室内照明による高効率環境発電デバイスと 自立電源の開発 · 図3...

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214 IEEJ Journal, Vol.133 No.4, 2013 特 集 自立型 MEMS センサネットワークを活用した省エネルギーの取り組み─4 されるシンプルな構造である。入射光側の基板の電極は透 明電極である必要があるが,もう一方の基板の電極も透明 電極であればシースルーカラーを呈する DSC を形成する ことが可能となる。 図2 は DSC の等価回路であり,ここで注目すべきは直 列抵抗(R s )とシャント抵抗(R sh )であり,これらによ って光発電特性がどのように変わるかを発電時の電流密度 (J)-電圧(V)特性によって以下に説明する。ちなみに R sh は光発電デバイスのリークのしやすさ(逆電流の流れ やすさ)を示す。 図3 は発電特性を示す J-V グラフであるが,x 切片を開 1.はじめに 今後,普及が見込まれる無線センサネットワークにおい て,本格的な普及への大きなボトルネックとなるのが各セ ンサ・通信ノードへの電力供給である。現在の有線電力供 給,電池駆動に替えて,周囲の環境から電力を生み出すエ ナジーハーベスティング(Energy Harvesting:EH)デバ イスを電力源として用いることができれば,メンテナンス フリーな永続的駆動が可能となるだけでなく,電源工事が 不要となり,煩わしさや工事費用が低減され,大きく普及 することが期待できる。屋内の微弱な照明下でも効率よく 発蓄電できる自立電源モジュールを開発し,これによる永 続的なセンサと無線送信の駆動を実現する。具体的には本 グリーンセンサネットワーク・システム技術開発プロジェ クトで開発されるグリーンセンサにより中小オフィスの省 エネ化を達成するための無線センサネットワークへの電源 供給を実現する超小型高効率屋内用自立電源を開発する。 2.屋内用高効率環境発電デバイスの開発 2 . 1 環境発電デバイス EH 技術には光,振動,温度差,電磁波を利用する技術 のほか,生体の化学反応を利用するものまであり,対象と なるエネルギー源はさらに広がりつつある。一方,無線セ ンサネットワークに用いられる,センサ・マイコン・無線 通信の各種デバイスの消費電力は年々低減しており,EH デバイスで駆動可能なアプリケーションは今後,さらに広 がってくることが予測される。 EH デバイスの中でも色素増感太陽電池(Dye-sensitized Solar Cell:DSC)は,室内光下での発電量が大きく,カ ラフルかつシースルー化が可能で意匠性に優れる特徴を有 している。室内用途としての DSC の高効率化には微弱な 室内照明エネルギーのロスを極限まで抑制しなければなら ない。その為には DSC セルのロスをいかに低減するかが ポイントになる。 図1 に DSC のデバイス断面構造図を示す。2 枚の電極 付基板,色素分子を吸着させた比表面積の非常に大きなナ ノポーラス酸化チタン(TiO 2 ),電解液と封止材から構成 室内照明による高効率環境発電デバイスと 自立電源の開発 エナジーハーベスタ,色素増感型太陽電池(DSC),自立電源,無線センサネットワーク 奥  良彰 ローム(株) © 2013 The Institute of Electrical Engineers of Japan. J=J ph -J d -J sh V+JR S V J sh R sh R S J ph J d 図 2 光発電デバイスの等価回路 ナノポーラス Tio 2 デバイス構造 透明導電膜基板 封止材 電解液 入射光 Tio 2 粒子状態 Tio 2 ナノポーラス Tio 2 構造で色素吸着率が増加 数 10nm 色素分子 Pt 対極電極 図 1 DSC のデバイス構造図

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214 IEEJ Journal, Vol.133 No.4, 2013

特 集 自立型MEMSセンサネットワークを活用した省エネルギーの取り組み─4

されるシンプルな構造である。入射光側の基板の電極は透明電極である必要があるが,もう一方の基板の電極も透明電極であればシースルーカラーを呈するDSC を形成することが可能となる。 図 2はDSCの等価回路であり,ここで注目すべきは直列抵抗(Rs)とシャント抵抗(Rsh)であり,これらによって光発電特性がどのように変わるかを発電時の電流密度(J)-電圧(V)特性によって以下に説明する。ちなみにRsh は光発電デバイスのリークのしやすさ(逆電流の流れやすさ)を示す。 図 3は発電特性を示す J-Vグラフであるが,x切片を開

