固体高分子形燃料電池用触媒転写フィルムの開発 - jsme.or.jpmea...

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固体高分子形燃料電池用触媒転写フィルムの開発 1. はじめに 燃料電池は水素と酸素(空気)を燃 料とし,水の電気分解の逆反応により 電気を作り出し,排出されるものが水 のみであるため次世代のクリーンエネ ルギー源として注目を浴びている.燃 料電池には種々の種類があるが,その 中でも固体高分子形燃料電池(Poly- mer Electrolyte Fuel Cell:PEFC) が最も実用化に近いと言われている. 一般的に PEFC のシステムは単セル 図1)と呼ばれる基本構成を直列に つないで使用する.また,電解質膜の 両側に触媒層が形成された部材は MEA(Membrane Electrode Assem- bly:膜-電極接合体)と呼ばれ,燃 料電池の発電を行う重要な部材である. 弊社ではこの MEA の開発を行って いる.特に MEA を作製するための触 媒転写フィルムを弊社独自の印刷技術 を用いて高品質,高性能かつ大量に作 製する手法を開発した.今回この触媒 転写フィルムに関して報告を行う. 2. 触媒転写フィルム 種々の MEA 作製法の内,安定性・ 性能・将来の量産化を念頭に転写法 (デカール法)を選択,プラスチック フィルム上に触媒をロールコーティン グ法により塗布した触媒転写フィルム の開発を行った.転写法による MEA 作製手法を図2 に示す. MEA 作製手法を以下に簡単に説明 する.まずプラスチックフィルム上に 触媒インキを塗布・乾燥し触媒転写 フィルムを作製する.次に触媒転写 フィルムを電解質膜の両側に配置し熱 プレスを行う.最後にプラスチック フィルムを剥ぎ取る事で MEA を作製 する. 転写法以外の MEA 作製手法として は,電解質膜に直接触媒を塗布する手 法,ガス拡散層に触媒を塗布し電解質 膜に熱プレスする手法が提案されてい る.しかし,電解質膜は溶剤により膨 潤する,ガス拡散層に触媒が染み込み ガス拡散性が低下する,電解質膜及び ガス拡散層のロール供給に若干の難が 有る,また両材料は高価である等の問 題が他の手法では挙げられている. 触媒転写フィルムは安価でロール供 給可能であり,塗工適性に優れたプラ スチックフィルムを基材に用いるため 上記の様な問題は生じず安定した MEA の作製が可能となった. 図3 に触媒層の模式的構造を示す. 触媒層は一般的には白金を担持させた カーボンと電解質バインダーからなる 多孔質な構造を示している.燃料電池 における電極反応は触媒/電解質/反 応ガスの三相界面で起こる.そのため 触媒層は,反応に寄与する有効な白金 を多く存在させる事,反応ガスの拡散 性を良くする事が重要と成ってくる. また,反応により発生した水を効率良 く排出する事も重要に成ってくる. 未だ理論的な解明はされていない が,燃料電池の性能を向上させるため には最適な触媒構造が重要である事が 知られている.弊社は種々のコーティ ングのノウハウを活かして,触媒イン キの分散条件,塗工方式・条件,乾燥 条件が燃料電池の性能に関係がある事 を見出した.各種条件の最適化を図り, 触媒転写フィルム及び MEA の開発に 成功した.図4 に転写法にて作製し た MEA の一例を示す. 本手法により作製された MEA は良 好な電池性能が示された.また,外部 機関における長期耐久性試験において も性能の劣化が小さく充分に燃料電池 として実用化に耐えうるとの結果を得 ている. 弊社の触媒転写フィルムは触媒層の 均一性も高く,高性能である事が確認 出来た.また,専用ロールコーターに より少量産体制の構築も図っている. 現在燃料電池の市場は小さいが,弊社 は来るべき水素社会の到来に向けて早 い段階より MEA の量産化に向けた取 り組みを行っている.また,将来的な 実用化,コストダウンに向けて各種材 料メーカーと連携し,高性能 MEA の 開発,低白金・脱白金触媒を使用した MEA の開発も行っている. (原稿受付 2010 年 3 月 3 日) 〔大星 隆則 大日本印刷(株)〕 図1 PEFC 単セル構成(分解図) セパレーター ガス拡散層 触媒層 電解質膜 図 2 転写法による MEA 作製手法 MEA 触媒転写フィルム 触媒インキ 熱プレス 触媒層 乾燥 プラスチックフィルム 電解質膜 触媒転写フィルム 図 3 触媒層模式的構造 白金 電解質 カーボン 図 4 MEA 678 日本機械学会誌 2010. 8 Vol. 113 No. 1101 ─ 98 ─

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  • 固体高分子形燃料電池用触媒転写フィルムの開発

    1.はじめに 燃料電池は水素と酸素(空気)を燃料とし,水の電気分解の逆反応により電気を作り出し,排出されるものが水のみであるため次世代のクリーンエネルギー源として注目を浴びている.燃料電池には種々の種類があるが,その中でも固体高分子形燃料電池(Poly-mer Electrolyte Fuel Cell:PEFC)が最も実用化に近いと言われている.

