特集 住友電工 110729 -...

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11 Vol.52 2011No.8 SOKEIZAI 圧粉磁心は、軟磁性金属粒子表面に絶縁被覆を施した粉末を加圧成形し て製造される材料であり、コイル鉄心等への適用が検討されている。本 報では、純鉄系軟磁性材料の低損失化、および合金系軟磁性材料の高周 波用途製品適用への事例を紹介する。 圧粉軟磁性材料の開発 1.緒言 徳 岡 輝 和  前 田  徹  伊 志 嶺 朝 之 住友電気工業 ㈱ 環境問題への国際的な関心の高まり、原油価格の 上昇等の理由により、自動車分野では、電動ハイブ リッド車に代表される省燃費車が爆発的に普及し、 エネルギー分野では、太陽光や風力を用いた発電機 が各所に設置されている。これらの機器には、電動 機構や電源装置等が必要であり、そこには、電磁変 換部品として、モータ、トランスやコイル等の部品 が搭載されている。これらの部品には、小型化や高 効率化、高速駆動化を実現するために、交流磁気特 性に優れた軟磁性材料の適用が求められている。圧 粉磁心は、個々の粒子の表面に絶縁被覆を施した軟 磁性粉末を加圧成形して製造される材料であり、高 い電気抵抗を示すことから、交流用軟磁性材料の中 でも 1 kHz以上の高周波帯域で良好な電磁変換特性 を示す。また、粉末を加圧成形して作製する本材料 は磁気回路設計の自由度および形状自由度、生産歩 留まりが高いことから、低周波域を含めた多くの軟 磁性部品への適用が検討されている。これらの部品 に必要な磁気特性は部品の使用条件によって異なる ため、各用途に合わせた軟磁性材料が数多く開発さ れており、圧粉磁心においても、軟磁性材料の化学 組成や材料組織等の検討事例が数多くある。本報で は、圧粉磁心の概要を述べたのち、当社における、 純鉄系軟磁性材料の低損失化の検討事例、および合 金系軟磁性材料による高周波用途製品の検討事例を 紹介する。 一般的に、磁性材料は、軟磁性材料と、硬磁性材料 に分類される。軟磁性材料は外からの磁場を印加する ことで磁力を発生し、印加される磁場の方向や大きさ に従って、発生する磁力の向きや方向を容易に変える ことができる。用途としては、モータやトランスなど の磁心が主なものである。また、硬磁性材料は一度外 部から磁場を印加すると、磁場の印加を止めてもその 磁力を保持しつづける材料であり一般的には永久磁 石と呼ばれることが多く、モータや医療機器等で用い られている。軟磁性材料としては、本報で取り上げる 圧粉磁心の他に、電磁鋼板やフェライトなどがあり、 電磁鋼板はモータやトランスなどで用いられており、 フェライトはチョークコイルなどに用いられている。 軟磁性材料に求められる特性は、製品によって大きく 異なり、単一の尺度で材料の優劣を比較することは難 しいので、使用条件に合わせて、B-H曲線(印加磁 場と発生磁束密度の相関曲線)やエネルギー的な損失 値を評価し、適用する材料を検討している。 2.圧粉磁心の概要

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Page 1: 特集 住友電工 110729 - 素形材センターsokeizai.or.jp/japanese/publish/200706/201108tokuoka.pdf12 SOKEIZAIVol.52(2011)No.8 2.1 軟磁性材料の用途 交流用軟磁性材料は、用途により動作周波数と動

11Vol.52(2011)No.8 SOKEIZAI

圧粉磁心は、軟磁性金属粒子表面に絶縁被覆を施した粉末を加圧成形して製造される材料であり、コイル鉄心等への適用が検討されている。本報では、純鉄系軟磁性材料の低損失化、および合金系軟磁性材料の高周波用途製品適用への事例を紹介する。

