非ステロイド系消炎鎮痛剤(nsaids)と薬剤性腎障害 ·...
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仙台医療センター医学雑誌 Vol. 9, 2019
1.緒言非ステロイド系消炎鎮痛剤(non-steroidal anti-
inflammatory drugs: NSAIDs)は高齢化に伴い処
方頻度が上がっており、どの科においても繁用され
ている薬剤の一つとなっている。一方で副作用、こ
とに腎障害に関しては認識が十分であるとは必ずし
も言い難い。近年高齢化や生活習慣病の増加に伴い
潜在的腎機能低下を有する患者は増加しており、慢
性腎臓病(chronic kidney disease: CKD)患者は
1,330 万人と推測されている 1)。腎機能低下は自覚
症状がないため本人・家族とも認識していないこと
も珍しくはないが、高齢者では NSAIDs 投与は腎
機能低下のリスクを高める 2)。NSAIDs による腎障
害の特徴と処方に際しての留意点等について、薬剤
性腎障害(drug-induced kidney injury: DKI)の
総論を含め各種ガイドラインに基づき概説する。
2.薬剤性腎障害総論1) 定義と診断基準
薬剤性腎障害診療ガイドライン 3) による DKI の定義、診断基準、治療を表1に要約する。DKI とは「薬剤の投与により、新たに発症した腎障害、あ
るいは既存の腎障害のさらなる悪化を認める場合」
NSAIDs と腎障害
総説
非ステロイド系消炎鎮痛剤(NSAIDs)と薬剤性腎障害
中山謙二
国立病院機構仙台医療センター 腎臓内科
抄録
薬剤性腎障害はどのような薬剤でも起こり得る。自覚症状がないまま腎不全が進行する例も珍しくはない
ため、腎機能と尿所見の定期的検査が早期診断につながる。血清クレアチニン値の前値からの 150%の増加
や蛋白尿の出現・増悪を認めた際は必ず薬剤性腎障害を疑い、薬剤使用歴・腎障害発生時期を確認し被疑薬
を中止して経過を観察する。非ステロイド系消炎鎮痛剤 (NSAIDs) は薬剤性腎障害の主な原因の一つであり、
シクロオキシゲナーゼ阻害による腎前性の急性腎障害、電解質異常に加えてアレルギー性尿細管間質性腎炎、
免疫を介する糸球体障害等の多彩な腎障害を呈する。投与に際しては基礎に慢性腎臓病や心・肝不全がないか、
新たに脱水に傾く病態の合併がないか、レニン・アンギオテンシン系 (RAS) 抑制薬や利尿剤等の腎障害リス
クの高い薬剤の併用がないか等を検討する。軽度であっても腎機能が低下している症例では NSAIDs の投与
量と投与期間は必要最小限とし、必ず腎機能をフォローする。腎障害が発症した場合は十分な補液とドパミ
ン等での腎血流保持で対処するが、改善不十分もしくは糸球体病変や尿細管間質性腎炎を疑う場合は、早期
にステロイド治療を含め腎臓内科に相談することが望ましい。
キーワード:NSAIDs、急性腎障害、電解質異常、尿細管間質性腎炎、糸球体病変
薬剤 の投与により, 新たに発症した腎障害 ,あるいは 既存の腎障害のさらなる悪化 を認める場合
①該当する薬剤の投与後に発生 ②中止により腎障害の消失,進行の停止 ③他原因が否定できる場合
該当薬剤を可能な限り早期に同定し,中止すること ※被疑薬中止ででも腎障害が遷延した場合ステロイドを考慮
表1.薬剤性腎障害(drug-induced kidney injury; DKI)
定義
診断
治療
*早期発見に必要な検査:血清Cr, BUN, 一般検尿 (, Na, K, Ca, 尿酸) ・ 腎毒性医薬品使用時には尿中NAG, β2-MG or α1-MG
*急性腎不全の確定した定義は存在しないが、「血清Cr値が前値の150%以上に上昇する」を基本と考えると簡潔
薬剤性腎障害の診療ガイドライン作成委員会:薬剤性腎障害診療ガイドライン
