グローバリゼーションを再考する -...

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回グローバル地域文化学会大会 学術講演記録 グローバリゼーションを再考する 伊豫谷 登士翁 1 国境から眺める  グローバルとナショナルの接点 グローバリゼーション研究が抱えるもっともやっかいな課題の一つは、 グローバルなものとナショナルなものとの相補/補完的あるいは共犯的関 係を説き明かすことにあるであろう。この問いは、ヴァーチャルな世界に おいて時空間を超えるグローバリゼーションが、ナショナルあるいはロー カル、コミュニティなどの具体的な場をどのように変容し、組み替えてき ているのか、と言い換えることもできる。〈グローバリゼーションと文化〉 や〈グローバリゼーションと社会〉といったテーマもそうした課題のひとつ であり、多文化主義という国家変容もこのなかに含まれる。しかしながら、 こうした問いにたいして、明快な解を用意するだけの分析枠組みを、わた したちは持ち合わせていないのではないだろうか。いまできることは、グ ローバルとナショナルの交差する具体的な場が提起してきたテーマを手が かりとして、グローバリゼーションを再考することであろう。 ここではまず、国境からグローバルとナショナルの接点を考えてみたい。 国境という境界は、グローバリゼーションとは相容れないはずである。近 代においては、人の移動を管理し、制限すること、そして国籍の付与や剥 奪は、国家の主権行為のひとつと見なされてきた。ヒト/モノ/カネの国 境を越える移動の飛躍的な拡大であるグローバリゼーションは、さまざま な面で国家主権を侵害してきた、と言われている。しかし、モノと資本、 情報などがますます容易に国境を越えるようになりながらも、ヒトの越境 『GR 同志社大学グローバル地域文化学会 紀要 4, 2015, 113. 同志社大学グローバル地域文化学会 ©伊豫谷登士翁