圧粉軟磁性材料の開発

1.緒言

徳 岡 輝 和  前 田  徹  伊 志 嶺 朝 之住友電気工業㈱

 環境問題への国際的な関心の高まり、原油価格の上昇等の理由により、自動車分野では、電動ハイブリッド車に代表される省燃費車が爆発的に普及し、エネルギー分野では、太陽光や風力を用いた発電機が各所に設置されている。これらの機器には、電動機構や電源装置等が必要であり、そこには、電磁変換部品として、モータ、トランスやコイル等の部品が搭載されている。これらの部品には、小型化や高効率化、高速駆動化を実現するために、交流磁気特性に優れた軟磁性材料の適用が求められている。圧粉磁心は、個々の粒子の表面に絶縁被覆を施した軟磁性粉末を加圧成形して製造される材料であり、高い電気抵抗を示すことから、交流用軟磁性材料の中

でも 1 kHz以上の高周波帯域で良好な電磁変換特性を示す。また、粉末を加圧成形して作製する本材料は磁気回路設計の自由度および形状自由度、生産歩留まりが高いことから、低周波域を含めた多くの軟磁性部品への適用が検討されている。これらの部品に必要な磁気特性は部品の使用条件によって異なるため、各用途に合わせた軟磁性材料が数多く開発されており、圧粉磁心においても、軟磁性材料の化学組成や材料組織等の検討事例が数多くある。本報では、圧粉磁心の概要を述べたのち、当社における、純鉄系軟磁性材料の低損失化の検討事例、および合金系軟磁性材料による高周波用途製品の検討事例を紹介する。

 一般的に、磁性材料は、軟磁性材料と、硬磁性材料に分類される。軟磁性材料は外からの磁場を印加することで磁力を発生し、印加される磁場の方向や大きさに従って、発生する磁力の向きや方向を容易に変えることができる。用途としては、モータやトランスなどの磁心が主なものである。また、硬磁性材料は一度外部から磁場を印加すると、磁場の印加を止めてもその磁力を保持しつづける材料であり一般的には永久磁石と呼ばれることが多く、モータや医療機器等で用い

られている。軟磁性材料としては、本報で取り上げる圧粉磁心の他に、電磁鋼板やフェライトなどがあり、電磁鋼板はモータやトランスなどで用いられており、フェライトはチョークコイルなどに用いられている。軟磁性材料に求められる特性は、製品によって大きく異なり、単一の尺度で材料の優劣を比較することは難しいので、使用条件に合わせて、B-H曲線(印加磁場と発生磁束密度の相関曲線)やエネルギー的な損失値を評価し、適用する材料を検討している。

2.圧粉磁心の概要

Page 2: 特集 住友電工 110729 - 素形材センターsokeizai.or.jp/japanese/publish/200706/201108tokuoka.pdf12 SOKEIZAIVol.52(2011)No.8 2.1 軟磁性材料の用途 交流用軟磁性材料は、用途により動作周波数と動

12 SOKEIZAI Vol.52(2011)No.8

2.1 軟磁性材料の用途 交流用軟磁性材料は、用途により動作周波数と動作磁束密度が変わるため、それぞれの用途に向けた特性の最適化が必要である。図 1は現在の主な軟磁性材料の用途を動作周波数と動作磁束密度の関係でまとめたものである。動作磁束密度が 1Tを超えるような用途の代表例としては、モータなどのパワーデバイスがある。主な動作周波数は、商用周波数である数100Hzまでであるが、近年、高速化、高効率化のニーズによって高周波化が求められている。現状では、Fe-Si 合金系薄板等を積層して製造される電磁鋼板材の利用が主流となっているが、高周波域で損失の主因となる渦電流の抑制が難しく、十分な性能は得られていない。 一方、低磁束密度で動作させる用途の代表例は、磁気センサや電磁弁、コイルコア等が挙げられる。磁気センサや電磁弁用途では従来は低周波用途が多かったが、近年駆動速度、応答速度の増大による性能向上を狙い、高周波化が進んでいる。材料としては電磁鋼板に加えて、表面絶縁磁性粉末を加圧成形した圧粉磁心等の適用事例も多い。これらは、粉末冶金法で製造されるため、ネットシェイプ化が比較的容易で歩留まりが良いことが特長となっている。また、コイルは動作磁束が低くても、変換効率を向上させることが重要な部品であり、100kHz以上の帯域では、非常に鉄損が小さいフェライト(軟磁性酸化鉄)コアやアモルファスコアが使用されている。

