藻場・干潟の望ましい保全のあり方藻場・干潟の望ましい保全のあり方...

10
藻場・干潟の望ましい保全のあり方 誌名 誌名 水産工学 ISSN ISSN 09167617 著者 著者 松田, 治 巻/号 巻/号 55巻1号 掲載ページ 掲載ページ p. 41-49 発行年月 発行年月 2018年7月 農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター Tsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research Council Secretariat

Upload: others

Post on 09-Oct-2020

1 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 藻場・干潟の望ましい保全のあり方藻場・干潟の望ましい保全のあり方 誌名 水産工学 ISSN 09167617 巻/号 551 掲載ページ p. 41-49 発行年月

藻場・干潟の望ましい保全のあり方

誌名誌名 水産工学

ISSNISSN 09167617

著者著者 松田, 治

巻/号巻/号 55巻1号

掲載ページ掲載ページ p. 41-49

発行年月発行年月 2018年7月

農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センターTsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research CouncilSecretariat

Page 2: 藻場・干潟の望ましい保全のあり方藻場・干潟の望ましい保全のあり方 誌名 水産工学 ISSN 09167617 巻/号 551 掲載ページ p. 41-49 発行年月

水産工学 Fisheries Engineering Vol. 55 No. 1. pp.41-49. 2018

【報文】

41

藻場・干潟の望ましい保全のあり方

松田 治*

Desirable Conservation of Seaweed Beds and Tidal Flats

Osamu MATSUDA*

Abstract

Conservation and restoration of seaweed beds and tidal flats are becoming important activities in the

coastal management of Japan not only because seaweed beds and tidal flats have seriously decreased and

deteriorated historically but also ecosystem-based management and conservation of biodiversity are

gaining ground recently. Accordingly, legal and administrative systems which support conservation and

restoration of these are gradually prepared. Fisheries Agency of Japan publicized "Future vision of

seaweed beds and tidal flats" in 2016. In order to realize the vision, varieties of activities such as inter-

sectoral cooperation and collaboration of various stakeholders are necessary. In this article, established

legal and administrative system to assist the conservation are introduced as well as case studies of local

activities to restore the damaged seaweed beds and tidal flats. Finally, desirable conservation of seaweed

beds and tidal flats in future are discussed from the view point of integrated and holistic coastal

management.

l. はじめに

藻場・干潟の保全や再生が様々な施策や活動に取り上

げられている。その背景には,沿岸域の開発や埋め立て

などにより藻場・干潟が全国的に減少したことのみなら

ず,藻場・干潟の水産資源,生態系,物質循環に果たす

役割の重要性がますます明らかになってきたこと, さら

には生態系管理が重視されるようになり,藻場・干潟の

保全や再生を支援する法律や制度が整ってきたことがあ

げられる。水産庁は,「藻場・干潟ビジョン」 I)を策定し

2016年1月に公表した。これに先立って,藻場・干潟の

保全や再生は,生物多様性基本法に基づく生物多様性国

家戦略,海洋基本法に基づく海洋基本計画,さらには,

東京湾,大阪湾,伊勢湾,広島湾で進められてきた全国

海の再生プロジェクト等でも重要なテーマとなっていた。

また,瀬戸内海環境保全特別措置法(「瀬戸内法」)の

2015年の改正とこれに基づく新たな国の基本計画でも,

2018年1月31日受付, 2018年4月16日受理

キーワード:藻場,干潟,保全,再生

「沿岸域の環境の保全.再生及び創出」が新たな課題と

なった2),3),4),5)。以上からも類推されるように,藻場・

干潟の保全や再生には多くの省庁が関係するだけでなく.

都道府県などの自治体,漁業協同組合をはじめとする民

間団体など多様な主体が関わっている。したがって.望

ましい藻場・干潟の保全のためには多様な関係者間の調

整協働や協力体制が欠かせない。本稿では以上のよ

うな観点から関連の施策や制度を紹介し.先進的な事例

を紹介するとともに今後の藻場・干潟の望ましい保全の

あり方について考察する。

2. 水産庁の「藻場・干潟ビジョン」1)

藻場・干潟は,沿岸域において水産生物の生育に重要

な役割を果たすため,この保全.再生や創出は,水産資

源の回復に必要であるのみならず,豊かな生態系と健全

な物質循環系を育むためにも不可欠である。全国的に藻

場・ 干潟の減少や機能低下が見られる中で策定された

Key words : seaweed bed, tidal flat, conservation, restoration

* Graduate School of Biosphere Sciences, Hiroshima University (Professor Emeritus), Kagamiyama 1-4-4, Higashi-Hiroshima 739-8528, Japan (広島大学大学院生物圏科学研究科・名誉教授 〒739-8528 広島県東広島市鏡山1-4-4)

