サクラ(ソメイヨシノ)の樹幹内に存在する真菌類の...

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サクラ(ソメイヨシノ)の樹幹内に存在する真菌類の菌叢解析 誌名 誌名 木材保存 ISSN ISSN 02879255 巻/号 巻/号 393 掲載ページ 掲載ページ p. 118-124 発行年月 発行年月 2013年5月 農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター Tsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research Council Secretariat

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サクラ(ソメイヨシノ)の樹幹内に存在する真菌類の菌叢解析

誌名誌名 木材保存

ISSNISSN 02879255

巻/号巻/号 393

掲載ページ掲載ページ p. 118-124

発行年月発行年月 2013年5月

農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センターTsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research CouncilSecretariat

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MOKUZAI HOZON (Wood Protection) 39 (3), 118 -124 (2013)

4・F 研究論文 a・v

サクラ(ソメイヨシノ)の樹幹内に存在する

真菌類の菌叢解析

中田裕治*1,永石憲道ぺ和田 朋子*3,

鮫島正浩*4,吉田 誠*1

Analysis of fungal community in stem of cherry tree (Somei-yoshino)

Yuji NAKADA *1, Norimichi NAGAISHI*2, Tomoko WADA *3,

Masahiro SAMEJIMAペMakotoY OSHIDA * 1

Three cherry trees (Prunus X yedoensis Matsumura. ; Somei-yoshino) in Miyota, Na-

gano Prefecture, were applied for the core sampling using the increment borer. Three core

samples were divided into 6 pieces, respectively, and genomic DNA was extracted from

each small piece. Internal transcribed spacers of basidiomycetes were ampli五edby PCR

with the obtained genomic DNA as a template, and the signals of amplified DNAs were

observed on agarose gel. When the amplified DNA fragments were analyzed by denatur-

ing gradient gel electrophoresis, several basidiomycetes were identified. Especially, Fomi-

tella fraxinθa (Synonym, Perenniporia企'axinea)was detected in most of samples, suggest-

ing that the fungus is the dominant wood rotter against cherry trees in this area. The

constitution of fungal community differed according to the piece in the core sample. The

fact clearly indicates the localization of fungi in the stem of cherry tree.

Keywords ; Somei-yoshino, cherry wood, fungal community, Fomitella 企'axin白

長野県御代田町の街路樹(ソメイヨシノ) 3本から 生長錘を用いてコアサンプルを採取

しそれを約 3cm毎に 6分割した後,それぞれの部位からゲノム DNAを抽出した。得ら

* 1 東京農工大学農学部

Faculty of Agriculture, Tokyo University of Agriculture and Technology *2 東邦レオ株式会社

TOHO-LEO Corporation *3 独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所

National Research Institute for Cultural Properties *4 東京大学農学生命科学研究科

Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo Corresponding author : Makoto Yoshida ([email protected])

木材保存 Vo1.39-3 (20l3)

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れたゲノム DNAを鋳型にした PCRにより担子菌に由来する ITS領域の増幅を行い,担子