2.2 圧粉磁心の位置づけ 圧粉磁心は、文字通り「粉末を圧縮した磁心」であり、金属粉末を出発原料としている。その概要を

図 2に示す。基本構成は、表面に絶縁被膜をつけた平均粒径で100~300µm程度の金属粉末を相対密度で80%~95%程度にまで充填した材料である。なお、絶縁皮膜をつける理由は、磁心に磁場を印加すると磁心内に電流が発生し、エネルギー的に損失が生じるため、発生する電流量を抑えることにある。これらの技術的な詳細は後述する。

 当社における圧粉磁心の製造工程を図 3に示す。金属磁性粉末に絶縁被覆を施した後、金型に充填して、500~1,000MPaの圧力で圧縮することで、相対密度で85~95%の圧粉成形体を得る。センダスト粉末やパーマロイ粉末と樹脂の複合体であるダストコアに比べて、バインダ添加量が少ないため軟磁性粉末の充填比率が高く高磁束密度を実現できることが大きな特長である1)。 圧粉成形体には圧縮成形による歪みが入っているため、その歪みを取るために最高 800℃程度の温度で熱処理を行う。この熱処理の温度は、絶縁皮膜材料の耐熱性によって決まり、高い温度で処理できるほど材料の磁気特性は改善されるので、この皮膜材質についての検討事例の報告もなされている。 圧粉磁心の実用化例として、モータコアやハイブリッド車のリアクトルコア2)などが挙げられ、当社でも、ディーゼルエンジンの燃料噴射装置用の電磁弁部品1)などを量産している。

図 1 軟磁性材料の適用領域

図 2 圧粉軟磁性材料の模式図

磁性粉末

圧縮成形

熱処理

絶縁被覆処理

図 3 圧粉軟磁性材料の製造工程模式図

Fe、Fe-Si 等(板厚:0.05mm~1.0mm)

絶縁皮膜

電磁鋼板 圧粉磁心

バインダ絶縁皮膜

Fe、Fe-Si等 (粒径:~300μm)

大容量電源

モータ

動作

磁束

密度

Bm

(Tesl

a)

機器の使用周波数域 (Hz)

2.0

1 10K 1M100

汎用電磁鋼板

1.5

1.0

フェライト0.5

0.0

純鉄系圧粉軟磁性材料

高効率化・高速化・高応答速度化

小型

化・高

出力

合金系圧粉軟磁性材料

高Si電磁鋼板

小型電源、ノイズフィルタ

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13Vol.52(2011)No.8 SOKEIZAI

特集 粉体成形による磁性部品の製造

2.3 圧粉磁心の特性改善の方向性 今後、電磁部品は小型化や高効率化の観点から、現在よりも高周波帯で動作すると予想される。軟磁性材料の鉄損:WB/f は、材料内磁束変化が緩和現象(磁気共鳴など)を伴わない領域であれば、図 4に示すようにヒステリシス損失(Wh)と渦電流損失(We)の和で表される。Whは、図 3(a)に示すような、静磁界での変換損失(ループ面積)に相当するものであり、材料内の磁場方向を変えるのに必要な最低限のエネルギーになる。つまり、磁場変化のしきい値である保磁力Hc が小さな材料ほど低損失となる。高周波では単位時間当たりの磁場変化回数(駆動周波数f)に比例して損失は大きくなる。 Wh ∝ Hc × f ・・・(式 1) 一方、Weは高周波駆動時に顕著となる損失であり、磁場変化に対する電磁誘導で発生する起電力に

伴う誘導電流のジュール損失である(図 3(b)参照)。材料の電気抵抗ρが高いほど、また、渦電流発生領域のサイズd(圧粉磁心の場合は絶縁された軟磁性粉末粒子の粒径に相当)が細分化されているほど、低損失となる。また、起電力は磁場変化速度、つまり、周波数f に比例して増大するため、単位時間当たりでは周波数の 2乗に比例することになる。 (We ∝ d × f 2/ρ)3), 4) ・・・(式 2) 交流用軟磁性材料の低鉄損化を実現するためには、軟磁性粉末について、 ①低保磁力化 ②渦電流発生領域細分化 ③高電気抵抗化の 3点の要求項目を実現することが必要である。これを図 5にまとめて示した。

