本格化するヤマルlngプロジェクト - jogmec石油・天然ガス資 … · 2020. 12....

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51 石油・天然ガスレビュー アナリシス 本格化するヤマルLNGプロジェクト ―最新の状況とプロジェクト成立に向けた要因分析― JOGMEC 調査部 原田 大輔 現地ネネツ語で「ヤ(世界)マル(終わり)= 最果て」を意味するというヤマル半島 *1 は、ロシア連邦のなか でも最も厳しい自然環境に置かれた地域だろう。北極圏以北、ヤマロネネツ自治管区に位置し、 1 年のうち、 8カ月を冬季が占める。最低気温は氷点下 6 0 ℃に迫り(冬季平均は氷点下 2 0 ℃)、短いながら夏季には温 度は 3 0 ℃まで上昇(夏季平均は 1 2 ℃)。永久凍土を溶かし、泥沢地に変えてしまうことから、大量に発生 する蚊や虻 あぶ への対策、地盤未整備地域への重機の持ち込みの制限が開発を阻む *2 。人口密度は 1 ㎢あたり 1 人に満たず(世界最大の国土を有するロシア全体では 8 人、日本では 3 3 7 人)、日本の 2.5 倍の広さを有す る同自治管区全体でも人口は 5 0 万人程度に過ぎない *3 。そして、そのほとんどが資源開発産業に従事し ている“ネフチャニキ”・“ガゾヴィキ”(ロシア語で石油ガス産業人)である。 「ヤマル(最果て)」という言葉にはもう一つの意味がある。それはロシアのみならず、世界の石油産業の ヤマル=フロンティアである。世界最大の天然ガス埋蔵量を誇るロシアにおいて、同地域には全世界の 2 2 %の天然ガス埋蔵量が集中しており、更にオフショア・カラ海には既発見未開発構造が複数存在する。 ヤマロネネツ自治管区にはソ連時代から開発されてきた大ガス田群(ウレンゴイ・ガス田〈確認埋蔵量 1 7 7TCF〉、ヤンブルク・ガス田〈同 1 5 7TCF〉、メドヴェージェ・ガス田〈同 5 4TCF〉等)があり、ソ連 解体後も主要生産地として大成してきた。21世紀に入った2002年、国営ガス企業体Gazpromはヤマ ロネネツ自治管区政府とヤマル半島開発に関する最初の計画を策定。関係機関、シンクタンク等で検討・ じめに 出所:Wikipedia「ヤマロネネツ自治管区」および Google Earth 出所:筆者撮影 ヤマル半島を擁するヤマロネネツ自治管区 (夏場は永久凍土が溶け無数の沼が出現する) 図1 ヤマル半島南部の凍結した沼沢群 (5 月下旬) 写1 ヤマル半島 Москва Москва

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  • 51 石油・天然ガスレビュー

    JOGMEC

    K Y M C

    アナリシス

    本格化するヤマルLNGプロジェクト―最新の状況とプロジェクト成立に向けた要因分析―

    JOGMEC調査部 原田 大輔

     現地ネネツ語で「ヤ(世界)マル(終わり)=最果て」を意味するというヤマル半島*1は、ロシア連邦のなかでも最も厳しい自然環境に置かれた地域だろう。北極圏以北、ヤマロネネツ自治管区に位置し、1年のうち、8カ月を冬季が占める。最低気温は氷点下60℃に迫り(冬季平均は氷点下20℃)、短いながら夏季には温度は30℃まで上昇(夏季平均は12℃)。永久凍土を溶かし、泥沢地に変えてしまうことから、大量に発生する蚊や虻

    あぶ

    への対策、地盤未整備地域への重機の持ち込みの制限が開発を阻む*2。人口密度は1㎢あたり1人に満たず(世界最大の国土を有するロシア全体では8人、日本では337人)、日本の2.5倍の広さを有する同自治管区全体でも人口は50万人程度に過ぎない*3。そして、そのほとんどが資源開発産業に従事している“ネフチャニキ”・“ガゾヴィキ”(ロシア語で石油ガス産業人)である。 「ヤマル(最果て)」という言葉にはもう一つの意味がある。それはロシアのみならず、世界の石油産業のヤマル=フロンティアである。世界最大の天然ガス埋蔵量を誇るロシアにおいて、同地域には全世界の22%の天然ガス埋蔵量が集中しており、更にオフショア・カラ海には既発見未開発構造が複数存在する。 ヤマロネネツ自治管区にはソ連時代から開発されてきた大ガス田群(ウレンゴイ・ガス田〈確認埋蔵量177TCF〉、ヤンブルク・ガス田〈同157TCF〉、メドヴェージェ・ガス田〈同54TCF〉等)があり、ソ連解体後も主要生産地として大成してきた。21世紀に入った2002年、国営ガス企業体Gazpromはヤマロネネツ自治管区政府とヤマル半島開発に関する最初の計画を策定。関係機関、シンクタンク等で検討・

    はじめに

    出所:Wikipedia「ヤマロネネツ自治管区」および Google Earth 出所:筆者撮影

    ヤマル半島を擁するヤマロネネツ自治管区(夏場は永久凍土が溶け無数の沼が出現する)図1

    ヤマル半島南部の凍結した沼沢群(5 月下旬)写1

    ヤマル半島

    北 極 海

    Москва★Москва★

  • 522013.7 Vol.47 No.4

    JOGMEC

    K Y M C

    アナリシス

    修正が重ねられた後、2007年に正式に「包括的ヤマル半島開発計画」として動き出した。その目的は将来的に減退する西シベリアの既存ガス田への補完であり、生産量は2030年には現在のロシアの全年間生産量(2012年生産量654.5BCM)の半分に相当する310 ~ 360BCMを目指すものである。 更に同計画は新輸送システムの構築も包含しており、それは既存輸送システムの拡張となるパイプラインはもちろん、北極海航路開拓を前提としたLNG輸送をも含む野心的なものであった*4。前述のように、北極圏・永久凍土上での開発という厳しい環境下において、地盤の固まる冬季の限られた期間に上流開発、パイプライン建設、港湾建設を推進すべく、開発を目的とした重機搬送のための独自の鉄道を敷

    ふ せ つ

    設することから始まった、正に石油開発のフロンティアという言葉が相ふ さ わ

    応しい計画である。 最初の開発ターゲットとなるボヴァネンコヴァ・ガス田におけるフィールド開発・施設建設が進むなか、

    出所:Gazprom“Yamal Megaproject”

    十億㎥

    年 2011 2015 2020 2025 2030

    天然ガス生産計画 7.9 75 ~ 115 135 ~ 175 200 ~ 250 310 ~ 360

    表1 ヤマル半島と隣接海洋鉱区からの天然ガス生産見通し

    470.2 480.0 490.8 487.7 494.3505.1 511.3 517.9

    233.1 227.5 238.3238.3 221.6221.6 246.0246.0 247.0247.0 241.8241.8 239.4239.4

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    2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012

    Production Export

    640.6 656.3 650.8 663.0582.9

    650.8 669.7 654.5

    187.2187.2 182.0182.0 171.3171.3 174.3174.3 167.2167.2 184.0184.0203.9203.9 186.9186.9

    0100200300400500600700800

    2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012

    Production Export

    百万トン原 油 天然ガス

    十億㎥

    年 年

    (注)生産量に対し原油の輸出量は平均 48%を占めるのに対し、天然ガスは平均 28%にとどまる。出所:エネルギー省(http://minenergo.gov.ru/activity/statistic/)

    ロシアの原油・天然ガスの生産量と輸出量の推移図2

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    Perseevsky(Statoil)

    Perseevsky(Statoil)

    LNG(Working)LNG(Planning)

    出所:JOGMEC

    ヤマロネネツ自治管区に位置する既存油ガス田および既発見未開発鉱床図3

  • 53 石油・天然ガスレビュー

    JOGMEC

    K Y M C

    本格化するヤマルLNGプロジェクト -最新の状況とプロジェクト成立に向けた要因分析-

    2008年には同ガス田から既存欧州向けパイプラインに接続するボヴァネンコヴォ~ウフタ・パイプライン(1,240km)の建設を開始(2012年10月に試験稼働*5)。米国でのシェールガス生産の拡大とリーマンショック後の欧州でのガス需要の減少が際立ってきた2009年9月、プーチン首相(当時)は外資誘致を目的に世界のLNG関係企業をヤマロネネツ自治管区の首府サレハルドに急