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第2回グローバル地域文化学会大会 学術講演記録

グローバリゼーションを再考する

伊豫谷 登士翁

1 国境から眺める ─グローバルとナショナルの接点─

 グローバリゼーション研究が抱えるもっともやっかいな課題の一つは、

グローバルなものとナショナルなものとの相補/補完的あるいは共犯的関

係を説き明かすことにあるであろう。この問いは、ヴァーチャルな世界に

おいて時空間を超えるグローバリゼーションが、ナショナルあるいはロー

カル、コミュニティなどの具体的な場をどのように変容し、組み替えてき

ているのか、と言い換えることもできる。〈グローバリゼーションと文化〉

や〈グローバリゼーションと社会〉といったテーマもそうした課題のひとつ

であり、多文化主義という国家変容もこのなかに含まれる。しかしながら、

こうした問いにたいして、明快な解を用意するだけの分析枠組みを、わた

したちは持ち合わせていないのではないだろうか。いまできることは、グ

ローバルとナショナルの交差する具体的な場が提起してきたテーマを手が

かりとして、グローバリゼーションを再考することであろう。

 ここではまず、国境からグローバルとナショナルの接点を考えてみたい。

国境という境界は、グローバリゼーションとは相容れないはずである。近

代においては、人の移動を管理し、制限すること、そして国籍の付与や剥

奪は、国家の主権行為のひとつと見なされてきた。ヒト/モノ/カネの国

境を越える移動の飛躍的な拡大であるグローバリゼーションは、さまざま

な面で国家主権を侵害してきた、と言われている。しかし、モノと資本、

情報などがますます容易に国境を越えるようになりながらも、ヒトの越境

『GR―同志社大学グローバル地域文化学会 紀要―』4, 2015, 1-13頁.同志社大学グローバル地域文化学会 ©伊豫谷登士翁

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2 伊豫谷 登士翁

は、今でも厳しく制限され、出入国に必要とされるパスポートの価値は、

国籍によって大きく異なっている 1。他方では、人々の移動の自由は保障さ

れ、内外人平等の原則は、広く認められるようになってきている。合法か

不法かに関わらず、外国人の人権を守ることは、戦後の国家としての正統

性を保障する必須の条件となった。それは、第二次世界大戦がファシズム

に対する民主主義の勝利であり、人権規範は戦後体制を支えるひとつの柱

であったからである。

 人種差別的な法や制度、外国人に対する差別的な政策は、国家としての

正統性を損なうものである。そのために、1950/60年代以降に、人種差別的

な制度や法が、いろいろな国で次々と修正されてきた。アメリカの公民権

運動や南アのアパルトヘイトの廃止、オーストラリアの白豪主義の転換は、

こうした流れの中にあった。しかしながら国境のうちにあっては、形式上

であっても、原則として外国人と国民との平等化を浸透させながらも、国

境の厳格化、国境による制限はむしろ強まることになった。それゆえに、

国境という境界を越えてきた人々に対して人権を保障するということは、

国境の外にいる人々が国家の承認無く領域の中に入ることを阻止する行為

を引き起こすことになった。国境の外に「例外の場」が作り出されている

のである。

 ここでそのひとつの事例としてオーストラリアで起こった事件を考えて

みたい。オーストラリアを取り上げた理由は、筆者が最も頻繁に訪れた国

のひとつであるからであるが、より積極的には、日本と対極的な国と考え

られてきたからである。

 オーストラリアの首都キャンベラには、国家の形を象徴的に表す場所が

ある。それは芝で覆われた小高い丘に建てられた議会である。議会の建物

は丘のなかに埋め込まれる構造になっており、人々は議会の上を散策し、

キャンベラの街を一望できる。議会はあたかも人々の下にあるということ

を表している。しかしその議会の正面には、湖をはさみ、大きな道路で一

直線に繋がれて配置された戦争記念館がある。戦争記念館の中心には大き

な無名戦士の墓があり、両側にはこれまでの「建国」前からの戦争の戦死

者の名前が刻まれている。あたかも議会は、戦争の死者と向き合いながら、

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グローバリゼーションを再考する 3

政治をしているのである。

 その議会から少し離れた公園の一角に、難民犠牲者を追悼するポールが

並んでいる。2001年10月に起こった難民を乗せた船の悲劇を追悼する碑で

ある(写真を参照)。オーストラリア政府によって、不法移民と見なされた

船(SIEV X)の上陸は拒否され、不幸にも遭難したのである。ポールは、

142人の母親、65人の父親、そして146人の子供の死者の数を表している。

もし彼ら/彼女らが上陸できたならば、そして救助できたならば、これだ

けの犠牲者は出なかったであろう。この人たちは、難民政策をめぐる選挙

戦での論争の犠牲者たちであり、政府に対して人道上の大きな非難が巻き