入力,i(電力)

変換損失=ループ面積

(a)静磁界 (f→0)での変換損失

出力, H(磁力)

ヒステリシス損(Wh)  = [静磁界損失WDC]×[周波数(f)]

(b)高周波での変換損失

i(f→0)

入力,i(電力)

出力, H(磁力)

鉄損 (W)

渦電流発生による保磁力増大

鉄損→保磁力(ループ幅)で決まる 鉄損→渦電流込みの保磁力で決まる

渦電流損 (We) = [渦電流寄与の損失増分WEDDY]×[周波数(f)]

DC保磁力に比例

発生渦電流 IEDDYに比例

(=周波数に比例)

Wh∝f

We∝f2 IEDDY∝ f (d / ρ )d:粒径、板厚

ρ:電気抵抗

図 4 軟磁性材料の磁気履歴曲線と変換損失

ヒステリシス損(BH履歴曲線面積)ヒステリシス損(BH履歴曲線面積)

渦電流損渦電流損 粒子間渦電流損

HHc

粒子内渦電流損

Fe Fe

Fe Fe

保磁力Hc低減

透磁率μ向上

粒子間絶縁

粒子間粒界(絶縁層)

不純物

転位・結晶内粒界

鉄損

〇高純度化

〇薄肉均一被覆

〇高温焼鈍(耐熱絶縁被膜)〇歪レス高密度成形

〇絶縁被覆技術 高抵抗絶縁膜

[組織因子]

[組成因子]

コア材磁気異方性、磁歪定数 〇新合金探索

<支配因子> <対策>

コア材電気抵抗 〇電気抵抗上昇  元素添加

ヒステリシス損低減=

損失小

損失大

粒子間

粒子内

①低保磁力化

②渦電流発生  領域細分化

③高電気抵抗化

図 5 軟磁性材料の低鉄損化コンセプト

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14 SOKEIZAI Vol.52(2011)No.8

 当社では、塑性変形能が高く、高密度化が可能で、かつ比較的安価である純鉄粉系圧粉軟磁性材料の工業的な汎用性の高さに着目し、この材料を用いた圧粉磁心を検討しており、その軟磁気特性の改善を図っている。このなかでも、低鉄損化を検討することとし、低保磁力化および渦電流発生領域細分化をキーテクノロジーとして、材料開発を進めてきたので、これを紹介する。 まず、純鉄粉末において低保磁力化を実現するには、軟磁性粉末内の結晶不連続因子を除去することが重要である。例えば、不純物原子(C、N、Oなど)や結晶粒界並びに結晶歪み(熱歪み、加工歪み)を取り除くことが有効といえる。圧粉軟磁性材料では、純鉄粉末のアトマイズ時の熱歪み、および加圧成形時の加工歪みの導入は不可避であり、後工程の熱処理によってこれら歪みを低減することが重要である。この歪み除去の効果は処理温度が高いほど有効である。しかしながら、熱処理により絶縁膜が劣化し粒子間の絶縁が低下するために、絶縁膜の耐熱温度が処理温度の上限となる。従って、絶縁膜の耐熱性を向上することも重要な開発課題である。 一方、絶縁膜には、前述の渦電流発生領域細分化を実現するために、被膜均一性や加圧成形時の損傷による絶縁性劣化が生じないための耐性が求められる。当社では、上述の要求を実現するための具体的手法として、以下の 2点について検討した。 (1)鉄粉の高純度化による低保磁力化 (2) 粉末絶縁被覆上へのバインダ樹脂コーティン

