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16 SOKEIZAI Vol.54 2013No.7 近年、金属加工においては一層のニアネット加工やサイクルタイムの短縮が 図られており、さらに、環境負荷や作業環境の改善の観点から、冷間鍛造に おけるボンデレス潤滑や、熱間鍛造における黒色潤滑剤から白色潤滑剤へ の切替えの取組みも進められている。このような状況では金型への負荷が 過酷になり、型寿命が低下する事態も生じている。これらの状況をふまえて、 本稿では近年の金型材料、表面処理の種類と特長について紹介する。 金型材料および表面処理 1.温・熱間鍛造金型 図1 に、温・熱間鍛造型の損耗現象につい て示す。金型の損耗現象は、ワーク形状、お よび鍛造条件により異なる。パンチの先端部 や前方押出しの軸絞り部では、加熱されたワー クとの接触時間が長いため、熱影響による金 型表面の軟化と熱間摺動による筋状摩耗が主 な損傷現象となる。また、フラッシュランド 部は、バリ出しによる摩擦発熱が大きいとき には熱影響も大きい。特に、昨今の白色潤滑 剤の適用などの場合においては型材の A 1 変態 点を超える発熱により型表面が再焼入れ状態 となり、熱間摩耗とともに表面剥離、酸化滅 失などの現象が発生する。ヒートクラックは金型のあら ゆる領域で見られる損耗現象であり、加熱 / 冷却の繰返 古 谷   匡  日立金属 ㈱ 1 温・熱間鍛造型の損傷現象 2 金型表層部の損傷現象

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近年、金属加工においては一層のニアネット加工やサイクルタイムの短縮が図られており、さらに、環境負荷や作業環境の改善の観点から、冷間鍛造におけるボンデレス潤滑や、熱間鍛造における黒色潤滑剤から白色潤滑剤への切替えの取組みも進められている。このような状況では金型への負荷が過酷になり、型寿命が低下する事態も生じている。これらの状況をふまえて、本稿では近年の金型材料、表面処理の種類と特長について紹介する。

金型材料および表面処理

1.温・熱間鍛造金型

 図 1に、温・熱間鍛造型の損耗現象について示す。金型の損耗現象は、ワーク形状、および鍛造条件により異なる。パンチの先端部や前方押出しの軸絞り部では、加熱されたワークとの接触時間が長いため、熱影響による金型表面の軟化と熱間摺動による筋状摩耗が主な損傷現象となる。また、フラッシュランド部は、バリ出しによる摩擦発熱が大きいときには熱影響も大きい。特に、昨今の白色潤滑剤の適用などの場合においては型材のA1 変態点を超える発熱により型表面が再焼入れ状態となり、熱間摩耗とともに表面剥離、酸化滅

失などの現象が発生する。ヒートクラックは金型のあらゆる領域で見られる損耗現象であり、加熱 /冷却の繰返

 古 谷   匡 日立金属㈱

図 1 温・熱間鍛造型の損傷現象

図 2 金型表層部の損傷現象

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しで熱疲労が蓄積されることにより発生する。ヒートクラックは表面剥離や筋状摩耗の起点となり金型損耗を加速する。図 2に金型表層部の損耗の断面形態を模式的に示す。熱影響を伴う摩耗は温・熱間鍛造型の代表的な損耗現象である。ヒートクラックは、金型表面が繰返し加熱 /冷却される熱的疲労により発生する。 図 3に温・熱間鍛造型材の位置付けと用途の変化について示す。SKD61 を基本鋼種として、ハンマー鍛造などの場合のように靭性重視の場合は SKT4、

フォーマーのような高速鍛造の場合は高温強度重視の SKD7、精密鍛造では高い熱処理硬さの得られるマトリックス高速度工具鋼YXR33 などが使用される。 温・熱間鍛造型には表面処理として窒化が適用されることが多い。その方法には、塩浴窒化、ガス窒化、真空ガス窒化、イオン窒化(プラズマ窒化)などがあるが、いずれも熱間工具鋼の焼戻し温度以下で実施されるため、母材の硬さ低下や寸法変化の少ない表面処理として熱間金型にも広く適用されている。図 4は、熱間工具鋼に適用されている窒化処理

図 3 温・熱間鍛造型材の位置付け

図 4 窒化層の性状

                      靭性→大

                高温強度→

: 標準鋼種 (JIS 類似)

