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東邦大学複合物性研究センター 2012 年度報告書
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光機能性研究グル-プ
光異性化配位子を用いた光応答性金属錯体の構築
加知千裕
1.研究目的
金属錯体には抗がん作用を示すものがあり,その最もよく知られた例として Pt 錯体であ
るシスプラチンがある.この抗がん作用は,DNA の核酸塩基のグアニンがシスプラチンと
結合し,DNA 複製を阻害するしくみである.しかし,この作用はがん細胞だけでなく正常
細胞にも作用するため,激しい副作用が問題となっている.副作用を低減するためには,
標的部位でのみ,つまり必要な場所とタイミングでその効果を発揮できる薬剤開発が望ま
れる.そこで本研究では,光照射による錯体-DNA 結合の ON/OFF制御を目指し,光応答
性金属錯体を開発する.その方法としては,錯体の配位子に光応答部位(光異性化部位)
を持たせ,光照射によって構造が変化する性質を利用する.光応答性金属錯体の合成と物
性評価を行う.
2.2012年度の研究計画
2012年度は以下の項目について検討を行った.
1) アゾ部位を持つ配位子とその金属錯体の合成と化合物同定.
2) 配位子および中心金属が異なる金属錯体の光異性化挙動.
3.2012年度の研究成果
1) アゾ部位を持つ配位子とその金属錯体の合成と化合物同定
本研究では,光異性化によって配位圏が変化することによって DNA への相互作用を制御
できる錯体の構築を目指した.そこで,光異性化部位としてアゾ部位を有し,嵩高いビフ
ェニル基を用いた配位子 2-(o-biphenylazo)pyridine (bpap) の設計と合成を行った.この配位
子を用いて Pt, Cu, Ni, Zn錯体の合成を行い,それぞれ結晶構造を明らかにした.(図 1)
図 1. Pt, Cu, Ni, Zn錯体の ORTEP 図
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Pt 錯体は,合成方法の違いによって[Pt(bpap–)Cl](1)と[Pt(bpap)Cl2](2)が得られることが明ら
かになった.Pt錯体はどちらも配位子 bpapが 1つ配位し,空いたサイトにカウンターイオ
ンの Cl–が配位した構造である.アセトニトリル―水の混合溶媒の還流によって得られる Pt
錯体1は,ビフェニルのプロトンがとれてビフェニルカルボアニオンが配位する,オルト
メタレーションの構造が見られた.一方,溶液を加熱しないことで得られる Pt 錯体 2 は,
オルトメタレーションがなく,ピリジン部位とアゾ部位がキレートした構造であった.
また,Pt 錯体 2のアセトニトリル溶液に少量の水を加えると,錯体は徐々に Pt 錯体 1に
構造変化することを,1H-NMR で追跡して明らかにした.また,水が存在しない場合,加熱
による影響を調べたところ,加熱のみでは錯体 2→1への変化が見られなかったことから,
水の存在が必要であることがわかった.
Cu錯体 3は,Pt錯体 2と同様に,配位子 bpapがピリジン部位とアゾ部位でキレート配位
した構造で Cl–が 2 つ配位した平面 4 配位構造であった.Ni 錯体 4 は,配位子 bpap が 2 分
子配位し,Cl–が 2つ配位した八面体 6 配位構造をとる.一方,Zn 錯体 5 は,2 つの配位子
bpapのピリジン部位のみが配位し,Cl–が 2つ配位した 4面体構造をとることが明らかにな
った.
2) 配位子および中心金属が異なる金属錯体の光異性化挙動
UV-Visスペクトル
配位子 bpap について光異性化挙動を調べ
た.365 nmの光を照射したときの時間経過ご
とに配位子 bpapのUV–Visスペクトルを測定
した.照射時間の増加に伴い,321 nmの π–π*
遷移由来のピークの減少し,449 nm の n–π*
遷移由来のピークの増大が見られた.これは
配位子 bpapの trans体から cis体への異性化と
考えられる.365 nmの光照射によって異性化
させ,光定常状態となった試料に,430 nmの
光を照射すると,スペクトルは可逆的に変化
した.従って,配位子 bpapは可逆的な光異性
化挙動を示すことがわかった.
Pt錯体1は,310 nmの光照射によって光異
性化は見られなかった.(図 3)Pt錯体 2につ
いても,365 nmの光照射を行ったが,光異性
化は見られなかった.オルトメタレーション
のあるなしに関わらず,Pt錯体1, 2どちらも
光異性化挙動を示さなかったことから,配位
子と Pt2+イオンの相互作用によってアゾ部位
あるいは配位子全体の電子状態が大きく変化
している可能性がある.
