韓国印刷学会 2013 年春季研究発表会と最近の韓国印刷事情 · 2013. 6. 24. ·...

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54 54日本印刷学会誌 韓国印刷学会 2013 年春季研究発表会と最近の韓国印刷事情 木 下 堯 博 * Akihiro KINOSHITA* 2013 年 5 月 22 日から 26 日まで韓国印刷学会研究発 表会などに参加のため 4 泊 5 日の日程で韓国に出張し た.韓国印刷学会(Korea Graphic Arts Communication Society,KGCS)2013 年春季研究発表会は 5 月 24 日に忠 清南道の鶏龍(Keiryon)市にある国防省韓国軍国軍印刷 廠の直指館 1) で実施された.この会場は警備が厳しく, 外国人はあらかじめパスポートのコピーを提出しなければ ならなかったが,韓国からの参加者は国民総番号制(13桁, 生年月日+男女別+住民番号)であるので,身分確認は容 易である.ソウルから会場までは KTX(新幹線)利用で 約 4 時間,車では 5 時間以上を必要とする.当日は正門で のチェックもあり,かなり緊張したが,国軍印刷廠のアシ スタントが会場内を案内してくれた.受付での登録後,発 表会場の直指館(写真 1)から約 300 メートル離れた別棟 の印刷廠の見学会があり,入口にある G7 認証 2) の立派 なマークが注目された.これはアメリカ,東アジアをター ゲットとした営業活動も可能であり,主として国軍約 65 万人の教材(印刷,映像,データ処理)を作成している. 印刷廠は 2 階建てで 2 階部分では営業管理,デジタル処理, CTP(Kodak,Agfa,Fuji)はセッター 2 台で対応し,1 階は小森の枚葉機,オフ輪,大日本スクリーン製造(株) のTrue Press(デジタル輪転機)が順調に運転され,製本, 加工仕上げなど一連の処理で教材を製作していた.釜山に ある釜慶大学校の印刷メディア学科の卒業生もここに多く 採用され,各分野で活躍をしている.また,大学との共同 研究もされていて,今回の研究発表も国軍印刷廠との共同 研究発表もあった. 研究発表の前に新会長の Oh 教授(新丘大学校)の挨拶 があり,本年で創立 31 年目となり,1982 年の学会設立に, 当時の釜慶大学校印刷メディア学科主任教授故金成根先生 と協力した著者の紹介があった.昨年の 11 月には創立 30 周年記念研究発表会 3) がソウルの東国大学校で実施され たが,本年度から新たな体制で学会運営を行い,印刷およ び関連分野の教育と研究に全力で取り組むとの決意表明が あった. 研究発表の主たる報告 4) では環境省環境産業技術院 (KEITI)のペ・サンヨン氏が環境に優しい認証制度につ いて発表した.これは 2 国間以上で相手国の環境ラベルの 審査を自国で実施するための協定を結び相互認証の実施に より,共通基準化の促進から事業者の申請コストの削減, 海外市場参入,多国間で環境ラベルの認定商品が広く流通 するメリットがある.この認証制度は地球規模での環境負 荷低減などの効果が期待される. 国軍印刷所のムン・ソンファ氏は Book On Demand (BOD)の調査研究を発表した.まず,アジア地域での従 来印刷方式のオフセット印刷,グラビア印刷,スクリーン 印刷のいずれも減少傾向にあるが,BOD などの多種少量 印刷方式は増大傾向にあり,この研究では導入されている True Press の生産性と印刷品質について報告した. インフォテックのチャン・スンワン氏は近年のデジタ ル印刷の普及により,色再現領域が減少傾向にあり,各 種印刷方式での Color Gamut 上での調査を行い,2 次色の Blue 系の色相角度が色立体の縮小とともに低波長側にシ 写真 1 学会研究発表会の国防省韓国国軍印刷廠の直指館正面 * 国際印刷大学校事務局 (〒 189-0002 東京都東村山市青葉町 2-29-12) 7 国際会議報告  7

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Page 1: 韓国印刷学会 2013 年春季研究発表会と最近の韓国印刷事情 · 2013. 6. 24. · 月のPrint13(シカゴ),10月のJGASや東京パック,11 月学会研究発表会(ソウル)などでの交流が期待される.

