ベンチャー投資契約の概要と 実務上の留意点2020/05/27 · 4...
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ベンチャー投資契約の概要と実務上の留意点
2020年4月8日
弁護士 小澤 拓
1.ベンチャー投資の特殊性 ……………………………………………………………… 03頁
⑴ ベンチャー投資の手法・条件が通常のM&A等と異なる背景・事情
⑵ 交渉の進め方(シリーズ、リードインベスター、タームシートの位置付け)
⑶ 投資の条件(種類株式の内容、投資契約、株主間契約、分配合意書)
⑷ ベンチャー投資にて使用される用語
2.投資の条件 ……………………………………………………………………………… 23頁
⑴ 種類株式を用いる意義
⑵ 優先分配・優先配当条項
⑶ 転換請求権・希薄化防止条項
⑷ 強制転換条項
⑸ みなし清算条項
⑹ その他の条項
3.投資後の経営等の条件 ………………………………………………………………… 41頁
⑴ 役員・オブザーバーの指名権
⑵ 事前承諾権(拒否権)
⑶ 情報開示請求権
⑷ 優先引受権
⑸ 先買権、タグアロング権、ドラッグアロング権
⑹ みなし清算条項
4.ベンチャー投資を実際に行うにあたっての留意点 ………………………………… 59頁
2
目次
1.ベンチャー投資の特殊性
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① 一般的なM&A(買収、資本提携、合弁)
ベンチャー投資の手法・条件が通常のM&A等と異なる背景・事情⑴
買収
会社が、買収対象である他の会社の株式の全て又は多数を買い取る
資本提携
会社が、提携先会社の増資の引受け等によって株主となる
合弁(ジョイントベンチャー)
会社が、他の会社と共同で出資して合弁会社を設立する
→ 基本的に当事者は1対1、株式の移動を伴う取引も1回切りで終わるの
が通常であるため、資本関係もさほど複雑にはならない
4
② ベンチャー投資
当事者が多い
ベンチャー企業の1回の増資でも、複数の投資家が引き受けることが通常
増資が複数回行われる
ベンチャー企業の成長ステージに応じて、増資が複数回行われる
→ ベンチャー企業と投資家との間だけではなく、①特定回の増資に参加した
投資家の間、②別々の回の増資に参加した投資家の間で利害調整が
必要
では、なぜ当事者が多くなってしまうのか?また、増資を複数回行う必要があ
るのか?
5
③ ベンチャー投資の特色
① ベンチャー企業の視点
→ ベンチャー企業からすると、創業者の支配権を維持しつつ、できるだ
け多く、成長資金を調達したい
② 投資家側の視点
→ 投資家側からすると、リスクを回避しつつ、ベンチャー企業が成長して
上場・M&Aが起きたときのアップサイドも取りたい
6
③ ベンチャー投資の特色
→ このような事情の結果、
普通株式ではなく、優先的な権利を設定した種類株式を用いる
ベンチャーの視点:普通株式よりも価値が高い種類株式であれば、少ない株式
の発行で済み、創業者の支配権が維持できる
投資家の視点 :投資家の権利が守られている種類株式の方がリスクが軽減
ベンチャー企業の成長ステージに合わせて、段階的に資金調達を行う
ベンチャーの視点:設立当初に、低い価値で大量の株式を発行して支配権を取
られるよりも、成長ステージに応じて価値の上がった株式を発
行して資金調達すれば少ない株式の発行で済む
投資家の視点 :実際に成長を確認して投資した方がリスクが限定できる
7
③ ベンチャー投資の特色
1回の資金調達でも複数の投資家が参加する
ベンチャーの視点:特定の投資家ばかりから資金調達してしまうと、支配権を持
たれてしまうため、株主を分散しておきたい
投資家の視点 :投資リスクを限定するために、投資する金額も限定されるた
め、ベンチャー企業が求める資金調達額は自社だけでは賄い
切れない
8
① シリーズ
交渉の進め方(シリーズ、リードインベスター、タームシートの位置付け)⑵
「シリーズ」とは
ベンチャー企業の成長ステージに応じた資金調達の回(投資ラウンド)
「ラウンド」という言葉を使うことも
例) シリーズA、シリーズB、シリーズC
最初のシリーズ
事業開始の初期であるため、創業者の知り合い、エンジェル投資家、初期段階で投
資するベンチャーキャピタルが普通株式で出資することが多い
Cf. 「エンジェル投資家」とは、創業直後のベンチャー企業に出資する個人
2回目以降のシリーズ
ベンチャーキャピタルや事業会社が優先株式で出資する
優先株式の発行の順番に応じて、A種優先株式、B種優先株式、C種優先株式と
いう名前が付けられることが多い9
② リードインベスター
リードインベスターの意義
各シリーズの出資について複数の投資家が出資するものの、ベンチャー企業が各
投資家と個別に交渉すると煩雑
当該シリーズの投資家と過去のシリーズの投資家との間の調整も必要
投資の細かい条件を投資家毎に別々の契約に定めると管理の負担も
→ 特定の投資家が、そのシリーズについて、ベンチャー企業との出資条件の交渉そ
の他出資の取りまとめを行う
このような「特定の投資家」をリードインベスターといい、通常は、そのシリーズで最
大の金額を出資することが多い
タームシートの意義
種類株式、投資契約、株主間契約及び分配合意書の内容は複雑
これらに利害関係を有する当事者が多い(当該シリーズの投資家やベンチャー企
業のほかにも、過去シリーズの投資家も利害関係がある)
→ まずは、これらの基本的な条件を列挙したタームシートで交渉し、条件をまとめた
上で、契約書を作成する
10
③ 交渉のステップ
一般的には、以下のとおり、交渉が進むことが多い
1. リードインベスターが優先株式の内容・投資の条件等をタームシートで交渉
「タームシート」とは、優先株式の内容・投資の条件等を簡単にまとめた書類
条件交渉による契約書の修正の事務負担や作成費用を避けるため、初めにタームシートで
合意した上で、契約書を作成し、細部を詰めていく。
2. リードインベスターとベンチャー企業がタームシートに合意
3. タームシートを同一シリーズの他の投資家に展開
4. 契約書等のドキュメンテーション
5. ベンチャー企業とリードインベスターが契約書等の交渉
6. 契約書等を同一シリーズの他の投資家に展開
7. 契約書等の署名
8. 投資(増資引受け)の実行
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① 種類株式
投資の条件(種類株式の内容、投資契約、株主間契約、分配合意書)⑶
種類株式の内容とは
ベンチャー企業の定款に、種類株式の内容として定めること
ベンチャー企業の登記事項にもなり、公表される
種類株式の主な内容