    一般的に PEFC のシステムは単セル(図 1)と呼ばれる基本構成を直列につないで使用する.また,電解質膜の両側に触媒層が形成された部材はMEA(Membrane Electrode Assem-bly:膜-電極接合体)と呼ばれ,燃料電池の発電を行う重要な部材である. 弊社ではこの MEA の開発を行っている.特に MEA を作製するための触媒転写フィルムを弊社独自の印刷技術を用いて高品質,高性能かつ大量に作製する手法を開発した.今回この触媒転写フィルムに関して報告を行う.2. 触媒転写フィルム 種々の MEA 作製法の内,安定性・性能・将来の量産化を念頭に転写法

    (デカール法)を選択,プラスチックフィルム上に触媒をロールコーティング法により塗布した触媒転写フィルムの開発を行った.転写法による MEA作製手法を図 2 に示す. MEA 作製手法を以下に簡単に説明する.まずプラスチックフィルム上に触媒インキを塗布・乾燥し触媒転写フィルムを作製する.次に触媒転写フィルムを電解質膜の両側に配置し熱プレスを行う.最後にプラスチックフィルムを剥ぎ取る事で MEA を作製する. 転写法以外の MEA 作製手法としては,電解質膜に直接触媒を塗布する手法,ガス拡散層に触媒を塗布し電解質膜に熱プレスする手法が提案されている.しかし,電解質膜は溶剤により膨潤する,ガス拡散層に触媒が染み込みガス拡散性が低下する,電解質膜及びガス拡散層のロール供給に若干の難が有る,また両材料は高価である等の問題が他の手法では挙げられている. 触媒転写フィルムは安価でロール供給可能であり,塗工適性に優れたプラスチックフィルムを基材に用いるため上記の様な問題は生じず安定したMEA の作製が可能となった. 図 3 に触媒層の模式的構造を示す.触媒層は一般的には白金を担持させたカーボンと電解質バインダーからなる

    多孔質な構造を示している.燃料電池における電極反応は触媒/電解質/反応ガスの三相界面で起こる.そのため触媒層は,反応に寄与する有効な白金を多く存在させる事,反応ガスの拡散性を良くする事が重要と成ってくる.また,反応により発生した水を効率良く排出する事も重要に成ってくる. 未だ理論的な解明はされていないが,燃料電池の性能を向上させるためには最適な触媒構造が重要である事が知られている.弊社は種々のコーティングのノウハウを活かして,触媒インキの分散条件,塗工方式・条件,乾燥条件が燃料電池の性能に関係がある事を見出した.各種条件の最適化を図り,触媒転写フィルム及び MEA の開発に成功した.図 4 に転写法にて作製した MEA の一例を示す. 本手法により作製された MEA は良好な電池性能が示された.また,外部機関における長期耐久性試験においても性能の劣化が小さく充分に燃料電池として実用化に耐えうるとの結果を得ている. 弊社の触媒転写フィルムは触媒層の均一性も高く,高性能である事が確認出来た.また,専用ロールコーターにより少量産体制の構築も図っている.現在燃料電池の市場は小さいが,弊社は来るべき水素社会の到来に向けて早い段階より MEA の量産化に向けた取り組みを行っている.また,将来的な実用化,コストダウンに向けて各種材料メーカーと連携し,高性能 MEA の開発,低白金・脱白金触媒を使用したMEA の開発も行っている.

    (原稿受付 2010 年 3 月 3 日)〔大星 隆則 大日本印刷(株)〕

    図1 PEFC 単セル構成(分解図)

    セパレーター

    ガス拡散層

    触媒層

    電解質膜

    図 2 転写法による MEA 作製手法

    MEA

    触媒転写フィルム触媒インキ

    熱プレス

    触媒層乾燥

    プラスチックフィルム

    電解質膜触媒転写フィルム

    図 3 触媒層模式的構造

    白金

    電解質

    カーボン

    図 4 MEA

    678 日本機械学会誌 2010. 8 Vol. 113 No.1101

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