* Tel &Fax : 082-428-3846, [email protected]

本論は,平成29年度日本水産工学会秋季シンポジウム「藻場干潟ビジョンの策定の現状と技術的課題」(平成29

年12月)において講演された内容を取り纏めたものである。

Page 3: 藻場・干潟の望ましい保全のあり方藻場・干潟の望ましい保全のあり方 誌名 水産工学 ISSN 09167617 巻/号 551 掲載ページ p. 41-49 発行年月

42 水産工学 Vol.55 No. l

「藻場・干潟ビジョン」は,水産庁が生態系全体の生産

カの底上げを目指して推進してきた「水産環境整備」施

策の一環をなすものでもある6),7)。この施策は,水産資

源の回復・増大を図るために,水産生物の動態,生活史

に対応して良好な生息環境を積極的に再生,創出するも

ので,藻場・干潟はこの施策の重要な対象となっている。

「藻場・ 干潟ビジョン」は,効率的でより実効性の高い

藻場・干潟の保全方策の今後の基本方針となるもので,

骨子としては,①的確な衰退要因の把握,②ハード・ソ

フトが一体となった広域的対策の実施,③新たな知見の

積極的導入等が示されている8)。中でも,「ハード・ソ

フトが一体となった広域的対策」は,今後の望ましい藻

場・干潟対策事業を推進する上で非常に重要である。

従来,公共事業的な藻場・干潟の造成では,当初のハ

ード事業としての「工事」が終わると,その後の長期的

なモニタリングやメンテナンスなどのソフト的な取り組

みの推進体制は十分でなかった。一方,ハード事業の

「工事」とは別立てで,地域の様々なグループが海浜の

消掃や藻場・干潟のメンテナンスなどに取り組み,環境

モニタリングや環境教育などのソフト的な活動を進めて

きた経緯があり,これには水産多面的機能発揮対策事業

なども大きな役割を果たした。このような認識に基づい

て「藻場・干潟ビジョン」には,ハード面とソフト面を

補完的に連携させて双方にメリットのある形で藻場・干

潟の整備を進めようとする考え方が反映された。このよ

うな国が策定した「藻場・干潟ビジョン」に基づいて,

現在都道府県レベルで具体的な計画の策定が進められ

つつある9)。

3. 藻場・干潟に関連する多様な施策

l) 生物多様性国家戦略

国際的に活発化している生物多様性の保全に係る動き

は. 1993年に締結された生物多様性条約に端を発するも

のが多い。日本国内でも比較的最近になって生物多様性

基本法 (2008年),海洋生物多様性保全戦略 (2011年).

