p3 1 「ギターが弾きたい」kinot39.umin.jp/pdf/abstract/p3-1.pdf― 41 ― p3-1...

1
― 41 ― P3 - 1 【はじめに】今回,入院による環境の変化に戸惑い, 生きがいとしていたギター演奏が行えず,臥床時間の 増加や,不穏症状の出現により,何事にも無気力と なった症例を担当した.意欲が減退している中で, 「ギターが弾きたい」「トイレの失敗を減らしたい」 という希望を聴取したため,症例の生きがいや日常生 活動作の再獲得を目標に支援を進めた.病棟と連携し ながらギター演奏や日常生活動作を遂行しやすい環境 を整備し,動作練習や動作指導などに取り組んだ.結 果,ギター演奏や日常生活動作の再獲得に繋がり,退 院前 LIVE を開催する結果に至ったため報告する.な お,報告に際し本人と家族に説明し同意を得た. 【 症例紹介 】80 歳代男性,上行大動脈瘤の術後に廃用 症候群と診断を受け,術後 31 日後に当院へ入院,46 日後に回復期病棟へ入棟となった.既往歴に認知症が あり,病前も週に 1 回程度,排泄動作の失敗があった. また,ギター演奏に加え,地域会館などでの司会や演 奏依頼があり,社会参加の場が多くあった. 【 作業療法評価 】入院時,HDS-R(改定長谷川式簡易 知能評価スケール)15点,FIM62点(運動項目:37/ 認知項目:25),易疲労性を認めた.入院当初は個室 で過ごしていたため,自宅からギターを持ち込み,リ ハビリ時間外に演奏を楽しんでいた.回復期病棟へ入 棟後,相部屋へと環境が変化し,演奏が困難となった. HDS-R は 11 点と低下,演奏に関する動作方法も忘れ てしまった.FIM は 65 点(運動項目:40/ 認知項目: 25),排泄動作の失敗が増え,夜間の徘徊や幻聴・幻 視に似た症状が出現した.症例との目標を再設定する ため,生活行為聞き取りシートを利用し,「トイレに 一人で行けるようになる」は,実行度と満足度共に 2/10 点,「ギター演奏ができるようになる」は,両者 共に 0 点であった.なお,症例の作業に対する考えを 客観的に理解するため,MOHO(Model of Human Occupation)の概念を利用した. 【 介入方法 】病棟スタッフと共に,症例が過ごしやす い環境作りを行った. 見当識改善に対して,歩行器や自室前に部屋番号 の書いた目印を設置し,リハビリ時に道順の案内 を依頼した. 排泄動作の失敗に対する不安が強く,動作手順の理 解低下が目立ったため,動作方法を記した冊子を作 成し,動作練習を反復した.また,病棟スタッフに 対し,失敗時の対応方法について相談・指導した. ギター演奏を実現させるため,コード確認や譜面台 の組み立て方法などを冊子で記し,動作練習を反復 した.加えて,動画・音楽サイトも利用した.また, 病棟師長と相談し,演奏できる場を設け,状況を確 認しながら演奏できる時間帯を拡大させた.食堂で の演奏がきっかけで,他患者との交流も増え,意欲 も徐々に回復した.症例から,「皆に演奏を聴いて 欲しい」と希望があり,各病棟やリハビリスタッフ と協力し,退院前 LIVE の開催にまで至った. 【結果】術 後 109 日,HDS-R22 点,FIM91 点(運 動 項目:64/ 認知項目:27),「トイレに一人で行ける ようになる」は,実行度9点 / 満足度8点,「ギター 演奏ができるようになる」は,両者共に 9 点と向上し た.病棟内では,排泄動作の失敗や不穏症状が軽減し, 余暇時間に他患者との交流が増え,病前同様に社会交 流の場が確立された.症例から,入院生活が豊かなも のになったと,喜びの声を受けた. 【 考察 】 認知症の作業療法ガイドラインに基づき,「代 償戦略や環境戦略」を駆使し,「症例の能力・技能・ 興味を個別に評価し,見合った活動の提供」を行った. 症例が過ごしやすい環境を病棟スタッフと共に築き, 個別性を活かしアプローチしたことで,日常生活動作 や認知機能面の問題が改善され,生きがいの再獲得に 繋がったと考えた. 「 ギターが弾きたい 」 認知症患者の希望を叶えるため,病棟や家族と連携し, 退院前コンサートを開催した一症例~ ○松尾 浩樹 OT ,冨田 詩織 OT ,徳冨 寛子 OT ,南 沢摩 OT 医療法人交詢医会 大阪リハビリテーション病院 Key word:生きがい,連携,生活環境

