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高血圧合併妊娠の診断と管理 Chronic Hypertension in Pregnancy
2012/06/21 クリニカルクラークシップ
中村 昭彦
American College of Obstetrician and Gynecologists Practice bulletin No125 February 2012
高血圧合併妊娠を明確に定義・診断・治療する意義
•妊娠期間中の服薬治療についてのリスクとベネフィットについて、エビデンスに基づいて整理する。
•Pregnancy induced hypertension (PIH) との区別が明瞭につくようにする。
Chronic Hypertension in pregnancy
・軽度: 収縮期血圧が140~159 mmHg or 拡張期血圧が 90~109 mmHg
・重度:収縮期血圧が160 mmHg以上 or
拡張期血圧が110 mmHg以上
高血圧合併妊娠の診断における高血圧の定義
上記診断基準にて、最低2回、少なくとも4時間以上あけて測定し、高血圧と診断する
Inclusion criteria
1. 妊娠前から降圧薬の内服をしていること 2. 妊娠20週以前に高血圧の診断がついていること *妊娠12週までに診断することが望ましい 3. 分娩後12週以降に高血圧が存在していること
高血圧合併妊娠の診断
妊娠中の生理的血圧低下が妊娠16週~18週にピークとなり、高血圧合併妊娠をマスクするおそれがある。
妊娠高血圧腎症および HELLP症候群との差異
Preeclampsia (妊娠高血圧腎症、子癇前症)は、妊娠前は正常血圧で20週以降に高血圧が顕在化し、頻繁に蛋白尿を伴う病態。
HELLP症候群は、肝逸脱酵素の上昇、血小板低下、溶血などの兆候をきたすもの。臨床症状としては頭痛、視野障害、上腹部痛などがある。
妊娠中に高血圧を来たし、妊娠28週~40週で子癇前症の兆候がなければ、妊娠高血圧(PIH)という診断が確定する。
PIHもしくは高血圧合併妊娠の妊婦の30%以上は子癇前症となる。この場合はSuperimposed preeclampsia(混合型子癇前症)と再定義される。
高血圧合併妊娠の影響 ① 高血圧合併妊娠のリスク
妊産婦死亡率 4.8倍 周産期死亡率 2~4倍 脳血管疾患 5.3倍 肺水腫 5.2倍 腎不全 6.0倍 SGA * 2~5倍
重度 (≧160/110 mmHg)の場合 混合型子癇前症を合併 50% 常位胎盤早期剥離 8.4%
合併症のない高血圧 vs. 正常血圧 帝王切開 2.7倍 分娩後の大量出血 2.2倍
SGA: small for gestational age
高血圧合併妊娠の影響 ②
軽度
重度
二次性高血圧 or
臓器障害を合併
混合型 子癇前症
50%
75%
SGA 16%
25~40% 50%
•早産 67%
•常位胎盤早期剥離 10~20%
•周産期死亡率 11.4%
高血圧合併妊娠
20~50% 20%
臨床的考察と推奨 高血圧のある妊婦に対して、初期に行うべき有用な検査 二次性高血圧の評価に有用な検査 混合型子癇前症の診断に有用な評価方法 妊娠後期に高血圧が顕在化した女性を、子癇前症か高血圧
合併妊娠か識別する方法 高血圧合併妊娠における治療の適応 高血圧合併妊娠の治療法 重度の高血圧に対する点滴治療の適応範囲 妊娠中に禁忌となる降圧薬 胎児モニタリングの果たす役割 高血圧合併妊娠における分娩時期 高血圧合併妊娠患者に対する麻酔で注意すべきこと
初期に行うべき有用な検査① 高血圧のある女性全てにおいて、ベースラインとなる腎機能を評価しておくことが推奨される。
→腎不全は、高血圧による臓器障害で最も現れやす
いものの一つであり、混合型子癇前症の診断条件としても重要である。
妊娠前あるいは妊娠早期に心機能や眼底の評価も勧められる。
→高血圧が長期に及んでいる女性では、心肥大や 虚血性心疾患、腎障害、網膜症を引き起こしやすい。
