レアメタルをめぐる状況 - 帝国書院...レアメタルをめぐる状況...

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レアメタルをめぐる状況 国立研究開発法人 物質・材料研究機構 アドバイザー 一般社団法人 サステイナビリティ技術設計機構 代表理事 原田 幸明 養素に例えるとビタミンのようなもので,大量にはいら ないが不足すると変調をきたしてしまうのだ。 3 レアメタルはどのくらいあるのか 図2はさまざまな元素の資源の現有埋蔵量と年間消費 量を,それぞれ円柱の体積と底面積で表したものである。 なお,金属により量が違うので段ごとにそのスケールを 変えて記載している。このように表すと,段を問わず高 さが静的耐用年数とよばれるものを示すことになる。た だし耐用年数といっても,利用可能な埋蔵量や消費量は 探索や掘削の技術革新や価格の変動などによって変化す るので,「何年後にこの資源はなくなる」ということを 意味する数字ではない。とはいえ,静的耐用年数が短い, つまり図では高さの低い金属ほど,量的に資源量が厳し いことは間違いない。 図2の右側をみるとわかるように,実はレアアース(希 土類)全体では量的にたくさん存在している。レアアー スは16種類の元素のグループの総称で,その中でも軽希 土とよばれる原子番号の少ないY(イットリウム)や La(ランタン),Ce(セリウム)は大量に存在している。 問題になるのは重希土とよばれるDy(ジスプロシウム) などであり,図2の中でみても金と同じような貴重さに なっている。 1 はじめに レアメタルは近年世界中で注目されている資源である。 日本をはじめアメリカ合衆国や欧州では,国家で戦略的 なレアメタルを定めて,その資源の安定供給に力を注い でいる。本稿ではレアメタルはなぜ注目されるのか,レ アメタルはどこにあるのかをみていく。その一方で,市 民の声のバックアップもあり,東京2020オリンピック・ パラリンピック競技大会では,メダルをリサイクル,す なわち都市鉱山からつくることが決まった。都市鉱山は レアメタルにとっても貴重な資源である。この都市鉱山を 含めレアメタルの国内資源化の可能性についてみてみる。 2 レアメタルとは レアメタルは和製英語であり,英語ではふつうマイナ ーメタルと表現される。これはメジャーメタルが市場規 模も大きく,価格も国際的に比較的安定している「大人 の」金属商品であるのに対して,価格変動も大きく供給 も不安定な金属商品だからである。では,なぜこのマイ ナーな金属が注目されるようになったのか。それはエネ ルギー,情報等のイノベーションの進展と,それを発展 途上の国々も積極的に推進するようになったからである。 図1をみると,鉄,銅といったメジャーメタルや金の ような貴金属も含んでいるが,消費が伸びて いない金などに対して,レアメタルはたった 10年で2倍近く,さらには3倍をこえる伸び を示しているものもあることがわかる。 レアメタルがマイナーでこれまで注目され なかったもう一つの理由は,扱っている量が 少ないことである。今や多様な電子機器の中 にレアメタルが使用されているが,1台あた りに使われている量はそれぞれせいぜい数十 mgにも満たないものが多い。しかし,この 少量のレアメタルがないと,光学材料,電子・ 磁性材料,構造材料などで目的とする性能を, 製品は発揮できなくなってしまう。人体の栄 光ケーブル 工具 プラスチック添加剤 液晶ディスプレイ Li Mg Al Si P Ti V Cr Mn Fe Co Ni Cu Zn Ge As Se Y Zr Nb Mo Ag In Sb W Re Pt Au Pb Bi エネルギー転換 自動車等 電池 軽量素材 電子機器 高温材料 半導体 その他 磁石 100 200 300 400 (%) 図1 各種金属のおもな用途と消費量の伸び(2000〜2010年)太字はレアメタルをさす (出所)米国鉱山局等のデータをもとに筆者作成 現代世界 4 地理・地図資料  2017年度 2 学期 ②号

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レアメタルをめぐる状況国立研究開発法人 物質・材料研究機構 アドバイザー

一般社団法人 サステイナビリティ技術設計機構 代表理事原田 幸明

養素に例えるとビタミンのようなもので,大量にはいらないが不足すると変調をきたしてしまうのだ。

3 レアメタルはどのくらいあるのか

図2はさまざまな元素の資源の現有埋蔵量と年間消費量を,それぞれ円柱の体積と底面積で表したものである。なお,金属により量が違うので段ごとにそのスケールを変えて記載している。このように表すと,段を問わず高さが静的耐用年数とよばれるものを示すことになる。ただし耐用年数といっても,利用可能な埋蔵量や消費量は探索や掘削の技術革新や価格の変動などによって変化するので,「何年後にこの資源はなくなる」ということを意味する数字ではない。とはいえ,静的耐用年数が短い,つまり図では高さの低い金属ほど,量的に資源量が厳しいことは間違いない。

