耐倒伏性に極めて優れる夏播き用極早生エンバク新...

1
〔 105 〕  九州農業研究(九農研)・第67号(2005.5)畜産部会 エンバクは,他の飼料作物の端境期に生産できる重要 な飼料作物と位置付けられ,その栽培面積は全国で 8,200 ha(2003年)にのぼる。栽培の中心は九州地域で あり,なかでも,宮崎県と鹿児島県に集中し,両県で全 国の54%を占めている。 1970年代以降,極早生品種を8月下旬から9月上旬に 播種し,年内に出穂させて収穫する夏播き栽培が温暖 地・暖地で急速に広がった。この作型に対応する品種と しては,当初は海外からの導入品種が用いられてきたが, 我が国の夏播き栽培により適した品種の必要性から,国 内でも育種が進められ,これまでに「アキワセ」,「スー パーハヤテ隼」,「はえいぶき」,「たちいぶき」の4品種 が育成された。しかしながら,高品質自給飼料の生産に は耐倒伏性や耐病性のさらなる改良が必要であり,我々 は特に,耐倒伏性に注目して夏播き用極早生品種の育成 を目指した。ここでは,2004年に農林命名登録された九 州沖縄農業研究センター育成の「たちあかね」について, その育成経過や特性を報告する。なお,本品種の育成に 関して,ご協力いただいた関係機関の各位に深謝いたし ます。 1.育成経過 1991年に夏播きでの秋の出穂が早い Guelatao を種子 親,耐倒伏性や冠さび病,葉枯れ病の病害抵抗性に優れ Coker 87-9を花粉親として交配を行い, F世代以降 に個体選抜および系統選抜を行う集団育種法によって固 定を行った。 F世代から F世代までエンバクの主な栽培 地域である都城市にある当時の九州農業試験場畑地利用 部の試験圃場で選抜を行い,1999年に F世代で「九州 12号」として,系統適応性および特性検定試験に供試し た。5年間の試験成績からその優秀性が認められ,2004 年9月にえん麦農林11号「たちあかね」として農林命名 登録された。命名は,秋の穏やかな陽射しの中で凛と立 つ姿をイメージされている(写真1)。 2.生育特性 第1表に夏播き栽培における「たちあかね」の生育特 性を示した。発芽や初期生育は既存品種と同程度かより 優れ,出穂は,3場所の平均で「たちいぶき」より3日 早く,「はえいぶき」より4日遅い。乾物収量は「たち いぶき」より低いが,「はえいぶき」より多収である。 粗蛋白含有率は「たちいぶき」よりやや低いが,乾物分 解率は明らかに高い。「たちあかね」の病害罹病程度は 既存品種と同程度かより低く,耐病性に優れている(第 2表)。耐倒伏性に関しては,第1図に示したように, 「たちあかね」の倒伏程度はどの場所でも小さく,特に, 九沖農研と宮崎畜試では他品種より明らかに優れる耐倒 伏性を示した。以上のように,「たちあかね」は耐倒伏 性や耐病性に優れ,乾物分解率も高いことから,高品質 自給飼料の生産に貢献できると考えられる。 3.栽培・利用上の注意 播種適期は9月上旬で,播種の遅れは出穂の遅延につ ながり,減収の原因にもなるので,適期播種に努める。 耐倒伏性に極めて優れる夏播き用極早生エンバク新品種「たちあかね」の育成 桂 真昭・我有 満・後藤和美・松岡秀道・松浦正宏 1) ・大山一夫 1) ・長谷 健 2) ・上山泰史 3) ・小橋 健 4) (九州沖縄農業研究センター・ 1) 元九州農業試験場・ 2) 現鹿児島農業試験場大隅支場・ 3) 現東北農業研究センター・ 4) 現山口県農業試験場) Masaaki Katsura, Mitsuru Gau, Kazumi Gotoh, Hidemichi Matsuoka, Masahiro Matsuura, Kazuo Oyama, Takeshi Nagatani, Yasufumi Ueyama and Ken Kobashi  :  A New Very Early Forage Oat Variety“Tachiakane” 第1表 夏播き栽培における「たちあかね」の生育特性 備  考 スーパー ハヤテ隼 はえいぶき たちいぶき たちあかね 特性 3場所 b) ,3年間の平均 7.9 8.6 8.8 8.7 発芽良否 a) 3場所 b) ,3年間の平均 7.3 7.8 7.8 8.0 初期生育 a) 3場所 b) ,3年間の平均 47.3 45.8 52.7 49.8 出穂まで日数 3場所 b) ,3年間の平均 128 115 116 118 草丈(cm) 3場所 b) ,3年間の平均 84.0 75.9 81.1 78.1 乾物収量(kg/a) 3場所 b) ,3年間の平均 18.5 18.5 19.2 18.0 乾物率(%) 3場所 b) ,3年間の平均 16.3 15.9 13.8 16.8 乾物穂重割合(%) 試料は九沖農研系適,2001,2002年の平均 46.3 43.5 45.4 49.8 乾物分解率(%) 試料は九沖農研系適,2001,2002年の平均 12.1 10.8 13.6 12.1 粗蛋白含有率(%) 注)a)発芽良否,初期生育は評点で,1:極不良~9:極良。 b)九沖農研,山口農試,宮崎畜試。 写真1 「たちあかね」の草姿(2003年11月8日撮影) 第2表 系統適応性検定試験における「たちあかね」の罹病程度 a) スーパーハヤテ隼 はえいぶき たちいぶき たちあかね 病害 1.9 2.8 1.0 1.1 冠さび病 2.7 4.1 4.4 3.3 かさ枯れ病 2.3 2.5 5.3 1.5 黒斑病 2.2 3.4 2.3 2.6 葉枯れ病 注)a)罹病程度は評点で1:無・微~9:甚。 7 a) 6 5 4 3 2 1 九沖農研 山口農試 宮崎畜試 平均 たちあかね たちいぶき はえいぶき スーパーハヤテ隼 第1図 系統適応性検定試験における各試験地での倒伏程度の3 年間の平均値 注)a)評点で1:無~9:甚。