    きゅうきょ

    遽招集し、雄たる国際企業幹部を短期間で集め、世界の耳目を集めた。その後、新規事業としてヤマルLNGプロジェクトが正式に公表される*6。2008年当初はGazpromが主導する構想だったが、新プロジェクトはロシア第2位の民間天然ガス生産会社NOVATEKがオペレータとなり、ヤマル半島東岸に位置するユジノ(南)タンベイ・ガス田を供給

    出所:Gazprom(http://www.gazprom.ru/about/production/projects/deposits/bm/)

    Gazprom:ボヴァネンコヴァ・ガス田開発プロジェクト概要 ・鉱区権者:Gazprom(100%) ・�確認埋蔵量:天然ガス26.5TCM(935TCF)、コンデンセート

    120億BBL  (ABC1+C2+C3/ボヴァネンコヴァ〈173TCF〉を中心とする32ガス田の合計) ・スケジュール:2006年開発を承認、2012年10月生産開始。  年間15BCMからスタートし、115BCMから140BCMへ増加予定。 ・�備考:開発には後述の資機材運搬用の永久凍土帯での専用鉄道の敷設と同ガス田およびウ

    フタを結ぶ新規PLの建設が不可欠。

    Gazprom ボヴァネンコヴァ・ガス田群開発プロジェクト概要図4

  • 542013.7 Vol.47 No.4

    JOGMEC

    K Y M C

    アナリシス

    ソースとし、アジア太平洋市場へのLNG供給も視野に入れることを示唆する内容を帯びてくる。2010年にはプーチン首相(当時)が「ヤマル半島におけるLNG事業開発総合計画」に署名。2011年には仏TotalがヤマルLNGプロジェクト会社(JSCヤマルLNG社)の20%に参画し(TotalはNOVATEKと戦略提携に合意し同社株式を36カ月以内に19.4%まで買収するオプションにも合意)*7、Gazpromが進めるボヴァネンコヴァ・ガス田開発(欧州向け)、そして、NOVATEKがTotalと進めるヤマルLNGプロジェクト(ユジノタンベイ・ガス田開発/世界市場向け)という双璧が現れ出てきた。 北極圏の厳しい環境下でのLNGプロジェクトとしてはStatoilが進めるスノーヴィット(白雪姫)LNG

    NOVATEK:ヤマルLNGプロジェクト概要 ・鉱区権者:NOVATEK(80%)、Total(20%)        ※将来的にNOVATEKは29%のファー

    ムアウトを計画中(2013年6月21日には、中国国営石油会社CNPCが20%ファームインに合意と発表)。

     ・確認埋蔵量: 天然ガス698BCM(24.6TCF)、コンデンセート1.2億BBL ・スケジュール:  ⇒Pre-FEED/ ~ 2011年、FEED/ ~ 2012年、FID/ ~ 2013年末  ⇒ユジノタンベイ・ガス田:58井の評価井完了(2012年) ・備考:  ⇒ユジノタンベイ・ガス田近傍のサベッタに港湾建設(政府負担)、空港、液化施設を建設。  ⇒LNG容量:3系列×5.5MMt=16.5MMt   (2016年、2017年、2018年にそれぞれLNG生産開始)  ⇒プラトー生産量:天然ガス23BCM、ピーク生産量:コンデンセート800万BBL。

    出所:NOVATEK(http://www.novatek.ru/ru/business/yamal/southtambey/)

    NOVATEK ヤマル LNG プロジェクト概要図5

  • 55 石油・天然ガスレビュー

    JOGMEC

    K Y M C

    本格化するヤマルLNGプロジェクト -最新の状況とプロジェクト成立に向けた要因分析-

    出所:Rosatomflot(Rosatom 傘下原子力砕氷船運営会社)による紹介資料

    LNG運搬船「オビ河」(右上)と原子力砕氷船「50年戦勝記念」(左下)/北極海航路を通過図7

    出所:各社年次報告書より筆者作成

    ロシアの天然ガス企業Gazprom(業界1位)とNOVATEK(同2位)の諸元図6

    (注) * ZUBKOV会長の肩書き:Chairman of the Board of Directors MILLER社長の肩書き: Deputy Chairman of the Board of Directors, Chairman of Gazprom's Management Committee **Gazpromの各数値はグループベース(Gazpromneft等を含む)。 ***Gazprom確認埋蔵量数値について、左側はA+B+C1ベース、右側は国際基準ベース。NOVATEKはSEC(米証券取引委員会)ベース。 ****RUB(露ルーブル)ベース決算を通年USD(米ドル)換算レートで試算。Gazprom単体では2008年7.2BilUSD、2009年19.7BilUSD、2010年12.0BilUSD、2011年29.9BilUSD。

  • 562013.7 Vol.47 No.4

    JOGMEC

    K Y M C

    アナリシス

    プロジェクトという前例があるが、メキシコ湾流によって海が凍結しない同プロジェクトとは異なり、ヤマルLNGプロジェクトは氷海対策を中心としたさまざまなリスク、市場への距離等不安定要素は枚挙にいとまがない。更にGazpromが進めるシュトックマンLNGプロジェクトが欧州ガス需要の減少と技術的課題からほぼ無期延期という状況に追い込まれているなかで(Gazpromは2019年以降にガス田開発を開始すると発表*8)、更に欧州市場より地理的に遠く、明らかにチャレンジングなプロジェクトであるというのがヤマルLNGプロジェクトに対する一般的な見方だろう。 ところが、2013年4月、プロジェクトは問題なく進んでいることを示すかのように、Technip・日揮連合が同プロジェクトのEngineering Procurement and Construction(EPC)契約(年産1,650万トン〈550万トン×3系列〉のLNGプラントに係る有償見積もり、詳細設計および一部長納期機器等の調達役務/ランプサム契約〈ただし、将来の全体契約の契約形態は別途調整〉)をJSCヤマルLNG社から受注したとのニュースが流れた*9。 その上、ノルウェーから2012年11月に世界で初めて北極海航路を経て、LNG運搬船「オビ河(ヤマル半島へ流れ出る河川)」が九州電力に向けてLNGを搬送し(売り主はGazprom Marketing & Trading*10)、経済性は別としても氷海・厚氷状況が厳しくなる冬場においてさえも輸送が可能であることを示した*11。一方で長期にわたるLNGプロジェクトの常としてマーケティング確保は不可欠であるにもかかわらず、現時点ではメディア露出があったものは2件、しかもこれらは、価格等詳細条件には踏み込んでいない=マーケティングは依然不透明、というのがヤマルLNGプロジェクトの現況である*12 *25。 果たして、ヤマルLNGプロジェクトは順調に実現に向かっているのか。また、どのような要素・事象が今後同プロジェクトの成否を左右するのか。本稿では、5月下旬にヤマル半島を訪問して得られた情報をアップデートしながら分析を試みたい。

     ヤマロネネツ自治管区は1970年初頭、ソ連による欧州への天然ガス輸出の成長とともに急速に生産量を拡大してきた。ソ連解体前後の1990年前後には実に世界の天然ガス生産量の4分の1を占め、その後、他産ガス国の生産量の増加等に伴い世界生産に占める割合は漸次低下してきたものの、生産量は500BCM超のプラトーを維持し、世界生産に占める割合17 %と最大の生産地域の地位を保っている。 特筆すべきことは、これら生産地域が、まだヤマル半島にまで及んでいないということである。ソ連時代に地質調査と探鉱が行われた結果、半島には上述のボヴァネンコヴァをはじめ、既発見未開発の大ガス田群が複数存在する。また、同自治管区内ではヤマル半島も含む全域で235もの鉱区が公開されており、うち85

    鉱区が生産・開発中である一方、探鉱中の鉱区は150に達する。2011年時点の天然ガス累積生産量は14.97TCM

    (528.66TCF)、 確 認 埋 蔵 量(AB+C1) は 33.37TCM(1,178.45TCF)と評価されている。また、原油の累積生産

    1. ヤマル半島開発:世界最大のガス生産地域

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    十億㎥ %

    年出所:同自治管区資料および BP 統計から世界シェアを試算

    ヤマロネネツ自治管区における天然ガス生産量とその世界シェアの推移図8

  • 57 石油・天然ガスレビュー

    JOGMEC

    K Y M C

    本格化するヤマルLNGプロジェクト -最新の状況とプロジェクト成立に向けた要因分析-

    量は7.9億トン(58.4億BBL)、確認埋蔵量(同上)は24.96億トン(184.6億BBL)、コンデンセートの累積生産量は1.4億トン(10.4億BBL)、確認埋蔵量(同上)は11.39億トン(84.2億BBL)と見積もられていることからも、今後も数十年にわたってロシアの主要天然ガス生産地域として国内供給、外貨獲得の両面で柱となっていくことは確実だろう。 また、新規エリアとなるヤマル半島についてGazpromは同半島を次の三つの鉱床群に分け埋蔵量評価を行っており、その規模の大きさを窺

