第12 回「脂肪族求核置換反応 (2tnagata/education/ochem1/2018/ochem1...oh+ hbr t - 2- -2-...
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有機化学Ⅰ 講義資料 第 12回「脂肪族求核置換反応 (2)」
– 1 – 名城大学理工学部応用化学科
第 12回「脂肪族求核置換反応 (2)」
前回は、SN2反応について学んだ。この反応は、置換反応で考えられる3つの反応機構のうち、「脱離基の結合が切断されるのと同時に、求核剤との結合が生成する」とい
う機構で進行するものであった。3つの反応機構を再掲すると、下の通りである。X は脱離基、Y は求核剤を示している。SN2 は[機構2]で進行する。 [機構1]先に C–X 結合が切断され、あとから C–Y結合が生成する。
[機構2]C–X結合が切断されるのと同時に、C–Y結合が生成する。 [機構3]先に C–Y結合が生成し、あとから C–X結合が切断される。 前回も述べた通り、[機構3]は炭素原子上の置換反応では不可能である。しかし、
[機構1]が起きる可能性はある。実際、求核置換反応をさまざまな出発物質・反応条件で試みるとき、[機構2]よりも[機構1]の経路の方が「通りやすい」、つまり活性化エネルギーが小さいことがある。
今回は、[機構1]で進行する求核置換反応を紹介する。どういう時に[機構1]の方が通りやすくなるのか、そして[機構1]で進行する反応の特徴は何で、[機構2]とどのように異なるのかを学ぶ。
1. 三級ハロゲン化アルキルの求核置換反応:SN1反応
前回学んだ通り、臭化 t-ブチルのような三級ハロゲン化アルキルは、SN2反応を起こ
さない。これは、背面攻撃の立体障害が大きいためである。
ところが実際には、下の反応は極めて速く進行する。
これは一体どういうことだろうか。SN2反応による背面攻撃は「通りにくい」経路だが、その他に「もっと通りやすい」経路がある、と考えれば、上の実験事実を説明する
CCH3
H3CCH3
Br Y–+
�������
����
CCH3
H3CCH3
Br + H2O CCH3
H3CCH3
OH + HBr
t
-
2- -2- 2- -2-
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ことができる。つまり、この反応は SN2 とは別の反応機構で進行していると考えなくてはならない。 三級ハロゲン化アルキルの求核置換反応を詳しく調べたところ、以下のような点で一
級ハロゲン化アルキルの反応(SN2 反応)とは異なることがわかった。 (1) 反応速度はハロゲン化アルキルの濃度に比例するが、求核剤の濃度には依存しな
い。
(2) このタイプの求核置換反応は一級・二級のハロゲン化アルキルでは観測されない。 (3) 脱離基が不斉炭素に結合しているとき、二つの立体異性体が得られる。すなわち、
炭素原子の立体配置が元と同じものと、反転しているものである。
これらの実験事実を説明できる反応機構として、「最初に脱離基が離れてカルボカチオン中間体が生成し、次に求核剤が反応する」という二段階の機構が提案された。
この機構が提案された直接のきっかけは、上の (1) である。反応速度が求核剤の濃度に依存しないということから、この反応は「求核剤が関与しない段階を含み、その段階が全体の速度を決めている(律速段階)」ことがわかる。置換反応の3つの可能な機構
のうち、[機構3]は炭素原子上では不可能、[機構2]は一段階の反応であるから、どちらも排除される。残る選択肢は[機構1]である。[機構1]は二段階の反応であり、第一段階は求核剤が関与しない。従って、[機構1]で第一段階が律速段階と仮定すれ
ば、上の(1)を説明することができる。 この反応を SN1反応 (SN1 reaction)と呼ぶ。Sは「置換」substitution、N は「求核」
nucleophilic 、「1」は「一分子反応」のことで、律速段階にハロゲン化アルキルのみ
が関わっていることを表している。 上の反応式では、H2O が求核剤として反応して、プロトン化されたアルコールが生
成している。実際に得られる物質はアルコールなので、もう一段階、プロトンが脱離す
る段階を付け加える必要がある。(アルケンの酸触媒水和の反応機構と同様である。)
反応のエネルギー図は下のようになる。SN2 のエネルギー図との違いに注目すること。
C BrH3C
H3CH3C