生物多様性国家戦略2012-2020(2012年)等が定められ

た。このうち,生物多様性碁本法に基づく生物多様性国

家戦略2012-2020は.「愛知目標」達成に向けた日本のロ

ードマップで,「自然と共生する枇界」の実現に向けた

方向性を示し,地域における「生物多様性地域戦略」策

定の指針となるものである。

この戦略の施策の一つである「沿岸•海洋の生物多様

性の総合的な保全」では,テーマとして「藻場・干潟な

どの保全再生」が取り上げられており.具体的には「藻

場・干潟に関する情報整備」.「藻場・干潟の保全.造成

の推進」.「港湾整備で発生した浚渫土砂による干潟・藻

場の再生」等の施策が提示されている。さらに.数値目

標として,藻場・干潟の保全・創造: 5,500ha (2012-2016

年度),干潟の再生の割合:約40%(2016年度)も示さ

れた。「沿岸• 海洋の生物多様性の総合的な保全」と並

ぶ施策である「里海・海洋における漁業」でも,テーマ

として「漁場環境として重要な藻場・干潟などの保全の

推進」が取り上げられた。

2) 海洋基本計画

海洋基本法 (2007年)に基づく第2次海洋基本計画 (2013

年)では,第 1部「基本的な方針」の重点的な取り組み

の一つとして「海域の総合的管理と計画策定」があげら

れた。「沿岸域の総合的管理」の中の「陸域と一体的に

行う沿岸域管理」では,「藻場,干潟,サンゴ礁等の保

全」が「山地から海岸まで一貰した総合的な土砂管理の

推進」や「漂流・渫着ごみ対策の推進」等とともに取り

上げられている。

海洋基本計画の中では,藻場・干潟の保全,再生に関

係の深い連携的,分野横断的な取り組みに関して次のよ

うに記されている。「沿岸域の総合的管理については,

それぞれの特性に応じた海域の利用が行われていること

等を留意したうえで,国地方公共団体等が連携して各

課題に対処し,陸域と一体となった沿岸域の管理を促進

する」。さらに同海洋基本計画第3部の「施策を総合的

かつ計画的に推進するために必要な事項」では,「地方

公共団体は,国と地方の役割分担の下,地域の実態や特

色に応じて,(中略)良好な海洋環境の保全,地域の重

要な産業である水産業や地域資源を活用した海洋関連観

光などの海洋産業の振興,陸域と海域を一体的かつ総合

的に管理する地域の計画の策定,地域の特色を生かした

人材の育成等に努めることが重要である」としている。

これらの趣旨は, 2018年3月に策定が予定されている第

3次海洋基本計画でも基本的に継承され,藻場・干潟保

全の関連事項としては,「海洋環境の保全を前提とした

海の恵みの持続的享受」や「水産業・漁村の持つ多面的

機能の十全な発揮」が積極的に取り上げられることが想

定されている。

3) 全国海の再生プロジェクト

東京湾や大阪湾など大都市を抱えた閉鎖性海域では,

陸域活動が海域に様々な負荷や影響を及ぽすため,水質

汚濁や赤潮・貧酸素水塊の発生など多くの環境問題が発

生してきた。このような問題を改善するため,国土交通

省海上保安庁は,関係省庁や地方自治体と連携しなが

ら「全国海の再生プロジェクト」を東京湾,大阪湾,伊

勢湾広島湾の4海域で推進している。

この「全国海の再生プロジェクト」の内容は海域によ

って異なるが主要な取り組みとしては,①陸域からの

汚濁負荷の削減②海域環境の改善,③環境モニタリン

グ,④海域の環境教育,⑤市民参加型のイベント,など

がある。干潟・藻場等の整備は,②の海域環境の改善の

中で,汚泥の除去や底質改善とともに主要な課題となっ

Page 4: 藻場・干潟の望ましい保全のあり方藻場・干潟の望ましい保全のあり方 誌名 水産工学 ISSN 09167617 巻/号 551 掲載ページ p. 41-49 発行年月

