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写真のページ緊急避難訓練の後,おしょろ丸でサバイバルスーツ試着体験をする.冬季の緊急避難時に体温保持のための必需品である.ただし,非常に着用し難いのと,着用するとごわごわして非常に動きづらい.

海洋観測実習の様子.観測ワイヤーの角度と長さから,観測機材の水深を推定する方法の説明を受けている.

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北海道大学サステイナビリティ学教育研究センター(CENSUS)では,2009年度からアジア・アフリカ科学技術協力事業・戦略的環境リーダー育成拠点形成事業を展開している.この事業では,サステイナビリティ学連携研究機構(IR3S)のもと北海道大学サステイナビリティ・ガバナンス・プロジェクト(SGP)で企画され2007年度から北海道大学大学院の全ての大学院生に開かれた形で開講してきた北海道大学大学院連携サステイナビリティ学教育プログラム(HUIGS)に,環境リーダーとして必要な資質を育成するための実践力養成研修講座群を追加して新たなコースの提供を開始した.この新しいコースでは,フィールドでの集中研修が最も重要なものと考えている.フィールド集中研修では,国籍,言語,習慣,性別,専門が異なる学生が,あるテーマのもとに共に学び,考え,そして解決策を考えるプロセスを実体験することで,非常に多様な価値観のせめぎあいの中で一定のコンセンサスを得る努力をする大切さと充実感を体得させる目的がある.今年度(2010年)は 11月 17日から 27日の 10日間の日程で,北海道の水産資源とエネルギーの観点からの持続的地域づくりという課題に取り組むプログラムを実施した.今回の参加研修生は9名であった.国籍はギアナ,中国,台湾,インドネシア,ザンビアそして日本の6カ国で,性別構成では男性6名,女性3名であった.プログラムは札幌の初日を除いてはバスで移動して各地を訪問しながら行われた.研修期間中には12コマの講義が行われた.講義の内容は,(1)サステイナビリティの基礎,(2)水産業の概論,(3)水産業と倫理,(4)エネルギーの質と量(EPR),(5)北海道のエネルギーの概観,(6)森林保全の政治生態学,(7)開発途上国の地域資源活用,(8)海洋の物質循環と生物生産,(9)産業連関表を利用しての漁村活性政策と食育,(10)昆布(とくにガゴメ)の持続的利用,(11)衛星情報システムと持続的漁業,(12)イカと浮遊生物の生態学,であった.

田中教幸 たなか のりゆき 北海道大学サステイナビリティ学教育研究センター教授 (地球化学・サステイナビリティ教育)

サステナ人材育成 フィールド研修から

人生最初のイカ釣り体験.彼女が実習中最後の1パイを釣り上げた.

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航海を終えて下船後,おしょろ丸を背に撮影(室蘭港).航海中船酔いで苦しんだ研修生も直ぐに回復し,元気を取りもどした.

(株)ドーケン社長によるホタテガイ貝殻利用の漁礁の説明.社長の巧みな説明に多くのものを楽しく学ぶことができて皆大満足であった.

喜茂別町でのそば打ち体験.この後,自分で打ったそばを試食,堪能した.

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訪問先は9か所であり,(1)さけます内水面水産試験場見学,(2)(株)ドーケンでの水産廃棄物リサイクル事業視察,(3)伊達市役所訪問と木質ペレット製造工場見学,(4)伊達市上長和地区の木質チップボイラー利用温室農家視察,(5)洞爺湖ビジターセンター視察,(6)喜茂別町双葉地区住民とのそば打ち体験,(7)函館市臼尻(株)野村水産の大坊網と水産加工場見学,(8)北海道電力森地熱発電所見学,(9)大船縄文遺跡見学,を行った.最後に北海道大学練習船「おしょろ丸」を利用して海洋研修も行った.おしょろ丸では,ロープワーク実習,操舵室と機関室の見学,海洋観測実習,衛星情報システムによる魚群探査システム視察,イカ釣り実体験を行った.イカ釣りでは参加者全員が釣果をあげ,大いに盛り上がった.釣ったイカをその場でイカそうめんにして試食した.その美味しさに海外の研修生も大満足であった.以上のスケジュールの消化の後,北海道の漁業地域の持続性を向上するための企画づくりを2班に分かれて終日行い,翌日,各班で練り上げた企画案の発表をしてプログラムを終えた.プログラムの内容については,おおむね満足から大満足という評価を参加研修生から得られたが,スケジュールの密度の調整にやや難があったこと,グループへの課題の提示のタイミングが早すぎて十分に情報がないままでのグループワークでは,時間が有効に利用できなかったこと,訪問先での英語コミュニケーションの充実がもっと必要であったこと,安全確保,実施時期等での改善の余地がある等の反省点が浮き彫りとなった.今後,さらに協力者等からも要望や改善点を聞きプログラムの改善を図りたいと考えている.多くの課題が残るが,プログラムに参加した研修生の強いコミットメントと旺盛な好奇心や探究心は期待された以上のものをもたらしたのも事実であり,研修生と教員が一体となってプログラムのより良い成果を求めて努力する雰囲気が次第に出てくることが大変に良い成果であり,今後の改善に向けての原動力となると確信をしている.今後は他の大学からもプログラムの一部(または全部)への参加を募りたいと考えている.関心のある方は,是非,本センターに照会されたい.

伊達市の木質チップボイラー利用温室での野菜農家見学.コストの面や,季節に左右されない栽培期間が可能になることによる出荷時期調整による価格安定を学習した.

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巻頭エッセイ

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大学は、高度な専門性にその存在価値があ

ることは言うまでもありませんが、近年人類

が直面している多くの課題には、特定の専門

分野だけでは解決できない複雑な問題が含ま

れています。

これまでも、私たちは、ある専門分野の視

点で良かれと思ったことが、自然や社会にお

もわぬ悪影響を及ぼすことを幾度も見てきま

した。PCBはかつて夢の新材料でした。狭

い専門性だけに頼ることの危険性を知らなけ

ればなりません。

科学や技術が高度になればなるほど、専門

家であると同時に高い倫理観とその研究や技

術が及ぼす影響について洞察力のある人材が

必要になります。いま必要なのは、サステイ

ナビリティという基盤にたって物事を考える

ことのできる専門家(Expertise on Sustain-

ability

)を育成することだと思います。

また、持続可能な社会を実現するためには、

具体的な問題の解決を見据えた研究が欠かせ

ませんし、目先の利益を越えて、先見性のあ

る視点から問題解決に迫ることのできる人材

の育成が不可欠です。

このことは、基礎研究を軽視するものでは

ありません。いかなる対策も応用も基礎研究

の基盤があって初めて可能になることは多く

の事例が示しています。研究者にとっては、

真理の探究、もっと簡単に言うと、面白いと

思ったからにほかならない研究が、半世紀も

後になって応用面で開花するという例は多々

あります。大学は、このような基礎研究を重

視しなければなりません。

一方、サステイナビリティという視点で見

ると、早急に解決しなければならない問題が

たくさんあるという現実があります。大学で

なければできない解決策に迫る、それが今日

求められている「実学」だと思うのです。具

体的な課題に対して、先見性のある解決策

(Problem-Solving Perspective

)を提示する

ことが今ほど必要な時代はないと思いますし、

そういう能力を備えた人材を輩出することが、

二一世紀の大学に課せられた使命ではないか

と思います。

サステイナビリティと実学本堂武夫ほんどう たけお北海道大学理事・副学長(応用物性学)

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蔵田 

北海道大学は、二〇〇六年にサ

ステイナビリティ・ガバナンス・プロ

ジェクト(SGP)を立ち上げて以降、

サステイナビリティに関わるさまざま

な取り組みを進めてきました。SGP

が四年間の活動を終えてからも、その

取り組みは多方面にわたって継続して

います。今日は、そういった教育・研

究の実践を振り返りつつ、そこに含ま

れる問題点や今後の課題について議論

したいと思っています。

 

まず、本日の出席者のみなさんの自

己紹介を兼ねて、みなさんのサステイ

ナビリティ教育・研究との関わりをお

話ししていただけますか。

座談会 特集サス

テイナビリティ教育の実践

かたちにする

杉本敦子すぎもと あつこ北海道大学大学院地球環境科学研究院教授(環境動態解析)

蔵田伸雄くらた のぶお北海道大学大学院文学研究科教授(倫理学)

司会

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サステイナビリティ教育・研究の

持続性を目指す

田中 

北海道大学サステイナビリティ

教育研究センターに所属し、教育プロ

グラムを担当しています。専門は同位

体の地球科学ですが、ここ五〜六年は

休業状態です(笑)。北大には一九九

五年から二〇〇二年に一度お世話にな

り、その後アラスカ大学に赴任したと

きにユニークな教育のあり方をみまし

た。アラスカ大学ではいろいろ研究所

がそれぞれ主体的に活動しているので

すが、教育については研究所の壁を超

えたプログラムをつくり、学生が幅広

い知識を得ながら、自分の専門を深め

られるようになっていました。北大で

もそのような教育が必要ではないかと

思っていたところに、SGPが始まっ

て、最初からサステイナビリティをや

りなさいといわれて採用された、たぶ

ん唯一の教員になりました。教育を通

して世の中の持続性を高めることに貢

高橋英紀たかはし ひでのりNPO法人北海道カリマンタン 交流協会副理事長(生物気象・水文学)

田中教幸たなか のりゆき北海道大学サステイナビリティ学 教育研究センター教授(地球化学・サステイナビリティ教育)

座談会

瀬名波栄潤せなは えいじゅん北海道大学大学院文学研究科 准教授(英米文学・持続発展教育研究)

サステイナビリティ を みえる 北海道大学の挑戦

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献するとともに、外部資金を調達して

うちのセンターの持続性も高めようと

頑張っているところです。

高橋 

北大農学部を出てから北大の研

究者として過ごし、七年前に地球環境

科学研究科で定年を迎えました。現在

は、二〇〇六年に設立したNPO法人

北海道カリマンタン交流会の副理事長

と、二〇〇八年から始まったJST/

JICA連携プロジェクト「インドネ

シアの泥炭・森林における火災と炭素

管理」の事務局長をしています。地球

環境科学研究科にいたころ、生物と気

象の関係を砂漠や湿原などで幅広く研

究し、イギリスの研究者と付き合うう

ちに、一九九三年からインドネシアの

カリマンタン(ボルネオ)で、地元の

研究者も加わった三人での共同研究を

進めました。その後、一九九七年から

二〇〇六年までの一〇年間、拠点大学

交流事業で一三〇人ぐらい研究者とと

もにインドネシアの泥炭を研究しまし

た。そのプロジェクトが終わってから

も、研究者が拡散しないようにとカリ

マンタン協会をつくったのです。

瀬名波 

文学研究科の西洋文学講座に

いて、専門は英米文学、おもにジェン

ダー論やセクシャリティ研究をしてい

ます。サステイナビリティに関連して

は、全学的な観点からの仕事に関わっ

ていて、二〇〇八年に創設された

ProSPER.Net

というコンソーシアム

の理事会議長をしています。これは、

太平洋・アジア地域の大学が、大学院

の研究・教育のカリキュラムに、サス

テイナブル・ディベロップメント(持

続可能な発展、SD)を組み込むこと

を推進する組織です。そのなかの一つ

のプロジェクトであるAUAのリーダ

ーもしています。

杉本 

地球環境科学研究科が改組され

てできた環境科学院/地球環境科学研

究院に所属しています。高橋さんとは

入れ替わりぐらいで北大にきて、同位

体の分析を手法として、生態系のなか

の物質の流れや水循環などを研究して

きました。現在は、東シベリアの永久

凍土帯で、温暖化によって水循環や炭

素収支がどのように変わるのかを研究

しています(図1)。同位体を使った

研究なので実験室での仕事もしていま

すが、フィールドを重要視し、どちら

かというとフィールドワーカーですと

答えています。また、環境科学院と農

学院でグローバルCOEプログラム

「統合フィールド環境科学の教育研究

拠点形成」として海外観測留学生推進

室というものをつくって、海外からの

留学生を呼び、研究の成果を現地に還

元することも進めつつあります。

蔵田 

文学研究科に所属し、専門は哲

学、倫理学、環境倫理です。もともと

はカントを研究していましたが、それ

だけでは飽き足らず、博士課程を出た

ころから、生命倫理・環境倫理に専門

を移しました。北大には二〇〇一年秋

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に着任して、農学部の先生と遺伝子組

み換え農作物の問題などについて議論

したりしているうちに、大崎満教授か

ら、今度サステイナビリティ学のプロ

ジェクトをやるからお前も入れといわ

れ、SGPに巻き込まれました。サス

テイナビリティという概念は人権や生

命の問題などいろいろなものを包含し

ていますので、SGPに関わってから、

今まで私がバラバラに取り組んできた

ことが一つの流れとしてみえるように

なってきたと感じています。

サステイナビリティ専修学コースから

環境マイスター育成コースまで

蔵田 

では、田中さんから、サステイ

ナビリティ学教育研究センターでの教

育の取り組みを紹介していただけます

か。

田中 

サステイナビリティ学連携研究

機構(IR3S)の資金援助を受け、

北大も含めた五つの大学が連携してサ

ステイナビリティ学教育のプログラム

を立ち上げました。北大では全ての大

学院生を対象とした副専攻科目として、

サステイナビリティ学専修コース(H

UIGSプログラム)をつくりました。

東大では、サステイナビリティ学を専

門とする修士課程・博士課程をつくり

ましたので、北大とは対照的なやり方

です。北大のプログラムでは、サステ

イナビリティ学総論Ⅰ、Ⅱの各二単位

を必修とし、それ以外に各研究科・学

院とサステイナビリティ学教育研究セ

ンターが提供する講義から最低二科目

図1 東シベリアでのフィールドワーク.

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(四単位)を取得すると、修了認定証

が授与されます。その他にもう二単位

を取って合計一〇単位になると、五大

学が連携しているコアコースを修了し

たとしてIR3Sから共同認定書が出

されます。北大では七〜八名がいただ

いています。

 

さらにこれをベースにして、持続社

会構築環境リーダー・マイスター育成

プログラム(StraSS

プログラム)を

構築しつつあります。これは、文科省

が進めている「アジア・アフリカ科学

技術協力の戦略的推進」という事業の

一環として、世界で活躍する環境リー

ダーを育てる「戦略的環境リーダー育

成拠点形成」というのがありまして、

二〇〇九年に北大が応募し採択された

ものです。二〇一〇年四月に一八名の

受講生でスタートしました(図2)。

日本人は二名で、あとは留学生です。

実は希望者全員を受講させている状況

にはなっていません。社会に出て問題

解決するための作法や技術を身に付け

るトレーニングプログラムが中心であ

るために、学生数に制限があるからで

す。プログラムの最後には一〇日から

二週間ぐらいの集中研修コース(EC

OSUSプログラム)を設け、大学の

外に出て実務者の話を聞くなど情報を

集めて報告書をまとめることになって

います。修了すると環境リーダー認定

証が授与されます。

 

さらに、環境リーダーを育てられる

環境マイスターを育成することも計画

図2 持続社会構築環境リーダー・マイスター育成プログラムで学ぶ学生たち.