Upload: others

Post on 06-Aug-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 耐倒伏性に極めて優れる夏播き用極早生エンバク新 …12号」として,系統適応性および特性検定試験に供試し た。5年間の試験成績からその優秀性が認められ,2004

〔 105 〕 九州農業研究(九農研)・第67号(2005.5)畜産部会

 エンバクは,他の飼料作物の端境期に生産できる重要な飼料作物と位置付けられ,その栽培面積は全国で8,200ha(2003年)にのぼる。栽培の中心は九州地域であり,なかでも,宮崎県と鹿児島県に集中し,両県で全国の54%を占めている。 1970年代以降,極早生品種を8月下旬から9月上旬に播種し,年内に出穂させて収穫する夏播き栽培が温暖地・暖地で急速に広がった。この作型に対応する品種としては,当初は海外からの導入品種が用いられてきたが,我が国の夏播き栽培により適した品種の必要性から,国内でも育種が進められ,これまでに「アキワセ」,「スーパーハヤテ隼」,「はえいぶき」,「たちいぶき」の4品種が育成された。しかしながら,高品質自給飼料の生産には耐倒伏性や耐病性のさらなる改良が必要であり,我々は特に,耐倒伏性に注目して夏播き用極早生品種の育成を目指した。ここでは,2004年に農林命名登録された九州沖縄農業研究センター育成の「たちあかね」について,その育成経過や特性を報告する。なお,本品種の育成に関して,ご協力いただいた関係機関の各位に深謝いたします。1.育成経過 1991年に夏播きでの秋の出穂が早い Guelataoを種子親,耐倒伏性や冠さび病,葉枯れ病の病害抵抗性に優れる Coker87-9を花粉親として交配を行い,F3世代以降に個体選抜および系統選抜を行う集団育種法によって固定を行った。F6世代からF8世代までエンバクの主な栽培地域である都城市にある当時の九州農業試験場畑地利用部の試験圃場で選抜を行い,1999年に F9世代で「九州12号」として,系統適応性および特性検定試験に供試した。5年間の試験成績からその優秀性が認められ,2004年9月にえん麦農林11号「たちあかね」として農林命名登録された。命名は,秋の穏やかな陽射しの中で凛と立つ姿をイメージされている(写真1)。2.生育特性 第1表に夏播き栽培における「たちあかね」の生育特性を示した。発芽や初期生育は既存品種と同程度かより優れ,出穂は,3場所の平均で「たちいぶき」より3日早く,「はえいぶき」より4日遅い。乾物収量は「たちいぶき」より低いが,「はえいぶき」より多収である。粗蛋白含有率は「たちいぶき」よりやや低いが,乾物分解率は明らかに高い。「たちあかね」の病害罹病程度は既存品種と同程度かより低く,耐病性に優れている(第2表)。耐倒伏性に関しては,第1図に示したように,「たちあかね」の倒伏程度はどの場所でも小さく,特に,九沖農研と宮崎畜試では他品種より明らかに優れる耐倒伏性を示した。以上のように,「たちあかね」は耐倒伏性や耐病性に優れ,乾物分解率も高いことから,高品質

