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通訳の歴史 「舌人・通事・通詞」 中国・日本における通訳職の成立

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通訳の歴史

「舌人・通事・通詞」

中国・日本における通訳職の成立

職業としての通訳の誕生

通訳の歴史はあまり研究されていない。

翻訳と異なり関連する文献が残らない。

通訳者自身による著作がほとんどない。

研究対象としても注目されることがなかった。

一方で通訳は最も歴史の古い職業と言われる。

バベルの塔の伝説

冥界と生者の世界をつなぐヘルメス神

→聖書解釈学

職業通訳者誕生の背景

宗教と貿易による国際関係の進展

宗教

中国における仏教の普及

口頭で行われた仏典の翻訳

キリスト教の世界的な布教活動

アジア地域への進出

大航海時代(十五世紀末~十六世紀初)

お茶、香辛料の貿易

日本にもポルトガル商船(南蛮船)が渡来

中国における通訳のはじまり

仏典の口頭翻訳・宗教と貿易による需要

口頭によって行われた仏典翻訳

佛教经典由口头传诵到书写成文,经历了漫长的发展过程,并逐渐形成各宗各派学说。佛教经典繁多,总称为经、律,论三藏。中国佛教经藏大部分都是在河南译出的。洛阳、安阳、开封、许昌等地都是重要的佛经译场。而洛阳白马寺则是中国第一个佛经译场。 ⋯据有关资料记载,从东汉永平十一年(68年)至东汉延康元年(220年)的150多年间,译经者有12人,共译出佛经292部,395卷。洛阳以及白马寺不仅是我国最早的佛经翻译道场,也是我国译经最多的译经场所。

http://www.nease.net/~nmamtf/amtfjs/fjzzui.html

1~2世紀の中国では仏典はまず口頭翻訳(通訳)され、それを記録する形で訳されていた。

「舌人」、「通事」の職名

泉州(12世紀初)宋元时代,穆斯林蕃客船靠岸,即有舌人(翻译)登船说合,在舌人引导下参加市舶司举行的阅货宴、送行宴。此等舌人为蕃学所培养。古代每一座清净寺都是一座学校,教习阿拉伯、波斯文字。

http://travel.qz.fj.cn/zongjiao/yisilan3.htm

マカオ(16世紀初)早期葡萄牙人到澳门开展贸易,其沟通方式主要靠“舌人 ”、“通事”来承担翻译工作,而担任这一工作的主要是懂葡语的华人。为了传教的需要,耶稣会在澳门开展了对传教士的汉语培训,让西方人学习汉语。

http://www.bjqb.gov.cn/jingtai/model.asp?id1=20&id2=44

欧米列強、日本の中国侵略

清朝末期の中国

政府の腐敗、国の弱体化につけこんだ外国の

侵略

アヘン戦争

租界の成立

買弁商人の活躍

外国資本と結びつき、現地の業者に口利きをする

清国商社が欧米資本とともに日本に上陸

急激に国際化の波にさらされることとなった。

日本における通訳の歴史

長崎の唐通事・阿蘭陀通詞を中心に

日本における通訳の歴史

中国との古来からの行き来

二カ国語を話す人材

ポルトガルとの南蛮船貿易

長崎でのキリスト教布教(最初は黙認)

信者の増加→幕府は団結を恐れるようになる

16世紀末、バテレン追放令

鎖国時代に唯一海外に開かれた窓口「出島」

17世紀初、長崎の出島

オランダ、中国などとの往来

出島の商館

阿蘭陀通詞、唐通事の成立

他にタイ語、ベトナム語、インド地方言語の通訳も存在

阿蘭陀通詞と唐通事

長崎奉行のもとにおかれた通訳官

役人として勤める。

職位が細かく決まっている。

貿易・外交など対外折衝全般を取り仕切る。

親から子へ代々受け継がれる職業である。

民間の通訳者(内通詞)

出島の商館に出入りする民間の業者

通訳を行って、その都度「口銭」を得る。

自由競争によって仕事を獲得する。

後に幕府によって組織化される。

通詞の組織

幕府に雇用される通詞と民間の通詞正規の通詞:大通詞、小通詞、稽古通詞民間の通詞:内通詞小頭・内通詞1695年 通詞目付の設置

十七世紀末に基本的な体制が成立

通詞目附-大小通詞-稽古通詞(幕府組織)

内通詞小頭-内通詞(民間組織)

通詞の職業は家を単位として世襲で代々受け継がれる

長崎の唐通事

中国語通訳のはじまり

日中関係と通事

『魏志倭人伝』による記載

仏教の伝来

遣唐使、遣隋使

学問としての漢学

江戸時代までの漢学者

中国語音で読む漢籍

民間の貿易はずっと行われていた

国の貿易実務に従事する正規の通事の成立

江戸時代の長崎唐通事

長崎における貿易はオランダよりも中国が主流

唐通事のはじまり

17世紀、中国船の長崎来港がさかんになる

ピーク時には年間一万人の中国人が来訪

慶長9年(1604)、長崎在住の唐人馮六が唐通事に任ぜられる(唐通事のはじまり)

唐通事の祖先は中国人

子孫はのちに「日本人の姿」となり、日本名に

平野家、頴川家、彭城家、林家などが代表的な唐通事

唐通事の職務

唐人関係の通訳業務

来航唐船の管理

商売に関する諸帳簿・諸報告書の作成

取引業務における裁量権の行使

唐人・唐館の秩序維持

唐船風説の聴取・報告

通訳だけではなく対外業務全般を取り仕切る。

翻訳や報告書の作成も行う。

唐通事の家系

頴川家(陳冲一)

頴川家(陳九官)

林家(林公琰)

林家(林楚玉)

彭城(さかき)家(劉焜台)

彭城家(劉一水)

彭城家(劉鳳岐)

平野家(馮六)

神代(くましろ)家(熊氏?)