左室肥大や二次性高血圧がある場合、妊娠中の容量負荷によって心不全をきたしやすい。
妊娠13週から26週に顕在化した著明な蛋白尿 (≧300mg/24 hour)は、子癇前症と独立した重要なリスク因子である。
重度の腎不全 (血清クレアチニン ≧1.4mg/dL)のある妊婦では、さらなる腎機能の悪化を起こしうる。
心機能・腎機能を評価する意義
早産 (3.1倍) SGA (2.8倍)
女性の二次性高血圧
女性の高血圧の10%は他疾患による二次性の
ものであり、原因疾患のコントロールのために内科で管理されていることが多い。
妊娠初期の診察で初めて重度の高血圧と診断された若年の女性に対しては、二次性高血圧を想定して原因を探す。
二次性高血圧の原因と検査 褐色細胞腫 →血漿メタネフリン値測定、24時間尿中メタネフリン、CT、MRI
原発性アルドステロン症 →血清K値、血漿レニン活性、24時間尿中アルドステロン
クッシング症候群 睡眠時無呼吸症候群 薬物 (メタンフェタミン、コカインなど) 腎動脈狭窄 →腎エコー、超音波ドップラー、MRA
混合型子癇前症と高血圧合併妊娠か区別する ポイント
新たに発現した蛋白尿 蛋白尿の急激な悪化 ラボデータ 臨床症状
頭痛、右上腹部痛、血圧の急激な上昇
Supreimporsed preeclampsia Chronic hypertension
蛋白尿の定量評価
蛋白尿の定量については、現在推奨されている24時間蓄尿よりも、単回の
測定のほうが正確かもしれない。
24時間蓄尿では、尿貯留時の誤差などにより、50%以上で不正確との報告も散見される。
蓄尿においては、クレアチニン値も同時に測定し、排泄量が10~15mg/kgであることを確認すべきである。
蛋白質/クレアチニン比
混合型子癇前症の診断に有用な検査
①: 血清バイオマーカー
可溶性fms様チロシンキナーゼ-1 可溶性エンドグリン
②: ドップラー検査 ③: ①+②
Supreimporsed preeclampsia
妊娠後期に高血圧が顕在化した場合、 子癇前症か高血圧合併妊娠か識別する方法
若い未産婦の場合 血液濃縮所見 (乏尿、Hb値やHt値の上昇) 尿酸値が5.5mg/mL以上の場合
子癇前症と判断する所見
その他、考慮すべきこと •子癇前症では血清クレアチニン値が上昇することもある。
•妊娠後期にSLEや原発性の腎臓病を来たすこともあるが、 高血圧合併妊娠や子癇前症の診断基準に当てはまらないか考慮すべきである。
妊娠中の降圧療法の意義
母体の深刻な合併症を減らすことが示されてきた。 新生児に対する総合的な評価は示されていなかった。
降圧療法は
一方
例えば…
軽度~中等度の高血圧合併妊婦では、降圧療法により高血圧が重度に進展するリスクは50%減少したが、 混合型子癇前症、周産期死亡率、早産、SGAのリスクは減少しなかったという報告がある。
高血圧合併妊娠における治療の適応 ・最高血圧が150mmHg未満
and ・最低血圧が100mmHg未満
and ・心臓・腎臓に合併症がない
降圧薬の
休薬・減量
経過観察
・最高血圧が160mmHg以上 or
・最低血圧が110mmHg以上
降圧薬の
開始・継続
高血圧合併妊娠の治療法① メチルドーパは古くより安全性が認められているが、鎮静作
用を来たす場合がある。 α・β遮断薬の塩酸ラベタロールは、メチルドーパと同等の効
果・安全性が認められている。 (日本では妊婦には禁忌) Ca拮抗薬のニフェジピンも、メチルドーパと同等の降圧効果
と安全性が認められている。 (日本では妊婦には禁忌) サイアザイド系利尿薬(ヒドロクロロチアジド)は、妊娠前か
ら服用していた場合でも、妊娠後の有害事象は報告されておらず、減量・中止は不要。低K血症や耐糖能異常は起こりうる。
β遮断薬(アテノロール)は、SGAのリスクを上昇させるため推奨されない。
高血圧合併妊娠の治療薬と有害事象
降圧薬(緊急時以外)
治療薬 用量 有害事象(妊婦)
第一選択薬