優先配当、残余財産の優先分配、転換請求権・希釈化防止条項、みなし清算
条項等
12
① 種類株式
「種類株式の内容」と「契約・合意書」との違い
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項目 種類株式の内容 契約・合意書
規定できる事項 「種類株式の内容」は定款であるため、記載できるのは会社法上認められていることのみ
民法上無効にならない限り、当事者の合意により任意に規定できる
設定・変更の手続 株主総会の決議等の会社法上の厳格な手続
当事者との合意
効力 「種類株式の内容」は定款であるため、定款違反として取消事由等となり得る
基本的には、ベンチャー企業と投資家との合意なので、違反しても損害賠償等ができるのみ
② 投資契約
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投資契約とは
投資家が株式を取得する際の投資実行条件を中心に定めた契約
投資契約の当事者
投資家、ベンチャー企業、創業者
創業者を当事者とするのは、ベンチャー企業は資産も資金もないケースが多い
ため、契約の義務履行を創業者に担保させる趣旨
② 投資契約
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投資契約の主な内容
①投資に係る発行概要
発行する種類株式の内容、数、 発行価格、払込期日
種類株式の内容を契約に定め、払込の前提条件として、種類株式を追加する旨の定款変更を
求める
②調達した資金使途
③投資家による払込の前提条件
④表明保証
⑤契約違反の場合の取扱い(損害賠償、株式の買取義務)
※ この他にも、事前承認事項、取締役の指名権等の会社経営に関する事項、財務
諸表等の情報開示に関する事項等が定められることも
③ 株主間契約
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株主間契約とは
投資後の投資家、ベンチャー企業及び創業者との取決め・ルールを定めた契約
株主間契約の当事者
主要な投資家、ベンチャー企業、創業者
創業者を当事者とするのは、投資契約と同様に、契約の義務履行を創業者
に担保させる趣旨
③ 株主間契約
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株主間契約の主な内容
①会社経営に関する事項
取締役・オブザーバーの指名権、事前承認事項等
②情報開示に関する事項、
財務諸表等の提供、重大な事項の報告等
③投資家の Exit に関する事項
投資家の保有する株式の売却に関する事項、上場の目標に関する事項
※ これらの内容が、投資契約に定められることもあるものの、複数の投資家・複数のシ
リーズでこれらの事項が別々に定められると、相互に矛盾する可能性があり、また、
ベンチャー企業に過度に事務負担を課すことにもなる
→ 最近では、主要な投資家を含めた共通ルールとして株主間契約で定めるのが一般
的
④ 分配合意書
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分配合意書とは
ベンチャー企業に対するM&A による Exit に関する内容の取り決め
分配合意書の当事者
株主全員、ベンチャー企業
④ 分配合意書
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分配合意書の主な内容
①みなし清算条項
M&Aの対価に関する株主間での分配ルール
②ドラッグ・アロング権
多数の投資家が特定のM&Aに賛成する等の所定の場合に、他の株主もその
M&Aに応じるべき義務を負わせる規定
※ みなし清算条項は、定款に定められることもあるものの、定款としての有効性に
疑義があるため、全株主の合意として定める例が多い
⑤ 各契約書等の関係のイメージ
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投 資 実 行 前 投 資 実 行 後
投資の手段
投資の回収
投資家としてのモニタリングリスクコントロール投資の回収
種類株式
投資契約
分配合意書
株主間契約
ベンチャー投資にて使用される用語⑷
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No 用語 意味
1 シリーズ/ラウンド ベンチャー企業の成長ステージに応じた資金調達の回
2 リードインベスター特定の投資シリーズについて、ベンチャー企業との出資条件の交渉その他出資の取りまとめを行う投資家
3 タームシート 優先株式の内容・投資の条件等を簡単にまとめた書類
4プレマネー(バリュエーション)
資金調達前の企業価値
5ポストマネー(バリュエーション)
資金調達前の企業価値
6 転換社債/CB(Convertible Bond)
新株予約権付社債であり、CBを保有する投資家は、債権として保全を効かせた上で、新株予約権の行使によりアップサイドを得ることもできる
7Convertible Equity/CE
シリーズAの発行価格よりも安くA種株式に転換できる新株予約権 株式価値の過大評価を防止し、株式価値の評価手続・交渉を省くために、シリーズA前の資金調達で使われる手法
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No用語 意味
8 ダウンラウンド後続ラウンドの投資家が当該ラウンドの1株当たり払込金額を下回る金額により株式を引き受けること
9 フルラチェットダウンラウンドが生じた場合に、ダウンラウンドの1株当たり払込金額を転換価格とする方法(33頁をご参照)
10ナローベース加重平均方式
ダウンラウンドが生じた場合に、ダウンラウンドの1株当たり払込金額を、転換価格の調整式(発行済株式のみを基礎として加重平均を行う算定式)に代入した上で算出した金額を転換価格とする方法(34頁をご参照)
11ブロードーベース加重平均方式
ダウンラウンドが生じた場合に、ダウンラウンドの1株当たり払込金額を、転換価格の調整式(発行済株式の他にも、潜在株式を基礎として加重平均を行う算定式)に代入した上で算出した金額を転換価格とする方法(34頁をご参照)
2.投資の条件(種類株式の内容・投資契約)
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種類株式を用いる意義⑴
種類株式を用いる意義
ベンチャー企業の視点:
創業者の支配権を維持しつつ大規模な資金調達を行うため
普通株式よりも有利な内容の種類株式であれば、1株につき普通株式よりも高く
投資家に発行でき、創業者の支配権を維持しつつ、より多額の資金調達ができ
る
投資家の視点:
株式の価値を守り、リスクを軽減させるため