菌の存在を確認した。ここで得られた増幅産物を変性剤濃度勾配ゲル電気泳動解析に供した

ところ,複数の担子菌が同定されたが,特に全ての樹木からベッコウタケが検出されたこと

から,採取地周辺ではソメイヨシノの腐朽菌としてベッコウタケが優先種であることが示唆

された。また,コアサンプルの部位によって,検出される菌種に差異が観察されたことから,

サクラの樹幹内において菌類は局在性を呈していることが示唆された。

1岡緒言

街路樹は,都市の景観形成の向上,道路環境の

改善及ぴ気象緩和などの機能を有しているため,

日本全国で植林されている 1)。しかし樹木自身

の老齢化,腐朽および虫害などがヲlき起こす枯死

や樹勢の衰退は,街路樹としての機能を損ねるだ

けでなく,枝折れ,倒木などにより通行人や近隣

の住民にとって危険性の高いものにもなり得る。

特に,木材腐朽担子菌による腐朽は激しい強度低

下を引き起こすことや早期の診断が難しいため,

注意が必要で、ある。

サクラは,パラ科サクラ属サクラ亜属に属する

落葉広葉樹の総称である。主に北半球の温帯に分

布し, 日本に分布するサクラ亜属の野生種は,ヤ

マザクラ (Prunusjamasakura),オオヤマザク

ラ (psargentIi),オオシマザクラ (pJannesI-

ana) ,カスミザクラ (pverecunda),エドヒガ

ン (Ppθ'nduJa), マメザクラ (pIncIsa),タカ

ネザクラ (pnIpponIca) , チョウジザクラ (p

apetaJa) , ミヤマザクラ (pmaxImowIczlI)の9

種類である 2)。また,サクラは観賞用園芸品種と

しての価値が極めて高いことから品種改良が盛ん

に行われてきており,その代表的なものとしてソ

メイヨシノ (PrunusX yedoensIs) をはじめと

する様々な品種が生み出されている。これらは街

路樹や庭園樹として好まれている一方で,腐朽菌

に侵されやすい樹種として知られている 3-6)。

腐朽による折損,倒伏の被害を防ぐには,腐朽

を早期に発見することが重要である。 Visual

Tree Assessment (VT A)法 7)は街路樹におけ

る腐朽の診断法として用いられる手法であり,正

確な診断結果が得られる手法として利用されてい

る。本手法では第一に外観診断が行われるが,視

覚的要素を重要視するものであることから,得ら

れる結果に定量性がないことや,正確性が診断者

の技量に大きく左右されることから,より正確な

診断のために二次診断が行われる。高次の診断法

としては,物理的強度測定により判定する手法が

あるが8) 強度低下を検出可能な値でなければ判

定が出来ないため,腐朽初期の診断では不利と言

える。また,腐朽現象は検出できるものの,それ

を引き起こす腐朽菌の種類については子実体が発

生しているときのみ特定が可能で、ある。この様な

問題を解決する方法のーっとして,近年,腐朽菌

の遺伝子を用いた検出法が注目されている。本法

は腐朽菌ゲノム DNAの保存領域に特異的なプラ

イマーを用いてpolymerase-chainreaction (PCR)

法を行い,それにより得られた増幅産物の塩基配

列に基づき腐朽菌の検出及び同定を行う手法であ

るト川。この手法では微量なサンプル量からでも

検出が可能であるため,腐朽診断として有効な方

法のーっと考えられる。しかしながら,腐朽は樹木

中で均一に進行する現象ではないことから,腐朽

菌は樹木全体に蔓延しているのではなく局所的に

存在しており,したがって,得られる結果はサンプ

ルの採取部位や採取数に大きく影響を受けること

が予想される。よって,遺伝子レベルでの診断法の

精度をより高めていくためには,樹木中における

腐朽菌の局在性を明らかにすることが重要である。

そこで本研究では,サクラ内に存在する真菌類

の局在性を明らかにするため,ソメイヨシノのコ

アサンプルを用いて変性剤濃度勾配ゲ、ル電気泳動

法 (DGGE法)により菌叢の解析を行った。こ

れにより得られる情報は,サクラの正確な腐朽診

断におけるサンプリング部位を考える上で重要な

ものである。

2. 実験方法

2.1 試料の採取および調製

2010年7月25日に長野県御代田町の街路樹であ

るソメイヨシノ (PrunusX yedoensIs Matsumu

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表1 本研究で用いたサクラ(ソメイヨシノ)の状態

Table 1 Growth situation of cherry trees (Somei-yoshino) used in the present study

サンプル 樹種 樹齢 樹高 l.2m高さ周囲長 採取部位の高さSample Tree species Tree age Tree height Perimeter at 1.2m-height Height of sampling point

A ソメイヨシノ 40年以上(孟40years) 9.5m B ソメイヨシノ 40年以上(ミ40years) 9.5m C ソメイヨシノ 40年以上(ミ40years) 9.5m

