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全体会 地域創生 成功の方程式 「五感六育」事業構想と実現 基調講演 東京農業大学教授・一般社団法人日本事業構想研究所代表理事 木村 俊昭

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Page 1: 基調講演 - 青森県庁ウェブサイト Aomori …...慶應義塾大学大学院博士後期課程単位取得。小樽市産業振興課 長・産業港湾部副参事(次長職)、2006年から内閣官房・内閣

全体会

地域創生 成功の方程式-「五感六育」事業構想と実現 -

基 調 講 演

東京農業大学教授・一般社団法人日本事業構想研究所代表理事

木 村 俊 昭

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地域の食・文化・人を育む「農山漁村」を守る地域の食・文化・人を育む「農山漁村」を守る〜経済を回して維持・発展する仕組みづくり〜〜経済を回して維持・発展する仕組みづくり〜

東京農業大学教授・一般社団法人日本事業構想研究所代表理事

木村 俊昭氏(きむら としあき)

 皆さん、こんにちは。顔見知りの方も来ていただいてます。ありがとうございます。心強く感じています。私がホワイトボードに書く内容につきましては、遠くの方は見えない可能性がありますので、画面に映し出していただくようにしています。皆様のお手元に配布させていただいている関係資料ですが、それはどうぞお持ち帰りいただければと思います。 東京農業大学出身の方はいますか?世田谷キャンパスがあり、農学部が厚木キャンパスにあります。私は北海道生まれですが、北海道の網走市にはオホーツクキャンパスがあります。オホーツクキャンパスには約 1,700 人の学生さんが来ています。人口 3 万 5,000 人の網走市に1,700 人の学生がいるのですが、その学生の 9割が首都圏から来ています。ご両親からの仕送りと、地元農林水産業をはじめとしまして、その働き手(アルバイト員)になっていただいて

います。飲食店に行きましても、ホタテの養殖現場に行きましても必ず学生がいるという状態です。私がどこで何を食べていたのか等、学生の中でメール等で回っているという感じです。

(笑)今日は 15 時までと時間が少ないのですが、私が生まれ育ったところを含めてお話しをさせていただければと考えております。 もともとオホーツク地域のサロマ湖といえばホタテの養殖で有名なところですけれど、ここで私は小中高まで過ごしました。そこで、小学校に入るまでは全く気づかなかったことがありました。自分のことを分析してみなさいと父親に言われまして自分のことを分析するわけです。自分の強み、そして弱みを書き出すんです。保育所の時はあまり感じていなかったのですが、小学校に入って実感しました。実はあがり症だったんです。国語の本を読む時に、自分で自分にプレッシャーを与えてしまうもんですから、読めないという状況が発生するんです。 これはなんとかしなきゃいけないということで、いわゆる自分の強みをより強くし、自分の弱みはこれはというものだけは、これはなんとか今のうちに解決したいというところを改善していくわけです。いわゆる重要性と緊急性です。高い・低い、重要性と緊急性を確認してみたんです。そこで私は小学校に入った時にあがり症という弱みをなんとか解決しようということで、小学校 1 年生の時から学級委員長に立候補します。学級委員長になれば、必ず毎日のように自分のクラスのこと、どんな出来事があったのかなど、話をしなければならない。いわゆるコミュニケーション能力です。それを身に付け

慶應義塾大学大学院博士後期課程単位取得。小樽市産業振興課長・産業港湾部副参事(次長職)、2006年から内閣官房・内閣府企画官、2009年から農林水産省企画官等を経て、現在、東京農業大学教授・博士(経営学)、日本地域創生学会会長、実践総合農学会理事、一般社団法人日本事業構想研究所代表理事等として、大学・大学院講義のほか 、地域創生人財塾の開塾、国内外において命育から「五感六育」事業構想・実践、講演・現地アドバイス等を実践中。NHK番組プロフェッショナル「仕事の流儀 公務員 木村俊昭の仕事」、新報道2001、BSフジ・プライムニュース、日経プラス10などに出演。著書「『できない』を『できる!』に変える」(実務教育出版)、「地域創生 成功の方程式―できる化・見える化・しくみ化―」(ぎょうせい)、「地域創生 実践人財論―真心・恕・志ある汗かき人たちー」(ぎょうせい)、月刊誌「毎日フォーラム」等に連載ほか多数。独自の地域創生アニメ(5分)、地域創生song「できるに変えよう!」を作成、次は親子で考える絵本、地元の皆さんと脚本から映画の制作中。☆2019年9月、共著「人間関係づくりとコミュニケーション」(金子書房)を出版。2020年3月、単著「地域創生の本質」(ぱるす出版)を出版予定。

地域創生 成功の方程式-「五感六育」事業構想と実現 -

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全国過疎問題シンポジウム2019 in あおもり全国過疎問題シンポジウム2019 in あおもり

なければ駄目だと考えました。小学校 1 年生~6 年生までずっと学級委員長をしていました。なんとかそこであがり症が改善されて中学校に進学しました。 中学校に進学しますと全校生徒が約 1,200 人おりまして、その全校生徒 1,200 人の前で話をする機会があったんです。そうすると今度は数にあがるということに気づいたんです。これは改善しなきゃということで、今度は生徒会のまず副会長から立候補したんです。最初いきなり生徒会長というわけにもいきませんので副会長に立候補して、生徒会を中学、高校と続けました。そこで今度は多くの人の前で話をすることに対してあがらなくなったんです。 いわゆる自分のまちで考えますと、自己分析ではなくて、まち分析だとして考えます。自分のまちの強みをより強くし、自分のまちの弱みをより強みに変える。でもあれも欲しいこれも欲しいと言っていたら、時間が足りないし、力が分散してしまいます。となると自分達の中で重要性・緊急性で、まず何をやらなければいけないのか、いわゆる希少性を発揮すること。何をもって希少性を発揮するのか。自分ならでは。いわゆる自分のまちで提供できるもの、自分のまちでは提供できないけども他のまちで提供しているもの。そして、市町村民の皆さんが望んでいるもの。その中でもここを重点的に重要性・緊急性で考えていく。 自己分析と同じように、まちのことを分析をしなければ、全て自分達の弱みを強みに変えたいと考えてしまいます。新幹線が欲しい、空港が欲しい、何が欲しい、自分のまちもあれが欲しい、これが欲しい。でも、本来自分達のまちで市町村民の皆さんが望んでいることを含めて、優先順位を付けたら何位になるんだろうと。ここを理解しませんと時間がいくらあっても足りません。なぜか人というのは 100 歳まで生きるんじゃないかと考えてしまいます。となると、無限に自分はまだ時間が残されているというよ

うな気になりますが、実はそうではないんです。 小中高校まで、このオホーツク地域で過ごしました後、ハタと自分が気づいたことがあります。生徒会長をやっていて、1 つ目は自分のまちには材木屋さんが 7 つあったんですけども、毎年 1 つずつ廃業していくんですね。そうすると自分と同じクラスの友達が、または家族がそのまちから離れていくんです。これを高校 2 年生時に体験した時にですね、なんとかならないのだろうかということで役場へ行きました。「この状況を改善する方法はないのでしょうか?例えば高校生の私達がなんらかの協力をできることはないのでしょうか?」そうすると役場の当時の担当の方は「これは時代の流れでしょうがないんだ。」その説明で終わったんですね。 これは大変なことになったなと。せっかく自分が生まれ育ったまちが時代の流れなんだ、しょうがないんだと言って終わって良いのだろうか。そのため高校を卒業したら役場へ入ろうと思っていました。でも、これじゃ駄目だと。いわゆる当時北海道 212 市町村ありました。現在 179 市町村ありますけれども、このままじゃ駄目だと。 自分は高校生で強みと弱みで、特に弱みはこの生まれ育った地域しか知らないこと。なので当初高校卒業して役場に入ろうと思ってましたけども、大学へ行ってこのまちに何が必要なのか、このまちをどのように分析すれば次につながるのか、これを学ばなければいけないということです。いわゆる実学現場重視の視点です。教科書に書いてあることを教えられるのではなくて、しっかりと現場の声を聴いて、それを比較検討して、どうすれば良いかという考える力を身に付けて、そのような教えをしてくれる先生を高校 2 年、3 年の時に探しました。 大学に電話をして教えていただいて、その先生に直接会いに行って、また手紙を書いて大学へ入ったわけです。その時に気づきました。まちづくりとはどういうことなのか。大学 1 年に

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地域の食・文化・人を育む「農山漁村」を守る地域の食・文化・人を育む「農山漁村」を守る〜経済を回して維持・発展する仕組みづくり〜〜経済を回して維持・発展する仕組みづくり〜

なって、昭和 55 年でしたけれども入りまして、1 つ目は自分のまちには、どんな産業がどんな歴史がどんな文化が根付いているのか。産業・歴史・文化を徹底的に掘り起こして、研きをかけて、世界に向けて発信する。いわゆる希少性を発揮して世界に向けて発信する。自分のまちの魅力って何なんだろう。それとこのことをやる時には未来を担う子どもたちに必ず関わっていただいて、愛着心を育む必要性がある。お父さん、お母さん、お爺ちゃん、お婆ちゃん、近所の皆さん、一緒になって、産業・歴史・文化を徹底的に掘り起こして、研きをかけてそれを取り組みをする時には、必ず子どもたちにも関わってもらうこと。 そこでハタと気づいたんですね。大学生の時です。となるとどうするのか。地元の小学校・中学校・高校の先生が大切だということに気づいたんです。毎日、小学生、いわゆる子どもに接している小学校の先生が地元出身でないとすれば、ほとんど社会科の副読本だけで自分のまちの話は終わってしまう。となるとどんなことが今このまちで行われているのか。そんなことをしっかりと小学校・中学校・高校の地元の教員の皆さんに知っていただく、子どもたちに伝

えていただく、この機会を創らなければ駄目だということに気づきました。 産業・歴史・文化を徹底的に掘り起こして、研きをかけるというまち育てを、未来を担う子どもたちに愛着心を育むように育て上げるというひと育てです。その時にはしっかりと関わってもらうパートナーとなる人が必要だということに気づきました。 もう 1 つ気づきました。商店街に空き店舗ができました。これをいかに営業してもらうか。空いている店舗をいかにオープンしてもらうか。そこを考えるんですが、確かに大切なことです。ですがこれは全て部分個別の最も良い状況で部分・個別最適化していました。商店街の空き店舗をどのように営業してもらうか、どのようにオープンしてもらいましょうか、家賃補助をしましょうとか、イベントを繰り返しましょうとか、いろんなことが考えられていくわけですけれども、全て部分的な個別の最も良い状況(最適化)です。いわゆる部分個別の最も良い状況を繰り返しても、決してまち全体の最適化、最も良い状況にはならないんだということに気づいたんです。 となると、それぞれのまちの商店街の役割、

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全国過疎問題シンポジウム2019 in あおもり全国過疎問題シンポジウム2019 in あおもり

農村地域の役割、温泉街の役割、それぞれに役割があるとすれば、しっかりと自分のまちに物語がなければバラバラに動いてしまうと。こういうことに気づきまして大学 1 年時からずっと地域回ると、見事にこのことが行われてないんですね。いわゆる自分のまちの強みってなんですか?自分のまちの産業・歴史・文化ってなんですか?「えぇー」って考えてしまうんです。 そこで皆さんのお手元に配布させていただいていますけれども、どのようにやるのか、ということでまず、「五感」を働かせてみましょう。食べる、食であったり、見る、観光であったり、触れる、体験であったり、聴く、または嗅ぐ、香り、自分のまちのブランド化できる香りってなんですか?というような五感で、ヒトとコトとモノを整理してみましょう。 先ほど表彰された皆さん、本当におめでとうございます。その中で私は毎月のように奈良に入っています。こちらに来る前も奈良と大阪に入っていました。その奈良で一生懸命棚田を守っている人がいます。午前 1 時、午前 2 時、午前 3 時に水を引く人がいます。「棚田って綺麗だね」という見る観光があったとしましたら、その自然もそうですが、その環境もその方々がずっと守り抜いてきたものです。いわゆる自分たちのまちの希少性を発揮する時に、それだけずっと熱心にやってた人がいるんだといったところを、子どもたちが知らなければ「愛着心」が持てないのではないでしょうか? 先日、新潟大学で講演の依頼を受けまして、新潟の場合は県内から 20 歳から 24 歳位を中心に年間 3,200 人とかが流出していきます。じゃあなぜ流出するんだと言ったら約 6 割弱が「東京への憧れ」です。これは「東京へ憧れてはいけない。」ともし言ったとしたら、憧れてはいけない政策を打とうとかしましたら、それは無茶です。1 度は行ってみたいよね。でも大した自分のまちと変わらないんだったら、愛着心がないとしたら、戻らないですよね。

 先日、茨城に入りまして、「ゆくえ」と書きまして行方市(なめがたし)と言いますが、この茨城県行きました時に、どうして茨城県から高校から大学に行く時に、大阪の大学を受験しているんだろう。関西圏を受験していくんですね。「なぜ受験するの?」と聴いたら、「東京の大学に入ったら親から戻って来いと言われる。できるだけ遠くの関西に行くんだ。」というんです。それはなぜと聴いたら「戻りたくないんだ」とのこと。これは残念でならないです。子どものうちから自分のまちにどんな希少性があり、どんな大切なヒト・コト・モノがあるのだろうかと整理をし、度々伝えるという機会を創らなければいきなり何らか政策を打とうと言っても、恐らくは憧れているわけですから戻っては来ないです。 この茨城県行方市は、後でインターネットアクセスしていただけますと「なめがたファーマーズヴィレッジ」を 2015 年に立ち上げています。希少性を何で発揮するかというと、サツマイモのまちです。サツマイモ生産、九州で言いますと、飲料に使うサツマイモ、こちらで言いますと食用、食べるサツマイモです。ですが、日本一と言った時点で皆さんが頭に浮かぶのは、どう見ても九州です。 よって希少性を発揮するために、サツマイモを焼き芋日本一という形を取っていったわけです。気づきますと農家の方々を回ってきますと3 割が規格外なんです。3 割が規格外というのは実にもったいない。なんとかしなければとなりました。 そこで「なめがたファーマーズヴィレッジ」を白ハトグループと小学校の廃校に建設することになったんです。 コンビニに行きますと大学芋 140 円くらいで売っていると思います。冷凍していますので20 分くらいそのままにしておきますと、常温にしますとそのまま食べられます。これは規格外でも良いわけです。なので全部を JA の倉庫

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地域の食・文化・人を育む「農山漁村」を守る地域の食・文化・人を育む「農山漁村」を守る〜経済を回して維持・発展する仕組みづくり〜〜経済を回して維持・発展する仕組みづくり〜