種類株式の経済的価値を極力確保する仕組み、ベンチャー企業のガバナンスを
グリップ・モニターできる仕組みを種類株式等に組み込むことでリスクを軽減できる
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種類株式を用いる副次的な意義
ストックオプションの発行
税制適格SOの行使価額(SOの行使のために払込む金額)は、割当時の普
通株式の1株当たり時価以上
従業員に対し、行使価額が安いSOを発行すれば、インセンティブになる
→ 会社の成長とともに株式価値は増加するため、株式の発行価額も上がる
→ 普通株式を発行してしまうと、SOの対象となる普通株式の時価も増加する
一方、種類株式を発行しても、 SOの対象となる普通株式の時価には影響しない
(経済産業省HP http://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/stock_option/index.html)
Cf. 「税制適格ストックオプション」とは、ストックオプションの行使時点では課税がなく、ストックオプションの行使に
よって取得した株式の売却時まで課税が繰延べられるストックオプション
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種類株式の内容として定められるもの
①種類株式の経済的価値を極力確保する仕組み
種類株式の内容として、優先配当、残余財産の優先分配、転換請求権・希釈化防
止条項、みなし清算条項等を定める
②ベンチャー企業のガバナンスをグリップ・モニターできる仕組み
種類株式の内容として、拒否権、取締役・監査役の選任権を定めることができるもの
の、株主間契約にこれらの同様の内容を、取締役の指名権、投資家の事前承諾権と
して定めることが通常
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優先分配・優先配当条項⑵
優先分配
会社が清算する際に、普通株主に優先して分配を受けられるもの
優先分配額は、1株当たり払込金額とすることが一般的(払込金額×1.2等と
することも)
【規定例】
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① 発行会社は、残余財産を分配するときは、A種優先株主等に対し、普通株主等に先立ち、A種優先株式1株につき金10,000円(以下「A種優先分配額」という。)を支払う。
② ①による分配の後なお残余財産がある場合には、当該残余財産を普通株主等及びA種優先株主等に対して分配する。この場合、発行会社は、A種優先株主等に対しては、①の分配額に加え、A種優先株式1株につき、普通株主等に対して普通株式1株につき分配する残余財産と同額の残余財産を分配する。
① 優先分配
参加型・非参加型の違い
参加型 :優先分配を受けた後にも、追加で分配を受けられるもの
単純参加型:優先分配に劣後する他の種類株主に対する一定額の分配後に、追
加の分配を受けられるもの
即時参加型:優先分配に劣後する他の種類株主と同順位で追加の分配を受けら
れるもの
非参加型 :優先分配以外には、分配を受けられないもの
上記規定例は即時参加型※ 複数の優先株式が存在する場合、ベンチャー企業側、既存の投資家の交渉力等によって、例えば、A種、B種、
C種に平等に優先分配を行った後、普通株との関係で即時参加型とする例や、C種、B種、A種の順に所定額
の優先分配を行った後、普通株との関係で即時参加型とする例もある。
優先分配の内容はみなし清算条項にも適用される
→ M&Aの対価も同じルールで分配される
そのため、ベンチャー投資では参加型が採用されるのが通常
非参加型では、定額しか回収できず、投資のアップサイドが得にくいため
(但し、優先株式を普通株式に転換することによって投資のアップサイドを得ることは可能)28
① 優先分配
優先配当
会社が配当する際に、普通株主に優先して配当を受けられるもの
ただし、会社は配当をする義務を負うわけではない
【規定例】
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① 発行会社は、剰余金の配当をするときは、A種優先株主等に対し、普通株主等に先立ち、A種優先株式1株につき金500円(以下「A種優先配当額」という。)を支払う。
② 発行会社は、A種優先株主等に対して、①のA種優先配当額のほか、普通株主等に対して行う剰余金の配当と同額の剰余金配当を行う。
② 優先配当
参加型・非参加型の違い
参加型:優先配当を受けた後にも、追加で配当を受けられるもの
単純参加型:優先配当に劣後する他の種類株主に対する一定額の配当後に、追
加の配当を受けられるもの
即時参加型:優先配当に劣後する他の種類株主と同順位で追加の配当を受けら
れるもの
非参加型 :優先配当以外には、配当を受けられないもの
上記規定例は即時参加型※ 複数の優先株式が存在する場合については、優先分配と同様に、ベンチャー企業側、既存の投資家の交渉力
等によって様々な設計がなされる
累積型・非累積型の違い
累積型:ある事業年度の配当が所定の配当額に満たない場合、翌期に累積
して、優先的に配当が得られるもの
非累積型:累積型でないもの
ベンチャー投資では非累積が一般的30
② 優先配当
転換請求権・希釈化防止条項⑶
転換請求権(普通株式を対価とする取得請求権)
優先株式を普通株式に転換することを会社に対して求める権利
より正確には、会社に対して、優先株式を取得するのと引換えに、普通株式の交付を求め
る権利
通常、優先株式1株の取得に対して交付されるのは普通株式1株
希釈化防止条項
後続ラウンドの投資家が当該優先株式の1株当たり払込金額を下回る金額により株式を
引き受ける場合(いわゆるダウンラウンド)、転換(取得)比率を増加させることにより、当
該優先株式の株式価値の希釈化(価値の低下)を防止する条項
優先株式の普通株式との転換(取得)比率は1:1として設計するのが通常だが、ダウンラ
ウンドの場合、優先株式の転換により得られる普通株式の1株当たり価値は低下することに
→ 転換後の普通株式の価値が低下するのなら、転換(取得)比率を上げることによって
自分の保有する優先株式の価値の低下(希釈化)を抑える
フルラチェット、加重平均(ナローベース、ブロードベース)等の希釈化防止の程度は様々
一定比率(10~15%)のストックオプションは、希釈化防止条項の適用を除外するのが通
常31
【転換請求権の規定例】
32
A種優先株主は、A種優先株主となった時点以降いつでも、保有するA種優先株式の全部又は一部につき、発行会社がA種優先株式を取得するのと引換えに普通株式を交付することを発行会社に請求することができる権利(以下「取得請求権」という。)を有する。その条件は以下のとおりとする。