起こった。しかし難民に対する規制はその後も強化されている。

 ここで問題とするのは、難民政策ではなく、難民という存在が国家によっ

て生み出される上で、国境が果たした役割である。難民と不法移民という

分類は国家によって線引きされ、国境はその判断が下される場である。難

民たちの死は、国境が創りだした悲劇であり、人権という規範が国境によっ

て限定されてきた限界を露呈したものである。国境を越えて入国しようと

するものたちの排斥や選別は、今でも世界の至る所で起こっており、その

犠牲者は増え続けている。

オーストラリア・キャンベラの公園にある難民船沈没追悼のメモリアル

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4 伊豫谷 登士翁

 周知のように、オーストラリアは、かつての白豪主義といわれた人種差

別的な国家から、多文化主義を掲げる国家へと転換した。均質な国民を基

礎とする国民国家という幻想が崩れるなかで、多くの国が多文化主義的国

家への転換を図ってきた。多文化主義国家への転換が外国人やエスニック・

マイノリティの権利や生存の保障などに対して大きな役割を果たしてきた

ことは確かである。いまや多文化/多民族主義的な思想は、多くの欧米諸

国において政治的にも、また社会的にも定着してきている。オーストラリ

アから眺めたときに、日本社会の閉鎖性は明らかであり、法制度はまだま

だ整っているとは言えない。さらに問題なのは、日本では多文化主義に関

して、国家レベルでは、ほとんど論議が行われず、移民問題が政治化して

こなかったのである。

 しかし多文化主義とは、根底のところでは、他者との対等な共存ではなく、

マジョリティ文化の多様性を保障するものであり、「寛容な人種差別」

(G.ハージ)あるいは「新しいレイシズム」(E.バリバール)を生み出したと

評されてきた。オーストラリアにおいて、白豪主義から多文化主義への移

行は、社会編成の根幹を変えることなく、大きな社会的混乱なく進行した

のである。合法と不法という移民の分類、不法移民か難民かという分類は、

受け入れ側によって記される。ここでは、国境によって排斥された人々は

排除されている。

 多文化主義的国家の機能を端的に表すのが、シティズンシップをめぐる

議論である2。シティズンシップは、かつては女性を含むマイノリティの人

たちが権利を獲得する運動のなかで大きな意味を持っていた。今でも外国

人の参政権の獲得は、ひとつの運動目的とされている。しかし、シティズ

ンシップは、多くの移民を抱えてきた西欧諸国においては、それら移民を

国民へと組み込むための機構としての役割を果たしている。多文化主義は、

国民国家の新しい統合の装置であり、ブルーベーカーが指摘したように、

シティズンシップは、その統合を可能にする装置として機能してきたので

ある。オーストラリアにおいては、シティズンシップをめぐる議論が多文

化主義の論争に取って代わったのであった。そして、シティズンシップは、

国民と非─国民とを分断/分類する法的な制度枠組みの装置として機能す

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るようになってきたのである。

 外国人の管理は、国民の管理と直結する。その接点にあるのが移民であ

り、難民である。難民候補者が陸地に達することは、その接点への上陸で

ある。上陸が阻害されるのは、その接点の外側に、すなわち人権やシティ

ズンシップの機能しない例外空間に留め置くことによって、ナショナルな

場を維持することを意味したのである。国境は、今でもナショナルな装置

を機能させる境界としての役割を果たすとともに、グローバルな配置を維

持する装置としての役割を担っている。

 いま、ナショナルなものを希求する人々、コミュニティへの願望は、い

ずれの国においても高まっている。ナショナリズムが問題なのは、かつて

のホローコーストのようなジェノサイドの危険があるからだけではない。

また、露骨な極右の運動が世界的な規模で台頭しているからではない。ナ

ショナルなものへの帰属、さらにコミュニティの願望は、いまでは多様な

形を持ち、複数への帰属が当たり前になってきているにもかかわらず、そ

の多様性/複数性が消去されて、ナショナルなアイデンティティへと収斂

されるからである。ナショナリズムは、本質的に、他者との差異化や排除

を内包してきたのであり、多文化主義もその延長上にある。

 国民国家がアイデンティティの特権的な帰属の位置を占める時代は終

わったにもかかわらず、国民国家幻想は、かつての郷愁に訴えかけること

によって、コミュニティへの願望を掻き立てることによって、あるいはセ

イフティネット願望を喚起することによって繰り返される。グローバリゼー

ション研究において明らかになったことは、そもそも願望されるようなコ

ミュニティは存在しないということ、そしてコミュニティ願望とナショナ

リズムとの共振を断ち切ることでもある3。

 ナショナルな物語はわかりやすく、人々に受け入れられやすい。それは

しばしば自然や安らぎを覚える人間関係と結びつけられる。わかりやすさ、