グによる、加圧成形時の被膜保護

3.1 鉄粉高純度化による低保磁力化 工業的に使用されている金属粉末の多くは、金属の溶湯を噴霧(アトマイズ)し、その液滴が冷却されて粉末化するアトマイズ法という方法で製造され、粉末冶金用途で使用される鉄粉の多くは、鉄溶湯の液滴を水で冷却する水アトマイズ法という製造法で製造されている。この方法では、鉄粉末がすぐに冷却されるため、高い生産能力を有するが、溶湯が水に触れることによる酸化物の生成や水に含有されるミネラル分が不純物として混入するデメリットもある。また、粉末メーカーの多くは鉄スクラップを原料としており、不純物量も実用上重要な管理因子となる。 そこで、これらの影響について評価するために、高品位の地金をAr 雰囲気で溶解し、Arガスをアト

マイズ時の噴霧液滴の冷却媒として用いて製造した粉末と、不純物の混入量を変えた市販の純鉄鉄粉を複数種準備し、これらの鉄粉を用いた圧粉磁心の磁気特性を評価した。 図 6に、鉄粉末の ICP分析によりC、Si、Mn、P、S、Cu、Ni、Cr、O、Al、Ca、Mg、Mo の各元素を定量し、求めた不純物純度に対して、成形体保磁力Hc がどのように変化するかを示す。成形体作製条件は、密度 7.50Mgm-3、熱処理 693K×1 hr窒素気流中とした。市販粉末を用いた磁心中の総不純物量は2,000ppm程度、Hc=0.5kAm-1程度であるのに対し、不純物量の低減に従って、Hc が低下していくことが明らかとなった。不純物量1,000ppmでHcは約25%低減し、同120ppmでは約75%の低減と大きな効果があることがわかる。以下、不純物量が120ppmの粉末について、絶縁膜最適化を進めた(以下、この粉末を高純度鉄粉と称する)。

3.2 ハインダ樹脂被覆による絶縁被覆保護 写真 1に作製したコーティング粉末の絶縁被膜の

3.純鉄系圧粉軟磁性材料における磁気特性改善の検討5)

0.0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

10 100 1000 10000

高純度鉄粉

市販鉄粉

保磁

力 Hc(kA/m)

総不純物量 (ppm)

Fe粉末

バインダ樹脂層

リン酸塩ガラス層

Fe粉末外観

図 6 鉄粉中の不純物量と成形体保磁力の関係

写真 1 開発材の絶縁被膜断面 TEM像

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15Vol.52(2011)No.8 SOKEIZAI

特集 粉体成形による磁性部品の製造

透過電顕(TEM)観察像を示す。観察結果より、厚みが 20~30nmの第 1層と同100~150nmの第 2層を有する 2層被膜が確認できる。第 1層が、リン酸塩ガラス絶縁被膜であり、第 2層がバインダ樹脂の層である。鉄粉表面に均一な 2層被膜が得られていることがわかる。図 7に、熱処理温度に対する成形体の電気抵抗の逆数(渦電流損失の挙動と正の相関)の変化を示す。リン酸塩、ガラス被膜の単層絶縁被膜を有する従来材の電気抵抗の低下が 673K(400℃)付近から始まるのに対して、開発材では、823K(550℃)付近まで電気抵抗の低下が起こらず、絶縁被膜の耐熱性が向上したことが分かる。 図 8に熱処理温度に対する各成形体の保磁力Hcの変化を示す。700K(427℃)付近までは熱処理によるHc 低減効果は小さいが、750(577℃)~850K(677℃)付近で大きくHc が低減し、熱処理前の50% 以下の値となった。これは 750~850K付近で、歪み回復が進行し、鉄粉内の転位が急減するためと考えられ、開発絶縁被膜により歪み回復温度域での熱処理を可能としたことに意味がある。図 9に、850K で熱処理した開発材の直流磁化曲線を従来材と比較して示す。開発材では、Hc が大きく減少しており開発した軟磁性粉末のヒステリシス損特性が大きく改善されていることが分かる。図10に、850Kで熱処理した開発材および従来材の鉄損値の

