新生児・乳児期早期発症のエプシュタイン奇形に対する治療 -...

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日本小児循環器学会雑誌 /3巻1号 89~90頁(1997年) <Editorial Comment> 新生児・乳児期早期発症のエプシュタイン奇形に対する治療 千葉県こども病院・心臓血管外科 藤原 エプシュタイン奇形は広いスペクトラムを持つ疾患であり,本邦での報告は年長児や成人での報告が多い. 新生児・乳児期早期に発症する例は稀ではあるが,外科的治療にも至らず死亡する症例も多く1>2),予後不良な 疾患群である.新生児期に高度の心拡大と強いチアノーゼのため入院となった例では,肺動脈閉鎖を伴うこと が多く,機能的閉鎖か解剖学的閉鎖であるのかにより治療方針が異なる.柿沢論文3)では術前エコーにての診断 が機能的閉鎖であったのか解剖学的閉鎖であったのかのはっきりした記述がみられないが,手術所見にて機能 的閉鎖と診断されている.機能的閉鎖の場合,新生児期の肺高血圧の時期を過ぎれば順行性の血流が確保され, 状態が劇的に改善する事がある.当院でもそのような症例を3例経験している.詳細は別稿にて報告するが, 入院時の動脈血酸素飽和度は76~86%で,全例他院にてPGE1を投与されていた.心エコー検査にて機能的肺 動脈閉鎖と判明し,1~6日間でPGEIの投与を中止し, PDAの閉鎖にともない全身状態は改善していった. 入院時のCTRは68~74%で利尿剤・強心剤の投与なども行い退院時には52~61%に減少し,19~25日で に至っている.Ivyら4)は機能的肺動脈閉鎖を伴った3例に対し, PGE,を21~28日間の長期にわたり使用し, 2例はそのまま退院,1例は3週間後にBlalock-Taussig shuntを行ったと報告している.3例 85%以上で,CeletmajerらのEbstein gradeは3であった.16~23日後にantegra 酸素投与も重なって肺血管抵抗が低下したことによる効果であると推測している.また,Plowdenら5)は2例 でPGEI投与にもかかわらずhypoxiaとなり,生後2日目から8日間と生後11日目から8日間ECMO 高肺血管抵抗の時期を乗り切っている.5カ月と6カ月後の酸素飽和度は正常化しており,ECMOからの離脱 にはドプラー・エコーが有用であったと報告している.本邦でも鈴木ら6)がPGEIが無効なため投与を中止し, プロタノールの使用により全身状態の改善をみて退院に至った症例を報告している.このように機能的閉鎖の 場合は内科的治療の適切な選択により新生児・乳児期を脱することも可能なため,新生児期の治療の選択は慎 重に行うべきである. 本症に対する新生児期・乳児期早期の外科治療成績は非常に悪く,具体的な報告例も少ない.Danielson7)や 本邦での坂本ら8),西垣ら9)の比較的多数の手術例の報告でも新生児・乳児期早期例は稀である.外科治療の術 式に関しても,様々な方法が行われており確立した方法はない.合併する解剖学的肺動脈閉鎖に対しては, biventricular repairも視野に入れながらpulmonary atresia+intact ve Blalock-Taussig shuntと肺動脈弁切開術の単独あるいは同時手術が行われている. Stellinら 治療経験を報告し,このうち3例がBlalock-Taussig shuntのみで新生児期を脱している.新生児期 態の詳細が不明であるが.様々な追加手術により生存しており,3度目の手術では三尖弁の切除を2例で行い, 貴重な報告となっている.しかしながら,西垣ら9)は8例に体肺動脈シャント手術のみを行い,5例が手術死亡 し,生存例もその後の手術などで死亡している.CTR 70%以上の高度の心拡大に伴う肺容積の減少による肺 機能低下があり,体肺動脈シャント手術のみでは救命は困難と述べている.高度の心拡大がないなどの術前状 態によってはBlalock-Tausig shuntにより新生児期を脱する可能性はあるものの,その後の追加手術 を適切に行う必要がある.新生児期の肺動脈弁切開術に関しては,文献上2例の生存例が報告されている.豊 原ら11)は生後3日目と8日目の2例にBrock手術を行い,術前CTR 92%の生後3日目の症例が生存し 時に弁形成術に到達している.太田ら12}らは生後2日目の症例に対し人工心肺下に肺動脈弁切開術を行い,順 行性血流だけでは十分な酸素化が得られなかったためPGElをしばらく投与し,退院に至っている.肺血流を 確保する意義は短絡手術と同様で,膜様閉鎖の症例などでは有効な手段である.また,balloonによる肺動脈 弁切開術も侵襲が少なく十分な効果が期待できる13).体外循環下のpatch outflow reconstructi Presented by Medical*Online

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日本小児循環器学会雑誌 /3巻1号 89~90頁(1997年)

<Editorial Comment>

新生児・乳児期早期発症のエプシュタイン奇形に対する治療

千葉県こども病院・心臓血管外科 藤原 直

 エプシュタイン奇形は広いスペクトラムを持つ疾患であり,本邦での報告は年長児や成人での報告が多い.