    うかが

    い知ることができる。 出所:ヤマロネネツ自治管区州政府

    ヤマロネネツ自治管区における鉱区公開状況と埋蔵量評価資料図9

    出所:Gazprom Tyumeniigiprogaz*13

    表2 Gazprom によるヤマル半島油ガス田鉱床群の埋蔵量評価

    ①ボヴァネンコヴァ鉱床群天然ガス(C1ベース) 原油(C1ベース) コンデンセート(C1ベース)

    鉱床名:ボヴァネンコヴァ(注)

    4.4TCM(155.4TCF) 4.7 百万トン(34.8 百万 BBL) 57百万トン(4.2 億 BBL)

    鉱床名:ハラサヴェイ

    1.4TCM(49.4TCF) - 65 百万トン(4.8 億 BBL)

    鉱床名:クルゼンシュテルン

    0.96TCM(33.9TCF) 4.7 百万トン(34.8 百万 BBL) 122 百万トン(9.0 億 BBL)(注)C3 ベースでは 4.9TCM(173TCF)。

    ②タンベイ鉱床群天然ガス(C1ベース) 原油(C1ベース) コンデンセート(C1ベース)

    鉱床名:西(ザーパドノ)タンベイ

    0.1TCM(3.5TCF) 23.8 百万トン(1.8 億 BBL) 3百万トン(0.2 億 BBL)

    鉱床名:北(セヴェロ)タンベイ

    0.7TCM(24.7TCF) - 29.6 百万トン(2.2 億 BBL)

    鉱床名:タスィスキー

    0.37TCM(13.1TCF) - 17.2 百万トン(1.3 億 BBL)

    鉱床名:マルィギンスキー

    0.44TCM(15.5TCF) - 18.9 百万トン(1.4 億 BBL)(注)Gazprom による評価のため、NOVATEK がオペレータを務めるヤマル LNG の供給源、南(ユジノ)タンベイ鉱床は含まれない。

    ③南(ユーグ)鉱床群天然ガス(C1ベース) 原油(C1ベース) コンデンセート(C1ベース)

    鉱床名:ノヴォポルトフスキー

    0.2TCM(7.1TCF) 2.2 億トン(16.3 億 BBL) 11.4 百万トン(0.8 億 BBL)

    鉱床名:セヤヒンスキー

    0.4TCM(14.1TCF) 15百万トン(1.1 億 BBL) 17百万トン(1.3 億 BBL)

    鉱床名:ニリヴォイスキー

    0.7TCM(24.7TCF) 45百万トン(3.3 億 BBL) 35百万トン(2.6 億 BBL)

  • 582013.7 Vol.47 No.4

    JOGMEC

    K Y M C

    アナリシス

     これら過去の実績データ、埋蔵量評価から分かるように、西シベリア堆積盆地北縁のヤマロネネツ自治管区は北方に行くほどガスリッチであり、コンデンセート生産量も期待される地域となっている。実際、原油生産量は2004年をピークに減少傾向にあるが、コンデンセート生産量は1985年から5倍に伸びている。 天然ガスパイプライン輸送はソ連時代に始まり、内陸には欧州に続く輸送網が発達し、ヤマル半島に代表される

    新規エリアは北極海に隣接する地域であることから、LNGの形での海洋輸送というアイデアが出てくるのは必然だったとも言えるだろう。しかし、石油開発プロジェクトは豊富な埋蔵量だけでは進まない。当然ながらマネタイズできるかどうか、いかに市場に競争力のある価格で天然ガスを供給できるかどうかにプロジェクトの成否は左右される。次に、ヤマルLNGの現況と課題を総括し、更に今後どのようなシナリオが考えられるか検討してみたい。

    タンベイ鉱床群

    ボヴァネンコヴァ鉱床群

    南(ユーグ)鉱床群

    Карское море

    出所:Gazprom Tyumeniigiprogaz

    三つの鉱床群に分けられるヤマル半島図10

    出所:JOGMEC

    参考:旧ソ連と欧米の埋蔵量評価定義図11

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    2001

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    2005

    2007

    2009

    2011

    Crude Oil百万トン

    出所:ヤマロネネツ自治管区資料

    ヤマロネネツ自治管区におけるコンデンセートと原油生産量の推移図12

  • 59 石油・天然ガスレビュー

    JOGMEC

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    本格化するヤマルLNGプロジェクト -最新の状況とプロジェクト成立に向けた要因分析-

    出所:IEA-WEO2011 より筆者作成

    既存生産地域と2010~2035年のロシアの原油(上段)と天然ガス(下段)の生産量推移見通し図13

  • 602013.7 Vol.47 No.4

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    アナリシス

    (1)埋蔵量評価

     DeGolyer&MacNaughtonによる最新の第三者埋蔵量評価ではヤマルLNGプロジェクトの供給源であるユジノタンベイ・ガス田について表3の評価結果が出されている。2016年11月に第1トレインからのLNG生産・輸出開始を前提にプラトー生産は年間27 ~ 28BCM、1Pベースで2034年まで、2Pベースで2038年を見込んでいる。

    (2)完工までのスケジュール

     2016年11月に生産を開始する場合、通常新規開発ガス田でのLNG液化プラントの建設に要する期間として42カ月を想定すると、2013年5月には最終投資決定(FID)および建設を開始する必要がある。また、既述のように、初期の地盤調整のために地盤の固まる冬季のみの陸上作業、現地での組み立て作業等における時間をできるだけ節約すべくモジュール方式で北極海を経由して搬送しな

    2. ヤマルLNGプロジェクト詳細

    出所:NOVATEK/Presentation@Yamal Oil & Gas 2013

    1P 2P 3P

    天然ガス(百万CM) 697,949(24.6TCF)+202,189

    (31.8TCF)+162,448

    (37.5TCF)

    コンデンセート(百万トン) 16.151(1.2 億 BBL)+6.629

    (1.7 億 BBL)+6.204

    (2.1 億 BBL)

    表3 DeGolyer & MacNaughton によるユジノタンベイ・ガス田の埋蔵量評価

    (注)①重モジュール:7~11月 ②通常モジュール(冬季砕氷船曳航):通年 ③建設用資機材カーゴ(オビ河経由):7~10月出所:NOVATEK/Presentation@ HSBC CEEMEA Investor Forum, New York, 21-22 March 2013

    サベッタ LNG 液化プラントサイトへのモジュール供給スキーム図14

  • 61 石油・天然ガスレビュー

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    本格化するヤマルLNGプロジェクト -最新の状況とプロジェクト成立に向けた要因分析-

    ければならないヤマル半島の特殊性を考えれば、通常の亜熱帯等でのLNGプラント建設で認識されている42カ月という計画は楽観的なものであり、60カ月程度を要する可能性もある。 2012年10月23日、燃料・エネルギー大統領委員会が開催され、同プロジェクトの事業計画を急ぎ進めるよう政府(プーチン大統領)による指示が出された結果、オペレータであるNOVATEKも急速に力を入れつつある。 EPC契約テンダーに関しては、通常マーケティングもある程度の見通しが立ち、FIDを経て行われるものであり、テンダーが出されること自体がプロジェクトが確実に進んでいることの証左となると言える。2013年3月の段階ではEPC契約テンダーには、それまでFSを受注してきた①米国のCB&I Lummus、イタリアのSaipem、千代田化工建設から成るコンソーシアム、②フランスのTechnip、日揮から成るコンソーシアム、③ロシアのStroigaz Consultingが参加しているとのことだった。 ところが、冒頭に触れたように、今年 4 月 3 日に

    Technipと日揮によるEPC契約受注との報が入る。マーケティングについてなんら情報がなかったという状況を考えると、政府によるバックアップを受けて、同社が確実にプロジェクトを進めることを誓約した背水の陣的動きとも取ることができる。最終投資決定は9月(関係者の話では数カ月遅れる可能性を見込み年内)を予定しており*14、それまで、つまりこの半年の間にマーケティングも目星を付け、パラレルでEPCおよびマーケティングを進めながらFIDを目指す模様だ。 図15に5月下旬にヤマル半島で開催された国際会議