図2の右側をみるとわかるように,実はレアアース(希土類)全体では量的にたくさん存在している。レアアースは16種類の元素のグループの総称で,その中でも軽希土とよばれる原子番号の少ないY(イットリウム)やLa(ランタン),Ce(セリウム)は大量に存在している。問題になるのは重希土とよばれるDy(ジスプロシウム)などであり,図2の中でみても金と同じような貴重さになっている。

1 はじめに

レアメタルは近年世界中で注目されている資源である。日本をはじめアメリカ合衆国や欧州では,国家で戦略的なレアメタルを定めて,その資源の安定供給に力を注いでいる。本稿ではレアメタルはなぜ注目されるのか,レアメタルはどこにあるのかをみていく。その一方で,市民の声のバックアップもあり,東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会では,メダルをリサイクル,すなわち都市鉱山からつくることが決まった。都市鉱山はレアメタルにとっても貴重な資源である。この都市鉱山を含めレアメタルの国内資源化の可能性についてみてみる。

2 レアメタルとは

レアメタルは和製英語であり,英語ではふつうマイナーメタルと表現される。これはメジャーメタルが市場規模も大きく,価格も国際的に比較的安定している「大人の」金属商品であるのに対して,価格変動も大きく供給も不安定な金属商品だからである。では,なぜこのマイナーな金属が注目されるようになったのか。それはエネルギー,情報等のイノベーションの進展と,それを発展途上の国々も積極的に推進するようになったからである。

図1をみると,鉄,銅といったメジャーメタルや金のような貴金属も含んでいるが,消費が伸びていない金などに対して,レアメタルはたった10年で2倍近く,さらには3倍をこえる伸びを示しているものもあることがわかる。

レアメタルがマイナーでこれまで注目されなかったもう一つの理由は,扱っている量が少ないことである。今や多様な電子機器の中にレアメタルが使用されているが,1台あたりに使われている量はそれぞれせいぜい数十mgにも満たないものが多い。しかし,この少量のレアメタルがないと,光学材料,電子・磁性材料,構造材料などで目的とする性能を,製品は発揮できなくなってしまう。人体の栄

光ケーブル 工具

プラスチック添加剤

液晶ディスプレイ

Liリチウム

Mgマグネシウム

Alアルミニウム

Siケイ素

Pリン

Tiチタン

Vバナジウム

Crクロム

Mnマンガン

Fe鉄Coコバルト

Niニッケル

Cu銅Zn亜鉛

Geゲルマニウム

Asヒ素

Seセレン

Yイットリウム

Zrジルコニウム

Nbニオブ

Moモリブデン

Ag銀Inインジウム

Sbアンチモン

レアアース(希土類)

Wタングステン

Reレニウム

Pt白金

Au金Pb鉛Biビスマス

自動車等軽量素材高温材料

エネルギー転換

自動車等電池軽量素材 電子機器

高温材料

半導体 その他磁石

100

200

300

400(%)

図1 各種金属のおもな用途と消費量の伸び(2000〜2010年)太字はレアメタルをさす

(出所)米国鉱山局等のデータをもとに筆者作成

現代世界地 図 み るに

4 地理・地図資料  2017年度 2学期②号 5地理・地図資料  2017年度 2学期②号

4 レアメタルはどこにあるか

レアメタルに限らず鉱物資源には偏在がつきものである。図3をみると,南アフリカ共和国の白金族,ブラジルのNb(ニオブ),中国のW(タングステン)などの偏在が顕著であることがわかる。また金属ではないがモロッコのP(リン),トルコのB

(ホウ素),日本のI(ヨウ素)などは普遍的に存在しつつも良質の資源は偏って存在している元素である。なおカナダやアメリカ合衆国には特定元素に対してその30%をこえるような埋蔵量はないため図では空白だが,各種の鉱物資源が存在している。

5 レアメタルはかつて  日本にもあった

図3で日本にヨウ素の埋蔵量が多いのに驚く人もあると思われるが,現在ヨウ素はチリが世界の2/3,日本が1/3を生産している。これは太平洋プレートが大陸プレートに沈み込む際にヨウ素が陸水にとりこまれ,かん水として濃縮されたものである。日本はこのようなプレートのぶつかり合いの場であるとともに,火山国でもありマグマからの成分が濃集しやすい立地でもある。