ra.)から成長錘を用いて採取したコアサンプル

を用いた(表 1)。コアサンプルの採取は,異な

る3本の立木に対してそれぞれ行った。それぞれ

の サンプルは,FomItella fraxInea (Synonym,

PerennIporIa 企.axmea ベッコウタケ)の子実体

が観察されたものをサンプルA, ElfvIngIa appla-

na臼 (Synonym,Ganoderma applanatum :コフキ

サルノコシカケ)の子実体が観察されたものをサ

ンプル B,子実体が観察されなかったものをサン

プル Cとした。得られたコアサンプルを約 3cm

毎に 6分割した。各区分を液体窒素で凍結させた

後,凍結状態のままサンプルミル (TI-100,平

工製作所側)で 1分間粉砕した。得られた粉末

60mgから DNeasyPlant Mini Kit(QIAGEN) を

用いてゲノム DNAを抽出した。得られたゲノム

DNAの濃度は, PicoGreen二本鎖 DNA定量キ

ット (Invitrogen) を用いて測定した。

2.2 PCRによる Internaltranscribed spacer 1

(lTS1 )領域の増幅

PCRは, 2 x PCR buffer for KOD FX Neo (東

洋紡績(槻), 200μMの dNTPmixture (東洋紡績

(槻), 150μMの担子菌ITS1領域増幅用プライマー

ITS1F-GCおよび ITS4B(表 2),0.02Uの KOD

FX (東洋紡績株~)及び、10ng の鋳型 DNA を含む

40μlの反応系で行った。この反応液を940

Cで2

分間静置した後, 980

C・10秒, 600

C・30秒, 680

C・

60秒の三段階の温度条件を40回繰り返した後, 4

℃で冷却した。上記のようにして得られた PCR

215cm O.2m 180cm O.2m 220cm O.2m

産物を 2%アガロースゲル中で電気泳動し, Gel-

Red™ Nucleic Acid Gel Stain (和光純薬工業側)

により染色した。

2.3 変性剤濃度勾配ゲル電気泳動(DGGE)解析

DGGE解析は,既往の論文にしたがって行っ

た12)。変性剤 (100%変性剤は40%ホルムアミド

と7M尿素の混合液)を20-50%の直線濃度勾配

として含む 8%ポリアクリルアミドゲルを用い

た。 PCR産物 5μ!と等量の 2x DGGE loading

buffer (ニッポンジーン欄)を混合しこれをサ

ンプルとした。電気泳動は0.5xTAEを用いて,

60oC, 15時間行った。その際の電圧は75Vとし,

ゲルのサイズは180mmx 200mm x 0.5mmとした。

電気泳動後, SYBR'倒 Green1 (タカラバイオ附)

で染色し, PCR産物を検出した。各 DNA断片

をゲルから切り出し, Wizard偽 SVGel and PCR

Clean-Up System (Promega) を用いて DNA断

片を精製した。この DNA断片を鋳型としてlOx

PCR buffer for KOD plus ver. 2 (東洋紡績側),

200μMの dNTPmixture (東洋紡績附), 1.0mM

の MgS04,300μMの担子菌 ITSl領域増幅用プ

ライマーITSIFおよび ITS4B(表 1),0.02Uの

KOD-Plus同Ver.2 (東洋紡績側)を含む50μlの反

応系で再度 PCRを行った。反応条件は940

Cで2

分間静置した後, 980

C .10秒, 550

C' 30秒, 680

C・

60秒の三段階の温度条件を35回繰り返し 40

Cで

冷却するものとした。上記のようにして得られた

PCR産物を 2%アガロースゲル中で、電気泳動し,

表2 本研究で用いたプライマー

Table 2 List of primers used in the present study

プライマー名 塩基配列

Primer name Nucleotide sequence

ITS1F-GC 5'-CGCCCGCCGCGCCCCGCGCCCGTCCCGCCGCCCCCGCCCCCTTGGTCA TTT AGAGGA AGTAA-3'

ITS1F 5' -CTTGGTCA TTT AGAGGAAGT AA -3' ITS4-B 5'-CAGGAGACTTGT ACACGGTCCAG-3'

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GelRed™ Nucleic Acid Gel Stain (和光純薬工業

側)により染色した。検出されたバンドをゲルか

ら切り出し, Wizard@ SV Geland PCR Clean-up

System (Promega)を用いて DNA断片を精製

した。この DNA断片をダイレク トシークエンス

解析により塩基配列を決定した。精製が不十分な

サンプルは pGEM-TEasyベクタ ー (Promega)

にサブクローニングした後,シークエンス解析に

より塩基配列を決定した。

2.4 相同性検索

米国国立衛生研究所医学図書館の生物工学情報

センター (NCBI)が提供する相向性検索ウ ェブ

サイ ト(http://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)に

おいて,シークエンス解析により得られた塩基配

列情報を用いた BLASTN検索を行った。アルゴ

リズムは megablastを用い,パラメーターは全

てデフォルト設定で、行った。

3.結果と考察

3.1 コアサンプルの腐朽状態の調査

本研究では,異なる 3本のソメイ ヨシノ立木か

ら採取したコアサンプルを約 3cm毎に 6分割し,

実験に供した(図 1)。 サンプルBおよびCにお

いては中心部に明確な心材が形成されていた (サ

ンプル Bにおいては 7および8付近,サンプル

Cにおいては13付近)。一方, サンプル Aにおい

ては心材部と辺材部を明確に区別することができ

なかった。それぞれのサンプルの腐朽状態を 目視

により調査したところ サンプル Aおよびサン

~ 20 ~ 20 Q.