① A種優先株式の取得と引換えに交付する普通株式数
A種優先株式1株の取得と引換えに交付する発行会社の普通株式の株式数(以下「A種取得比率」という。)は次のとおりとする。かかる取得請求権の行使により各A種優先株主に対して交付される普通株式の数につき1株未満の端数が発生した場合はこれを切り捨て、会社法第167条第3項に基づき金銭による調整を行う。
A種優先株式の基準価額A種取得比率 = ────────────────────
取得価額
② 上記①のA種優先株式の当初の基準価額及び取得価額は10,000円とする。
【希釈化防止条項の規定例 I (フルラチェット)】
33
前項に定めるA種優先株式の取得価額は、以下の定めにより調整される。
① 株式等の発行又は処分に伴う調整
A種優先株式発行後、下記(a)、(b)又は(c)に掲げる事由により発行会社の普通株式数に変更を生じる場合又は変更を生じる可能性がある場合は、下記(a)、(b)又は(c)に定める金額を取得価額とする。
(a)調整前の取得価額を下回る払込金額をもって普通株式を発行又は発行会社が保有する普通株式を処分する場合
:払込金額
(b)取得請求権付株式又は取得条項付株式であって、その取得と引換えに調整前の取得価額を下回る価額をもって発行会社の普通株式を交付する定めがあるものを発行又は処分する場合
:払込金額
(c)行使することにより又は発行会社に取得されることにより、普通株式1株当たりの㋐新株予約権の払込金額と㋑新株予約権の行使に際して出資される財産の合計額が調整前取得価額を下回る価額をもって普通株式の交付を受けることができる新株予約権を発行する場合
:㋐新株予約権の払込金額と㋑新株予約権の行使に際して出資される財産の合計額
② 株式分割・併合その他の調整(省略)
【希釈化防止条項の規定例 I (加重平均・ナローベース)】
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※ 加重平均・ブロードベースでは、取得価額調整式が、全ての潜在株式を普通株式に転換・行使されたと仮定した上で算定が行われる
前項に定めるA種優先株式の取得価額は、以下の定めにより調整される。
① 株式等の発行又は処分に伴う調整
A種優先株式発行後、下記(a)、(b)又は(c)に掲げる事由により発行会社の普通株式数に変更を生じる場合又は変更を生じる可能性がある場合は、下記(a)、(b)又は(c)に定める金額を取得価額とする。
(a)調整前の取得価額を下回る払込金額をもって普通株式を発行又は発行会社が保有する普通株式を処分する場合、次の算式(以下「取得価額調整式」という。)により取得価額を調整する。[なお、①取得価額調整式における「発行済普通株式数」は、調整後の取得価額を適用する日の前日における、(i)発行済普通株式数と、(ii)発行済の優先株式の全てにつき取得原因が当該日において発生したとみなしたときに交付される普通株式数との合計数を、②「保有する自己普通株式数」は、調整後の取得価額を適用する日の前日における、(i)保有する普通株式数と、(ii)保有する優先株式の全てにつき取得原因が当該日において発生したとみなしたときに交付される普通株式数との合計数を、それぞれ意味するものとする。]
調整後取得価額
=調整前取得価額 ×
(b)取得請求権付株式又は取得条項付株式であって、その取得と引換えに、調整前の取得価額を下回る取得価額をもって発行会社の普通株式を交付する定めがあるものを発行又は処分する場合、発行又は処分される株式の全てが当初の条件で取得され普通株式が交付されたものとみなし、かかる価額を取得価額調整式において「1株当たり払込金額」としてかかる取得価額を使用して計算される額を、調整後取得価額とする。
(c)行使することにより又は発行会社に取得されることにより、普通株式1株当たりの㋐新株予約権の払込金額と㋑新株予約権の行使に際して出資される財産の合計額が調整前取得価額を下回る価額をもって普通株式の交付を受けることができる新株予約権を発行する場合、発行される新株予約権全てが当初の条件で行使され又は取得されて普通株式が交付されたものとみなし、取得価額調整式において、普通株式1株当たりの㋐新株予約権の払込金額と㋑新株予約権の行使に際して出資される財産の合計額を「1株当たり払込金額」として使用して計算される額を、調整後取得価額とする。
② 株式分割・併合その他の調整(省略)
(発行済普通株式数-保有する自己普通株式の数)+
新たに発行する普通株式の数×1株当たり払込金額
調整前取得価額
(発行済普通株式数-保有する自己普通株式の数+新たに発行する普通株式の数
【転換(取得)比率の調整の例】
普通株式100株、A種優先株式(取得価額:1,000円)、ストックオプション100個(目的となる株式:普通株式100株)を発行している会社が、新たに、1株当たり払込金額500円でB種優先株式(取得価額:500円、普通株式への転換比率が1:1)を100株発行した場合
フルラチェットの場合
取得価額は500円、A種の転換(取得)比率は2(1,000円÷500円)となる
加重平均・ナローベースの場合(A種優先株式を考慮しないタイプのナローベース)
取得価額は750円、A種の転換(取得)比率は1.33(1,000円÷750円)となる
加重平均・ナローベースの場合(A種優先株式を考慮するタイプのナローベース)
取得価額は833円、A種の転換(取得)比率は1.2(1,000円÷833円)となる
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【転換(取得)比率の調整の例】
加重平均・ナローベースの場合(潜在普通株式が全て普通株式となったと仮定して計算)
362020/4/9
強制転換条項⑷
会社側の意思で、株主の保有する優先株式を普通株式に強制的に転換するこ
とができる旨の条項
会社は、上場申請を行う際にのみ、転換できると定めることが一般的
転換比率は転換請求権と同じ(希釈化防止条項の適用を受ける)
【規定例】
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発行会社は、A種優先株式の発行以降、発行会社が株式上場の申請を行うことが取締役会で可決され、かつ株式上場に関する主幹事の金融商品取引業者から要請を受けた場合には、取締役会の定める日をもって、発行済のA種優先株式の全部を取得し、引換えにA種優先株主に発行会社の普通株式を交付することができる。かかる場合に交付すべき普通株式の内容、数その他の条件については、第●項(転換請求権)及び第●項(希釈化防止条項)の定めを準用する。
取締役会で上場申請を決議したにもかかわらず、上場承認が下りなかった場合
は?