に入れるようになりました。 もうお分かりですよね? 1 戸の農家が 6 次産業化して儲かっているとか、頑張っているとか、いう話ではないです。本来行政がやるべきことは全体の底上げです。いかに全体、農業全体を底上げするかということです。行政は空き小学校を活用していただく、なおかつ人口 35,000人のまちで 200 人雇用しました。その 200 人の内 150 人は地元出身の子どもたち。そうしますと人口構造が変化していきます。人口はやや減り気味ですけれども、人口構造は 20 代、30 代の人口が増えて改善していくわけです。 そこで 150 人戻った時に、また 1 つ本当に嬉しいことがありました。農家の跡は絶対に継がないと言っていた息子さん、娘さんが自分と同じ同期 150 人がまちに戻ってきたのですから、自分も戻りたいと言い始めました。 先日 24 歳の女性の跡を継ぎますと言ったサツマイモ農家の女性に会いました。行方市は行政と農業者と JA と企業と 4 者連携です。バラバラに動くのではなくて一緒になってストーリーを創り、自分のまちの産業・歴史・文化を徹底的に掘り起こして、未来を担う子どもたちにそのことを直に見てもらって、高校・大学で離れていった子どもに同じ年の人たちに戻ってもらってということを行ってきました。 また、先ほど奈良という話をしましたが、「ごしょ」と書いて「御所市」(ごせし)といいますが、御所市へ行きますと、直売所が 2 つありまして、その直売所で自分が大切に作った農作物が売れ残ったら、持って帰らなければいけない。これを繰り返したらどうなりますかね。自分だったらどうなりますでしょう?恐らく、作らなくなってきますよね。結局品数が減っていくのです。そして同じ時に同じものを出すようになるんです。トウモロコシが出る時はみんなトウモロコシを出す。ネギが出ている時はみんなネギを出す。よって売れ残る。汗を流して一生懸命作ったものが、お客様に手に取っていた

だいて、買っていただいて、笑顔に変えるということができなくなる。これはなんとかしなければ。世界の動きは、もったいない、みんなでしっかりと活用しましょうという動きになってます。 そこで考えたのが、この御所市については今、商店街の中でもそうですが、地元のものを食べて飲んでいただくという機会を創っていくもの。実際に実施したのが、「大和芋」というのをお聴きになった事はありますでしょうか?これは粘り気のある芋です。私も時々食べますけれども。これは北海道出身の私からすれば、ジャガイモを想定しますと、1 つの根っこにたくさんの芋がなっている。 ところがこの大和芋は 1 つの根っこで 1 つしかなりません。しかも規格外が 4 割出ます。いわゆる形の良いものは 1 個が 500 円~ 1,000 円で売れます。形の悪いものは売れないので、種芋にしようかとして、もうお気づきですよね?規格外の芋で種芋にして作ったら、規格外が増えていきます。となると、形の良いものはもったいないよねと、それを種芋にしていかなきゃならないとなると、どうですか?皆さん。続けます?恐らくはこの大和芋作るのは止めようと。1 個しかならない。しかもそれが、4 割近くが規格外であると。買ってもらえない。農家としてのプライドもある。形の悪いものは売りたくない。どんどん作付面積が減っていきます。そこで私が呼ばれました。いわゆる大和芋を作っていた畑がどんどん空いていく。 どうしたら良いものでしょうかねということで、大和芋で焼酎を作ることにしました。もう既に完成していまして 10 月 22 日に発売を開始しました。500ml で 1 本 2,500 円(税別)です。500ml で 1 本 2,500 円って高いんじゃないかと思われるかもしれませんが、お陰様で売れています。と申しますのも、物語、ストーリーです。一生懸命作ってその地域の環境保全している。その皆さん達が 4 割規格外になるのでもう止め

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全国過疎問題シンポジウム2019 in あおもり全国過疎問題シンポジウム2019 in あおもり

ようと言っています。 でもこれを焼酎に替え 500ml で 1 本 2,500 円で売れば、作付面積がしっかりと確保できて、仮に増えていくという傾向、今もう作付面積が増えていってます。というのは規格外でも買ってくれるというのが分かったからです。 先日群馬県の富岡製糸所がある富岡市に入りました。数千人といわれていた農家の方々が現在 1,000 戸です。なぜ農業を辞めたのですか?と聴きますと、「食っていけない、だから辞める、息子・娘にはサラリーマンになってもらう」と言ってました。 今 1,000 戸の中の一生懸命に農業をやっている若者から、ずっとその地域を支えてきた年配者の方々に集まっていただいて、「稼ぐ農業ビジネス」ということで動いています。この稼ぐ農業ビジネスといいますと、お金だけの話と考える方もいますが、これはそれだけではありません。作った物が地元の皆さんに、又は地元以外の皆さんに食べていただいて「美味しいよ。またぜひ来年も食べたい」言っていただけるようにしたい。笑顔と感動と感謝をしっかりと農業従事をしている皆さんに知っていただく機会を作ろうというものです。そしてまたできうればこの 1,000 戸の皆さんが事業承継していただくようにしたいと考えています。 そのためには何らかの事業展開をする時には、必ず人財養成プログラムを同時に進行していないとなりません。ところでこれは最後には誰がやるんだ?という話に時々なってしまいます。大切なことは事業構想と併せて人財養成プログラムを実施するということです。これは私はずっとやってきてますが、1 つのまちは 3 年入ることにしています。講演だけお願いいたしますといったところには、約束をしていただいています。3 年間入るか、必ず実践するということです。なにかといいますと、1 つ目は一緒にやる人は決して人事異動で変えない。 私も小樽市に居た時は経済部に 9 年間いまし

た。約 2,000 社ありましたけど、全部の企業を回ってます。寿司屋が 134 軒ありましたが、全部の寿司屋回ってます。スナック 350 軒ありましたが、ほぼ全部のスナックを回りました。実学現場重視の視点が大切で、ここを一緒にやっていただくためには、また人事異動で変わったんですかと、それをなくしてくださいというものです。3 年~ 5 年若しくは 10 年は変えない。主とサブがいて変える時にはちゃんと異動までに育てておく形をとってくださいと。 2 つ目はヒト・コト・モノについて自分のまちの希少性を徹底的に掘り起こした時に、それをこの時はこのテレビ局に、このことはこの雑誌に、このことはラジオにと、いつヒト・コト・モノを登場していただくのか。今日表彰で受賞なさった皆さんは本当にモチベーション上がったかと思います。いわゆる、いつどのヒト・コト・モノを登場していただいて、しっかりやっていただいたことを皆さんで誇りに持てるのかといった時に、ぜひ広聴・広報担当者も同じように 5 年~ 10 年変えないでください。 もう 1 つは先ほど、部分個別ではなくて全体の最も良い状況というお話しをしましたが、全体最適の考え、全体最適思考を持っていただくということ。いわゆるこれはうちの担当ではないとか、これは関係ないとかではなくて、一緒になってどのようにつながっていけるのだろうか。という考え方をまちの中に持ってください。とにかくそれを訴えていきましょうということを進めています。 また、民でできることは民でやっていただきます。「産学官金公民連携」なのですが、民間の方にやっていただく、何でもかんでも行政、何でもかんでも民間ではなくてストーリーの中にしっかりとどこがやるのが 1 番良いのか、どこと組んでいくのが 1 番良いのか、といったところをストーリーの中に書いていきます。 ここで今日の講演テーマとなってます先ほど

「五感」という話をしました。五感で見るところ、

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地域の食・文化・人を育む「農山漁村」を守る地域の食・文化・人を育む「農山漁村」を守る〜経済を回して維持・発展する仕組みづくり〜〜経済を回して維持・発展する仕組みづくり〜

食べる物、1 月~ 12 月までどんなものがありますか?富岡市では稼ぐ農業ビジネスということでやってますが、その場合にはこれ以上時間を掛けてやれというのかとなった場合には、自分たちは作る、生産するだけではなくて、加工までもっていこうとするのであれば、かなり厳しいです。 となると、いかにコストを削減するか、若しくは種を植える時期を全国の状況を見ながら、市場を見ながら、みんなが一緒にトウモロコシを出す時に一緒に出していたら 2 本で 200 円です。10 月 11 月にずらしていけば 1 本が 250 円です。という形をとっていきましょう。いわゆる旬暦です。暦を作ってカレンダーを作ってしっかりと管理していきましょうということをやっていきます。そこであなたのまちの基幹産業は何ですか?私の行くまちで必ず聴きます。私のまちは林業のまちです、私のまちは農業のまちです。ではその林業のまち、農業のまちで、多くの人を雇い、給料を払い、税金を納めているのですか?いわゆる付加価値額です。多くの人を雇い、給料を払い、税金を納めているのが基幹産業です。自分のまちで何ですか?先日行った埼玉のまちでは「林業のまちです」と

言う方がいました。違いますね。このまちは医療・介護・福祉のまちです。いわゆる自分のまちの業種は?どの業種によって自分のまちが過去から現在に渡って支えられてきているのか。その順番も分からないというのであれば、とてもストーリーは描けません。RESAS(リ-サス)という地域経済分析システムを使って、もしそれを割り出したとしても 3 年~ 4 年前の話のものですから、実際に現場を回って本当に今そういう状態になっているのかを確認しなければ机上です。いわゆる思い込みです。錯覚の科学です。あなたのまちを支えているのはどの産業ですか?そして、分析をして今後希少性を発揮した時に、未来は何で生計を成り立たせるんですか?もちろん稼ぐ、そればかりではありません。そこで私は「六育」という話をしています。皆さんのレジメに書いていますので、この事については詳しくは話をしませんけれども、「五感」を使い「六育」で分析していきましょう。 自分のまちは何をもってしっかりと運営しよう、どういう町にしようとしていますか?過去から現在で分析をして未来はどのような形で自分のまちの希少性を発揮する、自分のまちは何を発信していくのか、世界に向けて何を発信し

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全国過疎問題シンポジウム2019 in あおもり全国過疎問題シンポジウム2019 in あおもり

ていくのか、といったところをしっかりと考えていく必要性があるなと感じています。 だんだん時間がなくなってしまったので、例えばちょっとだけ「六育」についての話をしますと、人は知り気づく機会を創りませんと行動に移してくれません。いわゆる言っていることは分かるんだけども、となります。「勉強しなさい、勉強しなさい。」と言っても、なぜ今そのことをする必要性があるのかといったことを自ら知り気づかなければ決して行動に移しませんね。 では、自分のまちはどれだけそこに住んでいる皆さんに知り気づく機会を作っているだろうか。先ほど小中高の先生が大切だという話をしました。いかに子どもたちに家庭で、学校で知り気づく機会を作ってあげてますか?自分のまちです。また食育があります。地元のものを子どもたちにしっかりと食べてもらおう。地元の人にしっかりと自分たちのまちのものを、農産物、海産物を食べてもらおう。これは大事なことです。 ですが、それだけではなくて 5 つの味を体験していただく。これが「食育」です。5 つの味というのは甘い、しょっぱい、酸っぱい、苦い、旨味です。これを何度となく、ここ青森県では甘い、しょっぱい、酸っぱい、苦い、旨味って何があるだろうか。それを体験していただく。これが食育教育です。というのはこの 5 つの味を何度となく体験する。舌のざらざらの味蕾。この味蕾が 12 歳をピークに減少していきます。それまでの間に 5 つの味を体験することによって小脳と大脳に刺激を与えます。少しでも食べてみてもらおうとする時、「黙って食べなさい!」という話ではなくて、科学されています。小脳と大脳に刺激を与えるためには、この 5 つの味というのは大事なんです。といったところが食育教育です。もちろん、苦手なものもあるでしょう。よってスイーツでそれを実現するということもあるかもしれません。

 森は自然に手入れすることもなく、倒れたい木は倒れ、そこから育ちたい木は育っていく、と思っている大人の方がいます。「森を間伐するとは何事だ。」と怒る方もいます。手入れしなければ自分たちの環境は守れません。しっかりとそこをお伝えして、知り気づく機会を創っていかなければならない。 遊びの中から学ぶという機会を創る、これも大切です。「遊育」です。遊びの中から学ぶ、いわゆる考える力、なぜ川に行って、なぜ海に行ったら危険なのか、なぜここで遊んではいけないのか、ここだと遊んでいいのか。自ら考えてもらいます。危ないから止めなさい、なぜそれは危ないのか。自ら考えるという力を身につけていただきます。これをしませんと、誰かに言われたから止めます、言われないならやります。いじめを体験なさった方もいるかもしれません。誰かが見てて言われたんなら止める、見てないところでやる、なぜいけないのか、いじめってなぜいけないのかを考えることが肝心です。 聖路加病院の日野原先生とよく議論していたのが、命のことです。先生は「命って見えないもの、空気って見えないよね。見えなくても本当に大切なものってあるよね。」小学校で 70 校を超えるのですが、そこでずっと日野原先生は子どもちたの前で 100 歳を超えても立ったまま伝えていました。私は涙が出ました。子どもたちも、もう 2 度といじめはしませんと涙を流してました。 この六育環境をこのような形でしっかりと創り上げていく必要性があると考えています。皆さんのお手元に配布させていただいている資料の中に参考資料というのがあります。地域創生と人材養成プログラム資料を入れています。今私が話をしたこの内容、地域の宝ものを掘り起こして研きをかける、「五感」分析して基幹産業、自分のまちの付加価値、多く人を雇い給料を払い、税金を納めているのはどの業種ですか?そ

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地域の食・文化・人を育む「農山漁村」を守る地域の食・文化・人を育む「農山漁村」を守る〜経済を回して維持・発展する仕組みづくり〜〜経済を回して維持・発展する仕組みづくり〜

れを基に「六育」とつないでください。いわゆる未来に向けてどんな産業を起こしていくのか、どんな人財を養成するのかということです。 右側にある⑴実学現場重視の視点、⑵全体最適思考、⑶産学官金公民連携、民でできることは民でという意味です。その次の隣にある順番を大事にしましょう。自分のまちは、何をもって今後展開していくのかという、あれもこれもではなくて、しっかりと「順番」を決めましょう。それと「視点」なんですね。何かといいますと、こうなるに決まっているとか、経験でどうせそんなことやったって駄目に決まっている、できっこないんだと決めつけてしまいます。それは止めましょう。いわゆる固定観念で、どうせできっこないではなくて、いかにできないをできるに変えるのか、それを「ストーリー」を持って創り上げていきましょう。 皆さんのお手元の資料にも書いてありますが、日本地域創生学会を立ち上げたのは日本の

モデル化、日本の地域のモデル化をしてそれをASEAN 諸国に展開していきます。こちらに来る前もインドネシアの皆さんに講演をしましたが、その前はマレーシアの大臣が来られてましたので対談をしました。皆さんが私にお願いしたいと言っている内容は食料確保です。世界は人口が増えています。いかに食料を取れる土地を創り上げていくかといったところです。 そこで、モデル自治体の創発ということで書いてますが、1 つ目は SDGs(エス・ディー・ジーズ)は聴いたことがある方がいるかもしれませんが、2030 年を目処に国連で進められてますけれども、そのモデルをしっかりと創りたいと考えています。 今日は過疎地に関わる皆さんなので本当は映し出したかったのですが、⑵コンビニの社長さん含めてそこの店長さん含めていろんな方々にお会いしました。コンビニを運営するにはどれくらいの商圏、どれくらいの人が買い物に来