(A) Q.

ε E Zち 司

的 15』口

回 15』。

ロ》 ロ〉

き10 き10

に3 にJc

5 怜~~ z 。ζJ 4・ U ロ

<( 丸,

<( 三E ;.: z 。。 。

2 3 4 5 6 7 8 Sample No.

図2 コアサンプルから抽出されたゲノム DNAの量(A)サンプルA.(B)サンプル B,(c)サンプル C試料番号 1-18は図 1参照

9

一 121-

一一一一+樹皮(bark)

1 cm

図1 本研究で用いたソメイヨシノ由来コアサンプルFig. 1 Core samples of Somei-yoshino used in the

present study.

矢印は各コアサンプルの樹皮側を示す。Arrow correspond to bark in each samples.

プルBは樹皮側の外縁部が激 しく 腐朽されてい

たが,樹木内部の劣化はほとんど観察されなかっ

た。一方,サンプル Cにおいても成長錘で樹皮

が採取できないほど樹皮周辺が腐朽されていた

が, それに加えて樹木の中心部においても激しい

腐朽が観察されたことから, この樹木は心材腐朽

を受けていることが明らかとなった。VTA法に

よる診断では,樹勢については,いずれの生木に

も異常はみられなかったが 子実体が観察された

生木A.Bについては,撤去が必要で、あると判定

された。一方, Cの生木については経過観察が必

要であると診断された。

3.2 コアサンプルから抽出したゲノム DNAの

評価

コアサンプルから得られたゲノム DNAの濃度

~ 20 (8)

Q.

ε (C) '" 的 15』。亡刃

宝10

に3

55 <(

z 。10 11 12

Sample No 13 14 15 16 17 18

Sample No

Fig. 2 The amount of genomic DNA extracted from core sample. (A) Sample A. (B) Sample B, (c) Sample C 1-18 correspond to the part numbers in Fig. 1.

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を図2に示す。全てのコアサンプルの全領域から

DNAを抽出することに成功した。サンプル Bと

Cでは部位間での DNAの抽出量に大きな差異は

観察されなかったものの,サンプル Aにおいて

はNO.6で比較的大量の DNAが抽出された。得

られた DNAには微生物由来のもののみならず,

樹木自身が有する DNAも含まれていると考えら

れる。事実,本研究において採取した多 くの領域

でソメイヨシノ由来の DNAの混入が確認された

(データ未掲載)。特に,NO.6は樹木の外縁部で

あり ,形成層などの活発な生命活動を営む組織を

含むことから,樹木の DNAが多く混入した可能

性が考えられる。しかしながら,サンプル Bと

Cにおいては,外縁部でも際立つた量の DNAが

抽出されることはなかったことから,樹木由来の

DNAの混入のみで説明できるものではない。さ

らに, NO.6は腐朽の進行が著しい部位であり,

植物の組織が破壊されていることを考慮すると,

この領域で比較的大量のDNAが測定された結果

は,樹木(特に形成層などの生命活動が活発な組

織)由来の DNAのみならず,外部から侵入した

微生物の DNAにも影響を受けていると考えるの

が妥当で、あろう。

得られたゲノム DNAを鋳型にした PCRによ

り担子菌の ITS1領域の増幅を試みた。増幅産物

をアガロースゲル電気泳動で分析した結果,多く

の領域で目 的の分子量付近にPCR産物が観察さ

れた (図3)。このことから,得られたサンプル

中には担子菌が広く分布していることが示唆され

た。しかしながら,サンフル CのNo.16,No.l7

(A) (8)