Upload: others

Post on 12-Mar-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: P3 1 「ギターが弾きたい」kinot39.umin.jp/pdf/abstract/P3-1.pdf― 41 ― P3-1 【はじめに】 今回,入院による環境の変化に戸惑い,生きがいとしていたギター演奏が行えず,臥床時間の

― 41 ―

P3-1

【はじめに】 今回,入院による環境の変化に戸惑い,生きがいとしていたギター演奏が行えず,臥床時間の増加や,不穏症状の出現により,何事にも無気力となった症例を担当した.意欲が減退している中で,

「ギターが弾きたい」「トイレの失敗を減らしたい」という希望を聴取したため,症例の生きがいや日常生活動作の再獲得を目標に支援を進めた.病棟と連携しながらギター演奏や日常生活動作を遂行しやすい環境を整備し,動作練習や動作指導などに取り組んだ.結果,ギター演奏や日常生活動作の再獲得に繋がり,退院前 LIVE を開催する結果に至ったため報告する.なお,報告に際し本人と家族に説明し同意を得た.

【症例紹介】 80歳代男性,上行大動脈瘤の術後に廃用症候群と診断を受け,術後31日後に当院へ入院,46日後に回復期病棟へ入棟となった.既往歴に認知症があり,病前も週に1回程度,排泄動作の失敗があった.また,ギター演奏に加え,地域会館などでの司会や演奏依頼があり,社会参加の場が多くあった.

【作業療法評価】 入院時,HDS-R(改定長谷川式簡易知能評価スケール)15点,FIM62点(運動項目:37/認知項目:25),易疲労性を認めた.入院当初は個室で過ごしていたため,自宅からギターを持ち込み,リハビリ時間外に演奏を楽しんでいた.回復期病棟へ入棟後,相部屋へと環境が変化し,演奏が困難となった.HDS-R は11点と低下,演奏に関する動作方法も忘れてしまった.FIM は65点(運動項目:40/ 認知項目:25),排泄動作の失敗が増え,夜間の徘徊や幻聴・幻視に似た症状が出現した.症例との目標を再設定するため,生活行為聞き取りシートを利用し,「トイレに一人で行けるようになる」は,実行度と満足度共に2/10点,「ギター演奏ができるようになる」は,両者共に0点であった.なお,症例の作業に対する考えを客観的に理解するため,MOHO(Model of Human Occupation)の概念を利用した.

【介入方法】 病棟スタッフと共に,症例が過ごしやすい環境作りを行った.① 見当識改善に対して,歩行器や自室前に部屋番号

の書いた目印を設置し,リハビリ時に道順の案内を依頼した.

② 排泄動作の失敗に対する不安が強く,動作手順の理解低下が目立ったため,動作方法を記した冊子を作成し,動作練習を反復した.また,病棟スタッフに対し,失敗時の対応方法について相談・指導した.

③ ギター演奏を実現させるため,コード確認や譜面台の組み立て方法などを冊子で記し,動作練習を反復した.加えて,動画・音楽サイトも利用した.また,病棟師長と相談し,演奏できる場を設け,状況を確認しながら演奏できる時間帯を拡大させた.食堂での演奏がきっかけで,他患者との交流も増え,意欲も徐々に回復した.症例から,「皆に演奏を聴いて欲しい」と希望があり,各病棟やリハビリスタッフと協力し,退院前 LIVE の開催にまで至った.

【結果】 術後109日,HDS-R22点,FIM91点(運動項目:64/ 認知項目:27),「トイレに一人で行けるようになる」は,実行度9点 / 満足度8点,「ギター演奏ができるようになる」は,両者共に9点と向上した.病棟内では,排泄動作の失敗や不穏症状が軽減し,余暇時間に他患者との交流が増え,病前同様に社会交流の場が確立された.症例から,入院生活が豊かなものになったと,喜びの声を受けた.

【考察】 認知症の作業療法ガイドラインに基づき,「代償戦略や環境戦略」を駆使し,「症例の能力・技能・興味を個別に評価し,見合った活動の提供」を行った.症例が過ごしやすい環境を病棟スタッフと共に築き,個別性を活かしアプローチしたことで,日常生活動作や認知機能面の問題が改善され,生きがいの再獲得に繋がったと考えた.

「ギターが弾きたい」~ 認知症患者の希望を叶えるため,病棟や家族と連携し, 退院前コンサートを開催した一症例~

○松尾 浩樹(OT),冨田 詩織(OT),徳冨 寛子(OT),南 沢摩(OT)

医療法人交詢医会 大阪リハビリテーション病院

Key word:生きがい,連携,生活環境