新生児・乳児期早期に発症する例は稀ではあるが,外科的治療にも至らず死亡する症例も多く1>2),予後不良な

疾患群である.新生児期に高度の心拡大と強いチアノーゼのため入院となった例では,肺動脈閉鎖を伴うこと

が多く,機能的閉鎖か解剖学的閉鎖であるのかにより治療方針が異なる.柿沢論文3)では術前エコーにての診断

が機能的閉鎖であったのか解剖学的閉鎖であったのかのはっきりした記述がみられないが,手術所見にて機能

的閉鎖と診断されている.機能的閉鎖の場合,新生児期の肺高血圧の時期を過ぎれば順行性の血流が確保され,

状態が劇的に改善する事がある.当院でもそのような症例を3例経験している.詳細は別稿にて報告するが,

入院時の動脈血酸素飽和度は76~86%で,全例他院にてPGE1を投与されていた.心エコー検査にて機能的肺

動脈閉鎖と判明し,1~6日間でPGEIの投与を中止し, PDAの閉鎖にともない全身状態は改善していった.

入院時のCTRは68~74%で利尿剤・強心剤の投与なども行い退院時には52~61%に減少し,19~25日で退院

に至っている.Ivyら4)は機能的肺動脈閉鎖を伴った3例に対し, PGE,を21~28日間の長期にわたり使用し,

2例はそのまま退院,1例は3週間後にBlalock-Taussig shuntを行ったと報告している.3例ともにCTRは

85%以上で,CeletmajerらのEbstein gradeは3であった.16~23日後にantegrade fiowが出現しており,

酸素投与も重なって肺血管抵抗が低下したことによる効果であると推測している.また,Plowdenら5)は2例

でPGEI投与にもかかわらずhypoxiaとなり,生後2日目から8日間と生後11日目から8日間ECMOを施行,

高肺血管抵抗の時期を乗り切っている.5カ月と6カ月後の酸素飽和度は正常化しており,ECMOからの離脱

にはドプラー・エコーが有用であったと報告している.本邦でも鈴木ら6)がPGEIが無効なため投与を中止し,

プロタノールの使用により全身状態の改善をみて退院に至った症例を報告している.このように機能的閉鎖の

場合は内科的治療の適切な選択により新生児・乳児期を脱することも可能なため,新生児期の治療の選択は慎

重に行うべきである.

 本症に対する新生児期・乳児期早期の外科治療成績は非常に悪く,具体的な報告例も少ない.Danielson7)や

本邦での坂本ら8),西垣ら9)の比較的多数の手術例の報告でも新生児・乳児期早期例は稀である.外科治療の術

式に関しても,様々な方法が行われており確立した方法はない.合併する解剖学的肺動脈閉鎖に対しては,

biventricular repairも視野に入れながらpulmonary atresia+intact ventricular septumと同様に考え,

Blalock-Taussig shuntと肺動脈弁切開術の単独あるいは同時手術が行われている. Stellinら1°)は7例の外科

治療経験を報告し,このうち3例がBlalock-Taussig shuntのみで新生児期を脱している.新生児期の術前状

態の詳細が不明であるが.様々な追加手術により生存しており,3度目の手術では三尖弁の切除を2例で行い,

貴重な報告となっている.しかしながら,西垣ら9)は8例に体肺動脈シャント手術のみを行い,5例が手術死亡

し,生存例もその後の手術などで死亡している.CTR 70%以上の高度の心拡大に伴う肺容積の減少による肺

機能低下があり,体肺動脈シャント手術のみでは救命は困難と述べている.高度の心拡大がないなどの術前状

態によってはBlalock-Tausig shuntにより新生児期を脱する可能性はあるものの,その後の追加手術の選択

を適切に行う必要がある.新生児期の肺動脈弁切開術に関しては,文献上2例の生存例が報告されている.豊

原ら11)は生後3日目と8日目の2例にBrock手術を行い,術前CTR 92%の生後3日目の症例が生存し,5歳

時に弁形成術に到達している.太田ら12}らは生後2日目の症例に対し人工心肺下に肺動脈弁切開術を行い,順

行性血流だけでは十分な酸素化が得られなかったためPGElをしばらく投与し,退院に至っている.肺血流を

確保する意義は短絡手術と同様で,膜様閉鎖の症例などでは有効な手段である.また,balloonによる肺動脈

弁切開術も侵襲が少なく十分な効果が期待できる13).体外循環下のpatch outflow reconstructionは豊原らH)

Presented by Medical*Online

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90 (90) 日小循誌 13(1),1997

が2例報告しているが,三尖弁逆流に対する手術も同時に行っており,手術侵襲が大きいためか生存していな

い.三尖弁逆流に対するHardy手術をはじめとする弁形成術は,新生児期の全身状態の不安定さに加えて,弁

組織自体も薄く手技的にかなりの困難である.年長児の弁形成術の成績がある程度安定していることを考える

と,なるべく姑息手術にて新生児・乳児期を乗り切るべきであろう.