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全国過疎問題シンポジウム2019 in あおもり全国過疎問題シンポジウム2019 in あおもり

てくれると成り立ちますか?結論から言いますと、2,000 人の方が買い物に来てくれるとすればやっていけると聴いています。実は今 1 番売れている日、これは年金支給日です。2 番目が生活保護支給日です。3 番目が給料日です。もうお分かりですよね?いわゆる年金生活なさっている方々がコンビニを活用して食事をとっているということなんです。となるとその場所を防災減災の拠点にできないかと考えています。被災地も回ってますが本当に災害がまた重なっていってる、ようやっとなんとか目処がついたと思ったら、もう 1 回来る。ほんとうに心が折れますよね。コンビニなどを活用し、そこの地域にしっかりと拠点を創りたいというのが⑵です。 ⑺が自動販売機の活用です。この自動販売機はご覧になった方いると思いますが、30 種類のものが入れられます。固定観念、先ほど「視点」を変えることが大切と話しましたが、缶ジュースを入れたり、ドリンク剤を入れたりするだけではありません。今空港とかではサンドイッチが入ったりしているのを見たことがあると思います。もっと視点を変え、別にものを入れなくていいんです。カードを入れておいてスマホでアクセスできればいいんです。例えば青森に旅行に行く券が入っていたりしてもいいわけです。いわゆる視点を変えてくださいというのはそういう意味です。 通常年に 1 回か 2 回、物産展を東京かどちらかでする。そうした時には経費もかかります。アンテナショップを設置したら人件費がかかります。県庁で設置しているところで黒字のところは誰かご存じでしょうか?かなり厳しいと思います。となると過疎地域の方々がアンテナショップを出したいですとか、自分で一生懸命みんなで考えてアンケート調査とかいろんなことをしながら作り上げたものをどこかに持って行って売りたいとします。もちろん地元でも売りますけれども、手にとっていただきたいと

思ったとしても旅費がかかります。毎回毎回行くのは難しいです。 そこで自動販売機の関係者の方に木村研究室に来ていただいて、こんな考えがあるのですがどうでしょうか?いわゆる自動販売機には 30種類入れられる。しかも一生懸命ものを創ったんだけど、毎回毎回持ってくるのはきつい。なので、自動販売機の中に入れたい。 もっと言ってしまうと 47 都道府県の過疎地で一生懸命に創ったものをそこに入れたいということです。47 都道府県の商店街、自動販売機商店街を作りたいのですが、どうでしょうか?そのためまずは実験を行いたいです。もちろん東京農業大学にも設置予定です。学生が毎日 4,000 ~ 5,000 人います。来年はオリンピック・パラリンピックです。馬事公苑もあります。一生懸命に地元で創ったものをそこで買っていただく、手に取っていただく。そうした場合に、仮に 100 円で創りました。これを自動販売機に入れていただきます。100 円で買っていただきます。手数料いくらかかりますか?例えば 3 カ月以上もつもので 200 個~ 300 個。数もそれほど作られないというのもあります。100個とか 200 個、300 個で自動販売機の会社に送りました。後は自動販売機のある所に売れたら補充してもらう。売れた分のお金を地元へ振り込んでもらう。ということをする場合に 100 円だと手数料いくら取りますか?とお聞きしました。そうすると 30 円ですとなりました。これは率いいですよね。皆さんこれは駄目だと、80円もらわないと駄目だと言われるかもしれませんが、販売は全部やってくれるんです。なおかつ 70 円が戻ってくるんです。単純に売れたから良かった、売れないなというのではなくて、そこには調査分析が必要です。 日本地域創生学会もそうですが、100 円で 1本売れたら 30 円は業者、10 円は学会、それで分析をしてどういう理由で売れているのか、どうして売れないのか含めて調査分析しましょ

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地域の食・文化・人を育む「農山漁村」を守る地域の食・文化・人を育む「農山漁村」を守る〜経済を回して維持・発展する仕組みづくり〜〜経済を回して維持・発展する仕組みづくり〜

う。これやらないと、売れたから良かったでは次に続かないですね。60 円は戻します。という形で組み立てられませんかね?これは実際に2020 年 4 月からやります。募集もかけます。 もう 1 つは羽田空港、成田空港、関西空港。今後はインバウンド対策です。もちろん持って帰れないものもあります。持って帰られるもの若しくはそこで食べられるものであれば羽田空港、成田空港、関西空港。これは国土交通省さんとかいろんな所に話をしながらやっていこうと考えています。先ほど順番が大事という話をしましたが、まずはそれをやってみます。そこで今度は海外に自動販売機を展開している会社があるんですね。これまでは国内の話でした。海外に自動販売機を展開している会社がありますから、その方に木村研究室へ来てもらいました。順番を考えればどこからですかと言ったら、香港とアメリカ西海岸はセッティングできますとのことでした。 となると、今度は過疎地、被災地や離島で一生懸命作った、なんとか過疎地を元気にしたい、皆さんで創ったもので笑顔になってもらいたいといった時に、国内だけではなくて海外展開ができる、そんな形で 1 つずつこの⑴~⑹まで挙げてますがスタートしていきます。 特にこの中でもう 1 つ説明させていただくとすれば、⑷の映画です。「五感」分析して、そして希少性を発揮するために何が自分のまちの基幹産業。そして今後フューチャーデザイン、今後未来に向けてどのようなもので我がまちは生活していくのか。それをしっかりと考える時にもう 1 回教えてください。どういう形でやると良いのですか?今お話ししましたでしょ?となりますのでこの一連のストーリーを産業、歴史、文化、スポーツ等含めて 5 分もので地元の方がヒト・コト・モノをしっかりと掘り起こして、こんなに素晴らしい人がいるじゃないですか、こんなに素晴らしいことが行われているじゃないですか、こんなに素晴らしい物がある

じゃないですか。脚本を自分達で書き上げて、そこにしっかりと映像として撮っていく。1 つのテーマを 5 分で 6 本で 30 分ものにしていく。もちろんプロが付きます。プロのカメラマン、プロの監督が付きます。創り上げた内容のものを今度はプロの俳優が演じます。もちろん地元の人も入ることもあるでしょう。自分たちで自分たちのまちを見つめ、自分たちでそのまちの良さに知り気づき行動に移していくということが大事と考えています。 ちょうど時間になりましたので、私の話はこれで終了させていただきます。この後パネルディスカッションがあります。今日は懇親の部の会場にも参加させていただこうと考えています。 最後になりますけれども、過疎地、被災地や離島などに入らせていただいておりますが、なんとか一緒になって地域創生に協力したい。その方々のモチベーションを少しでも上げることはできないかということで、その地域の皆さんに私はしっかりと対応させていただこうと考えております。 今回この機会をいただきましたことに感謝を申し上げまして、私の講演とさせていただきます。 本日はありがとうございました。

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全体会パネルディスカッション

法政大学現代福祉学部 教授

図 司 直 也

株式会社 紡 代表取締役

玉 沖 仁 美

株式会社 百姓堂本舗 代表取締役

高 橋 哲 史

有限会社 はたやま夢楽 代表取締役社長

小 松 圭 子

合同会社 南部どき 代表社員

根 市 大 樹

コーディネーター

パネリスト

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パネルディスカッション

図司 直也 氏(ずし なおや)

玉沖 仁美 氏(たまおき ひとみ)

高橋 哲史 氏(たかはし さとし)

小松 圭子 氏(こまつ けいこ)

根市 大樹 氏(ねいち ひろき)

法政大学現代福祉学部 教授

株式会社 紡 代表取締役 有限会社 はたやま夢楽代表取締役社長

株式会社 百姓堂本舗代表取締役

合同会社 南部どき 代表社員

1975年愛媛県生まれ。東京大学農学部を卒業し、東京大学大学院農学生命科学研究科農業・資源経済学専攻に学ぶ。2005年に同研究科博士課程を単位取得退学。博士(農学)。財団法人日本農業研究所研究員、法政大学現代福祉学部専任講師、准教授を経て、2016年より現職。(財)地域活性化センター・地域リーダー養成塾主任講師、地域振興・人材育成に関するアドバイザー等を歴任。専門分野は、農山村政策論、地域資源管理論。主な著書は、『就村からなりわい就農へ―田園回帰時代の新規就農アプローチ』(筑波書房)、『地域サポート人材による農山村再生』(筑波書房)、『内発的農村発展論』(共著:農林統計出版)、『人口減少社会の地域づくり読本』(共著:公職研)、『田園回帰の過去・現在・未来』(共著:農山漁村文化協会)など。

幼稚園教諭を経て、1988年にリクルート入社。日本各地のモノづくり・観光事業・人材育成事業等、地域コンサル事業に携わる。初代沖縄支局長を経て沖縄県に出向し、沖縄県キャリア

センターの立ち上げに従事。その後、じゃらんリサーチセンター初代センター長、客員研究員。独立後、2008年に株式会社紡を設立。産品開発をテーマとした人材育成事業、地域資源を活かした地域産品や観光事業の開発を手掛ける。2016年に株式会社しまつむぎを離島である島根県隠岐の島町に設立。内閣府、総務省、農林水産省、国土交通省等、審議会委員などを務める。山のてっぺんから日本の端っこ、離島を含め日本中を飛び回る日々。著書「地域をプロデュースする仕事」(英治出版)

昭和48年7月10日 弘前市生まれ平成4年 県立弘前高校卒業平成7年 日本映画学校卒業       テレビ番組制作会社へ。民

放、NHKなどのテレビ番組を中心とした映像制作に携わる

平成14年 Uターン就農平成24年 株式会社百姓堂本舗設立平成26年 弘前シードル工房kimori オープン       りんご畑のなかの小さな醸造所でシードル作りを行っている

かたわら、りんごの魅力を伝える活動を行っている。

1983年5月愛媛県生まれ。2006年、早稲田大学卒業後、愛媛新聞社入社。2010年結婚を機に、夫が暮らす限界集落へ移住。夫が経営する「はたやま夢楽」にて事業を手伝い、2017年、同社社長へ就任。「生き

たい場所でのなりわい創り」を目指して、高知県の地鶏「土佐ジロー」の生産加工販売のほか、ジロー料理のみを提供する食堂宿「はたやま憩の家」を運営している。集落の人口は20人にまで激減したが、憩の家の年間来客者数は3千人近く、時には海外からも訪ねてくる。従業員は6人(役員除く)で、県外からの移住者も雇用している。2017年、総務省「ふるさとづくり大賞」個人表彰【総務大臣賞】受賞。高知新聞や農業新聞などでの連載をはじめ、ラジオやテレビ番組でのコメンテーターとして、はたやま夢楽の情報を発信してきた。二児の母。

1981年青森県南部町(旧名川町)生まれ。大阪芸術大学卒業後、デーリー東北新聞社に入社。記者時代に農業担当記者として4年間にわたって農業現場を取材。当時、青森県内各地の農家を回るうちに農業の大切さと魅力にひかれ退社。2011年に弟と八戸

市内に農家レストランを開店し、南部町の若手農家を中心に、肉、魚介類と近隣の食材で料理を提供している。2012年にはNPO法人青森なんぶの達者村の事務局長として、農家民泊の営業活動や農業の六次産業化に取り組む。2016年にNPO法人青森なんぶの達者村の現場を若い後継者へ引き継ぎ、合同会社南部どきを設立。燻製商品の販売、コーヒースタンドの運営、観光ガイド、体験ツアーの運営、エリアリノベーションに取り組む。

コーディネーター

パ ネ リ ス ト

《テーマ》

地域の食・文化・人を育む 「農山漁村」を守る〜経済を回して維持・発展する仕組みづくり〜

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図司/皆さん、こんにちは。ご紹介あずかりました、法政大学図司と申します。よろしくお願いします。これから 90 分間ですね、パネルディスカッションにぜひお付き合いいただきたいと思います。 まずですね、今日優良事例として表彰された各団体の皆様おめでとうございます。私も審査員の立場で現地の方にもお伺いさせていただきました。 これは私、毎年分科会の時に申し上げていることなんですけれども、現場で活動されている皆さん、なかなか褒められる機会ってないと思うんですね。やるべきことをしっかりやるという思いで進められていると思うんですが、こういう機会に周りから褒めてあげてさらに次に一歩を踏み出すチャンスを、パワーを得ていただきながら周りの皆さんと、また新しいつながりを作っていただいて、また元気を蓄えていただく。前進していただく意味で非常に意義がある表彰と私なりに受け止めております。ぜひ今日の機会この後、90 分後には懇親会がありますのでそういう場でぜひ全国からお集まりいただいている皆さんと交流を深めていただきたいと思います。 それではこれからパネルを進めていくわけですけれども、お手元のプログラムの7ページの所にパネルディスカッションとして今日、前にご登壇いただいている皆様のプロフィールがございます。そちらをちょっとご覧いただきながら、今日どういう形でパネルを進めていくか、少し解題というか少し読み解いたうえでスタートしてみたいと思います。先ほど昼休みの間にパネリストの皆さんと少し打合せをさせていただいて私なりに端的に今日のテーマを設定してみました。「田園回帰時代のなりわいづくり」。ここがおそらく今日登壇いただいている 4 人の皆さんから紐解かれるところではないかなと思っています。 この後、皆様方から自己紹介と活動のお話を

していただくわけですけれども、「田園回帰時代」若い世代の人たち 20 代 30 代、あるいは私位の 40 代位の人たちが都市部から地方に一旦移住をしたり、あるいはいろんな活動を始めたり、あるいは地元に戻っていくという動きが進んでいますけれども。実は今日登壇いただく皆さんも、その中の流れを作られている、おひとりおひとりかなと思っています。 世代でいくと小松さんと根市さんがだいたい30 代後半くらいで同じ位の世代。実は私と高橋さんかだいたい同じ 40 代半ばくらいで同じくらい。玉沖さんは私より先輩にあたるんですけれども、長く地域の方に活動されながら、また動きをつくられているという皆さんです。 皆さん方、実はいろんな会社を立ち上げられているんですけれども、だいたい立ち上げられた時期は同じです。2000 年代後半くらいに、何らかの動きを作られているという共通点もございます。そしてもう一つ共通しているのは皆さん転職をしたり、あるいは何かしら立場を変えながら 2000 年代後半に一歩を踏み出すという動きも取られています。そういう意味では社会人経験もお持ちでありながら、地域に根差すような活動もされているというような共通点もございます。そういう意味で、高橋さんと根市さんは青森にUターンをして戻られ、小松さんは I ターンで高知の山村に入られ、玉沖さんは拠点は東京でいいんですよね? 東京に拠点を置きながら、地方にかかわりを持って、コーディネーター役として、プレーヤーとしても、ある意味二足のわらじで活動もされている。こういう四方を、今日はお迎えをしました。 ぜひ、限られた時間ですけれどもお話しを聞いていただきながら、本来であれば質疑の時間もこの場で取るべきところですが、時間が限られているということなので、そこは懇親会に持っていくようにと言われました。ここでいろいろなヒントを取っていただいてアフターの所につないでいただきたいなというふうに思いま