物語の単純さが受け入れられる時代に、コミュニティ願望は、失われたも

のへの郷愁と時代への迎合を反映している。新しいコミュニティの形を求

めるとするならば、そのあやうさとの緊張関係に耐えることが求められる

であろう。

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2 グローバリゼーションを研究するということ

 近代のさまざまな制度や機構、文化や思想、そして世界のあり方全般に

わたって、いまという時代がこれまで経験したことがない大きな変化に直

面しているという認識は、研究者だけでなく、多くの人たちに共有されて

きている。その変化は、同時代的に、世界のあらゆる地域を巻き込んで浸

透している。この変化を捉えるキーワードとして使われてきたのが「グロー

バリゼーション」である。グローバリゼーションは、あたかも妖怪のように、

この四半世紀、あちこちを彷徨い、多岐にわたる研究者たちを悩ませてき

たのであった。グローバリゼーションという問題構制は、現実に進行して

いる諸変化とともに、それを捉える枠組みに及んでいるのである。すでに

述べたように、多文化主義という言説をめぐるさまざまな論争も、その一

つである。

 グローバリゼーションという用語が今日的な意味で使われ始めた1980年

代は、日本において「国際化」がもてはやされて、企業の海外進出が急速

に展開された、バブルの時代であった。「ジャパン・アズ・NO1」などとも

てはやされて、企業にとっても、また多くの人々にとっても、グローバリゼー

ションは輝く未来を表す言葉であっただろう。それから十年、冷戦の終焉

といわれる状況は、グローバリゼーションの評価を転換する契機ともなっ

た。経済的には長期の停滞の時代に入り、グローバリゼーションは、外圧

あるいはアメリカ化のような否定的な意味に使われることも多くなり、世

界的な金融危機や規制緩和の浸透と結びついた世界的な標準化の是非が問

題とされてきた。ネオリベラリズムの政策体系が、雇用だけでなく、医療

や教育を含めた社会や生活の隅々にまで浸透し、人々のライフスタイルや

価値観をも変えてきた。否定的、肯定的な評価が交差するなかで、21世紀

のいま、グローバリゼーションへの関心が転換しつつあるように思われる4。

 グローバリゼーションに関わる研究は、当初の経済から、政治や文化、

さらに社会などの領域に拡がるとともに、個々の分野が同時代的/共時的

にどのように連関してきたのか、という点へと向かった。すなわち、政治/

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経済のグローバル化と文化/社会のグローバル化がどのように絡まり、そ

れをいかに論じることができるか、といったことである。たとえば、経済

的なグローバル化が政治や文化のグローバル化とどのように結びつき、ま

た新しい情報技術がいかなる空間や場所を作り出してきたのか、などであ

る。1990/2000年代においては、金融危機やリーマンショックのような経済

危機のなかで、世界的な規模でのさまざまな格差が拡大し、グローバリゼー

ションのいわば光と影が、大きなテーマとして論じられた。統合と分断、

包摂と排除、均質化と差異化などの、相反する事象の同時的あるいは表裏

の進行は、この時期の主要な研究テーマとなった。そしていま、グローバ

リゼーション研究は、その方法を含めた、新しい局面にある5。

 グローバリゼーションの諸相を捉えるには、とりあえず次の三つのレベ

ルに分けて考えてみたい。第一は、個々のグローバリゼーションとよばれ

る事象を明らかにしていくことである。眼の前で生起している大きな変化

は、各々の国や地域の事情に応じて、各々の歴史的な背景のもとで現れる。

それらばらばらに見える諸事象も、相互の関連を見据え幅広い観点から丹

念に掘り進むならば、従来の経済や文化といった領域、国家によって分け

隔てられてきた諸課題が、共時性を持って現れてきていることがわかる。

さらに、これまでの理解の枠組みから捉えきれない、想定外の出来事とし

て現れることも多く、従来の議論の延長からは理解し得ないことも数多く

ある。

 グローバリゼーションという問題領域が提起してきたのは、国家という

境界によって厳然と区分され、固定化されてきた世界が、液状化し、流動

化した時代であり、システム化した社会が国境を越えて溶解する事象であ

る。貿易や海外投資の拡大は、企業の戦略だけでなく、グローバル・シティ

と呼ばれる巨大都市という空間、さらに国家主権の揺らぎから労働のあり

方までをも劇的に変化させてきている。輸送通信技術の発達やデジタル情

報の拡大/深化は、たんに経済だけでなく、人々の生活意識や価値観をも

大きく変えてきた。いま大きな問題となっている格差も、たんに国内にお

ける、そして近代が抱えてきた貧困問題ではなく、グローバルな観点から

捉え返すとともに、貧困と呼ばれてきた資本主義の矛盾の変容から再考す

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る必要がある。これら個々の事象は、地域によって、また時期によって、

