子宮内容物の細胞診による異所性妊娠（子宮外妊娠）と流産との鑑別

尼崎医療生協病院 産婦人科1) 検査科2）

衣笠 万里1) 辻本 直樹2) 瀬井 歩2)

1. 異所性妊娠（子宮外妊娠）は全妊娠の1～2％を占め、その95％は卵管妊娠です。最近は妊娠検査薬の普及や経腟エコー検査の精度向上などにより早期に診断される異所性妊娠の症例が増えてきています。しかし今なお卵管破裂により突然腹腔内大量出血をきたす症例や、流産との鑑別が困難な症例も少なくありません。破裂前の異所性妊娠に対しては手術以外にメトトレキサート注射など低侵襲の治療法も導入されつつあるだけに、異所性妊娠の早期診断の重要性が高まっています。

2. 妊娠性ホルモン（hCG）が高値であるがエコー検査で子宮内外に妊娠成分が確認できない症例に遭遇することがあります。当院ではそのような場合、臨床経過から正常妊娠の可能性が否定できれば、診断目的の子宮内容吸引除去術を実施しています。もしも子宮内に妊娠成分が認められれば通常は流産と診断され、妊娠成分がなければ異所性妊娠の可能性が高くなります。しかし子宮内容物の肉眼での流産正診率は50%程度、組織診断を含めても 80%台であり、偽陰性となる症例があります。そこで私たちは2000年より補助診断として、子宮内容物の捺印細胞診を併用しています。

3. まだ症例数が少ないのですが、現在までの成績では細胞診は迅速診断が可能であるとともに組織診に勝るとも劣らぬ正診率を示しており（Int J Gynaecol Obstet. 2012; 117(1):87-8）、有用な補助診断法として今後の活用が期待されます。鑑別診断を行う上で参考となる特徴的な細胞診所見を公開しますので、みなさまの御参考になれば幸いです。

写真１ 流産症例の子宮内容物捺印細胞診（Papanicolaou染色、×40）

丸みを帯びたなめらかな辺縁とグリーン好性の厚い細胞質を有する多核細胞、すなわち合胞体栄養膜細胞（Syncytiotrophoblast）が認められる。小さいが明瞭な核小体が認められ、核は細胞の中央寄りに集まる傾向があり、細胞辺縁には局在していない。

写真２ 流産症例の子宮内容物捺印細胞診所見 （Papanicolaou染色、×20）

写真１と同様に、なめらかな辺縁とグリーン好性の厚い細胞質を有する合胞体栄養膜細胞が認められる。小さいが明瞭な核小体が認められる。このような細胞が多数観察されれば子宮内の妊娠（流産）と判定される。

大型の合胞体栄養膜細胞がみられる。細胞辺縁は丸みを帯びていてスムーズであり、流産症例ではこのように細胞質内に空胞が観察されることが多い。

写真３ 流産症例の子宮内容物捺印細胞診所見（Papanicolaou染色、×20）

写真４ 流産症例の子宮内容物捺印細胞診（Papanicolaou染色、×40）

小型の合胞体栄養膜細胞が認められる（矢印）。流産か異所性妊娠か鑑別が困難な症例では、このように小型の栄養膜細胞（トロホブラスト）のみ観察されることも多い。

写真５ 流産症例の子宮内容物捺印細胞診（Papanicolaou染色、×40）

写真４と同様に小型の合胞体栄養膜細胞が認められる（矢印）。細胞質内空胞もみられる。その右側の細胞は細胞境界が不鮮明であるがトロホブラストではなく、脱落膜細胞の集団とおもわれる。

写真６ 流産症例の子宮内容物捺印細胞診（Papanicolaou染色、×40）

最終月経より6週6日、妊娠反応陽性確認後15日目、無症状であったが、異所性妊娠の疑いで当院に紹介された。血中hCG値は6137mIU/mLと高値であったが、エコー・MRIのいずれにても子宮内外に胎嚢は観察されなかった。インフォームドコンセントの上、子宮内容吸引掻爬術を施行した。子宮内容物はごく少量であり、肉眼的には絨毛は不明瞭であったが、捺印細胞診で写真に示す合胞体栄養膜細胞が確認された。術後、血中hCG値はすみやかに下降した。組織診で絨毛成分は確認できなかったが、臨床経過より最終的に流産と診断された。