CH3C
H3CCH3
���������
– Br–+ H2O C O
H3CH3C
H3C
H
H
C BrH3C
H3CH3C
CH3C
H3CCH3
����������
– Br–+ H2O C O
H3CH3C
H3C
H
H�
– H+C O
H3CH3C
H3C
H
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この反応機構は、先に述べた実験結果をよく説明できる。(1) についてはすでに述べ
た。 (2) アルキル基の種類による効果。三級ハロゲン化アルキルは SN1 反応を起こすが、
二級アルキル基・一級アルキル基・メチル基のハロゲン化物は SN1反応を起こさない。
中間体のカルボカチオンが不安定であれば、遷移状態のエネルギーもそれだけ高くなり、反応はより困難になると理解できる。
(3) 生成物の立体配置。出発物質が不斉炭素を持っていたとしても、中間体のカルボカチオンは平面構造なので、キラルではなくなっている。求核剤はカルボカチオン平面のどちらからでも反応できるので、両方の立体配置の生成物ができる。
カルボカチオン中間体
反応座標
エネルギー
C BrH3C
H3CH3C
CCH3
H3CCH3
C OH3C
H3CH3C
H
HC O
H3CH3C
H3CH
律速段階の遷移状態
C
R
R R
Br C
R
R H
Br C
R
H H
Br C
H
HH
Br>> >> >
����� ������ ����� ���
�����
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注1:両方の立体配置の生成物が1:1で生成するとは限らない。多くの場合、立体反転の生成物の方が少し多く得られる。詳しくはブルースの教科書を参照のこと。
2. SN1における脱離基の効果
SN1反応の律速段階はカルボカチオンの生成である。従って、カルボカチオンが生成
しやすいほど反応は速く進行する。 脱離基の種類による効果は、SN2の場合と全く同じである。すなわち、塩基性の高い
基ほど脱離しやすく、カルボカチオンを速やかに生成する。四種類のハロゲンを比較す
ると、R–I が最も SN1 反応を起こしやすく、R–F は最も起こしにくい。
3. SN1における求核剤の効果
SN1反応では、求核剤はカルボカチオンが生成してから反応に関与する。律速段階が
カルボカチオンの生成なので、求核剤の種類は反応速度に影響を与えない。 SN1 反応は、溶媒を求核剤として用いることが多い(すべてではない)。よく用いら
れるのは、水・アルコール・カルボン酸である。いずれも弱い求核剤だが、SN1反応な
ら求核剤の強さは反応速度に無関係なので、問題なく反応が進行する。溶媒を求核剤とする置換反応のことを加溶媒分解 solvolysis と呼ぶ。
4. ハロゲン化アリル・ハロゲン化ベンジル・ハロゲン化ビニル・ハロゲン化アリール
SN1 反応は、三級ハロゲン化アルキルでのみ進行すると述べた。また、前回 SN2 反
応がメチル・一級・二級ハロゲン化物でのみ進行することを学んだ。これらは「sp3炭
C Br C– Br–
H2O OH2
a bCO
H
H
a
b
–H+
CHO
C OH
H
–H+
C OH
����
����
R I > R Br R Cl > R F>�����������
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素のみから成る」ハロゲン化アルキルについてはこの通りに成立する。しかし、sp2炭素を含む、つまり C–Cπ結合を分子内に持つ化合物については、もう少し別の視点から調べる必要がある。
まず、ハロゲン化アリルから始めよう。臭化アリルを考える。
臭素原子が結合しているのは一級炭素なので、SN1 は起こさないと予想するだろう。
しかし、実際には臭化アリルは SN1反応を起こす。
その理由は、「π電子の非局在化」である。アルキンへの HBr の付加反応のときに、
カルボカチオンが隣接原子のローンペアの非局在化によって安定化を受けることを学んだ(第 10回)。カルボカチオンの隣の炭素が二重結合を持つ場合も、π結合性軌道から空の p 軌道に電子が流れ込むことによって、同様の「電子の非局在化による安定化」
が起きる。この安定化の効果は大きく、アリルカチオンの安定性は三級カルボカチオンの安定性に匹敵する。