→転換前と同じ状態に戻す旨の規定が株主間契約に定められることが多い
みなし条項⑸
会社にM&Aが生じた場合に、会社を清算したものとみなして株主に対してM&A
の対価の分配を行うことを内容とする定め
もっとも、定款の定めとしての有効性には疑義が払拭できない
→ そのため、株主全員が当事者となる分配合意書でもみなし清算条項が定め
られること(みなし清算条項を株主全員の約束事とすること)が多い
【規定例】
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① 発行会社が消滅会社となる吸収合併若しくは新設合併、又は発行会社が完全子会社となる株式交換若しくは株式移転(以下「合併等」と総称する。)をするときは、合併等に係る効力発生日において、普通株主等に先立ち、A種優先株主等に対し、A種優先株式1株あたり、A種優先分配額に相当する額の存続会社、新設会社又は完全親会社の株式及び金銭その他の財産(以下「割当株式等」という。)が割り当てられるものとする。
② ①による分配の後、割当株式等になお残余がある場合には、当該割当株式等は、普通株主等及びA種優先株主等に対して割り当てられる。この場合、A種優先株主等に対しては、①の分配額に加え、A種優先株式1株につき、普通株主等に対して普通株式1株につき割り当てられる割当株式等と同額の割当株式等を割り当てられる。
その他の条項⑹
このほか、種類株式の内容として、以下のものが定められ得るが、実務的には一
般的ではない
金銭を対価とする取得請求権(いわゆる償還請求権)
: ベンチャー企業からキャッシュアウトが生じてしまうため、ベンチャー投資では
通常使用されない
拒否権
: 特定の種類の種類株主総会の承認を得なければならない事項を定める
ものであるが、種類株主総会を都度開催する必要があるため、契約上の
事前承諾権に比べ、事務負担が大きいため、ベンチャー投資では通常使
用されない
取締役・監査役の選任権
: 特定の種類の種類株主総会にて、一定数の取締役・監査役を選任でき
る旨を定めるものであるが、株主総会とは別に種類株主総会を開催する
必要があるため、契約上の役員指名権に比べ、事務負担が大きいため、
ベンチャー投資では通常使用されない39
投資契約には、通常のM&Aと同様に、表明保証・前提条件を定めるほか、株
式の買取義務が定められることが通常
表明保証
:一般的な内容だが、発行会社だけでなく、創業者にも表明保証させるこ
とが通常
前提条件
:一般的な内容に加えて、会社の株主総会において①種類株式を追加す
る定款変更及び②種類株式の発行が決議されていることを前提条件と
して定める
株式の買取義務
:表明保証その他の契約条項に重大な違反があった場合は、会社及び創
業者が連帯して株式を買い取る義務を負う旨が定められることが多い
40
3.投資後の経営等の条件(株主間契約・分配合意書)
41
役員・オブザーバーの指名権⑴
役員の指名権
投資家が自らの役職員をベンチャー企業の取締役として就任させ、重要な意思
決定に関与させて、経営を一定程度コントロール・監視する
オブザーバー指名権
多くのVCでは、数多くの投資を行っているため、ベンチャー企業に取締役を派遣
することは負担が大きく、また、取締役となると株主全体のために慎重に意思決
定すべきことになり、派遣される本人の負担にもなる。ベンチャー企業側も、意思
決定の機動性がなくなることを嫌う。
→ 取締役会その他の重要な会議のオブザーバーとして参加できる権利をもつ
【交渉上の注意点】
出資比率が低いと、役員の指名権は取りづらい
そのような場合、オブザーバー指名権で対応することも多い
42
自社とベンチャー企業との提携、シナジーを期待する場合、どこまで権利を確保す
べきか?
自社とベンチャー企業の業種によっては、ベンチャー企業や他の投資家から、
ベンチャー企業の技術・ノウハウ流出に警戒されることも
→ 取締役会等で開示される情報が限定されてしまうことも
権利の強さは出資比率に比例する傾向があるため、出資比率が少数であれ
ば、まずは、オブザーバーとしてベンチャー企業の事業の可能性・シナジーを評
価する方法も
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【規定例】
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1 多数投資者(投資者がその時点で保有する発行会社の議決権の合計数の過半数を保有する単独又は複数の投資者をいう。以下同じ。)は発行会社の取締役を1名指名する権利を有する。投資者がかかる権利を行使する場合、発行会社、経営株主その他の投資者は多数投資者が指名した者が取締役として速やかに選任されるために必要なあらゆる措置をとる。但し、多数投資者は、発行会社の取締役を指名する義務を負わず、取締役の指名をしたこと又はしないことを理由としていかなる不利益も被らず、また発行会社又は経営株主に対しいかなる責任も負わない。
2 第1項に基づく指名の有無にかかわらず、各投資者が発行会社に請求したときは、発行会社は各投資者の指名する者1名を発行会社のオブザーバーとして扱うものとする。かかるオブザーバーは、発行会社の取締役会の招集通知を受ける権利を有し、取締役会に出席し、その意見を述べることができるが、議決権を有しない。
事前承諾権(拒否権)⑵
ベンチャー企業が、重要なコーポレートアクションを行う前に、投資家の承諾を求
める義務を負わせる
種類株式の内容として、特定の種類株主総会の事前承認が必要な事項を定
めることも可能(拒否権)。
→ 会社法に従い種類株主総会を開催する必要があり、煩雑
契約上の権利・義務として、株主間契約で定めることが一般的
事前承諾権を有する者
主要な投資家各々が事前承諾権をもつと定めることもあるものの、意思決定の
機動性を欠くこととなるうえ、大多数の議決権を有する投資家が進めることが望ま
しいと思っていることを少数投資家が止めることも可能となってしまう
→ 全投資家の保有議決権の過半数等の一定の比率を有する単独又は複数
の投資家に事前承諾権を認める(この比率の賛成があれば、承諾があったことと
なる)ことが多い
原則上記のとおりとしつつ、各投資家の権利に重大な影響を与える事項(株式発行、
組織再編等)についてのみ、各主要投資家の事前承諾事項とすることも45
【規定例】
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発行会社及び経営株主は、発行会社が次の各号に掲げる事項を決定する場合には、遅滞なく(遅くともその決定の2週間前までに)決定すべき事項の概要を投資者に書面にて通知し、事前に多数投資者の書面による承諾を得るものとする。本項において「事前」とは、発行会社の取締役の過半数、取締役会及び/又は株主総会により承認を行う場合には、そのいずれか早い方の承認より前を意味する。但し、当該通知の受領後30日以内に投資者からの回答がない場合は、投資者が承諾したものとみなす。(1) 株式又は新株予約権の発行又は処分(2) 株式の譲渡に対する承認(3) 投資者又は経営株主の持株比率に増減が生じる事項の実施又は承認(4) 合併、株式交換、株式移転、事業譲渡、事業譲受、会社分割、その他の企業結合又は第三者との資本提