周波数依存性を汎用電磁鋼板(JIS グレード 35A360)と比較して示す。開発材の 1T、1kHzにおける鉄損(W10/1k)は68Wkg-1 であり、従来材の200Wkg-1 に対して鉄損値が 1/3 に低減されたことが分かる。 式 2に示したように、ヒステリシス損と渦電流損がそれぞれ周波数の 1次比例、2次比例であることから、図10 に示した鉄損値の周波数依存性から最小2乗法によって、下記の(式 3)を用いて、ヒステリシス損係数Khと渦電流損係数Keを算出した。 WB/f = Kh × f + Ke × f 2 ・・・(式 3) この方法で求めたKh、Keを表 1に示す。開発材では、従来材と比較していずれの係数も低減していることが分かり、ヒステリシス損と渦電流損の両面で改善されていることが分かる。すなわち、鉄粉高純度化と熱処理高温化によるヒステリシス損低減のみならず、絶縁被膜の均一化および加圧成形時の絶縁被膜の破損防止による渦電流損低減も得られたと言える。一方、電磁鋼板材に対してKeは良好であるが、Khは 30%以上大きな値をもち、低周波域では電磁鋼板の鉄損がより低くなっているが、300Hz以上では開発材が低鉄損となっており、高周波パワーデバイスへの展開へ向けて、有効な材料の一つとして期待できる。なお、表 1には各材料の磁気特性をまとめた。

熱処理温度 T (K)

600 700 800 900 1000

電気抵抗逆数 1/ρ

(573Kの値=1)

500

従来材

開発材

0

2

4

6

8

10

12

従来材

開発材

熱処理温度 T (K)

300 400 500 600 700 800 900 1000

保磁力 Hc(kA/m)

0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

磁界 H (kA/m)

0-10 -5 5 10

磁束密度 B(T)

0

-2

-1

1

2

実線:開発材、点線:従来材

図 7 成形体電気抵抗の熱処理温度変化

図 8 成形体保磁力の熱処理温度変化

図 9 850Kで熱処理した成形体の直流磁化曲線

周波数 f (Hz)

0 200 400 600 800 1000

鉄損 W

10/f(W

/kg)

0

40

80

120

160

200

図10 高純度開発材の鉄損―周波数曲線

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16 SOKEIZAI Vol.52(2011)No.8

表 1 純鉄系圧粉軟磁性材料の主要特性一覧

特性項目(単位)

密度(Mg・m‒ 3)

B50(T)

Kh(mWs・kg ‒1)

Ke(mWs2・kg ‒1)

W10/200(W・kg ‒1)

W10/1k(W・kg ‒1)

開発圧粉材 7.65(97%) 1.39 44 0.024 9.8 68

従来圧粉材 7.40(94%) 1.33 90 0.091 22 181

電磁鋼板(35A360) 7.65 1.61 30 0.070 8.8 100

 圧粉軟磁性材料を電源デバイスへ適用するためには、数100kHzと従来に比べて 2桁高くなる動作周波数の変化に対し、渦電流による損失の影響が極めて大きいことが、コイルコアの発熱や電源効率上で問題となる。そこで、従来の圧粉磁心材料に対して、数100kHzの高周波域での使用動作に対して最適化することにより、汎用ダストコアやフェライトを超える新しい軟磁性材料の開発を目指した。 前章にて述べた絶縁皮膜処理技術に加えて、①軟磁気特性に優れる磁性合金粉末の採用、および組成最適化技術についても検討を進めた。ここでは、軟磁性合金粉末として低保磁力である Fe-Si-Al 系合金粉末を適用し、テストピースでの磁気特性の評価結果、および実際にチョークコイルを製作、評価した事例について紹介する。

4.1 開発材の磁気特性 表 2に開発材の諸特性を、図11に開発材の鉄損の周波数依存性を、従来材である汎用ダストコアおよびフェライトとの比較で示す。汎用ダストコアとして、開発材と同じく Fe-Si-Al 系合金粉末を用いた市販のダストコアを、フェライトにはMn-Zn 系フェライトを比較材として選択した。鉄損の周波数依存性から、前述の式 3を用いて、ヒステリシス損失係