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す。 それではですね、まずパネリストそれぞれ、おひとりおひとりに時間が限られて恐縮ですが8 分位と言われていますので、ご用意いただいていますので自己紹介あるいは活動のお話をまずお伺いしていきたいと思います。まず玉沖さんからお願いします。

玉沖/皆さん、こんにちは。玉沖と申します。私の自己紹介はこれから 2 枚のスライドでご紹介をさせていただきたいと思います。先ほど図司先生からもお話しがありましたが、私も転職を2度、そして民間企業に勤めておりましたが、県庁に出向したり、会社を辞めて一時期フリーターの時代があって、そして今は会社を2つ、うまくいっているかどうかは別として経営をしております。私は前のスライドにも映していただいておりますが、普段は住民票や戸籍やメインの会社は東京にあります。 リクルートという会社で UI ターンの事業部におりました。そこから地域コンサルタントの事業をリクルートに提案して、その事業部で地域振興に関することをいろいろと学びました。そこで学ばせていただいたことをもって独立開業し、地域コンサル会社を今経営しております。

今日は地域コンサル会社の東京の方ではなく、過疎問題のシンポジウムですので、なんと島根県の離島の隠岐の島町という所に現地法人の会社を設立しております。そちらの方では経営者でもあるんですけれども、プレーヤーとして地域の皆様といろんな活動させていただいております。今日はそちらの活動を中心に自己紹介をさせていただきたいと思います。 東京では「株式会社紡」という、今日こちらで垂れ幕にもいただいている方の法人名で活動しておりまして、隠岐島の方では現地法人で「株式会社しまつむぎ」という会社を創っております。後程お伝えさせていただきますが、人が足りなくて回らなくて紡の「隠岐支店」という支店も作って東京の方からも行き来しながら経営しております。 皆さん、隠岐ってご存じでしょうか?この中で島根県の隠岐諸島に来てくださったことがある方、挙手で教えていただけますか。ありがとうございます。一人かお二人かなと思ったんですけれども、こんなに来てくださっていただいていて大変嬉しいです。実は地図を示させていただいておりますが、隠岐諸島は 4 島 4 自治体から成ります。私はこの 4 つの内のひとつに隠岐空港という空港がある、隠岐の島町という所

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に法人登記をしております。あとの3つの島には空港はありません。これ両方ともスマホで映した写真なんですけれども、あのフェリーに乗って島の間を行き来いたします。本土から一番時間距離で遠い所は約 3 時間かかります。私は一番遠い所に行くのに、東京の自宅から片道7 時間かけてここに出勤をしております。で、風光明媚という所でいくと、皆さんの地域もそうでいらっしゃると思うんですが、隠岐は離島ですので、砂浜もありますが、こういうような断崖絶壁なところに囲まれた島もたくさんあります。 この島で私が活動していることは、最近私自身が関係人口ってよく皆さんに呼んでいただくんですけれども、私は隠岐には移住をしていなくて、今後も移住をする予定が今のところはありません。そして何か計画を持って隠岐に会社を作ったのでもありません。 事のいきさつは海士町という自治体で 27 年前、まだリクルートという会社でサラリーマンだった時代に海士町で、「さざえカレー」の商品開発というのを担当させていただきました。これがきっかけで、あいだ 1 年を空けた 4 年間担当させていただいたんですが、海士町に通いました。その後私は沖縄県庁に出向して本土を離れるので少しブランクが空くんですけれども、また本土に戻ってきた時に海士町の皆さんが呼んでくださって、今度は観光のお仕事を観光協会の皆さんとさせていただくことになりました。そして最もお付き合いの長い海士町で会社を作り始めたんですけれども、人がいなくてもうずーっと無人のまま箱だけ置いているという状況が続きましたので、人が見つかった今の隠岐の島町の方にお引越しをしました。ですので、関係人口の拡大をとお考えの地域の皆さん、ぜひ意図して見つかることもあると思うんですけれども、今あるご縁をきっかけに何かをつなげていく・紡いでいくということが一番きっかけとしては確率が高いのではないかと思いま

す。 そして現地法人の方では地域コンサルタントの事業と、あともう一つ自社商品の製造販売をしています。いわゆる六次化ですね。島の農産物、例えば、時には山に葉っぱを取りに行っていただいて、その葉っぱを弊社で買い上げる、ですとか。規格外品の農産物だったり、皆さんで苦労して栽培に成功した抹茶があるとか、そういった地元の農産物を使用した化粧品ですね。無添加の石鹸やミスト、こういった物を作っています。 このきっかけはですね、隠岐諸島全体で今も観光に一生懸命取り組んでいますが、女性の観光客を増やしたいということになったり、あと、観光客を今増やすといっても、私も観光の仕事にしていたことがありましたが、いわゆる頭数。人数を増やすことの難しさを思うと、今来てくださっているお客様にもう 500 円、もう1,000 円使っていただく、消費額を高めるという方が隠岐諸島には合っているんじゃないかと考えています。その時に女の子が買いたいお土産が、6年前、7 年前あたりはごくわずかしかなかったんですね。それで、「じゃ私、やるわ。」と言って、女の子が買いたいお土産ということでこういったコスメを始めました。今、うまくいっているのかというお話なんですけど、実は会社としてはもう本当に不思議なくらいいろいろなことが起こり、なかなか苦戦をしているんですけれども、島の皆さんが非常に助けてくださっています。一番ありがたいなと思うのが、先日も島の素敵なおじさま達にいろんなことがすぐに伝わってしまうんですね。ちょっとトラブルがあったとか、ちょっとアンラッキーなことがあったというと、「このままだと玉沖は島から出て行くんじゃないか」と言って「これを食べて元気をつけなさい」と焼肉パーティーを開いてくださって「で、どうなんだ?」と言われて、「いや、まだあきらめませんよ。私はまだ島から出て行きません」と言ったら「やけく

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そになるな」と言われてみたり。「いったいどっちをどうがんばればいいんですか」とみんなでワイワイ笑いながら。そんな気持ちに一番支えられて、頑張っていけてるなと思っております。 私はこの商品開発に取り組むことになったことでいろんなことを学ばせていただきました。それまでも商品開発のプロデュースですとか企画立案、人材育成を取り組ませていただいておりましたが、自分でリスクを背負って商品開発に取り組むということと、あとモノを作って売るということの厳しさ、難しさ。一番難しいなと自分で感じているのは自問自答の難しさですね。自分で作ったモノをひと様にどう説明をするか。どうしても自分の思い入れが先行しがちなんですが、消費者が知りたいことはそこではないとか、そういったような隠岐での現場で学んだことを生かしながらいろんな事業に取り組ませていただいております。ありがとうございました。

図司/はい、ありがとうございます。隠岐での苦労話はちょっと後で掘り下げてみたいと思いますが。続いて小松さんにお話しをいただこうと思います。よろしくお願いします。

小松/よろしくお願いします。「有限会社はたやま夢楽」夢を楽しむと書いて、旧畑山村だったので当て字ですけど、はたやま夢楽と名乗っております。よろしくお願いします。 自己紹介としては、そちらに略歴あるんですけども、愛媛の漁村で生まれ育って東京の早稲田大学で農業経済を学びまして、愛媛新聞社に入社をして記者をしてました。でも、やっぱり自分が一次産業に携わりたいとの思いが捨てきれずに大学時代に出会った畑山という所に嫁にいきまして、その後夫がやっている会社の事業を手伝いながら 2017 年に社長に就任をして、その年に総務省の「ふるさとづくり大臣賞」っていうのををいただきました。その後いろんな

波が壁が立ちふさがるんですけれども、うちの場合はお客さんにいろいろと応援をしていただいて、クラウドファンディング等を通じてなんとか 2019 年を迎えているところです。今、うちのメンバーはこんな感じで、本当に限界集落っていう言葉、高知で生まれた言葉ですけれども、そういうところで私達は事業をやっています。 今日来たのは、四国の地図はわかっていただけると思って四国の地図にしたんですけれども、四国の高知の山の中になります。私は今日ここからやって来ました。さすがに朝出て間に合う距離ではなかったので、昨日現地入りをしました。今時珍しいですけど、携帯電話はつながらないところですね。公共水道もありません。渓谷沿いのこういう道幅の奥に道があるんですけど、ここの間に道があって、そういう狭いクネクネ道を行った先に私達の暮らす集落があります。周囲には消滅した集落も無数にあります。市街地から私達が暮らす集落までだいたい 20㎞あります。途中 15㎞は全く集落がありません。もともとあった集落がこの半世紀ですべて消滅をしています。そうなると地元では「消滅すべき集落」じゃないかと言われてしまうんですけれども。半世紀前 800 人が暮らしていましたが今は実質 20 人。昔は林業をなりわいにしていましたけれども、今は年金生活であるとか柚子を作っている人も若干います。小学校も複数分校も含めてあった集落ですけれども小中学校は平成8年に廃校になっています。中学校もありましたけれどもそれもありません。商店も以前はあったんですけれど、今は一切ありません。コンビニまでの距離とよく言われますけれど、うちは 40 分、車で 40 分位ですね。インターネットは衛星を使ってやっています。固定電話の音声も悪いのでお客さんから問い合わせとかあってもなかなか聞き取れない。ちょっと意思疎通ができないっていうこともしばしばあります。

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 でも、携帯電話が集落の中心部でソフトバンクとごくごく一部で au が使えるようになって、それは私の中ではすごい画期的な出来事だったんですけれども、それに支えられて今事業をやっている所です。周りから見ると不便きわまりない。一昨日も雨で集落が一時孤立しましたけれどもそういうのが私達の日常です。でも私達はここで暮らしたいと思ってやっています。 それを実現させるための軸として私達は「土佐ジロー」。高知県の地鶏になるんですけれども、この鶏にいろんなものを捧げて暮らしています。見たことのない部位で言うと「しらこ」とか「とさか」ですかね。こういうものを私達は育てて、土佐ジロー生後0日から育てて自社で捌いて皆さんに、全国にお届けをしています。1日 50 羽しか生産ができない本当に零細農家なんですけれども、土佐ジローを高知県で採卵用に飼育しているのは 80 軒ほどありますが、うちは肉用として専門に飼育をしていまして、そういう農家はうちだけになります。普通だったら肉用なので、とても大きくなる鶏を育てられると思うんですけども、150 日育てて1.5㎏にしかなりません。普通皆さんがスーパーで買われている鶏だと、45 日で3㎏以上には育てるので、地鶏の中でもイレギュラーな鶏を

私達は育てています。それでもこだわり続けて30 年、いろんなメディアでも紹介していただいていますし、100 g 700 円を超えますけれども、引き合いをいただいているところです。 モットーとしては「ニワトリをニワトリらしく育てる。」他がやっていないことを、私達は畑山でできることをこだわり続けてやっています。育てて捌いて販売をして、食堂や宿での料理提供をやっています。本当に畑山でしか味わえない味があると思っています。食堂・宿は、もともとは行政がやっている食堂・宿を私達は引き継いで指定管理でやっているんですけれども、座敷が3室しかありませんし、テーブルも4つ、宿泊は3室しかない本当に経営で考えるとやれないようなキャパの所を引き受けてやっています。 10 年前は、本当に畑山にたくさんの人が来てくれることで私達の生活道も守っていただきたいという思いがあって、たくさんの人に来ていただくような営業をしていました。10 年前は 8,000 人の方が年間。その人口が当時は 70人ほどいましたけれども、70 人の村にやって来てくれていました。でも私達がやりたいこととは違うよねということがあって、客単価を上げる、そのお客さんの満足度を高めるというこ

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とで今は年間 3,000 人に減らしているところです。全国各地、海外からも、芸能人の方も含めておいでいただいてます。今度 11 月の末にも

「食彩の王国」というテレビ朝日でご紹介をいただけるようになっています。 本当に土佐ジローと風景を味わう。畑山にわざわざ来ていただいた方にどういうものを提供できるかっていうのを掘り下げ、掘り下げてきました。夫の代からいうと宿も 15 年目を迎えています。私達が提供したいのは土佐ジローそのものなんですけれども、畑山の風景というか環境すべてを味わっていただいて、またリピートしていただける。またはたやま夢楽を応援していただけるような関係性を作って次の世代につなげていきたい。ということをやっています。 こういう川もすぐそこにあるんですけれども、営業しながら子ども達もいるので、子ども達と楽しめる時間、お客さんと楽しめるような時間を私達は作っていこうとしています。今日はちょっと 8 分なのでもう終わりになるんですけれども、今は人口 20 人でなかなか厳しい現実が多々あります。それでもそこで終わりではなくて、人口 20 人だったら、私達が今あきらめてしまうと 5 年といわず数年先は 1000 年続いた集落がまったく無に返っていきます。 そういうことではなくて私達は畑山の環境をとても愛していますし、ここでつながっていく人とのつながり・ご縁を大事にしてこれからも進んでいきたいと思っているのでそれを「かわいそうだから応援する」っていういままでの田舎への感じ方、接し方ではなくて、きちんとこちらからお客さんに畑山での環境を含めて楽しんでもらえるようなことを提供しながら作り出していく。新しい田舎のカタチを作り出していくようなことをこれからも続けていけたらいいんじゃないかなと思って、日々お山の中で暮らしています。以上です。

図司/はい、ありがとうございました。小松さ

んのお話ですね、ぜひ現場に行ってみてください。私も一度お伺いしましたが。まだ着かないのかなあという山道をのぼっていきますけれども、まぁ、でもすごみはありますし、なんですかね。その辺はちょっと後でお話していきましょうね。 では続いて高橋さんにお話していただきます。よろしくお願いします。

高橋/改めましてよろしくお願いします。高橋と申します。弘前から参りました。 もともと自分はりんご農家の長男として生まれてりんごをすごく身近に感じて育ってきたんですけれども、実は親から「りんご農家を継げ!」って言われなかったもんですから、高校卒業と同時にプイっともう東京に出てしまって、りんごについては何も知らないまま育ちました。 先ほど知事がおっしゃっておりましたけども、ちょうどいま「ふじ」の収穫が始まっておりまして、青森県は日本一のりんごの産地、その中でも弘前はそのうちの約半分を生産していて、全国のシェアのだいたい 3 割くらいをりんごを生産している町です。自分もなにもりんごについて知らないまま東京に出てしまったので、りんごっていうのは日本一のりんごの産地弘前からなくなるはずがない。未来永劫あり続けるものだとばかり思っていたんですね。東京のアパートにも毎年毎年、食べきれないほどのりんごが送って来られてたっていうのもあって。 ところが、母の死を契機にりんご農家を継ぐことになって、弘前に帰ってきました。就労してみたところ、思ってた様子とちょっと違うなということに気づいたんです。 これは弘前でりんご農家を生産している人たちの年齢層を 5 年ごとに追っていった数字なんですけれども、おおむね赤っぽい色が 50 代以上で、青っぽい色が 30 代・40 代ってという数