そのような立地ゆえに,かつて「黄金の国」とよばれ,17世紀初頭には石見銀山をはじめとする日本の銀山が世界の約1/3の銀を生産していたように,日本は資源大国であった。レアメタル類も実は第二次世界大戦後まで採掘していた。典型的なレアメタルであるIn(インジウム)の例では,北海道の豊羽鉱山で,1999年には世界の1/3が生産されていたが,2006年に採掘の限界に達して閉山している。日本は資源のない国ではない。資源はあったが,それ以上に消費が激しく,それを貪り食った国である。

6 レアメタル資源を求めて

そこで,まだ探索されていない領域に資源が残ってい

るのではないか,として注目されているのが海洋底である。とくにわが国は世界で6位の大きな排他的経済水域をもっており,その水域の中には海底火山やプレート境界も含まれている。このような海底資源として注目されているものは次のようなものであり,その概略的な位置を図4に示しておく。

海洋底は多様な可能性をもっており,探索を強める必要がある。しかし,海洋底からどのように取り出すのか,その際のきわめて大量の廃棄物はいかに処理するのかなど解決すべき課題は途方もなく大きい。またレアアース泥にしてもそれが重希土を高濃度に含んでいなければ ほとんど意味がない。

Fe:鉄

3.4十億t

1.4十億t 262百万t 261百万t 39百万t 6.8百万t 10百万t

Al:アルミニウム

30百万t

0.9千t

10.2千t 27千t 1.39千t 380t 1.4千t 1.3千t 3.1千t 655t

32千t 62.4千t227千t 123千t273千t 64千t 35千t 86千t

200年静的耐用年数

100年

50年20年

300千t

19.4百万t 16百万t 12百万t 2.3百万t 4.8百万t

2千t

Cr:クロム

Zr:ジルコニウム

Bi:ビスマス

Ag:銀

Se:セレンPGM:白金族 Hg:水銀

Ta:タンタルAu:金

In:インジウムDy:ジスプロシウム

I:ヨウ素 V:バナジウム

Mo:モリブデンCo:コバルト

Sn:スズ Nb:ニオブ

Li:リチウム

W:タングステン

REE:レアアース(希土類)

Cu:銅Mn:マンガン

Zn:亜鉛 Ni:ニッケル Pb:鉛

P:リン K:カリウム Mg:マグネシウムTi:チタン

底面積=年間消費量

220百万t 88百万t

44千t

38百万t 13百万t

6.1百万t14百万t

22百万t

570千t67千t 5.7千t

2.8千t

8百万t

82十億t

29十億t 68十億t 4.3十億t 1.3十億t

500百万t 720百万t

体積=埋蔵量

690百万t 78百万t

15百万t 7百万t 4.3百万t 3.1百万t

370千t 82千t 45千t 105千t

TaNbPb

Co

タンタル

100% 25%

ニオブレニウム

Ta:タンタル

Fe:鉄Zn:亜鉛

Ag:銀

Cu:銅

I:ヨウ素

Al:アルミニウム

Au:金

Ni:ニッケル

Re

Liリチウム

Mn:マンガンCr:クロム

コバルト

Cr

Mo

クロム

ビスマス

モリブデンレアアース バナジウム

タングステン

Li:リチウム

Pb:鉛

V:バナジウム

ホウ素

白金族

PB Bi

Mn:マンガン Mg:マグネシウム

Mg:マグネシウム

Al:アルミニウム

リン

Sb:アンチモン

Sb:アンチモン

ヨウ素IWV

各国の埋蔵量の世界全体の埋蔵量に対する割合

図2 元素の資源の現有埋蔵量と年間消費量(出所)米国鉱山局等のデータをもとに筆者作成

PGM:白金族とは,ルテニウム,ロジウム,パラジウム,オスミウム,イリジウム,白金の総称。

図3 埋蔵量が偏在している資源とその国(出所)米国鉱山局等のデータをもとに筆者作成

4 地理・地図資料  2017年度 2学期②号 5地理・地図資料  2017年度 2学期②号

7 都市鉱山こそ日本型のレアメタル資源

金属資源は,エネルギーや食料,水といったほかの資源とは異なり,消費しても物質は残るという特徴がある。先ほど,「日本は資源消費が激しくそれを貪り食った」と書いたが,その「貪り食った」あとはどうなったのか,国内資源だけでは足りずに世界中から集めて使った資源はそのあとどうなったのか。ここに日本が世界に発する新たな有用資源,すなわち