多様な表れ方をしてきており、それらを一つひとつ丹念に掘り起こすこと

は重要な仕事であるとともに、グローバリゼーションとは何かを問うため

の基礎的な作業であり、これら作業は〈事象としてのグローバリゼーショ

ン〉と言える。

 しかしながらグローバリゼーション研究の重要な点は、こうした事象が

政治や経済という個別分野を越えて、そしてかつ国境を越えて共時的に生

起してきていることである。国境に画されてきた制度や慣習が世界的な規

模で標準化しつつあるなかで、偏狭なナショナリズムが同時代的にあらゆ

る国において台頭し、国家と国民との一義的な結びつきを基盤としてきた

国民国家は変容してきている。これらはばらばらに生起しているのではな

く、各領域の変化が相互に緊密に結びついて、同時代的に、国境を越えて

進展している。すなわち、ナショナルな領域に画された政治/経済/文化/

社会の同型性が崩れてきた、あるいは正確に言うならば同型性の神話が維

持し得なくなったということを意味する。グローバリゼーションという時

代を読み解くには、これまでの専門領域を越えた枠組みが要求されるとと

もに、国家や社会という枠組みを越えた観点が要求される。

 グローバリゼーションという研究分野は、一方では、現代において進行

しつつある変化を丹念に跡づけて積み上げるとともに、他方では、専門分

化し、体系化し、制度化してきた近代的な知の枠組みを組み替えるという

困難な作業である。従来の知の枠組みが、暗黙のうちに欧米先進国と呼ば

れた国をモデルとし、ナショナルな単位を所与としてきたのに対して、グ

ローバリゼーションとよばれる事象を捉えるには、こうした方法的なナショ

ナリズムを乗り越えることが求められる。これは、〈方法としてのグロー

バリゼーション〉ということができるであろう。

 さらに、近代知を問い直す作業は、いまという時代をどのように考える

のか、という歴史認識の問題へとつながる。「歴史とは…現在と過去との間

の尽きることを知らぬ対話」と述べた歴史家のE.H.カーは、同じく『歴史と

は何か』のなかで、「未来だけが、過去を解釈する鍵を与えてくれる…歴史

とは過去の諸事件と次第に現れてくる未来の諸目的との間の対話と呼ぶべ

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きであった」と振り返り、20世紀中葉をかつてない転換の時代であると予

言した6。また、同じく歴史家であるE.ホブズボウムは、『極端な時代』のな

かで、グローバリゼーションの時代とは、二度にわたる人類史上最大の大

量殺戮と黄金の60年代とよばれるかつてない豊かさの時代という、二つの

大きな出来事が生みだした、という。世界戦争は、近代の逸脱した時代で

はなく、西欧中心の近代の歴史の必然であり、全体主義は、ファシズムを

含めて、過去の出来事ではなく、その後の高度成長に基づく福祉国家体制

を創りあげたのであった7。グローバリゼーションは、総力戦体制とよばれ

た時代への関心を喚起してきたのであり、ファシズムと福祉国家の時代の

再検討を含めた現代史の新たな見直しは、時代としての現代を解き明かす

道を示唆するであろう。人類の発展や進歩を無意識のうちに自明視してき

た歴史を再考することであり、それは、〈歴史としてのグローバリゼーショ

ン〉といえる8。

3 グローバリゼーションの場/グローバリゼーション研究の場

 グローバリゼーションが今後どのように展開するのか、そしてグローバ

リゼーション研究はどうあるのか。そうした問いに対する答えを持ち合わ

せていないし、決まった答えがあるとは考えられない。

 グローバリゼーションは不可逆的な過程であり、そこから逃れることは

できない。言い換えるならばわれわれはグローバルな世界に生きていかざ

るを得ない。グローバル資本が自由に稼働できる越境空間が形成され、多

くの人々は市場化された空間のなかでますます分断され、具体的な場に拘

束される。移動の自由な人々と場所に固定化される人々との分極化である。

デジタル技術の発達は、人間の身体を数値化された管理対象へと転換して

きた。国家の制度や機構などのナショナルなものは、一方では特権化され

た階層の権益を保護する役割を果たしてきたが、他方では、グローバル資

本の展開できる場を生み出し、多くの労働を不安定就業形態へと転換し、

近代資本主義のなかでの空前の格差社会を生み出してきている。

 グローバリゼーションが展開する具体的な場の典型として、しばしばグ

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ローバル・シティが挙げられる。グローバル・シティとは、国境を越えて