写真７ 流産症例の子宮内容物捺印細胞診（Papanicolaou染色、×40）

血中hCG値が25mIU/mL と低値であり、子宮内容物の組織診でも絨毛成分が認められず、流産後と考えられた症例である。細胞診標本では子宮内膜上皮に混じって変性した小型の合胞体栄養膜細胞が１個認められた（矢印）。

写真８ 流産症例の子宮内容物捺印細胞診所見（Giemsa染色、×20）

合胞体栄養膜細胞はしばしばこのようなおたまじゃくし型の形態をとることがある。細胞質は分厚く、辺縁が丸みを帯びていて核の外方への突出がみられないことが特徴である。Giemsa染色ではPap染色よりも多くのトロホブラストを観察できる。

写真９ 流産症例の子宮内容物捺印細胞診所見（Giemsa染色、×40）

Giemsa染色では合胞体栄養膜細胞はこのように辺縁がなめらかで、メチレンブルーに濃染する厚い細胞質を有する多核細胞として観察される。

写真１０ 流産症例の子宮内容物捺印細胞診（Papanicolaou染色、×40）

核の大小不動やクロマチン濃染を示す結合性の弱い異型細胞の集団がみられる。これは中間型栄養膜細胞と考えられ、悪性細胞と誤認しないように注意する。

写真１１ 流産症例の子宮内容物捺印細胞診（Papanicolaou染色、×40）

写真右側のシート状配列を示す細胞境界不明瞭な大型細胞の集団はトロホブラストではなく脱落膜細胞とおもわれる。左側は子宮内膜上皮細胞である。

写真１２ 異所性妊娠症例の子宮内容物細胞診所見（Papanicolaou染色、×40）

個々の細胞の境界が不明瞭なので一見すると合胞体様であるが、合胞体栄養膜細胞と異なり、細胞質はレース状で淡く染まり辺縁は不整形である。核は小さくクロマチンは微細顆粒状、核小体は不明瞭である。核の配置は比較的均等であり、細胞辺縁から突出しているものもみられる。脱落膜化した子宮内膜間質細胞と推定された。

写真１３ 異所性妊娠症例の子宮内容物細胞診所見（Papanicolaou染色、×40）

写真１２と同様に細胞境界が不鮮明であるため、一見すると合胞体様に見えるが、細胞質は薄く辺縁は不整形であり、細胞辺縁に突出している核がみられることから、合胞体栄養膜細胞ではなく脱落膜化した間質細胞と考えられる。

写真１４ 子宮内避妊器具（IUD）使用症例の細胞診（Papanicolaou染色、×40）

抜去したIUDからスライドグラスに塗抹して得られた標本であり、中央の多核細胞は異物巨細胞である。環状に配列する小型の核は淡く染まり核小体は不明瞭、薄いレース状の細胞質の辺縁は毛羽立っていて不鮮明である。このような所見から合胞体栄養細胞と識別される。

写真１５ 流産症例の子宮内容物捺印細胞診所見（抗hCG抗体を用いた免疫細胞化学、×40）

通常の細胞診標本を脱色して免疫細胞化学に供したものであり、合胞体栄養膜細胞の表面から細胞質辺縁にかけてヒト絨毛性ゴナドトロピン（hCG）が 強陽性に染まっている。

写真１６ 流産症例の子宮内容物捺印細胞診所見（抗hCG抗体を用いた免疫細胞化学、×40）

小型の合胞体栄養膜細胞の辺縁部にもhCGの局在が認められる。

写真１７ 異所性妊娠症例の子宮内容物細胞診所見（抗hCG抗体を用いた免疫細胞化学、×40）

細胞形態が合胞体栄養膜細胞に類似しているが、核・細胞質の所見はそれには当てはまらない。免疫細胞化学ではhCG陰性であった。

写真１８ 異所性妊娠症例の子宮内容物細胞診所見（抗hCG抗体を用いた免疫細胞化学、×40）

写真１３と同一の細胞である。細胞境界が不鮮明であるため、一見すると合胞体様に見えるが、hCG陰性であり、脱落膜化した間質細胞と考えられる。

最後に

私たちの細胞診画像にお目通しいただきましてありがとうございました。これらの細胞所見や、細胞診による異所性妊娠と流産との鑑別方法につきましてご質問やご意見がおありでしたら、下記のアドレスまでご連絡ください。

〒661-0033 兵庫県尼崎市南武庫之荘12-16-1

尼崎医療生協病院 産婦人科

衣笠万里

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