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字なんですが。これをよく見ると全体数は減ってきているんですが、その中でも特に若い層が増えていない。年をとっている人はそれなりにずっと頑張り続けてりんごをやり続けているんですが、それに若い人が補充されていっていないということに気づいて、周りを見てみると、自分のような後継者がいるりんご農家が、もうほとんどいない。全体の 2 割くらいしか後継者がいないという状況に気づいて、なくなるはずがないと思っていたりんごがあと 10 年 20 年するとやばい状況になるぞということに気づきまして、これはなんとかしなきゃいけないということで、何人かのりんご農家と一緒に何をしたらいいかということで、まず畑の中に遊びに来てもらおうと。自分達もそうだったように、りんごについてもう少し知る機会を作りたい。ということでまずは畑に遊びに来てもらおうということで、畑の中に人が集まれる場所を作りたいと。じゃあ、そこで何をやったらみんな喜んでくれるかなということで、人が集まるところには、やっぱお酒があった方が楽しいだろうということで「りんご畑の中でりんご農家がりんごのお酒を造ってりんごの木の下で飲む」というプロジェクトをやろうということで、皆でプロジェクトをスタートさせて「kimori」という

名前のシードル工房。りんごのお酒シードルを造る工房なんですが、それを立ち上げました。 そこでいろんなイベントをやったりお酒を飲んでもらったりしているうちに「りんご農家になりたいんですけど、どうしたらいいですか」という人がポツポツポツポツ出てきました。これは後継者がいないという中で、もったいないなという思いを持っていたんですが、いかんせん、そのりんごっていうのは親から子へずっと引き継がれてきていたので、ポッと、例えば県外から「やりたいんですけど。」と来た人がいたとしてもやるすべがないんですよね。仮に畑があったとしても、りんごっていうのは技術がないと作れないので、教えてくれる人どうすんのかとか、技術が身につくまでの収入どうすんのかとか、いろんな壁があってなかなかやることができない。 そこで、せっかく人がいるのに、やっていただける新たな担い手候補がいるのに、その人達を受け入れることができないっていうことに気づいて、去年の春から自分達で担い手育成のための園地づくりというのを始めました。これは冬りんごの木を切っている剪定作業の様子なんですが、ちょっと覆面していて見えませんが、これは女性です。全然りんごに縁もゆかりもな

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い家で生まれ育ったんですが、われわれの感覚からいくとちょっと理解ができないですけれども、りんごの木にりんごがなっているのが、「もう、かわいい!」って言うんですね。そういう場所で仕事をしたいという人が現れて、そういう人達と今、去年の春から畑を始めてます。 それを聞きつけた地元のスポーツクラブ、サッカーのクラブと野球のクラブがあるんですけれども、「地元のスポーツチームとしても何か応援することができないか」というふうに言っていただいて、普段はりんご畑で働きながら、週末とか夜とか野球をやったりサッカーをやったりというような若者を、派遣というか送り込んでいただいたりとかして、今活動を続けているところです。 今日この後、交流会の方でわれわれが造ったシードルを飲んでいただけるようになっているようですので、ぜひそこで味わっていただければと思います。以上です。

図司/はい、ありがとうございます。農業の就き方というところは、いろいろ考えるところありそうですね。 はい、それでは最後ですね、根市さんからお話いただきたいと思います。よろしくお願いします。

根市/はい、よろしくお願いします。僕はですね、今、高橋さんが青森県弘前市といういわゆる津軽なんですけども、僕は南部というですね、八戸市の隣にある南部町で今「南部どき」という会社と「NPO 法人青森なんぶの達者村」という NPO 法人でまちづくりなんかをしてます。 僕も小松さんとちょっと似ているところがあって、新聞記者でした。もともと、先ほど木村先生のお話の中でもあったんですけども、新聞記者をして知っていくうちに、地域のことをですね、取材しながら、なんかこう農業の記者をやったりしていたんですけれども、皆さん

「もう継がせる人がいない。」とか農地、耕作放棄地が増えたりいわゆる限界集落というところで、そういう耕作放棄地が増えて獣害があったりと、そういう取材を結構していく中で、自分の祖父母も農家で、両親は全然普通のサラリーマンで学校の教員とかをしていたんですけども、当事者になっている自分に気づいたときに、新聞記者はすごく好きでやりがいがあってやりたかったんですけど、これからどうしようかなと思っている時に、思い切って辞めちゃいました。 新聞記者を辞めて就農して、農業だけではちょっと食べていけない。それだけだとこの先もっと地域にインパクトを出していけないといけないということで、飲食店、農家レストランみたいなものをやったり、今南部町でカフェをやったりしています。実際ですね、いろいろ事業をやっているんですが、今日はその一部ですね、ご紹介させていただきたいと思います。 まずこちら、あの南部町のマップなんですけども、もともと南部町はですね、果物の町です。さくらんぼとか桃、りんご、梨、ぶどう、年間を通してですね、様々な果物を作って農家が生計を立てている。これがベーシックな産業になっています。 もちろん例に漏れずなんですけど、南部町の人口推移もこのようにぐんぐんぐんぐん減っていくわけですね。減っていく中で現在 17,000~ 18,000 の間位の間だと思うんですけど、南部町の人口はいるんですが、わりと県内の町村の中だとバランスはまだ良い方なのかなとは思っているんですが、それでもやっぱり、こんな感じで減っていく状況です。 やっぱり僕がすごく新聞記者時代もそうだったんですけど、少し違和感を感じていたのって、人の取り合いっていろんな所で起こっていて、

「こっちに来てください。」「あっちには良い条件で受け入れてくれますよ。」というのもあって、その移住とか定住っていうもの自体は全然

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良いと思うんですけども、じゃあ南部町に「こっちに来てください。」と言えるものが、例えば行政の皆さんの支援だったりというのもあるんですけども、僕ら民間でやっぱり地域を作っていかないと、結果暮らしに来るわけですから、そういう人達を増やしていけないんじゃないかと思って、僕達はいろいろ取り組みをしてます。僕の理想っていうものはですね、建物はそんなに立派なものでなくて良いんですけども、老いも若きもですね、皆さん暮らしを楽しめるところを作っていきたいというのが会社の理念です。 でミッション、会社のミッションが、社員でみんなで共有しているものですけども、「1 年後の自分、10 年後の家族、100 年後の故郷のために さあ今こそ南部どき」この “どき ”と言うのはドキドキワクワクもあるんですけど、タイム、時間の “どき ”もあって、「今こそローカルの “どき ”ですよ。」と、「地方のときがこれからの時代来ますよ。」という意味をこめて

「南部どき」という言葉を作っています。 ワクワクドキドキ作り出そう!ということで実際にやっているのが、この 2 つの僕たちの柱があるんですけども、1 つはそのコミュニティビジネスといわれているもの、もう 1 つは地域資源を活用したビジネスというものです。そのコミュニティビジネスなんですが、僕の今、南部町の 18,000 人の人口の中でも三戸駅という駅があるんですけど、その駅前にもともとあった古いりんごの倉庫を改装して、カフェというかコーヒースタンド。そんなに席数がないんですけども、コーヒーをテイクアウトできたりとか、中でちょっとコーヒーを飲める場所を作りました。 実際このエリアは 1,000 人くらいですね、400世帯 1,000 人位が住んでいるエリアです。駅がちょうど右側にあるんですけれども、その丸印赤丸の所がですね、僕がその「南部どき」という会社をやっている所で、その隣が「達者村」

というですね、場所になります。で、この赤丸の「南部どき」と「達者村」を中心にここは空き倉庫だらけなんです。この辺がもともとは、ここが駅前商店街で映画館とかですね、結婚式場とか当然レストランとかいろいろあって、ここが拠点になって町営市場という市場の跡地が今ここにあるんですけども、市場を活用してここで荷を下ろして、荷を積んで八戸の方に、いわゆる物売りですね、物販に行く人であったり、北海道の方へ石炭を積んだりとか、そういう拠点にあってすごく人がいた地域が、旅館なんかの名残はあるんですけども、だんだん人がいなくなっていっている地域です。そこにあえてカフェを作りました。 なんで作ったというのは、これからですね、このエリアを活性化させていく、いわゆるエリアリノベーションといわれているものをこれから進めたいと思って、2016 年にもともとあった倉庫を改装して、去年の 12 月にカフェを始めました。 実際ですね、僕達のカフェのコンセプトとして子育てをしながら、僕とか僕の奥さんとかですね、働いています。フリースペースとして、2 階は自由に使ってください。地域の人が公民館の代わりにここを使えるようにしています。来るもの拒まずで、誰が来てもいいですよと。若い人から老いた人っていったら変ですけど、年寄りの方も大丈夫です。飲食物もカフェなのに持ち込み可能です。当然おばちゃん達が、自分の家で作ったおもちとかを持ってきたりしてます。会議とか料理教室とか、地域の人が

「ちょっと使わせてね。」という感じで使っているスペースです。 こんな感じでですね、これは例えば真面目な会議をやっている所だったり、ここはちょっと今大きくなってきているんですけど、僕の子どもを、近所の人が自分の孫とか孫の子ども達がこっちにいないんですね、なので代わりに見に来て「〇〇君、元気?」とかって会いに来てく

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れたりとか、料理教室をやったり。仕事の合間に、ここにベビーベットがあるんですけど、子どもと遊んだりとか。老若男女が集まれるスペースということでもともと始めています。 もう 1 つのリソースビジネスと僕達がいっている、地域資源を活用したビジネスなんですけども、燻製を会社で作ってます。どういう燻製かというと、農家から剪定枝がでるんですけども、剪定枝っていうのは、先ほど高橋さんも言ったりんごの枝を冬場に刈ります。さくらんぼ、りんご、梅、ぶどう、なんでも枝を刈らなきゃいけないんです。その刈った枝を農家の皆さんは回収しなきゃいけないんですね、園地を。これがめちゃくちゃおじいちゃんおばあちゃんには大変な作業で、あるおじいちゃんがボソッと

「これだから辞める。こんな集めてられない。」と。それが大変だから「冬も寒いし、やってられないから辞める。」と言ったので、「ちょっとちょっと待って。」と、そのおじいちゃんに「うちでじゃあ回収するから、回収してあげるから、だったら何年続けられる?」て言ったら、「これがないんだったら 5 年くらいは頑張れる。」と言うから、じゃあちょっとやってみようということで始めたのがこれなんですけど。剪定枝を集める。実際は地域で障がい者の皆さんと一

緒に、冬場はわりと農福連携なんかでも仕事がない時があるので、一緒にやってます。加工場へ運んでチップにして地域食材なんかを燻製にするっていうことをやって販売しています。 この仕組みですね、広い園地で作業するのは大変で、これにめちゃくちゃ積んでありますけど、山のように剪定枝がでるんですね。最終的に畑で燃やしたりするんですけど。結構、春先が園地火災みたいなのがあったりして、こういうのも地域課題になっていました。そういうものを解決するために、うちらで剪定枝を集めて、今4種類のりんご、梅、ぶどう、さくらんぼの木を使った燻製というので、大きく味は変わらないんですけど、その風味とか、木村先生のお話があったようにストーリーというところを武器に商品開発して売っているというのが私の会社です。私から活動紹介、以上になります。

図司/はい、ありがとうございました。予定通りの時間で回ってます。とてもすばらしいですね。たっぷりディスカッションの時間をいただきました。 まずですね、玉沖さん、リクルート時代に地域活性の事業部にいらっしゃる時からの実は知り合いなんですけれども。当時は小松さんとか

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高橋さんとか根市さんみたいな存在、若い人達が過疎地域とか農山村にこういうことを起こしていくっていうことがほとんどなかったような気がするんですが、どうですか?

玉沖/私もお会いしなかったですね。逆にそういう方がいらっしゃると全国的に話題になるくらいの時代でした。何年前と申し上げていいのでしょうか。1990 年中頃ぐらいでしょうか。その頃はまだそんな感じでしたね。

図司/どういうふうにこの変化をご覧になります?玉沖さんなりに。

玉沖/私はその当時リクルートのサラリーマンとして現場で拝見したところでいくと、まずUI ターンということが始まった時、私は当時の会社のビジネスで「UI ターン」という専門誌の紙媒体が発行されていてまだインターネットが普及していなかった時代ですね。その紙媒体に求人広告を載せていただくという事業部にいました。それを各自治体の求人広告を掲載していただいて、実際に本当に都市部から地方といわれるところに人が来るんだろうかというような試行錯誤していた時代が 90 年代半ばだったと思います。 そこからですね、やってみると反応があるものだという話になりまして、そうすると家が足らないぞと。家をどうしようとか、もっと人にたくさん来てもらいたい、ところがピンポイントで住んでくれる人をいきなり集めるのは確率が低いことがわかってきた。じゃあ交流人口の拡大だということで観光やツーリズムという枠組みを使いながら取り組まれていき、今度は定着率に悩む。一度は来ていただいたんだけれどもなかなか定着してくれない。半年や 1 年で出て行ってしまわれる方が増えてきた。これは最初に住んでいただく前のレクチャーが足りないんじゃないかということで。「定住に際して」

という生活読本みたいなものを作ったり、というような時代を見てまいりました。

図司/なるほどですね。ある意味、そういう段階を経ていくようなとこを、3 人の皆さんは飛び込みながらやってるわけですよね。そこは何がやっぱりそううまくいっているんですかね?どうですか?