「都市鉱山」がある。「都市鉱山」とは,「天然鉱山」が

地球環境圏の中にある資源を採掘するのに対して,いったん人間経済圏の中に入った物質を資源として生かすことをさす。メディアなどでは個人の使用済み電子機器だけを都市鉱山として扱う傾向が強い。確かに個

人の使用済み機器も都市鉱山の一つの要素ではあるが,産業で使用したものや,製造の段階で発生したスクラップなども都市鉱山の対象であり,むしろこれらのほうが資源の量としては魅力的である。

とはいえ,個人として触れかつ処分できるものは,個人消費を通じて所有した財に限られるので,一人ひとりにとってのレアメタルの都市鉱山の対象は,使用済み電子機器と理解しておいてさしつかえない。その使用済み電子機器に年間でどのくらいの有用金属が含まれているかの試算を図示したものが図5である。この図は金属の量を2012年の金額ベースで表しており,その桁に広がりがあるので,桁の異なるブロックで分けてある。一番上の「計」と「金」が年間10億円のブロックなので,「計」は320億円,「金」は240億円,次のブロックの「銀」は28億円と読む。Pdはパラジウムで銀などとともにコンデンサーの内部配線や接合に用いられ,Ta(タンタル)を使用すると長持ちするコンデンサーとなる。In(インジウム)は携帯電話機やパソコンの液晶,Nd(ネオジム)やDy

(ジスプロシウム)は携帯電話機のバイブレータのモータ,その振動を与えるおもりがW(タングステン)である。

また,この図5はこれらのレアメタル類が多様な電子機器に用いられていることを示している。その中でもオーディオ機器と携帯電話機の占める位置は大きい。これは高品位の音質や情報を保証するために,電気的な接合の部分に化学的に最も安定した物質である金を多用するためである。また,ソフトウエア寿命の短いゲーム機関係にも多くのレアメタル類が使用されている。電子レンジなどにもマイクロ波発生回路だけでなくAIメニューなどと称する小さなコンピュータがついていて,そこには多種のレアメタル類が使われている。そしてACアダ

10億円

1億円

1000万円1000万円

100万円

オーディオ機器

携帯電話機

DVDプレーヤー

ゲーム機(大・中)

デジタルカメラ

電子レンジ

ビデオカメラ

ゲーム機(小)

カーオーディオ

電気掃除機

CD・MDプレイヤー

ヘアードライヤー

カーナビ

計0 5 10 15 20 25 30 35

Au:金Ag:銀Cu:銅Pd:パラジウムTa:タンタルPt:白金In:インジウムSb:アンチモンZn:亜鉛Pb:鉛Nd:ネオジムW:タングステンMn:マンガンCo:コバルトLa:ランタンBi:ビスマスDy:ジスプロシウム

太  平  洋

インド洋

インド

ロシア

タイ

中国

アメリカ合衆国

カナダ

ベトナム

インドネシア

日本の排他的経済水域コバルト・リッチ・クラスト熱水鉱床レアアース高含有泥マンガン団塊

図4 日本周辺の海底資源(出所)JOGMEC NEWS vol.28(2012)等をもとに筆者作成

■コバルト・リッチ・クラスト:クラスト(crust)とはピザやパンの皮のこと。水深1000m程度の海山の斜面を5〜20cmの厚さでおおう。コバルトが1%弱含まれ,白金やレアアースの存在も報告されている。■熱水鉱床:地下から上昇してきた熱水に金,銀,銅などの元素が抽出されて形成された鉱脈。  ■レアアース高含有泥:深海には深海泥とよばれる微粒子の泥が存在しており,その深海泥の中に総量として2000ppmをこえるレアアースがあることが近年報告された。■マンガン団塊(ノジュール):微化石などをコアに水酸化鉄や水酸化マンガンが海底で凝集した5〜20cmの塊でマンガン(20〜30%)でニッケル(1%程度),銅(1%程度),コバルト(0.2%程度)なども含む。

