人間栄養学 がつなぐ 食 と 健康 - yakultmacro-nutrient 微量栄養成分 micro-nutrient...

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2 Special Features 1 紀元前 5 世紀に、医聖と呼ばれたヒポクラテスは、 その著書の中ですでにビタミンの欠乏症である壊血病 に触れている。脚気、壊血病、くる病、ペラグラ、悪 性貧血は、ビタミンの五大欠乏症と呼ばれ、多くの人 の命を奪うことにもなった。こうした病から人々を救 うため、何を食べたらよいのかという研究が栄養学の 始まりだった。 栄養学の始まりは、人間がどう生きるか、より良く ビタミンやたんぱく質といった要素に還元される栄養学の功績は計り知れない。だが、栄養補給が不十分 で病気になる時代から、摂取が過剰になっているために病気の引き金になっているという現代にあっては、 栄養学の果たす役割も変わってくる。今ほど栄養という言葉が及ぶ範囲が広がっている時代はなく、社会 構造の変化や人間の心理、価値観等々を考慮して、人々の健康に関与する栄養管理を行わなくてはならない。 人間栄養学 がつなぐ 健康 東京大学名誉教授 細谷憲政 細谷憲政(ほそや・のりま さ) 1925 年千葉県生まれ。 1949 年東京大学医学部卒 業後、東京女子医科大学助 教授、東京大学医学部衛生 看護学科及び保健学科助教 授を経て、東京大学医学部 教授保健栄養学講座担任。 女子栄養大学大学院研究科 委員長。茨城県健康科学セ ンター長、厚生省公衆衛生 審議会栄養部会委員ならび に部会長、厚生省食品衛生 調査会委員、日本人の栄養 所要量策定委員会委員長な ど歴任。 巻頭インタビュー 日本人の栄養 生きるためにはどうしたらよいか、ということです。 人間は食べることで栄養状態を良くして健康に生きる、 逆に言えば、栄養補給がなくては健康に生きられない からでして、人類の発展は十分な栄養補給を勝ち取る 戦いでもありました。 たとえば脚気という病がありますが、今でも海外の 栄養学の教科書にしばしば引用されている日本海軍の 逸話があります。 長期間の航海を強いられる海軍では、272 日間の航 海の中で 376 名中 169 名が罹患し、内 25 名が死亡し たという記録も残されているほど、欠乏症は深刻な問 題でした。1884 年、海軍軍医だった高木兼寛は、後 に東京慈恵会医科大学を設立した医学者ですが、彼は この病が食事のせいと考え、航海中の食事をパンや肉 類に切り替えて 287 日間の航海に出ました。結果、そ の航海での脚気罹患者は、333 名中 14 名にとどまり ました。このパンや肉類といった洋風の食事には、当 時の日本食に比べてビタミン B1 が多く含まれており、 この食事によって、海軍兵士は救われたのです。 ビタミンの欠乏はまた、壊血病を引き起こします。 構成◉ 飯塚りえ composition by Rie Iizuka イラストレーション小湊好治 illustration by Koji Kominato

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Page 1: 人間栄養学 がつなぐ 食 と 健康 - Yakultmacro-nutrient 微量栄養成分 micro-nutrient 食べ物の摂取 たんぱく質 脂質 炭水化物(糖質) ミネラル

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Special Features 1

紀元前5世紀に医聖と呼ばれたヒポクラテスはその著書の中ですでにビタミンの欠乏症である壊血病に触れている脚気壊血病くる病ペラグラ悪性貧血はビタミンの五大欠乏症と呼ばれ多くの人の命を奪うことにもなったこうした病から人々を救うため何を食べたらよいのかという研究が栄養学の始まりだった栄養学の始まりは人間がどう生きるかより良く

ビタミンやたんぱく質といった要素に還元される栄養学の功績は計り知れないだが栄養補給が不十分で病気になる時代から摂取が過剰になっているために病気の引き金になっているという現代にあっては栄養学の果たす役割も変わってくる今ほど栄養という言葉が及ぶ範囲が広がっている時代はなく社会構造の変化や人間の心理価値観等々を考慮して人々の健康に関与する栄養管理を行わなくてはならない

「人間栄養学」がつなぐ「食」と「健康」

東京大学名誉教授

細谷憲政

細谷憲政(ほそやのりまさ)1925年千葉県生まれ1949年東京大学医学部卒業後東京女子医科大学助教授東京大学医学部衛生看護学科及び保健学科助教授を経て東京大学医学部教授保健栄養学講座担任女子栄養大学大学院研究科委員長茨城県健康科学センター長厚生省公衆衛生審議会栄養部会委員ならびに部会長厚生省食品衛生調査会委員日本人の栄養所要量策定委員会委員長など歴任

巻頭インタビュー日本人の栄養

生きるためにはどうしたらよいかということです人間は食べることで栄養状態を良くして健康に生きる逆に言えば栄養補給がなくては健康に生きられないからでして人類の発展は十分な栄養補給を勝ち取る戦いでもありましたたとえば脚気という病がありますが今でも海外の栄養学の教科書にしばしば引用されている日本海軍の逸話があります長期間の航海を強いられる海軍では272日間の航海の中で376名中169名が罹患し内25名が死亡したという記録も残されているほど欠乏症は深刻な問題でした1884年海軍軍医だった高木兼寛は後に東京慈恵会医科大学を設立した医学者ですが彼はこの病が食事のせいと考え航海中の食事をパンや肉類に切り替えて287日間の航海に出ました結果その航海での脚気罹患者は333名中14名にとどまりましたこのパンや肉類といった洋風の食事には当時の日本食に比べてビタミンB1が多く含まれておりこの食事によって海軍兵士は救われたのですビタミンの欠乏はまた壊血病を引き起こします

構成飯塚りえ composition by Rie Iizuka

イラストレーション小湊好治 illustration by Koji Kominato

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どういう作用をしどのような食品にその栄養素が含まれているのかということを突き止め国民の皆が摂取できるようにするのは必須のことだったしかし「欠乏の終わり過剰の始まり」という現代においては「食物と栄養」から「人間と栄養」つまり人間栄養学が求められている栄養学は「食物栄養学」として食品及び食品に含まれる栄養素を研究の対象としてきましたそのため目の前の人間を離れ栄養素が細胞内の分子レベルでどう作用し代謝するかを研究しているのですそこでは健康なのか弱っているのかといった人間の体の状態誰と食べるのかいつ食べるのかといった状況やどうやって食べればどう調理すればどういう作用が求められるのかといった調理や消化に関連した問題さらには食べることの経済的な問題などに触れられることはありませんでした実際栄養問題への取り組みというのは世界中どこの国でも「食物と栄養」から始まりました特に日本の栄養学はある地点から食物の中身に固執してしまいますでは「食べ物」をきちんと研究しているのかというとまったくと言ってもよいほど不十分な状況ですしかし私たちは栄養素を食べているわけではなく食べ物を食べているのですしまた食べ物の成分というのは全てが体内に取り入れられてそのまま利用されているわけでもありません食べ物が足りないという場所や時代なら食べ物=栄養=エネルギーとし

て生命体を維持するためにどうしたらよいのかという考え方も必要でしたしかし現在はそうした時代ではなく欠乏症の解消した先進諸国においてはたとえば生活習慣病などに取り組むようになると人体を対象に人体側面から栄養の問題を取り扱う「人間栄養学」に切り替わっていますそして今人間栄養学においては食べ方の問題はもちろん食糧の生産流通分配また経済と社会の問題までを含めて体系化していく必要がありますそもそも人間の歴史は食糧をいか

15世紀末の大航海時代に船員が最も恐れていたのがこの病気なのです1740年イギリスのジョージアンソン率いる艦隊の4年間に及ぶ世界周航は悲惨でした帰国したのは実に1200名の乗組員のうち145名のみ戦闘によって亡くなったのは4名残りの1051名が壊血病などの病によるものでしたイギリス海軍の軍医だったジェームズリンドは亡くなったのは下級兵士が多かったことから食事の違いによるものではないかと見当をつけ実験を行いました一方は従来通りの食事一方はそれにレモンやライムを加えたものを与えたところ後者の改善は目を見張るものがありそこから「全兵士に果物を」というスローガンにつながっていくのです壊血病とビタミンの医学的根拠が示されたのはもう少し後のことですが1932年にはアルバートセントがレモン汁からビタミンCを分離することに成功していますちなみにビタミンCの別名は「アスコルビン酸」ですがこれはギリシャ語で「壊血病なし」という意味なので すこれら栄養学の黎明期においては栄養素が中心であり脅威となった病に対して原因となる欠乏症を研究することは人類が生き延びるために重要なものでした