数と渦電流損失係数を算出した。汎用ダストコアと比較してみると、開発材はヒステリシス損失係数、渦電流損失係数ともに低く抑えられていることが分かる。その結果、電源デバイスへの適用に向けた対象周波数である100kHz 付近では、鉄損として汎用ダストコアに対して半減以下の損失低減が可能であることが分かる。また、飽和磁束密度に関しても、汎用ダストコアに対して10%以上高い値を示している。一方、フェライトに対しては、飽和磁束密度は 1.7倍の値を示しており、電源デバイスのコンパクト化や大電力処理化へのメリットが期待できる。鉄損に関しては、依然としてフェライトに比べて劣っているが、電源コイルとしてどの程度の差が生じるかについては後述する。

4.2 開発材を用いた電源コイルの設計と試作 開発材を用いて、電源コイルとしての性能を調べるために、ハイブリッド自動車などの次世代型環境対応車に搭載されるチョークコイル想定し、大容量2次電池(200V程度の電圧)から電動の補機(エアコン、パワーステアリング等)を駆動する電圧(一般的には14V)への降圧に用いるDC-DCコンバータを

4.合金系圧粉軟磁性材料の開発と高周波用途製品への展開6)

表 2 純鉄系圧粉軟磁性材料の主要特性一覧

単位 開発材 汎用ダストコア フェライト

飽和磁束密度 * Tesla 0.89 0.80 0.51鉄損 ** kW・m-3 365 910 57

ヒステリシス損失 *** kW・m-3 291 755 7渦電流損失 *** kW・m-3 75 155 50透磁率 **** ― 56 52 2400

*    室温での測定結果**   磁束密度 0.1T、周波数 100kHz、温度 120℃での測定値***  10k ~ 100kHz における鉄損の周波数依存性より算出**** 鉄損測定時の透磁率

1

10

100

1000

10000

1 10 100 1000

周波数 (kHz)

鉄損

(kW/m

3 )

汎用ダストコア

開発材

フェライト

Bm=0.1T

図11 合金系圧粉軟磁性材料 損失の周波数依存性比較

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特集 粉体成形による磁性部品の製造

適用対象に選定した。コイルの設計は、リングサンプルの直流磁化特性からインダクタンスLs が目的の値となるようにコア形状や巻線数を決定し、用意したコンバータに予め搭載されていたフェライトコアも比較対象として、同条件にて評価した。巻線は、フェライトコアと同じ形状の平角線とした。設計は、以下に述べる 2ケースを行った。ひとつ目は、同じ巻線条件のもとで、より省スペース化、特に実装面積の低減を主体としたケース(以下、Case 1)を検討した。ふたつ目は、巻線数をフェライト材より低減することを主眼としたケース(以下、Case 2)を検討した。巻線は部品コストや製品重量に占める割合が大きいので、巻線数や使用量の低減のニーズは大きい。しかしながら、飽和磁束密度の低いフェライトコアでは巻線数を低減すると、直流重畳特性が低下し所定の電流を流すことができなくなるため、巻線数を低減することは難しい。 表 3に開発材を用いたチョークコイルの設計結果を示す。開発材は、上述の通りフェライト材に対して飽和磁束密度特性に優れるため、Case 1、Case 2ともに形状的なメリットを見出せる。Case 1 では、同じ巻線数 5ターンにて実装面積やコア体積、全体重量を大きく低減できる。また、Case 2 では、開発材を用いることで 4ターンに巻線数を低減し、部品の低背化や軽量化を図った。 上記の設計結果をもとに、実際に電源コイルの作製を行った。試作したコア材およびチョークコイル部品の外観を写真 2に示す。開発材のコアは、30×50×20tの素材より所定の形状に切削加工する方法で作製した。図12に試作コイルのインダクタンスの直流重畳特性を示す。開発材を用いたコイルの特性

は、Case 1、Case 2ともにほぼ同じ特性を示している。また、既存のフェライトコアと比較すると、フェライトコアは仕様条件である100Aを超える高電流領域から急激にインダクタンスが低下しているのに対して、開発材は高電流領域においても比較的高いインダクタンスを示す。このフェライトコアの高電流