図5 使用済み電子機器に含まれる有用金属の量(金額ベース)(出所)中央環境審議会廃棄物・リサイクル部会 小型電気電子機器リサイクル制度

及び使用済製品中の有用金属の再生利用に関する小委員会(第5回)2011.8.22をもとに2012年の金属価格より筆者作成

6 地理・地図資料  2017年度 2学期②号 7地理・地図資料  2017年度 2学期②号

プターにも銅がコイルとして大量に使われている。このように,使用済み電子機器は資源の宝庫なのである。

8 都市鉱山の可能性は資源国の埋蔵量にも迫る

とはいえ,使用済み機器一つ一つに含まれる都市鉱山資源の量はわずかで,これを全国規模で集めることが必要になる。都市鉱山を集めるとどのくらいになるかを資源国の埋蔵量との比較で示したものが図6である。なお,この都市鉱山蓄積は個人用電子機器だけでなく産業から発生するスクラップも含んでおり,さらにはいずれ都市鉱山になる現在使用中のものも加えた蓄積量である。驚くべきことに,この都市鉱山の可能性を示す量は,世界の資源国の埋蔵量にも肩を並べる。これまでの国内の採掘総量よりもはるかに多い量でもある。日本は資源を海外から集めて製造した製品を海外に売る,いわゆる加工貿易の国といわれてきたが,実は韓国やシンガポールと異なり,幅広い内需に支えられていたという経済構造の結果である。つくったものの半分は国内にたまっていたのである。他国が注目すべき資源の対象となっているのである。

ただこの図を見て単純に「日本は資源国だ」と喜んではいけない。埋蔵量というものは現在の技術と価格で採掘して経済的には成り立つがまだ掘っていない量であり,蓄積量はあるというだけで,コストも技術もまったく念頭においていない量である。では,埋蔵量に匹敵する,コストと技術で成り立つ量はというと,残念ながらこのグラフで棒として見えるまでには届かない量である。とはいえ,2015年の段階で金,銀,銅に関してはそれぞれ32t(国内全生産量の28%),800t(42%),25万t(17%)がリサイクル原料から生産されている。都市鉱山の資源化は着実に進んでおり,その技術的ポテンシャルはきわめて高い。すなわち,回収,解体,分離などのリサイクルシステムをいかに社会の中に実装していくかが,蓄積量を埋蔵量に変えて,現実に経済的にも成り立つ資源としていくうえでの課題となっているのである。

9 東京 2020 の都市鉱山メダル

リサイクルシステムの社会実装という点では,実は日本は世界でも先頭に立っている。2000年に循環型社会形成推進基本法が定められ,自動車や大型家電,容器・包装など生活のほとんどの分野をリサイクルがおおっている。ごみを分別して出すということが今や必須事項になっている。そのような動きとあいまって,先述の金,銀,銅の高いリサイクル率もある。このようなリサイクル先進国で開くオリンピックだからこそ,そのメダルはリサイクル原料で,という市民の声で実現したのが「都市鉱山メダル」である。

なお,この「都市鉱山メダル」の採用が組織委員会で決まった2016年11月に,IOCのバッハ会長も「持続可能社会へ向けた取り組みとして高く評価できる」とのメッセージを寄せている。これは,単に資源問題に限らず,発展途上国における資源採掘時の環境破壊の問題や,アフリカや東南アジアで起きているE-wasteとよばれる大量の電子廃棄物の環境汚染の問題に対しても,リサイクルが有効な手段であるという視点である。

日本はリサイクル先進国であると先に書いたが,レアメタル類を含む都市鉱山の対象となる小型家電リサイクル法は各種リサイクル法の中でも最も遅れて2013年からスタートしており,まだ未熟な段階である。この小型家電リサイクルが都市鉱山メダルを支える。オリンピックへの参加という点では,みんなが個々に有しているものをリサイクルに出すだけでメダル作成の一翼を担えるということであり,レアメタル等の都市鉱山の開発という視点では,小型家電リサイクルを一気に根づかせて,単に「蓄積量」だった都市鉱山を「埋蔵量」にしていくチャンスでもある。

東京2020の都市鉱山メダルにみんなが参加することを機に,国内に眠るレアメタル等の都市鉱山資源開発を一気に本格化させたいものだ。古紙を仕分けて出すように,小型家電を仕分けていつでもリサイクルに出せるようにみんなが準備するようになれば,レアメタルの都市鉱山は目の前にある。

図6 日本の都市鉱山の資源蓄積量と主要資源国の埋蔵量(2016年)(出所)都市鉱山蓄積は筆者算定,埋蔵量は米国鉱山局

Au:金 Cu:銅Ag:銀109876543210

140

120

100

80

60

40

20

0都市鉱山蓄積

都市鉱山蓄積

オーストラリア

オーストラリア

チリ

ロシア

ロシア

南アフリカ共和国

インドネシア

アメリカ合衆国

アメリカ合衆国

ブラジル

カナダ

ペルー

中国

ペルー

メキシコ

中国

コンゴ民主共和国

ザンビア

都市鉱山蓄積

オーストラリア

ペルー

メキシコ

アメリカ合衆国

中国

ポーランド

チリ

ボリビア

ロシア

(千t) (百万t)(千t)

250

200

150

100

50

0

6 地理・地図資料  2017年度 2学期②号 7地理・地図資料  2017年度 2学期②号