「食物と栄養」から「人間と栄養」人間を苦しませる病がありそれはある栄養補給が不十分だということが原因だとすればどの栄養素が

食品に含まれている時と人間が摂取した時とでは成分の栄養的な区分には違いがありそれを考慮しなくては栄養の本当の効果は期待できない

栄養成分の区分

静脈栄養の場合には窒素含有化合物1はアミノ酸などエネルギー供給化合物2はブドウ糖などが用いられている(出典BaxterParenteral Nutrition Innovation Solution and New Direction A Practical)

三大栄養成分macro-nutrient

微量栄養成分micro-nutrient

食べ物の摂取

たんぱく質脂質

炭水化物(糖質)

ミネラルビタミン

人体への投与

水窒素含有化合物1

エネルギー供給化合物2

電解質ミネラルビタミン

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に獲得するかという歴史そのものでもあり世界中の国は大きな戦争をするたびに相手国の食糧を自国に持ち帰って徹底的に研究していますちなみにアメリカは第二次世界戦後日本の米を自国に持ち帰って日本式の栽培をしていますルイジアナ州ミズーリ州テキサス州カリフォルニア州では日本の米が栽培され収穫はその4州だけで日本の約15倍にもなっていきますなぜ米を検討したかといえば小麦の収穫率に比べて米はその十数倍の収穫があります効率の良さは歴然としていますしかし残念ながら日本が戦争で意識して諸外国から持ち帰ったものはほとんどなかったのではないでしょうか

ポジティブ情報としての栄養成分表示物を食べる時私たちには何を選ぶのかという問題がある「最近ビタミン不足だな」と思ったら野菜を多く摂ろうと考えるしかし外食のメニューでも中食の総菜でも成分表示があったとしてもどのような栄養素が摂れるのか実際とは異なることも少なくない第二次世界大戦中には加工食品が多く開発されました戦後それらが市場に出回るようになると保存の問題が出てきました腐ってしまってはいけないということですねそこで防腐剤のような添加物を加えるようになったのですが今度はその添加物の有害性が問われるようになりきちんと表示しなくてはいけないという議論が起こってきたのですそこで食品添加物の表示というネガティブ情報の提供に対しアメリカの食品会社大手は一計を案じました当時の大統領に直訴して添加物の情報だけでなくポジティブ情報として栄養成分を表示していこうと提案したわけですきっかけは何だったにせよこれを受けたニクソンは大統領の就任に当たって「1970年代の米国の栄養政策(US Nutrition Policy in the Seventies)」を提唱し栄養表示と栄養教育を中心の課題として取り上げていますそれが今の栄養表示の成り立ちです現在これは世界の大きな潮流となりFAO WHO Codex(FAO=国連食糧農業機関及びWHO=世界保健機関が合同で設置する国際的な政府間機関で国際食品

規格等を作成している)の栄養表示制度の体系化に発展しています大量生産できる食品などはロットによって異なるため販売する企業がきちんと計量を行って数値を提供しなさいというのが現在の国際的な流れです食品の栄養成分に関してもちろん成分表には生の材料の時の栄養素などの含有量が記載されていますしかしたとえばにんじんに含まれているカロテンはビタミンAの前駆物質ですがもし生のままで食べた場合ビタミンAになるのは含有カロテンの30分の1程度ですしかし日本にはきんぴらなどにんじんを炒め煮にして食べるという習慣がありますいわゆる「おふくろの味」ですカロテンは水に溶けませんが油と一緒に調理すると吸収を助けるということを経験的に知っていると言えますちなみにビタミンA はたんぱく質と結合して血液中を運搬されていくためにんじんを炒める時にはたんぱく質を含む食品と一緒に調理することでますます吸収を助ける効果がありますこのように生のにんじんのカロテン含有量を云々しても調理の方法によって最終的に人間の栄養源になるときには値が異なってきますにんじんそのものも収穫の時季生産地域大きさ保存の方法などなどによって個体差がありさらに同じものを食べても食べる人間側の違いで栄養素の吸収にはplusmn20程度の差異が出てきます1988年にイギリスで開催された国際会議で非常にショッキングな報告がなされましたある地域で利用している食品成分表を検討したところ表示と実際の成分の違いがplusmn10の範囲内に入る食品は糖質たんぱく質については50脂質や脂肪については25以下というのです一方人の栄養所要量や食事の摂取基準というのは身長や体重また体内成分の変動幅を加味してplusmn20あるとして算定していますしかし食品成分表の変動幅はそれ以上であってということはある食品については340キロカロリーから410キロカロリーまでの幅があるということにもなります健康な人の食事でもこの幅は気になりますがこうした数値を基準にたとえば糖尿病の患者さんのためのメニューが作れるかどうかはなはだ疑問です

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これまでの栄養学では栄養素の欠乏症の解決に向けて食物と栄養を体系化してきたわけですが人間栄養学の時代にあっては人体の健康栄養状態を捉えなおした栄養機能の客観的な視点が必要となっているのです

レギュラトリーサイエンスの必要性栄養学が新しい局面を迎える一方社会全体も大きく変化し科学技術は飛躍的に進歩しているそれら科学が人間にとってどのようなものなのかその影響を評価して調整する必要があるかどうかを検討するレギュラトリーサイエンスが注目されているこれは人間栄養学においても大きな役割を担っている栄養学に特化して言えばレギュラトリーサイエンスは伝承技術や新しく導入された食材技術を膨大な情報事実経過や物質の本質に基づいて整理判断し国民の健康への影響についてその良し悪しを評価判断する科学です現在栄養と食生活という問題は世界的にも見直しが進んでおり考え方や概念規定定義用語法などが各国で異なるため研究や情報交換に支障を来しているのですそこで1996年米国栄養士会は経口摂取する物は food (食品)diet(食べ物)meal(食事)snack(軽食)などというように栄養に関する用語を整理統一しその上で「科学的根拠に基づいた栄養管理の手順」を作成しましたこれによると栄養管理においては経口摂取するものを上記のように区別した上でこれらに含まれる栄養素などを明記することとしその利用効率身体活動による変化栄養の質などを観察してまたその人

Special Features 1

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食品栄養成分の変動値

445kcal

408kcal

371kcal

334kcal

297kcal

調理した食べ物に表示されるカロリー生材料について食品成分表から計算された数値

品種産地栽培法収穫時期流通等による食品の個体差また加工調理の方法によっては差が生まれ実際のカロリーにはplusmn10以上の幅がみられる

さらに食べ物を摂取する個人の状態(体格体調など)によっては食品成分(ここではカロリー)の摂取量にはplusmn20以上の幅がみられることもある

統計学上生物人体に対する数値の測定は平均値plusmn標準偏差として示され最小値は最大値の3分の2程度になることもある栄養管理を行う場合にはこの差違を充分に考慮することが必要だ

の栄養に関する知識信念態度行動も観察しそれらの影響も考慮せよとありますここでは栄養の課題を栄養素の摂取のみを扱う範囲としているのではなく社会活動経済活動人間活動において検討するという視点で取り組んでいます栄養の質ということも

現代の栄養学の一つのテーマとなっている単なる栄養素として見てきた従来の研究から口から取り入れた食品が体内でどのように消化されて吸収されるのかその結果として体内においてどのように活用されるのかという部分にまで及んで栄養を評価することにしている

WHOでは1992年のローマにおける国際会議において「栄養や食糧に関する今後の国際討論では食品の質と栄養の質を重視すること」を取り決めましたつまり「食品食べ物食事」と「食べること」を分けて栄養の評価をしていこうというわけですというのも前述したように個々の食品の成分が分かったとしてもそうした食品から摂取された栄養素が体内でどんな時にどのように処理され健康の保持増進また病気の予防治療にどのように作用し効果があるのかということを検証していく必要があるからです一方で経口摂取したものについてもっと簡単な評価軸も必要になりますそこでFAO WHO Codexでは利用効率(自動車の燃費に相当する現象)と三大栄養成分の含有比率つまりPFC比によって食品や料理の栄養問題を評価することにしましたそして実にPFC比の違いが体内での代謝を変えるということが分かってきましたカルシウムの吸収を助けるにはビタミンDが必要でありシュウ酸はカルシウムの吸収を妨げるなどというものですしかし私たちは「カルシウムの利用効率は50」

「鉄は10」などと知っていたところでこれが調理や保存などに生かされなければ意味がありませんカル

日本人の栄養

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シウムを摂れば骨が丈夫になると言われますがこれにも誤解があります骨の構造を考えれば分かりますが骨という臓器は25ほどがたんぱく質で構成されておりこのたんぱく質によって形成された網の目にカルシウムなどのミネラルが埋められて骨が形成されていくのですですからカルシウムだけをいくらたくさん摂っても骨は作られません骨を作ろうと思ったらカルシウムと同時にたんぱく質を摂るような献立にしなくてはならないのですまた同じ食品でも「煮る焼く炒める」あるいは