携(5) 自己株式の取得、株式消却、資本減少、又はその他の資本の変更(6) 定款の変更(7) 配当又は中間配当(8) 代表取締役又は役員等の選任又は解任(9) 解散、又は破産手続開始、民事再生手続開始、会社更正手続開始、特別清算開始その他これらに類する
手続の開始の申立て(10)株式公開に関する公開予定時期、公開予定市場、引受主幹事証券会社、監査法人(公認会計士)又は
公募価格等の公開に関する諸条件の決定若しくは変更(11)事業計画、設備投資計画、又は収支計画の策定又は重要な変更(12)主要取引先又は金融機関等の変更(13)他の会社の株式の取得若しくは譲渡、又は1000万円以上の資産の譲渡若しくは取得(14)500万円以上の貸付、借入又は債務保証(15)発行会社の資産への抵当権、質権、留置権、譲渡担保権その他の担保又は制限の設定(16)発行会社の事業において重要な契約の締結、変更、解除又は終了(17)新規事業の開始、事業内容の重要な変更、業務上の提携若しくは解消、支店の設置、又は子会社の設立(18)会計方針の変更(19)その他当初の事業計画の実現に重大な変化を及ぼす事項の決定
情報開示請求権⑶
ベンチャー企業に対するモニタリングのため、①財務諸表その他の財務情報・事
業計画、②事前承諾権の対象にはしなかったものの、ある程度の重要性のある
コーポレートアクション、③災害等の会社の決定とは無関係に発生する事象につ
いて、開示を求める
会計帳簿等の閲覧権が定められることも
但し、ベンチャー企業の負担の大きい権利については、高い持株比率が要求され
ることが多い
【交渉上の注意点】
情報開示請求できる情報の項目に、ベンチャー企業の営業上の情報を盛り込もうと
すると警戒されるおそれ(取締役会でも最低限の情報しか開示されなくなってしまう
おそれ)がある
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【規定例(財務情報等の開示請求権)】
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1. 投資者は、本契約又は自己の保有する発行会社株式等にかかる権利を確保するため必要があると認めるときは、発行会社及び経営株主に対し、その業務又は財産の状況に関し報告又は資料の提出を求めることができ、質問に対する回答を求めることができる。
2. 発行会社及び経営株主は、多数投資者から合理的な要請があった場合には、多数投資者又は多数投資者の代理人に対し、発行会社の営業時間内において、発行会社の定款、株主名簿、社内規則、財務諸表、会計帳簿その他の書類の閲覧及び謄写を許すとともに、発行会社の営業その他の事項に関する多数投資者からの質問に回答し、多数投資者の指定する資料を提出するものとする。
3. 発行会社は、以下の各号の書類の写しを、それぞれ各号記載の時期までに、投資者に対し交付する。(1)各事業年度の計算書類及び事業報告書並びにこれらの附属明細書:各事業年度終了後
90日以内(2)臨時計算書類:臨時決算日から60日以内(3)税務申告書及び勘定科目明細:毎期の税務申告完了後45日以内
4. 発行会社は、投資者の要請があった場合、月次及び半期における損益及び資金繰り状況等の報告書を、投資者に対し開示する。開示は、月次報告書については月末から20日以内、半期報告書については半期末から45日以内に行う。月次報告書に記載される情報に暫定値が含まれる場合、発行会社はその旨を明示し投資者に報告、説明する。
5. 発行会社及び経営株主は、投資者からの要請に基づき、その要請の時点で最新の事業計画書を投資者に提出するとともに、その内容について適切な解説を行うものとする。また、発行会社は事業計画書を毎年更新し、発行会社及び経営株主は更新後の事業計画書について発行会社の取締役会における承認を得た上、各事業年度終了後45日以内にこれを投資者に対し開示する。
【規定例(重要事項の報告)】
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発行会社及び経営株主は、発行会社につき次の各号に掲げる事項が発生した場合には、速やかに発生事項の概要を投資者に書面で通知する。
(1)支払停止若しくは支払不能、手形若しくは小切手の不渡り、又は破産手続開始、民事再生手続開始、会社更生手続開始、特別清算開始若しくはこれらに類する手続の開始の申立て
(2)差押、仮差押、仮処分、強制執行又は競売の申立て(3)訴訟、仲裁、調停その他の紛争解決手続の提起又は終結(4)発行会社の子会社その他の関係会社又は主要取引先の支払停止若しくは支払不能、又は破
産手続開始、民事再生手続開始、会社更生手続開始、特別清算開始若しくはこれらに類する手続の開始の申立て
(5)発行会社に対する合併、買収、資本提携等の提案(6)発行会社の事業において重要な契約の終了(7)監督官庁による営業停止、営業許認可若しくは登録の取消処分、指導、又は調査(8)災害又は業務に起因する重大な損害(9)債務者又は保証債権の主債務者における債務不履行の発生(10)債権者による債務の免除、金利の減免若しくは期間延長又は第三者による債務の引受若しく
は弁済(11)その他当初の事業計画の実現に変化を及ぼす事項
優先引受権⑷
ベンチャー企業が株式や新株予約権の発行をする場合は、投資家が自らの持
株比率の低下を防ぐために、持株比率に応じて株式等を引き受けることができる
権利
ベンチャー企業側の資金調達ニーズもあるため、一定期間内に引受けの申し出
がない場合は、権利が失うこととされていることが通常
通常、株主間契約で定められるものであり、交渉のポイントにはあまりならない
【規定例】
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1. 発行会社が株式又は新株予約権の発行又は処分(以下「発行等」という。)を行う場合、発行会社は、その旨を発行等の30日前に投資者に対して書面により通知する。投資者は、その発行等が行われる直前の投資者の持株比率を維持するために必要な数量の当該発行会社株式等の割り当てを、当該発行会社株式等の払込金額又は行使価額と同一の価額において受ける権利を有する。但し、その割り当てに応じるか否かについては、投資者の判断によるものとする。
2. 投資者は、前項の通知の受領後14日以内に、発行会社に対して前項の権利を行使する旨の書面による通知をするものとし、投資者がかかる期間内に権利を行使する旨の通知を行わない場合、当該投資者は当該通知に係る発行会社株式等の発行等に関し前項の権利を失うものとする。
先買権、タグアロング権、ドラッグアロング権⑸
先買権(First Refusal Right)
他の株主がベンチャー企業の株式を譲渡しようとする場合に、自己が優先的に譲受人
