会規格NDIS-0603認証証

発行

事前訓練&

更新訓練

(財)電力中央研究所

PDセンター

PD諮問委員会PD認証制度全体の監視・指導を行う

PD資格試験機関資格試験の運営、合否判定などを行う

PD試験センターPD資格試験の実施を行う

PD研修センター検査技術者に必要な技術習得を支援する

PD認証機関PD認証制度の維持・管理などを行う

(財)発電設備技術検査協会

(財)電子科学研究所

研修要件規定

(社)日本非破壊検査協会

受験

合格通知

受験生超音波探傷

システム・技術者・装 置・要領書

受験生超音波探傷

システム・技術者・装 置・要領書