藻場・干潟の望ましい保全のあり方 43

ている。

4. 最近の関連の動き

1) 瀬戸内海環境保全基本計画

瀬戸内海では, 2015年が管理方策の大きな転換の年と

なった。すなわち,同年2月に国の瀬戸内海環境保全基

本計画の大幅改定が閣議決定されると,この大幅改定の

内容をほぼ裏づける形で同年 9月には国会で改正「瀕戸

内法」が成立した。法律と基本計画のこれまでにない大

幅な改定の趣旨を一言でいえば「きれいな海」から

「豊かな海」への目指すべき方向の大転換である10),11)。

「瀬戸内法」は,当初,臨時措置法として公害時代の

1973年に制定された。以来,長年にわたって汚れた海を

きれいにすることに重点が置かれた結果,瀬戸内海では

水質の「きれいな海」はかなりの程度に実現された。一

方,藻場・干潟や自然の浜は減少し漁獲量も減少して,

瀬戸内海の本来の豊かさは失われたままである。そこで,

今回の制度改正では,従来の規制型の水質保全中心から,

より積極的な水産資源の確保や環境の保全・再生及び創

出などに大きく軸足が移され,瀬戸内海を「多面的価値

及び機能が最大限に発揮された豊かな海とする」ことが

改正法の基本理念に明記された。

国の基本計画の枠組みの大きな変化は,従来の 2本柱

I基本理念の新設! I

から 4本柱への変化と表現されている。すなわち,改定

前には,① 「水質の保全」と② 「自然景観の保全」が2

本柱であった。これに対し,改定後には,① 「水質の保

全及び管理」,② 「自然景観及び文化的景観の保全」,③

「沿岸域の環境の保全,再生及び創出」,④ 「水産資源の

持続的な利用の確保」が新たな 4本柱となった。新たな

4本柱の中でも「豊かな海」の実現に極めて重要な③

「沿岸域の環境の保全,再生及び創出」では,藻場・干潟

等の保全が,底質改善や窪地対策,環境配慮型構造物の

採用などと並んで中心的なテーマとなっている (Fig.1)。

瀬戸内海で消失した藻場や干潟の修復は実際にどの程

度進んでいるのか? 一例として,中国新聞は「中国地

方整備局と水産庁が浅場造成などの修復を計画した

600haのうち,約半分の316haが2005-2014年度の10年

間で完了した。」と報じている (2016年1月)。

2) 第8次水質総量削減

中央環境審議会による答申「第8次水質総量削減の在

り方について」 (2015年12月)には,「干潟・藻場の機能」

が特記されており,「沿岸域に広がる干潟・藻場は,水

質浄化や生物多様性の維持など多様な機能を有し,良好

な水環境を維持する上で重要な役割を果たしている」と

して次のように記されている。「水質浄化機能の他にも,

干潟には……多くの渡り鳥が……飛来し,‘‘海のゆりか

基本計画及び府県計画に係る改正

・瀬戸内海を「豊かな海」とする。 ・政府は、おおむね5年ごとに基本計画に検討を加え、

・規制の措置のみならず、藻場・干潟の 必要があると認めるときは変更を行う。

保全・再生等の拉置を併せて講ずる。 ・府県知事は府県計画の策定に当たり、漆灘協議会

・施策は、湾・灘ごとの実情に応じて行う。 の意見を聴色広く住民の意見在丞める等必要な措

置を講ずる。

I 具体 的施策の追加 ' " ・国及び地方公共団体は、①漂流ごみ・海底ごみの除去等、②生物の多様性・生産性の確保に支

障を及ぼす動植物の駆除等、③水産動植物の繁殖地の保護・整備、④水産動物の種苗の放流

等に努める。

・政府は、貧酸素水塊の発生機構の解明及びその防除技術の開発に努める。

•関係府県が、干潟について自然海浜保全地区の指定をすることができることを明らかにする。

・環境大臣は、瀬戸内海の環境の状況を定期的に調査し、その結果を法の適正な運用に活用する。

I 附則検討条項 II ll

・政府は、栄養塩類の適切な管理に関する調査及び研究に努め、法施行後5年を目途として、瀬巨

内海にお1土る蛍養塩類の管理の在り左につい文検討を加え、必要と認めるときは所要の措置を

講ずる。

・政府は、法施行後5年以内を目途として、法の施行状況を勘案し、特定施設の設置の規制の在り

方を含め法の規定について検註を加え、必要と認めるときは所要の措置を講ずる。

Fig. I Outline of revised "Seto Inland Sea Law" enacted in 2015 in which conservation and restoration of seaweed beds and tidal flats are clearly indicated.

Page 5: 藻場・干潟の望ましい保全のあり方藻場・干潟の望ましい保全のあり方 誌名 水産工学 ISSN 09167617 巻/号 551 掲載ページ p. 41-49 発行年月