上の図をよく見ると、「左端の炭素が C+で、右2つの炭素の間が二重結合である分子」も全く同じ分子軌道を作ることに気づく。つまり、アリルカチオンは下の2通りの書き
方ができる。実際に存在するアリルカチオンは、「これら2つの中間的な状態」と見なすことができる。詳しくは、「非局在化電子を持つ化合物」の章で議論する。
無置換の臭化アリルの場合はこれら2つは同じ構造だが、置換基を持つハロゲン化ア
CC
CBrH
H
H
H H
� ��� 2-�����
3�����1������
allyl bromide(2-propenyl bromide,3-bromo-1-propene)
CC
CBrH
H
H
H H
– Br–
CC
CH
H
H
H
H H2OC
CC
OHH
H
H
H H
H– H+
CC
COHH
H
H
H H
+ +
空のp軌道C‒C π結合性軌道 電子の非局在化(=エネルギー下がる)
CC
CH
H
H
H
HC
CC
H
H
H
H
H
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リルの場合は二種類の異なる生成物を与えることがある。
ハロゲン化アリルと同様に特別に高い反応性を示すのが、ハロゲン化ベンジルである。べンジル基benzyl groupとは、メチル基の水素原子が一つベンゼン環で置き換わったものである。ベンゼン環から1つ水素原子を除いた基はフェニル基phenylと呼ぶので、
間違えないように。
ハロゲン化ベンジルも、SN1 反応を起こすことができる。アリルカチオンと同様に、
ベンジルカチオンも「π電子の非局在化」による安定化を受けるからである。
ハロゲン化ビニル・ハロゲン化アリール(フェニル基のように、ベンゼン環の水素原子を除いた基のことをアリール基と呼ぶ)は、sp2炭素にハロゲンが結合している。こ
のような化合物は、SN1も SN2も起こさない。sp2炭素上のカルボカチオンは不安定なので SN1は起こさず、π電子との反発で求核剤が近づけないため SN2も起こしにくい。
注2:「アリール」は、英語綴りでは aryl となる。これは、芳香族化合物 aromatic compounds の最初の “ar” を取って作られた名前である。一方、「アリル」 allyl は、ラテン語で「ニンニク」
C C C BrCH3
H
H
H HC C C
CH3
H
H
H
H H2O C C C OHCH3
H
H
H H
H
C C C OHCH3
H
H
H H
– Br– – H+
C C CCH3
H
H
H
H H2OC C C
CH3
H
H
H
HOH
H– H+
C C CCH3
H
H
H
HOH
CH2
����� �����
benzyl group phenyl group
CH2 CH2OCH3 CH2OCH3
H– Br– CH3OH – H+CH2–Br
Br����������
Br
Nu
�������� �
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を意味する allium から取られた名前で、ニンニクの主要成分が硫黄原子に結合したアリル基を持つことによる。
注3:「アリル」「ベンジル」「ビニル」は、単独の置換基名としても使われる。一方、「アリール」は「アルキル」と同様に、一般的な名称としてのみ用いられ、特定の置換基の名称としては用いられない。
5. SN1反応と SN2反応の競争
これまで見てきた通り、ハロゲン化アルキルの求核置換反応では、アルキル基の種類によって反応機構がほぼ特定できる。
アルキル基の種類 SN1 SN2 メチル・一級・二級 × ◯
三級 ◯ × アリル・ベンジル(一級および二級) ◯ ◯
アリル・ベンジル(三級) ◯ × ビニル・アリール × ×
一級・二級のハロゲン化アリル・ハロゲン化ベンジルは、SN1, SN2 を両方起こす可能性がある。「両方起こす」といっても、一つの分子が両方の反応を起こすわけではなく、反応系中に存在する多数の分子の中で、一部が SN1, その他が SN2 反応を起こす、
という意味である。このように、一つの反応物が二種類以上の反応を起こす可能性がある時、それらを競争反応 competing reactionsと呼ぶ。SN1, SN2 がどういう割合で起きるかは、それぞれの反応速度に依存する。
SN1 の生成物で、Nu が波線で結合してあるのは、「二種類の立体配置の混合物である」ことを明示するための表示である。