 これに対してStarnes’4>らは最初からuniventricular repairを前提にした術式を報告し,新生児5例全例を

救命している.この術式は肺血流の確保・心拡大の軽減・三尖弁逆流の消失を目的とし,さらなる根治手術や

心臓移植の橋渡しを行うものと述べている.本邦でも3例の報告12)’5)16)があるが,いずれも死亡しており,柿

澤論文3)が最初の成功例の報告と思われる.この方法は肺動脈閉鎖を伴う単心室症に変換する手術であり,術後

の血行動態の上ではNorwood手術と同様に肺血流量の調節と心機能の温存が重要な課題となる.柿澤論文3}

では術式の詳細な記述はないが,Starnesら’3)は体肺動脈短絡術として上行大動脈から主肺動脈へのcentral

shuntを採用している. Norwood手術で経験された様に,術後肺血管抵抗が下降する時期に, high flowとな

ることが予想され,右鎖骨下動脈から右肺動脈へのBlalock-Taussig手術の方が肺血流量の調節が容易と考え

られる.心機能に関しては,系統心室が左室である点,左心低形成症候群よりは有利であると思われるが,年

長児での報告ではあるが左室機能の低下も報告1ηされており,過剰な肺血流には耐えられない可能性は十分に

ある.univentricular repairを前提とした手術術式であり,年長例ではbiventricular repairの成績も安定し

比較的予後の良い疾患となるため,前述のように内科的治療を適切に選択した上で行うべき術式である.

                       文  献1)白石裕比湖,保科 優,五十嵐浩,菊池 豊,本間洋子:双胎の一方における胎児水腫を伴ったEbstein奇形.日小

  循誌 1995;11:107

2)山田美保,田中高志,柿沢秀行,村田祐司:新生児期に発症したEbstein奇形の1例.日小循誌 /992;8:354

3)柿澤秀行,大野忠行,小澤 晃,田中高志,近江三喜男:胎児期から観察しStarnes手術を施行したエプスタイン奇

  形.日小循誌 1997;13:85884)Ivy D, Loehr J, Schaffer M: Usefulness of Prolonged Prostaglandin Infusion in Neonates with Ebstein’s

  anomaly、 Am J Cardiol 1993;72:1327・1329

5)Plowden JS, Kimball TR, Bensky A, Savani R, Flake AW, Warner BW, von Allmen D, Ryckman FC:The

  use of extracorporeal membrane oxygenation in critically ill neonates with Ebstein’s anomaly Am Heatr J

  1991;121:619-622

6)鈴木 浩,中里 満,佐藤 哲,小松陽樹,早坂 清:イソプロテレノールが有効であった新生児Ebstein奇形の1

  例.日小循誌 1996;12:453

7)Daniels(m GK, Driscoll DJ, Mair DD, Warnes CA、01iver WC:Operative treatlnelユt of Ebstein’s anomaly J

  Thorac Cardiovasc Surg 1992;104:1195-1202

8)坂本貴彦,石原和明,今井康晴,星野修一,澤渡和男,瀬尾和宏,竹内敬昌,寺田正次,三隅寛恭,青木 満:Ebstein

  奇形の外科治療.日小循誌 1993;9:142

9)西垣恭一,八木原俊克,山本文雄,松木 修,⊥村秀樹,川島康生:Ebstein奇形に対する手術適応と術式の選択に

  ついて.日小循誌 1993;9:14310)Stellin G, Santini F, Thiene G, Bortolotti U, Daliento L, Milanesi O, Sorbara C, Mazzucco A, Casarotto D:

  Pulmonary atresis, intact ventricular septum, and Ebstein anomaIy of the tricuspid valve Anatolnic and

  surgical considerations. J Thorac Cardiovasc Surg l993;106:255 261

11)豊原啓子,馬渡英夫,馬場 清,田中睦男,神崎義雄:生直後より高度の心拡大を認めたエプスタイン奇形9例の検

  討.日小循誌 1994;10:380385

12)太田 明,秋田裕司,古川正強:新生児Ebstein奇形の5例 1993;56:1457146213)平山建二,鈴木啓之,上村 茂,小池通夫,根来博之:Balloon valvuloplastyが有効であったEbstein奇形兼肺動

  脈狭窄症の]乳児例.日小循誌 1993;9:347-34814)Starnes VA, Pitlick PT, Bernstein D, GriMn ML, Choy M, Shumway NE:Ebstein’s anomaly appearing in the

  neonate:anew surgical approach. J Thorac Cardiovasc Surg 1991;101:1082 1087

15)福中道男,木戸正訓,熊本隆之,大谷 肇,田中一徳,今村洋二:肺動脈閉鎖,三尖弁異形成を伴った新生児Ebstein

  奇形に対するTricuspid closure斗Central shunt(Starnes手術)の経験.日小循誌 1992;8:163

16)田中高志,菅 隆昭,山田美保,大内秀雄,柿澤秀行,村田祐二,羽根田 潔:高度心拡大を伴った新生児重症エプ

  スタイン奇形の3例.口小循誌 1994;10:375-37917)Hurwitz RA:Left Ventricular Function ill Infants and Children with Symptomatic El〕steilゴs Anolnaly. Aln

  JCardiol 1994;73:716 718

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