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しています。環境マイスター育成コー

スでは、三カ月程度の海外研修を行っ

て、環境リーダー育成コースの教育補

佐として環境リーダー育成の実体験を

積み、海外協力大学等の提供する地域

実践育成プログラムを習得すると修了

証が授与されます。

泥炭火災を防ぐために

現地の教育から始める

蔵田 

次に高橋さんから、インドネシ

アの泥炭・森林における火災と炭素管

理のプロジェクトについて説明してい

ただけますか。

高橋 

先ほどご紹介した拠点大学交流

では、インドネシアの研究者とも共同

で熱帯泥炭地を研究し、熱帯泥炭の地

球環境に及ぼす影響の大きさがわかっ

てきました。雨季に冠水するような湿

地林では、倒れた樹木などが分解され

ずに深さ数メートルにわたって泥炭と

して堆積しています。そのような林を

切り開き、深さ三〜四メートルの排水

路を掘って表面を乾燥させ、農地にし

ようとする開発が行われました。しか

し、農業に適する土地にはならず、カ

リマンタンでは少なくとも一五〇万ヘ

クタールが放置されました。乾燥した

泥炭は要するに燃料ですから、火が入

るとたちまち燃え広がります。一回の

乾季に泥炭の火災によって放出される

二酸化炭素は、日本の総排出量の二〜

三倍にもなります。二〇〇九年一二月

にコペンハーゲンで開かれた気候変動

枠組み条約締約国会議(COP15)で、

インドネシアのユドヨノ大統領は、イ

ンドネシアが、中国、アメリカに次い

で世界で三番目に二酸化炭素を多く出

していると認めました。それ以前は一

〇番目以降とされていたのですが、森

林の泥炭火災から出る二酸化炭素を公

式に認めたために順位が上がったので

す。

 

火災をなくして二酸化炭素の放出を

抑えるには、どのようなシステムがあ

ればいいのか。一番大事なのは、地域

の人たちが管理できるシステムをつく

ることです。温室効果ガスの排出量取

引きや、REDD(Reduced Em

is-sions from

Deforestation and forest

Degradation

)で、熱帯泥炭に注目が

集まっています。REDDは、開発途

上国における森林の破壊や劣化がもた

らす温室効果ガスの排出を削減し、そ

の分を排出量取引きに回すシステムで

す。火災の原因は、雑草防除のための

農家の火入れ、泥炭地のなかの池で釣

りをするような人のたばこのポイ捨て

などです(図3)。火災を防ぐ第一は、

泥炭をウェットな状態に戻す水管理で

す。排水路に堰をつくって流れをせき

止め、地下水位を回復させます。木を

植えるのも重要です。第二は、農業シ

ステムのなかで火をコントロールでき

ない状態で使わないこと、たばこのポ

イ捨てをやめることです。それには農

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民に対する教育が重要なのですが、農

村組織がきちんとしていないために難

しいのが現状です。違法に伐採する人

や違法に砂金採取する人なども森に入

ってきます。私たちは、子どものころ

から少しずつ教えていくのが大切だと

考え、小学校教育に紙芝居を導入する

などの実践を行っています(図4)。

次回はクレヨンをもっていき、子ども

たちに絵を描いてもらって、彼らが何

を感じているのかみようと考えていま

す。

サステイナビリティを基本として

新たな大学の評価法をつくる

蔵田 

高橋さんから教育の重要性につ

いてのお話が出ましたが、瀬名波さん

にはAUAプロジェクトについてのご

説明をお願いします。

瀬名波 

話は二〇〇八年の北海道洞爺

湖サミットにさかのぼります。サミッ

トに世界の首脳が集まるのに合わせて、

世界の大学の学長が集まってサステイ

ナビリティなどについて議論しました。

その成果として生まれたのがProS-

PER.Net

です(図5)。現在は二一の

大学が加盟し、日本からは北大の他に、

岩手大学、宮城教育大学、東京大学、

立教大学、法政大学、名古屋大学、信

州大学、岡山大学が参加しています。

ProSPER.Net

では、大学間のネット

ワーク作りに加え、ビジネススクール

にSDを入れたり、貧困問題の地域研

究を推進したりといくつかのプロジェ

クトを行っています。若手研究者を表

図3 タバコのポイ捨てから始まる泥炭火災.膨大な炭酸ガス放出と微細粉じん一酸化炭素などによる深刻な大気汚染の原因となる(2002年 9月,中部カリマンタンにて高橋撮影).

図4 中部カリマンタンの泥炭地帯にある小学校で紙芝居を使った環境教育の状況(2010年 3月,高橋撮影).

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彰する制度もあります。これらの活動

は『ネイチャー』誌でも取り上げられ、

徐々に認知度が高まっています。

 

そのなかでAUA(A

lternative Uni-

versity Appraisal

)プロジェクトは、

新たな大学評価の仕組みをつくろうと

するものです。西洋中心の競争型の評

価ではなく、アジア・太平洋地域にふ

さわしい共生型の、お互いが切磋琢磨

していくための評価を目指しており、

昨年度だけで一〇〇ぐらいの大学や組

織から賛同の声をいただきました。プ

ロジェクトでは三つのステップを考え

ていて、最初に大学が自己評価し、次

にAUAプロジェクトのメンバーでコ

ンサルテーションを行い、その大学の

いい点、困っている点などについて意

見やアイディアを交換します。そして、

そのような情報を共有するESDラー

ニングコミュニティを形成します。

図5 ProSPER.Net の会合.

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問題解決型の教育の実践は 難しい

蔵田 

北大は大学院大学として、研究

を進める専門家を育てることにも重点

を置いています。杉本さん、環境科学

院で、教育上の課題や、困難を感じて

いらっしゃることがあればお話しして

いただけませんか。

杉本 

環境科学院は改組に当たって、

もともとあった四つの専攻を三つにま

とめ、新たに問題解決型の教育をする

環境起学専攻を設けました。私は環境

起学専攻には副担当として加わり、講

義の一部を行っています。問題解決型

の研究であれば、理系の人も文系の人

も共同で一つの問題に取り組むという

ことでイメージとしてわかりやすいの

ですが、教育となると話は別です。環

境起学専攻では、バックグラウンドの

異なる学生が集まってきているという

点では成功していますが、一つの教室

で講義をしていて、数式を書いて普通

にわかる人もいれば何の意味だかわか

らない人もいるという状況で、そのあ

たりからも教育の困難さを感じていま

す。

蔵田 

大学院では、それぞれの専門を

深めなくてはいけません。一方で問題

を解決するためには総合的な視野が必

要になります。その両方を教えるのは

かなり大変だと私も感じています。問

題解決型の教育と口でいうのは簡単で

も、実際は難しいですね。

「虚学」もサステイナビリティに よって「実学」になる

蔵田 

ここにお集まりの皆さんは、も

ともとサステイナビリティとは直接関

係ないことをしていらっしゃったのに、

みなさんサステイナビリティにたどり

着いた。みなさんがサステイナビリテ

ィにたどり着いた過程には、それぞれ

物語があるのではないかと思いますが、

いかがですか。

瀬名波 

私の場合はジェンダー論をや

ってきたのがとても大きいです。社会

環境のなかで、男の生きざま、女の生

きざまがあり、その二つの種類に入ら

ない人々もいます。人の生きにくさと

いったことを研究するうちに、将来の

世代のニーズを満たす能力を損なうこ

となく今日の世代のニーズも満たす開

発というSDの定義がフィットすると

感じるようになりました。また、北大

の国際交流室で委員をしたことから、

グローバルな視点でサステイナビリテ

ィをみる機会も得ました。北大には、

一八七六年に設立された札幌農学校以

来の歴史で培われてきた「フロンティ

ア精神」「国際性の涵養」「全人教育」

「実学の重視」という四大理念があり

ます。実学の重視の北大の教員・研究

者としては「虚学」だけではいけない

ので、文学でもいかに社会に生かして

いけるのか、SDと関連させて興味を

強くもっています。

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蔵田 

文学や哲学は虚学の極北で一番

役に立たない学問です(笑)。それを

どう世の中に生かしていけばいいのか

ということを私も考えてきました。サ

ステイナビリティの問題は、ジェンダ

ーも倫理も関わってきますから、われ

われの研究もそこで生きていくだろう

という実感をもっています。

周囲がみえる専門家を

育てる

田中 

私の場合に、研究生活で社会と

のコネクションを考えるようになった

のはごく最近です。水産学博士をもっ

てはいても、理学的な教育を受け、水

産のスの字も知りませんでした。アメ

リカに渡って同位体を使った研究をし

ていまして、そのころ一番印象に残っ

ているのは、ニューヨーク州の保健局

に勤めていたときにおこったチェルノ

ブイリ原子力発電所の事故です。アメ

リカ軍から、測れるものは全部測って

くれ、使える道具は全部使わせてやる、

予算は問わないと要請がきました。ア

メリカが当時もっていた成層圏を飛ぶ

スパイ機WB57Bを好きなだけ使っ

てもいいというので、これも測れる、

これは論文になると、面白くて仕方な

くて、その下で死んでいる人のことは

恐ろしいことに何も考えませんでした。

後になってから、これではまずいとい

う感覚をもちました。専門にどっぷり

つかるのも大事だけれど、周辺がみら

れる資質を若いうちから身に付けなけ

ればいけないと、自分の反省から考え

るようになりました。それでいま私が

やろうとしているのは、後継者養成型

の大学院教育ではなく、社会人として

役に立つ新しい専門家を育成する教育

システムをつくることです。

蔵田 

大学院レベルだと、学生には学

際的なこともやらせたいけれども、学

生は論文を書かなければならないので、

どうしても専門家教育が必要になって

きます。それだと視野が狭くなってし

まいます。

杉本 

まさしくその通りです。ただ、

全員が学際的になる必要はないと思い

ます。専門を深く掘り下げる人も、学

際的に問題解決型でいく人もいていい

のです。私が身近に育てようとしてい

る学生像は、一応自分の専門はあるけ

れども、それに凝り固まってしまうの

ではなく、他の分野の人とも親しく話

せて、広い視野のもとで自分の研究を

問題解決にどう役立てられるか考えら

れる人です。教え方は一つにする必要

はないと思います。

高橋 

工学とか農学とかいわゆる実学

の人は最初から問題解決型です。理学

出身の方はそういう思考パターンでは

なくてこれまで研究してきました。両

者を混ぜながらやっていかないと、片

肺飛行になるのではないかという気が

します。

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学問の融合は 虫の目から生まれる

瀬名波 

ノーベル平和賞を受賞したム

ハマド・ユヌスさんが北大で名誉博士

号を受けられたときに、「学生に対し

てどのようなことをいいたいですか」

と私が質問しましたら、「私は大学を

出たときには、鳥の目で世の中をみて

いた。社会ではそれでは非常に不十分

で、虫の目でみないといけないと知り、

マイクロ経済学を考えるようになりま

した」と答えていました。サステイナ

ビリティとは、まさしく虫の目で世の

中をみることではないでしょうか。大

学の伝統的な研究分野は一九世紀の途

中ぐらいにできたもので、ある意味で

特権階級を作り上げる手段でした。そ

れはそれで重要ではあっても、たかだ

か二世紀ぐらいの歴史しかない研究分

野だけで、われわれの将来を測ってい

いのか疑問です。特権階級のためでは

ない、より多くの人のための新しい学

問のあり方があるのではないでしょう

か。アメリカでは、医学部の学生は医

学だけでなく同時に英文学も勉強しな

いといけないような、メジャーとマイ

ナーの二つをもつことが行われていま

す。ダブルメジャーというのもありま

す。複合的に学ぶことが相乗効果をも

たらすと考えられているからですが、

日本ではまだまだそういうところは弱

いです。サステイナビリティに関連し

て学際的な取り組みが広まっていくの

は大切なことだと思います。

蔵田 

日本では一時期、「環境」を頭

にかぶせた「環境○○学部」ブームが

ありました。大学の改組をするときに

「環境」を付けて学際的な研究をする

と謳いはしたものの実際にはスタッフ

も寄せ集めで、教育がやりにくいとい

う場面もありました。海外の様子はど

うでしょうか。

瀬名波 

あちこちの大学でサステイナ

ビリティをキーワードにして伝統的な

学問分野を突き破ろうとする動きが出

てきています。カナダのダルハウジー

大学ではサステイナビリティ学部をつ

くり、入学定員の数倍の申し込みがあ

ったそうです。

杉本 

鳥の目で上の方からみて、この

学問とこの学問でくっついて学際的に

やりなさいといっても、それははっき

りいってできません。どこかの地域に

入って何かの問題を虫の目でみたとき

に、学際研究は生まれてくるのであっ

て、文章の上で学問を融合しますと宣

言して、できるとは思えません。

高橋 

その点でフィールドワークが一

番いいのです。一人の専門家だけでは

解決できない問題がそこにあります。

さまざまな専門家の意見を聞くことで、

自然と学際的になります。

杉本 

本で勉強しても学生は忘れてし

まいます。フィールドに入って何かを

しなければいけないとなって本当に身

につく勉強をします。

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途上国で本当に必要なのは 何か

高橋 

先ほどから申し上げている拠点

大学交流事業が始まった年に、インド

ネシアを中心に大火災がおきましたが、

一〇年あればこの問題は解決できると

私は思いました。ところがまだ全く解

決していません。解決するためには現

実を動かさなければなりません。一般

の人をも巻き込んだ実践が必要で、わ

れわれは民間レベルでの環境教育を自

分たちで立ち上げました。大学での教

育のシステムをつくるのも大切ですが、

問題解決のためには、別の行き方でや

っていく必要があることも頭のなかに

入れておいてほしいです。

瀬名波 

日本のような先進国にいると、

次の世代がより安全であるように今を

開発しようという考え方は理想的であ

ると思えるのですが、発展途上国では、

今をどうにかしないと明日は死んでい

るかもしれないという非常に厳しい現

実的課題なんです。学問分野の領域を

どうするとかの議論をしているより、

早急に問題に立ち向かわないといけな

いのです。

田中 

インドネシアとかアフリカにい

くとあちらの方が学際的で、先進諸国

の伝統的な大学の方が非常にセクト的

で閉塞状況に陥っています。発展途上

国での問題は学問の融合ではなく、き

ちんとした人材を育てられるまでに教

育のレベルが高くなっていないことで

す。われわれの価値観を押し付けたの

では、建設的なことは何もできません。

高橋 

カリマンタンでは環境教育のシ

ステムがほとんどありませんし、でき

る人がいません。われわれが自分たち

で入っていくしかないのが現実です。

瀬名波 

AUAプロジェクトは途上国

の大学で歓迎されています。途上国の

大学は、より生活に密着した形で社会

に貢献すべきだと考えているのにもか

かわらず、先進国が作り上げた大学評

価システムではその点が評価されませ

ん。それをAUAプロジェクトがして

くれると期待されているのです。

ジェンダーにも目を配った

サステイナビリティを

蔵田 

杉本さん、瀬名波さん、研究者

をめざす女子学生が少ないような気が

するのですが、いかがでしょうか。

杉本 

それはどうでしょうか。私の研

究室では結構ハードなフィールドワー

クを海外で行っていて、学生が一人で

でかけていくのはとても勇気のいるこ

とですが、男性よりも女性の方がたく

ましいかもしれません。

瀬名波 

学生レベルにおいては、女性

のやる気は随分と出てきています。し

かし、アカデミックの世界の構造が女

性に対してオープンかというと、ガラ

スの天井がやはりあると思います。北

大の助手・准教授・教授の女性の割合

をみてもそれはわかります。

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杉本 

助教のレベルでは、女性がきち

んとパーマネントのポストに就けてい

るように思います。これからも順調に

いけば、時間はかかるでしょうけれど、

将来は明るいと思っています。

瀬名波 

女性が結婚し子どもが生まれ

て、産休とか育児休暇が当然のように

二年ぐらいは取れて、男性の方も普通

に育児休暇が取れるようになっていか

ないと……。

杉本 

子育ての問題は女性の問題では

なく、両性の問題です。

瀬名波 

環境を一つのキーワードとし

て、サステイナビリティやサステイナ

ビリティ教育(ESD)が広がってき

たのは確かではあっても、環境だけで

はなくて、女性を伸ばしていくような

こともサステイナビリティの問題に含

めて考えなければいけません。大学が

そのような面でどのような取り組みを

しているのか、AUAプロジェクトで

は評価の対象として考えています。

田中 

大学は社会に率先してそのよう

なことをやるべきです。

瀬名波 

そうですね。北海道大学では

二〇一〇年一一月にサステイナブルキ

ャンパス推進本部が設置され、SDの

縮図として大学自体をサステイナブル

にしていくための責任ある取り組みを

進めようとしています。

サステイナビリティを

可視化する

蔵田 

最後に、北大のサステイナビリ

ティ教育のポテンシャルについて、忌

憚のないご意見を皆さんからいただい

てまとめとしたいと思います。

田中 

本当に率直な話をすればいいの

ですね(笑)。北大のポテンシャルは

高いと思います。しかし残念ながら、

組織化されていない百花繚乱の状況で、

いろいろなものを立ち上げすぎていま

す。たぶん学生が一番迷惑しているの

ではないでしょうか。大学の本部がリ

ーダーシップを発揮していかないと、

個々の教員が消耗し、そのうち長続き

しなくなってサステイナブルでなくな

ります。たくさんやっているからいい

というものではなく、ありすぎるのは

ないよりも実は悪いのです。

瀬名波 

実はサステイナビリティに何

かしら関連することをみんなはやって

いるのです。ただ、サステイナビリテ

ィを意識していないところがあります

ので、サステイナビリティという言葉

を可視化し広げていくのが大切だと思

います。たとえば北大の理念とサステ

イナビリティを組み込む仕組みをつく

ればよいのです。講義の概要のところ

にサステイナビリティに関する文言を

書き入れるよう指示するだけでも、教

員の意識も学生の意識も、世界に対す

る目線も変わるはずです。ポテンシャ

ルが高いといっても、きちんとそれが

みえるシステムにしていかないと、せ

っかくのものも腐ってしまう気がしま

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す。

杉本 「サステイナビリティって、何

それ?」というような学生をとにかく

なくすことです。

田中 

一つの単純な思いとしては、ま

わりがみえない専門家を育ててはいけ

ないというのがあります。学生に働き

かけるには早ければ早いほどいい。

杉本 

グローバルCOEで私がもって

いる授業のコンセプトは、自分の専門

のことを分野の違うほかの人に教えら

れ、自分の専門でない他の分野のこと

を他の人から学べるようにするという

ことで、学生同士の交流を重視してい

ます。自分の研究室の同じ専門の人と

しか話をしたことがない人と、いろい

ろな分野の人と話をしてきている人と

では、伝えられる幅が全然違います。

蔵田 

研究者にとってコミュニケーシ

ョン能力が大事だといわれているわけ

ですが、その育成もAUAで評価し、

コンサルテーションに反映させていけ

たらよいと思います。

サステイナビリティは

変革だ

高橋 

教育システムをつくり、それが

つくった人の手を離れても自律的に動

いていくようになれば、答えが出せた

と考えていいのでしょうか。

田中 

そんなことないです。たぶんみ

なさんの共通の認識として、実際に社

会を変えることに結び付けていくとい

うことがあると思います。教育のシス

テムを変えたからといってすぐに社会

に効果が出るものではありません。三

〇年も四〇年もかかるかもしれません。

すぐには成果が出ないからやっても仕

方がないという議論にはならないと思

います。ここで変えようとしなければ

変わらないので、それはやっていくべ

きです。

瀬名波 

サステイナビリティって何だ

ろうかと考えて、私は新陳代謝のこと

なのではないかと思っています。一本

線を引くように進化するのではなく、

いろいろなものに発展していける。何

かの物事にぶつかっても、それを栄養

として成長していける。一つの細胞が

死んだからといって全体がつぶれるの

ではなく、細胞を補いながらまた成長

していく。それがサステイナビリティ

のイメージです。だから新陳代謝だと

思うのです。

田中 

サステイナビリティは変革です。

維持するのではなく、変わらなければ

いけません。

蔵田 「サステイナビリティは変革

だ」というのは言葉としては逆説的で

すが、まさにそのとおりですね。変革

を合い言葉にサステイナビリティ教育

を進めていきたいと思います。本日は

みなさんお忙しいところをどうもあり

がとうございました。

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特集 サステイナビリティ教育の実践

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期待される

動物園の役割

持続可能な社会を作っていくために

は、いったい何が必要だと思いますか?