「冷凍する乾燥させる水に戻す」という調理の仕方によって食品の質や栄養の質が変わってくることも知られているでしょう砂糖にアミノ酸を混ぜた部分を焦がすと褐変反応が起きて美味しそうな非常にいいニオイがしますが栄養価は低下しますしかし単純に栄養価が低下することが良くないというのではなく香りによって食欲が促進するのならそれは良いことです調理におけるこうした現象を科学として教育される場面がないのが残念ですそしてカロリー表示についても注意しなくてはなりません食品のカロリー表示は基本的に生の材料を基準にしていますから実際とはずいぶん異なりま

すし栄養素も同様に実際に口から入る食べ物から吸収できる栄養素は成分表の半分程度と考えてもよいと思いますこのように食品ごとに調理や保存によって利用効率が異なるのであればそれをきちんと知って栄養素を摂る必要があります食育などと言われる現在ですがそうした点を扱うことがないのは残念です

過剰時代の栄養学の役割もう一つ人間栄養学の上ではどう食べるのかということも研究の範囲です「栄養学」と構えていると194780子定規に考えがちですが食事で重要なのは楽しむことではないでしょうか食べ物は薬とは違います用法用量で決めた通りに食べさせるわけにはいかないのですですが私はそれでいいのだと考えています美味しくいただくことが大切なのですその美味しさというのもまたいろいろでしょう誰かと食べるのか一人なのか食べた後に何をするのかなどによっても食べる物も食べ方も変わってくるでしょう食べるということは社会経済的な問題も含めて生活全体を考慮しながら考えなくてはいけないのです現代の栄養事情は欠乏と過剰の二極化とも言われ

食品 food食べ物 diet食事 meal

食べる eating

人間human being食事摂取調査

栄養状態の評価判定栄養

nutrition

栄養素nutrient

健康health

疾病diseasedisorder

dietarysurvey

nutritionalassessment

FAOWHOでは経口摂取するものは食品食べ物食事などを区別しこれらに含まれる栄養素なども明記することとしている利用効率身体活動による変化生存に伴う栄養の質の変化等々も観察した上でその人の栄養に関する知識信条行動なども勘案しつつ栄養評価をする必要がある

食べ物と栄養

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Special Features 1

ている食べ物は豊富にあるが何をどう食するのかによってそれがきちんと健康に生きることとつながらないということもある社会の仕組みが複雑になっている今栄養学も社会のあらゆる側面を視野に入れながら人々の健康を考えていかなくてはならない栄養というのは政策と直結しており為政者はいかに食糧をコントロールするかということが以前は重要だったわけです今食糧自給率などと言われていますがそもそもすべての国が農業国であり自国の農業をどうやって守り発展させていくかということが重要な問題となっています歴史的に見ても食べ物の政策に優れた国が世界を席巻しているのです私はこれまでの栄養素の分析を主要なテリトリーにしてきた栄養学は人間を対象にした人間栄養学に変わっていく必要があると提言し続けてきました栄養学は食糧の生産流通分配加工献立調理食べ方食べさせ方そして健康への影響などを含めて広く評価していく必要があると考えます現代は栄養素の過剰摂取が問題になっており生活習慣病などの健康障害に対応することが急務ですしかし栄養学の成り立ちが「食物と栄養」だったために栄養士は「食の科学」や「食文化」といった範囲をテリトリーと考えてそこから出ない一方人間側つまり医学の分野では栄養を顧みないという事態が起こっています人は食べて生きるものであって本来人と食を分けて考えることはできません日本人は薬に頼りすぎる傾向があるようにも思われますが怪我や病気を治すのは薬ではなく自分の力つまり食べ物の栄養素によって体を修復していくのです

栄養士は人間栄養学のエキスパートとして保健医療福祉といった場面でますます活躍していかなくてはなりません栄養士の役割も専門職としての知見を持ちながら人々の健康をどのように維持改善していくかを考えていく必要がありますたとえば病院の医療の現場においてはNST(Nutrition Support Team)といって医師看護師薬剤師などと臨床栄養師(あるいは熟練の管理

栄養士)がチームを組んで栄養の評価補給を行う医療班が生まれていますアメリカでは1970年代からこのNSTが作られましたが今では日本でもその必要性が認識されて1000以上の医療施設でNSTが組織されています病気という「部分」だけを見るのではなくそれを抱える人間全体を見ていこうというこうした動きは新しい取り組みとして評価されるべきものと考えていますこのように栄養素の分析から始まって日本においては特に縦割りの中で一定の範囲で専門性を保っていた従来の枠組みから飛び出し広い視点から人間社会を見つめていく人間栄養学こそ今後いっそう求められていくものと考えています

日本人の栄養栄養成分などの体内利用は身体内の代謝の側面つまり体内でどのように処理されるかという総和と消化吸収されて処理される場所までの過程そして排出の過程とに区分されている

摂取

(消化) 運搬 代謝(作用)

吸収

利用効率

取り込み

(図版提供細谷憲政名誉教授)

作用物質の利用効果とその作用

Page 2: 人間栄養学 がつなぐ 食 と 健康 - Yakultmacro-nutrient 微量栄養成分 micro-nutrient 食べ物の摂取 たんぱく質 脂質 炭水化物(糖質) ミネラル

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どういう作用をしどのような食品にその栄養素が含まれているのかということを突き止め国民の皆が摂取できるようにするのは必須のことだったしかし「欠乏の終わり過剰の始まり」という現代においては「食物と栄養」から「人間と栄養」つまり人間栄養学が求められている栄養学は「食物栄養学」として食品及び食品に含まれる栄養素を研究の対象としてきましたそのため目の前の人間を離れ栄養素が細胞内の分子レベルでどう作用し代謝するかを研究しているのですそこでは健康なのか弱っているのかといった人間の体の状態誰と食べるのかいつ食べるのかといった状況やどうやって食べればどう調理すればどういう作用が求められるのかといった調理や消化に関連した問題さらには食べることの経済的な問題などに触れられることはありませんでした実際栄養問題への取り組みというのは世界中どこの国でも「食物と栄養」から始まりました特に日本の栄養学はある地点から食物の中身に固執してしまいますでは「食べ物」をきちんと研究しているのかというとまったくと言ってもよいほど不十分な状況ですしかし私たちは栄養素を食べているわけではなく食べ物を食べているのですしまた食べ物の成分というのは全てが体内に取り入れられてそのまま利用されているわけでもありません食べ物が足りないという場所や時代なら食べ物=栄養=エネルギーとし

て生命体を維持するためにどうしたらよいのかという考え方も必要でしたしかし現在はそうした時代ではなく欠乏症の解消した先進諸国においてはたとえば生活習慣病などに取り組むようになると人体を対象に人体側面から栄養の問題を取り扱う「人間栄養学」に切り替わっていますそして今人間栄養学においては食べ方の問題はもちろん食糧の生産流通分配また経済と社会の問題までを含めて体系化していく必要がありますそもそも人間の歴史は食糧をいか

15世紀末の大航海時代に船員が最も恐れていたのがこの病気なのです1740年イギリスのジョージアンソン率いる艦隊の4年間に及ぶ世界周航は悲惨でした帰国したのは実に1200名の乗組員のうち145名のみ戦闘によって亡くなったのは4名残りの1051名が壊血病などの病によるものでしたイギリス海軍の軍医だったジェームズリンドは亡くなったのは下級兵士が多かったことから食事の違いによるものではないかと見当をつけ実験を行いました一方は従来通りの食事一方はそれにレモンやライムを加えたものを与えたところ後者の改善は目を見張るものがありそこから「全兵士に果物を」というスローガンにつながっていくのです壊血病とビタミンの医学的根拠が示されたのはもう少し後のことですが1932年にはアルバートセントがレモン汁からビタミンCを分離することに成功していますちなみにビタミンCの別名は「アスコルビン酸」ですがこれはギリシャ語で「壊血病なし」という意味なので すこれら栄養学の黎明期においては栄養素が中心であり脅威となった病に対して原因となる欠乏症を研究することは人類が生き延びるために重要なものでした

「食物と栄養」から「人間と栄養」人間を苦しませる病がありそれはある栄養補給が不十分だということが原因だとすればどの栄養素が

食品に含まれている時と人間が摂取した時とでは成分の栄養的な区分には違いがありそれを考慮しなくては栄養の本当の効果は期待できない

栄養成分の区分

静脈栄養の場合には窒素含有化合物1はアミノ酸などエネルギー供給化合物2はブドウ糖などが用いられている(出典BaxterParenteral Nutrition Innovation Solution and New Direction A Practical)

三大栄養成分macro-nutrient

微量栄養成分micro-nutrient

食べ物の摂取

たんぱく質脂質

炭水化物(糖質)