44 水産工学 Vol.55 No. 1

ご”とも呼ばれる藻場には多くの魚介類が産卵や保育の

場を求めて集まるなど,豊かな生物多様性と高い生物生

産性を有している。また,潮干狩りや自然観察,環境学

習等が広く行われており,人と海のふれあい場の提供と

いう面からも重要な役割を果たしている」。この答申は,

周知のように東京湾,伊勢湾および瀬戸内海を対象にし

たもので,これを受けて2016年9月には第8次水質総量

削減基本方針が策定された。

3) 民間からの緊急提言

一般社団法人全国水産技術者協会は2015年11月に「沿

岸域の豊かな漁業生産の維持に関する緊急提言」を以下

の5項目にとりまとめて公表した12)。この内容は,前述

した瀬戸内海の新たな基本計画やその重要施策である

「沿岸域の環境の保全,再生及び創出」にも極めて関係

の強いものである。

提言 l 安心•安全な水産物の供給体制の確立

提言 2 栄養塩循環管理による漁業生産の維持向上

提言 3 「豊かな海」を実現するための水質基準

提言4 「豊かな海」を実現するための施策

提言 5 調査研究等の強化

これらの提言は,今後の藻場・干潟の望ましい保全の

あり方を考える上でも参考になるものである。中でも,

提言 2では,「食物連鎖における生態ピラミッドを大き

くする」,「物質循環を活用する」,「“栄養塩の供給”と

“生産の場”の整備は車の両輪」等があげられ,藻場・

干潟の保全,再生及び創出にも役立つ考え方が提唱され

ている。特に,「車の両輪」論では,「豊かな海」の実現

のためには,栄養塩が十分に供給されるだけでなく,同

時に多様な生物の生産基盤となる干潟,浅場,岩礁,藻

場等の“生産の場”の確保が必要とされている。

大●窮鼻

.. 鶴鳥

が伝

5. 注目すべき藻場・干潟の保全事例

今後,「藻場・干潟ピジョン」に基づく藻場 ・干潟の

保全の進展が期待されるが,これまでにも様々な藻場 ・

干潟の保全再生活動が行われてきた13)。これらの中か

ら,本項では今後の望ましい保全活動の参考になる代表

的な事例を紹介する。

1) 岡山県備前市日生町のアマモ場再生

この事例では,「海のゆりかご」アマモ場の再生活動

が地元の漁業協同組合を中心にして30年以上も継続され

ており,ほぼ全滅しかけたアマモ場の面積を往時の 1/3

程度まで回復させることに成功するとともに様々な関連

の取り組みが広がった (Fig.2)。そのため, 日生町は

アマモ場再生活動の「発祥の地」や「聖地」とも呼ばれ

るようになり, 2016年には全国アマモサミットが3日間

にわたって開催された。岡山県は,このような実績のあ

るアマモ場再生について,改正「瀬戸内法」に基づく新

たな岡山県計画では「今後も積極的に再生する」として

おり地域主導のポトムアップ型のアマモ場再生活動が

県の公的な計画によっても支援されることとなった。こ

の事例では,アマモ場再生活動が「人と海に学ぶ海洋学

習」などを通じた地域の学校教育や水産物の産直市場で

ある「五味の市」の活動等と密接につながっている。こ

のような連携は,生活協同組合運動や備前市全体の地域

振興計画にも広がりつつあり地域の漁協中心の活動が

多様な展開をもたらした事例として注目に値する14)。

2) 山口県椙野川河口干潟の再生

山口県中部を流れて山口湾に流入するオ甚野川(ふしの

がわ)の河口域周辺には広大な干潟が形成されている。

この地域は絶滅危惧種カプトガニの生息地でもありま

た,かつてはアサリ等の二枚貝やクルマエビの好漁場で

大多窮鳥

, . 島

がヒFig. 2 Schematic drawing on the restoration of sea grass (Zostera marina) bed in Hinase area, Okayama prefecture. Sea grass

bed area in 1985 (left) and that in 2013 (right). Data by courtesy of Okayama prefecture.

Page 6: 藻場・干潟の望ましい保全のあり方藻場・干潟の望ましい保全のあり方 誌名 水産工学 ISSN 09167617 巻/号 551 掲載ページ p. 41-49 発行年月

藻場・干潟の望ましい保全のあり方 45

もあった。しかし,様々な人間活動の影響などにより ,

1985年頃から漁獲量が減少し,また様々な生物の生息環

境として重要なアマモ場も減少した。このような状況を

受けて,山口県は2002年楷野川流域全体を一体的に捉え

て河口干潟の再生に取り組む「やまぐちの豊かな流域づ

くり構想(オ甚野川モデル)」を策定した。また, 2004年

度からは自然再生推進法に基づく「オ甚野川河口域・干潟

自然再生協議会」を設立し,産学官民の連携・ 共同によ

り里海の再生を目指す様々な取り組みが進められてい

る15'(Fig.3)。このように自然再生事業や里海創生活動

く 自然再生•)'-ニング>

I (1) I: 豊かな泥干潟の区域

一 :豊かな砂干潟の区域

:カブトガニ左月fJ場f呆全区域,-,

I {4) I: 豊かなアマモ場・浅場

一:豊かな泥浜 ・レク干潟

一 :豊かな後浜(背後地)の区域

I (7) I: 現状干潟の9月察・維拷区域

Fig. 3 Outlined illustration of sea grass (Zostera marina) beds and tidal flats in the estuary of Fushino River in Yamaguchi prefecture. Data by courtesy of Yamaguchi prefeeture.