    「Yamal Oil & Gas 2013」でJSC ヤマルLNG社によるプレゼンテーション資料を訳したものを添付する。現状2019年3月の完工まで、このタイムフレームで動いていくこととなるが、前述のとおり、今年5月の段階でFIDに至っていないことや厳しい作業環境を鑑みると、やはり2016年の第1トレインの立ち上げは後ろ倒しとならざるを得ないのではないかと思われる。

    2010年2月~Pre FEED・・・概念設計・技術選択(ロケーション/液化技術等)

    2011年2月~FEED・・・決定フェーズ(詳細スケジュール/スペック/各施設設計)~2012年7月プロジェクト概念~2013年3月

    2012年7月~重要機器供給開始(サプライヤー選定/LNG貯蔵施設等)EPCコントラクタ選定

    2013年5月~EPCステージ①第1フェーズ~2016年 建設開始(2013年) 第1トレイン建設/モジュール設 置(2014年) 試験生産(2016年)②第2フェーズ~2017年 第2トレイン建設③第3フェーズ~2018年 第3トレイン建設

    出所:NOVATEK/Presentation@ Yamal Oil & Gas 2013, 23-24 May 2013

    ヤマル LNG プロジェクト:EPC 契約完了~液化施設稼働に向けた工程表図15

  • 622013.7 Vol.47 No.4

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    アナリシス

    (3)総事業費

     総事業費についての公開資料は限られているが、2012年時点では8,582億RUB(約268億USD)との試算がなされている* 15。2010 年当初では 180 億 USD ~200億USDであり、事業の規模がはっきりし、具体化が進むなか、今後EPC契約の内容が明らかになる過程で更にコストが増加する可能性が高い。なお、サベッタに建設される港湾施設についてはロシア政府の負担によって建設が既に進められている。

    (4)ターゲット市場

     北極海航路は温暖化によって氷が張る領海域が縮小する傾向にあるとはいえ、冬季は依然アイスクラスでも運航は難しいため、NOVATEKが当初から計画しているとおり、ヤマル半島からはアイスクラスのLNG船(17万CM)で輸送し、スエズ経由を含む通年版と夏季北極海航路活用版を検討している。

     西方向けはムールマンスクにて通常のLNG船に積み替えを検討。 ① LNG船26万5,000CMクラスは南米(ブラジル、ア

    ルゼンチン)およびスエズ運河経由でアジア(インド、日中韓台)へ。

     ② LNG船14万5,000CMクラスは欧州市場へ。

     アイスクラスLNG船で北極海航路で東方へ。アジア市場向け。 この場合、問題となるのは次の点である。

     ⅰ.��ガス供給法によりGazpromだけが輸出できる現状で、NOVATEKは輸出権を獲得できるのか。

     ⅱ.��Gazpromのパイプライン市場が発達した欧州市場での価格競争(対Gazprom)。

     ⅲ.��ムールマンスクで積み替えるための施設建設・貯蔵費用コスト増加。

     ⅳ.��アイスクラスLNG船の傭ようせん

    船(建造)費用に伴うコスト増加。

     ⅴ.��北極海通過に必要となる原子力砕氷船利用に伴うコスト。

     ⅰ.�輸出権の問題については非常に根本的なイシューでありながら、関係者に緊迫感は感じられない。それは2010年10月18日の時点でプーチン首相(当時)が署名した「ヤマル半島におけるLNG事業開発総合計画」で既にヤマルLNGに対しては輸出が前提となるものであり、事実上了解されているとの認識があること。また、いざとなれば Gazpromと輸出エージェント契約を結び、Gazpromが輸出する形をつくり出すことで現行法に抵触しない方法が残されていること。そして、筆者の個人的見解として2011年3月に発効したEUの第3次エネルギーパッケージに対してロシア政府はGazpromの独占体制の見掛け上の開放(NOVATEKの参入や石油会社の参画)を進めつつあり、NOVATEKのヤマルLNGプロジェクトにはフランスTotalも参画(もちろん戦略的に招致)していることから対EU向けの格好の好イメージを与えるものであり、ロシア政府としても輸出を許さないわけにはいかないという事情があると考えられる。

    (注)フィンランド Aker Arctic 社によるデザイン 船首に操舵室・居住空間があり砕氷しながら進む。出所:Aker Arctic 2012 プレゼンテーション“Development of marine solutions in Arctic region”

    北極海航路を念頭に設計されているアイスクラス LNG 船図16

  • 63 石油・天然ガスレビュー

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    本格化するヤマルLNGプロジェクト -最新の状況とプロジェクト成立に向けた要因分析-

     次にⅱ.�市場の問題について。米国のシェールガス革命の余波によって欧州市場でのロシア産ガスが厳しい競争に晒

    さら

    され、シュトックマンLNGも塩漬けになりつつあるなかで果たして欧州市場にNOVATEKが入り込む余地があるのかどうか。ⅱ.�の問題はGazpromの欧州市場を、飛ぶ鳥を落とす勢いとはいえ、業界第2位の民間企業NOVATEKが奪うことが果たしてできるのかどうかである。ただし、Gazpromの市場はパイプラインで囲われた市場であり、そのパイプライン網から外れた欧州諸国(デンマーク、アイルランド、ルクセンブルク、スウェーデン、英国、スペイン、ポルトガル)のうちLNG受入基地を有する国(英国、スペイン、ポルトガル)はGazpromとの関係でも軋

    あつれき

    轢を生ずることなくLNG受

    入施設を有していることから、欧州市場としてのトップリストとなってくると考えられる。欧州市場でのマーケティングは20 %のパートナーであるフランスTotalがそヽ ヽ

    つなく行っている模様で、実際、2013年5月22日にはBPとの間でヤマルLNGの販売契約について合意したとの報道がロシアで流れている*12。 図17は2011年と2012年のNOVATEKの株主説明資料での販売ルート解説だが、ムールマンスクでの積み替えスキームは積み替えをする前提のものとしないものが混在する。ⅲ.�については現時点では積み替えるのか、アイスクラスのLNG船をそのまま活用するのかまだ判断できない状況なのかもしれない。また、北極海航路西方ルートでは2011年ではノーヴァヤ・ゼムリャ島の北

    出所:NOVATEK/ 株主等説明資料より

    NOVATEK による 2011 年(左上)、2012 年(右上)および 2013 年(下)の LNG 市場ターゲット概念図の比較図17

    Winter route

    Trans-shipment

    SouthAmerica

    Sabetta

    AsiaAsia

    Summer route

    LNG exporterLNG Market

    Yamal LNGYamal LNG

    EUROPEEUROPE

    transshipmenttransshipment

    Yamal-max170mcm

    Yamal-max170mcmStandard

    tanker class145-265mcm

    Standardtanker class265mcm

    YAMAL-TRADEYAMAL-TRADE

    YAMAL LNGYAMAL LNG15-30mmt15-30mmt

    NOVATEKNOVATEK

    NOVATEK PERMNOVATEK PERM

    MOSCOWMOSCOWEUROPE*2EUROPE*2

    INDIAINDIA

    ASIAASIAUSA*3USA*3

    BRAZILBRAZIL

    ARGENTINAARGENTINA

    SingaporeSingapore

    NOVATEK CHELYABINSKNOVATEK CHELYABINSK

    NOVATEKASIANOVATEKASIA

    NOVATEKEUROPE

    NOVATEKEUROPE

    10.6

    15.4

    12.5

    14.7

    16.4

    3.4

    Pipeline gas

    Russiandomestic gasmarket

    Asiangas market

    Europeangas market

    Notes:1.Based on average actual prices (delivery January 2013) from Argus Global LNG and Heren LNG Market Daily2.Average of: Title Transfer Facility (TTF) spot price (Netherlands) and National Balancing Point (NBP) spot price (UK)3.Henry Hub

    3.4 Natural gas spot price*1, $/mmbtuSummer transportation route to target markets, liquids & LNGAll season transportation route to target markets, liquids & LNGTransportation routes to other markets

  • 642013.7 Vol.47 No.4

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    アナリシス

    方と南方を通る二つのルート、2012年では北方、2013年では南方を通る図が描かれているが、現時点では同島とヤマル半島の間に位置するカラ海の氷が北極海よりも厚くなる傾向にあることが確認され、北回りのルートになる予定である*16。 ⅳ.�については、アイスクラスの LNG船についてNOVATEKはフィンランドのAker Arctic社に設計を発注しており、既に氷海でのモデル実験も行っていることが分かっている。他方、ヤマルLNGの販売スキーム上、