ミネラルビタミン

人体への投与

水窒素含有化合物1

エネルギー供給化合物2

電解質ミネラルビタミン

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に獲得するかという歴史そのものでもあり世界中の国は大きな戦争をするたびに相手国の食糧を自国に持ち帰って徹底的に研究していますちなみにアメリカは第二次世界戦後日本の米を自国に持ち帰って日本式の栽培をしていますルイジアナ州ミズーリ州テキサス州カリフォルニア州では日本の米が栽培され収穫はその4州だけで日本の約15倍にもなっていきますなぜ米を検討したかといえば小麦の収穫率に比べて米はその十数倍の収穫があります効率の良さは歴然としていますしかし残念ながら日本が戦争で意識して諸外国から持ち帰ったものはほとんどなかったのではないでしょうか

ポジティブ情報としての栄養成分表示物を食べる時私たちには何を選ぶのかという問題がある「最近ビタミン不足だな」と思ったら野菜を多く摂ろうと考えるしかし外食のメニューでも中食の総菜でも成分表示があったとしてもどのような栄養素が摂れるのか実際とは異なることも少なくない第二次世界大戦中には加工食品が多く開発されました戦後それらが市場に出回るようになると保存の問題が出てきました腐ってしまってはいけないということですねそこで防腐剤のような添加物を加えるようになったのですが今度はその添加物の有害性が問われるようになりきちんと表示しなくてはいけないという議論が起こってきたのですそこで食品添加物の表示というネガティブ情報の提供に対しアメリカの食品会社大手は一計を案じました当時の大統領に直訴して添加物の情報だけでなくポジティブ情報として栄養成分を表示していこうと提案したわけですきっかけは何だったにせよこれを受けたニクソンは大統領の就任に当たって「1970年代の米国の栄養政策(US Nutrition Policy in the Seventies)」を提唱し栄養表示と栄養教育を中心の課題として取り上げていますそれが今の栄養表示の成り立ちです現在これは世界の大きな潮流となりFAO WHO Codex(FAO=国連食糧農業機関及びWHO=世界保健機関が合同で設置する国際的な政府間機関で国際食品

規格等を作成している)の栄養表示制度の体系化に発展しています大量生産できる食品などはロットによって異なるため販売する企業がきちんと計量を行って数値を提供しなさいというのが現在の国際的な流れです食品の栄養成分に関してもちろん成分表には生の材料の時の栄養素などの含有量が記載されていますしかしたとえばにんじんに含まれているカロテンはビタミンAの前駆物質ですがもし生のままで食べた場合ビタミンAになるのは含有カロテンの30分の1程度ですしかし日本にはきんぴらなどにんじんを炒め煮にして食べるという習慣がありますいわゆる「おふくろの味」ですカロテンは水に溶けませんが油と一緒に調理すると吸収を助けるということを経験的に知っていると言えますちなみにビタミンA はたんぱく質と結合して血液中を運搬されていくためにんじんを炒める時にはたんぱく質を含む食品と一緒に調理することでますます吸収を助ける効果がありますこのように生のにんじんのカロテン含有量を云々しても調理の方法によって最終的に人間の栄養源になるときには値が異なってきますにんじんそのものも収穫の時季生産地域大きさ保存の方法などなどによって個体差がありさらに同じものを食べても食べる人間側の違いで栄養素の吸収にはplusmn20程度の差異が出てきます1988年にイギリスで開催された国際会議で非常にショッキングな報告がなされましたある地域で利用している食品成分表を検討したところ表示と実際の成分の違いがplusmn10の範囲内に入る食品は糖質たんぱく質については50脂質や脂肪については25以下というのです一方人の栄養所要量や食事の摂取基準というのは身長や体重また体内成分の変動幅を加味してplusmn20あるとして算定していますしかし食品成分表の変動幅はそれ以上であってということはある食品については340キロカロリーから410キロカロリーまでの幅があるということにもなります健康な人の食事でもこの幅は気になりますがこうした数値を基準にたとえば糖尿病の患者さんのためのメニューが作れるかどうかはなはだ疑問です

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これまでの栄養学では栄養素の欠乏症の解決に向けて食物と栄養を体系化してきたわけですが人間栄養学の時代にあっては人体の健康栄養状態を捉えなおした栄養機能の客観的な視点が必要となっているのです

レギュラトリーサイエンスの必要性栄養学が新しい局面を迎える一方社会全体も大きく変化し科学技術は飛躍的に進歩しているそれら科学が人間にとってどのようなものなのかその影響を評価して調整する必要があるかどうかを検討するレギュラトリーサイエンスが注目されているこれは人間栄養学においても大きな役割を担っている栄養学に特化して言えばレギュラトリーサイエンスは伝承技術や新しく導入された食材技術を膨大な情報事実経過や物質の本質に基づいて整理判断し国民の健康への影響についてその良し悪しを評価判断する科学です現在栄養と食生活という問題は世界的にも見直しが進んでおり考え方や概念規定定義用語法などが各国で異なるため研究や情報交換に支障を来しているのですそこで1996年米国栄養士会は経口摂取する物は food (食品)diet(食べ物)meal(食事)snack(軽食)などというように栄養に関する用語を整理統一しその上で「科学的根拠に基づいた栄養管理の手順」を作成しましたこれによると栄養管理においては経口摂取するものを上記のように区別した上でこれらに含まれる栄養素などを明記することとしその利用効率身体活動による変化栄養の質などを観察してまたその人

Special Features 1

+20

+10

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食品栄養成分の変動値

445kcal

408kcal

371kcal

334kcal

297kcal

調理した食べ物に表示されるカロリー生材料について食品成分表から計算された数値

品種産地栽培法収穫時期流通等による食品の個体差また加工調理の方法によっては差が生まれ実際のカロリーにはplusmn10以上の幅がみられる

さらに食べ物を摂取する個人の状態(体格体調など)によっては食品成分(ここではカロリー)の摂取量にはplusmn20以上の幅がみられることもある

統計学上生物人体に対する数値の測定は平均値plusmn標準偏差として示され最小値は最大値の3分の2程度になることもある栄養管理を行う場合にはこの差違を充分に考慮することが必要だ

の栄養に関する知識信念態度行動も観察しそれらの影響も考慮せよとありますここでは栄養の課題を栄養素の摂取のみを扱う範囲としているのではなく社会活動経済活動人間活動において検討するという視点で取り組んでいます栄養の質ということも

現代の栄養学の一つのテーマとなっている単なる栄養素として見てきた従来の研究から口から取り入れた食品が体内でどのように消化されて吸収されるのかその結果として体内においてどのように活用されるのかという部分にまで及んで栄養を評価することにしている

WHOでは1992年のローマにおける国際会議において「栄養や食糧に関する今後の国際討論では食品の質と栄養の質を重視すること」を取り決めましたつまり「食品食べ物食事」と「食べること」を分けて栄養の評価をしていこうというわけですというのも前述したように個々の食品の成分が分かったとしてもそうした食品から摂取された栄養素が体内でどんな時にどのように処理され健康の保持増進また病気の予防治療にどのように作用し効果があるのかということを検証していく必要があるからです一方で経口摂取したものについてもっと簡単な評価軸も必要になりますそこでFAO WHO Codexでは利用効率(自動車の燃費に相当する現象)と三大栄養成分の含有比率つまりPFC比によって食品や料理の栄養問題を評価することにしましたそして実にPFC比の違いが体内での代謝を変えるということが分かってきましたカルシウムの吸収を助けるにはビタミンDが必要でありシュウ酸はカルシウムの吸収を妨げるなどというものですしかし私たちは「カルシウムの利用効率は50」

「鉄は10」などと知っていたところでこれが調理や保存などに生かされなければ意味がありませんカル

日本人の栄養

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シウムを摂れば骨が丈夫になると言われますがこれにも誤解があります骨の構造を考えれば分かりますが骨という臓器は25ほどがたんぱく質で構成されておりこのたんぱく質によって形成された網の目にカルシウムなどのミネラルが埋められて骨が形成されていくのですですからカルシウムだけをいくらたくさん摂っても骨は作られません骨を作ろうと思ったらカルシウムと同時にたんぱく質を摂るような献立にしなくてはならないのですまた同じ食品でも「煮る焼く炒める」あるいは

「冷凍する乾燥させる水に戻す」という調理の仕方によって食品の質や栄養の質が変わってくることも知られているでしょう砂糖にアミノ酸を混ぜた部分を焦がすと褐変反応が起きて美味しそうな非常にいいニオイがしますが栄養価は低下しますしかし単純に栄養価が低下することが良くないというのではなく香りによって食欲が促進するのならそれは良いことです調理におけるこうした現象を科学として教育される場面がないのが残念ですそしてカロリー表示についても注意しなくてはなりません食品のカロリー表示は基本的に生の材料を基準にしていますから実際とはずいぶん異なりま

すし栄養素も同様に実際に口から入る食べ物から吸収できる栄養素は成分表の半分程度と考えてもよいと思いますこのように食品ごとに調理や保存によって利用効率が異なるのであればそれをきちんと知って栄養素を摂る必要があります食育などと言われる現在ですがそうした点を扱うことがないのは残念です