移動するヒト/モノ/カネ、そして情報が集積する場である。グローバル

資本が、政策的にはネオリベラリズムを掲げて、ナショナルな制度や機構

を組みかえ、世界的規模での経済的な統合化の新たな水準を達成し、グロー

バル・シティという場を生み出してきたこと、そこでは世界中から富が集

積し、金融商品を含めた新たな商品が次々と生産/消費されること、など

が明らかにされてきた9。グローバリゼーションという言葉から思い浮かぶ

のは、摩天楼でディスプレイに向かって数億の金を動かす金融パーソンで

あるかもしれない。しかし、そういった人々の仕事を底辺で支えているのは、

その数倍の移民労働者である。

 グローバリゼーションは、福祉国家体制を崩壊させてきた。正確に言う

ならば、ナショナルな甲殻によって死守されてきた富の配分システムが、

国家財政の破綻を引き起こし、グローバル化の過程で崩壊したのであった。

一部の先進国とよばれた国々は、高度経済成長を基盤としたパイの拡大に

よって、分厚い中間層を形成するとともに、底辺層の人々の生活をセイフ

ティネットによって多少なりとも保障する制度を作り上げてきた。しかし

福祉国家という体制は、植民地主義の遺産を引き継ぎ、発展途上国という

かつての植民地からの安価な資源に依存した世界経済の中で維持され、不

平等な貿易や金融システムなどを通じて、一部の国の豊かさを守る仕組み

でもあった。しかしグローバルな競争は、先進国とよばれる国々の産業の

空洞化、低賃金労働水準のグローバルな平準化、そして国家財政の破綻と

社会的な格差を生み出してきた。消費社会の蔓延と輸送通信技術の発展な

どは個人化を極限にまで進め、社会不安や恐怖を拡大し、グローバリゼー

ションへの対抗として、新保守主義/ナショナリズムの台頭を引き起こし

てきた、といわれている。

 しかし、ナショナルなものとグローバルなものは、対抗関係にあるので

はない。それは、グローバルなものがナショナルな装置や機構を組みかえ

て浸透してきているからだけではない。あたかもナショナルな空間の再編

が、グローバルな空間として編成されているからである。グローバルとナ

ショナルの共犯は、企業活動だけに留まらず、企業活動を支える法体系、

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人的な移動、ナショナルな文化のグローバル化など多岐にわたる。そして

なによりも、グローバル・シティはグローバルとナショナルが交差してい

る場であり、膨大な貧困層によって支えられたエリート集団の生活があり、

そこでは天文学的な富が生み出されている。

 グローバル・シティは、ある意味でもっとも移動の自由が保障された場

である。世界中からもっとも高額な所得を得ているエリートが集まり、そ

して数多くの国から移民労働者が集まる。しかしそこには目に見えない境

界が張り巡らされ、その境界は容易には越えることができない。世界的な

規模での格差社会の縮図が、グローバル・シティにある。

 世界的な規模での国境を越えた格差社会は、これからも拡大し続けるで

あろうか。あるいは、多くの人たちが、競争というゲームの舞台から降りて、

これまでとは異なる価値観やライフスタイルが根付くのであろうか。資本

主義の不定型な変型は、ナショナルな政治や文化の溶解を伴って、これか

らも新たな時代を形作っていくであろう。グローバリゼーション研究が明

らかにしてきたことの一つは、これまでの社会科学のような解を求めるこ

とができない、ということにあった。過去は予言できたとしても、未来は

予言できない。グローバリゼーション研究とは、固定的な枠組みや体系性

のなかにあるのではなく、混沌とした世界との対話と緊張のなかにしかな

いのである。

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12 伊豫谷 登士翁

1 J.C.トーピー『パスポートの発明』法政大学出版局、2008年を参照。トーピーの議論をコロニアリズムの観点から読み替えたものとして、R.Mongiaの“Race, Nationality, Mobility: A History of the Passport”(Public Culture, 11-3)がある。