    どのように特殊なLNG傭船費用を計上するのか、マーケティングも道半ばの途上で本当のところまだ確固たる方針がない(もしくは買い主によって柔軟に対応せざるを得ない)というのが実情だと推察する。しかし、既述のように、年内のFIDを目指す上でマーケティングは不可欠であり、年内にメディア露出も出てくるだろう。 最後にⅴ.�原子力砕氷船のコストについては現在の北極海航路の現況について情報も含めながら次の章でまとめてみよう。

     NOVATEKが夏季に輸出ルートとして検討しているのは北極海航路(ロシア語ではСеверный морской путь〈北方航路〉と呼ばれ、省略したСМП/SMPが公式に用いられている)はカラ海を経てベーリング海峡に至るもので北東航路とも呼ばれる。また、北極点を挟んでカナダからアラスカを経てベーリング海峡へ至るそれは北西航路と呼ばれている*17。 例えば、欧州~アジア間の航路比較ではスエズ運河経由と北極海航路を比較した場合、距離が4割程度短縮できると言われている。表4はムールマンスクから原油と天然ガスを搬送することを想定した場合のスエズ運河経由と北極海航路の比較である。日数では日本向け(神戸):19日、韓国向け(プサン):19日、中国(寧波):16日と2週間から3週間弱の日数節約につながる。また、ロッテルダムから搬送する方式との比較においても、1週間

    3. 北極海航路の現状

    (注)1 海里は 1,852m。出所:Rosatomflot 資料(Yamal Oil & Gas 2013)

    ムールマンスク出港の原油と天然ガス輸送にかかる日数 /距離国 スエズ運河経由 北極海航路経由 短縮される日数

    日本(神戸) 12,291 海里 37.1 日 6,010 海里 18.1 日 19.0 日

    韓国(プサン) 12,266 海里 37.0 日 6,097 海里 18.4 日 18.6 日

    中国(寧波) 11,848 海里 35.8 日 6,577 海里 19.9 日 15.9 日

    ロッテルダムからアジア市場への輸送にかかる日数 /距離国 スエズ運河経由 北極海航路経由 短縮される日数

    日本(神戸) 10,969 海里 33.1 日 7,610 海里 23.0 日 10.1 日

    韓国(プサン) 10,754 海里 32.5 日 7,697 海里 23.2 日 9.3 日

    中国(寧波) 10,336 海里 31.2 日 8,177 海里 24.7 日 6.5 日

    表4 スエズ運河経由と北極海航路経由の所要日数・距離の比較

    出所: Wikipedia パ ブ リ ッ ク ド メ イ ン:(http://ja.wikipedia.org/wiki/% E3% 83% 95% E3% 82% A1% E3% 82% A4% E3%83% AB:Sevmorput% 27.jpg)

    北極海航路(赤色の線/北東航路)とスエズ運河航路(青色の線)図18

  • 65 石油・天然ガスレビュー

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    本格化するヤマルLNGプロジェクト -最新の状況とプロジェクト成立に向けた要因分析-

    から10日程度の日数短縮につながることになり、輸送コストの削減に大きく寄与する。更にスエズ運河やマラッカ海峡等のチョークポイントを経ず、海賊問題を回避できることから安全面での恩恵も期待できる。 国営原子力公社Rosatomの子会社で原子力砕氷船を運営するRosatomflotによれば、最初の外国商船による北極海航路の輸送は2009年8月29日に韓国(マサン)から出港した貨物船が最初であり、ベーリング海峡を経て2日後の31日に原子力砕氷船「50年戦勝記念」号と合流、9月7日にヤマル半島付け根のヤンブルグ港で積み荷を降ろし、同月16日にナイジェリア(オンネ)に向け北極海を西方に抜けたものだった。この結果、距離にして3,000海里(約5,600km)、日数にして10日間の短縮につながったとしている*18。 それから3年、北極海航路の貨物通過量は急速に増大している。図19は貨物輸送量の推移であるが、この3年間で貨物量は10倍に、また船舶数も4隻から46隻へ急増している。

     一方、多くの課題を抱えているのも事実である。それは主に次の三つの点に集約されるだろう。

    ①通年運航は困難  温暖化により氷の面積が縮小する傾向にあるため、夏

    季の輸送期間が長くなりつつあり、原子力砕氷船と

    0

    200

    400

    600

    800

    1,000

    1,200

    1,400

    2010 2011 2012 年

    千トン

    ディーゼル砕氷船の稼働可能領域 原子力砕氷船の稼働可能領域

    出所:Rosatomflot 資料(Yamal Oil & Gas 2013)

    出所:Rosatomflot(http://www.rosatomflot.ru/index.php?menuid=18&lang=en)

    北極海航路における貨物輸送量の推移図19

    北極海の氷の状況/冬季(左:10月~翌年6月)と夏季(右:7~9月)の比較図20

    原子力砕氷船に先導される貨物船とタンカー写2

    出所:Rosatomflot(http://www.rosatomflot.ru/index.php?menuid=20&lang=en)

  • 662013.7 Vol.47 No.4

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    アナリシス

    ディーゼル砕氷船の稼働領域も拡大している(図20)。しかし関係者によれば冬季の氷厚は依然変わらず、安全面の問題から通年運航は難しい状況にある。また、水深によって喫水の制限が生じることにも留意が必要で、喫水が11mより深い場合には更に北極寄りのルートを取る必要があることから、航行期間もまた制限される。②�限られた原子力砕氷船によるボトルネック

      原子力砕氷船の数は限られており(Rosatomflot保有は 10 隻、うち 6 隻が稼働している)、ディーゼル砕氷船はあるものの馬力の問題から稼働海域が限られることから、貨物量の増加に対して自然にボトルネックが生じてしまう。

      ただし、常に貨物船一隻に対して1 ~ 2隻の原子力砕氷船の随行が必要というわけではなく、一度砕氷されたルートはその後も一定期間使用できること、また、近辺に砕氷船がいれば非常時に対応も可能との情報もある。③原子力砕氷船の運航コスト  輸送日数、距離はスエズ運河経由と比較して相対的に

    短縮できたとしても、原子力砕氷船のリース費用を上乗せした輸送費全体のコストとの比較において、競争力を持つことができるのかどうか。この点はヤマルLNGのプロジェクトの成否を考える上でも重要なファクターであることは言うまでもない。

      こ の 点 に 関 し て は 非 常 に 興 味 深 い 試 算 結 果 をRosatomflotが提供している。2012年11月にノルウェーから日本へLNGを運搬した際のアイスクラスのLNG運搬船「オビ河」について、原子力砕氷船を使用タリフを含め計算・比較したものである。それによると、 ・�スエズ運河経由では総額41万2,453USD(トンあたり6.22USD;6万6,310トン)

     ・�今回の北極海航路経由では総額33万1,712USD(トンあたり5USD;同上)

      となる。また、これは北極海航路に適用されている「セット価格」のようなものであり、通常1隻の原子力砕氷船をチャーターすると380万RUB/日が必要*19。現在、北極海航路では上記のように日本まで18日程度かかることから、仮にチャーターすれば6,840万RUB(約2億円)かかる計算になるが、実際にはその6分の1程度で運航されていることになる。また、現地での聴取によれば、本タリフについては更に優遇される案も今後政府内で検討される見込みであるとの情報もあった。

      この背景として、スエズ運河航路に対抗するロシアの政策を垣間見ることができるだろう。2009年の最初の外国商船の北極海航路利用に始まり、急速に貨物量が増加している背景には、ⅰ.�温暖化を根拠とした自国領海活用領域の拡大、ⅱ.�ソ連時代からの先駆的技術を有する原子力砕氷船技術の有効活用、そして、ⅲ.�ヤマル半島に代表される北極圏資源の開発の更なる促進等があり、今後、恐らくは実際のコストを無視してでも言わば公共事業的に、パイプライン同様に海洋インフラ整備を進め(もちろん軍事的要衝を固めるという意味も包含する)、市場を獲得していくという姿勢も見出せるのではないだろうか。

    出所:Rosatomflot の資料から作成

    北極海航路とスエズ運河経由の日数および輸送の比較(ノルウェーから日本へ輸送された LNG 運搬船「オビ河」を例に)図21

    輸送日数:18日超輸送費用:33万USD

    (通常214万USD)

    北極海航路

    輸送日数:37日超輸送費用:41万USD

    スエズ運河経由

    VS

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    本格化するヤマルLNGプロジェクト -最新の状況とプロジェクト成立に向けた要因分析-