過剰時代の栄養学の役割もう一つ人間栄養学の上ではどう食べるのかということも研究の範囲です「栄養学」と構えていると194780子定規に考えがちですが食事で重要なのは楽しむことではないでしょうか食べ物は薬とは違います用法用量で決めた通りに食べさせるわけにはいかないのですですが私はそれでいいのだと考えています美味しくいただくことが大切なのですその美味しさというのもまたいろいろでしょう誰かと食べるのか一人なのか食べた後に何をするのかなどによっても食べる物も食べ方も変わってくるでしょう食べるということは社会経済的な問題も含めて生活全体を考慮しながら考えなくてはいけないのです現代の栄養事情は欠乏と過剰の二極化とも言われ

食品 food食べ物 diet食事 meal

食べる eating

人間human being食事摂取調査

栄養状態の評価判定栄養

nutrition

栄養素nutrient

健康health

疾病diseasedisorder

dietarysurvey

nutritionalassessment

FAOWHOでは経口摂取するものは食品食べ物食事などを区別しこれらに含まれる栄養素なども明記することとしている利用効率身体活動による変化生存に伴う栄養の質の変化等々も観察した上でその人の栄養に関する知識信条行動なども勘案しつつ栄養評価をする必要がある

食べ物と栄養

7

Special Features 1

ている食べ物は豊富にあるが何をどう食するのかによってそれがきちんと健康に生きることとつながらないということもある社会の仕組みが複雑になっている今栄養学も社会のあらゆる側面を視野に入れながら人々の健康を考えていかなくてはならない栄養というのは政策と直結しており為政者はいかに食糧をコントロールするかということが以前は重要だったわけです今食糧自給率などと言われていますがそもそもすべての国が農業国であり自国の農業をどうやって守り発展させていくかということが重要な問題となっています歴史的に見ても食べ物の政策に優れた国が世界を席巻しているのです私はこれまでの栄養素の分析を主要なテリトリーにしてきた栄養学は人間を対象にした人間栄養学に変わっていく必要があると提言し続けてきました栄養学は食糧の生産流通分配加工献立調理食べ方食べさせ方そして健康への影響などを含めて広く評価していく必要があると考えます現代は栄養素の過剰摂取が問題になっており生活習慣病などの健康障害に対応することが急務ですしかし栄養学の成り立ちが「食物と栄養」だったために栄養士は「食の科学」や「食文化」といった範囲をテリトリーと考えてそこから出ない一方人間側つまり医学の分野では栄養を顧みないという事態が起こっています人は食べて生きるものであって本来人と食を分けて考えることはできません日本人は薬に頼りすぎる傾向があるようにも思われますが怪我や病気を治すのは薬ではなく自分の力つまり食べ物の栄養素によって体を修復していくのです

栄養士は人間栄養学のエキスパートとして保健医療福祉といった場面でますます活躍していかなくてはなりません栄養士の役割も専門職としての知見を持ちながら人々の健康をどのように維持改善していくかを考えていく必要がありますたとえば病院の医療の現場においてはNST(Nutrition Support Team)といって医師看護師薬剤師などと臨床栄養師(あるいは熟練の管理

栄養士)がチームを組んで栄養の評価補給を行う医療班が生まれていますアメリカでは1970年代からこのNSTが作られましたが今では日本でもその必要性が認識されて1000以上の医療施設でNSTが組織されています病気という「部分」だけを見るのではなくそれを抱える人間全体を見ていこうというこうした動きは新しい取り組みとして評価されるべきものと考えていますこのように栄養素の分析から始まって日本においては特に縦割りの中で一定の範囲で専門性を保っていた従来の枠組みから飛び出し広い視点から人間社会を見つめていく人間栄養学こそ今後いっそう求められていくものと考えています

日本人の栄養栄養成分などの体内利用は身体内の代謝の側面つまり体内でどのように処理されるかという総和と消化吸収されて処理される場所までの過程そして排出の過程とに区分されている

摂取

(消化) 運搬 代謝(作用)

吸収

利用効率

取り込み

(図版提供細谷憲政名誉教授)

作用物質の利用効果とその作用

Page 3: 人間栄養学 がつなぐ 食 と 健康 - Yakultmacro-nutrient 微量栄養成分 micro-nutrient 食べ物の摂取 たんぱく質 脂質 炭水化物(糖質) ミネラル

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に獲得するかという歴史そのものでもあり世界中の国は大きな戦争をするたびに相手国の食糧を自国に持ち帰って徹底的に研究していますちなみにアメリカは第二次世界戦後日本の米を自国に持ち帰って日本式の栽培をしていますルイジアナ州ミズーリ州テキサス州カリフォルニア州では日本の米が栽培され収穫はその4州だけで日本の約15倍にもなっていきますなぜ米を検討したかといえば小麦の収穫率に比べて米はその十数倍の収穫があります効率の良さは歴然としていますしかし残念ながら日本が戦争で意識して諸外国から持ち帰ったものはほとんどなかったのではないでしょうか

ポジティブ情報としての栄養成分表示物を食べる時私たちには何を選ぶのかという問題がある「最近ビタミン不足だな」と思ったら野菜を多く摂ろうと考えるしかし外食のメニューでも中食の総菜でも成分表示があったとしてもどのような栄養素が摂れるのか実際とは異なることも少なくない第二次世界大戦中には加工食品が多く開発されました戦後それらが市場に出回るようになると保存の問題が出てきました腐ってしまってはいけないということですねそこで防腐剤のような添加物を加えるようになったのですが今度はその添加物の有害性が問われるようになりきちんと表示しなくてはいけないという議論が起こってきたのですそこで食品添加物の表示というネガティブ情報の提供に対しアメリカの食品会社大手は一計を案じました当時の大統領に直訴して添加物の情報だけでなくポジティブ情報として栄養成分を表示していこうと提案したわけですきっかけは何だったにせよこれを受けたニクソンは大統領の就任に当たって「1970年代の米国の栄養政策(US Nutrition Policy in the Seventies)」を提唱し栄養表示と栄養教育を中心の課題として取り上げていますそれが今の栄養表示の成り立ちです現在これは世界の大きな潮流となりFAO WHO Codex(FAO=国連食糧農業機関及びWHO=世界保健機関が合同で設置する国際的な政府間機関で国際食品

規格等を作成している)の栄養表示制度の体系化に発展しています大量生産できる食品などはロットによって異なるため販売する企業がきちんと計量を行って数値を提供しなさいというのが現在の国際的な流れです食品の栄養成分に関してもちろん成分表には生の材料の時の栄養素などの含有量が記載されていますしかしたとえばにんじんに含まれているカロテンはビタミンAの前駆物質ですがもし生のままで食べた場合ビタミンAになるのは含有カロテンの30分の1程度ですしかし日本にはきんぴらなどにんじんを炒め煮にして食べるという習慣がありますいわゆる「おふくろの味」ですカロテンは水に溶けませんが油と一緒に調理すると吸収を助けるということを経験的に知っていると言えますちなみにビタミンA はたんぱく質と結合して血液中を運搬されていくためにんじんを炒める時にはたんぱく質を含む食品と一緒に調理することでますます吸収を助ける効果がありますこのように生のにんじんのカロテン含有量を云々しても調理の方法によって最終的に人間の栄養源になるときには値が異なってきますにんじんそのものも収穫の時季生産地域大きさ保存の方法などなどによって個体差がありさらに同じものを食べても食べる人間側の違いで栄養素の吸収にはplusmn20程度の差異が出てきます1988年にイギリスで開催された国際会議で非常にショッキングな報告がなされましたある地域で利用している食品成分表を検討したところ表示と実際の成分の違いがplusmn10の範囲内に入る食品は糖質たんぱく質については50脂質や脂肪については25以下というのです一方人の栄養所要量や食事の摂取基準というのは身長や体重また体内成分の変動幅を加味してplusmn20あるとして算定していますしかし食品成分表の変動幅はそれ以上であってということはある食品については340キロカロリーから410キロカロリーまでの幅があるということにもなります健康な人の食事でもこの幅は気になりますがこうした数値を基準にたとえば糖尿病の患者さんのためのメニューが作れるかどうかはなはだ疑問です

5

これまでの栄養学では栄養素の欠乏症の解決に向けて食物と栄養を体系化してきたわけですが人間栄養学の時代にあっては人体の健康栄養状態を捉えなおした栄養機能の客観的な視点が必要となっているのです