それは、人々が地球環境や社会の問

題に興味や関心を高めていくことでは

ないでしょうか。

近年、社会を持続可能なものに変え

ていく方法として、環境教育が世界各

地で行われるようになってきました。

しかし、一般の人々にとっての環境問

題は、知識として理解はできるが、自

分がどのように関わっているかイメー

ジできないというのが正直なところで

しょう。

そこで環境教育の取り組みとして、

自分たちの生活や地域の課題を地球全

体の問題へと拡大させる試みがされて

きました。地域の自然状況を理解し、

自分たちの生活を見直すなど多くのプ

ログラムが実施されています。

ただ、「自然を大切にしよう!

みの分別をしよう!」などと、ルール

やしつけ面だけが強調されることもあ

ります。このことから、環境教育は堅

苦しく面倒なものというイメージを持

つ人もいるでしょう。そのような中で、

環境について楽しく学べる場のひとつ

として、動物園の役割が期待されてい

ます。

世界各地の野生動物を飼育展示して

いる動物園は、生きた動物を通して地

球全体の問題を想定できる施設です。

動物園は、幼い子どもを伴った家族連

れから恋人たちやお年寄りまで、さま

ざまな年代の人々が気軽に訪れる博物

館と言えます。一般的な博物館や他の

学術施設と違い、学ぶ場というよりも

気軽に楽しく遊ぶ場、というイメージ

が持たれています。

欧米の動物園は、植民地の動物を展

示し、その国の威信を示す目的として

誕生しました。その後、博物学や動物

学などの研究活動をする施設として発

菊田 融 きくた とおる 北海道大学サステイナビリティ学教育研究センター客員研究員 (専門は環境教育)

エッセイ 環境教育を広げる場 としての動物園

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展してきました。

しかし、日本で明治時代に誕生した

動物園は、どちらかというとレクリエ

ーションの場と考えられてきました。

その証拠として、日本の公立動物園の

多くは、地方自治体における管轄が都

市公園や観光の部署になっています。

また、レクリエーションの場と位置

づけされた結果、多くの動物園の飼育

員は、野生動物の飼育技術について専

門教育を受けた人が採用されている訳

ではありません。

そのような中、他の動物園の飼育員

との情報交換や、独自に工夫を積み重

ねることによって飼育技術を蓄積して

きました。その結果、日本の各動物園

には動物の飼育・繁殖のさまざまなノ

ウハウを習得した専門家集団が作られ

るようになりました。

新しい動物園の形

一九九〇年頃の日本では、レクリエ

ーションの多様化に伴い、動物園の魅

力が急速に失われてきました。その結

果、多くの民間動物園が閉園に追い込

まれ、新たな動物園の形が求められる

ようになりました。

そのような苦境下で発揮されてきた

のが、それまで動物園が培ってきた野

生動物の飼育と繁殖の技術を活かした

動物園づくりでした。

日本最北の動物園、旭川市の旭山動

物園は、ユニークな展示方法によって、

閉園の危機から奇跡の復活を遂げまし

た。「ペンギンが空を飛ぶ!」ような、

生き生きとした動物の姿を効果的に見

せる行動展示をしたり、餌やりの時間

に飼育員が動物の特徴や生態の解説を

行う「もぐもぐタイム」を設けて、動

物の姿をわかりやすく伝えました。来

園者が単に動物を見るだけでなく、見

ながら学ぶというスタイルが作られて

きました。

動物園には、世界各地のさまざまな

図1 熱帯林の保全活動に寄付できる自動販売機.

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環境に生息している動物が集められて

います。生きている動物を通して、動

物が今どのような状況に置かれている

のか、そのためにどのような取り組み

が必要なのかを来園者に考えてもらう

ようなプログラムや展示が、各地の動

物園で実施されるようになってきまし

た。旭

山動物園では、オラウータンの生

息地であるボルネオ島(カリマンタン

島)の行政機関と協力した野生動物の

保護プロジェクトを進めています。ボ

ルネオの野生動物が置かれている現状

を紹介したパネルを展示するとともに、

園内の自動販売機で飲み物を購入する

度に収益金の一部が熱帯林の保全活動

に寄付される仕組みです(図1)。

他にも、北海道でエゾシカの個体数

増加が農業にダメージを与える問題を

考えてもらうために、エゾシカの飼育

場に畑をつくり電気柵で囲い、野生動

物と人間との関係を問題提起する展示

があります。

円山メソッド

札幌市円山動物園(図2)では、二

〇〇七年三月策定の「札幌市円山動物

園基本構想」で、園を「札幌市の環境

教育の拠点」と位置付けました。

そのとき問題になったのは、環境教

育の具体的なイメージが、職員間で差

があることでした。そこで環境教育の

進め方について職員間で何度も話し合

いがもたれ、それぞれの思いを整理し

て進めていく中で生まれたのが、段階

的展示導入方法(円山メソッド)(図

3)です。

円山メソッドでは、(1)生き生きと

した動物を見て楽しいと感じる人を増

やすことにより入園者を拡大し、(2)

よりくつろぎながら、動物に近づいて

見ることで滞在時間(味わい、考える

時間)を増やし、(3)さまざまな体験

イベントを通じて感動を与え、より深

図2 札幌市円山動物園.

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く動物に関わることを通じて、(4)最

終的に環境教育につなげていこうと、

動物園における環境教育の取り組みを

段階に分けて進めていくことを示しま

した。

この円山メソッドは、動物園が環境

教育を前面に出して、命の大切さを学

べる場所であると提示されています。

この展示方式の根底にあるのは、円山

動物園の職員が来園者に対してどのよ

うな姿勢や考えかを整理し、同時に今

後の円山動物園の展示や教育活動のあ

り方の基本方針を示したものです。

ますます面白くなる

動物園

今までのサステイナビリティ学は、

大学などの研究機関が中心となって進

められてきました。持続可能な社会の

実現のためには、サステイナビリティ

学が蓄積した成果をどのように一般社

会に還元させていくかが課題となって

きます。

今、大学などの研究機関も盛んに一

般市民に向けて情報発信していくよう

になってきましたが、研究者が発信す

る情報は難しく理解しにくいと思われ

ているところもまだまだあるのではな

いでしょうか。

サステイナビリティ学が発信してい

る情報を一般社会に浸透させていくた

めのメデイアとして、動物園という施

設の存在が重要になってくると思いま

す。子どもからお年寄りまで幅広い年

代の人が楽しみながら環境を学べる場、

そんな多くの可能性を持った動物園の

存在が、ますます面白くなってきます。

あなたも一度、動物園に行ってみませ

んか?

今まで気付かなかったあらた

な発見があるかも知れません。

図3 段階的展示導入方式(円山メソッド).(札幌市円山動物園基本構想(2007年 3月)).

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特集 サステイナビリティ教育の実践

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世界第一位の

熱帯泥炭湿地林

東南アジアの国々では、樹木は外貨

獲得のための重要な資源であり、長年

にわたり多くの森林が有用樹種やパル

プ用材採取のために伐採されてきまし

た。このような状況にもかかわらず、

熱帯泥炭湿地林は、樹木を伐採して搬

出するのが非常に困難であり、また、

たとえ開発しても農業には不向きであ

るため、長年、手つかずのまま残され

てきました。このため、固有の動植物

種(オランウータン、ジャコウネコな

どの動物や、ラミン、メランティとい

った稀少樹種)の生育地や生物多様性

の揺籃として重要な位置を担ってきま

した。インドネシアは世界第一位の熱

帯泥炭湿地林の保有国であり、その面

積は全世界の熱帯泥炭湿地林の約六〇

%にものぼります。

熱帯泥炭湿地林は河川沿いや低地に

分布しており、雨季には数十センチメ

ートルから数メートルの深さで冠水し

てしまいます。このため、植物遺体で

ある落ち葉や枝、幹などが水浸しの状

態となり、さらに、土壌微生物の活動

が抑えられるために土壌中の有機物が

分解されにくく、泥炭として堆積して

います。このような熱帯の泥炭は「木

質泥炭」と呼ばれ、おもに草本によっ

て形成されている高緯度地方の泥炭と

は区別されます。熱帯泥炭湿地林では、

土壌中の有機物が泥炭として比較的安

定した状態で土壌中に保たれ、莫大な

炭素の貯蔵庫となっています。

泥炭湿地林に生育している樹木は特

徴的な根を持っています。重い樹木を

支えるための板根や支柱根(図1)、

雨季に冠水しても呼吸ができるように、

根の先が地面から上に突き出た気根

(図2)など、さまざまな形態の根が

見られます。また、貧栄養であるため

に、ウツボカズラが多くみられるのも

特徴的です(図3)。

塩寺さとみ しおでら さとみ 北海道大学サステイナビリティ学教育研究センター博士研究員 (専門は植物生態学)

プロジェクト紹介 地球規模課題対応国際科学技術協力 (通称SATREPS) インドネシアの泥炭・森林における 火災と炭素管理

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二つの燃焼による

二酸化炭素の放出

かつて、インドネシア・カリマンタ

ン島に位置する中部カリマンタンは、

広大な熱帯泥炭湿地林が広がる数少な

い場所のひとつでした。しかし、一九

九七年、大規模な農地開発(メガライ

スプロジェクト)によってその状況は

一変しました。一〇〇万ヘクタールに

わたって泥炭湿地林の中に網の目のよ

うに用排水路を掘削し、泥炭層中の地

下水を排水することによって土地を乾

燥させ、大規模な水田にしようという

計画でした(図4)。泥炭は硫黄など

の有害成分を含み、酸性で、もともと

農業用地には適していなかったために

計画は成功せず、豊かだった泥炭湿地

林を広大な放棄地に変える結果となり

ました。しかし、問題はそれだけでは

終わらなかったのです。泥炭湿地林は、

水に浸かっている間は、その嫌気的な

状態によって土壌中の有機物の分解が

抑えられています。けれども、土壌の

乾燥化が進むようになると、土壌中の

有機物は酸素に接触し、さらに、土壌

微生物の活動も活発になることによっ

て泥炭の分解が早まり、二酸化炭素が

盛んに放出されるようになりました。

これを、「冷たい燃焼(cold com

bus-tion

)」と呼んでいます。これに加え

て、エルニーニョ現象の影響で雨がほ

とんど降らない乾季には、泥炭そのも

のが燃える泥炭火災が頻発するように

なりました。これを「熱い燃焼(hot

combustion

)」といいます(図5)。

これらの二種類の異なった燃焼の効果

によって、大量の二酸化炭素が放出さ

れているのが現状です。

現在では、中部カリマンタンだけで

図1 支柱根.

図2 気根.

図3 ウツボカズラ.

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も、毎年、日本の年間排出量に相当す

るほどの膨大な量の二酸化炭素が放出

されています。

統合的な

泥炭管理に向けて

私たちのプロジェクトでは、この熱

帯泥炭からの二酸化炭素放出量を抑制

するための統合的炭素管理システムを

構築し、地球温暖化抑止に貢献するこ

とが最終的な目的です。そこで、先端

的な科学的手法を駆使して、広域の泥

炭生態を正確に把握し、統合的泥炭管

理を行うために、次の四つのプログラ

ムを実施しています。

プログラム1 

衛星による火災・炭素

センシングプログラム

(Fire Detection

and Fire Prediction

衛星画像と地理情報システム(GI

S)を用いることにより、植生の状態

や土壌水分量を把握し、さらに、原

野・泥炭火災の発生場所の検地と延焼

箇所を予測することを可能にします。

この情報をいちはやく現地の消火隊の

方々に提供し、効率的に原野・泥炭火

災を食い止めるためのシステム作りを

行います。

プログラム2 

炭素量評価プログラム

(Carbon A

ssessment

観測タワーや観測機器をつけた気球、

観測衛星、航空機のレーザー計測など

異なる手法、空間スケールの測定から

得られる情報を用いて、熱帯泥炭生態

系で炭素がどのくらい吸収され、また、

排出されているのか(炭素フラック

図4 泥炭湿地林中の用排水路.

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ス)を明らかにし、同時に環境撹乱が

泥炭土壌からの温室効果ガスの放出量

に与える影響について評価します。

プログラム3 

炭素管理プログラム

(Carbon M

anagement

排水路掘削によって大気中に大量に

放出されるようになった炭素を管理す

るために、植生と水文環境の調査を行

い、さらに用排水路に止水ダムを設置

することによって、泥炭地の乾燥化を

防ぎます。これと同時に、泥炭地の防

火・消火活動を行う組織を編成し、泥

炭火災の防止に努めます。さらに、こ

れらの活動が森林の再生、水質と水生

生物群集に与える影響を調査・統合し

て、泥炭地の管理の方法を提案します。

プログラム4 

統合的泥炭地管理プロ

グラム(Integrated Peat M

anagement

このプログラムは、プログラム1〜

3で得られた結果をもとにして、泥炭

湿地の管理方法を構築するのが目的で

す。

カーボンマネージメントイニシアチブ

グループ

カーボンマネージメントイニシアチ

ブグループでは、統合的泥炭管理シス

テムの確立を目指しています。プログ

ラム1〜3の結果に基づいた統合的炭

素収支モデルの構築により、REDD

(Reducing Emissions from

Defores-

tation and Degradation

、森林の減

少・劣化からの温室効果ガス排出削

減)システムの制度設計に関わること

を目的としています。

統合的土地管理モデルグループ

●土地管理グループ

図5 熱い燃焼によって焼けた森林.