     現時点ではRosatomflotの実際の収支に関する情報が入手できていないので、一概に「身を切っている」とは言えないが、既にヤマル半島開発については上流税制で複数の優遇制度が設けられている。 ロシアでは上流税制として主に資源抽出税、輸出税の2種が課税されている。それぞれの税率は各油ガス田、原油・天然ガス等で異なり、ウラルブレンド(原油)および為替等をベースとするフォーミュラで設定されるもの等があって、ひとしなみに算出することはできないが、同地域での上流開発に対する優遇税制は概略、表5のようにまとめることができる。 これを見るとヤマル半島で天然ガスを生産し、更にLNGの形で輸出することを政府が奨励する内容となっていることを見て取ることができる。 同じような優遇税制は、他プロジェクトでは2009年に稼働を開始した東シベリア太平洋原油(ESPO)パイプラインで輸送される東シベリア産原油への優遇措置(資源抽出税の免税、輸出税の部分減税)や新規探鉱開発地域(大陸棚を中心とするオフショア開発〈北極海、カスピ海、アゾフ海、黒海、オホーツク海〉、ティマン・ペチョラ堆積盆地)での開発や超粘性油等回収困難な新規鉱床

    に適用される原油輸出税の減税措置(2012年12月4日プーチン大統領署名)に見ることができるが、新規ポテンシャルの開発を促すためのこれら施策は裏を返せば、ロシア政府が身を切ってプロジェクトを推進せざるを得ないことを表しているという点に留意すべきだろう。 それは長期的ヴィジョンで見た場合には、未開発地域にインフラ整備が促されることで上流開発が促進され相乗効果を期待するものであるばかりか、LNGプロジェクトのように一度購入契約が成立すれば長期にわたって安定的な収入が見込めるという点にメリットを見出そうとするものだ。更に天然ガスについては生産コストが世界的に見て安価であるという点を活用し、地理上の市場までの距離(ESPOパイプラインやヤマルLNGプロジェクトでの北極海航路)という弱点を補いながら限られた市場を獲得し、最終的にロシアの国益の拡大に結びつけようという試みと見ることもできる。 一方、過去の優遇税制は東シベリア産原油の輸出税を筆頭格に、政府主導で朝令暮改さながらに見直されてきたという事実もある。利益が十分に確保できることが分かれば、いつでも見直されるリスクを事業者は常に抱えているとも言えるだろう。

    4. 身を切るロシア:将来を見据えた戦略と期待

    (注)原油生産に伴う随伴ガスについて資源抽出税は免税。① 黒海、オホーツク海の鉱床およびヤマロネネツ自治管区北部の鉱床(ヤマル半島の油田は別規程)について免税(2011 年 7 月 21 日

    付政令)。2012 年 1 月 1 日より適用。累計生産量が黒海(2,000 万トン)、オホーツク海(3,000 万トン)、ヤマロネネツ自治管区(2,500万トン)に達するか、生産ライセンス付与から 10 年・探鉱生産ライセンス付与から 15 年まで。ヤマル半島については累計生産量が1,500 万トンに達するか生産ライセンス付与から 7 年(探鉱ライセンスを含め 12 年)。

    ② 「ヤマル半島における LNG 事業総合計画」による優遇措置(2010 年 10 月 18 日付プーチン首相〈当時〉署名)。LNG 生産用の天然ガス(生産開始から 12 年間、または累計量が 250BCM に達するまで)および付随して生産されるコンデンセート(生産開始から12 年間、または累計生産量が 2,000 万トンに達するまで)について抽出税を免税。また、2011 年 6 月には EOR 用に圧入される天然ガスについては抽出税を免税。

    ③ LNG について輸出税は免税*20。ヤマル半島についてはコンデンセートも輸出税は免税。出所:筆者まとめ

    税原油 コンデンセート 天然ガス

    通常 同自治管区 通常 同自治管区 通常 同自治管区

    資源抽出税

    課税

    課税

    ② 課税 ②

    輸出税課税

    ③ ③

    法人税 課税 課税

    表5 ロシアの上流開発税制とヤマル半島への優遇措置の状況

  • 682013.7 Vol.47 No.4

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     2012年5月、ロシア政府は新たに極東発展省を新設し、9月にはウラジオストクでAPEC(アジア太平洋経済協力会議)が開催され、ロシアが極東開発に力を入れようとしていることを象徴づけた。2009年稼働のESPOパイプラインに続き、東シベリア(チャヤンダ・ガス田)から天然ガスをウラジオストクまで輸送するYKVパイプライン(Yakutia–Khabarovsk–Vladivostok/Gazpromは

    「シベリアの力/‘Сила Сибири’」と命名)の最終投資決定も10月に行われるとともに*21、同年11 ~ 12月にかけては世界初のLNG船による北極海航路輸送と九州電力へのGazpromからの納入を成功させ、矢継ぎ早にロシア(Gazprom)による東方戦略が進められ、形をつくり出しつつある。 実際、日本の原油、天然ガスの供給国としてのロシアの存在感は、サハリン-Ⅰの原油輸出が開始された2006年以降、日本の供給源多様化の政策方針とも相まってその重要性を増しつつある。 年が明け、2013年に入ってもロシアの東方戦略はこれまでにないほど活発になっている。しかし、2012年

    までと大きく異なる点がある。それは2012年まではGazpromが主導してきたのに対し、2013年に入ってからは国営石油会社で世界最大の生産量を誇る企業となったRosneft、そしてヤマルLNGプロジェクトを推進するNOVATEKが別個にLNGプロジェクトを売り込むという形になっている点だ。Rosneftのセーチン社長に至ってはこの半年の間に既に2度(2月と5月)も訪日しており、NOVATEKミヘルソン社長(3月)、Gazpromミレル社長(4月)と、筆者の記憶でも過去10年なかったほどロシアエネルギー要人の来訪が続いている。 この来訪については、まず日本は受け手であった(日本から積極的に望んでいるものではない)という点を押さえておく必要がある。ロシア側からのこの来訪の背景には、限られたLNG市場を獲得したいという期待があるのはもちろんなのだが、実は、これら要人のばらばらの来訪は、ロシア側の足並みの乱れを露呈していると見ることができる。このような動きに対してはプーチン大統領も4月11日、Rosneftセーチン社長に対して自制を促す発言を行っているが*22、その後も同社長によるサハリン-Ⅰガ

    5. 活性化する日露エネルギー関係

    日本の原油・LNG 調達国の推移図22

    出所:財務省通関統計

  • 69 石油・天然ガスレビュー

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    本格化するヤマルLNGプロジェクト -最新の状況とプロジェクト成立に向けた要因分析-

    スを活用するLNGプロジェクト(デ・カストリまたはサハリン島)の推進についてのメディア露出があり、これを見る限り、依然、ロシアではアジア太平洋市場をターゲッ

    トとした複数のLNGプロジェクトが横並びで市場獲得競争を繰り広げる展開となっていることが見て取れる。 更に付言すれば、これらロシア要人来訪の背後に、今

    (注)ヤマル LNG プロジェクトには中国 CNPC が参画する予定。出所:筆者まとめ

    ロシアに勃興する LNG プロジェクト図23

    出所:筆者作成

    2013 年 関連する出来事

    2 月 13 日 Rosneft セーチン社長が LNG輸出自由化を政府に要請。セーチン社長、ExxonNefteGaz と S-Ⅰのデカストリ LNGに関する FSに合意。

    2 月 20 日 突然のセーチン社長訪日(SODECO訪問 /韓国→中国→日本→米国CERAweek へ参加)

    2 月 21 日 森喜朗元首相が訪露、プーチン大統領と会談 /ノヴァク・エネルギー相を 3月訪日させるとの発言。Gazprom がウラジオ LNGの建設を取締役会で承認。

    2 月 28 日 イシャーイェフ極東発展相訪日(日露フォーラム出席)

    3 月 12 日 ノヴァク・エネルギー相訪日(NOVATEKミヘルソン社長随行 /なぜNOVATEKが ?⇒対中配慮・習近平中国国家主席初外遊・訪露 /3月 22日)

    3 月 14 日 NOVATEKがヤマル LNGの建設開始を発表。

    3 月 22 日 習近平主席が最初の外遊先にロシアを選択、しかし期待高まるGazpromとのガス価格交渉は決着せず。

    4 月 16 日 資源エネルギー庁とGazprom との共同調整委員会(@福井)

    4 月 15 ~ 19 日 経団連極東ミッション(ウラジオストク、ハバロフスク)