レギュラトリーサイエンスの必要性栄養学が新しい局面を迎える一方社会全体も大きく変化し科学技術は飛躍的に進歩しているそれら科学が人間にとってどのようなものなのかその影響を評価して調整する必要があるかどうかを検討するレギュラトリーサイエンスが注目されているこれは人間栄養学においても大きな役割を担っている栄養学に特化して言えばレギュラトリーサイエンスは伝承技術や新しく導入された食材技術を膨大な情報事実経過や物質の本質に基づいて整理判断し国民の健康への影響についてその良し悪しを評価判断する科学です現在栄養と食生活という問題は世界的にも見直しが進んでおり考え方や概念規定定義用語法などが各国で異なるため研究や情報交換に支障を来しているのですそこで1996年米国栄養士会は経口摂取する物は food (食品)diet(食べ物)meal(食事)snack(軽食)などというように栄養に関する用語を整理統一しその上で「科学的根拠に基づいた栄養管理の手順」を作成しましたこれによると栄養管理においては経口摂取するものを上記のように区別した上でこれらに含まれる栄養素などを明記することとしその利用効率身体活動による変化栄養の質などを観察してまたその人

Special Features 1

+20

+10

0

-10

-20

食品栄養成分の変動値

445kcal

408kcal

371kcal

334kcal

297kcal

調理した食べ物に表示されるカロリー生材料について食品成分表から計算された数値

品種産地栽培法収穫時期流通等による食品の個体差また加工調理の方法によっては差が生まれ実際のカロリーにはplusmn10以上の幅がみられる

さらに食べ物を摂取する個人の状態(体格体調など)によっては食品成分(ここではカロリー)の摂取量にはplusmn20以上の幅がみられることもある

統計学上生物人体に対する数値の測定は平均値plusmn標準偏差として示され最小値は最大値の3分の2程度になることもある栄養管理を行う場合にはこの差違を充分に考慮することが必要だ

の栄養に関する知識信念態度行動も観察しそれらの影響も考慮せよとありますここでは栄養の課題を栄養素の摂取のみを扱う範囲としているのではなく社会活動経済活動人間活動において検討するという視点で取り組んでいます栄養の質ということも

現代の栄養学の一つのテーマとなっている単なる栄養素として見てきた従来の研究から口から取り入れた食品が体内でどのように消化されて吸収されるのかその結果として体内においてどのように活用されるのかという部分にまで及んで栄養を評価することにしている

WHOでは1992年のローマにおける国際会議において「栄養や食糧に関する今後の国際討論では食品の質と栄養の質を重視すること」を取り決めましたつまり「食品食べ物食事」と「食べること」を分けて栄養の評価をしていこうというわけですというのも前述したように個々の食品の成分が分かったとしてもそうした食品から摂取された栄養素が体内でどんな時にどのように処理され健康の保持増進また病気の予防治療にどのように作用し効果があるのかということを検証していく必要があるからです一方で経口摂取したものについてもっと簡単な評価軸も必要になりますそこでFAO WHO Codexでは利用効率(自動車の燃費に相当する現象)と三大栄養成分の含有比率つまりPFC比によって食品や料理の栄養問題を評価することにしましたそして実にPFC比の違いが体内での代謝を変えるということが分かってきましたカルシウムの吸収を助けるにはビタミンDが必要でありシュウ酸はカルシウムの吸収を妨げるなどというものですしかし私たちは「カルシウムの利用効率は50」

「鉄は10」などと知っていたところでこれが調理や保存などに生かされなければ意味がありませんカル

日本人の栄養

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シウムを摂れば骨が丈夫になると言われますがこれにも誤解があります骨の構造を考えれば分かりますが骨という臓器は25ほどがたんぱく質で構成されておりこのたんぱく質によって形成された網の目にカルシウムなどのミネラルが埋められて骨が形成されていくのですですからカルシウムだけをいくらたくさん摂っても骨は作られません骨を作ろうと思ったらカルシウムと同時にたんぱく質を摂るような献立にしなくてはならないのですまた同じ食品でも「煮る焼く炒める」あるいは

「冷凍する乾燥させる水に戻す」という調理の仕方によって食品の質や栄養の質が変わってくることも知られているでしょう砂糖にアミノ酸を混ぜた部分を焦がすと褐変反応が起きて美味しそうな非常にいいニオイがしますが栄養価は低下しますしかし単純に栄養価が低下することが良くないというのではなく香りによって食欲が促進するのならそれは良いことです調理におけるこうした現象を科学として教育される場面がないのが残念ですそしてカロリー表示についても注意しなくてはなりません食品のカロリー表示は基本的に生の材料を基準にしていますから実際とはずいぶん異なりま

すし栄養素も同様に実際に口から入る食べ物から吸収できる栄養素は成分表の半分程度と考えてもよいと思いますこのように食品ごとに調理や保存によって利用効率が異なるのであればそれをきちんと知って栄養素を摂る必要があります食育などと言われる現在ですがそうした点を扱うことがないのは残念です

過剰時代の栄養学の役割もう一つ人間栄養学の上ではどう食べるのかということも研究の範囲です「栄養学」と構えていると194780子定規に考えがちですが食事で重要なのは楽しむことではないでしょうか食べ物は薬とは違います用法用量で決めた通りに食べさせるわけにはいかないのですですが私はそれでいいのだと考えています美味しくいただくことが大切なのですその美味しさというのもまたいろいろでしょう誰かと食べるのか一人なのか食べた後に何をするのかなどによっても食べる物も食べ方も変わってくるでしょう食べるということは社会経済的な問題も含めて生活全体を考慮しながら考えなくてはいけないのです現代の栄養事情は欠乏と過剰の二極化とも言われ

食品 food食べ物 diet食事 meal

食べる eating

人間human being食事摂取調査

栄養状態の評価判定栄養

nutrition

栄養素nutrient

健康health

疾病diseasedisorder

dietarysurvey

nutritionalassessment

FAOWHOでは経口摂取するものは食品食べ物食事などを区別しこれらに含まれる栄養素なども明記することとしている利用効率身体活動による変化生存に伴う栄養の質の変化等々も観察した上でその人の栄養に関する知識信条行動なども勘案しつつ栄養評価をする必要がある

食べ物と栄養

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Special Features 1

ている食べ物は豊富にあるが何をどう食するのかによってそれがきちんと健康に生きることとつながらないということもある社会の仕組みが複雑になっている今栄養学も社会のあらゆる側面を視野に入れながら人々の健康を考えていかなくてはならない栄養というのは政策と直結しており為政者はいかに食糧をコントロールするかということが以前は重要だったわけです今食糧自給率などと言われていますがそもそもすべての国が農業国であり自国の農業をどうやって守り発展させていくかということが重要な問題となっています歴史的に見ても食べ物の政策に優れた国が世界を席巻しているのです私はこれまでの栄養素の分析を主要なテリトリーにしてきた栄養学は人間を対象にした人間栄養学に変わっていく必要があると提言し続けてきました栄養学は食糧の生産流通分配加工献立調理食べ方食べさせ方そして健康への影響などを含めて広く評価していく必要があると考えます現代は栄養素の過剰摂取が問題になっており生活習慣病などの健康障害に対応することが急務ですしかし栄養学の成り立ちが「食物と栄養」だったために栄養士は「食の科学」や「食文化」といった範囲をテリトリーと考えてそこから出ない一方人間側つまり医学の分野では栄養を顧みないという事態が起こっています人は食べて生きるものであって本来人と食を分けて考えることはできません日本人は薬に頼りすぎる傾向があるようにも思われますが怪我や病気を治すのは薬ではなく自分の力つまり食べ物の栄養素によって体を修復していくのです

栄養士は人間栄養学のエキスパートとして保健医療福祉といった場面でますます活躍していかなくてはなりません栄養士の役割も専門職としての知見を持ちながら人々の健康をどのように維持改善していくかを考えていく必要がありますたとえば病院の医療の現場においてはNST(Nutrition Support Team)といって医師看護師薬剤師などと臨床栄養師(あるいは熟練の管理

栄養士)がチームを組んで栄養の評価補給を行う医療班が生まれていますアメリカでは1970年代からこのNSTが作られましたが今では日本でもその必要性が認識されて1000以上の医療施設でNSTが組織されています病気という「部分」だけを見るのではなくそれを抱える人間全体を見ていこうというこうした動きは新しい取り組みとして評価されるべきものと考えていますこのように栄養素の分析から始まって日本においては特に縦割りの中で一定の範囲で専門性を保っていた従来の枠組みから飛び出し広い視点から人間社会を見つめていく人間栄養学こそ今後いっそう求められていくものと考えています

日本人の栄養栄養成分などの体内利用は身体内の代謝の側面つまり体内でどのように処理されるかという総和と消化吸収されて処理される場所までの過程そして排出の過程とに区分されている

摂取

(消化) 運搬 代謝(作用)

吸収

利用効率

取り込み

(図版提供細谷憲政名誉教授)

作用物質の利用効果とその作用

Page 4: 人間栄養学 がつなぐ 食 と 健康 - Yakultmacro-nutrient 微量栄養成分 micro-nutrient 食べ物の摂取 たんぱく質 脂質 炭水化物(糖質) ミネラル