2 以下のシティズンシップにかんする議論については、R.ブルーべイカー『フランスとドイツの国籍とネーション』(明石書店、2005年)、C.ヨプケ『軽いシティズンシップ─市民、外国人、リベラリズムのゆくえ』(岩波書店、2013年)を、またオーストラリアの多文化主義が抱える問題点については、飯笹佐代子『シティズンシップと多文化主義─オーストラリアから読み解く』(日本経済評論社、2007年)を参照のこと。

3 バウマンは、以下のように言う。「「コミュニティ」という言葉は、残念ながら目下手元にはないが、わたしたちがそこに住みたいと心から願い、また取り戻すことを望むような世界を表しているのである。…「コミュニティ」は、今日では失われた楽園の異名であるが、わたしたちはそこに戻りたいと心から望み、そこにいたる道を熱っぽく探し求めているのである」(Z. Bauman, Community.: Seeking safety in an insecure world, Polity, 2001)。さらに、グローバリゼーションの時代において、「新しいコスモポリタニズムをしばし概観したところで明らかになるのは、成功者がコミュニティを必要としていないらしいということである…成功者がコミュニティ的な義務の窮屈なネットワークから手にできるものはほとんどなく、このネットワークに捕まることで失うものは、すべてである。…コミュニティは、コミュニティの費用を負担する力のある人々全員に逃走を促す」(Z. Bauman, Globalization: The Human Consequences, Polity, 1998)。

4 筆者のグローバリゼーションへの関心も、1980/90年代におけるキャッチワードとしてグローバリゼーションを捉えた『変貌する世界都市─都市と人のグローバリゼーション』(有斐閣、1993年)から、グローバリゼーションを直接的なテーマとした『グローバリゼーションと移民』(有信堂高文社、2001年)、『グローバリゼーションとは何か』(平凡社、2002年)へと展開し、いま、グローバリゼーションの現局面、グローバリゼーションのローカルな場、知の枠組みの転換などへと向かいつつある。グローバリゼーションという研究テーマは、多様であるとともに、時代とともに大きくテーマが拡大し、展開する分野である、と考えておかなければならない。

5 アペルバウムとロビンソンは、『批判的グローバリゼーション研究』(R.P.Appelbaum & W.I.Robinson eds., Critical Globalization Studies, Routledge, 2005)の「イントロダクション」において、「グローバル・スタディーズ」を1950年代に流行した「国際」学とは異なる研究領域だという。「グローバル・スタディーズは、世界を、個々

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グローバリゼーションを再考する 13

の国民国家の相互作用(インター ・プレイ)としてではなく、単一の複合的(インタラクティブ)なシステムと捉えている。グローバル・スタディーズは、国際関係よりは、国境を越える(トランスナショナル)過程、複合的作用(インタラクション)、フローに焦点をあてており、出現しつつある越境的な現実によって生み出される一連の理論的、歴史的、認識論的、そしてさらには哲学的問題に取り組んできている。しかもこうした現象を研究する分析的観点は、単一の政治学分野に基づくのではなく、社会科学と人文科学の多様な専門領域の理論的文献に基づくのである。」(下線は筆者)

6 E.H.カーは、『歴史とは何か』(岩波書店、1962年)のなかで、「20世紀中葉の世界は、15、6世紀の世界が崩壊し、近代の世界の基礎が作られて以来、この世界をおそったいかなる変化に比べても、更に深い、更に烈しいと思われる変化の過程にあるのです。」「20世紀の革命が創り出した変化は、16世紀以来のあらゆる事件に比べて、はるかに物凄いものであります。」ここでカーの念頭にあるのは、植民地体制の崩壊であり、そして何よりもヨーロッパ中心世界の崩壊であった。

7 世界戦争や原子爆弾、強制収容所を近代の逸脱ではなく、合理性と効率性を求めた近代の帰結である、という考えは、マルクーゼやバウマンなどによって提起された。しかし問題は、それらを「逸脱」とすることによって作り出された「戦後体制」であった点にある。

8 グローバリゼーションという観点から総力戦体制研究の意義を強調したのは、山之内靖である(山之内靖『総力戦体制』筑摩書房、2015年)。

9 S.サッセン『グローバル・シティ』筑摩書房、2008年を参照。

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