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家畜を用いたアグロフォレストリー

の導入、植林技術を駆使した森林再生

手法の確立、植物の根につく菌根を用

いた育苗技術の開発を通して、火災で

消失した熱帯泥炭湿地林再生のための

教育面・技術面からの支援を行います。

●地域経済グループ

プロジェクト地区住民、おもに移住

してきた農家の家計の調査を行うこと

により、地域住民の経済活動、特に農

林業の実態把握を行うことを通して、

効果的なREDDシステムの計画・提

案を目指しています。

●環境教育グループ

熱帯泥炭湿地林地域で生活してきた

ダヤック(D

ayak

)族を中心とする

地域住民は、周りにあふれる森林の自

然の恵みを利用して生活してきました。

このため、森林の喪失に直面しても、

森林を守り育てると言う概念は、まだ

充分に育ってはいません。本グループ

では、植樹ボランティア活動を通じて、

地域住民の意識のなかに森林保全・修

復の必要性・重要性を浸透させること

をねらいとしています。

人々の生活向上に

貢献するために

中部カリマンタンでは毎年乾季には

泥炭火災が起こり、その火災によって

発生する煙(ヘイズ)は国境を超え、

マレーシア側にまで達しています。泥

炭火災では土壌中の有機物が燃えるた

めに、火災そのものは地面の下で起こ

っており、一度火災が起こってしまう

とそれを食い止めることは非常に難し

いのが現状です。また、一度熱帯泥炭

湿地林が燃えてしまうと、もともとの

貧栄養な環境に加えて度重なる火災の

発生により、その後の森林の回復は非

常に困難です。このように、かつて広

大な熱帯泥炭湿地林であった場所は、

いまは広大な荒廃地となって放置され

ており、その面積は毎年拡大していま

す。私

たちのプロジェクトは、地球規模

課題対応国際科学技術協力(通称SA

TREPS)によって運営されていま

す。SATREPSは、JST(独立

行政法人科学技術振興機構)とJIC

A(独立行政法人国際協力機構)の共

同プロジェクトです。このプロジェク

トでは、開発途上国の自立的、持続的

な発展を支えるために、日本と相手国

の大学・研究機関等が連携して、新た

な技術の開発・応用や新しい知見の獲

得、さらに科学技術水準の向上と総合

的な対処能力の向上のための共同研究

を実施しています。私たちはこのプロ

ジェクトを通して、現在、熱帯泥炭湿

地で起こっている現象の実態をとらえ

ると同時に、現地の研究者だけではな

く地域の人々と協力して泥炭火災の発

生を防ぎ、この土地に暮らしている

方々の生活が向上するような形で貢献

していきたいと考えています。

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29

サステナクイズ①(クイズのジャンル:温暖化による影響 レベル:初級)

問 1 北極点に近い北欧では,温暖化の影響で雪が減ったことから,ある動物の飼育に影響が出ている.その動物は何?(1)エゾシカ (2)トナカイ (3)サンタクロース (4)アルパカ

問 2 エルニーニョ現象は日本の気候にどのような影響を与えるのか?(1)梅雨入りが平年より早くなる  (2)春先の気温が平年より暖かくなる(3)秋口は平年より気温が高くなる (4)冬は平年より気温が低くなる

問 3 温暖化の影響による白化現象により減少が懸念されているのは?(1)サンゴ (2)ハイイログマ (3)ヒトデ (4)アワビ

問 4 地球温暖化による海面の上昇によって,人間の居住している地域の水没が危惧されている.満潮時の水位以下の場所を指してなんという?(1)アンダー・ザ・シー地帯 (2)ゼロメートル地帯(3)グラウンド・ゼロ    (4)オーシャン・ビュー地帯

(答えと解説は 45 ページ) 

● 45 ページの問題の答えと解説問 5 正解は(2)リデュース・リユース・リサイクル.買うモノを減らすRe-duce(リデュース),繰り返し使うReuse(リユース),そして資源として再生するRecycle(リサイクル),これが循環型社会を進める上で大切な3Rの考え方.問 6 正解は(2).速さと画一性を売りものとするファーストフードに対し,地産池消や地域に根ざした食文化を守ることを目指すのがスローフードである.問 7 正解は(4)稀少な金属が使われているから.通信各社は 2001 年度からメーカ等によらず携帯電話を無料回収するモバイル・リサイクル・ネットワークを始めた.回収率は伸び悩み,2008 年度の回収台数は 617万台で前年度から27万台減少している.携帯電話には金が銀などの貴金属が使われ,電池を抜いた携帯電話 1トンあたりの金含有量は 200~300g と,世界最高品質の金鉱である菱刈鉱山の 1トンあたり 50g を大きく上回る,大変有用な資源である.問 8 正解は(1).中水(ちゅうすい)は飲み水にできるほどの水質はないが,水洗トイレや冷房に使ったり,新幹線の洗浄に使ったりする水のこと.下水道を経て川に戻してしまう前に再利用して水の節約をしようというものだ.問 9 正解は(3)家電リサイクル法.1998 年 5月に制定されたこの法律は,テレビで重量の 55%,エアコンで重量の 60%,冷蔵庫と洗濯機で重量の 50%をリサイクルすることを義務付けている.

問題と解説は,東京大学サステイナビリティ学連携研究機構(IR3S),地球持続戦略イニシアティブ(TIGS)が作成した『エコトレ』から選びました.『エコトレ』には10ジャンル,3種類の難易度で 4500 問以上が収録されています.

目指せエコマスタ

ー!

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30

昨年は宮崎県で家畜の伝染病、口蹄疫の大

きな流行が発生しました。四月二三日の感染

確定から七月四日の終息確認までの間に約二

九万頭の家畜が殺処分され、その影響は今後

数年間にわたって畜産ばかりか観光業などへ

も波及し、被害総額は二千億円を超えるとい

われています。

口蹄疫の病原体はウイルスで、ウシ、ブタ、

ヤギ、ヒツジなどの偶蹄類に感染します。ウ

マは奇蹄類で口蹄疫にかかりませんが、食用

の家畜のほとんどが偶蹄類で、世界の畜産に

とって大きな脅威となっています。口蹄疫の

ウイルスは、ヒトあるいは物に付着して持ち

込まれ、変異しやすいのが特徴です。二〇〇

〇年に日本で約九二年ぶりに発生したときの

ウイルスは弱く、しかも早めに対応できたた

めに、宮崎県で三戸、北海道で一戸の農家に

感染が確認されただけで終息しました。台湾

でも弱いウイルスによる口蹄疫が発生し、道

路をはさんで片側が汚染地域になっても、反

対側にはまったく広がりませんでした。

昨年の口蹄疫で衝撃的だったのはブタが感

染したことでした。ウシ、ブタ、それとヤ

ギ・ヒツジでは、口蹄疫のウイルスに対する

反応が異なります。ウシは症状を出しやすく、

口蹄疫の名の通り、口と蹄がやられます。口

の中や蹄の付け根に水泡ができ、それが割れ

て傷になり、口から泡を出し、食べられなく

なったり、足をひきずったりするようになり

ます。ウシは症状から病気の発生がわかりや

すい「検出動物」といえます。ブタは症状が

出る前からウイルスを撒き散らします。ウシ

の千倍ものウイルスを出すとわれていて、口

蹄疫に関して最もひどい役割をする「増幅動

物」です。ヤギ・ヒツジは遠くまで病原体を

運びます。二〇〇一年にイギリスで一兆六千

億円の被害を出した口蹄疫では、ドーバー海

峡を渡って運ばれたヤギ・ヒツジによって大

林 良博 はやし よしひろ 東京農業大学教授 (専門はバイオセラピー)

病原体の大型培養器

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連載エッセイ

陸にも感染が広がりました。

家畜の病気では、BSEや鳥インフルエン

ザも大きな被害をもたらしてきました。BS

Eはプリオン病で、草食動物であるウシに、

ウシの肉や骨を食わせるという、ある意味で

サステイナブルであるようなことをしたため

に深刻化した病気です。現在では対策が採ら

れ、大きな流行はないと考えられています。

鳥インフルエンザは、渡り鳥がシベリアか

らウイルスをもち出して世界中に撒き散らし

ています。昔もそれはあって、インフルエン

ザにかかった渡り鳥が飛んできても、野外で

死んでしまえばウイルスもそこで死滅してい

ました。鳥インフルエンザが現在大問題にな

るのは、ウイルスが規模の大きな養鶏場に持

ち込まれたときに、感染が一気に拡大するか

らです。ブロイラー工場が典型であるような、

大規模な密集した飼い方(密飼い)は、病原

体からすると、条件のよい大型培養器をつく

ってくれているようなものです。鳥インフル

エンザが問題になり始めた当初は、野生の鳥

から小規模な庭先養鶏の鳥へと感染し、そこ

から広がったのではないかといわれていまし

た。実際はおおむね逆で、大規模なブロイラ

ー工場から始まっています。

宮崎県の口蹄疫の感染経路は追跡が難しく、

完全なところはわかっていません。それでも

大規模経営の農場から家族経営のような小規

模農場へと広がったとみられています。

畜産のサステイナビリティを考えようとす

るときに、感染症は解決がきわめて難しいや

っかいな問題です。世界の食肉の需要は今後

も高まっていきますから、かつてのように草

原でウシが草を食み、庭先で鶏が餌をつつく

ような光景ではとてもまかなえません。畜産

の工場化を進め、大規模な密飼いにならざる

をえません。しかし、それは病原体に大型培

養器を提供するに等しいのです。安い肉を生

産するために効率を求めて飼育者を減らせば、

病気の発生などの異変に気づくのが遅れます。

工場式畜産の規制を強める必要があるでしょ

う。肉を豊富に食べることには、感染症の危

険性が常に伴っているのだということを知っ

ておかなければなりません。

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新年をもっとも重要な年中行事として祝う

のは、日本と中国に共通する民俗である。も

っとも現在では日本の正月が陽暦によるのに

対して、中国の正月(春節)はもっぱら陰暦

によって行われる。したがって例年二月の中

旬ころになる。この季節、中国や香港・台湾

へ行こうものなら、ホテルも航空券も通常の

五割増しくらいを覚悟しなければならない。

春節値段である。海外居住者を含め、故郷で

春節を迎えようとする人々の帰省ラッシュで

そうなる。日本でも同じ現象が起きるが、そ

れでも最近は海外で正月を過ごそうという人

たちが増えて、むしろ海外への出発ラッシュ

が起きる。

かつての中国では、一家の最長老、多くは

祖父母や両親に正装して新年の挨拶を行うこ

とから正月が始まった。孝を重視し長幼の序

を貴んだからである。これは日本でも同様で

あった。それが外国や遠方にいても、正月に

は故郷に帰り両親や親族に新年の挨拶を交す

習慣となり、年末年始の大移動となって現在

に至るのであろう。

日本の場合、正月の行事は殆どが神事を基

盤とする。門松・鏡餅・雑煮、いずれも神の

依代か供え物である。その神とは歳神であり、

正月に各家に降りてきて、その年の豊作と一

家の安全を司るという。農耕社会の信仰がそ

のまま残されたもので、門松は歳神のための

依代、神の座となる。歳神への供え物が鏡餅。

古代人は人のタマシイを白く丸いものと考え

た。それを形にして神に供えた。神に供えた

食べものを下げて煮たものが雑煮。神との共

餐である。年の始めに神を祀り、その年の豊

かな実りと家人の無事を祈る。

中国の正月行事も基本的には日本と同じよ

うに、その年の無事と豊作の祈念を主とした。

未明にかがり火を焚き、竹を爆す。竹の節を

抜かずに火にくべれば、中の空気が膨張して

ところ変われば……

山田利明 やまだ としあき 東洋大学教授 (専門は中国哲学)

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連載エッセイ

爆発する。その音によって、人に災厄や悪疫

をもたらす邪鬼悪鬼を祓うのである。現在で

も正月に爆竹を鳴らすのはこの名残であるが、

いまの爆竹は火薬による花火であり、祭りや

祝い事の景気づけに鳴らされ、時に怪我人や

死者まで出すことがある。

五世紀から六世紀ころの中国南部の年中行

事を描いた『荊楚歳時記』という文献がある。

それによれば、爆竹の後に門上に桃板を飾り

悪鬼の侵入を防ぎ、一家ことごとく正装して

賀詞を述べ、桃湯や屠蘇を飲み却鬼丸という

薬を服用する。桃には邪鬼を祓う効力があり、

そのために桃板を門上に飾るが、桃湯は桃の

葉の茶である。屠蘇はいうまでもなく悪鬼を

避けて疫病を防ぐ。却鬼丸とはその製法が伝

えられないが、邪悪の鬼をしりぞけて身を守

る薬であろう。このような薬を作るところに、

現代人には理解できない信仰の力を感ずるが、

念には念を入れた邪鬼退散の儀式といえる。

二重三重の防御システムが構築されていた。

ダメ押しは五辛盤という正月飾りである。五

種の辛菜を盛り込んだ盆皿のようであるが、

これも今ではよく分からない。にんにく・の

びる・にら・あぶらな等の辛く臭気のある野

菜は、邪気を祓うという。

このようにしてみると、新年の安泰と豊作

を祈るのに、一方はひたすら神に祈り、神と

ともに過ごすのに対し、一方は邪鬼を祓い凶

事を駆逐する。信仰はその風土によって形づ

くられるというが、日本の新年は神にその運

命を委ね、中国のそれは自ら邪悪を祓って運

命を切り開くようにも思われる。それを逞し

いととるか、あるいはしたたかととるかは見

方によろう。

いずれにしても、正月が単なる一年の始ま

り以上の意味を持つのは、それが時間的経過

の節目ではなく、人生の一部としてとらえら

れるからではないか。たとえば、かつての

「数え」という年齢の計算法は、生まれたと

きを一歳、その後は正月が来るたびに一歳ず

つ年をとった。つまり、正月と年齢は一体の

ものであったわけである。何月に生れようと

も、生れた年の干え

支と

を一生もち続けることも、

それと関わろう。

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「創造は模倣から生まれる」とかねてから

実感し、主張している。誤解の多い言葉なの

で誤解されて、相手にされなくなったことも

多い。しかし折角の機会なので懲りずにまた

主張させて頂く。

生物の進化は多大な時間は要したが、極め

て多くの独創的な生物を生み出した。地球上

の様々な生物種を見る時、進化のもたらした

独創に驚くばかりである。生物の進化と科学

技術の発展には多くの類似性がある。これま

でも発明や発見などの独創的な科学技術の展

開に関して、生命の進化との類似性を見いだ

した多くの科学者の感慨を度々見聞してきた。

個体内の細胞分裂で行われる遺伝子情報の複

製は、極めて正確に行われる。遺伝子情報の

ミスコピーによる突然異変の確率は極めて小

さい。コピーは生殖細胞でも同様に行われ、

親から子へと正確に生命情報が遺伝子により

伝達されている。しかし時に遺伝子情報のミ

スコピーが生じ、子に伝達され、代を重ねる

度に種の中でこのミスコピーが拡散し、新た

な種が発生する。

生命の情報が遺伝子を媒体としたように科

学技術や人類の文化の情報も、紙や人の脳な

どを媒体としてコピーにより伝達される。遺

伝子を媒体とした生命情報よりミスコピーの

確率は高い。すなわちお手本通りにコピーさ

れず、情報の欠損や付加情報がついてしまう。

生命情報のコピーと異なり正確にコピーされ

ない確率は極めて高い。科学技術の展開は科

学技術情報のコピー、模倣過程で生じるので

極めて連続的である。

同じ脊椎動物であっても魚類から突然異変

で人類は生まれない。両生類、爬虫類と進化

の過程を経てほ乳類が生まれ人類が登場した。

創造は模倣から生まれる

加藤信介 かとう しんすけ 東京大学生産技術研究所教授 (専門は都市・建築環境調整工学)

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連載エッセイ

エジソンの電球の発明は、天才レオナルド・

ダ・ビンチの時代には決してなし得ない発明

である。またエジソン個人がたとえ存在しな

くとも、その時代、エジソンの発明を促す科

学技術が存在したが故にそれに代わる別人が

電球を発明したに違いない。すべては科学技

術の情報が世代を超えて人類の中で連続的に

伝達、拡散する過程で生じていることを改め

て確認したい。

科学技術の発展における独創は、これを受

け入れる社会の発展に同期した、このお手本

に対する模倣の積み重ねと、これをマスター

した後に可能になる僅かなお手本外しにある

と考える。日本人は、模倣は巧みだが独創的

な発見や技術開発は苦手と、度々耳にするが、

これが事実とは思えない。模倣してマスター

することで初めて独創が生じるのである。若

い研究者や技術者に、必要以上に人まねでな

い独創的な研究や技術開発を期待する風潮が

あるが間違っていると思う。研究者や技術者

は、一つの技術や研究開発をまずは徹底的に

模倣し、これをマスターすることが重要であ

る。マスターしてこそ役に立つわずかな変位、

工夫を試す余地が生まれる。研究者や技術者

の模倣を嘆いてその人を挫くのではなく、模

倣を重ねてマスターし、独創への道を歩き始

めるまで待つ寛容と忍耐が人を育てる。

徹底的に繰り返し作業を行う研究開発は、

極めて職人的である。この繰り返し作業は容

易に汎化が可能で、一つの方法論を学べば、

異なる研究課題でも研究の方法は大いに類推

が効く。上手に問題を発見すれば、研究の方

法は類推が効くため、それに沿って結論を探

し求めればよい。オリジナルで適切な問題発

見は難しい。しかし人がすでに行った問題発

見のプロセスを分析すれば、人並みの問題発

見も難しいことではない。皮肉を込めて言え

ば、研究は繰り返す忍耐さえあれば、(これ

は難しいが……)、誰にでもできる業務であ

る。オリジナルな問題発見こそ難しく、これ

を追求するのが研究の本質であろう。

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いよいよ今年七月をもってアナログ放送が

終了する。私のテレビは一九八一年製造であ

る。昔風の、赤い硬質プラスチックの筐体に

収まったかわいい一四インチ。デジタル化ど

ころかいまだ丸いチャンネルをカチカチと回

すタイプである。もちろんリモコンもない。

でもカラーだし、すべてのチャンネルがきれ

いに映るので私は十分満足している。

このテレビは、私がカナダ留学から帰って

きてまだ家具も何もなくお金もなかったころ、

武蔵野市のシルバー人材センターに行って買

ったものである。かれこれ一八年も前のこと

だ。シルバー人材センターでは、電気修理の

技術を持っているシルバー世代の方たちが不

用品として廃棄されたテレビやラジカセなど

を修理して安く売ってくれていた。

私は二五〇〇円で買ったテレビを手に提げ

てウキウキ気分でバスに乗って自宅に帰った。

それまで音の無かったガランとした部屋に置

いて早速スイッチを入れ、画面が映ったとき

のうれしさを今でも覚えている。昔、テレビ

放送が始まってテレビを初めて買った人はこ

んな気持ちだったのかもしれない、と思った

ものだ。

そんな思い出の詰まったテレビであるが、

あと五か月もするとアナログ放送終了で、特

別なアンテナをつけない限り見られなくなる。

本当かどうか知らないが、アンテナを付けて

も集合住宅の場合映りにくい部屋があると聞

くと、アンテナを買うのも面倒だ。

思い切って最新のテレビを買おうか、とも

思うのだが、テレビの設置のために電気屋さ

んが来る、と思うとまた億劫である。なぜな

ら私は「朝起きられない病」のほかに「片付

けられない病」も抱えており、私の部屋を他

人が見たらおそらく卒倒してしまう。とても

電気屋さんに「さあどうぞ」とは言えない。

片づけられない病のほかのもう一つの理由

アナログテレビ

戸髙恵美子 とだか えみこ 千葉大学助教 (専門はリスクコミュニケーション)