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[54] 日本印刷学会誌

韓国印刷学会 2013年春季研究発表会と最近の韓国印刷事情

木 下 堯 博 *

Akihiro KINOSHITA*

 2013 年 5 月 22 日から 26 日まで韓国印刷学会研究発表会などに参加のため 4 泊 5 日の日程で韓国に出張した.韓国印刷学会(Korea Graphic Arts Communication Society,KGCS)2013 年春季研究発表会は 5 月 24 日に忠清南道の鶏龍(Keiryon)市にある国防省韓国軍国軍印刷廠の直指館 1)で実施された.この会場は警備が厳しく,外国人はあらかじめパスポートのコピーを提出しなければならなかったが,韓国からの参加者は国民総番号制(13 桁,生年月日+男女別+住民番号)であるので,身分確認は容易である.ソウルから会場までは KTX(新幹線)利用で約 4 時間,車では 5 時間以上を必要とする.当日は正門でのチェックもあり,かなり緊張したが,国軍印刷廠のアシスタントが会場内を案内してくれた.受付での登録後,発表会場の直指館(写真 1)から約 300 メートル離れた別棟の印刷廠の見学会があり,入口にある G7 認証 2)の立派なマークが注目された.これはアメリカ,東アジアをターゲットとした営業活動も可能であり,主として国軍約 65万人の教材(印刷,映像,データ処理)を作成している.印刷廠は 2 階建てで 2 階部分では営業管理,デジタル処理,

CTP(Kodak,Agfa,Fuji)はセッター 2 台で対応し,1階は小森の枚葉機,オフ輪,大日本スクリーン製造(株)の True Press(デジタル輪転機)が順調に運転され,製本,加工仕上げなど一連の処理で教材を製作していた.釜山にある釜慶大学校の印刷メディア学科の卒業生もここに多く採用され,各分野で活躍をしている.また,大学との共同研究もされていて,今回の研究発表も国軍印刷廠との共同研究発表もあった. 研究発表の前に新会長の Oh 教授(新丘大学校)の挨拶があり,本年で創立 31 年目となり,1982 年の学会設立に,当時の釜慶大学校印刷メディア学科主任教授故金成根先生と協力した著者の紹介があった.昨年の 11 月には創立 30周年記念研究発表会 3)がソウルの東国大学校で実施されたが,本年度から新たな体制で学会運営を行い,印刷および関連分野の教育と研究に全力で取り組むとの決意表明があった. 研究発表の主たる報告 4)では環境省環境産業技術院

(KEITI)のペ・サンヨン氏が環境に優しい認証制度について発表した.これは 2 国間以上で相手国の環境ラベルの審査を自国で実施するための協定を結び相互認証の実施により,共通基準化の促進から事業者の申請コストの削減,海外市場参入,多国間で環境ラベルの認定商品が広く流通するメリットがある.この認証制度は地球規模での環境負荷低減などの効果が期待される. 国軍印刷所のムン・ソンファ氏は Book On Demand

(BOD)の調査研究を発表した.まず,アジア地域での従来印刷方式のオフセット印刷,グラビア印刷,スクリーン印刷のいずれも減少傾向にあるが,BOD などの多種少量印刷方式は増大傾向にあり,この研究では導入されているTrue Press の生産性と印刷品質について報告した. インフォテックのチャン・スンワン氏は近年のデジタル印刷の普及により,色再現領域が減少傾向にあり,各種印刷方式での Color Gamut 上での調査を行い,2 次色のBlue 系の色相角度が色立体の縮小とともに低波長側にシ

写真 1 学会研究発表会の国防省韓国国軍印刷廠の直指館正面

* 国際印刷大学校事務局 (〒 189-0002 東京都東村山市青葉町 2-29-12)

7 国際会議報告 7

Page 2: 韓国印刷学会 2013 年春季研究発表会と最近の韓国印刷事情 · 2013. 6. 24. · 月のPrint13(シカゴ),10月のJGASや東京パック,11 月学会研究発表会(ソウル)などでの交流が期待される.