表1.薬剤性腎障害(drug-induced kidney injury; DKI)
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仙台医療センター医学雑誌 Vol. 9, 2019 NSAIDs と腎障害
と定義される。診断基準は、1.該当する薬剤の投
与後に新たに発生した腎障害であること、2.該当
薬剤の中止により腎障害の消失、進行の停止を認め
ること、の両者を満たし、他の原因が否定できる場
合である。ただし、
① 薬剤投与から発症までの時間が個々の薬剤で異な
ること。
② 既存の腎障害の存在などにより、診断に難渋する
こと。
③ 原因と推定される薬剤も複数が該当し、確定診断
は困難なことが多々あること。
④ ときに腎障害が固定して改善しないこと、長期に
わたり緩徐に進行する場合があること。
以上の問題点もあり、薬剤性腎障害の診断ならびに
原因薬剤の特定がしばしば困難となる。
臨床症状としては初期は無症状であるが、腎機能
低下の進行により体液貯留症状(浮腫・心不全・肺
水腫等)や消化器症状(食欲不振・悪心・嘔吐)、
神経症状(意識障害・痙攣)が出現する。薬剤過敏
性腎障害では発熱・皮疹等の全身症状を伴うことが
ある。しかし自覚症状を呈しないまま腎不全が進行
する症例も少なくないため注意が必要である 4)。
腎障害の検査所見に関してはいわゆる「急性腎不
全」の確定した定義は存在しない。近年急性腎障害
(acute kidney injury: AKI)の概念が整備され、こ
れに準じてもよいが、「血清クレアチニン(sCr)値が前値の 150%以上に上昇する」を基本と考える
と簡潔である。sCr 値が上昇傾向にあり、前値の
150%以上に達する可能性が大きい場合も急性腎不
全と考えるのが早期診断につながる。尿細管障害の
早期発見には尿 N-acetyl-β-D-glucosaminidase(NAG)や尿 liver-type fatty acid-binding protein(L-FABP)等が有用である 5)。尿中好酸球はアレ
ルギー性機序、免疫学的機序による急性尿細管間質
性腎炎(acute tubulointerstitial nephritis: ATIN)
で検出される場合があるが、疑陽性率が高く、薬剤
性腎障害診療ガイドラインでは診断に有用なバイオ
マーカーとしての推奨はされていない 3)。陽性の場
合は急性尿細管壊死を否定できる可能性がある。薬
剤性急性腎不全の診断については、厚生労働省重篤
副作用疾患別対応マニュアルが参考になる 6)。
2) 薬剤性腎障害の機序
腎が薬剤の障害を受け易い理由としては、a)血
流量が豊富である、b)血管表面積が広い、c)尿濃
縮機構を有している、d)物質の再吸収、分泌を行っ
ている、等が挙げられる。特に尿濃縮により、髄質
深部、乳頭部では薬剤は極めて高濃度となり腎障害
を惹起する 7)。薬剤性腎障害の機序は以下の如く分
類される。
Ⅰ.直接型:
① 中毒性腎障害;用量依存性に発症する腎構成細胞
障害(特に近位尿細管)
② 過敏性腎障害;用量非依存性でアレルギー機序が
関与する ATIN③ 免疫機構を介して起こる腎障害;液性もしくは細
胞性免疫を介する糸球体病変(微小変化、膜性腎
症)や血管炎
Ⅱ .間接型:腎血流障害や電解質異常などを介した
間接毒性
Ⅲ .閉塞型:低溶解度薬剤の遠位尿細管・集合管で
の結晶析出を介した尿路閉塞性腎障害
また腎の障害部位に基づき、①糸球体障害、②尿
細管障害、③腎間質障害、④腎血管障害に分類する
ことも可能である。各障害部位と臨床症状、代表的
な原因薬剤を表2に示す。
3) 薬剤性腎障害の疫学
厚生労働科学研究腎疾患対策事業の「高齢者にお
ける薬剤性腎障害に関する研究」における 2007 年
~ 2009 年の薬物性腎障害実態調査 8) によると、腎