Page 7: 藻場・干潟の望ましい保全のあり方藻場・干潟の望ましい保全のあり方 誌名 水産工学 ISSN 09167617 巻/号 551 掲載ページ p. 41-49 発行年月

46 水産工学 Vol.55 No. 1

として実績のある,流域から河口干潟までを一体化した 4) 三重県志摩市英虞湾の藻場・干潟再生

流域再生は,改正「瀬戸内法」に基づく新たな山口県計 英虞湾を含む志摩地域は,古来,「御食つ国(みけつ

画にも取り入れられた。この事例は,県の環境関連部局 くに)」として海の幸に恵まれ,伊勢志摩国立公園にも

が中心になって.自然再生や里海創生の枠組みを利用し 指定されている。しかし,赤潮や貧酸素水塊に より漁獲

て進めている協議会方式の干潟再生としても注目されて 量が激減 し. 基幹産業の真珠養殖も低迷したため. 産官

いる。 学民連携の「英虞湾再生プロジェクト」が科学技術振興

3) 山口県周南市の大島干潟造成 機構と 三重県の共同で2003年から実施された16)。詳細

人工干潟としての大島干潟は,港湾整備事業で発生し な調査の結果.英虞湾内干潟面積の約70%がすでに失わ

た海底土砂を有効活用して,港湾事業と水産事業が連携 れ,リアス式入り江の奥部では潮受け堤防により物質循

して水産資源の育成環境と水底質環境の改善を図ろうと 環と生態系の連続性が分断されていることが明らかにな

する人工干潟造成事例で,アサリの成育や順応的管理 った。失われた藻場 ・干潟を再生するため.様々な研究

への配慮がなされている。この「山口県・徳山下松港干 と技術開発が進められた。中でも特筆すべきは,潮受け

潟造成事業」の目的は,徳山下松港新南陽地区で発生す 堤防の水門開放による干潟再生で,現在,沿岸遊休地へ

る浚渫土砂を活用して周南市大島地区にアサリの成育場 の海水導入により 4カ所で干潟が再生した。一例として,

として継続的に利用できる干潟を整備することとされ, 石淵における干潟再生で底生生態系が再生した様相を

アサリ成育場機能の維持されることが一つの目標とされ Fig. 4に示す。志庶市は, 2011年に「里海推進室」を設

た。そのため,投入された浚渫土砂の上に.厚さ約50cm 置し,現在,第2次里海創生基本計画の実施,多様な構

の覆砂がなされている。造成干渇の規模は約29.3haでか 成員からなる「里海創生推進協議会」の運営など,研究

なり大きく.一部には自然発生的にコアマモ場も形成さ 成果を活かした「新しい里海のまち」づくりを進めてい

れている (Photo1)。この人工干潟の管理主体は造成時 る17)。これらの取り組みは,研究的な藻場・干潟の再

の国土交通省から地元に移りつつあり, 2017年11月には 生事業が基礎自治体主導のまちづくりへ進展した事例と

地元を中心にした「大島干潟を育てる会」が発足した。 して注目されている。

航路浚渫や港湾整備事業に伴う海底土砂の発生は今後も 5) 関西国際空港の藻場

見込まれるので,このような人工干潟をいかに有効に機 大阪湾東南部の関西国際空港は人工島である空港島に

能させるかは,将来的な藻場・干潟づくりの大きな課題 位置するが,この空港島周囲の護岸には環境配慮型構造

である。 物が導入されているため,人工島の周辺には約55hの面

'f"•• --·--!"'~.;;-'"--ふ-,-y::,..-,,、ベ,._-~--=-:- .• , -:.:~--­ ~.. , ....... ・・シ!み・心が・が心ゞ

,- ,•>;. ・-・`、・--~ ー・・"~.ヽ.. ,-• • . -. ··•.-.-.-. .'令~--·一一 ・ ・,-.・. 忘~-ぷ~-•—,..,... . -~-~.. , .. ,_ _・ ~;, ,--.:., . 浚⇒-. .• ·•- -,..: <• • 一・.・ベ哀;:;:__.,;;;,,.-•. ・-:-: ,,,_ ....... ふさ• ••. ふ....ぐ ・ ;-,·.·.,·---企H~沼',c--.;: ~-- :<"← ~→•が~~ヽ~

.,-・ •. '. 子一ふニ‘

:ず -~:o--. 芦.-

・-.. - -

ベ•さ~召念

ごロミ亨竺-~. -. --. . . -.'. --~ さ•-.・.・- • , .. --・、.• ,

積に100種類以上の藻類が繁茂している (Photo2)。こ

のことは,生物相と生物量の貧弱な底泥生態系が,空港

1ヽ• ゞ=,~•• .--. 一•'恨.`,氏がで一;;,:.,. ぎゞ

丘羞譴茫が::. ―ぷ竺迄・乏-ぐ.・'';..:-. • >~ 心.-,. ・ヽ.c.・... ,., や,・,

Photo l Appearance of artificial tidal flat in Ohshima area of Shunan City, Yamaguchi prefecture and newly formed colony of Zostera ja加nica(left, upper).