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連載エッセイ

は、最新のテレビの映りの良さである。自宅

のテレビでニュースを見ていて、まあなんと

小顔で素敵な女性だろうか、と思っていたキ

ャスターが、出張先のホテルの最新テレビで

見ると、残酷なことにおでこにはっきりと横

じわが、口の横には縦じわが見えるではない

か。最初見た時、私はなにか異様なものを見

たような気持になった。さらに、政治家の顔

のアップが映ったりするとテカテカと油っぽ

い皮膚にしわやシミが浮かんでいる。「あー

もう見たくない!」とすぐに番組を変えてし

まう。

そして自宅に帰り、楚々とした日本女性の

ような我が家の小さな一四インチをつけて、

暗い画面から十秒ほどかけてゆっくりと明る

くなるソフトフォーカスの画面に映る美しい

女性キャスターを見てほっとするのである。

今の俳優さんやキャスターさんたちは大変だ。

自分の出ている画面を見て、心が暗くなって

いる人もたくさんいるのでは、などと想像す

るのは私だけなのだろうか。

さらに、これは最近よく言われることなの

だが、ばかげた内容の番組が多すぎる。お笑

いタレントと呼ばれる人たちが大勢出てきて、

内輪受けみたいな話を大笑いしながら流して

いる。ニュースや話題の取り上げ方も、どの

局もほぼ同じような見方である。たとえばガ

ソリン代が上がった、というニュースだと、

「町の声」ということなのだろうが「高くて

困る」と憂い顔の人々を取り上げる。ガソリ

ン代の補助金が出る、というと「助かる」と

嬉しそうな声を上げる人を取り上げる。補助

金が打ち切られる、というと「助かっていた

んですけどねえ」とまた憂える人を紹介する。

どれもこれも当たり前ではないのか。こうい

うのがニュースなのだろうか。

最近はテレビをつけるたびに画面の上下に

「アナログ放送は二〇一一年七月に終了しま

す」に始まり、延々と「早く買い換えろ」と

言わんばかりのメッセージが流れる。こんな

テレビに未練はない、と決然と別れたいとこ

ろだが、やっぱり自宅に帰ってテレビがない

のは耐えられないかも、とぎりぎりまで迷い

そうである。

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連載講座

38

「里山」という言葉は、ずいぶんと

昔から日本の社会に根付いているよう

に思えるのですが、森林生態学者であ

る四手井綱英が、有機物の生産、消費、

分解という物質の循環を視野においた

研究を進め、「農地に必要な肥料など

を採取する森林を『里山』」と定義し、

「『農用林』を言い換えたもの」として

初めて使用された言葉です(森まゆみ

『森の人 

四手井綱英の九十年』、晶文社、

二〇〇一)。もっとも、尾張藩で一七

五九年に編纂された木曾御材木方に

「村里家居近き山をさして里山と申

候」という記述が文献に残っているの

が最初の例とされているようです(ウ

ィキペディアの里山の項)。「里山」の

初出は、議論のあるところですが、し

かし「里山」が一般的に使われるよう

になったのは、四手井に依るところが

大きいと思われます。すくなくとも、

それまで「里山」が頻繁に使われた形

跡はありません。

飯沼賢司は、田染荘(田染小崎地区

の荘園村落)の里山的景観に焦点を当

てた調査により、田染荘における文化

的景観の構造は、岩峰を中心としたヤ

マ、サトおよびその間にあるサトヤマ

の三重構造からなることが明らかにな

ったと報告しています(「環境歴史学の

可能性」、水島司編『環境と歴史学歴史

研究の新地平』アジア遊学一三六、勉誠

出版社、二〇一〇)。サトヤマ空間には、

水源としての湧水、堰、池などがあり、

この近接地には必ず、神社などの宗教

施設があるといいます。サトの村人た

ちは、神社に森を残し、基本的にその

森を水源と認識していました。

最近、一関市厳美町の本寺地区にあ

る、骨寺村荘園遺跡を訪れましたが、

飯沼賢司が述べている田染荘の景観に

極めて似ていました。骨寺村荘園は中

尊寺の経蔵別当の所領で、鎌倉時代の

歴史書『吾妻鏡』に村の四方の境が示

されており、また、『陸奥国骨寺村絵

サステイナビリティとサトヤマ 1

大崎 満 おおさき みつる 北海道大学大学院教授 (根圏環境制御学/植物栄養学)

サトヤマとは

「サトヤマ」概念による地域の内的発展と自立的発展のモデル

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39

図』によって、中世の村の景観をうか

がえ、その景観を今でも見ることがで

きます。農業基盤整備により、ここ半

世紀ほどの間に、日本からほとんど消

え失せつつある景観ですが、自然との

共生が息づいて、たとえば、地形を巧

みに利用した水理や地形に沿った畦な

どは見事です。ただ、骨寺村荘園遺跡

でも農業基盤整備が進んでいて、ここ

でも里山は風前の灯火といったところ

で、まさに遺跡に移行しつつあります。

最近、これらの用法を越えて、しか

も、あたかも日本に古くからあるよう

な言葉として、「里山」が使用される

ようになってきているように思えます。

つまり、「里山」という言葉以前に、

日本には「里山」という概念が古くか

ら存在していたような感じがします。

「里山」という概念が、生活そのもの

に深く組み込まれていたとしたら、自

明のこととしてわざわざ言語化(表象

化)する必要もないはずです。「里

山」とは、基本的には、現代が発見し

た概念(言葉)ではないでしょうか。

あたり前にあったものが崩壊してしま

って、その抜けた虚空を探っているう

ちに、突然内在化して顕在化してきた

概念で、「共生」という言葉にも似て

いるかもしれません。「共生」という

言葉は仏教用語で古くからあったよう

ですが、その言葉とは関係なしに、共

生はむしろ生活の中に織り込まれてあ

って、そうとは気づかないほど骨肉の

概念として社会で機能していたのでし

ょう。自然に縛られた貧弱な経済シス

テムの中では、共生の箍たが

がなければ社

会システムが成り立たないような状況

であったでしょう。その共生の箍が豊

かな経済によって緩むか消え失せたと

き、共生の消えた痛みが表面化してき

たのではないでしょうか。つまり、

「里山」や「共生」という言葉は、現

代文明の病理現象として現れてきた言

葉(概念)のような気がします。

さて、以上の例から推察すると、

「里山」とは、「農用林」や中世荘園景

観から、どうも、「里」(人)と「山」

(自然)の境界領域をさす概念の色彩

が強く認められます。一方、「里山」

には、「里」(人)と「山」(自然)が

共生している、その総体の意味も込め

られて使用される場合もあり、最近は、

そのような使用が一般的になりつつあ

るように思われます。K. T

akeuchi

(武

内和彦)等が編集した“Satoyam

a: The Traditional Rural Landscape of Japan ”

(Springer, 2002

)では、「里山」に相

当する言葉(つまり概念)が、結局、

英語には存在しないので、「里山」を

Satoyama

と表現するしかなかったと

伺っています。この本では、Satoya-

ma

を人の居住地に接する二次林や草

原、分かりやすくいうと、(人手の入

った)二次的自然(里山、耕作地、居

住区、湿地を含む)全般を指すと定義

しています。このSatoyam

a

概念が

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40

発展して、二〇一〇年一月に行われた

国連教育科学文化機関(UNESC

O)の総会で、生物多様性の恩恵と人

間の福利のための「SATOYAMA

イニシアティブ」が宣言として採択さ

れました(http://satoyam

a-initiative.org/jp/w

p-content/uploads/353/Paris-D

eclaration-JP-26042010-.pdf

)。

ここで、SATOYAMAは“Socio-

ecological production landscapes ”(社

会生態学的生産ランドスケープ:人間

の介入によって生物多様性を保護する

と同時に人間に福利を提供する二次的

自然)と定義されています。社会生態

学的生産ランドスケープは、世界各地

でもみられ、フィリピンではm

uyong, uma and payo

、韓国ではm

auel

、ス

ペインではdehesa

、フランスや地中

海諸国ではterroirs

、マラウイやザン

ビアではchitem

ene

、そして日本で

はsatoyama

等があります(SATO

YAMAイニシアティブのホームペー

ジ)。さらには、インドネシアやマレ

ーシアのクブン(kebun

)もあります。

フィリピン・ルソン島北部イフガオ州

におけるムヨン(m

uyong

)は、私的

な保有が認められていますが、親族や、

場合によっては周辺住民にも開かれて

おり、間伐、枝打ち、下刈などの維持

管理は、慣習に則って行われ、棚田の

広がる斜面や丘陵地の頂部付近にムヨ

ンが分布することで、地表流水や浸食

を緩和し、下部の水田に悪影響を及ぼ

す土砂の堆積を抑制しています。アフ

リカのザンビアやマラウイの伝統的な

焼畑耕作地であるチテメネ(Chitene-

me

)やスペインの林と草原のモザイ

ク地での豚の放牧などがあり、多様な

社会生態学的生産ランドスケープがあ

ることが知られるようになってきてい

ます。また、東南アジアで調査をして

いて、SATOYAMAの話をすると、

類似の概念が必ずあることを知ります

が、呼び方は雑多で、そもそもそのよ

うな呼び方をする必要がないくらい生

活そのものに組み込まれているといっ

て良いほどの感じがします。

SATOYAMAイニシアティブの

SATOYAMAを英語で表記すると

Socio-ecological production land-scapes

(社会生態学的生産ランドス

ケープ)となりますが、この定義の中

には、そもそも「里山」が包含してい

る(と私が勝手に考えているだけなの

ですが)、人間-

自然共生システムの

概念がやや希薄な感じがします。「人

間と自然の共生」といった意味での

「共生」という概念は英語にありませ

んので、SATOYAMAの英語の表

記や概念に「共生」を含めるのはそも

そも困難なことです。そこで、有史以

来長らく生活や文化の骨肉であり、か

つ現代において病理現象として表象し

てきた、「里山」と「共生」を含む概

念をここに「サトヤマ」と定義します。

「サトヤマ」はサトを人間系、ヤマを

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自然系とした、地域における人間-

然共生システムをさします。

SATOYAMAは、先に見たよう

に世界中で認められ、多くは丘陵や山

岳地帯といった複雑な地形に発達して

いるといって良いでしょう。サトヤマ

型生産生態は、人間-自然共生という

視点で眺めると、典型的にはアジアモ

ンスーン域に存在します。ある意味で

は、ヒマラヤ-

チベット高原を「山」

とし、その絶壁のような壁に阻まれた

アジアモンスーンがその周辺と日本の

北海道にまで多雨をもたらし、その氷

河が巨大なダムとして機能し、これが

溶けて膨大な量の水を供給し、インダ

ス川、ガンジス川、プラプマプトラ川、

サルウィン川、メコン川、長江、黄河

となり水を供給しています。この流域

やアジアモンスーン域の人の生活圏を

「里」とすると、強大なサトヤマ(メ

ガサトヤマ)がヒマラヤのまわりに形

成されているとみることもできます

(大崎満「生物生産生態と地域社会を統

合するサトヤマ概念」、小宮山宏編『サ

ステイナビリティ学への挑戦』、岩波科

学ライブラリー一三七、岩波書店、二〇

〇七)。このメガサトヤマ生産生態系

は、水の供給が豊富で、かつ土壌がヒ

マラヤ山系の粘土や火山灰により肥沃

で、本来最も生産性が高く、そのため

現在でも世界の人口の四割が生活し、

多様な生態、多様な文化、多様な民族、

多様な言語を特色としています。二〇

世紀には、これら多様性を特徴とする

(メガ)サトヤマ生産生態系は、大規

模・効率化・単純化を追求した石油依

存型生産生態系に惨敗しましたが、二

一世紀には、サトヤマ型生産生態系が

再度重い意味を持ってくるはずです。

少なくとも、この生態系が崩れると世

界の人口の四割が生活しているだけに、

極めて深刻な事態になります。この地

域でのサトヤマ生産生態系の評価とそ

の回復が急務となってきます。

SATOYAMAはSocio-ecologi-

cal production landscapes

ですが、

このlandscape

はいかなる意味でし

ょうか。暮沢剛巳がオギュスタン・ベ

ルグのテキストを読み解きながら、

landscape

は一六世紀に登場し、その

概念が「風景画」という絵画の一ジャ

ンルと強く結びついていると述べてい

ます(『「風景」という虚構 

美術/建築

/戦争から考える』、ブリュッケ、二〇

〇五)。ベルグはlandscape

をヨーロ

ッパ近代における幾何学的な知覚図式

との関連で考えていて、議論はデカル

トの幾何学にまで及びます。つまり、

ベルグはlandscape

をヨーロッパ近

代精神(幾何学的合理主義)の産物と

見なしていることはほぼ確実で、(ヨ

ーロッパで)半ば常識として共有され

ていると述べています。つまり、ここ

で少々論を飛躍させますが、デカルト

的幾何学的合理主義のヨーロッパ近代

精神に基づくと、やがて、自然は徹底

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的な人為的改変と管理を受けることに

なります。この結果がlandscape

他なりません。つまりlandscape

中には、人-自然共生が入り込む余地

は本来概念的に微塵もないのです。こ

の自然とのつきあい方の違いをC・レ

ヴィ=

ストロースが、『悲しき南回帰

線』(原著一九五五年、講談社学術文庫

所収)で見事に描いています。ブラジ

ルでの日系移民が、二次林で土地の一

角を再生させて、そこに野菜栽培を定

着させようと懸命に働いているさまを

みて、「ヨーロッパ人の旅行者は、彼

らの伝統的なカテゴリーのどれにもあ

てはまらないこの風景に、とまどいを

感じた。われわれは人の手の加わって

いない自然を知らない。ヨーロッパの

風景は公然と人に隷属している」と述

べています。

最近は生態学の進展により、land-

scape

にモザイク機能(多様性)がや

っと導入されつつあるというのが実情

ではないでしょうか。さて、幾何学的

合理主義のヨーロッパ近代精神に基づ

き科学が発展し、それに乗って、資本

主義的精神が、自然のありとあらゆる

物を価値(貨幣)に換算して資源とし

て扱い、人間までも人的資源として扱

うようになったのは既知のことです。

この幾何学的合理主義による自然管理

の行き詰まりが、単なる(production

) landscapes

ではなく、これにSocio-ecological

という、キャップ(制限)を

付ける必要があると学問的には広く認

識されてきているといってよいでしょ

う。今、熱帯の森林生態を保全するシ

ステムとして、REDD (Reduction

of Emission from

Deforestation and

(Forest

) Degradation

)が提案され、

メキシコのカンクンのCOP16(気候

変動枠組み条約締約国会議)でも、活

発に議論がなされ、多くの賛同が得ら

れ、このシステムが機能していく可能

性が高い状況になっています。RED

Dは極端にいうと、登録してその森林

保全すると、クレジットが生じる仕組

みです。本来、このクレジットが、政

府や住民の森林保全活動の資金となる

はずです。しかし、現在のところクレ

ジットによって膨大な利益(六割)を

得るのは投資家であって、資本主義的

精神がついに、熱帯林自体から黙って

いても金を生み出すシステムを構築し

ようとしているともいえます。これは、

自然をlandscape

と考えて、資源と

して利用し尽くすという、幾何学的合

理主義のヨーロッパ近代精神の、そし

てそれに上手く乗った資本主義的精神

の自然生態に対する最終戦争といって

よいかもしれません。それが、今、ま

さに中部カリマンタンのリンバラヤで

計画されている“T

he Rimba Raya Bio-

diversity Reserve REDD Project ”