1.はじめに

 今後,普及が見込まれる無線センサネットワークにおいて,本格的な普及への大きなボトルネックとなるのが各センサ・通信ノードへの電力供給である。現在の有線電力供給,電池駆動に替えて,周囲の環境から電力を生み出すエナジーハーベスティング(Energy Harvesting:EH)デバイスを電力源として用いることができれば,メンテナンスフリーな永続的駆動が可能となるだけでなく,電源工事が不要となり,煩わしさや工事費用が低減され,大きく普及することが期待できる。屋内の微弱な照明下でも効率よく発蓄電できる自立電源モジュールを開発し,これによる永続的なセンサと無線送信の駆動を実現する。具体的には本グリーンセンサネットワーク・システム技術開発プロジェクトで開発されるグリーンセンサにより中小オフィスの省エネ化を達成するための無線センサネットワークへの電源供給を実現する超小型高効率屋内用自立電源を開発する。

2.屋内用高効率環境発電デバイスの開発

2.1 環境発電デバイス EH技術には光,振動,温度差,電磁波を利用する技術のほか,生体の化学反応を利用するものまであり,対象となるエネルギー源はさらに広がりつつある。一方,無線センサネットワークに用いられる,センサ・マイコン・無線通信の各種デバイスの消費電力は年々低減しており,EHデバイスで駆動可能なアプリケーションは今後,さらに広がってくることが予測される。 EHデバイスの中でも色素増感太陽電池(Dye-sensitized Solar Cell:DSC)は,室内光下での発電量が大きく,カラフルかつシースルー化が可能で意匠性に優れる特徴を有している。室内用途としてのDSC の高効率化には微弱な室内照明エネルギーのロスを極限まで抑制しなければならない。その為にはDSC セルのロスをいかに低減するかがポイントになる。 図 1にDSC のデバイス断面構造図を示す。2枚の電極付基板,色素分子を吸着させた比表面積の非常に大きなナノポーラス酸化チタン(TiO2),電解液と封止材から構成

室内照明による高効率環境発電デバイスと自立電源の開発

エナジーハーベスタ,色素増感型太陽電池(DSC),自立電源,無線センサネットワーク

奥  良彰ローム(株)

© 2013 The Institute of Electrical Engineers of Japan.

J=Jph-Jd-Jsh

V+JRS V

Jsh

Rsh

RS

Jph Jd

図 2 光発電デバイスの等価回路

ナノポーラス Tio2デバイス構造透明導電膜基板

封止材

電解液

入射光 Tio2 粒子状態

Tio2

ナノポーラス Tio2 構造で色素吸着率が増加

数 10nm

色素分子

Pt 対極電極

図 1 DSCのデバイス構造図

215

自立型MEMSセンサネットワークを活用した省エネルギーの取り組み─4

室内照明による高効率環境発電デバイスと自立電源の開発

電学誌,133 巻 4号,2013 年

放端電圧(Voc),y切片を短絡電流密度(Jsc)と呼び,曲線の形状因子はFFと呼ばれ,最大出力を Pmax とすると,FF= Pmax /(Jsc × Voc)の関係式で与えられる。発電特性を向上させるには,Voc,Jsc,FF をそれぞれ大きくする必要がある。 例えば,図 3の左側のグラフが示すように,Rsh が一定値の場合,Rs が 0 から大きくなるほど,Jsc と FF が小さくなることが分かる。一方,図 3の右側のグラフが示すように,Rs が一定値の場合,Rsh が無限大から小さくなるほど,Voc と FF が小さくなることが分かる。つまり,直列抵抗低減とシャント抵抗増大(リーク低減)が Voc,Jsc および FF改善の鍵である。 さらに,直列抵抗(Rs)が一定の場合,室内光下と太陽光下で Rsh をそれぞれ 1 / 10 に小さくした場合にどの程度,光発電特性の照度依存性に影響するかを計算した結果が図 4の左側のグラフである。室内光の場合,Rsh を 1 / 10 にすることで低照度にした場合の Voc 低下が顕著であることが分かる。一方,太陽光の場合,同様に Rsh を 1 / 10にしても光発電特性(J-V特性)はほとんど変わらない(図 4の右グラフ)。このことは逆に言えば,太陽光発電では問題とならないレベルのリーク電流(逆電流)が室内光発電では大幅な電圧低下を引き起こすといえる。2.2 屋内用光発電デバイスの高効率化 2.1 での議論を受けて,DSCの逆電流を低減する方策の一例を紹介する。ロスの一因である電極基板表面と電解液の間に流れる逆電流を抑制するためにチタニア前駆体水液

液処理を施し,蛍光灯 200 ルクス環境下での Jsc,Voc および FFの処理回数依存性を評価した結果が図 5である。処理回数とともに,Jsc を変化させることなく,Voc およびFF が増大しており,これは図 3 の右側のグラフでの Rs