    4 月 17 日 Gazprom ミレル社長訪日 ⇔ 同日、Ronseft と丸紅が LNG関連覚書に調印。

    4 月 23 ~ 25 日 サハリン州プレゼンテーション(@東京)

    4 月 29 日 安倍晋三首相訪露/三井物産がRosneft と極東石化プロジェクトでMOU調印。

    5 月 29 日 セーチン社長再訪日/ INPEXとマガダン海洋鉱区共同開発で合意。

    表6 2013 年、更に活発化したロシア要人の訪日等

    プロジェクト 事業実施主体 供給ソース 確認埋蔵量 生産開始年 容量

    Sakhalin-Ⅱ,3rd Train

    LuniPil’tun-Astokh 17.7TCF

    20092015 possibly

    Present 9.6MMt+5MMt

    Vladivostok LNG

    Kirinsky (S-Ⅲ)

    Chayandinskoye

    26.3TCF(ABC1+C2)

    42.4TCF(ABC1+C2)

    2018 possibly 15MMt

    De-KastriLNG

    OdoptuChaivo

    Arkutun-Dagi17.1TCF 2018 possibly 5MMt

    YamalLNG

    Yuzhno-Tambeyskoye 24.6TCF 2016~2018

    16.5MMt(5.5+5.5+5.5)

    ShtokmanLNG

    Shtokmanovskoye 137.7TCF(ABC1)

    -*2019以降開発 7.5MMt

    Baltic LNG

    West SiberiaYamal Peninsula - - 10MMt

    Pechora LNG

    CH Invest JSCEuroNorthOil LLC

    Kumzhinskoye

    Korovinskoye

    3.4TCF (ABC1+C2)

    1.5TCF (ABC1+C2)

    2018 3MMt

  • 702013.7 Vol.47 No.4

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    アナリシス

    後2020年までにアジア太平洋市場をターゲットに立ち上げるべく、豪州、インドネシア、パプアニューギニア、米国(シェールガス)、カナダ(シェールガス)、そして東アフリカ(モザンビーク、タンザニア)等のプロジェクト

    (その合計LNG量は年間1億7,000万トン、日本の年間消費量の2倍に及ぶとも言われ、全てが成り立つことはあり得ない)に先んじて、市場を獲得しなければならないという焦燥すら感じられる。 日本にとって現在喫緊の課題は震災後増加しているLNG調達コストをいかに低減できるかという点にある。その点で今後5年間を見れば数多くのLNGプロジェクトが立ち上がり「バイヤーズマーケット」(買い手市場)になる=安価なLNGプロジェクトを選択できるといういわば「神風」が吹こうとしている状況にあることは好条件である。他方、LNG貿易は長期にわたるものであり、

    足元だけの価格トレンドだけで判断できるものではない。ヘンリーハブ・リンクの米国産ガスが永遠に安いというわけではないのはもちろん(実際2005年8 ~ 9月にハリケーン・カトリーナ、リタがそれぞれメキシコ湾を襲った際には一時的にせよ現在の日本の高価格水準まで上昇している)だが、またJCCリンクの現在の価格が永遠に高いという根拠もない。したがって重要なのはこの選べる好機に際して①さまざまなフォーミュラ、②さまざまな供給源、③さまざまな輸送手段(LNGおよびパイプライン)を採用することによって、天然ガスの輸入ポートフォリオを形成することだろう。 では、その日本の天然ガスポートフォリオのうち、果たして、ヤマルLNGプロジェクトは魅力的であり得るのか。また、それ以前の問題としてプロジェクトとして成り立つのかどうか、結びに代えてまとめてみたい。

     既述のように、ヤマルLNGプロジェクトでは輸出税の免税(LNG)、資源抽出税の免税が行われることが確定しており(ただし、やはり時限的・プロジェクトの状況次第で変更される可能性ありと考える)、ロシア政府に入る税収は基本的に法人税(利潤の20%)と資産税等地方税のみとなる(なお、更にヤマロネネツ自治管区では大陸棚開発への資産税免税を実施している)。プロジェクト単体で他プロジェクトとの相対比較で見た場合、ロシアにとって「身を切る」プロジェクトであることは明らかだ。つまり、将来的なヤマルの総合開発という長期的なヴィジョンの下に進められているプロジェクトと見るべきであり、Gazpromのボヴァネンコヴァ・ガス田開発プロジェクト(パイプライン/欧州市場向け)やヤマルLNGプロジェクト(LNG/欧州・アジア太平洋市場向け)はその双璧を成すものと捉えるべきである。 他方、プロジェクト実施主体であり、株式上場しているNOVATEKにとっては当然ながら経済合理性があるのかどうかという根本疑問に立ち向かわなくてはならない。Gazpromのボヴァネンコヴァ・ガス田開発の主眼は欧州向け既存パイプラインインフラへの拡張・つなぎ込みである。ヤマル半島という過酷な自然環境においても、いったんインフラが整えば西シベリアの生産減退に対して欧州向けガス輸出を補完しながら、欧州ガス価格に対して依然安価な生産コスト(西シベリアで20USD/1,000CM、ヤマ

    ル半島や東シベリア等新規フロンティア地域では40 ~70USDと見積もられる*23)を背景に長期にわたるコスト回収、Gazpromの将来的なプロフィットセンターとなることが見込まれる。他方、ヤマルLNGプロジェクトは同様に陸上ガス田として生産コストはボヴァネンコヴァ同様の安価な生産コストが期待される(30USD前後/1,000CMと言われている)。 また、極寒地における液化コストについても、競合する他の、アジア太平洋市場をターゲットとする亜熱帯LNGプロジェクトに比してわずかながらプラントのスペックにおいて相対的な競争力を期待できる。このように見てくると、ヤマルLNGプロジェクトの直面する問題は次の4点に絞り込まれるだろう。 ① 液化プラント建設コストがどの程度上昇するのか。

    どの程度遅延するのか(既に2016年11月生産開始は難しいのではないか)。

     ② 冬季のアジア太平洋市場向け通年輸送スキームをどのように構築するのか。

     ③ Gazpromの欧州市場を侵食することなく、ヤマルLNGプロジェクトにとって十分な市場を獲得できるのか(⇔市場とプロジェクト主体であるNOVATEK・Totalが受容できるLNG価格に妥結できるのか)。

     ④ロシア政府がいつまで優遇税制を維持するのか。 これら四つの問題を解決に導き、プロジェクトを更に

    まとめ

  • 71 石油・天然ガスレビュー

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    本格化するヤマルLNGプロジェクト -最新の状況とプロジェクト成立に向けた要因分析-

    前進させるために今後想定される動向として、次の点に注目することで同プロジェクトの将来性を見通すことができるだろう。

    ①JSCヤマルLNG社のファームアウト→新規外資参入   NOVATEKは同社が保有する権益80%のうち29%を

    ファームアウトする意向を示してきた。昨年からONGCが関心を示しているとの情報もあるが、どこまで本気かは不明。上流開発にはLNGバイヤーがリスクヘッジを目的に参入する戦略も既に一般的であり、欧州市場やアジア太平洋市場から石油企業、商社、ユーティリティ企業等の参画の可能性がある*24。

       正に本稿を執筆している6月21日、中国国営石油会社CNPCが同プロジェクトの20%に参画するのに加え、少なくとも年間3百万トンのLNG長期購入及び同プロジェクトへのファイナンス支援にも合意との報が入った(2013年10月1日までに諸条件を確定し最終合意する予定)*25。今後、残る9%に対して複数のLNGバイヤーがマイナーシェアで参入してくる可能性が想定されるとともに、CNPCが10月までに最終合意する契約条件

    (20%の対価)に関心が集まるだろう。   また、輸出権の独占崩壊を望まないGazpromと

    NOVATEKのプ ロジェクト推 進 の 思 惑 が 重なり、Gazpromが参画する可能性も否定されるものではない(6月7日には両社はLNGでの新規共同事業立ち上げで合意できずとの報もあるが、ヤマルLNGへの参画を否定する内容ではない*26)。更にはガス分野への急速な進出を図るRosneftがファームインするというワイルドカードもあり得る。

    ②マーケティングの本格化   Gazpromのパイプラインガスと欧州市場で競合するこ

    とは双方望まない(Gazpromにとっては欧州市場を失うことになり、NOVATEKにとってはLNGよりも安価なパイプラインガスと競うことになる)。したがって、欧州ではGazpromのパイプライン網に入っていない英国、スペイン、ポルトガル、また、Totalの本拠としてフランスが対象となるだろう。