(http://www.clim

ate-standards.org/projects/files/rim

ba_raya/CCBA_PDD

_Submission_for_Public_Com

ments_

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2010_06_05.pdf

)に見ることができま

す。このプロジェクト予定地を訪問し

ましたが、ほとんど生態計測もされず、

かなりずさんなデータを寄せ集めて、

ほぼ一人の人間が作文した三〇〇ペー

ジほどの提案書があるだけです。この

プロジェクトの認可(コンセッション

取得)が下りると、突然、何百億とい

うクレジットが発生します。これは、

欧米が行き着いた裸の(制限のない)

landscapes

概念の実態ともいえます。

一方、REDDがサトヤマシステム

の構築に利用されるとすると、これは、

地域社会の活性化につながるでしょう

し、そうすると森林保全とその修復が

現実化してくる可能性が高くなります。

自然を金に換えることを基本とした

(production

)landscapes

に対して、

Socio-ecological

を冠したSATOY

AMAは大きな力となり得ますが、

「人」と「自然」の共生を基盤とする

「サトヤマ」は、自然とのつきあい方

としては格段に優れていますし、自然

を投機の対象としか考えない資本主義

精神(=幾何学的合理主義のヨーロッ

パ近代精神)に、唯一対決できる概念

ではないかという気がします。

四手井綱英が「農用林」の意味で使

用した「里山」は、入会地や共有地の

問題を含んでいて、現在、これらは、

「コモンズ」(com

mons

)という概念

で議論されることが多いです。井上真

は、コモンズを「自然資源の共同管理

制度、および共同管理の対象である資

源そのもの」と定義しました(『コモ

ンズの思想をもとめて 

カリマンタンの

森で考える』、岩波書店、二〇〇四)。宮

内泰介は、環境の視点からコモンズを

「共有財産としての環境」あるいは

「環境を共有するしくみ」のことであ

ると述べています(宮内泰介編『コモ

ンズをささえるしくみ』、新曜社、二〇

〇六)。熱帯林の二酸化炭素の吸収・

放出は、地域の問題ですから、ローカ

ル・コモンズの問題に集約されるべき

はずのものですが、一方では、共有財

産としての地球環境をまもるためとい

う口実で、グローバル・コモンズとし

て、国際的な炭素取引市場で熱帯林

(の炭素)のクレジットが保全よりは

投資として売買される可能性が甚大と

なってきました。運用の使い方によっ

ては、今、まさに、熱帯林にハゲタカ

が巣くうかどうかの瀬戸際にあるとい

ってよいでしょう。

「サトヤマ」は単に古い概念の再定

義ではありません。これは、西欧近代

合理主義がもたらした二〇世紀の生物

生産システムの深刻な危機(もしくは

破堤)と自然管理の誤謬に対する、

Alternative M

odel

(代替でなく、よ

り本質的・根源的なモデルの意味)の

提示です。

●「里山」は、現代的にはローカル・

コモンズの問題を含む重要な概念に発

展できるでしょう。ローカル・コモン

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ズでは、ガバナンスが重要で、それは

日本語では「共治」という新たな概念

による内的発展のシステム形成に関わ

ります。

SATOYAMAは、現代的には西

欧が失敗した (production

)landscapes

概念を乗り越えて、M

illennium Eco-

system Assessm

ent

(“Ecosystems

and Human W

ell-Being: Synthesis ”. Washington, D

C: Island Press, 2005

における、適応的モザイク(A

dapt-ing M

osaic

)の発展に寄与します。

●「サトヤマ」は、「里山」と「SAT

OYAMA」を内包し、かつ、古くか

ら概念化されて骨肉化されてきたヒト

-

自然共生系をその基盤としたシステ

ムのことです。

本連載講座では、地域社会の内的発

展と自立的発展に、いかに「サトヤ

マ」概念を適用するかについて具体的

に述べていきます。

『サステイナビリティ学1 サステイナビリティ学の創生』小宮山宏・武内和彦・住明正・花木啓祐・三村信男 編

前号でもご紹介したサステイナビリティ学を体系的に論じる叢書の第1巻がこのたび刊行されました.この叢書は,3月刊行予定の第5巻『持続可能なアジアの展望』で完結します.2006年7月にスタート

した『サステナ』の第0号のテーマは「サステイナビリティ学とは何だろうか?」でした.そのころサステイナビリティという言葉の社会的認知度は低く,それに「学」を付けるとどうなるのか,研究者の間にも統一されたイメージはありませんでした.以来,サステイナビリテ

ィ学連携研究機構(IR3S)

が活動を続けてきた結果,新たな学術体系としてのサステイナビリティ学が確かに存在すると示せるようになりました.その端的な成果がこの第1巻です.サステイナビリティ学が

どのようなフレームワークをもった学術体系なのか,本巻第2章に明瞭に描かれています.サステイナビリティ学は,人類の発展をこれまで導いてきた科学(開発性科学)とは種々の面で対照的な第二の科学です.本章では,サステイナビリティ学の特質を,必要性,輪郭,方法,創出する主体,の4つの節に分けて整理しています.「サステイナビリティ学を創出する主体は研究者のみならず,社会の人々をも含んでいることがサステイナビリティ学の大きな特徴なのである」と主張する結語に勇気付けられます.サステイナビリティ学が目指すのは,持続可能な地球社会,すなわちグローバル・サステイナビリティの実現です.IR3Sはそれへの道筋として,低炭素社会,循環型社会,自然共生社会の3つの社会像の統合を提唱しています.さらに次世代の豊かな社会の創造につながる展望を切り開こうとしています.未来への希望を生み出しつつあるサステイナビリティ学の息吹に,この巻を通して触れられることを,『サステナ』の読者の方々には強くお勧めいたします.

書籍紹介

サステナ情報室

―⎧東京大学出版会

―⎫

2011年 1月刊―⎩182頁 本体2400円+税 ⎭

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サステナクイズ②(クイズのジャンル:循環型社会に向けて レベル:初級)

問 5 ごみの 3Rを正しく挙げているのは次のうちどれ?(1)リバース・リユース・リサイクル(2)リデュース・リユース・リサイクル(3)リピート・リバース・リユース(4)リバース・リピート・リサイクル

問 6 スローフードとはどんなことを指す?(1)消化のためによくかんでゆっくり食べること(2)地域に根ざした食品や食文化を守ること(3)時間と手間隙をかけて食品をつくること (4)速さと画一性を売りものとする食べ物

問 7 携帯電話の回収に通信各社や製造メーカーが力を注ぐ最大の理由は?(1)携帯電話に汚染物質が含まれているから (2)電池を回収するため (3)個人情報保護のため (4)稀少な金属が使われているから

問 8 水は一般的に飲み水に使う上水と,家庭や工場等で使った後の汚れた下水に分けられる.これ以外にも,下水をある程度処理した水で,ビルの水洗トイレ等で使われるものが存在する.その名前は次のうちどれ?(1)中水 (2)再利用水 (3)エコ水 (4)Mottainai 水

問 9 不要となったテレビ,エアコン,洗濯機,冷蔵庫の家電4品目について,家電メーカーに回収とリサイクルを,消費者に費用負担を義務付けた法律は?(1)家電リユース法  (2)エコロジー&リサイクル法 (3)家電リサイクル法 (4)エコロジーライフ法

(答えと解説は 29 ページ) 

● 29 ページの問題の答えと解説問 1 正解は(2)トナカイ.国際トナカイ畜産センター(ICR)のオスカル会長は,トナカイは雪の下に生える地衣類などを食べており,トナカイの飼育にとって最も重要なのは雪の質だと話している.オスカル会長はノルウェー北部フィンマルクで,サーミ人と一緒にトナカイを飼育している.この地方は特に気温が上昇しており,トナカイのエサへの悪影響が懸念されている.問 2 正解は(2).熱帯東太平洋域で海面水温が上昇する現象をエルニーニョ現象という.エルニーニョ現象が生じると,日本では暖かい春が続き梅雨入りが遅くなる.夏から秋にかけては西日本・南西諸島で冷夏となる傾向が見られて,冬が暖冬になる,という気候変化が見られやすい.問 3 正解は(1)サンゴ.サンゴの生育最適水温は 18~28℃なので 30℃以上の高水温になると共生する藻類が離脱し,脱色して白くなり死滅する.これを白化現象という.1997~98年に生じたエルニーニョの前後では,沖縄を含む地球上のほとんどの海域で大規模な白化現象が発生した.問 4 正解は(2)ゼロメートル地帯.ゼロメートル地帯とは,満潮時の潮位より低い位置にある場所.つまり,海抜がセロメートル以下の場所を表しており,堤防が壊れてしまうと水没等の恐れがある場所を指している.

目指せエコマスタ

ー!

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連載講座

46

生物多様性条約

COP10での議論

二〇一〇年一〇月一八から二九日

(正確には三〇日未明まで)、名古屋で、

生物多様性条約COP10が開催された。

会合は、遺伝資源の利用と利益配分

(ABS)に関する議定書、いわゆる

「名古屋議定書」や、二〇二〇年まで

の生物多様性保全に関する目標を定め

た「愛知目標」を全会一致で採択した。

「愛知目標」の中には、海域の一〇

%を海洋保護区とする記述もある。実

は、「愛知目標」が採択された後、環

境団体関係者などは、名古屋で決定さ

れた一〇%では不満足との意見を述べ

る者もいた。

確かに、二〇〇六年の生物多様性条

約会合COP8では、二〇一〇年目標

として海洋及び沿岸生態域の少なくと

も一〇%は効果的に保全されているこ

ととを掲げている。今回の名古屋での

決定は、達成時期を遅らせただけで前

進がないとの見方も表面的には可能だ。

しかし、筆者の見方は少し違う。筆

者は、五月のナイロビ会合と一〇月の

名古屋会合の双方に出席したが、一〇

%でさえ途上国にとっては高すぎて合

意に至らないリスクがあった中で、よ

くこのような高い数字が成立したもの

だとむしろ感心している。

少しさかのぼって説明しよう。二〇

一〇年当初に、名古屋での合意文書の

たたき台として生物多様性条約事務局

が各国に提示した案では、海洋保護区

の目標値は一五%とされていた。あわ

せて、現状では海洋保護区の割合は世

界の海洋の一%未満との報告もなされ

た。こ

れに対して、五月のナイロビ会合

では、一〇%目標も守られていない中

で、さらにハードルをあげるのは非現

実的との声が多数聞かれた。特に中国

は、六%で十分との主張を行った。結

局、事務局文書の一五%は消され、代

サステイナビリティと生物多様性 3

八木信行 やぎ のぶゆき 東京大学大学院農学生命科学研究科特任准教授 (専門は資源経済学・海洋政策論)

生物多様性条約会合の舞台裏 (つづき)

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わってX%(エックス%)と書き直さ

れて名古屋会合を迎えた。

今回の名古屋でも、中国は六%を一

切譲歩しない構えを見せた。これを見

た東南アジア諸国やアフリカ諸国は、

海洋保護区は五%で十分だとの意見を

次々に表明しだした。

また、数値目標が仮に一〇%とする

場合、それが何を分母とした割合であ

るのかについても、最後まで議論が紛

糾した。メキシコなどは、自国の管轄

権が及ぶ海域のみを計算の分母とすべ

きと主張する一方、EUなどは公海も

その分母に含めるべきと主張していた。

そのうち、途上国の中には、何を分母

にするのか合意がなされないうちは数

字の議論には入れない、さらには、数

値目標を設定すること自体が不適切で

あるので、数値は消去すべきと主張す

る国まで現れた。

資金問題も途上国が人質に取ってい

た。保護区を管理するための資金援助

が先進国から途上国になされない限り

目標を守るつもりはないと述べる国も

あった。

数値目標は、このように、会議の終

盤を迎えても全くまとまる気配を見せ

なかった。その中で、最終日、コンタ

クト会合の議長(イランとノルウェ

ー)により一〇%に決め打ちする案が

半ばギャンブルのような形で提示され、

各国とも時間切れが迫る中で不承不承

ながら黙認したというのが真相だ。あ

る意味、COP10で数ある論点の一つ

としてパッケージ合意された一部、す

なわち交渉時間が迫る中での妥協の産

物という性格であることは否定できな

い。分

母を何にするかとの点は、最終合

意には一切触れられていない。公海を

含むか否かを議論すると紛糾し合意に

至らないと踏んで、敢えて何も記述し

ない案で各国の同意を取り付けたとい

うのが真相だ。従って、分母をめぐる

解釈は、各国が好きなように都合よく

解釈して差し支えないというのがフェ

アな見方だろう。

保護区イコール

全面禁漁区ではない

それでは、「愛知目標」における海

洋保護区の最終合意文の趣旨を把握し

図1 10月30日未明,愛知目標などが採択され,全体会合はスタンディングオベーションになる.

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ておきたい。「愛知目標」には合計二

〇の項目が存在し、その一一番目に海

洋保護区の面積(比率)などの設定目

標が盛り込まれた。具体的には、「少

なくとも二〇二〇年までに、陸上と陸

水域の一七%、沿岸と海洋の一〇%を、

保護区や他の効果的な保全手段によっ

て有効かつ公平に保全する」との趣旨

になっている。

この記述では、数値そのもの以外に

も、注目すべき点が何点かある。

特に、数値目標の一〇%が「保護

区」だけでなく「他の有効な手段」も

含むとなっている部分を見逃してはな

らない。つまり、資源を回復させるた

めに漁場の保全管理を漁業者が実施し

ているような場所も、保護区と同様に

見て一〇%目標の中に組み入れてよい

ということだ。

あわせて、文章の述語が「保全す

る」となっている点もポイントだ。保

全と保護は似たような言葉として捉え

られがちであるが、環境関係の国際会

議では、両者は区別されて使用されて

いる。つまり、「保護(protection

)」

は資源利用の禁止を示唆する趣旨であ

るのに対し、「保全(conservation

)」

は資源利用を前提とした上で資源を守

るといった語感がある。つまり、ここ

からも、一〇%目標は、必ずしも全面

禁漁区だけでなく、効果的な保全につ

ながっている場所も含んだ数字である

と考えて差し支えない。

地域のボトムアップによる

保全を重視

目標の文章には、「公平(equitably

)」

に保全すると書いてあるが、これも重

図2 サイドイベントの様子.中央が筆者.

図3 東大の学生も場外ブースで活動.

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要な意味を持っている。これはブラジ

ルが提案して挿入された単語であるが、

要するに、陸上などの保全地域では原

住民や地域コミュニティーが参加型の

保全活動を長年実施しており、そのよ

うな場所で中央政府がトップダウンで

一方的に保護区を設定するよりも、既

存の地域活動を「公平」に維持するこ

とが重要との趣旨とのことだった。

今回のCOP10のサイドイベントと

して実施されたいろいろな会合でも、

保護区を設定するに当たっては、地域

の声を取り入れることは極めて重要と

の認識が各所で指摘されていた。例え

ば、ジュネーブのIUCN(国際自然

保護連合)関係者が開催した会議で、

日本の沿岸における漁業者のボトムア

ップによる保全活動はICCA(原住

民及び地域による保全区域)であると

の認識も広がっていた。

そもそも環境保全に関する国際会合

が紛糾する原因には、コスト負担を誰

が行うのかという経済問題が必ず存在

する。トップダウン的に保全を叫ぶの

は先進国で、現場のコストを負担する

のは保全すべき自然を有する途上国の

みといった構造では合意に至らないの

は明白だ。

生物多様性条約の会合が、投票によ

らずにコンセンサスで決定を下す方式

である以上、保全の現場を有する途上

国の発言力が強いのは、ある意味当然

の成り行きと言える。

これからの日本の役割

このような中、日本がこれから果た

すべき役割は重要だ。今回紹介した

「愛知目標」には、法的拘束力がない。

とはいえ、日本は、会議の開催国でも

あり、目標を率先して実行するべき立

場になっている。また、途上国がこれ

を円滑に実行できるよう、技術面から

もサポートするよう求められている。

日本は以前から、保護一辺倒ではな

く、利用や地域のボトムアップの活動

を重視して保全活動を行ってきた地域

が多い。言うなれば「里海」だ。日本

国内では、このような既存の活動を最

大限生かしながら、「愛知目標」達成

に向けて調整を図ることが課題である。

現場のコストを誰がどう負担するのか

という議論も調整すべき課題の中に入

るだろう。

また、対外的には、日本の保全スタ

イルをアジアやアフリカ各国に広めて

いくことで国際貢献を行うことが重要

だ。実際、今回のCOP10の議場内外

では、日本の漁業関係者などを含めた

日本の参加者が、日本沿岸で漁業者が

ボトムアップで行っている資源保護活

動が西洋流の「保護区」と同等以上の

価値があると主張し、途上国や原住民

関係者などの関心を引いていた。日本

方式が採用できないかと期待する声も

途上国から聞かれた。このような要請

に応えることも課題となろう。

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海外通信

50

仕事でインドへ行く、と聞いて、「まあ、

羨ましい」と言ってくれる人はきわめて少数

派である。東京大学から二年間派遣された時

も、職員の方々からは「何て奇特な人」と思

われていたようだ。恐らく、タージマハルの

ような壮大、秀麗な世界遺産よりも、衛生面

の劣悪さの方がインドのイメージづくりに影

響しているのだろう。その派遣期間がやっと

終了し、快適な日本に戻ったのに、一年も経

たないうちに何かに引き寄せられるように再

びインドにきてしまった。我ながら不思議に

思う。しかし、だからと言って、不衛生な生

活環境に慣れたわけではない。むしろ嫌悪感

は増してきたかもしれない。不衛生の元凶は、

衛生的なトイレの不足である。日本にいると

日常トイレが話題に上ることはほとんどない

が、インドで暮らすとなると、あるいは短期

間旅行するだけでも、トイレは最大の関心事

となること間違いなしである。

カルチャー・ショックでは済まされない

少なくとも二つの意味で重大事である。第

一に、大都市の街中であっても、牛や犬や人

間の排泄物があちこちに放置されていて、街

歩きに細心の注意を要する。ほんのちょっと

した距離でも中流以上の人たちがリキシャに

乗りたがるのは、動物や人間のこの落し物を

避けるためではないかと推測する。糞尿の黴

菌がそれに触れた人の手を介して人々の口に

運ばれ、健康を害する原因となるのは周知の

通りである。第二に、自分自身が用を足す場

所を探すのに苦労する。以前、ラジャスタン

州の田舎にでかけた際、トイレだと案内され

た場所は、ただの空き地であった。この村で

は個別にトイレを所有している家が皆無だっ

たのである。サリーにしろ、パンジャービ・

ドレスにしろ、インドの女性の衣装が長くて

ひらひらしているのは屋外で用を足す必要性

からだったのか、と妙に納得。私自身も仕方

なくインドの不衛生要因に一役買ってしまっ

たわけだが、足の踏み場もない悪臭漂う公衆

トイレに入るより屋外の方がはるかにマシな

のは事実で、排泄物が野外のあちこちに散乱

している理由が何となくわかるような気がし

牧田りえ まきた りえ 立教大学Asian Institute for Intellectual Collaboration 特任准教授 (専門は開発地理学)