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[55]第 50 巻第 3 号(2013)

 印 象 記 

フトし,それに伴う CMS の確立を行った.イルジン PMSのイ・ジェイル氏は枚葉オフセット印刷機の H-UV 乾燥システムの韓国内での現状を報告した.現在,この方式の機種は 2 台導入されているが,損紙率の減少に伴い,生産性が向上した.これらの詳細なデータでの発表であった. 研究発表会終了後,参加者の記念写真撮影と懇親会が行われた.懇親会では国軍印刷廠の廠長金導弼氏や釜慶大学校の教授連との交流を行った. 今回の学会発表参加に際し,韓国内の印刷および関連を視察した.Printed Electronics を中心として,グラビア製版を行っている隆徳産業(株)(安山市)ではグラビアセル構造の画像処理による解析を行っていて,銀ペースト素材との関連を調査していた.大洋パッケージ(株)(安山市)では水上印刷(株)が導入している枚葉オフセット印刷機上すべてにフードを設置し,VOC を処理,外部排出型で,処理方式が活性炭による吸着であったが,水上印刷(株)の場合,世界で初のゼオライト+酸化チタンの光触媒による除去方式による内部循環型である.オフセット印刷分野では再生紙,植物油,有機則に該当しない溶剤利用,水なし平版など環境改善のため VOC を極力減少させる努力をしているが,この VOC 処理装置を導入し,ローラー洗浄時の発生した VOC 濃度を 95%以上減少させることに成功している 5). 今回の出張はソウルを中心として車での移動が多かったが,研究発表会場の忠清南道地区は日照時間が長く,耕作農地に太陽光パネルの設置もみられ,ビニールハウスが多く見受けられた.5 月 13 日に内閣府のメンバーと水上印刷(株)本社で Meeting を行ったが,東日本大震災 6)の被災地の農地に透過型有機薄膜太陽電池を用い,農耕と電気エネルギー確保を両立させるシステム構築がすすめられている.5 月 29 日から東京ビックサイトで行われたスマートアグリ展でもその一部が展示され,5 月 30 日の日本印刷学会第 129 回研究発表会終了後の水上印刷(株),ヒルトンホテル東京での Meeting でも透明フイルムによる太陽光発電の有効性が確認され,また,Xerox のオーストラリア研修会の報告が行われた 7).今回の韓国出張では斗山東亜(株),大洋パッケージ(株)での印刷技術交流,上海の Print China の報告会,ソウル市内の新聞博物館(写

真 2),ソウル歴史博物館,京義道美術館も見学する機会や金剛大学校(仏教学部,行政学部,教養学部,韓国語研修センター)「忠清南道論山市」との出会いもあり,内容

豊富な 5 日間を過ごすことが出来た.詳細は写真を中心にPPT でまとめ,国際印刷大学校 HP に掲載している 8). 滞在中,斗山東亜(株)李在錫専務様,同社金聖華工場長様,大洋パッケージ(株)鄭国海代表様,通訳・翻訳にご協力を頂いた塩沢エミ様各位に大変お世話になりました.ここに謝意を表します.今後は 7 月の Book fair,9月の Print13(シカゴ),10 月の JGAS や東京パック,11月学会研究発表会(ソウル)などでの交流が期待される.

 参考文献

1)  直指:白雲和尚編,直指身体要節は金属活字で 1377 年に印刷されたことが 2001 年ユネスコの会議で世界各国から印刷史研究者が集り,認定され,清州古印刷博物館に資料が保存されている.2011 年の本学主催の日韓印刷文化シンポジウムで確認されている.

2)  国際印刷大学校:G7CMS 研究会(2012 年 9 月 12 日 日本印刷会館)詳細は HP www.media-igu.com 参照

3)  韓国印刷学会 30 周年記念研究発表会(2012 年 11 月 2日 ソウル 東国大学校)

4)  KGCS 研究発表会要旨集(2013)全 98 頁は東京の印刷図書館へ寄贈

5)  木下堯博:印刷産業の環境問題に関する指針,印刷ジャーナル(2013 年 4 月 15 日)

6)  木下堯博:東日本大震災に関する支援・調査報告,印刷情報(2011 年 6 月号~ 2012 年 12 月号までの連載)

7)  木下堯博:導電性透明フイルムとスマートアグリに関する資料「全 256 頁」(2013 年 6 月 6 日)

8)  国際印刷大学校 HP:2)の文献の URL と同一

写真 2 ソウル市内東亜日報 新聞博物館 新聞輪転機の展示