: 開発鋼種

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の性状を分類したものである。熱間鍛造型では、主に耐摩耗性を重視して白色層(化合物層)を有するタイプが使用されており、窒化層の上に滑り性の良い硫化物層を有するタイプ Cの窒化が選択されることも多い。 写真 1は温間鍛造パンチ(YXR33+窒化)の調査例である。カジリ部を断面観察すると、ヒートクラックが連結し窒化層の剥離が生じている。筋状摩耗部は、ヒートクラックを伴った溝状の摩耗形態となっている。肉流れ方向の断面観察ではクラックの湾曲が観察され、熱軟化と塑性流動を伴いながら摩耗していることが伺える。 図 5に温間鍛造パンチの寿命ショット数と表面損耗部の硬さの変化を示す。窒化を施した場合、一般には熱軟化が遅れ、摩耗量が減少して寿命は向上す

るが、窒化層が厚すぎる場合などは早期剥離によるカジリや肌荒れが発生する場合もあるため、窒化条件を適正化する必要がある。

写真 1 温間鍛造パンチの表面損傷例

図 5 温間鍛造パンチの寿命例

 図 6に冷間鍛造用金型の破損現象と金型材料の要求特性を示す。冷間加工では金型に負荷される応力が高く、金型にも高強度が要求され、損傷形態としては割れ、欠けが多くなる。また、応力の負荷形態も引張り、圧縮、曲げ、およびこれらが複合されたものであり、破壊モードも多様である。 図 7は工具鋼の耐摩耗性について、大越式摩耗試験の結果で整理したものである。図 8は工具鋼に含有される炭化物の硬さを示す1)。これらの炭化物の

硬さが高く、量を多く含有するほど、耐摩耗性は向上する。冷間加工用には冷間工具鋼 SKD11 が多用されるが、熱影響の強い場合、表面処理として窒化や PVDを適用する場合は熱処理において高温焼戻しが必須である。パンチなどでは高硬度を有する高速度鋼 SKH51 なども使用されるが、割れの危険性があるダイなどの場合では高靭性を有するマトリックス高速度鋼YXRシリーズが適用されている。ただし、マトリックス高速度鋼は耐摩耗性がやや劣る

2.冷間鍛造金型

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カジリ状損耗 筋状摩耗

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ため、表面処理を施して使用されることが多い。冷間鍛造など高硬度、高耐摩耗性が要求される用途では超硬を使用する場合も多いが、耐割れ性などの観点から粉末高速度鋼HAPシリーズも多く適用されている。 工具鋼の圧縮強さは図 9に示すように概ね硬さに比例するが、引張り応力が働く場合は図10に示すように圧縮より低い応力で破壊する危険性がある。これは硬さが高くなると延性低下により、破壊形態が脆性破壊へと変化することに起因する。このため、被加工材の内圧により張力が働くダイなどの場合

は、焼バメや圧入リングで補強するなどの対策が必要である2)。 写真 2にHAP40 と SKD11 のミクロ組織を示す。粉末冶金法で製造されたHAP40(JIS-SKH40相当)は、微細で均一な炭化物分布となっている。 図11に靭性(耐割れ性)の指標となるシャルピー衝撃値と硬さの関係を示す。一般に硬さが高くなると衝撃値は低下する傾向にあるが、同じ硬さでも鋼種により靭性が異なるため、強度と靭性のバランスを考慮して型材を選定する必要がある。マトリックス高速度鋼YXRシリーズでは、一般の高速度鋼

損耗現象、応力的要因 必要とする材料特性① 食い込みによるチッピング 靭性、圧縮強さ② 成形圧、摺動による欠け 圧縮耐力、摩擦係数③ 偏芯、撓み等による折れ 曲げ強さ、引張強さ④ 圧縮 /引張りの繰返し疲労 疲労強さ⑤ 成形圧による圧縮せん断割れ 圧縮強さ⑥ 内圧による引張り割れ 引張強さ⑦ 成形圧による圧縮せん断割れ 圧縮強さ⑧ 摩擦による側面のカジリ 耐焼付性、耐摩耗性

図 6 冷間加工用金型の破損現象と要求特性

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SKH51

SKH55

SKH57

図 7 大越式摩耗試験結果

図 8 炭化物の硬さ

図 9 硬さと圧縮強さの関係

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SKH51 や冷間工具鋼 SKD11 などに比べて高い衝撃値が得られる。また、粉末高速度鋼HAP シリーズでは、SKH51 や SKD11 などより炭化物が微細で均一に分布しているため、耐摩耗性を損なわずに高い衝撃値が得られる。