インドで憂う, 人口増加の結末

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た。もちろん、公衆トイレが不足しているだ

けでなく、トイレが設置できない、あるいは

設置するつもりのない家庭が多いことも野外

トイレの理由ではある。自宅にトイレをつく

らないのは必ずしも経済的理由によるわけで

はないようで、携帯電話を使用し、ケーブ

ル・テレビの受信契約をしているのに、トイ

レの設置はいつまでも後回しになっている家

庭を少なからず見てきた。

二〇一〇年一〇月、インドにとって史上最

大規模のスポーツの祭典コモンウェルス・ゲ

ームが開催された。その直後、七カ月ぶりに

デリー国際空港に降り立った。ゲームに間に

合わせてオープンした新ターミナルには絨毯

が一面に敷き詰められ、イメージ刷新のため

の努力が感じられる。空港から街中へ車を走

らせると、おや、何かが違う。車窓から外を

眺めると、以前は信号機の間隔と同じくらい

の間隔で見ることのできた(正確には、見せ

られた)道路沿いの立ち小便風景が全く見ら

れない。おお、これはすごい変化ではないか。

その後も、デリーに滞在した四日間、一度も

目にすることがなかった。コモンウェルス・

ゲームの前にかなりの指導があったようであ

る。聞くところによると、ゲーム会場の周辺

では物乞いの人々の一斉捕獲、強制移動も実

施されたそうな。しかし、実情は、外国から

のお客さんたちが目にする道路沿いから立ち

小便は姿を消したものの、その分、皆が敷地

内に入り込んで用を足すようになり、また別

の問題を生んでいるとのこと。やはり、表面

的には隠せても一朝一夕に解決できるような

事柄ではないようだ。

二年間のデリー滞在中に行きそびれ、今回

の訪問時にぜひ訪ねてみたいと思っていた場

所があった。国際空港にほど近い場所にある

「トイレ博物館」である。スラブ・インター

ナショナルという非政府組織(NGO)が運

営しており、トイレの発展の歴史を紹介し、

世界中からいろいろなタイプの便器を集めて

展示している。日本のウォシュレットも展示

品の一つだ。しかし、このトイレ博物館自体

はアイ・キャッチャーに過ぎず、ここに足を

踏み入れた訪問者は、衛生的なトイレの普及

図1 トイレ博物館の内部.

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のために同NGOが行っているさまざまな試

みを学ぶことになる。アポイントメントも取

らず、ふらっと訪れた私一人のために、同N

GOに所属する研究者が付きっきりで一時間

半もガイドをしてくれた。衛生的なトイレが

普及すれば、もっと快適な生活環境が手に入

り、野外トイレで女性がレイプされることも

なくなる。そして、変えられるのは環境だけ

ではない。さらにインドの社会構造まで変え

られるというのだ。

トイレとカースト制の密接な関係

当初、スラブ・インターナショナルは貧困

層に対してトイレ普及を行っているものと勝

手に思いこみ、それにしてはこの改良型トイ

レにかかる費用(一式一六五〇ルピーから)

は高すぎると感じた。しかし、まず富裕層の

トイレから変えて行かなければならないと聞

いて、インド社会の複雑な構造に改めてはっ

とさせられる。

インドには職業によって差別をするカース

ト制度が存続してきた。最低カーストに位置

づけられるのが、各家庭をまわって人々の排

泄物の処理をすることを生業とする人々、い

わゆる「不可触民(アンタッチャブル)」と

呼ばれる人々である。映画『ガンジー』の中

でも、自分のトイレの清掃は自分でするよう

にと、嫌がる妻にガンジーが諭すシーンがあ

るが、不可触民が存在するのを前提に、上位

カーストの人々は自分の下の世話をしないで

済む社会システムができあがっていたのであ

る。また、自分の後始末を自分でしなくて済

むが故に、衛生的なトイレが普及してこなか

ったとも言える。不可触民の人々は他カース

トから忌み嫌われ、子供たちは学校にも行け

ない。教育を受けられないから、成人すれば

親と同じ排泄物処理の仕事にしかつけない、

という悪循環を繰り返してきた。この悪循環

を断ち切る方法として、汲み取りの必要がな

く、清掃の容易なトイレをスラブ・インター

ナショナルは開発し、下水処理設備が整って

いない農村部への普及を図っている。富裕層

(上位カーストの人々)がこのタイプのトイ

レを設置してくれれば、他人の排泄物を始末

図2 スラブ・インターナショナルで開発・普及しているトイレの展示.

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する仕事が必要なくなり、不可触民と呼ばれ

た人々には別の職業の訓練を施せるというわ

けである。

同NGOでは、住居用トイレの開発の他に、

衛生的な公衆トイレの設置・運営管理、さら

に、人糞に適切な処理を加えた農業用肥料の

開発、バイオガス燃料としての利用に関する

研究も進めている。サステイナビリティを議

論する時、増加する人口の食料をどう確保す

るかという問題は頻繁にとりあげられるけれ

ども、増加する人口が放出する排泄物にどう

対処するのかという問題は話題になりにくい。

できれば目をつぶってやり過ごしてしまいた

い話題である。でも、研究のためにインドの

農村部をまわりながら、今日の昼はどこにト

イレを確保するかということに日々頭を悩ま

せていると、ますますサステイナビリティの

重要課題だと思えてくるのである。化学物質

を大量に摂取している我々の排泄物は、その

まま放置しただけでは天然の肥料にはならず、

環境劣化に加担する一方である。野外トイレ

がこの調子で増えていったらどうなるのだろ

う。想像するだけで恐ろしい。スラブ・イン

ターナショナルが行っているような活動は、

もっと重視されるべきだろう。読者の皆様も、

もしデリーを訪れることがあったら、空港の

チェックインまでの空き時間を使って、ぜひ

同トイレ博物館に足を運んでみてほしい。

それにしても、久しぶりの「インド通信」

がトイレの話だけで終始してしまうとは思わ

なかった。トイレの話だけで一回分のエッセ

イが書けてしまうなんて、やっぱりインドは

凄い国である。

〈参考ウェブサイト〉

http://www.sulabhinternational.org/

図4 敷地内に立つ,糞尿を運ぶ不可触民女性の像.このカーストを完全に廃止することが同NGOの最終目標.

図3 開発担当者から説明を受ける.

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――

まず、どのようなお仕事をされてい

るのか簡単にお聞かせください。

セガ 

北海道大学サステイナビリティ

学教育研究センターは教育と研究の二

つの活動をしています。私はおもに研

究の方に携わっていて、専門は森林管

理、特に衛星データを使ったリモート

センシングです。

深水 

私は教育の方を担当しています。

根からの文系で、専門は倫理学です。

センターでは持続社会構築環境リーダ

ー・マイスター育成プログラムを実施

していて、私は環境倫理の教育を通し

て、持続可能な社会をつくる知識をも

った専門家を育てていこうとしていま

す。

――

セガさんが研究の対象としているの

はどこの森ですか。

セガ 

インドネシアのカリマンタン島

(ボルネオ島)の森です。インドネシ

アの熱帯雨林はブラジルのアマゾンに

次いで世界で二番目に広く、二酸化炭

素の巨大な吸収源で、生物多様性の宝

庫でもあります。先住民は森に依存し

た暮らしをし、森がなくなると生活が

成り立ちません。オランウータンなど

の動物、薬になる有用な植物などもな

くなってしまいます。森林を守るため

の森林管理、泥炭管理などのテーマに

取り組み、JST/JICAプロジェ

クトの「インドネシアの泥炭・森林に

おける火災と炭素管理」の森林火災の

グループに所属しています。

――

深水さんもインドネシアにはいらし

たことがあるのですか。

深水 

この前の九月にセガさんと一緒

にいきました。セガさんはパランカラ

ヤでワークショップや調査を行い、私

もワークショップでこのセンターの取

り組みについて発表してから、パラン

サステナ訪問

日本とインドネシアを結ぶもの

北海道大学サステイナビリティ学教育研究センター

ヘンドリック・セガ特任助教深水護特任助教

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カラヤ大学における環境倫理教育を調

査してきました。パランカラヤ大学に

は、セガさんの立派な研究室があって

びっくりしました。

セガ 

小さな部屋です(笑)。私はカ

リマンタンの先住民であるダヤックの

出身で、パランカラヤが故郷です。

――

日本には長いのですか。

セガ 

学生のときに北海道大学で三年

半勉強し、それからインドネシアに帰

り、また今年度からこのセンターにき

ています。

深水 

セガさんにはお嬢さんが二人い

らっしゃるのですよ。

セガ 

アヤとハルナといいます。日本

の名前をつけました。札幌の小学校に

通っていて、三年生と二年生です。妻

はインドネシア人です。

――

カリマンタンの森を守るには何が最

も重要だとお考えですか。

セガ 

法の整備です。違法な森林伐採

やオランウータンの違法な捕獲などを

止めなければなりません。それと、若

い世代からの環境教育です。インドネ

シア政府は、幼稚園、小学校から大学

までの環境教育に力を入れています。

――

日本とインドネシアとで環境観の差

のようなものはあるでしょうか。

深水 

このセンターにきて初めてイン

ドネシアの方と話をするようになった

ので、質問に答えられるだけの知見が

ありません。一般的な話ですが、信仰

する宗教が自然をどう捉えているかで、

自然観や資源の利用の仕方は大きく左

右されます。日本人には自然の恵みに

感謝するという考え方が強くありまし

たが、他の国の人たちは自然を克服の

対象とみて、自然は倒すべき相手のよ

うに考えているかもしれません。

セガ 

インドネシアには、イスラム教、

キリスト教、仏教、ヒンズー教など多

くの宗教があります。それらすべてが

持続可能性に関する教育と関わりをも

っています。国が持続可能な発展のた

めの教育(ESD)を推進するととも

に、さまざまな宗教指導者が連携して、

植林や森林再生に関わり、「森を燃や

すな」と人々に訴えています。

――

宗教家の活動が目立つというのは、

日本とは違いますね。

深水 

日本の環境教育はまだ萌芽期で、

理科離れ対策として、環境教育を通じ

て、理科への関心を高めようとする思

惑も感じられます。環境リーダー・マ

イスター育成プログラムは、学生の環

境活動家をつくろうとするものではな

く、社会に出て働きながら、持続可能

な社会をつくるために自分の立場で何

ができるのかを考えて、柔軟な発想で

取り組んでいく人材の育成を目指して

います。実際の成果が出るのは何年も

先になります。

――

リーダーになる人にはどのような資

質が求められるでしょうか。

深水 

特別な資質といったものは必要

ないと思います。例えば、アメリカで

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は、汚染や騒音、異臭などのマイナス

の環境負荷は、貧しい人や移民に多く

分配される傾向があり、それに対して

市民運動や抗議行動を起こすのは、普

通の主婦であったり、高校も出ていな

い人であったり、高齢者であったりい

ろいろです。この場合、リーダーにな

るのは、既存の環境を当たり前のもの

と考えるのではなく、自分たちにも良

好な環境に住む権利があるはずだと、

気づける人です。そして、自分だけが

安全な場所に引っ越せばいいという感

覚の持ち主ではなく、まわりの人たち

の生活も守りたいという高い意識があ

り、行動を起こす力のある人です。

――

インドネシアでは森を守ろうとする

住民の動きはあるのですか。

セガ 

インドネシアの森と日本の森が

大きく異なるのは、前者が国有だとい

う点です。企業は二五年契約で国から

借りるだけで、所有はできません。森

を守るのは、基本的に国や地方政府の

仕事だと思われています。

 

その一方で、カリマンタンの先住民

であるダヤックは森を尊敬しています。

ダヤックには森の保全に関わる伝統的

な知識があります。生物多様性条約の

COP10でも先住民の知識を再評価す

ることが重要視されました。外から森

にくる人がマラリアにかかっても、私

も含めて地域住民はかかりません。森

のなかに生えるツタを切ってその汁を

飲むといいといわれてきました。自然

の薬が昔から知られているのです。

深水 

先進国の農薬会社や製薬会社が

熱帯雨林から採取した遺伝子で薬など

を開発して利益を得るのは、現地の人

からすると、遺伝子を盗まれ、搾取さ

れたということを意味します。現地の

人には、森林の植物を医薬品や農薬と

して利用してきた古くからの知識があ

るのですから、それを先進国が真摯に

学ぶという姿勢になっていくのが望ま

しいと思います。

――

カリマンタンの森について、日本人

に特に知ってほしいことは?

セガ 

森の本当の価値です。森から木

を一本切り出したら例えば一〇〇ドル

で売れるかもしれません。切らずに森

の中にあると、その一〇〇倍以上の価

値があります。二酸化炭素を吸収し、

水を涵養し、動物の住処になり、観光

資源にもなります。材木として切って

しまえば一度きりで終わりで、森に生

えていれば価値を生み続けます。木を

切った後にアブラヤシを植えてパーム

オイルを採れば、利益はその後も得ら

れますが、森の多様性はなくなります。

深水 

そういった事実を知るのがまず

重要です。知ることで、次に取るべき

行動が分かってきます。しかし、知ら

せるのは大変な作業で、このセンター

でもアウトリーチ活動として、二〇一

〇年九月に、札幌の紀伊国屋書店の一

階で、カリマンタン島での森林火災と

植林についてのパネル展示をしました

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が、そのような努力をしても伝えられ

るのは何百人かの人たちだけです。

――

ところでセガさんが日本にこられた

一番の理由は何でしょうか。

セガ 

日本への憧れです。日本とイン

ドネシアには長い協力関係があり、イ

ンドネシアには日本の製品がたくさん

入っていて、日本になじみがありまし

た。また、あきらめずに頑張るという

ことを日本から学びました。一九七〇

年代になって、第二次世界大戦が終わ

ってから三〇年もの間、森に潜んでい

た日本兵が発見されました。森には危

険な動物がいて病気もあるのに、生き

続けたのはすごいことです。そのよう

にあきらめずに頑張れば、インドネシ

アの森は必ず守れると思っています。

――

深水さんの現在のモチベーションは

どのあたりにあるでしょうか。

深水 

大学院からかれこれ五、六年倫

理学を勉強してきました。研究費が理

系の方に重点的に配分されるので、文

系の研究は先細りだとよくいわれます。

そのようななかで、他の分野の人から、

持続可能性の問題には倫理が重要だと、

言っていただいているのが励みになっ

ています。自分は大学院時代から一日

中図書館にいても全く苦ではない引き

こもりのようなものだったので、理系

の人のようにフィールドに出ていくの

は怖いようなところがありました。今

ではインドネシアなどいろいろな場所

に行かせていただいて、動き回るのが

面白いと思える新しい発見もありまし

た。

――

五〇年後を想像して、いまよりもい

い世界になっていると思いますか。

セガ 

なっていると思います。地球温

暖化や生物多様性の問題に世界の人々

が真剣に取り組んでいます。インドネ

シアの森はいまも切られていますが、

原生林のままに残すところ、アブラヤ

シを植えるところ、農地にするところ、

居住区にするところと、ゾーンに分け

ています。そのようなプランに基づい

た森林管理を行えば森は必ず守れます。

深水 

私もいい世界になると思います。

持続可能性で議論される問題には暗い

話題が多く、下向きに思われがちです。

しかし、そうではなく、「何が問題な

のか分かっているのだから、あとは解

決に向けて行動するだけだ」と考える

ポジティブな発想の転換も必要だと思

います。その延長線上にいい社会がや

ってくると思います。

深水護特任助教(左)とヘンドリック・セガ特任助教.