自給飼料の生産に貢献できると考えられる。3.栽培・利用上の注意 播種適期は9月上旬で,播種の遅れは出穂の遅延につながり,減収の原因にもなるので,適期播種に努める。

耐倒伏性に極めて優れる夏播き用極早生エンバク新品種「たちあかね」の育成桂 真昭・我有 満・後藤和美・松岡秀道・松浦正宏1)・大山一夫1)・長谷 健2)・上山泰史3)・小橋 健4)

(九州沖縄農業研究センター・1)元九州農業試験場・2)現鹿児島農業試験場大隅支場・3)現東北農業研究センター・4)現山口県農業試験場)

Masaaki Katsura, Mitsuru Gau, Kazumi Gotoh, Hidemichi Matsuoka, Masahiro Matsuura, Kazuo Oyama, Takeshi Nagatani, Yasufumi Ueyama and Ken Kobashi : 

A New Very Early Forage Oat Variety“Tachiakane”

第1表 夏播き栽培における「たちあかね」の生育特性

備  考スーパーハヤテ隼はえいぶきたちいぶきたちあかね特性

3場所b),3年間の平均7.98.68.88.7発芽良否 a)

3場所 b),3年間の平均7.37.87.88.0初期生育 a)

3場所 b),3年間の平均47.345.852.749.8出穂まで日数3場所b),3年間の平均128115116118草丈(cm)3場所b),3年間の平均84.075.981.178.1乾物収量(kg/a)3場所 b),3年間の平均18.518.519.218.0乾物率(%)3場所b),3年間の平均16.315.913.816.8乾物穂重割合(%)試料は九沖農研系適,2001,2002年の平均46.343.545.449.8乾物分解率(%)試料は九沖農研系適,2001,2002年の平均12.110.813.612.1粗蛋白含有率(%)

注)a)発芽良否,初期生育は評点で,1:極不良~9:極良。  b)九沖農研,山口農試,宮崎畜試。

写真1 「たちあかね」の草姿(2003年11月8日撮影)

第2表 系統適応性検定試験における「たちあかね」の罹病程度a)

スーパーハヤテ隼はえいぶきたちいぶきたちあかね病害1.92.81.01.1冠さび病2.74.14.43.3かさ枯れ病2.32.55.31.5黒斑病2.23.42.32.6葉枯れ病

注)a)罹病程度は評点で1:無・微~9:甚。

倒伏程度

7a)

6

5

4

3

2

1九沖農研 山口農試 宮崎畜試 平均

たちあかね たちいぶき はえいぶき スーパーハヤテ隼

第1図 系統適応性検定試験における各試験地での倒伏程度の3年間の平均値

    注)a)評点で1:無~9:甚。