では極めて少量の増幅産物のみが確認され,さら

にNo.l5で、は担子菌由来の DNAは増幅されなか

ったことから,腐朽された樹木中では微生物群に

局在性が存在することが予想された。

3.3 菌叢解析とその分布様式の調査

増幅産物を DGGE解析に供し,得られた DNA

断片の塩基配列をシークエンス解析により分析し

た。得られた配列情報を用いて相同'性検索を行っ

た結果を表3に示した。

3.3.1 ベッコウタケの子実体が観察されたソメ

イヨシノ(サンプル A)の菌叢解析

ベッ コウタケは,土壌から樹幹へと侵入し腐朽

を引き起こす白色腐朽菌であり ,特に街路樹のサ

クラにおいては最も主要な害菌のーっとして考え

られている。本研究においてベッコウタケの子実

体が観察されたサンプル AをDGGE解析したと

ころ,NO.2を除く全ての部位で本菌が検出され

た。このことは,ベッコウタケが樹幹中に広く 蔓

延している こと を示唆している。また, 目視で最

も腐朽被害の大きかった外縁部を中心に,ベッコ

ウタケ以外の担子菌類も検出されたが,明らかな

木材腐朽菌として知られるものはベッ コウタケの

みであったことから,この樹木の腐朽は本菌が原

因であることが予想された。一般にベッコウタケ

はサクラの心材部を腐朽する心材腐朽菌として知

られているω。それにも関わらず,本サンプルに

おいて, 目視で最も腐朽被害の大きいと診断され

た部位は外縁部であり, 心材はほとんど腐朽を受

けていなかったことは,本菌により引き起こされ

る腐朽現象を考える上で,重要な知見である。

(C) M123456 M 7 8 9101112 M131415161718

図3 担子菌 ITS1増幅用プライマーにより増幅された PCR産物のアガロースゲル電気泳動(A)サンプルA, (B)サンプル B.(C)サンプルCMはサイズマーカー番号 1-18は図 1参照

Fig.3 Agarose gel electrophoresis of PCR products amplified with primers targeting to basidiomycetous ITS1. (A) Sample A, (B) Sample B, (c) Sample C M indicates molecular standard (φX 174-HaeIII digest) 1-18 correspond to the part numbers in Fig. 1

木材保存 VoL39-3 (2013)

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表3 DGGE解析により同定された真菌類Table 3 List of fungi identified by DGGE analysis

サンプル番号 菌種名 スコア 相向性 分類Sample No. Description (Accession No.) Score Identity Taxa 1 FomItella fraxInea (FJ919746) 1199 655/658 (99%) B (W)

LepIsta saeva (AF241522) 1112 611/615 (99%) B (W) 2 Mycena corynephora (JF908369) 1068 587/591 (99%) B (W) 3 FomItella 企axInea (FJ919746) 1090 596/599 (99%) B (W)

LepIsta saθva (AF241522) 1112 6111615 (99%) B (W) 4 Perenn立つorIafraxInea (EU32621O) 1088 593/595 (99%) B (W) 5 Per,θnnIporIa 企.axInea (EU326210) 1092 598/601 (99%) B (W) 6 FomItella 企axInea (FJ919746) 1120 612/615 (99%) B (W)

FrankIa sp. (CP000249) 523 630/799 (79%) B (W) Mycena corynephora (JF908368) 1371 756/762 (99%) B (W) Mycena sp. (FJ627033) 652 488/548 (89%) B (W) Aかcenacorynθphora (JF908369) 1188 652/656 (99%) B (W) PerennIporIa fr.砿 inea (EU32iもi210) 1109 604/606 (99%) B (W)

7 FomItella fraxInea (FJ919746) 1199 655/658 (99%) B (W) PerennIporIa fraxIn回 (EU326210) 1120 613/616 (99%) B (W)

8 Aかcenacorynephora (JF908368) 1129 625/631 (99%) B (W) PerennIporIa fraxInea (EU321もi210) 1120 613/616 (99%) B (W)

9 PerennIporIa fraxInea (EU326210) 1120 613/616 (99%) B (W) 10 PerennIporIa fraxInea (EU32iもi210) 1112 612/617 (99%) B (W) 11 PerennIporIa fraxInea (EU32iもi21O) 1120 613/616 (99%) B (W) 12 Per,θnnIporIa fraxInea (EU326210) 1120 613/616 (99%) B (W) 13 FomItella fraxInea (FJ919746) 1114 610/614 (99%) B (W)

PerennIporIa fraxInea (EU326210) 1118 612/615 (99%) B (W) 14 PerennIporIa 企axInea(EU32621O) 1118 612/615 (99%) B (W) 16 FomItella fraxInea (FJ919746) 1188 612/615 (99%) B (W)

Trametes versIcolor (AB368486) 1109 605/607 (99%) B (W) 17 FomItella 丘axInea (FJ919746) 1120 612/615 (99%) B (W)

PerennIporIa fraxInea (EU326210) 1188 654/659 (99%) B (W) 18 FomItella fr.ぉ inea (FJ919746)

PerennIporIa fraxInea (Fj41もi2770)B (W) 白色腐朽担子菌White rot basidiomycete is indicated by B (W).