柳屋家(柳氏)

唐通事 林道栄

父、林公琰中国福建福清県から渡来

大村藩士の娘を娶り長崎に移る

長崎で「唐年行司」となり貿易事務に従事

林道栄1640年 林公琰の長子として生まれる

1663年 小通事となる

1674年 大通事に命ぜられる

http://www.webgates.or.jp/~ichbinhy/gakkai/reikairp/doei-rireki.htm

唐通事会所跡

唐通事の教育への貢献

漢学ではない中国語教育の始まり

最初の正式な語学学校は明治4年に開設された外務省漢語学所

初期の教員はほとんどが長崎唐通事出身

当初は学生も長崎通事の家の子弟

その後、日本人学生も徐々に増加

漢語学所は外国語学習所と改称され、後に外務省から文部省に移管、東京外国語学校の母胎に

東京外国語学校は現在の東京外国語大学

阿蘭陀通詞のはじまり

阿蘭陀通詞と洋学の普及

日本の「南蛮通詞」

初期はポルトガル語ロドリゲス 『日本大文典』1604~1608日本人キリスト教徒が増加

初期の阿蘭陀商館ができる1639 ポルトガル人 マカオに追放→長崎の出島/キリスト教流入と密貿易の禁止

阿蘭陀商館長一年交替にポルトガル語よりオランダ語の需要が高まる

鎖国、禁教体制で阿蘭陀通詞が必要に

ポルトガル語からオランダ語へ

初期の南蛮船貿易はポルトガルが相手国

1549年 ザビエルの渡来

少年遣欧使節

その後、キリスト教弾圧によりポルトガル人は マカオに追放される

ポルトガルにかわってオランダが貿易相手国に

それまでのポルトガル語通詞がオランダ語修行

ザビエル、聖パウロ天主堂跡

阿蘭陀通詞の職務

語学修業

入港阿蘭陀船の検査

阿蘭陀風説書和解

人別改、乗り組み人名簿和解

積荷目録和解

貿易事務

蘭人諸雑務

阿蘭陀通詞会所、通詞部屋勤務

阿蘭陀風説書

阿蘭陀船が長崎に入港すると、まず風説書が提出された。これにはヨーロッパからアジアの政治情勢などが記載されており、幕府の貴重な情報源として重用視されていた。

これは1641(寛永18)年以降その提出が義務づけられた。風説書の内容は極秘扱いであり、老中以外は内容を知ることが出来ないため重大な情報を得たとしても適切な対応が出来なかった。が、極秘扱いとはいえ、一部の諸藩はこれに大きな関心を持ち,長崎駐在の聞役(藩と長崎奉行との連絡に当たる要職)の暗躍で,通詞の訳文の控えが外部に洩れていたようである。

阿蘭陀通詞の洋学発展への貢献

長崎通事には学究的な人物が多かった

通訳者として学者に協力して西洋の学問を伝えた

辞書、技術書、医書などの翻訳と編纂『ハルマ和解』

『阿蘭陀辞書和解』

『英和対訳袖珍辞書』

『厚生新編』(日用百科全書)

『西説伯楽必携』(馬の病気と治療に関する医学書)

医者や天文学者へ転向する者もあった

ハルマ和解(日本最初の蘭和辞書)彦根城博物館ホームページ・洋学コレクションより

英和対訳袖珍辞書(写真はhttp://www.kufs.ac.jp/toshokan/50/eiwa.htmによる)

堀達之助(阿蘭陀通詞)の編による英和辞書

通訳者を主人公にした小説

吉村昭の作品

『黒船』(ペリー艦隊来航時、主席通詞としての重責を

果たしながら、思いもかけぬ罪に問われて入牢するこ

と四年余。その後、日本初の本格的な英和辞書「英

和対訳袖珍辞書」を編纂した堀達之助。歴史の大転

換期を生きた彼の劇的な生涯を通して、激動する時

代の日本と日本人の姿を克明に描いた作品)

『海の祭礼』(1848年、ペリーの米航の5年前、鎖国のただ中にある日本に憧れて単身海を渡ってきたアメリ

カ人がいた。その名は、ラナルド・マクドナルド。海か

ら見た日本の開国風景を描く長篇歴史小説)

通訳の歴史がわかる本

『長崎唐通事』

『阿蘭陀通詞 今村源右衛門英生』

『出島』

『江戸の蘭方医学事始阿蘭陀通詞・吉雄幸左衛門耕牛』

『長崎通詞ものがたり ことばと

文化の翻訳者 』

『開国日本と横浜中華街』