一定において,Rsh を増大させた結果と符合する。 本処理を 3回実施することで,Voc および FFが最大それぞれ 8.7%および 22%増大し,Voc ~ 0 .58 V および FF~ 0.70 を得ることができた。

3.超小型高効率屋内用自立電源の開発

3.1 低リーク電流電気二重層キャパシタ 屋内で高効率に光発電が可能となれば,この発電量をキャパシタないしバッテリへ高効率で蓄電し,無線センサネットワーク端末の駆動に用いることとなる。屋外の太陽光発電の場合,Si 太陽電池に 2次電池として Li イオン電池を組み合わせることが多いが,筆者らは,本プロジェクト発足以前より,DSC に電気二重層キャパシタ(Electric Double Layer Capacitor:EDLC)を組み合わせて数々の実証を行ってきている。これは,屋内環境下では,通常のSi 太陽電池よりもDSC の方が大きな発電量が得られる点と,2次電池は充電においてしきい値があるため,低電圧

電圧

RS 変化時(Rsh 一定) Rsh 変化時(RS 一定)

電圧

電流密度

Jsc JscRS=0 Rsh=∞

Voc Voc

RS 大 Rsh 小

図 3 光発電デバイスの発電特性のRs,Rsh 依存性

0 .020

0 .015

0 .010

0 .005

0 .60

0 .58

0 .56

0 .54

0 .52

0 .50

0 .8

0 .7

0 .6

0 .5

1 2逆電流ブロック層形成処理回数

3

1 2逆電流ブロック層形成処理回数

3

1 2逆電流ブロック層形成処理回数

3短絡電流密度(J sc)(mA/cm

2 )解放端電圧(V oc)(V)

形状因子(FF)

図 5  Jsc,Voc,FF の逆電流ブロック層形成処理回数依存性(N=2)

0 .4 sun

1 sun(疑似太陽光)

(疑似太陽光の 40%の光強度)

電圧(a.u.) 電圧(a.u.)1510501050 0

10203040506070801 .2

1 .00 .80 .60 .40 .20

電流密度(a.u.)

電流密度(a.u.)

照度1 730

800

370

実線:Rsh100鎖線:Rsh10

実線:Rsh100鎖線:Rsh10

図 4  屋内光下(左)と太陽光下(右)での光発電特性のRsh 依存性

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自立型MEMSセンサネットワークを活用した省エネルギーの取り組み─4特 集

IEEJ Journal, Vol.133 No.4, 2013

からの充電が困難であるのに対して,EDLCでは原理的に0 V 以上から充電することが可能である点からエネルギー密度の低い屋内照明環境に適合していると考えられるからである。また,EDLC は Li イオン電池に比べて内部抵抗が低いことから,比較的大きな電流を消費する無線デバイスに直結して駆動させることも可能であり,よりシンプルなシステム構成が可能であるともいえる。 しかしながら,一般的に EDLC は絶縁抵抗が低いために,リーク電流が大きく,電圧保持率が Li イオン電池よりも低い。そこで,低い内部抵抗を維持しながら,低リーク電流で電圧保持率の高い EDLC を開発している。図 6は EDLC のリーク電流の要因となる活物質の剥

はく

離り

を抑制した結果,容量 0.01 F の EDLC において,充電開始 24時間後の到達リーク電流を 10 µA → 1.0 µA(0.05 µA / cm2)程度まで低減させた結果であり,それにより,電圧保持率が 80%から 90%に増大した一例である。オフィスでのグリーンセンサネットワーク実証を考えた場合,夜間・休日時の蓄電容量の低下がアプリケーションによっては課題となり得るため,電圧保持率の高い(低リーク電流)EDLCを開発する必要があると考えている。3.2 自立電源POCボードの試作と動作検証 屋内の微弱な光環境でも効率よく発電が可能な低逆電流DSC を開発し,DSC からの微小電力を効率よく蓄電できる低リーク電流 EDLCを開発し,上記DSCおよび EDLCと高効率DC / DC コンバータを組み合わせた屋内向け光発蓄電ボード(自立電源 POC(Proof Of Concept,概念

実証)ボード)を開発している(図 7)。 DSC と EDLC と DC / DC コンバータで試作した自立電源を搭載した無線センサネットワーク端末のブロック図を図 8に示す。DSC は 1 セルであり,その有効面積は8.6 cm2 である。EDLC は 5 mF の低容量のもので,制御基板に両面実装している。この構成により屋内照明環境下

低逆電流DSC

低リーク電流内部電極構造

低リークセパレータ

Vout

DC / DCコンバータ

活物質密着性向上バインダーを用いた電極

制御用IC

図 7 開発目標の超小型高効率屋内用自立電源の模式図

RF 送信機

環境発蓄電評価ボード

DSC マイコン

2.6V 出力

DC / DCConverter

EDLC(5 mF)