3.3.2 コフキサルノコシカケの子実体が観察さ

れたソメイヨシノ(サンプル B)の菌叢解析

興味深いことに,ベッコウタケ同様にサクラの

主要な害菌として知られているコフキサルノコシ

カケの子実体が観察されたサンプル Bにおいて

も,全ての部位でベッコウタケが観察された。そ

の一方で、,コフキサルノコシカケは検出されなか

った。この原因は不明で、あるが,コフキサルノコ

シカケの子実体が形成された部位とは異なる部位

でコアサンプルを採取していることが影響してい

るのかも知れない。また コフキサルノコシカケ

が子実体を形成していることから,本菌が侵入し

てから長時間を経ていると考えられ,したがって,

コフキサルノコシカケが腐朽した後にベッコウタ

ケが侵入し,腐朽を続けた可能性も考えられる。

いずれにしても,この結果より,サクラの腐朽診断

1118 611/614 (99%) B (W) 1140 619/620 (99%) B (W)

において,子実体の観察のみによる腐朽原因菌の

特定は確実性を担保できないことが示唆された。

3.3.3 子実体が観察されなかったソメイヨシノ

(サンプル C) の菌叢解析

前述したように,本サンプルは心材部において

腐朽の進行が認められたものである。このサンプ

ルでは子実体は見いだされなかったものの,腐朽

進行部位の DGGE解析の結果より,心材腐朽菌

として知られるベッコウタケが検出された。した

がって,本サンプルはベッコウタケの典型的な腐

朽事例として見なすことができょう。また,この

コアサンプルでは木材腐朽菌カワラタケが No.l6

で検出されたものの,ベッコウタケが心材腐朽部

のみならず,サンプル Cで検出された菌の大部

分を占めていた。このことは,他のサンプルと同

様に,この樹木においてもベッコウタケが広く蔓

木材保存 Vo1.39-3 (2013)

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延していることを示唆するものである。しかしな

がら興味深いことに,このサンプル中の No.15の

部位においては如何なる担子菌も検出されなかっ

た。さらに,担子菌のみならず子嚢菌も含めた広

範囲の糸状菌類を検出可能なプライマーを用いて

同様の解析を行った場合においても,糸状菌類は

全く検出されなかった。以上のことから,樹幹内

において腐朽菌の局在性が存在しており,ごく近

接した箇所でも腐朽菌が蔓延している部位と全く

菌類が侵入していない部位が存在していることが

示唆された。

4. まとめ

サクラは日本における街路樹として極めて重要

な地位を占める。特に,ソメイヨシノは最も主要

な代表種である。本研究では,サクラの腐朽に関

する情報を得るため,成長錘を用いて採取したソ

メイヨシノのコアサンプルを用いて, PCR-DGGE

法に基づく菌叢解析を行った。ベッコウタケの子

実体が生じていた樹木 コフキサルノコシカケの

子実体が観察された樹木 子実体が形成されてい

なかったがコアサンプルの目視により明らかな心

材腐朽が観察された樹木から採取したコアサンプ

ルから,それぞれ DNAを抽出することに成功し

た。これを鋳型にして PCR-DGGE分析を試みた

ところ,全てのサンプルにおいてベッコウタケが

優先種として検出された。このことは,ベッコウ

タケによる腐朽が採取地域に広く蔓延しているこ

とを示唆している。しかしながら,ベッコウタケ

が検出された部位のごく近傍において,全く菌が

検出されない部位が存在していたことから,腐朽

菌は樹木中で高い局在性を呈していることが予想

された。さらに,コフキサルノコシカケの子実体

が観察された樹木由来のコアサンプルでは当該菌

が検出できなかったことなどを考慮すると,サク

ラの腐朽診断をごく微量サンプルから行う場合に

は,複数の診断箇所を調査するなどの注意が不可

欠であると考えられた。

謝辞

サンプルを提供下さった長野県御代田町の関係

者に厚く御礼申し上げます。本研究は日本学術振

興会特別研究員奨励費(課題番号24-3141)の助成

により行われました。関係各位に謝意を表します。

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