表 3 圧粉軟磁性材料適用チョークコイル設計例

コア材質 フェライト 開発材 開発材― ― Case1 Case2

部品外観

実装面積 1120mm2 760mm2(▲ 35%) 1120mm2

部品高さ 28mm 25mm(▲ 11%) 22mm(▲ 25%)

コア重量 70g 59g(▲ 16%) 75g(△ 7%)体積 14cm3 10cm3(▲ 30%) 13cm3(▲ 7%)

コイル巻数 5ターン 5ターン 4ターン重量 71g 66g(▲ 7%) 59g(▲ 17%)

全体重量 141g 125g(▲ 12%) 134g(▲ 5%)

写真 2 合金系圧粉軟磁性材料適用のチョークコイル試作品外観            

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域でのインダクタンスの低下は、磁気飽和により透磁率が低下することにより生じ、飽和磁束密度が低いことが原因である。このことから、飽和磁束密度の高い開発材を適用することで、フェライトコアに対して部品の小型化や巻線数の低減を図った上で、更に高電流領域での使用が可能となり、突発的な異常電流が発生した際にコイル特性が失われ、周辺機器にトラブルを与える危険性を低減できる。 また、製作した電源コイルは、降圧型DC-DCコンバータへ実装、動作させてコアの温度上昇を評価した。電源デバイスでは、電源コイル部品の発熱により、電源コイル自体だけでなくその周辺部品への影響も無視できないため、デバイス自体の信頼性向

上には電源コイルの温度上昇は重要な課題である。評価結果を図13に示す。なお、コンバータには予め水冷ジャケットによる冷却機構が備わっているので、これを用いた(水冷温度は60℃)。開発材は、Case 1、Case 2 の間で部品形状の違いが主因と思われる若干の差異はあるが、フェライトコアとほぼ同等の動作温度を示している。このことから材料特性としてフェライトに対して劣っている鉄損特性の差が、電源デバイスでの動作状態では温度上昇として大きな差を生じないことが分かった。

0

1

2

3

4

5

0 50 100 150 200 250 300

直流電流 (A)

イン

ダク

タン

ス (

µH)

開発材-CASE1開発材-CASE2フェライト

60

70

80

90

100

110

120

20 30 40 50 60 70 80 90

雰囲気温度(℃)

コア温

度(℃

開発材- case1

開発材- case2

フェライト

 本報では、粉末冶金技術を基盤とした圧粉軟磁性材料の開発において、工業的に汎用性の高い純鉄粉における磁気特性の改善の取り組みや、さらなる高性能化を追求した新合金開発の事例を紹介した。材料特性は製品の競争力に直結するため、継続した取り組みによる絶え間ない改善を求められ、その一方で、顧客からの要求項目はより多様化している。今回紹介した技術はこれらの開発課題に対する基盤技術となるものであり、さらなる深化を図っていく所存である。 なお、本検討の一部は独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「H21年度イノベーション実用化助成事業」の助成を受けて実施した。関係者に深く感謝する。

 参考文献1 ) 島田ら:“高性能圧粉磁心材料の開発”,粉体および粉末冶金,53,p.686 -695(2006)

2 ) 杉山ら:“車載リアクトルコア用高密度・低損失圧粉磁心の開発”,素形材,51,No.12,p.24 -29(2010)

3 )金子,本間:“磁性材料",p.116(1991)4 ) 電気学会マグネティックス技術委員会編:“磁気工学の基礎と応用”,p.46(1999)

5 ) 前田ら:“極低鉄損焼結軟磁性材料の開発”,SEIテクニカルレビュー,166,p.1-6(2005)

6 ) 伊志嶺ら:“高周波対応低ロス圧粉磁心材料の開発”,SEI テクニカルレビュー,178,p.121-127(2011)

図12 試作チョークコイルの直流重畳特性比較

図13 コア表面温度の動作雰囲気温度依存性

5.まとめ

住友電気工業株式会社 産業素材材料技術研究所〒664-0016 兵庫県伊丹市昆陽北 1-1-1TEL. 072-771-0606 FAX. 072-770-6727http://www.sei.co.jp/