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これまでの栄養学では栄養素の欠乏症の解決に向けて食物と栄養を体系化してきたわけですが人間栄養学の時代にあっては人体の健康栄養状態を捉えなおした栄養機能の客観的な視点が必要となっているのです

レギュラトリーサイエンスの必要性栄養学が新しい局面を迎える一方社会全体も大きく変化し科学技術は飛躍的に進歩しているそれら科学が人間にとってどのようなものなのかその影響を評価して調整する必要があるかどうかを検討するレギュラトリーサイエンスが注目されているこれは人間栄養学においても大きな役割を担っている栄養学に特化して言えばレギュラトリーサイエンスは伝承技術や新しく導入された食材技術を膨大な情報事実経過や物質の本質に基づいて整理判断し国民の健康への影響についてその良し悪しを評価判断する科学です現在栄養と食生活という問題は世界的にも見直しが進んでおり考え方や概念規定定義用語法などが各国で異なるため研究や情報交換に支障を来しているのですそこで1996年米国栄養士会は経口摂取する物は food (食品)diet(食べ物)meal(食事)snack(軽食)などというように栄養に関する用語を整理統一しその上で「科学的根拠に基づいた栄養管理の手順」を作成しましたこれによると栄養管理においては経口摂取するものを上記のように区別した上でこれらに含まれる栄養素などを明記することとしその利用効率身体活動による変化栄養の質などを観察してまたその人

Special Features 1

+20

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食品栄養成分の変動値

445kcal

408kcal

371kcal

334kcal

297kcal

調理した食べ物に表示されるカロリー生材料について食品成分表から計算された数値

品種産地栽培法収穫時期流通等による食品の個体差また加工調理の方法によっては差が生まれ実際のカロリーにはplusmn10以上の幅がみられる

さらに食べ物を摂取する個人の状態(体格体調など)によっては食品成分(ここではカロリー)の摂取量にはplusmn20以上の幅がみられることもある

統計学上生物人体に対する数値の測定は平均値plusmn標準偏差として示され最小値は最大値の3分の2程度になることもある栄養管理を行う場合にはこの差違を充分に考慮することが必要だ

の栄養に関する知識信念態度行動も観察しそれらの影響も考慮せよとありますここでは栄養の課題を栄養素の摂取のみを扱う範囲としているのではなく社会活動経済活動人間活動において検討するという視点で取り組んでいます栄養の質ということも

現代の栄養学の一つのテーマとなっている単なる栄養素として見てきた従来の研究から口から取り入れた食品が体内でどのように消化されて吸収されるのかその結果として体内においてどのように活用されるのかという部分にまで及んで栄養を評価することにしている

WHOでは1992年のローマにおける国際会議において「栄養や食糧に関する今後の国際討論では食品の質と栄養の質を重視すること」を取り決めましたつまり「食品食べ物食事」と「食べること」を分けて栄養の評価をしていこうというわけですというのも前述したように個々の食品の成分が分かったとしてもそうした食品から摂取された栄養素が体内でどんな時にどのように処理され健康の保持増進また病気の予防治療にどのように作用し効果があるのかということを検証していく必要があるからです一方で経口摂取したものについてもっと簡単な評価軸も必要になりますそこでFAO WHO Codexでは利用効率(自動車の燃費に相当する現象)と三大栄養成分の含有比率つまりPFC比によって食品や料理の栄養問題を評価することにしましたそして実にPFC比の違いが体内での代謝を変えるということが分かってきましたカルシウムの吸収を助けるにはビタミンDが必要でありシュウ酸はカルシウムの吸収を妨げるなどというものですしかし私たちは「カルシウムの利用効率は50」

「鉄は10」などと知っていたところでこれが調理や保存などに生かされなければ意味がありませんカル

日本人の栄養

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シウムを摂れば骨が丈夫になると言われますがこれにも誤解があります骨の構造を考えれば分かりますが骨という臓器は25ほどがたんぱく質で構成されておりこのたんぱく質によって形成された網の目にカルシウムなどのミネラルが埋められて骨が形成されていくのですですからカルシウムだけをいくらたくさん摂っても骨は作られません骨を作ろうと思ったらカルシウムと同時にたんぱく質を摂るような献立にしなくてはならないのですまた同じ食品でも「煮る焼く炒める」あるいは

「冷凍する乾燥させる水に戻す」という調理の仕方によって食品の質や栄養の質が変わってくることも知られているでしょう砂糖にアミノ酸を混ぜた部分を焦がすと褐変反応が起きて美味しそうな非常にいいニオイがしますが栄養価は低下しますしかし単純に栄養価が低下することが良くないというのではなく香りによって食欲が促進するのならそれは良いことです調理におけるこうした現象を科学として教育される場面がないのが残念ですそしてカロリー表示についても注意しなくてはなりません食品のカロリー表示は基本的に生の材料を基準にしていますから実際とはずいぶん異なりま

すし栄養素も同様に実際に口から入る食べ物から吸収できる栄養素は成分表の半分程度と考えてもよいと思いますこのように食品ごとに調理や保存によって利用効率が異なるのであればそれをきちんと知って栄養素を摂る必要があります食育などと言われる現在ですがそうした点を扱うことがないのは残念です

過剰時代の栄養学の役割もう一つ人間栄養学の上ではどう食べるのかということも研究の範囲です「栄養学」と構えていると194780子定規に考えがちですが食事で重要なのは楽しむことではないでしょうか食べ物は薬とは違います用法用量で決めた通りに食べさせるわけにはいかないのですですが私はそれでいいのだと考えています美味しくいただくことが大切なのですその美味しさというのもまたいろいろでしょう誰かと食べるのか一人なのか食べた後に何をするのかなどによっても食べる物も食べ方も変わってくるでしょう食べるということは社会経済的な問題も含めて生活全体を考慮しながら考えなくてはいけないのです現代の栄養事情は欠乏と過剰の二極化とも言われ

食品 food食べ物 diet食事 meal

食べる eating

人間human being食事摂取調査

栄養状態の評価判定栄養

nutrition

栄養素nutrient

健康health

疾病diseasedisorder

dietarysurvey

nutritionalassessment

FAOWHOでは経口摂取するものは食品食べ物食事などを区別しこれらに含まれる栄養素なども明記することとしている利用効率身体活動による変化生存に伴う栄養の質の変化等々も観察した上でその人の栄養に関する知識信条行動なども勘案しつつ栄養評価をする必要がある

食べ物と栄養

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Special Features 1

ている食べ物は豊富にあるが何をどう食するのかによってそれがきちんと健康に生きることとつながらないということもある社会の仕組みが複雑になっている今栄養学も社会のあらゆる側面を視野に入れながら人々の健康を考えていかなくてはならない栄養というのは政策と直結しており為政者はいかに食糧をコントロールするかということが以前は重要だったわけです今食糧自給率などと言われていますがそもそもすべての国が農業国であり自国の農業をどうやって守り発展させていくかということが重要な問題となっています歴史的に見ても食べ物の政策に優れた国が世界を席巻しているのです私はこれまでの栄養素の分析を主要なテリトリーにしてきた栄養学は人間を対象にした人間栄養学に変わっていく必要があると提言し続けてきました栄養学は食糧の生産流通分配加工献立調理食べ方食べさせ方そして健康への影響などを含めて広く評価していく必要があると考えます現代は栄養素の過剰摂取が問題になっており生活習慣病などの健康障害に対応することが急務ですしかし栄養学の成り立ちが「食物と栄養」だったために栄養士は「食の科学」や「食文化」といった範囲をテリトリーと考えてそこから出ない一方人間側つまり医学の分野では栄養を顧みないという事態が起こっています人は食べて生きるものであって本来人と食を分けて考えることはできません日本人は薬に頼りすぎる傾向があるようにも思われますが怪我や病気を治すのは薬ではなく自分の力つまり食べ物の栄養素によって体を修復していくのです

栄養士は人間栄養学のエキスパートとして保健医療福祉といった場面でますます活躍していかなくてはなりません栄養士の役割も専門職としての知見を持ちながら人々の健康をどのように維持改善していくかを考えていく必要がありますたとえば病院の医療の現場においてはNST(Nutrition Support Team)といって医師看護師薬剤師などと臨床栄養師(あるいは熟練の管理

栄養士)がチームを組んで栄養の評価補給を行う医療班が生まれていますアメリカでは1970年代からこのNSTが作られましたが今では日本でもその必要性が認識されて1000以上の医療施設でNSTが組織されています病気という「部分」だけを見るのではなくそれを抱える人間全体を見ていこうというこうした動きは新しい取り組みとして評価されるべきものと考えていますこのように栄養素の分析から始まって日本においては特に縦割りの中で一定の範囲で専門性を保っていた従来の枠組みから飛び出し広い視点から人間社会を見つめていく人間栄養学こそ今後いっそう求められていくものと考えています