       また、アジア太平洋地域(日中韓台)でのマーケティングも本格化するが(既に3月にノヴァク・エネルギー相にNOVATEKミヘルソンCEOが随行し訪日)、夏場だけの契約になることから限定的にならざるを得ない。しかし、現在アジア市場を目指して勃興する複数のロシアLNGプロジェクトのなかでは既にEPC契約を締結し、今年中にFIDを終える計画という点でサハリン-Ⅱ第3トレイン拡張(現在政府検討中/GazpromにとってはウラジオストクLNGと両立できるかどうかのジレンマも抱える)、ウラジオストクLNG(Gazpromおよび日本官民による支援)、デ・カストリ(サハリン)LNG(サハリン-Ⅰ/Rosneftと丸紅による覚書)を追い越し、トップランナーに躍り出ている。プロジェクトの確度の高さという利点を生かし、アジア太平洋市場でのバイヤーが妥協できる価格・契約条件が提示されるかどうか、2013年内にはメディア露出の可能性が高い。

    ③Gazpromに対する対抗馬としてのヤマルLNG   欧州バイヤー(第3次エネルギーパッケージを推進

    するEU諸国)にとってのメリットは、高止まりするGazpromのパイプラインガス価格に対する対抗馬を得ることにつながる点にもある。ヤマルLNGプロジェクトが供給するLNGがGazpromのパイプラインガスより安いことになれば、欧州からGazpromへの値下げ圧力を強める材料となり、逆にLNGが高ければNOVATEKに対して値下げ圧力を強めることが可能

    出所:筆者まとめ

    ◆プロジェクト実現にとってのプラス面 ・サベッタの港湾建設については政府が負担することになっており、既に建設に着工している。 ・ヤマル LNGは輸出税・抽出税が免税となっている。◆プロジェクト実現にとってのマイナス面 ・�通年での同一地域への販売スキームが適用できない前提であること(通年では欧州、夏場は欧州と

    アジア)。 ・原子力砕氷船利用による輸送費およびプラント建設コスト高騰による LNG価格の競争力の有無。◆プロジェクト実現のための不確定要素 ・優遇税制はいつまで続くのか。 ・Gazprom の欧州向けパイプラインガスとの競合。 ・ �ESPO原油同様に仕向け地規制の撤廃による市場認知度への貢献策を適用するかどうか(⇔転売

    しにくい LNGに魅力的な条件となるか)。

    表7 ヤマル LNG プロジェクトのプラス面、マイナス面と不確定要素

  • 722013.7 Vol.47 No.4

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    アナリシス

    ※ 鉱床等の名称はロシア語で鉱床(месторождения)と併記される場合の名称を採用せず、読みやすさに重点を置い

    た。例えば文中用いているボヴァネンコヴァ・ガス田はロシア語では正確にはボヴァネンコフスコイェ・ガス田であり、格変化によりボヴァネンコヴォ、ボヴァネンコフスキーと表記されることもある。

    *1: Краткий отчет о путешествии на полуостров Ямал : [ Чит. в общ. собр. И.Р.Г.О. 19 февр. 1909 г. ] / Б.М. Житков

    *2: Presentation@June, 2012, ‘Текущее состояние и перспективы развития топливно-энергетического комплекса Ямало-Ненецкого автономного округа’ Rashid Kashapov - Head of the mineral resources exploration and use department, Natural resources regulation, forestry relationships, and the development of the Oil and Gas Industry Department, Yamal-Nenets Autonomous District

    *3: http://en.wikipedia.org/wiki/List_of_sovereign_states_and_dependent_territories_by_population_densityおよびYamal-Nenets Autonomous District資料

    *4: http://www.gazprom.com/f/posts/25/697739/book_my_eng_1.pdf*5: http://www.gazprom.com/press/news/2012/june/article137344/*6: 詳細背景については本村眞澄「ロシア北極海ではヤマルLNGがシュトックマンLNGより先行か」(JOGMEC資源情

    報2011/06/16)を参照されたい。*7: http://www.Total.com/en/about-Total/news/news-940500.html&idActu=2656*8: コメルサント紙2013年2月11日 'Штокман уходит все дальше"Газпром"отложил проект мин

    имум на 2019 год' http://www.kommersant.ru/doc/2124691*9: Technip社ホームページ http://www.technip.com/en/press/technip-consortium-jgc-awarded-yamal-lng-project-russia

    日揮株式会社ホームページ http://www.jgc.co.jp/jp/01newsinfo/2013/release/20130403.html*10: http://www.gazprom.com/press/news/2012/december/article150603/*11: http://www.nikkei.com/article/DGXNZO49215740V01C12A2LX0000/*12: RusEnergy2013年5月22日“"Ямал-СПГ" и ВР заключили экспортное соглашение”*13: Presentation@June, 2012, ‘Освоение месторождений полуострова Ямал и перспективы н

    аращивания сырьевой базы ОАО «ГАЗПРОМ» в ЯНАО’*14: Yamal Oil & Gas 2013国際会議でのYamal LNG社関係者聴取より。*15: Vedomosti:LNG液化プラント(4,242億RUB)、LNG船用港湾施設(2,640億RUB)、ユジノタンベイスコイェ開発費等

    (139億9,000万RUB)、パイプライン敷設費用等(286億RUB)、地質探査(16億RUB)*16: Yamal Oil & Gas 2013国際会議でのTotalRussia関係者聴取より。*17: 海事問題委員会「北極海および北極航路を取り巻く状況」(海洋政策研究財団 海技研究グループ長 加藤隆一著)*18: Presentation@May, 2013, ‘Развитие Северного морского пути для международного ком

    мерческого судоходства’ РОСАТОМФЛОТ*19: 同上および現地での聴取結果から。*20: 2013年6月13日付Interfaxは、今後LNGに対して輸出税が課されることを示唆するドヴォルコヴィッチ副首相の発言

    を紹介し、ロシア政府が新規プロジェクトに対してLNG輸出税免税を検討していないことを報じた。ただ、ノヴァク・エネルギー相は省内で新規LNGプロジェクトに対する輸出税優遇を検討していることに言及した。

    *21: http://www.gazprom.com/about/production/projects/pipelines/ykv/*22: http://www.kommersant.ru/doc/2168203

    となる。結果、欧州は「対露デュアル交渉体制」を固めることになるだろう。つまり、ヤマルLNGプロジェクトを受け入れることは欧州にとって対露交渉において好一手となる可能性を秘める。その場合にはヤマル

    LNGプロジェクトの価格フォーミュラにGazpromのパイプライン要素(重質・軽質の石油製品リンク)を入れるかどうかも重要な判断材料となるだろう。

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    本格化するヤマルLNGプロジェクト -最新の状況とプロジェクト成立に向けた要因分析-

    執筆者紹介

    原田 大輔(はらだ だいすけ)1973年 東京生まれ(40歳)。1992 ~ 1997 年 東京外国語大学インド・パーキスターン語学科修了。 (1994 ~ 1995 年、インド・ウッタルプラデーシュ州アラーハーバード大学留学)1997 年 旧石油公団入団。 (総務部、研修班〈海外研修生受け入れ〉、計画第二部〈東南アジア・豪州・LNG プロジェ

    クト等担当〉に在籍)2003 ~ 2006 年 経済産業省資源エネルギー庁出向。 (長官官房国際課で中国、インド、ASEAN 諸国会合を担当)2006 ~ 2012 年 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)モスクワ事務所副所長。 (2010 ~ 2012 年、ロシア・グープキン記念国立石油ガス大学経済経営学修士課程修了)2012 ~ 2013 年 3 月 JOGMEC 総務部総務課兼戦略企画室 課長代理。 (JOGMEC 次期中期計画〈2013 ~ 2017 年〉策定に従事)2013 年 4 月~ JOGMEC 調査部計画課兼エネルギー資源調査課 課長代理。

    *23: Yamal Oil & Gas 2013国際会議での関係者聴取より。*24: 2013年6月14日付International Oil Dailyは、SinopecがヤマルLNGプロジェクトの権益を取得する可能性について報道。さ

    らに6月21日付Interfaxは、NOVATEKがCNPCとの間で協定に調印するとのノヴァク・エネルギー大臣の発言を紹介。*25: http://www.novatek.ru/en/press/releases/index.php?id_4=756*26: http://www.themoscowtimes.com/business/article/gazprom-novatek-fail-to-reach-deal-on-lng-ventures/481269.

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