となり当該株式を買い受けることができる権利
創業者の株式譲渡についてのみ先買権が設定される場合もあるし、各投資家の株式
譲渡についても先買権が設定されることもある
株主間契約で定められることが多い
タグアロング権(Tag Along Right、共同売却権)
他の株主がベンチャー企業の株式を譲渡しようとする場合に、自己も他の株主と共同
して譲渡人として参加して売却することができる権利
創業者の株式譲渡についてのみタグアロング権が設定される場合もあるし、各投資家
の株式譲渡についてもタグアロング権が設定されることも
株主間契約で定められることが多い
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ドラッグアロング権(Drag Along Right、売却請求権)
一定の要件を満たした場合、他の株主に対しても買収に応じるべきことを請求すること
ができる権利
一定の要件としては、投資家全員の保有する議決権の過半数の賛成などが設定され
ることが多い
株主間契約で定められることもあるが、ドラッグアロング権に応じる株主が多い方が
M&Aは成功しやすいため、全株主が当事者となる分配合意書で定められることが多
い
ベンチャー企業側に交渉力がある場合は定められないことも
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【交渉上の注意点】
ベンチャー企業の事業評価によっては、今後の出資比率を高めていきたい場合
競業他社にベンチャー企業を買収されるのを防ぎたい場合
→ 創業者・投資家等できるだけ多くの株式について、ドラッグアロング権を行使
される前に、自社が先買権を行使できるように定めておく
【規定例(先買権)】
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1. 投資者又は経営株主が、その保有する発行会社株式等の全部又は一部を、第三者に対して譲渡することを希望する場合、当該者(以下「譲渡予定者」という。)は、事前に他の投資者、経営株主及び発行会社に対し、①譲渡を予定している発行会社株式等(以下「譲渡予定株式等」という。)の種類及び数、②譲渡を予定している相手方(以下「株式等譲受予定者」という。)の氏名/名称及び住所その他相手方に関して譲渡予定者が知っている一切の情報、及び③1株当たりの譲渡予定価格その他の条件を書面により通知(以下「譲渡予定通知」という。)するものとする。
2. 他の投資者、経営株主及び発行会社は、①自ら又は②経営株主及び発行会社についてはその指定した者(以下「本買取人」という。)が譲渡予定株式等の全部又は一部を、譲渡予定通知の記載と同一の価格及び条件で買い取ることを請求することができ、かかる買取を希望する場合には、譲渡予定通知の受領後14日以内に、譲渡予定者に対しその旨書面にて通知するものとする。
3. 他の投資者、経営株主及び発行会社が前項に基づく買取の通知を行った場合には、譲渡予定者の意思表示を要することなく、譲渡予定者は本買取人に対し、対象となる譲渡予定株式等を下記の定めに従って売り渡す義務を負うものとする。また、発行会社は当該譲渡が有効となるために必要なあらゆる社内手続(株主総会その他の譲渡承認決定機関における譲渡承認の決議を含むがこれに限定されない。)を行い、本契約の当事者は発行会社のかかる社内手続に最大限の協力をするものとする。
【規定例(タグアロング権)】
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1. 前条(先買権)に基づいて買い取られることにならなかった譲渡予定株式等が存在する場合、譲渡予定者は、前条第2項に定める14日の期間の満了後1か月間(以下「譲渡可能期間」という。)に限り、譲渡予定通知に記載された条件よりも株式等譲受予定者にとって有利でないと多数投資者が合理的に判断する条件で、他の投資者による買取の対象とならなかった譲渡予定株式等の全部又は一部を株式等譲受予定者に譲渡することができるものとする。但し、本条に定める投資者の共同売却権により、かかる譲渡は一定の制約を受けるものとする。
2. 譲渡予定者は、前項により譲渡予定株式等の譲渡を行おうとする場合には、①かかる譲渡を行う旨、②譲渡を行おうとする譲渡予定株式等(以下「残存譲渡予定株式等」という。)の種類及び数、③1株当たりの譲渡予定価格その他の条件、及び④他の投資者が第3項に定める売渡の権利を有する旨を、他の投資者に対して当該譲渡の実行の25日前までに書面にて通知するものとする。
3. 投資者は、前項に定める通知を受領した場合、譲渡予定者に対して、自己の保有する発行会社株式等を前項に定める通知の記載と同一の条件及び価格で株式等譲受予定者に売り渡すことを請求することができ、かかる売渡を希望する場合には、前項に定める通知の受領後14日以内に、譲渡予定者に対して書面にて通知するものとする。当該他の投資者が売り渡すことができる発行会社株式等の数は、本項に定める通知の発送日における下記の算式により算出される売渡可能株式数(1株未満の端数は切り捨てる。)又はそれ以下の数とする。譲渡予定者は、本項に定める通知を受領した場合、当該他の投資者が売渡を希望する株式につき、他の投資者と株式等譲受予定者との間で上記の価格及び条件で譲渡が行われるよう必要な一切の措置を執るものとする。また、発行会社は、かかる譲渡が有効となるために必要な全ての手続を行い、投資者は発行会社のかかる社内手続に最大限の協力をするものとする。なお、株式等譲受予定者が譲り受ける発行会社株式等の数を増加することに同意した場合には、以下の算式において、かかる増加した発行会社株式等の数を「残存譲渡予定株式等の数」に加えるものとする。
記
売渡可能株式数=残存譲渡予定株式等の数×当該他の投資者が保有する発行会社株式等の数÷(譲渡予定者が保有する発行会社株式等の数+本項に基づく売渡を希望する全ての他の投資者が保有する発行会社株式等の数)
【規定例(タグアロング権)続き】
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4. 譲渡予定者は、前項に定める売渡の権利を他の投資者が行使した場合には、譲渡予定者が株式等譲受予定者に対し譲渡することができる発行会社株式等の数が減少することにつき、何らの異議を述べないものとする。
5. 譲渡可能期間内に譲渡されなかった譲渡予定株式等については、譲渡予定者は再度前条及び本条に規定する手続を経ない限り、これを第三者(株式等譲受予定者及び他の投資者を含む。)に売却することはできないものとする。
【規定例(ドラッグアロング権)】
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1. 多数優先株主(発行会社のA種優先株式の合計数の過半数を保有する単独又は複数の株主をいう。以下同じ。)は、発行会社について以下の各号に定める取引(以下「買収」という。)の提案を受けた場合、発行会社及び経営株主に対して、①買収予定先の氏名又は名称及び住所、②買収価額総額、③(もしあれば)買収実行予定日並びに④その他当該買収の主要条件を記載した書面により通知することによって、当該買収に応じるべき旨を請求することができる(かかる通知を以下「買収通知」という。)。