玉沖/私はですね、そこで時代が変わったと一言で言ってしまえばそこまでなんですけれども、あのお互いに感じるところだったり取り組み方だったり気持ちの向き方、受け止め方みたいなことが変わってきたと思うんですね。特に今自分のことも含めて思いますのは、人それぞれのライフスタイル。なので、90 年代の頃はその UI ターンとなると、生活環境の情報ばかりを伝えてきたんですね。仕事はこうで、医療はこうで、買い物場所は、教育は、というような話が多かったんですけれども、最近は人それぞれのライフスタイルに寄り添った相談の乗り方、情報提供、マッチングという所が一番大きく変わったなと思います。 そこで行くと受け入れ側の取り組みで、じゃあ人それぞれのライフスタイルでうまくマッチングするタイミングを待っていたら確率が非常に読めないわけで、じゃあどんなことを準備していけばいいのかというところが、例えば私を事例にさせていただくと、補助金ばかりではなくて、お金の話ばかりではなくて、私は特別離島だったっていうことと 5 年ぐらい前からもう現地にオフィスを作り始めてましたので、その時にとにかくオフィスとして借りれる物件がない。なので私は、今の会社では当時建設会社の 1 階を間借りさせていただいて会社を作ったり、いよいよ法人登記するぞというときはお酒屋さんの 1 階を間借りして法人登記をしたりしました。オフィスのことや Wi-Fi のことや、特に離島になると通販でオフィス什器を買うって

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いうことが運んでもらえなかったりするんですね。そういったところで必ずしも支援はお金だけではないなと。 ライフスタイルの寄り添い方も各それぞれの地域によって立地の条件も含めて事情が違うと思いますので、今はそういったようなことを感じております。

図司/なるほど、ありがとうございます。キーワードとして、ライフスタイルとかマッチング、寄り添い方という話がでました。 小松さん、畑山に入るのに、別に行政の皆さんに相談して「移住したいんですけど」みたいな話では決してないんですよね、たぶん今日の話からすると。

小松/全くないです。

図司/ですよね。そういう意味ではどこにビビッときたりとか、わざわざ新聞社を辞めて、地元に帰るっていう話はあると思うんですけど、高橋さんや根市さんみたいに。そうじゃなくて新しいところに飛び込むっていうのも、これはこれでなかなか勇気のいる話ではあると思うんですが。当時何を思って一歩を踏み出した感じだったんですか?

小松/私が畑山と最初に出会ったのは大学3年生の時の国土交通省の事業だったので、その時全国各地で田舎の可能性を探りたいと思っていろいろ参加をしていて、たまたま参加させてもらった中の1つが国交省のモニターツアーで、それこそボランティアホリデーのようなことを国内で流行らせたいどういうニーズがあるか知りたいということで企画されたツアーに、たまたま参加をして知り合ったのが畑山でした。 当時から結構衝撃だったんですけど、私達はやっぱり田舎に帰りたいと思ってもなかなか帰れない現状っていうのを、漁業をうちはなりわ

いにしていたので、あと祖父母は離島で暮らしていますし、田舎の厳しさというのが現実的に受け止めていて、ただ田舎に帰りたいと思ってる同世代というのは少しずつ増えていて、仲間も含めていろいろ全国回ってる子達がいたんです。 それが、やっぱり大学を卒業するだけでは実現できなくってサラリーマンになり、週末は田舎を旅するってことを続けていく中で、「やっぱり田舎が良いよね。田舎で暮らしたいよね。」という想いと、あとはもし今私がはたやま夢楽に行ったら、もしかしたらここの延命がもしかしたら長引くかもしれない、私自身は農業をすることができて食堂とか宿もしているのでやりたかった未来がここで築けるかもしれない。 人口が本当に少なくなって図司先生とかご存じですけど、私夫と年の差が 25 歳あるので、同世代というのは集落には全くいない中で飛び込んだので、苦労するのは前提なんですよね。それでも夫と共有できる畑山の未来像というのが結構描けて頑張ることができれば、こういうことができればまだまだ可能性はあるのにそれを今捨ててしまうことの悔しさとか、ハングリー精神みたいな今私がやったらやれるかもしれない私と夫だったらやれるかもしれないということが、もしやらなかったらもうすぐ今すぐ終わってしまうことなので、やってみて駄目ならいいじゃないかというようなところで、私の場合は飛び込みました。

図司/ある意味、旦那さんがやっぱり畑山の未来を描いて、ご主人は地元畑山生まれ?

小松/そうですね。夫は畑山生まれ畑山育ちで、その人が減り続ける中で、自分が生まれ育ったことが否定されるような今の世の中にすごい反抗的だったので、自分達が生まれ育ったところの価値をきちんと表現していきたいという想いもあって、土佐ジローを育てたくさんの人に来

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ていただくような地鶏に育てていったんですけど、土佐ジローはあくまでツールであってそれを通じて畑山の、私達が好きな場所に来てもらうということをやろうとしてます。それは私も同じだったので。

図司/ある意味根差してしっかりやろうとしているご主人と、小松さんの先ほどの地元に帰りたいんだけれどしがらみとか厳しさがある、これも結構あるあるな話だと思うんですが、うちの学生達も農山村のイメージを結構明るく描くんですけど、でもやっぱり地方出身の学生の方がある意味リアルなことが分かってるので、ちょっとそこに影が落ちてるっていうんですかね、そういうことを感じたりするんですよね。ありがとうございます。 というところで、高橋さんは戻られたわけですけど、お母様のこともあると思いますが、いずれ帰ろうと思ってたんですか?それとも何かきっかけがなければ帰らずに東京とかにいた可能性もあったんですか?

高橋/自分は帰るつもりはなかったですね。東京の生活がすごく楽しかったんで、仕事も好きだったんで帰る予定は全くなかったですね。

図司/それ、どういうふうに切り替えていったんですか?

高橋/結構最後の方はサクッと切り替わったんですけど、自分が東京に出たのが平成4年ですかね、当時もちろんインターネットもなかったですし、弘前にはそのレンタルビデオとかもなかった時代だったんですよ。ずーっと映像の仕事をしたいという想いがあって、やはり東京に出なきゃ何もできないというような時代ではあったと思うんですよ。ところが自分が 20 代後半になってくるともうインターネットも普及して、自分はテレビの仕事をしてたんですがテ

レビの現場でもパソコンで編集したりカメラもちっちゃくなって、いずれ近いうちに、まさに今そうなっちゃったんですけど、世界のどこにいても映像を作って発信できるっていう時代がもうすぐ来るなっていうふうには感じてたんです。 だから、東京は楽しいんですけど、東京にいなければいけない理由っていうのがだんだん減ってきてはいました。そこで母がたまたま病気になって、自分も独身でフットワークもまだ軽かった頃だったんで、どうしようかって考えた時に、東京にいなければできないことっていうのは少なくなった代わりに、弘前じゃなければできないこと、それは自分にとってはりんごだったんですけどりんごは東京じゃできないなっていう想いがあったんで、そこはすんなり変わりましたね。

図司/そういう意味では後を継ぐっていうのも、そのプロセスを経てストーンと落ちてきたっていうそんな感じなんですかね?

高橋/そうですね、だからたまたまタイミングが、自分が 29 で母が 54 かな?で亡くなってるんですけど、母があと 10 年長生きして自分が39 だったら多分帰ってこなかったと思うんですよ。タイミングも良かったのはありますね。

図司/なるほど。はい、ありがとうございます。根市さんにも同じような話なんですけど、どうですかね、県外で新聞記者のお仕事はされている中で地元に根差すという意味では渡り歩く生活から、場所を定めていくような生活に変わっていくと思うんですけど、そこのライフスタイルの変化とかですね、それこそしがらみみたいなところとの葛藤みたいなのはあんまりなかったですか?

根市/いや、めちゃくちゃやっぱりありました

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ね。一番悩んだのはやっぱりお金の部分なんですけど、新聞記者で給料もらってます、毎月いくらいくらって入ってくるものに対して、自分でじゃあ農業をやりますとか、自分で新しいことをやっていくってなった時どうしようかなと、収入。実際1年目の農業収入が7万円しかなかったですね 12 ヶ月で。で、まず貯金とかを切り崩しながらやっていて、こりゃまずいと。僕がへたくそなのもあるんですけど、農業も大事なんですけど、農業をもっと付加価値を高める方法も考えていかなきゃいけないということで、八戸市内にレストランをやったりしてたんですけど、やっぱりそのリアルにお金に悩んでて、実際にリアルにお金のことでどうしようっていう場面があったので、やっぱりすごく簡単ではなかったですね、その辺は。

図司/その辺はどういう形で解決の方向に持ってったのか、どうですか今から振り返ると。

根市/一番はやっぱり貯金があったので、貯金をまず頼りにしてたってのはあるんですけども。あとビジネスやる時には、やっぱり融資とかそういうところを考えていくら借りますの世界で、いくらちゃんとペイして返していきますっていうすごくちょっと生々しいお金の話ですけど、そういう部分で解決していったっていうのはベーシックなんでしょうけども、やっぱり大変でしたね。そういう意味では。

図司/その部分は相談相手の方とか周りにいらっしゃったんですか?それとも自分でなんとか切り込んでったって感じですか?

根市/そうですね。相談相手はいなかったんですけど結構ズケズケと、記者やってたのもあるので、割とこう銀行に行ってこういうこと聞きたいんですとか、あとは町の担当の方とかにもちょっと話を聞いたりいろんなところをこう、

ここだったらこれ教えてくれるかな?とかいうので、ズケズケと聞いてたところはあると思います。今考えると、すごい失礼だとは思いますけど。

図司/そこはある意味前職としてのスキルがとか、ネットワークが活かされたようなところもあるんですかね?そういう意味では。

根市/そうですね、やっぱり大きいですね。新聞記者やってたってのはすごく今の自分にも影響してるんですけど、やっぱりいろんなこと知れたということで好きになったりだとかリスクあるから回避しなきゃとかっていう判断ができるので、すごく大きいなと思っています。

図司/なるほど。はい、ありがとうございます。必要な話題がだいたいなんか揃ってきたようなとこなんですけども、「なりわい」の話を実は掲げたところもですね、私なりの理解というんですかね、皆さんとのお話の中で導いてるのはなりわいが3つに因数分解できるというか、3つの要素から成り立っているんじゃないかなあと思うんですね。1つはまさに玉沖さんからお話しいただいた「ライフスタイル」、自分としてやりがいのあるところに飛び込んでいくというんでしょかね、そういう部分が1つですね。2つ目はとは言いながらも夢ばっかしでは追えないのでお金の部分というんですかね、「稼ぎとか仕事」の部分も当然必要、3つ目は皆さんまさにそうなんですが「地域の課題とか地域に根差す」というんですかね、そこに関わりを持って稼ぎを得たい、あるいはやりがいのある仕事につなげるというんでしょうかね。ですので、地域とのつながり、ライフスタイル、稼ぎ、この3つが揃って、で、ここでやるっていうですねところに導かれていくのかなあという気はするんですが、玉沖さんの場合はそういう意味ではちょっと、なかなかそのケースにははまりに

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くいとこもあるかもしれませんが、隠岐の事業はあれですよね、コンサルティングの話から比べると、なかなかぶっちゃけ儲けが出にくいというか。

玉沖/おっしゃる通りです。

図司/ですよね、そこはどうですか?さっきのなりわいみたいなそういうのと近いものってあったりされます?

玉沖/そうですね、少なくともライフスタイルとか自己実現というところは、本当にご縁のタイミングが一番だったんですけれども、そこは私もぴったり一致しておりまして、あと地域のつながりもそうですね。ここも地域でいろいろとお仕事をいただいたりみんなで活動していく中で掴んだもので、確かに収益というもう一つのキーワードで、私の何て言うんでしょうね、住んでいないけれども会社は所在しているという立場からすると、逆に行政からお仕事をいただいて地域コンサル会社として勤めている部分なんかを総合して、最近思うことがあるんですけれども、行政に支援してもらいたい部分と行政が支援するべきところということと、民間が

頑張るところというのをはっきりと分けて考えないといけないなと。 それは私も常日頃申し上げているんですけども、例えばその一つに販路開拓というのがよく私の関わるところではキーワードで上がってくるんですけれども、販路開拓をする力そのものは経営手腕だと思うんですね。ただ、離島にいるので販路開拓をしに行くのに、交通費がかさむとか時間がかかるとかというところのサポートは何か方法を考えるべきではあっても、経営手腕と立地による課題みたいなことはちゃんと分けて考えていかなければならないなと思います。 あと収益については、本当に先ほど基調講演で木村先生もおっしゃっておられましたけれども、本当に学ぶ機会をいかに作っていくかというところだと思います。なので、ポンと私が離島で、他県の離島もよくお伺いしているんですけれども、商品開発の相談に初対面で乗らせていただくと、儲からないんですというお話から紐解いていくと原価計算をされていなくって、なんとなく 200 円かなと思って売っていますという商品をずっと原価計算を一緒にしていくと、1個売れる度に自分の赤字がかさむというようなお話もあります。こと私においては、そ

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の収益というところでは行政が支援するべきところと、自分で頑張るところで経営手腕を磨くというところの磨き方を学ぶ機会を、いかに作ってあげるかというところを最近よくみんなでも話し合って、会議の中でも話題に良く出てくるところですね。

図司/なるほどですね。そういう意味ではご縁という部分でしっかり地域とつながりながらも稼ぎ方とか、本業、どっちがメインかというのはありますけど、事業をいくつか重ね合わせながらうまく組み合わせていくという、そういうスタイルなんですかね?玉沖さんの場合は。

玉沖/そうですね。本業でいくと離島という立地で輸送コストの壁には本当に私も解決策がなくて、あとその製造業のアイテムの少なさ、どうしても OEM と言いますか製造委託という手段を選ばざるを得ない。そうなると先ほど皆さんともお話ししてたんですけども、自分のところで育てたものを加工しようと思うと地域外に出さなきゃいけない、それを自分の地域でも売りたいと思うと戻さなきゃいけないというと商品の往復の輸送コストがかかってしまう。で、ここのところは、最後販売価格の上代を上げるしかないよねという解決策しか今なく、まあそこを今行政の皆さんと輸送コストをどうやってその壁を崩していくかということを、よく会話しています。

図司/その辺はあれですかね。次期過疎法のソフトのところとかそういうとこに少し考えてく余地ってのはあるんですかね?