Page 8: 藻場・干潟の望ましい保全のあり方藻場・干潟の望ましい保全のあり方 誌名 水産工学 ISSN 09167617 巻/号 551 掲載ページ p. 41-49 発行年月

藻場・干潟の望ましい保全のあり方 47

rn ハゼの稚魚 スズキの稚魚

G oby

アサリ ソトオリガイ

Ruditapesphilippinarum Laternulamarilina

EJ ~ ポラの稚魚

イオウハマグリ

Pitar sulfureum

ケフサイソガニ

50

0

0

0

0

4

3

2

1

(追圏)怨慨犀

2゚000

0

0

0

0

0

0

5

0

5

1(4ミ3閲躙暇{

39

事前調査 3ヶ月後 6ヶ月後 9ヶ月後 11ヶ月後 14ヶ月後 18ヶ月後

■堤防前自然干潟

■再生干潟

゜Batillaria zona/1s 事前調査 3ヶ月後 6ヶ月後 9ヶ月後 11ヶ月後 14ヶ月後 18ヶ月後

Fig. 4 Typical benthic fauna observed in the restored tidal flat (left) and change of species number (right, upper) and biomass in terms of wet weight (right, lower) in the restored tidal flat at Ishibuchi in Ago Bay.

Photo 2 Algal bed around the artificial island (left, upper) of Kansai International Airport and the structure of the protection works (left lower) around the artificial island.

島により生物相の豊かな藻場生態系に変化したことを示 態系が形成されている。さらに,この藻場は,産卵場や

している。このように人為により新たな藻場が形成され 仔稚魚の生育場としても機能性が高く,大阪湾における

たこの事例は,環境省の里海ネットではミチゲーション 重要な生物生産と資源供給の場になっていると考えられ

型の里海づくりとして位置づけられている 15)。空港島 ている。この事例は,本来藻場のないところに新たな藻

の護岸構造には,緩傾斜石積護岸が多く採用されており, 場と藻場の機能が生み出されたことを示すものであり ,

長年にわたって空港島に形成された藻場には,多様な小 本来あった藻場の再生事例とは異なった意味がある。す

動物が生息し魚介類が集積することによって新たな生 なわち,本来,生態系サービス(海の恵み)の得られな

Page 9: 藻場・干潟の望ましい保全のあり方藻場・干潟の望ましい保全のあり方 誌名 水産工学 ISSN 09167617 巻/号 551 掲載ページ p. 41-49 発行年月