臓専門医施設における全入院患者のうち、0.94% が
表2.薬剤による腎臓の障害部位と臨床症状
障害部位 病態 臨床症状 障害を来しやすい薬剤
輸出入細動脈
腎血行動態の変化 腎前性腎不全
利尿剤 RAS抑制薬 非ステロイド系抗炎症薬 造影剤 カルシニューリン阻害薬
溶血性尿毒症症候群 急性腎不全 溶血性貧血 血小板減少
カルシニューリン阻害薬 マイトマイシン
糸 球 体
微小変化型 蛋白尿 ネフローゼ症候群
非ステロイド系抗炎症薬 ペニシリンなどの抗菌薬
膜性腎症 蛋白尿 ネフローゼ症候群
非ステロイド系抗炎症薬 DMARD(ブシラミン・ペニシラミン・金製剤)
尿細管 ・ 間質
尿細管間質性腎炎 腎性腎不全 ペニシリンなどの抗菌薬 非ステロイド系抗炎症薬 シスプラチン
急性尿細管壊死 腎性腎不全 シスプラチン 造影剤 アミノグリコシド系抗菌薬
表2.薬剤による腎臓の障害部位と臨床症状
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仙台医療センター医学雑誌 Vol. 9, 2019 NSAIDs と腎障害
薬剤性腎障害によるものであり、36.5% が非回復で
あった。原因薬剤として、NSAIDs(25.1%)、抗
腫瘍薬(18.0%)、抗菌薬(17.5%)、造影剤(5.7%)
が挙げられ(図1)、直接型、過敏型、混合型で分
類すると 54.6% が「直接型腎障害」であった。薬
剤性腎障害の治療の基本は該当薬剤を可能な限り早
期に同定し、中止することであるが、この調査では
治療として被疑薬の中止(38.2%)、保存的治療
(30.4%)が多く、ステロイド治療は 11.3% に実施
されていた。
3.NSAIDs による腎障害1) 機序と特徴
前述の調査の如く NSAIDs は薬剤性腎障害の主
たる原因の一つである。処方頻度が高いこともあり
ほとんどの報告で原因薬剤の上位に入る 9) 10)。
NSAIDs の主な効果は、炎症局所におけるプロ
スタグランディン(prostaglandin; PG)の産生阻
害である。組織が損傷されると、ホスホリパーゼ
A2 により細胞膜のリン脂質からアラキドン酸が遊
離される。NSAIDs は遊離されたアラキドン酸か
ら PG を合成する経路の律速酵素であるシクロオキ
シゲナーゼ(cyclooxygenase; COX)の働きを阻害
することにより抗炎症・鎮痛作用を発揮する 11)。
腎において PGE2、 PGI2 は糸球体輸入細動脈を始
めとする腎血管拡張・腎血流の維持に関与している
ため、NSAIDs 投与によりこれらの PGs 産生が阻
害され腎血流量と糸球体濾過量が減少し腎機能が低
下すると考えられる 12)。電解質についても腎内
PGs は尿細管での Na 再吸収、集合管での ADH に
よる H2O 再吸収を調節しており、NSAIDs 投与に
よる PGs 抑制により Na および H2O が貯留し、浮
腫や低 Na 血症が起こりえる。また遠位尿細管で
のアルドステロン作用を抑制し、高 K 血症をきた
す 13)。片腎を含む慢性腎疾患、うっ血性心不全、
腹水を伴う肝硬変、または循環血流量が減少してい
る患者では、レニン・アンギオテンシン系(RAS)及び交感神経系の活性化による腎血管収縮に対して
血管拡張系 PGs 産生が代償的に亢進している。こ
れらの患者に NSAIDs を投与すると腎血行動態が
破綻し、腎前性 AKI・Na 貯留と浮腫・高 K 血症
を起こすことがあるため注意を要する 14)。
薬剤性腎障害ガイドライン 3) によると、腎機能
正常者の術後疼痛緩和目的での NSAIDs 短期間投
与では、術直後にクレアチニンクリアランスの優位
な低下を認めるものの臨床上重大な腎機能低下には
至らないが 15)、一方で NSAIDs 投与・非投与患者