日本人の栄養栄養成分などの体内利用は身体内の代謝の側面つまり体内でどのように処理されるかという総和と消化吸収されて処理される場所までの過程そして排出の過程とに区分されている

摂取

(消化) 運搬 代謝(作用)

吸収

利用効率

取り込み

(図版提供細谷憲政名誉教授)

作用物質の利用効果とその作用

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シウムを摂れば骨が丈夫になると言われますがこれにも誤解があります骨の構造を考えれば分かりますが骨という臓器は25ほどがたんぱく質で構成されておりこのたんぱく質によって形成された網の目にカルシウムなどのミネラルが埋められて骨が形成されていくのですですからカルシウムだけをいくらたくさん摂っても骨は作られません骨を作ろうと思ったらカルシウムと同時にたんぱく質を摂るような献立にしなくてはならないのですまた同じ食品でも「煮る焼く炒める」あるいは

「冷凍する乾燥させる水に戻す」という調理の仕方によって食品の質や栄養の質が変わってくることも知られているでしょう砂糖にアミノ酸を混ぜた部分を焦がすと褐変反応が起きて美味しそうな非常にいいニオイがしますが栄養価は低下しますしかし単純に栄養価が低下することが良くないというのではなく香りによって食欲が促進するのならそれは良いことです調理におけるこうした現象を科学として教育される場面がないのが残念ですそしてカロリー表示についても注意しなくてはなりません食品のカロリー表示は基本的に生の材料を基準にしていますから実際とはずいぶん異なりま

すし栄養素も同様に実際に口から入る食べ物から吸収できる栄養素は成分表の半分程度と考えてもよいと思いますこのように食品ごとに調理や保存によって利用効率が異なるのであればそれをきちんと知って栄養素を摂る必要があります食育などと言われる現在ですがそうした点を扱うことがないのは残念です

過剰時代の栄養学の役割もう一つ人間栄養学の上ではどう食べるのかということも研究の範囲です「栄養学」と構えていると194780子定規に考えがちですが食事で重要なのは楽しむことではないでしょうか食べ物は薬とは違います用法用量で決めた通りに食べさせるわけにはいかないのですですが私はそれでいいのだと考えています美味しくいただくことが大切なのですその美味しさというのもまたいろいろでしょう誰かと食べるのか一人なのか食べた後に何をするのかなどによっても食べる物も食べ方も変わってくるでしょう食べるということは社会経済的な問題も含めて生活全体を考慮しながら考えなくてはいけないのです現代の栄養事情は欠乏と過剰の二極化とも言われ

食品 food食べ物 diet食事 meal

食べる eating

人間human being食事摂取調査

栄養状態の評価判定栄養

nutrition

栄養素nutrient

健康health

疾病diseasedisorder

dietarysurvey

nutritionalassessment

FAOWHOでは経口摂取するものは食品食べ物食事などを区別しこれらに含まれる栄養素なども明記することとしている利用効率身体活動による変化生存に伴う栄養の質の変化等々も観察した上でその人の栄養に関する知識信条行動なども勘案しつつ栄養評価をする必要がある

食べ物と栄養

7

Special Features 1

ている食べ物は豊富にあるが何をどう食するのかによってそれがきちんと健康に生きることとつながらないということもある社会の仕組みが複雑になっている今栄養学も社会のあらゆる側面を視野に入れながら人々の健康を考えていかなくてはならない栄養というのは政策と直結しており為政者はいかに食糧をコントロールするかということが以前は重要だったわけです今食糧自給率などと言われていますがそもそもすべての国が農業国であり自国の農業をどうやって守り発展させていくかということが重要な問題となっています歴史的に見ても食べ物の政策に優れた国が世界を席巻しているのです私はこれまでの栄養素の分析を主要なテリトリーにしてきた栄養学は人間を対象にした人間栄養学に変わっていく必要があると提言し続けてきました栄養学は食糧の生産流通分配加工献立調理食べ方食べさせ方そして健康への影響などを含めて広く評価していく必要があると考えます現代は栄養素の過剰摂取が問題になっており生活習慣病などの健康障害に対応することが急務ですしかし栄養学の成り立ちが「食物と栄養」だったために栄養士は「食の科学」や「食文化」といった範囲をテリトリーと考えてそこから出ない一方人間側つまり医学の分野では栄養を顧みないという事態が起こっています人は食べて生きるものであって本来人と食を分けて考えることはできません日本人は薬に頼りすぎる傾向があるようにも思われますが怪我や病気を治すのは薬ではなく自分の力つまり食べ物の栄養素によって体を修復していくのです

栄養士は人間栄養学のエキスパートとして保健医療福祉といった場面でますます活躍していかなくてはなりません栄養士の役割も専門職としての知見を持ちながら人々の健康をどのように維持改善していくかを考えていく必要がありますたとえば病院の医療の現場においてはNST(Nutrition Support Team)といって医師看護師薬剤師などと臨床栄養師(あるいは熟練の管理

栄養士)がチームを組んで栄養の評価補給を行う医療班が生まれていますアメリカでは1970年代からこのNSTが作られましたが今では日本でもその必要性が認識されて1000以上の医療施設でNSTが組織されています病気という「部分」だけを見るのではなくそれを抱える人間全体を見ていこうというこうした動きは新しい取り組みとして評価されるべきものと考えていますこのように栄養素の分析から始まって日本においては特に縦割りの中で一定の範囲で専門性を保っていた従来の枠組みから飛び出し広い視点から人間社会を見つめていく人間栄養学こそ今後いっそう求められていくものと考えています

日本人の栄養栄養成分などの体内利用は身体内の代謝の側面つまり体内でどのように処理されるかという総和と消化吸収されて処理される場所までの過程そして排出の過程とに区分されている

摂取

(消化) 運搬 代謝(作用)

吸収

利用効率

取り込み

(図版提供細谷憲政名誉教授)

作用物質の利用効果とその作用

Page 6: 人間栄養学 がつなぐ 食 と 健康 - Yakultmacro-nutrient 微量栄養成分 micro-nutrient 食べ物の摂取 たんぱく質 脂質 炭水化物(糖質) ミネラル

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Special Features 1

ている食べ物は豊富にあるが何をどう食するのかによってそれがきちんと健康に生きることとつながらないということもある社会の仕組みが複雑になっている今栄養学も社会のあらゆる側面を視野に入れながら人々の健康を考えていかなくてはならない栄養というのは政策と直結しており為政者はいかに食糧をコントロールするかということが以前は重要だったわけです今食糧自給率などと言われていますがそもそもすべての国が農業国であり自国の農業をどうやって守り発展させていくかということが重要な問題となっています歴史的に見ても食べ物の政策に優れた国が世界を席巻しているのです私はこれまでの栄養素の分析を主要なテリトリーにしてきた栄養学は人間を対象にした人間栄養学に変わっていく必要があると提言し続けてきました栄養学は食糧の生産流通分配加工献立調理食べ方食べさせ方そして健康への影響などを含めて広く評価していく必要があると考えます現代は栄養素の過剰摂取が問題になっており生活習慣病などの健康障害に対応することが急務ですしかし栄養学の成り立ちが「食物と栄養」だったために栄養士は「食の科学」や「食文化」といった範囲をテリトリーと考えてそこから出ない一方人間側つまり医学の分野では栄養を顧みないという事態が起こっています人は食べて生きるものであって本来人と食を分けて考えることはできません日本人は薬に頼りすぎる傾向があるようにも思われますが怪我や病気を治すのは薬ではなく自分の力つまり食べ物の栄養素によって体を修復していくのです

栄養士は人間栄養学のエキスパートとして保健医療福祉といった場面でますます活躍していかなくてはなりません栄養士の役割も専門職としての知見を持ちながら人々の健康をどのように維持改善していくかを考えていく必要がありますたとえば病院の医療の現場においてはNST(Nutrition Support Team)といって医師看護師薬剤師などと臨床栄養師(あるいは熟練の管理

栄養士)がチームを組んで栄養の評価補給を行う医療班が生まれていますアメリカでは1970年代からこのNSTが作られましたが今では日本でもその必要性が認識されて1000以上の医療施設でNSTが組織されています病気という「部分」だけを見るのではなくそれを抱える人間全体を見ていこうというこうした動きは新しい取り組みとして評価されるべきものと考えていますこのように栄養素の分析から始まって日本においては特に縦割りの中で一定の範囲で専門性を保っていた従来の枠組みから飛び出し広い視点から人間社会を見つめていく人間栄養学こそ今後いっそう求められていくものと考えています

日本人の栄養栄養成分などの体内利用は身体内の代謝の側面つまり体内でどのように処理されるかという総和と消化吸収されて処理される場所までの過程そして排出の過程とに区分されている

摂取

(消化) 運搬 代謝(作用)

吸収

利用効率

取り込み

(図版提供細谷憲政名誉教授)

作用物質の利用効果とその作用