玉沖/期待しております。でも隠岐に行くと、有人国境離島という法律でいろいろと守っていただいてる部分があるんですけれども、そうではない一般離島と呼ばれるところではやっぱりその壁が厚くて隠岐以外の離島の地域でも今、

じゃあそれを皆で 10 人 20 人 30 人と連合軍を組んで打破する方法がないかということをちょうどみんなで取り組んでいる地域も担当させていただいております。

図司/なるほど。はい、ありがとうございます。小松さんにもなりわいの3つの組み合わせみたいなところで投げかけたいと思いますけど、その中でまさにお金のところもどうするとか、先ほど経営の話もありましたけど、どういう感じで進んできてます?あるいは悩みどころもあればぜひ。

小松/嫁に来て9年なんですけど、9年前が一番多分うちの底、まあ売り上げ的には底だったのでそこからいうと、どうやって売り上げを立てていくか、利益を伸ばしていくかっていうのが、まったく新聞記者でそういうところを取材したことがなかったので、いろんな方に教えていただきながらやり続けてきて、トライ&エラーの繰り返しでしたね。 だから、うちの場合は本当にうちしかやっていないものを作っているので、それと地域的には行政側も閉じたいと考えている集落になるので、じゃあ多くの人に畑山の存在価値をどう認めてもらうかというところがこの9年間の一番大きな課題であって、その中でも売り上げと利益を立てていくというのがなかなか難しい、ただどっちがコケても会社自体がつぶれてしまうので、少しずつ売り上げも上げながら地域の存在価値というのも認めてもらいながらっていうのを、訪ねて来てくれるお客さんは幸いにも多かったので、そういう人達から学ばせてもらいつつやってきたのかな。 どうしても出て行かなきゃならない状況というのは、まあ図司先生ご存じのようにここ数年あったんですけど、そういう時に今住んでる市から村から出て行こうかという選択肢もなくはなかったですけど、私達は日々接する全国から

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来てくれるお客さんに向かって商いをしていたので、その人達が私達に与えてくれる存在価値というのを大事にしながら、まあ今は恵まれていると思うんですけどクラウドファンディングとかもありますし、お客さん個人で出資したいと言ってくださる人達も増えていたので、個人個人にしてもらうのはちょっと私的には怖くてできなくて、クラウドファンディングに挑戦させてもらって、インターネット上にはたやま夢楽を応援するコメントがあふれた時に、たくさんの相乗効果が得られたかなというふうには思っています。

図司/なるほど。多くの人に存在価値を認めてもらうという話は、簡単にいうと情報発信みたいな話だとは思うんですけど、その中身が多分ポイントがあるわけですよね。来てくれた人から学ぶことがあったというのですね。どの辺がツボだったりポイントだったり大事だったり。

小松/9年前に嫁に来た直後はそれこそ年の差婚が話題でいろんなメディアにも出させてもらったんですけど、その時は私達がやりたいこととはかけ離れた情報が巡ってしまったので、それはいかんことだなと思って少しずつ自分でブログから始まって、情報提供してもいいよっていう機会を捉えつつ、地元の新聞社で 1 枚使った連載、あの新聞1面を使った連載を2年間させていただいたりとか、今も連載を続けてるんですけど、町村会さんとかのコラムとか書かせてもらったり、自分達が思ってることを言葉にしていく、映像にしていくっていうことを日々続けてきて、あと年に4回お客さんに向けてダイレクトメールを送るんですけど、それは商品の説明だけではなくって私達の日常とか、哲学ではないんですけど私達が畑山にこだわることとか日々の暮らしぶりをお客さんに伝えて、そこからまた思い出してもらうようなことは本当にずーっとずーっと続けてきたのでクラ

ウドファンディングにもつながったのかなと。 なので約1年間になるんですけど1年間で2回クラウドファンディングをして、合計で1千万以上ご支援いただいたのでそこは8年9年の努力が認めてもらえたのかなというふうには思ってます。個人の方からそれだけ融資支援していただいたので、今度は銀行とかからも評価をいただけるようになったり行政からも応援いただけるようなことに少しずつなってきたかなと思います。

図司/やっぱり情報集めの仕方も暮らしが日々続いていくように一発で出すとよりはちゃんと続けていったりとか、四季の変化だったりとか、やっぱり継続してちゃんと続けていく、出していくというのが多分大事なんですかね。

小松/そうですね。だからテレビに出た時が一番怖いですね。いろんなメディアで取り上げていただくんですけど、その時につながってくるご縁というのはあまりつながらない。それはすごく有り難い機会ではあるんですけど、その中から次につながるお客さんとどう私達の想いがマッチングしていくかというのを日々感じながら探りながらの日々ですね。

図司/なるほど。はい、ありがとうございます。高橋さんにもなりわいの部分でお伺いするんですが、先ほどのりんご農家になりたい人に向けてサポートしていくっていうのも、やはりある意味時間もかかったりするとこですし、それこそ儲けみたいな話、お金の部分からすると、なかなかそこに結び付くのにちょっと時間かかったりそういう部分もいろいろトライされてると思うのですが、シードル造りもそうだと思うんですが、その辺どうですか?なりわい全体の組み立て方っていいますか。

高橋/自分自身も今一緒にやってるそのりんご

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やりたいって別な所から来た人間も、最初は一緒でりんご全く知らないままからのスタートだったんですけど、一番違うところっていうのは、自分はやっぱりりんご農家の長男なのでまず家があったんですよね。で、親がいて技術も何にもわかんないところのリスクを親が大分負担してたっていうところがあると思うんです。で、今自分達がやってるのは何も分かんない人を雇用して、月々給料を支払いながら勉強してもらってるという状況でやってるので、りんごで得た収入に見合う、何ていうんですかね、利益はまず出ないんですよ。むしろ赤字の方がずっとずっと大きくて、そこが今一番の課題だなとは思っていて、だから多分誰も手を付けてこなかった事業なのかなと思ってるんですよ。 ところが、そういう事業をスタートした途端に、今年の春もそうだったんですが、畑の前をおばあちゃんが通りかかって、実はうちの息子が病気で死んじゃったんで、うちの畑やってもらえないかとかいうことが 2 回、2件続いて、畑がどんどんどんどん増えていく一方で、人材はなかなか育っていかない、という状況が今もうまさに起こりつつあって。なので、そのある程度やっぱり地域全体で、そのりんごに関してですけども、弘前に関しては地域でそのりんごの担い手を育てていかなければいけないというようなステップに、もう入ってきているのかなというのは感じてます。 ただ、そのりんごがもう斜陽産業というわけではなくて、今りんごの価格というのは、比較的 10 年、15 年前に比べると高い水準で安定してきてるので、儲かるかというとそうでもないんですけど、まったく駄目な産業かというとそうではなくて、まだまだ強みがある産業なので、人さえ育っていけばまだまだやっていける産業かなと思っています。

図司/ある意味新規就農の対策って農水省サイドだったりとか、そういう分野でもやられては

いますよね。そこはどうですかね。どっか足らないところがあるんですか?ぶっちゃけたところどうですか?

高橋/あの、ちょっと制度も変わってきてはいるんですが、その就農給付金という制度があるんですが年間 150 万円なんですよ。ちょっと今仕組みが変わりましたけど、じゃあ 150 万円で1年間暮らせるかというと暮らせないんですよね。 じゃあ、新規就農っていうものをどういう捉え方をしてるかというと、恐らく一回出ていってしまった後継ぎ息子とか、戻ってきてくださいよというような、そのやっぱり親から子へというような考え方に基づいた制度なのかなというふうには感じていて、特に果樹の場合は技術が身につくまですごい時間が掛かるので、そこはやはり違った仕組みがないともう駄目だと思っています。

図司/もうちょっと経営継承のところに差し込んでいけるような、技術も含めてですけど多分そういうところがもうちょっと要るんじゃないかと、そんな感じですかね。

高橋/そうですね。やはりその一人前になるまで時間が掛かる分を、どう地域だったり行政だったりがサポ-トをどういう形でできるかというのを考えていかなければいけないのかなと思います。

図司/なるほど。はい、ありがとうございます。根市さんにもなりわいとしてですね、今動いているような話をどう捉えながら進んでいくかその辺から少しコメントいただけますか?

根市/はい、そうですね。あの、やっぱりお金のことになってくるとは思うんですけども。 まず第一にですね、家族がいて家族を当然一

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緒に生活しなきゃいけない自分も暮らさなきゃいけないとなった時にお金はやっぱり必要だなとは思うんですけども、別にその月に1千万欲しいとか1億欲しいというレベルの話ではないんじゃないかなと思っていて、その例えばレストランと例えばカフェって簡単に言うと、飲食の中でこのぐらいの売り上げまで持っていければ、今働いてる人達にお給料が払えて自分達も食べていけるっていうベースが多分あるんですけども、先ほど玉沖先生もおっしゃっていたようにそこからの逆算みたいのを結構しっかりしていて、原価このぐらいとかで仕入れている農家さんにもちゃんと払う、もちろんですけども。 そういった計算をしていかなきゃいけないという中でのやり方でまだその発展途上ですので、これからではあると思うんですけども、日々そういう試行錯誤というか考え方としては、いくらでも稼ぐという考え方ではなくて、今月はこのぐらいまでは必要だとかそういう考え方を持ちながらやってるのかなと、お金に関して言うとですね。 半面でライフスタイルっていう意味で言うと、さっきあのうちの子どもが一緒に店にいましたけども、やっぱりその自分の犠牲にしてはいけない部分というのがあるのかなと思っていて、子どももそうですね、子どもの時間だとか家族の時間もそうですし、地域の人と一緒にいる時間というのもそうなんですけど、なんかいい意味でそこの拠点があることで地域の人達が来て、「うちが今ちょっと見てるから休憩しなよ。」みたいな、「お客さん、どうせ来ないでしょ。」みたいな、「大変失礼ですね。」みたいなことを言いながら会話をしてるんですけども、はい。 でも本当に、地域の人がポッと来て孫感覚で抱っこしながら 30 分間見ててくれたりとか、薪ストーブに当たりながらそこ座ってくれてる間に僕らが、働いてる人がお昼ご飯を食べるとか、基本ワンオペで済んでるんですけど、一人

だけ店にいるんですけど、子どもがいても、そういう地域の人が来た時に「すいません。ちょっとトイレ行きたいんで見ててもらえますか?」とかもできてるのが、すごく今良いなと僕は思っていて。 敢えて、だからそんなにどんどん雇用とかではなくて、そういう意味で言うと空いた時間にちょっと来てくれる人がいるというのが、すごく地域として支えられているというのはすごく感謝してますね。

図司/なんですかね、そのアルバイトではないんだけれども、ちょっと手が欲しい時にやりとりできるような関係性というか、そういうものが地域の中にあるのはある意味財産としてもう一度見えてくるところもあるんですかね。今の根市さんの話。

根市/もう、まさしくだと思いますね。そのお金に変えられない部分というのが絶対あって、そこが今その人がいないところだとか地方では享受とかって言われてるんでしょうけれども、すごく大事な部分じゃないかなって日々実感しています。

図司/なるほどですね。はい、ありがとうございます。そうなってくると、今日のですね、パネルのテーマとして仕組みづくりって話が入ってくるんですけれども、今のところ皆さんご自身でまさに試行錯誤しながら、動きを作ってらっしゃったりするわけですけど。 ただ高橋さんの先ほどのお話のように、周りにそういう関心を持ってくれる人達が少なからずいるということが見えてきたり、集まってくる方もこられたりすると何らか応援するこう仕組み、何か動きを作った方がいいんじゃないかっていう気もしないでもないんですよね。 その時に、「もうちょっとこういうところでこんなことがあったら良いんじゃないか。」と

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か、あるいは自分として「こんなことがもうちょっとできた方がいいんじゃないか。」とか、なんか気になっていて、例えば「ここにいらしてる皆さんにヘルプを求めたい。」とか「知恵を貰いたい。」とか、なんかそういう仕組みづくりとかそういうとこに向けて思ってるところがあったら、お一人ずついただければと思うんですけど。玉沖さんどうですか?

玉沖/私は仕組み化という言葉が大好きで、そこに本当に、日々そこに向かって取り組んでいるというような状況なんですけれども、東京に住んでる私が隠岐で思うのは、コミュニティが小さい分、属人的な支援がとっても素晴らしくって、私もそこにすごく助けられています。一方で、ここってどうなんだろうって思って今も解決策を探している仕組みづくりのところは、人口が多かった時代にたくさんいろんな組織が細分化されて作られているんですね。 例えば、観光1つとっても、観光協会とか観光連盟というところで集約できるようなことが、昔作った組織がまだ残っていて4つくらいのところが似て非なるみたいな活動を行っていると、で、そこが逆に非効率だったり無駄を作っているということが多々見られます。なので、人口が多かった時にたくさん作り過ぎてしまって今人口が減ってしまってそれぞれが事業も小さくなったし、そこに従事する人も小さくなったしみたいなところの組織の再構築を提案したりしたりしているものがあるんですけども、そうなると今度は人間関係の問題で「じゃあ俺にここをどけと言うのか」みたいな話になり、逆にそこは外から来た私が言えるところなので、

「じゃあ私が言いに行きますよ」とかって言いながら取り組んでるところがあるんですけども、ここがその人口が減ってきたっていうところで少し感じているところが一つあります。 最後に、私が隠岐で務めたいなと思っている役割がコーティネート機能という仕組み化で

す。たとえば6年掛けて在来種のミカンの生産に成功して、来年からもう何トン単位で出荷できるという方がいる。で、じゃあそれをどうやって売っていくのかというところで、ご自身の販路開拓の経営努力というところも頑張っておられるんですが、じゃあまず地元でこのくらい売って、島外でこのくらい売って、県外でこのくらい売ってみたいなところのこう販路の紹介を含めたコーディネート、そういったところのその人一人では見つけられないネットワークみたいなところや、僅かにつながらない知恵みたいなところを、コーディネートをしてサポートしていくというようなコーディネート機能を担えればいいな思って、今取り組んでおります。

図司/なるほど。はい、ありがとうございます。ある意味コーディネート機能の話といいますか、組織の再構築、棚卸しみたいな話は一緒ですよね。

玉沖/本当そうですね。再構築か新規かの違いだけで同じですね。

図司/やっぱりこうつなぎ役になったり、少し外側から差し込んでくれる人達とのある意味つながりを作ってくということは、地域としてもやっぱり大事になって来るんですかね?これからの時代は。

玉沖/はい、私は敢えて今隠岐に移住をすることを今々は決めていないんですけれども、じゃあ東京にずっといるのかと言われると、東京は職場というイメージが自分では強いです。東京にいることによって隠岐に提供できるもの、隠岐に住んでいる方にはないものを提供できるというその役割分担や、そこで起こせる化学反応が楽しい。なので敢えて住んでいない外から通っている私が担えるコーディネート機能というところをうまくみんなと楽しんでいきたいな

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あと思っています。

図司/地域の人とのパートナーを得ておくっていう強みもあるかもしれないですかね。

玉沖/そうですね。そう皆さんにも思っていただけてたら嬉しいです。

図司/はい、ありがとうございます。小松さんいかがですか?