図 2. 配位子 bpapの 430 nm光照射
による UV-Visスペクトル変化
図 3. Pt錯体 1の 310 nm光照射
による UV-Visスペクトル変化
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Cu錯体 3は,365 nmの照射時間の増加に伴
い,324 nmの π–π*遷移由来のピークが減少し,
430 nmの n–π*遷移由来のピークの増大が見ら
れた(図 4).これは Cu錯体 3の配位子が trans
体から cis 体へと光異性化したことによるも
のと考えられる.450 nm照射時間の増加に伴
い,323 nm の π–π*遷移由来のピークの増加,
および450 nmのn–π*遷移由来のピークの減少
が見られ,これは Cu 錯体 3 の配位子が cis体
から trans体へと異性化したと考えられる.以
上の通り,Cu錯体 3で可逆的な光異性化が明
らかになった.
Ni錯体 4は,365 nmの光照射時間の増加に
伴い,323 nmの π–π*遷移由来のピークが減少
し,430 nmの n–π*遷移由来のピークが増大し
た(図 5).これは Ni 錯体 4 の配位子が trans
体から cis 体へと異性化したことによるもの
と考えられる.同様に 430 nmの光照射時間の
増加に伴い,323 nmの π–π*遷移由来のピーク
の増加と430 nmのn–π*遷移由来のピークの減
少が見られた.これは,Ni 錯体 4 の配位子が
cis 体から trans 体へと光異性化したことによ
るものであり,可逆的な光異性化が明らかに
なった.
Zn錯体 5は,365 nmの光照射時間の増加に
伴い,321 nmの π–π*遷移由来のピークが減少
し,430 nmの n–π*遷移由来のピークが増大し
た(図 6).これは Zn 錯体 5 の配位子が trans
体から cis 体へと異性化したことによるもの
と考えられる.また,440 nmの光照射時間の
増加に伴い,321 nmの π–π*遷移由来のピーク
の増加と440 nmのn–π*遷移由来のピークの減
少が見られた.これは,Ni 錯体 4 の配位子が
cis体から trans体へと光異性化したことによるものであり,可逆的な光異性化が明らかにな
った.
NMRスペクトル
配位子 bpapについては,1H NMR および 13
C NMRを用いて,370 nmの光照射前後のスペ
クトルを帰属することによって trans 体と cis 体の構造変化を明らかにした.また,光定常
図 4. Cu錯体 3の 365 nm光照射
による UV-Visスペクトル変化
図 5. Ni錯体 4の 365 nm光照射
による UV-Visスペクトル変化
図 6. Zn 錯体 5の 365 nm光照射
による UV-Visスペクトル変化
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状態となった時の異性化率は 75 %であった.配位子 bpap の cis 体から trans 体への変化を
430 nmの光を照射して調べたところ,光定常状態での異性化率は 90 %であった.一方,cis
体の光定常状態となったサンプルを,室温暗所下に 18 h 静置したときの異性化率は,19 %
であった.
Pt錯体1, 2 について,1H NMR および 13
C NMR を用いてピークの帰属を行った.このピ
ークの違いに注目して,上述の Pt錯体 2から1への変化を明らかにした(図 7).Pt錯体1,
2 はどちらも光異性化が UV-Visスペクトルで観測されなかったが,NMR スペクトルにおい
ても光照射前後で変化が見られなかったため,光異性化していないと考えられる.
Cu錯体 3は,365 nmの光照射前後のスペクトル変化を図 8に示す.(a: trans体由来の配
位子 bpapのスペクトル,b: Cu錯体 3 光照射前,c: Cu錯体 3に 365 nmの光を 40分照射)
Cu 錯体 3 は常磁性錯体であるため,得られたスペクトルは幅広くシフトしており,帰属で
きていない.光照射によるスペクトル変化がなかった.UV-Vis スペクトルでは光照射の時
間経過ごとに可逆的な変化が見られたが,NMR では常磁性シフトのためピークの変化が観
測できなかった.
Ni錯体 4についても光照射前後の NMR スペクトルの変化を調べた(図 9).Ni錯体 4に
370 nmの光を照射したところ,9 – 6 ppmの範囲で配位子の cis体由来のピークが出現した.