温度センサ

52 mm

表面 裏面

EDLCDSC

DC / DC-IC

25 mm

24 mm

44 mm3 mm以下

RF(2.4 GHz)

送信間隔:10s

図 8 試作した自立電源搭載無線センサネットワーク端末

3 .000

時間(sec)

10 sec

2 .000

1 .000

0 .000

2 .650

2 .600

2 .550

2 .500

0

時間(sec)1 300 1 320 1 340 1 360 1 380 1 400 1 420 1 440

300 600 900 1 200 1 500

動作開始まで, 約 20 分必要動作期間

動作期間拡大図

充電期間

入力電力条件 300 µA / 0.5 V

充電電圧(V)

充電電圧(V)

図 9 試作した自立電源搭載無線センサネットワーク端末

EDLC(0.01 F)の充電電流

EDLC(0.01 F)の電圧保持率

200

200

80

60

40

20

0

120

80

40

00 5 10 15

充電時間(hrs)20

0 5 10 15開回路放置時間(hrs)

20

リーク電流(µA)

電圧保持率(%)

90%電圧保持 EDLC

80%電圧保持 EDLC

90%電圧保持 EDLC80%電圧保持 EDLC

図 6 EDLC(0.01 F)のリーク電流と電圧保持率の一例

217

自立型MEMSセンサネットワークを活用した省エネルギーの取り組み─4

室内照明による高効率環境発電デバイスと自立電源の開発

電学誌,133 巻 4号,2013 年

で温度センサの情報を送信することが可能となる。 消費するエネルギーの観点から考えると以下のようになる。充電電圧は 2.6 V なので,蓄えられるエネルギー量は Q= CV = 5 × 10-3(F)× 2.6(V)= 13 mC である。マイコン /温度センサ / RF を 1 回駆動させるのに必要な電荷量は約 100 µC(満充電の~ 1 / 130)であるので安定した動作が可能である。本評価で使用したDSC セルは蛍光灯 450 ルクス環境下で約 150 µWを発電している。この場合,図 9に示すように,初期の充電には 20 分程度の時間を要するが,150 µWの発電量でも温度センサのデータの無線通信(10 秒ごとに 1回)動作が永続的に可能であることを確認した。なお,動作期間とは,温度センサの値を読み取り,無線にて PCへデータ送信する期間である。 今後は,図 10に示すような既存の 920 MHz 無線モジュールとマイコン,およびセンサモジュール(温度・湿度,気圧,照度)を自立電源で駆動させる無線センサネットワーク端末の試作開発を進め,スマートオフィス実証への道筋を示した後に,本プロジェクトで開発される赤外線アレーセンサを搭載した上で,中小オフィスでのグリーン

センサネットワーク実証を進めていくものとする。

4.おわりに

 屋内の微弱な光環境でも効率よく発電が可能な“低逆電流DSC”およびDSCからの微小電力を効率よく蓄電できる低リーク電流 EDLC を開発し,DC / DC コンバータを組み合わせた“屋内向け発蓄電ボード”を開発し,“屋内用自立電源”を試作した。 上記自立電源試作機にて屋内環境下で温度センサデータの無線送信(10 秒ごとに 1回)の永続的動作が可能であることを確認した。 今後は,本プロジェクトの中のスマートオフィスWGにおいて,ターゲットとなる中小オフィス環境に合わせて自立電源の効率を高めるとともに,エネルギーマネジメント LSI との組み合わせ最適化を検証する。さらに,本プロジェクトで開発される低消費電力赤外線アレーセンサやCO2 センサなどのグリーンセンサを搭載した,自立電源駆動無線センサネットワーク端末の試作・評価も実施し,グリーンコンセントレータ(グリーンセンサで得られた環境データの収集・転送を行う通信ノード)へのセンシングデータを送信し,クラウド経由でスマートオフィスのアプリケーションの実用性に関する検証をスマートオフィスWG内でともに実施していく予定である。

〈謝辞〉 本稿記載の成果の一部は、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の共同研究業務の結果得られたものである。

奥  良彰おく・よしあき1998 年ローム(株)入社,ULSI 研究開発本部配属。2009 年研究開発本部融合デバイス研究開発センター長。2013 年より研究開発本部センサネットワーク要素研究開発チームリーダー。2011 年よりグリーンセンサ・ネットワークシステム技術開発プロジェクトに従事。

自立電源(DSC+EDLD+DCDC)

エネルギーハーベスティングボード(Energy Harvesting Board)

55 mm 28 mm

センサモジュール基板(温度・湿度,気圧,照度)

920 MHz 無線モジュール+マイコン基板

t=4 mm

図 10 無線モジュール