間での AKI 発症のプール解析では、大半の古典的
NSAIDs は相対危険度の有意な上昇(RR 1.58-2.11)が確認されている 16)。CKD 患者への NSAIDs の
長期投与は、通常量では CKD 進展リスクにはな
らないが高用量では進展に関連するとの解析があ
り 17)、高齢者や CKD 患者では NSAIDs は腎機能
低下のリスクであると考えられる 18) 19)。中等度以
上の腎機能低下(eGFR < 30ml/min.)症例への投
与は禁忌であり軽度腎障害であっても過量投与や漫
然とした連用は避けるべきである。
日常臨床で遭遇するもっとも一般的な腎障害は腎
血流低下による AKI であるが、NSAIDs はそれ以
外にもⅣ型アレルギー機序による ATIN、免疫機序
による糸球体障害、腎乳頭壊死等様々な腎障害を惹
起し、腎虚血が持続すれば急性尿細管壊死に至るこ
ともある。NSAIDsによるATINでは古典的三徴(発
熱・皮疹・好酸球増多)を呈することが少なく、投
与から発症までの期間が抗生剤等での 7 ~ 10 日間
に比して 6 ~ 18 か月と長いとされる 20)。
NSAIDs に特徴的な腎障害として尿細管間質性
腎 炎 を 併 発 し た ネ フ ロ ー ゼ 症 候 群(NSAID nephropathy)があり 21)、COX 阻害下でリポキシ
ゲナーゼを介するロイコトリエン産生が増加し、糸
球体及び尿細管周囲毛細血管の血管透過性を亢進さ
図1.薬剤性腎障害の疫学と被疑薬
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仙台医療センター医学雑誌 Vol. 9, 2019 NSAIDs と腎障害
せる機序が想定されている 13) 22)。一般的なアレル
ギー性 ATIN と共通の過敏性機序による連続した
疾患と扱う立場がある 23) が、現時点で異同に関す
る結論は明らかではない。
なおシクロオキシゲナーゼには COX-1 と COX-2の 2 つのアイソザイムが存在する。COX-1 は大部
分の正常細胞や組織に定常的に発現し、身体機能の
維持に関与している。一方、COX-2 は炎症等に伴
いサイトカインや炎症メディエーターによって局所
に誘導される。しかしながら腎臓では両者とも定常
的に発現し、恒常性に寄与している。このためいわ
ゆる COX-2 選択的阻害薬は胃粘膜障害は少ないが、
腎障害については非選択的阻害薬との差は示されて
おらず 24) 25)、COX-2 選択的阻害薬が腎に対して安
全であるという保証はない。
米国では National Kidney Foundation が CKD患者の鎮痛薬として NSAIDs ではなくアセトアミ
ノフェンを第一選択薬として推奨し、アスピリンア
レルギー、胃腸障害患者、利尿薬服用者、心疾患、
高血圧、腎臓病、肝臓病患者、65 歳以上の高齢者
は医師の指示なしでの NSAIDs 服用を禁止してい
る 26)。ただしアセトアミノフェンは他の鎮痛薬と
の複合剤の長期大量服用により慢性的な腎乳頭壊
死・石灰化、慢性間質性腎炎による慢性腎不全を来
たすという報告もあり 27)、複合剤を含むアセトア
ミノフェンの長期投与時における安全性に関しては
明確なエビデンスはない。
2) NSAIDs 腎障害の診断と治療
NSAIDs による AKI 発症の危険因子として利尿
薬の使用・敗血症・ネフローゼ症候群(発症初期)
等による有効循環血液量低下や、慢性腎臓病、65歳以上の高齢者、造影剤使用などが知られている。
腎前性 AKI の予防は十分な水分補給など適切な腎
血流の保持であり、発症した際の対処法は NSAIDsの中止と補液等による腎血流の保持である。診断に
際しては先ず尿一般および沈査、腎機能・血中およ
び尿中電解質・血清アルブミン(Alb)・BNP・血