ラベタロール 200-2,400mg/day 頭痛
ニフェジピン 30-120mg/day 頭痛
メチルドーパ 0.5-3 g/day 鎮静、肝逸脱酵素、抑うつ
第二選択薬(降圧効果が充分ではない場合)
ヒドララジン 50-300mg/day 血小板減少
ヒドロクロロチアジド 12.5–50mg/day 体液量減少、電解質異常
降圧薬(重篤な場合の緊急投与)
子癇前症の有無に関わらず、脳血管疾患の発症を防ぐために、160/110mmHg以上の重度の高血圧では、早急な降圧が必要である。
重度の高血圧に対する治療
治療薬 用法 用量 妊娠時の有害事象
ヒドララジン 筋注 or 静注 5-10mg/ 20-40分毎
胎児の徐脈 点滴 0.5-10mg/ 時
ラベタロール 静注 20-80mg/ 5-15分毎 頻脈・不整脈
(他の薬剤より低頻度) 点滴 1- 2mg/ 分
ニフェジピン 経口 10-30mg/ 45分毎 陣痛を妨げる可能性
アンジオテンシン変換酵素阻害薬 (ACE阻害薬)
→催奇形性、子宮内発育遅延 (IUGR)、胎児死亡、新生児死亡などの有害事象が生じる恐れ
(心血管系の異常が3.72倍、中枢神経系の異常が4.39倍)
アンジオテンシン受容体拮抗薬 (ARB)
→腎発生異常、奇形、死産の恐れ
妊娠中に禁忌の降圧薬
計画的な妊娠は50%に過ぎないことから、これらの薬を妊娠可能年齢にあたる女性への第一選択薬とすべきではない。 服用が避けられない場合、避妊の重要性について説明すべきである。
高血圧合併妊娠での胎児検査の意義
高血圧合併妊娠に際し、超音波検査による成長の評価を行うことは必要である。
推奨されるのは、妊娠初期および妊娠18週~20週で超音波検査を行い、標準的な成長をしているかどうかフォローすることである。
発育遅延が見つかれば、週に2回のノンストレステストもしくはBPSに加えて臍帯血ドップラー検査を行う。(有用かどうか、結論を出せるだけのデータはない)
合併症のない軽度の高血圧合併妊娠においては、一般的には満期での経膣分娩がなされる。
高血圧が重度であったり、合併症を伴っている場合は、胎児の肺機能の成熟後に分娩を考慮するケースもある。
分娩時期について、RCTによるエビデンスは今のところ存在していない。
高血圧合併妊娠における分娩時期
服薬不要
服薬で管理 可能
降圧薬 効果不十分
混合型 子癇前症
高血圧合併妊娠
血圧管理と分娩時期の目安
38~39週
37~39週
36~37週
34週
高血圧合併妊娠において、 分娩時の麻酔で考慮すべきことはあるか
•硬膜外麻酔の有無が新生児の状態に影響するという報告はなく、軽度の高血圧であれば硬膜外麻酔は安全に行える。
•重度の高血圧、もしくは混合型子癇前症においては、挿管時と抜管時に急性かつ重篤な血圧上昇をきたすことがある。 ラベタロールで管理を行うことが多い。
•心臓・腎臓に合併症のある高血圧合併妊娠では、容量負荷と尿量に注意を払い、肺水腫を防ぐ必要がある。
Evidence Level A
ACE阻害薬とARBは、妊娠期間中は一貫して禁忌である。
Evidence Level B 重度の高血圧合併妊娠においては、血圧の急上昇による障害を防ぐために内服治療が必要である。
有害事象の頻度が低く有効性が高いことから、 ラベタロールは高血圧合併妊娠の第一選択薬となる。
β遮断薬であるアテノロールは、SGAとの関連が示さ
れたため、現在は高血圧合併妊娠の治療薬として推奨されていない。
サイアザイド系利尿薬を妊娠前から使用している女性では、妊娠期間中に休薬する必要はない。
Evidence Level C
高血圧のある女性では、妊娠前か妊娠早期に腎機能、心電図、心エコー、眼底検査を行い、末梢臓器障害の評価を行なっておくのが良い。
ACE阻害薬やARBを服用している女性には、
避妊の重要性、特に長時間有効で可逆的な避妊法が最も有用であることを説明すべきである。
胎児の発育を超音波検査で評価することは 重要である。発育遅延が疑われた場合には、 胎児モニタリングがなされるべきである。