どういう条件でどちらの反応が優先するのだろうか。いくつかの要因があるが、最も顕著なものは、求核剤の反応性である。SN2反応の速度は、求核剤の反応性が高いほど速い。また、求核剤の濃度を高くすると、SN2反応の速度は増大する。一方、SN1反応
の速度は、(カルボカチオンの生成が律速なので)求核剤の反応性に依存せず、濃度にも依存しない。このことから、「反応性の高い求核剤を高濃度で用いる」ことが、SN2
Br
CH3
H
CH3
H
H
CH3
Nu
Nu–
– Br–
Br
CH3
H – Br–Nu–
H
CH3
Nu
(SN2)
(SN1)
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反応を優先させるための一つの条件であることがわかる。
逆に、SN1反応を優先させる条件はどうなるだろうか。SN2の場合と逆向きに考えればよいので、まず「反応性の低い求核剤を使う」ことがポイントになる。それに加えて、
濃度を低くすればよさそうなものだが、これは実はあまり現実的ではない。「求核剤の濃度を低くする」ためには、「求核性を持たない溶媒」で薄めなくてはならないが、そのような溶媒(非極性溶媒)中では SN1 反応は逆に遅くなってしまう(後述)。実際上
は、「反応性の低い求核剤を溶媒として使う」ことが多い。溶媒なので、求核剤の濃度は高くなってしまうが、反応性が十分に低ければ、SN2反応は抑制できる。
6. SN1・SN2反応の溶媒効果
SN1・SN2反応は顕著な溶媒効果 solvent effectを受ける。溶媒効果とは、溶媒によっ
て反応の速度などが変化することをいい、有機化学では非常に重要な意味を持つ。第11回でも取り上げたが、溶媒効果の概要についてもう少し詳細に学ぶ。 有機化学で溶媒効果を考える際には、溶媒を3つの種類に分けて考えることが多い。
3つの種類とは、「プロトン性極性溶媒」「非プロトン性極性溶媒」「非極性溶媒」である。 「プロトン性極性溶媒」protic polar solvent とは、「水素結合できる H原子」、すなわ
ち「強く正に分極した H 原子」を持つ極性溶媒のことである。たとえば、アルコールやカルボン酸はそれぞれ、OH 基・COOH 基の H 原子が強く正に分極しているため、プロトン性極性溶媒である。水 H2Oもプロトン性極性溶媒に分類される。
「非プロトン性極性溶媒」aprotic polar solvent とは、水素結合できる H原子を持た
ない極性溶媒である。下の4つは、すでに紹介した。
Br
CH2
H H
CH3
CH3O+ Br–(SN2) CH3O–+
���
CH3
HBr
CH3
H
– Br–
H
CH3
O
(SN1)
CH3OH����
CH3OH
H CH3
– H+
H
CH3
OCH3
CH3OH CH3CH2OH CH3COOH���� ���� ��
���� ���
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「非極性溶媒」non-polar solvent とは、分極した結合を持たない溶媒である。普通は
炭化水素系の溶媒を指す。
これらの3種類の溶媒は、反応に及ぼす影響が異なる。その理由は、主に電荷を持つ
化学種に対する挙動が異なるためである。プロトン性極性溶媒は、アニオン(陰イオ
ン)・カチオン(陽イオン)の両方に対して強く相互作用して、安定化できる。強く分極した O–H 結合のうち、正に帯電した H が陰イオンと、負に帯電した Oが陽イオンと相互作用する。陰イオンの負電荷が小さな原子(N, O, F)上にある場合、水素結合
が強くなるため、安定化の度合いは一層大きくなる。
一方、非プロトン性極性溶媒は、カチオンは安定化できるが、アニオンの安定化は弱
い。負に分極した O, N 原子が分子の外側に突き出しているので、カチオンに対してはこれらが接近して安定化できる。これに対して、正に分極した原子は分子の内側にあるため、アニオンに対しては十分に安定化することができない。
OCH3CN H N
CH3
CH3O
SO
���� ������ N,N-��������
���������
����������
(DMF) (DMSO)
��� CH3(CH2)4CH3
���
CH3
�� ���
OH
δ–
δ+O
Hδ–δ+
CH3
OH
CH3OH
CH3
δ+δ–δ+
δ–
CH3
��������������
�� ��
– +O
HCH3
δ+δ–
OH
δ–δ+CH3
OH
CH3
δ+δ–O
H
δ–
δ+CH3
�� ��
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また、非極性溶媒は、分極した結合を持たないため、アニオンもカチオンも安定化で
きない。
この特性が、反応性にどのような影響を与えるのだろうか。例えば、SN2の求核剤が
アニオン(例えば F–)である場合を考えてみよう。求核剤に対する安定化の効果は、メタノール>DMSO>ベンゼンの順になる。一方、遷移状態は、電荷が求核剤と脱離基の二箇所に分散しているため、溶媒による安定化の違いが小さい。エネルギー図を書く
と、下のようになる。
図からわかる通り、反応物の安定化が最も少ない非極性溶媒のベンゼンが、最も活性
SCH3
H3CO
SCH3
CH3O
SH3C
CH3O
SH3C
CH3
O
������ ����DMSO�
���
+
S CH3H3C
O
SCH3
CH3O
SH3C CH3
O
SH3C
H3CO
����
–
���������
����
–
����
+
SN2
反応座標
エネルギー
非極性溶媒
非プロトン性極性溶媒
プロトン性極性溶媒
遷移状態
CBrH
HH+ F–
C FH
HHBr– +
CBrH
HHFδ–δ–
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化エネルギーが小さく、次いで DMSO、最後にメタノールの順になる。従って、このSN2反応の速度は、ベンゼン>DMSO>メタノールの順となる。一般に、アニオン性の求核剤による SN2反応の速度は、「非極性溶媒>非プロトン性極性溶媒>プロトン性極
性溶媒」の順になる。 この順によれば、SN2反応は「非極性溶媒」中で行うのが理論上は最も有利であるこ
とがわかる。ただし、実用的には SN2 反応を「非プロトン性極性溶媒」中で行うこと
が多い。その理由は、アニオン性の求核剤はイオン性物質であるため、ベンゼンなどの非極性溶媒に溶解しないためである。非極性溶媒中でアニオン性の求核剤を使うためには、求核剤を溶かすための特別な工夫(相間移動触媒やクラウンエーテル類などを用い
る)が必要となる。このため、通常のアニオン性求核剤を用いて SN2 反応を行う場合は、DMF, DMSO などの非プロトン性極性溶媒を用いるのが好適である。 一方、SN1反応の溶媒効果についてはどうだろうか。SN1反応の律速段階はカルボカ
チオンが生成する段階なので、この段階における溶媒の効果を考えればよい。
それぞれの溶媒について、どの化学種をどれだけ安定化するかを考えてみる。出発物
質は中性分子なので、どの溶媒でも安定化効果は大きくは変化しない。一方、右辺はアニオンとカチオンが生成している。これらは溶媒によって安定化の効果が大きく異なる。プロトン性極性溶媒は、アニオンもカチオンも安定化できる。非プロトン性極性溶媒は、
カチオンは安定化できるがアニオンは安定化できない。非極性溶媒はどちらも安定化できない。従って、SN1 の中間体の安定化の度合いは、「プロトン性極性溶媒>非プロトン性極性溶媒>非極性溶媒」の順序となる。エネルギー図を書くと、下のようになる。
(第二段階の速度については考慮していない。反応速度は律速段階の速度できまるからである。)
C BrH3C
H3CH3C
CH3C
H3CCH3 + Br–
rds
���������
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図からわかる通り、SN1 反応の速度は、「プロトン性極性溶媒>非プロトン性極性溶媒>非極性溶媒」の順になる。この順序は、アニオン性求核剤による SN2 の場合と正
反対である。正反対になる理由は、SN2反応の速度の違いが主に「出発物質」(求核剤)の安定性の差に因っていたのに対して、SN1反応の速度の違いは「中間体」の安定性の差(より正確には、最初の遷移状態の安定性の差)に因っていることである。
7. 今回のキーワード
・SN1 反応 ・SN1反応の機構、律速段階、カルボカチオン中間体 ・ハロゲン化アリル、ハロゲン化ベンジル
・π電子の非局在化 ・ハロゲン化ビニル、ハロゲン化アリール ・競争反応
・SN2 反応の溶媒効果 ・SN1反応の溶媒効果 【教科書の問題(第9章)】
17, 20, 21, 44, 45, 57 (可能な場合は巻き矢印で反応機構を示すこと)
SN1 中間体
反応座標
エネルギー
C BrH3C
H3CH3C
CCH3
H3CCH3
Br–+
非極性溶媒非プロトン性極性溶媒プロトン性極性溶媒
律速段階