液ガスを検査し、心・腹部超音波や単純 CT 等で腎
の形態と血管内外の容量を評価する。理学所見およ
び FENa 等から腎前性腎不全と判断されれば十分
な補液を行い、適宜 hANP や低用量ドパミン併用
を検討する。Ga シンチ、腎生検は有用ではあるが
原因薬剤の特定につながるとは限らない。高度腎不
全・溢水・高K血症を呈した際は急性血液浄化法が
必要となるが、血管内脱水の状態で体外循環を施行
するのは血圧低下や腎虚血促進のリスクがあり、開
始時期とモード(CHDF か IHD か)に関して確立
された基準はない。また透析は急性尿細管壊死が回
復するまでの代替療法であり原因に対する治療では
ないことを認識すべきである。
早期に被疑薬を中止すれば NSAIDs による AKIは通常 1 週間程度で回復する。重篤な場合でも数
日から数週間で回復することが多い 3)。アレルギー
機序による尿細管間質性腎炎の場合は被疑薬の中止
による改善が得られなければプレドニン 40mg 程度
のステロイド療法を検討するが、ステロイドの有効
性は conflicting であり 20)、一律に投与すべきかに
関して確立されたエビデンスはない。有効例であっ
ても被疑薬中止後 2 週間以上経過してからのステ
ロイド投与は腎機能改善への効果が乏しいとの報告
があり 28)、被疑薬を中止し腎前性因子を除外・補
正しても腎障害が遷延する場合は 2 週間以内には
ステロイドを開始すべきかを判断することが望まし
い。その点からも腎機能・尿所見を定期的に検査し、
薬剤性腎障害の早期発見に努めることが重要であ
る。ステロイドが使用困難な場合はミコフェノール
酸モフェチルも選択肢となる 20)。
近年高血圧・心不全の患者で RAS 抑制薬(アン
ギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEi)、アンギオテ
ンシン受容体阻害薬(ARB))が基礎薬として処方
され、利尿剤が併用されていることが少なくない。
このような患者に NSAIDs を投与すると、RAS 抑
制薬は糸球体輸出細動脈を拡張し、利尿剤は循環血
液量を減少させるため NSAIDs による輸入細動脈
収縮と相まって GFR が低下し急性腎不全のリスク
が上昇する(“Triple Whammy”)29) 30)。高齢者で
は複数施設から多剤が投与されている場合も多く、
市販薬には NSAIDs を相当量含むものもあるため
服薬歴には十分な注意が必要である。
20
仙台医療センター医学雑誌 Vol. 9, 2019 NSAIDs と腎障害
4.症例NSAIDsにより出血性胃潰瘍、ネフローゼ症候群、
急性腎不全を呈した自験例を提示する。
症例:57 歳男性
現病歴:X 年 9 月~腰痛にて NSAIDs(diclofenac;商品名ボルタレン ®)を内服していた。同年 10 月
21 日眩暈で某院受診、その際は体重 64kg、sCr 0.97mg/dl、Alb 3.8g/dl であった。11 月 22 日から
腹痛、嘔気・嘔吐、頭痛出現し diclofenac は内服
を中止していた。
11 月 28 日より下腿浮腫出現し近医受診、ネフロー
ゼ症候群を疑われ 12 月 2 日某院紹介。受診時全身
浮腫・上腹部圧痛あり、CT 上両腎は腫大傾向を認
めた。血清 Alb 1.5g/dl、sCr 4.88mg/dl、尿蛋白
10.9g/gCr、BNP 301pg/ml であり、ネフローゼ症
候群の診断で同日入院となった。
検査結果:尿所見、血液検査所見を夫々表 3、4 に
示す。
臨床経過(図 2):腹痛に対し上部内視鏡検査を施行、
出血性胃潰瘍を認め PPI を開始した。diclofenacでは微小変化型ネフローゼ症候群(MCNS)+急
性尿細管間質性腎炎(ATIN)合併(= NSAID 腎症)
の報告があり、ネフローゼに対してはステロイド治