小松/そうですね、民間の事業体なので収益の中で次に投資をしていくってことは日々やってはいるんですけど、限界集落になると人を引っ張ってきても暮らせる家がないので、結局集落から 20km 離れたところに家を借りてもらわないといけないというのが現状あったりします。 ただ、行政が持ってる遊休施設がもう少し活用できれば畑山の中にも暮らせる家があったりするんですけども、なかなかその融通というか条例の壁っていうのを日々感じたりもしてますし、法人とか団体さんに対しては補助事業とか既存の事業に対しての支援というのはあるんですけど、民間企業として何かそういう仕組みがせっかく国が用意しているのに、民間企業で使えないということがあったりするなっていうのは感じたりもしてます。 ただお金をバラまけばいいとは決して思ってないので、「就農するからお金をください。」とか「建物を無償で提供します。」とかっていう話ではなくて、ハードはある程度作っていただいても、なんだろ、人が育つような動線にうまくつなげていってくれないものかなと思ったりとか、うちはインターネットとか固定電話もかなり不自由な暮らしなので、海外ではあんまりそういう所はなくなってますけど、日本だと山間地がどうしても遅れをとっているところがあるので、そういうインフラがあると最近リゾートバイトっていう言葉もありまして、国外に

1ヶ月とか私達よりもっともっと若い 20 代の女の子たちが、1ヶ月海外でバイトして暮らすという子達も増えてきたり、日本の田舎でそういうマッチングができる可能性というのは私達が若い頃以上に広がっていて増えているというのも感じているので、なんかもうちょっとマッチングとして受け入れるようなことが田舎でできていかないかなというのを日々思いながら、それがもしかしたら民間の投資の中でできるのかもしれないしいろんな可能性を探ってこれからの田舎を作っていきたいなとは思っているところです。

図司/遠くても行きたい人は来ますもんね。

小松/結構私もそうですけど、田舎で暮らしたい人っていると思うんですよね。東京に魅力を感じる人ももちろんいるし、それぞれが行きたい場所っていうのは違うし価値観も違うので、そういう人達をきちんと受け入れられる、暮らせるような場所が欲しいなとは思いますね。

図司/まあ、どうしてもね、人口が中心周辺の論理でいくと周辺部のインフラ整備が遅くなるっていうのは、人口が増えている時の論理としてはあったんでしょうけど、減少時代になってくると、少なくともそこに魅力があればむしろインフラ整備は優先的にやるくらいの発想の転換も必要かもしれないですよね。

小松/自治体によってはね、そこに先行投資をしていただいているところもあるので、もっともっと広がればいいなとは思ってはいます。

図司/コストのこともあるから悩ましいところではありますよね。

小松/もちろん。

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たまにクラブでDJやったりとかっていう(図司/あぁ、かっこいいですね!)人もいたりとか、だからそういう生活もあってはいいんではないかなと、そういうようなこちら側からの発信もやっぱり必要かなと思ってます。

図司/メイン、サブというよりも、農業も大事だし他のことも地域で暮らしていく上では豊かさが何かあることも一緒に組み合わせていくというそういう発想ですかね。

高橋/そうですね、だから今野球やったりサッカーのクラブに入りながら農業をやってるっていうのもその一つかなと自分は思っています。

図司/はい、ありがとうございます。根市さんどうですが、仕組みづくりについて。

根市/はい、そうですね。僕が考えていることですけど、やっぱり整理と検証がすごく必要なんじゃないかと思っていて、仕組み化するためには。よく少子高齢化ですっていう課題を挙げるんですけど、多分そのエリアに少子高齢化の中でどういう課題があるかってもっと多分細分化しなきゃいけないことがあって、それに対してじゃあ南部どきとして何をやるか、NPO として何をやるか、達者村として何をやるか、行政として何をやるかというのが、多分それぞれ役割分担みたいなのがあって、それぞれ「あっ、そうですね。じゃあ、うちはこれをやりますね。」「行政の南部町役場さんの方では、じゃあそれをお願いできますか?」みたいな関係がすごく必要なのかなと思っていて、わりと僕が住んでいる南部町はいろんなそういう企業に対する補助だとか支援だとか、あと子育て支援ですね、全国区でも多分やってると思うんですけど、教育費の無償化だとか子育て支援金みたいなものがあったりする中で、それ以上のことって、「じゃあ今起業したいからもっとお金くだ

図司/はい、ありがとうございます。高橋さんいかがですか?

高橋/仕組みっていう中でりんごに関して一番必要なのは、やはりその学校的な学びたい人が学べる場所っていうのが、まずは第一に必要かなと思っています。ただ、青森県内でも今農業系の高校が次々なくなっていってて、理由は定員割れというとこなんですけど自分もそうだったように、若いうちにやっぱりそのいきなり農業を志すっていうのはなかなか現実的にはそんなに多くないのかなって思っていて、うちの方に「りんごやりたいんです。」って訪ねてくる人はやはり 30 代 40 代。で、そろそろやっぱり人生を考えたいという世代なんですよ。そういう人達が学べる場所がまず第一に必要かなと思っているのと同時に、こちらサイドで今、仕組みというわけではないんですけど、やはりそのライフスタイル、りんご農家としてのライフスタイルの発信の仕方っていうのも、やはりしていかなければいけないなと思っていて。 やはりどうしても冬の農閑期というのが出てきてしまうんですよ。特にその技術がまだ身につかない間っていうのは、その剪定もうまくできないので、その冬の農閑期の仕事をどうするのかっていうのがまず一番最初に出てくる課題なんですが、やはりその昔は、その、何だろう、その間出稼ぎに行っていた比較的負のイメージというか、冬の間別な仕事をするっていうのはあまり良いイメージはなかったんですが、今、何だろう、地元ではすごくこう人が足りなくて、冬の間だけ人が欲しいという職種もあったりしていて、そういうところで人材をシェアしたり、うちはやっているんですね。 だから、農業一本で食えないから何か別なアルバイトをするっていう提案ではなくて、「農業もやりながらこんなこともやっています。」っていうようなふうに、こう発信をしていきたいなと思ってます。うちは普段りんご作りながら、

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さい。」って言ってもできないラインってもちろんあるし、よく集落座談会とかで僕出ると

「なんで行政やってくんないんだよ」みたいなの結構言うんですけど、でもできないことって絶対あって、そこをエネルギーをかけてやれやれって言うよりは。「じゃあ、ここはできるから、ここはうちでできるから一緒にやりましょう。」で一つの仕組みをつくっていくっていうのが、すごく今僕の会社とか地域では大事なことになっているのかなと思っています。

図司/根市さんみたいな存在がある意味、まさにコーディネーターの話じゃないですけどつなぎ隊としてそういう議論がスタートできるきっかけを作ったりそんな立場になり得るんですかね?

根市/そうですね。良い例で言うと今年間通して駅前広場というイベントをやってるんですけど、地域の子ども達に地域のことを知ってもらう場を作ろうと、地域の高校生とかもそうなんですけど、駅まで送り迎えをして高校は八戸に行って、帰ってきて車に乗って自宅に帰るので、地域のことを知らないんですよね。なのに「地域に帰って来てね。」とか言えないので、知即愛という言葉があると思うんですけども、知ってもらうことで郷土愛が醸成されるという場面を作るために、駅前広場という場を作って、「行政の方ではこういう支援をお願いします。うちらはこれを民間でやります。」で、地域の住民の方は「じゃあ先生として講師として来て一緒に体験やりましょう。」地域探検みたいなのをやってクイズ形式でラリーをやったりして、地域のことを理解するとプレゼントがもらえるみたいなのをやったりとかいろいろしてるんですけど、その仕組みが多分一個つくれているのは、それぞれの立場の領分をある程度わきまえながらやれることやれないことを整理しているからなのかなって今お話を聞いてて思ってました。

図司/はい、ありがとうございます。という内に時間にだんだんなってきました。ここでスパっと終わるわけにはいかないので、もうワンラウンドだけお付き合いいただければと思います。 最後にですね、今日いろんなお話を皆さんからいただきましたが、ある意味世代のバトンリレーというんでしょうかね、受け継ぎながら当然世代毎に人口は減っていくわけなので、なかなか頭数としては厳しいとこはあるわけですけれども、そうも言ってられない中でチャレンジをされている皆さん方だと思うんですけども、どういう過疎地域、どういう今後地域になってほしいかとかですね、その中でどんなことをやっていきたいとかですね、チャレンジしたいだとか、少し今後に向けて抱負、あるいは少し展望みたいなところを一言ずついただいて締めていきたいと思いますけども、玉沖さんいかがですか?

玉沖/はい、私は隠岐の立場でいきますと、先ほど申し上げたコーディネート機能の役割をもっと担って活躍していきたいなと思っています。なので、小さなエリアなので一人ひとりの活動や叶えたいことも支援したいと思うんですけれども、一人より二人でとか、点よりも面でやることにもう少し目を向けて取り組んでいける町になればいいなと思っています。以上です。

図司/はい、ありがとうございます。では小松さんお願いします。

小松/はい、土佐ジローを軸に情報発信とかなりわいの最たるものは作っていきたいと思っているんですけれども、畑山をもっともっと楽しみたい、自分達も含め子どもも含めもっと楽しんでいきたいと思っているので、最近やっているのは、週末子ども達と畑山で遊ぶ、山で川で遊ぶっていうのを自分んちの子だけじゃなくて

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に惹かれて人が来るとか、そういう姿が良いのかなと僕はやっぱり思っていて、どうしてもその町のためにこんなことしますとか、あなたのために私はこんなことしてるんだよって言いがちになるんですけど、僕らは地域では一緒にやろうっていうのを基本にしてて、For じゃなくて With だよっていつも言ってるんですけど、子ども達も一緒に巻き込む、でさっきの子育てに地域の人も巻き込む、一緒に、厚かましいかもしれないんですけどその With の精神みたいな部分を持ってやれるような地域を一緒にやっていければいいなと思っています。

図司/はい、ありがとうございました。最後のところは期せずして、皆さん同じような表現になったんじゃないでしょうかね、点から面あるいは、家とかですねうちのところにこだわらずもっと地域でとか、先ほどの For ではなくてWith とかですね。やはり人口が減ってですね、どうしても家の単位、世帯の単位で考えると厳しくなっている話を、今日登壇いただいてる4人の皆さんの取り組みもある意味象徴的だと思いますが、それを乗り越えるつながり方をですね、地域の中でもそうですし、地域の外との間でも新たに作り直すというんでしょうかね、そういう取り組みを皆さん実践されているではないかなあと思います。どうしても、過去の人口が多かった時の話が、体験経験として頭によぎってしまうというところはあるんだと思いますけれども、ある意味人口減少をしっかり受け止めながらですね、どうしても人口減少って話になると大変だねっていうふうに枕詞に使いがちですけれども、人口減少でもまさに幸せに暮らし続けられる過疎地域、過疎は前提だというところで、どういうふうに次の世代に向けて地域を作っていくのか、そのヒントを今日は4人の皆さんとのディスカッションの中で多く出していただいたのではないかなあと思います。取り立てて私がまとめきれるようなものではない

町の子達を集めたりとか、木工教室をやったりとか飲食店さん向け個人向け両方やるんですけれども、土佐ジローを通じて食育の場を作ったり、あと最近森林浴もやりたいと思っているので、そういうことを畑山で楽しめること星空観測会とかもやったりしていて、資源はすごくたくさんあるのでそれを活かした取り組みをもっともっと広げていけたらいいなと思っているところです。

図司/はい、ありがとうございます。高橋さんお願いします。

高橋/この冬からまた新しい人が一人入ってくる予定になっていて、りんご勉強したいという実はドイツ人が一人来るんですけど、今個々のりんご農家が思ってるのは、「うちの息子娘達が東京行っちゃったので、うちはもう後継ぎがいない。」って言ってるわけですよ。でもそうじゃなくて、もっと、うちっていうことじゃなくて地域ってもう少し広く考えれば、例えばその先ほど申し上げた「うちの息子亡くなっちゃった。」っていうお婆ちゃんの畑を、もしかしたらそのドイツ人が後を継いでいくってこともあり得ると思うんですよね。 そういうだから家っていう視点から、少しそのもうちょっと地域みたいな、その中学校学区ぐらいの少し広がった考え方を、地域の人達にも少し提案していきたいなという風に考えてます。

図司/はい、ありがとうございます。では根市さんお願いします。

根市/はい、僕は完全に暮らす人が幸せな町を、一緒に作っていきたいなと思っていて、さっきのあの活動紹介の中でも少し触れたんですけど、やっぱり住んでる人が幸せだってのが第一条件で、みんな笑顔で楽しくやっているところ

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ですが、ぜひですね、この後それぞれの地域にお持ち帰りいただいたり、この後の懇親会の席でお酒の肴にして、話題にぜひしていただきながら、これからも、今後とも過疎地域元気に、幸せな暮らしが送り続けるように、私としてもまた研究者の立場でお手伝いもしていきたいとも思っております。 改めてですね、今日ご登壇いただいたました4人の皆さんにぜひ拍手をもってお礼に代えたいと思います。 どうもありがとうございました。

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全体会

次期開催県挨拶

熊本県企画振興部地域・文化振興局長

倉 光 麻 里 子

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熊本県企画振興部地域・文化振興局長

倉光 麻里子氏(くらみつ まりこ)

次期開催県挨拶

皆様、こんにちは。今ご紹介にあずかりました、熊本県の倉光と申します。大変お疲れのところかと思いますが、次期開催県として一言ご挨拶申し上げます。

まず、先の台風そして大雨で甚大な被害に遭われました被災地の皆様にお見舞い申し上げますと共に、一日も早く日常生活に戻られることを心から願っております。そして本日、「全国過疎問題シンポジウム 2019 in あおもり」が、このようにたくさんの参加者の皆さんのもと、滞りなく開催されましたこと、また開催にあたりご尽力された総務省の皆様、青森県をはじめ実行委員会関係者の皆様方のご努力に心から敬意を表します。また基調講演をいただいた木村先生、そして今パネリストの皆様から、示唆に富んだお話をいただいて、時代が変わったというお話もございましたけれども、確かに以前と田舎に対する多様性とか豊かさというものに対する認識が少しずつ変わり始めてるのかなと、われわれ行政職員としてはそこをもっとお手伝いしないといけないなと思ったところです。

来年度熊本県で開催するわけですけれども、皆様ご存じの通り現行の過疎法が来年度で期限を迎えます。恐らくこのシンポジウムを開催している頃には、新たな過疎対策の姿が少しずつ分かり始めている頃かと思います。そうした大きな節目に、熊本県でこういった全国規模の過疎対策のシンポジウムを開催できるというのは、非常に光栄に思っておりますし、今年の青森県さんの大会のような、実りある大会になるようこれから準備を進めたいと思っております。

皆様、ここで少し熊本県のご紹介をさせてい

ただきます。熊本には世界規模のカルデラを有する阿蘇があります。それと大小の島々からなる天草。こういう山あり海ありの風光明媚な土地柄と豊富な地下水、そして豊かな食というのも売りでございます。ぜひ来年度は、この豊富な食もご堪能いただければと思います。

そして今年は熊本にとって、スポーツについてちょっとしたビッグイヤーでして、まず現在放送されております大河ドラマ「いだてん」の前半の主人公でした金栗四三さんは、熊本県和水町の出身です。

そしてラグビーワールドカップ。熊本でも2試合行われまして、世界各国からのお客様をお迎えし、そういった体験を初めてさせていただきました。そして 11 月の末からは、女子ハンドボールの世界選手権も開催する予定にしております。

われわれ3年半前に熊本地震を経験したんですけれども、多くの皆様のおかげで着実に復興が進んでおります。この青森県からも、地震後毎年ねぶたを持ってきていただいて、大変元気づけていただいております。あの時に大きな被害を受けた熊本城もかなり復興しておりまして、このスポーツイベントに合わせて期間限定で観覧することもできるようになっております。来年度熊本でこの大会を開催いたしますので、ぜひお越しいただき熊本の復興も直接目で見ていただければと思います。

来年度、熊本県でお会いできるのを大変楽しみにしております。拙い挨拶ではございますが、次期開催県としての挨拶とさせていただきます。

どうも本日はありがとうございました。