この結果から Ni錯体 4は光照射によって,構造変化が生じることがわかった.構造変化の
は 2つの可能性が考えられる. ①配位子 bpapが解離したことによってそのピークが出現し
6.57.07.58.08.59.09.5 ppm
図 7. Pt錯体 2への D2O 添加によるピーク変化
a : D2O添加前
b : D2O添加 1週間後
f : Pt錯体 1
c : D2O添加 2週間後
d : D2O添加 3週間後
e : D2O添加 4週間後
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た可能性.②常磁性であった Ni錯体 4が光異性化に伴いアゾ部位もしくはピリジン部位で
の配位が外れ,平面四配位構造に変化したことによって反磁性錯体へと変化した可能性が
ある.また,この変化は,可逆的であることを,cis体から trans体への異性化によるスペク
トルを検討することによって明らかにした(図 10).
19 18 17 16 15 14 13 12 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 ppm
図 8. Cu錯体 3の 370 nmの光照射によるピーク変化
19 18 17 16 15 14 13 12 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 ppm
図 9. Ni錯体 4の 370 nmの光照射によるピーク変化
a : 配位子 trans–bpap
b : Cu錯体 3光照射前
c : Cu錯体 3に 370 nmの光を 0.5時間照射
a : 配位子 trans–bpap
b : Ni錯体 4 光照射前
c : Ni錯体 4に 370 nmの光を 0.5時間照射
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Zn錯体 5について,光照射前後の trans体,cis体両方の NMR ピークを帰属し,NMRス
ペクトルの変化を調べた.
CSI-MSスペクトル
Cu 錯体 3 と Ni 錯体 4 において,光照射によって配位子 bpapが解離した可能性があるた
め,CSI–MS スペクトルの測定を行った.
Cu錯体 3について,光照射前の主要ピークであるm/z = 581は[Cu(bpap)2]+と帰属できる.
Cu錯体 3は,溶液中で bpapが 2分子配位していることが考えられる.同様に m/z = 363, 322
のピークはそれぞれ[Cu(bpap)(CH3CN)]+, [Cu(bpap)]
+の化学種も存在することが示唆された.
次に,Cu錯体 3 の溶液に 15 分間 365 nmの光を照射したときの CSI MS スペクトルには,
大きな変化は見られなかった.また,配位子由来のピーク m/z = 259 が出現しなかったこと
から,配位子 bpapの解離は生じていないと考えられる.
Ni錯体 4について,光照射前の主要ピークである m/z = 611 のピークは[Ni(bpap)2Cl]+と帰
属できる.溶液中で bpapが 2分子と Cl–イオンが 1つ配位していることが考えられる.同様
に m/z = 1000, 393, 352のピークから,[Ni2(bpap)3Cl3]+, [Ni(bpap)(CH3CN)Cl]
+, [Ni(bpap)Cl]
+の
化学種も存在することが示唆された.Ni 錯体 4 についても,15 分間 365 nm の光を照射し
6.57.07.58.08.59.09.5 ppm
図 10. Ni錯体 4の cis体から trans体へのスペクトル変化
a : 光照射前
b : 370 nmの光を 40分照射
c: 430 nmの光を 20分照射
d : 室温暗所下で 18 時間静置
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たときの CSI MS スペクトルに大きな変化は見られなかった.また,配位子由来のピーク
m/z = 259 が出現しなかったことから,配位子 bpapの解離は生じていないと考えられる.
以上のように,光異性化で可逆的に構造変化する金属錯体の合成に成功した.また光異
性化によって,配位子の解離が生じないことを明らかにした.光照射によって配位構造が
変化する比較的安定な錯体であるといえる.今後これらの錯体を用いて,DNA との結合や
切断能を光によってスイッチングする方法を開拓する.
4.成果公表リスト
学会発表,シンポジウム講演
1) 武藤直也・加知千裕
アゾベンゼン誘導体を配位子として持つ遷移金属錯体の光異性化挙動
2012年光化学討論会 東京(2012.09)
2) 武藤直也・加知千裕
アゾベンゼン系配位子を用いた遷移金属錯体の合成とその光異性化挙動
錯体化学会第 61回討論会 富山(2012.09)
3) Chihiro Kachi-Terajima, Naoya Mutoh
Photoisomerizationof Transition-metal Complexes with Azobenzene Ligand. IUPAC
Symposium on Photochemistry (july 2012, Coimbra, Portugal)