 図12に各種型材の小野式回転曲げ疲労試験による疲労特性を示す。冷間工具鋼 SKD11 では、炭化物が疲労亀裂の起点となるため疲労強度は低い。マトリックス高速度鋼YXRシリーズでは一般の高速度鋼より疲労強度が高く、粉末高速度鋼HAPシリーズでは炭化物量は多いが微細で均一に分布しているため、疲労強度は更に高い水準にある。

10�m 25�mHAP40 SKD11

写真 2 工具鋼のミクロ組織

図10 硬さと引張強さの関係

SKH51

SKD11

SKH55

図11 シャルピー衝撃値

図12 回転曲げ疲労特性

 冷間金型へのコーティングは、CVD法(化学蒸着法)、PVD法(物理蒸着法)、TRD法(熱反応析出拡散処理、通称TD処理)などがあり、従来は CVD法や TRD法が主流であったが、高温処理(約 1000℃)であるため、コーティング後に母材の再熱処理が必要となり、金型の歪みや寸法精度の管理などに難点があった。近年は、工具鋼の焼戻し温度以下で処理

ができる PVDコーティングが急速に増加している。なお PVD法の場合でも、SKD11 を処理する場合には、熱処理は低温焼戻しではなく、520℃以上の高温焼戻しを適用しておくことが肝要である。 金型のコーティング膜は、CVD法では TiN、TiC、TiCN などの Ti の炭窒化物の膜が主流であり、PVD法ではTiN、TiCNの他、Al が添加された

3.表面処理

靭繰り返し回数

応 力 (MPa)

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日立金属株式会社 中部東海支店特殊鋼グループ〒460-0003 愛知県名古屋市中区錦 2-13-19 瀧定ビルTEL. 052-220-7467 FAX. 052-220-7485

TiAlN 膜、Cr 系の皮膜として CrN、CrAlN 膜などが使われている。 PVD法にはアークイオンプレーティング法(AIP法)、スパッタリング法などがあり、その中でもAIP法は皮膜の密着性が高いとされており、金型や切削工具への適用は多い。しかし、AIP法でコーティングする皮膜には、ドロップレットと呼ばれる金属原料が溶けて発生する粒子が付着し表面が粗くなることが欠点である。写真 3にAIP法にて形成した皮膜の表面状況を示す。ドロップレットが多く存在する場合、コーティング後に表面を磨く必要があるが、ドロップレットの磨き痕に被加工材が噛み込むとカジリが発生する。また、複雑形状の金型では、磨きの作業性の問題があり、表面粗さにもばらつきが生じる。 皮膜内部に存在するドロップレットは、皮膜破壊の起点になる場合がある。写真 4に皮膜の断面形態を示す。皮膜内部に約 3 µm径のドロップレットが存在し、その周辺の皮膜には空隙が発生している。このような空隙部分から皮膜の損傷が始まり、皮膜破壊に至ると考えられる。

 そこで、スパッタ法でありながら、高い皮膜密着強度が得られる特殊スパッタリングによりドロップレットをほぼなくしたTribec 晃 smooth が開発されている。写真 5に示すように、Tribec 晃 smooth では表面は平滑化されており、コーティング後の磨きムラも抑えることができる。ドロップレットが少ないことからかじりによる金型損傷が抑制され、また、TiCN 膜などより高硬度で熱安定性の高いAlCrSiN膜の適用により耐摩耗性も向上している。

写真 3 AIP皮膜表面

写真 4 AIP皮膜の断面

写真 5 Tribec晃 smooth表面

ドロップレット

基材

皮膜 空隙

噛み込み

ドロップレット

 鍛造加工の分野における高精度化、高速化などに対応できるよう、金型に求められる要求はますます難易度の高いものになっていくと予想される。その中で生産性の向上、金型寿命の改善には、目的に応じた金型材料、および表面処理を選択し、その特性を十分に生かすことが必要である。本稿がその一助となれば幸いである。

 参考文献1 ) 佐藤知雄 他:日本金属学会誌,vol. 23(1959)p. 403.2 ) 日本塑性加工学会:鍛造分科会:わかりやすい鍛造加工(2005)日刊工業新聞社 .

※ YXR,HAPは日立金属㈱の登録商標である。※ Tribec は日立ツール㈱の登録商標である。

4.おわりに