(1) 発行会社の発行済株式(又は発行会社の事業の全部若しくは重要部分が移転される人的分割により発行会社の株主が取得する株式)の議決権総数の50%超を特定の第三者(株主であることを妨げない。以下同じ。)が自ら並びにその子会社及び関連会社により取得すること
(2) 発行会社が他の会社と合併することにより、合併直前の発行会社の総株主が合併後の会社に関して保有することとなる議決権総数が、合併後の会社の発行済株式の議決権総数の50%未満となること
(3) 発行会社が他の会社と株式交換を行うことにより、株式交換直前の発行会社の総株主が株式交換後の完全親会社に関して保有することとなる議決権総数が、株式交換後の完全親会社の発行済株式の議決権総数の50%未満となること
(4) 発行会社が他の会社と株式移転を行うことにより、株式移転直前の発行会社の総株主が株式移転後の完全親会社に関して保有することとなる議決権総数が、株式移転後の完全親会社の発行済株式の議決権総数の50%未満となること
(5) 発行会社が事業譲渡又は会社分割(但し、第1号に該当する会社分割を除く。)により発行会社の事業の全部又は重要部分を第三者に移転させること(以下「事業移転買収」という。)。なお、本号において、「発行会社の事業の重要部分」の移転とは、発行会社の総資産の50%以上の資産の移転を伴う場合又は当該移転した事業にかかる発行会社の売上が発行会社の直近の財務諸表における総売上の過半数を占める場合を意味する。
2. 前項の場合、発行会社及び経営株主は、買収通知に記載の条件にて、当該買収に応じるものとし、当該買収のために必要な手続の一切を行う。
みなし清算⑹
ベンチャー企業に M&A が生じた場合に、ベンチャー企業を清算したものとみなし
て株主に対して分配を行うことを内容とする定め
みなし清算条項を定款に定めることもあるものの、その有効性には疑義が払拭できない
→ そのため、株主全員が当事者となる分配合意書でもみなし清算条項が定められるこ
と(みなし清算条項を株主全員の約束事とすること)が多い
①M&Aの対価が株主に対して直接交付されるタイプの取引(株式譲渡、株式交換、
合併等)と②M&Aの対価がベンチャー企業に交付されるタイプの取引(事業譲渡、
会社分割等)がある
→ ①については、株主間でのM&Aの対価の分配を定める(規定例1項)一方で、②につ
いては、会社を清算させてM&Aの対価を分配させる旨を定める(規定例3項)
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【規定例】
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1. 発行会社について買収(事業移転買収を除く。以下同じ。)が行われる場合には、その買収の対価については、買収提案に応じた本株主(本合意書の当事者である発行会社の株主をいう。以下同じ。)の間で以下の定めに基づき分配を行うものとする。(1)買収の対価が現金の場合、買収の対価の合計額を残余財産とし、買収提案に応じた本株
主のみが買収提案に応じた株式数において発行会社の株主である前提で発行会社を清算したと仮定した場合に、定款の定めに基づき優先株主及び普通株主がそれぞれ分配を受けられる金額に基づいて、各本株主が分配を受けられる金額を算出し、その金額と同額の現金を買収の対価の分配として各本株主の間で分配する。
(2)買収の対価が現金以外の場合、買収の対価について、多数優先株主が合理的に当該対価の評価額を算定し、買収の対価の合計額を残余財産とし、買収提案に応じた本株主のみが買収提案に応じた株式数において発行会社の株主である前提で発行会社を清算したと仮定した場合に、定款の定めに基づき優先株主及び普通株主がそれぞれ分配を受けられる金額に基づいて、各本株主が分配を受けられる金額を算出し、その金額と同額の対価を買収の対価の分配として各本株主の間で分配する。
2. 発行会社及び本株主は、前項に定める買収の対価の分配が実現される内容にて買収の相手方との契約を締結するとともに、かかる分配に必要なあらゆる手続を行うものとする。
3. 発行会社について事業移転買収が行われる場合、多数優先株主は、発行会社及び他の本株主に対して通知することにより、発行会社の解散及び清算を要求することができる。この場合、本株主及び発行会社は、発行会社の解散及び清算を実行するために必要なあらゆる手続を行うものとする。
4.ベンチャー投資を実際に行うにあたっての留意点
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投資のためのデューディリジェンス
投資金額の多寡、投資先の業種(規制業種、リスクの高い業種か否か)、投
資先の規模・成長ステージによって、デューディリジェンスの範囲・深さは様々(場
合によっては、外部アドバイザーを採用せず内製で済ませる選択肢もあり得る)
希望条件を出すタイミング
タームシートに規定されている条件については、タームシートの交渉終了後は条
件変更の提案を受け付けてもらえない可能性もある
スケジュール感
ベンチャー企業側では、投資資金がなければ、資金ショートを起こす可能性があ
る場合もあるため、スケジュール感がタイトに設定される場合も
→ 当該シリーズの投資に参加するのであれば、できるだけ早くから関わっておくこと
がよい
事業会社が、VCらのシリーズとは別の機会に投資を行うこともあるものの、投資
の条件(払込金額、種類株式の内容など)は直前シリーズと同条件とすることを求めら
れることも
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ベンチャー企業から開示される情報
契約交渉において、秘密保持条項に関して、ベンチャー企業から開示される情
報の利用範囲を広く設定しようとすると、ベンチャー企業から警戒され、取締役会
等の会議体でも最低限の情報しか開示しなくなってしまう可能性
ベンチャー企業との取引
投資先のベンチャー企業と取引関係がある場合、ベンチャー企業の上場審査の
中で、主要株主との取引は見直し又は終了させることが求められることも(その
ため、創業者やVCに上場へ強い意向がある場合は、創業者やVCと事業会社
である投資家との間で意見が分かれることも)
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弁護士 小澤 拓 (こざわ ひらく)
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山下総合法律事務所
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