療が適応となる。当症例では出血性胃潰瘍があった
ため、ネフローゼそのものおよびステロイドによる
過凝固状態からの血栓症合併リスクに対して当初
AT-III 製剤を投与し、その後低分子ヘパリン併用
下にプレドニン 40mg を投与した。尿蛋白減少、尿
量増加を得て腎機能は改善、第 36 病日腎生検を施
行した。得られた 11 個の糸球体に増殖性変化や基
底膜の肥厚はなく、MCNS と判定された。また尿
細管間質では間質浮腫はあるがそれ以外の変化はご
く軽度であり、ATIN 合併は否定的であった(図3)。
diclofenac ではいわゆる NSAID nephropathy 以外
に膜性腎症も報告がある 31) が、当症例は微小変化
型ネフローゼに血管内脱水等の血行動態を介する機
能的 AKI が併発したものと思われた。図3.腎生検所見(Azan-Mallory染色, x200)
図3.腎生検所見(Azan-Mallory 染色 , x200)
表4.入院時血液所見
WBC 7100 /μl T-CHO 302 mg/dl Hb 12.7 (g/dl TG 230 mg/dl PLT 40.1万 /μl HDL-CHO 40 mg/dl PT-INR 0.93 LDL-CHO 210 mg/dl APTT 37.8 sec Na 140 mEq/l AT-Ⅲ 75% K 5.4 mEq/l FDP-D-dimer 2.5 μg/ml CL 109 mEq/l LDH 337 IU/l Ca 7.3 mg/dl CK 581 IU/l iP 5.2 mg/dl TP 4.5 g/dl CRP 0.26 mg/dl Alb 1.6 g/dl BNP 300.8 fmol/ml BUN 64 mg/dl IgG 691 mg/dl Cr 4.88 mg/dl IgA 243 mg/dl UA 8.8 mg/dl IgM 120 mg/dl
CH50 47.1 U/ml ※感染症(-)、ANA・血管炎マーカー・a/CLβ2GPI・paraproteinは全て陰性
表4.入院時血液所見
図2.臨床経過
表3.入院時尿所見
〈一般〉 〈沈渣〉 比重 1.023 BACT (±) pH 6.0 RBC 1-4/H Glu (-) WBC 1-4/H Pro 1730 mg/dl [10.9g/gCr] 硝子円柱 >50/L Ket (-) 脂肪円柱 1-9/L O.B (1+) 上皮円柱 10-49/L
顆粒円柱 >50/L 〈生化学〉 Na / K / Cre 38 / 54 / 160 FENa 0.828 % β2mG 7631 mg/l α1mG 106.7 mg/l NAG 73.6 U/l
表3.入院時尿所見
21
仙台医療センター医学雑誌 Vol. 9, 2019 NSAIDs と腎障害
5.結語薬剤性腎障害につき NSAIDs を中心として概説
した。ことに高齢者では潜在的腎機能低下があるこ
とを念頭に、腎障害の予防として NSAIDs は 1)
必要以上に多く使わない 2)漫然と長く使わない
3)市販薬を含めた併用薬に注意 4)水分を十分
に補給し脱水に注意 5)腎機能と尿所見を確認し
ておく 等を勘案の上で処方を検討する。薬剤投与
中の患者で、腎機能の悪化もしくは尿蛋白の出現・
増悪を認めた際には薬剤性腎障害を必ず疑う。腎機
能・尿沈査及び尿中電解質を測定し、被疑薬を中止
し、その後の経過観察を行う。腎血流を保持しても
改善が不良な場合、また細動脈や糸球体の病変、尿
細管間質性腎炎を疑うときには2週間以内に腎臓内
科に相談するのが望ましい。
拙稿が NSAIDs を始めとする薬剤性腎障害の予
防と対処に少しでも役立てば幸いである。
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NSAIDs と腎障害