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若手の部屋

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私は、昆虫を材料に基礎生態学を研

究しています。野外で採集や調査をし

ていると、ときおり声をかけてくださ

る方がいます。材料となる昆虫のほと

んどは、われわれの生活の役に立つわ

けでもなく、かといって悪さをするわ

けでもなく、また珍しいわけでもない、

その辺にありふれている種類です。そ

ういったことを説明すると「そんなも

のを研究していったい何の役に立つの

か」と皆さんおっしゃいます。生態学

を一言で説明するなら、生物の生き様

を観察することを通して、生物とその

寄り合いである生物群集の盛衰が、ど

のような基本原理に支配されているの

かを明らかにする学問と言えましょう

か。今回は、サステイナビリティ学と

いう応用的な学問に、基礎生態学がど

のように貢献できるのか、その一例を

お話ししましょう。

生物多様性の維持という問題

二〇一〇年一〇月に、名古屋で生物

や環境の保全に関する国際的な会議が

開催されました。連日NHKなどを中

心に特集や特番が組まれたので、ご存

じの方も多いかと思います。生物多様

性条約(CBD)第一〇回締約国会合

(COP10)と呼ばれるこの会議の目

的は、「生物多様性の保全」と、「遺伝

資源によって得られる利益の公正かつ

公平な配分」を解決するための話し合

いでした。遺伝資源とは、端的に言え

ば人間にとって役に立つ動植物のこと

です。たとえば、最近ドイツで人気の

風邪薬に、ペラルゴニウムという南ア

フリカでとれる野草由来の生薬があり

ます。高価で取引されるので、産地で

は乱獲されてその数が急激に減ってい

ます。失業率が非常に高い彼の地では、

違法採集によって何とか生計を立てて

いる人々がいるため、単に規制を厳し

くすれば良いという簡単な問題ではあ

りません。貴重な動植物の取引によっ

て生じる利益を公正に配分するには、

原料を提供する生産国と製品を生産す

生物多様性は何故重要なのか

基礎生態学の観点から

田中晋吾

たなかしんご

北海道大学サステイナビリティ学教育研究センター

(専門は動物生態学)

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る先進国が一体となって取り組む必要

があるでしょう。遺伝資源というのは、

生物多様性がもたらす利益の一側面で

す。こ

のような生物多様性の価値は、あ

る程度は経済的な指標に基づいて評価

することも可能です。しかし、生物多

様性がわれわれ人間や自然環境にもた

らす影響はそれにはとどまりません。

まず、酸素や土壌やきれいな水を作り

だすという非常に重要な働きがありま

すし、日射を防いで湿度を維持したり

風雨の影響を弱めたりするなど、気象

の影響を緩和してくれる機能がありま

す。さらには、多くの宗教や文化を育

成する土壌にもなり、世界各地に特色

ある文明を育んできました。こういっ

た効果の経済的な試算はほとんど不可

能といって良いでしょう。したがって、

別の価値観に基づいて生物多様性の保

全を考える必要が生じてくるわけです。

その価値観を共有するために、まずは

生物多様性を維持することがなぜ重要

なのか、その理由を考えることから始

めましょう。

生物多様性の高さと

生物群集の脆弱性の関係

生物多様性が高い地域と聞くと、ほ

とんどの方は熱帯雨林を連想すること

と思います。事実、地球の陸地面積の

七%に過ぎない熱帯雨林には、世界中

の生物種の五〇%以上が生息している

と言われます。経験則や一部の実験に

より、多様性が高い生物群集は病気や

環境変化への耐性が高く持続的である

ということが知られています。ところ

が、数理モデルをつかって説明しよう

とすると、逆に多様性の高い生物群集

ほどきわどいバランスの上に成立して

おり、環境変化に対する抵抗力がなく

持続性が低いというパラドックスが生

じてしまいます。この問題は長い間未

解決のままで置かれてきました。皆さ

んは食物連鎖という言葉をご存じでし

ょうか。生物間の「食う―

食われる」

の関係の事ですが、多様な生物が集ま

ってできる生物群集では、生物種間に

この関係が生じるため関係性が複雑に

なり、まるで網の目のように見えるこ

とから食物網とも呼ばれています。従

来の数理モデルは、この関係を固定し

て計算を行っていました。最近になっ

て、若い日本人の学者が「柔軟な食物

網」という概念を導入し、種間関係が

状況によって変化するモデルを作り上

げることによって、このパラドックス

を明快に解決してみせました。柔軟な

食物網とは、ある動物が餌としていた

生物の個体数が著しく減ったり絶滅し

たりしてしまったときに、他の種類を

利用するように行動を変える現象と説

明すれば解りやすいでしょうか。この

数理モデルから予測されることは、生

物群集を構成する種が多いほど生物群

集は堅牢なものとなりますが、柔軟な

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種間関係が維持される場合、ある程度

なら種数が減っても生物群集は維持さ

れるということです。ですが、ある限

界を超えて種数が減ってしまうと、そ

の生物群集では柔軟性が失われて一気

に崩壊へと向かうことが予測されます。

つまり、有用な生物だけを自然環境下

で選択的に保全することは叶わない話

で、その環境の生物群集を丸ごと保全

する必要があると言えるわけです。そ

の辺のありふれた生物の重要性がわか

っていただけたでしょうか。

余談になりますが、この「柔軟な食

物網」仮説を支持するメカニズムにつ

いて、興味深いことが解っています。

例えばパンダのように、特定の餌しか

利用しない動物がいます。特に昆虫に

はこのような性質のものが多く、遺伝

子によって利用する餌が厳密に決まっ

ているので、「柔軟な食物網」仮説は

当てはまりそうにないと思えるでしょ

う。私は寄生蜂というチョウの幼虫に

寄生する小さな昆虫を使って、この問

題を調べました。寄生蜂は遺伝子によ

って寄生できる種が決まっていますが、

集団の中にはまれに変わった性質をも

った個体がいて、普通は寄生しない種

にまで産卵してしまうものがいます。

侵入種の加入などの環境変化が生じた

とき、まれにこのような変わり者が有

利になることがあります。北海道にオ

オモンシロチョウという外来種が侵入

してきたときに、私が研究していた寄

生蜂の一部の変わり者がこの侵入種に

寄生し始めました。すると、オオモン

シロチョウを利用する個体がどんどん

集団中に増えていき、五年もたたずに

集団の好みがすっかり変わってしまい

ました。すなわち、餌の利用が遺伝子

によって厳密に決定されている生物で

も、比較的短期間で柔軟に環境の変化

に対応できる可能性が示唆されたので

す。このような生物集団中に存在する

遺伝子の頻度変化のことを「進化」と

呼びます。同じような現象はわれわれ

の身近で頻繁に生じており、実際に応

用もされています。病院では何故いろ

んな種類の抗生物質を使い分けるので

しょうか。それは、特定の抗生物質だ

けを使い続けることでその薬剤の耐性

菌が出現してしまうのを防いでいるの

です。

多様性の保全と開発の

折り合いをつけるために

生物多様性を維持するためには自然

環境を丸ごと保全する必要があるのは

解りましたが、どこかで保全と経済活

動の折り合いをつけねばなりません。

できるだけ環境への影響が少ない土地

を選ぶことはもちろんですが、それが

叶わない場合には影響を軽減する対策

を講じる必要があります。たとえば、

開発によって森が分断されてしまう場

合には、小動物が移動できる橋や通路

を造ることがあります。また、開発に

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よって破壊されてしまう環境とほぼ同

じ環境を、別の土地に人為的に造成す

ることもあります。これを「ミティゲ

ーション(補償)」と呼んでおり、日

本では制度上開発地域に隣接して設け

られます。この制度が発達しているア

メリカやドイツでは、開発地域からあ

る程度離れた土地に、開発する地域と

等価以上の環境を設けることで補償と

みなすことがあります。開発地域に近

いほど環境も似ているので、隣接地で

補償する日本の現行制度は理にかなっ

た考え方ですが、大規模な森林造成な

どは不可能です。北海道に生息するシ

マフクロウやヒグマといった大型動物

は、生活のために広大な森林を必要と

しますので、分断された補償地では生

息できません。

この問題に対応できるのが、事前に

第三者が計画的に土地を確保して環境

を保全し、その一部を企業に売却する

「生物多様性オフセット」です。まず、

補償地をまとめて造成することによっ

て、広大な森林を保全することができ

ます。また、クレジットとして取引を

行うことによって、環境保全に尽力す

る農山村地域には、経済利益がもたら

される可能性があります。サステイナ

ビリティ学教育研究センターには、私

を含めて四名の生態学者がいます。そ

こで、東大演習林を抱える富良野市や、

炭素オフセットで先進的な取り組みを

行っている下川町と連携して、生物多

様性オフセットの可能性について研究

を始めたところです。

いま目の前にある環境を保全すべき

かどうかの判断には、生態学者だけで

はなく恩恵に与るあらゆる人々の関与

が必要です。生態学者の役割は、適切

な指標を利用して自然環境の特性を客

観的に提示することであり、そのため

に基礎生態学はこれからも重要な役割

を果たすでしょう。

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フィールド

 

便り

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情報化社会といわれて久しいが、イ

ンターネットに負けないほどの情報網

が私の調査地フィリピンの農村にある。

それが「チスミス」と呼ばれるうわさ

話だ。農作業中や、夕涼みをする女た

ちの井戸端会議、男たちの酒盛りなど

いたるところでうわさ話に花が咲く。

まず驚くのは情報が伝わる早さだ。

ある時見知らぬ車が止まり、フィリピ

ン人が韓国語で話しかけてきた。私は

怖くなって「ハポネサアコ!(私は

日本人だ!)」と叫んで近くの家に逃

げ込んだ。すぐにみんなの知るところ

となり、ちょっとした誘拐未遂事件に

なった。それから数日は会う人に、

「どうしたの?大丈夫?」と聞かれ、

何度も説明しなければならなかった。

住民の情報収集能力にも驚く。すれ

違った人同士は、「どこから来て、何

をして、どこに行くのか」を当然のよ

うに聞く。相手が何か持っていると、

すぐ持ち物チェックが入る。ついでに

他の人の情報も聞いていく。携帯の位

置確認機能なしに、誰がどこにいるか

わかってしまう。私も道を歩くと質問

攻めにあうので、目的地に着くのに時

間がかかった。

一方で住民は情報流出への対策を迫

られる。田植え中、友人の娘Aさんの

誕生日会に呼ばれた。誕生日会は親戚

や知人に食事を振舞う大切な行事であ

る。そこで私は六時間かけて町から運

んだケーキを差し入れすることにした。

誕生日会に来るだろうたくさんの住民

リレー連載

忘れられた当たり前を探す:

目からウロコのフィールドワーク③

秘密の誕生日会

椙本歩美

すぎもとあゆみ

東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程

(専門は国際森林環境学)

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にも、お世話になっているお礼をした

かったのだ。

しかし私の予想は裏切られた。前日

の井戸端会議で私はうっかり「明日は

Aさんの誕生日だよね」とみんなに言

った。するとほとんどの人たちは初め

て聞く様子。その中の一人が、そっと

指を立てて私に内緒のしぐさをした。

「私たちも呼ばれているの?」と聞か

れ、とっさに「ノー、ノー!私も呼

ばれてないよ!」と笑って私は話題を

変えた。その場を収めるためのうそも

必要になる。なにか事情があるらしい。

翌日Aさんの家に行くと、友人と内

緒のサインを送ってくれた人が、スパ

ゲティとラティック(餅菓子)を容器

に取り分けていた。静かな誕生日会が

少数で行われた。隣人に悟られないよ

う小声で話し、後から来たお客には食

事を持ち帰ってもらった。家の入口は

閉められ、窓にはブラインドが下ろさ

れた。そこまでするのかと私は驚いた。

こんな秘密の誕生日会は始めてだった。

誕生日会があると伝えると家に来た

みんなに食事を振舞わないといけない。

そこで経済的余裕のない友人は、近い

親戚にだけ誕生日会を知らせていた。

一部の人だけ呼ぶと他の住民が嫉妬す

る。大量に残ったケーキを前に、理解

が足りなかったという思いをかみしめ

た。帰

り道、向かいの住民が声をかけた

「どこ行っていたの?」。私が答える前

に、「誕生日会でしょ?私たちは招待

してくれないのよ。でも恥ずかしくて

聞けないの」といじけて言った。当事

者同士は知らないふりをして、余計な

争いを避けているようだ。

フィリピンの村で飛び交う情報は生

活に直結する。人びとはうわさ話で笑

ったり、怒ったり、悔しがり、嫉妬や

喧嘩も日常的におこる。だからこそ自

分の中で感情をコントロールし、他人

とも良い関係を保つすべを住民たちは

持っているように感じる。うわさ話は

単なる情報網ではなく、うそや知らぬ

ふりも散りばめられた住民生活の舞台

なのだ。複雑に交差する住民の思いを

体感できるのもフィールドワークの醍

醐味である。

図1 秘密の誕生日会.右から3番目が誕生日を迎えた娘さん,左端が筆者.娘さんの前にあるのが筆者のケーキ.(2010年 8月筆者撮影)

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近所の男の子と一緒に歩いていた時のこと。通りすが

りの男性が、「ベビーカーいいねえ、乗りたいなあ」と

声をかけてきた。

すると男の子はその男性をじっと見て、一言。「……

小さくなったらね」(!)。思わず笑ってしまった。大き

くなったらね、とはよく言うけど……。この発想力は、

既成概念のない子どもならではである。

それで思い出したのが、先日東大で行われた記者会見。

遺伝子情報をコピー(転写)する酵素(RNAポリメラ

ーゼ)が、実は動いていたということが偶発的に見つか

るという世界的な発見があったのだが、見つかるまでは

誰もが静止状態と考えて疑わなかったらしい。わかって

みると当たり前のことなのだが。

思えば世紀の発見は、失敗あるいは偶然に端を発する

ことが多い。大人になると既成概念にとらわれ、発想力

は乏しくなるということか。

こどもの頭の中は本当に面白い。最近ぽてぽてと歩き

出したうちのちびっ子も、先日ペットボトルをさかさま

され活用される余地があるということだ。大人になると

頭が固くなり、記憶力もなくなり、シナプスは減るばか

りだと悲観的になるのは、実は間違いなのか?

サステイナビリティは、膨大で複合的な問題について

統合的に考え、いかに最善策を見出すかというところで

悩みもがくわけであるが、全ての分野を網羅している人

はおらず(いまや一分野でも情報は膨大)、ものすごい

IQの高さが要求される課題であるように思える。しか

し!現実に縛られた固定概念を取り払った発想で問題

を切り裂くならば!そして人間の脳を一〇〇%活用で

きるならば!このような問題も解決できるかもしれな

い……。なんて考えてみた。

脳の活用方法がいつ科学的に解明されるかは不明だが、

これまた案外、現在の常識や既成概念から抜け出たとこ

ろに解があるのかもしれない。幼児期からほぼ完成され

た脳を思う存分活用して生きるなら、ものすごいことに

なりそうだ。もしかしたら、後世の人々には今の私たち

が赤ちゃんみたいに見えるかもしれない……。と未来に

まで思いをはせてみつつ、とにかく人間はまだまだ成長

する生き物なのだと希望をもちたい。

赤ちゃん脳

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a

(こどもサステナ 

文・構成 

平松あい)

に置いてみるという予想外の行動に出た。

音楽を聴いて体を振ったり、口調をまねて音を発して

みたりと、身体的成長はもとより脳内もめまぐるしく発

達しているもよう。「赤ちゃんの脳の発達はめざましく、

一歳で大人の脳の重さの七〇%まで急成長します」と育

児ダイアリーのコラムに書いてあった。驚きである。幼

児期には、ほとんど大人と同じくらいにまでなるらしい。

こどもの頃の教育が大事だ!というのはここに理由が

あるようだ。

一方、脳は早い時期に大きさは一人前になれるけど、

大人でもその大部分を使わないまま死んでいくと言われ

ている。使っているのは数%〜一〇%だの、三分の一も

使ってないだの諸説あるが、とにかく脳はまだまだ開発

牛乳パックに、つぶした牛乳パックを詰める(大

量に必要なので新聞をかたく詰めても○マル

)。それ

らを椅子型になるようにつなげ、ガムテープで固

定して、表面に布地を貼りつける。上からビニー

ルをはれば防水効果も。子どもの大きさに合わせ

て高さ調節を(牛乳パック一〇〜一五個分)。し

っかりしたできで、使えます!

応用してテーブ

ルも作れちゃいます。

2011 冬の号

手作りはいかが…手作りはいかが…資源活用! 

牛乳パックいす

0さいからの

こども 

サステナ

にまなぶ

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