48 水産工学 Vol.55 No. l

かった場所で新たな生態系サービスが生み出される可能

性を示すもので,改正「瀬戸内法」に明記された瀬戸内

海を「多面的価値及び機能が最大限に発揮された豊かな

海とする」基本理念にも沿う事例といえる。

6. 今後の保全のあり方について

藻場・干潟には,全国的な面積や機能の減少以外にも

新たな課題がある。藻場では海水温の上昇やウニ・アイ

ゴなどの食害による磯焼け,干潟では泥分の堆積や物理

的な閉塞による底質の悪化などであり,実践的な対応が

必要である。さらにより広い観点からは,防災やブル

ーカーボンヘの貢献も重要な課題であり,これらの問題

への対応には分野横断的な新たなアプローチが必要であ

る。なお,ここまで藻場・干潟を中心に述べてきたが,

もちろん,沿岸域で重要なのは藻場・干潟だけではない。

陸と海の間に位置する磯浜,河口域,アシ原や塩性湿地

等も重要な機能を備えているので,藻場・干潟の保全の

際には十分な配慮が必要である。

大幅改定された前述の瀬戸内海の基本計画の基盤的な

施策には,「広域的な連携の強化」が挙げられている。

藻場・干潟の整備にしても,国土交通省,農林水産省,

環境省,各府県など様々な母体が類似性の高い施策を進

めているので,本来であれば,これらの事業を計画立案

の段階から十分に調整して一本化し,より効果的な事業

として推進すべきである。特に,藻場・干潟の整備は,

公共事業との関係性や分野横断性が強いため,予算化や

研究技術開発の推進を含めてその実現には多方面の総力

の結集が必要で,市民参加を含めて産官学民の連携を通

じた取り組みの推進が必要である。このような連携を担

保するため,最近の多くの施策には多様な関係者を含む

“協議会方式"が取り入れられている。地方自治体等に

よる「藻場・干潟ビジョン」の策定においても,「考慮

する事項」として実施体制づくりと情報の共有化が挙げ

られており,先行事例でも多様な関係者による協議会や

現地検討会が開催されている。

策定された個々の地域計画を十分に機能させるには,

国や行政が主禅するトップダウン型の仕組みと地域住民

などが主体のボトムアップ型の取り組みのバランスが重

要である。前述のハード的事業とソフト的事業に, トッ

プダウン型とボトムアップ型の取り組みを組み合わせる

と4類型ができる。従来の典型的な組み合わせは, トッ

プダウン型のハード的事業とボトムアップ型のソフト的

事業であった。しかし,例えば藻場・干潟のモニタリン

グ(ソフト事業)にもトップダウン型の予算措置などが

必要でありまた,草の根的なボトムアップ型のソフト

事業にもトップダウン型の制度的支援が望まれる。以上

から,従来は少なかった類型を進化させることも新たな

課題である。

さらに長期的には,陸域関係者と海域関係者の連携は

もとよりのこと,自然科学技術と人文社会科学的なアプ

ローチをも組み合わせたい。前述の空港島の藻場の事例

は,新たな生態系サービスが創出されうることを示した。

藻場・干潟の望ましい保全のあり方としては,改正「瀬

戸内法」にある「多面的価値及び機能が最大限に発揮さ

れた豊かな海」を実現するためにも,多様な関係者の参

画により生態系サービスの最大化を図り,それが地域の

暮らしの質の向上とHumanWell-being (心地よい暮ら

し)につながることを期待したい18)。

参考文献

1) 水産庁:藻場・干潟ビジョン, 2016,http:/ /www.

jfa.maff.go.jp/j/press/keikaku/160120.html

2) 今後の瀬戸内海の水環境の在り方懇談会:今後の

瀬戸内海の水環境の在り方の論点整理, 1-50,

2011.

3) 中央環境審議会:瀬戸内海における今後の目指す

べき将来像と環境保全・再生の在り方について

(答申), 1-勿, 2012,https./ /www.env.gojp/ council/

toshin/tl 1-h2405.pdf

4) 環境省:瀬戸内海環境保全基本計画の答申(報道

発表資料), 2015,http://www.env.go.jp/press/

100393.html)

5) 環境省:「瀬戸内海環境保全基本計画」の変更の

閣議決定について(報道発表資料), 2015,

http:/ /www.env.go.jp/press/100433.html

6) 松田 治:水産環境整備の新たな方向性一生態系

全体の底上げを一,アクアネット, 1月号, 66-69,

2010.

7) 松田 治:水産環境整備の必要性について~里海

の視点からの提言~.漁港漁場漁村研報, 37:16-

22, 2015.

8) 松田 治:藻場・干潟の重要性と将来ビジョン,

アクアネット, 5月号, 60-63,2016.

9) みなと総合研究財団:特集藻場・干潟再生最前線,

みなと総研, 16: 2-17, 2017.

10) 松田治:豊かな瀬戸内海へ,瀬戸内海基本計画の

大幅変更が閣議決定~これからの豊かな海づくり

にどう活かすか~,豊かな海, 36: 7-12, 2015.

11) 松田 治:「潮戸内法」改正後の新たな動き,ア

クアネット, 3月号, 62-66, 2017.

12) (社)全国水産技術者協会:沿岸域の豊かな漁業生

産の維持に関する緊急提言, 1-12,2015.

13) 広島湾研究集会:アマモ場の保全・再生に向けて

の先進的な取り組み,水産海洋研究, 78(3):

187-203, 2014.

14) 釣田いずみ:人と海一日生のアマモ場再生から見

る海洋保全活動ー,東京大学学位論文, 1-206,

2017.

15) 環境省:里海ネット, https://www.env.go.jp/

water /heisa/ satoumi/

16) 松田 治・国分秀樹・浦中秀人:「英虞湾再生プ

ロジェクト」の総括とその後の展開 Nippon

Page 10: 藻場・干潟の望ましい保全のあり方藻場・干潟の望ましい保全のあり方 誌名 水産工学 ISSN 09167617 巻/号 551 掲載ページ p. 41-49 発行年月

藻場・干潟の望ましい保全のあり方

Suisan Gakkaishi, 75(4) : 737-742. 2009.

17) 志摩市:第2次里海創生基本計画. 1-117, 2016.

18) 松田 治:国際的視点から見た里海概念,水環境

学会誌, 40:381-384. 2017.

49